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漱石と倫敦ミイラ殺人事件 [島田荘司]

* 0100 はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方には、すすめられない。

* 0200 ちょっとお断り
シャーロック・ホームズ冒険譚は六十編とされてる。一九八四年四月一日ロンドンのM・パイスン氏宅でワトスン氏の未発表原稿が発見された。同氏は一九〇〇年チャリング・クロス、ノックス銀行で頭取をやってたK・パイスン氏の孫、これを入手した私はこれも未発表の原稿として国会図書館にあった夏目漱石氏の倫敦覚書とあわせここに発表する。これはまことに貴重、一家に一冊は必需。記載事項はすべて事実にて大学受験に一読必至である。

漱石(当時は金之助)は西暦一九〇〇年(明治三十三年9英国に滞在した。毎週火曜日ベイカー街へシェイクスピアの勉強のためかよってた。そして何かをおそれロンドン中を転々とした。さらに下宿で泣きくらし精神をわずらい帰りの船まですっぽかした。本資料により理由があきらかとなった。彼がベイカー街に足をはこんだ。当時有名人であったホームズ氏に必ずあってる。かねてよりこう主張してた筆者はおおいに満足した。また読者は後世超人とするえたホームズ氏の近所の噂。その真実をしるだろう。ただし初対面で手ひどいからかいをうけた漱石の筆がややまがってたと推理するのはご自由である。

* 0300 漱氏、漱石がイギリスに留学
** 0301 一九〇〇年十月二十八日、ロンドンに到着
昔イギリスに留学で二年くらした。友人とパリでわかれ単独で英仏海峡をわたった。きわめてさむい年だった。晩秋の北国、夕方はくらい。二輪辻馬車がゆく。異人たちは皆シルクハット。乞食も。女たちは軍艦のような帽子、ながいスカート。顔の前に網のレディも。

ロンドンの霧はこい。まるで煙。ビクトリア駅の構内、ガス灯にてらされ軒下にはいってくる。自分はガウワー・ストリートの下宿に。しばらくは名所旧跡めぐり。自分は畸型のごとくひくく、肌が黄色と実感。女でさえ自分よりたかい。小柄な男がやってくる。ちかづくと自分よりたかい。

** 0302 十二月二日、下宿の親父と三行広告をかたる
たぶん十二月二日、積雪。朝食で階下のホールに。亭主がきく。新聞がよめるか。然り、よむ。昨日ユーストーン駅で卒倒された婦人へ。当方はたすけた者。あれ以降義歯が不明。もし持ちさられたならご一報を云云。亭主も私もわらった。お国にもこのような広告があるか。否。それは気の毒。ところでこれはと。やせて髭のあかい紳士、やせてるほど可。身長は五フィート・九インチ演技経験あるか演技に自信ある三十代の紳士。当方二百ポンドをはらう用意あり。これは豪勢と。そして学生時代の演技道楽を吹聴。

** 0303 幽霊の登場
その夜。寝台。闇の中で目が。まだ十時。外は雨。自分は不審な物音を。パチンとか。ずいぶん間隔をおいてなる。また音、たかくなってる。物音のしない中でおおきくひびく。やがて眠り。また異様な物音。一晩おきぐらい。やがてロンドン大学の聴講にかようようになり、そこのカーン教授の紹介でシェイクスピア学のクレイグという学者のもとに火曜日ごとかようようになった。異音はやまない。亭主にそれとなくただす。不明。異音はまだつづく。息づかいまではいる。次の夜。でていけ。この家からでていけという。声は次の夜も、次の夜も。幽霊もあきたか今度は歌。お馬よ栗毛の尻尾をまけという。それはこの地のふるい歌謡。その概略。

お馬よ鼻の穴をおっぴろげ
大きな白い息を吐け
前足後足交互に出して
ワン公なんぞに負けるでないぞ
お家についたら尻尾を巻いて
声大きくヒンとなけ

ワン公がうさ公とかイタチになったり。幽霊ははっきりとおぼえてないらしい。

** 0304 下宿探しをはじめる
外国人の下宿探しは大変。でクレイグ先生にきく。下宿探しのところ一時すまわせて、もらえないか。すると先生は膝をうって、食堂、下女部屋、勝手を案内、先生の家は四階の屋根裏の一隅。これでことわれれるとおもったが、ワルト・ホイットマンの話しとなる。彼はしばらく自分の家に逗留。彼の詩はよくよめば、なかなかよい。次にシェレーとかいう者が喧嘩。喧嘩はいかんと非難。依頼の話しは立ちぎえた。自分は一人でカンバーウェルに下宿探し。隣り町のフロッデン・ロードに見つけた。週二十五シリング。やすい。ひどい。天井がひびだらけ。

** 0305 一九〇一年二月五日、クレイグ先生に幽霊のことを
隙間風がさむい。しかし幽霊になやまされなかった。クリスマス。下宿のおかみからアヒルをご馳走になる。部屋にもどり書き物。またあの何かがはじけるような音がした。次の晩は息づかい。三日、四日、この家からでてゆけ。これが翌年、二、三日あるいは五日おきにつづいた。ビクトリア女王が逝去、二月二日に葬儀。この頃自分の精神はもう尋常でなかった。二月五日、クレイグ先生の教授がハムレットが怨霊にあうところ。かえり際にいう。イギリスに幽霊がすんでる。先生は何かわからない様子。

** 0306 ホームズ氏に相談をすすめらられる
そこでプライオリティ・ロードの下宿からこちらまでの顛末をはなす。窮状をうったえると。自分はそんな経験がない。はじめてきいた。自分はこちらにきて以来なやまされてるという。先生は膝をうって、これは近所のあの男むきの事件という。シャーロック・ホームズをしってるか。否。ふむ、ちかくの二二一ーBにすんでる。頭がおかしいが、なおったという噂。医者がついてる。大丈夫。彼に相談するのがよい。何者か。あらゆる犯罪、風変わりな事件を研究。すくなくともそのつもり。論文もかいたという。実はその医者がかいたらしい。はあ。

** 0307 奇人対策を伝授される
よろず相談人、本人は探偵と自称。頭がおかしい、凶暴か。普段はない。気がむくと女装して外出、辻馬車の後ろに飛びのり、本人は四十すぎの大人。で、無理矢理入院へ。するとコカイン中毒。芸術家は狂気と紙一重。はあ。相談して解決した例は。おおい、付き添いの医師が切れ者。ホームズの出まかせを取りつくろう。ふむ、東洋人の相談にのってくれますか。偏見はない。事件ががおもしろければ、のる。見料はたかいか。否、コカインの商売で裕福らしい。へえ。彼にあうのにはコツが。訳のわからないことをいう。はあ、で。いわれたことは否定しない。でないと暴力に。きいておいて最後におどろきました、何故わかったかと。できるか。ううん、遠慮したい。タダ、我慢。

解決すれば儲け物。すすめる。だが注意、もと拳闘家のチャンピオン。ワトソン、付き添いの名前、アッパー・カットで三日間失神という。はああ。万が一なぐられそうになったら。はい。ただ一言、コカイン。ただこれだけ。それはどういう理由か。わからん、狂人。彼は急変、もってらっしゃるのか。で、わらってごまかす。これでよし。つまりコカインがほしいからか。たぶん。へえ。医者は。わかれたいらしい。へえ。彼をなおしたい親切から。当時、インドから帰国、暇だったらしい。

死体置場で死体を棒でたたく。あやしげな薬を完成。血液を検出できるらしい。ワトソン氏は結婚してにげだす。すると彼は発作、新居でうなりだすことも。それで離婚。たしかはじめか二番目の奥さんは入院。おやもうかえるのか、夏目君。はい一人になって自分を見つめなおしたい。そう、では私からホームズ氏に手紙を。だから君は明日にも。私はにげるようにかえった。その晩に幽霊の歌声を。で、訪問を決心。

** 0308 二月六日、二人を訪問
翌日、地下鉄でベイカー街に金属細工の柵が往来に、シャーロック・ホームズという銅板、ジョン・H・ワトソンという銅板。これらがはられたドアが。おそるおそるノック。どうぞという三人以上の声。中をみる。えんじ色の壁紙の上等な部屋。左手に机、髭をたくわえた男が。読み物を。こちらをみてる。奧には暖炉、その前のたかい背の、でっぷりした男。その横の安楽椅子に手足がながくしろい額のわし鼻の男がパイプをふかしてた。自分はホームズさんはどちらという。安楽椅子の男が。

** 0309 とんちんかんの推理がはじまる
僕。ちかくへ。ワトソン君が飲み物を。おかけください。クレイグさん。パプア・ニューギニアの出身で最近スマトラに旅行し黄疸にかかった。完治して現在ゴムの育成に努力してるということ以外何もしりません。ワトソンがいう。すばらしい。どうして。観察すること。僕の探偵術の基本。彼の帽子にクレイグという刺繍が。

それは昨日あわててクレイグ先生のをかぶってでた。彼はさらにいう。それに彼の日焼けの肌だ。外国から帰国の直後。旅行先は病気によい南。むろん東洋。スマトラに旅行した人はたいていゴムの木を持ちかえる。すばらしい。ふむシャーロック、まだ彼から引きだせる事実が。横にいたふとった男が口をだす。それは何、兄さん。

もともと骨董蒐集家、英国西部の炭鉱に献身した男。蓄膿症で脚気。うなづきながらまたいう。中国曲馬団、火の輪くぐり。で、ふとった男が。一度目の結婚に失敗、二度目の女房の尻にしかれてる。子どもは四人、いやもっと十八人以内。大酒飲み、アヘン中毒。だが今は海の魅力にとりつかれてる。いいね、彼は根っからの水夫。あのうワトソンさんと私がいった。

** 0310 ワトソン、兄のマイクロフトを紹介される
失礼、クレイグさん。私はシャーロック・ホームズです。次に大男をさしマイクロフトと紹介。最後にこちらが伝記作家にしていやがる僕を有名にしてくれたワトソン君。ではクレイグさん、ご用件は。私はワトソン医師ばかりみてた。おお、ワトソン君のことは気にせず。彼は耳がきこえません。兄はたった今かえるところ。彼はこれからディオゲネス・クラブでしりとり遊びをする。

** 0311 間違いに言及したら大暴れ、たちまち撤回
帽子掛けから帽子を。大男にむけて。おちた帽子をひろいながら立ちさる。私がいう。申しあげにくいが、クレイグでなく夏目。で、日本から。すると彼は唸りだし突然鉄砲を天井にぶっぱなした。自分は椅子の後ろに。ワトソン氏がなれた様子で拳銃を取りあげた。白目をむいて拳骨を振りまわす。自分はクレイグ先生の言葉を思いだしていう。コケ、コケ、と。とまらない。コケコッコー。ワトソン氏が自分に。貴殿はクレイグさんでしたな。僕はそう。もっと大声で。僕の名前はクレイグだ。

** 0312 幽霊はでないと保証される
ようやく落ちついて安楽椅子に。自分はこれまでの出来事をはなす。途中でうなりはじめ壁に頭を打ちつける。これは下宿のおかみが夏目といった。これをつい口にした時だった。危険をかんじた自分はふたたびコケコッコー。すると彼はこの紳士は頭がおかしいらしいという。さっきから何をさわいでるの。あきれた言い草とおもってると。夏目さん、もう幽霊はでませんよ。自分はさっさとフロッデン・ロードの下宿にもどった。

* 0400 ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2009/03/12
  • メディア: 文庫


* 0500 ワ氏、ホームズ、ワトソンに漱石の来訪、二人がミイラ事件を議論
** 0501 一九〇一年二月、ベイカー街の部屋
長年の友人シャーロック・ホームズの事件に非力ながら協力してきた。いろいろなものがあった。プライオリティー・ロードのミイラ事件は風変わりで彼が活躍したよい例である。事件のはじまり は一九〇一年ビクトリア女王の葬儀の印象がまだ生々しい二月のある水曜日である。前年のソア橋事件以来少々ひまを持てあましてた。この手紙はベイカー街からとホームズがいう。

でもベイカー街の住人でない。外国人の蓋然性がたかい。手紙を私によこした。ひどく動顛してるね。手紙はありきたりの長方形だが書き方が独特。左上の隅からはじめ、次に右横、下、左横。ぐるぐる紙をまわしながら渦巻き型にかかれてた。いい、つづけて。限界、で、何故外国人か、理由は。簡単、ベイカー街からだされてる。もしこの手紙をかいた本人が依頼者なら、手紙をかかずに直接訪問する。だから代筆。では何故代筆。理由は七通りだが、文面から外国人がもっともつよい。

** 0502 ナツミが相談に来訪
どうやら依頼人の来訪。彼は立ってドアに。あけて一言。いない。いや失礼。東洋人。どちらがホームズさんか。僕。どうぞ火のそばに。ワトソン君が飲み物を。ソファに腰かけ日本からの留学生と自己紹介、名刺を。ナツミさんん、何かお困りのことが。ずいぶんおそくまで読書を。それと関連があることか。おどろいて、どこかで私のことを。熟練の目にはみえるのです。へえ。右の袖口やひじのところがひかってる。書き物する。なら本をよむといった。三度うなづいて、成程。では本題に。ナツミさんんの話しは概略次のとおり。

プライオリティー・ロードで下宿。幽霊の声。出ていけ、出ていけ。そこでフロッデン・ロードに引越し。相かわらずつづく。日本国内ならおそらく平気。しかしここ異国では。でも退屈な話しだったかも。否、たしかに過去に同様の事件が。しかしそこにあたらしい要素を見いだすのが芸術家の仕事。はい。事件は深刻ではないが引きうけました。その幽霊があらわれたなら、連絡を。しかし僕の考えがただしければ、二度と幽霊はあらわれない。その確率がたかい。ほう、もうすこし詳細を。いや、事態が想像どおり進展したなら、その時に。ではさようなら。ベイカー街によくこられてる。そのおりに日本のことを。

** 0503 幽霊騒ぎで期待はずれ
がっかりしたよう。私がいった。さぞめずらしい話しかとおもったが、内容はいささか平凡かも。僕にはそうは。いや幽霊事件には発展性がとぼしい。モンタレーの幽霊事件、ケネスバンク将軍の双子幽霊事件もそうだった。あの日本人がもう一度やってきて幽霊がでなくなったという確率がたかい。へえ、どういう理由で。その幽霊氏に彼が僕というやっかいなところにやってきた。そういう連絡があるから。おやまた誰かが階段をのぼってくる音が。ワトソン君。

** 0504 女性の依頼者が来訪
どうぞあたたかい暖炉のそばにという。今度はいってきたのは裕福そうな婦人だった。年齢は四十ほど。体がたえずふるえてる。その火にあたる気になりません。もう絶望的な気分です。どうか納得できる説明を。キングスレイもおなじ気分でしょう。ただ彼は精神がまいってるので自分の気持を自覚してないでしょう。まあまあリンキイさんとホームズ。そして来客用のソファにさそう。最初から順序だってお話しをしてくだされば有効な助言を。どうして名前がおわかりに。

** 0505 メアリー・リンキイが自分の生い立ち結婚をはなす
さっき雪をはらった。そのハンカチに名前が刺繍。ずいぶんな取りみだしかたと。でも私がはなせば無理ないと納得を。火のそばにきた婦人にブランデーをだした。やがてはなす。自分は子どもの頃はまずしかった。ロンドンであるお金持ちの年寄りと結婚。主人はずっと独身。子どもなし。弟があるという。でも私はまだあってない。自分は結婚してメアリー・リンキイに。前はホプキンスです。主人が昨年の九月に死亡。自分は北のプライオリティー・ロードの土地屋敷を相続。ここで執事夫婦と三人暮らし。主人との間には子どもはない。なので生活の慰めに猫を。その子どももふくめ現在は四匹。近所の方々は猫屋敷と。近所の野良猫にエサをあげてるから庭にもおおくの猫が。主人は不動産だけでなく貴金属、宝石類い、また貯金ものこし。現在の生活にはこまってない。ところでという。

** 0506 生き別れの弟、キングスレイがいる、ブリッグストンに弟探しを依頼
私には十代の頃生き別れの弟が。年齢は六つ違い。現在三十四歳。自分は幸運に生活の安定をえた。なので弟を探しだし、まずしければ屋敷に引きとり、ともに生活したいとかんがえた。そこで新聞に尋ね人の広告を。しばらくしてジョニー・ブリッグストンと名のる人物が来訪。めずらしい職業があるものとおもったが、彼は尋ね人探しを職業にしてるという。この人はもうわかくない。経験豊富なよう。で、お願いすることに。弟のことをいろいろとはなした。

弟はキングスレイ。姉弟の二人きり。弟がおさない頃に父母が他界、親類縁者にそだてられた。その家はこの親類縁者によって売却。この人たちの家にはひどい思い出がたくさん。それはさておいて、私たちはたえかねて家出。自分が十九、弟が十三。街を彷徨、旅芸人の一座にひろわれた。しかし弟はまたそこを飛びだし行方しれずに。孤児院にとの噂も。以来弟とあってない。弟の特徴です。

** 0507 スコットランドで弟に引きあわされる
はっきりといえない。しかしあえばわかるという自信が。他にお揃いのロケット、そこに父母の写真。それぞれもってる。父からのプレゼント、二つを自分に、弟がおおきくなったらその一つをといわれた。父のかたみ。弟のロケットにはキズ。それは伯母の家を飛びだした時につけた。自分はその様子をはっきりとおぼえてる。これは本人確認の大切な証拠に。このことはブリッグストンさんにはだまってます。十一月十日頃のこと。ブリッグストンさんにいいました。するとまず孤児院。こういう人は従軍してる例が。名前もかえないだろうと。一月ほどして電報が。見つかったという。自分は弟がすむというスコットランドのエジンバラに出かけました。厳冬の地に心痛。キングスレイのすむ家はエジンバラのはずれ雪原の一軒家。ブリッグストンにつれられて家にいった。

** 0508 屋敷に引きとる
あうとふけて昔の面影はない。姉さんなの。家の中はいやな臭い。例のロケット、父母の写真はもってた。弟としれた。弟はまだ独身、すぐ屋敷にさそった。粗末な家の中には東洋の骨董品が。甲冑も。きくと長期間中国にいた。それらはすべて中国で。しかし中国時代のことをきいても、はなしたがらない。弟はこれら骨董をすべて屋敷に持ってきた。あたえた弟の部屋にある。ブリッグストンさんにはお礼と所定の謝礼を、以来あってない。で、もしかしてもっとくわしいほうが。

否、どうぞそのまま。四、五日は夢見心地。うちとけてはなすと、やはり弟と。赤ん坊のこと生家はまったく不知ながら、あの不愉快なマンチェスターの家のこと。よくおぼえてた。喜びにひたってたのが年末に一変。

** 0509 長行李を無断でのぞく、弟に変調が、奇行の数々
おかしなことばかり。自分に原因があるが。骨董品の中に中国独特の長行李が。前々から大事に。気になって弟がいない時に無断であけた。中に絹のようなもの。その下にふるい仏像のような。包み。その時です。

何してるんだ。姉さん。こわい顔であわてて蓋をしめた。これはとてもひどいことだ。姉さんといった。それからふさぎこみ、はかばかしい反応がない。ついには部屋にこもり、でてこない。ついに行李の前でぶつぶつ、つぶやくようになった。どんどんやせる。つよい匂いの香をたく。部屋にはいれば煙でむせこみそう。しかし彼は暖房をいれない。立派な暖炉がある。自分が火をつけてもけす。弟と一緒にいるとがたがたふるえる。年があけて一月の二日か三日。

** 0510 額を傷つける
部屋のすき間から弟がたってる様子が。弟が警戒するのでずっと廊下に。すると夢遊病者のよう。手をあげて、何か。中国製のナイフを左の眉の上に。自分は大声を。弟は顔の左の額から左の眉にかけて斜めに切りさいた。部屋に飛びこみナイフを取りあげる。執事をよび救急箱を。出血の治療を。でもキングスレイは放心状態。向かいの鏡をみながら切断のよう。僕はどうしたのときく。その時床の上にトカゲ。二、三匹。そこで覚悟をきめたよう。

異様な話し。中国でアヘン売買の仲間にはいってたらしい。そこで血腥い事件に。詳細は拒否したが大勢の現地人の呪いをうけるはめに。おどろいた。現代でも人を呪いころすようなことが、あるのか。自分は呪いころされるという。対抗手段はないのかというと、それがあの長行李と。ある中国の賢人がくすの木でインドの仏像をほる。それを絹でつつんでもたせてくれた。あの長行李に呪いを封じこめたのだと。終身長行李を身辺におけといわれた。しかし絶対にあけてはいけない。あければ弟の身によくないことがと繰りかえしいわれた。

** 0511 弟が中国の呪いにおびえる
それをあけた。今も大勢の東洋人が自分をのろってる。ころされると、おびえてる。自分はすぐ相談にうかがおうと。でもゆくなと弟が。それで今日に。火をたかないのはとホームズがきく。中国の賢人によれば、呪いがきいてくると呪いをうけた人のまわりがアフリカみたいに高温に、またからからに乾燥すると。だから部屋をひやしておくという。この弟を前にして、しんじないともいえず相談にきた。

その後の彼の様子は。あいかわらず。まるで骨と皮だけ。あれでは呪いの効き目があらわれる前に餓死を。何もたべない。すこしは。でもすぐはく。一日じゅううわ言。廊下でたおれたりも。他にかわったことは。さあ。ああ、パジャマを着がえるのをいやがる。キングスレイがこちらにきた時、寝具一組をもっていった。でも寝つけないと拒否。ベッドだけはつかってるが。シートは以前のもの。

** 0512 呪いでミイラになると
せパジャマもそう。発作をおこすと床をころげまわる。だからパジャマがよごれる。でも今は洗濯させない。着つづける。それはナポレオンも。ところで僕のところに相談と。いえ、いってない。他人をいれるとよくないと。でもあなたは特別、何とかたすけてほしい。比類のない事件、今日明日にも弟さんにあえますか。ええ、弟は人にあえる状態では。成程、あえないと。はい。ではワトソン君は。医者ですから。いや、なおさら無理と。特に医者には。気にいらないと凶暴に。これ以上怪我をさせたくない。そう、こまったが、一日、二日は様子見で。ところでその東洋の呪い。ほっておくと。弟によれば大勢でいっせいにのろう。するとその人間は体じゅうから水分がぬけカサカサのミイラになってしぬと。ほう、成程。何かあれば電報と約束、婦人はかえった。

** 0513 二月八日、レストレイドから異変をしらせる電報
ホームズがきく。どう、ワトソン君。不可解、納得は。強度の神経衰弱。へえ、堅実な意見だがどうかな。でも他にあるか。あるだろうね。呪いについては君とおなじ。突然かさかさになるなんてことは。じゃあ、しんじてない。まるっきり。東洋かぶれのペテン師が。成程、その弟があやしい。さあて、ペテン師ならひからびて、しなないだろうな。その二日後である。二月八日午前に電報。われわれの旧友レストレイドからだった。それは、あなた好みの事件発生、メアリー・リンキイ宅に至急こられたしとあった。

マックルトン駅からリンキイ家に。邸宅は想像よりずっと立派。レストレイドが声。こんな郊外までくるとはとホームズ。めずらしいでしょうな、事件もそう。執事のベインズ夫婦からきいたがメアリー・リンキイとあったと。予想外の展開だったかも。ふむ、ところでリンキイ夫人は。あちら。彼女は三人の男につきそわれ馬車に。あわててホームズが声を。病院へ。ホームズが夫人に声をかける。キングスレイなの。ちがうわね。うながされて病院への馬車に。執事によれば夫人は以前からおかしかった。今度の件で決定的になったとレストレイド。何てことだとホームズ。

やがて気をもちなをし現場をみて、説明をききたいといった。三人で館に。すぐ気づいたこと。裏庭がせまい。隣家がすぐそばにあった。その二階の部屋の窓に空室とかいた札がぶらさがってた。この館は二階建て、正面のホールの隅に執事夫妻。で、執事か。いや、まず現場を。キングスレイはしんだ。そう。ご自分の目でみたほうが。あの死に方ははじめて。問題の部屋は二階の中央廊下にそって四つならんでる部屋の西から二つ目。

** 0514 寝床にミイラ化死体
ドアは中にむかってあく形式、近づくと焦げくさい。内部のすべてが黒か茶色。水をふくんでた。もえてたので執事と夫人が水を。ホームズはすぐベッドに。そこに横たわったミイラ。パジャマ姿、半開きの口、目はとじ別に苦悶の表情はない。左の額から眉に傷跡。シートに焦げ目があったがパジャマにはない。まさにキングスレイはミイラになった、とみえた。カラカラにかわいた完全なミイラですとレストレイドが声を。

ホームズが拡大鏡で観察、頬のあたりにすこし崩れ。夫人がふれたらしいという。その時警官が。二枚のガラス板をビスで固定したものをもってる。レストレイドがいう。こんなめずらしいものがミイラの喉から発見。紙はランガム・ホテルの便箋のよう。ホームズがいう。

** 0515 喉から謎の紙片
六十一とよめる。そう、その前はかすれてよめない。ワトソン君、これを写しとってくれないか。紙片の外郭もいっしょに。うすい紙を上に、窓際で外光を利用してうつした。どうしてこれが喉にとレストレイド。不可解、しかし興味深い。証拠隠滅か。隠滅なら飲みこむ。被害者が隠匿するか。議論の輪をぬけたホームズが調査、書き物机に。どこにもランガム・ホテルの便箋がない。彼は便箋を所有してないようだ。しかし便箋は切れ端。最初から切れ端にかかない。全体にかいて切れ端に。なら残りはどこに。胃袋でないなら、暖炉かくずカゴに。くずカゴはススばかり。もえたか。あるいは。部屋全体が暖炉みたいだ。それから拡大鏡をもって精力的に調査をはじめた。なのではなしかけるのを遠慮。

** 0516 東洋の甲冑、木彫りの像
これは東洋のヨロイカブト。バラバラになり前のめりにたおれてたと。これもずいぶん、こげてる。普段はどういうふうに、かざってたか。そこにちいさいスツール。その上にすわってたと執事が。そこの支え棒で背中から。ふうん、こいつが部屋の隅に。カブト、面当て、脛当て、手袋も。これなら露出する部分がほとんどない。今あるものをあつめて、元どおりになるか。さあ、やけたからそうみえる。いや心棒がいる。それがもえたか。レストレイド君、支え棒というが、どこにも見あたらない。妙だが先に。例の長行李。特によくもえてる。中はさわってない。然り。ワトソン君、そこのステッキを。かきまぜて黒焦げの木彫りの像。それが呪いよけの仏像。

これは足を一本ずつ。めずらしい。僕は三年間中東、チベットを彷徨。下半身は布でおおった筒状につくる。特別なものか。おや、肩、肘のところが切断されてる。足のつけ根、膝はされてない。これは重要ですよレストレイド君。ふうん。これは、はじめから、そうつくられてた。では、次はドアと窓。

** 0517 クギづけの部屋、死体の発見
おや。それは昨夜リンキイがクギづけにした。その音で夫人も執事も目がさめたという。ふうん。モルグ街の再現。ほう、クギづけの部屋か。だからトンカチがあそこに。はい、クギは暖炉の上に。ここでホームズがレストレイドにきく。

死体発見の様子は。トンカチの音で三人がおきてきた。夜中の二時前。廊下側の窓越しにはなした。キングスレイはその割に冷静だった。こうすれば悪魔がこなくなる。で、引きさがった。夫人は。合鍵をもってた。はい。で、三人は部屋に。朝ここにくるとあつい。部屋がもえてた。でももえてた箇所はすくなく全体でなかった。三人がドアをやぶってはいる。このとおりのリンキイを発見した、ということ。

** 0518 卒倒したリンキイ夫人
夫人が卒倒、二人で下につれてく、ベインズ一人がもどり消火。よく一人で。いや、一人だったから、ここまでもえた。昨夜外部からの侵入は。ない。戸締りは厳重、三人はねてない。侵入に気づく。朝、家じゅう見まわり、窓をやぶった形跡はない。われわれも確認。ではキングスレイが内部から手助けは。ううん、その可能性が。ないとはいえない。彼らもないと。第一、現場はドアも窓もクギづけ。キングスレイ自身が外にでられない。昨夜三人がここにきた時たしかにクギづけと断定。また彼がクギをぬいたら夜中だからわかると。つまり二時から後に、でた人もはいった人もいない。では、二時の時点で誰かが中に入りこんでた可能性は。

さあ、それは。午後九時半には夫人におやすみの挨拶。普通の状態、訪問客なし。窓の状況はすでにのべたとおり。では消火、警察への連絡。そう。地元では手にあまると自分のところ。さらにホームズさんへと。成程。あなたはいつも警察をおどろかせた。今回もそう期待。 ホームズの調査はつづく。部屋の周囲。クギがぬかれてないか確認。昨夜雪がふったか。不知。では下で。

ベインズ夫妻の証言は夫人からきいたものとおなじ。猫が見あたらないね。キングスレイがおっぱらった。雪は。ゆうべは、なし。朝には。死体を発見した時、部屋はあつかったのに外は雪。レストレイドがベインズにきく。呪いのことは。キングスレイのいうことはそのとおりと。で、ワトソンに一日でミイラになる。医学的にあり得るか。ないようだ。でしょうな。これは通常の犯罪でなさそう。自分たちの出番があるのか。 ホームズがベインズにきく。甲冑だが、ケースにいれて保管するのが普通。見あたらなかったが。ない、最初から。へえ。甲冑のケース、ええどんな意味が。無視しまたきく。夜中にトンカチ。君たちは部屋に。はい。

そこで一悶着。部屋に引きさがった。それからトンカチの音は。いっさいなし。その時、部屋の中は。みえた。廊下側の窓にカーテンが。しかしあの時はあけたまま。すべてが。みえた。キングスレイ以外の人間も。いなかった。ベッドの下にも。みえました。いません。この部屋の真下は。奥様の部屋。明日一日は片づけないでくれ。はい。では引きあげ。

* 0600 漱氏、幽霊きえた、女装のホームズに遭遇
** 0601 女装のホームズ氏に遭遇
ホームズ氏を訪問し三日たった。幽霊がでなくなった。効能があった。二月九日土曜日、おそめに起床。散歩に外出。もどる途中でこの積雪の中に日傘をさしたレディにあった。身長が六尺をこえてる。人々はさけて擦れちがった。ちかづくとホームズ氏とわかった。ホームズさん、今日はといいそうになった。しかし、すましてそっぽをむいてる。まさかの発作をおそれやめた。

擦れちがう。後ろから笑い声。ふりむくと巨大な帽子をとりお白粉をぬぐって素顔をみせた。これはホームズさんといった。ちっともわかりませんでした。そう実は私です。お忘れですか。いや、あなたは命拾いをした。へっ。あなたこそかのモリアーティ教授かも。その嫌疑がはれた。彼ならこれほど初歩的な変装にだまされるはずないのです。ところでホームズさん。何でしょ、シゲルソンさん。自分はおもわず後ろをむいた。自分の名前をわすれたのだ。あの幽霊の件です。へえ、何の幽霊。ええ、私の部屋にでると相談にあがったばかりでしょう。おお、そう、勿論、三日。四日。ええ五日前だったかな。あのう、それはそれほどの問題では。

** 0602 ミイラ事件をきく
おお勿論、シュプレンドールさん。はやくあなたの家で相談にのりましょう。あれはもう。訪問以降でません。おかげで。そうでしょとも。実はあなたに相談があって。私に。はい、あなたの力をかりたい事件が。お願いしたいが。ええ、よろこんで。それはこれ。ご覧ください。紙片。えっ、お空は青い。夕陽は赤い。お砂糖は甘い。自分はこれを朗読。間違い。これはフィンチ卿失踪事件にからむ暗号。でなく、これ。紙片に図形がしめされたもの。これは。ホームズ氏はその概要をかたった。それは後にプライオリティー・ロードのミイラ事件としてしられるものだった。

この場所はロンドンの北、偶然にも自分が昨年まで下宿してた土地、街道からすこしはいった所にリンキイ家という邸宅があるらしい。この邸宅の主は未亡人、執事夫婦と三人暮し。最近、行方不明だった弟とくらすようになった。このキングスレイとい弟は中国に滞在、そこで事件に巻きこまれ大勢の中国人の呪いをしょいこむこととなった。それが昨日、一晩でミイラのようにひからびてしんだ、というのである。この男の喉から紙片がでた。これはそれの写し。中国がからんだ事件です。で、チャンさん、東洋人のあなたはこの図形の意味がわかりますか。たったそれだけで女装とおもった。

** 0603 自分の下宿、紙片は「常に六十一」か、ワトソン氏も来訪
下宿につきました。あなたの部屋で東洋のお茶をいただきながら。私はあれに目がないので。で、図形。「つねに六十一」とよむのかと。「つねに」の意味は。日本語なら、オールウェイズの意味。でもこんなふうに西洋の数字と並用する。日本人ならやらない。その時、馬車が家の前にとまる音。ちょっとした魔法をご披露。チンタオさん。お願いします。ロンドンの馬車は三種類。二輪馬車はワルツ。四輪馬車はドイツ「歌曲の四分の四拍子。二輪辻馬車はフラメンコ。さんざおどったあげく、二輪馬車です。これは中流家庭の夫人にふさわしい。したがってこの家の女主人がかえってきた。自分は外をみた。四輪馬車だった。ワトソン医師がはいってきた。ホームズ、やはりここにいたのか。

* 0700 ワ氏、ナツミにミイラのことをきく
** 0701 ナツミを訪問、幽霊はきえたと
ホームズのいいつけでナツミの部屋に。彼は書き物。よくここがわかりましたね。僕の友人はそういうことの専門家でね。部屋。彼はホームズをほめそやした。幽霊はでなくなった。二、三日のうちにお礼にゆくという。

** 0702 二人に随行しリンキイ邸へ
それは好都合だ。下にまってる辻馬車にホームズがいる。馬車からホームズがいう。ようこそワトソン君が無理強いしたのでないですね。馬車の中。ワトソンがいう。彼から話しがあるそうだ。幽霊がでた。否、でなくなったのでお礼を。それはよかった。この国が嫌にならずにすんだ。当然のことをしたまで。はい。でももし気がすまぬと。ならよい方法が。何ですか。われわれの悩みの相談に。たよりにされて光栄、よろこんで。そんな事がありますか。はい、わが国の新聞は。ええ、留学でまなぶべきことがおおい。新聞までは。それはいささか残念。

新聞にこそイギリスのすべてがある。タイムス、デイリー・テレグラフ、リーズ・マーキュリー、ウエスタン・モーニング・ニュースなど。それはともかく、今朝のプライオリティー・ロードのミイラ事件はご存知か。否。ではその概要を。自分は犯罪の研究者。しかしこの事件の中心に東洋の神秘がある。途方にくれるわれわれに東洋からきた友人がいたことに感謝したい。概要がかたられれ、ホームズがいう。いかがですか。自分は東洋からの客人にことなる見解を期待したが。われわれ同様の驚きだった。

** 0703 ミイラ事件のこと、日本の風習をきく
そんなことがこの文明都市でおきたのですか。そう。しかし南のエジプトの自然条件がない場所でミイラをつくる。腐乱がはじまる。無理でしょう。日本人の見解は合理そのもの。ホームズがいう。自分はわかい頃、ロンドン大学医学部にいりびたってた。死体腐乱をふせぐ方法は多数。だがこの死体にそのような方法をつかった形跡がない。そこで東洋です。そこにはヨーロッパで未知の方法が 。ナツミはようやく事情を理解した。日本には伝統的なうるし塗りの処方、なめし皮の技術が。うるし塗りはある。なめし皮は不知。ではうるしを人体にぬると。炎症、ただ一部の人のみ。まして死人にぬってもミイラにはならない。では呪いにかんしては。実際に力が。ううんころしたい相手の人形にナイフを打ちこむ。いつか病気になるとの言い伝えが。でも私はしんじてない。でもミイラには。では中国では。不知。すると一晩でミイラ。われわれと同様におどろいた。勿論です。ううむ、そのお答えにはスコットランド・ヤードの友人も落胆でしょう。

** 0704 紙片の謎、「常に六十一」かも、屋敷に到着
実務的な人物なら呪い以外に原因をもとめるでしょう。煙が原因かも。それは医者としての意見かいとホームズ。では紙片を。この図形に何か意味があるか。六十一という数字。そう、でもその手前は。「常に」という意味の日本語とにてる。だが日本文として意味をなさないという。これはロンドンでしんだ英国人の喉につまってたものでしょう。これが日本文字とは。日本ではない。ううん、もうすこしかんがえれば。ではこの紙片をもってて。

われわれはスコットランド・ヤードで本物をみることも。不思議な事件ですね。そう。もしかして現場にゆけば、もっとお役にたてるかも。さあ到着、リンキイ邸です。どうぞ。

* 0800 漱氏、ミイラ事件のリンキイ邸を訪問
** 0801 馬車をいさがせ屋敷へ
女装のホームズ氏がさけぶ。リンキイ邸に三十分でいったら割増金だ。重大事とおもったが後でワトソンさんにきくと、あれが癖だそう。事件のことはとワトソンさん。僕が完全にとホームズ氏。東洋に呪いの力は存在するか。そう、でも東洋全般については。ホームズ氏がいう。僕の友人の東洋の知識は幼稚園なみ。日本と中国の区別も。日本は北京の郊外にとおもってる。ワトソンさんはあかい顔。さらにホームズ氏。英国人の知識はその程度、だから日本が香港の一部とはしらない。自分は五寸釘のやり方を説明。

** 0802 呪いの藁人形、紙の人型の話し
これは呪いの人物を藁人形につくる。それを丑の刻つまり午前二時、霊場にゆく。呪いをこめて藁人形に五寸釘を。これを人知れず七日目の満願の日までつづける。この他に紙で人型をつくる。火の中にくべる。するとホームズ氏。アフリカのある民族、湯の鍋の中に相手の名前を三度さけぶ。素早く蓋を。三日三晩煮つづけると紹介。ワトソンさんが相手はどう。それは病気になったり、しんだり。という言い伝え。ただしミイラには。二人はがっかりした様子。

自分は紙片をひらいてみた。ワトソンさんがどんな意味と。「常に六十一」という意味かも。しかし日本文なら「に」が必要。なのにない。さらに中国人の呪いなら中国語。日本語は。これは中国文字では。否、まったく別物。

** 0803 謎の紙片に自分の考えを
普通、日本人は西洋数字を混在させない。だが自分のような人間なら。あるかも。ワトソンさんがいう。これは切れ端。ながい文の一部かも。すると「義経」がうかんだ。でも口外は躊躇。中国と日本とは文字がちがうのかとワトソンさん。そう、文字もその他もと。でもロンドンとパリほどの違いでは。成程、かもと。しかしここほど気楽に行き来できない。やはりちがう。さあスカートの旦那、到着と御者。

みるとここは自分のかっての下宿の近く。あるいて十分。おい玄関車寄せまでだ。つく。五秒オーバー。割増金なし。御者は捨て台詞。さる。執事の出迎え。ホームズ氏がホールをよこぎり階段。死体が見つかった部屋。床から窓掛けまで黒焦げ。寝台の上からミイラは撤去。

** 0804 女装探偵の現場検証
女装のままホームズ氏はレンズ片手に部屋じゅうを。服は煤だらけ。ワトソンさんが手招き。棺桶のようになった長行李。中から仏像を取りだす。これは作成時から切断されてるよう。日本ではと。否、罰当たり。しない。妙におもったことが。両足がわかれてる。仁王さまか。でも顔は観音のよう。ある物を発見。これは日本の甲冑と大声。去年、ロンドン塔で日本の甲冑を発見したことを思いだした。しばらく腕組みのホームズ氏が。それはたしかですか。はい、たしか。でもキングスレイはこれを中国で手にいれた。可能かも。

* 0900 ワ氏、漱石をののしる執事、現場をみる
** 0901 執事が東洋人をおそれナツミをののしる
リンキイ邸。ホームズ、自分と屋敷に。執事が。出迎え。ところが突然、黄色の悪魔、でてゆけと大声。ベインズはこの館の不幸の原因を東洋人のせいとしんじてたのだ。張本人が事の首尾を確認にきたと。

** 0902 甲冑は日本製とわかる
あわててホームズがなだめる。もどってきてナツミに失礼をわびる。二階の部屋。ナツミを長行李の前によびホームズがいう。このように体が切断されてる。こんな作り方をした像はみたことは。否。さらに甲冑をみて日本のものと明言した。しばらく思考中、ほかに日本製は。詳細にみて、否。でももう一つ、あのメモは。ワトソン君、この事件は中国と日本がごった煮に。これが人間によっておこなわれた。すると彼はわれわれと同様に中国と日本を区別できてない。この蓋然性がたかい。では、下宿までおくります。

** 0903 もどって部屋で六十一の謎を徹底的に議論する
ベイカー街の部屋。六十一。どんな意味とワトソンに。日数か。六十一日間、六十一日か。日にちはない。二月六十一日はないから。では年号か。一九六一年、こんな未来では。西暦六十一年、こんな大昔では。あの紙には数字のあとに余白。では例えば六一六一とか六一〇〇の前半部かも。ほかには距離。金額、六一ポンド、六一シリング、人殺しの金額でない。重さ六一ポンド、人間一人の重さには中途半端。ナツミによれば「常に六一」という。ありそうだよ。でも何故喉から。

そう実に不可解だ。さらに気にいらない点。 ランガム・ホテルの便箋だ。昨日訪問、ベインズとともに確認、便箋はない。さらに部屋に筆記用具、インキ壺、鉛筆もなかった。するとキングスレイはあの六十一をだいぶ前にかき、もってた。そしてしぬ前に口にいれた。それもあの一部だけをちぎって。残りはくずカゴに、だが燃えて消滅。だとして、何故あの部分だ、何故口に。もしかして隠し金庫のキー・ナンバーとか、だったらあわてて、では、その急をようする事態とは。

突然それをねらってる昔の悪党仲間があらわれたとかね。隠滅ならもやす。実際残りはもえてるはず。では急をようする事態があったか。扉、窓をクギづけした。侵入者がいなかった。というのは午前二時、槌音、三人がかけつけ翌朝の死体発見まで。クギはぬかれてない。つまり僕らがみたおなじ状態。午前二時に完成。その時キングスレイしか部屋にいなかった。断言できる。僕は廊下で窓越に確認した。すべてみえた。もしベインズが正直でカーテンがあいてたなら誰もいなかった。つまりキングスレイの前に闖入者があらわれることはない。屋敷にいても彼の部屋には。これから急をようする事態はなかった。こういう結論だ。

もう一つのケース。何者かが、もし侵入者がいたとして、無理やりに口におしこんだ。この可能性を否定はできない。でも厳重に封鎖、脱出。その形跡がのこる。しかしない。つまりこのケースはないということ。然り、ワトソン君。これはおおいにこまった。そんな部屋にはいれた。として一晩でミイラ。ないね。だがキングスレイがどうして内側からクギづけ。姉が合鍵。すると家人の誰一人はいってほしくない。では一人で何をするつもりだったか。ということで、おおいにこまったね。この頃のホームズは暗中模索の状態だった。

** 0904 アルコールの実験
しばらくして彼はどこからか、アルコール、ボロ布などを買いこんで、実験机にむかった。何度も燃焼実験を。たちまち悪臭。そっと部屋をでた。実験がつづく。私はロンドン中のクラブ、公園を歩きまわった。四日目、意をけっしてホームズにはなしかけた。きわめて満足すべき結果が。へえ、何。あの部屋の火事はアルコールによる放火だ。

** 0905 検死の結果、餓死の可能性
中国の呪いはあやしくなった。ふむ、それはすごい。でもまた謎が。何故クギづけの部屋で放火しなくてはいけない。またまた謎がふかまった。おや誰かが。スコットランド・ヤードのレストレイドが。ミイラをもう埋葬したい。その前に一言お断り。成程。で、死体について何か発見は。別段。ほう像のように切断は。否。成程。検死の医者がすこし面白いこと。何。キングスレイは餓死では。へえ。しばらく沈黙。それは周囲のすすめにさからいパン切れ一つ口にしなかったからとレストレイド。で、ホームズさん、この臭いの理由は。

そんなこと、あとまわし。へえ、それはそれは。では失礼を。レストレイドが出ていってから相当時間が経過した。ホームズがいう。何てことだ。われわれは、たぶらかされてた。こうしてはいられない。でも警視庁の旧友のことは。ええレストレイドはかえったのかい。君に追いかえされたよ。ほう、僕がおこらせたのかい。

** 0906 ひらめいたホームズが外出、各地訪問
そう、一人をのぞいて誰だっておこる。へえ、誰。僕。ではホームズの協力によりレストレイドはプライオリティー・ロードのミイラ事件を解決ならニコニコだろう。と、いって表にでていった。それから二日彼は実に活動的だった。小旅行はエジンバラやマンチェスターだったらしい。相手はずるがしこいと弱音をはいた。その翌日、疲れきってかえってきた。外套から名刺がおちた。そこにコーンウェル半島のランズ・エンドの精神病院の院長の名があった。

** 0907 二月十二日、ナツミにあう
メアリー・リンキイにあってきたのは明白。僕は君とともに仕事をしてきた。その時、名誉欲、金銭欲などにうごかされて仕事をしたことはない。うん、わかってるよ。だからこの最低の誤りを君が公表するのをまってくれ。こういったらわがままか。わがままなものか。この記録はけっして公表しない。ありがたい。もつべきは友人だ。

二月十二日火曜日、ホームズは外出した。私は昼食のためベイカー街にでた。後ろから声。日本人のナツミだった。ご機嫌ようと挨拶。彼は毎週火曜日にクレイグ博士のもとにかよってる。昼食。ホームズとよくゆくマルチニの店にさそった。彼があの証拠の紙片をわたしていう。あれからかんえたが何もない。お役には。お気づかいなく。あなたはシェイクスピアの勉強。大切な使命がある。

** 0908 一晩でミイラ作成の議論
自分の勉強はあまりにもささやか。それは謙遜。あなたは大変な勉強家と。わかいうちは当然。いや歳をとっても。ホームズをみてるとそう。今やってるのは六十一の勉強。食事をおえミイラの話しに。ナツミは一晩でミイラをつくれそうな方法をあげる。吸血鬼。ほう。あなたの作品にも登場。おお、よまれたか。はい、他の冒険譚も。でも私もホームズもその存在をしんじてない。それは私も同様とナツミ。人間の血をすう何かの動物です。あるいはもっと下等な生物。何者かが持ちこむ。死体から血をすいとる。成程、とかげがいた。でもすわない。

それとも、何かの医学的装置で脱きとり、そばで火をたく。高温乾燥で。無理、人体における水分は血液だけでない。かりに血液全部。でも水分がのこる。無理でしょう。ううん。またその犯人はどこから侵入。そう、わたしは犯人がその作業を邪魔されないようクギづけにしたと。いやクギづけにしたのはキングスレイ自身。そうですね。内側から厳重に。しかも午前二時に部屋の前にやってきたベインズがベッドの下まで確認と。つまり他人はいなかった。さらにです。はいったなら、でなければ。部屋、館の窓にその形跡はない。またメアリー・リンキイがその真下の部屋に。壁をよじのぼってキングスレイの部屋に侵入はむずかしい。なるほど。

また第一、そんな犯人がいるとして、何のため。その目的は不可解なまま。ワトソンさん、キングスレイを意図的にころす。すると犯人に何の利益が。利益がある人物はいるのかですね。そう。だから自分はキングスレイが生前いってた復讐。これでころされた。これ以外にないと。どうですかナツミさん。ホームズさんもそう。いつもどおり何もいわない。でも、あなたとおなじように、かんじてるでしょう。ああ、それはどうも。

* 1000 漱氏、ホームズ氏の奇行のわけをきく、クレイグ先生の奇人ぶりもはなす
** 1001 二月十二日、ワトソン氏と昼食
自分の下宿、フロッデン・ロードは場末である。下町にでるのは週一、二がよい。それでチャリング・クロスの古書渉猟、大英博物館の訪問を毎週火曜日のベイカー街の際にゆくことにしてた。二月十二日の火曜日、クレイグ先生を訪問するため、例の紙片をもって下宿をでた。まず地下鉄。テームズ川の底を横断、また別の地下鉄で西行し、ベイカー街の駅につく。自分は先生のところをおえて帰路、ワトソン先生。昼食にさそわれた。料理屋に落ちつくと例の紙片をわたした。お役にたてませんとわびた。

** 1002 ホームズ氏の症状は悪化、妄想の世界に
四方山話。先日、女装のホームズ氏に出あったことを。彼の最近の症状はおもわしくないと。一時世間に内緒で入院させたことも。なおったとおもったが、またぶりかえした。自分のことをモリアーティ教授と間違えたというと、なきそうになった。その人物は実在しない。外国人だからと告白した。

ホームズ氏は一八八〇年頃から脳に変調。見当違いの犯人、レストレイドを逮捕させかけたり、このところ迷宮入りの事件がふえてる。そこで親友を精神病院へと。一八九一年のこと。入院は三年間。当時自分は彼の復帰はないとおもってた。つまり世間的には彼はスイスでしんだとした。そこで世紀の大悪党モリアーティ教授をでっちあげた。辻褄あわせに苦労したが、ホームズ君自身は作り話と現実を区別できなくなった。実は昔、彼がモリアーティという家庭教師についてたことが判明。誰彼となくモリアーティという。そこにきてです。

読者が「最後の事件」はおかしいと批判。スイス人は遭難者になれっこ。どうして二人を捜索しないのかとか。崖の途中に潜伏中のホームズにモラン大佐が石をおとした。だが銃の名手であるモラン大佐が何故銃をとか。さらにチベットやラサに放浪、一九〇三年まで厳重に外国人は立入禁止だった。もっともな指摘で事実が露見しそうに。ここにきて、またおかしくと。ワトソン先生は額の前髪をあげる。ここにおおきなコブ、夕べ、就寝中におそわれた。フライパンでぶったんです。

** 1003 気の毒になりクレイグ先生の奇行を紹介
気の毒だ。そこで奇人クレイグ先生の話しを。興味をもってくれた。どんな経緯で。ウィリアム・カー先生の紹介。どんな人。風変わり。ほう。軽口はなし。堅物と自認、自分のことは無関心、興味はただシェイクスピア、その研究に必要な大英博物館のみ。はあ。外出先は大英博物館のみ。家事は家政婦ジューンが世話。朝、起床、シェイクスピア。調べ物。原稿書き。資料不足なら大英博物館。かえってシェイクスピア。そして寝台。だから家、着る物に無頓着。これでしぬ。実は某大学の教授職をすて大英博物館にゆく時間を確保したと。だから金にこまってる。でも本をかう金が。そこで犠牲は自分。研究熱心には敬服してるがこれに閉口。本がいる。

すると突如、金がいるから今日月謝を。やむ得ず金貨を。すまんと受けとるが、釣りがでない。では翌月分にと。するとまた翌週にも金がいると。先生はわすれる。とくに金のことは。先生は自分の個人教授をしてることもわすれる。そんな気がする。シェイクスピアのほかに書籍を購入することがある。スウィンバーン(イギリスの詩人)の本をもってたら突然、それをかしたまえと。パラパラみてたが朗読を。体をふるわせる。突然本を膝の上に。そしていう。駄目だ、駄目だ。こんなものかくようになって。自分は授業をうながしたが、一向に。またこんなこと。

先生は感激家、突然活動的に。自分はワトソン(同名異人)の作をほめた。立ちあがり部屋を動きまわった挙句、窓から顔だす。こんなに人がいるが詩がわかるのは百人に一人いるか。可哀想に。イギリス人は詩がわからぬ。アイルランド人はえらい。詩がわかる君だの私だのは幸せだ。といって一向に授業がはじまらない。

先生の仕事は沙翁辞典(シェイクスピア辞典)の編纂である。部屋の奧に縦一尺五寸、幅一尺の青表紙の手帳が。約十冊のコーナー。文句がうかぶ。紙片に書きつけ。後でまとめてこの手帳に。ぽつりぽつりとためる。これが一生の楽しみ。この青表紙が沙翁辞典の原稿とは。すぐには気づかなかった。先生にきいた。シュミッドの沙翁字彙があるのに、つくるのかと。すると自己所有のシュミッドをみせた。それはすべての頁に書きこみ。真っ黒と。へえというと。得意然として、これと同程度のものなら、やらない。

それから書棚で探し物。だがシェイクスピア以外はきっと見つからない。で、ジューン、俺のダウゼンはとよぶ。老婆が登場。たちまち手元に。彼がここに僕の名前を。シェイクスピアの研究家と。この本が一八七〇年で、ええと、だからそれより前。自分はおそれいった。三〇年か四〇年か。で、ついでに、で、出来上がりはいつと。わからん。死ぬまで。ワトソンさんは愉快そう。ベイカー街は奇人の集まりというと、うなづいた。ここであの六一についてはなす。

** 1004 六十一のこと自分の考えを開陳、またクレイグ先生のこと
最初にはなさなかったのは子どもじみて、話しの付録で。そんな扱いにしたかったから。これは金額では。というのは自分の一月必要最低額がほぼおなじだから。イギリスの生活費はたかい。東京ではその半分。正岡子規も五十円に大喜びだった。自分は今、月額百五十円である。本代にまわすため、うんと切りつめてみた。六十一円だった。ロンドンの部屋代はたかい。プライオリティー・ロードは週二十四円、最初のガウワー・ストリートは週四十円。こういう訳で六十一円は外国人としては必要最小限。自分とおなじ境遇の日本人なら六十一円死守をさけぶ。「常に六十一」となる。ワトソンさんは興味をもったようだ。こちらの貨幣単位にすると。五ポンド。おどろいて、それは無理と。では百五十なら。十二ポンドあまり。なら何とか。彼の帰国当時の給付金の話しをして、このことをホームズにいっておくといった。話しはミイラからまたクレイグ先生に。

彼はそんなに金にこまってるのか。そう。実は今日自分の英作文の添削をもとめた。別に謝礼をもとめられた。意外だった。奇人の集まりだがホームズは金には無頓着な部類。昼飯の勘定をはらいながらいう。もしおなじことが、またあったら私のところへ。昼飯をおごる。それでイギリスに貸し借りなしでしょうといった。

* 1100 ワ氏、ホームズが事件解決になやむも新聞広告でよみがえる
** 1101 二月十九日、犯人を逮捕にもちこめないと
ホームズがいう。僕はどうしたのか。事件の目星はついてるのにこの悪党に手も足もでない。じゃあレストレイドにたのんだら。通りいっぺんの捜査。無理。たとえつかまえても、何日かの勾留のあとに釈放。

** 1102 リンキイ夫人に義弟、現在所在不明と 150
はなやかな犯罪捜査の舞台から引退の時期かも。ロンドン市民はまだ活動を希望してる。引退の時期でないよ。でも自信は回復したようでない。あのプライオリティー・ロードの邸宅はどうなのかな。去年しんだ亭主、ジェファーソン・リンキイに弟がいるらしい。現在所在不明、捜査中。それまでベインズ夫妻がまもっているだろう。あれだけの遺産だ。弟はでてくる。誰かくる。

** 1103 ナツミが来訪、リンキイ夫人の治療に提案
それはナツミだった。これはお二人、先週は昼食をご馳走に。今日は火曜日、また先生から謝礼の要求は。いえ。ずいぶんしたしいねとホームズ。あなたの話しはワトソン君から。あなたの真似事をしました。私にはまったくの謎。でもワトソンさんから、もうすっかりわかったと。でも一週間たっても新聞にでません。どうしたのか、もし自分に力になれるならと、お伺い。それは感謝、しかし東洋の神秘はみせかけ。これはわれわれ民族の悪知恵です。成程、ではあの紙片の文字も日本文字ではないと。解決したらすべてを。でも今は。あれも謎の一つ。解明はすすんでる。でも解決はまだ。その辺りでくるしんでる。ああ。雑談となった。

ホームズが日本のバリツをまなんだという。ほう、それは日本の武術のことでは。ブジュツ、そう間違っておぼえてた。よくご存知で。そのお陰でこうしていきてる。私は一八九一年にモリアーティとともにスイスに永眠してたでしょう。ほう、日本の伝統的知恵が大英帝国のお役にたてたわけですね。今度もそうであればよかったが。ではそろそろ。あっ、あの婦人は今どうして。

それはホームズにとり愉快な質問では。自分の方から手早く説明、現在コーンウェルの精神病院で療養中といった。おおいに気の毒がった。治療法はというので、自分の方から何かありますかという。しばらく考慮中。やがて子どもじみてるかも。でもその婦人にまだ弟さんがいきてると。もしそうしんじこませたら、彼女のうけた衝撃は一時的なもの。ならその後の治療にわるいはずが。ほほう。でもどうやって。キングスレイはしんでいる。例えば彼そっくりの男は。日本人だからかも。でもイギリスでは大勢がひげ。顔の輪郭がにてる。ならそっくりとみえる。ロンドンにはきっとそっくりの方が。あの執事夫婦に最終鑑定させれば。

** 1104 さらに新聞広告で募集の提案
でもどうやって膨大なロンドン市民の中から。新聞広告。これはホームズの声。きゅうに活動的となったホームズはナツミの手をにぎりいう。すばらしい思いつき。すばらしい。では文面は僕が準備。ところでナツミさん、お力をいただける。なら。勿論、よろこんで。キングスレイそっくりの男をこの部屋にあつめるのはうまくない。後ろ暗い過去があるから。で、あなたの部屋をつかわせては。あなたの名前はジョン・ヘンリー。あなたは明日一日、大騒ぎ。勉強は無理。かまいません。でも下宿のおかみが。ここに五ポンドばかり。これをわたしてベイカー街のホームズが依頼と。では諾否の電報を二時間以内に。それから新聞広告の手配を。了解。

* 1200 漱氏、漱石がリンキイ夫人をなぐさめる提案、新聞広告
** 1201 二月十九日、ベイカー街を訪問 159
二月十九日、火曜日。個人教授の帰り、二人の部屋に。一階の戸口。呼び鈴の紐が。これは以前なかった。そういうと電話機。この日、ホームズさんの机上に電話機。これもなかった。この二つはきえたり、あらわれたりした。どうもホームズさんがいたずら電話してるのではと。部屋には二人、ワトソンさんは額に絆創膏、ホームズさんは揺り椅子に。雑談のタネもつきた。辞去しようと。そこで思いだした。女主人、リンキイさんのその後の消息は。途端に異常が。ホームズさんが机上に突っぷした。あわててワトソンさんが自分を部屋の隅に。彼女は発狂、現在、精神病院で療養中という。ホームズさんはかってここで療養した。また彼はリンキイさんの発狂に衝撃と。ホームズさんの方を。

** 1202 ホームズ氏が発作、リンキイ夫人が入院中と
突っぷしたまま、メアリー、僕のせいだと。自分にゆかりのある女性のことを思いだした。複雑な事情で離縁された遠縁の女性をあずかった。やがて精神に変調を。自分が外出する時、きまって見おくる。はやくかえってねという。だまってるとくりかえす。自分はきまりがわるい。父母はにがい顔。台所はくすくす笑い。一度しかりつけようとおもった。だができなかった。その後、入院ししんだ。自分のわかい頃の体験。自分には心の傷だった。不幸な女性に無力だった負い目である。

** 1203 弟の代わりを見つけたらと
不幸な英国婦人をすくう。何とか力になれないかと。それには自分の経験を応用できないか。自分は夫の代償品だった。それが異常をいやすにいくばくかの効果があった。ならばあの婦人には弟の代償品を。でも一時的効果、あるいは逆効果にも。しかし何か力にとおもい考えを口に。ワトソンさんはにた人物をさがすのが大変と。取りあわない。ところが横からホームズさんがいう。新聞広告。

** 1204 ホームズ氏が興奮、高笑い、自分の下宿で募集をと
ホームズさんをみる。くすくす笑いから大笑い。椅子の中で思いきり背伸び。ひっくりかえって天井をむいて、怒声、この部屋に顔の傷のある人をあつめるな。こまったワトソンさんに自分の部屋はと。ただし下宿のおかみの承諾があればと。すると、それだ、それがいいとホームズさん。五ポンドを自分にわたしておかみにたずねてとワトソンさん。結果を至急に。自分は了承した。おかみは了承しホームズの名前によろこんだ。結果を打電、明日午後一時から四時まで。二人は一時間前に到着と。了解し明日をまつ。

* 1300 ワ氏、大勢の応募者を面接、首尾よく犯人逮捕
** 1301 奇妙な新聞広告が
翌朝の新聞におどろいた。内容は次のよう。

左眉の傷互助委員会
アメリカの成功で富豪となったヒュー・オブライエン氏は左眉のおおきな傷跡のため辛酸をなめてきた。しかし今日の成功はこの傷のゆえなりとして、おなじ境遇のわかい人に成功の機会をあたえるため私財をとうじて会を発足させた。今回、ロバート・ブラウニング氏をロンドンに派遣、救済の手をさしのべた。同氏の眼鏡にかなう傷の持ち主は冒険的ながら簡単な仕事があたえられ報酬は膨大となろう。われとおもわん者は本日午後一時から四時までに下記の住所まで。ただし男性にかぎる。住所はナツミのところ。

** 1302 ナツミの下宿で面接場所をいそぎ設営
事情をききたかったがホームズは不在。ナツミの家であおうとの手紙が。下宿屋にゆくとすでにホームズが。ナツミの部屋にあがってベッドをはこびだすようにいわれた。部屋でナツミとあいベッドをだした。そこにホームズとレストレイド。下宿のおかみ姉妹、女中が。ひろくなった、これでけっこうとホームズ。レストレイドにきくと、旧友のまねきで、ことわれないと。五脚の椅子を部屋の四隅と入口のドアちかくの中央においた。

** 1303 レストレイドも参加
ホームズ君、椅子が一つおおいようだ。五脚にもともとナツミの机に所属の一脚。ホームズ、ワトソン、レストレイド、ナツミ、応募者だから。否、ゲストがもう一人くる予定。へえ。ナツミにレストレイドを紹介、挨拶。書き物机は、廊下に。もっとひろい部屋がありますよとおかみ。ここがよい。机もそのまま。そこで応募者の名前と住所を記録を。了解。それだけで、ノートから顔をあげず言葉もはっしない。それで。けっこうです。レストレイド君はすこし窓際に。奥さま、ありがとうございます。もうこれで。女性たちが階下に。ホームズが私に。応募者の接待係を。僕は時々質問。君が主役。この辺りはゆうべ打ち合わせ。では本番前の一休み。

** 1304 午後一時半、面接を開始、自分が面接官、あたりなし
午後一時三十分。ホームズは窓際で。レストレイドがいう。たいした行列だ。膨大に刺激された青年たちですよ。これでは交通整理の警官が必要に。ワトソン君、そろそろ。階下におりて誘導してくれないか。最初の男。体格がよい。名前と住所、必要なら連絡先を。お仕事は。いろいろ。ええ。ああ、ロバート・ブラウニング。人生はながい旅、きめられない。船に、炭鉱で、辻馬車の御者。ながいのは船乗り。どうして船をおりた。ううん、船酔いするから。今は何を。なし。成程、ところでその左眉の傷、どうしてついたか。

ええ答なくても。いや是非、そのための面談。すきになった女の子にみせるため木に。何に。木。ほうりなげた帽子が木のてっぺに。で、たのまれた。のぼった。枝がほそかった。おちた。帽子はとホームズ。そのまま。成程。女は禁物と。感心、感心とホームズ。ではご苦労さま。明日合否を。連絡がなければ不合格と。次の応募者。その次の応募者。ワトソン君、これからは合図。なければ住所と名前だけ。小一時間、行列は消滅。私はこの面接が有意義とはおもえなかった。まず応募者の体格。すべてやせてない。一晩でミイラになりそうもない。ホームズの意図をはかりかねた。悠々たる態度。ききそびれた。窓際でホームズがいう。

** 1305 二時半、やせた男が登場、捕物劇が
二時半。第一幕はかんばしくなかった。でも第二幕はもうすこし見ごたえが。窓からみてると一人のやせた男、ハンティング帽。ちかづいて見あげる。そっくりだった。ホームズの行動におどろいた。あの男だ、レストレイド君。レストレイドが呼子笛を。かくれてた私服が三、四人。

唖然とする男をかこむ。そこに居あわせた酔っ払いもついでに。レストレイドがおいおいと。ホームズをそれをせいして、何かの縁。証人としてこちらに。階段に大勢の足音。酔っ払いの老人がひときわあばれてた。ホームズの手にはコインが。近づく。この若者が犯人、でもあんなにあわてる必要がとレストレイド。茶目っ気たっぷりの口調でいう。そうみえましたかレストレイド君。これはほんのお礼とコインを若者ににぎらせた。やせた男は部屋をでていった。

** 1306 犯人、ブリッグストンを紹介、また面接を開始
では皆さん、プライオリティー・ロードのミイラ事件の犯人、ジョニー・ブリッグストン氏を紹介します。恰幅のよい老人だった。またあばれ抗議した。レストレイドがホームズさん説明を。すると老人がホームズと。そしてあきらめたように。あんたの思いつきそうな手口だ。ではゲスト用の椅子に。手錠もわすれずに。レストレイド君、第三幕がある。そこでは彼にえんじてもらう役割が。ホームズの指示で椅子の位置をドアの方になおす。さて、爺さん、この手口は私でなくあの日本人、君もよくしってる。ええとナツミ。そうですか。気がつきませんか。では声には聞きおぼえがあるでしょう。馬鹿なこととまたわめく。お前は機転がきく男だったはず。ここで私服が持ち場にもどる。

ホームズさん、説明をお願いしたいもの。本当にこの爺さんが。一人で、どうやって。スコットランド・ヤードの待ちかまえるところにくる。もうすこしの辛抱です。まだ事件があるのか。そう。ではさっきのわかい男は。僕のふるくからの友人で俳優です。おやどうやら客人が。階段をあがる音。ホームズは顔をあわせた応募者と老人の反応をみた。何の変化も。次の応募者、その次の応募者。反応がない。いらつきだした。老人もいつまでやるのかと文句。ホームズが第三幕はないかもと弱気に。旦那、贅沢だと。そうかい、ではお前は何を心配してのこのこと。われわれには理解不能なやりとりだった。四時半もうこれ以上は。ベッドも片づけねば。

** 1307 四時半、もう一人の犯人、ブラウナーが登場
足音。ドアがひらく。募集はおわってませんか。顔がみえた。表情がこおりつく。あわてて階段を駈けおりる。レストレイド君、もう一度呼子笛。この大馬鹿野郎と老人。お前が報酬をおしみさえしなければ、こんなことはなかったのに。

* 1400 漱氏、用水桶に転落したホームズ氏、漱石が犯人を確保
** 1401 下宿で面接、大騒ぎ
ホームズさんの新聞広告で大勢の人が下宿の前に。自分は面接審査の名簿係だった。しかし面接がすすみ行列がなくなっても適任者が見つからない。窓辺のホームズさんにおりませんねと。いない。体格がよすぎた。やせた男をつのるべきだった。そう、わすれた。広告の文面は左眉に傷がある男、大金をだすからあつまれだった。不十分、やせている。髭がある。これも必要だった。その時、プライオリティー・ロードの下宿でみた三行広告が頭に飛来した。メアリー・リンキイにあわせるため、そんな男を募集していたのでは。やせた男がやってきた。

** 1402 犯人を指摘、にげる男にホームズさんが賞金といったら、ださないと
おどおどしてる。左眉の傷。まよってる。自分はわかったと。ワトソンさん、あの男をつかまえて。自分の推理である。あの男はリンキイをだますため傷をつくった。当然、今日の応募資格に適合する。二匹目のどじょうをねらての応募だろう。ホームズさんが窓から身をのりだし呼子笛を。まてええ。おい君、あの男をつかまえて。泥棒だ。効き目がない。自分はええいと、十ポンドだす。有名なホームズさんがいってる。するとたちまち一団がはしりだす。するとホームズさんがおどろいた。ださない。

** 1403 興奮したホームズ氏は用水桶に
いったのはお前、自分はしらん。そして首をはげしくふる。その時、手すりがおれた。ホームズさんは三階から下の用水桶におちた。大変だ。階段を駈けおりた。外にでてやせた男を追っかけた。集団をぬいて男をつかまえた。にげても無駄、神妙にせよ。それから用水桶のところに。ホームズさんはびしょぬれ、茫然自失だった。

* 1500 ワ氏、ホームズが謎解きに得意満面の長口舌
** 1501 二人の犯人を部屋に連行、どうして犯人かとナツミ
部屋をもとどおりにしてベイカー街にもどった。二人の犯人、レストレイド、ナツミ、われわれ二人。ナツミがいう。まるで狐につまれたよう。この二人が犯人、これだけ。どうして二人があらわれた。そのための準備がある。当然の帰結。外国への逃亡が心配だったが。しかしまだロンドンにいるとも。何故ならなくなった旦那の弟がまだリンキイ邸にあらわれてない。彼はリンキイ夫人の死により遺産を相続すべき人物である。

** 1502 ホームズが二人を面接で誘いだせると主張
ブリッグストン、報酬の半額をもらっただけだろう。ふん、そう。だろう、偽弟にはまだ金がない。まだ遺産相続できてないから。といって今まだ姿をあらわす時期じゃない。おそらく近辺にひそんでる。これでいそぐ必要はなかった。ところがレストレイド君は事件解決でわれわれに絶交するという。いや、いや、いつ謎解きがはじまるのか。これは失礼、君ほどの専門家には蛇足だが。ところで君の名はと若者に。ジム・ブラウナー。そう。この顔ですぐ思いだすことは。

** 1503 まずブラウナーの説明を
否、われわれはいろんな人にあうから。ではこの顔にヒゲをつけたら。あかいヒゲなら。キングスレイのミイラににてませんか。レストレイドがうなる。私はリンキイ夫人をなぐさめるために、さがしてるとおもってた。やっと彼の真意がわかった。つまり君はリンキイ夫人をだました犯人をさがしてた。そう。でも、なぐさめるためにもなる。弟はしんでない、このとおりいきてるともいえる。どうぞ謎解きを。このブラウナーがクギづけの部屋で、あらかじめ用意してたミイラと擦りかわった。そう。ではミイラはどこに。ブリッグストンがはこびこんだのか。それは無理、密室。だからどうして。つまりもとからあった。あの部屋に。そうだね。そう。ではどこ。

** 1504 擦りかわりのトリックの解説
ええとレストレイドがわめく。で、擦りかわったとして、その後はどうしたか。ブラウナーはどこから逃亡。ええ面倒。最初から説明を。ミイラはどこ。それはあの長行李の中。つまりあの屋敷にやってきた時に持ちこんだ。ええ、あそこには呪いよけの像のみでしょう。ではヨロイは何がささえますか。ええ。あの像は長行李の中にミイラが。ヨロイをささえる。切断された理由はヨロイがすわってるから。像の両足がわかれてるのもヨロイにあわせてる。成程と私。

ではリンキイ夫人が盗みみた長行李の中身は。ミイラ。そうか。それでブラウナーがあわてた。そうだが、またそれを利用した。彼の変調のきっかけだと演出。まってホームズさん。ミイラを寝台におく。本人はどこ。ヨロイの中が空にレストレイド君。で、そこに。ベインズとリンキイ夫人がドアをやぶってはいってミイラを見つけた。ヨロイはすわってた。あのヨロイの中心にとおす心棒がなかったから。

つまりこれは、甲冑、長行李、ベッドの上を容器とする。するとそこにはいってる物を移しかえるトリック。移しかえをおえるとブラウナーは甲冑をきたまま部屋中にアルコールを振りまき放火。自分は甲冑をきたままスツールの上に。放火の時期は朝、たちまち三人が乱入し鎮火。しかし大騒ぎ。これが不可欠。リンキイ夫人が卒倒。夫人をベインズ夫妻が階下に。このチャンスに甲冑をぬぎアルコールを振りかけ放火しドアからでる。さらに人目をさけ玄関に。軒下をつたい足跡に気をつけて逃亡。この時、雪もふってたから。屋敷の表側は目だつが裏は植込みと隣家。逃亡は容易。成程。それでまんまと。でもまだ難問がホームズさん。あのミイラ。

** 1505 ミイラ出現の謎解き
あれはどうしてつくる。キングスレイは餓死、それは自然死でしょう。見事なミイラにしたのは今年の異常な寒さ。へえ、寒さですかね。自然現象です。レストレイド君。ロシアのイワノフ公爵の変死事件など好例。死亡した人体が腐敗せずミイラ化する。今度の場合は餓死だから余計に。しかもさらに好条件がくわわった。キングスレイは荒野の一軒家に。さらにあばら家。室内外の温度差が皆無。で、ブリッグストンがたずねるまで放置されてた。すると彼はこれを利用したわけですか。そう。しんじられない。君もエジンバラにいけばよかった。レストレイド君。あの雪原の一軒家をみれば。では順をおってはなします。

** 1506 財産横領をたくらむブリッグストンの登場
それはありがたい。では、もしちがうところがあればいってくれ、ブラウナー、ブリッグストンのお二人。リンキイ夫人は旦那がなくなり未亡人。一緒にすもうと消息不明の弟を探しはじめた。そして新聞広告。これがブリッグストンの目にとまった。早速リンキイ邸をたずねる。最初は通例の三倍の報酬で満足してたかも。そのとおり。ところがミイラ化死体に遭遇、早速変身。

** 1507 ミイラを利用し旦那の弟を利用した財産横領
子どもの頃の生き別れ。発覚しにくい。別人の替え玉を仕たてる。ところが替え玉の利益と自分の利益をくらべる。もっと得する方法を。みてたようなことをいう。ミイラと替え玉の二つの持ち駒。これを利用し、リンキイ夫人を廃人、屋敷から追いだす。夫人が屋敷をでれば得する者は。旦那の身内。ならばこの人物を抱きこむ。ならばリンキイ家の全財産を山分けできる。かもしれない。ではジェファーソン・リンキイに身内が。行方不明の弟がいた。好都合。さらにリンキイ夫人は繊細な神経。好都合。もっとも衝撃的な方法でこのミイラを出現。なら成功間違いなし。こうふんだ。

** 1508 細部の企みもぬかりない
エジンバラにリンキイ夫人をつれてゆく。廃人に。まだたりない。ではもっと計画をねる。不都合な点に気づく。そうパジャマ。もうぬがせない。これが姉の意見にさからい、ぬがず、そればかりか床をころげまわった理由。ところでお前はその弟を見つけた。そう、トレヴァは借金まみれ。すぐ計画にのった。ふむ、そんな名前か。よくお前に前金がはらえたね。ふん、指輪をうったという。へえ、トレヴァは無一文の上にさらに警官におわれる破目に。ホームズさん、脱線はしないで。

** 1509 偽物でっちあげの新聞広告
お前はロンドンの郊外。そう。その自宅にミイラをはこぶ。そして新聞広告。「身長は五フィート・九インやせて髭のあかい、やせた三十歳くらいの男性をもとむ」これで応募者の行列が。できたよ。私のところもできた。さらに一番有力な応募者がブラウナー。これも一緒。

** 1510 中国の呪い、神秘の捏造
そこでお前は調べあげたキングスレイの経歴やでっちあげた中国時代の悪行までブラウナーにおぼえさせた。おっと間違い、中国に実際いってる。あそう。彼はエジンバラの一軒家に待機する。リンキイ夫人ともども訪問。やっと見つけたもの。その後だ。

屋敷で完璧な振る舞い。その奇行はリンキイ夫人の心をさいなんだ。部屋中に香の煙。暖炉に薪を拒否。私がきいた。香はわかるが暖炉は。死体の腐敗を心配したんだ。へえ、では猫を追つぱらたのは。邪魔、犬ほど嗅覚は発達してないがやはり心配。話しはさかのぼるが、どうしてクギづけ。おそらく仕事の内容がデリケートだから。長行李の中から絹の包装をといてミイラを取りだす。ベッドにおく。時間と慎重をようする。実際、リンキイ夫人がさわって頬に穴が。手品師のタネ仕込みの大切な時間だ。成程。もう一つの理由。ミイラで置きかえた。これを気づかせない。エジプトでなくイギリスでミイラなんてね。その可能性をへらす。密室化で外部からの操作の可能性を払拭したかった。

** 1511 顔の傷
顔の傷は。当然、もともとあったから。治癒期間が一月いる。屋敷にはいってすぐにやった。春にはミイラの腐敗が。その発見の時期とも調整する必要が。不自然さをさけたかった。ところがリンキイ夫人が覗きみした。好機とばかり利用した。まったくそのとおりとブラウナー。

** 1512 財産横領事件だった
なるほどこの奇妙な事件はリンキイ家財産横領事件だった。ところで傷までつけていくらもらったかとレストレイド。二百ポンドの予定で半分だけ。ああそう。自分は木像作り、マンチェスター出張、赤字とブリッグストン。自業自得。だから僕の釣り針に簡単にひっかかった。ブリッグストンはともかくブラウナーは半々とおもってた。こいつには借金があったんです。

** 1513 ブリッグストン誘いだしの成算
ブラウナーが借金、ブリッグストンはその動向が心配。自分のやったことの二番煎じ、あやしげな話し。事情にかんずいた、あの東洋人の復讐か。そのため証拠あつめ。ブラウナーを誘いだす。それは阻止しなければ。こうおもったのだろう。ちがうか。ふん。お前は警察は気づいてない。張り込みはない。そうみてでてきた。私の募集で非常にやせた男といったらブラウナーが警戒、でてこない。ところがこの募集ではでてきそう。不安、だからでてきた。ふん。正直にいう。

ブラウナーがすぐ列にならぶ。ブリッグストンがあわててでてくる。そこで一挙に二人を。こう期待した。一時半までまってこれは断念。ブラウナーがまよう。四時まででてこない。するとブリッグストンもでてこない。これもこまる。なのでブラウナーの偽物を仕たてた。二時半になったらでてくる。こういう手筈にした。彼はブラウナーにあってない。しかしミイラににせる。それでよい。それに冒険的仕事といったから屈強な男があつまる。対照的に印象がつよくなる。ブリッグストンの誘いだしには好都合。

** 1514 ブラウナー確認の成算
事態は期待以上に進展した。ブラウナーがでてきても、わかるか。その自信はなかった。ところが先にブリッグストン、お前が引っかかった。これで一安心。ところがもう一つ心配が。二人は近所にすんでてひそかに連絡をとりあってる。となるとブリッグストンのおとり作戦は失敗。でもこの可能性はひくい。密接な関係はブラウナーにしられたくない事情をしられること。まずない。ブリッグストンがだした新聞に広告をだした。お前の目にとまらないはずない。でもブラウナーがでてこないかもと心配した。さて説明はこれで。そろそろお開きに。するとナツミがいう。

** 1515 幽霊の正体、ナツミの必要性
ブリッグストン氏に見おぼえがといわれましたね、ホームズさん。そう、特に声に聞きおぼえは。ううん、わかりません。わかりませんか。あ、幽霊の声。そう。この爺さんはサーカス出身、部屋の天井裏にもぐりこむ。幽霊の真似事はお手のもの。でも何故。あなたがロンドンにすむ数少ない東洋人だから。プライオリティー・ロードの下宿はリンキイ邸とちかい。屋敷の裏手に隣家。そこに空き部屋があった。あなたを下宿から追いだせば、ここにくる可能性がたかかった。へえ、何故。

失礼だが東洋人を受けいれる下宿はおおくない。あそこはその一つ。下宿をちかくでさがす。ならここ。でも何故、私をいれたかった。それは演出効果、東洋の呪いにおびえてるリンキイ邸の隣家に東洋人。演出効果抜群。だからフロッデン・ロードにうつってもあきらめなかった。そう。だがあなたが僕のところに相談、この計画は断念というわけ。しかし私は日本人、中国人でない。区別できる英国人はほとんどいない。

なるほど。ホームズさん、あの六十一という数字の意味は。そう「常に六十一」とは。最後にのこった謎ですな。ブリッグストン、あれは。ただ、きょとん。喉に紙切れ、 ランガム・ホテルの便箋の。しらない。ではブラウナー。しらない。ううん、これはおそらくキングスレイが自分の意志でやったこと。おそらく死の直前。彼は餓死、空腹で紙を。と、おもう。あの数字と文字は。いたずら書き。彼にとってのみ意味が。あるいは喉につまって窒息、直接の死因かも。まあ特別の意味はない。では、ワトソン君、マティニの店で食事、それからワーグナーの夕べの第三幕を。

* 1600 漱氏、生れかわったホームズ氏、感謝される漱石、猫に夏目と命名、帰国
** 1601 事件解決、帰国準備に
事件は解決。ワトソン先生に感謝された。ホームズさんは用水桶に転落したお陰で精神が正常にもどった。今では大変なイギリス紳士である。それからの自分である。

** 1602 財産横領でリンキイ夫人の義弟、トレヴァ・リンキイを逮捕
おかみ姉妹が下宿をやめロンドン郊外のツーチングにうつった。自分もそれにしたがった。四月二十五日だった。ホームズさんの消息である。自分が七月二十日にクラバムコンモンにうつった頃、トレヴァ・リンキイというリンキイ夫人の義弟が逮捕された。この男が財産横領で事件を画策したのである。これでプライオリティー・ロードのミイラ事件は完全に解決した。後日譚をしるす。

** 1603 リンキイ夫人の状況
一九〇二年があける頃、ワトソン先生から手紙を受けとった。二人はブラウナーをリンキイ夫人にあわせた。その結果にふれてないが上々とはいえなかったようだ。リンキイ夫人はその精神病院をでることはなかった。自分が期待した効果はなかった。ついでのある時に二度ばかりベイカー街を訪問した。ホームズさんは豹変、英国紳士である。クレイグ先生のところは前年にやめた。先生は沙翁辞典に、自分はクラバムコンモンの下宿で文学の研究に専念することになった。この年、正常復帰したホームズさんは大活躍だった。自分も英国滞在最後の年、多忙だった。帰朝のため日本郵船丹波丸の予約を手配した。ひさしぶりにベイカー街にお別れの挨拶にいった。

** 1604 二人に帰国前の挨拶、傷心のリンキイ夫人へ気遣い
乗船五日前である。ようこそ夏目さんとホームズさん。昨日もあなたの噂を。ロンドンはいつとワトソンさん。いやまだ日にちはとはっきりさせなかった。多忙な二人に見送りの労をさけたかった。大変にお世話になりました。いや、あなたの助けがなければ私の引退ははやまったでしょう。いえ、私はリンキイ夫人のことで負い目が。お役に。否、彼女はあきらかに快方にむかってます。しかし死体発見の衝撃がまだのこってる。まただまされた衝撃、さらに回復がすすめば弟の死とむきあう衝撃がのこってます。しかし着実に回復にむかってます。

ワトソンさんが、リンキイ夫人に子どもでいたら。愛情をそそぐ対象があれば回復が促進も。自分はすこし安心した。ではそろそろ。そこに来客。二人と握手、退散。ついでクレイグ先生のところに挨拶。下宿にもどった。

** 1605 もどった下宿でうまれたばかりの子猫に
おかみが手に子猫をもってむかえてくれた。きくと五匹うまれたうちの一つという。帰国の日時が十一月七日ときまった。その日、おなじく帰国する友人と食事を。食事中に猫が闖入する騒ぎがあった。突然考えがひらめいた。心配する友人に一足先に帰国するようにいうと、あっけにとられた友人をそのまま、下宿にもどった。

** 1606 帰国を延期、ベイカー街に、病院訪問、子猫を贈呈
子猫をもらってベイカー街にいった。しっかり自分にしがみついてる子猫をみせ、リンキイ夫人もこれならよろこぶといった。ホームズさんはたちまちランズ・エンドの精神病院訪問をきめた。自分も随行、同地で一泊し翌朝、リンキイ夫人とあった。子猫は彼女におおいに歓迎された。受けとってもらえた。

** 1607 帰国、見送り、ホームズ、ワトソン、リンキイ夫人
帰国が十二月五日、博多丸ときまった。日本で自分の精神に異常ありとの噂がたった。無理からぬことである。当日、埠頭にたった。勝手に予定を変更したから見送りはない。と、肩をたたかれた。ホームズさんだった。それにワトソンさん、女性、リンキイ夫人である。夫人はしっかりとした口調で猫のお礼をいった。ずいぶん回復されたと自分はいった。夫人は猫に夏目と命名してよいかときいた。勿論了解した。乗船の時がきた。

タラップにのぼってる時、天啓が。三人のところにもどり、あの六十一の紙片の写しをみせてもらった。それをさかさまにしてよめば英文で十九世紀(19th century)とよめる。この意味が何なのか。やはり不可解だった。するとホームズさんが手紙、姉のリンキイ夫人にあてたものといった。弟の遺品のロケットをあけると手紙が。それは死を覚悟したキングスレイがかいたものだった。やぶられた跡と紙片はぴたりとあった。

** 1608 小説、我輩は猫であるの着想
自分はあわてて船にもどった。とおざかる三人をみてた。万感の思いがこみあげてきた。西洋婦人にだかれた猫に自分の名前が。そこで突然おもった。そうだ「我輩は猫である」と。こんな小説をかいてみようか

* 1700 後記(省略)
* 1800 感想
おなじみホームズの冒険譚にあらたな一編が発見。さらに漱石にも。この作者は両者をあわせてこれをまとめた。そこではホームズはほとんど狂人、探偵役と冒険譚をワトソンがこなした。英国留学中の漱石は二人と交流があったという。この事件はワトソンと漱石の視点からかかれてる。事件に殺人は登場せずパロディ仕立てである。だから筋は単純という印象だった。ところがあらためて、これをまとめた印象はちがう。

推理は本格推理小説におとらない。事件の単純さと裏腹に結論にいたる推理の筋道は綿密、徹底していた。随所にただよう文学的香りは私のすきな「我輩は猫である」につうじる。この作者の多彩で豊かな才能におそれいるばかりである。

* 1900 テーマ
不可解なミイラ事件にまきこまれた傷心の女性をどのようにすくうか、である。事件を解決し猫によって傷心をいやすことだったが、漱石の「我輩は猫である」の落ちがついている。

* 2000 評価
六十一の推理はまさに推理の白眉である.

六十一という数字の意味は。何日間か、何日か、カレンダーの日にち、年号、あるいは二桁をこえる数字の一部。ではない。なら、距離か、金額か、重さか。ここから数字のあった紙片にうつる。推理がつづく。

部屋には便箋も筆記用具もなかった。不可解。死の直前に口にいれたか。いそいでたか。なら金庫の番号か。その急をようした事情は。悪党仲間の目をさけたか。侵入者かいたか。クギづけ。侵入者はない。不可解。でもむりやり口にか。侵入の痕跡がない。さらに「常に六十一」から漱石は下宿料にまで推理が発展する。

結論となるのは、さかさまにして英文字、19世紀である。英国で英国人がかいた。なら一番自然な推理。ところが散々推理をかさね最後にやっとくる。これが不自然とならない。このためには、漱石の登場、中国の呪い、ミイラ、東洋の悪だくみ、さらにホームズを茶化すような仕立て、奇人クレイグ先生。このような奇想の世界がなじむ。推理の迷宮を作りあげ読者を引きずりこむ。最後に出口にみちびく。そのためにこんな世界が必要だったとおもう。

この開放感を私は愛してきた。願わくば今後もこのような奇想天外の世界をみせてほしい。

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謎解き島田、耳の光る児 [島田荘司]


* 0100 はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方には、すすめられない。

* 0200 ポルシェの車中でかたる
** 0201 車中でキヨシがかたる不思議な話し
キヨシとメーラレン湖にドライブ。車はポルシェ、ウプサラ大学のバイオ・メディカルセンターに提供されたものをキヨシが運転。その途中で彼が、ハインリッヒ、このCayenneという名前は奇妙とおもわないか。うん。よくしらないが、これがポルシェの利益の大半をかせいでるそう。ふうん。それがどうかした。ぼくは中央アジアにいってきた。ほう、そのどこ。あちこち。ウズベキスタン、 クリミア、タタルスタン。へえ。昔、シルクロードにいった。今回、おおくは、はじめて。で、ウプサラにかえってきたら、カイエンがまってた。なんだか象徴的。どの宗教にも、ぞくしてないが、これは神の意志をかんじた。へえ。君が神様を。ぼくは、いつも神とともにいる。でもそれが誰かときかれても。

** 0202 耳の光る児4人が見つかった
で、どんな話し。まだ公的には秘密だ。だから記事にするのは。うん。ロシアやアジアで耳の光る赤児が4人うまれたという。紫外線をあてると耳たぶ全体がぼんやり緑の蛍光色にひかる。ロシアと欧州の医学界、生物学界が騒然となった。各国の代表者で研究チームが組織、耳の光る児があらわれた病院にむかった。 光る耳は成長するにつれ目だたなくなる。つまりひからなくなる。原因は謎。今のところ知能の障害、運動機能の障害がでてない。だが、みんなが警戒心、特に母親。将来に不安。不可解なのは、4人がほぼ同時期、さらに奇妙なのはユーラシア大陸の各地にちらばってること。各地に1人づつ。広がりの規模が異様。学者が困惑。

** 0203 原因が謎、各地に散在
通常、異常には原因が。たとえばチェルノブイリ原発。奇形児が多数。発電所付近に集中。ところが今回は事情がちがう。ロシア連邦の クリミア自治共和国の首都シンフェロポリ。ここの共同生活所。母親の名前はサライ・ミルザエワ。ここからはるか北東のタタルスタン共和国の首都カザン。母親の名前はニーナ・コザカ。またウクライナ共和国シンフェロポリの東方、黒海沿岸の同共和国のアストラハン。母親の名前はイリーナ・サファエワ。そこからさらに東方、中央アジアのウズベキスタン共和国の首都タシュケント。母親の名前はマミーン・ジャイミエワ。

** 0204 子どもは3ヶ月から3歳
現状は4人だが、気づかれてないだけかも。異常の原因を突きとめ、必要なら治療し、あるいは予防の措置をとる必要がある。異常の検査には病理検査が必要だった。ほかにいくつかの謎が。発生場所がはなれてる。原因究明をむずかしくする。4人に面識はない。一堂に会する機会もない。母親もほぼ生地をでてない。母親は平凡な主婦。軍事産業などの特殊な職にない。過去にかわった経験もない。赤子の年齢は3ヶ月から3歳。すこしずれてる。検査である。子どもは健康。しかし将来の心配はのこる。原因が不明な現状で不安はのこる。そこで欧州の大学が原因究明することに。

** 0205 各国の研究者が調査、共通事項が見つからない
ウプサラ大学からキヨシ。4組の検査をおえてタシュケント大学病院で会合。現状は危険がない。将来のため原因究明が最優先。優秀な頭脳があつまったが、まったく見当もつかなかった。母親は互いに面識がない。一堂に会したこともない。異常な体験もない。X線検査も西欧の女性にくらべて、すくない。母親自身も健康、食をふくめ健全な生活。はなれた場所、人種、言語、宗教、生活習慣もことなる。病院で面会した3人の母親はまったくちがう風貌。共通項はなさそう。タシュケントはアジアン人、カザンは白人、シンフェロポリとタシュケントはイスラム教徒。しかしちがう宗派。アストラハンはネストリウス派のキリスト教徒。

** 0206 激動の人生をおくった母親が糸口と
カザンはロシア正教。共通の言語で意思疎通できそうなのは、シンフェロポリとタシュケントのみ。突破口がここにあったとキヨシがいう。もっとも激動の経験者はシンフェロポリ、彼女がここにすんでた理由。それは母親、祖母の生地、家、土地をもつ。しかしスターリンが1946年、移住命令、祖父母、母親がサマルカンドに強制移住。この命令は密令。大戦中に一部市民がナチに協力したことの懲罰だったらしい。ソ連の軍人が各家にきて移住命令。15分の猶予の後に駅に連行。移住は苛酷だった。祖父はここで死亡。特定人種のみをねらった追放政策。母親は同地で結婚、彼女を出産。そこで死亡。ここで父親がいなくなったという。祖母と彼女は生地への帰還をしんじ困窮にたえた。ソ連の崩壊後に彼女、祖母、夫の3人が帰還をはたした。

** 0207 タタール人に強制移住、生地への帰還
これが1992年。違法だったが家をたて畑をたがやして、くらした。しかし内務省特務機関により家はこわされ、やむ得ず、ちかくの集会所にうつった。祖母はそこで、しんだ。サライはそこで耳の光る児を出産した。彼女たちはクリミア・タタールだった。

彼らは伝統的に政府にうとまれた。 エカテリーナ2世は追放策をとり、スターリン時代はしいたげられた。ロシア社会主義革命のおりクリミア共和国として分離独立をはかったが短命でおわった。ロシアは 大穀倉地帯のクリミアの独立をみとめない。たえず独立を画策するタタールを排除するのは政策の一大目標だった。彼女家族の追放もその一環であった。では、何故、これほどタタールがきらわれるのか。それは歴史の中にある。

かって彼らは強大な騎馬軍団をようする軍事勢力だった。ロシア人に税や貢ぎ物を要求してた。ロシアに軍事力がつけばその追放を目ざすのは当然だった。

** 0208 タタール人の栄光と迫害の歴史
古来 クリミアにくらしてたのはウクライナ人、ギリシャ人、イタリア人などでタタール人ではなかった。スターリンの追放策は自分たちの土地にかえれという意味合いがあった。サマルカンドは現在ウズベキスタン共和国の都市だが14世紀にはティムール帝国の首都、さらにふるくはシルクロードの交易でにぎわったホラズム王国の都であった。ウズベキスタンの首都は今はタシュケント。するとそこで耳の光る児をうんだマミーン・ジャイミエワもおなじくタタール人である可能性がでた。

** 0209 タタール人の末裔が共通するのでは
キヨシは耳の光る児の共通項とは東からきた民であった。という仮説をもつに、いたった。はたしてニーナ・コザカのいるカザンも クリミア・タタールと同民族のくらす地域。国名のタタルスタンもそれに由来する。一時、独立を宣言したが、1994年にロシアに復帰した。 クリミアの独立の事情は複雑である。

** 0210 タタール人は極東からの民族、その歴史
1991年の8月にウクライナがソ連からの独立を宣言した。92年5月に クリミアがウクライナからの独立を宣言する。しかしこれを取りけしウクライナに復帰する。ところが94年に再度独立を宣言した。しかし挫折して95年の4月に復帰する。そしてウクライナ共和国の クリミア自治共和国となる。タタルスタン共和国の基礎をきづいたタタール人は、しらべてみると、その起源は極東地域からの遠征民族であるらしい。するとサマルカンドのタタールもおなじく中央アジアでなく極東が起源ではないか。極東が注目される。するとキヨシは極東で高等教育をうけた自分がこの疑問に回答する立場にあると自覚した。そこでカザンに移動してから街の図書館にかよって歴史資料をよんだ。すると広大な歴史とその関わりがみえてきた。

* 0300 ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。

溺れる人魚

溺れる人魚

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2006/06
  • メディア: 単行本



* 0400 タタール、モンゴルのロシア征服の歴史
** 0401 十字軍の苦境、東方からの援軍か
ことの起源は13世紀にさかのぼる。時は十字軍東方遠征の時代、欧州のキリスト教軍はイスラム軍団の前に敗走をかさねてた。シリアのクラーク・ド・シュヴァリエ城はイスラム軍の防戦で疲弊していた。その時、朗報がもたらされた。東方のプレスター・ジョンという大王のキリスト教軍が支援のため西にむかってるというもの。

** 0402 伝説のプレスター・ジョンの援軍か
イスラムの強国、ホラズムが降服した。3万2千もの騎兵軍団の威勢は神の鉄槌のように強力だ。二手にわかれた部隊は一方がプハラをおとし、もう一方がサマルカンドをおとした。きいた全軍から喚声がおきた。事実なら神の奇跡である。イスラム軍は皇帝直属の精鋭部隊、その城は金城鉄壁という。このプレスター・ジョンの軍は現在バグダッドまで10日の距離にいる。では敗北はない。おおいに戦意が高揚した。彼らはクラーク・シュヴァリエ城をでて仲間と合流、敵の本拠地カイロに勇躍、撃つてでた。そして歴史的敗戦をきっし全滅した。プレスター・ジョンの軍はバグダッドをおとしダマスカスをおとしたが、十字軍の前に姿をあらわさなかった。

** 0403 その軍の実像は、征服者の要求
東方の軍団は実在した。その中にキリスト教徒がいた。さらに進歩した投石機からはなたれた石が城内に霰のようにふった。さらにつづいて、はなたれた矢は雨のようだった。サマルカンドの城内に進撃した王は、街の有力者を前に、このようにさとした。おまえたちが、あがめてた王は罪人だ。長年あやまちをおかしてた。以降はこの私を王とせよ。

** 0404 欧州でたかまるプレスター・ジョンへの期待
噂は欧州の民にとどきローマ教皇にもたっした。無敵の大王への思慕の念がつのった。イスラム教のあやまちを、ただす姿は伝説のプレスター・ジョンの姿そのものだった。それは1世紀の間、困難にたえて、たたかう十字軍が夢みたところである。プレスター・ジョンの姿は12世紀、オットー年代記にはじめて登場する。13世紀イスラム軍の前に敗走する十字軍の姿はローマ教皇の権威をおとした。民衆のプレスター・ジョンへの期待がたかまった。イスラムの降服がこの伝説の実現かとおもわせた。

** 0405 服従と納税のみをもとめる東方の軍
ところが欧州の民の期待にはんしプレスター・ジョンはサマルカンドの有力者と民衆に服従と納税をもとめキリスト教への改宗をめいじなかった。邪宗信仰をすてない民を放免した。そして 征服軍は街の人口調査をおこない商人と職人たちの頭数を調査し納税額を決定すると城外で移動式の住居にすみ、都市の政治は以前どおりイスラム教徒にまかせた。

** 0406 東方軍の西欧侵略の衝撃、中央アジアへの民族移動
プレスター・ジョンの支配に服従するかぎり商人たちにはアジアへの移動も、のぞむ場所での商いも保証した。国境をこえる際の関税を撤廃し旅の盗賊の危険を取りのぞいた。商業、工業は盛行し街の富はますますふえた。13世紀、欧州の民の期待をくつがえす大事件がおきた。プレスター・ジョンの騎兵軍団がルーシにあらわれウラジミール市にせまった。ルーシとはロシアの一帯をあらわす当時の呼称である。ウラジミール市は数日で陥落した。つづいて当時寒村にすぎなかったモスクワをおそい奪取した。そこで南の草原にひいて首都攻略にそなえた。そこが、現在の クリミア地方、アストラハン地方の黒海沿岸、さらに東のカスピ海沿岸である。そこには兵10万、職人、後方作業員20万、馬50万頭、羊300万頭がいたという。まるで東の一国が西に移動してきたようだった。その土地からも遠征軍におおくの若者がくわわった。

** 0407 ロシアのキエフを攻略、東欧を蹂躙
時はきた。ルーシの中心キエフをおそい手中にした。そこをおさめていたハエル公はハンガリーにおちた。ロシア正教の教皇からの被害報告に欧州が首をかしげた。ローマ法王は熟考の末にプレスター・ジョンは異端の輩に神の鉄槌をくだしたといった。1241年、ポーランドにあらわれた。ポーランド年代記がいう。この東方軍はポーランドとドイツからなる騎士団を軽装の兵士と近代的装備で圧倒した。レグニツァをおとすと首都クラクフをおとし数千人をころした。その余勢をかってチェコやハンガリーに侵入した。マシュー・パリス年代記によれば東方軍の東ヨーロッパ蹂躙は1年半つづいた。しかし極東の母国において大王が崩御する。遠征軍は母国に撤退した。

** 0408 教皇の集まりでタルタル人の侵略と結論
1245年、フランス、リヨンの聖 ヨハネ教会に各国の教皇があつまり、侵略軍がプレスター・ジョンの神軍かどうか討議した。彼らは地獄からの使者タルタル人との結論となった。タルタル人の呼称は欧州人の間に定着した。このタルタル人とはモンゴル人のことである。草原の民の中から一代の英雄チンギス・ハーンがあらわれ騎馬軍団を引きいて空前絶後の世界帝国をきづいた。

** 0409 モンゴル帝国のシルクロード整備
このモンゴル帝国により、シルクロードは整備された。イタリアのジェノヴァとモンゴルの間に通商条約がむすばれた。フィレンツェの図書館に商人セブロッティの記録がある。それによると国内に盗賊はいず夜でも通行は安全である。3.3%の売上税をおさめれば他にいかなる義務もない。国内で盗賊の被害にあっても条約をむすんだ、われわれには弁償をうけるなどという。

** 0410 モンゴル世界の出現
この状況は現在でいえばパックス・アメリカーナ。つまりパックス・モンゴリアである。ところでモンゴルは当時の征服者とちがい自らの思想、価値観、宗教を強制しない。であるなら何故、西方に大遠征したのか。モンゴルは未開地の開拓、運営、商業の振興、都市の政治運営に異民族から人材を積極的に登用してる。異民族征服の際にあった残酷な殺戮と対照的である。

** 0411 強兵、モンゴル軍、異民族からの人材登用
モンゴル兵は、どこに遠征しても移動式のパオでくらす。草原さえあれば活躍できる。乗馬技術とあわせて、彼らの粘り強さの秘密である。征服後も都市内部にすまない。都市運営で地元民との軋轢を最小限にできる。彼らがもとめたのは納税だけだった。

帝国の拡大にしたがい軍隊に異民族がふえる。ハーンおよび将校への服従心があれば寛容に受けいれた。人種による差別はなかった。公平に評価し高位につけた。古参兵ばかりを優遇しない。モンゴルの旗の下に多民族が一致団結できた。このような軍制は、めずらしかった。モンゴルのアイデンティティは宗教、言語、風貌、神話という共有性になく一種の「自由と強さ」という抽象的概念にあった。歴代のハーンは自らの帝国をモンゴル・ウルスとよんだ。ウルスとは人民である。「国家」とは「人」だ。これが強さの秘密だとキヨシがいう。

** 0412 多民族、多宗教のモンゴル帝国、力を尊重
この考え方は時代に先だつもの。アメリカの建国精神につうじる。50の州をたばねるのは「自由」。ここに国民が理想をみて、実現の行動にある種のヒロイズムを共有できる。ここにアメリカ人が結束もし他者に寛容にもなれる。広大な北アメリカ大陸を金銭と戦争で平定統一した過程はユーラシア大陸をモンゴル帝国としてゆく過程と同質である。アメリカが異民族にしめす寛容さはモンゴルの寛容さにつうじる。モンゴルはアメリカがしたように武力により狭量な意見の者を打倒しどんな権威も頓着せず颯爽と進撃した。「偉大なるモンゴル」という言葉は時代に先がける先進の思想であり得た。

** 0413 モンゴルのロシア支配
モンゴルはポーランドとハンガリーからさったがロシアには駐屯した。200年におよぶんロシア支配である。軍事面だけでなく政治、文化、移動手段でもすぐれてた。太平洋岸からモスクワにいたる広大な帝国を打ちたてた。ジャムチという駅伝制度を整備し国境線を廃止し商人の往来を自由にした。パイザという通行手形を発行した。これにより駅ごとに馬を乗りついで移動することができた。植民地に駐留する軍隊は最小規模だった。制度が大軍の移動を容易したからである。

** 0414 徴税権をかりてモスクワが台頭
モスクワはきびしく支配されたがロシア正教は保護された。この時代にその教会の数が倍増した。綿密な人口調査のもとモンゴルは徴税したが、ロシア皇帝イワン一世は賄賂をおくり徴税権を借りうけ、富をモスクワに集中させ、キエフを圧倒した。

** 0415 宮廷にモンゴル系が勢威、苛酷な徴税
モスクワの宮廷にモンゴルの貴族は4分の1となった。チンギス・ハーンの血をひく貴族は権勢をふるった。モンゴル・タタールの軛とい言葉がある。この時代のこと、モンゴルへの納税にあえぎ、モンゴル支配層のおもい車をひいてるという構図である。モンゴルの徴税人はバスカキとよばれる。その苛酷さをうたう歌がのこってる。

** 0416 モンゴルの大都の繁栄
金のない者から子どもを、子どものないものからは妻を、妻もないものからは本人の首をとるという。税金は銀ではらう。インゴットにされた銀が都におくられた。莫大な銀によりカンバリクとよばれる巨大都市を草原に建設した。世界中の商人、商品、富があつまる国際都市である。中央には世界一の宮殿がそびえ大都の敷地内にはラマ教寺院、イスラム教、キリスト教の教会が並立した。宗教の自由がみとめられ、争いはなかった。世界中の歌舞音曲があふれ、うつくしい踊り子があつまった。

** 0417 運河にはこばれた交易品の数々
ギリシャ、エジプトからの品々が船にのせられ内陸部にもかかわらず閘門式の運河をさかのぼって大都の港にやってきた。また青磁の壺などが欧州にむけ大都の港から船出していった。閘門式とは高所に船をはこぶ水門式運河のことである。大都は後の北京である。西の果てのモスクワである。粗末な木造の砦だったクレムリンは広大な全面石造りの城塞となる。モンゴルを後ろ盾としたイワンは西にむかってはツァーリ(皇帝)としょうし、東にむかってはサガン・ハーン(しろいハーン)としょうした。

しかしモンゴルの権勢にも、おとろえがあらわれる。エジプトでトルコ系の民族、マルムークの軍勢にやぶれる。本国、中国では樺太、日本、インドネシアなどへの海外遠征がことごとく失敗する。やがてハーンは壮大なカンバリクをすて北のカラコルムへ撤退する。モンゴル帝国は寸断され残存勢力が割拠する時代となった。ジャムチもまた寸断された。モスクワはモンゴル残存勢力の割拠地となった。15から18世紀においては依然タタール人の割拠地となってた。

** 0418 モスクワの強勢、モンゴルの衰え
およそ4つある。1つはモスクワのタタール、2つは南のウクライナ、 クリミア半島のタタール、3つはその東、黒海沿岸のアストラハン地方のタタール、4つがその北、カザン地方のタタールである。モスクワのタタールは分裂、衰亡しスラブ系の白人はモスクワ周辺からタタール系を完全駆逐に成功した。これによりロシアはタタールが支配してた広大なアジアをそのまま引きつぎ、一夜にして世界最大の帝国となる。

** 0419 帝政ロシアの強勢、残存タタールの変遷
カザンのタタールもアストラハンのタタールも弱体化したが、 クリミア・ハーン国だけは18世紀にいたるまでその勢力をたもった。この地方のタタール人は依然強力な騎馬軍団を組織しモスクワをおびやかした。

しかしエカテリーナ二世の時代に帝政ロシアは絶頂期をむかえ クリミアのタタールに対抗できるようになった。1783年についにロシアが クリミアを併合した。これにより550年間にわたるモンゴルの支配から脱けだした。

** 0420 独立をもとめる現代のタタール
ところがクリミアのタタール人は存在を主張し現在の クリミア自治共和国となった。カザン市のタタール人は現在のタタルスタン共和国となった。両者ともソ連からの独立には失敗したが、なお独自性を主張してる。これがモンゴルのルーシ侵入からロシアのモンゴル支配脱出の過程である。現在世界を二分する勢力はアメリカとならびソ連だが、そこにいたるには、ながい従属の歴史がかくれてる。

** 0421 4人の母親はタタール人の末裔か
この歴史を理解したキヨシは、ここに今回の事件の謎をとく鍵があるとかんがえた。 クリミア共和国のサライ・ミルザエワはタタールの末裔、タタルスタン共和国のニーナ・コザカも末裔らしい。アストラハンのイリーナ・サファエワの地域は15世紀までタタールが勢力をふるってた。ウズベキスタン共和国、タシュケントのマミーン・ジャイミエワも末裔らしい。つまり4人ともモンゴルの血をひく子孫たちらしい。そしてこれが耳の光る児とどういう関係があるのか。ついにキヨシは重大な法則性を発見した。

* 0500 タタールの末裔が出あった事故
** 0501 浮かびあがる法則性
チームがタシュケントのカザン大学病院でニーナ・コザカとその子どもにあった。4組の母子、計8人を俯瞰した際に法則性がみえた。

** 0502 母親の年齢が22歳、夜光クラゲの光り
まず4人の母親たちの年齢である。22歳だった。誕生日が接近してる。9月と10月だった。チームは現在3ヶ月の子どもを診察した。これは夜光クラゲの発光色ににてた。ならばクラゲのGFP遺伝子がかかわってる。この疑惑がうまれた。チーム全体に衝撃がはしった。そこに突然、ロシア政府から要請がとどいた。調査の中止と、すみやかな国外退去である。チームはおおいに当惑した。ソ連共産党時代の悪弊が復活したと憤慨した。

** 0503 調査の中止要請、調査団の出国
みんな不満をもちながらも要請におうじた。キヨシも一同とともにドイツのハンブルク空港まで国外退去した。しかし、そこから尾行の有無を確認し、単身ウクライナのシンフェロポリ空港に舞いもどった。キヨシはこうかんがえた。

** 0504 キヨシがウクライナで単独調査へ
ウクライナとモスクワの仲はわるい。ウクライナでの行動は察知されにくい。中止要請はロシア政府が現象の理由に気づいたことを意味する。しかしキヨシも見当がついてる。なら自分の足で補足するまで。気づいたが、それは受けいれをきめた時でない、中止要請のあたり。おそかったのは、原因が最近のものでない。最近ならすぐ気づく。調査要請をおこなわない。気づいて原因にかかわる事態をしられたくない。そのため突然の中止要請となった。

垢ぬけない方法である。かなり具合がわるい事情がある。赤子の耳がひかった理由がそこにあると判断した。さらにもう一つ。外国の専門家を受けいれたのは、解決に最先端の専門知識が必要とモスクワが判断した。しかし中止を要請。そのような知識は必要ない。また突然の要請には、まずいことをしたとの後悔も。そしてキヨシには独自の知識があった。それはロシア人とタタール人とのながい確執の歴史だった。

** 0505 母親とのインタビュー
空港におりて、そこで時間をつぶし尾行の有無を再度確認した。それからレンタカー屋にいってオートバイをかりた。これも尾行があった場合の便をかんがえてのことだった。高原にあがり畑の中をぬけて、サライ・ミルザエワと夫がすむ家にいった。集会場の一隅だった。畑仕事のため夫はすぐ表にでていった。

** 0506 母親の人生、両親、祖父母、曾祖父母
キヨシがきく。お父さんは馬にのりましたか。否。父のことはまったく不知。自分がうまれてすぐ家をでたという。祖母も話題にしなかった。しかしサマルカンドの都市生活をした人、のらなかっただろう。あなたは13世紀モンゴルから遠征してきたタタール人の末裔か。そう、祖母がいってた。末裔と自覚があるか。ある。馬にのりたいか。はい、それがタタール人のアイデンティティだから。成程、タタール人は馬を自在にあやつってロシアを征服した。長年支配をつづけた。

** 0507 騎馬兵だった曾祖父
ロシア人はうらむ。これをしってたか。はい。だから私たちをサマルカンドに追放。それで祖父も母も死亡。ふむ、今のあなたがたは馬にのれない。馬がいません。タタール人の乗馬技術はいつまで生きつづけたか。きいてるか。曾祖父はロシア軍の騎兵。成程、現在の戦争は馬を必要としない。しかし第1次大戦まで騎兵を必要としたはず。13世紀東ヨーロッパの軍勢はモンゴル騎兵軍団にくっした。ロシアは次第に力をつけ近世になるとタタールの才能を封じこめたが、その力を必要としたはず。第1次大戦までタタール人の騎馬軍団が軍隊にあったはず。どう。

あった。曾祖父はそういう兵隊と。非常に乗馬が得意。タタール人は先天的に乗馬の才能がある。そう。祖母がいった。曾祖父の頃までロシア軍内にタタール人だけの騎馬部隊が。成程。タシュケントのマミーン・ジャイミエワの祖先もそうでしたか。かも。ジャイミエワさんとそのことを、はなした。否。お婆さんにお爺さんやひいお爺さんの戦争体験をきいたことは。祖父はながくレジスタンス活動に協力、病をえて病床に。サマルカンドにおくられる途中で死亡。では第2次大戦のことは。服役と。負傷、家にかえされる。それからレジスタンスに参加。だんだん病気がひどく。病気は何。結核。吐血は。

** 0508 母親のその母親の出来事
そう。ふむ、従軍したのは馬にのって。否、それは曾祖父。成程、では第1次大戦に従軍は。したと、騎兵。ではこの人の戦争体験中でかわったことは。何もきいてない。曾祖父は戦死、第一次大戦で。キヨシは熟考の後に質問。とても大事なことをきく。ぼくの考えでは、あなたとジャイミエワさん、サファエワさん、コザカさんの4人は過去のある日、ある時、かならず非常にちかい場所に集合してる。でなくては理解できないことがある。どうか。否、ない。ふうん、そうではない、あなた方のお母さんです。えっ。そう。お母さんの集合であり、あながたの集合、つまりお母さんのお腹の中にいた時にです。ええっ。

** 0509 22年前、その母親におきた出来事
へえ。そう、お母さんの年齢もお父さんの年齢もばらばら。耳の光る赤ちゃんをうんだ時期も。しかし、あなたたち、お母さんは1982年の9月と10月にうまれてる。はい。だから1982年に何かがあったはず。そう。1982年にお母さんに何がありましたか。母とははなしてない。ああ。お婆さんは何かいってないか。ううん。1982年の春頃でしょう。母は自分をうんですぐなくなった。何故、病気か。事故。どんな。ああ、母は毒ガスの事故にと。どういうこと、どこで。ドニエプロペトロフスク、ウクライナの。ユジマシ工場があった場所ですね。はい、イープルの会という集まりがあって。そのセレモニーに母が出席して。

** 0510 もと毒ガス工場での爆発事故に遭遇
イープルはベルギーのイープルか。はい。それ。第1次大戦中に硫黄マスタード・ガスがドイツ軍によってはじめてつかわれた場所。この毒ガスの被害をイペリットとよびます。それで。ロシア軍でもっとも被害をうけた。それがタタールの騎馬兵団。イープルでですか。いえ、その後、別の戦場で。この会は被害者をわすれないためのもの。それが1982年に。そう、その頃は毎年開催。今は4年に一度。ではお婆さんが。いえ、祖母は出席を拒否された。追放されてたから。成程、ではお母さんが遺族として出席。はい。では、ジャイミエワさん、サファエワさん、コザカさんのお母さんも遺族として。かも。イープルの会はおおきな集まりか。

** 0511 イープルの会の由来、その母親の参加
はい、とても。いつもは各地だったが。女性もたくさん。そのはず。何故ドニエプロペトロフスクか。いつもか。否。その年だけ。どうして。ユジマシ工場がある一角に軍事研究所が。そこではたらいてた人に遺族が。そこには毒ガスの製造工場も。サルファー・ガスでなくて。ホスゲンとか、ルイサイトか。ええ。それを他の遺族の人たちにみせようとした。だからその年だけドニエプロペトロフスクで総会。大勢がその研究所のホールに。ふむ、そうしたら。事故がおきて。どんな。タンクが爆発、ガス漏れ。大量に。はい。何人かの死者、大勢が昏倒。見学中か。はい。それは深刻な。だからタタール人をねらった故意とも。イペリットか。さあ。カラシのような匂いが。したときいた。ではイペリット。水疱は。母にはでなかったが、重傷の人には。イペリット、これは別名びらんガスという。気がつくと母は病院の中と。大部屋で大勢の人が。

** 0512 その母親の入院、馬乳の看護
軍の付属病院、1月間入院。赤ちゃんは。無事、視覚障害、聴覚障害、運動障害なし。よかった。そこではじめて妊娠をしったという。手あつい看護、タタール人としって馬乳。へえ。毎日かかさず。病院内に馬が。だが、出産、死亡。はい。事故はいつ。4月と。爆発は建物の壁をやぶったか。一部は。毒ガス製造工場のちかくに生物化学兵器の研究所もあったか。はい。ふうん、馬は。何頭か死亡も。ふむ。耳の光る児の原因はこの事故が。そう。しかし正確な資料がない。仮説しか。沈黙。このとき3人の母親もいたと。そう、そしてもっと大勢のタタールの女性も。しかし女の子を妊娠してたのは4人だけだったろう。

** 0513 その母親が女子を妊娠中だった
女の子とは。生殖細胞をもつ人間。へえ、何故タタールに被害が。タタール人の慰霊会。イペリットでしんだ人たちの。ああ。イペリットで耳が。否、でも引き金の役割を。自分の息子は大丈夫か。断言したくないが、多分。息子さんは偶然に特殊なタンパク質をもつこととなった。しかし悪影響はないでしょう。本当か。あなたが無事にここにいるから。あなたは息子さんとおなじ。耳が。へえ。たぶん。しかし当時は紫外線のこと問題には。だから気づかない。でも、あなたは無事に成長。成程。

* 0600 遺伝子組み換えのいたずら
** 0601 ほかの3人も参加してた
ウプサラにもどったキヨシは3人の母親の調査をした。ロシア側は最大限の妨害をした。キヨシにきく。3人の女性の母親は会に参加してた。では、材料はそろった。そう。ではときく。私たちはメーラレン湖畔につきポルシェ・カイエンはシアルビィ館の駐車場にある。

これは仮説だ。ハインリッヒ。これは遺伝子組み換え実験中の事故だ。GFP遺伝子のことは。いや。

** 0602 夜光クラゲGFP遺伝子の謎、遺伝子組み換え実験の仕組み
夜光クラゲをひからせてるタンパク質。ほう。これは初歩的な遺伝子組み換え実験でよくつかわれる。大腸菌のプラスミドにこのGFP遺伝子の配列を組みこむ。ウイルスにせっしさせる。ウイルスにはもともと、これににた遺伝子がある。これが組みかわる。クラゲのGFP遺伝子がウイルスに入りこむ。ちょっと、プラスミドとは。

** 0603 運び屋プラスミドのこと
ほとんどの生物は染色体のほかに、独立したちいさなDNAをもつ。代表的な例が呼吸をする生物がもってる。ミトコンドリア。それは呼吸からエネルギーをえる器官だね。そう、この遺伝子は染色体でなく、ミトコンドリア自身のもってるDNAにしまわれてる。ほう。またあるいは植物だ。植物は太陽の光から自分の体をつくる光合成という反応をする。これは葉緑体という器官で。この葉緑体の機能をつかさどる遺伝子もまた 葉緑体自身の中のDNAにしまわれてる。これが代表格だが。ほかにも、非常にちいさなDNA分子を細胞内にもってる。大腸菌のような細菌も。これをプラスミドという。

** 0604 運び屋の仕事
成程、で、それはどんな役割。不明だね。これらの大半はまったく存在理由が不明。そういうものをクリプティック・プラスミドという。ふうん。ところで、これは研究者にとって非常に好都合な性質。大腸菌のプラスミドは形質移転という方法でほかの生物に移動する性質がる。これはあるストレスをうけると大腸菌の細胞膜がよわくなる。するとプラスミドDNAを菌体内に取りこむためだ。通常の遺伝子組み換えはこの性質を利用。つまり遺伝子組み換えは人工的な形質移転。そのためにこのプラスミドを運び屋として利用する。具体的には。

ある目的の機能をもった遺伝子をあるプラスミドの中にいれ、これを大腸菌の中にいれるが、この場合、こい塩分でストレスをあたえる。するとプラスミドが大腸菌内にはいる。

** 0605 移転の成功をどう判定するか
成程、でもいつでもうまく。ゆかない。では、うまくいったかわからない、どうする。ううん。ひとつの方法は、この運び屋プラスミドにまえもって抗生物質耐性をあたえておく。ほう。もともと抗生物質耐性をもつものは自然界にはほとんどない。だから人工的に添加。人工形質移転がおきた。なら、この抗生物質とせっしさせる。生きのこれば遺伝子組み換え実験は成功した、ということ。成程。

** 0606 そのひとつ、GFP遺伝子をウイスに組みこむ
もうひとつ。プラスミドに発現プラスミドというものがある。これは遺伝子組み換えで導入する遺伝子はただ遺伝情報をもってるだけ。何もしない。目的の機能を発揮させるためには遺伝子から、その情報にもとづくタンパク質をつくる。これが必要。タンパク質をつくることを発現させるという。それで導入する遺伝子の運び屋として利用するプラスミドに後にうまく対象にはいったか確認する。そのために抗生物質耐性をもたせる。これは説明ずみ。このほかに遺伝子の情報を発現させる体質までもたせる。こんな方法もある。ほう、もともとそんな性質があれば、それにこしたことはないね。そう。成程、それがGFP遺伝子というわけか。それは発光という機能をもってる。外からみえるね。

** 0607 蚕に注射すると紫外線でひかる
そんな考え方。そこでこの遺伝子を組みこんだウイルスを蚕に注射する。この遺伝子は蚕の生殖細胞にはいる。それからGFP遺伝子をもった蚕がうまれてくる、というわけ。ははん。その蚕はひかる。暗所で紫外線をあてる。緑色に。ほう。で、何故蚕か。蚕は非常に有益な虫。そんなふうなやり方でうまく改造、制御してやれば、人間に有利な物質をつくりだせそう。どんな。たとえば医薬品。糖尿病。インスリンは生物がつくるホルモン。あまねく存在するが生物から抽出は高コスト。だから、現在は酵母にインスリンの遺伝子を組みこんで大量につくる。薬品を安価にするのに成功。

** 0608 遺伝子組み換えの実用性はたかい
ああ。あるいは成長ホルモンがでなくて小人症の治療、遺伝子組み換で供給。そうか。蚕には人工皮膚、これをつくってくれるタンパク質の生成。へえ。そう。戦争に役だちそう。然り。さまざまな人間の損傷を治療させる物質や薬ができるなら。そういう実験をドニエプロペトロフスクの秘密研究所でやってたか。

** 0609 組み換えられたウイルスが感染かも
1982年は遺伝子組み換えができるようになった時だ。ロシアでもさかんに実験を。成程。では、GFP遺伝子をいれた蚕が。そうでない。ウイルスが。へえ、この遺伝子をもつウイルスが妊娠中のタタール人の母親に。そういうことか。ううん、不明。ガス工場の間取り、事故の規模、隣りの研究所との距離、そっちの間取り、研究内容、馬小屋の位置。何ひとつわかってない。そもそも爆発原因も。爆発物、などなど。

注射によっても。ないとは。天山山脈でしにかかった友人の話し、医者がだす注射針がさびてた。ふるえた。ドニエプロペトロフスクの医者がシルクロードの医者と大差なかったとしたら。あるいは。故意か。

** 0610 馬に感染、馬乳から、その母親に感染かも
1980年代はもはやヒトラーやスターリンの時代でない。しかし研究の黎明期、杜撰だったかも。安全性の確保、そのノウハウも。でもうたがわしいのは注射では。いやそれなら、むしろ馬乳。この親切がかえって仇。そこにウイルスが混入してたかも。ああ、馬がしんだね。何故ここに馬が。何の実験。ふむ、この場合、馬はもっとも危険、さけるべき。そう。かりにそうだとして、そのウイルスが人の生殖細胞にはいれるか。できない。もっと厳重、かりにはいれたとして、その場所の環境、さまざまな障害にたえ適応し生きのびる。そのあげくに遺伝子にセットされた機能を無事に発揮する。無理。では、どうして。

** 0611 マスタード・ガスが、その母親の生殖細胞への移転を促進したかも
考えうるとしたら毒ガスによるストレスだろう。ああ、これが細胞膜を弱体化させ、GFP遺伝子の機能発揮の傷害まで取りのぞいた。毒ガスの成分をしらないと。何とも。イペリットか。主成分はそう。だがそれにくわえ種々の成分があり得る。そうか。

** 0612 子どもたちは多分、大丈夫
海洋生物の遺伝子をもつ人間、子どもたちは無事にそだつか。そうしんじてる。断言できないのか。根拠はあるが断言は無理。22年前、ドニエプロペトロフスクの軍事研究所で爆発、巻きこまれ耳の光る児がうまれる。そのロシア人がモンゴルからきた民族の末裔。誰も想像できない。

** 0613 出あったポルシェ・カイエンが神の啓示にみえた
私たちは湖畔を一周しまたシアルビィ館にもどる。のってきたポルシェがみえる。キヨシにきく。君はロシアからもどってきた。あの車がまってた。これを神の啓示とかんじた。そういわなかったか。いった。何故。今回のこの事態にイペリットが関係してるとずっとかんがえてた。もどってきてあの車をみた。何故。匂い、イペリットは別名マスタード・ガスとも。あびた人が全員カラシの匂いだとかんじる。ふむ。 クリミアのサライ・ミルザエワもそういってたね。ガスをすった母親がそういったと。うん。それが。この車の名前だ。Cayenneはフランス領ギニアの首都の名前。ここをはしるに相応の車とい意味だろう。でも英語ではトウガラシのこと。トウガラシはギニアの特産。だから街の名前。首都の名前から車の名前。だからトウガラシ。ああ。だからこの車がイペリットを暗示してた。
(おわり)

* 0700 感想
ここでは殺人はおきてない。しかし、その特徴である壮大な構想、複雑な論理の組立て、その創作の秘密が垣間みえてる気がする。最後には数奇な運命のもとにうまれた女性たちの物語としてまとまる。彼女たちの幸せはこわされなかった。後味のよい物語だ。

* 0800 テーマ
テーマは中央アジアの各地に耳の光る児がどうしてうまれたのか、その謎を解明することである。遺伝子組み換え技術、遺伝子操作という生物工学の領域に踏みこんでいる。その筋をたどるのは、なかなかむずかしかった、という感想である。

* 0900 評価
ア) 原理的に可能かと、イ) 現実にあり得るかに、気になるところがあった。

1) 原理的疑問
母親のその母親の生殖細胞にウイルスが感染した。通常おきない現象がマスタード・ガスにより可能となったと示唆してる。あり得るか。あまりに専門的で評価しかねた。

2) 現実的疑問
何故、中央アジアのはなれた各地に4人の耳の光る児が存在するとわかったのか。どのような経緯であったか。普通の健康診断でおこなわれることでない、とおもう。物語の発端となるのでどうしても気になった。


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謎解き島田、溺れる人魚 [島田荘司]

* 0100 はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方には、すすめられない。

* 0200 2006年、リスボン
** 0201 ドニゼッティ劇場、愛の妙薬
リスボン。コメルシオ広場。路地。坂をあがる。昨夜は、川向うのホテル泊。フェリーでこちらに到着。サンフランシスコからイタリアを経由して、ここにきた。ここのドニゼッティ劇場にオペラ「愛の妙薬」がえんじられてる。そこでうたわれるアリアの「人知れぬ涙」を作曲者の出身地の劇場できくための観劇だった。

サンフランシスコ、マンダリン・ホテルでUCバークレー校血流制御内科学の教授、ナンシー・フーバーと、彼女の友人の3人で会食した。そこで彼女がポルトガルの水泳選手、アディーノ・シルバの話しをしてくれた。彼女は1972年、ミュンヘンオリンピックで4つの金メダルをとり、たちまち有名人となった。ところが、いつの間にか世間から姿をけした。その事情については、わたしは、しらなかった。ナンシーは彼女に格別の思いももってたようだ。2000年の夏、思いたってリスボンにゆき、もと夫と面談。絶望的な間違いに気づいて愕然とした。学者として責任をかんじてた。自分もその責任感に共感した。それとともにベルガモとリスボンへのつよい郷愁にとらわれた。

** 0202 リスボンの歴史
リスボンは東西2つの丘で構成。わたしは今、西の斜面をのぼってる。18世紀風の建物が散見。紀元前1200年ころフェニキア人が街をきづいた。今ものこるサン・ジョルジュ城の原型が丘の上にあったろう。時代がくだりローマ人が侵入して街を統治した。中世イスラム教徒にかわり、城は拡張整備された。やがて大航海時代、大西洋にひらいた港からおおくの冒険家が船出していった。太平洋の果て、キヨシの国に最初にたどりついたのは、ポルトガルの船だった。思えばあの時がこの国の華の時期だったろう。

インド航路をひらいたヴァスコ・ダ・ガマは国王に表彰され、16世紀マゼランは太平洋への扉をひらいて地球がまるいことを実証した。以降、莫大な富がリスボンの港にはこばれた。大西洋に最初に乗りだしたのはジェノバのイタリア人だったが、実質的な大航海時代をひらいたのはポルトガル人だった。

キヨシの国からの親善使節がヴァスコ・ダ・ガマのインド航路をつかってローマ教皇との謁見を目ざし最初に寄港したのがリスボンだった。もっともその時は隣国スペインに併合されてた。路地も階段もふるくてせまい。最下段にあるアルファマ地区の路地はせまく、意味もなくまがってる。向こうから人がくると建物の戸口の窪みに避難して通りすぎるのを、またねばならない。

** 0203 下町の人情、暮らし、坂の街、市電
下町の女性たちは人なつっこい。けれど暮らしはゆたかでない。共同洗濯場にゆく。中央の水槽の周囲のセメント囲いのうえ、そのところどころが波板につくってある。そこで主婦らは洗濯をする。きけば家に洗濯機がない。アルファマ地区ではシャワーさえないアパート、あってもこわれてる部屋がおおいという。

あたらしい街とちがい道路がせまい。リスボンはおそらくフェニキア人が統治した時代につくられた原型のまま、今日まできてるのだろう。古代、用足しは自分の足だけでおこなう。だから街はどうしてもちいさい。道もせまくなり住宅地区では廊下になる。

坂道はより急坂になれば石段があらわれる。それをのぼっていったら、ふいに電車通りにでた。リスボンの主要幹線たる28番線電車がわたしの目の前を過ぎていく。急坂も苦にせずにのぼっていく。

線路にそい、しばらく市電についていく。家に接近してはしる。ときに壁面ぎりぎりをはしり、窓やテラスの洗濯物をかすめていく。8分から10分おきとかいてあるが、ずっとおおい。わたしのすぐ横を、2、3台の電車がつらなって追いこしていく。路地には電車につづいて自動車もはいれば人もはいる。ゆっくりな電車だ。と、おもったら前に荷物をもつ人がいる。荷物で追いこせない。すると後続も。だから数珠繋ぎに。道端に停車した車のせいで市電が何台もたまる。警笛をならしドライバーをまつ。こんな光景をみた。

産業革命後にあらわれた文明の利器を古代都市に無理にはしらせたから。それでも市電は永遠に廃止できない。急坂にはりついた街だから、ここにくらす老人や肥満の女性たちにとって電車やケーブルカーは日常の必需品だ。

それでも坂の街の素晴らしさは、足をとめるごとに実感される。歩きつかれ背後を振りかえれば常に大西洋がのぞめる。雲間からおちる陽をあび、しろくかがやきながら東洋にまでつづく波間は。この街の若者に東への冒険心をかきたてたろう。

* 0300 ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。

溺れる人魚

溺れる人魚

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2006/06
  • メディア: 単行本



* 0400 アディーノ、悲劇の部屋
** 0401 ピーニョ・ベルデ通り、アパート、アディーノの記憶
坂をかなりのぼり、ピーニョ・ベルデ通り2006番のアパートについた。わたしはアディーノの知人でない。ナンシーから住所をきいてやってきた。彼女は5年前に拳銃自殺し、看病してた娘も翌月に首吊り自殺した。アパートの前にはセメント、漆喰の袋が積みあげられ頭上から工事の音がきこえた。

通りがかった女性にきいた。ここはアディーノがいたアパートか。誰。もとオリンピック選手。5年前に拳銃自殺。ああ、あの頭のおかしな人。そう、ここ。しかし工事中。そう。市が買いあげ改修中。わたしは扉をおして中に。人数がおりてくる音。アディーノのファン。2階をみせてほしい。中年の男。上にパウロがいる。彼にいえ。2階で。親方にことわった。アディーノのファン。みせてもらっても。いいよ。青年がすわってるリビングルームらしい部屋。寝室らしい小部屋。トイレ。シャワールーム。バスルームはなかった。小部屋には両開きの窓。居間からパティオに。眺望が素晴らしかった。不世出の天才、精神の障害、30年ちかく車椅子の生活。拳銃自殺。普段は感情をうしない、時々、娘に人をのろい感情を爆発させた。

アディーノが人間らしい感情をみせたのは彼女のコーチだった夫、ブルーノ・ヴァレと思い出の曲「人知れぬ涙」をきく時だけ。ブルーノも水泳選手だった。彼は彼女の素質を見ぬきコーチとしての才能を発揮。彼女に献身した。

** 0402 オリンピックの活躍、結婚、スキャンダル、精神障害、幽閉
アディーノの武器はドルフィン泳法だった。イルカのようにするどく身をくねらせて突進した。今も伝説となってる人魚泳法だった。彼女はスタート時にこれを駆使しライバルを圧倒した。30メーターもさきに浮かびあがれば仲間はすでに後方たった。この潜水人魚泳法をうつ伏せでも仰向けでも、まったくかわらず発揮した。これは誰もまねられなかった。この泳法は腰に負担。そのため腰をいためる。天性の肺活量と背筋力、そして抵抗のすくない長身でスリムな体型をしていた。さらに美貌にもめぐまれてた。ブルーノはバタフライと背泳をえらび、彼女をきたえた。アディーノは自由形でも能力を発揮し、72年のミュンヘンオリンピックでは4つの金メダルを祖国にもたらした。

この後、アディーノとブルーノは結婚。新婚旅行の帰路、二人はベルガモに立ちより「愛の妙薬」をみた。それはこのオペラのヒロインの名前がアディーノ。劇中、主役の青年のモリーノが「愛の妙薬」というインチキ薬をのませ彼女を射とめた。自分をモリーノに見たてた。ブルーノは妻をふかく愛し尊敬してた。劇で1番の聴きものが「人知れぬ涙」である。この曲が彼女の生涯の愛聴曲となった。これは、もっともかがやいた青春の記念碑だった。晩年、精神障害から気むずかしくなったが、これをきくと、しずかになった。娘は日に何度もこれをきかせた。ナンシーの話しによると、これをきき涙をながし綺麗な曲といったという。

** 0403 部屋の様子、市電の線路
電車の音。眼下に28番電車。路地いっぱいを窮屈そうにすすむ。路地に線路は1本しかない。下の道に電車がとおるのか。ああ、上りも下りも。でも線路は1本だけ。ここではケーブルカーみたいに、1本で上りも下りも。1両ずつのケーブルカーなら、すれ違う区間もきまってる。たまたま上下が対面したら。そういう時はどっちかが道の入口でまつ。ふうん。そういう場所はほかにも。いくつかある。成程。この手すりは、ずいぶんたかい。わたしの胸まであった。この部屋は特別にたかい。精神をやんだ人がすんでたから。落下を心配。下に電車もくる。ちがうとわたしは、おもった。当時のポルトガルの医師の無知、誤解により、こうなっただけ。取りかえる話しもあったが、予算がない。そのままと。ふうん。

** 0404 栄光と没落、病院の夫
今はずいぶん、なおした。前は牢獄みたい。シルバさんは、動物をかってたか。さあ。君は5年前にすんでたシルバさんは、しってた。名前だけは。どんなことを。70年代の天才的な水泳選手。そう。ほかには。世界的選手、背泳、バタフライ、自由形、メドレー・リレーで金メダル。圧倒的強さから世界の期待がたかまる。スキャンダルをおこす前までは。彼女の人魚泳法は後に禁止。彼女の記録は抹消。

当時は大変な有名人で。ああ、マゼラン以上の。ほかにしってることは。たいして、頭がおかしくなって晩年はここに幽閉。そして聖アントニオ祭の夜、心臓をうって自殺。あと彼女の昔のご主人が、今サン・ホセ病院で危篤状態とか。ブルーノ・ヴァレか。そう。わたしは病院にゆこう、とおもった。

* 0500 アディーノの栄光と悲劇
** 0501 来訪の目的、謎の事件
病院はおなじ西の丘にある。市電でいった。28番市電はまるでローラー・コースターのようにおおきくアップ・ダウンしてすすむ。ナンシーからきいたアディーノのことを思いだした。彼女は2001年6月に自殺。それはオリンピックから29年。51歳。数々のスキャンダルのあと植物人間となった彼女は世間からわすれられてた。しかしナンシーによれば彼女の生涯最大のミステリーはこの自殺のさいにおこってる。わたしがリスボンにきたのもこの謎をときたかったから。

彼女の生い立ちだが、父親はわかい頃サッカー選手だったらしい。傷害事件で刑務所にはいったことがある。

** 0502 生い立ち、両親、水泳との出会い
彼女の過激な性格は父親ゆずりかも。現役を引退して漁師。嵐で難破、死亡。母親はアモレイアスという。市場で夫のとった魚をうってたが、死後、一時、いかがわしい商売に身をおとしたとも。アディーノが高校生の時、交通事故で死亡。兄弟はない。無料孤児院にいれられてた。彼女が頭角をあらわしたのは施設で水泳コーチをしてたブルーノの目にとまってから。その泳ぎにおどろき、国営の水泳強化チームにいれ、寄宿舎にすまわせた。18歳だった。

** 0503 オリンピック、栄光、スキャンダル
オリンピック以降の彼女はシンデレラだった。プールのついた宮殿のようなアパートにすんだ。ヨーロッパのマスコミに追いまわされた。ポルトガルの誇りといわれた。フランスで映画に出演した。これが頂点だった。麻薬で精神と体調をおかしくした。転落ははやかった。練習試合で隣りのコースの女子選手に掴みかかった。リスボン空港で乱闘騒ぎをおこした。これは南仏のリゾートで盗撮されたのが遠因という。カメラマンに怪我をおわせ、相当の慰謝料をはらった。リスボンの水泳協会の事務員を突きとばして、警察に通報された。悪口をいったという。傷害で逮捕された。半年の服役だった。コーチである夫は妻を見すてなかった。24歳。次期のオリンピックへの参加をねらってた。

** 0504 つづく奇行、夫婦生活の綻び
次第に理解不能の奇行をみせるようになった。ナンシーによれば、夫との夫婦生活がおかしくなった。家では勿論、プールの中でも旅先でもレストランでもセックスを要求した。およそ満足することがなかった。いきなり呼吸をあらげ要求した。ふるえ、あえぎ、痙攣をおこした。そして達した。こういうことが1日に何度もおこるようになった。刺激するものもなく性衝動が頻発した。夫は麻薬の影響をうたがった。麻薬は発見されなかった。アディーノの精神は日をおうごとに悪化した。1日中発情した。泣きさけび夫に暴力をふるうようになった。夫は恐怖をかんじた。外出もむずかしく、練習でプールにゆけなくなった。水泳連盟はブルーノに練習にでるよう催促した。

** 0505 コスタ教授の診断、治療
彼は苦慮し、リスボン大の精神科のリカルド・コスタ教授に診断をあおいだ。先天性のニンフォマニア(色情狂)といった。ホルモン抑制剤を注射し、精神安定剤と性欲が減退する薬を処方し、彼女に振動をあたえないように注意した。電車、自転車、低音がよくひびくディスコティークの店をさけるよう助言した。教授は自説を付けくわえた。オーガズムは男性に必要かもしれないが女性には不要。薬物によってこれを抑制しても問題ないといった。薬をつかうと精神は安定したが記録がのびなくなった。モチベーションを維持するため、薬をへらすと、発情し、夫に暴力をふるった。ある晩、奇妙な物語を夫にした。

* 0600 わたしは人魚、ロボトミー手術
** 0601 大西洋の人魚、人間を悪に誘惑、快楽は罪
わたしは大西洋の人魚なの。娘のアメリアに乳をふくませながらいった。レンヌの司教マルボードがかいた娼婦についてという詩をしってる。最悪の囮、それは女だ。この女は人魚のこと。ベッドに横臥したブルーノに近づいた。

オータンの司教ホノリウスによれば水の上で竪琴をかなでる人魚は性欲の象徴。角笛をふく人魚は傲慢、歌をうたう人魚は物欲を象徴してるの。3人の人魚は罪を前にした人間の心をくじき、ついには死の眠りへといざなう3つの誘惑をしめしてる。そして地獄の責め苦へと引きずりこむ。人魚が女の顔をしてるのは愛欲ほど神の崇高な精神にそむかせるものは、ないから。くすくすわらって、愛してるといった。

快楽は罪。性的な行為は夫婦間、それも生殖の目的においてのみ、ゆるされる。行きすぎた快楽はゆるされない。これが聖職者たちが繰りかえし、といてきた神の教え。こういう主張はコスタ教授のような堅物によって繰りかえし、とかれてきた。アディーノの震えが全身におよんだ。ブルーノを押したおし首をしめた。からからとわらい、ねえブルーノ、わたしは人魚。また首を。抵抗した。だからあの泳ぎができるんだ。ブルーノ、人魚は何をたべてるか、しってる。

** 0602 ブルーノの肩肉、ほとばしる鮮血
人の肉よ。そして肩をかんだ。人の肉をたべて、いきてきた。そう。人魚には魂も感情もない。難破した漁師を海底ふかく引きずりこんでたべる。そう。父もそうしてたべた、わたしが。えっ。危険よ、人魚は。そう、だから世界記録を。人魚なら簡単。たべられたら危険。どうすればいいか、しってる。さあ。拘束する。どこかにとじこめる。でも、プールにゆけなくなる。魔女は拘束しなさい。危険だから。ふるえる声でさけぶ。はやくして。痙攣をはじめた。悲鳴をあげ、肩の肉にはげしく、かみついた。鮮血が飛びちった。悲鳴をあげ拳でアディーノをうった。下の床にとばされ、顔面を血だらけに。四肢が痙攣した。ブルーノは懸命に電話にとりついて、住所をしらせた。激痛にたえ朦朧とした意識でエレベーターで1階にたどりついた。玄関をでて車寄せのところで気をうしなった。

** 0603 処置入院
リスボン大病棟の病室。医者が怪我の所見を説明。 犬かときく。ブルーノはうなづいた。その夜パーティに招待されてた。アディーノのことが気になった。彼女は単身、パーティに出席。薬物の影響下にあり、泥酔し、ついには失禁した。彼女もまたリスボン大の精神科に入院した。そこでも大暴れをした。数日後にブルーノは退院。アディーノは強制処置入院となり独房にいれられた。連日の精神テスト。ダイパーをされインスリン・ショック、電気ショックがほどこされ、おとなしくなった。リスボン大神経科ではコスタ教授を中心に連日、ミーティング。今後の処置を検討した。アメリアはまだ赤子でブルーノはもっと低家賃のアパートにうつり単身で子育てを、することにした。

** 0604 ブルーノの子育て、ロボトミー、手術の強行、同意書
ブルーノは謝礼で、あるいは好意で子育てをした。彼女の引退で収入がとだえ生活の困窮がやってきた。彼女が入院したリスボン大である。

そこはかって悪名たかいロボトミー手術の考案者、エガス・モニスが在籍してた。彼は第2次大戦前、リスボン大の教授だった。その前は下院議員、外務省高官、1910年のポルトガル共和国樹立の時には、政党党首、大臣もつとめるという異例の経歴をもつ。医学分野で業績をあげたのは政治家を引退してからの60代からだった。

ロボトミーという考えは、もともとは1935年、アメリカの2人の学者がチンパンジーの前頭葉を切りとったところ性格がおだやかになったと学会に発表した。同年、エガス・モニスは勇敢にも人間にこれを適用。鬱病や不安神経症の患者で劇的な改善をみたと学会に発表した。以来、アメリカに導入、改良され、おおいに発展。第2次大戦後のアメリカで一時期、精神分裂病に処置され世界的ブームを巻きおこした。当時は分裂病の治療薬はなかった。1949年にエガス・モニスはノーベル医学賞を受賞した。

ロボトミーの技術は改善をくわえチングレトミーの段階までたかまった。だが1960年代、危険な攻撃性除去という手術のねらいは、実は人間の無気力化によるものでないかという認識がたかまった。治療薬の登場、人権意識のたかまりもあいまって、ロボトミーは急速におとろえた。他方、リスボン大の神経科においては1970年代においても、エガス・モニスの権威はいきていた。コスタ教授はブルーノにチングレトミーの手術の同意をせまった。

彼は成功例として科学者、作家、医師、技師、大学教授が職場に復帰してること。学会で薬物とならび有用とみとめられてること。アディーノのような重篤な患者には最後の手段であること。彼女の現状はポルトガル国家の威信をきずつけ、彼女にとっても不幸であること。手術の効果により彼女自身が幸福を取りもどせること。1952年にローマ法王エピウス12世が他に代替手段がない場合にかぎり、みとめていること。アディーノはこの条件に該当することをあげた。ブルーノはまよった。教授は粘りづよく説得した。それには有名な患者への施術によりロボトミーを復権したいとの願望もひそんでたろう。ついにブルーノは同意書にサインした。

* 0700 病院のブルーノ、苦闘の人生
** 0701 面会の申入れ
サン・ホセ病院。わたしは、ハインリッヒ・フォン・シュタインオルトと名前をいい、以前、彼とはなしたことのあるナンシー・フーバー教授の友人といった。1時間したら、おきるかもしれない。まつか、という。まつと看護婦にいった。敷地のはずれまでゆき、ベンチから外をながめた。下りの斜面を瓦屋根がうめる。高層ビルはない。大西洋がわずかに、のぞめる。

** 0702 チングレクトミー手術の強行、同意
肝臓検査といつわって全身麻酔をしてチングレクトミーが強行された。術後4ヶ月ほどの回復期間をへて、アディーノは退院できた。その際、もとめられて手術の同意書にサインした。無気力が顕著となった。夫と再会しても感動しない。娘のアメリアの世話をしない。金メダルをみせたが、それは何かときかれた。

** 0703 術後の無気力、無関心、ブルーノの後悔
きくと、オリンピックのこともはなした。人魚泳法を夫婦で作りあげたことも思いだした。夫のたすけなく1人で食事ができなかった。口をあけさすと歯肉がはれていた。練習の意欲は、まったくなくなった。ブルーノは1人でないた。それでも1週間後おだやかに、すごすと、自立して、あるけるようになった。アメリアをストローラーにいれて二人で散歩した。丘から大西洋にしずむ夕陽をみたが、アディーノは何の感慨もしめさなかった。シュタインオルトさん。

看護婦が患者は1度、目をさましたようだが、また昏睡状態になった。どうしますか。まちます。玄関にもどった。

** 0704 面会の許可、彼女のおとろえ、皮膚のたるみ、白髪
ブルーノは肺癌だという。まだ60になってない。また回想にもどる。子育てに関心をうしなったアディーノの乳はでなくなった。ほうっておくと1日中、口をきかず車椅子かソファにすわってた。自分から歯をみがかない。体をあらわない。髮をきらない。テレビをみせれば、ぼうっとみてる。本をみせてもぼうっと。よんでるかと、おもうと、ばたんとおとした。試しに戦争の残酷な写真をみせたが、ただみてた。そうしてるうちに、足がなえ車椅子をやめられなくなった。とわれれば自分の名前も夫の名前もいえるが、早晩わすれそうだ。記憶を保持しようとの意欲がみられない。かっての活気がなく、会話がはずまない。髮の艶がうしなわれ、まだ20代なのに白髪が目だつようになった。

** 0705 低家賃アパートの暮らし、車椅子の生活
顔がたるみ、顎に脂肪がついた。裸身をみて愕然とした。肌が黄ばみ小肥りとなり、いっきょに20歳もふけた。大学の非常勤講師の給与でアディーノとアメリアの世話をする介護士をやとって遠距離を通勤した。半年後、彼女は車椅子からおち、病院にはこばれた。医師は癲癇の疑いがあるという。コーチをしてたから当然、病歴は把握してる。ロボトミーによるとうたがわれた。病院で難治性癲癇の診断がくだされた。はげしい頭痛もうったえるようになった。介護の都合もあり勤務にちかい、リスボン市内のこのアパートにうつった。リスボン大の威光かマスコミから、のがれることができた。一応の安定をえた。介護士の監視のもと彼女は車椅子にすわり1日中、大西洋をながめていた。手術後、10年をへたある日のこと。

** 0706 プールで溺れ、コスタをのろう
ブルーノは彼女を大学のプールにつれていった。水にいれると、ゆるゆるとおよいだ。そこにやってきた主任教授と契約更新の話しをした。その短時間に彼女はプールの底にしずんだ。気がついたブルーノが溺死寸前の彼女をすくった。また1日中、パティオから大西洋をながめる車椅子の生活にもどった。介護士1人で赤子と手のかかる彼女を世話しきれない。大変だったがブルーノは頑張った。彼女の怒りが頂点となった時、かならずリカルド・コスタをころして自分も死ぬといった。

** 0707 20年の苦闘、発病、娘が世話を、古書修繕店を
ブルーノはこのような生活に、その後、20年たえた。娘のアメリアは施設でくらし高校を卒業後に、このアパートに合流した。娘は国立の福祉大学にはいり、専門的な介護をまなんだ。ようやく一息つける頃、父親が病気がちになった。介護は娘にまかせアパートをで、ちいさな部屋をかりた。週に1度だけもどってきて娘と介護を交代した。3人でピクニックにでかけ、携帯電話で連絡を取りあった。何かあればやってきたが、おわれば28番線の市電にのり自分の部屋にもどっていった。もうスポーツコーチの仕事はなかった。友人からおそわって革表紙の古書の修繕という職をえた。二人でウーゴとブルーノの古書修繕屋をひらき、生活をするようになった。

** 0708 肺癌
彼の体調は回復せず、店に毎日はでられなかった。ずっと独身の生活だった。アディーノが50歳となった。アメリアは30直前となった。ブルーノは日増しに衰弱していった。肺癌であった。その頃に彼を打ちのめす事件がおきた。

* 0800 後悔にくるしむブルーノ
** 0801 コスタ教授の発言、ナンシーの来訪
コスタ教授はアディーノの様子を気にしてた。大学の病院への受診をすすめたり、わかい医師を派遣したりした。教授はチングレトミーの処置は報告してないが、ニンフォマニアについて論文で数度、報告した。これがナンシーの目にとまった。彼女の症状がニンフォマニアによるとの見解に違和感をもった。休暇を利用した2000年の夏、アディーノをたずねた。娘にあい、さらに店にいるブルーノと面談した。

** 0802 希少病と診断
まだ一般にしられず非常に特殊な病気がおおく存在する。自分の経験した病気を率直にはなした。彼の顔色がかわった。どんな病気か。Persistent Sexial Arousal Syndrome、持続性性喚起症候群。世間にしられてない。それが原因といった。最初の報告はイギリス。性的興奮がないのり性的快感がおとづれる。自分の場合もそう。職業をもつ女性には非常な精神的苦痛。家庭婦人にとっても屈辱的だろう。隠しきれずに醜態をさらす。警察、あるいは精神科医の世話。地域にしられ、すめなくなることもある。他人にしられなくとも、理解してもらえない。誰かに打ちあけられない。医師に相談もできない。

** 0803 患者の苦しみ、世間の無理解
衝動で掃除機を蹴りつけたことも。それくらい強烈。自分は未経験の頃だからセックスがしたいからでない。困惑し、何故自分だけと怒りが。激烈な衝動におそわれ自分が何をしてるかわからない。貞淑であるべき女性の姿でない。でも道徳でこの病気をみるのは間違い。魔女狩りのような危険をよぶ。彼は衝撃をうけた。アディーノは彼のみをもとめた。ただ病気だった。精神異常でなかった。

** 0804 くやむブルーノ
後悔がわいた。彼女の将来を台無しにした。何故同意書に。あの説明に。だまされた。手術によって改善するとだけきかされた。自分が彼女の行為に恐怖し、冷静な思考と判断がかけてた。この考えが彼をくるしめた。そして最後の事件がお

* 0900 聖アントニオ祭と事件
** 0901 聖アントニオ祭の賑わい
6月12日は年に1度の大祭、聖アントニア祭。その前夜だった。この日ビーニョ・ベルデ通りのあるバイシャ地区もまた深夜まで人通りでにぎわった。イワシを塩焼にする出店がならび、女たちは可愛らしい香草の小鉢をうる。若者たちにとっては恋人の日と、よばれ恋を告白する。すると聖アントニオが奇跡を、おこしてくれると、しんじられてる。

** 0902 コスタ教授の暴言
13日に結婚するカップルは市議会が援助する。近隣の地区、諸外国からも観光客がやってくる。街のアーチがイルミネーションと風船でかざられる。はなやかなフロートが繰りだし娘たちが練りあるく。コスタは名誉教授に昇格し今や精神医学界の重鎮となってた。この夜、前夜祭の特別テレビ番組に出演しチングレトミーの有効性についてのべた。21世紀にはいりロボトミーのような外科処置を否定するようになった。教授は重篤患者の7割が手術に成功し社会適応性を回復したとのべた。司会者が残りの3割を問題としたが、それは性格が、おだやかすぎる。そのため改善の喜びを外部に表出できない結果だといった。

** 0903 アディーノの自殺
被処置者の1割が不平をもってる事実をみとめ、それは私怨の産物であり、実は軽快をかんじてる。同意書にサインし、うけた手術。だがその成果をみとめよう、としてないといった。この番組をアディーノがみてたとおもわれる。その夜の10時15分、隠しもってた拳銃で心臓をうち自殺した。通りに面した部屋には群集の喚声と28番線の市電の騒音がとどいてた。アメリアは通りにでてイワシの塩焼をかって戻ってきた。部屋で死んでる母親を発見し警察に電話した。祭の混雑から刑事は市電を利用せざるを得なかった。部屋で拳銃を車椅子のそばで発見し、膝の上に遺書らしきメモを発見した。解剖して自分の頭部をしらべてほしいと、かいてあった。現場の詳細である。煤の付着から弾丸は2発うたれたようだ。そのうち1発は心臓、車椅子から後ろの壁にとどき、めりこんでた。残りの1発である。発見できなかった。アディーノの手指、着衣の心臓部分、その周囲に、硝煙反応があった。グリップには彼女の指紋もあったから自殺に疑いはない。パティオの大窓はあいてた。

** 0904 コスタ教授の射殺死体
遺体搬送の車は、なかなかこなかった。携帯電話がなった。約2キロはなれアヴェニーダ通り57の高級アパートから射殺死体がでたという。祭の夜には事件がつづく。また連絡がはいった。アヴェニーダ通りの遺体は2階の自室玄関で何者かに射殺されたもの。名前をきいて、おどろいた。リカルド・コスタ。それは、さきほどテレビでみたばかり。それとこの自殺者のロボトミー手術をおこなった医師。さらに彼をころし自分も死ぬといってたことを、しってたから。

教授は心臓を至近距離からうたれてた。パジャマの上にしろい絹のローブをまとってた。背後の壁に弾丸が食いこんでた。ローブの穴にくろい煤が付着、銃口をほとんど押しつけて犯行だろう。妻に先だたれ1人暮らしだったが、自殺の原因はない。他殺だろう。10時すぎでまだ就寝前、ドアをあけたところを、うたれたのだろう。犯行者が現場にのこしたのは1発の弾丸のみ。このアパートの廊下、その突き当たりにはローマ風のテラスがある。そのすぐ下に28番線の市電がとおっている。祭の騒音、教授の部屋がひろいことから、隣家の住人は銃声をきいてない。ここでも遺体の搬送に難渋した。

** 0905 不可能な犯罪
コスタ教授の銃弾とアディーノの銃弾は28番線の市電にのった刑事によって警察署にはこばれた。もっとも不可解なことが判明した。2つの銃弾は、口径、形状、材質がおなじで、旋条痕もおなじだった。つまり、おなじ銃から発射。2つの遺体の発見ははやかった。体温降下により正確な推定が可能。同時刻だった。これで彼女の銃が発射される。そのすこし前にその銃から発射された銃弾が、はなれた場所にいる教授をつらぬいたことになる。捜査陣は冷静にかんがえた。彼女のために犯行を実行する可能性は娘のアメリアともと夫のブルーノだった。同時という判定は10分か20分の誤差をゆるすだろう。

両現場の距離は2キロ、祭の雑踏から徒歩なら往復1時間弱。自動車の使用は不可能、自転車も無理、もともと2人はもってない。28番線の市電である。たしかに両現場のパティオの真下をとおってる。しかし停留所はない。

** 0906 超自然の力か
最寄りの停留所まであるく。人を突きとばしていそぐ。祭の中で目だつ。あり得ない。電車がくるのをまつ。混雑でおくれてる。彼女の自殺をしり即時、復讐を計画する。手袋をし拳銃をもち停留所にむかう。やってきた市電にのり、現場のちかくで下車。階段をあがりチャイムをならし教授を呼び出し。ドアがあいた瞬間に射殺。階段をおり停留所まであるき市電にのってアパートのそばの停留所でおり、また階段をのぼり部屋にもどる。そして警察に連絡する。後日の捜査陣の実験では1時間弱かかった。祭の混雑、市電の到着時刻のタイミングのズレ。さらに時間がかかる。同時の許容範囲におさまらない。28番線の市電の運転手の全員がアメリアの顔をしってる。市電はワンマンカー、運転手と顔をあわせる。28番線の運転手全員が2人の顔をみてなかった。可能でない。これではアディーノの願望を聖アントニオ祭の夜に超自然的な力が、たすけたということになるが。

* 1000 籐の籠
** 1001 面会の実現
わたしはリスボンにやってきて、ずっとこの謎をかんがえてた。何もうかばなかった。こうしてアパートにつきサン・ホセ病院まできた。答えが見つからなければウプサラ大のキヨシにきくことになるだろう。玄関に。女性の声。ハインリッヒさん、あうそうです。はい。看護婦。ロビー、エレベーター。中で、話しができるか。今日明日の命。へえ。ご両親は。いない。友人は。いない。わたしのこと、説明は。した。成程。

** 1002 前客の刑事と同席
ヴァレさんが、わたしにあっていいと。そう。本当に。そう、刑事さんが。ふうん。4階。廊下を。病状が。大声では。承知しました。ノック。中から刑事。紹介する。リスボン市警察のフェルナンド・メイラさん。ベッドに。ブルーノの右手の甲に点滴の針。看護婦がブルーノに。ハインリッヒさんです。無反応。握手。

** 1003 ナンシーの知人と自己紹介
そばに酸素吸入器、脈拍をしめす液晶モニター。ハインリッヒです。アメリカから、フーバー教授の友人です。わずかに微笑む。刑事がいう。何か言いのこすことは。突然、その体が波うつ。看護婦が非常用のボタン。医師が乱入。騒然。

** 1004 籐の籠を託される
咳こむ。鼻と口から血。胸部マッサージ。一応、危機は。わたしは、もう無理とベッドをはなれようとした。いや。刑事が何と。あなたでない。こっちの人に。わたしですか。そう、ベッドの下に籠が。籠か。そう。籐であんだ籠があった。引きずりだして顔の前にもってきた。中にはオレンジがひとつ。わたしは左手で取っ手をもち右手を底にそえた。底には革がはられてた。はった。古書修繕で表紙につかう革。彼にわたす。あんたにあげる。へっ。もってかえって、あの女性の教授にみせてくれ。フーバー教授に。そう、わたしの手形だといって。彼女に。そう。

** 1005 コスタの死は聖アントニオの奇跡
わたしは困惑した。沈黙。腰抜けとおもわれたまま死ねない。だからそれを。刑事が、それだけか。否、ある。ロボトミー、それは魂の死だ。同意書のサインなどもとめるべきでない。あの女性の教授にあった日、それは最悪の日だった。その後、ないた。後悔した。リカルド・コスタが死んだ日、娘がいった。聖アントニオの奇跡だ。母とわたしのために奇跡をおこしてくれた。

** 1006 最後の言葉
彼の声。うわ言のよう。単線だ。何。アヴェニーダ通り57、ビーニョ・ベルデ通り2006。彼の指が窓を。カーテン棒だ。ええ。あんたがうった。そうだろう。否、聖アントニオの奇跡。そして脈がとまった。

* 1100 聖アントニオの奇跡
** 1101 刑事との対話、教授宅へ、市電の線路
刑事からきかれて、わたしはフーバー教授の会話が発端となった今回の訪問を説明した。カーテン棒、籠のことはまったく不知とこたえた。刑事はホテルまでおくるといった。わたしはコスタ教授のアパートをみておきたかった。刑事がおくってくれた。灰色の石積みの6階建の構造物だった。2階に石の手すりがついた張り出しテラスがみえた。そこは路地。市電のレールがみえた。このあたりは金持ちや要人がおおいという。

** 1102 部屋の見学
28番線の市電か。そう。しかしレールは1両分しかない。左手をさして、ここからは二両分となる。さらに路地の彼方をさし、あちらからも二両分。電車がここにさしかかる。向こうからもくる。するとどちらかが、とまって、まつ。成程。コスタ教授のアパートだけ、そのみじかい区間だけが単線となってる。アパートの正面玄関はひろい通りにめんしてた。ロビーの床は大理石。木造の階段室をあがる。これが彼の住居。鍵をだしてあける。室内はほとんど当時のまま。まだうれてない。壁の鏡の脇に血痕と弾丸の跡。床にはたおれてた教授の姿をとったテープの人型。また血液の跡。

** 1103 テラスからの眺め、市電の屋根
中もみるか。否。おもわず、わたしは手にもった籐の籠と豪華な調度品を対比した。刑事が外にでた。わたしはテラスをみたかった。施錠をすませた刑事も同行した。ガラスのドアをおして外にでた。石の手すり。眼下に市電がとおる。パンタグラフが鼻先を。電車のくろくよごれた屋根が。鉄の線路を鉄の車輪がすべる。騒音の源。送電線が、わたしの目の高さ。この眺めは、ピーニョ・ベルデ通りのアディーノのアパートのパティオの眺めとそっくり。市電がうるさいか。うん。この騒音さえなければ、いいアパートだが。

** 1104 帰国へ、ブルーノの店を通過
仕事にもどらないと。ああ。ガラス戸をあけ、廊下。階段。通りにでた。これから。フェリーで港に。そこのコインロッカーから荷物を引きとる。港の近くでホテル。1晩宿泊。それからスウェーデンにもどる。へえ。またアメリカにゆく機会がある。そこでフーバー教授にみせる。あの籠に意味があるのかな。港は反対方向。成程。では。名刺を受けとる。そこまで。ああ。ちいさな店が。あそこがブルーノの店。ほう。ずいぶん教授の住居とちかい。あそこは金持ちの地区。伝来の古書、古文書を所有してる家も。だから商売ができる。

** 1105 下町の習慣、子どものお使い
お世話になりました。気をつけて。リスボンはどうでしたか。有意義だった。と、ここで不思議な光景をみた。目の前の歩道にちいさな籐の籠が。10歳くらいの女の子がそこに、ちいさな包みを。駈けさる。お釣りは。もどって小銭をいれた。見あげると3階から。刑事が説明してくれた。ふるい建物はエレベーターがない。年配者、ふとった人は階段の上り下りはつらい。通りであそんでる子に買い物をたのむ。近所は家族のようなもの。ふうん。1階に店があれば、上から大声で注文。店はそれをつけておいて、月末に請求する。成程。

** 1106 わたしに天啓、聖アントニオの奇跡
突如、天啓が。わたしはブルーノのやったことが、わかった。アディーノとコスタをむすぶ市電、ブルーノの仕事場がちかくに。祭の日にたまたまみたテレビ、そこに出演したコスタ、彼の暴言、祭の雑踏。わたしは籠の底をみた。特製の革をはった籠、彼はあらかじめ用意してたのだ。アディーノが頭でなく心臓をうって自殺した時、娘は父の携帯電話に連絡する。父からあらかじめ、わたされた特製の籠をとる。それをカーテン棒の先に引っかけパティオで市電をまつ。その屋根にのせる。ブルーノはそれおカーテン棒で引っかけてとる。手袋をはめ銃をもって、コスタ家にゆく。玄関のチャイムをおす。1人でいた教授が玄関をあける。即刻うつ。ドアをしめ、ただちにテラスにもどり、拳銃をハンカチにくるんで籠にいれる。上りの市電をまち、その屋根にのせた。そして首尾を娘に連絡した。娘は市電からそれを回収する。籠から拳銃を回収し、もとの位置におく。そして警察に連絡した。

単線だったが、もし複線だったら。祭の雑踏がなければ、自殺の銃声、コスタをうった銃声も気づかれたかも。誰かにきかれ計画が実行できても、はやく露見したかも。市電の速度があがってたら、籠がおちてたかも。さらに警察官も祭で現場到着がおくれた。こまかな時間の整合性など確認できなかった。すべてがかかわり事件は発覚しなかった。それは聖アントニオの奇跡だった。

** 1107 街とのわかれ
どうしましたと刑事の声。いや。何かいわれたと。ああ。気づいたことが。否。リスボンは素晴しい街だ。そうですかな。車にのりこむ。気持のわるい事件だった。何かあれば連絡を。否、あれは聖アントニオの奇跡。リスボンでしかおこらない。車をおり謝辞をのべて、わかれた。
(物語おわり)

* 1200 感想
古代のフェニキア人や大航海の時代に海に躍動したポルトガル、リスボンにうまれ、オリンピックで祖国の名前をかがやかせた女性水泳選手の悲劇を取りあげる。奇跡がおこしたような殺人事件である。天才アスリートとうたわれた主人公、その夫、娘。殺人が薄幸の家族の悲劇を締めくくる。筆者は、そのふるい歴史をのこす街のたたずまい、下町の人情、随所にみえる海への憧れを落日のリスボンで主人公におとづれた奇跡をえがく。まことに、うつくしい物語である。

* 1300 テーマ
不可能とみえる殺人事件、超自然の力がおこしたような事件がどのような偶然にささえられて成立したか。それを、あきらかにすることである。

* 1400 評価
1) 原理的に可能か、には特段の問題はない。2) 現実にあり得るかが問題となる。奇跡とかんじさせるほどの偶然があり得るか、そのような物語が成立してるかを、かんがえる。

リスボンはギリシャ人より先に地中海に雄飛したフェニキア人が建設した街である。大航海時代、まだ地球が丸いとしらない人びとが未知の世界にあこがれて出港していった土地である。神話の人魚は彼らの憧れと不安の象徴である。

1年に1度の聖アントニオ祭は下町をいろどる。イワシの塩焼、香草の小鉢、アーチをかざる風船、山車(フロート)と娘たちの練り歩き、恋人たちの願いをかなえる聖アントニオの奇跡。この日には奇跡がおきる。

彼女はこのリスボンにうまれ、古代の遺構が色こくのこる下町になじんだ。街を特徴づける坂とそこを移動する市電は彼女が泳ぎの世界で頂点を目ざした努力をしめしてるようだ。陽光をあびて斜面に立ちならぶ建物群、その上はるかに、のぞむ大西洋は憧れをしめしてたろう。

60年代に危険な治療法とされたロボトミーを70年代に復活させる。そんなことが学会において可能か。かりに可能として、手術の悲惨な結果がマスコミにもれることなく、また世間の同情も呼びおこすこともなく、ひたすら悲劇にむかってゆくだろうか。疑問なしとしない。

筆者は筋の展開にそって、女主人公の人柄をえがき、その夫、娘、悪の象徴である教授も過不足なくえがいてる。そこに、この上なく美しい悲劇の舞台と聖アントニオの奇跡を用意した。わたしは、主人公の運命はあまりにも苛酷とおもうが、物語としては成立してるのかもしれない。

何故「わたし」があいにきたのか。キョシ(御手洗潔)がどう関係するのか気になった。しかし、これは蛇足である。
(おわり)

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謎解き島田、魔神の遊戯 [島田荘司]





* 010000 はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

* 020000 プロローグ、御手洗と教授仲間
** 020100 2002年1月、メーラレン湖のカフェ
*** 020101 ウプサラ大学の教授仲間の話し、ジョージは今どこ
メーラレン湖のほとり、カフェ、シアルビィ館のガラス張りのテラスでウプサラ大学教授仲間、血管生物学のカーステン・ストゥナーがいう。ジョージ・ハイアンズはどうしてる。今どこに。誰もこたえられない。去年は、よくここにと免疫学のアレキサンダー・ヒューストローム教授。だがきゅうに大学からきえた。彼はセスナ機のマニア。どこかで遊覧飛行でもとスヴェンド・オルケン教授。アメリカでも。なら噂が。妙だ。キヨシ、君なら何か。カーステンが御手洗潔にきく。さあね。ふむ。彼は君とおなじ畑。ストックホルム大の研究室時代からずっと君にくっついてた。こっちのハインリッヒと一緒にね。君ならしってると。皆んな、フィカはどうと御手洗。

*** 020102 御手洗の話しが
ミタライならもっといいね、とこたえた。これはスウェーデンではコーヒーをのみながら雑談する習慣がある。これはフィカという。経験ゆたかな御手洗はフィカの名手。数々の興味ぶかい話しを披露。そこでミタライといって、話しを要求したのである。今からきいてもらうのは、そのような話しを披露。これはその話しのひとつ。スコットランドのちいさな村の話しであると御手洗がいう。

ネス湖畔の高台。そこに古城。イングランド王と和平締結がなるまで、この土地を支配していた豪族の城だった。そこに、倫敦塔ににた石の塔。ここからネス湖がよくみえる。終日ここからネッシーがうかぶのをまってた人もいる。へえ。できるのか。然り。だって誰も。廃虚。子どもたちの最高の遊び場。でも夜には誰も。だって中庭に犯罪者の首をはねたというテーブル石。冬には雪、夏にはふかい霧。人情は友好的。人柄もわるくない。ただしそれがわかるまでに時間が。あまり人とまじわらない。自分の家にとじこもる。勤め先と自宅の往復のみ。一日中、羊をおう。また、裏の畑でリンゴづくりなど。

森と草原だけの土地柄。土地はやせて冷えている。だから薔薇苑などできない。緑の起伏の間をはしる道。背後は森。たいていブナに針葉樹。秋には紅葉。その中に点々と石造りの家。しろい石積み。石の壁に木の窓。家の中は板張り。石積みの暖炉。テーブル、民芸品の皿。そんな村であのひどい事件がおきた。去年の11月末。よその者とまじわらない。イタリーのあのポルタトーレの村とおなじ。そんな土地に変異がでる。10年おきに。そんな人間が。昔の貴族の家系におおいという。最近の例。

*** 020103 ロドニーの誕生から
ロドニー・ラーヒム。1947年、生れ。ずっと母親と二人暮し。彼女は昔この土地で死んでる。ロドニーはティモシーの小学校卒業と同時に村をはなれた。12歳。強制的。モントローズの王立精神病院に隔離。村の住人たちの合意。動物への虐待、殺害が頻発という。他人の家を覗きみしたり挙動が不審。時に凶暴な発作。だから土地の人たちが隔離を要請。ティモシー村を追放。テストの結果。精神障害者というほどに対外的な症状はない。知能指数は多少ひく目。刑事事件の記録はない。それでモントローズの精神病院に隔離、1年間収容、おなじ敷地内の精神障害児童用の施設で成人。

*** 020104 症状、施設からロンドンに
カルテ。低セロトニン、高インスリン、低血糖。反社会的障害者のうちにはあった。しかしとりたてて病的でない。側頭葉癲癇。フランスの神界医アンリ・ガストーがゴッホにたいしていったことが部分的にあてはまる。ノーマン・ゲシュヴィンドのドストエフスキー評価でもいい。ロドニーは癲癇の影響で圧倒的な追憶の暴力におそわれると、感情生活が、はげしく、せまくなった。彼の場合、40歳をこえていきなりあらわれる。

多少警戒すべき人物とおもわれた。しかしインスリンの分泌過剰を薬物でおさえて血糖値をあげセロトニンをたえずチャージしつづけるなら。社会的に適合、平和的に生活可能。モントローズの医者の判断はそう。そこで彼にロンドンの医師を紹介。彼の監視のもとという条件で社会に復帰。これは彼が35歳(1982年)。ロンドンにでた彼はソーホーのイタリアン・レストランのコックに。ロンドンの病院に通院。注射を。生活。48歳(1995年)のある日。感情の暴力におそわれた。そばにあったカレンダーの裏に絵。

*** 020105 記憶の嵐、絵画に開眼、コックから画家に
天啓をえて、くる日もくる日も脳裏に飛来するイメージを絵に。最初、どうかくのか技術的問題があったがなれた。するとパスタづくりより簡単。目の前のもの。絵筆。うつすだけ。モデルも写生旅行も不要。不思議なことだが、彼がモントローズの施設にいた時、絵などかいたことがない。絵をかきつづけ、レストランを無断欠勤。創作への暴力的衝動がさるとまたレストランに出勤した。

自分が何をかいてるのかわからない。何10枚の絵。これを部屋中にならべてみる。するとはじめてわかった。どれもおなじ場所のようだ。おなじ場所のあちらこちら、何10枚もの風景画に。彼の絵は異様なまでに精密。そう。カラー写真のよう。ふるい城壁の一角を。つまれた石の数、石の組み合さり方。角度。完全におなじ。つまりそいうことが後で確認。やんだ人間の脳の偉業。しかしそれがどこなのかながくわからなかった。

*** 020106 記憶の画家に
この絵にはある顕著な特徴。絵にあらわれる村は、何でも皆んな実際よりおおきい。家々、木々、城、塀、木の柵も。実物よりすこしおおき目。このようにどこかの村の風景を正確にうつしとれたが、それ以外はできなかった。絵のほうはかくにつれ、ますますピントがあい、正確に鮮明に。

*** 020107 マッド・ティーパーティ事件のはじまり
これが事件前までの経緯。まったくひどい事件だった。バーニー・マクファーレンがかいってる。彼自身もアルコール中毒でスコットランドに流れてきた。そこで遭遇したもの。原稿を完成させたらまたインバネスの病院に入院。本のタイトルは「オーロラの下のマッド・ティーパーティ」。

本当に信じられない事件。われわれの土地の魔神が、あの年、ネス湖畔の村に上陸したようだった。湖水の上空に魔神の咆哮が日夜とどろいて土地の者たちをふるえあがらせた。この世にどうしてあんなことがおこるのか、あの土地にすむ者でわかる者はなかったろう。(私が主人公の物語が後に紹介される)

* 030000 ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。

魔神の遊戯 (本格ミステリ・マスターズ)

魔神の遊戯 (本格ミステリ・マスターズ)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2002/08
  • メディア: 単行本



* 040000 Bの書、ロドニーとの出会い
ここからバーニー・マクファーレンがかいたもの。ただし別途資料によりまとめたものは、その都度記載する。

** 040100 1999年、ロンドン、二人の会見記
*** 040101 御手洗がロドニーにあう
ぼく、御手洗潔がはじめてロドニー・ラーヒムにあったのは1999年秋。ロンドン、コベント・ガーデンのカフェテラス。雀。沈黙。雀にあきる。心にあるキャノンという場所での追憶についてしゃべる。年齢は52歳。子どもの頃、この村にあるキャノンという廃城に一人でゆく。雀や鳩にエサをやる。彼は友だちができない子ども時代を。いつも一人ぼっち。自然を相手の暮らし。家がすぐちかく。毎日この城で一人遊び。城の内部をしりつくしてた。屋上の回廊の端から端。矢をいるためのくぼみ。石積み。それは彼がかいた沢山の絵。それをみて周囲にわかった。何度も強迫観念に襲われかいた。だんだんと細部が明瞭になってきた。正確なのかは、ながい間わからなかった。しかし整合性があった。

おなじ石組みをかいた複数の絵。ちがう角度からながめた城全体などの複数の絵から。彼のかく絵は城にかぎらない。鉄道、貨物列車、踏切、田舎道、飛行場、教会、消防署、学校、湖、その渚、船着場、丘、森、果樹園、木の柵。これらもどうやら同じ場所にあるもの。風景画以外、かいた絵は1枚もなかった。

*** 040102 ある村の風景、どこにある
もし実在するなら。ちかくに湖。冬には雪。そんな場所は。イギリスにはない。では外国。しかしロドニーは外国にいったことがない。パスポートをもってない。過去、おとずれた場所にこんな景観のある場所はない。12歳以降彼はずっとスコットランド、モントローズ王立精神病院。その後、ロンドン。めずらしいので、われわれの世界ではしられてた。しかし世界の症例にはない。興味を感じてロンドンを訪問であった。だが理由があって秘密にしなくては。で、ゆっくりできなかった。以上一言。印象がよいロドニーをまったく信用したわけでない。過去にあった殺人鬼のおおくは好印象だったから。

かいた場所がわからない。これはロドニー自身がキャノンという固有名詞以外しらなかった。彼は1995年、オランザピンの副作用で昏睡状態となった。通院してるロンドンの病院でだった。ためされた薬はのちにジブレキサという製品名でアメリカで商品化。分裂病、鬱病の治療薬だ。副作用がすくないことで学会で注目されてた。しかしこの薬は今日では糖尿病患者、高血糖の患者には使用が制限されてる。ロドニーの場合、そのいずれでもなかったが、危険な状態になり血糖値は急上昇。糖尿病性昏睡を急発症。

後にロドニーがいうには、昏睡の間、夢をみてた。それもおなじ夢だ。ずっとおなじ場所のあちこちの風景、さまざまな角度から何度もみた。その光景は後に彼がかいたようなものだった。彼は無事に生還した。そして変貌した。退院後1週間。それはあらわれた。側頭葉癲癇をもってたが、ある日、自分のアパートでこの発作に。うごけなくなった。手近の紙に線をひいた。絵をかいてるという自覚がなかった。城の石積みらしいものだった。ロドニーはたびたびこの発作におそわれた。そのたびに絵をかいた。ねむれば夢をみた。おなじ場所の風景だ。だからおきたら、これを絵にうつした。彼に絵の天分があることがわかった。

*** 040103 突然に画家となる
それまで経験がなかったのに、48歳(1995年)になっていきなり絵をかいた。1日10枚をしあげることも。昏睡からさめると画家に。それ以外の変化も。自分と社会を関連づける情報を想起できなくなった。モントローズ時代のこと以外で、おぼえてるのは自分の名前、すんでるソーホーのアパート、その場所、イタリアン・レストラン、名前と所在地、キャノンのことだけ。ほとんどすべてのことに興味をうしなった。わずかにパスタのつくり方、あるき方、英語の話しほうがなどがのこった。記憶は保持されているかも。しかし再生して取りだすことに、すっかり関心をうしなった。元々の病名は不明だが。側頭葉癲癇だけでは説明がつかない。少年時代たびたび高熱、死にかかったという。やせ、錯乱、半狂乱。たびたび。だがサイコパス(精神病質)とよばれるものはなかった。

** 040200 同年、同場所
*** 040201 村がわかる、ティモシー村
ロドニーはキャノン村をかいた絵を1枚、主治医におくった。それをもとめたのは、昏睡からさめ、あたらしい状態の彼に関心があったからだろう。医師は次第にその絵の意味の重大さに気づきはじめた。調査にとりかかり、ティモシーという小村の出身であることをつきとめた。彼は6歳(1953年)の時にうつってきて12歳(1959年)までいた。医師は彼の部屋で絵のすべてを写真におさめた。1997年、スコットランドにでかけた。そこの廃城が絵とまったくおなじであることを発見。キャノン城の石積み、噛みあい方、おおきさ、色、汚れ方、数、アーチの形状、そこの石の様子、数、城の足元にあるちいさな墓地、墓石にきざまれた墓碑銘の碑文、まったくおなじだった。実在した。

城の名前がキャノン、ティモシーの村は昔キャノンと。これは18世紀にほろんだ名前だった。医師は村をみてまわった。消防署、教会、小学校、飛行場、鉄道、ネス湖、船着場、森、丘、村のすべてがおなじだった。彼の脳に40年も長期保存されてた。しかし少年、少年の親について記憶してる人はいなかった。一言。ロドニーがかいてる巨人についても、村でしってる人はいない。巨人の伝説などなかった。

*** 040202 ロンドンでもとめられ芸術家に、ここで御手洗があう
ロンドンにもどった医師がきいた。自分の親について。どんな親か、親子関係は。いっさい思いだせなかった。村人とのつき合い、どんな人が。名前も。人となりも。おぼえてない。光景が湧いてでる。すると彼はこれをキャンバスにかく。はやくとあせる。するとパスタをゆでてても、通勤途中の地下鉄の中でも、部屋にもどってしまう。その光景は静止画でないようだ。彼がうごくと幻想もうごく。宗教体験ににた恍惚としたものらしい。これは彼がもってる側頭葉癲癇のさせるわざのようだ。コベント・ガーデンで彼の絵とカラー写真を一組にして展示する個展を開催した。これは評判となりロンドンの精神科医と芸術家から注目された。だんだんと精神に障害をもった芸術家として有名となった。イタリアン・レストランをやめ、贅沢さえしなければ生活できるようになった。ぼくがあったのはこの頃だった。

*** 040203 思い出話しをえんえんと、自宅を訪問
コベント・ガーデンで個展がひらかれ、彼はこの画廊にいた。ぼくがさそい、カフェにいった。ロドニーは自分の子供時代を知識としてもつようになってた。だから実感がなかった。彼の態度は友好的だった。時にはだまりこんだが、またしゃべりだした。あかるく快活にはなしてくれた。彼は自分の作品がカラー印刷されたコート紙の美術本をもってきてた。これをひろげて、この教会でよくあそんだ。この裏手の宿舎の窓で神父さんがよく自分の靴下をつくろってた。そこにあそびにいくとよくいたずらをした。だからわかい神父がお仕置きと、おいかけてきた。だからぼくはにげた。このゲートから通りにとびだした。30分、1時間。1時間半。なんだか拷問のようになった。

彼の話題がティモシーのことだけだから。神父においかけられる話しは5回きいた。はげしい記憶の洪水。だが話しは前後の脈絡がなく、どうつなかるかわからなかった。以前はほかのこともはなしたという。絵をかくという衝動がやてきて以来、そして担当の医師から自分の子供時代の知識をえて以来、つまり自分がどこをかいてるかの知識をえて以来、彼はティモシー以外の話しはしなくなった。気分転換のためチャイニーズ・レストランにさそい、中華料理をたべた。その間もおなじ話しをしつづけた。彼のアパートにもどった。部屋がくらく、せまいので、大作をながめるのが困難。はやくソーホーの芸術家村にうつりたいといった。

*** 040204 部屋をながめる、作品をもらう
本棚がなく本がほとんどない。デスクもない。イーゼルと椅子。ベッドが。テレビとVCR、ラジカセが。雑然とした印象。世界中から専門家がくるようになった。よいというとよろこんで引き出しをあけた。ぼくもそれにならった。人形、玩具のピストル、漫画、南米の小石、ウクレレ。ガラス球、何かの種、動物のマスク。部屋の隅に革製のトランク。その中に安物の万華鏡、砂時計、新旧訳の聖書。もっていってもいいという。作品がもらえるか。暫時、よい。

*** 040205 村の風景
ぼくはきいた。絵に奇妙な法則性が。写生の対象物がいくつかの場所に限定されてる。くりかえしかかれる場所は、その中のさらに5、6ヶ所。もっともおおいのが城。次が消防署。署内の消防車。角度をかえながら何枚も消防署をかいてる。20枚以上。次は樹木。どうやらおなじ一本の樹らしい。ヒイラギ、年末につくるクリスマスツリー。クリスマスのイルミネーションをまとってる。この上に雪がしろくのってる。10枚以上。その絵の大半には巨人がかかれてる。それから時計台。ギリシャ風のしろい円柱が2本左右に。立派な玄関。その上の三角形の煉瓦壁に。るいおおきな時計が。これは学校らしい。この絵にも巨人が。空から見おろしたふうにおなじ建物。学校の校舎の屋根。煙突が沢山。ほそいオレンジ色の煙突が4、5本ずつ。イギリス風。雪がつもってるものも。そして貨物列車。はしってるところ。駅に停車してるもの 。線路の風景、踏切の光景。田舎駅の様子。旅客列車はない。貨物列車ばかり。線路ぞいの道をはしるバスと競争。雪景色の中を。

*** 040206 飛行機、戦車、道に豚
飛行場。かなりの数。周囲は緑の丘陵地帯。イギリス空軍のマークを翼に。複葉機がいくつも。何機かは草地に。単葉機の絵も。が、小型機ばかり。教会の絵。正面玄関、裏手、神父が繕い物をしていた窓のあたり。意外なところで戦車の絵、5、6枚。ティモシーの田舎道を。背後に森。常に1台きり。皆んなおなじ型。豚の絵も。ティモシーらしい田舎道。ぽつねんと。背後は森。囲いの中ではない。しかも1頭だけ。5、6点。

あとはネス湖の光景。何枚も。霧。背後は森。湖面を雨がたたいてる。雪がおちてるのも。船着場、渚、ボート。湖面に巨人が半身をだしてるものも。頭だけのも。それから煉瓦敷きの広場。かわった形。長方形の細ながい形。四方から細道がやってきてる。象の絵。ティモシーらしい枯葉のちりしいた丘陵の中途に。ぽつんと1頭。3枚。天体望遠鏡の絵。くろい犬の絵。果樹園。手前に柵をいれた遠景の絵。各1点ずつ。

*** 040207 虎、象をふくむ絵のテーマ、巨人は聖書からか
絵は点数がおおい。100点以上。だがテーマが限定、戦車、豚、象、虎、森、くろい犬、望遠鏡。ほぼ1点。城、ヒイラギの樹、時計台、消防署、列車、飛行場、教会、湖、煉瓦敷きの広場。くりかえし登場。すべてティモシーのもの。ぼくはこの点をきいた。写生の対象が限定。何故。不知。豚、虎、象について。こんなものがティモシーにいたか。動物園があったのか。否。そして不知。のちにしらべたが、付近にもない。巨人について。ただ脳裏にうかんだ。然り。これらは聖書にでてる。ぼくは驚愕した。

** 040300 2001年、無人の街で再会
*** 040301 自分の石膏像をつくった、時計台の上の女性、シュールな絵
その次にロドニーにあったのは翌々年(2001年)。ひろい無人の街。波の音。街の一角の倉庫を改造したアトリエ。その頃にはずいぶんと有名。記念館にかざるので石膏で上半身の型をとったという。音楽をききながら、ティモシーの話し。いつものように何もみず絵をかいてた。その日イーゼルにみたのは、時計台の上に女性の顔。非常にシュールな印象。これまで人間が登場したことはなかった。彼の心の中で何かが変化とおもった。

*** 040302 絵について質問
無言。顔を付けくわえたのは君自身の考えか。否。ただ、こういうものがみえたから。夢の中で。ううん。夢の中ではもっと沢山。この顔は君自身のこと。否。女性。うん。女性は下をみてる。うん。でもわからない。絵の中のことなんか、いつもわからない。この女性の体は。顔だけ。顔だけが存在してるのか。そう。空中に。不答。すると彼女の精神は。精神はこの絵全体に。この女性は死んでるのか。生きてるし死んでる。そう。そう。笑い。生きてる女性と死んでる女性が雲のようにかさなってるのか。

*** 040303 何故、青みが、街を彷徨、無人、交通なし、不可解な対話
そう。この絵はすこし青みがっかてる。そうみえたから。彼は外にでたがってた。ぼくの頭の中で物理学のことがうかんだ。しばらく街をぶらついた。大通りの中央に白線。道路をはしる車は一台もなかった。通行人も。ぼくがいった。人がいないね。うん。空気もすんでる。こういうところがすきか。向こうを誰かがあるいてる。おいかける。通りをまがっておう。すると彼女はただの絵だった。理想だ。ずっとここにいたい。ミタライ先生、この世界の時間は過去から未来にながれてる。うん。一般的な考え。では過去と無関係な未来はおこらない。現在も未来も過去の因果からのがれられない。本当に。ニュートンはそういった。ここに酒場があるとロドニー。アルコールがすきに。きらいだが。雰囲気がすき。

*** 040304 無人の酒場、ガスステーション
ロドニーは酒場のドアノブに取りついて引っぱった。うごかない。絵。すすむ。サルーンという文字のあるガラスの前で。中には大勢の人が。ガラスをたたいた。合板の音が。絵。何週間も前から絵だったのか。昨日までは本当のガラスだったとおもう。ぼくがここにきたから絵に。たしかめたのか。うん。あの柱の陰から。音楽だってきこえてた。また歩きだしガスステーションの前に。敷地の中に。ポンプのホースをはずし、ノズルを下に。でない。でも前はでた。君は何がいいたい。

この現実は過去からの積み重ねだ。嘘。現在は何通りも。それが折りかさなって存在。ぼくらは毎日そのどこかに突きあたる。けっしてえらんでない。さまざまな今が重なりあうように宇宙に存在。君はそいうのか。ぼくはいつも、その中のどれか一つをかいてる。デビッド・ウィッチだとぼく。なんだって。宇宙理論だ。それは何。物理学者はそこまで追いつめられた。物理学。そう。それはこの地球上でもおこりますか。うん。

*** 040305 物理の話し、現在の多重性、絵の話しにもどる
でも原子核と電子の世界かな。人間の世界では。この地球上ではニュートンで間にあう。未来から何かを思いだすってことは。へえ、どういう意味とぼく。うまく説明できない。宇宙を考 えるならニュートンのものとはずいぶんちがう。過去、現在、未来という一方通行の時の流れは宇宙の全体像をとらえられない。量子力学がかえてしまった。人間が何かを観察する。その行為自体が歴史に参加してしまう。どういう考え方。デビッド・ホイラーという教授がいってる。観察者が今を観察することで過去をつりくだす。現在を観測した人こそが過去をかたる資格をもつという。つまり未来が今を決定してゆく。ああ。

それより君の絵の話しを。さっきかいていた絵のイメージを君は何時、どこから。とてもむずかしい。説明は。あれがきた。かかなくては。だからかいた。あの女性は誰。君のしってる人か。わからない。でもあれは自分でないといった。うん。その点ははっきりわかる。男でなく女だと即座にいった。そうだね。君は自分の絵にあらわれたものは皆んな経験してる。ではこの女性についてもしってる。沈黙。すくなくとも巨人程度にしってる。

*** 040306 夢の話し、光速のスペースシップ、外の世界は
夢の話しを。どんな夢を。そして、あれらのイメージはどのように、おとづれる。スペースシップにのって宇宙空間をとぶ。すると光がぼくを追いぬく。地球からやってきた光が。光、どんな形をしてる。ううん。先端はくらげみたい。しろくてまぶしい。透明。すすむにつれ、変化。槍みたいにとがったり。ぼくもずっと横をとんでいるから。半透明の体の中にいろんなもの。どんなもの。街、人の姿。それがこおってる。こおってる。うごかない。でもそれはぼくが光とおなじ速さでとんでるから。ぼくの船が追いこすと、人はあるきだす。おくれると、いっせいに逆向きにあるきはじめる。成程、それで。ぼくはスペースシップの速度を限界まであげて光を追いかけつづける。一生懸命おう。ずっとそうしてたら、いつか光と合体する。

ぼく自身も光に。すると光の中にある風景がどんどんみえる。ぼくは光の中を前にどんどんすすむ。光の先端の前にすすむ。すると。あおい世界がみえるとぼく。そう。先生どうしてわかった。後ろをふりむくと、あかくなかたか。ああ、そうだった、かも。視野は前方のせまい円のリンにあつまてた。後方の星さえその中にはいる。それらの星々はすべてあおく、その周りを黄、オレンジ、赤といった色のリングがかこむ。虹がかこむ。そんな見え方。ううん。かも。スター・ボウ(星の虹)だとぼく。ロドニー、アインシュタインはすきか。と、そうきくしかなかったよ。わかるだろう。ロドニーのこの幻想はベルンで彼がえた特殊相対性理論によく合致。しかし、ロドニーは。1個の医師(アインシュタイン)だって。先生ぼくもペルーの石をもってる。命がふうじこめられた。

*** 040307 また村の話し、追憶になじむ
これまで物理の本をよんだことは。否。ふん、それで。その時に。いくつかのキャノンの風景。石の匂い、草の匂い。ぼくはこれをどう解釈したものか、なやんだ。ロドニーは淡々としてた。

君は村についてずいぶん思いだしたようだね。全然。ただ景色がみえているだけ。どんな住人がいる。その名前、年齢。どんな生活。全然おぼえてない。たまに、そこで何をしていたか、わかるだけ。自分の意志とは無関係に光景がよみがえるだけ。それは思いだしてる、のとちがう。然り。ただティモシーとい名。イギリスのどこかの村の知識が最近ふえただけ。皆んながあれこれおしえてくれるから。それは君がよくしる村の情報じゃないのか。否。それに思いだすことに何も馴染みはない。ぼくはこの追憶に。ただひたってたい。追憶はティモシーでない。別の場所だ。ちがう。それは時間がちがう。ではないか。無反応。君は何故思いだしたくないのか。ううん、わからない。ところでそれはたのしいことか。光景、そう絵をかこうとする時は。

*** 040308 癲癇のこと、恍惚の状況
側頭葉癲癇のこときいてるか。はい。絵をかけという指令がやってくる時はたのしい気分か。ううん。で、笑い。表現する言葉はない。今、先生が治療して、あれをなくす。そういったら必死でにげる。生きる意味がない。ふむ。そんなにすごいこと。然り。全世界がぼくの脳の中。キャノンの村。何時かの。城、時計台。消防署。教会。鐘が。鼓膜がいたい。石の塀。蔦の葉の匂い。感触、花の香り。風が頬に。建物の壁。つまれた石。そこにあいてるちいさな穴。傷、ひび割れ。苔。落書き。石がもってた匂い。消防車。オイルの匂い。ゴムの香り。裏庭の洗濯物。洗剤の匂い。みんな一瞬にして。人生の経験。どんなものとも全然ちがう。でも本当のことをいうと...。麻薬の体験かとぼく。かも。でも比較にならないだろう。

*** 040309 絵をかく意味、追憶のキャノン
その体験は子どもの時から。あった。たびたび。そのたび、ないた。親たもいない。もう死ぬと。子どもの時は再現する手段がなくて。ふん、再現して作品にしなくてはね。自分の体の内においてた、爆発。君の体がか。そう。人にはなしては。おおざっぱ。だしたことには。もっと高度な正確な仕事でなくては。君がかく目的は自分が楽になりたいから。ううん。ちがう。

それはささいなこと。キャノンのため。なつかしい小道、通り。たまらなくあるきたくなる。うつくしい廃虚。身近に感じたい。だからぼくはこの場所を過去、自分の体の一部みたいにかんがえてた。この村はぼくのそんな思いにこたえてくれなかったんだろう。でもぼくはそういうキャノンをこの世にのこしたいんだろう。ぼくが死んでも、この村がほろんでも、思い出はのこる。ふうん、楽とか苦とかでないんだんね。くるしい。でもそんなことじゃない。ぼくにしかできないこと。もしあるのなら、ぼくがやらなくてはいけないこと。そのとおりだ。ロドニー。ぼくはいう。君は何時かのキャノンという。村の建物、城、時計台は実際よりおおきくかかれてるようだ。特に柵だ。これは大人ならまたぐ。子どもならくぐる。つまり君の子ども時代の記憶の風景と理解したい。どうか。ながい沈黙。センターラインに腰をおろす。ぼくもおろす。そう。でも今になってちがうって。

*** 040310 未来からきてるもの、女性をしってると
どう。あれは記憶じゃない。では、何。ああ記憶かも。でも、あれは過去からきてるものでない。ふうん、ではどこから。未来。ほう。あれは未来の光景だ。そう、どうしてわかる。そう。はっきりわかる。アインシュタインの考えでは、光速にちかく移動してる。近づいてくるものは青。遠ざかるものは赤に。ロドニーの潜在意識はそういってる。きちんと説明はできない。何故だ。君の心にうかぶ言葉をいってくれ。

先生、これは治療。そう。過去であるわけがない。ぼくにはかきかけの1枚の絵が。あのヒイラギの枝から女の顔がある。うん、時計台の上の女性と、ヒイラギの女性、二人ともしってる。へえ、しってる人。名前はしらない。関わりの記憶がないが。ないのに。うん。今はティモシーという村がスコットランドにあることをしってるように。あの女性たちをしってる。あの村に。知識として。で。ぼくは毎日FMのニュースをきいている。

*** 040311 復讐心、村にかえったら
沈黙。ぼくは絵についてしらない。シュールリアリズムなんて。先生、神を信じるか。ううん。信じる。その神は復讐をゆるすか。ひどいことをされた相手に。いや。先生の宗教は。自然の中に啓示としてあらわれる。数式や真理、芸術の中に。それらは磨きぬかれた鏡だ。神の意志はそういうものにうつる。人格をもつ神をぼくは信じない。沈黙。先生は揺るぎがない。ふん、ところがどうして。悩みの塊だ。君はキャノン村にいってみたいか。身震いして否。そう、かえりたくないんだね。ゆっくりと、否。何故。ぼくはまるで上の空にいるみたいに毎日を。それはキャノン村のせい。何をしていても生きてる実感がなかった。この感じはちょうど。ふむ、ちょうど。沈黙、でてこない。いったら落ちつくかも、とぼく。

*** 040312 かえると大変なことが、でも運命
ぼくの治療のため必要と。いや。君の精神が安定して芸術家でなくなる。これが治療とはかんがえない。何故。説明。それが嫌になるほどむずかしい。先生はこの感じはどんな感じときいてた。うん。ちょうど明日つるされる死刑囚みたいな感じ。あの村にいったら。つるされる。そう。だからこんなに落ちつかないのかも。ぼくは処刑前夜なんだ。そう。そう。その証拠があの絵。わからないよ。でもあそこにいっちゃ駄目。それはあの創作衝撃がこなくなる。だからじゃない。しばらくアスファルトをみたまま。ぼくの運命はもうきまってる。だって未来がきまってる。かえられない。ぼくは大変なことをするだろう。ぼくには使命がある。正義の使命をはたすだろう。大変なことを。この国は大騒ぎ。君は多重宇宙理論者だったんだろう。何。いろんな未来が折りかさなって存在してる。その中の一つに大変なことがふくまれてる。そうじゃないのか。そう。だがただ一つあれば、それで充分。とにかくぼくは運命からのがれられない。どうしてわかる。絵。と、さけんだ。

*** 040313 一緒に村にもどって、とめよう
ぼくは記憶の画家。虫眼鏡でみても、すっかりただしいといわれた。ティモシーという村でおこること。ぼくはすっかりしってる。絵からそれを。絵だけじゃない。それには君が関係してるのか。すべてぼくがやる。では、とめよう。未来のことを。できない。これは決定事項。一緒にいってとめよう。身震いしていう。運命、悪魔の誘い。ぼくはこれからあの村にいかされる。ロドニーはわめいた。そしてひどいことをする。ぼくが一緒にいる。そしてぼくがとめる。駄目だ。先生にも。だってはっきりおぼえてる。もう無理。何がおこるのか。いいたくない。おそろしいこと。泣き声。わかった。ではいい。ぼく一人でいっても。

* 050000 Bの書、ロドニーの手記
** 050100 Rの書、イギリス、約束の地に
ロドニーがかき、バーニーがそれをまとめた部分。

*** 050101 キャノンにかえる、おそろしい
ミタライ教授はぼくにいう。絵にあらわれた顔だけの女について彼女を個人的にしってるか。それから、ぼくがもうキャノンについてかなり思いだせたと。どちらともいえない。絵の女の生死についてもおなじ。ぼくの心の中のキャノン村はティモシーという名の村とは別もの。キャノンはティモシーの下10ヤードに。ミラーのような世界。いや。その反対。ティモシーのカトリック教会の下に外観、建築材料もおなじのキャノンのカトリック教会がたってる。消防署も。二つの村でおなじ顔かたち、おなじ性質の人間が。思いだしてるのはキャノン。だからティモシーを思いだしたかときかれたら。答はノー。

ミタライ教授はいった。キャノンの村にいってみたいか。またこうも。いく、いやかえりたくないんだね。キャノンに。さらに。そこにいけば気分がおちつくかも。これがどんなにおそろしいか彼はしらない。キャノンの村にもどっていくとの幻想がながく心をしめてる。だから40年気持がひどかった。でもぼく自身がこの村にもどるという想像にくらればずっとマシだ。彼が本当にききたかったのは。何故、あの村にいったんだ。彼はぼくの秘密のすべてがあの村にあるとわかったのだ。ぼくは普通の人間とはちがう。ぼくは時計台の上の女をしってる。思いだしたのだ。時計台の女もヒイラギの女も。思いだしたのだ。

*** 050102 あの女の名前、ユダヤの苦しみ
名前もいえる。時計台はコニー・タウンゼント。ヒイラギはボニー・ペニー。二人ともビッチ(メス犬)だった。ビッチがおおい村だったがあの二人はひどかった。人のあとをかぎまわっり下衆な噂をながした。ぼくら母子が何故いったか。それはあそこが親子にとって約束の地だったから。母はそこの近くが出身地。

ぼくらは自分たちの運命から解放されたかった。ぼくは、うまれつき自分の存在に悩み。どうしてぼくらの人種だけがこんなにつらいのか。どうして周りに血の匂いが。何故クリスマスをいわいながら当たり前にくらせないのか。どうしてさまよいつづける。イギリス人がうたってたあの歌。生誕地教会でキリスト教徒と一緒にうたった。

「古代。その足はイギリスの山の緑。牧場。子羊。そして聖職者が。われわれの丘に。そしてエルサレムは魔王の挽臼の間にうまれ。もえる金の弓。願望の矢。槍。二輪馬車。私の精神の闘い。剣。イギリスの緑の地にエルサレムをきづくまでは」

ぼくらはカナンのエルサレムにうんざり。この地に安らぎはなかった。イギリスにあたらしいエルサレムを。そこでやすみたい。二人だけでは。だから心の中に。ぼくら家族は。イスラエルでは西エルサレムのアパートに。1年。全国土が戦乱。イギリスの提案。イスラエル有利。アラブ諸国が派兵。にげまわり。成長。第1次中東戦争はイスラエルが勝利。毎日。殺人。ラーヒム一家のアパートは神殿の丘、嘆きの壁の近く。西エルサレム一番の繁華街、ヤフォ通りの近く。高級な住宅街だったと母が。街がしずかになり、家族に蓄え。父がヤフォ通りに二軒の店。ブティック、コーシー・レストラン。ベーグル(ジュイッシュのパン)とコーシャー・フード(ジュイッシュ用の食事)を提供。二軒ともよくはやった。ちかくにパレスチナの女性のブティック。ぼくの服を購入。彼女も父のレストランに。

*** 050103 父の死亡、母とイギリス、約束の地に
ぼくらもモスレムも豚肉は禁止。コーシャー・フードはモスレムにもよい。信じる神は親戚。6歳の頃のエルサレムはひどくなかった。万年筆をひろった。食卓でいじってたら爆発。父が病院に。1週間後に死亡。母は二軒をうった。あの「エルサレム」にうたわれれるイギリスにいくことに。その頃からエルサレムはひどくなった。エジプトと第2次中東戦争に。エルサレムに固執するパレスチナ人が不可解。父の死後、平和共存をすてた。ユダヤはいう。神殿の丘には2000年前までユダヤの神殿が。モスレムがいう。モハメドがここから天上にと。イスラエルイスラムの二分についておおくの意見が。母は神託を。イギリスの地に。決心。

*** 050104 村でのくるしい暮らし、母の転身
ジュイッシュであることをかくすようになった。ティモシーで母は廃城の近くにちいさな家を購入。繁華街にレストランをひらいた。美人だったので男性客をひきつけたが、すぐ客足が途絶えた。それは信仰が関係。村にはカトリックの教会しかなかった。でもユダヤの戒律をまもった。村人がちかよらなくなった。母のレストランには肉がなかった。コーシャー・ミートが手にはいらなかったので、肉料理ができなかった。生活がくるしくなった。しかし約束の地と信じてた。店はアルコールをだすようになった。母は客の下品な要求にくっしたのだろう。自宅にはキッチンの壁からおりる地下室があった。

*** 050105 村の女の糾弾
2部屋。とっつきの部屋に排水孔が。金属板をはがし中にはいることが。子どもならできる。城の地下廊下につながってた。階段をあがると城の中庭にでた。この秘密を自分だけに。抜け道を石でふさいだ。母が秘密の仕事をするようになって裕福になった。家には毎日いろんな男が出入りするようになった。そのたびにぼくは地下に追いやられた。母はふんだんに玩具をかってくれた。母は村の女を敵にまわした。家のドアに紙がはさまってた。叱責の言葉とボニー、コニーのサインがあった。母がこういう女性たちに糾弾されてるのをみた。

*** 050106 問題行動を、教師の叱責
コニー・タウンゼントは小学校の教師。担任だった。ぼくはいじめられ、怒りから兎をころした。死体をばらばらにしたことも。自転車で意味もなく村をはしったり、あるきまわったりした。女たちはいう。浴室、寝室をのぞいた。動物を虐待した。事実でない。ただ母の寝室はのぞいた。男と一緒にいる時。

教師のコニーは皆んなの前でぼくを馬鹿にした。知能がおくれ残酷趣味があるという。学級でしたしくはなす人がいる。すると彼をぼくからとおざけた。ぼくは学校でまったく友人ができなかった。後でしったが、コニーなどの女たちは恋人をもってた。彼らが母との関係があったから、怒り、わかれたという。だからぼくを虐待し精神障害にすることは正義だった。フェイ、リンダも事情はおなじ。宝石店のペギーも仲間にくわわった。ペギーは外国人で美人だから事情がにてる。だが夫がいた。ある日、学校からかえると、母が地下室で首をつってた。

*** 050107 母の死、施設に
あの女たちにころされたと確信した。ぼくをほおって自殺。しない。かりにするなら、後のことをいう。ない。遺書もない。前日、当日朝の様子。普段通り。思いつめた様子。ない。もし死ぬなら。地下室か。おかしい。そこはぼくの領地。母は遠慮。ぼくに玩具をあたえた。ぼくはそれで別世界をつくった。寝室に別の男をいれる代償だった。また母親が子どもの勉強部屋で自殺するか。だが事情をしらない他人なら。キッチンからひそかに地下室。格好の場所とみえる。それからぼくは毎日復讐をかんがえた。しばらく小学校の老校長にあずけられた。時々、自宅にもどることがゆるされた。この時期、ボニーやフェイの家をうかがった。気味がわるかったろう。だからモントローズの施設にぼくを押しこむことにしたのだろう。自宅も店も売却され養育費となった。

** 050200 Rの書、イスラエル人の苦難
ロドニーがかき、バーニーがそれをまとめた部分。

*** 050201 復讐へ
復讐はゆるされるか。ゆるされる。ならどの程度。名誉をよごされた。生きることも否定された。奴隷におとされたも同然。なら相手をころしても、体を引ききちぎることも。ヤーハエがしたように。村の皆んながぼくのママにしたことはゆるせない。エリヤがバールの崇拝者たちをころしたように。ぼくはころしたい。

*** 050202 旧約聖書の話し、モーゼへのお告げ
旧約聖書の世界が大好き。中東の西のカナン人はもと多神教。その中心がエル、息子がバール。妹のアナト。嵐、豊穣、収穫の神々。アブラハム、イサク、ヤコブの三人は、このような神様にかこまれ生活。紀元前4000年頃の神様は人間と話しあったり食事をしたりした。多神教は生け贄の宗教。神は時には人間に最愛の息子を犠牲にささげることをもとめた。ある時、ヤコブは丘の上で神と格闘してかった。神はお前はもはやヤコブでないイスラエルだといった。イスラエルはあなたのお名前はときくと、きいてはならないとこたえた。

紀元前3600年頃、カナンを飢饉がおそった。賢者の族長ヤコブはイスラエルの民をひきいてエジプトに移動した。エジプト、ナイル。肥沃な土地でおおくを収穫し繁栄した。ある日、エジプトのファラオは彼らをおそい奴隷にした。ある日、カナン人のモーゼがサイナイの山でモーゼとよぶ声をきいた。はい。履物をぬげ。そこは聖なる地だ。これからすぐエジプトにゆきエジプト人にしいたげられているヤコブの子孫をすくいだせ。

*** 050203 ためらうモーゼをはげます神
おどろきおそれるモーゼにむかって、どのようにしてときくな。おそれるな。すぐにゆけといった。モーゼがいう。わたしがいっても話しをきいてくれない。きくようにしろ。なら、ハンサムな男を。それとも声のいい男を。わたしはお前をえらんだ。奇術師は。踊り子は。つべこべいうな。奴隷のまわりには見張りが。では体格のいい男を。お前はできる。私がたすけるから。本当ですか。約束。エジプトをでてどこに。ここに。ここか。そう。この山のもとでイスラエルの民は幸せに。助けだし、ここに。その間ずっとまもってくださるか。約束。

*** 050204 エジプトで説得する
イスラエルの民も、私も。そう。あなたのお名前は。エヘィエ・アシェル・エヘィエ。モーゼはげらげらわらった。それはむにゃむにゃというような、無意味な言葉だった。ふざけないでください。もう応えはなかった。翌日、モーゼは。エジプトにむかった。息もたえだえに、やっとついた。ナイルのほとり、肥沃な農耕地にイスラエル人がはたらかされてた。その一人にここからにげだすよう、さそった。とおざかった。別の男もさそった。にげた。三人目。エジプト人の監視になぐられた。その夜、沙漠でねむり、翌日。別の作業場で。話しを。きいてくれなかった。来る日も来る日も。無駄だった。助けの声もなかた。一日オリーブの木の下でかんがえた。そして河岸神殿の工事現場で演説をした。イスラエルの神がまもってくれる。するとエルは駄目だとの声。われわれの神はおだやかすぎる。奴隷になってもちっとも、たすけてくれなかった。

*** 050205 1年、無駄にすごした、奴隷が決起
今度のは別の神だ。たすけてくださる。つよい神か。つよい。イスラエル人の神か。そう。名前は。エヘィエ・アシェル・エヘィエ。奴隷たちはわらった。皆んなさっさと作業にもどった。監視がやってきた、またなぐられた。翌日も 河岸神殿で演説をした。また監視になぐられた。次の日も次の日も。頭のおかしい男とみなされた。監視がナイルの河になげこんだ。金がなくなったので夕方、物乞いをした。自分でも疑問を感じるようになった。1年ほどたった。自分には無理とおもい、今日を最後ときめ、 河岸神殿の作業場にたった。またなぐられた。乾燥煉瓦でころされそうになった。すると一人の若者が監視をおそった。次々に若者たちが監視を打ちたおした。モーゼは立ちあがった。 河岸神殿に立てこもることにした。武器、食料をうばい、イスラエル人をすべてつれてゆく必要がある。

** 050300 Rの書、エジプトを脱出
ロドニーがかき、バーニーがそれをまとめた部分。

*** 050301 神殿に立てこもる、神が敵を引きさいた
神殿にこもると、食料、水、武器を一カ所にあつめた。ナイルをのぞめる屋上にのぼった。あつまった人びとに、心配するな。約束お地までつれてゆくといった。後悔、批判の言葉がでた。神が私に約束されたと繰りかえした。ファラオの軍隊が広場にやってきた。モーゼはひたすら神にいのった。すると轟音がひびいた。ナイルの水がしろく泡だちはじめた。巨人の顔がうかんだ。嵐のような水音をたて岸にむかった。兵士の体をひきさいた。馬上の司令官をつかみあげまた引きさいた。

*** 050302 エジプトを闇に、雹を
次々に兵士の体をひきさき、ころした。巨人はファラオの神殿にむかっていった。ファラオよ、エジプトのイスラエル人を解放せよ。さもなくば、二度とこの地に陽がのぼることはない。世界は暗転し闇がおとづれた。巨人はファラオの神殿からの返答をまった。2日後、広場に殺害された妻子の死体があった。いかった巨人はおおきな雹をふらせた。それでもモーゼの神殿にむかうイスラエル人を次々に処刑した。

*** 050303 ナイルを血の河に、イナゴ、シラミ、子どもの死、約束の地に
巨人はナイルの水をすべて血にかえた。大量のイナゴが発生した。すべての作物をたべつくした。またシラミの大軍がわきでた。難病の病原菌が人びとに蔓延した。民の懇願にもかかわらずファラオは降参しなかった。巨人は拳を天にあげ怒りの声をあげた。エジプトの子どもの第一子がすべて死んだ。ついにファラオが降参し、イスラエル人がエジプトをでることをゆるした。広場にあつまったイスラエル人にむかってモーゼがいう。かなしみの時はおわり。これから助けあい約束の地にむかおう。巨人は仕事をおえナイルの水にもどる。イスラエル人がエヘィエ・アシェル・エヘィエとさけぶ。やがてヤーハエとかわった。巨人はふりかえっていう。必要なら敵をすべてころす。水の中にさった。

* 060000 Bの書、連続殺人
** 060100 Bの書、201年11月29日、スコットランド
*** 060101 パブの前でオーロラを
スコットランド、オーロラがみえた夜。ティモシー村。ここにきて4年。オーロラはめずらしいのでさわいでた。アーヴィンズ・パブ。ホテル・ティモシー・インに隣接。騒ぎをよそに私はリンダの前でのんでた。リンダがさそうので外にでた。11月、さむかった。リンダがバニー、あれをみてといった。さわぐ声。不吉の前触れとか。かならず人が死ぬ。男の声。蛍光灯の中とおなじ。地上100キロか500キロは空気がうすい。磁気をおびた電子がただよってる。そこに太陽からとんできた微粒子がぶつかって発光する。極点から23度の一にオーロラ・リング。その下はオーロラがよくめえる。太陽からとんでくる。なら昼間のほうがよくみえると私がきく。

*** 060102 ヒイラギの樹、枝に女の顔
何らかの理由で微粒子が地球の夜側にあつめられる。それが地磁気にひかれ徐々に極にあつまる。それでひかる。そう。何らかの理由とは。不知。酒場にもどろうとした。ホテルの横にたってるヒイラギの横に何か。あそこに人の顔が。誰かが。樹はは毎年12月にはクリスマスツリーとなるものだった。おーい。頭上に声を。枝の奧。人間か。顔が。でも体がない。フラッシュ・ライトを。

*** 060103 ボニーの首と犬の胴体
しろい顔がうかんだ。何。お面。誰か、樹にあがったほうが。梯子をもってきた。誰かがのぼっていった。上でステッキでついた。落下のおおきな音。犬だ。ボニーだ。それはしろい女の顔。胴体がない首だけ。その下はくろい体毛でおおわれてた犬の体だった。

** 060200 Bの書、29日、事件現場
*** 060201 隣町から警察が、被害者はボニー
私たち関係者はアーヴィンズ・パブに。隣町のグリシャムから警官がやってくる。リンダがないてる。ボニー・ペニーとはしたしかった。バブリー・ダンフォース署長の声。バニー。お前も目撃者か。ああ。私もとリンダ。今夜は11月29日と署長。さあ事情をはなせ。不知。はやく。リンダがほとんどはなした。ヒイラギの上にと署長。そう。で、誰かが梯子でのぼった。で、あの女性はボニーか。そう。職業は。ここにつとめてた。いくつ。61歳。へえ。わかくみえた。主人は。いない。独身。そう。結婚は。ないとおもう。どこにすんでた。ブランウェル・ロードの貸家。

*** 060202 ティモシー・インの自転車置き場の梯子でのぼった、死体発見へ
一人で。いえ、ルームメイトのバーベラ・ベーカーと。一時的といってた。その女性は。この先のシャーロッツ・レストランで。無事。とおもう。誰かにうらまれてたか。いない。いい人。ふうん。その梯子はどこから。自転車置き場の壁に。へえ、自転車は。ティモシー・インの泊まり客にかすため。村の観光用か。
はい。その梯子、夕べは。夕べも。そのまま。誰がのぼった。ここにいるタッド・シューメイカーが。ええ部下が聴取中。あんたらはオーロラをみてた。そしてついでにあれもみつけた。そうだなバニー。そう。あれは何かとバニー。いえない。

** 060300 Bの書、30日昼前、村役場
*** 060301 被害者の事件前後の様子は
私は昼前、村役場の広間に。昨夜の目撃者たち20人が前方に。総勢100人。ここを警察の取り調べにつかうらしい。むかいあって署長。その横に外国人のような男。署長がいう。個別聴取はおわった。ボニー・ペニーについてしってることをおしえてくれ。私はやりかたがひどいと抗議。無駄。おととい28日の晩、ボニーにあった。上機嫌だった。誰かにうらまれてないか。ない。借金は。かも、でもない。最近あやしい奴は。いない。彼女はいつ死んだか。昨夜のようだ。推定時刻は。不知。ここで隣りの男がいう。

*** 060302 スウェーデンからの教授が検死を説明
アメリカ訛りだった。体がないから、胃がない。だかれ推定時刻がでない。まあ夜の8時。昨夜私の隣りでオーロラの説明をしてた。で、署長にきいた。スウェーデンウプサラ大学医学部ミタライ教授。たまたま当地を訪問。協力をお願いした。私がきく。先生、事件は。いえることは限られてる。材料がすくない。狂人。ああ、常軌をいっした。ボニーを一昨夜の何時にみたかと署長。不明。

*** 060303 28日の様子、トラブルは
酒場のマスターのアーヴィン・ワッサーマンが28日の午前零時には帰宅とこたえた。同宿人のベーカーさん。29日は。あってない。前日は。あってない。誰か。29日のボニーは。彼女はいつも部屋で読書かテレビ。食事は自分で。時間になったら家をでて、あるいてアーヴィンズに。男性は。私がしるかぎりないとバーバラ。男性関係はない。ふうん、酒は。楽しみは、裏庭のバラと女性の集まりとリンダ。集まりでの彼女は。何も問題はなかった。

*** 060304 借金、死因、何故プードルに接合
集まりは共通してた。お名前は。コニー・タウンゼント。職業は。以前小学校の教師。今はリタイア。悩みなどない。そう。で、どうして、あんなころされかたをと署長。誰もうらんでるものがないのか。署長、ボニーがとられたものは。不明。部屋はあらされてない。とられたものはない。金も無事。ボニーはころされたのか。そう。死因は。死体がないので不明と教授。場所は。さあ。悪魔の所業。そう。よみがえった。私がじれてきいた。どうしてプードルの体にくっつけた。

*** 060305 引きちぎって切断
ボニーの首は凶暴な力で引きちぎられてた。断面はぼろぼろ。刃物での切断面でない。魔物。教授、つづけて。プードルのほうもそう。プードルにもボニーにも首の切断面で、食道に木の棒。それでつながってた。魔物。プードルはボニーの犬か。ベイカーさん。いえ。では誰の。わたしのとペギー。キャッスル・ロードで店舗経営を。何の店。宝石店、洋品店。レストランと。未亡人。村一番の金持ち。彼女の愛犬だった。犬の名は。テン。テンの死亡推定日時は一昨夜28日。犬がいなくなったのは。

*** 060306 ペギーの愛犬、怨みは
その頃。犬は。毒殺でない。毒物の注射でも。絞殺でも。溺死でも。老衰でもない。では。頭部への銃殺か、殴打。誰が何のため。あなたはうらまれてたか。いえ。さらに縫合と教授。何。ボニーの頭部とテンの体とが縫合。首の周りを。何故。本当にうらまれてないかと署長。ちょっとやそっとのうらみでない。本当にうらまれてないか。

*** 060307 両腕が発見
ない。あやしい人。誰も。見しらぬ人といえば、そちらの教授。突然、おおきな音、破裂音も。何。雹。ふん。すると電話のベル。署長にかわる。おおきな声。雹の音。今日はこれまで。何かあれば連絡を。私は何があったときいた。ここに犯人がいるかもと躊躇。やがて、両腕。飛行機の中。どこの。この村のはずれ。グリシャムの場外飛行場。セスナの座席に。何故。不知。ここにいればおしえてくれるか。暇なら。私はここにもどってくることにした。

** 060400 Bの書、30日、飛行場
*** 060401 現場検証
飛行場は役場から30分。滑走路南の中央。署長が整備員とはなす。駐機中の沢山のセスナ。ロープでコンクリートに。ここではこんふうに。はい。スペースがない。格納庫にはいらないのか。ない。民間所有のセスナは。このラインでかこったスペースに。あの四角のラインの中に。はい。斜めに。はい。これらは雨ざらし。はい。それ大丈夫。はい。でも心配な人はシートでカバー。この飛行機もそう。はい。両腕は、あなたが。はい。持ち主から整備をと。シートをめくると腕が。おどろいたか。はい、人形の腕かと。死んでる。この人は。ああ。ひどい。どんな怨みが。このドアはロック。されてた。この窓があいてた。この窓はあくのか。

*** 060402 あいてる飛行機に、もぎとられた両手
ちょっとすき間。下端を手前に。20センチほど。窓の上端は蝶番で機体に固定。スティによりこれ以上あかない。腕2本を押しこめる。これ以上は。あかない。この窓のロックは。できるが、わすれた。よくわすれるのか。さあ、それほどは。ふむ、つまりあいてるのも。あり。ミタライ教授の声。飛行場の周囲の金網は。のりこえられでしょうね。ここには監視、警報装置。ない。ここは正規認可でない。だから。夜間の照明設備も。滑走路は夜は。つかえない。そう。でもとんでるうちに夜になったら。インヴァネスにゆくしか。あっちは警備が厳重。ふむ。乱暴なやり方。人間の両手をもぎとってる。飛行機のドアだって。えっ。裁判がある。口外無用。はい。肩の間接を脱臼させもぎとってる。ひどい。風があるねと教授。この飛行機なら許可はださない。この飛行機の名前は。セスナ182R、アメリカ製。そろそれグリシャム病院に。あの両腕をくわしく。聞き込み終了。

** 060500 Bの書、30日、村役場
*** 060501 両腕発見
もどってきた署長はストーブで暖をとってた。私はペギー、コニー、アーヴィン、リンダとともにいた。皆んなボニーとしたしかった。両腕がでたのかと私。ああ。今どう。口外は無用。腕はグリシャム病院、教授がしらべてる。発表しないのか。否、質問を各社別でなく一本にしぼってくれ。被害者、容疑者等は匿名。現在は初期捜査の段階。大騒ぎはさけたい。それも教授の智慧か。ああ。たよりきってる。経験が豊富。法医学、脳科学、メディア学にも精通。ふうん。カーターさん、お店はと署長。ひらいてない。成程。

*** 060502 ちぎって切断
男性は仕事にと署長。事件の説明をと私。いえない。ほう、でも事件の話しをと私。両腕はグリシャム場外飛行場で。182R型のセスナの座席で発見。飛行機はカンバス・シートをかぶってた。整備の時に気づいた。両腕は肩の部分からちぎるるように切断。むきだし。着衣の切れ端はついてない。血もほとんど。これは死後の切断を。もきとるように。刃物できってない。関節部分のまるい骨が露出。へっ、どうやって。さあ。

*** 060503 犯行は一昨夜か
何故そんなところに。何故両腕を。頭部と10マイルもはなれてふ。不明。飛行場での目撃者は。ない。ここは正規の飛行場でない。誰でもはいれる。警報器も監視カメラもない。でも飛行機にはいれたのが夜。これはたしか。昼間なら空港の誰かが。犯人はそういうことをしってた。おそらく。ではこの村の誰か。バーニー、お前はこの村にはながい。監視カメラがついてないことをしってたか。否。そう。しらないのもいる。でも知識があれば、よそ者でも。腕をいれたのは昨夜か。そう。ちょっととアーヴィン。ボニーはおととい、28日の零時に帰宅。彼女をみかたものはない。翌朝も。おとといの零時から夜明けまでの間にころされ切断された。かも。おとといの夜のうちに両腕は飛行機の中に。成程。切断された時刻の推定は。教授が。電話の音。教授から。

*** 060504 別人、フェイか
何。あればボニーの腕でない。では誰。失礼、わからない。血液型、DNAがちがう。切断されたのは今から20時間以内。年齢は。ボニーとおなじくらい。白人、性別は女性と。血液型はO、ボニーはBだった。指紋などは。ない。先生の宿泊先はティモシー・イン。もう一人、女性がころされた。もしかしてフェイ。昨日から姿が。誰。

*** 060505 胴体が消防署の上に
ボニーの友だち。たまにあってた。特徴は。腕ですか。ない。でも体に。妊娠線がのこってた。お臍の上。姓名は。フェイ・エマーソン。結婚歴は。あり。子どもは。たしかリバプール。とにかく一人暮し。年齢は62歳。犯人は友人グループをねらってるのか。どうするか。また電話のベル。消防車の上に。死体が。切断。胴体が。人の胴体。

** 060600 Bの書、30日午後、消防署
*** 060601 署員にきく
私、署長、教授。消防署は煉瓦造り。消防車が2台。消防署脇のひくい木の柵。その木戸からバックヤード。ほされた洗濯物。その向こう。ふるい消防車が1台。黄色の立入禁止のテープ。私は見学。空にくろい雲。午後。雲が太陽をかくす。役場のホールにいた女性は帰宅。アーヴィンは店へ。だからここには私だけ。消防署の署員に声を。消防車の上で死体が。でた。発見は。自分でない。あなたは。ロバート・グレイブリー。大変な事件。そう、裏庭の消防車の上に死体をすてる。実地検証中の署長も途方にくれてる。ああ。裏庭には誰でもはいれる。

*** 060602 死体の状態
ああ。誰もそんなこと。予想も。はじめて。ここ10年で。それもバラバラ死体。みたのか。ああ。車の上に。女か。ああ。スカート。長髪。顔があった。えっ、あった。大人の女。体がちいさい。へえ。異様だ。手足がないから。スカートはペタンと。中身がない。つけ根のところから。両手も肩から。へえ。鼻先でみた。車によじのぼってみた。血と肉の臭い。裏庭の車は。もうつかってない。子どもの遊び場だった。子どもがみつけた。否、スカートの端がちょっと。あれがなければ誰も。死体の周囲に血は。ない。

*** 060603 身許は、フェイ
ほかに特徴。凶器。遺留品。ない。被害者は。ううん、みたかも。何故、消防署においたか。不明。消防署の誰もしらない。署内にうらみが。ない。ボニーの事件は。しってる。ボニーで。ない。フェイ・エマーソンという女性は。へえ。キャッスル・ロードのほうの家で一人暮らし。60くらい。独り者。子どもはいるがリバプールに。沈黙。亭主が弁護士。離婚。たぶん。そうフェイ。フロッデン・ロードの家、彼女の家であった。署長がもどってきた女性の身許はフェイ・エマーソン。えっ。離婚した亭主は弁護士、住所はフロッデン・ロード。ええ。消防署員が証言。間違いない。ええ。ちょうど教授が。

*** 060604 検死の状況
検証はと私。おわり。顔が。ある。ボニー。ではない。あれはフェイ・エマーソン。へえ。死体の様子から何か。それはどんな女性か。説明。ふうん。わかったことは。署長の判断は。でも役にたつと私。何がききたい。手足が。ない。今度も。ちぎりとられてた。刃物をつかってない。関節の骨がとびだしてた。肉はぼろぼろ。死体の周囲に遺留品は。ない。血も。刃物も。指紋も。指紋はまだ。

*** 060605 何故、消防車の上か
死因は。ノーコメント。死亡推定時刻は。まだいえない。犯人は何故消防車の上に。さあ。車はどんな。あれとおなじ。すると車高がある。消防署にうらみをもつ者の犯行か。いえない。先生、こんな辺鄙な村に消防署。不思議では。ふうん。連中が出動したのはきいたことない。石造りの家。もえない。まるで死体をすてるためだけかと教授。でも消防署は必要。電話。胴体がでた。精肉工場で。

** 060700 Bの書、30日、午後、精肉工場
*** 060701 工場の冷凍庫に
私がポリス・カーにのりこみ、署長、教授とともに現場に。ティモシー精肉工場。車で10分。敷地に。男の先導。大型の金属ドア。スライド式。廊下。左手にガラスの窓。ぶらさがった肉塊。透明なヴィニールがさがった入口。中に。セメントの床。ここと男。ステンレス製のドア。あれを。金網のカバーのかかった裸電球の下。肉片。しろい肉の山の上。あれかと署長。人間。

*** 060702 死体の状況の確認
服をきてないと署長。たしかにと教授。いつから。さあ、気づいたのはさっき。豚肉のした になってた。集荷しようとして。この肉片は皆んな豚。そう。モスレムなら銃殺かと教授。引きだす、このまま。病院の車を消防署から、こちらにまわすようにと教授。外で。ここの鍵は。あるが、ここしばらく施錠してない。ほう。こんなことはじめてだから。この工場に泥棒がはいったこともない。でもおきたと教授。

*** 060703 誰もはいれるが、昼間は従業員がいる
では、この中には誰もはいれるということか。そう。その気になれば。ふむ。誰ですか。うむ、足と腕がない。頭部も。しかも切断面はちぎったみたい。女性。乳房が。もう若い人ではない。ボニーと私。かもと教授。2人の死体。死亡推定時刻はだせる。誰がここに。お前、どうしてここにと署長。手助け。不要。必要。不要、援軍が。捜査を混乱させるな。気にせず捜査に専念を。名前は。ミュエル・テイラー。誰がここに。昼間なら従業員がいる。夜。成程。おととい28日の晩からあった可能性は。ううん。

*** 060704 何時、死体が、何故ここに
かも。昨日は出荷がなかった。きまり。28日の晩。まだ、はやい。外はさむい。雪もふってきた。捜査の邪魔をするな。手つだってる。この床は常にぬれてるのかと教授。そう。夜も。血はたえずあらいながす。匂いがつく。ふむ。この村はどこにも鍵がない。まるで中世。死体はどこにでもうすてられる。でも、ここは平和な村。そう。しかしいったん凶悪事件が。厄介な所だ。そのとおり。なんとか手をつくして犯人の動きを規制。すぐ非常線をはると署長。サミエル、従業員があやしい人物を目撃。ない。確認した。ボニー・ペニーという女性はと署長。名前は。従業員でボニーとしたしかった者は。いない。ではフェイ・エマーソンは。誰。署長が説明 。私が口だし。署長が私を外へと。退出。

** 060800 Bの書、30日、酒場
*** 060801 現状を確認、署長が私の酒量を心配
アーヴィンの酒場。私とリンダ。教授がやってくる。先生はティモシー・インに宿泊。事件はどうなってる。インヴァネスから警察。被害者2人の家を。村の周辺を調査。街道筋。細部。ここの前にも。へえと私。君。酒量は制限を。表の雪は。やんでる。つもらなかった。ふうん。いずれつもるとリンダ。何のため。私の見張りは。酒代がはらえないからか。飲み代ほしさに郵便局をおそうと教授。ほう。人間はおいつめられるととんでもないことを。相当な知性をもってる者でも。だが署長は君の健康を。本当か。彼は君を親友と。へえ。

*** 060802 食道ガン発症のしくみ
乾杯。私の食道ガンのため。否、二人の友情のため。私がどうして食道ガン。発病する前に死ぬと私。そうか。なら署長はさびしくなる。何でそうおもう。推理。成程。先生は欧州1の名探偵。では推理は。

君は顔があかい。ああ。で。酒飲みには2種類。天然自然にいける口、最初はそれほどでも。徐々になれる。のめるように。後者は顔があかくなる。成程。そうかも。アルコールは胃や腸壁から吸収。肝臓にあつまる。ここでアセトアルデヒドニという有害物質。これは発ガン物質。細胞を傷つけ、身体各所にガンを発生。あまりアルコールがのめない人に不快感、吐き気など悪酔い。成程。

肝臓にある酵素が。アセトアルデヒドを人体に無害な物質に。ううん。のめる者、のめない者は、つまりこの酵素の力の大小。力がよわい。のみない。つよい。いける口。その中間が、まあまあのヤケ酒組。それが私と。かも。ふむ。こういう人は割合いつまでも顔があかくなりつづける。さてこのアセトアルデヒド。もしうまく分解されない。すると肺にも、よくたまる。するとそれが呼吸のたびに気管をかけあがり口からでる。酒くさい男ときらわれる。否。皆んな同類。

*** 060803 フェイが消防車、絞殺、ボニーが冷凍庫、絞殺
この息は食堂にも。またアセトアルデヒドは唾液の中にも。食道から胃に。これがアルコール中毒の日常。君は毎晩これをくりかえし。いつかガン。ふん。でもそれ本当の話し。まだ仮説。いずれ立証される。では先生、事件の話しをとリンダ。

まずフェイ、消防車の上の女性。たしかにフェイ。うん。近所の人の証言。タウンゼントさんの面通し。死因は。絞殺。ほう。首の皮膚に索条痕。体には傷がない。では冷凍庫の中の裸の首なし。ボニー。そう。骨組織 。血液型、DNA、細胞の組織。すべてが頭部のものと一致。死因は。絞殺だろう。索条痕は不明瞭だが。他の状況は。首のつけ根。鎖骨付近に引っかき傷。被害者はくるしみのあまりつくる。飛行機の中の腕の爪にはエマーソンさんの首の皮膚のかけらが。

*** 060804 フェイの腕が飛行機、死亡は、ボニーは29日未明、犬は28日
これらもフェイと確認。体はきれいだった。ボニーは頭部と体。でもまだ足と腕がとリンダ。またフェイは頭部と体はでた。腕も。グリシャム場外飛行場の飛行機から。まだ両足がと私。後でころされた死体のほうが沢山でてる。でもフェイのほうが後なのとリンダ。腹の中身で。死亡推定時刻は。だいたいだが、ボニーは11月29日の未明。つまり28日の深夜。やっぱり。署長は間違ってた。つまりボニーはころされて20時間ちかくもたってから、この横の樹の上に。犬の体と組みあわされてと私。犬はそれより1日ほど前に。ボニーがころされるより前に。そう。ということは犬は2日間、ボニーは1日、どこかにかくされてた。つまり犯人にはそのための場所が必要。首を切断。縫いあわせの場所も必要。そうと教授。

*** 060805 容疑者は、死体のかくし場所は、山狩りを
よそからの流れ者は除外できそう。つまりこの村に家をもってすんでる。すんでる必要はない。すんでなくていい、どういう意味と私。この村に自分の家があればいいとリンダ。つまり普段は空き家でも。そうね。この村に空き家はあるかと教授。ない。きいたことない。署長もそういってた。

では村の家を全部しらべればいい。トイレ、浴室、納屋、屋根裏、血の跡。切断された腕、足はかくされてないかと私。浴室、シャワー室にルミノール反応がと教授。ううん、法的にはむずかしい。死体の隠し場所は民家でなくてもよい。このさき の森の中。丘。洞穴だって。そう。で、署長たちは山狩り。今日の午後いっぱい を。インヴァネス署からの人員も。明日も継続。現在までのところ、それらしいい場所、隠れ家、洞穴、森、焚き火。森にひそむ不審者もみつかってない。のこる死体の部分も。

死体切断の道具も。犬の死体もない。不思議ね。だが、スワンソンさん。ボニーの胴体はころさたのち即刻ティモシーの精肉工場に。冷凍庫の中に。かもしれない。ならボニーについては、かくすべきは手足だけ。これなら場所をとらない。成程。

*** 060806 切断は、引きちぎる、どうやって
でも先生、道具は。野獣みたいに引きちぎった。そう。これが難問。誰が、どうやったら、あんなことを。ほかに例があるか。バラバラ死体。なら例が。でも、ない。あと一人は。

*** 060807 フェイ、死亡は30日未明
フェイ。おお。死亡推定時刻は30日の未明。今朝ということ。そう。あるいは昨夜おそくとも。どうして犯人は胴体は消防車の上、両腕は飛行機の中に。そう。それを昨夜おそくに。ということは飛行機の中に腕をいれたのは未明より前でない。そう。ちょっと下品なことを。うん。性行為か。なかった。ふうん。じゃあフェイも。ない。ふうん。

*** 060808 痕跡はまったく、女性に関心がない、怨みは
体液がのこってれば第一級の推察材料。だが、なかった。指紋も自分の血も体液も所持品も足跡ものこしてない。仕事なれした奴なの。それとも人間でないか。犯人は女か。体を引きちぎれる女ね。だが、その首を犬の体に縫いつけてる、怪力の上に繊細と教授。ああ。とんちんかんね。第一、この犯人はどうしてころしたの。つよい怨み。あり得ないわ。ボニーもフェイも。60年もくらして波風をたててない。そうだな。噂の一つぐらいありそう。つよい怨み。あり得ないわ。ないな。かりたお金。きちんと。約束、まもる。ボニーもおなじ。

*** 060809 痴情問題はない、盗みもない
男関係はなかった。私もボニーもフェイも。きいたのはペギー。へえ。つきあってる人が外国にいるとか。美人だから。アーヴィンの声。二人とも独り者。老後のためにためてた。二人を表でころす。二人の家に忍びこむ。ゆっくり金、貴重品、貴金属、指輪を物色。亭主も子どもも家にはいないから。格好の標的。

警察が二人の家に。徹底的な調査。家は二人の殺害現場じゃない。そして家の中からなくなったものはない。金も貴重品も手つかず。銀行預金も無事。宝石貴金属ももってた。二人ともかなり財産を。特にフェイのわかれた主人はかなりの資産家。しかし、何もなくなってない。これは友人、近所の人が立ち会い確認。ふうん。

おまけに消防車にのせる。何故。豚肉の上にも。どうして消防車。森の中でない。ネス湖でも。消防署、精肉工場。見つかる可能性。そう。なんでわざわざ。人間がやったとおもう。だからわからないと私。動物は。ほう。

*** 060810 誰が、人間か、獣か
たとえばオランウータン。フランスの古典的大事件のように。ただころして、バラバラに。それをいろんなものの上に。消防車に意味はない。たまたま。消防車は無意味か。それも財布もお金も無意味。フェイの家と消防署ははなれてる。徒歩15分。おもいフェイをもってなら30分もかかる。車だったら。運転免許証。いや車の音はきいてないと消防署の連中がと教授。

動物の怪力なら、そんな距離は問題ない。飛行場もある。10マイルの距離。たまたま飛行機が。1時間もかかる。リンゴ園にひかれそう。ううん。オランウータンが説明する。つかまえれば。それより精肉工場の工場内の奧。そうしなければいけない理由があったのよ。どんな。くさらせたくない。じゃあころすな。それなら何か証拠が。体毛、爪の跡。足跡。目撃者も。鳴き声も。こいつは意図的にかくれてる。オランウータンが糸と針で縫うかと教授。そこに制服の警官。

*** 060811 ペギーの店に空き巣
同行を。何。ハウス・オブ・タイム・ジュエラーズに空き巣が。宝石店、時計も。ああ。ペギーは無事か。無事。本筋とは無関係な事件かな。この村に空き巣なんて、なかった。宝石店か。ペギーのもってる店の中で一番金になりそうなところに。何をぬすまれた。何も。へえ。ガラスをわられ、はいられただけらしい。

** 060900 Bの書、30日夜、宝石店
*** 060901 店への侵入、内部の様子、柱時計
宝石店。表のスリット型のシャッターはしっかりおりたまま。店の脇の路地。従業員専用のドアがやぶられてた。扉の上部にまるくわられてた穴。ローブ姿のペギー。話しをきいてる警官。この鎧戸、しめるのをわすれていたのよ。わられたところから手をいれてと私。ええ。するとすぐにロックをはずせる。ここは他人をやとわず一人で経営。ショーケースが周囲に四角く。真ん中に正方形のフロアがあいてる。その中央にソファ。その横に人間の身長ほどの床置型の振り子時計。時計の周囲には観葉植物が2鉢。教授が正方形のフロアを左回り。右手のショーケースをのぞいてた。ガラスケースの中に宝石。腕時計。その周囲に宝石。

*** 060902 象の置物が盗難、ほとんど無価値
ショーケースと壁の間に通路。何もとられてないのかと教授。何もとペギー。署長が登場。これも一連の事件と関係があるのかと私。それを調査中。ふん。何もとられてない。そうですかと署長。はい。本当ですか。ここにある埃。カーターさん。中央部分がぽっかりとあいてると教授。右手のサイドテーブルの上をさしてる。ここに何かのっていたのでは。あっ。ここに象が。なくなってる。象。木彫の象。タイランドの製品。高価なもの。否、10ポンド。

*** 060903 ペギーは探偵小説がすき、教授に興味、どこかであったか
あなたは無価値と。でも実際は高価。中に宝石がはいってた。成程。ああ、6つのナポレオン像。そう。いえ、本当に価値は。石膏製でなく木彫。中に宝石など。ペギーがいう。私もホームズがすき。ストックホルムでよく。ふむ。だから先生のような本物の素人探偵にあえた。うれしい。失礼、われわれは初対面でないかも。今朝、村役場の集会で。こうして言葉をかわす。それは初めてとペギー。やはりおあいしてないよう。ふむ。ぬすまれたのが無価値のものだけなら。そう。ではこれ以上ここには。誰も死んでないと私。

*** 060904 釈然としない盗難、子どもが犯人か
だが先生、釈然と。宝石があるのに木彫の象。二つの殺人。女がいるのに何も。何故。宝石店に忍びこんで宝石をぬすまない。これは、犯人がホモか女。だがここで。女ならぜったい宝石を。非常ベルがついてる。子どもというのは。それとも両方とも興味がないと教授。表のガラス越しにみえた。ほしくなった。ドアをやぶってはいってきた。そしてとってった。今頃、ベッドサイドで動物園遊び。そんな馬鹿な。俺なら機関車。おもちゃ屋。携帯電話の音。両足がでた。どこで。

** 061000 Bの書、12月1日、午後
*** 061001 教授の部屋のヴェランダに腕
ベッド。さむい。ドアがあけっぱなし。昨晩のこと。署長、教授が外出。私は酒場に。起床外出。キャッスル・ロードに。アーヴィンズの前に人だかり。リンダが声を。何事。あそこにはちかづかいほうがとアーヴィン。メディアの取材。教授のとまってる部屋のヴェランダでボニーの腕が。おそらくヒイラギの樹の上から、ティモシー・インのヴェランダに。犯人が。そうだろう。ほかに誰が。どんなやつ。目撃は。ない。腕はむきだし。いや、スポーツ・バッグに。両腕か。そう。でも、ちょっとおかしなこと。ええ。君はランチにきたかとアーヴィン。そう。頭痛は。うん、だいぶいい。どうしてわかる。あれで頭痛は当然。あそこのスープ・エクスチェンジに。それとも。夕食だって。ああ、夕食。これから仕事だから。何時だ。4時半。

*** 061002 昨夜、ボニーの足が教会で、腕もボニーのもの
うん。店はバフェ・スタイルのセルフ・サービス。クラム・チャウダーとパン。二人も席に。昨夜、署長は何を見つけた。ボニーの足。教会の脇の植込み。やわらかい地面にさされてた。カラリリーや、沢山ある植込みの陰でみえなかった。ふうん。2本とも。そう。この足がボニーのものと。間違いない。引きちぎられてた。教授が血液型、DNAから。さっき腕がでたと。そう。これも一致。やっぱり引きちぎられてた。ヴェランダで。そう。誰がみつけた。煙突掃除人。屋根から。ホテルの支配人に今朝。教授はしらない。しらべると天体望遠鏡と一緒に。何と。望遠鏡。

** 061100 Bの書、1日夕方、村役場
*** 061101 捜査本部に、教授が顔写真をださない条件で記者会見を
二人とわかれキャッスル・ロードに。書店前。デイリー・ガゼッタを一部。そのフロント・ラインに。ティモシー村に無差別連続殺人。村役場に。ホールの机に記者がたむろ。関係者か。否、署長の友人。彼は。隣りの部屋。集会場の演台脇のドアを。署長、教授が。挨拶。教授に。ずいぶん記者連中が。顔写真、名前をださないことを条件に取材に。顔をだしたくない。英国一のスターになれるか。そう、ホームズみたい。無益。署長が。お前は胃をこわしてるな。医者はミルクをのめと。残念ながらここにない。

*** 061102 教授が事件は無差別でないと
署長が記者連中の悪口。教授に。新聞に無差別連続殺人とかかれてる。そうですか。否。ある種の法則性が。へえ。たとえば、被疑者は女。男はいない。ああ。それに60代ばかり。若い娘は。成程。年齢差別と署長。それが。今は不明。ではまだころされる。その危険性は。ふうん。教授はあのヒイラギの樹のすぐそばの部屋に滞在。そう。最初にボニーの首がでた時から。

*** 061103 教授の部屋はあのヒイラギの樹にちかい
そう。何か気づかなかった。犯人はあの樹によじのぼったから。何も。ぼくは部屋をでがち。名探偵の部屋の横。大胆。ああ。でも、わかったことがと署長。お前のような酔っ払いの爺さんでない。ぼくも犯人を絶対にあげなくては。記者が何故かと質問。ぼくへの挑戦。電話。足があったと刑事。虎の看板。どこの。すぐいく。ジャーメン・ストリートとソウブ・ウェイのT字路に虎の看板。どこ。村のはずれ。虎、何故。看板に虎の写真。それがこわされた。そこに女の足が2本。ささってる。どうして。中国製の薬の広告。天体望遠鏡の次は虎。教授がこっそりとぬけだす。

** 061200 Bの書、1日、夕方、虎の現場に
*** 061201 狂人の仕業だろうか、死体をわざとバラまいてる
署長の呟き。ブラック・プードル、精肉工場、豚肉、飛行機、...、精肉工場、教会、消防自動車。何か意味が。こいつはただの狂人。教授は法則性がと私。60女しか。あれか。それだけでは。今いえる確かなことはそれだけだが。確実にいえること。狂人がこの村のどこかに。あの人は慎重。だが頭の中には。ふうん。お前にそれがわかるか。あんたよりは。いえ。いい。いえ、法則性とは。それを村のあちこちに、まいてる。そう。で、何故。ううん。何故だ。つかまえて本人にきけ。で、わかることは。うん。まいてるのでなく、配置してる。ほう。配置か。そう、だから法則性。

*** 061202 何かと利益になる、損得、達成、怨みか
各パートを意図した場所に。ふむ。切断死体を消防車上で発見。豚肉の上に。何らかの意図の上かと署長。そう。すると、そうすることが犯人に何らかの益があると。そう。犯人の益。つかまらないこと。うん。自分がつかまらないこと。そして、何らかの目的をはたすこと。何らかの目的。何と署長。怨み。それをはらす。つまりボニーにもフェインにも怨みを。ううん、金か。金はぬすまれてないと署長。やっぱり怨み。これをはたし、にげきる。まあ、そうするとフェイの死体を消防車の上に。それが保身につながる。そうか。ううん。ボニーを裸にして豚肉の上に。自分を逮捕させない。つながるか。沈黙。どう説明できると署長

*** 061203 見つかる危険があるのに、結局、利益になるか、法則性は、まじない、地名
道端でなく、消防車の上。何故、自分の身をかくすのに。苦労をしておもい死体を消防署に。自動車をつかってない。かも。さらに頑張って自動車の上。それに見あう利益があると私。もしかすると、そのために切断、引きちぎる。わからん。お前は。まだと私。でも何らかの法則性。法則性。とはルール。ああ。そのルールとは。まずバラバラ。それらのパートを村のあちこちに。配置。このあちこちの場所に意味が。何かのまじないか。かも。ない。いや、場所、その地名。はたまた事物、消防車、飛行機。かも。それが保身に。多分。それが、まじないでなく、具体的に保身の意味。そうか。ああ。豚に虎にブラック・プードル。飛行機に消防車に天体望遠鏡、保身に。わからん。順番に意味が。

*** 061204 順番、組合わせ、現場に到着
順番。そう。ブラック・プードルが先頭。それとも頭部は頭部。各パートはパートで。ううん。もしかして消防車にまつわる怨みと私。消防車、飛行機。天体望遠鏡にまつわる。怨みか。ついでにプードル、豚に。ついた。

大勢の警察関係者。教授の姿も。 日暮れ時。虎の看板。TIGER BALMの文字。ややちさな文字で、BALSEM HALIMAU ENG SAUN TONGと中国語らしい表現。この文字の下、はしってる虎の背の下。おおきな穴が。そこに両足が。今、どこに。あそこ。ワゴン車。記者が到着。看板は紙か。

*** 061205 足は引きちぎられ、フェイらしい
否、裏は鉄板、その上に合板。ポスターはこれにはってる。それには馬鹿力が。相当の。足は女のものか。そう。切断面はささくれてるから、まずフェイと教授。看板には血はない。死体がふるくなった。血染めの指紋痕は。断定は検査の後だが、フェイだったら。これですべてがそろった。ボニーもフェイもこれで、すべて。これがフェイなら。犯人はどうしてこんな場所にと署長。教授は病院に。

** 061300 Bの書、1日、夜、酒場
*** 061301 死体をむきだしにするのは
リンダ、アーヴィン、私。香港製の軟膏だそう。何にきく。頭痛、肩凝り、筋肉痛。万能薬か。まあ、私のママも。ともかく、これで二人の女性の体はすべてでそろった。テレビのニュースでいってた。あの足はフェイ。検査の結果もでた。私は署長との会話を思いだしてた。

バーニー、何をなやんでる。いや、俺じゃない。署長。犯人が誰か。それもそうだが。死体を遺棄。うむ。豚肉、消防車、飛行機。犯人にとってはそこで発見させることに意味が。ふうん。袋にいれ飛行機のどこかにかくした。なら別だが。そう。むきだし。だからどこかにはこばれ、所在不明にならない。それにこのセスナはまたもどってくる。飛行中におっこったりしない。そうね。消防車も。もうこわれてる。裏庭からうごかない。

*** 061302 風景画家が風景をみせたかった、猛禽類のようにバラまいただけ
そう。そういう光景をみせたいのか。ううん、そう。風景画家が風景画をみせるように。バーニー、絵描きの風景画はけっして自然のままじゃ。画家の好みで修正。昼間かいたのに夕景。ああ。犯人は消防車にのってる手足のないフェイの体。これを警察にみせたかった。成程。すると、これは犯人の保身には直接つながらない。そんな目的でない。つまりこいつは人間でないとリンダ。ああ。なんだって。人間ならこんなひどいことは。へえ。人間なら情が。限度が。くるってても限度があるわ。人間じゃない。悪魔よ。そうだな。野獣。動物とか猛禽類。とった小動物の体を枝にさす。あれだ。

*** 061303 引きちぎるのは人間業では、魔物か、魔神か
あれはみせてはいない。たださしただけ。俺はみせるためにやったとほいってない。そう人間じゃない。切り裂きジャックだってできないとリンダ。沈黙。物理的にみても無理。引きちぎるなんて。じゃ、魔物。野獣じゃなければ、そうじゃない。ううん。自分はファンタジーはと私。でもそうよ、魔物。それが今、この村を通過してる。ハリケーンみたいに。ええ。では、われわれには何も。そう、できない。私の番かもとリンダ。魔神が通過して北海にさる。それをじっとまつだけ。われわれは弱き羊だ。だがパニックになって魔女狩りはしたくない。同感。でも今後、これ以上の犠牲がでたら。それは魔神のしわざ。そうおもわないか。何故。今、イギリス中が大騒ぎ。

*** 061304 今、村は厳戒体制、そこでまた殺人がおきる、おきたら魔物
過去に似た事件がないか。レポーターたちは血眼でさがしてる。それで。こんなぴりぴりした状況で、また犠牲になる女が。そうね。私は一人で夜道をあるかない。昨晩からティモシー・インの従業員室でねむってる。携帯も。警察への電話番号も。バーニー、電話番号は。しらん。笑い。君はバラバラ殺人事件があったのに部屋のドアをあけたままねむってた。だが女たちはそうじゃない。そこでまた殺人が。なら人間のしわざでない。すくなくとも、この村の女たちは人間の悪人には絶対に引っかからない。そう。署長登場。見当はついたか。この場の結論は人間でない。まだ。

*** 061305 もう殺人はないと署長、だが
情報は全部出そろった。これから。死体ばらまきの理由は。つかまえて当人にきく。じゃあ、もう誰も。そう村中を警官で。街道筋、これまでの現場の周囲も。これで安心だ。絶対に。そう。魔神でもか。そう。それでこそ、われらが警察。だから、ここに。そう。で、尻尾をだすのをまってる。刑事がパブに。また死体。サイナイ・スクールで。本当か。今度のはひどい。

** 061400 Bの書、1日深夜、学校
*** 061401 空に咆哮、学校へ、正門、校舎の玄関
サイナイ・スクールはネス湖を見おろす高台に。小・中・高校がおなじ敷地。空に暗雲。急に霧が。到着。おそろしい音。得体のしれない恐怖が天から。闇をおそろしい音が支配。ごうごうという音。振動。轟音はあきらかいに空から。とてつもない魔物の吼え声。魔神がほえてる。署長。インヴァネス署の警官。私。車外に。ネス湖にすむ魔神。上半身を水面に。ほえていた。ながく尾をひくような声。何と署長。門。ひくい植込みを左右にもつ小道。正面に建物の玄関。校舎にちかづく。先導役の警官がフラッシュ・ライト。空に。しかし何もない。校舎。2階建て。校舎の屋根。何と署長。前進。

*** 061402 三角屋根、大時計、人の陰、コニーか
建物は横にひろがる。正面に玄関、T字の構造。ギリシャ風の三角屋根、みじかい張り出しの棟。T字のつけ根に石柱をもった玄関。その上の煉瓦壁に大時計。そのさらに上、屋根のとんがり部分に誰か。人影は異様。あの屋根のと警官。そこに誰かいるかと署長。フラッシュ・ライトの光。不動。装飾か。屋根の飾りか。人の顔、あれは人間の。コニーでは。上空の轟音がとおざかる。しずまる。きえた。コニー。何と私。

*** 061403 今日昼には無事だった
彼女は昔、ここの教師。私は思いだした。昼、役場のホールでコニーはフェイのことをはなしてた。頭だけかと署長。扉。あかない。当直者は。今、きます。彼からの連絡で。老人が。屋根にでるには。こちらへ。私はしゃがみこんだ。署長。教授の声。

*** 061404 切り口はきれいでない、コニーの録音の声
頬に雪。私と署長は降雪の中、時計塔の大騒ぎをみてた。頭部だけだった。警官の声。切断面がきれいでない。額に「Y」。ナイフ。頭がグリシャム病院の解剖室に。給水タンクの中で足が。2本。タンクの屋根の上。教授が検分してると。腕が煙突の中。体はと署長。携帯をもって刑事が署長に。何。コニーの声。おそろしいものをみた。信じられない。犯人は。声はきえた。

** 061500 Bの書、2日昼、村役場
*** 061501 昨夜は降雪、女たちは戦々恐々
自宅。起床。外は積雪に降雪。村役場に。演台脇のドアから部屋に。署長が声。調子は。よくないと教授。表は雪。そう。雪は昨晩中ずっと。いったんやんでまた降雪。夜半にはやんだ。昨晩でたのは、頭部と、両手両足。そうと教授。胴体は。でない。ふうん。コニーは何をみたのか。沈黙。まだ女性がころされる。村の女性は皆んな携帯をだいてねると。刑事が自分の番号を大勢にきかれたと。リンダは一人ずまいの自宅にもどらない。事件解決までは。夜道を一人であるかないと。では何故コニーがころされたのか。魔神が犯人というなよバーニー。

*** 061502 サイナイ、キャノン、旧約聖書にゆかり
だがコニーをどうやって。そんな話しをするな。いや役にたてるかもと私。何をしってる。うん、その前に教授、夕べのコニーの死体の切断面は。ちぎられてた。筋肉がささくれて。脂肪もたれて。骨が露出。巨大な力。うん。怪物のような。そう。3人目。犠牲者は。バーニー、しってることを。これはサイナイ・スクールで。丘の上。つまりサイナイ山。へっ。モーゼが神と出あった山。十戒のモーゼか。そう、イスラエルの民をひきいてエジプトを脱出した。へえ。さらにこの村には城。廃虚が。名前は何だ。

*** 061503 キャノンは約束の地、カナンに対応、凶暴な神、ヤーハエのやったこと
キャノン。キャノン・キャッスル。ふうん。この村の旧名。それで。エジプトをでたモーゼひきいるイスラエル人は。われた紅海をわたって。カナンの地。ふむ。それは神がしめした約束の地。で、何。誰だがしらないが、もしこの一連の事件を人間業でないというなら。ふむ。ヤーハエ。ええっ。何だ。ユダヤ教の唯一神。凶暴な神。自分以外を神としてはならないとユダヤの民に要求。ふうん。くわしいのか。まあ、宗教学は昔。じゃあ、説明。英語流にいえばJehovah。ああ。ヘブライ語でYahweh(ヤーハエ)。ラテン語系でヤーハウェ。で、どこまではなせば。簡単に。また殺人があるかも。ないといったのに。

*** 061504 自分だけをしんじよと要求、しんじないエジプトの民を惨殺する神
いった。だがおきた。必要な部分を。これは人間のしわでない。そうか。ヤーハエとは何。昔、カナンの地に飢饉。イスラエルの民はエジプトに移動。肥沃な土地で繁栄。しかしふえすぎた。エジプト人が脅威を。皆んな奴隷に。ながい奴隷生活のあげくイスラエルの民に救世主が。

サイナイの山でもえる芝生の中から神の声。モーゼ。モーゼはイスラエルの民をひきいてエジプトを脱出。神がしめす土地に。しかしエジプトのファラオががゆるさない。そこにあらわれたのが凶暴なユダヤの神ヤーハエ。ナイルを血の川に。全エジプトの民をふるえあがらせた。ほう。

さらにおそろしい疫病をはやらせた。エジプトの民を病死させた。つづいてイナゴの大群。作物を全滅。真昼の空を闇でおおった。しかしファラオはゆるさない。そこでヤーハエはエジプトの全家庭にうまれた最初の男子をすべてころした。ようやくファラオはゆるした。紅海をわたりモーゼは約束の地に。彼はサイナイの山にのぼり神と対話。そして十戒をさずかった。それは。

自分以外を神として崇拝してはならない。偶像の崇拝を金じた。イスラエルの民は約束の地で平和裏に。だがおそろしいことも。ユダヤの民はバールという神も信仰。これはヤーハエの教えにそむく。ユダヤの民はもともと多神教。カナンを、ある年、干ばつ。ヤーハエを崇拝する預言者のエリヤがカルネル山の山頂に祭壇を2つ。それぞれ薪と生け贄。まずバールを信じる預言者たちが雨乞い。何事も。次にエリヤがヤーハエに。天から。生け贄の薪に点火。つづいてカナンの地を豪雨。天候をつかさどる神はヤーハエだった。その後エリヤはバールをしんじてた預言者たちを山にヤーハエの名のもとに惨殺。へええ。

*** 061505 この村を約束の地に見たてか、生け贄の儀式、ヤーハエ自身か
まるっきり殺人鬼。唯一神はこのように誕生。ジュイッシュはもともと多神教。おだやかな神を信じて奴隷的な境遇。そのためにヤーハエのような神をもとめた。荒々しすぎる。信仰にはそんな狂気の側面もと教授。つまりマクファーレンさん、この一連の事件は、この村を約束の地に見たてたものと。そう。キャノンとカナン。サイナイと・スクール。コニーの額のヤーハエの「Y」。

ヤーハエにささげられた生け贄の儀式か。それとヤーハエ自身がやったのかと教授。それはどんな。うう、わからないが。でもコニーのあの声は。どんなものをみたのか。うむ。それは彼女が予想してなかったものと私。成程。怪物では。だから魔神ヤーハエか。へええと署長。そう自分でも不思議な気が。ジュイッシュでも、信心ぶかくもないのに。ほう。でもここはスコットランド。わかる。でもどうやって人間の体を。怪力が。夕べのあの声は。サイナイの丘できいた大声はと署長。

*** 061506 魔神か、馬鹿な、でも不思議な暗合が
警官だらけ。女たちは緊張の極地。それでどうして連続殺人が。だからヤーハエか。できればいわないでおきたかった。ふうん。俺をクビにしたいか。否。いや、そう。ううん。やっぱり俺をアーヴィンズの皿洗いにしたい。と、教授。彼の意見は無視できない。

ぼくも不思議な暗合に気づいてる。ええ。不思議とおもうのだが、最初はボニー・ペニー。うん。イニシャルはB・P。彼女の頭部はくろいプードルと合体。B・PからB・Pに。2番目はフェイ・エマーソン。F・EはFire・Engine(消防車)の上。ふうん。3人目はコニー・タウンゼント、C・T。サイナイ・スクール。それともサイナイ、小学校(elementary・school)。いや、そうでない。Clock・Tower(時計台)。沈黙。被害者は女、年齢が60台。携帯の音。刑事がはなす。はい。胴体が。操車場。材木をつんだ貨物列車の上に。死体の上に雪がたっぷり。ではおいたのは昨夜ですね。グリシャムの操車場のD-4の引込線。体の上の雪をはらわないようにと教授。

* 070000 Bの書、犯行の暴露、遂行
** 070100 Rの書、2日、村、城、地下室
ロドニーがかき、バーニーがそれをまとめた部分。

*** 070101 またやってきた、ぼんやりとした記憶と退屈な村の姿
ぼくはこの3日間の行動がすこしも思いだせなかった。この記憶がぼくの生存にとって危険だったから。脳が思いださせない。脳が自己防衛してる。あのスウェーデンの教授がおしえてくれた言葉。クロスモダリティ。ことなる感覚領域によってえた感覚を統合する能力のこと。うまれつき全盲の人。成人後、角膜移植の手術により視力を獲得。こんな場合、盲人の時代に三角錐と円柱の違いを触覚と言語によって理解してた。ところが視覚をえて後、三角錐と円柱を目の前。両者を言いあてるのは至難。子犬と子猫もそう。目をとじて抱きあげ、これは猫だ犬だという。三角錐も目をとじて手でふれてから三角錐と。このように人間の感覚処理はふかい。システムが完全に切りかわるのに時間。

ぼくがティモシー村の小道をたどった時、全体が雪に。ぼくの気分は混乱。ここは42年ぶりで42年ぶりでない。昨日も、おとといも、ずっとここにいた。ぼんやりと霧がかかった頭で、この小道を何度も。ティモシーはぼくがしるキャノンによくにてる。でも両者はちがう。たとえれば、よくしるしたしい人がいて、その人の顔写真でつくった面をかぶって別人が目の前にきた時のよう。

ぼくは時に立ちどまり目をとじてみる。頭の中で2つの映画が上映。あたらしい映画とふるい映画。そっくりだが別の世界。キャノンとティモシーもちがってる。両者は別の場所。夜があけるたびに、ぼくはこんな感慨をもつ。このぼんやりした霧の中で怒りにあやつられさまざまな行為をした。思考はぼんやりした霧の中。行為は生々しい。記憶がぼくをくるしめる。行為がついにぼくの絵にあらわれるように。これい以上、絵をかくことは危険だった。

ぼくの気持をぼんやりさせる理由は、記憶が未来からのものだから。ぼくは複数の場所で複数の時間をいきている。記憶がくる場所が未来。と同時に今。1000年の未来、ほんの昨日。今をいきてるぼくの意識とちがう場所から風景はやってくる。経験が収納された箱の中からしか思い出はやってこない。だがぼくはちがう。これはヤーハエのため。ぼくがヤーハエと合体する時ヤーハエが未来に確定的におこなう行為はぼくの記憶になる。

ティモシーとの再会(?)は劇的でなかった。ぼんやりとし、退屈だ。未来からの風景が脳に飛来するあの感じ。それをいそいでカンバスにかく時の興奮。それにくらべると現実の村はたださむい。はやくこれを切りあげたい。あの幸せな仕事を再開したい。そればかりかんがえてた。雑多な記憶が拡散、かがやく砂金が思い出となる。未来からふいてきて、ぼくの思い出をつくる。

思いだすには技術と努力が。それがない。だから思いださない。昨日のことも。どこでも無感覚。今、踏みしめてるこの村は抜けがらだ。

*** 070102 キャノン城、抜け穴に
カノン城の前にたってもそう。もうここから引きだせるものがない。城の石積みの中に。中庭も首切りの丸石も。裏の墓地も。雪をかぶってる。石段をあがる。外壁の上の回廊。人間の足跡がない。村の上空に霧。緑の丘は、しろい雪の丘。倫敦塔をあがる。螺旋状の階段。頂上。眼下に霧をのせたネス湖。湖から城までつづくキャッスル・ロード。商店街の屋根。城全体も塔もこじんまりしてる。塔の屋上のスペースもせまかった。塔の上にあった瓦礫、小石もすくなかった。ぼくは塔に立ちつくして寒さにたえた。ぼくはぐずぐずと仕事をのばしてた。あそこにゆけと声がひびく。

塔の石段を。あちこちに鳩の巣が。まるで鳩のアパート。中庭。地下への入口。フラッシュ・ライトをつける。地下道。廊下。石の蓋。この石を押しこむ。入口からトンネルへ。中から石を元の位置に。暖気、臭気。四つんばい。汚れ。ズボンの膝が心配。10分間。ようやく横穴。

*** 070103 家の地下室に、机の中のノートを発見
コートをぬぐ。横穴に。子どもの頃とちがう。窮屈。ひたすら前進。10分間。行き止まり。天上をおす。すっかり昔のまま。この地下室はぼくがでた後、封印。上の家のキッチンの壁にあるドアは壁土で塗りこめた。だから上にすんでる家族は地下室の存在をしらない。室内に。20分の苦行。内部をてらす。臭い、湿気、埃。頭がぼんやりしてる。何故ここに、何を。机。引き出し。中に綺麗なノート。自分の筆跡が。物語が。ああ。いつもこんな感じだった。思いだした。今日は12月2日。もうすぐハヌカ、ぼくはジュイッシュ。

** 070200 Rの書、29日の行動
ロドニーがかきバーニーがそれをまとめた部分。

*** 070201 11月29日、ぼくはヤーハエをさがしてる、復讐をゆるしてもらう
ぼくはいつもヤーハエをさがしてる。ブナ の枯葉にひざまづきいのった。ふるい塔の上にたたち湖を見つめていのった。でも出あえない。約束の地にもどったカナン人はヤーハエをさがした。だがいなかった。

おあいしたい。ぼくの復讐心をきいてもらいたい。ぼくは追いつめられてる。ヤーハエの声がきこえたら、どこへでもゆく。ぼくはいのる。するとヤーハエがぼくと合体する。力がみなぎって正義を実現する。力がなければ、ガス室におくられ石鹸になる。たとえころされなくても世間から葬りさられる。皆んなぼくをモントローズの精神病院に閉じこめて、ぼくら親子のことを世間から抹殺したいのだ。だからぼくは復讐する。イスラエル人は定期的に復讐をしなくてはならない。

*** 070202 ボニーをころした
のぞんでうまれたこの世でない。低能ではない。人とはなしたくないだけ。空想の世界にいてヤーハエと対話したいだけ。だからばぼくはボニー・ペニーをころし、引きちぎった。ヤーハエと合体したから力がある。犬と合体させた。これで本当のビッチ(メス犬)だ。下品で詮索ずき。弱点ばかりを。それからぼくはボニーをクリスマスツリーに押しこんだ。それをながめた時、恍惚となった。ヤーハエがおしえてくれた。ボニー・ペニーとブラック・プードル。B・PとB・P。一緒になるべき運命。神の思し召しにかなう。

*** 070203 死体をバラまいた
ぼくを色情狂の母親からうまれた色情狂とののしった。ぼくは色情狂でない。そんな奴。胴体は豚の上に、両足は教会の礼拝堂入口脇の植込みの上、両手は天体望遠鏡の上においた。

*** 070204 11月30日、フェイをころした
信仰は一人のもの。大勢の中で宗教をおこした教祖なんていない。奥地の洞窟の中で孤独にたえ神と出あえる方法を発見した。神に出あうまでの過程の記録は後世にのこるだろう。ぼくは神をおいかけた。それはぼくほどしいたげられた人間はいないからだ。神にもとめられる人間は孤独でなければならない。ぼくは親も友、兄弟も親戚もいない。孤独だ。

今日、フェイ・エマーソンをころした。胴体を消防自動車の上、両足は虎に、両腕は飛行機に。フェイ・エマーソンと消防自動車も相性がよい。一緒になるべき運命だった。そうしたら、またぼくは神にあえた。神の声をきいた。

神と合体した。もうヤーハエだ。何だってできる。フェイはおしゃべりで噂話しが大好き。それも悪口。皆んなと一緒になってぼくの悪口言いふらした。

*** 070205 12月1日、コニーをころした
ぼくが女をころし復讐するとヤーハエがあらわれてくださる。一切を記録したこのノートは聖なる書だ。生け贄の血によって神はょろこばれ、ぼく自身はたかめられる。欧州のカトリック教会も中世に。魔女たちをころし、その血で聖職者は地位をたかめ世の平和をたもった。今日はコニーをころした。彼女こそ罪がおもい。教育者が、その特権をつかって子どもの精神を傷つけた。モスレムのラマダンの、この時期、罪ぶかい。だがユダヤ教徒である。モスレムでない。それにこの時期、神が人間たちをゆるす。ぼくもまた罪ぶかい女どもを抹殺し、その魂をゆるしてやる。残念なことだがころせば、もう二度と存在しなくなる。一度ちぎった体はもう二度とくっつくことがない。どこかで手にいれなくては。彼女はぼくをのろまな大型哺乳動物みたいにいって子どもたちの笑いのタネにした。到底ゆるせない。

一体、ぼくや母が何をしたのか。皆んなよろこんでた。被害をこうむったのは自分たちだけだ。ぼくはクラスで一番作文が上手だった。ほめてくれなかったばかりか、とうとう作文の授業をやめてしまった。だから学校の玄関の時計台の屋根に突きさした。登校してくる生徒たちからも教師たちからもみえるょうに。ヤーハエがやったとわかるように。ヘブライ語のYの頭文字を額に。時計台とコニー・タウンゼントもC・TとC・T。相性がよい。神があたえられたこと。

*** 070206 体をバラまいた
両足はタンクのハッチに。両腕は煙突の中。胴体は貨物列車の材木運搬車に。彼女の胴体は村の周囲をめぐって、皆んなの目にさらされる。こんなぼくをしれば村の皆んなは森をさまよう冷血漢というだろう。だが神性とはそういうもの。正義と狂気。道徳と破壊が隣りあわせになってる。それが信仰だ。キリスト教も無実の人たちを弾圧、拷問、ころした。そうでなければ民の心をよわせることができない。

エジプト人の奴隷にされたイスラエルの民は、それまで自分たちの神、エルでは力不足を感じてた。より力のある神、ヤーハエをもとめた。ヤーハエは奴隷をまもりエジプト脱出を可能にした。ヤーハエはイスラエルの民には守護神。でもエジプトの民には冷血の災い。最悪の悪魔。ヒトラー以上だ。ぼくは皆んな本でよんだ。

ヤーハエは血に耐性がある。体を引きさかれたエジプト人をみて何も感じない。そればかりか血をみて感動する。たとえ子どもであっても。嫉妬ぶかく怒りっぽく自分以外の者を神とすることを禁じた。違反者はころした。今の神が寛大なのは神性と若さをうしなったから。今のユダヤの神はもう抜けがらだ。そんなのは崇拝しない。だからぼくのこれもヤーハエの裁き。ぼくはそいう神の意志をきいて、その命を実行してる。

*** 070207 12月2日、ペギーをころした
神はスコットランドのはずれのこの地にもおられる。ぼくは今日、ペギー・カーターをころした。両腕、両足を引きちぎり、頭を胴体から引きちぎった。頭を柱時計の裏蓋をあけ、振り子ケースにいれた。P・CとP・C。そしたら神があらわれた。ペギーが一番ひどいかも。ぼくら親子からの被害はなかった。母はペギーと無関係。それどころか沢山の買い物をした。

*** 070208 体をバラまいた
ペギーは村一番の金持ちのカーターさんと結婚した。老人だった。死後、店を3軒経営。それは淫売そのもののやり方だ。ぼくが家の前をとおる時、ドアをばたんとしめたり、女同士の集まりでぼくを肴にして嘲笑した。あの女がスウェーデンで淫売だったことを、ぼくはしってる。それをしられたくないから、母をうらみ嘲笑する女たちの集まりにはいり、嘲笑し仲間としての忠誠心をしめした。ペギーの胴体は船にのせ、両足は象にのせた。両腕はバスにいれた。

*** 070209 12月5日、リンダをころした
もう破壊にあきた。でもころすべき女がまだ一人。リンダ・スワンソン。何もせず、ただころした。リンドバーグ広場の中央に放置した。もちろんL・Sだから。

** 070300 Rの書、2日
ロドニーがかきバーニーがそれをまとめた部分。

*** 070301 ぼくは未来の記憶をこのノートにしるす
ぼくはすべてを自覚した。何故絵をかくのか。何故未来の記憶があるのか。ぼんやりした記憶の中でぼくは人を大勢ころした。でも自覚が鮮明でなかった。記憶は濃霧の森をさまよってるようだったが、殺害の感触は鮮明だ。けれど、もうはっきりした。すっかり思いだした。ぼくは殺人者だ。このノートもぼくの画想とおなじ。未来からやってきた。これが今までわからなかったから話しに辻褄があわなかった。ぼく自身が未来からきたのだ。行為した事実を未来においてその記憶だけをもって、ぼくはこの過去世界にやってきた。このノートがその証拠だ。

*** 070302 警察に逮捕された、12月2日午後4時40分
ぼくの筆跡。かいた時の記憶。かかれていることは事実だ。やった記憶が鮮明。復讐をはたした時の快感。これは未来にぼくがかいた。それが今ここにやってきた。過去にきたぼくをおってノートもここにきた。しばらく放心したが、ノートを引き出しに。また溝に。金属板をしめ、せまいトンネルを。ひろいトンネルに。コートをきて四つんばい。出口に到着。石をうごがし城の地下道に。石をうごかし蓋を。フラッシュ・ライトをコートのポケットに。地下道。中庭。もう夕刻が。雪はふってない。城をでようとすると大勢の警察官がやってきた。失礼。われわれは非常警戒中。村の人でないですね。そう。では署まで。ここでは。いや。警官の一人が12月2日、午後4時40分といった。

** 070400 Bの書、3日夕
*** 070401 警官が城、湖をパトロール
3日の夕、インヴァネス署の警官がポリスカーでキャノン城をパトロール。霧。ネス湖がみえない。昨日から今日一日、雪はふらず。1階の回廊、城の地下道に。倫敦塔に。眺望はなし。中庭から裏の墓地に。一人の男の足跡がのこる。墓石の間にカラス。何かをつっついてる。警官がちかづく。紐がみえた。引きあげた。網だった。捕虫網のようなもの。すてた。中庭にもどりかんがえた。魚のネットか。城をでて城壁にそって迂回、坂道をくだる。湖面にそった道をあるく。冷気をふるわせ異様な声。動物がほえるような声。湖面に目を。伝説のネッシーか。湖面か。しばらくかんがえてパトカーに。桟橋。船着き場。ボートが4艘。ボートの中にくろいもの。丸みをおびた視覚い荷物。しかし表面は女性の夜着か。一人の警官がその場を監視。もう一人が車に。

*** 070402 ボートで胴体を発見
私と教授。村役場の本部。雪が舞いはじめた。二人は事件の法則性の話し。全員が村出身で村の外でくらした経験がない女性と。携帯の音。胴体がでた。ボートの中、キャノンの桟橋。で、誰。わからない。女もの、くろいロウブ。手足も頭も。ない。何の音。ネッシーだって。体かと教授。そう。サテン地のロウブだって。署長に連絡した。また携帯音。やあ、リンダ。ペギーの姿がみえない。アーヴィンと君が彼女の家に。そう。

*** 070403 ペギーか
教授の声。携帯で。ミタライです。君は何故ペギーの家に。何故ペギーだけが気になった。しばらくはなす。ボニー、フェイ、コニー、そしてペギー。彼女たちは何かの糸でつながってないか。どんなかすかなものでも。また間違っていても。思いつきでも。了解。その話しを後で。連絡する。

ここの刑事が署長と桟橋に。遺体を回収。自分は病院に。検死の準備を。あれはペギーーかと私。まあ。刑事がでてゆく。やはり連鎖があった。無差別殺人ではなかった。へえ。ああ、ちがう。たぶんリンダが。はっきりするだろう。誰かが。ペギーも60代です。

** 070500 Bの書、3日夜、グリシャム病院
*** 070501 死亡推定時刻、体の特徴は
私と教授。病院に。教授は解剖室。私はカウチ(椅子)でかんがえる。署長は顔をみせなかった。どうしたのか。そこに署長の声。病院の廊下。刑事、リンダ、アーヴィン。何をしてたと私。さあ。そこに教授。あれは。誰かわからない。

特徴をあげることは。だがまず死亡推定時刻。成程。12月3日、つまり今朝、深夜の午前1時前後。もっとはやくは。どのくらい。2日の夕方とか。いや。午後8時より以前は。絶対。絶対。つまり日没後ということ。そう。リンダがきく。特徴といわれた。どんなこと。彼女としたしかった。はい。私以外には親友はいなかったとおもう。彼女がかくしたかったことかも。彼女の名誉にかかわること。

*** 070502 整形してた、ペギーはスウェーデンで女優
かも。私は秘密をまもれます。あれがペギーなら村でしたしい友人は。皆んなうしなう。ではペギーかどうかしりたくない。いえ、しる必要が。そうなら私は自分の身をまもる必要が。どこかとおくににげるか。それとも皆んなと片時もはなれないようにするか。こっちがいいと署長。では申しあげる。ただしここだけの秘密と教授。それはインプラント。へえ。あの死体の乳房にはプラスチックが。豊胸手術を。心当たりは。わかりません。でも彼女はスウェーデンでは女優を。だから。有名だったのか。ええ。ここにきてからも、たまに帰国。

*** 070503 スコットランド人
あなたがほかにしってることは。いえ。血液型は。いえ。年齢は。67歳に。えっ、そんなに。引っぱてたの。しわとり。ああ。彼女の死因は。毒物はでない。ふむ。ともかく心臓がとまったということ。ペギーはスウェーデン人。いえ。人種的にはスコティッシュ。スウェーデン人の血がはいってるって。スコティッシュか。はじめてきいた。次なる捜査はカーターさんのお宅。リンダ、アーヴィンも。

** 070600 Bの書、3日夜、ペギーの自宅
*** 070601 自宅に警察ほかが
署長、私、教授、リンダ、アーヴィン、警官たち。大空からあの異様な声。ゲートの煉瓦柱。インターホンを。返答はない。こんなおおきな家に一人でと教授。はい。金属扉を。この扉は向こう側に金属板。鉄骨のすき間からみえない。乗りこえ中からあけて。庭内に。足跡に注意。フラッシュ・ライト。建物は木造。足跡に注意と署長。中央に植込み。彫刻がひとつ。四輪駆動車。犬か猫の足跡と私。

*** 070602 門、玄関、ホール、階段脇に振り子時計
処女雪の上をすすむ。玄関に。呼び鈴。リンダ、中にはいる方法をしらないか。いや。鍵しかないな。どこにある。窓をしらべる。明かりがきえ車がある。ガラスをやぶれ。依然、大空には魔神の声。扉がひらいた。玄関ホール。正面に階段。観葉植物。大理石の彫刻。床置き式の振り子時計。署長が呼びかける。返事がない。スイッチ。ブルーのカーペット。

*** 070603 1階、2階、地下、見あたらない
綺麗なブルー。いれたばかり。スウェーデンの国旗の色にとペギーが。成程。署長は2階に、教授は1階の各部屋。署長、教授がもどってきた。どこにも。カーターさんは。地下室もみた。2階もいない。今この家にいないのはおかしい。旅行にいくなら、ことわって。もう夜もふけた。こんな事件が進行中に旅行はない。この事件は無差別連続殺人でない。どこかに関連があるはずと教授。

*** 070604 連続殺人の関連をリンダにきく、貴重な美術品
それをしってるのは君だけかもとリンダに。へえ。どういう意味。さあ。たぶんあなたがかんがえてる意味で。このホールの装飾品は配置がおかしいと教授。 ガラスの陳列ケースが引っこみすぎて中が見にくい。中身はガラクタ。みせたくないものはない。アフガン人とスイス人にはかくしたほうが。へえ。観葉植物、整列してない。これからやろうとしてたよう。さっきの国のこと、意味は。ペギーに東洋美術品の趣味は。すきだとか。へえ、そんなレベルかな。この小石に価値が。すきな人には。これがアフガニスタンからきた。間違いない。この石はメダリオン、ギリシャのコインの鋳造につかわれた。たかい。この家が2軒かえるくらい。へえ。寝室の仏礼拝図のレリーフ。3世紀のクシャン王朝のもの。

*** 070605 壁に血の手形、絨毯に人の形の窪みを発見
ベグラムの象牙細工も。両方ともインドの仏教美術。クシャン王朝のものはよくしられてる。人にみせないほうが。たかい。モスレムにとては石ころ以下。信仰心のあついモスレムはすてる。偶像崇拝だから。どうしてここに。真面目なモスレムが大勢いたということ。たかい。たかいだろう。値段がつけられないほど。ええっ。冗談でしょう。それが一般市民の家にあると署長。なら国宝。国の美術館がだすはずない。そう、これはおかしい。こんな位置にあるはずない。ガラスケースに。ちょっと手をかして。前方に。やあ、こんなところに。おおっ。背後に茶色い手形。ケースでかくしてたのか。血の手形のよう。教授がカーペットに腹這い。やはり。あそこに人の形が。あのあたりに誰かがたおれてた。カーペットが真新しいからわかった。壁際に浮かびあがってた。

*** 070606 絨毯に黄色のダヴィデの星が浮かびあがる
これは何。立ちあがり、人形(ひとがた)のほうにいった教授が。絨毯の上にかすかに黄色の線でちいさな図形。星のマークのよう。ダビデの星。ジュイッシュのマーク。イスラエルの国旗でもある。だがゆがんでる。くるしい中でかいたのだろうと教授。人形の頭のあたり。そう。ダイイング・メッセージと。

*** 070607 ダイイング・メッセージ、犯人は
へええ。カーターさんは探偵小説のファンと教授。それは犯人をしめすためのもの。うむ。つまり犯人はジュイッシュと。ペギーが、いや、ここにたおれてた人が。そういうことになると教授。ジュイッシュがいるか。この村に。いないとおもうとアーヴィン。リンダも同意。ペギーもスコットランド人。一人いる。誰。ヤーハエだと私。誰。ジュイッシュの神。さっきもほえてた。おお、もうやんだみたいだが。その話しはもういいと署長。だがよくかけたものだな。これは複雑。いやかける。よほどの怨みが。あるいはよほどおどろいたかと教授。

*** 070608 黄色は化粧道具から
それでなんとかしらせたかった。彼女はとんでもないものをみた。怪物をみたのか。私は同意。それ以外ないだろう。ペギーがかいたなら、この黄色は何かしら。これでは。教授が長方形のものを。あっ。裏蓋にカラー・アソート・レインボー。ペギーのものか。はい。指紋はなかった。ふきとってあったのか。そう。これは何。化粧道具よ。へえ。こんなに。女優なら。先生、どこでこれを。さっきいえなかったが死体のロウブから。おお。

*** 070609 何故、黄色、状況の不自然さが気になる
黄色がすくなくなってる。たぶん直接指で。どうして黄色。白のほうが目だつのに。それとも黒だ。たまたまだろうと教授。私には疑問が。

犯人の行為。ペギーはここでころされた。血がないから絞殺あたり。そしてここにたおれた。で、死因はとんでもないのをみた。そのショック死か。コニーとおなじ。で、コニーの死因は。ともかく。ペギーは死ぬまでに時間が。くわえて犯人はしばらくペギーの前からきえてた。でないとペギーにこんな作業は。その間にこの図形を。ここまではいい。

問題はその先。ペギーの死体は切断されてた。とすると、犯人はこの図形をかいて、こときれたペギーの体をここからどこかに。それから切断した。そうすれば犯人もこの図形をみたはず。図形をかきおわってペギーはケースをポケットに。そうなら犯人がポケットの中を見のがした。そんなことがあるか。図形とケースもカーペットの上にころがってた。あるいはペギーが手にもってた。この可能性のほうがたかい。

いや、わすれてた。教授は今、指紋がふかれてたといった。犯人がやったといこと。なら犯人がわざわざこの化粧品のケースをひろってペギーのロウブにいれた。何故だ。何故、ケースをすてなかったのか。

犯人が図形をみた。これはけせないと判断。こっちは放置。これはあり得る。だがケースをわざわざひろっていれるか。それでは証拠品を警察にわたすようなもの。ケースがあったからペギーがかいたとなった。なかったら工事人の悪戯がきと。声。中断。ともかく犯人は神でない。時には間違う。

*** 070610 死体はどこ、P・Cがヒント
死体はペギーとしたら、彼女の体はどこに。捜しだす方法はある。体はボートの中。しかしこれはちがう。何。これまで発見場所は被害者のイニシャルと一致。P・C。ペンシル・ケース。死体ははいらない。ペット・セメタリー(動物墓地)。うむ、どこに。ない。ピクチャー・カード。死体ははいらない。プレス・カンファレンス。ピッチャー、パーソナル、ポリス・カー。ポピュラー、パブリック、パンチ、パープル。言葉遊びのよう。パイプ、ペーパー、サイコ、パーティ、ペグ、パラソル、ペガサス。警官の一人が背中に羽根はえた女神像をさす。いや、あれはニケのヴィーナス。ピーナッツ、ピーチ、パンドラ、パッケージ、パフューム。Cはどう。キャビネット、コンピュータ、キャンドル、ケージ、カメラ、カーゴ、キャッスル。キャッスルは。Pがつかない。キャビネット、パーソナル・キャビネットだと教授。さっきの寝室。1階の廊下。ドア。

*** 070611 振り子時計か
スイッチ。小型、観音開き。あけた。棚。いくつかの石造の首。ない。引き出し。戸棚、扉。皆んなあけた。ない。壁面に作り付けの大扉。あけた。折り畳み式の扉。あと半分の扉。服の収納庫だろう。棚。仏の像。石のレリーフ。美術品。ない。と、ペンジュラム・クロック(振り子時計)だとアーヴィン。玄関ホール。時計の針が11時すぎをさしてとまってた。文字盤の下にガラスのケース。植物の鉢でみえない。どけた。ペギーの顔。

** 070700 Bの書、3日深夜、ペギーの自宅
*** 070701 首、綺麗な切断面、リンダが秘密を
一つ妙なこと。死体の切断面が綺麗。斧のような刃物らしい。また教授が東洋の美術品のことを。貴重なものであれば注意、警告すべき。だが何もなかった。軽口だったのか。

私、リンダ、アーヴィン、教授は玄関ホールの右のゲスト・ルームに。教授はリンダとはなしこむ。仲のよい4人がころされた。境遇がにてる。ペギーをのぞいておなじ村の出身。都会的な感性。こういう女性はあなたたちだけ。このグループで生きのこてるのが君だけ。わるいが君の命もあぶない。自分の安全のためにもはなしてほしい。君たちのつながりには何か。今回の事件の説明になる。ミッシング・リンク。そう。大勢の人の前ではなすのはとリンダ。とっさの時に助けが必要。皆んなが事情を心得てたほうほうが。敵が誰かわかる。ようやくすこしずつ。内容は以下のよう。昔、この村に一時的にラーヒムという母子が。イスラエルからながれてきた。ユダヤ教徒。

*** 070702 イスラエルからナオミとロドニーの母子が、売春宿、酒場、女たちは恋人をなくした
ナオミという母親もロドニーという子どもも問題が。二人がくるまで平和な村。城のちかくのちいさな家を購入。この家は売春窟だった。若い男たちが身をもちくずした。自分の婚約者も。さらにナオミはいかがわしい酒場を経営。若い男を篭絡。ボニー、フェイ、コニー、自分たちは恋人をうばわれた。フェイ・エマーソンは別の男を見つけたが、他はできなかった。ずっと独身をとおした。

ペギーは直接の被害がなかったが、不快とおもってた。だから団体行動をとった。彼女は動揺しなかった。この息子だが、何をかんがえてるのか不気味な存在。いつも一人であそんでた。小学校の高学年になって自転車で村を徘徊。家の中を覗きみた。またとんでもない高額の玩具を購入した。他の子どもに悪影響、教育にわるい。われわれがうっえてもナオはまったく受けつけなかった。その後、息子が学校のウサギをころした。頭、手足を放置してこわがらせた。ウサギはとうとういなくなった。次に、ネズミ、鳩、昆虫と。あちこちにバラまいてこわがらせた。この地方に昔、キャビングという異常者が。

*** 070703 ロドニーの異常行動、殺人淫楽症か、村にもどってくると噂
屋敷にまねいてころし、死体をバラバラに。各部分を串刺し。庭にならべたという。また家の中にはガラス瓶にはいった敵兵の首が保存。自慢のタネとして客にみせた。しんだ妻の首も保存。お気にいりの召使の首も。殺人淫楽症だった。ついに村人は王の承認をえて屋敷をおそった。キャビングは放火し自死。この息子をキャビングの生まれかわりと噂。ロドニーもあきらかに殺害をたのしんでる。母親が自殺したのを契機に彼をモントローズの障害児童施設へと。親子は天涯孤独。でも、しばらく校長先生の家に。やはり手をやいて結局、収容施設に。これはもう40年前の話し。彼はやがて退院、ロンドンにいったという。心配してたが、それが的中したということ。

こんなことができるとしたらロドニー以外にない。逆怨みによる復讐。これは私、アーヴィンには初耳。本当よ。私はまだうまれるかどうかの頃。当時、親子がすんでた家はと教授。まだある。案内できる。もちろん。様子がかわってます。どんなふうに。売春宿、首吊りの現場。不動産屋が手入れ。内装工事。間取りはかえてない。壁をうごかしてホールをなくした。首をつった地下室は扉ごと壁に塗りこめ。かわってないのは外観。石積みだから。今はマンチェスターから引こしたモリソンとい会社員の夫婦が。

*** 070704 母子の家は現存、足がでた
彼らはこの事情をしらないだろう。あなたはこの息子の仕業とと教授。はい。ユダヤ教の神でなければ、犠牲者の顔ぶれから、ほかに。でもよくおぼえてたもの。42年も前。その時、廊下をはしる音。足がでたらしい。どこに。この家の裏庭に面した壁の前。ちょっとした張り出し屋根が。ために雪がない土の上。特徴は。ある。どうなってたとおもう。ううん。象にのってた。へえ。ペギーのハウス・オブ・ジュエラーズから木彫の象がぬすまれてた。ああ。象の背に。どういう意味。わからない。リンダ、君の考えは。ロドニーです。彼は死体の一部を放置したから。

*** 070705 両腕も
熊の人形にものせてたから。両腕も。どこで。バスの中。グリシャムのバス・ターミナルにとまってたバスの一台。そして右手の人差し指に顔料が。その切断面はどう。割合、綺麗。どうした理由。さあね。怪力のヤーハエも斧をつかえば簡単と気づいた。だがずいぶんこっちを馬鹿にした話し。

** 070800 Rの書、3日、留置場
ロドニーがかきバーニーがそれをまとめた部分。

*** 070801 ロドニーの指紋、犯行時間が矛盾する
ぼくの右手から採取した指紋をみながら署長はこれがペギー殺しの現場からでたとという。つまりぼく、ロドニー・ラーヒムが犯人だ。しかしペギーのものとおもわれる胴体 は12月3日の午前1時前後に殺害と署長。胃の内容物からいえる。この胴体とペギーの頭部とはよくくつながる。頸部の切り口の形状と一致。血液型、皮膚の組織も胴体と共通する。署長はさらに教授が今、犯人の指紋、殺害の方法を調査中というが。

これが意味するところは、
1) ペギーーは12月3日の午前1時前後にころされた。
2) 死因は絞殺の疑いが濃厚
3) 指紋の件を突きあわせれば3日の午前1時前後にぼくがペギーをペギーの家でころした。
4) だがぼくは2日の夕方5時からずっとグリシャム署の留置場にいた。
5) だからこの時刻にペギーをころすことはできない。
6) だらら犯人ではない。

そういって署長こまっていた。ぼくはこまってない。あのノートは未来からきた。警察官にそういってないがぼくはころしてる。これで確認きた。あのノートにころしたことがかかれてる。だから確実だ。間違いなくころした。しかし、この世界ではない。時間がちがう、おなじ村でだ。

ぼくは未来のキャノンでペギーをころしてる。ペギーだけでない。ボニーもフェイもコニーも。リンダもだ。性悪の女たちへの当然の報いだ。ころすことが神の願望を実現すること。それがぼくの人生だ。ぼくが地下のャノンで性悪の女たちをころす。するとぼくの手足は歯車やベルトをかいしてヤーハエの巨大な手足につながる。それが増幅され地上のティモシーでまたおなじことをする。あの性悪の女たちの体を引きちぎる。ぼくは偉大だ。イスラエルの神は偉大だ。

署長はダビデの星をかいてしめした。これがわかるか。はい、それはジュイッシュのシンボルか。はい。君はジュイッシュか。はい。署長はおおきく溜息をついた。

** 070900 Bの書、4日朝9時半、
*** 070901 病院で教授に謎の手紙が
病院。教授と刑事。解剖室、分析室。そこに警官。封筒を。病院の玄関で女の子が教授にと。え、女の子と教授。10歳くらい。この先の道でしらない大人からたのまれた。封筒の表にミタライ教授と。30歳くらいの男。ふうん。背のたかい男が病院にいるミタライという男に。名指しか。何故、ぼくに。さあ。了解、あとで。昨夜はずっとここに。そう。この部屋に彼と。今から仮眠室でひと眠り。化粧品の筆から指紋は。でた。ペギーの。ではあの図形はやはりペギー自身が。そう。警官がさる。

*** 070902 署長から、リンダが殺害と連絡
ベッドサイドの電話の音。元気か。誰。お前もよんだほうがよいとおもって。署長。おおい。今おきたばかり。ちょっと心配に。へえ。バラバラになったと。ああ。何時だ。12月4日の午前10時15分前。大変だ。ええ。すぐこっちに。ころされた。誰か。リンダ。リンドバーグ・スクウェア。ティモシー・インの裏。広場の中央にたおれてた。すぐ病院に収容する。すぐ表に。濃霧。はしる。リンドバーグ・スクウェアというのは四方向からきた道が縦長の広場で合流した場所。

*** 070903 現場の状況
広場に人だかり。署長、アーヴィンの後ろ姿。ヘイ、バーニー。リンダは担架で車に。体を切断されてなかった。だが奇怪千万。何が。こっち。レンガをつんだ花壇の囲いの上に。みろ。足跡がない。担架往復の足跡、この一筋は今朝自分がつけたもの。たまたま今朝、リンダを発見した。あっちの一筋がリンダ。彼女を発見した時。これだけ、ほかにない。足跡は往復でない。やってきてるだけ。へえ。連れの足跡はない。雪は夕べ3時から今朝の5時まで。そこにただ一筋だけ。

*** 070904 リンダ・スワンソン(L・B)とリンドバーグ・スクウェア(L・S)
その時、魔神の溜め息みたいな音。またあの不気味な吼え声も。リンダは刺殺では。絞殺。ええっ。まだ首に紐が巻きついてた。索条痕がのこり、喉骨がおれてた。即死。あるけるような状態じゃない。ええっ。異様な怪力。でも犯人の足跡がない。そう。私は気づいた。リンドバーグとリンドバーグ・スクウェア。L・SとL・S。

*** 070905 インヴァネスの病院に搬送
教授が何かつかんでくれるかも。いやグリシャムでないインヴァネスの王立病院。何故。リンダにはもう一つおかしなことが。車が霧の中にきえた。何。顔をにあかい湿疹、ちさな水疱がいっぱい。悪質な伝染病の疑い。専門の対処ができるおおきな病院にいれて隔離。水疱。そう。リンダ。そう。おかしなことだらけ。お手あげと署長。これは何だ。どうおもう。旧約聖書の中の話しか。ああ。これからどうすると私。まず朝食。ティモシ・インで。俺はお断り。絶望的な気持に。教授に連絡、もうすぐここにという。

** 071000 Bの書、4日、教授の提案
*** 071001 難問にお手上げ、教授が提案、モリソン家に
リンドバーグ・スクウェアに教授が。人波はひいてたが、空にはまだ魔神の咆哮が 。リンダの着衣に弾痕はと教授。ない。ふうん。何か。いやちょっとリンダのことをね。さっきわれわれは、これから先のことを相談。ふむ。この馬鹿げた騒ぎに決着。できないまでも。何。君はこの連続殺人に解決はいらないと。今、空にあるこの声は何。誰がこんな大勢の人間を。ここはちいさな村。よそ者はすぐわかる。どこで誰がこんなことをと私。ふむ。解決はほしいが。署長は沈黙。悪魔に魂をうっても。酒はどうだと署長。何。お前の断酒と引きかえに解決をおしえるという取引。この問題は保留にして。で。先生はこれを解決できますか。できる。へえ。これは城のちかくにすむモリソンさんの家にある。誰。ああ、夕べ、リンダがいってた。昔、売春宿だったという。そう、そこにいけば。でも様子がかわってる。40年前の昔と。封印された地下室がある。

まず腹ごしらえを。ご自由に。私はいい。モリソンさんの家はわかりますか。それはすぐに。では、お願いする。城壁の前で、1時間後に。夫妻にいって、壁を一カ所こわす許可をとって。事件の解決に必要。それからコード、ランプなども。

*** 071002 教授の説明に疑問を
ホースつきヴァキュームも。へえ。封印さたモリソン家の地下におりる。積年の土埃を吸いだす。ヘルメットや防塵マスクも。では。先生は。一人になってリンダのことをかんがえる。先生、一つ教えて。何。ペギーの玄関ホールの壁にのこってた血の手形、あれは。ペギー・カーターのもの。

食事だが、私は考えこんんだ。署長らとわかれ湖畔の道に。サイナイ・スクールの丘ではじめてこの声をきいた時は恐怖を。だが今はなれた。教授のいうことを私は信じてない。一つ心に引っかかるもの。あの血の手形が何故壁にあったのか。ペギーは刺殺、惨殺。なら、わかる。大量の出血。しかし絞殺。一滴の血も。犯人の手に血がついた。とすると彼女の死体を切断した。その時。ならそれは浴室か表のどこか。だったらその場所。玄関ホールでない。別の場所でついた血をわざわざ壁に。おかしい。

*** 071003 私はさまざまな疑問を
すると、あれは犯人の作為。なんのため。ここに死体があったと捜査陣にしめすため。では何故、わからない。もう一つ。

犯人を推定のため。こんなことかんがえた。村の皆んなのアリバイ・チェック。まず犠牲者たちの死亡推定時間帯を書きだす。そこにアリバイのない人物を書きこむ。でも、これは無理。リンダを別にして、ほかは深夜。こんな時間はベッドの中。当人に利害関係のない第三者の前に姿をみせない。思いはひろがるが結論がでなかった。

** 071100 Bの書、4日、モリソン家で発見
*** 071101 地下への壁穴をさがす、斧で穴を
モリソン家の玄関。警察の車。警官。署長。私は居間に。たぶんモリソン夫人。アーヴィン。教授は家中の壁を叩いてまわってた。教授、わかる。どこをこわせばいいか。簡単、あの壁の向こう側は表だ。この壁の反対側は隣室。境目のドアのところにたち、隣室に首を突っこむ。そしていう。向こう側がつかわれていない空間をもつ壁だ。ここも一見そう。だが隣室のクローゼットにつかわれてる。おなじくトイレの空間も駄目。こんな消去法で。教授は一カ所でとまった。音がかわる。あきらかに空間が。ここと斧をもった刑事。そう。ひどいなとおもわず私がいった。いやわれわれは夫人にもう一部屋プレゼントすると。穴があいた。風。もう一人も斧。おおきな穴。フラッシュ・ライト。茶色の石段。

*** 071102 地下室を発見
ヴァキューム。ヘルメットの2人。もどってきた男。下にまた壁。たぶんドアが。また斧。照明。やがて作業おわり。教授が下に。OKの声。こわされたドア。浴室程度の広さ。隅に小型のデスク。私、アーヴィン、署長。刑事、教授。ロドニーのくらしてた部屋。この梁で母親が首をつった。

*** 071103 ロドニーの部屋、城につづく地下道
より正確には母親が上で客をとると地下室においやられ、そこですごした。彼の真実の暮らしがここにあった。ふうん。今回の一連の事件の間も彼はここに。この部屋にこもり仕事をこなした。秘密のアジト。ほう。どうやって。皆さんそうおもうかもしれない。ここをつかった。

私にちかづき、かかんでスリットのはいった金属板を持ちあげた。この下に溝が。せまいトンネル。キャノン城建設当時に付属物としてつくられた。この家にとっては下水溝。城にとっては脱出口。これは城の地下につうじてる。蓋をもとに。デスク脇に。つまりロドニーは、外から城、トンネル、ここへと。彼はここに入りこみ計画のアジトとしてつかってた。

何の計画。村に舞いもどってたのか。計画とはここ数日みてきた一連のもの。理由は昨晩リンダがはなしてたこと。復讐だと。そう。母親はここでしんだ。自殺か他殺か、もう不明。ロドニーはこの村の民の総意によってモントローズの精神病院に押しこめられた。と彼はかんがえた。以降23年間、幽閉生活。その間、彼の精神にそだったのは復讐心。村への怨みはきえることがない。それが彼の精密画になった。彼はロンドンでこの村の絵をかいて有名になった。そこには復讐心があった。

*** 071104 怨み、復讐心、記憶により精密画をかいた、ロドニーは0711 逃走、だが証拠があると、机の中に日記
彼の驚異的な記憶力、記銘力はこの復讐心に起因。そして今、彼は時をえた。成長し有名に。母を追いつめ、ころした者たちは60代、老境た。彼は有名、経済力、行動力。かわらぬ復讐心。最良の時がおとづれた。ではロドニーが。では、つかまえなくちゃ。もうとっくににげてると教授。ええ、では証拠を、ここにあるのか。ある。かならず。アーヴィンが引き出しを。あっ。一冊のノート。日記だ。よんでみたまえと教授。11月29日、日付がかわっばかりの深夜、アーヴィンズがえりのボニー・ペニーを絞殺。ティモシー・インの自転車にのり城にはこんだ。そして倫敦塔に運びあげ斧で首筋や両腕のつけ根を傷つけ...。何。教授がノートをとり、よむ。馬鹿な。大声。

*** 071105 犯行の記述に教授が激昂、制止され、読みつづける、ボニーの犯行の詳述
ノートを引きさこうとした。警官たちがとめた。君、つづけてよんでと警官の一人が。で、私がよむことに。それら首の部分と両手首にロープを。岩を結びつける。両足首にもロープ。これは塔の壁にむすぶ。そしてボニーをおとした。足首のロープが伸びきった瞬間、岩の重みで両腕と首がちぎれておちた。また引きあげ。胴体と足だけになった体を、今度は足のつけ根に斧で切りこみをいれ、次に胴体に別の岩を。もう一度おとす。両足だけのこし、胴体もちぎれておちた。

両足をもち斧は地下のトンネルにかくし、城壁の下に。バラバラになったボニーを拾いあつめ袋に。これをかついで自転車にのり精肉工場にまわって、まず服をはいだ胴体を冷凍庫の豚の上に。つづいて教会に。今度は両足を礼拝堂脇の花壇の土に。死体の配達だ。ティモシー・インの自室にもどり両手は天体望遠鏡をいれたスポーツ・バッグにいれヴェランダに。首はあらかじめころして用意したペギーのプードルの体に。29日夜になったら自室のヴェランダからヒラギ の枝に梯子をわたし、これをつたって枝の奧に...」。つづけろと署長。

*** 071106 フェイの犯行の詳述
11月30日、まだ日付がかわったばかりの頃、オーロラをみるために自宅前の表に出ていたフェイを後ろからおそって絞殺。またかつぎティモシー・インの自転車にのってキャノン城に。斧で両腕のつけ根に切りこみをいれ両足をロープで固定。重しの岩を両腕にくくりつけ倫敦塔からおとした。両手がちぎれたら引きあげ、今度は両足のつけ根に傷を。胴体に重しをつけてまたおとした。少々手荒でも、ロープの跡が体にのこっても後で検死するのは自分。なんとでもいえる。斧は地下のトンネルに。また死体を袋に。深夜の配達。胴体は消防署の裏庭に両足はジャーメイン・ストリートの虎の看板に。両腕はグリシャムの飛行場。窓からセスナ機に。

30日の夜があけたら飛行場のフェイの両腕がまず見つかった。つづいて消防署の裏庭にフェイの胴体が。その次に精肉工場にボニーの胴体。最後は教会脇の花壇にボニーの両足が見つかった。

*** 071107 教授が殺人を告白するロドニーの日記があったはずと、御手洗潔が登場、本物と偽物
私はかんがえた。どうしてこんな記録がここに。次にと署長。
12月1日、ここまでは予定どおり。ところがヴェランダにおいてたボニーの両腕が煙突掃除人に見つかった。なんとかとりつくろった...。もう沢山と教授。ロドニーの手記があったはず。自分がすべてをやったという。フェイ、コニー、ペギーところしたという。そのことかい。刑事の一人がノートをだした。私がもってるものとにてる。こんなことをする男は。そうだねジョージ。本物の登場か。皆んな彼をしってるのか。警官だけさ、ジョージ。 君の演説の場面、ショーが必要だったから。わるいがしらせなかった。これで君の計画を見学させてもうらった。誰、彼は。自己紹介を。ミタライ教授、ウプサラから、いや日本からきたホームズだと教授。では、あんたが。ちょっと彼の真似をしてみただけと偽物の教授。

*** 071108 ロドニーも出現、偽教授の目的を暴露
名前は。いやと御手洗潔。ロドニーでもないあんたが何故と私。ロドニーの血縁か。否。では彼に同情して。否。どうしてここがわかったと教授。むろん彼にあえたから。左の男をさした。教授がみると防塵マスクを押しさげた。成程。彼に後ろ手錠をと御手洗。署長が手錠を。この斧はこっちに。ロドニーに再会しようとしたら「記憶の画家」ロドニー・ラーヒムはロンドンから行方不明。誰もしらない。さんざんさがしてサウス・ドッガーバンク島に一人でいた。発電機と保存食料をもって。ええ、それは何。訓練用の飛行場がある無人島。旅客機の操縦士の訓練につかってた。今はもうつかわない。ロドニーはここに一人で。絶対に安全な場所だ。何にというと、人にあわないから。操縦免許と自分の飛行機をもつ者以外、誰も。気紛れか特殊な目的をもった漁師か。彼はまったく人間界から隔絶。何故か。君の計画と目的の見当がついたよ、ジョージ。ロドニーを一連の殺人事件の犯人に仕たてるため。

*** 071109 御手洗とロドニーが来訪、逮捕の経緯を、教授の犯行と目星を
殺人の現場への不在証明をつくられては。だから隔離した。ロドニー自身は絵がかければ。この環境をよろこんでた。で、ぼくが黒幕と。そう。何故。彼のもとに押しよせた学者のうちセスナの操縦免許をもてるのは君とぼくだけ。飛行機でロドニーをかくす。サウス・ドッガーバンク島。完璧な場所をえらんだ。あれでは飛行機マニアのジョージ・ハイアンズが犯人と宣伝してるようなもの。沈黙。

やがて教授。何時ここに。おととい、2日の午後。彼と一緒。その時、一緒にここにも。もうすこしはやければ犠牲者の数をすくなくできたのだが。すっかり見ぬいてたのだろう。だったらどうしてペギーをすくわなかった。午後にここにいたなら可能だったはず。そうしたかった。でもグリシャム署の留置場にいた。ええ。警察はよそ者をさがしてた。警戒網に引っかかり一晩とめられた。犯人でないと署長を説得するのに丸一日かかった。だがおかげで署長の話しから君のかんがえてることの全貌をつかめた。

自分の名前をかたっている男がティモシー・インにいる。村中に死体をバラまいてると署長からきいたか。いや。そんなに親切では。では、どうしてぼくがティモシーに。ペギーの切断面。あれはちぎりとってない。斧。君としては不本意だったはず。そう、でも、できなかった。死体を城まではこべなくなった。ちぎりとるには倫敦塔が必要。しかし雪の上を自転車では跡がのこる。すべったり、タイヤをとられたり。うまくはしれない。それで運搬に自転車を使用しているとわかった。この村でよそ者があやしまれずに自転車をつかえる場所はティモシー・インだけ。、

*** 071110 私が手口の説明を、2種類の日記が存在
成程。私は混乱して話しにわってはいった。何がわからないと署長。まずサウス・ドッガーバンク島。ラーヒムさんが隔離。これがどうして犯人に仕たてることに。この手記のためだ。ふうん。では先程この教授がどうしてあんなにおどろいた。そっちのノートには一体何が。御手洗がノートを私に。それを。特に後半を。するとロドニーがボニー、フェイ、コニー、ペギーを惨殺していくくだりが。

*** 071111 教授はノートどおりに犯行、大変な無理をした
そう、この事件の特異性はころしてからノートをかいたんじゃないこと。殺人告白のほうが先にあり、この記述にあわせ説明のとおりころした。だからジョージは大変な無理をした。それは悪魔の子が悪戯したような奇妙奇天烈なもの。人間の体をバラバラに、頭を犬の体と縫いあわせたり消防車の上においたり豚肉の上においたり、そのノートの説明どおりにころし、死体をおいてゆく。ちがってれば犯人がちがってしまう。だから彼は夜もねむれない。犯人、探偵、配達人の3役をこなした。

*** 071112 コニー殺害の説明
さっき君はさえぎったが、コニートの首や手足のはいったバッグと、ついでに梯子もかついで自転車でサイナイ・スクールにむかって、あがるところ。圧巻、一番のよませどころだった。こんな超人的な努力。研究でやれば。それだけ見返りがあったと教授。学者の世界はきたない政治。この仕事は一人でできる。たった5日間。辛抱は5日。でもこれからすごす監獄はながいせ、ジョージ。君が出しやばらなければ、それはなかった。そうかな。

*** 071113 教授と御手洗の研究対話、
もしそうならロンドンの「記憶の画家」の症例にぼくがつよい興味をもつ。そんなこと君にもわかったはず。これはぼくの分野。何故、手をだした。ぼくも精神医学の学者。ぼくにも面白い。それに君が興味をもってることはしらなかった。ぼくの興味は君にしられないよう気をつけた。こんな配慮は役だたないようねがったが。だったらどうしてとめなかったと教授。ぼくがここにきたのは、君をとめるためだ。間にあわなかったが。

*** 071114 どうしてロドニーを犯人に仕たてられるか、どうしてロドニーが殺人の告白を
ちょっとまってと私。それでラーヒムさんをサウス・ドッガーバンク島に隔離。すると犯人に仕たてられるのか。ロドニーが名のりでる。それでおわり。今まで島でティモシー村の絵をかいてたと。そう。しかし彼が自殺すれば名のりでられない。つまり、女を5人もころした。それで。自殺。そうか自殺をよそおってころす。成程と私。だが、ちょっとまって。まだわからない。ころしてもいない彼がどうしてこんな手記を。ドクターとロドニー。ぼくにははっきりした記憶が。リンダをふくむ5人をたぶん。いや、ころした。リアルな感触。その愉悦がある。ぼくはあのノートを空想でかいたのでない。それは何故。どう、ジョージ。君の見解は。つよい偽の記憶の記銘がおこった。それはわかってる。問題はそれが何時、何故かということ。

*** 071115 何故殺人の記憶がうまれたか、御手洗の見解をもとめる
それは1995年、昏睡状態からさめた。その時、彼の記憶はリセット。いわば初期化。その直後、猛烈な勢いで想起、再生された最初の幻想があり、これを実体験と同等のエネルギーで彼の記憶分野に保持。だから彼はこれを事実としてしか再認できない。ふむ、ではこのクラッシュを彼の脳におこさせたものは。オランザビンだ。賞賛すべき仮説だ。おおくの学者はこれに賛成したがる。よほどのヘソまがりでなければ異論は。君は異論を。その発言は政治家のものだよ、ジョージ。多数派にはいりたいか。多数派でいるから政治が必要に。一人でいれば政治に用はない。ふん。一人で多数派と拮抗してれば、一対一でまける局面などかんがえることもない。君がいつもいう一匹狼の論理だな。そのあたりが君の限界だなジョージ。

学問やアートの世界はそんなもの。政治を持ちこむことこそ無理。ではその意見は。政治屋の凡夫にない圧倒的仮説を。ぼくの意見。君はいつも自信満々。あこがれたことも。今回のはどんな。意見かい。意見は言葉。圧倒的ではあり得ない。どのようにでもとれる余地がある。そうと御手洗。それを承知でいうか。そう。では説明を。ぼくの意見か。そう。

*** 071116 斧をふるう、あたらしい地下室が
ぼくは何も。いう気がないか。にげるか。否。この斧が君にいう。ええ。その斧を私の頭にと教授。君には裁判をうける権利がある。斧がかたる真実を否定しないね。女たちもそうだったと教授。状況がちがう。40年も前のことを裁判にかけらない。そうおもうか。なら脇に。斧を壁に振りおろした。手つだって。御手洗は防塵マスクを鼻まで引きあげ、また斧を。すすんでゆく。さっきとまったく同じ。空洞があいた。

ライトを。あっ。そこには床一面にディオラマが。床全体をぐるりと模型機関車のレール。レールの輪の中、周囲に。無数の玩具の家々。模型の木々。それらにあつく雪が。ディオラマは真っ白。でもそれは埃。壁には三角形の旗。宗教絵画らしきもの。中にはいる。御手洗、署長。刑事、教授。ロドニー、私、アーヴィンも。

*** 071117 ロドニーのキャノン村が、空想の復讐を日記に告白
君のキャノン村、ロドニー。君のママが買いあたえた当時最高級の玩具群。君はこれをつかってここにティモシー村をつくった。君が自由に振るまえる約束の地。フラッシュ・ライトが一本の樹を。これがヒイラギ。隣りにある家はティモシー・イン。そしてこの樹の枝の奧に犬の体と接合されたボニーの顔が。ふうん。頭部だけ。犬の玩具に女の人形の頭部が。これがサイナイ・スクール。これが時計台。その屋根のとんがり部分にコニーの頭が。消防自動車。その上に手足をもがれたフェイのが。コニーはこれ。壁の時計をてらす。振り子時計だった。文字盤の下のガラスのケース。中にペギーの顔。おおう。傑作はこれ。床の一部を。ドイツのタイガー戦車。砲塔のハッチの蓋がひらき、そこから人形の2本の足が突きでてた。タンクだ。給水タンクでない。戦車(tank)のこと。さらにこれ。置物の虎。その上にもがれた2本の足。

*** 071118 日記を教授がロンドンのアパートで発見、これで教授が殺人を計画
望遠鏡はこちら。三脚でたってる。真上をむいたレンズに人形の腕が2本 。象はこれ。置物の象の上に2本の足が。これが豚の貯金箱。これが飛行機、バス、これが貨物列車。ロドニーと御手洗。君は子どもの時、この悪戯をノートにかいただけ。それをソーホーの君のアパートで見つけたジョージが、これをつかった今回の計画を思いついた。君はころしたのは人形と一言もかいてない。君には文才があり、文字も上手だ。子どものものと思えない。だから誤解。ジョージ、大変だったね。人の体は簡単にちぎれない。無言。

*** 071119 あたらしいノートは御手洗が作成、リンダは無事
こっちのあたらしいノートをかいたのはと私。ぼく。留置場の中は退屈。これがリンドバーグ・スクウェアか。署長がティモシー・インの裏手にフラッシュ・ライト。そこには手足も首も無事な人形が仰向けに。リンダ。これはしらないと教授の声。リンダの死はノートより1日はやかったからね。御手洗がさっきこわした戸口に。リンダ。彼女は無事だった。

* 080000 Bの書、エピローグ、御手洗と犯人の対話
** 080100 Bの書、留置場での対話
*** 080101 教授に連続殺人の目的をきく、反論が
鉄格子越しに教授と御手洗が対話。君の仮説はおおむねただしい。しかし初期化された彼の脳にやってきた最初の幻想は、ただの空想ではない。実体験だったと御手洗。私は御手洗の脇にたってた。何故、あんなことを。どういう利益がと私。どうなんだい。ロドニーの身内でない。その境遇に同情したわけでない。それともユダヤ教徒なんですかい。ちがう。わからない。何故。キヨシ、君はわかってるか。君はロドニーがやってないことを証明した。だがぼくはまだまけてない。ロドニーが犯人と主張する陪審員がすくなくなったろうが。ペギー殺しの時は檻りの中だったらしいから。犯人はぼく以外にいるかも。いやどこかにある録音マイクにむかっていっておく。

*** 080102 ペギーのダイイング・メッセージの謎
犯人はぼくでない。何故ならペギーがしめしてるでないか。ダイイング・メッセージで。犯人はジュイッシュだと。ロドニーでないなら、彼以外のジュイッシュ。彼女は死の間際、ダヴィデの星をかいてた。化粧品をつかい。右手人差し指で。君はこれをどうかんがえるかと教授。黄色の化粧品、そしてかいた場所はブルーのカーペットだ。無言。わかったようだね。首をしめられ、もうしんだと判断。犯人に放置。そんな人間があんな複雑な図形をかけるか。沈黙。犯人でもない男が、ぼくがかいたノートをみて何故あんなに取りみだす。想定外のものをみれば。当然の反応。

*** 080103 スウェーデン国旗の十字をかいたのを教授がダヴィデの星にかえる
ほう、あれがどうして想定外なのか。はじめて地下室にはいった君なのに。他の人間の名前がかいてあればおどろかない。しかし、あれはぼくがやったとかいてある。おどろくのは当然。ジョージ・ハイアンズとかいてない。沈黙。まって先生、ペギーのダイイング・メッセージは。

コニーと同様、ペギーはとんでもないものをみた。信頼してた警察関係者の一人が犯人だった。スウェーデンからきた教授だった。なんとかしらせたい。そこでロウブのポケットの化粧品のパッケージをあけ、くるしい息の下で黄色をえらんで絨毯に指で十字をかいた。へえ、十字を。そう。何故かわかる。いや。十字のクロス・ポイントは上下線では中心だが、左右線では左によってる。絵をかいて私と教授にしめした。これぐらいならかける。黄色の十字にブルーの地。何か。スウェーデンの国旗。そう。スウェーデンからきた人物だといった。

*** 080104 御手洗が犯行の目的を説明
でも、あれはダヴィデの星。そうかな。十字をのこしたペギーをみてあわてた。しかしかんがえた。ペギーの指をもち化粧品をつけてこんなふうに。かいた絵を修正した。このとおり。ダヴィデの星。これが星がゆがんでた理由。成程。三人がすわり、対話がつづく。

君がこんなことをした理由だね、ジョージ。犯人はあがった。ぼくは、この他のこと、あまり興味がない。警察がやればよいが、もうすこしはなす。まず全体の構造。

*** 080105 まずロドニーを犯人に仕たてる手口、犯行の実施
すでに存在したロドニーの告白手記を活用し、そのとおりの事件を君がおこした。そしてその手記が自分の殺人の後、ロドニーによってかかれたと主張する。すると殺人もまたロドニーがやったことになる。だから君は5人すべてがしんだら、あの地下室に皆んなを案内し手記をみせるつもり。ロドニーには過去のはっきりした記憶がない。彼が精神に障害をもってることは周知。ロドニーが死に、あの手記があらわれる。これでうまくゆくだろう。君は大学教授でイギリスの筆跡鑑定者がロドニーの自筆と保証するだろうし。成程。だがそのためには手記どおり完全に再現する必要がある。

*** 080106 真の狙いはペギーだけ、義理の姉、幼児期の不幸が怨みに
そこで君はころしたくもない女性を何人もころした。そう。君がころしたかったのは一人だけ。へえ。それは誰です。これが君が事件をおこした惟一の理由。それはペギー・カーター、旧姓でペギー・ハイアンズ。彼女は君の姉か。腹違い。ふうん。君は子どもの頃、ハイアンズ家をだされた。だから向こうは顔をしらない。施設にはいったのか。ああ、そんな話しは退屈。とにかくひどい人間たちだ。ペギーもその母親も。ぼくは動物。ペギーがスウェーデンにいった、ぼくもいった。復讐の機会があるかと。だがなかった。彼女は女優として成功。君はちかづけなかった。だがその地で大学教授となった。そう。

*** 080107 弁論の手掛かり、リンダに過去の犯罪を告白させると
だが学問の世界は魅力的でなかった。子どもの頃の怨みをわすれさすほどは。ただし、これは殺人の自白でないぞ。へえ、自分の復讐のために3人を巻きぞえに。いや、あの女たちはひどい。まずナオミ、ロドニーの母親をころしてる。それから梁にぶらさげた。その証明はむずかしいね。告白する。ぼくが一対一で尋問すれば。成程、サヴァイヴァーズ・ギルト(仲間をうしなって生存した者の罪意識)をつかうつもりか。彼女には目撃した光景からの惨事ストレス(PTSD)も。ここをつけば。殺人事件の被告にはゆるされない。では裁判までに別の主張をかんがえる。リンダという証人がいる。彼女がいなければこんな計画はかんがえもしなかった。かんがえることはかんがえたわけか。ああ。だが実行にうつしてない。リンダをころさなくてよかったね、ジョージ。一縷の望がある。

*** 080108 御手洗の匿名の手紙、教授への圧力
子どもに駄賃は。それは作り話し。するとあの警官はしってたわけか。しってた。あの仏礼拝図を寄こせといってもよかったが、君が反対するとおもってね。そう、あれは価値がある。そう、大変なもの。値段をつけられない。カブールの国立博物館を代表する。へえ、では国宝と私。そう。どうしてそんなものがここに。しらない。ジョージ、君はしってるか。

*** 080109 ペギーは国外流出の美術品を入手、教授がそれに目をつけてた
彼女の後援者の一人がパキスタンの大物政治家だった。美術品の蒐集家としてもしられる。たぶん彼をかいして。ふうん、石膏製のメダリオンもあった。ひと財産だ。仏礼拝図はうまくすれば大金になる。それは違法ではと私。さらにどうして国外に。戦争。1979年のソ連のアフガン侵攻。その後の内戦が20年間つづいた。特に1992、93年がひどかった。イスラム原理主義者が跋扈した。偶像破壊をもくろむ者により文化遺産が破壊され、一部は国外に流出した。

文化遺産の国外持ちだしを禁ずる条約がある。しかししらずに買った者を免責する条項がある。ふうん。では違法でない。今のところと御手洗。その大物政治家が仏礼拝図をペギーに託したなら、違法というより緊急避難と教授。そのまま国内におけば破壊。問題は、秩序が回復した時、ペギーがおとなしく返還するか。君ならと御手洗。条件次第と教授。

それに仏礼拝図はインドのもの、アフガニスタンのものでない。それはどうかな。当時アフガニスタンは仏教国だった。君の断定は疑問。手ごわい君にうつるよりペギーがもってたほうがよかったろう。手紙というのは。何故、彼にだしたのかと私。リンダがころされたようにみせるため。あるいはロドニーの手記より1日はやい。だからジョージが手をだすはずはない。何故そんな芝居を。

*** 080110 何故、御手洗が手紙を、教授への圧力、事態の展開をうながし、犠牲者をへらす
リンダの命をまもるため。君とアーヴィンがうまくジョージをのせてくれるため。それにジョージの計画終了をのんびりまつ気になれなかった。何かでわれわれの存在に気づき、計画を放棄して4日朝に高飛びするかも。4日朝の時点で署長が彼の前にいき被疑者として逮捕してもこちらがつくる推察のストーリーを否定されるおそれ。きたるべき法廷で優位にたつために彼の逮捕は計画の全貌をみた後にすべきだった。

*** 080111 美術品こそ泥からの手紙をよそおう
ふうん。そうか。まだわからないことが。日記のとおりにリンダをころさないと、さっきのジョージの演説はなかった。ああ。ところが日記のとおりにリンダがしんでは不安を感じたジョージが逃亡するおそれも。不安。つまり自分の計画を誰かが見ぬいたと。成程。だから見ぬいてる者が味方だとジョージにつたえてやる必要が。多少目端がきいても美術品ほしさのこそ泥だ。なら安心と。そこであのような手紙を。成程。完全なものかと教授。リンダがあんなふうにしねば、計画を察知されたと逃げだす。逃げだせばどうなる。あきらかな犯行の自白。グリシャム病院にいけば。警察隊が厳重に警護。もう質問はないかと私に。

*** 080112 あの魔神の咆哮は
いえ、あの魔神の咆哮は。御手洗がポケットから鈴ににたものを私に。クルミ大、瀬戸物、表面にスリット、底部の両側から針金が飛びだしている。中国の鳩笛。へえ。鳩を1羽ずつつかまえて尻尾の羽に、この針金で笛を固定。そうしてとばすと風がこの笛のスリットを通過する。おおきな音。それが何10羽にもなるとあんな不気味な咆哮。鳩は集団でおなじところをぐるぐる旋回する習性。音はいつまでもきこえる。中国人はこれに目をつけて中世の頃、北京で王侯貴族たちがさかんにこの遊びをたのしんだ。

*** 080113 裁判対策、犯行の証拠品、痕跡の収集を
ジョージは中国旅行時に大量に購入。成程。ほんの手品。でも鳩はどうやって。ネットをもってキャノン城にいく。そこは鳩のアパート。ではティモシー・インにもどりたいと御手洗。まだ教授の部屋が御手洗教授名でリザーブ。いや、人間の首と犬の体を縫いつけた作業場は。別の部屋を。リンダにたのめばいい。

それに浴室、洗面場。血液のルミノール反応が。きちんと調査を。凶器も一つのこらず確保。まだ斧が見つかってない。たぶん最後の現場、ペギーの家のちかくだろう。キャノン城で鳩笛の回収。ボニーの首、犬の体を縫いつけた針と糸も。Yの字をかいたナイフ。配達につかったバッグ。それから指紋入りのロドニーの手のひら。そう、あれは何。ペギーの家の壁の血の手形は。あれは以前ロドニーの裸の上半身を石膏でとったことが。その時、手だけを別に複写。ジョージはこれを入手。そこで駄目押しで。余計な仕事。これらはティモシー・インの自室に大半はあるはず。私は署長がこれからコマ鼠みたいに精勤する。先生もつかわれるといったら、溜め息。あきらめたよう。

*** 080114 犯行の記録となる日記、手記も
犯行の細部を説明した原稿は。それはぼくのノートとロドニーの手記。ではと御手洗。リンダへの尋問が可能となるようはたらきかけてくれと教授。それはことわる。ロドニーがはなしてくれるかも。ぼくのために何を。すべては自分でやれてことか。ドアがあく。こちらにと署長。ではお別れだ。
(物語おわり)

* 090000 感想
壮大な構想のもと精密な細部をえがいて齟齬をきたさない。整合しておわる結構に、あらためて作者の圧倒的知力をかんじる。正直に告白するが、はじめてよんだ時、何となくぼんやりとした物語り、探偵役をえんじる医者が偽物であり犯人だったという、いわば禁じ手が印象にのこった。あらためて筋を丹念におうと、これほど精密に作りあげられてるとはと印象がかわった。好作品である。

* 100000 テーマ
テーマは低セロトニン、高インスリン、低血糖。側頭葉癲癇の障害をもつ主人公ロドニーをどのようにして、すくうかである。子細にみれば、成長期のトラウマの解消であり、そのため原因をなした村に帰還。そこで生じた冤罪の解決である。冤罪ははれた。しかしトラウマの解消はどうだろうか。

1) 約束の地をもとめ移りすんだ村にもどった。しかし母の死の真相は解明されず、まして家庭の崩壊をもたらした中東の混迷や宗教対立にまったく役だってない。
2) 空想の世界の復讐がトラウマとなってた。真実の解明が軽減に役だったが、その解消は中途半端である。
3) かりにトラウマが解消あるいは軽減されたとして、作家活動の活力減少につながるかもしれない。

ネジ式ザセツキー(blog、2014/12/31)の主人公エゴン・マーカットが、自分が巻きこまれた事件の真相をしり、恋人ルネスのもとにもどってゆく。この終わりと比較して物たりない。

* 110000 評価
1) 原理的に可能か、2) 現実にあり得るか、について特段引っかかるところはない。なので物語りとしてどう成立してるかをかんがえる。

2) 主人公の復讐心の爆発。これ程までにあるのか。ヤーハエは圧倒的な力でイスラエルの民をすくったが、復讐の神でない。それは主人公の心の中にうまれたもの。神はゆるしてないとおもう。主人公の障害、不幸な境涯に起因する側面がおおきいとおもう。空想とはいえ残酷すぎるとかんがえる。
3) ロンドン、無人島での御手洗との対話をつうじ、たかまる心の葛藤が主人公を村にみちびく。思い出の中にある不思議な風景、絵画の中にすむ無人島の人びと、光速ロケットからみえる宇宙の姿など、これらが反映した複雑な心理。村への帰還にどうつながるか。よくわからない。
4) 子どもをかかえた母親が地縁といいつつも、スコットランドの村にうつる。この追いつめられた心理は何なのか。生活のためとはいえ、売春宿を経営し村の女性の反感をかう。そこまでするか。だったら財産がある。ロンドンのような都会にうつりジュイッシュの地域社会にたよる選択があったようにおもう。
5) 他方、もう一人の主人公の教授も復讐にうごかされ、村にやってくる。ここにいたる心理もよくわからない。御手洗との対話の中に両者の葛藤がある。これも犯行の遠因か。

要するに、物語としてのまとまり、最後の盛り上がりにかける。推理小説の読後感に大切な爽快感がたりない、とおもう。

なおボニー・ペニーとペギー・カーターの混同(98p)、バール神とエルとの混同(290p)があるようだ。
(おわり)

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謎解き島田、UFO大通り [島田荘司]

* 010000 はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

* 020000 鎌倉署刑事課猪神俊正の捜査日誌
** 020100 昭和56年4月10日から
*** 020101 4月7日に造田が小寺に襲撃、入院、聞き込み
4月10日の記載事項。K会鎌倉中央病院。湘南オートガスKKのチーフ、造田信義に面会。本人の言い分。4月7日午前1時頃、由比ヶ浜のコンビニ、セブン・イレブンの駐車場で、元部下の男から殴打暴行。左上腕部、左肋骨1本を骨折、左足首にひび。事件にしたい。造田は湘南オートガス材木座のチーフ、犯人はこのスタンドに昨年末まで勤務。極楽寺、極楽寺3丁目在住の小寺隆。この男が準備してた鉄パイプで殴打暴行。材木座の湘南オートガスは、ほぼタクシー専用の給ガス所。小寺は夜勤専門要員。勤務がきびしいと去年末に退職。

何故暴力、元社員と喧嘩か。ない。柔道をやってたか。当り。ふうん。どうしてやられたのか。相手が武器を。それで武道家か。不注意。相手の動機は。自分は新人のバイトの教育係。逆怨み。ふうん。深夜は気がたってる。店内で喧嘩か。否、喧嘩でない。表で注意。やつはやめて10年だが。元暴走族。怠け者。それでクビに。そう。うらまれた。然り。コンビニの駐車場でばったり。話しかけると、いきなり鉄パイプ。目撃者は。なし。逮捕して。小寺はふだんから暴力を。不知。本官は病院から湘南オートガス。聞き込み。小寺をしる者はない。ただ一人、依田を発見。話しを。要領をえず、断念。

*** 020102 4月13日、同僚に聞き込み、トラブル
依田の勤務終わり。同僚のいない場所で尋問。夜勤はきついので喧嘩が。やめる者も。残りの者にしわ寄せ。これからいうことは秘密に。了解。小寺はかって半年間、暴走族。しかし勤務態度は良好。他方、造田は表向きはともかく、よくいう者がいない。威圧的。暴力を。本官がいう。教育はきびしいもの。否、あれは教育でない。弱い者いじめ。自分も暴力を。小寺がやめたのも、そう。しかも小寺はやめる前、造田をおこらせた。仕返しを口に。しつこい奴。本官は女々しい態度を注意。

** 020200 5月5日、小寺の死亡
*** 020201 5月5日、小寺が死亡、
小寺が寝室で死亡。急行。小寺の家は。日本家屋。四畳半の自室。中から小型のかんぬき錠で施錠。布団の中で死亡。発見の経緯。昼前におこしにいった婚約者。返事がない。錠をこわしてはいる。死体を発見。小寺はしろいシーツを体にぐるぐるにまいてた。オートバイ用のフルフェイスのヘルメット、バイザーをぴったりとしめてた。首にマフラー。両手にゴムの手袋。天井からは、ちぎってはったガムテープの切れ端が、まるで逆さの森のようにぶらさがってた。婚約者、柴田朱美に。何のまじないか。不知。で考える。自殺か。否、それこそ狡猾な造田の仕業か。

外傷はない。しかし毒物注射の跡。何らかのショックによる突発性心拍停止。ただしその理由。不明。朱美にきく。最近の小寺。体調は。病気は。特に心臓に持病は。何もない。部屋に1つの窓。スクリュー錠。きつく施錠。窓と窓の間の隙間、窓と窓枠との隙間。ガムテープがはられ、ふさがれてた。部屋は厳重に密閉。本官の考え。造田対策。造田はLPガス屋。ガスのタンクを部屋の窓の外に。就寝中に部屋に注入。これを小寺は警戒。ならば、ヘルメットは。元暴走族。これで悪者と世の中にアピールしたい造田の仕業。ころしてから、わざわざかぶらせた。部屋にあったヘルメットからの思いつき。すぐ解剖に。ガス中毒なら。血液中に異常。あるいは毒物注入の跡が。

*** 020202 造田を尋問
都合のわるいこと。小寺の部屋。内側から小型のかんぬき錠。これは、ドアをしめたら、ドア側についた金属製の小型かんぬきのつまみ部分をもって右にスライド。柱側にある軸受けにおしこむ形式。バーはさび加減。横にすべらせるのはきつい。挿入したらつまみをもって、下方に半回転。下にきられた溝にはめる。死体発見時にはこれは、きちんとはまってたよう。密室トリックの糸による仕掛けが成立するか。ない。で、造田のアリバイである。

4日夜から5日朝。すでに退院。アリバイがない。きく。自分でない。しかし密室のことをしってた。本当か。やってないか。現在はLPガス屋、かって土建屋。部屋の小細工は容易。やったか。ない。とりあえず、おわり。

*** 020203 5月6日、解剖結果に異常なし
解剖の所見。外傷はない。胃、内臓、血液中から毒物反応。なし。命にかかわる持病。なし。では、まったくの自然死。すると何らかのショックによる心拍停止。ということ。否、造田のトリック。何らかの方法でショック。とにかく解剖を念入りに。元暴走族。シンナー、シャブかも。

*** 020204 5月8日
小寺の家の一軒おいて隣りに小平ラクという老婆。彼女がいう。7日に家の目の前の正面で宇宙人が戦争してた。空飛ぶ円盤。テレビに登場、しゃべってた。朱美によれば小寺もその類の話しがすき。でも二人はしたしくなかった。嘘としても、それなりの訳が。要注意。では何故か。実は老婆は造田の知り合い。造田の完全犯罪に協力。陽動作戦か。本人にあった。要領を得ない。この線は断念。

また造田とは一面識もない。本当らしい。宇宙人といいはる。なので自衛隊、付近の交番、保健所に民間の各種ボランティア団体に電話。7日の早朝に極楽寺3丁目の山に出動したか。なし。やはり。一人暮し。さびいしい。世間の注目がほしい。といことで骨折り損。

* 030000 ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。

UFO大通り

UFO大通り

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2006/09/01
  • メディア: 単行本


* 040000 UFO大通り
** 040100 5月9日、少女の依頼
*** 040101 Nロケットの爆破のニュース
昭和54年(1981)。わたし、小説家石岡和己が、あの事件の痛手がいえ、御手洗と共同生活をはじめた頃。5月9日。日本のN2ロケットが打ち上げ。成功、だが成層圏で爆発。原因不明。民間の国防研究所というところから何者かにより意図的に爆破という主張が。御手洗にきいた。

ロケットはナチス・ドイツが最初に開発。戦後、その技術がソ連、アメリカに二分。両国の独占状態。戦後、日本もロケットの開発を。だが、そのエンジン部分はアメリカの技術。その中身を見ることはゆるされず。ブラック・ボックス化。で、独自技術で開発を目ざす。できたのがN2ロケット。今回打ち上げ、爆発。

ふうん、撃墜されたか。否、しかし北朝鮮、中国にその願望は。なら、あり。日本は平和目的に限定と。しかし軍事目的に転用が可能。米国からみてもソ連以外に人工衛星打ち上げ成功、脅威。ソ連ほか共産圏にとっても脅威。今回の失敗は好都合。さらに爆破の破片回収など採取もない。なら次回の打ち上げの成功もより困難。つまり、これは日本のロケット打ち上げが抑止力になってる証左。で、とぼしい家計をやりくりしてる主婦が旦那を空手道場にかよわせるようなもの。成程。

*** 040102 地球外生命対策研究会が宇宙人がやった、地球人は防衛を
その後、奇妙な展開が。UFOおよび地球外生命対策研究会という一種の宗教団体が信州の山中で国道を閉鎖、電磁波を測定するとパラボラアンテナを設置。その主張。N2ロケットの事故は地球外生命体による妨害、彼らは日本列島を地球侵略の足がかりに。日本人の絶滅を計画。支障があるから撃墜した。彼らは全身を白布でくるむ。大型のマスク、ゴムの手袋も。そのようにすれば宇宙人が常時放射してる電磁波から身をまもれる。この電磁波は日本に重点的に。このままでは日本人は数年で体も精神も破壊。殺しあい、集団自殺して自滅。会員以外もそのような服装を。しろい布でつつんでれば飛躍的に危険が減少という。そうかときく。

かも。恒常的に電磁波。DNAのコピーの際にエラーの確率が。このような団体は世界中に。しかも人間は宇宙人の遺伝子操作により地球に誕生と。カナダの団体、スイスの団体。そこに友人も。へえ、本当なのか。午後に散歩。馬車道から天神通りに。御手洗がいう。君、ガールフレンドができたのか。えっ。

*** 040103 二人が少女とあう
否。ほう。できる訳ない。へえ。君はうるさい小姑。ぼくにかかってくる電話、手紙、皆んなしってる。どうして、そう思った。デートをぼくにかくす方法は、いくらもある。スニーカーはセブン・イレブン。革靴は伊勢崎町の小学校。今日は革靴、小学校か。何故いちいちかくす。小姑がうるさいから。何故、小学校だ。ではどこで。ええ、映画館とか。ふうん、アニメをみて、帰りは公園の滑り台だ。ええ、ぼくの彼女は幼稚園児か。否、もっと年上。で、こっちへきて。御手洗がふりむいて10歳ぐらの女の子に声。何か用か。ゆっくりとうなずく。ぼくたちが誰かしってる。うん。誰。御手洗さん。で、こっちは。石岡君。当り。皆んな御手洗さんにきてみたらって。それはクラスの皆んな。うん。

*** 040104 喫茶店で事件の依頼
わからない宿題。否。では事件。うん。ながい話し。うん。ではあの喫茶店。当時はあった店。三人は店の奧に。お名前は。松島めぐみ。めぐみちゃん。あるきつかれたでしょう。笑った。部屋がわからなかった。うん、ちょうどでてくるところが見えたから。よくぼくらがわかったね。前に雑誌の写真で見た。そう。でも声をかけにくかった。うん。どうして。有名な先生だから。へえ、ぼくらが有名か。皆んなしってる。そうか、で、相談は。ええっと。お婆ちゃんがね。成程、お婆ちゃん。

*** 040105 お婆ちゃんの話し、宇宙人、UFOがとおる
家の外にいつもUFOがとおるって。えっ。はっ。UFO。うん。家の前の道。うん、いつもUFOと宇宙人。ちかくに家がある。ふうん、宇宙人の家。君の家は。極楽寺、鎌倉の。極楽寺に宇宙人の基地があるのか。うん、裏の山にUFOがおりてきて、それからすみついた。そのお婆さん。君のお婆ちゃん。ちがう。近所のお婆ちゃん。名前は。ラクさん 。小平ラクさん。極楽寺のラクさんか。そのラク婆ちゃんの家の前をUFOがとおるの。うん。何度も。うん、おおきいUFOが道をはしって、後ろに宇宙人が3人のってる。宇宙人はどんな格好で。ならんでたってた。ははあ。それはお婆ちゃんが君らのために面白い話しをつくったんだ。絶対にちがう。絶対。うん、絶対。どうして。

*** 040106 テレビに出演した、老人ホームにいれられそう
女の子はカバンからVHSのビデオ・テープをテーブルの上にだした。これは。テレビのUFOナマ特番。お婆ちゃんがでてる。テレビで話したの。そう。これは何時。昨日。お婆ちゃん、テレビにでた。テレビ局までいった。否、極楽寺にテレビ局の人がきた。それでお婆ちゃんの家でインタビュー。そのお婆ちゃん、家族は。いない。一人暮し。そう。子どもはいないの。いる。横浜の方に。それでお婆ちゃんは老人ホームにいれられそう。その子どもに。そう、ボケたからって。で、お婆ちゃんは同意した。いやだって。ボケてないって。わたしたち、お婆ちゃんちにあつまる。いつもしっかりしてる。話しが。いやか。君たちはどう。いやだ。わたしたち毎日あつまってる。いなくなったらこまる。さびしい。ボケたっていわれるのは皆んなに宇宙人を見たといったから。そう。でもテレビにでていいっただけ。ああ。テレビでいえば充分だな。御手洗がしばらく沈黙。で、きく。何時。

*** 040107 戦争してたからテレビ特番に電話した
明け方。縁側から。そう何度もか。何度か。縁側から道が見えるのか。縁側にガラス戸、ちっちゃい庭。うん。庭に生け垣。木がうわってるがまばら。そこで表の道がよくみえる。じゃあ縁側からかなりはなれてる。見間違いかも。ううん、だってすぐそこ。そうか、テレビでいったのはそれだけ。否。へえ、あと何。宇宙人が戦争してるところも見たって。戦争。うん、おととい。それは5月7日。うん、それでお婆ちゃんがテレビ局に電話したの。わざわざ電話。うん、わたしたちも前からいってたから。君たちも、UFO見たからUFOナマ特番に電話したらって。そう。そうしたらUFOのみなず、宇宙人の戦争まで見たから電話したと。そう。じゃあ、君たちにも責任がある訳か。うん。少女が沈黙。5月7日にどんな戦争を見たのかな。婆ちゃんちの前の山で。家の前に山があるのか。うん、山、木や草。。そうか、そこで。そこで宇宙人が戦争してたの。誰と、地球人。しらない。でも、どうして戦争とわかった。

*** 040108 光線銃、火花、煙、宇宙服、ヘルメット、老人ホームにいれられないよう、助けて
宇宙人はいっぱい。光線銃。火花がちって。あたりは煙で何も見えない。へええ。本当。本当。煙はどれくらい。霧、街中皆んな見えなくなるほど。でも君が見たわけじゃ。ない。ねてた。でも婆ちゃんが。婆ちゃんはもうおきてた。早起き。夜も早寝。でもそれがどうして宇宙人と。夜があけたら、皆んないそいで、にげたみたい。縁側で見てた。銀色の宇宙服。ヘルメット。体がすごくおおきかった。すごく背がたかかった。御手洗が真剣にきいてた。

婆ちゃん、毒ガス。心配。でも大丈夫だった。匂い、異常なかった。うん。病人は。いない。そう、よかった。でも婆ちゃんは老人ホームにいれられちゃう。そうか、それを何とかしてほしいのか。うん。宇宙人はいる。ボケてない。こう証明すればいい。そお。婆ちゃんは嘘つきじゃない。そのとおり。でもねえ。ボケてないよ。宇宙人はいるよ。

** 040200 お婆ちゃんの家に、話しをきく
*** 040201 約束、お婆ちゃんの息子はひどいか
返却を約束して、めぐみちゃんからテープをかりる。彼女は駅に。散歩を再開。御手洗がいう。ラク婆ちゃんが養老院に。自分たちのせいと必死。この息子、あるいはでないかも。とにかくひどいと石岡。UFOにのった宇宙人を見た。これで充分。母親が心配、遠距離、念のため、医師、ヘルパーのいる施設に。でも本人がいやがってる。そのとおり。しかも心配は、その家か、売却金か。だとして、ひどいか。その息子は生活苦かも。ぼくらもいろんな理由を。さまざまな価値観が。そこからつまみ食い、組み合わせ。これで正当化。道徳はいいかげんと御手洗。うん、でも。UFOと宇宙人を見たといったら。君は信じてたはず。然り、でも極楽寺で宇宙人が戦争。UFOを信じて戦争は信じない。そうか。変かな、でもUFOは平和使節では。映画ではね。これは映画、未知との遭遇のこと。それだけが理由でないがと石岡。

*** 040202 まだよくわからない、まず材料を。
まだ材料不足。なのに見当つけて推論。愚か。変に経験に自信、経験の範囲からでれない。結論先行、材料見繕ろいに。もしちがってたら面子意識が発動。ますます意固地。過去、犯罪捜査の誤りの大半はそう。材料不足、なら見当はつけない。これが肝要。で、あそこの駅から電車に。へえ。どこに。極楽寺。一刻もはやく現場周辺に。桜木町駅に。散歩にはやくでた。さいわい鎌倉駅についても陽がたかかった。江の電で由比ヶ浜、長谷。石岡がきく。君がさっきいった朝鮮の正義とは何。

韓国とする。たとえば進出した日本企業が、現地採用の社員の勤務態度が不真面目。そこで慎重な勧告の末、解雇。としても仲間の誰かが日帝36年と口にする。すると正義は即刻向こう側。マスコミの論陣。半島植民地化のいきさつ、支配時代の日本の悪徳。すると勤務態度なぞなんだ。という話しになる。北朝鮮なら。N2ロケットをうちおとす。正当化の理由はおなじ類。ある日本帰りの人物。宴会の席。酒の勢いで日本の新幹線につきはなす。朝鮮の列車技術はおくれてる。ついもらした。即刻、警察に逮捕。収容所入り。政治犯として。そう、親類縁者も連帯責任で。収容所内で強烈な道徳観による殴打暴行。思想矯正。それで拷問死したときいた。

成程。でもどうしてそこまで。儒教の礼をわすれ、ありもしない電車の嘘。金首領樣に恥をかかせた。堕落した商業主義の日本を賛美した。へっ、新幹線は事実。でも北朝鮮国民総体がたしかめてない。だから証明となってない。それはひどい。まだ日本はましか。どうだろね、石岡君。なんだい。この窓の外。電車はずいぶん家々の軒先をかすめてはしる。うん。

*** 040203 江の電の歴史、エゴイズムについて話す
何故。ううん、土地がなかったからか。開通は明治35年、土地はあった。これは当時の主要交通手段の人力車。その車夫が大立腹。自分たちの生活手段をうばう。電気で車がはしるか。妄想。非常識、馬鹿、危険、ブルジョア的。足ではしる人力車で充分。と立腹。当然だろ。北とおなじ。ううん。彼らは命がけの抵抗。まずしい車夫。感動のうねり。湘南全域に。涙、座り込み。で工事不能。市民の共感、涙。そこで鉄道側は住宅用土地を借り受け。これをつないで線路と。それで江の電は街の中をはしることと。

今、鉄道側は住宅内をのぞかぬよう呼びかけ。これが道徳の正体。まずしい全体主義国家では禁止罰則の裂け目に涙でいろどられたエゴイズム。そして国家百年の大計をあやまらせることに。感動の涙が常に戦争の正体。だから石岡君、われわれは何者にも影響をうけない中立に。極楽寺についた。

極楽寺3丁目は高台。小平と表札のでた和風の平屋。道との境に生垣。せまい庭。ガラス戸のならんだ縁側。中にしろいカーテン。道の右が山、左が住宅街。これがUFO大通り。

*** 040204 極楽寺、葬式、ラクさん宅
斜面は樹木、雑草。道は舗装。おやと御手洗。黒の花輪。葬式か。小平家から一軒おいた隣り。やはり平屋。しかし塀はブロック。ずいぶんしずかな葬式だ。なくなったのは2、3日前か。なら宇宙戦争を見たかも。まさか宇宙人にころされた。うんうんと石岡。でもまずはラクさん。いそがないと陽がおちる。門柱。玄関のガラス戸。ごめんください。眼鏡をかけた小柄なお婆さんが玄関先に。ラクさんですねね。はい。わたしは御手洗、こちらは石岡。松島めぐみさんの訪問を。小平さんが、UFOや宇宙人を見た。最近に彼らの戦争を目撃したときいた。ああ、はい。めぐみちゃんがあなたのことを依頼。どうもすみません。いえ、テレビにもでられたと。はい。めぐみちゃんがいうには、小平さんの証言が事実だと証明してくれと。

*** 040205 明け方、縁側から宇宙人たちの戦争を
でないと老人ホームに。本当。はい。そういうような依頼を。どうもわざわざ。で、どちらから。横浜の関内から。めぐみちゃんも今日そちらにきて依頼。ああ。あっちの縁側で宇宙人ののったUFOを見た。早朝に。はい。わたしは早起き。縁側でお茶。夏はガラス戸をあけるが、今頃はあけないで。成程、この家の前で宇宙人たちの戦争も見た。はい、ところで、ちょっと座布団を。否と御手洗。陽がおちる前に戦闘の現場を見たいので。一緒に表にでて場所をおしえて。あ、はい。

表通りに。あのへん。右前方の斜面の上方を。御手洗は背後をふりかえり、小平家の垣根、その隙間から見える建物の縁側。ガラス戸を見てた。成程。見とおせる。光線銃をうってたとか。はい。まだくらいから光線がひゅっ、ひゅっと。そしてぱあっと火花も。火花、何度も。何度も。あのあたりに木がたくさんたおれてる。あらもその時に。そう。それまでは一本もたおれてなかった。大規模な戦闘があったみたい。音は。音も、声も。声が。はい、悲鳴みたいな叫び声がさかんに。叫び声を宇宙人が。はい、そう。だから戦争だって。すごい悲鳴も。

*** 040206 光線、火花、悲鳴、煙
失礼ですが、お耳は。すこし、とおい。でも、きこえた。然り。明け方で周りがしずかだから。煙もでた。はい、このあたりが真っ白に。だからこの山も見えなくなった。うむ、音がないのに煙だけ。では今からあがってみます。テレビ局の人もあがったか。はい。それから警察の人も。警察もきた。はい。警察もですか。はい。テレビ局の人と一緒に。いえ、別に。警察の人は昨8日。警察が、宇宙人のことで。ああ、それはあの小寺さんのこと。そしてくろい花輪を指さした。小寺さんはあの葬式の人。はい。あの人の死に方がちょっと変。この戦争と関係があるような。はい、そう。成程。まあそれは後で。御手洗は斜面にはいる。石岡をよぶ。このあたりですかと上方から御手洗がラクさんに。はい。すごい穴があいてた。

*** 040207 山の中、穴4つ、痕跡がない
直径が1メーター、深さが2メーター。本当。切り株の跡かと石岡。そうだが、それをさらにほりさげ、ひろげてる。危険はないのか。何の。汚染。ないと御手洗。どうして、わかる。わかる。御手洗は指で土をほじくり観察。ボールペンでつっついてた。気にいらない。何が。穴は、4つ。深さはまちまち。その内の2つはおおきな石のそば。ほかには穴はないらしい。足跡は無数。その靴跡が宇宙人のものかわからない。いろんな人間がここに。やはり戦争のすぐあとにくるべき。何が気にいらないと石岡。何もない。えっ。紙くずひとつおちてない。これが気にいらない。銃なら薬莢、弾丸。ないにしても、必ず何かが。それを分析すれば、どんな部隊、どんなことを。何時間かけて。わかるのに。ふうん、どうしてない。ひろいあつめたから。誰。不知と御手洗。まさか宇宙人。でもそれはたしかか。こんな穴をほれば、虫の1匹や2匹は。それもない。何者かが。何故だろ

*** 040208 何故、倒木、爆発音なし
あぶない。土が汚染。ふむ、何故、こんな穴。木がたおれた穴。否。それもあるが、さらにひろげてる。切り株によるものが2つ。あとの2つは木とは関係ない。ほられた穴。それ爆弾でできた。ふうん、おおきな木が2本たおれてる。ひくい木が5本ばかり。これは何故。それは光線銃。そうかも、でもこげた痕跡がない。霧のような白煙が。なのにこげたあとがない。ものをもやした痕跡もない。ああそう。石岡もしらべる。爆発、爆弾は。小平さん、爆発音はと御手洗。いいえ。爆発でない。着弾ならすり鉢状。地雷の穴とも形状がちがう。ではやっぱり宇宙人のものと石岡。だったら地球の探偵には無理。じゃあ、かえろ。後で病気になるかも。木をたおしたのは、枝の先にある何かをとろうとした。ちがう。先端をしらべていう。どの枝もきったり、おったりした様子はない。枝の先にも根にも何もついてない。その気配もない。こいつは何だと御手洗。だから宇宙人の戦闘現場だよ。ああ、そうだった。もうおりよう。ラクさんの話しをきこう。

** 040300 54、3、宇宙人の戦争、小寺の葬式に、婚約者朱美にきく
*** 040301 縁側できく、宇宙人4人、ながい棒、駅に
御手洗が縁側にすわっていう。ここなら往来がよく見えますね。それから戦争があった山の斜面もよく見える。はい。宇宙人を見ておどろいた。そりゃあ。粗茶ですが。ありがとうございます。子どもたちがUFOのこと、さかんに。だからそれほど、おどろかなかった。子どもたちはUFOがすきですねと石岡。はい。さむくないですかとラクさん。大丈夫。彼らが戦争してる時はずっとここで。はい、ずっと。どのくらい。30分、もうすこしみじかいかも。夜があけて煙の中からあの道に。駅に。成程、煙がたちこめてた。で、何人ぐらい。宇宙人は。4人。と思う。皆んなながい棒をもって。ふうん、武器か。彼らは皆んな背がたかかった。はい、とてものっぽ。30分といった。それは見はじめから、おわるまで。彼らはその前からずっと戦争を。

*** 040302 銀色の宇宙服、ヘルメット、UFOは車
ああ、そう、きっと。そう。誰が相手、敵は。見えません。全然。透明なのかな、石岡君。銀色の宇宙服をきてた。はい。ヘルメットも。はい。それはどんな形。バケツみたい。前にガラスがついて。宇宙服、人間も宇宙にゆく時、かぶる。然り。オートバイのヘルメットでは。ない。あれは簡単。本物。ロケットにのる時の。御手洗、沈黙。きく。それはたしか。夢ということは。ない。全部、本当。ボケてない。時々ぼんやりは。でもボケてない。自分でわかる。ぼんやりなら、この人もしょちゅう。石岡、腕組み。戦争の時、UFOは。あの時は見ません。ええと、極楽寺の駅の方に移動。宇宙人は。はい。電車できたのかな、石岡君。沈黙。小平さん、UFOがどんなものか、ご存知。はい。宇宙人の乗り物。子どもらがはなしてる。そう、お皿みたいにまるく、空をとぶ。えっ、空を。沈黙。そうです、飛行機みたい。ご覧になったUFOはどんな形。こんなにおおきくて、平らで前にまるいものが。2つ。それがぐるぐるまわる。タイヤですか。

*** 040303 小寺はどんな死にかた、布団の中、ヘルメット、マフラー、手袋、シーツ、地球外生命対策研究会の会員
いえ、タイヤなら縦、横向きだった。はあ......。お隣りの、ええ。小寺さん。どんな亡くなり方を。昼前に寝室で。布団の中。一人で。ヘルメットをかぶって。えっ。何を。ヘルメット。マフラーを首に。ゴムの手袋。体もシーツにくるまって。沈黙。どうしてそんな格好と御手洗。だから光線銃にあたった時にと石岡。あんなにはなれれてる。いや、だから戦闘に参加を。その人。あの装備でふせげるか。宇宙人の光線銃を。うん、いや。小寺さんは地球外のなんとか。研究会にとラクさん。地球外生命対策研究会。お昼のニュースでさわがれてる。ああ、そう。はいってた。こんなところにも会員が。寝室にも鍵がかかってたとラクさん。じゃあ誰が。婚約者の朱美さん。食事をつくろうと。でも小寺さんがおきない。寝室にいってドアたたいた。返事がない。ドアをあけようと。すると鍵。

*** 040304 朱美が昼前に発見、今、葬式に
名前よんで返事が。錠をこわして。それ誰から。朱美さん。さっきお焼香で。今、その人は。いるでしょう。家に、喪主だから。お邪魔しました小寺さん。話しの展開ではまた。よろしいですか。はい。でも9時にはねます。了解。朱美さんの名前。柴田朱美さん。ふうん、これで小寺さんと結婚できなくなった。はい。小寺さんお名前。小寺隆。ところで小平さん。お電話番号は。石岡がかきとった。外にでた。全然ボケてない。そう。ああ、UFOも宇宙人も親戚の人みたい。あの人、UFOのことを誤解してる。道路をはしる乗り物。御手洗が小寺宅に。ごめんください。はい。御手洗が元気よく。

*** 040305 研究会を名のって葬儀に弔問、解剖をしる
地球外生命対策研究会、関内支部の御手洗といいます。小寺さんの訃報で、ご焼香を。それはどうも。こちらは助手の石岡君です。ご愁傷さまです。まずご焼香を。つづいて石岡も。さて柴田朱美さんですね。部屋は和室の8畳の間。一軒おいた隣りの小平さんですが、7日の明け方。そこの斜面で来訪宇宙人の戦争を見たという。この話しをしってるか。いいえ。小寺さんが亡くなられたのは。5日。はあ。じゃあ宇宙戦争の犠牲者ではない。無反応。5日の昼前にご遺体を発見。うなずく。では5日もいれたら、5、6、7、8、9と5日もたってる。これは何故ですか。

*** 040306 その結果は異常なし、でも殺人か
警察が解剖を。司法解剖。不知、それは。失礼ですがまだ奥さんでは。ない。成程。でも結婚の予定。うなづく。解剖の結果は。何もなかったらしい。いっさい何も。はい。不審な点も。はい。つまり警察は殺害をうたがってる。たぶん。外傷は。えっ。体に傷が。血がながれていたり。全然。警察も。そう。隆さん。ご病気は。なし、健康そのもの。では、あなたは小寺さんが何故亡くなったと思っておられるか。ながい沈黙。御手洗がきく。自然死。沈黙。健康そのものだった。うなづく。では殺害、警察がうたがうような。沈黙後、そう。えっ、やはり殺害。

*** 040307 犯人は宇宙人か、部屋を点検、事情をきいても沈黙
うなづく。では誰に。無反応。宇宙人にころされた。うなづく。えっ、そう。沈黙。心臓がわるかったか。いえ、まったく。どうして宇宙人に。沈黙の末。傷がない。病気もない。心臓もわるくない。寝室には鍵。窓も鍵。窓の隙間はガムテープで。でもころされた。なら。宇宙人と。沈黙。でもガムテープ。なら窓はあかない。ずっとあいていませんでした。へえ、ちょっと拝見できませんか。寝室を。だまってたって部屋に。おや、これは。無数の奇妙なものが天井から。沢山のガムテープだった。いったい何のまじないですか。さあ。きいていませんか。ない。4畳半で、畳に小寺の洋服類やマンガ本が。ねてた布団はたたまれてた。

*** 040308 窓、錠、宇宙人が電磁波で攻撃、その防護をといってた
窓は2つ。それぞれに2枚のガラス戸。計4枚。それらを中央でとめる畳はスクリュー式のもの。きつくしまってた。その上に窓の桟と柱が接する四方の線。ガラス戸とガラス戸の隙間。しっかりとガムテープ。カーテンがすっかりあいてる。ガラス越に庭の立ち木、隣家との境のブロック塀。その手前にバイクが1台。

窓のところにはデスクと、付属の椅子。脇に本棚、テレビとビデオ・デッキ。ビデオ・テープのならんだラック。デスクの上には螢光スタンドと月球儀、ロケットや奇怪な姿の宇宙人の模型、自動車、ジェット機のプラモデル。壁には土星、宇宙空間のポスター。本棚には宇宙と、地球外生命体についての本、SF小説が。入口は洋式のドア。すぐちかくにトイレ。かんぬき形式の小型錠がこわれてる。これはあなた。うなづく。ねてるはず。よんでも全然返事がない。成程。こんなふうにガムテープで厳重に窓の目張りをした。

ドアにはない。すればあかなくなる。しゃい。この目張りは何故と小寺さんはいってたか。沈黙。沈黙。宇宙人がガスを注入してくると。電磁波が日本にそそいでいる。だから毎晩シーツにくるまる。そういってた。天井のガムテープもそのため。たぶん。成程、やっとわかった。このテープは電磁波を拡散する。これがもっともよい。はい。しかし、あるきにくい。頭にガムテープが。ヘルメットをかぶってた。はい。ジェット型。いえ、フルフェイス。それはバイザーもしめる。首にマフラー。そう。密閉。密室の中で、さらに頭部まで密室。それでは呼吸もくるしい。はい。

*** 040309 でも呼吸がくるしいが、ずっとやってた、やめたかったと
毎晩ですか。このところ。ねむる時。はい。ここにいる時はずっと。はい。この部屋にいる時、ねむる時以外も、そんな格好で。はい。うむ、よほど電磁波がこわかった。賢明な処置です。それらは今。ヘルメットとか、警察に。ふうん。この密室状態で、誰が殺害できる。沈黙。人間じゃ駄目、宇宙人でも。だから電磁波なんだろうと石岡。それなら跡がのこらないぞ。隆さんも宇宙から電磁波攻撃と。うなずく。ヘルメットもゴム手袋もシーツもそのため。うなづく。それでふせげるか。えっ、駄目ですかと朱美。え、勿論ふせげます。しかし完全では。完全にふせぐにはどうすれば。アメリカにゆく以外。沈黙。フルフェイスはバイクのもの。そう。四六時中。だからはやく、やめたいと。やめられるのか。そういってました。で、小寺さんは何を。

*** 040310 誰をおそれたか不知、まだ結婚してない
そう。どう。不知。彼は宇宙に興味があった。はい。そんな方面の学問を。いえ。では卒業してから興味を。はい。大学の専攻は。いえ大学には。ああ。ここにあなたがはいった時、ガスの匂いとか。全然。警察にもきかれた。警察の人にも、おなじことを。はい。警察の人は人間による他殺を。うなづく。でしょうねと御手洗。またきく。誰かにうらまれてた。勿論、宇宙人以外。沈黙。隆さんは、おいくつ。34。で、職業は。やめて失業保険を。4ヶ月は大丈夫だと。で、その間に結婚を。いえ、勤めをきめてから。賢明です。世間は意地悪です。警察が他殺をうたがってる。それは勤め先で。何かありましたか。沈黙。やめる前のお勤めは。LPガスのスタンド。タクシーの。はい。ずっと夜勤、体がまいってた。夜勤はきつい。はい、仕事のピーク時は夜中の3時。タクシーが行列。それで明け方かえる。皆んなやめる。休みがとれない。自分は全然ねむれない。で、やめたいと。

*** 040311 職場でトラブル、部屋の隅、戸外を点検
で、やめた。上役にいやな人。喧嘩したみたい。ああ。その上役からうらまれてた。ちょっと怪我を。ふうん。その上役の名前は。造田と。ゾウダ。ほう。スタンドの場所は。 材木町9丁目。彼のご両親は。死亡。兄弟は。ない。一人。ほう、天涯孤独。とおい親戚は。ふむ。ちょっと失礼。部屋の隅。四つん這い。角を見つめたまま移動。石岡がきく。警察もこんなことを。いえ。御手洗が本棚の前まで。これを拝借。懐中電灯。ガラス越に表の木々。軒下。そのまま部屋の中を移動。ちょっと外にと御手洗。庭にまわる。御手洗は懐中電灯を上下。家の軒下、壁を。壁にそって、なんとか一周、玄関に。何もないと御手洗。何がと石岡。てっきり。ない。残念。庭にもどって立木、1本、1本。ブロック塀の上から隣家の庭まで。ちぇっ、何も。さあかろう。

** 040400 解決にこまる猪神にヒント
*** 040401 ラクさん宅に猪神、しつこく尋問
小平家の前に。男の声。中に。玄関のガラス戸のかげからきく。小寺隆とは知り合い。はい。だから小寺の上司の造田とも。誰ですか。とぼけるな。小寺がLPガスにつとめてるのをしってる。はい。その会社の上司もしってるな。しらない。嘘つくとよくない。いえ、嘘は。本当か。何を。ずっとついてたろ。ずっと、何を。嘘。ない。テレビにでてた。どうして嘘ついた。さびしかった。はっ。とぼけるな。男は怒鳴った。さびしかった。どういう意味。テレビで、何とかいった。宇宙人のこと。

*** 040402 宇宙人の戦争、嘘、ついてない、御手洗が真相をしってると
そう。この山で戦争したといった。すべて見通しだぞ。いった。何にっ。いいました。だからそっちが、いわないといっても。だからいいました。じゃあなんで嘘つく。嘘って。だから宇宙人が戦争してる。してました。どこで。この山。どこ。あそこ。そんなわけないだろ。こんな田舎で。何かたくらんでる。なめるなよ。じゃあどこで、と御手洗が登場。原宿表参道、新宿アルタ前。な、なんだ。こちとらは公務中。邪魔するな。ほう、猪神さん。逮捕状もなしに。素人が余計な口をだすな。事件の真相をおしえようとしたから公務執行妨害。そう裁判官に。おまえが事件の真相をおしえる。いいですよ。頭をさげてたのむなら。

*** 040403 論争、猪神の態度をなじる
馬鹿にするな。近頃の若い者は。宇宙人がでたという婆さんも、どうなってんだ。わらう御手洗に、何がおかしい。日本の将来をうれうる姿には感動するが、あなたのような人がいなくなると日本の将来はあかるく。これが目にはいらないかと警察手帳を。成程、それを真っ先に見せることをおすすめします。でないと。暴力団と。いや、いや。教授だとか偉い人とか。しばし沈黙。やがて。宇宙人の戦争。UFO。常識ある人間なら。あなたはあの山にあがった。べらぼうめ、江戸っ子だ。へえ。江戸っ子でないが、ぼくはあがった。それがどうした。穴、倒木。見たか。それが。見たか、見てないか。だから、それがどしたときいてる。嘘なら地面に穴が。何故。沈黙。じゃあ宇宙人が戦争か。警官がお年寄りをいじめる社会なら宇宙人が鎌倉で戦争だって。

*** 040404 犯人がわからないと指摘される
この、この。何ですか。いっていいいこと、わるいことが。どっち。なにい。それはもういいでしょう。真相をしりたくないなら。真相はわかってる。裏がとれてる。それで無関係な小平さんを。あなたがわかってるという真相は上司の造田があやしい。という憶測。じゃない。現場百回。裏を。しらない情報も沢山、沢山。これが犯人は造田ということ。小寺さんが怪我させたという。はっは、は。造田は左腕、肋骨の骨折。足首のひび。全治2ヶ月。そんな大怪我、ではまようのは無理ないな。何、無理ない。ぼくはついさっき、この事件をしったばかりなので。こっちは全然。ではすこしはまよっては。よけいなお世話。おまえはしってるのか。すこしは。何。だからあなたに、おしえたい。不要。無理してる。こんな無関係の小平さんを尋問をするのだから。

*** 040405 死因もわかってないと指摘、朱美が危険と
やつ当りでない。死因がわからない。小寺さんの。わかってる。ほう。では。おしえない。LPガスの寝室への注入。そう。そんなところね。何。直接吸引でないと、まず無理。沈黙。別のガスかも。じゃあ包丁もあたらなきゃ。あるいは天井のガムテープ。あれとガスが反応。別の毒。ない。その方向は時間の無駄。沈黙。おまえはわかるか。おまえ、専門家。ですよ。何だ、一応きいてやっても。ぼくの見るところ、柴田朱美さんは危険。注意を。どういう意味。ぼくはしったばかり。だからこれまで。話しにならない。とにかくラクさんは嘘をついてない。造田と一面識もない。

*** 040406 御手洗の協力を拒否
保証する。おまえは誰だ。医者か。そんなところ。猪神さん、お名前は。猪神。鎌倉署の刑事課。何かわかればお電話します。いらない。多忙。造田さんの逮捕で。いわない。もっと恥をかくかも。電話をとったら。ふん、宇宙人とか、電磁波とかいう奴に。電磁波とはいってない。わらう御手洗。シーツにくるまる。ヘルメットをかぶる。どう説明します。何だ、礼儀しらずの態度。成程。電磁波だと。いってないですよ。だから。だから。何と思ってんだ。きいてるのはこっち。ガスならシーツは無関係。頭がいたい。いや、同感。もう、無駄。ほかをまわりましょう。どこ。おしえてほしいですか。

*** 040407 御手洗がヒント、特殊IgE抗体
きかない。かえるのをとめないが、一つヒント。被害者の血液サンプルは。その中から特殊IgE抗体の検査を。はああ。特殊IgE抗体。それで理由がわかるはず。専門医が必要かも。メモしたか。馬鹿にすんな。憤然とさる。ラクさんに。ちょっと朱美さんのこと。はい。ご兄弟は。いないと。ご両親は。離婚して母子家庭とか。お母さんは現存。亡くなったみたい。何時。不知だが、だいぶ前みたい。お家はある。ない、アパートぐらし。職業は。夜のお仕事。苦労したとか。ホステスさん。まあ。成程。小寺さんとの結婚がすくいって思ってたよう。わたしたちに挨拶しに。では、いよいよ気をつけたほうがと御手洗。何かあれば電話をといってわかれた。

** 040500 5月10日、朱美の死、保健所をうたがう
*** 040501 夜、ラクさんから電話、小寺家で異変
5月10日。ラクさんが出演したビデオをみた。内容はきいたとおり。テレビスタッフが近所の聞き込みをやってた。宇宙人もUFOも見たことはない。むろん宇宙人の戦争も、たちこめた霧のこともしらなかった。夜、電話。ラクさんから。御手洗がいう。何か。暫時。小寺さんの家に沢山の警官。そのどこ。庭で。事情は。わからない。ふむ。それは何時から。隣りの隣りの庭に警官きたのは。さっき。ふむ。10分くらい前。猪神さんも。うん。何があった。庭にはながいもの。上に白い布が。すぐ行きます。あなたは家に。

電話。外出の用意を。夜はさむくなると御手洗。関内交通のタクシーをよんだ。タクシーの車内で石岡に。こんな時のためオートバイを一台確保しておくべきだった。小寺家に何かがおきるとは。どうして、あわてる。何かわかってる。うん、死体がある。誰の。いいたくない。見せてもらえるか。猪神が。死体はさまざまな推理の材料を。小寺隆と今度の死体。これできっとわかる。ええ、何。いいたくない。見ないうちは。解剖させてくれれば。もっとわかる。今度の事件はそういうものだが。横浜新道。戸塚警察署。住宅街。大船観音。踏切。鎌倉街道。極楽寺坂。極楽寺の駅。ついた。

*** 040502 現場で朱美の死体を、銀色の顔、銀色の着衣
警官に猪神さんからたのまれたといって、御手洗が小寺家にはいった。死体がまだあると御手洗。庭の中央。上には布。あんたは。猪神さんに。猪神の声。小声で御手洗が邪魔しないでくれ。おい。お久し振り。図にのるな。一瞬もみあう。あぶない、くらい。足元が。沈黙。死体の頭部の布を。これはと御手洗。銀色の不可解な物体。女の顔、銀色の彫像のよう。柴田朱美。朱美さんには注意をといった。御手洗が布を下に。等身大の銀細工、着衣の立像。

*** 040503 御手洗が再度、協力を申し出、外衣がない、どこに
おまえなあ。こんな死体見たことは。どうしてこうなったか。沈黙。おまえな。ぼくと出あったのが不運。それは間違い。こんな風変わりな事件。おしえてくれるのはぼくだけ。あなたは幸運。ぼくが答え。あなたが手柄。どう。さてこの死体にはコートがない。夜はさむい。彼女は表でころされた。ブラウスだけではさむい。で、コートはうしなわれた。わかりますか。猪神さん。無言。これが事件の核心、謎をとくクリスタル。家の中に銀色の塗料は。ない。成程。では、コートは。どこかで見ましたか。こたえない。ふうん、解決する必要もないですか。家の中にない。ならどういう意味か。わかりますか。いって死体のそばにしゃがみこむ。カッターや眼鏡はもってますか。猪神さん。ない。ない、ふむ。ポケットからペンライト。彼女の額や頬を。ブラウス。匂い。布の端。指紋に気をつけろ。死体にはふれさせん。下部が。白だった。下はジーンズ。かけだす用意。冒険の夜。おい、本当か。大丈夫か。

*** 040504 死因は頭蓋骨陥没、江の電とぶつかった、保健所をしらべろ
はい、死体の状況だけでは。そして銀色は上半身のみ。猪神さん。この指先をビニールでつつむことをすすめる。爪のすき間から加害者の皮膚組織、血液が 。爪に泥はつまってない。猪神さん、死因は。ふうん。頭蓋骨に陥没骨折。おおきい。出血も。宇宙人がなぐった。おや、わかりましたか。人間なら、銀色などに。だから宇宙人。その柔軟性は進歩。さらにしらべる。宇宙人がなぐった。銃尻で。いえ、江の電です。何。江の電で。何にい。事態は急をようするかも、保健所はしらべたか。何故だ。庭ををあるきまわる。そしていう。宇宙人が戦争。住民から相談が。小平さんがテレビ出演。住民の相談窓口。今すぐあったってください。何故。どうして。

*** 040505 住民相談窓口の課長、江の電沿線に
うん、責任者。課長だ。この人は江の電の沿線にすんでる。おい御手洗と石岡。すんでるものか。ならば次。次。課長の下。係長か。おい、御手洗、真面目か。大真面目。ぼくはあと10分、小平家にいる。8時半。一段落したら声を。しらん。それは自由。だが解決したいなら声を。しかも事態は一刻をあらそう。では石岡君、お隣のお隣に。

** 040600 容疑者をしぼる
*** 040601 ラクさんに担当者の住所をきく
ラクさんに案内されて応接間にはいった。御手洗がいう。保健所の住民相談窓口の係員。しりませんか。ええ。ここにはそんな窓口は。あります。宇宙人の戦争やUFOで相談するかと石岡。する。そうかなあ。保健所で何ができる。できる。土壌汚染など、消毒するだろう。ああ。でもするか。自分の知り合いに保健所を退職した人。その人にきいてみますか。是非。その人はきっと名簿を。担当者の住所をしりたい。はい。電話のほうに。

*** 040602 羽山課長が沿線に
わかりました。今の勤務者。はい。メモを見ながらいう。素晴しい。課長は羽山さん。由比ヶ浜の3丁目。6人分。メモをうけとる。羽山、村山、大上。竹中。斎藤。藤木。これもらえますか。どうぞ。すいぶんしぼれた。石岡君。しぼれた。さらにしぼる。事態は急。その方が得策。ふうん。住民相談窓口だけでいいのか。小平さん、鎌倉の地図は。はい。では、拝見。課長の羽山輝雄。藤木孝一さんの2人だけ。江の電沿線。この2人にしぼれた。いこう。どこへ。2人の家。

*** 040603 免疫力が大事と
ちょっとまって。さっき猪神に。こない。またタクシーか。たかい。人の命の方が。ふん。でも本当か。いくのは極楽寺駅。江の電でいい。まだうごいてるか。はい。ほっとしたか。石岡君。この人は10円のお金にもうるさい。無駄な雑誌、レコードにつかう。アイドルがどこで買い物したとか。ああ、アイドルはすき。2人だけでいいのかと石岡。そんなこと。江の電にのってから。小平さん。免疫力をたかめて。ではおやすみ。お医者さんみたい。免疫力のことは地球人の最大の課題です。ぼくの見るところ。小寺隆さんもそれで亡くなった。何、本当か。本当。まず極楽寺と反対の方に。

*** 040604 担当者にむかった猪神を確認、極楽寺駅に
われらの猪神君に手柄を。ほうっておけば、永遠にヒラ。猪神はいなかった。どこに。いわない。暴力団がどなりあってたら民事不介入。紳士的な市民には居丈高。何をいう。暴力団に。いや市民の方を問題に。でも、猪神さんは。保健所に。いわない。時間の浪費。いったのか、いかないのか。いった。ほう。では、極楽寺駅に。

** 040700 羽山課長宅に、逮捕
*** 040701 小寺の死、石岡がガムテープのトリックを、御手洗がすべてを否定
江の電。ガムテープのことだけど。御手洗の目は窓の外。いまはなしていいか。いい。ガムテープは殺人トリックのために。あんなに沢山必要か。だから、ほかはカモフラージュ。で、何にどうつかった。で、考えた。粘着性。当り。で。何かをぶらさげる。何を。ううん、殺人ができるような何か。ほう。でも、小寺はそのトリックの下でねむった。真下でない。たくさんある、その一つ。だからカモフラージュ。自分の部屋。沢山のテープ。他人の仕業なら、ぎょっと。自分でやった。カモフラージュでない。まあ、そこが問題だが。そのままねむった。自分でやった。ということ。朱美さんもそう証言。うん、だから小寺さんがやったテープを利用した。で、何をぶらさげた。しかし小寺さんはそれを見てながら、自分で内側からかんぬき。その異物の下でねむるか。だからちいさなもの。その何かは。ぼくは、テープを。特に布団の下あたりのを、しっかりしらべた。何も異常はない。だからとった。そのテープだけを。誰が。

*** 040702 朱美が犯人か、結婚で幸せと自宅を得る彼女がか、がっがりする石岡をなぐさめる
ううん。朱美さんしかいない。すると犯人は彼女。何のため。結婚してどん底生活から脱出しようとしてた。えっ。きいてなかったのか。両親は離婚、母親は死亡。財産はない。天涯孤独。賃貸アパート。仕方なく夜の仕事。小寺さんと知りあった。ようやく結婚すれば財産なしの貧困から脱出できる。彼の家が自分のものになる。えっ、そんなことを。おいおい石岡君。おきてるか、大丈夫か。じゃあ彼女は小寺さんの家をねらってた。そんなこと。気の毒そうにいう。世の中はそういうもの。彼女が結婚前に小寺さんをころして、どうする。ころすなら籍をいれてから。女性界の常識。はあ。くらくなるなよ。由比ヶ浜駅についた。

ここはおりない。次の和田塚だ。発車。しばらくして異音。タン、タン、タン。だんだんおうきくなる。意外なほど身近な窓外を、こうこうとあかりをともした工事現場が異音とともにとおりすぎた。大型のハンマーが杭を地面にうちこむ作業をくりかえしてた。大型建造物の基礎工事らしかった。窓のところにいってずっとたってた。 石岡がそばに。わかった。一つにしぼれた。犯人がわかった。和田塚駅でおりた。御手洗は線路にそい、極楽寺の方角にもどっていく。柵をのりこえ線路にはいった。

*** 040703 杭うち現場ちかくに、猪神にあう
杭うちの現場に。足元がゆれる。作業員は2人。そこにまた2人が。おおい猪神さん。こっち。藤木さんの家は無関係。こっち。おまえ、線路立入は軽犯罪。犯人逮捕がさき。こっちへ。あの家。どの家。課長の羽山輝雄の家。あのブロック塀の家。どうしてわかる。あのブロック塀の前の地面をしらべて。朱美さんの血痕があるはず。御手洗どうしてあの家にしぼった。どうして。あそこで工事してるから。へっ。何故、工事。羽山なんだ。プロのレベルじゃわからん。アマチュアの技倆が必要。ではついてきて。ブロック塀の下まで。

*** 040704 羽山宅をのぞく、塀をのりこえ突入へ
姿勢をひくくして。このあたりが現場だ。御手洗が塀から顔をだす。あかりがすくない。2階だけ。留守かな。石が2つ。ここから塀をこえる。令状がないと猪神。そんなの。羽山には家族。家族に危険も。もしちがってたら、おまえ責任とれるか。勿論。おまえには責任はないだろう。ここでまようなら、何故ここまできた。ただの情報収集。朱美さんのことは警告したでしょう。宇宙人といってたぞ。ええ、それは中にいる。猪神が塀から顔を。おまえら線路の中で何をしてると声。工事現場の男だった。警察だ。猪神さん。声がでかすぎる。ここは犯人の家。これで羽山輝雄は逃げ支度。では、突入。ターゲットは羽山輝雄。一人でいい、即刻拘束。何の容疑。

*** 040705 空気銃の狙撃、玄関と庭から突入へ
もう説明の時間がない。二人がのりこえようとした。ひゅーという音。猪神がころげおちた。いたい。光線銃かと猪神。空気銃。弾丸がそのへんにおちてるはず。空気銃。猟銃でなくてよかった。顔をうたれないように。おまえは。玄関にまわって突入。前後からいっせいに。石岡君、いこう。門柱の間に金属扉がしまってた。横にすべらせる大型のものと下の穴におとしこむ小型のかんぬき。しかし鍵はかかってなかった。金属扉のスリットとから手をいれ、そろそろと。下のも。あけた。1分経過。いくぞ。左手で目を。玄関に。ドアノブ。ロック。玄関ドアをはなれ周囲の灌木にそって右廻り。

*** 040706 玄関、施錠、庭に、物置小屋に
1階はどの窓もあかりがない。庭が見える。せまい芝生のグリーン。ネットで三方をつつんだゴルフ練習用のケージ。御手洗の向こうに工事現場のあかり。課長はどこだと御手洗。猪神がやってきた。ちょっと手をあげ、なおもめぐる。物置らしい小屋。銃をぬいてと御手洗。ない。ドアに御手洗。われわれはドアの左右にたった。御手洗の手がドアのノブに。

*** 040707 突入、首吊りを阻止
御手洗が突入。がたんとおおきな音。やめろ。石岡君、あかりのスイッチ。床に尻餅をついた男。その周囲に3人。首をつろうとしてた。脚立がたおれてた。間にあった。おいと猪神。それを制して御手洗。家族、奥さんや子どもさんは。ころしたのか。沈黙。実家にあそびにやりました。ほう。賢明な処置。

*** 040708 コートを発見、鎌倉署に連行
床からベージュのコートをひろう。朱美さんのもの。うなずく。それを猪神に。注意して。塗料が剥落する。大事な証拠品。塗料、何。ここではなさない。あとで。コートをとりかえした。パトカーは。きてる。こいつ、ここにいる。どうしてわかったと猪神。ドアをさして、銀色に。ぬったばかり。内側にはぬりのこし。それに窓に人の気配。では鎌倉署に。

** 040800 謎解き、朱美の死、小寺の死
*** 040801 コートの電車の塗料、御手洗、事件の構造を説明
鎌倉署に到着。羽山が取調室に。御手洗がコートをひろげて。前側を。御手洗がいう。コートのここ、右袖、胸の一部。緑色の染みが。成程。これは何。沈黙。石岡がきく。何。江の電の塗料。えっ。どうして。ぶつかったから。どうして。朱美さんの頭蓋陥没はぶつかったから。その時、着衣は車体とつよく擦過。コートに付着。ふうん。塗料、でもそんなこと、どうして。 自動車ならおきない。電車は熱心にワックスかけない。劣化し塗た料が粉末化の結果だろ。それでと猪神。

この塗料により染みは朱美さんの顔面、コート下のブラウスにも。わずかだが。これらは刺青のように皮膚、繊維間にはいってなかなかおちなかった。するとどうなる。どうなる。自分で考えて。いそがしい。それはお互い。で、これはそちらに。あとは犯人から。ちょっとまって。何。おこったのか。ああ。立場が逆なら、あなた、どうします。沈黙。あなたがいうべき言葉をと御手洗。わるかった。では。犯人を効率よく尋問するため。事件の構造を。この塗料が被害者の着衣に付着してる。そのまま捜査陣にしめすと。

*** 040802 殺害現場・犯人特定をおそれた羽山、証拠隠滅、銀色の塗装
殺害の場所が。江の電の線路のそば。すると。線路端の家にすむ羽山がうたがわれる。これはすぐでないだろう。ところで別のアプローチから羽山が容疑者のグループにあがったなら。そこで、この事実が加味されたなら。羽山が特定される。すくなくとも羽山はそう考えた。で、どうする。江の電の塗料の付着を捜査陣の目からかくす。で、コートをぬがす。ではブラウスは。これもぬがす。羽山は考えた。ところがそれは駄目。顔。これはかくせない。ふうん。

顔についた塗料は刺青化。簡単におちない。自宅には妻子が。死体を長時間放置。できない。翌朝の勤めがある。すみやなに処理を。そこで彼に一計が。ちょうど物置小屋のドアを塗装中。銀色のラッカーのスプレー。緑の染みの上にかける。それでかくす。これが朱美さんの顔、上半身が銀色にそまった理由。成程と石岡。

*** 040803 運転手がきづかない理由、殺害の推理
これは電車による人身事故。運転手は気づかなかったか。気づかなかった。馬鹿な。運転手に責任が。業務上過失致死。それはどうかな。羽山ともみあってつきとばさた。それとも突発的ににげだした。その結果、電車とぶつかった。とすると運転手には責任はない。朱美さんがあぶないと警告した。それを無視したプロとくらべて責任がおおきいか。ふん、人間がぶつかれば、おおきな音。気づかなかったのか。ああ。そう工事の音。もしかしたら朱美さんも、そのため電車の接近に気づかなかったかも。ううん。

*** 040804 犯人特定の理由、死体遺棄、説明おわり
だから、現場は羽山家のそば、犯人は羽山と特定と御手洗。無言。それから死んだ朱美さんを家に。物置で処理。自分の車で極楽寺まで。小寺さんの家の庭に遺棄。どうて庭に。いそいでたから。彼には殺人者という認識はとぼしい。朱美さんとは一面識もない。よってころす動機などない。面識がないのか。おそらく。あるいは羽山は朱美さんの気持を推察。どうしてもくらしたかった家にもどしたのかも。さて、これでよいか。

えっ、それでおわり。だって終電がでてしまう。話しの途中でか。あとは本人に。ぼくよりよくしってる。でも、おまえ、いった。こちらがよく心得てないと、相手にしてやられるって。ではパトカーでおくってくれるか。できない。かりだして、あなたが運転すれば。できない。どうして。大手柄をたてたでしょう。免許がない。えっ。ではぼくが運転を。できない。石岡君、関内までタクシー。金は。ない。

*** 040805 交換条件で説明を継続、ラクさんが見たものは
当人からきけるのに。どうしても。どうしても。あんなに、きかないといってた。では条件が。それを約束するか。何。ある人物をこちらに。そうしたら小平ラクさんが見たものが何かを正確に説明してくれるか。なら、はなす。誰。小平さんの息子夫婦。ラクさんがボケてないことを証明する必要がある。警察官ならうってつけ。ここへよこす。そう。そうしたら正確に説明を。これからぼくが、くわしく説明する。わかった。では紳士的に。沈黙。お願いしますよ。わかった。ではとソファに。

では何から。小平の婆さんが見たあれは何。宇宙人の戦争。ふむ。それから小寺はどうして死んだ。またヘルメット、天井からたれたガムテープ、何故。御手洗、あんな密室でどうやって小寺さんをころした。あれも羽山か。それからNロケット、地球外生命対策研究会、小寺さんの死と関係は。朱美さんとの死との関係は。御手洗がいう。それらは皆んなつながった一つの問題。ただしNロケット、地球外生命対策研究会は無関係。

*** 040806 アレルギー体質、検査で発見された、これは毒がはいる、危険な抗体が生成、ショック死も、医師が厳重注意
研究会としろいシーツだけ。小寺さんは別の理由でヘルメット、しろいシーツが必須だった。へっ、ガムテープも。そう。まとめて説明する。小寺さんの特別な体質から。彼はアレジーがあった。花粉アレルギーとかの。もう断言はむずかしくなったが。あったことは確実。その理由は次のとおり。

小寺さんはアレルギーの専門医に検査にいった。この検査で、抗原、これへの特殊抗体、同時に感作化された特異的な特殊IgE抗体が発見された。通常の検査、治療ではこの抗原抗体検査まではしない。まだ日本にはこれをおこなう専門医もすくない。彼の異様な行動から受診を推理できる。

この検査の時に卵、杉の花粉の抗体以外に非常に危険な特異的IgE抗体が発見されたと思う。ある特定の毒物に起因するつよいアレジー。通常、くしゃみ、鼻炎、かゆみ、じんましんなどをひきおこす程度だが、これは30分程度で激烈なショック、すなわち全身痙攣、呼吸停止、心拍停止にいたる大変危険なアレジーだった。そんなのあるのか。ある。これを称してアナフィラキシーという。無防備という意味。つまり小寺さんはアナフィラキシー・ショックをおこす可能性を体にもってた。これが検査で発見さた。だから専門医はこの毒からとおざかるよう厳重に警告した。それは一つの毒物か。そう。小寺さんは過去にこの毒素が一度体内にはいってる。そして体内に特異的IgE抗体をつくってる。もう一度この毒がはいると抗体に結合して命をうばう。だからとおざかるよう。体内にいれないよう。厳重に警告したはず。

*** 040807 免疫とは、アナフィラキシー、ありふれた毒
免疫、アレジー、アレルギー、アイ何某、何。時間がかかる。IgE抗体。これは免疫グロブリンE。一種のタンパク質。血液中にある。抗原抗体反応に関与。IgEのほかIgM、IgA、IgG、IgDの5種類がしられてる。免疫とは抗原抗体反応のこと。現象面的にいえば、疫、つまり病。これを免れるという意味。人体にもともとある機能。一度かかった病気には二度とかからないという現象。これを利用して種痘などの治療法が確立されたこれを毒素を中和する抗毒素、すなわち抗体の働きによると立証したのが日本の北里柴三郎やドイツのベーリングだった。免疫機能とはこのように抗原という悪者にたしする正義の抗体反応として了解される。人体をまもるありがたい機能とのみ理解されてきた。

ところが1902年に、イソギンチャクの毒素を犬に注射、時間をおいてふたたびおなじ毒を注射。すると犬は痙攣をおこし死んだ。この現象は免疫機能の何らかの作用。だが有害な作用。なので医学界の免疫理解に混乱。この現象はアナフィラキシーと名づけられた。体をまもる機能が逆に体に害をおよぼすこともあり得ること、この混乱を統合整理するためにアレルギーという考えをピルケが提唱。

これにはいろいろあるが、I型からIV型までがよくしられてる。アナフィラキシー・ショックはこの名でも激烈なもので、I型によってひきおこされる。ある特定の毒、つまり抗原が体の中にとりいれられると、体質によっては特異的IgE抗体がつくられる。おなじ毒が二度目に体内にとりいれられた時、鼻とか腸の粘膜でその特異的IgE抗体が毒と合体、つづいてこれが肥満細胞と結合、この細胞表面で抗原抗体反応がおこる。肥満細部が活性化。すると肥満細胞が内にたくわえてたヒスタミン、ロイコトリエンなどの化学伝達物質をどんどん放出。これが人体内の各臓器に作用してさまざまなに深刻な障害。これにより生体機能は致命的なダメージを。命をおとすことも。ということ。

ふうん、小寺さんは特異体質。その抗原、毒素を一度体内にとりこんでいる。すると血液の中に特殊IgE抗体がつくられる。これは危険。もう一度その抗原がはいってくるとこの特殊IgE抗体というものの作用で死ぬ可能性も。そうかい。そのとおり。小寺さんの場合、別のアレルギーの検査でこの危険な特殊IgE抗体が偶然発見。だから医師の勧告により小寺さん当人にもアナフィラキシー・ショックの危険がよく自覚されてた。で、その毒素とは。これはごくありふれたもの。この毒の日常性が一連の不可解ぶりをつくりだした。不可解ぶり。

*** 040808 蜂の毒、オオスズメバチの巣、厳重な防護策
宇宙人の戦争、霧の発生、天井のガムテープ、テープによる窓の目張り、ヘルメット、マフラー、手袋、そしてしろいシーツ。わからない、何。猪神さん、わかりますか。無言。答は蜂。蜂。蜂毒。そうか。蜂の中で獰猛なオオスズメバチ。この巣が小寺さんの家のちかくにあった。成程、殺人蜂という。蜂にさされて死ぬ人の9割がこのアナフィラキシー・ショック。それで窓に目張り、ヘルメットか。そう。窓の目張り、蜂の侵入を。天井のガムテープは侵入した蜂を。それでも飛びまわられらた時、ヘルメット、首にマフラー、手袋。体にはしろいシーツ。蜂はくろいものをおそう習性。それでしろいシーツ。成程。ぼくは蜂の可能性を考えた。だが巣は軒先、木の枝に。そういう場所ばかりを。全然なかった。ちがうのか。蜂の巣は地面の下、地中につくる。そうか。石の下、ふるい木の根の下。ビルディングみたいに何層も。兵隊蜂たちは地面にあけたトンネルをつかって出入り。

*** 040809 巣の除去を相談窓口に依頼、朱美も懇願、殺意を秘めて沈黙、証拠隠滅が宇宙人の戦争
へえ。それがあの地面にあいた大穴。オオスズメバチの巣をとりさった跡。4つ。オオスズメバチの大コミュニティ、一大発進基地。小寺さんは毎日が不安だったろう。えっ、するとあれをとりのぞいたのは誰。鎌倉の保健所、住民相談窓口の、羽山課長以下の保健所員。保健所には、さっきいったでしょう。猪神さん。そう、でも本当のことをいえない理由があった。皆んなに。そう。ええ、どういう。あの除去作業は5月の7日。ところが小寺さんが死んだのは5月の5日。この意味は何。無駄だ。だから、こう推理できる。

うん。小寺さんは命の危険を感じて住民相談に再三うったえた。巣をとりのぞいて。駆除してくれ。自分はかってオオスズメバチにさされた。特異な体質。もう一度さされたら死ぬかも。はやくしてくれ。なるほど。アナフィラキシー・ショックといっても誰もピンとこない。窓口はうごかなかった。ひどい。保健所は専門家。症状の勉強くらいやっておくべき。

朱美もそう考えた。えっ、彼女はしってたのか。そう思う。でも何も。君がたずねても。そう。何故。怒り心頭に。だったらなお、いうだろう。まあ、まよってたとは。しかし、どうしてもいえなかった。いえば相談窓口の羽山課長がころされた時、犯人が自分と。じゃあ、あの時すでに彼女は殺害を。彼女は怒りから狂気へ。小寺さんとの結婚が惟一の希望。だから彼女もまた必死で相談窓口に。フィアンセが死んでしまったら、自分はひどい暮らしから脱出できない。ああ。とこが死亡。さされたか。

おそらく。部屋を懸命にしらべた限り、蜂の死骸はなかった。目張りしてても駄目。ドアがあいてる。玄関から、トイレの汲み取り口から。ふうん、あれは殺人でない。ちがう。電磁波でも。ひどいじゃないか。出鱈目ばかり。あれはフィアンセにあわせておく必要が。警戒させると情報が。ともかく朱美は窓口にはげしい怒りを。自分の幸せをうちくだいたのは羽山課長となった。ああ。そうだね。彼女がおこった理由はほかに。何。連中のみにくい保身。死んだときいてあわてた。保身をはかった。保身。あれがあの宇宙人の戦争だ。そういうこと。小寺さんの死が蜂毒。これが医師により立証。彼が住民相談窓口に何度も。露見すれば放置してた。これは問題に。先送りはお役所のお家芸。もし裁判。なら証拠は隠滅。人目につきにくい明け方に。証拠をもちさった。それが宇宙人の戦争だ。

*** 040810 防護服、ヘルメット、発煙筒、煙の中の懐中電灯、道路清掃車
なるほど。ヘルメット、宇宙服顔負けの防護服。巣をほりだし除去。煙は。発煙筒。大量の煙を注入。すると蜂が仮死状態に。作業が安全に。じゃあ火花は。発煙筒着火するとしばらく火花を。ふかい穴にいれるためにはながい棒が必要。じゃあ、光線銃は。ただの大型懐中電灯。大量の煙。光の筋ができる。光線銃。声は。悲鳴は。尋常じゃない蜂が。悲鳴も。はあ、戦争じゃない。極楽寺みたいな田舎に。宇宙人が。UFOは。ただの道路清掃車。前に大型のタワシがついてた。はあ。さらに課長は 念には念ををいれて蜂の死骸を一匹のこらずひろった。当日はもちろん、後日も。緻密だね。あると思ったがないからね。ふうん。課長は小寺さんの遺体から特殊IgE抗体がでないことを。変死で刑事事件の疑いが。なら司法解剖にまわる。しかし通常の血液検査ではIgE抗体のチェックまではしない。結局何もでず。遺体は家に。課長は命拾いだ。そう。でも朱美さんは、うったえなかったのか。なかった。おそらく金がないから。和解金は数10万。弁護費用をはらえば。

*** 040811 朱美の復讐、ジョギング時を襲撃、反撃、死亡、辞去
朱美さんはどうしても羽山課長をゆるせない。それで復讐に。成程、でもどうやって。彼は夜ジョギングにでる習慣。え、どうしてわかる。これは推測、芝生の真ん中が一筋うすくなってた。塀の際には踏み台になりそうな石が。塀の外にもおなじような石。ここから出入りという可能性。ともかく朱美さんは、この習慣を小寺さんにきくなりしてしってたんだろう。それで彼女は夜、塀のそばに張り込み。羽山課長がでてくるのをまった。で、おそおうとした。失敗。もみあい。その末、江の電にぶつかり、死亡。その後の羽山課長の工作は、すでにのべたとおり。さて、説明は以上。質問は。では造田は。誰ですか。ああLPガスの。小寺さんの元上司。無関係。では猪神さん、ぼくは話しをした。あなたは約束をまもる。お願いします。あんた名前は。へっ。いいでしょう。もうお会いすることもないから。で免疫の話しはわかったでしょう。怒りがすぎると病気になりやすく。ではさようなら。

二人はちかくの海岸で缶入り紅茶をのみながら夜明けをまった。

(物語おわり)

* 050000 感想
落語の人情話のようである。少女が散歩にでた御手洗に依頼する。自分たちの何気ない言葉が、したしくしてるお婆ちゃんを老人ホームにおいやる。江の電沿線の極楽寺駅のちかくにすむお婆ちゃんが宇宙人の戦争を見たとテレビでいった。大人たちは老婆をボケたと考えてる。御手洗がたずねる。すると近くで葬式。死者は地球外生命対策研究会の会員だった。焼香。婚約者の朱美に生前の様子をきく。異様な状況におどろく。お婆ちゃんを嘘つきあつかいする強引な刑事が登場。やがて朱美の死体が発見。事件は急展開、御手洗が見事に解決する。

御手洗が大活躍。その名探偵ぶりと奇人ぶりが目だつ。ほどよいキャラの石岡と好対照をなす。江の電にのってでかければ、いまでも見ることのできる日常生活の中におきた事件である。登場人物の誰も悪人とはいいきれない。御手洗は少女の依頼にきちんとこたえて、物語がおわる。ロンドンの221Bで共同生活をしたホームズとワトソンを現代の横浜にうつしたような探偵小説の好編である。

* 060000 テーマ
少女が胸をいためたお婆ちゃんをすくうため、どのように事件を解決するか、がテーマである。

依頼をうけた御手洗はただちに現場におもむき、翌日第2の事件にも現場にタクシーで急行、遺体検証の後、犯行現場にのりこみ、犯人をとらえた。依頼をうけて翌日に完了した。移動手段は公共交通とタクシー。解決後、鎌倉署から横浜までの交通手段がなくなったので、ちかくの海岸で石岡とともに夜をあかした。御手洗の解決の鮮やかさを際だたせた。

* 070000 評価
1) 理論的に可能か、2) 実際にあり得るか、について、問題はないと思う。

2) についてだが、オオスズメバチが土の中に巣をつくることを御手洗がしらなかったという事実、住宅街である極楽寺で夜間土木工事をしてたことは、疑問がのこる。

ここでこの作者の推理についてのべる。推理はもっとも確率のたかいものをえらんでおこなうと御手洗にいわせてる。その実際の過程は、丹念にいろいろな可能性を検討してすてる。それが煮つまるとあたらしい場面に展開する。また可能性を検討する。これをくりかえし、正解に到達してる。また、すてさられた可能性のなかに正解への重要なヒントをかくしてる。

沿線にすむ羽山課長のところにむかう途中、御手洗と石岡が江の電の中で会話する。石岡が小寺が布団の中で死んでたトリックにつき御手洗にきく。ガムテープがトリックであり、それは粘着性だ。御手洗は石岡が提示する考えに一々反論し、論破する。一見無駄なようだが、石岡が最後にあの粘着テープを天井からぶらさげたのは、何かちいさなものをひっつけようとしたといった。それは小寺がオオスズメバチによりショック死したことの重要なヒントになってる。

物語の中に展開される推理のおおくはすてられる。そこに御手洗の飛躍した論理、とぼけた石岡の論理、強引あるいは常識的な論理がいりみだれる。個性ゆたかな登場人物、急展開する場面の連続とあいまって、推理小説の醍醐味を感じさせる。

(おわり)

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謎解き島田、透明人間の納屋 [島田荘司]

* 0100 はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

* 0200 旅する地球
** 0201 旅する地球
F市の干し浜(ほしはま)、夜。真鍋さんがいう。太陽系は時速100万キロで宇宙をすすんでる。干し浜は真っ暗、ただ波の音。太陽は琴座のヴェガにむかってる。ぼくらはおおきな球の上にのってる。太陽が東の空からのぼって西の地平線にしずむ。それは自転。自転と公転の違いは。うん、わかる。太陽も月もたくさんの星も、東の空からのぼってゆっくりと西にうごいて、しずんでく。そのスピードは太陽とおなじ。へえ。昼でも星はある。太陽のまわりには星がある。しかし太陽があると空があおくひかる。だから見えない。この星も太陽とおなじスピード。その時、太陽をおいこしたりしない。一定の距離をたもつ。これは空がうごいてるのではない。ぼくらのほうがうごいてる。

* 0300 ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。

透明人間の納屋 (ミステリーランド)

透明人間の納屋 (ミステリーランド)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2003/07/30
  • メディア: 単行本


* 0400 旅する地球(つづき)
** 0401 空はうごかず、ぼくらがうごく
でも、うごいてる音がきこえない。そうだね。でも何でもうごけば音、たとえばこの水も。砂浜によせる波。それは摩擦。ぼくらがうごいていることをしること。とても大事。科学にとっても人間にとっても。だってそれに気づくのに何千年もかかった。ずっと空の方がうごく。ぼくらがのった平らな地面の周りをまわってる。天動説だね。そう。でも真実は迫害された地動説の方。これは大事。物事は見る角度をかえれば別の面が見えてくる。そして皆んながちがうといいそうならたいていそっちが真実。考え方を反対にすれば見方をかえれば別の顔が見えてくる。ぼくはだまってた。それが一番大事。皆んなとちがう方向から見ること。それもいろんな方向から。よくおぼえておいてね。うん。あれは昭和52年(1977)の夏。ぼくが9歳。いつも真鍋さんと一緒だった。彼の印刷工場にいった。仕事の手伝いをした。それから一緒に食事、散歩。こんなふうに真夜中までいいることも。そうはいってもあの夜は特別だった。真鍋さんが今夜は夜中に家をでておいでとさそってくれた。

** 0402 螺旋をえがいて宇宙を旅する地球
ぼくは母子家庭。母はいつも2時過ぎにもどった。汽車で一駅隣りのバーではたらいてた。いつもタクシーでかえってきたようだ。当然ぼくは眠っている。だからこの8月12日の夜は母親のことを心配不要だった。夜中ちかくに干し浜にいった。流れ星がたくさんという。もうすぐ12時。真夜中にこっちの南にむくと太陽はこっち側にある。海の方をふりむいていう。太陽はこっちの、地球の真裏にある。地球は北半球から見るといつも左側に見て公転軌道をまわってる。自転はこちら。で、あの東の空、あっちが地球の進行方向だ。それは公転。そう。ふうん。太陽の進行を考えると地球は螺旋をえがきながら宇宙空間をすすんでる。

** 0403 流星群、彗星のかけら
太陽の周りをまわってるのは地球、惑星のほか彗星も。そのおおきな彗星が地球の公転軌道で交差してる。スイフト・タットル彗星というが、これは自分がすすんだ道に星屑をまきちらしてる。星のかけら。そう、霧になってのこってる。実体はガス、岩石。地球がこの彗星軌道の交差点を通過。それが今夜。8月12日。交差か。そう。危険では。地球は今から星屑の中にはいって、その霧の中を通過。それが見える。あの見張り塔の上あたり。流星が沢山。ぼくは見張り塔を。あれはF市の商工会議所の人たち、印刷所の取引関係の人たち。一緒に去年の夏つくった。真鍋さんが提案して、市役所の資金援助で。真鍋さんは大工作業が得意だ。ぼくも手つだった。当時、昭和52年(1977)ころはまだ街の明かりが邪魔しなかった。星がよく見えた。

** 0404 星のかけらに飛びこむ地球
ほら。あ、本当だ。しろく尾をひいて星がながれた。一つ、二つ、三つ。四方八方にながれた。今、地球はあの流れ星の中心にむかってる。時速10万キロのスピードですすんでる。星屑が雪のかけらみたいにとんでくる。でも本当はぼくらが雪の中にむかってとんでる。ぼくはこれが物事を反対から見るということだと思った。彗星のかけらが地球の大気にとびこんで、空気と摩擦して、あんなふうにもえてる。へえ、もえてるの。そう、そしてきえる。それが流れ星。そう。あの夜のことは印象ぶかい。地球がものすごいスピードの宇宙船だと実感した。

** 0405 孤独なぼくが真鍋さんに会った
ぼくらは自動車事故にあう。そんなふうに地球もおわる。あるかときいた。ぼくらが生きてる間はない。しかしいつかきっと、おわるといった。ばくは当時、自分がこの世界に適合してないと感じてた。ところが真鍋さんを見つけて、これが生きてる理由だと納得した。真鍋さんは、ぼくにとって完全、この上ない人だった。学校は全然面白くなかった。母親はいつも不機嫌だった。ものごころついたら父は家にいなかった。真鍋さんの影響を全面的にうけた。不機嫌な母親の顔と四六時中つきあうのがぼくの人生だと思ったから、友だちをもとめなかった。母にどうして父がいないのか、きく発想がなかった。それは彼がいたからだろう。

** 0406 おとなの世界
ひとつのものを別の角度から見れば全然別の顔が見える。これが皆んなにきらわれそうなら。それは真実だ。こんなことをきいたのは、この夜がはじめてだった。ぼくは大人の世界をはじめてのぞいた気持になった。もうずいぶん昔のこととだ。

** 0407 宇宙はこわい、ウイルス、透明な宇宙人
きれいだったろうと真鍋さんがきく。うん。宇宙空間には未知のウイルスや怪物がうようよしてる。こわいところだ。えっ、そうなの。そんな空間を突進する。だからあたらしいウイルス性の病気がやってくる。へえ。それどころか、宇宙人も何人もはいりこんでる。それ皆んなしってるの。しらない。透明なんだから。宇宙人は透明なの。そう。ところでぼくらはまだ幸運だ。本当にすごい病原菌にはあってない。えっ。もし出あったら。全員がおもい病気になる。未知の病気。人類は死にたえる。いつか。いつかはね。さあかえろう。星屑とぶつかった交差点はもうすぎた。まだ。かえりたくなかったのできいた。地球はおおきなボールなの。そう。どれくらい。しばら考えてからいう。あの地平線をごらん。ふうん。ちょっと見えにくいが弧をえがいてる。ふうん。あの曲線はおおきな円をつくる。その中心にぼくらがいる。そんなものだ。

** 0408 地球のおおきさを見る
よくわからないか。うん。じゃあ、あの水と空の境の線、どれくらいの距離。わからない。5キロだ。ちょうど隣町のG市くらい。ちょうどヨウちゃんのお母さんがはたらいてるお店くらいだ。そうか、たいしたおおきさでないと思った。またいう。水平線に船が見える。それを双眼鏡で見る。いきなり船の全体は見えない。まずマストの先、それから煙突、客室、最後にやっと全体だ。これは地球が丸いから。はじめにマストが見えた時、それはおよそ10キロ。ぼくらから水平線の距離とマストから水平線までの距離は同じだから。そう。あとで円をかいて考えればわかる。地球はそんなにおおきくない。だって簡単に外国にいける。ええ、そうなの。そう。

** 0409 銀河系を旅する太陽系
あの星は北極星。あの下に大陸がある。中国、朝鮮半島。ちいさな船で簡単にゆける。本当に。そう、大人になればわかる。ぼくも外国に。ゆける。へえ。今度一緒にゆこうか。本当。そう。約束。約束をした。でも北極星には絶対にゆけない。ロケットにのっても。そう、今見えてるあの星は430年前にでてきた光だ。へえ。徳川時代がはじまった頃。光の速さで430年。光は1年間に9兆キロなのに。すごい。でもぼくらの銀河系のほうが。直径10万光年。全体が回転してる。太陽系もこの渦のうごきにのって回転。それが時速100万キロ。そう。よくおぼえてた。学校の成績もいいんだろう。さあ。とにかく、ものすごいスピード。そのスピードでも、宇宙ができて銀河系ができて、太陽系はその銀河系の周りをまだ20周くらいしかしてない。そう。

** 0410 宇宙のいのち、真鍋さんの夢
ぼくがきく。宇宙は何年前にできた。百数十億年前と。どうしてできたの。ビッグバンという大爆発のせいと。じゃあ、その前は。何も。へえ。くらい空間は。ない。空間も。ない。へえ。時間も。ビッグバンが空間も時間もつくった。ほう。真鍋さんはどうしてそんなに宇宙のことをしってるの。子どもの頃からすきだった。そんな仕事がしたかった。へえ。そう、宇宙旅行の本ばかりよんでた。でもロケットはミサイルにも。すると広島のように原爆をよその国にうちこめる。それでやめた。そうか。ヨウちゃんもおおきくなって、人をころす研究はしちゃ駄目。人をたすける研究をするんだ。

** 0411 ぼくの後悔
あの頃は従順な子どもだった。と思う。真鍋さんの前ではそうありたかった。あの優しさに何があるのだろうと考えなかった。青春の時期にはまだとおく、その毒をまだもってなかった。真鍋さんの優しさにあまえてたのだ。しらずしらずに傲慢になってた。何故ぼくにあれほどひどいことができたのか。あんなに献身的だった真鍋さんにぼくは本当にひどいことをした。とりかえしのつかない罪をおかした。子どもにだって毒がある。そんな毒が。

* 0500 透明人間の作り方
** 0501 周囲に透明人間がいる
もうひとつ真鍋さんがぼくによくしてくれた話しは、宇宙からきた透明人間。不思議な話しだ。とても上手にはなす。証拠も沢山。いるということがだんだん。これまでは、そんなことない。でも知識がふえる。世の中にはいろんな人間が。科学で説明のつかない現象。星の数。そうきいてぼくは自分が盲目だったと思った。真鍋さんにいろいろおしえてもらった。その最大がこの透明人間。真鍋さんは透明人間はずっと昔からいた。透明にする薬も。とっくにできてる。だから透明人間はこの地上に存在、あちこちをあるいてる。でも気がつかないだけ。この街にも。いると真鍋さん。見た。否、だって透明だから。だけど絶対にいる。この日本という国には透明人間はとてもおおい。透明人間は自分がそうといわなければ誰にもわからない。そしてもし秘密をいったら、大変なことに。仲間だって危険になる。だから透明人間がこの世にいることは、いまだに誰にもしられていない。

** 0502 透明人間の秘密の任務、世界を幸せにする
でも真鍋さんはどうしてしってるの。秘密。君にだっていえないこと。へえ。透明人間は秘密の任務をもってる。重大な任務だ。え、どんな。それは全人類を幸せにする任務。たとえば極貧の人、飢餓の人、病気でお金のない人、自分の子どもをうってお金をえる人。こんな人をこの世からなくす任務。すごいね。だから大人になったらやってね。でもぼくは、やっぱりいないといった。それはヨウちゃんがまだ世の中をしらないから。何も理由がないのに突然もえてしぬ。そんな人が世界には沢山いる。きいたことない。うん、あった。そうだろう。それから全然手もふれない。でも毎月腕、額から血をながす人。うつぶせになった他人の背中においたフォークを全然手をふれないでくるくるまわす人も。うん、見たことがある。ランプのコードを手でつかむ。ランプがぽっとともる人。モーターの電線をつかむ。まわりだす人。ぐっと念じるだけで時計の針をとめる人。しばらくだったら空中にうかべる人。ね。だから透明人間がいても全然不思議でない。

** 0503 薬をのんで透明になる
どうやって透明人間になるの。地球人の場合は細胞を透明にする薬をのむ。すると地球人も宇宙人になれる。この薬はずいぶん前に完成してる。それはどこで。アメリカで。否。皆んなアメリカばかりがたいした国だと思ってる。暴力、人種差別、お金持ちはどんどん金持ち、貧乏人はいつまでも貧乏人。こんなことが何年もつづいて、今はたいした国でない。ふうん。また女の人もしいたげられてる。女医はほとんどいない。いい仕事につけない。えらくなれない。夜、いけないことをしなければ生活できない女性がおおい。世の中が矛盾だらけ。お金だけがものをいう。平等も希望もない。駄目な国だ。ふうん、でも面白い映画が。ハリウッドでごまかしてる。国家がハリウッドにお金をだしてる。国のイメージをよく見せてる。見せかけだけの嘘。本当はその国の内側は腐敗。あの国は本物の発明品はできない。

** 0504 透明薬はソ連、アメリカでない
念力でフォークをまわしたり、空中にうかんだりする人は中国やソ連におおい。透明人間の薬もソ連で発見された。アメリカ人はまだしらない。えっ、発見、発明でなく。そう発見、発明でもある。モーター、しってる。うん。あれはパリ万博で間違って発電機に電気をとおした時、まわりだした。それで発見された。でも発電機は発明品だから、それとおなじ。へえ。透明人間の薬も半分が発明、半分は発見。

** 0505 ぼくは一人でたべる夕食がいやだった
ぼくの名前はヨウイチ、母親は千鶴。一人っ子。F市のはずれの、周囲は一面畑という一角、2DKの平屋住まい。F市は隣りのG市おまけみたいな街。畑、田んぼ以外は何も。ふる ぼけた商店街が駅前に50メーターくらい。それですべて。冬になると日本海からつめたい風がふきつける。これが沢山の雪をはこぶ。だから商店街の両側にはずっと屋根がついていた。季節にはここはトンネルになる。

家の庭には柿の木といちじくの木。いちじくは床下から家をもちあげてた。真鍋さんにきってもらった。家の中はどこもかもくらかった。特に台所の板の間。冬は寒々として、ここでの食事が嫌だった。だから学校からかえって家にはいるのが嫌で隣りの敷地の真鍋印刷で毎日すごした。陽がくれてからかえれば誰もいない寂しさを別にしたら、一人もそうわるくはなかった。蛍光灯をつけたらよその家とかわらに。口うるさい親がいないよさもある。そこで宿題をして、ちょっとテレビをみて、あとはねるだけ。

** 0506 真鍋印刷で宿題をしたり夜おそくまでいたことも
昼間、印刷機がやかましい。そのそばで宿題をすることもあった。印刷所の隅には真鍋さんが依頼者とはなす応接セットがあった。そこでよく宿題をやった。窓がおおきくとってあって、中はあかるかった。ぼくは印刷機のインクとオイルの匂いがすきだった。その頃、大人になったらなんとなく印刷屋になろうかと思ってた。真鍋印刷は商工会議所がだしている新聞やG市の業界紙などを毎月印刷してた。それにくわえてあちことから単発の仕事もあった。毎日印刷機がとまることはなかった。夜おそくまで機械の音がしてる日のほうがおおかった。真鍋印刷は順調で真鍋さんはそれなりに豊かだったと思う。

いついっても嫌な顔をされたことがなかった。ウヅキ君というアシスタントが一人いた。ぼくのためにお菓子や漫画雑誌をおいてくれてた。不思議なことに、あの口うるさい母が何もいわなかった。真鍋さんが毎日ぼくに食事をおごってくれたり、お金をつかってくれてたのに。ウヅキ君をかえすと真鍋さんはF市の商店街につれていった。洋食屋のカレーライス、おでん屋の屋台。海沿いの熱した石でとれたての魚をやいてだす店。でも一番おおかったのは印刷所でとる店屋物のカツ丼か親子丼だった。

** 0507 母は真鍋さんがいると笑顔になった
いつも、真鍋さんとぼく、時にはウヅキさんをいれた3人でたべた。彼はほとんどしゃべらない。これがいつもの夕食だった。母は夕食前にでかけた。朝食は母とたべたが、睡眠不足を口にした。母はぼくを嘲笑した。そんな時だけわらう。つきあってわらったが本心は嫌だった。二人の時はわらわなかったが、真鍋さんがいるとニコニコした。なのでできるだけ真鍋さんをくわえるようにした。母は真鍋さんと懇意なように気軽にはなした。しかし真鍋印刷の敷地にははいらなかった。いつも垣根か門のところでの立ち話だった。普段面倒をみてもらってるお礼か、母は真鍋さんを朝食に招待した。そんな時は食卓がいっぺんにあかるくなった。そういう日、夕方、真鍋さんと二人になるとぼくにちょっとした秘密をおしえてくれた。たとえば、母は父とわかれた。お酒をのむ人だったとか。

** 0508 真由美さんがくると真鍋さんが不機嫌となった
そんな話しを母からでなく、真鍋さんからきいた。真鍋印刷にいると辛島真由美という人がきた。幼馴染だそうだ。ぼくがソファにいると、はなれて真鍋さんとはなす。またあの子がいるといった。この時、真鍋さんは不機嫌となった。もうくるなという大声が機械の音にまじってきこえた。あの子はあの性悪の千鶴の子。わかってるといった。これにはびっくりした。真由美さんが母の知り合いとは。お兄ちゃんはだまされてるともいった。真鍋さんは真由美さんをひきずるように外にでた。ぼくはもうかえろうかと思った。ウヅキ君も外の声を気にしてた。真鍋さんがもどってきた、ごめんといった。真由美はライバルだから。へっ、何の。ウヅキ君によばれた。

** 0509 納屋にはぼくのすきなものが一杯あった
もどってきて、ぼくをつれて納屋にいった。カバン錠をはずして扉をあけた。中はぼくがすきな場所だった。秘密の工房だ。中央のデスクの上にくろくておおきな機械。地球儀、天球儀があった。この機械は何するものときいたが、こたえてくれなかった。壁に何故か人体の解剖図。壁際に何段もの棚。沢山の模型飛行機。プラモデルの船、機関車、自動車。ちいさな骨格模型、人体模型。あとは沢山の本。雑誌、鉄道模型、映画の趣味。戦闘機、外国の自動車の写真集。その頃、真鍋さんはいそがしくなって、こういう趣味の時間がなくなってた。工場が暇な頃はよくここでプラモデルをつくってた。ぼくはそれにひかれて、毎日真鍋さんのところにいりびたるようになったのだ。

** 0510 真鍋さんはいつも左手に手袋
真鍋さんは何故かいつも左手に手袋をしてた。冬は革の、夏はグレーの布。昔ちょっとした事故で左手がうごきにくくなった。そのためエンジニアの仕事をあきらめたという。だからあつい日でもワイシャツ、右手だけを腕まくりしてた。なのにすごく器用な人で大工仕事も本職なみ、模型作りも上手、頭がよくて、学校の先生よりも教え方がうまかった。真鍋さんを尊敬してた。子どもの頃はロケットの技術者か発明家になりたかったそうだ。

ぼくが納屋にはいれば、どんな時でも機嫌がなおることをしってた。この日はつくりかけのエンジン付き模型飛行機を見せてくれた。出来たら干し浜でとぼそうといった。ベッドとパイプチェアがあった。ここで寝泊まりすることもあるそうだ。真鍋さんがいった。

** 0511 意地悪な真由美のことをあやまる
真由美のことごめん。うん。あいつはひどい。子どもに罪はないのに。横をむいた顔に憎しみの光があった。ころしてやりたい。うん。ヨウちゃんのお母さんに嫉妬してる。あの人はお母さんの知り合い。G市でお母さんとおなじリンドンではたらいてる。お客のとりあいとか。こんなことわかるかな。皆んな生きるため必死なんだ。取り合いしたの。ううん、そうでもないが。真由美は篠崎という人のところにお嫁いりしたい。篠崎はリンドンのお客。篠笹というチェーン店の居酒屋の息子。へえ。店がはやってる。だから真由美は必死。ふうん。その篠崎はお母さんのこともすき。で、真由美がおこる。でもそれは仕方ない。美人だから。ふうん。真由美は本当に馬鹿な奴だ。邪魔してやりたいが、あいつも気がつよい。そしてちいな声でいった。こわしてやりたい。あいつは裏切り者だ。あんな結婚、堕落だ。絶対に駄目だ。

* 0600 透明人間の争い
** 0601 もう一人の男、真由美・真鍋さんの口喧嘩
ある夕刻、印刷所にいったらウヅキ君が一人。真鍋さんはときこうしとしたが、突然、機械がうごきだした。あきらめて納屋にいった。カバン錠がはずれてた。隙間から中をのぞいた。二人の男の背中。あのくろい機械の前で熱心に話しこむ。機械がうごきだした。その音が工場の印刷機と一緒。二人はこちらを見た。真鍋さんともう一人。何度か顔を見たことがある。すぐ真鍋さんがやってきて、ソファでまてといって、扉をしめた。建物の角の壁にもたれていると、真由美さんの叱声がとんできた。大人の仕事の邪魔、勉強を。宿題は。もうやった。予習復習は。ぼくの反論に立腹したらしい。生意気だ。わたしはえらい。えっ。宇宙からきたかぐや姫。へえ。そう。もう自分の家にもどれ。ぼくは家に。真由美と真鍋さんの声。子どもにあたるな。関係ない。ないわけない。あの女の手だ。否、どういうことか。わたしたちを仲たがいさせる手。馬鹿な。目さまして。お兄ちゃん。利用されてる。否。

** 0602 男と真由美
無給の子守りはやめろ。あきれた。理想はどこに。金、金、自分の損得。金つかんで日和たいか。関係ない。なら、この子もほっとけ。ある。わたしの闘い。じゃあ外で、自分の家か店で。ここは俺の家。否、あの女の家。へえ。どういう意味か。この裏切り者。自分の都合ばっかり考えて。ちかよってなぐった。いたい。真由美さんがズボンの下あたりをけった。何度も。あの性悪女、ここまでやるのか。おい、俺だ。わかってるか。あの人じゃない。金切り声でわらって、あの人、貴婦人みたいに。もうやめろ。おまえ はもう必要ない。どこかにきえろ。きたくてきてない。お兄ちゃんのため。もう二度とくるな。ぼくは足がふるえた。そこであの男がでてきた。一瞬、冰ついた真由美さんはさっていった。

** 0603 真鍋さんと一緒にお芋をたべた
ぼくはいそいで家にもどった。部屋の窓の曇りガラスをたたく音。あけると真鍋さんがたってた。お芋があるとさそってくれた。越後屋の奥さんからもらったという。真鍋印刷との境目の石の上でならんですわって、たべた。真由美のこと、ごめん。夜の仕事をするようになって頭がくるった。涙をふいた。泳ぎにいかないのか。うん、大人と一緒でないと駄目といわれてる。じゃあ日曜日。そうかお母さんが家にいるか。友だちは。学校があれば。気のあうのはいないか。いない。じゃあ夏休みはあまりすきでない。すきだけど、とっちでもいい。ヨウちゃん、孤独なんだ。

ぼくは考えた。時間があるの連中は、うんざり。そうでないのはガリ勉、塾がよい、共通項もないし、時間もない。さびしいのとはちょっとちがうと思った。真鍋さんがいう。自分も子どもの頃はそうだった。おなじ年頃の子どもは相手にならない。今に見てろと思ってた。ヨウちゃんはそうか。ぼくは首をかしげた。ヨウちゃんは一人ぼっちか。

** 0604 真鍋さんがなぐさめてくれた
ぼくはヨウちゃんのことがすきだ。いい子だから。いつもわすれたことがない。何かこまったら、いってくれ。力になる。うれしかった。夕食にいかないか。もうたべたし。真由美さんのこともあった。すると干し浜にゆこうとさそった。あるいて7、8分だった。10人くらいいた。ラーメン屋がでてた。いい浜辺だと真鍋さん。

** 0605 干し浜に赤座のこと、透明人間のことをはなす
自然はすごい。誰にたのまれたわけでなくこんな綺麗なものをつくる。そのよさは人間にもわかるんだ。見張り塔にむかった。ねえ、真鍋さん。あの男の人は誰。あれ赤座。ふうん、仕事の知り合い。商工会議所につとめてた。今はG市のスナックやってる。あやしげなものだがとわらった。赤座さんは真由美さんの知り合い。そうみたい。だがよくは。ふうん。あんな女、興味ない。見張り塔に到着。あがった。鍵をまわし扉をあけた。海側の窓により、あおり板をもちあげた。去年の夏につくったばかりだ。

透明人間とぼく。えっ。パイプ椅子にすわった。透明人間てかなしいんだ。一艘の船が水平線の間際に見えた。誰にも見えないということは誰にも認識されない。どんなよいことをしても評価されない。

** 0606 透明人間の不幸
人は顔と名前に評価をあたえる。透明人間には両方ともない。最初から名前ないの。いや、最初はね。でも透明になったら名前がきえてしまう。なった時から透明人間という名前だけとなる。でもまたもとにもどれるのでしょう。一度だけなら。ふうん。薬をのむ。地球人なら。透明になる薬。うん。ならどうやってもどるの。5時間くらいでもどる。自然に。それは1回だけ。個人差がある。2回のんでまた見える人も。でも透明のままの人も。こわいんだ。そう。こわいね。あれは誘惑だ。だって何だってできる。でもこれにまけて2度薬をのんだら、もうもどれない。もどれなくなったら。それはそのまま、くらしてゆく。一生、透明のまま。

** 0707 みじかい寿命
地球人の 場合、ながくは生きられない。えっ、どうして。しりたい。うん。あの薬はある種のウイルス。ところでインフルエンザはしってるね。うん。これは宇宙からくる。へえ。そう。宇宙空間とはそういうところ。これはもと宇宙をただよってる生物。太陽風にのって地球にふきよせられる。ふうん。地球の磁気にひきよせられて、北極にふってくる。ええ、それはもえつきない。流れ星のように。あれは物体。これは、ふわふわ落下。もえない。へえ。だからインフルエンザは太陽の黒点がふえると大流行。これが北極圏で渡り鳥の雁の体内に。それから地球のあちこち。香港の近く、アヒルとか豚の体内に。それから人の体に。インフルエンザという病気をおこす。雁から直接人体には感染しない。何故。

** 0708 5年の寿命
もともと人体に、はいれない。宇宙人にならはいれる。それが豚にはいりDNAの一部が豚のものと交換される。それで人間に感染できるようになる。ふうん。北極圏にふってくるウイルスは沢山。インフルエンザだけでなく、肺炎、それらの中に人間の細胞を透明にする酵素をもつ生物がいた。それをとりだして純粋培養、遺伝子の組み換え、透明化の作用をつよめる改良をする。これが透明人間にする薬。ふうん、宇宙からきたのか。そう、薬は宇宙から。でも人間には病原体の一種。だから地球人にとっては危険。最後には高熱がでて発熱でしぬ。えっ、いやだ。そう、絶対のんじゃ駄目。でもしばらくは大丈夫。しかし徐々に衰弱。2年、3年。ながくて5年。こわいんだ。透明人間はおおきなリスク。絶対のんじゃ駄目。でも1回は大丈夫。1回はね。風邪だって自然になおる。あれとおなじ。子どもは。駄目。抵抗力がない。それに透明にならないですぐ死ぬ。

** 0709 水死体に
死んでも透明のまま。死んだら見える。でも裸でしょう。うん。じゃあはずかしい。透明人間は必ず水にはいって死ぬ。何故。猛烈な高熱。だから水に。それでたいてい海で死ぬ。細胞が水にとけやすくなってる。ほどける。そうしたら魚がよってくる。結局骨だけになって海の底にしずむ。まあそうなる前に海にただよってることもおおい。そうか。だから薬をのもうなんて思ったら駄目。

* 0700 透明人間の蒸発
** 0701 蒸発女の事件、事件の概要
それからあの大事件がおこった。G市の蒸発女のミステリーという名で全国的に有名となった。ぼくが学校できいた噂はこうだ。真由美さんは自分は宇宙人なのだと以前からいってた。ある日宇宙から指令がきて20日の夜に、おまえをけすといわれた。分子に分解してUFOに収納し宇宙につれもどすという。真由美さんはこわがり、なきつづけてた。この話しをきいた人、ないてるのを目撃した人がいるという。ぼくは真由美さんからかぐや姫といってるのをきいた。宇宙人が誘拐するアメリカ産の連続テレビドラマが放映された。子どもたちも興味をもった。この事件は大人のもの、子どもは興味をもってはいけないとの雰囲気があった。それで身近な事件だが内容について、くわしくない。この事件をとりあげた小説家、松下謙三、当時有名な推理作家だった。文芸JSとう小説雑誌にノンフィクションの短編としてのった。以下に引用する。

** 0702 ホテルの一室で発生、謎にみちた事件、蒸発の婚約者
日本海の海べりG市のホテル・エルシノア401号室でおこった女の消失事件はミステリー愛好家としては不可解で面白い。401号はこのホテルの4階の端、廊下の奧まった角部屋。きえた花嫁の婚約者は篠崎太一。地元越後で最近あたってる篠笹という居酒屋チェーンの一人息子。31歳の独身。リンドンというスナックのようなちいさな飲み屋で辛島真由美という小悪魔的なホステスとしりあった。遊びからふかい関係、女の要求で結婚を約束した。ほかにねらってた女がいたらしい。太一の実家は調査したところ、福岡の出身、両親ともに死別。親戚、兄弟もない。後くされがなさそうと承諾した。男の家には両親がいた。女の安アパートは手狭。G市の海べりのエルシノアというホテルをよく逢引きにつかってた。G駅からは徒歩で小一時間。建物は4階建、全体がしろいタイル張り、1階には魚料理のレストラン、ラウンジ式のティールーム。二人は毎週末まるで婚前旅行のようにここにとまってた。

** 0703 ホテルで毎週密会、8月20日夜8時半、大型のバッグで
部屋はいつも401号、眺望がもっともよく、ここだけカラオケ・セットもおいてあったから。ここには少人数のパーティならひらけるようなスペースがついてた。ソファが大型、多数。10人弱が利用できそう。冬などは海と雪の景色が絶景。海までへだてる建物がない。篠崎家は土地の名士、優先的利用が可能だった。眺望は絶景だが外にヴェランダはない。窓は嵌め殺し。あかない。ビルの足元にはブロック塀があり、路地がはしってる。これは海までつづく。窓の外はビルの壁面、絶壁。8月20日の話しである。

8時と8時半頃に別々にホテルにはいったらしい。まず太一、つづいて真由美。部屋で落ちあう手順。到着時刻の差はだいたい30分。真由美は膝上丈の薄茶のワンピース。サンダルふうの足指あたりは革ひものハイヒール。髮はゼミロング。一緒の時、二人はよく1階のレストランで食事。それから部屋に。だが、この日は、いきなりあがった。これは太一もホテルのフロントもそう証言。太一は書類がはいった、かかえるタイプの小型のバッグをもってた。真由美は手提げ式のハンドバッグ。やや大型。真由美は寿司の折りをもってきた。これは太一の好物である駅前の寿司屋のもの。寿司にしたの。部屋でお茶をいれて二人でたべる。冷蔵庫にはビールも。

** 0704 おびえた真由美、ずっと一緒
ここからは筆者が太一にあってきいた内容。真由美は非常におびえてた。普段はおくゆかしいが、この時は部屋にはいるなり自分にだきついた。今夜は一刻もはなれたくない。体はふるえてた。本人は誰かに誘拐されるといった。太一はそんな危険が切迫してるとは思えなかった。大丈夫といって元気づけた。褥にはいってもずっとだきついて、はなれなかった。はなさないでというので、そうした。真由美の体はずっとふるえてた。何度なぐさめても効き目がなかった。真由美は自分がトイレにたつ時もついてきて外でまってた。冗談のようでわらった。

** 0705 なきやんだ真由美を安心させ、愛情交換、空のベッド
しばらくしてなきやんだ。おきたら二人で寿司をたべる。カンディーズとタイガースのカラオケ大会をやろうといった。真由美はミキちゃん、太一は沢田研二ににてたらしい。約束よと指をからませた。ここは密室である。拉致の心配はない。嵌め殺しの窓も他の窓も心配はない。4階の高み、周囲にビルはない。入口のドアは中からきちんとロック。ホテルの従業員ならあけられるかも。あいたらむろん自分にはわかる。それにこのホテルには従業員も、客も大勢。誘拐は無理。だから自分の警戒心はとぼしかったといった。

当時は連日の御前樣で睡眠不足。ビールもはいる。真由美との愛情交換がおわれば短時間、前後不覚にねてしまう。この時もおなじ。ねむりこけて、真由美は自分にだきついてた。ふと目があいたら11時前。隣りの真由美を見た。ベッドがもぬけの空。名前をよんだが、返事がない。あわてておきた。テーブルの上に寿司の折り、2つ。ひとつはあけられトロがひとつたべられてた。カラオケの機械の下の棚からは歌の本がぬきだされて、キャンディーズのページがひらかれてた。それで太一は真由美は部屋にいると安心。

** 0706 寿司折り、ぬぎすての服、靴
部屋に備えつけの小皿がテーブルの上、中に醤油。この折りにはいってた金魚型の容器。この中身。割り箸も、ひとつはすでにわれてた。そばには湯呑み。中には番茶。真由美が一人で寿司をと太一は苦笑。真由美は自分をおこそうか思案。醤油の小皿、番茶、割り箸、真由美のものだけでなく自分のも用意されてた。トイレにいった。ノック。返事はない。ドアを。いない。ふと見ると ベッドサイドにぬがれた真由美の服、かるくたたまれてる。靴まである。風呂か。で、いく。ところがドアがあいてる。中はがらんと。タイルの床はぬれてもない。湯船にも湯をはった形跡がない。そもそも浴室全体が冷え冷えしてた。

** 0707 フロント、部屋の各所、廊下、非常階段をのぞく、なし
ここで仰天。用具入れ、ベッドの下。洋服箪笥をひらいた。どこにもいない。フロントに電話。真由美とは顔見知り。それと気づく。このホテルは小振り。フロントの前をとおらずに表にでる。それはむずかしい。真由美が誰か不審な男と一緒に。そんなことないか。きいたがないという。太一は服をきて廊下に。非常口から表に。そんなことか。たしかめる。ここからが奇怪千万。

廊下の突き当たりのリネン室のドアがあいて、中で従業員の女性2人がシーツにアイロン。たたんで棚にしまったりと作業中。そしてその手前、401号室、リネン室間の廊下には客室のドアがならんでいるばかり。エレベーターも非常口もない。リネン室までいってその従業員にきく。ここにずっと。然り。どのくらい。2時間以上。だから太一らが部屋にはいっていったのもしってる。では401号室から真由美がでてきたか。ない。たしかか。然り。リネン室はエアコンがきかない。ドアはあけっぱなし。様子はわかる。他の部屋からの出入りはあったが、401号室は。誰もはいってない。でてない。ドアはひらかなかったか。一度あったよう。音もなくしまった。人もでなかったという。

** 0708 ドアがあいたリネン室に確認、なし
リネン室はL字形となった角にある。そのドアから401号室の正面が見える。エレベーターのドア、非常階段にでるドアも401号室からみるとリネン室のところのL字を左にまがった先にある。そこまでゆくのに必ずリネン室の前をとおる。太一は、401号室までの廊下をさし、きく。ではあれらの客室に、今空き部屋はあるか。それは真由美が401号室のドアをでて、すばやく隣りの空き部屋にはいる。この可能性を確認。今日の4階は満室。それに空き部屋でも必ず施錠。また401号室までの廊下ならドアがあけば見えるという。もっともと思った。また真由美はこの結婚に命をかけてた、いなくなるわけない。

もしそうなら。彼女の意志にはんした拉致。拉致目的の者が隣りに部屋をとる。そこにつれこむ。あり得る。しかしその人間がどうして401号室にはいる。不可解。かりにつれだしたとして、ドアがひらけば、この従業員から見える。さらにこの廊下の客室のいずれかにつれこむ。でもいずれはドアをあけて廊下にでる。見つかるのはおなじ。難問がもうひとつ。真由美の服。部屋にあるから裸。めだつ。また結婚に命をかけてた。声ひとつたてない。あり得ない。

** 0709 非常階段、フロントを確認、警察に連絡
何はともあれ、今一番の可能性。これらの部屋のいずれかにいれられてる。ならここからださない。廊下にしか出口はない。これらのドアをしっかり見はってくれとたのんだ。ホテル側の責任は重大と念押し。人間がはいりそうなおおきな袋。大型トランク。など不審な事があったら連絡。自分は警察に連絡。401号室かフロントあたりにいるとつげた。

太一は廊下をすすんで非常階段へでるドアをチェック。しっかりと施錠。エレベーターにのって一階におりる。フロントの真ん前でドアがひらく。ところで階段つかっておりたとする。フロントのすぐ横におりる。いずれもフロントの目にはいる。太一はフロントに部屋から婚約者がいなくなった。誘拐と思われるからすぐ警察に連絡とたのむ。従業員に4階の部屋の点検をたのめるか。警察でないと無理。また警察でも中の住人の承諾が必要だろうという。しかし4階の客のチェックアウトには注意、警察にも連絡。部屋にもどるよういう。で、もどった。

不可解、理由が不明。結婚したがってた真由美に自分の意志できえるか。ない。では当人の意志に反して。これは誘拐。するとあやしいのはこの階の別の客室。

** 0710 トイレ、浴室の窓をチェック
ふと思いついてまたトイレ。ここにも窓が。あけても手前にたおす形。この隙間は握り拳。次に浴室。ちいさな窓。あけると網戸。しっかりはまってる。その枠にふれる。容易にはずれない。網戸とアルミの窓枠に蜘蛛の巣を発見。これはあいてない。窓をしめた。この4階からおりれるわけない。茫然とする。辛島真由美はホテル・エルシノア4階の密室から裸のまま、煙のようにきえた。

* 0800 透明人間をつくる機械
** 0801 8月20日、納屋で謎の機械にふれる
真由美さんが失踪した昭和52年8月20日はぼくにとってもわすれられない日。この日昼食をたべ、母がでかけてから隣りに真鍋さんをさがしにいった。母は土曜日の勤め。店の女性の大半はやすんでた。印刷所の機械の音はしてたようだが、しずかだった。何かがかわってた。ぼくの耳はかすかな耳鳴りがするように。母の様子もかわった。真鍋さんの態度もわずかに変化。納屋の前にゆくとカバン錠がはずれた。扉の隙間の前でそっとたった。納屋はひっそりとして、今日は誰もいない。あのくろい機械をうごかせばどうなるのか。好奇心がわいてきた。機械にちかづいた。 上蓋をもおちあげようとした。すると、あぶないと声。大丈夫かと真鍋さん。ぼくの指のあたりをいじった。うん。ヨウちゃん、この機械はあぶない。さわっては駄目。手を見せて。ティッシュで指先をぬぐった。この中の薬がつかなかったね。うん。ごめん。いい。もうちかづかない。

** 0802 機械の秘密をきく
漫画をよもう。もうよんだ。真鍋さん、今日おしえてよ。何の機械。どうして危険。毒。毒ならまだいい。どうしておしえてくれないの。駄目だよ。ぼくらは友だちだよね。そう。おしえて。ぼくのために、何でもするといった。そう。ヨウちゃん、世の中にはしらない方がいいということもある。これは危険、処分しなくては。秘密の機械。秘密なの。そう。世界中がひっくりかえる。だらだまってて、もうすぐここからうつす。あちこちにはないの。ない。日本中でこれ一台。秘密をまもるから、おしえて。まもれるか。うん。男の約束するか。する。命をかけて。約束する。

** 0803 透明をつくる機械
じゃ、おしえる。機械の 上蓋をあけた。竹ヒゴをこの中にいれた。しろい紙をとって、竹ヒゴをぬき、その先っぽで紙をつっついた。すると紙のそのあたりがみるみる透明となった。真鍋さんがきく。ぼくがずっと手袋をしてるのは何故か。ええ。これは透明人間をつくる機械。紙が透明になったが、人間はもっと。といって、右手の指が左手の手袋にかかる。つまむ。ぼくは昔この機械の中の薬にうっかり手をつけた。手袋をぬきとる。たかくかかげた左手には手首から先がなかった。しろいワイシャツの袖口から先は何もない。ぼくは放心し真鍋さんはわらった。

** 0804 真鍋さんの左手首が透明だった
左手をゆっくりとさげる。手首は機械の陰に。さっきとは別のしろい紙が空中にうかんでる。左手をぐいとふる。空中にうかんだ紙もひらひらした。ぼくの左手はこんなふうに透明に。真鍋さんがどすんとベッドに腰掛ける。ゆっくりと手袋をはめた。その左手にあはいつものようにグレーの手袋があった。この機械にはちかづかないで。うん。

** 0805 警察の捜査、不審事項なし
(以下短編の引用)
ホテルからの通報で警官が2人やってきた。4階の客室をしらべた。片側のみに3室あった。説明し各客室の浴室、トイレ、ベッドの下、用具入れ、すべてをしらべた。不審な様子はなかった。リネン室の二人にたずねた。401号室のお客にいわれたので廊下をずっと注意してたが。でてきた人はいない。つづいて他の4階の客室もすべてあらためた。これらの部屋からも不審なことは発見されなかった。最後に401号室をあらためた。異常はない。真由美はこの部屋からでてないというのが彼らの結論だった。寿司は鑑識にもちかえる。湯呑みはかすかにぬくもりがあるといった。

** 0806 警察が篠崎をうたがう
テーブルの上の歌の本を。ひらかれたページ。キャンディーズの歌のタイトルと機械でこれをならすための数字。説明をもとめられた太一が約束のことをはなした。太一は考えた。真由美はお茶を。小皿をふたつ。金魚形の容器から2人分の醤油。ページをひらいてあれこれ考えながら、トロをひとつ。そこできえた。あるいはけされた。

** 0807 警察が尋問する
警官がきく。真由美が本当にここにいたのか。狂言をうたがってると思った太一が、何故そんなことをしなければと反論。自分は結婚するつもり。さられたら親戚知人の手前赤恥。段取りもくるう。真由美が自分の意志ででていった可能性は。心当たりは。ない。彼女は結婚をつよく願ってた。自分より彼女が熱心。だからない。かりにそうならリネン室の女性たちが気づく。フロントにも確認してくれ。一応納得。では誰かにねらわれてたか。

自分がしる限りない。部屋でおちあった時、何かに非常におびえてた。警官はフロントにおり客の住所、職業、年齢などを宿帳からひかえた。不審な点はなかった。非常階段。2階からしかでられない。2階なら地上におりれる。これは引き上げてある梯子をおろす。しかし地上から非常階段の2階にはのぼれない。2階のフロアから非常階段にでることは客はできない。これは施錠されてたから。おなじく階段側から2階のフロアにはいることもできない。これは2階、3階、4階とも条件はおなじ。普段は緊急避難用にあいてるが、従業員の手違いか、この日はたまたま各階の非常階段へのドアはすべて施錠。

** 0808 階段、屋上をしらべる
さらに外部階段の4階から屋上にでるには、もう1枚のドアをあける必要。これも施錠。1階から4階、各フロアからの非常階段へのドアの鍵は共通。しかし非常階段最上部から屋上のドアは、これだけ別の鍵。つまり誘拐犯が、何とか2階にのぼっても屋上にでられない。警官は屋上にでた。そこは四方を手すりが。真ん中に大型のプレハブ小屋。このドアにも鍵。これは資材置き場として。この周囲はしめった泥がうすくおおってた。わずかに靴跡。これは最近つけられたものでなかった。401号室の真上。浴室の窓とトイレの窓がある。トイレの窓の脇に雨樋がさがってる。かなりの距離、特に浴室の窓から4、5メーター。

ここに洗濯物をほすかとホテルマンにきく。業者にだすか、ホテル内。なかなら乾燥機。だからない。小屋は資材置場としてだけ。それも工事の際の資材ばかり。普段つかうものはない。だからまずあがる用事がない。今夜ここに9時から11時の間にヘリコプターが降下したことは。ない。警官は4階に。太一のところに。これで終了。警察にもどって寿司の分析。身代金のような動きがあれば連絡を。

* 0900 真由美さんの行方
** 0901 20日夜、ぼくは母の小言と真鍋さんの溜息をきいた
その夜、眠むれなかった。外で女の人の声。あの女何とかしてよ。世の中のゴミ。ぼくは母さんと思った。おやすみ。真鍋さんの声だ。窓の隙間からその姿が。納屋にはいっていった。壁をへだてた廊下で足音が。ぼくは布団の中にもどった。

** 0902 その後、自転車が駅の自転車置き場に、全国の話題に
(以下短編の引用)
誘拐犯、もしそうだとしたら、何もなかった。その後警察がつきとめた事実はすくなくない。寿司から薬物をはじめ何の異常も発見されなかった。なくなっていたのはトロだけ。真由美所有の自転車が駅の自転車置き場に鍵をかえておいてあった。リンドンへの通勤につかうもの。アパートの自転車置き場あるいはリンドンの脇にあるはずのものだった。

G市では神隠し、宇宙人の誘拐、生体実験などと憶測話しがとびかった。テレビや雑誌の記事から全国にひろがり、マスコミがG市におしよせた。

** 0903 天井裏の点検、真由美アパート、不審事項なし
天井裏には配管のダクト。人があるけないことはない。あつく埃りが。あるけば確実に足跡がのこる。痕跡はなかった。401号室に天井裏にあがれる入口はない。女に親兄弟、親類縁者の類がない。親身にさがす者はいなかった。太一、両親ともテレビカメラをさけホテルにとまった。警察は彼女のアパートにいった。あみかけのセーターがテーブルの上に。冷蔵庫にはたっぷり食材が。長期不在は思ってもいなかったようだ。自転車の鍵は部屋になかった。本棚の上には太一ととった写真。

** 0904 干し浜の岬で女の腐乱死体が漂流
それから5日ほど。第2の事件がおきた。G市から国鉄で一駅のところにF市というちいさな街がある。ここに干し浜という。砂浜。浜から海にむかって左手に岬。佐多の岬という。これの先は崖、足元はけわしい岩場。ここは昔からよい漁場。8月25日、F市の干物屋の親父がボートでやってきた。夢中で釣りをやっていたら、浮遊する人間の腐乱死体にでくわした。おどろいたが、すぐ警察に連絡した。それには服がなかった。髮がながかったのでたぶん女。
(引用おわり)

** 0805 20日夜、女の人を見た
20日夜、うとうとしてた。何かぼくの上にのしかかってる。気がくつくと足元に仏像のようにすわってた。

* 1000 真由美さんの死体
** 1001 死体の検証
(以下短編の引用)
かけつけた警察が死体を回収。体は腐乱がすすみ、魚にたべられ、波にゆさぶられて、ばらばらになった。手は骨ばかり。足首から先は骨肉ともにない。頭部からは肉がおおいにうしなわれてた。頭髪はかなりのこってた。目、鼻、口など人相を形成する要素がすでにない。頭髪、骨格などから女のよう。この時点でも辛島真由美の可能性はたかかった。材料不足。だが腹部が回収。胃や消火器系の内容物はしらべられる。死体各部がG医大の解剖室にはこびこまれた。

世間の関心がたかく、記者会見。女性である。骨も歯もほぼ完全に。ミトコンドリアDNAも採取可能。血液型も判明する。しかし辛島真由美のデータがない。照合のため今後医療機関に調査が必要。翌日の記者会見で、寿司のトロと考えられる内容物。真由美の可能性がたかまる。死亡時期は。トロをたべて間もなく、すくなくとも30分程度で。それ以外は特定困難。殺害場所はホテルか。不明。死体に衣服がなかったのは。海水にもてあそばれて衣服、下着までぬげる。その結果とも。報道陣は太一の行方をおった。

** 1002 報道は太一をおう
必死におった事情である。二人は午後8時半に合流。太一がめざめたのが11時前。太一がねむりについたのは9時。太一は真由美も一緒にねむって、めざめるといってた。なら11時ちかくにめざめる。で、彼女は10半あたりにトロをたべる。その30分後に死亡。真由美は部屋をでてない。なら、太一はこの時の秘密をしってるはず。という訳。さらにマスコミの調査は周辺におよぶ。4階のほかの宿泊客には不審者はいない。リネン室の2女性もたしかな人物。ホテルのスタッフの素性もたしか。篠崎家、篠笹もいわゆる犯罪組織とは無関係。他方である。

** 1003 真由美と断定、殺人事件
太一の評判はなかなかわるかった。夜遊び、すてられた複数の女性。時に横柄、約束をたがえる。太一の言をしんじるなら、真由美がきえる理由はない。しかしリネン室の女性の言をしんじるなら。太一が嘘を。これがマスコミ一流の推理だった。

G署とマスコミのやりとり。真由美は非常に健康、G市の病院に、この5年はかかった形跡がない。病院のカルテは通常5年で焼却される。ところが歯科医の診察記録は入手。それにより真由美と断定。これで殺人事件として捜査。死体は予想外の場所。F市の佐多の岬はG市の隣町、距離がある。何故G市でなくF市か。何故そんな距離をうごいたか。おおきな謎。その死因は。佐多の岬先端から岩場につきおとされた。あるいは自殺。しかしおおきな骨折はない。刺殺あるいは絞殺の可能性は。刺殺後、あるいは絞殺後に投棄は。ある。でも判定不能。では毒殺は。ない。

** 1004 移動の方法を推理
太一について見解は。被害者。これ以上の言及はさけた。ここまでは一応順調。その後、進展がない。20日夜の目撃者。なし。これは不可解。両地点間はかなりの距離。ホテル・エルシノアからG駅まで徒歩なら1時間。列車にのった。とすると10分。F駅。干し浜ませは徒歩で10分。しかし先端までなら30分。都合、2時間。目撃者なし。これから徒歩はなし。では、車。ホテル・エルシノアから岬まで50分。そこからは徒歩。そこで寿司のトロがでる。部屋でたべた。そこから30分以内に到着の方法はない。

ならば、車中で殺害。となるがこの目撃者もない。その日は土曜日、飲酒運転の検問。不審車なし。で、のこる可能性は。ホテル・エルシノアの渚から殺害。海中に投棄。海流がF市の佐多の岬に。5日後の発見。あり得る。しかし、これにも問題。ホテル・エルシノアの付近の浜は海水浴客で夜でも人出。そこでの殺人は考えにくい。船をつけ死体をはこぶ。としても目撃者の問題が依然ある。ところで、そうして投棄したとする。海流の向きは。反対。F市の反対側のK市となる。捜査は停滞し暗礁にのりあげた。

* 1100 犯人
** 1101 8月21日、26日のテレビ
八月21日朝。夜の夢に不快感がのこった。

26日、昼食後、母は台所、ぼくはテレビ。G市商店街のアーケード。太一さんがうつった。報道陣がきく。どうして質問にこたえないのか。話すことはない。辛島真由美さんがいなくなったこどだけか。そのとおり。でも部屋からでてないと。そのとおり。密室、誰も見てない中で。そのとおり。あなただけがしってる。何も見てない。ない。どうして。ねてたから。すぐ隣りでねていた。見てないですか。ない、事実だから。すぐ隣り。見てないですか。見てない。篠崎さん、何か見てるのでは。話しては。日本の皆んなそう思ってる。

心証がわるくなる。ない。本当にしらないのか。ない。でもそれではとおらない。子どもでもわかる。作り話ならもっと上手に。見てない。本当ですか。いい加減にして。被害者。では、なんでにげる。いい加減に。にげなきゃ、おっかけない。どうしてインタビューにおうじない。これがインタビューか。真由美さんはきえたか。しらない。本当に最愛の人か。どういう意味か。ずいぶん沢山。どこ。G市の夜の巷。へえ。リンドンに。言葉につまる。真由美さんの猛烈アタックに辟易したのでは。ヨウちゃん。テレビをきって、勉強を。した。テレビをきって。ぼくはきった。

** 1102 26日、干し浜で、篠崎さんは犯人じゃない
篠崎さん気の毒と真鍋さん。ぼくらは干し浜の砂の上。彼は犯人とうたがわれてる。へえ、そう。夜遊びがすぎたから。飲み歩き、いけない。すぎたらね。篠崎さんは犯人じゃないの。ヨウちゃんはどう思う。わからないけど、ちがうような。どうして。あんなこと、人間ではできない。うん。ねえ真由美さんは宇宙人って本当。どうして。だって自分でもいってたし。しばらく沈黙。ただしいよ。え、宇宙人。そう。お母さんは真由美さんに死んでほしかったとぼくはつぶやいた。

** 1103 お母さんも犯人では
真鍋さんはおどろいたよう。どうしてしってるのか。でもお母さんが犯人ではないと真鍋さん。じゃあ誰。さあ。でもきっと報いをうける。必ず報いをうける。それ人間。さあ。でも、どうしてホテルからきえたの。さあ、不思議なことだね。あれは人間じゃできないよね。ぼくがいう。誰にもわからないよう部屋からだしたり誰にも見られないでとおくの岬まで移動させたり。じゃあ、誰がやった。人間じゃないならと真鍋さん。宇宙人かな。そうだなあ。宇宙人とか幽霊とか。目に見えないがすごい力を。あれは人間にはできないよ。

** 1104 幽霊が犯人か
そうかと真鍋さん。警察につかまるかなあ。ヨウちゃんどう思う。つかまらない。うん。どうしてきえたのか、謎はとける。ないだろう。永久に。そう。うん。とける者なんかいない。世の中って本当に不思議なことあるねえ。そうヨウちゃん。そう。ぼくは夜、すごく不思議な経験をしたけど、こわかった。どんな。ぼくは外の出来事はいわないで、布団の中で見えない手で布団におしつけられたことを話した。ふうん、不思議な体験だね。うん。でも、そういうのきくと、幽霊が真由美を誘拐したのかなあ。あれは幽霊なの。さあどうかな、わからない。ヨウちゃん、この話おわりにしたい。うん。

** 1105 真鍋さんが外国にさそう
外国にゆきたいといってたね。うん。じゃあ、ぼくとどっか外国にいこうか。どんな国。すごく清潔で理想の国。何するのにもお金をとる国でない。皆んなタダだ。へえ。病気、医者、重病、タダ。子ども、年寄、皆んな健康。ふうん。食べ物もタダ。教育も。就職したら給料は平等。お母さんみたいに夜にはたらいて男の人に酌する必要がない。ふうん。いけないことをしてる女の人はいない。お金持ち、乞食、貧富の差はでない。差別もない。皆んなでたすけあって仲良くくらしてるよい国。そんな国あるの。

** 1106 お母さんも真鍋さんも一緒
うん、本当。理想郷、盗み、殺しもない。他人の財産をうばったり、貧乏人を動物みたいにこきつかう。そんなことない。犯罪者なんていない。日本も将来はそうなるだろうが。へえ。日本もそういうやり方にきづく。この国の皆んなはやさしい。ここのテレビみたいに意地悪じゃない。ふうん。ゆきたくないか。ぼく、いける。勿論。誰だって。でもお母さんは。勿論、一緒。子ども一人では無理。真鍋さんは。勿論、一緒。本当。そう。うん。一緒にゆかないか。花がさいてる。ああ、国中に。お母さんがよろこぶね。花が大好きだから。そう、よろこぶ。いかない。うんいいよ。ああ、でも言葉は。日本語とよくにてる。すぐおぼえられる。ふうん。お母さんがいいといったら、いくね。うん、真鍋さんとずっと一緒なら。勿論。死ぬまで一緒。

** 1107 もう幽霊は見ない
ぼく夜、すごくこわかったよ。ああ、あれからはもうおきない。えっ、本当。でも真由美さんのことみたいなこわいこと。おきない。ない。あれが最後。そう。あれでおわり。でも、謎はとけない。そうだねえ。あの謎がとけるとしたら、ヨウちゃん、君だけだ。

* 1200 真鍋さんが犯人か
** 1201 8月31日、篠崎逮捕のテレビ、ちがうと真鍋さん
二学期始業の前日、太一さんが逮捕。彼の自動車の後部座席から紙袋にはいった登山ナイフが発見。そのナイフから血液。これが真由美さんの血液型、DNAと一致。ぼくは真鍋さんをさがして納屋に。中をのぞくと、あの機械はない。印刷所のすみのソファにすわってテレビを見てた。ぼくはその横にすわってテレビのニュースをみた。ナイフのことは警察に通報があったという。篠崎さん、やっぱり犯人だったのかとぼく。ちがうと思うと真鍋さん。えっ。どういうこと。間違いだ。犯人じゃない。ええっ、じゃ大変だ。だってヨウちゃん、人間ではできないのだろう。

** 1202 外国にゆくかと、真鍋さんが確認
篠崎さんは死刑にならない。ないだろう。でも刑務所にははいる。彼は犯人にされた。え、誰に。わるい人にだ。ぼくはびくりした。真鍋さんがいう。明日から学校だろう。うん。たのしみか。ううん、ちょっと。準備は。宿題は。やったよ。そうか、優秀だ。外国にいっても頭角をあらわせる。外国。うん、ヨウちゃん、いくだろう。ぼくと一緒に。ああ、うん。ぼくは夏休みの旅行でない。いったらもどれない。そう感じたら不安となった。

** 1203 母にきく、いくという言葉にショック
どうした。ヨウちゃん。元気なくなった。ぼく日本人でなくなる。その国の人になる。ふうん。嫌かい。ううん。でもお母さんにきかないと。あとできいてみたら。刑務所にいくわけじゃないよ。

ぼくは家にもどった。そしてきいた。ねえ外国にいくの。それもいいかなって。母がそんなことをいうなって。おどろいた。ヨウちゃんは嫌。いやじゃないけど、その国の人になるの。そうね。遊びにいくのじゃないの。そうね。あの保守的な母が外国にいってよいとは。その国の人にならないといけないの。そこでながくくらす。ならその国の人に。だからどうしてもそこでくらさないといけないの。ヨウちゃんはここがすき。そんなにすきでは。外国がどんなによくても、ここがいい。花がいっぱいさいてるって、真鍋さんが。それでもここがいい。ぼくにはわからなかった。病気になったら不安よね。いつまでも夜の仕事できないし。ここにも花はさいてるとぼくはいった。

** 1204 9月1日、真由美さんの顔写真に気づく
始業式の朝、納屋にいってみた。いたら挨拶しようと思った。いなかった。夏休みの寝坊から早起きとなった。無理したせいかお腹の調子がわるかった。持ちこみ禁止の週刊誌に皆んながむらがった。そこには例の女性消失事件がのってた。ふりがなのない記事はよむづらかった。ページを見てるうちに眩暈を感じた。ふらふら自分の椅子にもどった。真由美さんの顔写真だった。風にふかれて髮がみだれてた。突然いままで脳の中でねむっていたものが、あばれだした。ものごとは別の角度から見れば。あの真鍋さんの言葉がよみがえった。材料はすべてそろったのに、それをつなぎあわせるのをさけてた。

** 1205 犯人を思いつく
あの恐怖の夜、ぼくの布団の足元にいたのは真由美さんだった。あのなかばすきとおってた女の人。気がつくと授業がはじまってた。くるしくなり、保健室にいった。今朝たべたハムがわるかったかもと保健室の先生にいった。担任が教室にもどった。すこし調子がよくなった。母の言葉、真由美をころしてとの言葉を。外国にいくという、およそ母らしくない言葉。真由美さんをどなり、頭をなぐってた真鍋さんの言葉。二人のこういう仲のわるさ。そして透明人間の薬。これらを思いだした。

** 1206 真鍋さんがあやしい
真由美さんは裸でホテルからでた。死体が海でみつかった。筋肉はとけかけてた。真鍋さんは篠崎さんが犯人でないと断言した。何故というぼくの問いにこたえてくれなかった。それは真鍋さんが犯人をしってるから。G市のホテル・エルシノア401号室からきえた。まるで透明人間みたいに。こんなこと真鍋さんしかできない。真由美さんはあの夜部屋からきえた後、ぼくの部屋にきたのだ。ころされる直前に。ぼくの目の前で真鍋さんに頭をなぐられた。それでぼくをうらんで、やってきた。ぼくをころそうとした。これらをすべてつなぐ。一貫させる。謎をきれいにとく。その方法をしってるのはぼく一人だ。それを考えないようにしてた。

** 1207 学校から帰宅
ぼくはこれからどうしよう。母はこれらのことをしってるのか。担任の先生が顔をだした。どうだ浦上。はい。具合は。いい。お家にお母さんがいるか。はい。じゃあ今日はかえれ。はいとうなずいたが、嫌な予感がした。

* 1300 外国にいかない
** 1301 9月1日、母と真鍋さんの密会
午前中なのに家にもどる。自室でランドセルをおいて、母をさがした。隣りの敷地にいった。印刷所には真鍋さんはいなかった。納屋の隙間から中をのぞいた。そこに思いがけないものを見た。ベッドの脇にたってる女の人の背中。向こうに男の人、真鍋さんらしかった。真鍋さんの手がスカートからしろい下着にかかった。息がつまった。母だった。こちらをむいた。二人のおどろいた顔。ぼくはかけだした。ヨウちゃんと母の声。真鍋さんがぼくの二の腕をつかんだ。痛い。ごめんよ。学校は。早引け、気持わるくてはいた。お腹こわしたのか。いい、ほっといて。お母さん、ヨウちゃんのお母さん。ヨウちゃん、ぼくは。お母さんにあんなこと。ごめんよ。ぼくはヨウちゃんのお母さんが。すきなんだ。嘘。嘘じゃない。だから真由美さんをころしたの。真鍋さんは絶句した。

** 1302 真鍋さんを非難、透明の薬による犯行と
どうして。お母さんにたのまれたから。ぼくはわかった。あれは真鍋さんのしわざだ。無言。信じてたのに。えっ。真鍋さんは20日の夜、あの薬をのんだ。透明人間になる薬。ホテル・エルシノアの401号室にいった。そして部屋にはいってねてる真由美さんをおこした。薬をのませ、透明にした。おどろく真鍋さん。そして部屋からつれだし、裸で。これならホテルの従業員にもお客にも見えない。そうする以外にあの消失事件はおきない。二人はF市にやってきた。そしてしばらく真由美さんははぐれた。お互いに見えないから。真由美さんは一人でぼくの部屋にきた。ぼくにのしかかってころそうとした。

** 1303 外国にいかないという
でもころさなかった。それから真由美さんを佐多の岬につれていって、ナイフで刺殺した。そして下の岩場につきおとした。沈黙。もうもどるとぼく。ヨウちゃん。なんて頭がいいんだ。それなら外国にいっても。いかないよ。え。いかない。真鍋さんと外国にいかない。かなしげな顔。だけど、どうしてぼくが真由美を。それは、にくんでたから。どうしてそう思った。だってぼくの前でなぐった。それはヨウちゃんにひどことをいったから。え、ぼくのため。そう、お母さんのためでない。ね、外国にいく。いかないよ。お母さんもいかない。ぼくのこと、きらいか。きらいだ。もうすきじゃない。真鍋さんはお母さんのことも、ぼくのこともすきじゃない。そういうのか。毎日こんなに君たちのことを考えてるのに。真鍋さんの目に涙。君たちのことを考え、敵からもまもろうと。真由美が君の悪口をいう。母親がにくいから。いくらそうでも罪のない子どもの悪口をいう。ゆるせなかった。だからといってころすことは。

** 1204 真鍋さんは自分の都合で外国にと、わかれ
ころしたらお母さんが警察に。だから外国にゆく。警察からにげるため。その時、一人じゃさびしい。だからお母さん、ぼくをつれてゆく。本当にすきでもないのに。自分のため。涙が頬をつたわった。溜息をついた。そうだな、たしかに、あるな。さらにいった。これも天の声か。ふうん。ありがとう。ぼくはずっとまよってた。これで決心がついた。お母さんはヨウちゃんがいいならといった。これで決心がついた。ぼくは君たちのことをふかく愛してる。もう、かえるよ。そう、それがいい。もどってゆくと。声。これでお別れだ。ぼくは一人でゆく。どこへ。外国だ。お母さんを大事にしてくれ。印刷所は。人にうる。たのしかったよ。何にもない街で君たちとくらして幸せだった。ぼくはずんずんとおざかった。あんなことをいえばぼくが決心をかえれると思っていってる。もうふりむかなかった。

* 1400 わかれ
** 1401 9月1日、お粥、9月3日、真鍋さん出発
ぼくは自室の布団でねてた。母が外から声。お腹へらない。ない。学校ではいた。うん。台所で一人で洗い物。昼食の用意。お粥をぼくの枕元に。その翌日。母は真鍋さんとゆっくりあったふうでなかった。ぼくには自分のしたことがどんなことか当時はわからなかった。2日後、土曜日。お昼過ぎに帰宅。台所の食卓の前に母。ああ、ヨウちゃん。どうしたの。母は涙をながしてた。別に。沈黙。やがて。真鍋さんが今日外国にゆく。えっ。印刷所は。うったよう。金田さんという人に。どうやって。船で。G港から。あと40分ででる。ヨウちゃん、どこに。ちょっと隣りに。印刷機はすべてとまってた。

** 1402 納屋にメッセージ、駅に
納屋に。扉の表にピンでとめた紙。伝文。ヨウちゃん、ありがとう。納屋のプラモデル、飛行機、全部あげる。お母さんをよろしく。真鍋平吉。ぼくの瞼に涙があふれた。ぼくはここで真鍋さんにいった。何かあたらしいのつくった。それが毎日の楽しみだった。毎日あってた。駄目だ。もう生きていけないという気持になった。ヨウちゃんと母の声。全力ではしった。背中で母の声をきいた。駅のホームにおりベンチに腰かけた。涙に汗がまじった。何てことをしたんだろう。はげしく後悔した。気動車がきた。のった。窓から日本海が見えた。G駅の改札口をかけぬけた。港にいそいだ。息がくるしかった。ぼくは真鍋さんにあやまらなければならない。港が見えた。そこの建物の裏手から埠頭に近道した。

** 1403 船の上の真鍋さんに手をふる
しろいおおきな船。衝立みたいにたちふさがる色とりどりのテープ。船がうごいた。汽笛がひびく。真鍋さんの姿は。ぼんやりと手すりにたってた。真鍋さあん。駐車してるトラック。荷台にとびのって叫んだ。笑顔で手をふってくれた。船が角度をかえ、真鍋さんの姿が見えなくなった。

* 1500 犯人は赤座
** 1501 帰宅、母がないた、9月4日赤座が偽札事件で逮捕
切符代がなかったのであるいた。ぼくは真鍋さんにあわせてくれた神様に感謝した。帰宅したらくらくなってた。母のはげしい叱声がひびいた。港で真鍋さんを見送った。母はないた。ぼくをだきしめて、しゃくりあげてないた。母は、ぼくが真鍋さんと一緒に船にのったと考えた。それにおびえてたらしい。でも当時はそんなことはわからなかった。

翌日、戦後最大といわれる偽札事件が報じられた。東京近郊のC市の競馬場。偽札を大量につかおうとする人物が逮捕された。テレビに顔写真がでた。それは納屋で見た赤座さんだった。赤座さんは東京都下のH市在住だった。おやG市でないと思った。それから篠崎さんが釈放された。それからさらに大ニュースが。赤座さんが辛島真由美殺害を自供したという。

** 1502 真由美殺害を自供
人間消失、つづく殺人事件の犯人がわかったといえ、発表は名前だけ。動機、方法、消失の謎は何もかたられなかった。赤座さんは殺人はみとめたが、その後1年のうちに殺害場所、方法、いきさつはすっかり自供。しかしホテルの部屋からの消失については不知。また自分の殺人は正当防衛といった。また松下健三さんの文章である。

** 1503 干し浜見張り塔で真由美と赤座が待ち合わせ
(以下短編の引用)
赤座と真由美の待ち合わせ場所は干し浜の見張り塔。これは女の方から。二人のつき合いはながく、10年来。真由美は結婚をひかえこれを最後にしたい。そんなとり決めがあったらしい。空にはあかっぽい満月があった。見張り塔は施錠。二人とも鍵をもってた。それは去年の奉仕活動の時に入手。約束の午後9時にすこしおくれて赤座がやってきた。上にあがりノック。あけてくれた。窓のあおり戸はあいており、裸で髮がなびいていた。おそいわ。仕事がながびいた。男はG市でスナックを経営してる。

** 1504 真由美を殺害、岬に投棄
苦労して施錠。鍵は砂にかくした。女の死体と一緒に海の中にはいった。死体をひっぱって佐多の岬の突端の岩場までおよいだ。赤座は水泳が得意だった。岩の間に死体をうかべて、いそいで見張り塔にもどった。体をふき、服をきた。さらにソファの下にあった女の服、靴、ロープなどをもってG市の家にもどった。店で購入していたモーターボートにブロックや針金をつみ、今度は佐多の岬にもどった。死体をひきあげ、両足にブロックを針金でまきつけ、岩場にしずめた。店にもどり、明け方まで片づけをした。

** 1505 太一を犯人と密告、偽札で逮捕
何日か後に太一がマスコミにさわがれだした。女の服を処分しナイフはすきをみて太一の車にかくした。そして警察に太一が犯人と密告した。こうして太一は逮捕された。赤座はスナックの権利を売却し、G市から東京都下のC市に引越した。そこで偽札を大量につかったとして逮捕された。

** 1506 真由美殺害を自供
警察の取り調べ中に真由美殺しの余罪が発覚した。ホテル・エルシノアでの消失については、一切しらないとこたえた。このとおりだから、殺人の犯人は判明したが、消滅の謎はおおいなる謎である。また、赤座は待ち合わせ時間は9時という。太一は9時なら真由美はホテルにいたという。同時刻に2つの場所に存在という謎。これは不明のままである。また何故裸だったのかわからない。油断をさそう計略だろうという。ついでにいうと、偽の千円札と一万円札は戦後最高といえるものだった。この点を警察が追及したが不知といいはった。どうやら外国製らしい。精巧なだけでなく、簡単な透かしもはいってる。磁気センサーのついた自動販売機さえもつかえるよう、磁気インクをつかって印刷されてた。金にこまった犯行のようだ。もっと地味につかってれば、ばれず、それがなければ真由美殺害もばれなかっただろうに。

文芸JS、10月号

** 1507 真鍋さんを犯人と誤解、反省、透明な真由美さんの失踪を推理
赤座さんの裁判は15年にわたってつづき無期懲役が確定した。これは、正当防衛との主張があったものの、偽札使用、真由美さん殺害の隠蔽、篠崎さんへの罪の転嫁、さらに以前の覚醒剤の不法所持。婦女暴行の前科。これらの総合的判断だった。ぼくはこの記事を小学校6年生の時によんだ。真鍋さんの殺害が間違いと気づいて愕然とした。さらに真鍋さんにわるいことをしたと後悔した。しかし、謎はまだのこってる。部屋からの消失。干し浜見張り塔への移動、裸の動機は不明と小説家の松下謙三さんがいってる。

ぼくは透明人間の薬をしってる。真由美さんは透明人間になって干し浜までいった。薬の効果がきれてもきる服がなかったのだ。もしかしたら予定よりはやくきれたのかも。透明のまま赤座さんを殺害。透明がやぶれて、そのまま犯行、反撃の後、殺害かも。部屋からの消失は以前いってたように真鍋さんが透明にしてつれだした。ただし、おなじ20日夜のぼくの体験だ。ぼくは透明の真由美さんにおそわれた。小説家の文章がただしければ死人がやったことになる。真由美さんは9時すぎ、10時までに殺害されたようだ。ぼくのは深夜0時すぎと思う。これはぼくにとってとけない謎となる。

** 1508 母と多摩川が見える蒲田に引越し
真鍋さんがいなくなってから、夕食を母と二人でたべる。いやだった。印刷所にちかよるのもいやだった。母に笑顔がきえた。母も真鍋さんの連絡先をしらない。おしえてもらわなかった。ぼくらと真鍋さんの連絡はまったくなくなった。真鍋さんからもらったプラモデルなどは、その年の冬、焚き火をした時、すべてもやしてしまった。ぼくが中学校にあがる時、親戚をたより東京の蒲田に引越した。新居は2DKのふるい賃貸マンションだった。そこは多摩川の土手がちかかった。母とも友だちとも散歩した。母は、また夜の仕事についた。友だちとのおしゃべりはたのしかった。母がいないので夜おそくまでできた。親類とはあまりつきあわなかった。タバコもバイクも女性もシンナーも、ちかづかなかった。夜の歓楽街をぶらつかなかった。そこには母の職場があったところ。つらそうな母をしってたから、そんなところに魅力を感じなかった。

真鍋さんの言葉、お母さんをよろしく、君だけたがたよりだ。これをいつも思いだした。都立の高校に進学し、国立の大学にすすんだ。アルバイトをして大学2年生以降は母が仕事をしなくてもいいようにした。大手の商社に就職し、和泉多摩川の土手沿いの賃貸マンションにはいった。2LDKだった。8階で、窓から多摩川がのぞめた。

** 1509 大学、勤務先をやめた母をアルバイトでささえた
大学2年生の時、不況で勤め先のスナックが店をたたんだ。母は仕事をやめた。ぼくのアルバイトがはじまった。母はアルコールで体をこわして、病院通いの生活となった。母は結局独身をとおし、たよるべき財産もなかった。時間はしっかりとすすむ。ぼくが真鍋さんとわかれてもう20年となった。小説家の松下謙三氏は故人となった。ぼくはあんなことが本当にあったのかと時々思う。

* 1600 真鍋さんの死
** 1601 脱北者徐氏から封書をわたされる
母との朝食の時、北朝鮮の12号政治犯収容所から中国をへて韓国に亡命した元警備兵が、日本のNGOのまねきで来日したというニュースをきいた。徐光鉄という人だ。彼はこの収容所は、拷問施設、事業所、墓所があり一度はいったら二度とでられないといった。彼は短髪 、やや小肥り、柔道家のような体格だった。

その後職場にいって、終業間際に受付から連絡があった。ロビーにゆくと男性がまっていた。今朝の徐光鉄氏だった。握手をかわし、何の用かたずねた。脱北は5年前、日本にやっとこれました。どなたかお知り合いが。あなたです。ええ。あなたは、1977年、F市、真鍋印刷の隣りにすんでた。はい。やはりあなたです。マーがいってたとおりだ。ここにきたのはあなたに、これをわたすため。茶色の封筒を。それは誰から。マー・ピョンギルという人からあずかった。5年前に。5年前。わたしには時間がない。その封筒の内容は見てない。もしその内容に公開すべきことがあったなら、「脱北と亡命を支援する会」におしえてください。それだけいってさった。

** 1602 真鍋さんからの手紙、事件の詳細がわかる
マンション近くの喫茶店で開封した。その文字はあの納屋にはられた文章の文字だった。以下はその内容である。

ヨウちゃん元気ですか。お母さんはどうしてますか。とおくからいつも幸せをいのってます。港への見送りありがとう。この手紙が君たちにとどくことを心からいのって、かいてます。この手紙を徐同志にあずけます。かきたいことは沢山あります。

まず、あやまります。この国を地上の楽園といいましたが、地獄です。この手紙でかきたいことは2つです。日本人拉致被害者の原田智康さんと原田みゆきさんはこの22号収容所にいます。そしてもうひとつです。

あの昭和52年夏の出来事です。その真相を君にはなしてません。それをこれからかきます。

1) ぼくと真由美、赤座は命令により日本を革命化させ、革命資金獲得を目的に日本にはいった工作員でした。ぼくは大学を好成績で卒業し理想の実現を信じ本気で邁進してました。
2) 真由美は名前をかえてましたが、実の妹です。彼女ははやく理想をすて資本主義に毒されました。生活資金にこまったので、夜の世界に身をとうじ売春、麻薬の売買、その他いかがわしいことをやって生活してました。その頃、真由美は赤座と同棲するようになりました。
3) ぼくはそれを心配しつつF市に二人でうつってきた。真鍋印刷をひらいたら、たまたま君と君のお母さんがいた。一目見てお母さんがすきになった。息子の君を見て、またすきになりました。
4) G市にうつった真由美は最初は赤座のひらいたスナックではたらいていたが、リンドンというクラブにうつった。そこにお母さんもいてライバル関係となった。そこで二人はぶつかりあい、たがいにころしてやりたいと思うくらいになりました。
5) そこに篠崎太一があらわれた。真由美は篠崎の妻の座をねらうようになった。真由美の気持がもえたのは、篠崎がお母さんに興味があったから。首尾よく篠崎と恋人関係となったが、いつもお母さんに嫉妬してた。お母さんは篠崎に興味がなかったので真由美まもなく結婚する約束ができました。
6) この真由美の状況に一つの難関があった。赤座。真由美を脅迫しだした。ぼくはこのことを把握してなかった。妹は率直に相談するようなタイプでなかった。
7) 赤座は結婚しても自分とつきあえ、自分に定期的に小遣いをよこせと約束させようとした。でないと、過去の売春を篠崎の両親にばらすといった。また真由美には覚醒剤で受刑した前科があった。ぼくにはそれを旅行ととりつくろった。赤座は両親がききいれなければ、篠笹のチェーン店の上客に告発文をながすとまでいった。真由美は泣いていたが、とうとう赤座をころす決心をしまた。
8) しかし自分がうたがわれてはいけない。そこで赤座がころされても自分と無関係の場所での出来事にする。そう考えたので篠笹をつかって自分のアリバイ工作をした。ホテル・エルシノアの401号室にはいる。篠笹はベッドにはいる。行為におよぶ。その後2時間程度ねむる。この時間を利用して赤座をころし、もどる。こんな計画をたてました。
9) ぼくが想像するに真由美は篠崎がのむビールに睡眠薬をいれたと思う。20日の夜、真由美はおおきめのバッグをもっていた。これには寿司のほか、シューズ、ズボン、先に鉤のついたロープ、指先がラバー加工したグラブなどがはいってた。真由美はこの道具をつかって壁面の降下や昇りが得意でした。
10) ぼくが思うに真由美は廊下にでて、非常階段を2階までおりる。そこで鉤ロープをつかって1階におりる。こう考えてた。これなら非常階段のドアは普段はすくなくともどこかの階はあいてる。もし、より確実をねらうなら。ドアの鍵を複製してもっていったでしょう。ところが401号室のドアをあけたら、つき当たりのリネン室ドアがあいている。中に従業員の顔が見える。これでは顔を見られる。やむなく断念したのでしょう。
11) そこで浴室の窓から脱出する。またもどる。困難なことだが真由美の技倆なら可能。窓から身をのりだす。ロープを屋上の手すりの下端にひっかける。空中にでてロープにぶらさがり、窓をしめる。その上に網戸をおしこむ。ロープをつかって屋上の手すりにとりつく。鍵ロープをはすす。手すりをつかって雨樋のところまでゆく。そこでまた鉤ロープを手すりの下端にひっかける。これで雨樋の強度をたしかめる。
12) 通常、ビル、ホテルの雨樋は鉄製のパイプ。頑丈。おそらく、しってた。雨樋をささえるステーの強度も充分なら、ロープをはずす。2階のすこし下あたりまですべりおりる。ブロック塀の上をあるいて路地にとめてた自転車の上におりる。これでG駅にむかった。
13) 真由美が網戸までしっかりしめてた。それはもどれなかった場合、廊下からどこかにいった。そう思わせたかった。ところがリネン室が2時間以上もあいてたので、真由美は部屋の中できえたと思われた。
14) 網戸のところに蜘蛛の巣があった。蜘蛛は30分で巣をはる。つまり1時間もあれば、まるで1年も前からそこにあった。そんなあついものをつくる。また蜘蛛の巣はふるびてる。この先入観がここから脱出はないと思わせた。
15) G市からF市までは列車。おそらく時刻表をしらべて計画。行きも帰りの便も設定してたろう。駅から干し浜まではちかい。赤座が見張り塔にはいれば間髪をおかずころす。そうなったら即刻F駅にもどる。列車、G駅となるはずだった。
16) G駅からまた自転車。ホテル。塀側にとめる。これを踏み台にブロック塀。雨樋にとりつく。よじのぼって屋上。手すりの外側。横に移動。401号室の浴室の窓の上。また手すりに鉤ロープをかける。ぶらさがり網戸をはずす。窓をあける。中にはいる。身をのりだし、ロープをあおって屋上の手すりから鉤をはずす。網戸を元通りしめる。窓をしめる。服をぬいでバッグにいれる。篠崎の隣りに。そこで寿司をたべながら篠崎をゆりおこす。こんなつもりだった。
17) 寿司をたべかけに、カラオケの本の中途をひらく。これは真由美がもどった時、篠崎が目をさます。そうなら、なんとかいいつくろえると考えた。一緒にいたと篠崎に証言してほしい。真由美がまさか、こんな荒技をこなすとは思わない。そこまで考えていたのでしょう。
18) 目撃者がいなかった。それは警察がホテルの周辺ばかりききこんだことと、車による移動ばかり想定したから。あの夜の検問にひっぱられた。もしG駅やF駅、列車の中をききこんだら、目撃者がでたでしょう。
19) ところが真由美は殺害に失敗、殺害。赤座が死体を佐多の岬に投棄した。この後、赤座は篠崎に罪を転嫁しようとした。ぼくは考えぬいて真相に気づいた。わるい妹だったが、その無念をはらしてやろうと思いました。
20) さてもう君も気づいてると思うが、ぼくには偽札を大量にする。大都市にばらまく。これを資金とし、日本経済を攪乱する。できればインフレをおこす。こんな作戦があった。
21) この偽紙幣の紙です。これは民間では無理、政府の調達によるもの。周到に準備し作戦を開始できるところまでいってた。札も第1陣のものは完了してた。納屋においた偽札の印刷機が君にみつかりそうになった。ぼくは透明人間の薬の製造機といいつくろった。
22) 君をごまかしまいた。あやまります。あの時、紙がすきとおたのはただ潤滑用のオイルにひたしただけ。また、ぼくの左手から手袋ごと義手をはずしただけ。ぼくには手首から先がない。そして先に紙をはさんだ針金を手首にさして手品を見せただけ。納屋はくらかったし君は子どもだった。

** 1603 結婚し3人での暮らしを夢見たが赤座をゆるせなかった
あの頃ぼくは君の母さんと結婚し3人で北朝鮮でくらすことを夢みてた。作戦を成功させたら故国の英雄になる。ところが赤座をゆるせない。やつがやる偽札犯行は予想がつく。それを警察におしえればよい。だがこれは祖国への裏切りであり、作戦の失敗でもある。そこで君に、いかないといわれた。衝撃をうけた。君のお母さんも当然いかない。ぼくはこれは天の声とうけとめた。赤座は卑劣な犯罪者、それをみすごす。これは理想の楽園であるべき祖国への冒涜でもある。また日和見主義的な不正は個人的な次元のもので、ブルジョア的横暴だ。ぼくは赤座を警察に逮捕させた。その罪を日本の刑務所でつぐなわせることにした。ぼくは真鍋印刷をすぐ人にうった。やはり総連系の人だった。赤座がこの印刷所の所在、ぼくという仲間のことを話すと覚悟した。その前に日本をはなれることとした。

** 1604 お母さんをたのむ、幸せに
もうすべて話した。君をだまして申し訳ない。あの頃ぼくは日本人でなく朝鮮人でもない。宙ぶらりの気持だった。君たちとであい、国家より大事なものをしった。今ここで考えると、あの日本海側のちいさな街にだけぼくはいる。君たちとくらした大切な日々を簡単に手ばなした。もうここから君と君のお母さんの幸せをいのるばかりです。元気で長生きしてください。さようなら。

真鍋平吉

** 1605 やっと真相がわかった、母はないた
放心。やっと透明人間の謎がわかった。彼が何故あんなに透明人間のことを話したのか。自分のことだった。日本人真鍋平吉は日本の誰にも見えない。宇宙人のことも。英語ではエイリアン。彼らは宇宙でない異国からの来訪者だった。店をでて部屋にかえった。ぼくは母に手紙をさしだした。真鍋さんから。あの人、死んだの。いや。母は自分の境遇を周囲のせいにした。時にはその怒りの矛先がぼくにういた。ついに自分の不幸は真鍋さんが自分をすてたせいだと思いこんだ。

ベッドに横になり考えた。ぼくは殺人事件のあった夜、見えない真由美さんがぼくの体の上にのしかかってきたと感じた。あれは現実でない。生まれてはじめての金縛りの体験。おきあがった。徐氏に電話してきいた。真鍋さんは生きてるのか。5年前にあった。お気の毒だが、おそらく死んでる。あなたと話せてうれしかったといった。部屋をでてリビングにもどった。食卓で母がないてた。ぼくもないた。母は今も抜け殻のままだ。

(物語おわり)

* 1700 感想
この作品の主人公は少年である。大人の不条理な都合が少年の幸せをこわした。愛にやぶれ生活につかれた母をたすけ少年は成人した。そこにとどいたのは、あの幸せの時代にあこがれ、母が愛した男性の死のしらせだった。やっとたどりついた今の幸せはあの時の幸せよりおおきくない。つまりこの物語は主人公たちがより幸せになって、おわってない。

いつも感銘をうけるが、この作者は大衆の孤独な魂にかたりかける。国家という存在と対比して個人の大切さをうったえた。政治の断面をかたり、ささやかな幸せをくっきりとえがいた。

* 1800 テーマ
ホテルの部屋からどうして女性が消失したかをあきらかにする。これがテーマ。と思うがもう一つと思ってしまう。それでさがす。
1) 不遇な少年がどのように大人になったか。あるいは、
2) 政治に翻弄される個人の不条理さ。
3) 少年の輝きがどのように大人の諦めにかわるか。
これらは推理小説のテーマとはいえないが魅力的である。もうすこし考える。

1) 母
自分の不幸の原因を周囲の人にもとめる。愚痴がとびだし、怒りが息子に爆発する。しかし最愛の人、真鍋さんをすてて息子の気持にしたがう。最後に真鍋さんを諸悪の根源とにくむが、その死のしらせに涙する。
2) 息子のぼく
不遇な少年時代をいやしてくれた真鍋さんの誘いを拒否した。母との関係を嫌悪しその真意を疑い、それが彼への怒りとなった。わかれた真鍋さんをゆるし、その思いにこたえ傷心の母をよくたすけた。
3) 真鍋さん
政治に自らを高揚させた。その思いから母、息子の二人を異国にさそった。収容所にいれられて、死ぬまで二人の幸せをいのりつづけた。

この三者ともに互いにあいいれない利己がある。しかし、それに涙をかぶせれば、ぶつかりながらも、からみあう。もう一つ、わすれていけない。

4) この作品の作者
長大な物語を複雑・高度な謎でかざる本格推理小説をかいて他を圧倒する孤高の存在となる。ところが作者にもより多数の読者を欲する利己がある。もっとも孤独をおそれる大衆の魂に作者はやさしく語りかける。

こうなると、3)のテーマ がもっともひかれる。

* 1900 評価
原理的に可能か。2) 現実にあり得るか、の点で特に問題ない。そのトリックはよくまとまってる。

ただし、物語の成立をそこなうほどでないが、すこし気になるところをみつけた。なので以下に記す。

1) 真由美が何故裸で赤座と対決したのか。もうすこし説明があってもよかったと感じた。
2) 真由美が午後9時に干し浜見張り塔とホテルにいたようにみえる。これが謎と文中の小説家松下謙三氏が指摘してる。この点についてもうすこし説明がほしかった。
3) 事件当夜の真由美がホテルから現場まで移動する。ここで車で移動する場合を推理してる(164page)。そこで車中で殺害された場合とそうでない場合をわけているが。何故この区分ができるのか、よくわからなかった。
4) 主人公は8月20日深夜に亡霊を見たという。「21日の夜」は「20日の夜」が適当でないか(167page)。26日のテレビで篠崎の報道があって後に、干し浜で真鍋さんと犯人についてはなした。そこで亡霊を「夕べ」見たといってるが、これは「夜」が適当でないか(181page)。

(おわり)

謎解き島田、写楽 閉じた国の幻(下) [島田荘司]

* 010000 はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

* 020000 江戸編 II、蔦屋の目論見
** 020100 孔雀茶屋、あたらしい試み
*** 020101 水茶屋評判、歌麿三美人画、新茶屋の趣向
金網の前の長椅子。蔦屋重三郎がいう。孔雀茶屋はどう。びっくりと百川子興。この香煎がいい香り。水茶屋もこれくらいでなくちゃ。万事茶でなくちゃ。婆さんの給仕だけではと京屋伝蔵(山東京伝)。看板美人の水茶屋もよい趣向。すぐあきると蔦屋。浅草の随身門の難波屋。黒山の人集り。100文、200文。やっとあえる。おきたはそんな娘。派手だ。難波屋の紋。あかい前垂れ。最近のはやりに。娘もやってくる。歌麿がかいた。それで高慢になったよう。100文、200文では無理、一朱。にっこり1両。こんな天狗に誰がした。自分か。歌麿に3美人をかかせたから。いやならいくな。皐月に孔雀。粹。子興はかよったか。

水茶屋の娘の顔で下す腹。歌麿も高慢に。よそにゆく。鶴屋かと京伝。否。鶴屋とは手をうった。わるい男でない。歌麿はかいてくれる。でもほかにも。岩戸屋、村田屋、江崎屋、出口屋、伊勢金、丸文、伏善、河童、山伝。大丈夫。能天気。去年、歌撰恋之部をかいた。心配無用。そうか。絵師は板元によわい。度量がひろいね。当然。天下の蔦屋。この孔雀はどこからもってきたかと京伝。不知、あたる水茶屋にはいい趣向が。それは何。あたるか。上方からも。で、何。自分、蔦屋以外思いつかないもの。何。京伝がいいう。蔦屋茶屋かな。そこに爺さんが狭山茶を。

*** 020102 蔦屋茶屋の企画、世界をみた発想を
どんな。大名屋敷みたいな御殿門。そこに蔦。題して「蔦の唐丸」。あたるかと蔦屋。然り。上方から。くる。蔦の木が10本。蔦十か。否。では、どんな。駄洒落は駄目。自分で考えよ。では、こんなの。評判となった耕書堂の錦絵をよしずにはる。歌麿、子興。それに団子。否。何故。新奇性無し。ではそこに自分たちがひ かえる。絵や狂歌本の署名。あたる。然り、だがそれは書画会、毎日茶屋にひかえるか。朝から晩まで。無理。毎日書画会。あきる。花魁。否、品がない。では、どう。頭がかたい。かなあ。こんな鳥小屋みたいなところで考えてる。然り、だがあるか。まあ。何。島。へっと子興。ここ、江戸、何。井の中の蛙か。司馬江漢の世界図を見たか。見たらわかる。ちっぽけな中洲。世界から見ると。そうか。そう。で、何が。たとえば唐天竺に。狒狒。何。こんなめずらしいものを金網にいれて見せる。うれる。上方、薩摩、陸奥からも。冥土の土産にみせるという。成程。あたる。どうやってつかまえる。それがちょっと問題。然り、異人との交易は御法度。天竺行きの船はない。でもない。まず唐いり。次に天竺。へええ、一緒にゆくか。否。自分も体調不良。唐天竺のほうから江戸に出張ってこないかと蔦屋。

* 030000 ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。

写楽 閉じた国の幻〈下〉 (新潮文庫)

写楽 閉じた国の幻〈下〉 (新潮文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/01/28
  • メディア: 文庫



* 040000 江戸編 II(続)、蔦屋の目論見
** 040100 孔雀茶屋、新人育成、浮世絵の新企画
*** 040101 本櫓の休業、役者絵の衰微、控え櫓の隆盛
本業が心配でないかと京伝。何が。三代目瀬川菊之丞にお咎め。生活が華美。ああ、千両役者、減給処分も。 休座前の本櫓三座、座元にうるさい倹約のお達し。然り、寛政元年(1789)のお達し。麻布をきた幸四郎、蝦蔵を見るか。歌舞伎にならない。同感。町衆の楽しみをうばうと子興。そもそもお上に金なし。庶民が金をもつ。これがゆるせない。既存の秩序がまもれない。然り、三座は不入り不況。休業。前代未聞の珍事。これ役で者絵が駄目。ということ。なら美人画。遊女絵。ところが吉原が丸焼け。今は仮宅。歌麿が鶴屋でかいた。仮宅夜景遊君之図を見たかと京伝。でも控え櫓三座がある。ちょっと評判。然り。江戸はあたらしもの好き。まあ。それに本櫓三座がこけたのは役者の給金の高騰。あとはたびたびの出火。控え櫓三座は倹約令さまさま。へえ、蔦屋がお上の肩もつか。否。実情。蔦屋が印籠をはずし、そこからだした球をみせた。何。

*** 040102 地球の地図、次世代の絵師、育成、売り出し
地球。お上はこの中のさらにちいさな中。だけみてる。だから世の中にまわる金が目には。1000両。みみっちい。然り、みみっちい。それから団蔵の早変わり。役者の数制限。だから一人何役も。然り。これに拍手喝采。他愛ない。だが江江戸っ子はすきと蔦屋。だが役者絵は元気ない。否、それは役者絵の大御所がいなくなったせい。勝川春章か。然り。跡継ぎの絵師が。然り。でも跡継ぎになりそうなの。誰。豊国。そう、弱冠26歳。どう。まあ。それだけ、何がたりない。まあ。まだ泉市から、市川門之助、市川八百蔵と中山富三郎、市川八百蔵の3枚。判断は時期尚早。蔦屋の眼力はどうした。団子がでてきた。

蔦屋がいう。泉市は二流。そだてられないだろう。今の評判はよい。正月興行だから。黄表紙の挿し画をずっとやっていた。ぼちぼち一枚絵でうりだす。本気なら。正月の 新春興行、三月興行、十一月の顔見世興行をかかせる。成程。そう、六月の夏興行は最悪、大物はでない。だからここはとばしてよい。成程。だから豊国は今うけてる。どうして蔦屋がやらない。駒がない。控え櫓揃い踏みの新規性、正月興行。これで豊国はうけてる。だがもう一歩ふみこむか。ずっと黄表紙をかいてたのは。ないことはない。春朗か。もっとも勝川派から破門。へっ。師匠、兄弟子の真似をしない。だからだろう。で、豊国。まだまだ。引き抜かないか。いらない。春朗と豊国では。春朗が上。本当か。本人の精進次第でもあるが。春朗でゆくか。否。歌麿。ふうん、何をかかせる。役者絵も。ほう、本人も。否。美人画だろう。何でもは無理か。かける。だが需要が美人画。当面はこれで。

*** 040103 出版の窮状、次の手は
で、春朗か。駄目。皐月の興行は埋め草。11月まって勝負。のんびりしてないか。なったら歌麿がかくのか。まだ不明。今、仕掛けの時。では。役者絵がふるわない。すごい役者がいないから。まあ。今はむずかしい。ふうん。でも春朗はそんな大物か。然り。歌麿とならぶ。酒によってるか。否。でも歌麿は天下一。然り、今は。でも今は大変なご時世。倹約、芝居が駄目、大物役者いない。吉原丸焼け。遊女絵も駄目。歌麿はよその板元に。洒落本は発禁つづき。どうする。そんなこと、いってない。じゃあ何を。その根っこの部分。お上に金がない。なら頭をつかって金を。どうつかう。だから根付。自分の腰のあたりをたたいた。

** 040200 孔雀茶屋、海外、ダチョウの理屈、現状打破、謎の絵
*** 040201 地球をみる、お上の締めつけ、林子平の発禁、貿易も
根付。海のむかこう。でもそういった林子平は海国兵談で発禁。それから三国通覧図説、北からオロシアがせめてくる。だからこっちも気をつけろといってる。よんだのか。否、すぐ発禁。版木も没収。海のむこでこういう。ダチョウの理屈。何。これは鳥。不知。鶏よりおおきい。でかい。地面をはしるだけ。つよい獣におそわれる。にげきれない。すると砂の中に頭。まわりを見ない。おそろしい現実をはないと思いこむ。これが今のお上。成程。

お上のいたい所。そんな現実はない。あるというな。それで林子平は仙台藩蟄居。去年死亡。いってることはただしい。日本は大海の小島。オランダ、オロシア、その他の国もいる。撃退はお上に。無理、種子島しか。だったら仲良く商売。無理、獣相手だ。、わからない。あってみなければ。いってることが矛盾と蔦屋に。どこで。オロシアが蝦夷地でせめてると林子平は。否。何。オロシアは商売。 今のところは。だが紀州の難破漂流の大黒屋光太夫。蝦夷地までおくりとどけた。それで恩をうって商売にとの魂胆。然り。で、何がわるい。正式の国の使節。こっちにも利益。抜け荷は御法度。昔からのきまり。それはこっちの都合。相手は不知。みとめられれば抜け荷でない。

*** 040202 鎖国の破綻、お上の無策
昔からきまってるのをかえろ。時世がちがう。へえ、どんな。とおくの オロシア、唐天竺から江戸まで船がくる。こんなご時世。たいした鉄砲もなしにおいかえす。せめられたたどうする。ほっといてくれといってるだけ。でも交易はしたくない。ない。新式の鉄砲は。大筒は。いらない。でもせめてくるかも。林子平はいってた。獣みたいな連中とは。言葉も。こっちもあっちの言葉で。みょうちきりんな言葉をか。オランダとやってる。交易を。蘭学、暦、解体新書も。オランダ正月はいらない。信じない。11月に正月がくるような暦。閏月がある今の暦がわるい。何が。閏6月があったとする。6月が二回。6月のおわり頃にあつくなる。去年の6月と感じがちがう。そんなもの。この程度で我儘は。今の倹約はお上に金がないから。商売すれば。それより学問、今は蘭学第一。これで世の中が進歩。あたらしい薬草もどんどん。病気がなおる。 オロシアにも天竺にもいろんな学問が。勉強すれば。世の中はもっとよくなる。蘭癖だ。そういったらお上とおなじ。自分と自分の学問に自信をもて。もってるが、それと別。林子平の言はただしい。自腹で出版。それで謹慎。自分のところに話しがくればなあ。だしたか。駄目でも何か。だったら手鎖。そうかな。でもお上とおなじこと いってたら。

*** 040203 自分も何か、春朗から絵、驚愕
自分たちには何も。でも手はある。林子平は六無斎と。この洒落精神。意味わかるか。ううん、銭がない、米がない。然り、親なし、妻なし、子なし、板木なし、金なし、死にたくもなし。成程、蔦屋は皆あり。林子平は知恵はあったが、お上にはない。自分は六有斎。何か世の中のためにやらねば。立ちあがる。勘定をはらう。春朗がやってきた。蔦屋がきく。手にもってるのは。めずらしい硬紙。そこにかかれたものに視線を。驚愕。誰がかいたのか。

* 050000 現代編 III、写楽の謎の特徴、オランダ人の江戸参府
** 050100 お茶の水、中華料理店、北斎、写楽の謎、歌舞伎に素人
*** 050101 写楽の謎を考える
お茶の水。坂をくだる。中華料理店、漢陽楼。食卓に教授。ここは日本留学中の周恩来がよくきたといった。彼がすきな料理がメニューに。清燉獅子頭。上海の家庭料理。ビールで乾杯。元気か。義父と妻にあってきた。裁判のこと。然り。鍋がはこばれてきた。

周恩来のことを話すと教授。1917年9月に来日。何のため。留学。第一次世界大戦で近代化した日本の実力をまなぶため。ほう。挫折。天津の南開学校を特等の成績で卒業。一高の受験。失敗。ああ、当時は大正デモクラシー。神田の街に下宿。怠け癖を反省。2年後離日だが。大正7年、明大と予備校にかよいながら、よくきたのがこの店。当時、ここは中国人留学生の街。よく首相にまでと佐藤。それは革命のおかげ。賢明な政治家と米国のキッシンジャーが賞賛。1971年に日中国交正常化を実現。後の成功の陰にはここの挫折。成程。帰国後に関東大震災。大勢の中国人も帰国。自分もこの挫折を飛躍にかえられるかなと佐藤。この団子はうまいと教授。謎。写楽の問題も謎がおおきい。しかしだから芯が美味と教授。然り、おおきすぎる謎。何が謎なのかもわからなくなる。成程、ではそれがつかめると謎がとけると教授。かも、しかし大変。

*** 050102 謎がひろがる、無名の写楽に蔦屋の厚遇
何が謎か。蔦屋グループの誰もが口外しない。文献に写楽が存在した痕跡がない。蔦屋が人気絶頂の歌麿にくらべられる待遇を無名の写楽におこなった。この他に謎は。あり。今回掛川や名古屋で取材。皆んなが気づいてないおおきな謎。北斎。何故北斎はヘンミー、シーボルトのような国賓に絵をかいてくれと、たのまれたか。黄表紙でこつこつ挿し画。働きをみとめられ板元が一枚絵を。写楽にはこんな下住みの時代がない。ほう。ない。いきなり黒雲母摺りの豪華版。さらに28枚のもの大量のシリーズ絵を一挙に。空前絶後の事件。現在、写楽も北斎にくれべられる世界的な有名画家。だから気がつかないのかも。ふうん。

*** 050103 無名の役者を、名場面と無関係
ほかに。たくさん。役者絵は千両役者から、あるいは名場面から順にかかれる。写楽の第一期28枚の大首絵。これにはそんな配慮がまったくない。たとえば都座の花菖蒲文禄曽我。写楽は11枚。主役の石井源蔵、敵役の藤川水右衛門は1枚ずつ。あとの9枚はさして重要でない役者の、重要でない場面ばかり。だからどの場面か特定がむずかしい。へえ。都座の絵以外も。無名の役者がたくさん。どういうこと。とても変なこというが、写楽は芝居を理解してなかった。かも。

** 050200 お茶の水、謎だらけ、無名の絵師、破格の待遇、非常識な題材選び、時期による変化
*** 050201 真相にたどりつかない理由、実は
そんな。馬鹿なこと。ですか。写楽は並外れて歌舞伎に精通と教授。それが逆立ちした論理。この違和感は写楽の研究者はかならず感じたこと。ところが日本を代表する画家、だから歌舞伎にふかい造詣という安全な論理に安住。逆立ち。目をつむって、お世辞の嘘を。はあ。日本人によくある言動。では実は。歌舞伎のことをしらない素人絵師か。然り、ある種の風刺画。ととれる。大首絵は。一流絵師はもっと行儀がよい。もっと保守的にふるまって特権的地位をえてる。何への風刺。外国人の目にもそううつる。世界的絵師という思い込み。裸の王様、皆んな子どもの感性で。ふけて頬がたれてる爺さんが。顔にいっぱい白粉をぬってる。それが晴れ着をきてわかい女を。おかしい。立役。大見得切り。おかしな動作。歌舞伎をしらない者が見たらおかしい。とんでもない喜劇的な世界。

*** 050202 版画家の目、蔦屋の眼力
教授は唖然。それが写楽の大首絵。そう、あり得る解釈。むしろ自然。否定説こそ無理筋。えらい先生方。しかめつらしい顔で。一流絵師。役者個人への肉薄。歌舞伎へのふかい愛。とかいう。嘘、誰もが王様は裸だといえない。自分は歌舞伎はそんなものと。でもちがう。と教授。ユーモアから。面白がる。からかったふうの絵を。かいてただけ。充分にあり得るものと佐藤。まあ、とんでもない意見。大美術館の学芸員なら即刻クビ。

でもさすが池田満寿夫氏、版画家は素人だと。彼は絵描きでも。その気持がわかる。内部のモチベーションの質が。大首絵をかいた衝動はけっしてシリアスでない。ユーモア。でも風刺画は当時の江戸に。ない、当時の封建体制では。本ならいくらか。それは当時の江戸ではゆるされない蛮行。でしょう。蔦屋があれほどほれたのは、その反逆児童的な態度。でないか。洒落本の人だから。その下地はあった。だか写楽の流儀にぴったり。すっかりうたれた。あたらしい潮流。ジャンルの誕生と。とんでもないのはむしろ蔦屋。

そういう写楽の絵を全部だした。間違いなく当時では随一の新人売り出し。うれるはずもなく。ううん。うれないと以前いったかも。でも蔦屋だ。そこそこうれた。何故。世界各地にのこる作品の残存枚数。研究者の諏訪春雄氏によれば一期、28作品は各作品平均12.5枚のこってる。それで。歌麿の作品で一点につき平均10枚以下。このようにおおい。二期についは大判は6.1枚、細判は2.6枚。三期は2枚程度。四期は1枚ほど。たくさんのこってるのは、たくさんすられた。然り、そうでしょう。大事にされた。大判は細判より大事にされた。幕末、明治期に増版された事情も考慮する必要。

*** 050203 一期と二期以降の違い、大首絵の消滅の謎、画風の変化
大首絵が沢山すられた。あきらか。そこであらたな謎。何故、初期を沢山すって、二期以降をすらなかった。うれる大判でなく細判にしたか。うれると見こまれたのに。蔦屋の判断の根拠は。成程。圧力が。かも、役者筋、座元筋。醜女はやめてくれ。然り。またもう一つ。何。四期。都座上演の江戸砂子慶曽我(えどすなごきちれいそが)の芝居。写楽が細判に。舞台を見ずにかいたらしい。ほう。

もう一つ、桐座の芝居、再魁槑曽我(にどのかけかついろそが)でも舞台を見ないでかいた。何故、素人だったから。否。すこぶる変にきこえるが、二期以降は歌舞伎をしっている人にみえる。江戸砂子慶曽我の舞台を見ないでかけるから。成程、人がかわったみたいに。然り。大首絵の時のような変な表情がない。顔、仕草もおとなしく、対象は皆んなスター。重要な役どころ。芝居の内容もわかってる。どういうこと。どうしてみなかった。それはいろいろと考えられる。しかし材料不足でちゃんとした推理は。座元の圧力、さからう蔦屋。観劇拒否に。ああ。役者も拒否。みれないから見立て。役者絵はみるものか。みないことも。下絵のかきかたに、見立てと中見。中見が実際にみたもの。どちらがいい。

*** 050204 中見、見立ての違い、役者との関係が変化
優劣無し。だが新作は当然中見が必要。成程、中見だと芝居がおわってからとなる。然り。それでは芝居の宣伝にならない。座元は協力。役の扮装した役者を絵師にみせる。公演前に絵をうってもらう。芝居関係の協力が必須。二期にあやまりはないか。然り、ない。そこに事情が。特に都座の絵。都伝内の口上図といわれるもの。ここで楽屋頭取の篠塚浦右衛門が巻紙をもって口上をのべる姿までかいてる。ほとんんどタイアップ。だからあやまりがない。

そう。からかい。一転、座元と密着、タイアップ。スタンスの変更。デフォルメもきえる。罪滅ぼし、言葉どおりの中見はほとんどないものか。大変なロングランなら。それほど例はないだろう。でも写楽一期は、芝居側で用意した中見でないと思う。何故。まず間違いがない。次に、この大首絵。彫りと摺り簡略。版木の数は歌麿の半分。役者の衣裳。透かしとかこった柄はかかれてない。おおくは単色。あっさりした柄。これが写楽絵を大胆で強烈な個性をもった絵にした。これ制作をいそいだ結果と思う。

*** 050205 二期以降の見立ての増加、謎、何故5月興行から
芝居をやってるうちに売り出し。あるいは、おわってもすぐに。それはよくあることか。あまりないと。だから、その意味でも特殊。謎。それはおいて、二期以降の見立て。ちがいすぎる。よいことでない。むしろはずかしいこと。通常は密接な連携でやる。でないと芝居ファンにみはなされる。錦絵は報道でも。四期にむかうにつれ、だんだん販売数をおとした。そうだとしたら疎遠になったとの事情も。芝居関係の非協力。おそらく。

その後、相撲絵がふえてゆく。そっちにゆくしか。一期が爆発的にうれたが、役者の反発。然り、大衆に一時、面白がられた。たしかに個性的。浮世絵類考にあまりうれなかったという記述が。然り、それも不思議。140数枚を一挙に10カ月で。うれなければやるはずない。はい。なのに当時の記録に写楽という絵師の名前がない。京伝、馬琴の本にもでない。絵師としての扱い。してないのか。

さらに、役者絵というのは正月興行か11月の顔見世興行か。このどっちかで勝負。歌舞伎は年中やってるのでは。まあ。だが歌舞伎の一年は11月の顔見世から。新春でもりあがる。次に3月、4月までゆく。5月にはいると熱気がさめる。一座の大立者はでないことがおおい。とこれが写楽の大々的売り出しが5月興行から。何故か。写楽に力があったから。あったなら、なおさら正月にぶっつけたらいい。あるいは半年まって顔見世に。そのほうがもっと。でもうれた。これは純粋に絵の力。然り。でも徐々におちていった。考え方もかわってゆく。これも謎。写楽は謎だらけ。

** 050300 お茶の水、源内説、十郎兵衛説、あたらしい方法で追及を
*** 050301 源内説の総括、諸説の検討へ
人魚のため息。店側は彩子、幸子。教授が佐藤と常世田にいう。写楽・源内説に、何か発見は。まあ、相良に誰かが潜伏。田沼の家臣の家臣の蔵に。それからオランダ商館長を殺害しようと思いつめてた。源内かもと常世田。弟子筋かもと佐藤。そこでビールとお茶。源内かどうかはともかく、誰か、別人説を発見しなくては。それもいそいで。どうしていそぐのか。いそがなければ。それに社運が。上司から厳命。教授のため息。浮世絵同人研究会の本がまもなく出版へ。事態を予想して用意しなくては。では今日は、これまでにでてる別人説の検討を。

何かあたらしい発見もと佐藤。常世田が史料のコピーを。簡単なものからと佐藤。ではクルトの斎藤十郎兵衛説から。これは定説中の定説。松本清張氏、内田千鶴子氏、横川毅一郎氏、小田仁三郎氏も。大勢が。文献主義から。そこで文献は浮世絵類考。この比重がおおきい。これは 初期的。現在はもっと文献が。もっと視野をひろげたら。然り、佐藤さんからすでに何度か。諸家人名江戸方角分(しょかじんめいえどほうがくわけ)は。江戸八丁堀の地蔵橋。写楽斎という絵師が。本八丁堀辺之絵図にその地蔵橋のたもとに斎藤十郎兵衛の息子か。与右ヱ門の家。この写楽斎が父にあたる斎藤十郎兵衛かと教授。

*** 050302 十郎兵衛説の検討、もうひとつの地蔵橋
然り。諸家人名江戸方角分。1818年。本八丁堀辺絵図。1854年。写楽斎は与右ヱ門の父親の代だろうと佐藤。然り、ところが諸家人名江戸方角分をよくみたら、写楽斎は故人。と判明。1818年には故人。ところで築地から越谷に移転した法光寺の過去帳。斎藤十郎兵衛は1820年に死亡と判明。だから別人と常世田。クルト説への疑問はほかにも。その過去帳から斎藤十郎兵衛はまだ地蔵橋にひっこしてない。と判明。はい。またクルトは斎藤十郎兵衛は後年名前をかえ、歌舞伎堂艶鏡、浮世絵師に。ところがこれは狂言作者の二代目中村重助と判明。斎藤十郎兵衛と歌舞伎堂艶鏡は別人とほぼ確定。然り、ところが最近、地蔵橋が二つあったことが判明。もう一つはと佐藤。

*** 050303 神田堀にも地蔵橋、十郎兵衛説はなし
神田堀にかかってた。日本橋本銀町と大伝馬町塩町の間。紺屋町2丁目と3丁目の間にわたるもの。大伝馬町塩町。そう蔦屋の耕書堂のすぐちかく。諸家人名江戸方角分の瀬川富三郎はこの地蔵橋を八丁堀のと間違えた。という。へえ、そこに写楽がいたという補強の証拠は。無しと常世田。それではちょっと変と佐藤。八丁堀地蔵橋のすんでたのを神田地蔵橋にと間違う。こちらは蔦屋との地縁、ちかくの芝居町などから自然。ありそう。さらに八丁堀に間違える。あるか。蔦屋の天敵みたいな奉行所の役人の居住地。それに瀬川富三郎は歌舞伎役者。蔦屋の事情もわかってる。土地勘もある。然り、芝居関係者の縄張り。代々、地蔵橋にすんでる人間にかんする知識はあるだろう。然り、写楽は誰と。見当がつくだろう。これは斎藤十郎兵衛説の補強には。八丁堀地蔵橋だから斎藤十郎兵衛。能役者説はそこから出発。住所が八丁堀からはなれたらすなわち斎藤十郎兵衛説の否定。ではこれはこのくらいで。ちなみに能役者説を否定する材料はおおいから。

*** 050304 追及方法の反省
ではさらに別人説。おおい。同時代で目だつ人は候補者。それは駄目。そもそも絵を比較すべき。この具体的証拠がない。なら誰でも、天皇でも将軍でも。それは無責任さ故。絵の細部まで比較。似た箇所、技法を発見、指摘する。これで二人の画家を同一人物と。この前提で議論をと佐藤。では斎藤十郎兵衛説はもう。佐藤さんと教授。気持はわかるが、その玄人発想もまた追及を隘路に。現状は。素人は時の才人を片端から、玄人は絵ばかり見て、それでにっちもさっちも。もっと別の発想が。

というと。それ一種のトリックでは。えっ、何の。事実隠蔽の。へえ。プロとして追及したい。わかるが、専門家がおちいりやすい迷宮。素人を眼下におく。写楽は200年も前の社会現象。材料がかぎられてる。どういう意味。推論でない材料が結論をみちびく。という意味。細部の比較検討、おなじ人間がかいたと万人が納得できる結論を。多数の証拠を。精緻な議論を。素人ではない玄人の。然り。では結論は北斎か歌麿しか。どうしてととまどう佐藤。そう思ってませんか。たしかに。その発想なら、かならず有名絵師と。理由は、有名なら。沢山の作品。沢山でないと説得力がかける。成程。絵がのこってない人は自動的に論外。埒外。

*** 050305 あたらしい方法で追及を
で、当然に歌麿、北斎に。成程。で、次は豊国。鳥居清政、十返舎一九、司馬江漢、かあ。作品の数順。でも絵を見ない素人発想は駄目。然り、たんなる思いつきでは。どうしたら。別の論理が。たとえ ば。不知。見つかればそれが答。今から皆んなでさがしましょうと教授。従来とは全然角度のちがうもの。200年以上知恵をしぼってきたものに。大学教授、作家、芸術家、綺羅星のごとき人たちがやってきたこと。

** 050400 お茶の水、別人候補の否定、一期、二期、二人いた絵師、歌麿が写楽を嫌悪、蔦屋への反感、歌麿の写楽説
*** 050401 円山応挙は、一期と二期以降、下絵、しきうつし
ではまず円山応挙からと常世田。ちがうと佐藤。典型的な繊細さの画家。写楽の大首絵はもっとごつごつした乱暴さを背後に。ごつごつした乱暴さと常世田。そんな意見ははじめて。3代目沢村宗十郎の名古屋山三は優雅の極地。否、一期大首絵の話し。それは二期。市川八百蔵の不破伴左衛門は傑作。しかし一期とちがうよさ。すうっと連続する優雅でたおやかな線。これにたいし3代目大谷鬼次の奴江戸兵衛はちがう。ずっとこっちにとびだす。えっ、というと一期と二期以降は。ちがう。別物。一期と二期以降は別のグループ。かいた絵師もちがう。然り、そう考えざるを得ない。常世田が唖然。いろいろな角度から。ちがう。歌舞伎の理解もちがう。アメリカン・フットボールとゴルフ。でも、奴江戸兵衛も、おなじ一期の市川男女蔵の奴一平も線自体はすっとしてる。連続、一本、優雅な曲線一本。ごつごつしてるか。否、それはしきうつした者。それがもってる線。常世田が仰天。じゃあ写楽は下絵をかいた者とそれをしきうつした者が。二人、かつ別人。然り、だから「写つす楽しみ」といってる。

*** 050402 複数いた、写楽比定の基準
では、3代目沢村宗十郎の名古屋山三も市川八百蔵の不破伴左衛門も。否、大首絵だけ。二期以降はちがう。これは従来のかき方。つまり下絵をかいて、それを彫師に。常世田は放心。佐藤さん、本当ですか。ふうん。誰か。誰と誰。不明、あとで考えよう。そう考えないと。ふむ。池田満寿夫氏の考えとちかい。一期と二期以降は作者がちがうと。いったよう。そう。ただ合作だ。でないか。写楽は二人。歌舞伎役者の中村此蔵と十返舎一九と佐藤。では池田満寿夫氏の考え。どう思うと常世田。いい線。さすがと。では中村此蔵・写楽説は。まって、円山応挙をかたづけてから。円山応挙ほ一流だが上方の人。江戸にきたことがない。それに寛政6年にはもう病気。7年に死亡。彼はちがう。然り。写楽に比定する絵師の条件と常世田。何。それは。

1) 超一流の絵師。
2) 歌舞伎に精通。
3) 蔦屋にしたしい。さらに、
4) エネルギッシュ。以上4つ。これが最低条件であること。

*** 050403 常識的、凡庸な発想を否定
これ。不文律化。円山応挙は、1)の超一流に合致。2)の歌舞伎。しってる。3)の蔦屋は不明だがない。だろうと常世田。超一流は世界三大肖像画家の一人から。歌舞伎に精通は役者の内面にせまったすぐれた絵をかいた。歌舞伎をふかく愛してるから。蔦屋との関係は、いきなり大首絵28枚のシリーズ全部、しかも黒雲母摺りでだした。前代未聞のことをやったから。エネルギッシュは10カ月で140数枚を一挙にかいたから。ということと佐藤。然り、そのとおり。常識の範疇。教授がいう。もっとも、とも。しかし常識は往々にして落とし穴と。不文律にも疑いの目を。それでは有名絵師しか適合せず。力があって無名であった人かも。ということは。佐藤がいう。自分の凡人を棚にあげていうが、それは凡人の発想。後だしジャンケン。200年前の状況を今の状況をもって説明してるだけ。真面目な発想。こんな発想しか。だから依然として謎のまま。教授の言葉のようにこれで隘路におちいるのみ。つまり前提はちがうと。

*** 050404 基準を批判、解説
一期と二期以降をまずわける。一期については然り。歌舞伎についてしらない。見得切り、目が真ん中による。トウのたったおじさんが白粉をぬる。あかい晴れ着きて、わかい娘を演じる。こういう約束ごとに無知。びっくりした。だからあれがかけた。あれとは。当時の江戸になかった風刺画。幕末には歌川国芳の釘絵もでたが。お縄になることだった。だから蔦屋がおどろいた。

蔦屋としたしかったという発想。彼のまれな眼力、実行力を全然理解してない。人並の発想になじんだ凡人の発想。ある才能の評価は人間関係の親疎と別。人間関係とは別に写楽の才能を見ぬいた。では一流絵師という条件は。無用。一流とは凡人が政治的にうけいれたこと。何らかの理由で無名のままにおわる。そんな才能もあり得る。だって絵が100年すすんでたから。100年まつ必要があった。100年おくれた江戸の愛好家たちも価値がわかったということ。

お前は自分が立場をうしなったから、そんなことをいう。そんな声があるだろう。逆にたかい地位をもつ論者自身の立場の反映でもと佐藤。ほう、エネルギッシュというのは。

*** 050405 写楽複数説を説明、池田満寿夫説を否定
写楽は一人でない。だったら簡単。分担できる。140数枚も。別にエネルギッシュである必要がない。10ヶ月ある。エネルギッシュはむしろ蔦屋。それは蔦屋子飼いの絵師たちでか。然り、2日に1枚。簡単。子飼いなら歌舞伎に精通。舞台みないでもかける連中。だから 二期以降は精通。一期はしらない。だからかける絵。然り。ふうん、新説だ。

つまり蔦屋工房説。だから 二期以降なら皆んながいってることはほぼ当り。だから日本人もよくわかる。大首絵というのはそれだけ突出。わからない。今も。然り、ない。池田満寿夫氏はかなりわかってる。で、その中村此蔵は。不賛成。まず、絵描きはかならず自画像。これは西洋のこと。日本の浮世絵ではとりあえず、あたらない。北斎、老人になってから。歌麿、袖でかくしてる。とりあえずという意味は。それは群像の中にかくれてるとか。東海道五十三次の広重。十返舎一九も。らしい。ほかに理由。いろいろ。中村此蔵のかいた下絵、絵をかいたとの記録がのこってないが、大首絵がヒットしたのに下積みみのままか。どうして絵師に転向しなかった。成程、役者から絵師に転向した人はいるか。鳥居清元。ふうん、中村此蔵は蔦屋がだしてくれなかった。金銭トラブルという説。でも江戸には板元が沢山。どこかだしてくれる。そのままきえてゆくか。生涯に一度も写楽だと告白してない。また蔦屋工房も口外しない。不合理。

*** 050406 一期はいなくなった、 二期以降は共同で
二期以降。中村此蔵に大首絵をかかせる。蔦屋はと教授。然り。ヒットしたから当然の選択だが。 二期以降に細判にした。何故うれる大首絵をやめた。これも謎。どう思うか。いなくなったからでしょう。当人が江戸からいなくなった。じゃあ、よびもどせば。できなかった。どうして。不明。なのに刊行をやめなかった。子飼いの絵師を動員してまで。その理由は。

やはりうれたから。板元として一期では、やめれない。世の中の待望ある。それとも、やめるつもり。都座がタイアップをもちかけた。ヒットして評判の写楽。民衆の注目を計算。蔦屋は経営上のメリットを考えた。がめつい。経営者は何にしてもつぶれたらおわり。では中村此蔵は候補失格。池田満寿夫氏は大首絵にかかれた中村此蔵の肩にかけてる手拭いの絵柄から、十返舎一九がこれをかいたといってる。絵柄が暗号になってると。あり得る。当時すでに蔦屋に寄宿してた十返舎一九。彼がこんないたずらをしこんだ。一期のしきうつしの着物部分を手つだって。着物部分。然り。いそいだから。一期での十返舎一九の担当はそのくらいだったろう。

*** 050407 一期の写楽の正体は
十返舎一九が量産プロジェクトに動員されたのはあくまでも 二期以降と。然り。蔦屋組はめぼしい仕事をしてない時期。ほとんど作品を発表してない。一九は当時は駆け出し。歌麿、京伝の大物がそろって空白の時期。北斎だけは相撲絵や黄表紙を刊行。超売れっ子の歌麿も。これは異常。然り、正確には北斎。寛政6年11月に二代目「中村のしほ」の役者絵。ただこれに極印(きわめいん)がない。改革で寛政2年から検閲としての極印がおされる。それがない。ということは。それ以前のもの。つまりこの時期に役者絵はない。成程。のみならず、以降北斎はきっぱり役者絵をすてた。90まで生存。なのにまったくない。これも謎。ほう。それは後で。別人説をもっと。目だつところ。司馬江漢。栄松斎長喜、谷文晁。鳥居清政。斎藤十郎兵衛は絵がないので除外。おなじ阿波藩の蒔絵師、飯塚桃葉、歌川豊国、十返舎一九、山東京伝。そんなとこか。まずこれらの人たち、どうして死ぬまでに告白をしなかたのか。という点で失格。栄松斎長喜にいたっては写楽は阿波の十郎兵衛と。浮世絵類考の関係者がきいた。絶好の機会。なのに告白しなかった。まあ。いってもお咎めがない。だから否。

*** 050408 二期以降は比較できる、一期はないが、あえてなら歌麿
それから全員、絵の質がちがう。大首絵と全然ちがう。だが二期以降なら。あり得る。歌麿、北斎は。両者ともにてない。一期はどんな絵師とも。つきつめれば写楽の謎はそれ。だから二分して論じる。自分の見解。衣裳の線が歌麿とにてる。大首絵の表情が歌川豊国とおなじ。これらは全部 二期以降のこと。別人説はおしなべて一期大首絵との比較をさけてる。そして自説を展開。一期だけ別人がかいた。これおかしい。まず二期以降の比較で勝負。次に一期の絵。それが戦略。皆んなさけてるか。然り、あえていえば。有望なのはないか。一つだけ。別人説で一期大首絵に真っ向から対峙し論じたもの。歌麿説。

** 050500 お茶の水、専門的に分析、歌麿の耳に類似
*** 050501 耳に注目、6本の線で後世、歌麿に類似
歌麿説、どういうこと教授。セレリアン・メソッド。何。19世紀後半、美術品の真贋鑑定に科学的・論理的手法を開発して医師が提唱したもの。彫刻、絵の場合。顔、衣裳、全体の構図、印象がちがっていても、手、爪、耳、鼻などの細部に着目。作家単位で共通する形態や手法があらわれる、という指摘。成程。作者が不明の彫刻作品。これを手指の爪などの細部に注目。これに作家の癖が無意識にでてくる。これらを分類整理。これにもとづいて美術品の作者を推定するというもの。成程。

写楽の絵に応用。おおくの研究家がこころみた。だが同時に危険も指摘されてる。どういうもの。木を見て森を見ないという。妄信して、たとえば耳ばかりに注目、たまたまにてただけ。という結果。また1枚、2枚だけで結論という危険。すると多数の作例が必要となる。自動的に作品のおおい作者に研究者の目がむかう。罠だらけ。写楽はまったくそう。またもっとおおきな罠。何。あとでいう。この分析法で監察する。すると写楽絵にはあきらかな法則性が。どんな。3つある。まず耳。写楽絵の耳には一貫したかき方が発見された。輪郭線もふくめかならず5本の線でかかれる。クリフトン・カーフという研究者による発見。

*** 050502 耳、花、落款に類似
それは一期から四期まで一貫かと教授。否、一期から三期の前半まで。以降はくずれる。どうして。全部おなじと画集を見て常世田。顔がちがっても耳はおなじか。様式美というか。顔の描写にかんしてある作法を確立。そのうえで、これを固持、かくという手法の絵師は当時には皆無。ただ一人をのぞいて。誰。歌麿。

かならず6本。輪郭線をいれて。ああ。歌麿は徹底した様式美の人。独善の人と常世田。然り、そうときめたら頑としてまげない。写楽絵にもそれが。歌麿の流儀。ほかにいますか。否、豊国は3本だったり7本、京伝も3本だったり4本だったり。ふうん。歌麿か、では、

2つ目は。鼻。写楽の鼻は下側で1ケ所。かならず線がきれる。常世田がいう。成程、だがこれは一期から四期まで。これはもう絵をかくより、紋章上絵師みたいな感じ。一種の商標。歌麿の美人画はきれてない。写楽だけ。ふうん、

では3つ目は。写楽画という署名の「画」。一と田をつなぐ縦線。これがない。これも例外がない。そして歌麿もそう。えっ。否、正確には歌麿筆。だが初期にはこの書法。成程、写楽は歌麿の流儀をとってる。歌麿は独善の人。こうときめたらこれが一番うつくしいと信じてやまない人。然り、そして次第に排他的、傲慢に。それ以外のやり方を評価する業界人に。罵詈雑言も。

*** 050503 しきうつし、歌麿、自力絵師、しきうつしに怒り
彩子が口をだした。しきうつし。ああ、常世田がいう。寛政8年、五人美人愛嬌競(ごにんびじんあいきょうくらべ)。中にみえる手紙の文面。「人まねきらひ、しきうつしなし、自力画師歌麿が筆に御面ざしを認めもらひ申し参らせ候へば...」そう自賛の言葉。だんだん鼻がたかく。人気絶頂だったから。落款の上に「正銘」。これは本物だという意味。巷に歌麿の偽物が無数に。歌麿の絵ばかりを真似る。しきうつしなしとはと教授。意味深な言葉。ここからいえること。当時皆んなやってたと。他人の絵をしいてうつして、それから衣裳をかかえて、ちょっとアレンジして、自分のものと。それが横行してたと。だが自分はそんなことはしない。という歌麿の宣言。たぶん彼の絵が何度もしきうつされた。だから「正銘」には怒りが。あと、「あやしきかたちをどう」とか。ああ。そは寛政8年頃に鶴屋からだした錦織歌麿形新模様(にしきおりうたまろがたしんもよう)。この錦絵に歌麿がかいた言葉。まず「文読み」に。

「夫(そ)れ吾妻にしき絵は江都(こうと)の名産なり、然るを近世この葉画師専ら蟻のごとく出生し、只(ただ)紅藍の光沢をたのみに怪敷(あやしき)形を写して異国迄も其恥を伝うる事の歎かはしく美人画の実意を書いて世のこの葉どもに与(あずか)ることしかり」。

*** 050504 ずいぶん居丈高、異国にまで、板元に反感
威張ってる。然り。18世紀末の江戸の空気。写楽絵はこんな安心してすわりこんだような停滞の空気に蔦屋が風穴をあける。その覚醒の一矢だった。のだろう。成程、それなら100年またなくては。それにしても異国とは。鎖国中なのにと教授。日本の錦絵は当時の中国、朝鮮にかなり。成程。もっとあり。歌麿の豪語録。白うちかけ。

「また紅藍紫青の錦をまき紅粉にて不艶君を塗りかくせども唐絵の浅ましさにハ日追て五体の不具を顕(あらわ)し其の情愛をうしなふにおよぶ依(よっ)て予が筆料ハ鼻とともに高し千金の太夫ニくらぶれバ辻君ハ下直(げじき)なるものと思ひ安物を買こむ板元の鼻ひしげをしめす」。

誰、蔦屋のこと。かも。それは恩知らず。然り、それくらい思いあがったか。蔦屋のこととしたらよほど腹にすえかねたとも。でなければここまでは。成程、腹にすえかねること。何。不明。この刊行が寛政8年としたら、蔦屋はまだ存命。死んでからだしたとしてもちょっとね。

*** 050505 役者にたよらず日本の絵師の誇り、写楽現象に怒り
悪口はともかく、歌麿は写楽でないでしょうと彩子。否、そうともと教授。ここまで立腹。写楽との関係かも。それはヒントかもと佐藤。また歌麿の言。「芝居繁盛(はんじょう)なるが故に老若男女それぞれ贔屓の役者がある、此れをかきて名を弘むるは拙き業なり、我何ぞ俳優の余光を借らんや、我は何処までも日本絵師なる浮世絵一派を以て世に立たんと思ふ」。

ふうん。といことは役者の余光をかりない。役者絵をかかない。ということか。然り、浮世絵類考に、生涯役者絵を描かずしてと歌麿はいってるとある。ところが実はその後も役者絵を沢山。寛政10年(1798)から文化3年(1806)にかけて、近松の心中物、忠臣蔵の通しなど、かいて刊行。へえ、ではどういうこと。つまり、よほど頭にきた。そのうさ晴らしの発言でしょう。これは写楽現象の直後のことでは。だから立腹は写楽に関係。かもと佐藤。ほう、すごい。役者絵はかかない。歌麿の怒りが役者絵のこと。時期的にも照応する。なら写楽現象のことかもと教授。ううん、何のことかと常世田。

*** 050506 似づら絵、写楽絵への反感か
歌麿はまたいってる。悪癖を似せたる似つら絵、とかと彩子。然り、享和3年(1802)の桂川纈月見(かつらがわいもせのつきみ)の岩井粂三郎のお半と市川八百蔵の帯屋長右衛門の役者絵。これがかきこまれている。「予が画くお半長右衛門は、わるいくせをにせたる似づら絵にあらず、中車は美男の家なり、粂三郎は当時の娘がたなり、いづれ両人のうつくしき舞台かほとかはゆらしき風情とを画て誠に江戸役者の美なるをつづうらうらまでもしらせまほしく、いささか筆を述るのみ」。

ふうん。写楽絵にたいする不満、反発をいったようだがと教授。かも。役者の悪癖をことさらにとりあげ、にせてかいたもの。悪趣味と非難。のよう。五体の不具とまで。おだやかでない。黒目が真ん中によってる。変に力む。肩や体が変に。不具か。歌麿はすごいことを。これが写楽絵のこと。然り、歌麿の美意識の産物。醜いもの。愛する錦絵の世界に。割り込ませてという怒り。浮世絵師はこんなにくどくどとかくのかと常世田。否、歌麿だけ。でも蔦屋が出版した。それだけで怒りに。ならないのではと教授。というと。自分も手伝い。それへの憤り。とも。あんな醜悪なものを世におくりだした。嫌悪感。手伝いだけでなかったかもと佐藤。というと。写楽の絵は歌麿の絵では。すくなくとも大首絵は。

** 050600 お茶の水、歌麿説の真偽、その怒りの原因、唐画とは
*** 050601 歌麿は写楽と正反対、だが手がにてる
ちょっとまってと彩子。何。自分も写楽がすき。勉強も。歌麿説は比較的最近。然り。どんな絵師も無理をすれば写楽に。でも歌麿だけはと。それが常識だった。理由は、あまりにもちがいすぎ。かき方、画風。歌麿は美の様式を一生かけて追及。だから女の顔もおなじ。退屈、生気がない。人形。それが歌麿の美意識。一番かけはなれた二人。然り、同感と常世田。両極端。ああ、いいすぎでないかもと佐藤。

歌麿は静的、様式的。一番そう。写楽は動的、乱暴な絵描き。絶対にならないと常世田。わかる。版木の数もちがう。大首絵でも。写楽はあらい。歌麿、こまかい着物の柄、布越のしろい二の腕。奴一平。髪の毛の間に雲母がはいってない。頭の回りがしろい。真面目な歌麿があんな白人おなよ、みたいな女かかない。あんな鼻のおおきなバケモノ。然りと佐藤。だからすごい抵抗感と彩子。佐藤がいう。さっきモレリアン・メソッドは3つといったが。実はもう1つ。でもそれはそれほど明確でない。なのでいわなかった。何。手。歌麿の手によくにてる。それはおおきさも。

*** 050602 彫師により絵師の線がかくされる
成程、まずちいさい。線が優雅、たおやかに連続。手がふっくら。それは同時代の絵師とちがってるかと教授。否、それほど際立ってない。同時代の絵師。手と指はにてる。指先がまるい。深爪。マムシ指といわれる形。二人がにてる。いいすぎかも。じゃあ、それは問題外と常世田。しかし無視。抵抗感。よくにてる。その理由の一つ。彫師のせい。北斎が近頃は彫師が皆んな耳を流行の形にほる。自分のにはちがう彫師にたのむと板元に。つまり写楽は特殊な芸術。おおきな罠がある。この発言はここに関係。写楽は版画。肉筆画でない。版画には彫師、摺師の作業が。彼らが線をかえてるかも。成程。もしその彫師が大ベテランなら。そうということ。研究者なら当然しってる。でも意外なほどわすれてる。おおくの論文をよんだ感想。セレリアン・メソッドを適用。先の北斎の発言。写楽の耳。結局一人の彫師をさぐりあてる作業。かもしれない。彫師はそれほど立場がつよいのかと教授。摺師は板元に所属。彫師は版木屋として独立。もちろん勝手な作業でない。絵師と密接に連絡。

*** 050603 しきうつしの問題、歌麿がしきうつしか
こまかな指示。作業。でも絵師が指示せず、あるいは面倒で顔をださず。なら、自分のセンスにもとづき作業。さっき佐藤さんが、しきうつしといいった。然り。

版画の場合、その可能性も。これを無視できない。すると工程がふえてるかも。つまり、しきうつし の横行。然り、こういうインチキはわれわれの予想よりおおい。錦絵は芸術だ。そんな意識ない。このしきうつしの版画は結果的に複数の作家たちの共作に。たとえば豊国が歌麿の美人画をうつす。ここで顔だけをうつした。その下方の体はちょっと姿勢を変更。衣裳も。これは豊国と歌麿の合作。歌麿の意向と無関係にそうなる。成程。ついでに彫師が耳の線をかえた。これで彫師もその合作に参加。こんなことが自然に。これが江戸の錦絵。

特殊な芸術。そういう作業を関係者は知らず知らずのうちにトレーニング。だから割と自然にできてしまう。ちょっとと常世田。佐藤さんの発言。第一下絵→第二下絵→彫師→摺師。こういう工程か。然り、歌麿→豊国→彫師→摺師と。写楽の大首絵では第二下絵の段階に歌麿がはいっていたということかと常世田。然り。今まで説明した事柄。皆んな満足させる。これしかないと佐藤。驚。あり得ない。というかも。だが、だからこそ歌麿が激怒、罵詈雑言。

*** 050604 歌麿の怒の原因、下絵は誰から、外国への言及
醜悪な絵をしきうつし。させられた。だからあえて、しきうつしなし、自力絵師と宣言。沈黙、常世田がいう。どうして歌麿が同意。自分のポリシーをまげてまで。蔦屋の。然り、だから蔦屋に罵詈雑言。では安物とは。第一下絵だろう。安物とは。その下絵。どこから手に。誰がかいた。不明。だが下絵は大首絵。それ以外ない。でも、歌麿を介さず。直接下絵を彫師に。できない事情が。何。ですか。不明だが、蔦屋の判断。200年も前のこと。不明。ですかと教授。でも何も史料が。実は大阪市立中央図書館の画がヒントと思ってた。でも駄目。わからない。

教授がメモをみてた。無関係と教授。その方向は行き止まり。当然。無関係だから。だがヒントはある。と思う。今の佐藤さんの話しの中にですかと常世田。へっと佐藤。不明。気になること。あやしきかたちをしきうつしてとか。このとおりでないが、でもしきうつした。ちがいますかと教授。かも。「異国に迄其の恥を伝る事の歎かはしく」。そこで木の葉どもにおしえてやると。然り。この文脈、外国という発想がでるか。ちがう。国の内だけで充分。なのにどうして外国が。錦絵は中国、朝鮮に大量に。否、それほどは。ではどうして歌麿が。錦絵が欧米で人気は幕末以降。然り。でも外国といっても。おかしくない。

*** 050605 外国人絵師か、歌麿はしきうつし、させられた
歌麿は神経質でエキセントリックだから。どうか。「我は何処までも日本絵師なる浮世絵師」。浮世絵師は日本だけ外国には。わざわざ日本の絵師というか。歌舞伎役者の威光をかりないという。なのにいきなり国粋主義か。誰も外国の絵師でいけとは。ううん。そう。もう一つ。「紅粉にて不艶君を塗りかくせども唐絵の浅ましさにハ日追て五体の不具を顕(あらわ)し其の情愛をうしなふ」。はい。この唐絵とな何。ううん。中国の唐の絵か。これまでの定説か。否、そこまでつめたものは。問題になってない。ない。何故。研究者の皆さんはどう。中国・朝鮮の絵。かな。あさましき中国・朝鮮の絵。あるのか。春画かな。中国、あるいは国内。当時唐絵とよんでたか。否。どうしてここを問題に。言葉どおりよむ。不艶君。さっきでた白人おなよ、みたいな人。として。これがせいぜい紅や白粉ぬってかくしてるけど。不具の人みたい。そういう役者のわる癖をにせた、あさましいまでの唐絵。歌舞伎への情愛をうしなったような絵。それを自分はしきうつしさせられた。こういう意味。ううん。唐とは外国全般。当時は西洋骨董品も唐物と。然り。では外国の絵。それは役者のわる癖をとらえた、あさましいまでの絵。蔦屋は大衆には下直で充分と見くだして、気をひくためにのその安物をかいこんできた。自分は命じられてそれをしきうつし、させられた。憤懣やるかたない。こんな解釈が。佐藤は唖然。何ががうごきだした。

** 050700 お茶の水、写楽の由来、異国人、秘密の必要、江戸の外国人
*** 050701 歌麿の怒の理解、教授の指摘
部屋にもどった。教授の指摘はこれまでの専門、アマチュアをふくめ写楽研究家の意表をつくだろう。自分は錦織歌麿形新模様の小文、桂川纈月見の小文を1000回もよんだ。こんな問題意識をもたなかった。あやしきしき形をうつして。世の木の葉ども。五体の不具。板元の鼻ひしげ。わるくせをにせたる似づら絵。こうした戦闘的言葉に目をうばわれた。蔦屋への罵詈雑言。その思いあがり。忘恩。これらにとらわれ歌麿の心情を斟酌しなかった。これは200年も見おとしてた写楽問題解明のキーかもしれない。自分はそれをつかんだ。教授がおしえてくれた。

研究者の誰も気づかなかった。歌麿が時代の巨匠たる地位をえた。これは行儀よくふるまった。といこと。その男がどうしてこれまでの罵詈雑言。歌麿の絵師生命にもかかわる事情があった。と考えるべき。教授の斬新な指摘。自分たちが鎖国的発想にやられてた。たんなる修辞ととらえた。誰も世界地図を思いうかべない。そうでない。歌麿はくりかえしてる。素直によむ。歌麿は、なにが外国だ。外国の何がいい。自分は日本の絵師だ。それでたつのだ。といってる。寛政の江戸であまりにも日本的なこの巨匠がこの異様な言葉をはっしてる。何が彼におきたのか。乱暴な語彙を自分の絵にのこす。異国異国という。きわめて異例。これは未来永劫のこる。これが 写楽現象のこと。なら。その正体を解明できる。そのヒント。当事者の一人、当代一の絵師。200年後のわれわれにのこしてくれた。

*** 050702 歌丸のしきうつしがただしい理由、外国の絵が下絵、その画家は江戸にいた
その言葉を素直によむ。歌麿が蔦屋の命でしきうつす。そうなる。これは大首絵のみ。かいてる顔。歌麿のまるでちがう。このちがい はすさまじい。ところがその描線。歌麿。耳も。手指も。落款の画の特殊な書体。これも歌麿。なら大首絵の制作に関与してた。この方が無理がない。ということ。今、目にするもの。その前に下絵。それは歌麿のものでない。ということ。その下絵は、歌麿の言を信じて。異国のもの。という話し。出来上がりの版画が歌麿の線。それは歌麿がしきうつしてたから。

この考えは、自分の想像をこえる。しかし歌麿が自分の言葉でいってる。美術史家として多少自負をもつ自分の目もこれを裏づける。とんでもない顔つきの風刺画を優雅になぞりとって浮世絵に仕上げてる。ではその下絵とは。どんな絵。誰が。歌麿はあさましき唐絵と。下品な外国の絵と。ついでに安物。佐藤は西欧からの輸入画、つまり解体新書とか司馬江漢の地球全図のようなものかと。ぼんやり考えてた。だがあり得ない。画題が問題。カメラのない時代。だからこの画家は江戸にいる。直接見てかく。こんなものをかいた西洋画があるか。寛政6年5月にない。公演と同時に輸入される。はずもない。これはどういうことか。頭がいたい。考えた。

結論。唐画。つまりその外国絵をかいた外人画家。その時期に江戸にいた。そして三座の客席で見た舞台をかいた。鎖国下、あるか。ない。ひとまずおく。そんな外国人がいた。蔦屋がこの人物のかいた絵を手にした。だが何故。歌麿にしきうつさせた。蔦屋の判断は。不明。歌麿はすでに確立された有名画家。美学の人。歌舞伎に精通。ふかい愛情。画壇の最高峰。ここで北斎のことを考えておく。 二期以降の写楽プロジェクトに動員。すると立場をきづいていた歌麿とちがう。蔦屋にあからさまな不満。それよりは、だまって役者絵からとおざかる。二度ともどらず。歌舞伎への贖い。蔦屋への抗議。これはわかる。現代の目。世界的大画家。でも当時、歌麿などから嫌悪感。だからわれわれはピンとこない。これが発想を死角に。歌麿に共感できず。その言葉を理解しようとしなかった。

*** 050703 何故、歌麿か、蔦屋の判断
100年すすんだた大首絵は寛政の時点では醜怪、歌舞伎世界にたいして底意地のわるい、不実、夢がない、意味不明。歌麿も北斎も嫌悪、蔦屋に不信感を。そうか。紙がちがった。そう気づく。外国人画家なら、江戸の当時もあつい紙。ならばいったんうすい紙にしきうつさないと。裏返しに版木にはり、ぬらして繊維をこすりとる。彫師が小刀をふるう。これができない。だが、しきうつす作業を歌麿にさせたのは何故。唐画の中でも特殊な風刺画。一種の戯画。漫画。ならば原画の顔はさらにいかつくグロテスクだったのかも。そのような趣向の人物画に江戸者はなれてない。大衆の好みを熟知する蔦屋。このまま見せれない。庶民がもっともよろこぶ。もっともなじむ。腕のよい絵師を。それをしきうつしに動員。それが様式美の巨匠の歌麿。

*** 050704 結論、異国絵師、歌麿、蔦屋合作、隠し名写楽
歌麿の優美な描線。蔦屋は迫力の画調を優美なものに。そうしてもオリジナルのもつ風刺的な刺激、画面にとびだす大迫力。充分にのこる。そう考えた。蔦屋の計算はただしかった。異国絵師と日本の巨匠との合作。世紀の傑作はうまれた。それが一期大首絵。

苦境にあった蔦屋が何故、歌麿の絵を歌麿自身の名でださない。蔦屋はこの唐画にぞっこんほれていた。どうしても世にとうて反応を見たかった。人気に胡座をかいて大金を浪費。専横が目だつ役者ども。ひと泡を。なら大衆にうけなくては効果がうすい。うつさせて大首絵に。これに歌麿以上の腕は。歌麿は子飼い。自分なら彼を。蔦屋はできると。歌麿の線なら確実にうける。その他なら、しくじる危険が。そのくらいこの唐画は風変わりだった。突然ある考え。

写楽。この絵の作者には覆面をさせなくては。鎖国体制下。異国人が江戸にいたら大変。当人は捕縛、かかわった蔦屋も。耕書堂も。歌麿自身の筆とさせたら。無理。死んでもこのような怪異な絵の作者とならない。そこで隠し名だ。つけるなら「写楽」。これ。みつけた異様な唐画。それをうつす楽しみ。大首絵の由来はそれ。蔦屋はこうして写楽絵誕生の事情を隠し名。暗号化。すでに存在してる写楽斎という筆名の一部。人真似がきらいな蔦屋が採用した理由。この事情。つかわざるを得なかった。

*** 050705 蔦屋非難の事情、口外できない事情
経済的に窮地にあった蔦屋が歌麿の絵をつかわず、写楽画をつかった理由。こういうこと。さらに後日、歌麿には落款、正銘「歌麿筆」と美人画。蔦屋から名取酒六歌撰、藤棚下の美人、風俗浮世絵八景、吉原仁和嘉を出版。よくいわれるが寛政5年頃に歌麿は蔦屋とわかれ耕書堂をとびだした。わけでない。寛政6年の事情。絵筆をとる機会が1回、それがひきうつし。ではなかった。その出版は寛政8年も。蔦屋死亡の9年。この頃から歌麿の罵詈雑言がはじまってるよう。

当人も蔦屋も周辺の蔦屋工房出入りの者も、何故全員写楽の正体を口外しない。この謎の説明になる。惟一の正解か。さらに考えつづけた。また大声。初登山手習方帖。蔦屋組の十返舎一九の絵と文になる戯作本、寛政8年という。奴凧と東洲斎写楽画と落款のはいった、市川蝦蔵「暫(しばらく)」の凧、そして凧糸という3者間の会話。奴凧。「おいらもたこならきさまもたこ、合わせて二たこ三たこたこ。はて地口でもなんでもないことであったよなぁ」すると凧糸が「なんのことはねえ、こんぴらさまへ入ったどろぼうが金縛りというもんだ」にはさまざまな解釈。まず何故、凧同士の会話仕立てになってるか。韓国人の写楽研究家、李寧煕(いよんひ)氏が。一九こと重田貞一は、経歴は不詳。朝鮮通信使の通訳であった李命和(いみょんわぁ)と関西の宿泊施設の下女であった女性との間にうまれた可能性がたかい。おいらもたこなら、の「たこ」は他国人という言葉の頭の2字をしめす、掛詞であるとう。

*** 050706 一九の隠し絵の意味
もしこの説がただしかったら。奴凧が写楽凧に自分も他国人、きさまも他国人といってる。これをふまえる。異国までも恥云云、唐絵の浅ましさとか、われは日本絵師として云云、などの言はよく呼応する。これが写楽現象をちかくで見てた一九の見解。この暫の役者絵もしばしば議論に。写楽の絵になる暫の役者絵はこれまでのところ未発見。逸失かも。だが、写楽は外国人でしばらく江戸の街に存在。という暗喩かも。危険な事実を一九は絵にかたらせた。凧糸がかたる言葉。二つの凧を凧糸があやつる。これは蔦屋が他国人をつかって歌舞伎世界と役者絵出版との金銭的もたれあいに批判の矢をはなった。金比羅云云は、金比羅にはいるが犯罪者の隠語で受縛の意味だが、蔦屋自身が 二期以降も金もうけのため血道をあげてる。金縛りにあってるとの皮肉。またも声。東洲斎。この名も暗号。異国人が東の小島に滞在してかいた。つまり東の小島にて異国の絵師。その隠し名は、写す楽しみ。とけた。

三期から東洲斎がきえて写楽絵。画期的な下絵師が江戸からさった。律儀に蔦屋がしめしたもの。何とまあ。しかし所詮は虚構。寛政は文明開化にまだとおい。そんな時代に江戸。その中心の日本橋。その芝居町に。いるか。あっと。佐藤の脳裏に掛川の天然寺の境内。木立の緑がひらめいた。

** 050800 お茶の水、カフェ、オランダ商館員の江戸参府、1794年ははずれ、ヘンミーの死亡は1798年
*** 050801 常世田に調査を、すごいが、江戸参府があったか
翌朝の8時。常世田に連絡。すごいことに気づいた。説明をはじめた。ちょっとまってと常世田。お茶の水駅前のエクセルシォールで。店でまってるとあらわれた。説明をきいた常世田がいう。すごい。新発見。突拍子もない内容。だが筋に無理がない。これで謎は解明。否。オランダ商館員の江戸参府か。然り。写楽が江戸にあらわれた時と照合しないと。ううん。それは無理では。何故。うまく出来すぎてる。どうして。オランダ商館長一行の江戸参府は毎年でない。寛政6年が合致か。でも、きてるかも。とにかく調査。価値はある。

然り、でも源内説よりあわい可能性。たとえば朝鮮通信使。あれも15年おき。たしか。徳川300年に12回。それに朝鮮通信使もオランダ商館員も、行動はきびしく監視。勝手に街の歌舞伎の小屋に。見物なんて。それに5月。写楽の登場は。オランダ商館長の江戸参府は正月、新年祝賀行事。将軍謁見という。はあ。ずいぶんくわしい。5月じゃない。せいぜい春先。自分は大学で江戸期の外交史を。ほう。で、たしか寛政年間(1798~1801)に異国人が歌舞伎を観劇した。記録ない。オランダ人が大首絵の下絵をかいた。佐藤さんの主張。然り。ううん。きびしいスケジュール、監視。外国の賓客。公的な接待行事。

*** 050802 自説に不安
これが駄目なら、この説は不成立。すごい思いつきとは。でも小説的。現実はもうすこし地味。そんな夢みたいな発見が。200年も研究して。ふうむ。自分としてはもうすこし地味でいいと常世田。小市民的発想。それもあると佐藤が考える。彼としてはもうすこし有力な別人説を。それくらい。自分の出発もそう。だが偶然の積み重ねでここまで。でもこれは、ちょうどいいかも。編集部に連絡をと常世田。これから「さぼうる」で、三田村、Y女子大名誉教授に編集者の松井があうと。何。アジア外交史が専門。松井は日朝交流史の本をつくる。おそらく日蘭交流にも。同席は。そこで質問も可能。

*** 050803 参府の概要、史料の現状、頻度
三田村に常世田がきく。参府で江戸滞在中のオランダ人が歌舞伎をみることはできるか。何時頃。寛政。無理。記録、証拠では時代がくだる。ふうう。定宿の長崎屋。これはJR総武線新日本橋駅出口の。芝居町と目と鼻。時代がくだる。みたいというオランダ人の欲求も。江戸初期は狂言役者をオランダ人にみせた記録。これは役者を屋敷によんだもの。ほう、参府は何年に一度か。うむ、オランダ商館日記が一番の史料と。はあ。日本側にはすくない。その上、この日記はあちこち歯抜け。はあ。逸失。その江戸期全部。まだ翻訳は終了してない。松井にいわれてしらべたと、メモをもとに。

1633年以前はある。かなり。1834年から1842年いたる部分は逸失。その他も散逸が。で、のこってる日記はどこに。ハーグの国立中央文書館。成程。どのあたりがしりたい。1794年前後。ある。日本語に翻訳も。部分的な歯抜け。でも未訳の部分はオランダ人によんでもらうのは。困難。当時の飾り文字。当時のかたい表現。紙面は経年劣化。しかも、オランダ語だけかと常世田。この追及は経費、時間が。歓迎してない。そもそも江戸参府は何年おきとか、いえるのか。いえる。朝鮮通信使より多数。しかし諸説、毎年。から一年おき。ほう。オランダ側は毎年と。どうして。道中、日本各地をみて研究。これ以外の旅行は禁止。だからシーボルト。画家をやとって江戸まで。海女、団子屋の娘。物売り。欧州の日本研究はこれから。成程。だから毎年を。それでオランダ側がしぶってた。しかしついに5年ごと。受諾せざるを得なかった。

*** 050804 5年おきなら、合致せず
そうかいた史料がおおい。1790年、5年おき。という説。否、1788年にというものも。佐藤が考える。1790年なら、1795年、寛政6年をすぎる。1788年。1893年。とどかない。次は1798年。素通り。まて、1798年ならヘンミーが掛川で死んだ年と合致。この説がただしいのか。いずれにしても寛政6年に合致しない。

** 050900 長崎屋跡、教授と遭遇
*** 050901 長崎屋、耕書堂、芝居小屋
午後、日本橋江戸通り、総武線新日本橋駅の地下からの出口4番出口に。長崎屋がこの地点にあった。いくと工事中、封鎖。かって杉田玄白、平賀源内、前野良沢、桂川甫周、大槻玄沢、宇多川玄随、北斎、町衆が参集。ここに蔦屋の姿も。ユリウス・クルトもこのあたりの手書き地図を著書に。当時小伝馬通りと。東にいくと地下に馬喰町駅のある交差点手前。右折、蔦屋の耕書堂 。その手前、日比谷線小伝馬町駅があるあたり、右折。当時の芝居町、葺屋町、堺町。中村座、市村座。芝居町の東隣りが旧吉原。写楽の寛政時代は吉原は浅草。 写楽現象の舞台はすべてここ長崎屋から目と鼻の先。商館長などの高位者は登場報告、幕府系の訪問者の応対。しかし下位の若者はどうか。歌舞伎に無関心でいられたか。幕末から明治にかけ来日した報道画家の中に英国人ワーグマンがいる。日本人女性と結婚、本国に多数の絵をおくった。歌舞伎小屋の内部、観客、芝居茶屋と往来する様子。木戸芸者。これは今、中でおこなわれてる芝居の様子を役者の声色を真似ながら小屋の前で寸劇にしてみせる。芝居の初日はたいてい。

*** 050902 外国人の風刺画、教授に困難をうったえる
幕末、明治に活躍したワーグマンやビゴーについて承知。写楽の下絵をオランダ人がかいた。それほど突拍子もないとは。これをしってたから。頭でっかちのあの趣向は西洋人の政治戯画によくある。手のちいさな奴江戸兵衛。連想。三田村教授と会見のあと、考えた。奇妙なことに気づいた。シーボルトの江戸入り1826。彼の調査報告が欧州の日本学をおこした。1790年から5年ごと。1795、1800、1805、1810、1815、1820、1825。写楽もシーボルトも合致しない。では1793年から。1798、1803、1808、1813、1818、1823、1828。こちっらもシーボルトがはずれる。どう考えるか。

ここで三田村教授の発言。タイオワン事件。朱印船のトラブル。オランダ側の丁寧な対応に幕府が1633年から日蘭貿易を再開。出島にうつって、将軍に謁見を慣例化。謁見はオランダ側の希望。時期は4代将軍から新年参賀。ところが正月の江戸は火事がおおかった。幕府は1カ月ほど後方にずらす。2月、3月。謁見は2月、3月が恒例。天和3年(1683)、長崎屋の付近が火事、浅草の藤家に投宿も。以上、オランダ人の江戸参府の経緯。だからシーボルトも3月。これでは駄目。たとえ寛政6年の江戸参府が命中。歌舞伎の演目がちがう。不運。無理。みはなされた運命。電話。教授。こちらから連絡をしたかったといった。オランダ商館日記のことか。えっ。常世田から。佐藤さんはすごく興奮。でも今は意気消沈。どうして。オランダの江戸参府が寛政6年に命中しそうもない。すると、この説は破綻。江戸中期に異国人が江戸にいない。

*** 050903 教授のオランダ出張
あきらめるかと教授。然り、年だけでなく該当月も問題。大阪市立中央図書館の史料にもどるしかないかと。ふむ。今多忙か。然り。準備がある。準備。オランダに帰国。へっ、で、もどらない。否、エレベーターのことで学会出張。へえ、あれもオランダと共同開発。オランダ人が制作。日本人がそれをみがいた。佐藤は天の啓示と。ここから天の啓示を感じろということ。もしもし。はい。大丈夫か。あ、大丈夫。だが昨夜は徹夜。貧血気味。大丈夫。然り。今、どこに。神田。否。新日本橋駅のあたり。へっ。自分も日本橋あたり。はあ。ではそちらへ。開人の幻を。佐藤さんと教授。開人の幻がきえた。

** 051000 散策、三越、教授がオランダで資料を収集
*** 051001 教授と会話、長崎屋の絵に北斎の暗示が
ガードレールに腰をかけた。迷惑を。いえ。これは誰の絵か。教授がいった。長崎屋跡をしめすプレートの前。説明文と挿絵、浮世絵。北斎。ほう。長崎屋の窓の下に江戸っ子がむれてる。それを。これはオランダ人専用。もともと長崎屋源右衛門という人の薬種店だった。それを異人用に。異人がめずらしくて。窓の中に見えるのはオランダ人たちか。然り、画本東遊(えほんあずまあそび)という狂歌本にある挿し絵。と、ひらめいた。

東遊は東洲斎の意味か。「斎」は書斎のように勉強するところという意味。だから万事無事で休息する時、またその部屋、といった意味も。「東の島での休息」とは東洲斎。でも東遊という発想。変では。商館長一行は物見遊山でない。館長は登城。謁見、質疑応答。高官への挨拶、贈答品。また寺社奉行、江戸町奉行への挨拶、贈答品。宿で訪問者への質疑応答。東遊か。あわない。でもあえて東遊。これは歌麿の発言の発想と類似か。怪敷形をうつした。自分がやったといわず木の葉絵師が。この表現で自分に命じた蔦屋をあてこすってる。さらにこの葉絵師は自分もふくむ他人の絵をひきうつし、商売にしてる。この告発の意味もかさねた。北斎は読者を東遊にさそう体裁で、オランダ人が東遊と示唆してる。

この絵は何時と教授。寛政12年(1799)。かかれたのもおなじ頃。寛政11年はヘンミーが掛川で客死。その翌年だ。江戸の風俗絵をかいてヘンミーにとどけ、かえってのち北斎はこの絵をかいた。恩人の蔦屋はすでに死亡。絵をたのんだヘンミーも死亡。彼らがまきおこした 写楽現象も、もうとおい。北斎にとり長崎屋表の光景は特別なものに。ではないか。わすれがたい日々の、この絵は追悼、総括では。だから北斎は東遊とした。多少不自然だが、東洲斎からの連想。この絵は北斎の気がはいってる。細部への気配り、絵手本ともにて、製図的な丁寧さ。これは傑作の一枚と思ってる。ああと内心で声。通行人の目が。ガードレールからたちあがった。教授に。あるきましょうと。

*** 051002 写楽現象の現場を案内
大丈夫か。はい。あるいた。すみません。でも、これでおしまい。ちょっと案内。ここは200年前の写楽現象の現場。お江戸八百八町の中心。この江戸通りは、当時小伝馬通り。左に。ここが今は町名の境界線。当時は神田堀。あのあたりに地蔵橋。地蔵橋。写楽斎がすんでたのはこのあたり。と主張する人も。自分は八丁堀の方。ここを右に。江戸通りをもどる。大丈夫か。然り。到着。地下鉄日比谷線小伝馬町駅。左の角。小伝馬町の牢屋が。ああそう。吉田松陰。ここで斬首。佐藤が地理を説明した。芝居町、元吉原。大門通り。通油町。このあたりに、鱗形屋。鶴屋。円屋。村田屋。伊勢金。松村屋、蔦屋。大伝馬町の道沿に菱川師宣。歌麿はと教授。最初はここ。耕書堂に下宿。ここから写楽が。然り。

*** 051003 散策おわり、三越の天女像を
大門通りにもどる。大丈夫かと教授にきく。然り、でも佐藤さんは。でもない。左右が元吉原。東には鳥居清信。吉原の中。芝居町、堺町 、葺屋町。中村座、市村座。しかし寛政の写楽の当時は控え櫓。都座、桐座。長崎屋からちかいと教授。八丁堀の地蔵橋は。それはとおい。木挽町の河原崎座も。タクシーに。何、猪牙舟。当時堀。東堀留入川。もう一本。西堀留入川。ここから小舟にのった。江戸は水の都だったと教授。話しはおわり、タクシーで三越に。巨大な天女像。休憩。教授は買い物に。この天女像は公開された当時、悪評噴出。しかしこれは写楽だ。大首絵は当時、天女像とにた評価。でないか。

*** 051004 日記調査を 約束
教授。すごい像。写楽だと。沈黙。やはり写楽の謎をときたい。撤退したくないと佐藤。はい。だから大阪市立中央図書館の絵を。否。佐藤さんの携帯メールアドレスを。はい。ハーグの中央文書館に。出島の商館日記を。寛政6年前後の日記をコピーも。もってくる。

** 051100 お茶の水、料理店、歌舞伎の説明、寛政5年に江戸参府、然り
*** 051101 辻田教授にきく、歌舞伎の歴史
翌日。陽がたかかった。音。携帯にメール。といあわせた。明朝ハーグに。すべコピーが可能。すこしまてと教授から。常世田から電話。人魚のため息で日本文化の辻田という教授に。同氏は歌舞伎の研究家。寛政期の歌舞伎にもくわしい。パソコンで作業。午後4時。

人魚のため息。常世田と辻田。常世田が事前に説明してると。寛政期の歌舞伎についてかと辻田。然り。写楽が大首絵にかいている演目と常世田。寛政6年。然り。この時は控え櫓。えっ、その、そもそも江戸の歌舞伎は。

1) もともと家光の時代、日本橋、今の丸善あたりから。京都から猿若勘三郎の一派。これがはじまり。一説には地名を中の村、当時の地名。これで中村座と。これが堺町に。
2) まもなくおなじ町内に都座が興行。
3) すぐ隣りの葺屋町に村山座。これはのちに市村座と。
4) 5年ばかりあとに、ちょっとはなれた今の歌舞伎座があるあたり、木挽町に河原崎座。
5) そのちかくに森田座、さらに桐座。木挽町のの芝居はだんだんに森田に。

そこで幕府は中村、市川、森田の三座だけを公認。これ以上小屋ができるのをきらった。森田座は経営不振。そこでかっての、都座、桐座、河原崎座があらたに櫓。許可を。幕府は先の三座が 休座の場合にのみ、かわって興行を許可というお沙汰。控え櫓。寛政6年は、たまたま本櫓三座がそろって経営破綻。控えの三座、河原崎座、は元年から、都座、桐座は5年から興行を開始。こういうめずらしい成行き。

*** 051102 都座、桐座、河原崎座の演目、公演日程
どこで、都座が旧中村座で堺町、桐座が旧市村座で葺屋町、河原崎座が旧森田座で木挽町。成程、で写楽はこの控え三座の舞台を。然り。都座が花菖蒲文禄曽我(はなあやめぶんろくそが)、桐座が敵討乗合噺(かたきうちのりやいばなし)。河原崎座が恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)と義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)。このとおりですね。然り。寛政6年5月の興行。写楽はこれらの芝居をみた。のでしょう。みた。というのは。絵に誤りが、役者名にも衣裳にも。一期にはない。三期、四期にある。ということは、その場でスケッチ。してるような感じ。どういう順で。ええ。たとえば都座、桐座、河原崎座とか。不明。その出し物、何月何日とかと佐藤。初日は三座とも5月5日。江戸歌舞伎は節句でくぎられる。千秋楽は不明。ということは記録がない。無し。あっても全面的に信用は不可。予定もよくかわる。千秋楽もよくのびる。初日の5月5日も確実ではない。

*** 051103 予定の確認、公演の時間、
じゃあ、客は。初日の前日に明日行灯。小屋の軒に。これでしる。でも記録にはのこらない。5月5日は大首絵の刊行時期と適合。しかし浮世絵というのは下絵、お上の改印とって、それから彫師と摺師。だいたい1月かかると佐藤。すると写楽絵もと辻田。この場合、いそがせて5月中は可能でしょう。蔦屋がいそがせたかも。版木の数をへらした。着物のこまかい柄はない。常世田がきく。江戸時代の歌舞伎。

上演の時間は。昼間。何時から何時まで。日の出から日没まで。自然光。日の出、太鼓。朝のうちは無名の役者。昼、スター。典型的。朝6時から午後5時。食事は。席で飲み食い自由。しゃべるのも自由。弁当持ちこみ。まるで花見。まあ土間席は。下桟敷のうずら席、ますみ弁当をとる。上桟敷は専用の通廊をとおって芝居茶屋に。ここでゆっくり飲み食い。ここには役者が挨拶。芝居小屋でも上桟敷は高坏にもった菓子をたべてすごす。ほう。特別待遇。然り、非常に贅沢。今の歌舞伎座は桟敷席と一等、二等、三階A、三階Bの5段階があると佐藤。寛政当時の小屋はちがうのか。然り、上桟敷、うずら席、切り落としの3つ。切り落としは土間。どのくらい。値段。切り落としが130文、うずら席が16匁、上桟敷が32匁。三階Bが2400円、一階桟敷席が16000円。これよりたかいのでは。然り。上桟敷は50000円。切り落としが2千数100円から3千数100円くらい。すごい贅沢な遊び。

*** 051104 席の種類、値段、昼興行、夜興行
舞台は、くらくなかったか。然り。昼興行は。うすぐらい。だから役者は顔を白粉で。衣裳の金糸銀糸が暗がりではえる。夜の興行も。大当りの興行なんか。あり。夜で照明は。そこは人間の目。順応。昼よりもあかるい。提灯。ふんだんに。蝋燭。花道。脚のながい燭台を燭台。ずらり。あとは提灯。場内袖の壁際にずらりとつるす。それから中央にも。舞台から客席後方まではりわたした綱に。提灯には贔屓筋の役者の名。幕末の芝居の観劇図を見てるとあかるかったと思う。当時の町衆としては、こんなに大量の蝋燭がともる場所は。それから舞台に千両役者がでてくると。黒子。龕灯で役者の顔を。これがインスポット。成程。ではこの夜興行。寛政6年の控え三座の場合、どうか。やったか、やらなかったか。不明。記録がない。でもやれなかった。どうしてと常世田。寛政の改革からまだ時間が。安全策。座元。そこに佐藤にメール。おめでとう。寛政6年に江戸参府命中。

** 051200 お茶の水、参府が的中、寛政6と10年、一行と対話、ヘンミー、ケルレル
*** 051201 1794年、1789年に参府、月日はまだ不明
何と常世田。メールをみて興奮。佐藤が返信。教授から回答。今、中央文書館。商館長の参府年のリストを。第1回は1633年、商館長はPieter van Santen。参府は二度。17世紀から19世紀にかけての江戸参府年のリストが完成。1636年は3度。あとはだいたい1年に1度。ファックスでおくる。ずっと毎年だった参府が153回目の1790年でとだえる。154回目が1794年。えっ。オランダ人がきてた。次は1798年。寛政10年。命中。ヘンミーが掛川で死亡。興奮。1794年と1798年、Gijsbert Hemmijの代の参府はこの2回。

その次は1802年、156回目。1806年。1810年。1814年。4年おき。よろこぶのはまだ。正月すぎの長崎逗留では5月興行初日の5月5日は、ずいぶん間。否。蔦屋の耕書堂の物置にかくれる。それでと常世田。否、幕府のきびしい監視。本人のみならず蔦屋にもきびしい処分。季節はとメール。月日は不明。只今調査中。1794年の参府旅行の商館長の日記。コピーを依頼。江戸到着の月日は不記載。1794年のコピーがとどくまで無理。かも。教授のメール。そのあとの参府。1818年、1822年。1826年。Philiipp Franz Balthsar von Siebold。シーボルトも命中。さらにつづく。1850年の166回目が最後。Joseph Henrij Levijssohn。江戸参府の旅行時のオランダ人は総勢で何人かと辻田。メール。18世紀後半、通常は3人、ごくたまに4人。1794年も3人だったはず。

*** 051202 歌舞伎役者に変装、なし、一行の氏名、職など
オランダ人が歌舞伎役者になりすますことはと常世田。無理、この頃の日本人の平均身長が男で155センチと常世田。オランダ人はそれより10センチたかかった。無理か。奴江戸兵衛は鼻がたかいのに。あの鼻は日本人では。歌舞伎役者にあんな鼻の男。いない。自分は誇張と。もっとも外国人がかいたなら、あんな鼻も。3人の名前がわかるか。もしかすれば心当たりと辻田。電話。教授だった。謝辞。オランダ人3人。1794年、ヘイスベルト・ヘンミー。外科の医学生、アンブロシウス・ロッテウェイキ・ベルンハルド・ケルレル、貨物管理の責任者。もう一人はシキリイバ、書記官、ウィレム・ラス。ヘンミーの秘書も兼務。この日記の清書はラス。きれいな字。飾り文字。長崎にきてたのは大学教育をうけた医師でなく、すこし地位のひくい外科医。船医になるための外科医ギルド。日記のコピーをまつといって教授がいったん電話をきった。

*** 051203 早稲田大の西賓対唔
辻田がいう。当時、将軍おつきの高位の医師は外科をオランダ医学から内科は漢方からまなんだ。だからオランダ人たちには内科は不要だった。ほう。滞在中の長崎屋に当時の有名な蘭方医が訪問。あれこれ質問した。対話を記録。それは何。西賓対唔(せいひんたいご)。名前に記憶がある。早稲田大学に資料が。ウェブサイトで公開。この資料の西客対話に。オランダ側はケルレル。日本側は大槻玄沢、宇多川玄随、森島甫斎など。ここにはオランダ人たちの風貌も記載。

** 051300 お茶の水、5月に参府、確認
*** 051301 三人の風貌、職、年齢、出身、学歴
辻田がPCで検索。甲寅来貢西客対話(きのえとららいこうせいかくたいわ)。この場にいた大槻玄沢が記録。内容は。三人の風貌などの部分が。

申の刻、午後4時。栗本、桂川、両法眼、渋江氏等のあとからついて、加比丹、商館長が滞留の二階座敷に。長崎奉行の検士、給人士、注書きにオランダ人たちは、オップルバンジョウス。これは日本語の番上使から。(省略)。帯刀の下検士もいた。(やはり見張りもいた。護衛かも)。自分をふくむ一同は、身分のたかい順に座に。加比丹が出迎え互ひに挨拶。小通辞、今村金兵衛が通弁。加比丹の名をMr. Gijsbert Hemmy(メイステル...)。メイステルは学士のこと。人の師表となる識見ある者。生国は喜望峰、父母はオランダ人。喜望峰はアフリカの要港。同国の植民地。オランダの商船、本国を出発、この地に到着、ふたたび船よそおいし、インドネシアのバタビアに。ここもオランダがおさえてた。それから本邦に。カピタン42歳、板歯、ぬけてた。常に眼鏡を。シキリイバ。注書きに筆者頭。名をLeopold Willem Ras。27歳。字は上手だが筆跡は学士に見えず。医生の名、Ambrosius Lodewijk Bernhar Keller。ボーゴ・ドイツの出身。22歳。みんなわかいと辻田。

*** 051302 質疑応答、骨折の質問、きびしいスケジュール
この人は立派にみえた。ということはRasはそれほどでも。特に物産をこのむ。一同。椅子に。加比丹の前に。この日、幕府の公的な立場にある医官、法眼たちがおおくの質問。一人の通訳、一人の医学生のみで多忙。やりとりがさかんで、末席の自分はしたしく対話は困難。遺憾すくなからず。やっと。外科の教書に骨折の原因になりやすい器械について。自分がわからない。そのオランダ語をヘンミーにしめす。すると、モーレンはウインドモーレンの略。要するに風車のこと。ウィヰキははその羽根。風車で骨折した場合のこと。オランダでは当時すでに大活躍だったのだろう。あとは、最上徳内が蝦夷地の物産品をみせた。オランダ側がマダム・タッソー作の蝋細工、頭部の精密な解剖模型をみせた。この三人の江戸における行動は。無し。でもとても自由行動など。まったく長崎屋に。国賓、ゆるされないスケジュールと辻田。

*** 051303 警備厳重、日程の概要到着、落胆
オランダ側の日記に期待か。近所の芝居見物にいったとか。とても無理、長崎から、帯刀した下検使も末座に。大槻玄沢もそのものものしさに驚き。宿をぬけだして芝居見物。検使の責任。切腹もの。オランダ側も承知。そうなら、蔦屋組があんなにだまってるのは理解。外交上の大問題。みたいなら幕府に申し出、許可の必要。日記も無理かと佐藤。臆病なお上が許可する。思えない。町衆、芝居衆がおどろき大騒ぎ。不許可と。まさにガリバー旅行記。オランダ側からみれば一編の戯画をみるようと常世田。電話。教授。

日記のコピーはまだ。可能な限りの日程を。おおくは2月に長崎を出発。のこりは3月。ぽつんぽつんと3月が。4月、5月はない。佐藤は落胆。1794年は何故か欠落。1790年、2月28日長崎発。その前も2月発。直後の1798年も3月長崎発。1802年も2月発。などで1794年だけ特例で4月発とは。落胆。江戸にひそんで5月をまったらと教授。監視つきで隠密行動は無理。辻田の説明からも無理と佐藤。こっそりみたい。ならその月の演目をみる。それでよい。成程と教授。電話終了。絶望的気分。電話。佐藤さん、1794年だけ何故か4月、長崎発。えっ。

*** 051304 1794年は5月に江戸、歓喜
4月14日、長崎発。5月中に江戸へ。歓喜。本当か。コピーがきた。4月14日発。5月1日、大坂。3日に発、京都へ。辻田がいう。この記録の最後に寛政6年甲寅5月、高額、大槻茂質録と辻田。間違いない。

** 051400 お茶の水、5月27日謁見、6月に帰路、6月は義経千本桜はない
*** 051401 日程判明、5月21日、江戸入り
自分も信じられずと教授。然り、だが日本側の史料でも。信憑性がたかまった。これだけの状況証拠。で、自分がざっと訳すか。それとも帰国をまつか。否、今、きかせて。5月3日土曜日、5時に大坂をでて、午後、京都に到着。ダンノーホーリンジという名の宿舎。このあたり何も事件が。5月14日、川の水があふれて蒲原で足止め。16日の朝に許可。午後、吉原の宿。20日、火曜日に川崎の宿。長崎屋の主人が出迎え。過日の江戸の火事で、長崎屋も被災。突貫工事で再建。川崎の宿から大通詞ヤスジローを江戸に先発。宗門奉行と江戸在府の長崎奉行に挨拶を。翌朝、検使とともに出発へ。検使が同行。はい、5月21日、水曜日、10時に江戸にはいる。投宿。在府長崎奉行の使者が来訪。ワイン、リキュール、蜜漬を。ヤスジローが帰還、報告。同人に長崎奉行にあてた書類をたくす。

*** 051402 5月27日、謁見
23日、宗門奉行の使者。23、24、25は公式行事なし。26日、検使が大通詞ヤスジローをともない奉行の代理で。将軍への謁見は明日と連絡。27日火曜日。朝6時、書記ラスと上外科医ケルレルをともない宿をでる。7時頃、城外に到着。百人番所で。宗門奉行と在府長崎奉行が祝辞。2人の検使に護衛され控えの間に。幕府の高官たちから祝辞。

将軍の部屋に。お辞儀。水戸の老公から質問。日本来航までの経緯をたずねた。将軍はすでに来臨。老公が代理で質問か。通訳を介して回答。通訳は平伏したまま老公に。自分は20年間インド諸国にいた。日蘭貿易がふるわない時期に拝謁は残念。老公によろしく将軍に。よかろうと老公。一歩さがり、周囲から大変あな名誉といわれた。会社にもおおきな利益があるだろう。というのは老公が直接はなすのは前例のないこと。老公がいたが将軍はその場にいなかったよう。参府謁見はかならずしも将軍でなくてもよかったのかと佐藤。御三家、御三卿であればそれでよかったかもと辻田。家斉はたしか一橋の出。

控えの間にもどる。薩摩のわかい領主が挨拶。翻訳が再開。彼の権限で貿易発展に力をと。坊主頭が許可。内殿をみた。次に 世子の御殿へ。次に老中、若年寄。会社からの贈り物を進呈。5時に宿に。すぐ宗門奉行や寺社奉行の使者。祝辞。

*** 051403 日程の詳細
自由行動の余地はまったく。あったとしても、その気はなさそうと教授。成程。あとは訪問客について。

5月28日水曜日。食後に来客、幕府の医師ホシューほか数人と。毎日2、3時間、訪問可能かと。快諾。夜の10時に宿からはなれたところだが火事。
5月29日、寺社奉行と江戸町奉行、長崎奉行に会社からの贈り物を。長崎奉行の屋敷で接待。
5月30日、各方面に暇乞いの接見。
6月1日、ホシューそのほかの医師。幕府の天文学者、地理学者が、午後から明日にかけ訪問を要請、将軍の許可をえたと。
6月2日、地理学者が来訪。地図。ロシアの士官からえたという。1787年、ペテルブルクで印刷。ロシアにかんする質問。4日に江戸をたつつもり。帰り支度。
6月3日、長崎奉行の側近を接待。
6月4日、水曜日。朝、出発。
これがすべてと教授。

*** 051404 失望、何時なら外出の可能性が
謝辞。失望。写楽の名、オランダ一行のプライベートな行動、北斎、蔦屋もない。まだほかにあるかと教授。4年後ヘンミーが江戸に。その時の日記に北斎、蔦屋、写楽とかの言及は。ないそう。では商館日記に一度でも日本人の。浮世絵師の名前が。その記憶はないそう。成程。電話はおわり。

辻田がいう。この日記で彼らは江戸で将軍の謁見。それに27日、火曜日。然り。この時の謁見相手は水戸の老公。これがすむまでまったく動きがとれず。当人も遊ぶ気は。然り。謁見がおえれば安堵と佐藤。緊張がとけて、ちょっと冒険とか。検使も気がゆるむと常世田。然り。検使は将軍の謁見、幕府高官たちへの挨拶。無事にすませること。監視が第一、護衛が第二。すると行事がおわれば気がゆるむ。かりに冒険。ならば6月にはいって。6月1日から、学者の長崎屋訪問。これはケルレルだけかも。ヘンミーだけかも。体のあいてる人間が。歌舞伎をこっそりみにゆくことも。

*** 051405 6月はじめの演目は、落胆
然り。考えにくいが日本人に変装かもと常世田。ふむ、変装。白昼堂々、背もたかいと辻田。かりにあるとして。でも義経千本桜、河原崎座はもうやってない。えっ。然り。でも当時の日程はいいかげんだとと常世田。これはかなり確実。5月半ばの河原崎座の辻番付にない。もうすこし延長としても6月までは。ふうむ。ならこの時義経千本桜の舞台はかけません。

** 051500 お茶の水、和暦に換算、5月4日、曽我祭の前夜
*** 051501 義経千本桜はみれないか
実は5月21日でも。彼が江戸にはいったその日。義経千本桜は。まあ到着早々にゆけば、可能性はゼロでは。しかし到着早々、商館長の疲労。検使の緊張。周囲もと佐藤。周囲とは。日本橋の住民。異人たちの一行。目だつ。服装も派手。長崎屋にはいった事実は周知。注目、人だかり。その事情は彼らも承知。さけると佐藤。然り、何時、将軍の謁見が許可か、不明の時期。さける。待機してる。商館員の参府の歴史。おおきな事件、不祥事はない。問題がなかったのは彼らが慎重に行動したから。露見すれば、事件に、国交断絶、国外追放。幕末あたりをみれば危険な時代。シーボルト事件がそう。生麦事件とか。大名行列を横切ったら切り捨て御免。まあ横切るのは無礼は理解するが、即刻、切り捨ては。

*** 051502 オランダ人は慎重に行動、早々に外出は
オランダ人だけが日本の発想、習慣を理解、200年以上も継続。でも事件がおきたかも、常にその可能性。幕末になると外国人との摩擦は頻発。しかしオランダ人とは。また彼らは日本によく貢献。黒船来航前などは。だから到着早々はと辻田。ところで、曽我祭といものがと辻田。ほう、これはももとは春狂言。大当りをとって5月まで継続興行。その際、祝いを座の者が内々でやったのがはじまり。元禄元年(1688)にその頃4座。すべて曽我ものを上演。全部大当り。以来、初春の芝居は曽我ものが恒例に。それで曽我祭りと。これは楽屋内のお祭り。ある年、市村座が、この祭りを舞台上で。その評判をよぶ。ほかの小屋でも。だんだんに花飾りの山車を花道。お囃子組。舞台上でゃ花笠踊りの乱舞と。どんどん派手に。ついには扮装のまま小屋をとびだす。巷にくりだす。町内をねりあるく。江戸庶民の喝采。ほう。

*** 051503 曽我祭りの由来、寛政6年で中断
大衆の方も5月のこの行事を楽しみに。曽我祭は実際の仇討ちのあったという5月28日か27日、寛政6年もおこなわれたはず。ところが曽我祭はこれを最後に消滅。はあ。後に復活するが、理由は取締り。座元の都伝内らがお咎め。それは市中練り歩きという派手なことをしたから。然り。寛政のお取り締りの余波。お咎めは座元だけでなく、芝居町の名主、家主にも。また役者の給金の問題にも発展。この原因は練り歩きだけではと辻田。というと。

寛政の改革で筆禍にあい、手鎖の刑をうけた京伝にしても直接の処分理由は3作の前にも数々の放埒な洒落本をだしていた。こういう不行儀の積み重ね。後の歌麿にしてもおごった言動が前もってずいぶんあった。だから一日程度のことでお咎めはない。狼藉がつもりつもった。堪忍袋の緒がきれた。28日の曽我祭だけのことではないと辻田。ほかに。もっといろいろやった。座元側が。それで思いだした。江戸歌舞伎興行年表によれば、都座の5月5日に曽我祭りの文字がみえる。これは都座が寛政6年2月1日から曽我もの初曙顔見世曽我の興行を開始、外題をかえながら3月、4月と続行し、5月5日の節句をえらんで花菖蒲文禄曽我、外題曽我祭りと、こうい興行をやってる。ということは、もしかしてこの5日に派手に曽我祭りの舞台をやった。という気がする。いわば前夜祭として。夜興業もやったかも。

*** 051504 5月5日の曽我祭り、夜興業なら、絶好の機会だが、和暦とグレゴリオ暦
客にみせて。然り。というのは写楽二期の一連の作。これは都伝内とのタイアップがうたがわれる。都伝内は控え櫓の揃い踏みという異例の事態で相当に気合が。低迷気味の歌舞伎界をもりあげる。彼一流の野心。成程。すると5月5日の初日頃には夜興業を。かも。曽我祭りのお囃子、踊りは夜の方が。夜祭。然り。幻想的な雰囲気。役者の衣裳、金糸銀糸も。客の興奮も。成程。夜の非日常性。然り、お上が奢侈取締りに躍起。前夜祭、派手な騒ぎ。お上の御威光を無視と。そこで世の中のため民のため。みせしめも。そこに市中にくりだし、ねりあるき。ついにお上の限界を。成程。

常世田がいう。しかし5月5日。オランダ商館の一行はまだ旅の途中。京都をでようとしてる頃。夜興行ならオランダ人が小屋にまぎれこむ。おあつらえむ向きだが。大首絵の黒雲母摺りのくらい背景。夜興業を思わせる。しかし5月5日か。日本橋についたのは、21日。謁見をすませて、リラックスするのが6月にはいてからだ。と。あのと幸枝。 ここに日本史の年表。寛政6年の将軍拝礼の日。ええ。それでこれでは4月28日に将軍に拝謁。えっ。参府の一行は家斉に。まあ日本側の資料は不正確かも。はい。ともかくオランダ側の史料は5月27日。沈黙。齟齬か。オランダ側の史料もあてにならないと常世田。提出する会社もはるか、かなた。あてにならないかと佐藤。あっ。辻田の声。うっかり。和暦。4月28日は。オランダ側はグレゴリオ暦。へえ。

*** 051505 グレゴリオ暦を和暦に変換、的中か
1) ユリウス暦
何。西洋の暦の始まり。エジプト遠征、ユリウス・カエサルがもちかえった知識をもとにしたユリウス暦。英語で7月ジュライ。彼の名の英語読み。これは1月を31日に、30、31、30、31と交互に大小の月。2月だけを29日に。閏日がはいる年には2月の日数で。
2) アウグストゥス暦
初代皇帝アウグストゥスが8月を自分の名に改称。小の月をきらってジュライとおなじ大の月。2月をもう1日けずった。アウグストゥス暦。
3) グレゴリオ暦
閏日調整は完璧でない。改良。ローマ教皇のグレゴリウス13世。グレゴリオ暦。これが現在、われわれがつかい、寛政においてオランダ人がつかってる。

グレゴリオ暦と和暦はおおいなズレ。商館日記が5月27日なら和暦でそれは4月28日。充分可能性が。換算はやっかいだが、どうするか。ここに暦換算表が。辻田がウェブサイトをみる。1794年5月27日は寛政6年4月28日。ぴたり。干支年甲寅。火曜日。間違いない。では三座の初日、夜興業をやった可能性のある日。6月1日は寛政6年5月4日。初日の前日。

* 060000 江戸編 III、夜興業、中見、別れ
** 060100 孔雀茶屋から、夜興業、春朗からラスをしる蔦屋
*** 060101 不思議な絵、木戸芸者、夜興業
誰の作かあててと春朗(北斎)が蔦屋に。厚紙の絵。さあと春朗。
京伝も子興もよる。そこにはみたこともない類の絵。紙も作画の線も。描線は直線的、硬質、力強く。毛筆でなさそう。バケモノと京伝。四谷の狢(むじな)がばけてでた。体も手もちいさい。下手と子興。判じ物か。役者当ての謎か。誰か名前をあてろ。どこでみつけた。どこの役者をみてかいた。木戸芸者と春朗。ほお。木戸芸者の連中が曽我祭りの真似を。皐月の練り歩き。然り。へえ、練り歩きの真似。鉄砲通りをと春朗。大胆な。この取締りで。お上にみつかると大変と子興。今夜、夜興業を。へっ、どこがと京伝。都座。そうふれ歩き。伝内さんか。思いきったことを。否、三座とも。何。三座とも。然りと春朗。三座ともやってこそだ。

*** 060102 夜祭りの賑わい、歌舞伎の夜興業
芝居町の旦那衆が準備の真っ最中。噂。人出。青山の方から百姓も。人の噂。はやい。飴屋。団子屋。店開き。蝋燭もって。江戸っ子の大好物。待望ひさしい歌舞伎の夜興業。三座の揃い踏み。蕎麦や稲荷や、天麩羅のふり売り。神田の方から。両国の川向うから覗きからくり。やれ突け、女相撲も京伝。それはない。広小路とちがう。然り、日本橋。でも雪駄屋、埃眼鏡屋まで。何故雪駄屋。雨もないのに。枯れ木も山のにぎわい。大道芸もきそう。浅草、河童小屋などの見世物もくるかも。ろくろっ首、牛女。自分はすきでない。子興がいう。揃い踏みをもりあげようとの魂胆。いい度胸。伝内。気合い。命がけ。今やるしか。江戸歌舞伎に元気が。お上に尻尾まく。歌舞伎者の名が。面白い。三座で大勝負。

*** 060103 歌舞伎の前夜祭、これをうつした絵の作者は、唐物か
都座は夜興業、前夜祭を。舞台で。では今夜。木戸芸者はそれで練り歩き。ずっと。28日はもっ派手。思いきったことを。この草双紙はこの練り歩きをみて。で、誰がと京伝。さあ誰だ。蔦屋の旦那。これまでみたことないと蔦屋。唐物ではと蔦屋。へっ。これは歌舞伎の役者。木戸芸者だが。解体新書でなく。

本当に唐物。唐物か。仇討ちの格好してる。曽我の兄弟、唐天竺にいない。間違いなく唐物と蔦屋。ええ。唐天竺からこの江戸に。否。ここでかいた。この日本橋で。そうだろう春朗と蔦屋。そうと春朗。からかってる。毛唐が歌舞伎をからかってるかと京伝。お上みたいにいう。粹は威張るな。粋がこわれる。唐天竺が日本橋に。然りと蔦屋。これは長崎屋のところかと春朗にきく。然り。長崎屋の格子窓。自分は紅毛人の絵をかいてた。格子の向こう側でもかいてる人が。紅毛人か。然り。今、何がおきてるかしらない。長崎屋にはオランダのカピタンが投宿。では、この絵はそのオランダの紅毛人。然り。蔦屋がいう。春朗。その異人とはなしたのか。

*** 060104 長崎屋の異人の絵、ラス、春朗と交流
然り。大丈夫だった。何。なんともないか。体。無し。こわくなかったか。えっ。何が。唐渡りの刀。無し。侍みたいに。もってない。ほえたり。無し。獅子でない。どうかな。やさしい。面白い。ラスと春朗。それ名。然り。何語で。日本語で。へえ。流暢でない。へえ。わたしの名前はラスとか。然り。もう友だちだって。危険はないか。別に。半時間以上、一緒。話し。窓越しに。国のこと、国のおなごのこと。然り。そうか。そうしたら往来を。伝馬町の方から木戸芸者が練り歩き。異人がめずらしがる。長崎屋の前でながいこと。いろいろと芸。石井兄弟の仇討ち。ラスがそれをみて絵をかいた。自分も一緒になって絵を。ほう。木戸芸者がいなくなった。かいた絵をみせた。ラスにもみせた。ラスもびっくり。上手と。

*** 060105 絵の交換、蔦屋を長崎屋に
ほめた。こちらの絵がわかる。へえ。然り。そうか。絵師かときく。然り。くれと。お土産にという。かわりに自分のを。それで格子窓越しに交換。で、それ。大変なことを。役人は。そのあたりに。いたら、そばにゆくか。登城おわり。長崎から検使の姿も。いい度胸。ふむ、今日はじめてでは。何回も。顔見知り。もらった絵にはびっくり。かわった絵だ。それで蔦屋の旦那に。どうかと春朗。おい。へい。自分を長崎屋にと蔦屋。今すぐ。そのラスにあいたい。

** 060200 堺町、ラスが変装、夜の歌舞伎見物へ
*** 060201 人出の中、ラスと蔦屋の会話
大門通りに。小伝馬通りへ。大門通りはすごい人出。たいした大騒ぎ。飴屋が。祭り。夜興業のせいと蔦屋。都座。桐座。堺町、葺屋町。このあたり芝居町一帯。夜祭りに。皆んな心底、芝居好き。伝内さんの心意気。お上が心配。陽が西に。蔦屋が足をひきずりだす。大丈夫か。ちょっと。駕籠をたのむ。好都合。駕籠屋も承知。駕籠に。元気だ。然り。長崎屋が。本石町。駕籠をおりる。役人が心配。長崎屋の前に。春朗が先頭に。無造作に春朗が。ラスさん。二度、三度。異人の姿が格子窓に。丸眼鏡。大男。くろいひかる服。前歯が1本ない。春朗という絵師がラスにあいたいと。大男の隣りに男。気づく。大男より小柄。師匠をつれてきたと春朗。

へえ。てらてら緑色にひかる派手な衣裳。ラスにあいたいという師匠の蔦屋重三郎を。ふん。有名人。そして手招き。躊躇して蔦屋が。むこうも合図。あなたがラスか。絵をかかげて。これをかいたのかと蔦屋。然り。いい絵。師匠がいい絵だと春朗。ありがとう。その羽織もいい。うん、何。春朗が上着をさす。ありがとう。こういう絵はまだあるか。然り。見たい。ふうん。何故。自分はあなたの絵が大好き。線にいきおい。役者にまけてない。これまで見たことない。オランダ流。

*** 060202 絵を見た蔦屋が歌舞伎にさそう
ちょっとまってと奧に。気色わるい。真っ白の顔、役者にまけてないとはと京伝。見せてほしいから。洒落本かいてお上にまけてない。そことおなじと蔦屋。自分たちは日本人、向こうは毛唐。それは関係ない。ふうん。わからない。紅毛人は手足がちいさいのか。おなじだと京伝。ラスがもどる。これ。あまり真面目にかいてない。かまわない。2枚の板にはさんだ何枚かの絵を。熱心にみる蔦屋。いい。練り歩きの連中。然り、ここまできた歌舞伎の役者。歌舞伎役者でない小屋の奧を時々のぞいて真似してるだけ。あれは歌舞伎役者でない。成程。然り。本物と思ってはこまる。歌舞伎をみたいか。えっ、歌舞伎。歌舞伎。みたい。でも無理、カピタンが歌舞伎をみる予定がない。今夜、または明日の夜、暇がないか。暇、だが異人は歌舞伎をみることができないとラス。自分にまかせて。よかったら小屋で一番よい席、桟敷席を進呈。ゆくか。歌舞伎。自分と一緒で。本当か。然り。うれしい。春朗がとめる。京伝も。

*** 060203 念をおして、わかれる
それはお縄。耕書堂も取り潰し。バレなければいいと蔦屋。無理。顔、背丈も。派手な緑の羽織。否、変装。ラスに。変装用の着物一式を。すぐ。草履も。きかえてくれ。顔は。ほっかむり。手拭いで。無理。バレる。紅毛人を芝居小屋に。江戸中大騒ぎと京伝。昼興行ならと蔦屋。夜興業だから。桟敷席なら大丈夫。昔、何度も内緒で偉い人を小屋にいれた。こちらは異人だ。京伝に伝内と蔦屋。どちらがあぶない。どっちもどっち。ラスにむかって、江戸の歌舞伎はめったにみれない。国にかえってもない。自分と一緒にみないか。みたい。では一式を春朗にとどけさす。あの先の路地でまってる。自分は芝居茶屋の前で。春朗が案内。あぶない。大丈夫、考えが。歌舞伎をからかってる連中。そのために危険を。かまわん。ラスにいう。すこし冒険。覚悟をして。いいか。大丈夫。見張りはいない。出島でも。内緒で。絵の道具をもって。

** 060300 堺町、芝居茶屋、都座の裏口、桟敷席
*** 060301 春朗、変装したラス、蔦屋、芝居茶屋二階
蔦屋が橘屋の玄関のあたり。二人組。ラスさん、こっち。玄関に声。大丈夫だったか。然り、見張りもいない。茶屋の若い男。荷物は。ない。玄関。遠州木綿がよく似あう。はい。2階の座敷。蝋燭の一つをけす。これは。煎餅、たべられる。被り物はまだ。茶屋には鼻薬り、大丈夫。煎餅の味は。かわった味。あまくない。長崎にはないか。お国の菓子は。あまい。江戸にはあまいものがない。然り、和三盆、楽屋にゆけば。ジャムがある。今度、お土産に。ありがとう。あとで芳町の万久から上等の幕の内。桟敷でたべる。「ますみ」になってる。幕の内、寿司、水菓子のこと。肉がすきか。然り、すき。でも魚も大丈夫。刺身。それはちょっと。焼き鳥が。江戸一の幕の内。ありがとう。

*** 060302 茶屋の説明、オランダ
安心してまかせて。ありがとう。絵をかいてくれ。かいてくれれば、また案内。耕書堂の蔦屋と声を。はい。歌舞伎の小屋はまだ。ここは芝居茶屋。芝居の幕間にもどってきて、ゆっくり雪隠に。あるいは飲み食い。そういう家。今夜は時間がない。だから桟敷でますみ。桟敷をとったり、うずらをとったり。それにはこの茶屋をとおす。そういうしきたり。小屋にいっても席はかえない。否、切り落としなら。土間の追いこみ席なら。窮屈。カピタンさんには無理。何故。じろじろ見られる。舞台の上の役者もびっくり。芝居も途中でとまる。ラスさんはオランダの代表。国賓。一番いい席に。小さな島国でも。成程。オランダもちいさい。へっ。本当。船や戦争の道具つくったから。いろんな国と商い。でもちいさい国、日本のほうが。ほう、

*** 060303 蘭学、建物、橋
唐天竺で一番おおきいと。ちがうか。蘭学、学問がすすめば、おおきい国と。ほう。どんな国か。江戸とちがうか。似てる。川がおおい。へえ、建物も。否、石で。橋がたくさん。はねあがる。へえ。下を船がとおる。ふうん。オランダにいきたいか。然り、わかければ。体もわるい。頭も心の臓も。とにかく仲間だ。ありがとう。そうか。うれしい。明日も。日がおちれば、あさっても。あさっては船に。いろいろみせる。場所は。いろいろ案内。ありがとう。はい。お礼を。なら絵をかいてくれ。

*** 060304 ラスの身の上話、現況、観劇へ
蔦屋が風呂敷包みの中から紙の束。ここに。舞台の役者を。了解。くらくないか。あかるい。提灯、蝋燭。ラスさんは、お国で絵師か。ううん。否。子どもの頃は絵師。で、おとなになった今は。VOCの商人。成程、そう。ところで言葉が上手、どこで。長崎、女の人から、三味線ひく人。遊女。ああ、そう。それでちょっと女言葉。成程。そう。皆んなは。オランダの人は。否。自分だけ。成程、長崎では異人さんの出島に女の人はいれる。然り、そういう女の人は。では吉原はめずらしくない。若い衆がお茶。ごくろうさん。こっち春朗、こっちは緒羅次郎。拍子木の音。ではいこう。上がりぶちに。若い衆 が福草履。これは芝居観劇用の特別仕立て。

*** 060305 都座へ、桟敷席へ
小屋まで案内。橘屋から都座へ。木戸芸者ら。沢山の提灯。黒山の人だかり。小屋の横手。裏口。せまい通廊。左右は棚、大道具、衣裳。2階に。引き戸。くらい廊下、左右、大型の障子窓。若い衆が先導。部屋の入口。ラス。おお。

** 060400 堺町、描画、絵の批評、よろこぶ蔦屋
*** 060401 場内の様子、提灯、蝋燭、観衆、開幕、花笠音頭
桟敷席への入口、場内の光景。おびたしい数の提灯、無限といえそうな蝋燭の明かり。1階の枡席。その中の花道。両側にびっしりと燭台が。整然とした炎の列。みあげる天井に。舞台上から後方へ。無数の綱が。その一本、一本にもれなく提灯が。一階席には庶民がひしめく。見おろすラス。まったくしらない民衆の姿だった。感情をあらわに、わらい、さけび、無遠慮な振舞。これはすごい。伝内さん。利益は無視と蔦屋。すごい、まぶしいとラス。幕の向こう側。音、太鼓の響き。三味線。しずしずと幕がひかれる。花笠をかぶった娘たち。花笠音頭のはじまり。かぶりものをとるとしろい厚化粧の女形。左右の袖から奴姿の男役者。場内からやんやの喝采。客席から声。整然とした群舞がだんだん前方に。花道に。女形たちが花道に。舞台には奴姿の男役者。娘たちが紅白の引き綱。下手から山車が。観客の拍手。太鼓、三味線、お囃子の音。紅白の綱につらなる女形たち の派手な衣裳。

*** 060402 山車、群舞、桟敷席へ
山車が舞台中央に。女形がうたいはじめ、舞いが。客の手拍子。うたう者。場内に一体感。若い衆が案内。通路。ひくい壁でしきられた3、4人用の枡。蔦屋、ラス、春朗が。2階席。おちないように前方に手すり。軒先に橘屋の提灯。ラスは手すりにより、画板に紙を。袖の中から木炭。蔦屋がいう。これはまだ座興。かきたいのならとめないが。芝居がはじまったら。役者を。大首で。オオクビとラス。然り、顔をおおきく。成程。ちかからよく見える。連中の顔をどんと。

*** 060403 口上、芝居の解説、描画
踊りが一段落。女形と奴は袖に。迫(せり)にのった役者が。裃と袴の正装。拍子木。口上。あれが座長の都伝内。しばらくの間。これより夜興業を。今宵からしばらくは芝居町の夜祭り。芝居町はにぎやかに。そのはじめ。これからはじまる舞台、花菖蒲文禄曽我。殊勝だと春朗に。芝居。信州小諸藩、剣術指南役の石井兵衛の息子源蔵。千束の祝言。仲人の大岸蔵人。その妻やどり木。はやい。ラスさん。やっぱりラスさんは大首だ。遠慮は不要。醜女。シコメ。醜女はオカメ。変な顔。どうせ男。オトコ。

*** 060404 絵の批評、弁当
しらなかったか。道理で変な顔。女の人にみえない。これはわらわせる芝居か。否。何故か。説明はむずかしい。お国には。ない。真面目な芝居なら。ああ、面白い。異人さん。そんなかき方か。1枚を仕上げ。蔦屋に。つづいて蔵人に。やどり木の絵を春朗に。わらいころげる。そっくり。瀬川の富三郎だと蔦屋。今までこんなふうに。当人そのものを。かいた奴はいない。本人もびっくり。蔵人の顔に。いい、オランダ流。この真ん丸の目玉。宗十郎にそっくり。そこに弁当が3つ。ラスさん、万久の幕の内。腹ごしらえ。それら酒。

*** 060405 舞台の説明、描画
幕の内の一つをラスに。宗十郎の間抜け面。いいね。酒を。焼き鳥。うまいか。うまい。明日もある。でてこれるか。日がおちてから。大丈夫。江戸はいつ。6月4日。ええ。オランダの暦。ここでは5月7日の朝。舞台は 石井兵衛の道場の場。師範の藤川水右衛門。やりとりがもつれ、石井兵衛に稽古試合を申しこむ。場面かわって。蔵人とやどり木。源蔵と千束の祝言。兵衛の若党から。兵衛が水右衛門の闇討ちに。斬殺。源蔵と千束は仇討ちに。弁当おわり。また役者の顔を。これは端役。かきたいなら。ラスは興味のまま場面、役者をえらぶ。石井源蔵がついに水右衛門と対決。ラスは源蔵の大首をかいた。面白い。迫真。目玉が真ん中に。

** 060500 日本橋、耕書堂、歌麿にしきうつしを強要する蔦屋
*** 060501 歌麿に絵を、しきうつしを、いやがる
何、これはと歌麿。見ればわかる役者絵と蔦屋。へえ。そう、これも役者絵。これが。そう。こんな。誰がかいた。もしこたえたら。きいたお前も同罪。どうでもやってもらわなくなる。いいか。こんな絵をどうしようと。しきうつしをしてくれと蔦屋。正気で。勿論。世間は蔦屋が気がくるったと。お前の腕でまともなのに。

どうして自分か。ほかにない。大首かいてお前以上はいない。それはこんなバケモノをかかないから。かいたらおわり。自分に死ねといってる。そんなことを。しきうつして「歌麿筆」とかかない。天下の歌麿がしきうつした。とはいわない。耕書堂の奥座敷だった。2代目坂東三津五郎の石井源蔵。誰もいない。人払い。ううむ。旦那を実の親と思って恩義を。そんな話しはなし。自分の欲得でたのむ。ううむ。あっちこっちの板元から声を。売れっ子絵師。文句をいったことはない。然り、世間は自分を恩知らずと。でも。いいたい者がいる。気にするな。しかし。この話しはこれでおしまい。欲得でない。むしろ欲得にしてくれ。バケモノ絵をしきうつすなら。彫師には、このままではだせない。

*** 060502 出版へ、売り物に仕上げ、どうしても出版
出板。然り、こんな絵を。然り。うけるか。大首もだが。体がちっちゃい。手足も。これは役者絵になってない。だからお前にたのんでる。このままでは絵草子屋においても、うれない。お前の筆がはいれば。典雅な線があれば。こんなものが。うれる。お前以外なら失敗する。顔は面白い。このごつごつしたふとい線。江戸っ子の口にあわない。お前の綺麗な線でなぞれば。この絵は傑作になる。こんな絵ははじめて。ではもうけるため。自分にしきうつしをしろと。そう思ってくれ。

それでいいと蔦屋。たしかに蔦屋は台所がくるしい。次々の発禁本。罰金。そろそろ左前。だが金子だけなら、お前に美人画をたのむ。それでいい。美人画をかくと歌麿。否、この絵はどうしても世の中にだしたい。何故、理由は。今、いいたくない。特にお前には。それでは話しにならないと歌麿。だまってやってくれと蔦屋。それはあんまり。江戸に絵師は星の数ほど。蔦屋の頼みなら。どうして歌麿なのか。お前でなければ。しきうつしだけはしない。自分できめた。歌舞伎をあいしてる。三津五郎をこんなバケモノに。相手を間違えてる。それはわかる。

*** 060503 蔦屋の真意、お上と千両役者への反発
だったら。たのむ。お前に迷惑はかけない。自分の生涯の秘密に、墓まで。ふうむ。わからない。だが、蔦屋が間違ったか。これまで。然り。天下の蔦屋。商売は。否、商売でない。義、筋の話し。天下一面鏡梅鉢(てんかいちめんのかがみのうめばち)は。文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくどうし)は。仕懸文庫は。それではおなじ理由でこの絵を。然り、お上の唐変木、頓珍漢。お前もうんざりだろう。

人の道にはずれる。人は楽しみたい。そんなもの。罪でない。同感、だが歌舞伎にはしてない。どうかな。お上にたてついては。そうか。旦那、釈迦に説法かも。歌舞伎は美男の世界。いい男が美男と美女になる。それを江戸の芝居好きが一年間、小遣いためて小屋にみにいく。11月の顔見世、正月興行に。年に一度の江戸っ子の贅沢。この役者をこんな醜女に、庶民の夢をこわす。それがいけない。えっ。よってたかって役者をあまやかす。だから役者の専横。目にあまる。特に千両ども。

*** 060504 役者をあまやかす役者絵
阿呆のお上と一緒。誰が死のうが小屋がつぶれようが。たとえそうでも。絵の話しは別。役者絵は様式美の世界。そういう嘘は心底うんざり。別の話し。そうでない。役者をあんなにしたのは役者絵。絵師と板元そろって嘘八百。綺麗ごとかいて。役者世界となれ合い、もたれ合い。金子のやり取り、お世辞のやり取り。その方が楽でもうかるから。もうかればいい。ちがう。美男、美女。そんなのは各芝居の一人か二人。なのに絵師と板元、皆んな役者の面を綺麗にかくから。誰が誰かも。着物の柄見て、ああ蝦蔵、菊之丞。本物と似ても似つかない。それが役者絵。

否、歌舞伎の宣伝でない。洒落本がお上の提灯本でない。それと一緒。こっちが自分の考えをいう。でないと。世の中がくさる。お前は今のままでいいが、本当のことをかく絵師も。一人くらい。板元は綺麗なものだけか。ほかは駄目か。富三郎のやどり木。似てる。どうだ。それは。誰にも欠点がある。ことさら強調する。意地がわるい。そんなことをいってない。この菊之丞のおしづは。似てる。どう。そんなふうにかかない。役者絵は。それこそ別の話し。似てるか似てないか。この白人おなよ。生きうつし。誰、しらない。それ、千両役者しかみない。下っ端がいい演技をしても。ほめない。だから千両どもが威張る。

*** 060505 醜悪な現実をみて真実をかいた絵、オランダ人の絵
自分だけが歌舞伎をささえてる。自惚れてる。この「おなよ」は千両組でない。これが現実だ。この面が。役者だろうと千両だろうと。化粧をおとす。普通の人間。歳をとる。ふける。歌舞伎は美男美女だけの世界じゃない。普通のおっさんがささえてる。それで上にいくほど醜怪な世界。欲得の世界。嘘の世界。死にぞこないの爺じい、白粉ぬりたくる。水もしたたる美男。自惚れ、威張る。周囲はおだてる。みだれとぶ銭。かきあつめる幇間。お前もしってる。歌舞伎。この絵はそれをかいてる。たとえそうでも。かきたくない。ただの一人もかくな。そうか。かいたら遠島か。打ち首か。この石部金吉。袖まくってる刹那。実際こんな感じ。皆んな黒目が真ん中に。よる。見得切り、当然。そんなによらない。わるくかきすぎ。いったい誰だ。かいたのは。オランダ人。何。覚悟してきけ。オランダの商人。今、長崎屋にいる。その一人に。かいてもらった。うっ。おどろいたか。これでお前も一蓮托生。地獄まで一緒。本気だ。今宵もまたあう。今夜は桐座。敵討乗合噺。

** 060600 葺屋町、桐座、松本幸四郎をかく
*** 060601 芝居茶屋で、ラスを評価、歌麿の様式美を批判
葺屋町、桐座の専属茶屋、若鶴屋。2階の座敷。すぐ酒。ラスさんにオランダ絵を。わかったこと。何がと春朗。絵には力がある。どういう意味。歌麿と話して、様式美という。都合のいいごたく。すっかり型にたよる。歌舞伎の連中にいいようにされてる。ラスさの絵。本来こういうもの。好きにかく。見えたままにかく。茶碗つくる。皆んな丸餅に。そんな顔は不要。だけど江戸中の歌舞伎好きがそれを。そう、茶碗を。だがそんなに歌舞伎の連中のいうままにやる。ことはない。歌麿がそういった。いうわけない。様式美の先生だ。然り、今、江戸で一番の売れっ子。然り。それでもいい。だが、いつしか煮つまる。いかに天才歌麿でも。自分の約束事の信仰で。信仰。然り。自分流の決まりをおがんでる。それが役者を増長させてる。気がついてないようだが。

*** 060602 札差、千両役者の横行、無気力なお上、歪みが庶民に
このところの 札差や千両役者の横暴。目にあまると蔦屋。まあ。いろいろきいてる。世の中にでてないが。連中はやり放題。何故か。旗本、御家人、奉行所の与力同心まで、 札差と役者に金かりてる。だからお咎めなし。でも旦那、今度の改革で。否。定信は札差身分ふとどき。利子、借金証文を棒引き。では連中、金輪際金かさない。すると侍がますます平身低頭。金かして。金持ちが威張る。ふとどきですむ話しか。江戸は米でうごいてない。田んぼの真ん中でない。米俵かついではらうか。江戸は銭つかい経済。米づかい経済は時代にあってない。

だから 札差ばかりが。もうけは吉原と芝居小屋に。お上が約束ごとにもたれかかる。何も考えない。社会の根っこのところをかえないと。解消しない。お上はまったく理解しない。戦国のままと。世の中はうごいてる。特に江戸は。旗本、御家人に米ではらっても、そのままではくらせない。また米の値がさがる。旗本は飢え死に。だが銭は札差のところだけ。銭をかりる。もうけるのは札差。借金で骨抜き。腹いせで庶民に威張る。世の中がみだれる。ところが取締りがいない。札差は殿様の鶴の一声で。だが役者はどうだ。自分たち芝居好きが頭を切りかえ。へえ、どうやって。だからラスさんの絵。

*** 060603 真実を見ぬく力を評価、自分の手で世の中を
自分の絵がとラス。顔があかいよ。そこに若い衆。玄関口に。桐座へ。洒落本、狂歌も川柳も力。だが絵が一番。一発で目に。頭に。オランダ絵1枚で自分がいいたいことを。やっぱり絵。たいしたもの。鳥獣戯画なんてものも。昔は。然り。傑作。オランダ絵には心底感心。あるがままに、それにあの目。絵の川柳。われわれは自分の絵にあれをわすれてた。様式にもたれ、楽して。世の中はかえれない。あの精神が蘭学をつくり、ふかめた。あれがなければ学問ははじまらない。自分はわかった。世の中をするどく見ぬく。人の体の中も病も世の中の病も。そこからにげるな。人まかせにするな。自分でいつも何とかする。そう考える。普段そいつにくるしんでる。なら、なおさら。それが蘭学、オランダ流。学問はそれでおこる。だからオランダに。それをお上のやることとか。神仏の祟りだとか。頓珍漢。楽ばかりする。世の中はかわらない。

*** 060604 錦絵をかえる、桟敷席、奇声
それが今の自分たち。錦絵。あれは絵でない図案。紋章。桐座。人出。木戸芸者。不夜城の賑わい。ラスがちかよる。おい。木戸芸者の踊りを真似。二人が必死でとめる。バレたら。おしまい。本当。本当。打ち首、遠島。踊りはなし。成程。そう。難儀な人だ。気をつけて。しっかりして。こんな人がオランダにも。こういうの人。まかせという。酒のせいか。ラスさん。酒。ハメをはずす。ここでは駄目。首がとぶ。それでなくても目だつ。でかい体。自分はちいさい。それはオランダ人の間。茶屋専用の入口。桟敷に。演目の説明。敵討ち。姉妹、女二人が父の敵をうつ。碁太平記白石噺(ごたいへいきしらいしばなし)の仕立てなおし。大詰めで花菖蒲思笄(はなしょうぶおもいのかんざし)が挿入。わからないとラス。まあ筋は。好きにかいて。。幕の内弁当。酒。心配する。枡席から舞台に高麗屋
の声。ウォーとラス。二人が必死に制止。やっとおちついたラスが絵をかきはじめた。

** 060700 木挽町、河原崎座で奴江戸兵衛を、帰り道
*** 060701 奴江戸兵衛、傑作、ラスの酒癖にこまる、蔦屋の自信
いいと蔦屋。河原崎座の桟敷席。舞台は恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたずな)。奴江戸兵衛を見た。やはり自分の画帳でないととラス。成程。そのオランダ式の黄色い厚紙でなくては調子が。いや、すごい。その紙ならはやい。紙をはがして蔦屋に。すごい。奴江戸兵衛がこっちにとびだしてる。どうだ春朗と。成程と。懐からひろげた両手がいい。ラスさん、天才だ。歌麿にもひけをとらない。まあ酒癖がわるいが。幕の内をたべて、それからお茶。この人、わるい人。お金とられた。そう、祇園の芸子、いろは、身請けするための300両。若殿のいいつけであの伊達与作。はこんでる最中に、おなじ家臣の鷲塚八平次にとられる。奴江戸兵衛がこの悪事を手助け。芝居の筋がわかるか。わからない。よくは。成程。

かくたびに絵がよくなる。このまま江戸にいる。すごい絵ができる。おしいなあ。でも、こっちの首がもたない。まあまあ、絵を手にいれる。命懸け。これが板元、本屋の本望。甲斐性。酔狂な。ふうん。力がある者は皆んな難点が。お前の師匠も兄弟子連も。でも、首はとらない。破門ぐらい。成程、しかしこの奴江戸兵衛は傑作。はじめて見た。江戸の連中も肝つぶす。これを開板。歌麿のしきうつしで。へ、しきうつし、承知した。歌麿。然り。泣き泣き。絶句の春朗。心配するな、重田貞一(十返舎一九)にも。へえ、あの歌麿が。旦那も罪なことを。絵草子全体のため。歌麿は、こんな絵、役者絵の息の根をとめる。江戸の芝居の首をしめる。そういってるが。どっこい、こちらもそんな柔(やわ)では。これでまた役者絵は活気づく。ラスの手元を見た蔦屋。わらいだす。重の井だ。この女、オトコ丸出し。この人も実際はオトコの人とラス。然り、歌舞伎に本物はいない。本当。一人も。

*** 060702 女形に首をひねる
然り。何故。そういうきまり。江戸歌舞伎は。面白い。芝居にでる女の人はおじさん。お白粉一杯。でも全然女の人にみえない。ああ、みえない。たしかに。観客はどうして、わらわない。絶句。ううむ。どうしてかな。これは喜劇では。ない。本当。オトコだ。ありていにかけば、このとおり。蔦屋に絵を手わたす。わらう蔦屋。生き写し。重の井。つりあがった、ちいこい目。紅ぬったおちょぼ口。ああ奴一平か。いい。その目がいい。どんどんかいて。幕の内をたべる。酒はつけてない。この男女蔵の奴一平も、たいしたもの。できあがった下絵をうけとり春朗に。

*** 060703 売れ行きに自信
まあと春朗。そうか。まあ。今はわからない。軽薄なオランダかぶれという。それもいいが。そんなことは。無理しなくて。蔦屋の眼力、かるくみるな。この役者絵はうれる。皆んながびっくりする。びっくり。それより大笑い。これが茶ってもの。かった奴は床の間におく。孫子の代まで。旦那。おおげさでない。ラスさんの役者絵は、このお江戸がつづくかぎり、草双紙屋の店先にのこる。旦那。酔狂か。おおっと蔦屋。鷲塚八平次、これは生き写しだ。面白いかとラスがきく。然り。これは、つまり。打ち壊し。大首絵の打ち壊し。よく、こんな絵がけるものだと春朗。異人さん、たいしたものだ。

*** 060704 絵の出来に満足
わかるかと蔦屋。そんな変てこなくろい棒で。よくこんな線が。ふといまっすぐも、曲がりも。ぼかしも。でも。でも何だ。江戸歌舞伎の打ち壊しでない。でなければよい。打ち壊しがなければ、くさる。屋台骨、虫食い、それがふるい家。だから一度は打ち壊し。自分から。いい。どんどんかいて。遠慮はいらない。それからあたらしいもの。でないと、つづかない。今宵のラスさんは、さえてる。

*** 060705 帰り道、堀端
芝居がはねた。三人は十間堀に。芝居帰りの客が大勢。声高の私語、感嘆詞。水べ。天空にしろい三日月。夜の静寂。いい宵だと蔦屋。夜興業はいいものだ。特に帰りの気分と春朗。ラスがかぶりものをとって深呼吸。かぶりものはと蔦屋。この三十間堀は水がすんでる。白魚が。さっき船でくる時、見たとラス。ここから小屋に。皆んなすき。特に千両連は。魚とれるか。然り。昼間くる。猪牙こいでくる。すると小魚がよってくる。江戸は綺麗。街中にこんな綺麗な自然。あそこに旗。市村座の幟。ラスが幟の竿をとった。何する。まるで鯉幟のよう。ちがいない。鯉幟。

*** 060706 悪ふざけ
おおきな魚の幟。今時分は分限者の家ではさかんにあげてる。自分は鯉幟か。うぉーと。蔦屋が春朗にいう。とめろ。提灯をかせ。この先に番所。春朗がラスをおってかけだす。こらっー誰だ。

** 060800 三十間堀、役人にとがめられる、言い訳
*** 060801 役人が誰何、尋問、絵師か、幟をしらべる
何ごとか。何時と考えてる。役人の大声。ラスの袖をひいて制止。春朗は市村座の幟をラスの体からはずす。夜盗か。否。芝居帰りの町の衆。うかれすぎたと。河原崎座か。然り。倹約の時世をわきまえろ。いずれあの小屋もお咎めだ。夜興業など。座主は手鎖か遠島。うかれてみてた者も同罪。はい。本当に野盗でないな。否、絵師。絵師。錦絵のか。はい。春画でも。否。嘘を。否。まだ駆け出し。いっぱしの格好を。おそれいる。河原乞食の絵など。愚か者が。はい。本当にぬすんだものは。ないと春朗。そこに幟をもってる。否。もうつかってないもの。みぐるみはいで、しらべるが。しばらくと蔦屋。

*** 060802 蔦屋が申しひらき、ラスに不審を
二人に土下座という。自分も土下座。風呂敷につつんだ画帖を膝の上に。自分の監督不行き届き。自分は日本橋、通油町で耕書堂という本屋をいとなんでる、蔦屋重三郎。ここにいるのは絵師の春朗。こっちのおおきいのは舎弟分の羅緒次郎。あやしい者では。芝居見物でうかれて。御無礼。お許しを。あの錦絵のか。然り。それが木挽町に。然り。この時世に、不心得者。お前は近頃、いろいろ面倒を。申し訳ございません。世間からまだ役者絵の需要が。弟子に舞台を。本屋の習い性。お目こぼしを。役者絵か。中見で。然り。で、かいたか。本日はみただけ。かくのは後日。こっちが絵師、おおきいのが舎弟か。然り。本当に絵師か。然り。本当か。本当、神かけて。お前は。羅緒次郎と蔦屋。変な名。オシ。オシか。生まれつき。すこし頭がたりず。おらおらと、それで羅緒次郎と。何と。然り。突然、ところかまわずはしりだして。うつけ故、このようにおきな体に。然り。不憫な。然り。それが絵を。然り、絵だけは。そのまま出板できるほどには。どうしてうつけを店におく。親からたのまれて。役にたつか。否。自分のところは、そんな者ばかり。

*** 060803 ラスがかぶりものをとられそうに、堀におちる
何故かぶりものを。とれ。しばらくと蔦屋。頭のてっぺんに小判ほどの禿。死にほどはずかしい。はずかしくない。役人は手をのばす。しばらく。うつけ故、見られるとあばれます。大男の馬鹿力。お役人に御無礼を。ご容赦を。役人が呼子笛を。蔦屋が立ちあがりラスをなぐりつける。悲鳴。うつけ。声のだしかたが常人ばなれ。蔦屋がさらに大声。けりとばした。ラスはいきおいで堀の中におちた。やがて役人がいけと。ラスを堀からひきあげた。

** 060900 三十間堀、ラスの告白、バタビア人、蔦屋の告白
*** 060901 解放、ラスを堀から、大川へ、ラスの身の上話し
ラスさん、すまないと蔦屋。船の上。画料とお詫びのしるし。財布の有り金すべて。ラスはうけとらなかった。ぬれた着物のかわりに春朗の羽織を。強引に画料分をわたした。うけとり。大川に。佃島が。白帆。月光を反射。海上。江戸はうつくしい。次は何時。4年後。自分が生きてたら、また歌舞伎を。蔦屋さんとラス。

自分はオランダ人ではない。何。バタヴィア人。アジアの国。どこに。日本の南。船で06日。ほう。顔はオランダ人。自分の父はオランダ人。母はバタヴィア人。だからバタヴィアでうまれ、そだった。子どもの頃から。日本のお金もつかった。真ん中に穴のあいた。ふうん。バタヴィアでは日本のお金も。島には日本語はなせる人も。日本の言葉はすこし。へえ。本当か。然り。日本人の言い方ではジャガタラ。ああ。そうか。するとジャガタラから。オランダでなく。否、大学はオランダ、父によばれた。長崎にくる時、途中バタヴィアに。そこもオランダか。植民地。ではオランダに。いつかは。否。ええ。もうオランダはない。フランスに占領。国はなくなった。長崎からバタヴィアにかえるつもり。母と一緒にくらす。死ぬまで。然り。で何時。いつか。たぶん次の参府は。蔦屋さんにあう。

オランダよりバタヴィアがすき。ヨーロッパはあまり。戦争、政治の腐敗、人間の差別、黒人の奴隷。子どもの売買。へえ。学問のすすんだ唐天竺も。ここの方が綺麗。景色も人間も。否、あの木っ端役人。こんな国は。お上の馬鹿ぶり。自分がラスさんに絵をたのんだから。命をかけるのか。ききたいか。へえ。自分は威張る奴が大嫌い。侍でも町人でも。これは性分。

*** 060902 侍、千両役者への反感を告白
歌舞伎役者。千両役者がいた。侍崩れの 札差しと帯刀。もう5、6年前。助六きどりで吉原がよい。堤で乞食に遭遇。饅頭をたらふくくわせて、その首をきった。というのは本人がもう生きたくない。饅頭くったら死んでいいといったからという。この事件はお咎めがなかった。奉行所の与力、その親も親類も、その役者や仲間の札差に借金。これが役者風情の専横。あぶく銭にものいわせる。自分はこんな野郎がきらいだから。

** 061000 日本橋、長崎屋、出発、わかれ
*** 061001 ラスとヘンミーの会話、風俗画の提供
翌朝。長崎屋の前。ラスとヘンミーの声。昨日の外出を問題にする。長崎でも同様の行状。注意。歌舞伎に。日本人にたのまれて役者の絵。ただうつさせてくれと。あとで返却すると。へえ、うつす。そう。うすい紙でうつす。それを裏がえす。板木にはる。紙をしめらす。こすって、できる限り繊維をけずりとる。下の墨を露出させる。彫師が小刀でほる。墨の線以外を。それが錦絵の手法。ふうん。そうすれば私の絵だとわからない。少々風変わりなこの国の錦絵。しかし、うつす。日本人にそんなことが。ペンはない筆だけ。腕のいい職人をつかう 。江戸一の腕という。それで原画をかえしてくれる。かえってきたら、われわれの資料。自分は歌舞伎をはじめてみたオランダ人に。その舞台を写生したから。どんなものだった。ああ、それは素晴しい。絢爛たる舞台。欧州にはない。風変わり。型破り。なにしろ舞台に女が一人もいない。ええ。それでは舞台にならない。女の役はある。それも男の役者が演じる。

それに日本の絵師、出版社の社長にあった。われわれの日本研究に役だつ。社長は蔦屋。絵師は春朗。春朗は風俗を題材にわれわれのため絵を制作と約束。ヘンミーさん。前からほしがってたでしょう。4年に一度。ラスの顔をおぼえてるか。彼らは約束をまもる。ふうん。

*** 061002 蔦屋、春朗とラスの別れ
長崎屋の玄関。乗り物駕籠に。駕籠の中のラス。外に蔦屋、春朗。挨拶。原画をうけとった。検使がうながす。出発。第一期東洲斎写楽と天才出版人、蔦屋重三郎、これが永遠のわかれだった。

* 070000 エピローグ、ラスのその後
** 070100 成田国際空港、教授への感謝、ラスの消息
*** 070101 空港、教授を出迎、謝辞
成田国際空港、第一ターミナル出口。佐藤と常世田。出迎えに笑顔。お世話に。感謝。すべて。おかげでよい本がと常世田。教授は救世主。いなければ自分はどうなったかと佐藤。ハイヤーに。車が豊洲。高層のマンション群。このあたり、当時はまだ海。ヘンミー、ラスの頃と教授。バッグから。

これリスト。江戸参府の商館長、全員。ヘンミーは二度目の参府の帰り、掛川で病死。然り。でも次の1802年はウィレム・ワルデナール。商館長。ラスは。彼は寛政10年のヘンミー客死後、かわって商館長に就任。然り。2年ほどで交代。他の商館長が就任。暫定的なもののよう。ふうん。1799年、ヘンミーがなくなると、翌1799年にドゥーフが後任書記に来日。成程。然り。このドゥーフという人は商館長として名をのこしてる。日本人からも尊敬されてる。出島商館の財政、経営を再建。然り、シーボルトについで有名な人。オランダでも。然り。祖国の名誉をまもった英雄として国王からオランダ獅子勲章を。ネーデルランド共和国が1795年にフランスによってたおされた。このフランスにずっと抵抗しつづけたということで。1814年にオランダが再独立をはたす。その間、ドゥーフは出島にオランダ国旗をかかげてたと佐藤。然り。彼は抵抗、祖国にたよらず、生活必需品も自分でまかなう。日本人に借金。蔵書を売却と教授。

*** 070102 書記、商館長ドゥーフの窮状、ラスの消息、不明
その間いフェートン号事件、オランダ人を人質にし長崎港にはいったイギリス船が福岡藩、鍋島藩に水や食料を要求した事件。そうした激動の時代にドゥーフは窮乏にたえ出島に。同情論が日本人の間にと佐藤。然り、祖国でも。彼は赴任した当時、帳簿の類はめちゃめちゃ。急遽バタヴィアにとってかえし新商館長のウィレム・ワルデナールにしたがって再来日。即刻商館の経営建て直しに。そして自分が商館長に就任と佐藤。3年後。ワルデナールのあと。で、ラスはその間、たんなる穴うめ。然り。ほかにいなかったから。しかも有能なドゥーフからあきれられた。オランダの研究では軽視された。つまりわすれられたと佐藤。まあ。ほとんど追放同然に出島をさった。かも。彼の足どりはオランダにはと佐藤。ざっとしらべた。ない。のこした史料も、日本からもちかえった史料も。そもそも帰国した形跡がない。成程。佐藤さん。あの三人のうち楽候補は誰に。ラス。成程。

*** 070103 写楽の候補者、ラス、
まだ27歳の若者。面白い人物。ドゥーフと好対照と教授。型にはまらず。あばれ者、ちゃんとした商人タイプではないよう。日本人にもそう。大槻玄沢も西客対話に。帳簿つけをしない。なら商人でない。だから商人のタイプでない。ゴッホ、モジリアーニのような。この時代はオランダにとっては戦乱の時代。国が消滅も。そんな混乱の時代に彼のようなタイプがあらわれる。帳簿をつけない商人。はい。オランダにかえってない。まあ、今のところ。もしそうだとすると。写楽研究の盲点。オランダに痕跡をもとめても。ない。追及が立ち往生。ではどこに。バタヴィアと教授。成程。それは盲点。その可能性は。ある。オランダの研究員も。当時、バタヴィアには多数のオランダ人が。成程。もしかしたら彼はバタヴィア生れかも。

*** 070104 消息はバタヴィアか、 写楽現象の真相
つまりバタヴィア人。へえ。混血。自分の想像と教授。では生涯、オランダには。然り。すでにオランダは存在しないから。彼がかいた絵、スケッチ、歌舞伎をかいたスケッチも。ない。あれば大発見。オランダにむかわず、インドネシア。でもオランダのほうがのこりそう。大学もあった。インドネシアでは。さて、オランダは戦乱の時代。成程、オランダにいって消滅。では次の追及はインドネシアと佐藤。想像の人柄なら自分で廃棄かも。出島資料館の学芸員と話した。ほとんど本国にもちかえったと。出島には何もと佐藤。成程。銀座、お茶の水。出版はと教授。間に合う。大阪市立図書館でみつけた肉筆画は何だっのかと佐藤。何の意味もない。無価値と教授。

佐藤が謝辞をくりかえす。教授がいう。写楽は日本の宝、正体が外国人となれば、今後猛烈な批判が。然り。だが写楽現象は「しきううつす」楽しみ。当時、大はやりで歌麿を激昂させたしきうつし。蔦屋が逆手にとって、おごれる役者たちに痛烈な皮肉の一矢。という事件。外国人の絵をつかって。はい。これは時として危険。これを蔦屋はきびしく隠蔽。世間に、特に同時代の仲間に。これがわれわれを目くらまし。しかし当時も。だから。浮世絵類考も何もしらなかった。蔦屋がかくしたから。

なら、写楽現象は蔦屋そのもの。一人の外国人の才能だけでは。写楽の名作群はそれがなくては誕生しなかった。蔦屋の信念の故。それから歌麿の才能。ラスの才能。ふうん。この三者 が一同に会したから。世界三大肖像画家が世界にむけて国をとじてた極東のこの国に。はい。握手。またリベルテで。はい。わかれた。これからいそがしくなる。浜田山の家の始末。息子の裁判。そして離婚。力がもどってきた。生きぬく。あの蔦屋のように。

* 080000 感想
推理小説の作家は万能の神、という存在である。作者が創造した世界で伏線、トリックをはり、その迷宮中で翻弄されながら結末にいたる。そこで大いなる満足をえることが読書の醍醐味である。読者は作者がきめた犯人をうたがうことは、ゆるされない。さて今回は写楽の正体は誰か、である。数々の論争があったがまだ定説はない。

作者はこれまで提唱された別人説を紹介、批判し、最終的にその正体をしめしてくれる。そこにいたる筋道は委曲をつくし、この作者らしい論理で真相をおいつめてゆく。それは面白く、斬新で充分に納得させられる。しかし、あの推理小説の結末があたえることができる満足感はえられなかった。これは名探偵が見事に真相にたっしたが、犯人はにげてしまった。その時のもの足りなさと共通する。

この作品は、1) 歴史の論文でありながら、推理小説仕立てで提供しようとしたものか、2) 歴史上の謎を推理小説として提供しようとしたものなのか、よくわからなかった。つまりこの作品において江戸時代に登場する事件、事実を史実 としてあつかうべきか、よくわからなかった。そこでこの後の評価においては推理小説として評価するので、一言おことわりする。

* 090000 テーマ
写楽という異彩の浮世絵師の正体を斬新な目でさぐることである。これは歴史の専門外の人もふくめおおくの人びとをひきつけた。このことを作品中にも充分説明している。

* 100000 評価
1) 写楽の正体は、しきうつしをする楽しみの意味。長崎出島のオランダ商館員、ラスがかいたスケッチを、歌麿がしきうつしし、それを彫師、摺師をへて出版。これを出版人としてすぐれた眼力の蔦屋が全体をプロデュースし実現させた。つまり写楽はこの三者の合作である。こう作者は主張する。

2) 原理的可能か、現実にありえるか、という問題は、現実にあり得るかにしぼられる。純粋な学術論文としてあつかわないことはすでに、ことわった。では推理小説として成立しているかが問題となる。すると蔦屋という人物が1) ラスの才能もみぬき、2) 歌麿に浮世絵として仕立てる仕事をさせる。またそれを説得し、3) 時代に革新をあたえるほどの傑作をうみだす。それほどの人物であるといえたか。それが問題となる。

3) 蔦屋は、大衆文化をあいし、出版をつうじそれを先導した。民衆に楽しみをあたえる歌舞伎をあいし、その発展をねがった。他方、貨幣経済の台頭を背景にのさばった千両役者、 札差の横暴をにくんだ。同時に鎖国に安住しひとりよがりのお上に反発した。またせまりくる列強の圧力にひそかに怖それをかんじてた。写楽の大首絵はこのような閉塞感にみちた現況を打破しようとするものであり、おごりたかぶった千両役者への批判の一矢だった。

このような人物が推理小説の中でリアリティをもった人物として存在しうるかである。わたしは、すこし近代的、あるいは現代的すぎるようにかんじた。

4) 上記1)の結論にいたるに、あたり蔦屋の人間像にせまるほか、浮世絵の歴史、錦絵の出現、役者絵と歌舞伎界の関係、日本の対外関係、政治の怠惰、腐敗などを丁寧にたどっている。写楽の謎の特徴を明確にし、別人説を紹介、批判してる。およそかけるところがない。

5) 上下二巻の大作において、オランダ語で福内鬼外と署名された謎の肉筆画を発端として上巻においては平賀源内が生きのびて写楽となったという別人説が追及され、やがて下巻のオランダ人絵師の登場にうつる。上巻において読者の目を別にそらし下巻で真相にみちびくのは、長編の推理小説の常道かもしれない。しかし歴史論文のような体裁であるこの作品では、どうもなじめない。違和感をかんじた。

(おわり)

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謎解き島田、写楽 閉じた国の幻(上) [島田荘司]

* 010000 はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

* 020000 現代編I、謎の肉筆画、平賀源内、新説
** 020100 自宅、浮世絵研究者佐藤が考える、不思議な署名
*** 020101 奇妙な女の顔
佐藤信三の書斎。佐藤は一枚の肉筆画を見たそ。和紙、毛筆の女の顔。絵は褐色でおおきな「日」の字の中。こげている。火事にあったもの。この絵も家が火事。やけ残り。江戸期の火事か。そうでないか。不明。ながい顔、ちいさな豆粒のような目。町女。おちょぼ口。デフォルメされた顔。だが腕はよさそう。無彩色。浮世絵の錦絵の下絵か。異色。美人画にならない。だが、浮世絵に関心がある者は注目。刺激的。自分は北斎の研究家。N大学の江戸美術を講義。その後、日本浮世絵美術館の学芸員。北斎を渉猟、著書もある。めずらしい。その一つ。

*** 020102 不思議な署名
左側に毛筆で不可解な欧文。江戸期にはめずらしい。「Fortuin in Duivel buiten 」。英語でなさそう。欧文の最後に「画」という字。しかし書体がちが特殊。「一」と「田」をつなぐ縦棒がない。この署名の心当たりは二人だけ。まず歌麿。「歌麿筆」だが、初期にこの書体。ではこの絵は歌麿か。否。画風がちがう。歌麿は独自の美学、こんな顔はない。もう一人は。そこに声。開人、息子が。絵を引き出しに。ガレージにおり、助手席に子ども。甲州街道に。やがて首都高から六本木へ。また欧文につき考える。

意味は。特殊書体の「画」から、かいた者の名前。すると欧文の意味は考えても無意味。固有名詞か。しかしおかしい。この着想は昨夜のこと。まだ、意味の解読、もしあるとすればだが、まだやってない。あの絵を手にいれた経緯。

*** 020103 出あった契機、蔦屋重三郎
自分の著書の読者からの手紙。大阪西区の北堀江にある大阪市立中央図書館に勤務。地下に木村蒹葭堂の資料。その資料箱の中に、八丁堀松よしと名づけた葛籠に版木にまじり一点の肉筆画、興味をひかれた。八丁堀松よしは蔦屋重三郎の親戚筋ということも。調査を推奨。あまり期待せず数ヶ月後に訪問、驚愕。木村蒹葭堂は江戸中期、元文から享和年間(1736~1804)の人。丹念な日記をのこす。司馬江漢、谷文晁、春木南湖、丸山応挙、池大雅が登場。八丁堀松よしは、料亭か茶屋。蔦屋重三郎から版木をあずかる。それを所蔵の蔵が第二次大戦で戦火、版木は消失という。蔦屋重三郎は寛延3年(1750)から寛政9年(1797)の人。自分は2冊目の著書のためかりうけ、調査分析中。

* 030000 ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。

写楽 閉じた国の幻〈上〉 (新潮文庫)

写楽 閉じた国の幻〈上〉 (新潮文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/01/28
  • メディア: 文庫



* 040000 現代編I(続)、謎の肉筆画、平賀源内、新説
** 040100 六本木、回転ドアで死亡
六本木ガーデンの駐車場にはいれなかった。路上に駐車。書店に。家庭に問題をかかえ、美術館をおわれ、研究フィールドからもおわれ、一発逆転をねらい、2冊目の本を。北斎の名声が再浮上、今日はアニメ化された北斎の原画とフィギュア展にきた。洋書店はアメリカの研究所を調査。成果なし。車をうごかそうとしたが追加の貨幣なし。開人がいそぎ、とびだす。回転ドアにはさまれ死亡。

** 040200 病院、錯乱、非難の声、自分の過去を回想
三田のS会、中央病院へ。救急車内。病院廊下、即死と説明。回復に数日。我をとりもどす。過去を回想。東大の4年間。大学院を希望。N大の修士課程。浜田山の実家から通学。意識がもどる病院で嘔吐。妻、千恵子。立ち去る。病院のベンチ。昭和62年(1987)、大学の講師。縁談、M物産の重役の娘、千恵子、N大学卒業。昭和34年(1959)生れ、自分ど同年のうまれ。結婚。大学の政変。長野県塩尻の日本浮世絵美術館の学芸員。電子音。岳父の叱声。

** 040300 病院、回想、開人の誕生
叱責。集中治療室、霊安所。回想。N大をおわれた以降。両親の体調不良、病床。不妊治療。北斎研究、フィールドワーク。出版の見込み。美術館での軋轢。離職。父死亡の浜田山マンション一階で学習塾。千恵子鬱病。両親の死亡。開人を妊娠。36歳。1995年。開人6歳。

** 040400 自宅、妻と口論
自宅。狂乱の妻。

** 040500 マンション、葬儀、第三者調査委員会
浜田山駅。井の頭線、渋谷、神保町、明大通り、マンション八階の部屋。寝室のテレビ。報道。部屋を交換したと自覚。浜田山の学習塾の将来を懸念。書斎の収蔵物の破壊を懸念。大阪市立の肉筆画は。義父の秘書から連絡。四谷で葬儀。電話連絡、第三者による調査委員会、出席要望。父親だから。

** 040600 神田、委員会に出席
神田錦町の学士会館。会議室。M建設の村木。小児科医の反部、N自動車の小宮山。

** 040700 神田、片桐教授が登場、事故原因の判明
東大工学部片桐教授。回転ドアは軽量でなければならない。大原則があった。

** 040800 お茶の水、絶望、自殺の失敗
日本に導入され、改良がほどこされ、大重量。大原則は日本のメーカーに伝承されず。いらつく開人をとりにがした。その原因は日本のパーキングメーターの仕組み。アメリカのものでは。これも日本流の改良。衝撃。会議が終了。お茶の水駅を橋の上。下を。飛び降りよう。ひきもどされた。

** 040900 マンションへ、フォーチュン・イン、デビルズ・アウト
転落。教授。家まで。何故、たすけた。ドアプロジェクトに参加したから。何故、死ぬ。直接の動機は大切な資料をなくした。大阪市立中央図書館の資料の複写。これか。然り。マンションがちかづく。生きる力がない。何をいえば元気が。しばらくの沈黙。コピーの絵を、これは何と。オランダ語。意味を英語でいうと、フォーチュン・イン、デビルズ・アウト。

** 041000 マンション、福は内、鬼は外、写楽
教授の出現は。自分は本郷通りの坂をのぼる時、人にぶつかった。その際に資料をおとした。だろう。それをひろう。わたす。それで自殺の現場にと推理。

天啓。大阪市立中央図書館の資料の意味。「福は内、鬼は外」。意識を集中。伝統の掛け声。自分は不知。何者かが。結論を。それを夢のかたちで。誰が。自分の脳。潜在意識。否、何者かだ。衝撃。「福は内、鬼は外」の先にある結論。これの衝撃だ。大阪市立中央図書館の発見。その時も衝撃。

豆のような両目、たかい鼻、おちょぼ口。この絵は浮世絵らしくない。売り物らしくない。醜女(しこめ)。江戸の絵草子屋は当時の情報発信センター。メインの商品は錦絵。役者絵、遊女絵、茶屋の看板娘。美男美女。先年までのブロマイド屋。定型的な美形以外は売り物にならない。とこが、例外が。東洲斎写楽。役者をからかった風。皺も。男の役者から女形まで。それで一時代をつくった。そして歌麿、北斎にならぶビッグネーム。世界にとどろく。大阪市立中央図書館の絵。似てる。そう感じた。写楽。まさか。と思った。だが紙は江戸期。あの絵には。天才写楽のみができるデフォルマシオン。自分の鑑賞眼にかけて断言。だがそれだけでない。写楽の正体をしめす暗号がわかった。なら、その名がいえる。

** 041100 マンション、自分の着想を反省、比較する
*** 041101 クルトの写楽説を見なおす
9時。義父の秘書の三宅に。写楽の資料、着かえを依頼。確認のため湯島図書館に。写楽探しの諸説。ドイツの美術史家、ユリウス・クルト、阿波藩の能役者、斎藤十郎兵衛説。さらに寛政7年(1795)に変名、転職、絵師歌舞伎堂艷鏡。のちに艷鏡は研究で狂言作者の中村重助と判明。ほかに別人説。写楽として活動する以前にその能力により有名。絵あるいは別の能力。その人物が一時期、写楽として活躍。これが有力となった理由。当時江戸一といわれた板元の蔦屋重三郎が東洲斎写楽という無名の絵師の作をすんなりと、それも大量に出版。さらに黒雲母(くろきら)摺りという歌麿、北斎クラスのものにするような待遇。それは正体が大物。というもの。とすると。写楽画でえた名声をすて、10カ月で忽然と姿をけした。また元にもどる必要。写楽の成功に固執しなかった。納得。具体的には。

*** 041102 別人説を見なおす
絵師、円山応挙、絵師、谷文晁、浮世絵師、葛飾北斎、浮世絵師、鳥居清政、浮世絵師、歌川豊国、絵師、酒井抱一、絵師、司馬江漢、絵師、片山写楽、浮世絵師、喜多川歌麿。絵師以外は。俳人、谷素外、戯作者、山東京伝、戯作者、十返舎一九、テレビでさわがれた歌舞伎役者、中村此蔵(このぞう)、狂言作者、篠田金治、さらに蒔絵師、飯塚桃葉、欄間彫師、庄六。

*** 041103 北斎説を批判する
自分は北斎の研究者。北斎説に批判。この説のそもそも。個人本であった浮世絵類考。これは浮世絵師の人名録。これをかきうつし。文政年間(1818から30)の写本、風土本に、「写楽、東洲斎と号す。俗名金次、是(これ)また歌舞伎役者の似顔絵を写せしが、あまりに真(まこと)を画(か)かんとてあらぬさまにかきなせしゆゑ、長く世に行なわれずして一両年に止めたり、隅田川両岸一覧の作者にて、やげん堀不動尊通りに住す」とある。この情報の出所不明だが、隅田川両岸一覧、これは正確には「絵本隅田川両岸一覧」。文化3年(1806)に葛飾北斎の著作。これから北斎説が。しかし、同本の後世の写本に「写楽、天明寛政年中の人、俗称斎藤十郎兵衛、居江戸八丁堀に住す、阿波侯の能役者也(なり)。号東洲斎」という記述。これをひいたユリウス・クルトの研究書「SHARAKU」で有名になったので、この北斎説は写し間違いか誤情報。と現在は無視。自分も同感。初期は北斎でない。しかしそれ以降ならあるかも。写楽の概説。

*** 041104 あらためて写楽の全作品を検討する
全作品が140数点、それを4期に。幕末に世界に散逸。正確な点数は不明。

1) 第一期は寛政6年(1794)の5月。江戸3座、都座、桐座、河原崎座の夏の28点の大首絵。
2) 第二期は寛政6年7、8月のえど 第三座の秋の上演の37点と都座の楽屋頭取、篠塚浦右衛門の口上図。66
3) 第三期は寛政6年11月と閏11月の江戸三座の顔見世狂言の芝居の役者絵が58点、追善絵が2点、相撲絵が4点。
4) 寛政7年正月の桐座、都座の新春しばい の10点と相撲絵2点、武者絵2点。

*** 041105 写楽の謎を分析する
写楽はすくなくとも140点余を寛政6年5月から翌寛政7年新春にかけての10カ月間に。すべて。単純計算で2日に1点、このハイペースも謎。ちなみに歌麿も蔦屋とかかわってだした絵がほほ同じ、しかし写楽より長期間。この謎にこたえょうというのが別人説。写楽絵がヒット。すると。大物なら例あり。また力量、量産も可能。では誰が。となる。困難。後に本人が自分が写楽という。何故だまってた。説明困難。犯罪でない。春画でない。かくす理由は。説明困難。ふと周囲に。あり得る。この謎の絵師。なら終始ちかくにいた人物。蔦屋工房の絵師、歌麿、北斎、蔦屋自身、食客だった十返舎一九、蔦屋出入りの彫師、摺師、戯作者、狂歌人、何故正体にふれない。説明困難。

*** 041106 版画家、池田氏の説を検討、奇妙な肉筆画の出現を考える
版画家、故人の池田満寿夫氏。大首絵に着目、おおきな顔、ちいさな手、バランス発想に無頓着。プロでない。素人。自分は同感、すくなくとも浮世絵世界、さらに歌舞伎世界にもくわしくないと見る。池田満寿夫氏は蒔絵師の篠塚桃葉。狂言作者の篠田金治。戯作者の十返舎一九。能役者の斎藤十郎兵衛、欄間彫師の庄六。歌舞伎役者の中村此蔵。となるが、蔦屋は素人と承知で依頼しすぐ出版。黒雲母摺りの待遇。すると、蔦屋が以前からしってる。あるいは血縁者。池田満寿夫氏は十返舎一九と中村此蔵の合作と指摘。面白いが自分はちがう。歌舞伎のことをよくしらない。この感じがひっかかる。いずれにしても写楽の正体は謎、これからも。ところが自分に奇妙な肉筆画が。左肩に不思議な欧文。その意味は「福は内、鬼は外」。欧文の末尾に特別な書体。ということは。この肉筆画が写楽。なら。「福は内、鬼は外」と名のる。はず。

** 041200 湯島へ、図書館で福内鬼外、源内が写楽の正体か
*** 041201 お茶の水、江戸時代の様子
義父の秘書の三宅が到着。荷物を受取り。湯島図書館に。お茶の水橋。東京医科歯科大、順天堂大。これは元は天保9年(1838)に江戸薬研堀にひらいた蘭方医学塾。幕末、進歩的文化人は、長崎にゆき蘭学をまなんだ。お茶の水から神田にかけた一帯は大学関係の施設がおおい。それはここにおおきな空き地があったから。JR線の南は武家地。さらにその南の靖国通りから江戸城の掘割にかけては広大な防火地帯。開成学校の前身は幕府老中の阿部正弘が開設した洋学所。阿部正弘は洋学禁止令を解除。踏み絵を廃止、大船建造禁止令を廃止。さらに身分主義にさからい榎本武揚など平民をオランダに留学。洋学をおしえる学問所を開設。お茶の水橋から湯島に。

*** 041202 湯島の様子、そこにいた江戸の奇人
湯島には江戸時代、この地にすみ何度も物産会を。高名な奇人が。風流志道伝という冒険小説をかき、春本をかき、狂歌をものし、浄瑠璃台本をかき、日本で最初に油絵をえがき、弟子にこれを指導、精密な博物図鑑をつくり、 鈴木春信とともに絵暦交換会のための多色摺り技法の錦絵を完成させ、浮世絵の隆盛に貢献、摩擦起電機つくり、温度計をつくり、気球を設計、不燃布までつくった。本草学者と薬学の知識から東都薬品会を湯島で開催。解体新書の杉田玄白と親友。夏場の売上不振になやむ鰻屋のため土用の丑の日に鰻をたべる習慣をつくった。明和6年(1769)に歯磨き粉、漱石膏の今日いうところのコマーシャルソングをつくった。「福は内、鬼は外」との関係である。この人物を連想。湯島図書館で確認。中の書棚の人物伝をみつけた。平賀源内。

*** 041203 平賀源内、筆名、福内鬼外、写楽の正体か
それによると、江戸時代の発明家、博物学者、小説家、浄瑠璃作家、讃岐、志度に、高松藩の小吏、白石茂左衛門の子としてうまれた。父の死後、家督をつぎ平賀姓を名のった。長崎に遊学した後、藩務を退役、妹婿に家督をゆずる。大坂をへて江戸にでると湯島聖堂に寓した。宝暦7年(1757)に田村藍水とともに日本最初の物産会をひらく。9つの浄瑠璃台本を福内鬼外の筆名でかいてる。発見。驚。あの肉筆画は平賀源内か。もしあの絵が写楽自身の筆、なら写楽の正体。

ここでさらに考える。可能性はある。充分な絵心。長崎で油絵、日本で一番最初に油絵。それは西洋の女の顔。また秋田藩に。この技法をつたえた。人を食った性格、歌舞伎役者をからかった風な辛辣な表現。ありそう。歌舞伎の世界、浮世絵の世界をまるでしらない。ありそう。あるいはしってて、これをこわす。あり得る。しかし疑問。これまで平賀源内説はない。何故。

** 041300 お茶の水、教授と遭遇、写楽、源内説の破綻、すでに死亡
お茶の水駅モールの外、西側のベンチ。声。教授。今日は何を。図書館。何がわかったか。自分の命運。どう。つきた。何。写楽。で。その正体が謎。成程。自分は浮世絵研究に命をかけてる。成程。教授が自分の命を昨夜救助、写楽の正体も。それで。福内鬼外とい浄瑠璃作家。それで。奇才といわれた。浄瑠璃の台本をかいた。その筆名。だから自分がかいた肉筆画にもそう署名した。洒落心。オランダ語で。当代一流の文化人。ふうん。自分は欧文の意味がわからない。しらべようとした。子どもの事故。頓挫。呆然自失、絶望。あのコピーが命をつなぐ唯一のもの。それを紛失。自殺を。教授がすくった。聖橋で。教授の示唆で平賀源内を。これで生きる勇気。これまで平賀源内説はない。新発見と。ところで彼の没年を調査。写楽画は寛政6年(1794)から7年(1795)。平賀源内は安永8年(1779)に没。佐藤はわらう。やがて痙攣まじりと。

** 041400 病室、教授の助言
病室で覚醒。眠り。また。看護師。救急車か。然り。今は何時。7時40分。朝。トイレへ。声。教授。謝辞。医師によれば過労。佐藤がはなす。絶望の後に大発見。しかし没年で破綻。成程。では、あの絵は。写楽らしい。署名にもゆかり。でも15年も前に死亡。それでたおれた。然りと佐藤。仕事に没頭しては。これが仕事、これしか。でも体にわるい。もう涙がでないのか。いじめが趣味か。二度たすけた。たぶんそちらが趣味。失礼だが子どもはと佐藤。無し。では結婚は。無し。では、子どもをなくし、妻に罵倒される気持はわからない。でもわかることも。何。浮世絵は佐藤の疫病神。やめた方がよいと教授。

** 041500 病室、体調不良の佐藤が熱弁
*** 041501 教授が体調を心配、浮世絵を批判、反論
佐藤はしばらく沈黙。浮世絵はポルノグラフィと教授。成程。でも風俗史の一部なら。アートでない。否、しかし学問としては風俗史の一部。ゴッホ、ゴヤと同列。とはいえない。でも初期のゴッホは下手。下手もふくめゴッホ、モジリアーニの芸術にたいする姿勢を評価。教授にとっては浮世は尊敬の対象でない。風俗史としての意義をみとめる。はあ。佐藤は北斎の研究家であると教授。知悉と佐藤。東海道五十三次、風景画の大家。否、広重。北斎は富嶽三十六景。で風景画の大家。春画はかいたかと教授。然り。歌麿、国芳は。然り。狩野派の絵師は。然り。それは権威筋だから。否、いる。無名の若手は。それは需要がなかったから、性器がかかれてない浮世絵のほうがめずらしい。然り、春画に最高の技術があったとも。ゴヤの着衣のとマハと裸のマハでは裸のほうが気合がはいってる。腿に静脈がうっすらとうかぶ。教授は性がえがかれてるから軽蔑ではと佐藤。

*** 041502 春画の意義を、体調を心配
否。ほう。性の吸引力はつよい。西洋にも女性をよろこばせる淫靡な機械があるが、これは機械工学でなく風俗史の一部。しかし有名絵師で春画がない絵師。誰。写楽と佐藤。ふうん。ただ一人かと教授。まあ。成程。その意味でも謎。当時、有名か。浮世絵類考には否定する記述も、しかし自分は有名と判断。うれたからか。然り、初期大首絵には異版がおおい。つまりうれた。栄松斎長喜の絵の中の団扇に。写楽画が。享和2年(1802)に式亭三馬の黄表紙、稗史億説年代記(くさぞうしこじつけねんだいき)に著名な絵師の勢力分布の挿絵。写楽は独立した島としてる。成程、なのにかかなかった。然り、もう時間が。そろそろ。まだ話しがのこってると佐藤。

*** 041503 夕食にさそう
体にわるい。あなたは謎と佐藤。たちあがった教授に、今夜食事。病院の食堂か。もうでる。すずらん通りのリベルテで。体は大丈夫か。ことわったらまた、とびこむ。笑。今夜7時。教授がでていった。声、医師が体調をきいた。午前中はゆっくりやすめ。MRI検査の日程がとれるかしらべるといって、でていった。携帯電話。S選書の常世田。子どもの不幸に弔慰。週刊Tに佐藤の北斎論文は間違いだらけと浮世絵同人研究会の記事。衝撃。

** 041600 赤門、佐藤非難の記事に対抗、新説出版へ
常世田と赤門そばルオーで。挨拶。記事を見る。不動明王図は小山岩次郎の贋作と佐藤が主張。間違い。為斎(いさい)である。などを誤りを次々に指摘。北斎は多数の画号。弟子にうる。そのため贋作がでやすい。こんな状況もあるから贋作問題は日常茶飯事。これで一般大衆に佐藤がいいかげんという印象操作をしてる。しばし茫然。教授や病院の医師がこの記事を見てたことに気づいた。常世田がいう。この会の会長は友田。K物産の会長。六本木の回転ドア事件のミツワ・シャッター、この会社の親戚筋。さらにいう。北斎卍研究を世にだしたのは当社。このままでは。ひっこみがつかない。この会はK舎でこの内容を出版するという。本当、何時。6月25日発売らしい。では、こちらも。6月20日発売でやらないかと常世田。泥仕合をしたくないので、別の分野ですごい新説をださないか。

** 041700 赤門、平賀源内説を説明、執筆作業へ
原稿の締切は。4月20日。ミツワ・シャッターは倒産の危機、友田もおいつめられてる。実は、あると佐藤。何。写楽。へえ。北斎卍研究の読者から手紙。不思議な肉筆画をしる。写楽か。かも。すごい。絵の署名に「福は内、鬼は外」とオランダ語で。ひょっとして。平賀源内。驚。成程、いわれてみれば盲点。でも、はまりすぎと佐藤。たしかに平賀源内ならやりかねない。でも、平賀源内説は。きいたことなかった。然りと佐藤。そう。こんなすごいことがまだのこってるか。で調査。案の定。15年前に没。ああ。挫折だが、ではあの肉筆画な何か。福内鬼外は写楽だけ。然り、その絵は今どこに。神田のマンション。見たい。ゆくか。ちょっとまってと常世田。

平賀源内は神田橋本町の自宅で。殺傷事件。米屋の九五郎を斬殺。その動機は。借金説、発狂説など。小伝馬町の牢に。断食、一ヶ月後に牢死。という。然り、友人の杉田玄白が墓石に。「ああ非常の人、非常のことを好み...」。否、遺体はなかった。罪人の遺体は遺族にわたされない。遺体なしで墓石を。だから生存、逃亡説が。宝船通人之寝言などにと佐藤。それは小説。実際に生存したという風聞がほかに。本当かと佐藤。しらべる。史料として。つかえる。これは面白い。説得力をもって展開できれば北斎の揚げ足取りなどふっとぶ。常世田はマンションまで。コピーをしたいと資料をもってかえった。湯島図書館で調査。学習塾の竹富に連絡。塾を一時閉鎖することとした。教授に連絡、退院したので予定どおりと連絡。図書館をでた。お茶の水橋。神田川をわたる。明大通り。すずらん通りへ。

** 041800 神田、リベルテで教授と会食、江戸の歴史を解説
*** 041801 明暦の大火
リベルテ。教授がおくれてテーブルに。パスタ。すずらん通り付近を説明。裏はすぐ。お堀、江戸城。明暦の大火で天守閣を。この教訓から火除け地を。靖国通りから南は広大な空き地。振袖火事、少女が上野の花見で美少年の寺小姓に恋。彼がきてたのとおなじ柄の振袖をきてた。恋の病。死亡。棺に振り袖を。供養。当時の習慣。法要がすむ。寺で働く者が供物の衣類を。古着屋に。それをかった娘が翌年の同日に死亡。それが棺に。また寺にもどる。古着屋に。それをかって娘がまた次の年の同日に死亡。その振り袖がまた寺に。この本郷丸山の本妙寺でこの振り袖を供養、火に。風にあおられ、もえながらまいあがるり、江戸に大火災。日本史上最大の火事。ロンドン大火、ローマ大火とならぶもの。外堀の内側はほほ焼け野が腹に。お城の天守閣は再建されず。そのかわり、このような大規模の火除け地も整備。千住大橋だけだった隅田川に、火災以降に両国橋、永代橋と。火事の原因に幕府陰謀説も。振り袖が原因は本当か。作り話。本妙寺隣りに老中安倍忠秋の屋敷。そこが出火元。真相らしい。

*** 041802 幕府の都市計画、蔦屋の耕書堂
火事の後に幕府の都市計画で、江戸三座は浅草にと教授。否。その移住は天保13年(1842)。明暦の大火でうつされたのは吉原遊廓。明暦3年(1657)に浅草日本堤の新吉原に。吉原はもともと日本橋の芝居町に隣接。成程、蔦屋重三郎が活躍した、いわゆる浮世絵の黄金時代は。写楽があらわれたのは寛政6年(1794)。その頃と佐藤。明暦の大火の後かと教授。然り、吉原は移住、芝居町はまだ。という時代。蔦屋重三郎の書店は。耕書堂、出版社兼小売店、日本橋通油町。天明3年(1783)からここに。一流書店が軒をつらねてた。書店街。

** 041900 神田、浮世絵の常識、常識外の写楽、魅力
*** 041901 浮世絵の常識
寛政という時代は蔦屋の耕書堂と芝居小屋はちかかった。蔦屋も出入りの絵師も芝居小屋にかよった。浮世絵の題材に役者がおおかった。然り。浮世絵は、ブロマイド、スター写真。当時のスターは役者、遊女、相撲の力士。これらが3大スター。浮世絵のモデルもこういう人たち。美人画なら遊女、茶屋の看板娘。役者絵もおおい。ブロマイドなら対象はスター。然り、でないとうれない。つまりそれ以外の錦絵は存在しないということ。それに、きれいにかくものと教授。然り、浮世絵は似顔絵。どんな顔をしてるかという報道。しかしきれいにかかなければ。きれいに、それ以外は存在しない。春画もそう。つまりうつくしくかいたスターの絵と教授。然り、ところが一つだけ例外が。

*** 041902 うつくしくかかない写楽
写楽の絵の話しをしてよいかと佐藤。したいのなら。うつくしくかかなかった。リアルに辛辣に。写楽のことですね。皺も。特に女形、遠慮なく醜女(しこめ)に。錦絵の常識からはずれる。でもうれたと教授。然り。異版が。第一期の大首絵、28点誅、21点に異版。成程、作品の力。然り。 大首絵とは。全身像でなくバストアップ。それが写楽画の典型と教授。然り、代表作はすべてこれ。また写楽はスター以外もかいた。いわゆる千両役者を対象だったのに。うれないから、やらない筈と教授。然り、大衆の興味がここだから。ところが無名のごく下っ端の役者も。こんなことした絵師は写楽だけ。

それはきれいな人でなくてと教授。然り。でも、うれたのか。おそらく、うれた。異版があるから。もしかしたら子どもにうけたのかも。ああ、面白い見方。あり得るかも。黒目があんなによって、アニメ的と教授。それも後世にあたえた影響の一つ。黒目が中央による。鼻のちかくに。これが後世の役者絵の典型に。写楽以前にはなかったか。すくないと思う。後世におおくなるが、ただ中央によせてるだけ。そんなものかなと。ふかい考えがない。

*** 041903 写楽の創作精神
これも写楽があたえた衝撃。その証拠。うれない。真似しないと教授。然り。よってるだけ。然り、迫力がない。写楽のは筋肉の緊張とともに、目もよってる。だから必然性。体にたまる。力が。あれは役者の見得切り。その瞬間をかいた。だから両手のつっぱり。肩のいかり。口もとの緊張。表情のこわばり。真ん中によった黒目も、そういうものとともにある。目だけでない。総合効果。ふうん。

写楽のどれかと教授。奴江戸兵衛(やっこえどべい)。世界の名作にない。創作メソッド、迫力を。えっ、そう。然り、かって世界の名作の複写をならべて比較した。モナリザとか。然り、フェルメールの真珠の首飾りの少女、レンブラントのサスキア、フランシスコ・デ・ゴヤのマヤのアップ、エルグレコ、ルノアール、ミケランジェロ、...。鳩尾(みぞおち)の上の、上半身と顔をかいた肖像画。

比較。で。もちろんどれも傑作。しかし奴江戸兵衛に比肩し得る絵画は一枚も。へえ、どういう意味。傑作。が、それは描写の筆力といことと佐藤。へえ。ところがすべて静止画。スタジオの写真撮影とおなじ。被写体にうごくな。そう指示、撮影。成程。だから花瓶の花、籠の中のリンゴ。写楽はちがう。動体の撮影。うごいてるもの。一瞬の姿。ぴたりと。成程。だから写楽からは筋肉にたまった力が。欧州名画からはみんな力がぬけてる。成程。こちらをまきこんでくる腕力がない。両者は別物。はあ。だから写楽の創作精神がすごくすすんでた。200年すすんでた。

*** 041904 傑出した写楽の評価
あれは人間の動きを一瞬こおりつかせたもの。対象へのアプローチが全然ちがう。写楽以外の浮世絵も静止画と教授。然り。にたものは。欧州のものではと教授。ドガの踊り子。成程。でも厳密にはちがう。あれは光と陰の陰影の構図の妙。作家の思いはそこ。目が踊り子単体に肉薄してない。ではレンブラントの夜景のようなものかと教授。然り。つまり他になかったといこと。否、一つだけ。あつめた名作のうちに。どれ。どれだと思う。絵画ですか。否、彫刻。ほお。快慶の仁王像。ああ。男の筋肉が最大限力をこめた一瞬の凝固、定着。日本にはああした表現の伝統があるのかも。連綿とつづいてるのかと教授。否、連綿とは。数すくない天才が歴史の一瞬にあらわれて、ああした仕事を。連綿でないとして、その解釈はすばらしい。はじめてと教授。

*** 041905 写楽の魅力の発見
写楽の魅力をはじめて理解できた。誰かが。写楽はレンブラント、ベラスケスとならんで世界3大肖像画の一人だと。ユリウス・クルトと佐藤。写楽の創作精神に気づいたから。きっと気づいた。表現はちがうが。大変な才能と教授。そう、写楽は。否、あなた、佐藤さん。えっ。浅学非才。否、もっと自信を。非凡な能力をもった。えっ。運勢なら非凡。もっともツイテない男。すぐちゃかすと教授。うれしい。あなたほどの人にいわれて。だったら女房にいって。では紹介をと教授。でも一緒するのはライオンの檻に一緒にゆくようなもの。自分もライオンかも。へっ。そんな真剣におどろくこと。でも悲観的ばかりは。そのとおりに。言霊の力がと教授。言霊、日本人もしらないような。東大教授なら当然か。このわたしとは月とすっぽん。自虐が楽しみか。否、聖橋のことを思いだしてと佐藤。

** 042000 神田、写楽の正体、別人説、写楽は写楽説、蔦屋の英断
*** 042001 写楽の正体は
クルトの評価は定着かと教授。まあ日本では。クルト自身の評価も。日本で。ううん、自分はすき。写楽の再評価の時代をひらいた。世界にか。欧州、日本での高評価はおまけ。成程。この大戦後、日本でも写楽研究が隆盛。クルトの歌舞伎への理解があさい。誤解もと批判。そして彼自身も写楽別人説を。それはどんなと教授。写楽とは写楽という名前の絵師だった。この単純な説明に不満足。そんな人たちがとなえた。どんな。

*** 042002 別人説の解説、その弱点
写楽という名前で活躍、その以前に別所ですでに名のある大物絵師。寛政6年から7年にかけ10カ月だけ写楽という変名をつかい役者絵をかいた。そんな主張。何故、そんな考えが。理由。10カ月の活動でさっと姿をけす。二度ともどってこない。謎。これが最大の理由。写楽画はブームをおこしたはず、江戸期に。成程。なら、そのまま活動をつづける。どうして名声をすてた。突然消息をたつ。江戸から。ふうん。のみならず作品以外存在したという痕跡もない。普通、死ぬまでに一言ぐらい。なのにない。これも謎。

大物であれば。だったら、そっちにもどる。沈黙をまもる。だから別人説。でも奴江戸兵衛をかいた。そんなこといってもと教授。然り、大物だっていいたい。春画でうれた。そんな類でない。バラして恥。でないと佐藤。成程。だったら一度くらいいいそう。なのに、大物、無名。口頭でも、書き物でも。ふうん。これが最大の謎かも。そして別人説の最大の弱点でも。ほう。つまりどんな別人説も。これを説明しなければ。誰だって一言くらいいいそう。成程、自己顕示欲と教授。人間なら。だから弱点。この点から不成立。いえるかも。はあ。そうかも。それだけでない。

*** 042003 写楽の正体不明の異常さ
蔦屋も、耕書堂に出入りの摺師、彫師、絵師、作家、食客の一九、誰一人として。写楽は誰某。素性は。風貌は。生れ、性格、いっさい無し。誰も。へえ。異常。だから写楽は謎。死んだのかもと教授。あり得る。死亡、発狂。写楽の画調に、眼前の歌舞伎役者に本当に驚愕。子どものようなういういしい感動が。この点を、あまり知能のたかくない画家の故。と考える人も。でもそれだって周囲の者がいう。つき合いがあったそばの人間なら。ううむ、別人説以外でもそれはおなじと教授。成程ね、写楽は写楽説でも、いうでしょうねと佐藤。今までにも日本史上で高名な絵師は大勢と教授。然り、浮世絵師でも2千数百人。こんな風に記録ののこってない絵師は。いない。大なり小なりのこってる。なのに写楽だけ。不可解、蔦屋も皆んなも。実際にあってる筈と教授。然り。そうなると別人説だけでなく写楽は写楽説も不成立。謎、でもうれなかったらと教授。

然り、それなら。納得できるが。あり得るのかと教授。無し、異版。後世の絵師への影響。稗史億説年代記の挿絵の写楽島。作品数は144点。これは今までに判明したもの。ああ。これだけ大量を10カ月で。2日に1点のペース。成程。尋常でない。うれなかったら蔦屋もださない。然り、絵師自身もこんな無理しない。ブームがおきたからこそ。成程。教授は小考。

*** 042004 別人説のさらなる根拠
佐藤がいう。別人説に補足を。写楽は浮世絵史上で異端。スターのブロマイドでない絵。それよりもさらに型破り。蔦屋がそんな変な絵を大金をかけて刊行した。うなづずく教授。写楽は無名。刊行にはリスク。大プロデューサーがあえてやるか。無名にたいする軽視、封建社会の発想からも異常。逆に才能を見ぬいた蔦屋の才覚の証左でも。この決断が別人説の必要を説明。

どんな。才人蔦屋も不安。だがもともと実力派で高名なら。決断もそれだけ容易。ああ。それに黒雲母摺り。何。第一期の大首絵の背景は銀色。その顔料に雲母の粉。これは豪華版。つまり、金がかかってる。デビューに金を。然り、だが。雲母はそれほど高価でもという人も。しかし、豪華な印象。別格的な待遇。つまり歌麿級の待遇。この手法は歌麿の大首絵で定着。当時、一九、馬琴が絵をかいてきても蔦屋はみとめない。当時はまだ駆け出し。新人デビューに黒雲母摺り採用の例は。無し。超人気絵師歌麿ではじめてやったこと。それを間をおかずに写楽に。だから超大物。成程、で、あなたの考えは。ある程度首肯せざるを。やはり何らかの保証のようなものをみつけたと。新人なら刊行はせずかと教授。不明、蔦屋ほどの才人ならあるいは。でも28点同時刊行。そこまでの決断はどうか。この頃蔦屋は発禁本、自身も身上半減。経済的に苦境。大コケは夜逃げ。では推理成立と教授。えっ。蔦屋は夜逃げせず。成程。でも、だからこそ起死回生にでたとも。

*** 042005 蔦屋の決断が不可解
それは後でいうこと。無責任な後世の人間の評価。今の評価では写楽は大物。しかし当時は先行き不明。やはり蔦屋の英断。通常は春画の類でしのごうと思うと教授。常識的にそう。安全確実。冒険はお金ができてから。そもそも無名の役者までかかせてる。不可解とも。成程、これまでの説明を総合すれば絶対にうれないと教授。然り、だから別人説。蔦屋は3年後に没。体調も不良。自分の目だけをたよりに英断。それは超人業。だから保証がありそうな説にかたむく。その話しはちょっと変ではと教授。

何。寛政6年当時、高名の絵師は。歌麿。当時のナンバーワン。然り。だったら歌麿の絵をだせば。然り。たしかに。春画より、辛辣な役者絵よりも。安全確実と佐藤。歌麿がかいても無名の役者はださせないと教授。ううむ、歌麿は子飼い、気やすい。醜女の絵もと教授。はねるか、でも歌麿は醜女は絶対にかかない。独善的なまでの美学の持ち主。これまでの話しなら、写楽は歌麿よりも偉い人。かいた絵は無条件でみとめる。黒雲母摺りの待遇。無名の役者絵も醜女の絵も。そんなにえらい。ううむ。そんな例は他には。無し。そもそも28枚も新人の絵をだした例がない。そんなえらい絵師、どこにと教授。佐藤が腕組み。まるで将軍、ミカドと教授。

** 042100 神田、浮世絵の歴史を解説、写楽と比較
*** 042101 写楽は幽霊のような
教授がいう。別人説も写楽は写楽説も、どちらも不成立という。面白い。意味深。どういう意味と佐藤。実際に写楽は存在。その痕跡はない。江戸には。然り、絵があるだけ。文書は。浮世絵類考、十返舎一九の初登山手習方帳(しょとうざんてならいじょう)。姿をけした後の足どりは。ない。蔦屋、ほかは、写楽について。はなさない。噂もない。では、写楽は存在せず。最初から。成程。幻。亡霊か。然り、肉体をもたない。そんな存在なら、将軍かミカド。否と佐藤。どうして。作品がのこってる。圧倒的な傑作が。ほかの誰もかけないもの。あり得ない。では幽霊と教授。あるいは神様。話しをもどしてと教授。佐藤がいう。

*** 042102 クルトの説は疑問
クルトは阿波侯の能役者、斎藤十郎兵衛。その後に歌舞伎堂艶鏡という。浮世絵師。別人説のはしり。そして歌舞伎堂艶鏡説は彼一人の説。フィールドでかならずしも、支持はない。佐藤の意見はと教授。同感、当初はあったが、現在は能役者ができるか疑問が提出。能楽は武士の式楽、武士社会指定のアトラクション、一方歌舞伎は大衆芸能、位がちがう。さらに斎藤十郎兵衛が絵をかいてたという痕跡、風評もない。実在は最近みとめられたが。この説が支持されたのは逆説的にいえば、斎藤十郎兵衛がかいた絵がでてないこと。でてればすぐ判断できる。つまり写楽でない。歌舞伎堂艶鏡のように、ちがうとわかってしまう。写楽はそれほど特徴的。特に初期の大首絵では。教授がうなづく。

クルトの主張には種本。斎藤月岑の増補浮世絵類考。これは写楽と同時代の大田南畝の浮世絵類考から。斎藤月岑は幕末、明治の人。この増補浮世絵類考で「写楽は斎藤十郎兵衛で住まいは江戸八丁堀、阿波侯の能役者」。一方、時代がすこし前の写本に栄松斎長喜かかたった。その内容として付記。この栄松斎長喜は写楽と同時代の絵師。この人の錦絵の中の扇子に写楽のかいた四代目松本幸四郎の山谷の肴屋五郎兵衛がかかれてた。この幸四郎は鏡像だった。ここから栄松斎長喜と写楽は面識。確度のたかい情報。しかしケンブリッジ大学の斎藤月岑の直筆原本にはこの記述がない。以上支持されなくなった理由。ふうん。

*** 042103 浮世絵の解説
教授が初歩的とことわって質問。浮世絵と錦絵はどうちがう。浮世絵は総称、錦絵はあとからでてきた言葉と佐藤。言葉の発生は江戸期か、浮世絵は。然り。で浮世絵の意味は。現代風といったところ。成程。確認される最古の例は。井原西鶴の好色一代男。成程。浮世絵の発生は。明暦、大火のあった。最初は手書き、肉筆。つづいて木版。初期は墨、単色の墨摺絵、やがて丹絵、紅絵、墨、紅、緑の紅摺絵。ここまでが浮世絵の初期。明和2年(1765)、総天然色の錦絵。成程、多色、鮮明からこの呼び名。然り、当時は吾妻錦絵、江戸の土産。寛政の頃の歌麿、写楽も錦絵。成程、有名な土産品。然り。で家にかえって壁に。否、むしろ当時の週刊誌、柳行李にいれて時々だしてたのしむ。はなれてみる。否。ちかくでみた。だから余白にちいさな文字が多数のもでる。錦絵の登場が浮世絵文化の開花。印刷技術の発展により、下絵師、彫師、摺師の分業体制。この人たちの技術が向上、非常にこまかな仕事をするように。すると文字の出版文化の底辺をささるようになる。これが浮世絵の中期。では写楽は。この中期。成程。彼らはこの中期にあらわれたスター。勝川春章、北尾重政、喜多川歌麿、東洲斎写楽。歌川豊国。

*** 042104 初期の歴史
では初期の人は。鈴木春信。かれは明和2年に歌暦交換会を開催。ここで十色摺の吾妻錦絵の絵暦を考案。この印刷技術をおしえてたのが平賀源内。鈴木春信と同一の町内の縁があった。多色刷りが可能となった背景に「見当」。また高品質の紙。これが需要におうじて登場。成程。

*** 042105 中期から後期
絵が爆発的にうけた。鈴木春信のうまさ、可憐さ。その死後、北尾重政は写実的な美人画、勝川春章はリアルな役者絵で一時代をきづく。そこに喜多川歌麿が登場、北尾重政をさらにおしすすめ、繊細で上品な美人画、大首絵を完成。うれすぎでお上の横槍が。松平定信の寛政の改革か。然り。それだけ流行ということ。然り、同時に春画の流行。そこで幕府の規制。それで比較的規制のゆるかった役者絵で写楽の登場。成程、勝川春章でリアル、そこから写楽へ。まあ、そう。では後期は。喜多川歌麿のあと、渓斎英泉、葛飾北斎、歌川広重。成程、北斎は写楽よりあとの人、後期の人。然り、写楽が登場した寛政6年当時、35歳だった。

*** 042106 歌麿、ほかの絵師と比較
では、蔦屋が喜多川歌麿より格上として考えたのは、この初期の絵師たちでは。例えば、勝川春章。すでに死亡。鈴木春信は。20年以上まえに死亡。北尾重政は。存命。しかし当時は喜多川歌麿の方が人気では上。では見返り美人の。菱川師宣、この人は100年前。成程。佐藤が場所をかえようと提案。

** 042200 神田、喫茶店、写楽新説の必要性
*** 042201 事故に関連し出版社への攻撃
喫茶店、ラドリオに。教授がいう。写楽の謎。その正体は誰か。然り、だがこれまでの話しのとおり、正体不明。自分は平賀源内に可能性を。しかし寛政6年にすでに没。佐藤がいう。週刊Tを見たか。自分を名指しでバッシング。然り。北斎卍研究を出版してくれたS社が浮世絵同人研究会に対抗する本をと息まく。すこし教授が身がまえる。このままではと担当編集者。自分も出版社も詐欺師扱い。こんな主張を浮世絵同人研究会の会長の友田氏は。あの回転ドアの訴訟がつづくかぎり。それは何と教授。あの回転ドアを製造したミツワ・シャッターの会長の親戚。

ああ、姑息。現実。ほう。自分をみてわらってる人が。でも顔をしらない。否、美術専門雑誌には。顔写真。北斎卍研究にも顔写真。まあ。S社の担当者も心配。回転ドアは社会問題となる。なるでしょう。社会的責任の追及。その反動で自分が社会からほうむられる。まさか。否、被害者側が強硬。先方も強硬。ビル側、メーカー側に同情も。マスコミの同情をよべれば、自分のような落伍者は格好の餌食。佐藤さんは被害者。然り、また浮世絵同人研究会とマスコミの被害者。自分はよい。自殺を志願したから。でも出版社は。こまる。だから戦いの狼煙。教授が沈黙。

*** 042202 対抗手段は、写楽の新解釈、成算があるか
どうやるのか。だから写楽。まあ。画期的新解釈をとS社が。そうですか。表情がきつくなった。でもそれは困難といった。誰も成功してないと。然り、だからやりたい。成功すれば浮世絵同人研究会のいちゃもんは。けしとぶ。失敗するでしょう。社会的にほうむられる。否、勝算が。すごいものが。大阪から。教授が何やらしゃべった。何と佐藤。フォーチュン・イン、デビル・アウト。然り。繰りかえす。浮世絵は佐藤さんにとって疫病神。今度こそ成功させる。これ以上の転落をのぞむか。まだ下が。あると。うしなうものがない。躊躇する必要がない。どうして写楽を。むずかしいものを。

あんなすごい肉筆を手にして。やめられるか。平賀源内、別人説ですね。ふうむ、まだ、でも、そうなるかも。では、源内は。何故告白しなかった。お見事、そこです。第一、すでに没。然り、でも遺体はなかった。杉田玄白は遺体なしで墓を。それは罪人だから。でも何らかの方法で牢ぬけ。まさか。その顔、魅力的。たしかに写楽は魔物と教授。でも死んだ人。どうして絵を。だからひそかに生きのび。世をしのぶ。告白できない。バレたら。それで週刊Tに対抗を。そうすればバッシングは北斎の比でない。世間の笑い者に。もうなってる。教授の反応に後悔の念。そうなったら、またたすけて。否。佐藤もうなずいた。

*** 042203 多数をひきつける写楽別人説の魅力
教授がいう。別人説はそんなに魅力が。写楽をすこしかじると、あまりの不思議さに、はまる。まるで肉体をもたない。透明人間のよう。そう。江戸の町を濶歩。誰も見ない。いわない。蔦屋すらいわない。だから平賀源内の幽霊。然り。ラインのローレライ。そう岩の上で歌。船乗りを水にひきこむ絶世の美女。破滅。本望。クルトの斎藤十郎兵衛説は。決定打でなかった。どうしてと教授。

*** 042204 浮世絵類考の検証
無理な点、不審な点。クルトをふくめ大勢の人が勘違い。どんな。今、2冊目の準備で調査。浮世絵類考。クルトの根拠。そのうち斎藤月岑による増補浮世絵類考。ほう。

1) 斎藤月岑本
天保15年(1844)に斎藤月岑によってうつされ、若干の情報が加筆。これに「写楽、天明寛政年中の人、俗称斎藤十郎兵衛、居江戸八丁堀に住す。阿波侯の能役者なり。号東洲斎写楽」。ひっかかるのが「天明寛政年中(1781〜1801)の人」。どうして。だって写楽は寛政6年5月からの10カ月間、江戸にあらわれただけ。そして素性、生没年不明。天明に絵をかいた記録はない。成程。
2) 渓斎英泉本
この版の前、天保4年に渓斎英泉が補記した「続浮世絵類考」。
3) 達磨屋五一本
これの前が天保元年頃の達磨屋五一の「浮世絵類考」。書きこみ。「写楽は阿州侯の士にて、俗称を斎藤十郎兵衛というよし、栄松斎長喜老人の話しなり」。斎藤月岑もこれを見てた可能性。ふうん。これで信憑性がたかまった。栄松斎長喜も写楽と同時期に蔦屋から美人画をだしてる。だから彼は写楽を見しってた。そうなら写楽と言葉も。ということ。で。写楽が斎藤十郎兵衛といわれても、斎藤十郎兵衛が蔦屋と仕事上のつき合いがあった証拠が。ないなら信憑性もない。蔦屋は当時小謡(こうたい)の本を沢山。能役者がこれを監修。しかし斎藤十郎兵衛がこの本の監修をした記録がない。しかし増補浮世絵類考の書きみにより、ようやくつながっただけ。成程。
4) 式亭三馬本
達磨屋本の前は文政年間(1818〜1830)の式亭三馬によるもの、
5) 加藤曳尾庵本
文化年間(1804〜1818)の医師、加藤曳尾庵のもの、
6) 山東京伝本
その前は享和年間(1801〜1804)の山東京伝のもの、
7) 大田南畝本
そしてさかのぼって最原点が大田南畝。つまり大田南畝本をうつし加筆。それで。この原本にだいたい30名くらいの。浮世絵師の名前。この中に写楽の名前がある。ところでこれは加藤曳尾庵によれば寛政のはじめの頃。つまり1790年頃。すると写楽が登場する1794年より前になる。不可解。ふうん。まあ寛政12年という説も。そうなら問題ない。

どうやら式亭三馬写本のあたりから「写楽号東周斎、江戸八丁堀に住す」という記述がはいるらしい。ほう。文政元年(1818)頃かかれたという「諸家人名江戸方角分」に「写楽斎という号の人物が、江戸八丁堀の地蔵橋に住んでいた」という記述が発見。へえ。

** 042300 神田、写楽斎は写楽とはちがう、斎藤十郎兵衛とも
*** 042301 写楽と号したわけ、誤解を指摘
写楽が写楽斎と名のったことはない。えっ、でもどこかで読んだが。否、その史料から誤解が。たまたまおなじ発想の名をもつ別人では。つまり「しゃらくせい」の駄洒落。狂歌人の号。ふうん、この人も絵師かと教授。のよう。だから斎藤月岑のいう天明寛政年中の人とはこの絵師。でも、そんな偶然が。偶然でないかも。というと。そこから別の考えでの見かたが。でる。かも。

だから何。写楽は特別な名前でない。江戸は判じ絵、洒落、いわばジョークの王国。写楽斎。あちこちにあった凡庸な発想の号。かも。だから写楽とつけた人(当人か蔦屋)。普通名詞のような気でつけた。ちょっとひねった名前。そんな程度。かも。そうか、片山写楽。そんな人もいたと教授。然り、上方の人。だから蔦屋がこれを真似。かも。ええっ。天下の板元、蔦屋がと教授。有名。だったら真似不可。成程。もちろんさけたかった。でもできなかった。かも。何故。不知だが、さぐればでてきそうな予感。これでないと。いけないという理由。あったかも。

*** 042302 写楽斎と斎藤十郎兵衛の結びつき
写楽斎は当時はやってた洒落をなぞって号とした。そんな人がいた。それが八丁堀地蔵橋の写楽斎。それを東洲斎写楽とまちがえた。浮世絵類考をうつした式亭三馬、達磨屋五一、渓斎英泉、斎藤月岑がまちがえた。そんな事情があった。のでは。そしてこれが世紀の誤解のスタート。

へっ。嘉永7年(1854)に出版された本八丁堀辺之絵図。ここに斎藤与右ヱ門の宅。これは阿波侯の能役者の家。斎藤家は代々、十郎兵衛、与右ヱ門を交互につかう。この与右ヱ門は写楽時代の十郎兵衛の息子。だろう。そして文政元年(1818)頃にかかれた諸家人名江戸方角分には写楽斎とい名前がのってる。さらに最近、埼玉県越谷市の法光寺に斎藤十郎兵衛一族の記録多数が発見。これらを総合する。誰かが八丁堀地蔵橋に写楽斎がいるのをしってた(達磨屋五一かも)。それを東洲斎写楽と誤解した。そこに斎藤家があった。で、斎藤十郎兵衛、能役者となった。でも、ほかにも住人がいるのに、何故そう特定した。ここは特殊な地域、奉行所役人の家宅がおおい。そうでない人物。こう特定できる。成程。さらに斎藤月岑は神田の町名主、地域の事情にくわしい。記録類も。あったろう。これが根拠。ふうん。

だが疑問が。江戸方角に記載された写楽斎はこの時点で故人。つまりこの資料が刊行された文政元年には死亡してる。ところが法光寺の過去帳では、斎藤十郎兵衛は文政3年に死亡。つまり存命。だから両者は別人。文献からそういえそう。成程。まだまだある。過去帳から斎藤十郎兵衛は寛政10年から享和元年まで阿波侯藩邸に居住。つまり地蔵橋でない。だから別人。ほう。藩邸で役者絵はかけない。然り、芝居小屋にゆくことも、通油町の耕書堂に下絵をとどけることも。だから別人。

*** 042303 斎藤十郎兵衛が絵師でないわけ
写楽の正体を誰もがしりたがった。断片情報をあつめて推理した。成程。斎藤十郎兵衛の周辺からは一枚の下絵もでてない。無関係。で別の人物をさがした。ちょっとまってと教授。え。栄松斎長喜が何故、達磨屋五一に写楽は斎藤十郎兵衛といったのか。これは自分の想像。写楽は「阿波の十郎兵衛だ」といった。どういう意味。栄松斎長喜は写楽に面識無し。不知。そうならどう。嘘をついた。否、達磨屋本は1830年頃。その10年前に式亭三馬本。ここに「東洲斎、八丁堀周辺に住す」とあった。そこで達磨屋五一か、その仲間が調査、斎藤の家を発見。

そこで写楽斎に直接あえば。不可、1818年に死亡。成程。で栄松斎長喜をたずねた。達磨屋五一は栄松斎長喜が耕書堂で写楽と面識もあったと思いこんだ。何歳か。おそらく70歳。でうるさがって「阿波の十郎兵衛」との言葉がでた。 これが自分の推測。

人形浄瑠璃を説明する必要がある。傾城阿波の鳴門の名セリフ。「あいー、父様(ととさま)の名は十郎兵衛、母様(かかさま)の名はお弓と申します」。しってる。然り、有名。つまり栄松斎長喜はジョークのつもりだった。しばらく沈黙。それを真にうけた。然り。ううむ。そして斎藤何某は十郎兵衛。はあ。やっぱりと達磨屋五一は思った。本当か。でもこの話しのどこにも無理がないと佐藤。斎藤十郎兵衛と写楽斎は死亡年がちがう。文献を信頼すれば。成程。納得できたか。まあ。もう一つと教授。

*** 042304 写楽、北斎説
写楽は葛飾北斎という説。それは隅田川両岸一覧の作者、俗名金次。それは文政4年(1811)の嵐山本。いわく「写楽、東洲斎と号す。俗名金次、是(これ)また歌舞伎役者の似顔絵を写せしが、あまりに真(まこと)を画(か)かんとてあらぬさまにかきなせしゆゑ、長く世に行はれずして一両年にて止めたり、隅田川両岸一覧の作者にて、やげん堀不動前通りに住す」。然り。これは間違いという考えが定着。北斎が金次となのる。自分は不知。題名も不正確。この作者は鶴岡盧水。金次はこの人と判断。でも葛飾北斎は多数の名前。あったかも。さらに写楽の後期では葛飾北斎風とも。どう思う。なんとも

* 050000 江戸編 I、26夜待ち、地球の地図
** 050100 神田、26夜待ち、蔦屋のこれまで
*** 050101 26日待ち、蔦屋の出版事業
神田三河町、火除け地の草原。蔦屋が八つ半(午前3時)、東の空に26日の月をまつ。明暦の大火の以降、明和8年(1771)と同9年に大火。8年の2月に火事、さらに4月に吉原から出火。翌9年の2月、目黒行人坂から出火、吉原が再度全焼。その夏は冷夏。秋に風水害。安永の改元 。蔦屋重三郎が吉原大門前の引き手茶屋、同年、蔦屋次郎兵衛の店先をかれて書店業を開始。

大火の後に花魁たちがぼちぼち。蔦屋はここで吉原細見をうった。吉原はおいににぎわい。本がうれた。しかしこの時期は鱗形屋(うろこがたや)が刊行。蔦屋の耕書堂はたんなる取次所。小売り。蔦屋は安永4年(1775)版用に平賀源内に序文。これは旧知の大田南畝の仲立ち。これがさらに売れ行きを促進。一目千本(ひとめせんぼん)花すまい、急戯花之名寄(にわかはなのなよせ)。絵いりの吉原評判記を刊行。大当り。あわせて現金安売りばなしという江戸笑話も刊行。これはおおく吉原内で取材したもの。

恋川春町の金々先生栄花夢も大当り。順風満帆、鱗形屋手代の徳兵衛が大坂の柏原屋与左兵衛らの合作早引節用集という本、盗作発行。徳兵衛は家財没収、江戸10里4方向追放。鱗形屋孫兵衛も監督不行き届きで罰金20貫文、この事態に吉原細見の奧付にはその名前を遠慮。蔦屋に板元。鱗形屋は再興したが耕書堂と競争した。やがて衰微、廃業。ここの専属のようだった恋川春町も朋誠堂三二も耕書堂に移籍。まことに耕書堂は幸運。

先をよむに敏、人なつっこい性格の蔦屋は文化人の人脈つくりが得意。時代の先頭にいる戯作者や狂歌師、絵師、また将来性のある人物を取りこみ。みるみる先端の才たちの親睦の集いを。吉原の裏の裏までしりつくす地の利も。吉原でうまれた蔦屋は大衆のもとめるものをしりつくしてた。だからその洒落本、狂歌本は次々大当り。とりわけ朋誠堂三二の黄表紙が一世風靡。耕書堂はたちまち江戸随一の板元。開業わずか10年で日本橋通油町(とおりあぶらちょう)という一流板元がひしめく桧舞台へ進出。とんとん拍子の出世。

*** 050102 京伝、蔦屋、春朗、定信解任に意気あがる。
蔦屋は町のほうにもどる。26夜待ちの大騒ぎ。女房のお糸と娘のお由。お糸は観世音菩薩の扮装。26夜待ちはおそい月の出とともに後光のさした仏様たちが、帆をかけた月の船にのってあらわれる。特別な夜。阿弥陀如来、観世音菩薩、勢至菩薩。山東京伝がきた。

山東京伝は山伏の扮装。さわがしい。今日の騒ぎは。松平定信樣の解任。ほんの3日前のことと。春朗(北斎)。貞一(十返舎一九)。河童の扮装が蔦屋。木霊が一九。蔦屋が意気軒昂。だが不自由な足に不平。

** 050200 神田、蔦屋の凋落
*** 050201 月の出をまつ、蔦屋ほか
蔦屋、妻、娘、山東京伝、春朗(北斎)、貞一(十返舎一九)。春朗の扮装をきく。唐天竺にすむという血吸い侍。わかい女にくいついてすう。難波屋おきた、高島屋おひさのような女。水茶屋の看板娘を。黒山の人集(だか)り。歌麿の美人画がうれる。歌麿は引き抜きに。蔦屋がたのべばかいてくれる。

唐天竺はないだろう。血吸い侍は。オランダ。かも。 蘭学者にきいたから。そうかも。その血吸い侍は。誰、先生は。司馬江漢。そこで世界図も見た。この国はちいさい。その中にすんでる。ちいさな島。今年か来年、閏11月の11日にオランダ正月をやりたいという。何故、11月が正月。来年は閏11月が唐天竺の正月元日。へっ。11月に何を。さあ。

月の出が。まだか。親孝行が。老婆をせおった息子が登場。トンボをきった。蔦屋が銭をあたえる。老婆に扮し、息子の人形を前につけて芸をみせる大道芸。願かけ坊主の一行。佐々木小次郎に扮した男。どよめきの声。月の出。月のくらい部分がみえる。月をおがむ人びと。蔦屋は順調にきた耕書堂の将来と不安をかかえた自分の健康を真剣にいのった。

*** 050202 蔦屋の回想、将来の不安
順調だった運命が不調となった。鈴木春信とともに錦絵世界を開拓し、吉原細見の序文もかいてくれた平賀源内。彼が米屋の九五郎殺害の罪で捕縛、獄死した。金々先生栄花夢で黄表紙の世界を恋川春町、松平定信の出版取締令下、召喚。これにこたえず死亡。黄表紙を娯楽の王道におしあげた人気作家の朋誠堂喜三二も召喚、秋田佐竹藩主により叱責、執筆をやめた。蔦屋が鱗形屋からゆずりうけた財産はこのように松平定信により破壊された。さらに遊廓を題材にした山東京伝の娼妓絹籭(しょうぎきぬぶるい)、仕懸文庫、青楼昼之世界錦之裏(せいろうひるのせかいにしきのうら)で摘発、手鎖50日、蔦屋はこれらの本を絶板、重過料、罰金30両。松平定信の解任はまったく朗報。錦絵の方である。

それなりに順調。色数と版木の枚数をおさえた大首絵で、浅草観音境内の水茶屋の看板娘、難波屋おきた、両国薬研堀の煎餅屋の高島屋おひさ、吉原の芸者、富本豊雛をモデルに歌麿にかかさえた。大当り。これで歌麿の名声が確立。40数軒の板元からの依頼が殺到。歌麿は蔦屋をはなれたがっている。

** 050300 日本橋へ、月に礼拝、地球の根付
*** 050301 商売はどうか
京伝がきく。元気がもどったか。然りと蔦屋。ところで、かいてくれるか。戯作者払底。寛政3年に地獄を見たと京伝。一番目だったのを生贄。それ以来、面白い洒落本はでないと貞一。水清ければ魚すまず。芝居が不振。中村座、市村座、森田座。歌舞伎がなくなる。そうなると役者絵が駄目に。美人画か。歌麿とその板元は繁昌。春朗たのむ。専門でない。では、どうする。改革は一頓挫だ。将軍の不興、改革の旗がおりたわけでは。きびしい方向は継続。然り、商売替えか。

*** 050302 蘭学の知識の重要性
日本橋へ。茶屋に、いいところに案内。看板娘がいる。否、別の趣向の。今宵の月。しってるかと蔦屋。何を、26夜のご三尊だと春朗。島国根性がぬけてない。へっ、どういう関係がと貞一。然り、仏様のご利益とお糸。否、あれは地球照り。何と四人。世界はすすんでる。 蘭学者におしえてもらった。庶民も学問が必要。わかった。だから、地球照りはと京伝。司馬江漢の世界図をみたか。不知と春朗。解体新書は見たか。四人、否。見ろ。五臓六腑が正確に。たいしたもの。蘭学が世界をかえる。見た。陸と海。なんだか嘘くさいと京伝。否、本当。ちゃんと元本。蘭学の本。平賀源内に薫陶を。壺や皿に世界図をかく。それをうる。源内焼き。誰に。唐天竺にと蔦屋。また唐天竺か。あの図はたいらな紙に。然り。印籠をはずしみせる。

*** 050303 地球照りのわけ、仏とちがう
印籠か。否、根付と蔦屋。地球だ。こんなまるい。だから地球。象牙製。その表面に世界図。江漢の図を長谷川町の根付師にほらせた。春朗がきく。海もこの表面に。然り。冗談、水が下に。否と蔦屋。球の下はさむい。こおってる。おちない。不審、笑い。横の水は。こおってないだろう。蔦屋がだまる。笑い。とにかく、おちない。ご三蔵樣がおしてると貞一。まあ、そんな。で、地球照り。太陽が月をてらすように地球もてらす。その光を反射。それが月をてらす。月のくらい部分がうっすらとうかびあがる。それのこと。蔦屋がすたすたあるきだす。

*** 050304 地球照りの結論
信じないと京伝。それもよい。が、どうだと貞一と春朗にきく。あの模様は。何。もともつあるもの。ご三尊樣で。ない。その証拠に、明日の月にもおなじ模様が。見える。見れば。誰も見ようとしない。おそくまでおきてないといけないから。ふうん。茶屋にゆく。

* 060000 現代編 II、源内説の否定、列強の進出、別人説の検証
** 060100 お茶の水、料理店、佐藤、常世田、教授が会合、定信、田沼、源内
*** 060101 人魚のため息で打ち合わせ
お茶の水すずらん通り、料理店、人魚のため息、2階の部屋。常世田。女主人、彩子の趣味。歌川広重がすきだった。という料理が。教授がやってきた。鯛の塩焼がはいった湯豆腐、赤貝のあえもの。ひらめの刺身、ニシンの煮しめ。常世田にきかれ彩子がいう。

*** 060102 風景画、異版
浮世絵、広重、北斎がすき。広重はもうかってたか。名所江戸百景があたり、東海道五十三次もと佐藤。風景画は美人画とくらべるとつつましい。しかし広重は別格。そうはいっても買取。印税払いでない。ほう。あたっても絵師に無関係。版権がすっかり板元。かってに色をかえられたり。ええ。近江八景之内比良暮雪、広重は墨と藍だけ、板元が緑や黄色を勝手に。何故。派手に。成程。東海道五十三次の日本橋と佐藤。あれにも別の絵柄。どうして。ちょっとさびしい。でも早朝のこと。それでも江戸の賑いがほしかった。成程。だから広重が大勢をくわえる。別版も。そんなに立場がよわい。然り。成程、ではあたって絵で世に流布してるものは一種類とはかぎらない。然り。細部、色、構図、絵柄が。絵師が誰かの絵を裏返し。背景に利用も。そこにヒントがありそうと教授。何、写楽。

** 060200 お茶の水、写楽、源内、田沼の政治、蔦屋との出会い
*** 060201 広重と板元の軋轢
広重に怒りはと彩子。あった。どんな。那須ミネへの書付。広重の京橋の家に出入りの仲間の娘。55歳のこと。それによると、普段おだやかな人。飛鳥山花見の図の版下絵。これに江戸名所筆納と。つまりもうかかない。然り。これは人気のある頃。それから天童藩のため肉筆画。大量に。そう。天童藩の依頼があってやったことかも。どのくらい。200輻。領民への褒美。名声は天童まで。然り、肉筆画は版画より画料がたかく格が上。版下絵で成功、肉筆画へ。当時の成功のパターン。成程、肉筆なら板元の勝手が。きかない。相当うんざりしてたという。没年は。たしか62。では晩年のこと。もう版画は。否。60歳から名所江戸百景を。これは黒船来訪、花見の名所品川の御殿山。削除。沖に御台場建設。安政の大地震、安政の大風雨。江戸はおわりか。それで江戸の風景を。かきのこしたい。被災者のはげまし。地震でまがった浅草寺の五重塔を。まっすぐに。倒壊した西本願寺を修復して。想像してかいた。

*** 060202 情報がない写楽の謎
健康、食道楽。魚づくしを。どんな死にかたを。幕末の動乱の中、コレラで。アメリカの黒船が長崎にもってきた病気。ずいぶんくわしい。江戸の絵師なら。よくわかるのかと教授。まあ幕末の人。でも写楽は。わからない。だから謎の写楽と常世田。情報がない。異常だ。然り。だから実は写楽の人生もよくわかってる。えっ。だから別の人の生涯。が、実は写楽。それが写楽別人説。でも尋常な別人説ではない。常世田が古書らしきものを。

伊勢市の神宮文庫から。聞くまゝにの記。きいたままに記録。で、平賀源内のこと。然り。神田橋本町の事件はノイローゼでも発狂、借金などでもない。手文庫にとある諸侯の機密文書。これを九五郎が見た。成程。国の命運をきめかねない重要文書。とある諸侯とは。つかえていた高松藩の。否、これは香川県坂出市の郷土博物館から。高松藩おかかえの儒者。片山何某。平賀源内伝。伝聞、田沼意次。高松藩でなく時の権力者、老中田沼と平賀源内が結託。日本の国家財政の抜本的建て直し。どうやってと教授。どうやら海外貿易。長崎をつうじて。一つはそれ。それに。

当時の貨幣経済は江戸は金、上方は銀。商品生産が拡大、全国規模に。金銀の交換比率の固定化。長期経済計画も必要。そのために金が。しかし当時は貿易赤字が拡大。このため輸出拡大策が。これが財政建て直しの大命題になりつつあった。ううん、そうと佐藤。オランダは合法、他にアイヌとの交易、それを経由したロシアとの貿易。ごれは絶対のご法度。ははあ。つまり田沼は平賀をつかって蝦夷地の豪商もうごかしアイヌ貿易、ロシア貿易の実情調査。証拠は。源内の友人の戯作者の平秩東作(へづつとうさく)が田沼の隠密に。江刺の豪商の村上八十兵衛(やそべい)の屋敷に泊りこみ。調査。一説にはロシア人となら米や酒の2両分で100両分の毛皮と交換。源内がこのプロジェクトの背後に。この調査活動のことを平秩東作は死ぬ間際に。書付。莘野茗談(しんやめいだん)。平秩などからこのような調査報告書が源内の屋敷に。もし九五郎が敵陣営の回し者だったら。

*** 060203 ひそかな田沼の目論見
本当かと彩子。それで納得できることと佐藤。老中をひきついだ松平定信。彼は田沼の暗殺を。何度も。その蛮行をかくさない。将軍に報告も。これは黙認。では何故。賄賂だけではよわい。鎖国やぶりという大罪。なら、あり得る。然り、これをすすめると開国。貿易は危険な魔物。長崎は悪の権化。頭のかたい人物にとっては。でも国は貿易赤字。国の舵取りにとっては赤字はこわい。定信なら倹約一本槍で黒字化。マクロの経済をしる田沼、源内は貿易で富国化。何がわるい。海外事情に圧倒的にあかるい源内は鎖国は時代遅れ。鎖国体制を維持、貿易立国。成程、輸入削減、輸出拡大。今なら当然。貿易はもうかる。源内は温度計、不燃布、アイデアだけだが気球。唐三彩風の焼き物、源内焼きの壺、金唐革紙の壁紙、トンボを利用した多色摺りの錦絵。すべて海外を意識。納得できる。田沼はこれを計画してた。成程と佐藤。この秘密をまもるため殺人。小伝馬町の牢へ。田沼が源内をすくったと常世田。

*** 060204 脱獄後の源内の消息
成程と佐藤。でてからどうしたと教授。田沼の庇護のもとどこかに。江戸。田沼の屋敷、静岡県の自分の領地。それから。田沼が失脚してから。パトロンをなくし夢をなくし透明人間のように。15年後に江戸に。蔦屋に遭遇。どうして江戸に、蔦屋にと教授。不詳、しかし絵心。ここに西洋婦人の図。教授に。写楽の画風でないと教授。

** 060300 お茶の水、源内説を検討、否定
*** 060301 教授が源内別人説否定
源内別人説は無理と教授。ほう、どういう理由。源内が生きのびた。そうして話しをする。何故自分が一時期写楽だっと。告白しない。もともと世をはばかりかくれてたから。では、どこに。田沼の領地、遠州相良。噂は。あるが、さらに調査。どんな。相良の町に源内屋敷。ここで蘭方医。それから壺をやいてた。土地の人におしえた。成程。なら昔、写楽だった。そういう噂が。不明。源内は秋田藩で蘭画をおしえた。遠州では。その噂は無し。15年もいて。否、もっと35年、たしか80代後半まで生存。そんな長期間、一度もかかず、写楽とも。でも浄瑠璃台本は、戯作は。難癖では。でも絵なら手軽。それがない。不自然ふうむ。噂がない。写楽でない。写楽は秘密でない。江戸で浮世絵師だったという噂も。ない、きいてない。では、信じられないと教授。

*** 060302 源内の相良生存の噂検証
では牢ぬけ生きのび説は。壺はのこってるか。そういわれてる壺、皿が。やはり絵がのこってない。不自然。壺だけ。彼はそこにかくれて何を。田沼とくんで日本の輸出拡大の方策をねってた。壺、皿の試作も。そのため。連絡のためひそかに江戸に。その時、蔦屋とであう機会。と想像。そこで歌舞伎も見た。然り。蔦屋との面識は。あり、吉原大門にいた頃に吉原細見。その序文を源内に依頼。その縁故で蔦屋と再会。お金もほしい。それ、へんと教授。脇役までかいてる。お金が目的か。うん、まあ。脇ならうれない。そんな事情を源内は熟知。さらに黒雲母摺り。源内筆ともかかない。死んでることになってる人。ですね。でも綺麗にかくでしょう。また、歌麿、北斎、一九が、京伝が。何故写楽の正体をいわない。蔦屋も。え、それは。源内は罪人、小伝馬町で牢死。でも15年もたって。二人の組み合わせは江戸の話題と。だから、やはりいえない。

*** 060303 田沼、定信の失脚、写楽登場の政治状況
成程、では田沼は失脚。然り、で。家治の死を前にして後ろ盾をうしなった。それで徹底的に処罰。失意のうちに2年後に死亡。源内の牢死は安永8年(1779)。失脚は天明6年(1786)。7年後。生存、庇護の期間は7年間。然り。それから定信の改革圧政の時代。田沼政治の否定。そこで登場。そうか。寛政6年には彼をうけいれる余地はない。たしかに。相良で源内が輸出品をこつこつと、つくる意味はうしなわれてる。然り。彼は落胆。蔦屋組の人たちも田沼に気をつかう必要がない。さらに寛政5年に定信の失脚。なら写楽現象の数年後には公表していい。と思うと教授。成程ね。初登山手習方帖。写楽の絵をだした。そこで一九がにおわせても。暗号化しても。成程、では教授の考えでは時代がかわった。なのに公表できない。ヤバイ人。然り。誰ですか。不 知。了解、でもその否定論だけなら。子どもでもと常世田。誤解のないよう。はい。自分は写楽の研究家でない。自分の保身でない。では。常世田、佐藤を心配。危険だから。週刊Tも浮世絵同人研究会も同様に反撃を。源内説はすきだらけ。詐欺師と非難されて、さらにこれでは。マスコミのよい餌食。

*** 060304 教授のきびしい否定と示唆
では大阪市中央図書館のあの絵は。福内鬼外はと佐藤。さああと教授。さらにいう。佐藤がいってた。写楽の絵は世界に例がない。高速シャッターでとらえたような。ういういしいさで役者にむかってる。あの解釈で追及をすべき。謝。源内は浮世絵世界も歌舞伎世界も吉原もしりつくした人。俗な文化人。でしょう。彼は家に旗本をよんで芸者をあげてエレキテルのショーをみせる。お金をとる。彼が15年ぶりに蔦屋に接近するなら、お金目的。でしょう。脇の役者までかくか。蔦屋が黒雲母摺りを。佐藤さん体調はと教授がきく。佐藤はたちあがり、無意識に外にでた。

** 060400 マンション、写楽別人説の検証と批判、自由な発想で
*** 060401 諸説の紹介
写楽探しは百家争鳴。まだ決定打は。ない。諸説を整理、要約。

1) 1910年(明治43)、ドイツ人の、美術研究家ユリウス・クルトが「SHARAKU」。写楽はオランダのレンブラント、スペインのベラスケスとならぶ世界三大肖像画家の一人。
2) この指摘にあわててた。で日本でしらべた。記録がない。有名無名であれ、どの絵師も。生地、生年、生い立ち、絵師になるいきさつ、板元、風貌、性癖、など。大なり小なり。文献、噂話、版下絵、肉筆画、習作もない。
3) 写楽は寛政6年の5月から翌年正月までの10カ月間のみ。江戸。その間に140数点。以降忽然と消滅。理由は謎。それ以前、以降にも写楽の痕跡はない。
4) 板元蔦屋。無名の彼を大抜擢した事情、その素性をいっさい口外してない。写楽の活動の時期、蔦屋の工房に出入り。写楽と遭遇。絵師仲間、戯作者たち。歌麿、北斎、一九も口外してない。つまり写楽が江戸にいたという証拠がない。ただその作品群があるのみ。
5) 日本人研究者はこの難問に立ち往生。しかし、彼はひっそり活動。否。大首絵は黒雲母摺り。派手な売り出し。つづいて役者絵、相撲絵とあわせ140数点も。これは作品がうれて大ブームに。その証拠。
6) さらなる不思議。影響をうけた絵師。作風を追随する絵師。弟子、影響をうけた絵師が。いない。その理由は作品がうれなかった。否。特殊な作風、他人の真似を拒否。その故。

*** 060402 作品が散逸、研究に遅れ、先人クルトの評価
開国と文明開化以降、日本人は浮世絵に。軽蔑心。無価値と作品が散逸。ため写楽の正確な作品数が現在にいたるも不明。無抵抗に海外流出。国内にあるものがすべてか。不明。今後、あらたに発見する可能性も。これが専門外の人間を参加させることになった。

こんな戯画的な事情で日本の研究は。難儀。クルトの追跡は。評価できる。斎藤十郎兵衛、江戸八丁堀、阿波藩能役者と。結論。当初はこの結論を受容。戦後、クルトが歌舞伎に理解が。あさい。誤解がある。ためこの説に異議。

*** 060403 十郎兵衛、写楽斎、北斎説の否定
斎藤十郎兵衛。実在か。当時は未確認。かりにいたとして。絵をかいた。という痕跡。無し。その習作画、能役者が絵をかいたという。第三者の証言。無し。噂話も。無し。

そもそも能楽者。武士階級の指定式楽。精神鍛錬の必須の手習い。格式のたかい芸能。諸藩の家臣におしえる。専属能役者をかかえる。阿波藩も。いわば聖職。下賎な娯楽である歌舞伎役者の姿をかくか。日銭をかせぐ。許可されるか。春画のイメージがつよい浮世絵をかく。はばかるのでは。封建社会の実情をしらない外国人研究家の妄想。とまで。現在の状況。

能役者、斎藤十郎兵衛は実在。ところがこのほかは。既述のとおり。写楽斎と号する絵師が江戸八丁堀、地蔵橋に。これと東洲斎写楽の混同。阿波藩の屋敷にくらしていたおかかえの斎藤十郎兵衛が独立して地蔵橋にひこっした。このため写楽斎と混同。すると東洲斎写楽とも混同。これが写楽は能役者と浮世絵類考の写本に加筆。これが斎藤月岑写本となりクルトの目にとまる。このように実情を推測。写楽登場の寛政6年には斎藤十郎兵衛はまだ阿波藩の屋敷に。地蔵橋には6、7年後。これと写楽斎の没年と斎藤十郎兵衛の没年はちがう。文献史料による傍証。さらに浮世絵類考の写本。

文政4年(1821)の風山本、文政10年(1827)の坂田本に注目すべき記述。風山本。写楽、東洲斎と号す。俗名は金次。是また歌舞伎役者の似顔絵を写せしが、あまりに真(まこと)を画(か)かんとてあらぬさまにかきなしゆゑ、長く世に行はれずして一両年にて止(や)めたり。隅田川両岸一覧の作者にて、やげん堀不動前通りに住す。この一覧は既述のように文化3年(1806)に葛飾北斎があらわした有名な狂歌絵本。一見するとこの写本は写楽は北斎と。ところが北斎は絵本隅田川両岸一覧。たんに隅田川両岸一覧は鶴岡蘆水。このように江戸期からおおくの説。だがすべてが伝聞。写楽についてたしかな知識。無し。これはとてつもなく奇妙。おなじ日本人。何故情報がない。写楽は江戸ぐらし。でない。なら。集中出版の直後、江戸をさった。死んだ。などの伝聞が。その情報もない。

代々、浮世絵類考を大事にしてきた文化人たち。写楽を不知。するとクルトの「SHARAKU」も同等の位置。となった。またクルトが歌舞伎堂艶鏡を写楽と。これも信頼性をひくめた。

*** 060404 写楽の謎、独自性、辛辣な目
写楽の謎の第一。画法の独自性。誰からの影響もうけず。どんな修行。師匠。弟子仲間。情報がない。後世への影響。すくない。追随者無し。模倣の痕跡も寡少。なまじのことでは。真似できない。高度に洗練。頭脳的な作風。それを伝授できる師匠。いそうもない。写楽の描写。リアルで辛辣。浮世絵世界の意識変革。それまでの役者絵はすべからく役者の美貌に奉仕。いわば広告画。絵を見た人は役者への憧れをたかめる。芝居小屋にくる。舞台をみる。役者絵にまた手がのびる。役者絵と歌舞伎。相互依存。ところが写楽は。この慣習を無視。破壊。写楽の絵を見た役者。不愉快に。写楽があと10人も大首をかく。と小屋と板元。トラブルも。あるいは記録にないが、あったかも。後期になるにつれ凡庸安全に。その理由の最大のものかも。

*** 060405 歌舞伎への愛よりむしろ無知
しかし初期大首絵に。写楽の棘のある作風。これは歌舞伎世界へのふかい愛。という。これが今日の専門家のいわば慣例。ふかい知識と造詣。役者の内懐に迫真。これは冠婚葬祭の祝辞のようなもの。遠慮のない意見。専門家はこの安全な構文を暗唱。安全な世渡り。逆説的に見る。と、写楽の名声が確立。それに順応したのみ。

写楽は庶民の娯楽の王者、歌舞伎の高度な技巧、これへの敬意。もたず。千両役者。誰が。わからず。ありがたが味。わらず。素人。無邪気。無遠慮に。千両役者の見得切りポーズ。ただ面白がった。この考えが自然、合理的。たとえば。既述の相互依存。危機におとしてもよい。これは愛情よりたんなる無知。さらに無知を指摘できる。

写楽は寛政6年、控え櫓の歌舞伎の5月公演の舞台をかいてる。写楽は千両役者から無名の役者まで。無差別。これは謎の二つ。当時の非常識。役者絵 はブロマイド。無名。大衆にうけず。板元も絵草子屋もよろこばず。こんなこともしらぬ。すなわち無知。

田舎絵師。江戸の風潮、無知。歌舞伎世界、無知。そこが何するところ。しらず芝居小屋に。はじめてみる舞台。見得切りなどの演技。びっくり。どれがえらい役者。無知。つまり絵にしたらもうかるか。無知。ただ驚きと感動のみ。筆をうごかした。と推測。合理的。

*** 060406 先進性、動画的描写
この考え。異次元のもの。今日まで。なかった。この考えでクルトの評価は過大でない。写楽以外の浮世絵、役者絵、遊女絵、相撲絵、これらがポーズをモデルがとり、じっとしてる。そこをうつす。記念写真的静止画像。写楽のものは一瞬の動を的確にとらえようとする。前例がない写真的手法。圧倒的独自性が。これまでの絵師と発想が根本的にちがう。子どものようなういういしい感性で。歌舞伎と初対面。その驚き。創作の衝動。という空想をよぶ。と同時に広告画。歌舞伎となれあった画でなく、役者にポージングの協力を期待しない。観客席からゲリラ的に描写。という印象。

*** 060407 見得切りと関連、これと天才の出会いの幸運
もっとも、これは写楽の天才ゆえ。それのみの産物。ではない。歌舞伎。日本に独自の芸能の特殊性のたすけ。写楽の大首絵。役者の筋肉がもっとも力をため、動きを凝固させたもの。その一瞬の活写。歌舞伎は見得をきる。この独特の所作が。定期的にある。ここに面白さ。その刹那に写真機をむけシャッターを。写楽の筆にその発想がおおい。

江戸期にすでに写真的という先進的発想を。驚異。まさしく天才の発露。同時に歌舞伎のもつこの見得切り。画家にとってそれほど魅力的、印象的。そう考えれば。歌舞伎、日本独自の芸術。写楽、まれな絵師の感性を刺激。天才的着想をひきだした。つまり世界三大肖像画家とその世界的傑作群。この幸運な出会いから。こんな理解が。

見得切り。画家にとりまことに魅力な写生対象。18世紀の頃、世界でこれほど面白いモデル。なかった。画家は基本的に対象物が静止。でかける。がしかし人間。花瓶の花のようにとらえる。創造的でない。うごいてるものの写生。むずかしい。無理をすれば想像画に。ところが日本の歌舞伎は動をふうじこめた静。見得切り。定期的な極限。筋肉の力でフリーズ。かいてくれとモデルからいってるよう。力量のある画家。これを見れば。驚愕、創作意欲の刺激。新鮮な驚き、素朴な感動。創作衝動。

** 060500 マンション、写楽の特徴、特異性、独自性、異常性
*** 060501 孤高の存在、形だけの模倣
これが後世、模倣する人がない。理由。中央によせた黒目。かたいちを真似る。力を集中、硬い凝固した筋肉。それゆえにうまれた肩、体のいかり。ここまでかかなくて。写楽の視線、思想を体得した。といえない。ブロマイド作風になれた後世の絵師。これに気づいたか。否。故に模倣もなかった。あるいはしようとした。あったかも。だから模倣をこころみた。できたと絵師によっては。できたと思てるかも。だが、この基本構造がわかってない。だから他人が見たら。写楽風でない。ということ。

*** 060502 世界的にも独自、その理由、共同作業
日本の浮世絵、世界の名画にあって写楽絵だけが異様に変種。まったくあたらしい想像精神がうみだした。だからクルトの評価に同感。対象をうつす精神のあたらしさ、革新性。今日性から。三人の中の第一位。とまで思う。私見をいう。写楽の独創性。あまり指摘されてない。つまり気づかれてない。その理由。

写楽は欧州名画とちが点。版画。油絵、テンペラ画と背後事情がちがう。大衆アートとして世にでる。その手前に絵師、摺師。さらに写し師(もしか仮定があってるなら)が介在。当時の彫師、摺師。ベテラン。確立した線、像をもつ。彼らの介在。下絵がどれほど個性的でもできあがりは他の版画作品に接近。最終的な摺り画像。彫師、摺師のイメージがつよく反映。革命的な下絵。その描線。彼らの熟達した浮世絵線に整理。他絵師の標準作にちかづく。それが爆発的内部。妙にまろやかな外郭描線の写楽画。という理由。と考える。この辛辣な描写精神なら。下絵はもっとごつごつ、とんったもの。と信じてる。だから写楽画の場合。鑑賞する側が。積極的に作品の内面に。彫師、摺師の仕事にまどわされず。肉筆下絵の残像までみる。それがなければその独自性、創作精神まで気づかない。

*** 060503 作者をかくす共同作業、どこに真の作者は
たとえば歌麿と写楽。スポーツならゴルフとフットボールの違い。しかし版画となったら。一見両者の違い。目だたない。それは中途に。もつ線が歌麿とにた彫師、摺師が介在。板元が蔦屋。だから、おなじ彫師、摺師が担当かも。つまり版画だから。真相を埋没させた。つよい力のこもった線。ふとい線。その原画の線(だったと思う)。ほそく流麗な一本の描線でなぞった写し師。その後をうけた彫師。写楽の秘密を隠蔽。画期的な思想の写楽画、ジャンルをみたす凡庸な浮世絵群に埋没。佐藤の考え。

いささかファンタジーか。あり得ない空想か。これまでのべてきたこと。万が一。真実だったら。別人説がいう。歌麿、北斎。一九。京伝。不成立。となる。彼らは江戸文化の専門家中の専門家。歌舞伎ともたれあってた浮世絵世界の商売構造を熟知。到底ういういしい子どもの気分で歌舞伎世界と初対面。無し。歌舞伎をしらず、子どもの感性の天才画家と歌舞伎役者の見得切り演技との初遭遇。歴史的傑作、奴江戸兵衛がうまれた。

*** 060504 歌舞伎に無知な人、特異な人物か
18世紀末の日本に成人するまで歌舞伎をみず、きかず。そんな人いるか。歌舞伎は相撲、吉原とならび江戸庶民の暮らしの中心軸。歌舞伎の見得切りは子どもでもしってる。赤子ならある。だがあの絵はかけない。また田舎絵師、かりに精神障害者でお江戸にでてその風俗、出版界、歌舞伎世界の事情は心える。小屋に案内した者もスターの誰かをおしえる。無名の役者では板元がよろこばない。耳打ちする。聴覚障害者であるまい。かりの話しである。

辺鄙な場所にある屋敷の座敷牢で赤子時代。世間から隔絶。精神障害の患者がいた。成人後、奇跡。完治。天才的な画才。江戸に進出。だったとして。なら、どうして蔦屋と知りあうか。歌麿、北斎、一九をかかえた大物文化人。ちかづけるか。でも、さらに幸運。とする。蔦屋とであい、絵。驚。ここまで順調。しかし黒雲母摺りの破格待遇。あるか。たとえば寛政6年当時に、歌麿、北斎、広重をかかえ、ここでまだ駆け出しの一九、馬琴が絵を希望。黒雲母摺り無理。

*** 060505 尋常でない人物
さらにどんどん思考実験。当時の超大物絵師、歌麿。ぼうだら長左衛門をかいた。黒雲母摺りするか。脇役者の絵。否。だったらこの別人説。尋常でない人物。誰だ。歌麿すら無理。だったら時の帝。将軍が。ぼうだら長左衛門なら。これクラスとなる。自分はすでにのべた。写楽絵は歌舞伎にまったく無知。素人のかいた絵。で巷間にそんな絵がある。そうしよう。それらを一点もらさず。黒雲母摺りか。ないない。この職業出版人蔦屋の判断。何だ。最大の謎。出版すれば歌舞伎と浮世絵の相互依存の関係を危機に。しってた蔦屋。一体どうした。無謀な冒険。

*** 060506 一切口外なしの異常さ
さらなる疑問。とてつもない幸運がつづいた。とする。写楽は一夜にして時代の寵児。ならこの運をのがすな。どんどん創作。金もうけ。これは蔦屋の望でも。が、10カ月で忽然と消滅。この不可解はまずおいて、こんな幸運。消滅という椿事があった。として。歌麿。北斎、一九、京伝。さらに蔦屋自身がこの怪現象を見てた。ところが写楽。何者。生地、氏名。登場の経緯。まったくかたらない。何故。作家の松本清張がいった。無名の絵師が。再度精神障害を発症。狂死。だったら、その旨をいうだろう。彼らは何故かたらない。狂人のこのような顛末をかくす。必要はあるか。この起用が見立てちがいの大失敗。だったら消滅。こうなれば謎でない。だが、だまってる理由は。一つ。まったくうれなかった。だから、だまってた。あり得る。

*** 060507 うれたのに口外なし
浮世絵類考の「あまりに真を画かんとてあらぬさまにかきなせしゆゑ、長く世に行われずして、一両年にて止めたり」。一見呼応。うれなかった。だからわすれた。だったら誰も口外しない。10カ月できえた。当然。後世への絵師への影響。乏しい。誰も真似たがらない。でも本当か。写楽作品は異版。おおいのはうれたから。でないか。特に初期の大首絵に異版がおおい。よくうれたから。浮世絵の鑑賞法。当時は壁にかけない。今日の週刊誌のグラビアのようなもの。手にもって間近から鑑賞。壁なら醜女はうれなかった。かも。消滅から7年、1802年に式亭三馬。稗史億説年代記に。おおくの弟子をもつ絵師を図示。その中に独立した島として写楽。弟子をとらず強烈な個性。流派もつくらず。孤高の絵師。孤島をあたえた。さらに憶測をどんどん。写楽が写楽・孤島。おおくの絵師からなる地図による図示。かも。栄松斎長喜作の高島おひさ。団扇をもつ。そこに写楽絵。肴屋五郎兵衛。一般が写楽になじんでた。その証拠。

後世の絵師への影響。すこしは。黒目が中央。おおくの役者絵に。これもうれた傍証。「あまりに真に画か...」は、どうして止たとききたい。が個人的推察のみ。写本した誰もがこれが史実といってくれない。止めたのは売れ行きともいってない。

*** 060508 多数をひきつける写楽の謎を自由な目で
これらが写楽の謎。どんな説をたてても。破綻がくる。おおくの才能ある人をひきつけた。だが依然謎。迷路に。自分は既述の非権威的な解釈に。学芸員時代からひかれた。写楽の独自性は。歌舞伎世界へのふかい愛情。理解。皮相的、おざなり。いわば権威化した定評への政治的配慮。自身の立場、給料への保全。とも。下野した。今は自由な発想。現状。感謝せねば。今日支配的な権威的発想は、写楽、蔦屋のやわらかな着想とは。蔦屋はこれを「茶」といった。「万事茶でなくちゃいけねぇや」と。原点の柔軟さと隔り、どうやら動脈硬化。写楽は世界にほこる最高級の芸術。だからなんとか辻褄あわせ。汲々四苦八苦。学芸員でいた頃の世界で日常感じてた。

** 060600 相良、源内屋敷へ、田沼政治
*** 060601 常世田と相良に、源内説にこだわる
数日後、常世田の車で相良に。郷土史家の川原彦次郎をたずねる。教授の機嫌をそこねると常世田。源内にだけこだわる。ならそうと佐藤。源内は無理か。何故もらさなかった。でもそういうなら別人説は全部不可。蔦屋別人説もある。だが自身いわず。別人説はすべて駄目。ききながら佐藤が考える。別人説がちがう。写楽は写楽説。そうでもない。もっともっとちがう。発想の根源的な転換。必要なのでは。びっくりするような単純な。常識の制約から自由になれ。

写楽絵は存在。だまってる。だから謎。だんまりに理由は。といわれても。寛政6年、パトロンの田沼も、定信もいない。これはまずいが。源内説は駄目か。でもまだすてるのはと常世田。

*** 060602 源内屋敷に、とぼしい決め手、浮世絵とは無関係
何を考えてるかと常世田。あの肉筆画と佐藤。あの紙は江戸期。保証する。ではどうして存在するか。ともかく、かきはじめて。別人説の線で。結論が誰。それは先で。序論、写楽の人物像、一般的解説と常世田。了解。相良牧の原インター。海側に。コンビニ。川原が出むかえ。源内かと川原。然り、田沼の庇護のもとに生きのび。隠れ住み。この話し。信憑性は。まあ土地のものは。源内屋敷が。ほう。言い伝え。証拠の品がと常世田。壺、皿、でも決定的とは。決定的というと。源内と名前をかいたもの。鳩渓(きゅうけい)、風来山人とかいう号。ないか。無し。昔。浮世絵師だった。というような書付。噂話はと常世田。浮世絵師。然り。否。誰かほかの人が。きいてないが、不知。

で、ここで源内は何をと佐藤。田沼の手伝い。ブレインとして幕府財政の立て直し。元禄バブルで幕府が財政難。吉宗が享保の改革。幕府の三大改革の一つ。あとは定信の寛政改革。水野忠邦の天保の改革。いささかでも効果、享保の改革だけ。吉宗は徹底した倹約。然り、大奥から美女50人を放逐。でも倹約だけでは。享保の改革の後、老中の田沼。手賀沼の干拓、蝦夷地の開発。田をふやし、増収。もうかった豪商に課税。通貨の統一。西は銀、東は金、国を二分。南鐐二朱判。金貨の通貨単位で通用価値をしめした銀貨を発行。

*** 060603 享保の改革、田沼、貿易、開拓、貨幣、医学、薬草
江戸ではこまかな金の払いが困難だった。釣り銭がうまくもらえない。大雑把な生活態度、宵越しの金はもたない。江戸の気風の背景。田沼のその対策だった。さらに貿易拡大。中国の生糸、オランダの商品の輸入。そのため国内の金銀が大量流出。海外から金銀をとりもどす。長期計画を立案。それは新井白石も。然り、長崎の輸入制限。従来型の禁止罰則。田沼は輸入の制限でなく輸出の拡大。あわび、なまこ、ふかひれなど中華料理の食材。これら俵ものを非課税、生産を奨励。銅山を開発、輸出拡大。これで金貨、銀貨を買い戻し。それと忘れてならないのが、文化政策の自由化。蘭学の禁を廃止、奨励。翻訳で解体新書の発行。日本の医学がおおいに進歩。大量に輸入されてた薬草の国産化。その流れで源内は田沼の目にとまった。源内はこうした政策にすべて関与。田沼は身分秩序にこだわらず能力本位。

*** 060604 源内の役割、商品開発
源内の起用は海外への輸出拡大プロジェクトのブレインとして。然り、温度計、不燃布、壁紙の製作は。これらは思いつきでない。外国人の購入を想定。いわば売れ筋商品の開発と常世田。これらは江戸期の日本人はかわない。外国人がかう。川原は路地に。海外貿易なら莫大な利益も。国内と市場規模が桁違い。すみやかに国をとませる。そおして通貨制度。文化。政治形態。これらを改革。どれほど日本のためになったことか。成程と常世田。

*** 060605 田沼政治、先見性のため失脚
田沼は賄賂、ダーティな政治家。誤解、田沼はとんでもなく有能な政治家。先見性がありすぎ。失脚。然り、相良の城は破却。進歩的政策もことごとく否定。貨幣統一、輸出拡大、すべて明治維新以降。成程。100年後の新政府がやったことと常世田。100年すすんでた。まだある。中央集権国家の完成。へえ。幕府の税収拡大なら。何。直轄領地、天領から徴税。だが諸大名からは。徴税すれば大幅アップ。成程。田沼はこれを。で、きらわれた。成り上がりへの反発。たとえば御三家。失脚。ふうん。遠大な構想。なら源内の関与、知恵も。然り。これができてらら。明治維新はちがってたかも。

*** 060606 列強の圧迫、田沼への嫉妬
国が貿易しない。外国産の近代兵器が薩長ばかりに。外国の情報がないから。軍事力におおきな差。外国から目をそらしてた。嫉妬。田沼は歌舞伎役者顔負けの美男子。大奥でも大人気。ああそうか。川原彦次郎がふるい土蔵を指さす。訪問。

** 060700 相良、源内屋敷、遺品
*** 060701 小守家の土蔵へ、薬草園跡、蔵内の生活、遺品
上部、白壁、下部、板塀。石垣の上にのってる。小川にそってたつ。石橋をわたる。土蔵がたつ民家の庭。木造家屋の玄関。小守さんと声かけ。あの土蔵は今も源内屋敷とよぶか。然り。田沼の庇護でここにかくれすむ。そう言い伝え。死ぬまで。然り、自分の先祖は田沼の家臣。ここで何を。医者。蘭方医。ほう、でも杉田玄白、前野良沢とも親交。中を見たい。土蔵に。背後の庭。当時、ここに薬草。村人にその薬草を。然り、煎じ。粉に。たしかに源内は本草学者。中に。

ここで。然り、蟄居。当時のままか。否。中二階に。座卓。書棚、火鉢。江戸からすぐここに。否、一時、蝦夷地。船で相良に。蝦夷、では村上八十兵衛と。ああ、そんな名前を父から。牢ぬけから7年後に田沼が失脚。だから蝦夷地滞在は7年以内。そのあたりのいきさつはと常世田。不知。全然。然り。源内焼きがあるとか。上に。板の間の隅。大型の箱。中から褐色の壺。ほう。花瓶か。牡丹。色見は三彩。つぎに皿。図。何。世界地図。はあ、インドも。また皿。南北のアメリカ。やはり源内が。然り、言い伝え。唐三彩、中国のイミテーション。これで中国、欧州に輸出をと。源内は幕府へ意見書で源内焼きをと川原。外貨獲得に。然り、国益、日本全体のため。ここからその意見書を。否。斬殺事件前。源内は田沼の援助で長崎に調査。貿易状況の視察。然り、その時、薬草の国産化も検討と佐藤。

*** 060702 源内の遺品か
これは本当に源内の作かと常世田。源内がつくったものと類似とも。だとしても意見書をだした当時の作が、ここにもちこまれたとも。そうかも。田沼としたしかったのは事実。作品がこの地にきた。そうかも。然り。ここで焼き物をした。あるいはおしえたとの話しは。ある。が確たる証拠は。無し。ほかに何か。小守が巾着袋のようなものを。何か。口にちょっとした仕掛け。簡単にはひらかない。これ、知恵の輪。この金具をはずす。ひらく。でもさびてる。中に何か。否、空。蘭学事始に。知恵の輪つき袋。日本橋の長崎屋で杉田、前野がてこずってた。源内が登場、またたく間にひらいた。ここにも。絵はないかと常世田。無し。土地で絵をおしえた。という記録は。不知。

** 060800 相良、書簡、謎の命須照
あとこんな書。漆塗りの文箱、はげて生地がでてる。黄ばんだ和紙。草書体。佐藤がよむ。「ことのほかのお褒めを賜わり恐懼に存じ奉り候へども一生の暇乞ひ、心中で涙...」か。これは。書簡の一部。これだけと川原。誰が。不明、源内とも筆跡がちがうとも。誰に。不明。あとは。「のちの世をおそろしと存じ奉り候へども、まこと私ごとに候ふ命にあらず候あいだ、こは人たるもののつとめにて候。かにかくに因果はめぐると思ふばかりにて候ところ、大恩ある主君の嘆き給ひしなれば...」か。「命須照捨ておかば、国益の損なふところ大なりと存じ奉り候...」。あとは。ない。裏に無し。これで終わりか。然り。手紙。だろうが、どうしてここに。不知。ただ祖父がもってた。そう父親が。命須照とは。これがポイント。何のこと。コンビニでコピーをと常世田。

** 060900 相良、抜け荷の横行、幕府の取締、掛川のオランダ人の墓
*** 060901 源内の殺人の真相
コンビニに。佐藤がいう。源内がいたかどうか不明。でも誰かがいた。然り。小守家に。あの土蔵。でも誰か、絵をかいたかは。不明。佐藤が川原にきく。源内は神田橋本町で九五郎を斬殺。然り。発狂説、借金説、ノイローゼ説。この理由にかんして何か。それはないと川原。源内は田沼の命で財政再建の計画をたて、成功の可能性をさぐってた。その報告が蝦夷から頻繁に屋敷にとどいてた。そのはず。それを九五郎にみつかった。然り。すくなくとも源内はそう思った。手文庫の中の密書。もし九五郎が家の中をさぐってたら。もし九五郎が定信の密偵だったら。ロシア貿易は抜け荷。長崎以外の貿易も国禁。だから殺害。国中が大混乱。計画がもれたら田沼は失脚。厳罰。かりに九五郎が密偵でない。だとしても源内はパニック。斬殺。かも。もしそうした密書が家にあった。なら。見られた。なら。短絡。殺害。源内は大小をもった士分。いざとなれば。侍。成程と佐藤。

*** 060902 抜け荷の横行、諸藩の窮乏、幕府の無策
実はもれてた。田沼への苛酷な処分。その証拠。城まで破却。然り、城があれば反抗。かも。長崎は国の病。しかし、なら幕府は罪状を公表。否、いわば総理大臣の犯罪、体面からも公表は不可。ロッキード疑獄か。然り、あれも貿易がらみと川原。関ヶ原がまた。かも。それなら倒幕側に大義名分が。また幕府に金がない。戦争はしたくない。抜け荷は裏ではちょくちょく。そう世界はもう大航海時代。日本の鎖国、無理がと常世田。下手にさわると薮蛇、各所の抜け荷が判明。もはや幕府にそれらをおさえこむ力は。ない。そんなにも。どこが。九州か。薩摩はそう。だが能登輪島、石州浜田、新潟など日本海側。お庭番報告が頻繁に。おおくは琉球、清あたりとやった。異国人の出没もけっこう。成程、密貿易が厳罰なのはそんな事情。諸藩がやってたから。成程。だから田沼、源内はおそい方。諸藩は破産状況。抜け荷はもうかる。やりたい。幕府が必死にとめる。本来、自然なこと。それに極悪のイメージ。

*** 060903 抜け荷が倒幕の資金、舶来品の崇拝
禁酒法時代のアメリカ。酒の密売でアル・カポネがおお儲け。最新の武器を購入。FBIと互角に。飲酒は今は誰でもできる、そんなにわるいことでない。法で禁止。だから大犯罪。粗悪品がでまわる。ギャングがもうける。貿易も。薩摩、長州がおお儲け。軍備拡張。薩摩藩の家老の調所広郷は抜け荷で赤字財政を立て直し。しかも備蓄まで。この富。なければ倒幕は。幕府はどこかの藩が抜け荷でおお儲け。軍備増強、倒幕。おそれた。南蛮渡来をありがたがる。ご禁制の品ならと佐藤。何でもうばいあって購入。解体新書の原本「ターフェル・アナトミア」が3両と。蘭学事始に。10数万円。コンビニに到着。

*** 060904 海外貿易の重要性
命須照、命すてるかと常世田。なら、そうかくと佐藤。複写した文面を見て、常世田がいう。「命須照捨ておかば、国益の損なふところ大...」。テーマは抜け荷では。どこの藩と佐藤。不明。だが命須照。人か場所か不明だが、抜け荷をやってた。幕府でないところで。すると藩の富強化、軍備拡大、幕府の弱体化、国益。だからすておけない。ううん。本当か。強引では。川原がいう。安永、天明、寛政。抜け荷は財政担当の政治家の第一の関心事、あるいは渇望事項。かも。やりたかった、表にでないが。ご禁制だがもうかる。現状をすくえる。魅力のある事項。海外貿易を制する者は、国を制する。然り。幕府への反発。抜け荷でもうけて幕府打倒へ。武器整備。だから渇望事項、国の病。成程。

*** 060905 文書の意味を解析
「ことのほかお褒めを賜り恐懼に存じ奉り候へども」はと常世田がきく。それは源内が田沼にほめられた。かな。では「一生の暇乞ひ、心中で涙」は。田沼とは無関係となり生涯あわない覚悟。これは決別の涙。源内らしくない。真面目すぎ。でも大恩ある田沼。あり得る。かも。「のちの世を...」は、後世のことを考えたらおそろしいとも。だが自分の命で、自分の命でない。「こは人たるもののつとめにて候。かにかくに因果はめぐると思ふばかりにて候ところ...」は人間として、家臣としての任務。やるほかない。何を。不明。

「因果は...」は偶然が発生。驚、こんな奇遇があるのか。で、次。大恩ある主君がなげくようなこと。だからこの命須照を自分が処分する。こんな意味では。このままでは国益をそこなうからと常世田。まあそう。なら神田橋本町の事件とおなじ構図。あれも定信に報告される。長期計画がぽしゃる。幕府財政が破綻と常世田。まあ、長州戦争、鳥羽伏見、で幕府倒壊。のようなもの。数でおとる薩長軍に手もなくやられた。理由は金がない。装備が関ヶ原の時代と佐藤。おなじ構図。横行する密輸を放置できない。自分が始末。首謀者を。あるいはみせしめに。首謀者を。だから一生の暇乞い。涙。人の道。主君と縁切り。単独責任。こういうことかと常世田。

*** 060906 源内の伝聞、掛川へ、三貨制の解説
ううん。小説家的な解釈。だが抜け荷の藩を征伐。より安上りかと佐藤。遠州に抜け荷の記録は。無し。この書簡について川原の解釈をきく。ううん。いいたくない。何か。ではちょっとだけ。源内が掛川宿にいったという噂。ほう。自分は後世のつくり物と。で何を。ううむ。いいたくない。どんな事情。子どもじみた作り話と川原。川原は掛川の郷土史家、疋田玄随をおしえてくれた。車中。貨幣制度の不備で江戸の者はうまくお釣りをもらえなかった。でも大坂では。もらえたということかと常世田。あれは金銀銅の三貨の制度。それぞれが独自のルール。交換相場が固定してない。円しかしらない現代人にはむずかしい。

1) 江戸の金なら。一両。これの1/4が一分で一分金。これのさらに1/4が朱。それぞれ金の硬貨が用意。これでは大雑把。二分金、二朱金という硬貨も。それでも大雑把。だから宵越しの金はもたないという気風。成程。
2) 一方、上方の銀。単位の硬貨でなく、重さをはかって支払。秤で。然り、貨幣をきってつかう。然り、だからこまかな払いにも対応。ふうん。ただしこれは元和年間(1615~1624)に禁止。ふうん。でも銅銭もあったでしょう。
3) それは文。然り。では、端数がでた。それで処理と常世田。ところがむずかしい。へえ。計算が面倒。銅と金あるいは銀との交換レートが変動。
4) 1両は4000文から6000文。ところが幕末には10000文。きまってないと常世田。というより公定レートがすぐ値崩れ。
5) 大坂の銀も。元禄の公定が1両が60匁。すぐ値崩れ、幕末で100匁。はあ。
5) それに10000文の文銭は用意できない。たいへん。文銭は1、4、10文。1両だったら10文銭で1000枚、たいへん。おもい。蕎麦1杯が16文。1両でお釣り。たとえば5984文のお釣りとか。成程。一分金、一朱金をつかっても3分3朱359文。かぞえるのも面倒。だから小判などつかわない。そもそも長屋にすむ庶民は一生小判など見ない。そう、皆んな文銭でくらしてと常世田。

*** 060907 銭の暮らし、両替屋、貨幣の統一、田沼の再評価
然り。江戸に三職。大工、左官、鳶。おおかった。江戸は発展途上の大都市。建築ラッシュ。家をつくる専門職が最多。大工が最多。江戸っ子の3人に1人は大工、その連中が皆んな手間賃が。日払い。どのくらいと常世田。1日500文から600文。1万数千円。ふうん。それを毎日ちょっとずつ飲み食いに。家賃もふくめて。長屋の家賃は1日35文。すると1000円。やすいか、たかいか。だが、それは押入もない簡易住宅。中期あたりから供給過剰。現代のわれわれをくるしめる住宅費と教育費。江戸では両方ともやすい。おまけに長屋組は税金なし。ともかく庶民の日常生活上の経費はこんなふうに、たいがい文で表示。で、売り手側の価格が金なら金で支払い。文なら文。

でも両替屋は。あった。が、金と銀なら毎日相場がたつ。変動。で、おお儲けとか。不合理。成程、それで田沼などは改善。ために江戸・大坂の通貨を統一しようと。じゃ田沼はいい政治家と常世田。然り。それから抜け荷か。鎖国のイメージがかわる。歴史。おおぜいによる嘘。とか。勝者の答弁とか。教科書の鵜呑みでは。江戸時代も外国とつながってた。かもと常世田。然り。閉じたと思ってたのは幕府だけ。つながってないのほ勝者の徳川だけ。歴史書かいたのが定信みたいな堅物。ふうん。禁酒法でたとえ。禁止したら。ビール一杯も高級品。渡来品を禁止。オランダ渡りがとんでもない高級品。そのとおり。

*** 060908 天然寺へ、オランダ人の墓、メイステルの称号
駅前で待ち合わせ。疋田の案内で墓地へ。天然寺という。挨拶。紹介の経緯を。あれと指さす疋田。何。石造りの柵。中におおきな長方形の石。ちいさな城のような石垣。その上にのってる。上面がかまぼ形の丸み。文字。英語でない。異人の墓。いつ頃。カピタンの墓。へえ。何時の人。死亡が寛政10年(1798)。掛川の宿で。オランダ人か。然り。どうして長崎でなくここで。江戸からの帰り道。参府旅行の。ふん。オランダ商館員の一行。これは、長崎出島のオランダ商館は館長以下が定期的に江戸にでる。将軍に拝謁。商務報告。義務。まあ実際はご機嫌伺いだったろう。貢ぎ物を献上、土産物を賜ってかえる。

然り、この人は商館長。名前はヘンミー。二人がしってるのはシーボルト。たしか文政年間(1818~1830)。シーボルトは館長の随行。ヘンミーは有名かと常世田。研究者の中では。正式には。ゲイスベルト・ヘンミー。生涯はどんな。父親はドイツのブレーメンの出身。アフリカ喜望峰のオランダ商館商務員。1747年6月に喜望峰で誕生。オランダ東インド会社の社員。日本の出島に。風貌は前歯がかけ、常に眼鏡。江戸であった大槻玄沢が。日本側の史料もある。然り。玄沢の西賓対語。成程。オランダ商人がここで死亡。源内とどのような関係が。ヘンミーは商人だが、ユトレヒトで勉強、メイステルの称号をもってる。えっ。

** 061000 掛川、ヘンミー斬殺説、北斎の登場
*** 061001 命須照は称号、変死、日記の記述、日時の照合
そう。メイステルの称号をもって日本に。メイステルとは。英語でマスター。学位の称号。ふうん。命須照とは学位の称号と常世田。だから商館長に。それでここで、どのような死に方。予想外の死と疋田。一応は病死。掛川藩主がつくらせた 掛川詩稿で、ヘンミーは寛政10年はじめに長崎を出発。3月15日に第11代将軍の家斉に謁見。4月に長崎へ。帰途の4月21日に掛川連雀の本陣で発病、客死。旅の疲労と日射病によると。成程、それは信頼できる記録か。文献自体はしっかり。しかしかかれたのはヘンミー客死の17年後。世にかたりつがれたものを記録。ほかに記録は。天然寺の過去帳。通達法善居士。オランダ商館日記の記録は。オランダ商務日記をある学者。それによれば3月12日長崎を出発。4月28日に江戸に到着。将軍に30日に謁見。5月16日に江戸を出発。掛川の記録とずいぶん日付がちがうと常世田。ヘンミーが病気のため途中から簿記役兼上筆者のレオポルト・ウィレム・ラスが日記を担当。

*** 061002 死亡時の事情、自殺説、商館の窮状
ヘンミーは高熱、吐き気に。安倍川、大井川。6月5日に掛川。何度も失神。8日の夜11時半に永眠。天然寺に埋葬。享年52。この墓碑銘に寛政10年6月8日に往生、9日に埋葬と。日付は日本の年号か。オランダ側は館長は服毒自殺ではと。自殺か。どうもヘンミーの出島経営、乱脈。借財も。では露見をおそれて。然り、でも証拠無し。この変死事件。後世にいろんな噂。憶測。成程。激務で胃をやられた。らしい。むずかしい時代だった。ヘンミーは寛政4年に着任。が、国際情勢が多難。バタヴィアからの赴任に遅れ。6年間出島にとじこめられた。着任の年にロシアの船が根室に。日本側は海外貿易に神経質。江戸で蘭方御殿医の桂川甫周にロシア関係の蘭書を提供。それまでに幕府はオランダ船の許可数を削減。取引高の上限も。

*** 061003 幕府への要請、本国の危機、ずさんな管理、
オランダ側はたびたび陳情。寛政10年に、向こう5年間にかぎって2隻と倍増。他方、寛政6年(1794)にフランス革命軍がオランダ本国に侵入。総督がイギリスに亡命。極東派遣の船の確保が困難と。以降、中立国の船をやとってオランダの旗。これが大半のよう。経営、借財のスキャンダルもそんなところかと佐藤。かも、オランダ側の取引激減、利益は減少、出島使用料は莫大。ヘンミーの苦悩。ストレス、胃潰瘍。オランダ側の史料は 正確。のようと佐藤。これはシキリイバ、書記官ラスが商館長にかわりかいた。この人の評判も相当にわるい。死後商館長代理。やがて交代、本国へ。後任のウィレム・ワルデナールが着任。記録、在庫管理、帳簿、書類がひどい状態。シキリイバは書記官、商館長がカピタン。否。カタピタンはポルトガル語。らしい。オランダがくる前はポルトガルと交易。その慣習をオランダがそのまま。

*** 061004 斬殺説、犯罪行為、幕府の密偵
小守から入手の史料の複写をみせる。作成者、宛先、経緯など不明だが、国益をそこなつ。自分が始末する。という。成程。だからここに案内。というと。実はこのメイステルは斬殺されたという人も。いる。へえ。朝、死体となり発見。とも。その前夜、さかんに紙をやぶる音を。それはヘンミーが。然り。都合のわるい書類を処分。では。ふうん、出島には書類がなかった。それも。然り、ヘンミーは重大な犯罪行為にかかわってた。幕府の隠密がつけてた。スパイだった。こんな説も。オランダのスパイだったと。だったら重大な犯罪、国益をそこなう。まさしくと佐藤。

*** 061005 源内犯人説、オランダ側の配慮
それでヘンミーを掛川宿で待ち伏せ。始末しようと潜伏中の源内が。話しの筋はとおる。どうですかと疋田にきく。さあ。以前、米屋の九五郎。だったら異人もと。成程、そう自分たちが考える。源内の評判をおとす。ひいては相良の評判もと。川原さんは考えたと佐藤。かも、幕府は銅3000斤を贈呈。慰労。かも。この墓は日本側が。不知だが、出島から費用がでただろう。というのは安政元年(1854)の大地震で損壊。すぐにオランダ側が費用を。以降、参府の際、立ちより、慰霊。明治維新後はあれたが、大正14年(1925)に日本側の寄付で修復、オランダ公使も。供養。成程。予想外だった。で、何かほかにと常世田。何について調査かと疋田。

*** 061006 北斎の出現
返答にこまる。佐藤が考える。追及は横道に。商館長の不審死の詳細。不要。浮世絵世界と無関係。だから源内が写楽と告白。わらわれる。正体さがしの話しを告白。無駄話をさせたと思う。申し訳ない。罪悪感。源内がここにきたのか。オランダ商館長の死亡にかかわりがあるのか。まあと佐藤。この点はどうかと常世田が疋田に。否定。江戸からおってきた隠密にきられたという人。幕府は目をつけた。ようだからと疋田。調査はこれで。佐藤が疋田にきく。浮世絵のことは。広重はすきだが。佐藤は北斎の研究家と常世田。北斎だが、言い伝えで、ヘンミーが死亡、この際、北斎が姿をあらわした。へっ。

** 061100 掛川、薩摩と密貿易
*** 061101 北斎も隠密、絵を手渡し、絵の詳細
本当か。然り。何のため。北斎も隠密の一人だった。ヘンミーを監視してた。ということ。成程。ヘンミーは北斎と付き合いが。自分のかいた絵を手渡し。どんな絵か。不知。詳細をしりたい。なら名古屋市立博物館の興絽木。

彼はかってここに調査で来訪。ほう。北斎は畳120畳分の紙に大達磨の絵。かく会を名古屋で主催。たしか文化年間(1804~1818)と疋田。しばらく考えて思いだした佐藤。ああ、たしか文化14年。北斎漫画の宣伝。へえ。北斎大画即書細図という記録。記録したのが高力種信という名古屋の絵師。名古屋市立博物館に。然り。ずいぶん現代的と常世田。否、現代人にない。大胆な発想。蔦屋仕込み。北斎漫画というのは全国 にちらばってる弟子のための、絵の手本。然り。ベストセラー。明治になってからも重版、弟子が絵を追加。するとそのイベントは弟子がふえてから。然り、大勢の助手がいるから。この後にすぐ名古屋にいった。とか。否。この事件よりずっと後。北斎は宝暦10年(1760)生まれ。という。寛政6年には35歳。ヘンミーの死亡、39歳。北斎大画即書細図、戴斗の時代で50代以降。文化14年なら。58歳。北斎はずいぶん有名。興絽木氏はその絵についても。しってる。だろう。博物館にあるか。ない。だろう。たぶんオランダ。

*** 061102 名古屋へ、北斎の家柄
翌朝、名古屋へ。隠密説は本当かと常世田。これは作家、浮世絵研究家の高橋克彦氏の説。相当の根拠。根拠は。北斎は武蔵国葛飾郡の生れ。地名から号。もとは川村。元浅草の誓教寺に墓。この墓石に川村。その墓はオリジナル。何。地震、空襲で移転とか。否。姓。侍。ということ。8代将軍吉宗の時、紀州から。薬込役とか馬口之者という子飼いの役人。17家。密偵組織を編成。川村家はこれの筆頭。成程。で、上から。お庭番、徒目付(かちめつけ)、小人目付(こびと)、隠密廻り同心。

1) 隠密廻り同心は江戸町奉行の支配下。水茶屋の娘が人気。高慢になった。こんなことまで。
2) 小人目付、徒目付は目付の管轄、お目見え以下の者の監察。役人の素行を調査。江戸城内の宿直、登城時の玄関の取締り、将軍お成り先の警備。諸大名、旗本などの内偵。
3) お庭番は将軍の庭先まではいれる。諸大名の動向を将軍に直接報告。格がたかい。外様の謀反、戦いに発展しそうな不穏な動き。大事の監視。

*** 061103 川村家、隠密説のいわれ、隠密活動、浦賀に
川村家は。お庭番の家系。北斎の次男が養子。徒目付に。という記録も。特殊技能。簡単に仕事につけない。ついたら、やめれない。北斎は着るものに無頓着。乞食と見間違い。日常。飄々として絵をかく。が実は隠密の仕事も。そういう説。ほう。引越しを繰替えす。世情調査。弟子が全国に。しょっちゅう全国に出張。戴斗時代。もう有名人だから。弟子志願が殺到。とおおい弟子。倒幕の動き、外様の藩。不穏な者、組織、豪商。北斎の頻繁な地方旅行、多数の弟子も情報収集に便宜。

成程、ヘンミーも北斎の監視下か。まあ。江戸の上層部から指令、監察報告。ということかも。ではヘンミーがずっと目をつけられてた。あり得る。ではきったのも北斎。まさか、北斎の剣術の経験は。それにお庭番、隠密。そんな派手な動きは。ただ情報収集。自分の印象、実際に隠密。だったとしたら晩年の動き。それらしい。ふうん、どんな。

モリソン号事件、天保8年(1837)に日本の漂流民をのせたアメリカの商船。漂流民を送還。通商の要求。浦賀に来訪。砲撃、追い払い。薩摩に。そこでも追い払い。北斎はその時、浦賀に。三浦屋八兵衛として滞在。何のため。これは明治に出版の葛飾北斎伝に。その理由は不明。どうやら三浦の隠れキリシタンとの関係をおそれた。らしい。連絡がとれるか。妖術をつかう。と信じられてた。で不審な動きは。なかった。らしい。この時、北斎は70代後半。情報収集。らしい。浦賀の真福寺にマリア観音。ここが隠れキリシタンの集会所。とか。ここに北斎は滞在。

*** 061104 名古屋の博物館、ヘンミーの変死、密貿易
名古屋。投宿、翌朝。博物館。興絽木。オフィスのソファ。何をと興絽木。文化14年、北斎がここ名古屋で大達磨の絵をかくイベント。然り。西掛院で。印刷物をもってきた。北斎大画即書細図。巨大な筆をふるってる北斎らしき人物。実物を見たいのか。否。以前にも。常世田がわってはいる。掛川で客死したオランダ商館長のこと。ヘンミー。幕府の監視下だった。然り、あり得る。何故。薩摩と密貿易。へっ。

** 061200 名古屋、北斎、隠密説、ヘンミー、シーボルトと親交
*** 061201 薩摩と密貿易か、幕府、薩摩、琉球、倒幕運動
死後、商館長が携帯してた手紙から発覚。という。今、手紙は現存してない。それは事実。然り。長崎に赴任した近藤重蔵が確認。とか。しかし近藤重蔵は寛政10年に江戸に帰任、最上徳内と蝦夷地探検にと佐藤。そう。では失礼と興絽木。掛川でヘンミーは死亡前夜、書類をやぶってた。という話し。そのようで。しかしのこってたと興絽木。で、薩摩への処分は。無し。事実上の容認。せざるを得なかった。鹿児島までの遠征は相当の費用が。まける危険も。幕府にと佐藤。かも、幕末の長州征伐みたいに。あやうい。で密貿易についてはうんざりするほど。

また幕府と薩摩の間には密約。中国とは上限。その範囲で黙認。そんな話しも。しかし文献史料がでない。さらに対中国といっても。本当は対琉球、対欧州。と薩摩は手をひろげた。では、野放し。どうやら。監視カメラがある現在。でない。厳密には。薩摩藩自身が自国領内の抜け荷商人に厳罰。

いわゆる享保の唐物崩れ。とかいう事件も。それはどんなと常世田。薩摩の坊津の密輸。摘発。ここは昔から三重県の安濃津、福岡県の博多津。三箇津(さんがのつ)の一つ。ここにおおくの外国船。難破、漂流をよそおって。それは鎖国令の以降も。然り。それで坊津は密輸の拠点。繁栄。土地の商人はおお儲け。密貿易屋敷。薩摩藩の利益に悪影響。享保の摘発で豪商が壊滅。それで藩自身が密貿易。藩財政を立て直し、備蓄も。それが明治維新の軍資金にも。でしょう。外国の最新兵器購入の資金。黒潮が最初にぶつかる地域、先進の外国商品。兵器も。では、出島も。

*** 061202 ヘンミーが薩摩と、後任はきらった、監視はつづく、北斎
オランダ商館も本国はフランスに併合、入港の船の制限、経営困難。薩摩との密貿易の話しにのった。後任の商館長、ドゥーフはきらった。ヘンミーの時代はやってたという。幕府は。うすうす。薩摩には疑いの目。で、証拠は。まあ、でも軍事行動には巨額の資金が。では監視は。そう。でも抜け荷はあちこち。

北斎が小布施の曹洞宗の寺で天井画。ああ岩松院の八方睨み鳳凰図。89歳、遺作となったと佐藤。あの時も新潟の商人が薩摩をつうじて、日本海回りで外国と密貿易。それで北信濃路界隈に幕府の隠密。跋扈。だから北斎も。一ヶ月土地に滞在。じっくり情報収集。小布施の豪商、高井鴻山邸周辺。ここからも北斎隠密説。ふうん。信州でもあったから九州まではと常世田。成程。然り。薩摩、巨大な密貿易専門藩。国内の需要を一手に。外様。関ヶ原以来、幕府はゆるしてない。なら罪悪感はすくない。やっぱり国をとじてると思ってたのは幕府ばかり。しらぬ間におお儲けの連中。そうかも。あの鳳凰の絵は退色がない。それは辰砂(しんしゃ)、孔雀石、鶏冠石。この鉱石は中国渡来と。150両とも。

*** 061203 北斎の西洋の知識、ヘンミーに肉筆画
他におかしなことはと佐藤。小布施の祭り屋台、これに北斎は絵をかいてる。背中に翼のある天使。欧州の教会の壁画のよう。これはやってよいのか。成程、われわれのしらないところで。輸入品にささえられてる。それでわかるのでは。佐藤さんと常世田。何が。相良のあの手紙。源内かどうか。不明。だが薩摩と密貿易。放置は由々しき問題。幕府に打撃。だから自分が掛川でオランダ商館長を始末。みせしめと。まあ筋はとおりそう。幕府もヘンミーの監視を。その一人が北斎。そうかな。ああ源内は北斎をしってたか。然り、どうですか興絽木さん常世田。北斎が監視。まあ。北斎がこの時、ヘンミーに肉筆画をわたした。本当か。然り。否、この時かどうかは不明。どんな絵か。風俗絵巻。江戸の町人文化をうつしたもの。ヘンミーは日本をはじめ本国、欧州に紹介したかった。ということ。彼も学位をもつ教養人。

*** 061204 それはオランダ、シーボルトにも、事件発覚
その絵はどこに。オランダ、ライデン民俗学博物館。ほう、それはよいのかと常世田。何が。幕府の隠密。国内の諸事情をもらす。国益に反しないか。でもそれは後世のシーボルト事件のほうが重大と興絽木。日本の侍の武具、鎧、兜、刀、槍、鉄砲、大筒。精密に彩色してかいてる。これを国外にもちだした。ほう。風俗絵巻とちがう。専門家が見れば武器の性能、ひいては軍の実力がしれる。これは第一級の軍事情報。たしかに、シーボルト自身の説明。ある日本の友人にもらった。迷惑がかかることをおそれてる。ことの重要性に気づいてる。シーボルト・コレクションは膨大。本国が買いあげ。ドイツもと佐藤。

日本家屋の精密な模型も。これは職人につくらせた。お茶の葉のコレクションも。紙の見本帳。ほう。和紙、 襖紙。布の見本帳。一種のタイム・カプセル。ともかくシーボルトのコレクションが発覚。つんだ船が長崎で出港待ち。台風の襲来。座礁。離礁できなくなる。禁制の品々が発覚、大騒ぎ。伊能忠敬の日本地図の縮図。北斎がかいたらしい武具の図。国防問題に発展。大勢がきびしい取り調べ。彼は日本に帰化を申し出。でも、結局、国外退去。しかし禁制の品々、大半がシーボルトに返却。だから国外へ。

*** 061205 北斎の絵提供、お咎めなし、北斎と二人との関係は
不思議な裁決。まあ結局はよかった。これで欧州に日本学が。黒船来航の際、シーボルトが日本のために尽力。再来日して外交顧問。われわれは当時の日本の製品が見られる。もう一つ不思議なこと。武具の絵をかいてわたした北斎に咎めなし。しらべられてもいない。そう。どう考えるべきか。隠密だからか。隠密がこんなことをやるか。興絽木がいう。そこまでしたから。ヘンミーもシーボルトも信用した。成程。武具の絵がどんな意味があるか。わかってなかった。かも。どうせ戦争用の装備。似たり寄ったり。デザインの差くらい。とか。町娘の服装をかく。おなじようなもの。とか。ながい間、戦争がなかった。鎧兜は男の衣裳。とか。しかし、それより自分が変と思うもの。北斎がどうしてオランダ商館長、シーボルトのようなえらい人に親交を。然り、当時は一介の町絵師。今でこそ世界的有名人。だが桂川甫周のような将軍つきの医師でも、杉田玄白、前野良沢、大槻玄沢でもない。こんな大物が短時間でも話しがしたくて長崎屋にいく。なのに北斎がこの二人にあえたのか。

*** 061206 北斎と二人の接点は
彼らは国賓。乗り物駕籠にのる。庶民にできない。江戸をうごく。大名行列みたい。監視されていた。民衆から隔離も。いわば雲の上の人。誰が紹介したのか。成程、当時の身分制では。街頭の似顔絵かき。杉田玄白、前野良沢、大槻玄沢の知り合いでも。紹介した。ならば西賓対語にあらわれそう。でてない。謎。有名だった。浮世絵師としてと常世田。シーボルトの頃ならあるいは。ヘンミーの参府した寛政10年には、北斎はまだ39。宗理の時代。国賓に。それほどの大物では。それにどんな理由でお目通りするのか。大物になった。としても蘭学と無関係。しかもお上ににらまれてる蔦屋の浮世絵師。国賓にあわせる理由は。桂川甫周などの大物の学者たち、この事実をしってたか。成程、しらかったような。秘密だったか。しかしシーボルトは北斎を日本の友人といってる。何故。どうして友人になれたのか。謎。

(上のおわり、下につづく)

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謎解き島田、龍臥亭幻想 [島田荘司]

(010000) はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

(020000) 森孝伝説
(020100) 森孝の出自、犬坊の別宅、お胤、お嘉、お振り、浜吉、芳雄
(020101) 森孝は備中藩殿様の血筋、犬坊の開発、別宅の建設
関森孝伯爵は旧備中藩の殿様、関長克の血をひく華族。明治になって間もなくの時代、森孝の本邸は新見にあったが、西貝繁村の森の中に杉里の犬房という別宅をもってた。この地には温泉がわいた。腰に持病のある森孝は湯治のための堂、庵をたて別宅とすることとした。当時は裏の山にある墓所とその上にある神社だけの深山幽谷だった。 たてたばかりは湧き湯のそばの湯殿とねるだけの一軒家があるだけだった。新見の殿様が別宅をたてたことをよろこび法仙寺も堂を造営した。伯爵に米や野菜をかってもらうことをもくろみ自分の田のそばに家をたててすむ百姓もではじめた。

(020102) 三日月百段の建設、湯殿、中庭、庵の犬坊の別宅
規模では本宅におよばないが別宅には風雅な趣があった。杉地をひらいてつくらせた敷地は広大な斜面となっていた。ここにながい右に迂回する坂があった。森孝はこれに「三日月百段」となづけ石段とした。のぼりつめた先に湯殿をつくらせた。坂道をとりかこむ馬蹄形の土地には花壇がつくられ、湯殿の手前から木造りの階段が花壇までおろされた。三日月百段の中途左手には石段にそって点々と庵がたてられた。犬坊とはこういう風流な石坂や庵など建造物群の全体をさす呼称であった。森孝の住まいはこの三日月百段の下、とっつきにたてられた。森孝は三日月百段をゆっくりのぼり湯にはいった。湯殿の裏には薪小屋がたてられてた。 使用人の浜吉という男はもともと樵。彼が周囲の林から木材を供給した。きりたおした杉を輪切り、斧でわった薪をたくわえた。これは芳雄というわかい男がやった。

(020103) 三日月百段と湯殿、趣味人の暮らし
森孝の別宅の表門は貝繁法仙寺や、さらに上にある大岐(おおき)の島神社にむかってのぼる山道にむいていた。湯殿にむかう三日月百段は家の裏手からはじまってた。表門から道にでて南にくだれば葦川にでる。その川べりには桜が並木をつくってた。森孝は凡人だったが趣味人であった。湯殿は杉や檜き、桐をふんだんにつかってつくられてた。木材は土地からとれるもので大半をまかなえた。このために大工や細工職人が津山、岡山からつれてこられた。これらの人は庭師とともに石段のそばに庵をひとつづつあたえられた。

(020104) 女中頭のお振り、妻のお胤、愛妾のお嘉、使用人の浜吉、芳雄
森孝は無類の 犬好きで庵のいくつかは犬のためにしつらえられた。明治の大変革のなか一家をついだが中央政府から重用されなかった。時流にのって財産をつくる才覚がなく、趣味人として生きるほかなかった。なすすべもなく時代にみすてられて徐々に財産をへらしていった。犬以外に森孝が愛したものが女だった。避暑にむいた土地であったから女中頭のお振りと2人の女中、使用人の浜吉と芳雄、そした妻のお胤、その娘の美代子、愛妾のお嘉をつれてきた。家族や家来衆は三日月百段の庵を一軒づつあたえられ、すんだ。

かってはもっと多数の愛妾をひきつれ、別宅の庵においたが、財力のおとろえに比例して使用人も家来もさっていった。しかし気にいった側室を手ばなす時は夫を見つけ犬坊の姓をあたえて村の集落においた。さらに一定の権限をあたえて小作農を属させた。自然、集落に犬坊という姓がおおくなった。

(020105) 女中頭の権勢、森孝を軽視
女中頭のお振りは父の側室であったが褥(しとね)辞退のあと女中頭となった。よく気がつき料理のうまい女である。いよいよ経済的に逼迫したので親戚筋があつまって、新見の本宅を手ばなす。森孝は別宅、犬坊にすむ。親戚は貝繁の田畑をつけ、生活の糧を確保してくれた。余裕のなくなった森孝には妻、お胤と側室、お嘉の二人以外いなくなった。お嘉への愛着はつよかったのでお嘉は犬坊にうつりすむことをいやがらなかった。しかしそこには60をこしたお振りが御後室樣とよばれ飾り物となった森孝にかわって全権をふるってた。一家の誰もがお振りの顔色をうかがった。犬までおおいに尻尾をふった。これはおそらく親戚の配慮だったろう。放蕩者で見栄っ張りの森孝にまかせられないと判断した。使用人は森孝の命令を露骨に無視したが、実は何も仕事をしてない森孝に命令することがない。きいても仕方がないという実情の裏返しだった。

森孝をかろんじる極はお振りの日常の態度であった。他愛ない話しを長々とし、いつも笑みをうかべてた。それは冷笑にちかかった。しかし世話係としては完璧で、妻よりはるかに気がきいた。その妻も森孝には癪の種だった。もともと美作の大名家につながる血筋であり、しつけ、読み書き、琴、儒学も充分おさめ、美形の誉れがあった。それだけに気位がたかく、他聞をはばかるが褥の欲求がつよかった。わかい頃の森孝ならともかく、犬坊に移住した40すぎ、めっきり能力の衰えがみえてきた。予想もしてなかったが、自分を満足させないとの不満をあからさまにぶっつけてきた。要するに経済力のおとろえとともに、女たちとの関係も危機をむかたのである。

(020106) 女中頭と 妻の連合、若い使用人の存在
ところでお胤とお振りの仲はきわめて良好だった。時には森孝への連合軍として対抗した。琴の教養があるお胤はお振りにおしえた。もともと能力があったのだろうが、めきめきと上達していった。森孝はそれをみて劣等感にくるしんだ。森孝は使用人の芳雄が気になった。お胤や、お振りがこの20代の若者に目をかけすぎるように思った。身長はたかくはないが女のような綺麗な顔をしてる。筋肉質で俊敏である。

(020107) 愛妾、お嘉、森孝の衰え
目にいれてもいたくないほどかわいがってるお嘉が、またお振りとうまくいってた。これは老練のお振りがうまくお嘉をあやしてるようであった。無為な森孝は最後の愛妾とお嘉をかわいがったが、40をすぎたお胤には女を感じなかった。一日中一言も口をきかないこともあった。ある日、犬の鳴き声がきこえない。不審に思ってお振りにたずねると、すべて村の犬坊にさげわたしたという。ここには犬にくわせる食べ物はないといった。犬の世話もせずただ頭をなぜるだけの愛玩であったが、犬がいなくなって予想外の寂寥感におそわれた。今はただお嘉だけが愛情の対象となった。

(020200) お胤と芳雄
(020201) お胤の企み、芳雄への好意
9月の霧雨がふってる日。芳雄が湯殿の前から花壇の中庭にかかる木造り階段をおりようとした。そこに声。とまれとお胤。階段をおりるな。最近おりたか。然り。きしんでた。成程、昨日、下からあがろうとして踏板がはずれそうになった。危険だからやめるように。浜吉にもいえと。では御前樣にも。否、自分がすでにとお胤。綱をはってはいれないように。否、不要。風呂は誰が。浜吉がたいてる。傘がないのか。否、今は不用。この傘にはいれ。遠慮。強引にいれる。洋巾で雨水をぬぐう。遠慮。傘がないならあげる。あとで部屋にくるように。芳雄は雨の中に。

(020202) 森孝の骨折、寝たきり生活
翌日 、森孝がこの階段から転落。足を骨折。浜吉が見つけ女中が村に医者をよんだ。不在で津山から馬車で医者がきた時には森孝の足は緑色に変色。重傷、壊疽で命が危険もと養生をすすめた。それから1年、母屋の自室の布団にほぼねたきりの生活。退屈をなぐさめるため外出用の運び手のついた寝台をつくった。森孝の声がかかると浜吉と芳雄がやってきた。かついで三日月百段をのぼっていった。怪我をしてからすべての仕草が老人となった。話題がなくなりお嘉はこなくなった。お胤とお振りがきても会話ははずまなかった。孤独な境遇になった。

医者はあるけるようになるが、ぎくしゃくした歩き方となるといった。芳雄も胸がいたんだ。お胤が森孝に何故いわなかっかと疑問をもった。

(020300) 密会、骨折の真相
芳雄が湯殿の裏で薪割り。声。お胤。芳雄にちかづいて誘惑。おどろく芳雄。さらにちかづく。土下座をしてにげようとする。森孝にころされると芳雄。感情のたかぶったお胤は強引に芳雄を薪小屋につれこむ。また関係をもった。お胤がいう。自分を裏切るな。証拠に入れ墨をする。森孝骨折の真相をもらす。自分を満足させない森孝への不満をのべる。剣の道をおさめて自分をまもれという。

(020400) 森孝義足、お胤の復讐、惨劇
(020401) 右足切断、義足、お嘉が実家に
それから1年。右足首の腫れがひどく、臑は黒色に変色。体調も不良。眩暈。医者も首をかしげた。ついに右足を切断。義足となった。お嘉が里にもどり離縁状態となった。これで森孝は右足だけでなく正妻以外の女をすべてうしなった。お振りはお胤の不倫をしってしらぬふりをした。これでお振りの権力は絶大なものとなった。

(020402) 密会現場へ森孝乱入
四月、密会のあと、湯殿裏の路地でお胤は芳雄に大胆にも接吻した。川沿いの夜桜を見物にいこうといった。罪悪感にたえかねて二人でにげようといった。お胤がそれをわらった。知恵がたりないといい、もうすこし辛抱すれば森孝は死に家屋敷は自分のものとなる。親戚の目も障害でない。家屋敷を売却した金をもってにげればよい。森孝はもうすぐ死ぬと断言した。お振りには金をにぎらせればよいといった。

湯殿の陰から異様なものがあらわれた。あっと芳雄。大声とともに鎧兜をつけた森孝がちかづいた。裸の芳雄を見て、何という醜態と。土下座する芳雄。あるけたのかとお胤。その格好は。不義者。あるけぬふり。お胤への復讐。だましたなとお胤。馬鹿者。にげる芳雄。にげるな芳雄とお胤。御前樣は毒を。刀がある。お胤は小屋にもどる。抜き身の刀をもって、また芳雄とよぶ。目の前に森孝。うちこむ刀は兜にめりこむ。刀をはなし花壇の方ににげだした。

(020403) 芳雄の両腕切断、お胤の生首
森孝はまず芳雄をおう。裏山ににげた芳雄は不運にも切り株につまづき足を骨折。転倒。土下座してる芳雄に刀を。左腕がころがった。肩から血がふきでた。もがきながらたちあがった芳雄に刀。右腕がおちた。次に三日月百段をおりてゆくお胤をおった。鎧兜をぬぎすて、痛みをもものともせずおう。下着でにげあぐねるお胤においつき、襟首をつかまえた。その時、義足がとび二人がもんどりうって転倒。もがき、あがき、やっとのことで森孝はお胤の首をきりおとした。生首を目の前にもちあげ、やがて心の底からわらった。

(030000) ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。


龍臥亭幻想 上 (カッパノベルス)

龍臥亭幻想 上 (カッパノベルス)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2004/10/20
  • メディア: 新書



龍臥亭幻想 下 (カッパノベルス)

龍臥亭幻想 下 (カッパノベルス)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2004/10/20
  • メディア: 新書



(040000) 第一章 最初の死体、行き倒れ死体
(040100) 2004年1月、第1日、再会、森孝事件、死体の行方、犬坊別宅の歴史、現況
(040101) 森孝事件の後日譚、森孝、芳雄の行方
森孝の伝承をききながら小説家の石岡和己がいう。それから。母屋に放火と日照和尚。この和尚は龍臥亭事件で登場した和尚のあと。この人が先代の娘の夫。先代はすでに死亡。事件から8年、2004年である。成程。前途を悲観。三日三晩もえた。では庵は。ほとんどもえた。ただし湯殿はのこった。母屋は丸焼け。焼け跡からお振りの死体。やっぱりお振りは殺害か。然り。女中衆は。逃走。森孝の娘は。女中が新見の関に。無事に。成人。でも芳雄の子といわれ、消息不明。成程。石岡がいう。

8年前の龍臥亭事件、その前に都井睦雄事件、その前にもこんな大事件。この地は祟りの地。何ともまあ、ひどいことと二子山一茂。でも明治のあの頃はまだ江戸時代。密通は斬首。男の勝手な論理ではと加納通子。女性軍の意見に警戒心。そばにいたユキ子に学年をきく。中一。犬坊育子にきく。殺したのは不可。当時の慣習と日照。石岡は、現在、法律家をめざしてる犬坊里美の意見をききたいと思ったがまだ到着せず。森孝の骨折を細工したとユキ子。然りと二子山一茂。毒もと日照。それから森孝の行方はと石岡。不明。自決か。かも。しかし死体はでない。ええ。伝説では山の中。鬼、仙人。でも山の中。血をはいて、片足、こわれた義足で可能かと石岡。然り。へえ。森孝の消息は。もう無し。芳雄はと石岡。死体がでない。ええ、本当。天狗がかくしたかも。

(040102) 神隠し 、天狗の力、かくす人たち、村人か
天狗。然り。ここは霊場。大岐の島さんが毎年礼拝をして、あるくから。本当か。サイキック(霊能者)だから。江戸時代に天海僧正という人。祈祷所を南北に設置。礼拝。すると。天海の東照宮という宗教は呪術。調伏、人を呪いころす。はあ。天海がのろておがむ。すると。この南北の線上にいる人が空の方にとんでゆく。本当。自分はしらんがそうと日照。この土地はのろわれてる。神の力が必要と育子。通子も同意。死体がよみがえってうごく。本当か。だから森孝も芳雄の死体もきえた。でも腕は。あった。二つとも。地面に。ではそれは大岐の島さんのやったことかと石岡。まあそう。だが今は詳しいことは。だったら芳雄は死亡。だから法仙寺の者がうめて墓をつくった。誰かがかくしてやったと坂出小次郎。何故。死体がきずつけられる。へえ。新政府寄りの者なら森孝の死体をきずつけるかも。でもどこにかくすと二子山。だからうめた。成程。坂出はすでに80代だが依然矍鑠(かくしゃく)。では誰が、お振りは死亡、女中か。育子、通子は大勢の村人がいる。その中で不可能と否定。然り。男も同様に不可能。事件後すぐ、駐在、村の人が現場に。然り。みんな。すぐ。夜明け前に。音もしたから。黒山の人だかり。夜明け前、まだ深夜だったが。

(040103) 浜吉か、元は樵
その時点で森孝の死体は無し。二人は無し。あったのはお振りとお胤だけ。二人はどっかにいった。どこ。新見の本宅。無理。だがここに幽霊がでる。ならいけると坂出。天狗も幽霊も信じない。人。それは誰。成程、死体をうめてる時間はないと石岡。浜吉は。消息不明。どこか広島。岡山。このあたりなら、わかるはず。浜吉だろうと坂出。勝手しった使用人のはず。成程、芳雄の仲間だから。育子が死んだ両親の話しとして。浜吉の道具がよごれのないままあった、という。一同沈黙。だから山中に失踪と育子。世間の目からかくす。警察が徹底調査。なら大仕事。山の中でも下草の様子で。うめるなら腕も一緒と石岡。両親の話しでは、そんな知恵のある男でなかったと。どんな。すこし知恵遅れ。成程。山狩りはと坂出。したときいた。それも総出。で、何も。然り、何も。焚き火の跡、血の跡も。無し。猟師、樵は。いたときいた。不可解。何が。猟師、樵は山を熟知、見のがさない。戦争中、山中を行軍する時は猟師をやとう。深手をおった人間の追跡、一番わかる。成程、するとどんな結論。どっかの穴にひそみ死亡と坂出。穴がここ、龍臥亭か。芳雄の場合、現場から10メートル内にあるか。そんなのはないと育子。

(040104) 隠蔽の方法は、村の生活、寺の役割、不可解、犬坊別宅の転売、現在の状況に
石岡がいう。これは二つの死体がきえた。それが問題。然り。隠蔽の方法は他にも。例えば、ある村人がまず納屋に。次にひそかにうめる。否。村の生活はオープン。他人の家にもはいる。だから無理。相互監視、浮気も無理。それでも夜這いか。百姓にとり春は仕事がおおい。そんなことは無理。成程と石岡。それに動機がない。犬坊の殿様は雲上人。百姓がそんなことはしない。では法仙寺の人にとっては。かくす理由無しと日照。死人の名誉をまもるためにも。やるなら余程のこと。今とちがい村の生活にとって寺は大事。信用をなくすことはしない。成程。社寺は行事の中心。境内に村人が出入。寺の本堂で集会。日照は村の監視下。まして春、行事がおおい。育子がいう。かくすならお胤。裸体で斬首。身分のある女に最大の恥辱。成程、不思議な話しが。ここにあったんだと石岡。森孝の死亡後、誰の所有に。

しばらく新見の親戚の管理。荒れ放題、怨霊の棲み家。それから。大正になって犬坊のうちの金持ちが購入。では先代。否。先々代の吉蔵。都井睦雄の襲撃の標的の人物と石岡。然り。金貸し、女好き、三日月百段を修繕。でも本格的には先代、秀市。成程。趣味人、堅物。育子の父と石岡。父は杉の里、さらに琴の里に。それから昭和もだいぶおちついた頃。昭和27年(1952)に工事。自分の誕生年と通子。三日月百段は廊下と一連の庵に。廊下の下にはまだ石段がと石岡。ある。建物全体を竜に見立て。龍臥亭は。秀市の命名。湯殿の前の石段は。その時の工事。湯殿は。あたらしい木材でつくりなおし。設計の基本は森孝当時のもの。閉鎖は平成2年(1990)、オープンが昭和27年(1952)。父は平成5年(1993)に死亡と育子。以上と日照が石岡に。

(040200) 第1日、櫂、日照、巫女の失踪、恋人、神主、事件詳細
(040201) お手伝いの櫂、再会の経緯、再会者の紹介
櫂という名の女性が登場。電話。日照が櫂を石岡に紹介。斎藤櫂という。小柄、小肥り。50代なかば。日照がいう。何をつくてる。炊込みご飯、冷凍の鯖、漬物。手伝い。然り。旦那が死亡、暇。この厨房はひろいと石岡。然り、だから面白い。松子が死亡、ここ人手不足と日照。突然、痛い。足の先に血がかよわないと日照。袈裟の下から足。足首あたりが浮腫。血行障害、森孝みたい。里美が今から伯備線にと育子。一同成程。石岡がきく。郷土史家の上山評人先生は。元気のよう。石岡は龍臥亭事件から8年ぶりに来訪。関係者が集合することを里美からしったから。多忙でない新春の一月が好都合。やってきたら雪景色。例年以上に多量。

集合者は、神主の二子山一茂、岡山の坂出小次郎、加納通子、ユキ子、それから龍臥亭の犬坊育子。これに里美が。当時、龍臥亭にいた料理人はいない。手伝いの娘たちもいない。松子は死亡。犬坊行秀、一人息子は今は広島で公務員。おおきな家に育子が一人。そこに近所で一人暮らしの斎藤櫂が手伝い。里美の父、犬坊一男は事件で死亡。二子山一茂の父の二子山増夫は死亡。結婚、子ども、子煩悩。夫人も巫女。神主の代理ができる。だからここに二子山一茂がこれる。夫人はフランス料理の達人。だからふとった。

(040202) 日照の紹介、二子山との関係
ユキ子も身長がのびた。通子、育子はかわらず美人。初対面は日照。人懐こい性格。元、岡山、津山で製薬会社に勤務。二子山との仲は良好。仕事の分担が明確。ぶつからない。季節の行事も分担。龍臥亭の集会は同窓会のよう。楽しい。石岡はまたここで奇怪な事件に遭遇することになる。二子山が四駆で里美を出迎え。大学時代、ラリー同好会。運転が得意。他方、日照は免許はあるが不得意らしい。

(040203) 神社での失踪、その状況、神社の参道、参拝の車列
さっき死体がよみがえってうごいたが、大岐の島神社では人がきえたとか。日照は躊躇。櫂は厨房に。坂出がこたえる。どんな。人がきえた。死亡か。まあ生死不明。誰。巫女、神主、菊川のところの。大瀬という。去年、10月15日、秋の祭。失踪かと石岡。否、きえた。煙のように。どう。男と失踪かも。男はきえてない。いる。里に。この男もきえたという。ぱっときえたと。どこで。本殿。罰当たりと二子山。二人がわかれ、山をおりたのでは。否、不可能、秋の大祭。新嘗祭、五穀豊穣の。その時は大岐の島神社の山の周囲をぐるりと氏子がとりまく。とりまく。然り、神社は頂上。その周囲が下りの斜面。その斜面にはいっぱいの杉林。最近、神社の周囲を伐採、車の駐車場。下から斜面を螺旋状に車道。それは龍臥亭の道をのぼってゆく。と、この車道につながる。つまり大岐の島山の道はその山のまわりをぐるぐるのぼる。蚊取り線香。で、道は。てっぺんの神社とその周りの駐車場に。大岐の島山というのはと石岡。

(040204) 沖ノ島に見立てた神社、神事、祝詞、太鼓
この山を玄界灘の沖ノ島に見立て。これは朝鮮半島にわたる中途。海の守り神。この島全体が宗像大社の境内。この島からは草木一本持ち出し禁止。島でした話しは陸で一言ももらすことをゆるさない。はあと通子。それでこのあたりを玄界灘、この山を沖ノ島に見立て。成程。幕末には維持が困難。森孝がきて、宗像大社の神職がきて、今の大岐の島神社。自動車の時代に駐車場を。コンクリートで。杉は神木。伐採禁止。

(040205) 新嘗祭、駐車場は車禁止、神殿で祝詞
で、新嘗祭とは。神社への道に車。去年の秋もびっしりと。車中に人、参詣に。どうして、駐車場は。あける。ここで神事。へえ。車の中に、ずっと。新嘗祭は農家だけでない。商人にとっても商売繁盛。車をふくめての商売繁盛。だから。

神事がはじまる午後の5時までの1時間は神主が神殿で祝詞。氏子は車中にとどまる。4時から5時。車中で祝詞をきく。きこえるか。太鼓の音ぐらい。祝詞中。はじまって、どーんどん。祝詞、またどーんどん。つまり。山のぐるりに人が。大勢。びっしり。氏子たちに見られずにおりる。不可能。螺旋状なら、この道の間を螺旋状にくだる、というのはと石岡。否、螺旋状の道にはさらに道が付設。ここをつかって上の道に連絡。上にもどるための道。この道にもびっしりと車。

(040206) 失踪時の現場、神事奉納の詳細、烏帽子に鉄の角、巫女の仕事
5時になると氏子は車をおりて徒歩。熊笹をつっきり頂上に。そういう約束事。だから不可能。で、その娘はいつきえた。4時すこしまえまで神社で彼氏とあってた。氏子が神社にのぼってきた時、きえてた。神社の建物の中に。否、氏子の中から警察官。すぐ調査。全部、神域にははいれない。否、全部、菊川も箱の中、米櫃、畳の下。地下室は。ない。屋根裏は。見た。その上は。見た。ほう。これが本当の神隠し。成程。穴ほってうめる。時間は。ない。皆セメント。あとは熊笹。物置のスコップはきれい。氏子はそれから。駐車場の神事の奉納を周囲で見まもる。何。社の周囲をぐるっと、ゆっくり弓をもって。社の前の的に。矢をいる。ほう。二子山がいう。烏帽子、白装束、頭に鉄の角。どういう意味と石岡。タタラ信仰らしい。摩多羅神、八幡神。金属全体の信仰かな。荒ぶる神。軍事宗教。それが新嘗祭。神社ごとにいうことが区々。で、その日もやったかと石岡。やった。巫女がいないのに。やった。で、彼氏は。姿は見られたか。4時にかえったという。目撃者はいる。何してた。男女の行為。成程。家では。両親の家。できない。ふうむ。彼氏、黒住が祝詞がおわる頃、自分の家から穀物をもってきた。そこで真理子がいない。穀物。然り。宗像にお礼奉納。その日に。神事の後に。不思議。巫女はどんな仕事と石岡。矢をもってあるく。とこれが今回いない。変と気づいた。

(040207) 恋人の証言、逃亡の可能性、死体隠蔽は
黒住は何と。いつも通り。わかれる時は。バイバイ。菊川は何時しった。祝詞をよみおわった頃。5時前。そろそろ神事とふりむいて。祝詞に巫女は。不要。祝詞をよむ水聖堂に女子は、はいれず。神主は結婚。してない。まあ、太鼓は自分でたたく。天候は。雨。そうか。霧雨。道にはずっと車が渋滞。よく見えた。否。霧雨だから。くらかったか。否、10月の午後4時過ぎ。でもぬれてた。然り。びしょびしょ、上の方は未舗装。4時から5時まで神社から人は。でてない。本当。然り、黒住をのぞいて。出入りの業者、氏子は。そこに変装してたのでは。ない、人は一人も。神事は神とあうこと、そこに人とあう約束は。いれない。では、どういうこと。あれから3カ月。でてないのかと石岡。神主の菊川は何と。スソンダンのハルモニだから、きえることはあり得る。何それ。韓国の西海岸、竹幕洞の水聖堂という社。これが沖ノ島の守り神と共通。この神は女神、スソンダンのハルモニ。この人は水聖堂に。壁や屋根裏をとおりぬける。そんな馬鹿な。さっきの話しではこの神主は霊力で空に人をもちあげる。そのための布石をふだんからうってた。否、それは天海のこと。4時から5時まで定期的に太鼓の音がきこえてた。ほうと石岡。

(040300) 第1日、夕方、里美登場、行き倒れ、伊勢、死体収容
(040301) 里美到着、行き倒れが、ナバやんか
玄関で声、育子と里美。やがて居間に。一同挨拶。ユキ子、通子に挨拶。石岡に挨拶。1年半ぶりの帰郷。日照が声。ゆっくりして。でも大変、途中で行き倒れを発見。誰。男。ナバやんか。貝繁の東、峠までのぼる坂の途中にと二子山。行きは不知、帰りに発見。誰。村で見かける人。とっくに死亡。どうする。男手あつめて引き取り。ホームレスかと石岡。日照が育子に連絡の電話を依頼。二子山、日照、石岡の三人が出発。遺体は凍結。

(040302) 遺体の現況、遺体の化粧を伊勢に依頼、軍で研究、遺体の収容
斎服をきるか。否、大袈裟と日照。いそげ、陽がおちる。里美がきれいになった。タレントなみ。弁護士に。らしい。顔を見たかと日照。ちらっとと二子山。ポーズは。大の字。車にはいるか。何とか。死体の化粧をやってくれる伊勢が何とかしてくれる。誰、その人。薬局経営、今、息子にゆずってる。昔、軍隊で死体研究をやってた。軍、日本軍、研究はどんな。詳細は不知だが、戦場でちぎれた手足をつける。時には他人のものをつける。できるか。死体につけてととのえるのかと石岡。否、いきてるの。へえ。軍の秘密研究。もう60年、でも秘密かと石岡。研究所は浜松、毒ガス、殺人光線。原爆も。そこで死体の研究。ふうん。

雪中の死体をほりだす。やはりナバやん。車の後部座席半分をたおす。そこにのせた。

(040400) 第1日、夕方、法仙寺に収容、死体の処理、森孝の鎧兜、魔王伝説、村人の信仰
(040401) 法仙寺裏から本堂に、大広間、伊勢
龍臥亭をすぎ法仙寺の山門に。階段が積雪でスロープだった。ずっとのぼり本堂の裏、墓場に。急坂をのぼり左にはいる。杉林。石岡が周囲の杉を見あげて感嘆。間伐は。しない。間伐とは。日光をいれてはやく、そだてるため間引き。ふつう樹齢30年ほどでどんどんきる。林業作業士が。ここは。10年から100年。下の枝はきりはらう。だから枝は上の方だけ。これでのぼれるかと石岡。さらにすすむ。左下に寺の明かり。人がいる。だから伊勢。くだり、墓の端に。三人がおりる。日照が先導。本堂の裏口。裏の引き戸。中には いる。奧の障子をあけると大広間。白髪の老人がすわってる。

(040402) 本堂の地下、霊安室
これから遺体を地下にと声をかける。階段をおりる。陰気な部屋に木の棺と手前に木製の台。その上に。白いタイル敷のスペース。2メートルほどのホース、水道の蛇口。納棺前に死体をあらう場だった。伊勢がやってきた。キャンバスシートをはいだ。ナバやん。行き倒れ、凍死。日照がいう。体をあらって、棺におさまるよう。檀家の寄付の衣類がある。もしあうのがあれば、それをきせて。キャンバスシートをたたむ。三人が部屋をでる。博物館はと二子山。石岡に見たいかときく。隣りの部屋のドアをあける。

(040403) 資料室に骨董品、古文書、槍、刀、鎧兜
紋章がついた箱、白木の箱。壁ぎわにつまれてた。中に書画骨董、掛け軸、古文書。ほかに槍、刀、猟銃もあるらしい。見事なコレクションと石岡。否、ただ自然にあつまっただけ。一家がたえたような時に。家宝を寺に寄贈。当人の生前の意志。価値は。中には。この写真は。孫文。隣りは資金援助の日本人。誰。梅屋庄吉。奧に金網。中に甲冑。くろい櫃の上にすわってるような置き方。あの甲冑は。問題の甲冑。何。森孝のもの。へえ。当時、龍臥亭の庭に点々と。火事の後、村人があつめ供養のため寺に。実物が。ここに。然り。当時のまま。然り。芳雄の血、お胤の血をすってる。ふいてない。石岡がちかづく。兜の下に面当、表面にびっしりと髭。縦にわれてると石岡。事件当日はつけてない。火事場からでてきた。われてた。糊で修復。ふうむ。片足。然り、右足がない。脛当てがない。あの箱は。ちがう。本物は火事でやけた。それって。然り、脛当てをのぞいて。でも、胤の斬首の時は兜と胴ははずした。この後、 家中を放火、そこでぬいだ。それがのこった。成程、それらが金網の中に。然り。金網にいれたのは。

今は簡単にはずせるが、昔は厳重にカバン錠。何故。伝説、吹雪の夜にあるきだす。悪い人をこらしめる。本当に。見た者がいて大騒ぎに。鎧か。否、中に死体、森孝がのりうつる。だから片足の死体。死人か。然り。怪談だ。どこへ。森孝が芳雄とお胤をうらんでる。女で問題をおこした男のとこ。女をもてあそんだ男のとこ。

(040404) 昔、社に甲冑、森孝の写真
実例は。きいた。鎧がうごいた。中に死体がははいってた。子どもの頃の話し。はあ。馬鹿な。まあ。ここから。否、さっき車をいれたあたりに、ちいさい社があった。当時は神仏習合の時代。寺の裏に鳥居。社。中に網にかこまれた甲冑。そんなとこに。然り、だから皆は森孝さんとよんでた。かって亭主の浮気にくるしんでた女房がおがんでた。あまりいわれるので、こわしてここにうつした。こういう言い伝えに興味が。あると石岡。日照が和綴じの本をみせた。森孝魔王のタイトル。この話しは年貢米のある江戸時代。実際は明治の初期。森孝の顔を。みたい。木の箱からガラスのかかった額をだした。変色のはげしい白黒写真。わかい頃のもの。二子山が空腹を。吹雪のおそれ。龍臥亭に。伊勢は。不要、仕事中は食事せず。専用の寝場所もある。携帯の番号も。問題ない。

(040500) 第1日、夕方、寺から龍臥亭に、司法試験の合格
(040501) 二人が先発、日照が後発、龍臥亭に
日照は2人にスコップをわたした。これで雪掻き、龍臥亭にいけ。自分は頭をそってから。成程。ナバやんの名字はと石岡。不明と日照。ずっと。この村に。何をしてた。田んぼ、薪割りの手伝い。山中に小屋をたてたが、おいだされた。二人は石段の雪をわけてくだっていった。石岡は日照の足を心配して雪掻き。しかし二子山は大量の雪にあきらめ。

(040502) 里美をかこみ懇談、司法試験合格
やっと到着。龍臥亭の敷地内。玄関にはいる。ユキ子がお土産のブレスレットをみせる。にぎやかな挨拶。日照は。後から。死人は。ナバやん。居間から奧の広間に。坂出、端に見しらぬ若者。雪は。膝上。里美の土産。二子山が布袋の置物。坂出がボケ防止の石の玉二つ。通子がボディローション。石岡にカエルの置物。育子に買い物袋。里美から報告と育子。司法試験に合格。声声。村からはじめて弁護士。囲む会。会長は坂出。否。日照。ひとしきり話題がはずむ。里美が自信がなさそう。先輩と比較、自分は駄目とあきらめたことがある。祝杯をあげる。

(040600) 第1日、夕方、黒住が石岡に依頼、事件の経緯、殺人、死体隠蔽、処理
(040601) 日照合流、恋人、黒住が石岡に、真理子の死
日照がきた。頭が青々。里美を祝福。横の青年が声。石岡先生。然り。黒住という。大岐の島神社のきえた巫女の。ああ、やっとわかった。育子が紹介しようとちかづいたが、紹介ずみと。で、石岡がいう。結婚の約束は。した。まだ結納は。大切な恋人だった。成程、で、最近の進展は。無し、でもこのまま謎のままでは。決着をつけたい。で、自分はどう考えてるか。真理子がいってた。自分に何かあれば。それは事故でない。事件。つまり。真理子の意志できえたのでない。成程。

(040602) 警察と神主菊川、黒住が失恋、否、真理子の家庭の事情
警察は。自分、黒住がふられたという考えのよう。で。それはない。成程。あの時、真理子はわかれる直前、またすぐあおうといった。心からの言葉。で、仕事は。百姓。成程。真理子は男にもてる。黒住にあきたと菊川がいったとか。それは嘘。真理子も黒住がすき。然り。とやかくいいたくないが。信じてほしい。自分と結婚と真理子の方から。自分からきえる。はずない。つまりきえたら事件といってたのかと石岡。だから、しらべてと。ふむ。自分は一生懸命に。しらべて、で。わからない。どのように、時間の余裕もないのに。真理子は身の危険を。然り。以前から。具体的に。沈黙。ここではいえない。では石岡の部屋で。あう。然りと石岡。家にもどる。必要ない。携帯で連絡済み。どこかに監禁は。あるかもと。でもない。そんな場所ない。ふむ。神社は毎日人の出入り。3ケ月もたった。10月15日は雨。然り。4時前にあってた。然り。かわった様子は。無し。バイバイと。いった。それはすぐにあおう。5時にという意味。あえるか、話せるかと石岡。はなせない。神事につきしたがうから。それを見るつもり。成程。それがおわれば可能。でも、もういなかった。然り。この後、彼女は家に。車でおくる予定。

(040603) 巫女はバイト感覚、実家には借金、でも結婚の決意
巫女には特殊な資格は。無し、バイト感覚。特殊な教育、トレーニングは。ない。普通の子。神社にいったら菊川にたのまれた。家は。百姓。で、両親は心配でしょう。否、いない。家には祖父と祖母。事情があって。どんな。ここは不適。失踪がわかったら。どこまでも、外国までもおいかける。まあそうでしょう。意を決していう。別の男と結婚するというなら男らしくあきらめる。彼女の家は特殊な事情があるから。ふうん。自分の母は反対。祖父母に相当の借金。でも真理子は可愛い。自分に母親ともうまくやると約束。だからだまって失踪するはずがない。母親の反対は説明すればすむ。そのことは真理子にいってた。

(040604) 真理子が自分の意志で失踪、否
あの大勢の氏子に見られずきえる方法ない。絶対に。然り。警察はすぐ。調査。氏子の中に警察官。すぐ、トイレ、浴室、床下、物置、などと。他にありそうなところは。無し。地下室は。ない。では、これは万一、真理子が自分の意志で身をひそめ皆の目をのがれようとしたら。ない。これは仮定だが。でもない。というのは神事奉納の後にみんながあがって広間で食事。警官はこの時、調査。成程。氏子の何人かは警察官と一緒。自分も梯子をかけ屋根の上。神殿は銅葺き、角度も急。 真理子を最後に見たのは。4時の7分前。物置の裏の軒下のところ、沖津の宮の北側。外で。然り。立ち話。中でない。そこでバイバイ、あとで。雨の中にでて神殿の方に。傘は。もってない。自分にかしてくれたから。では、それから神殿の菊川にあってるはず。然り。では最後に真理子を見たのは菊川。然り。神社の中にほかに人は。いない。菊川と真理子の二人のみ。菊川は。4時になったら袴はけ。それから水聖堂に。祝詞を。だからその後の真理子は不知。5時5分前に神殿をでたら不在。家にかえたと思ったといった。で、最後にわかれた場所は。水聖堂にゆく渡り廊下。巫女の衣裳は。まだ。衣裳は後で発見。するときる前にきえた。然り。でもジーンズはいてた。何。だからジーンズをぬいで白の着物をきて、しかし袴をはく前に。きえたということ。白い着物は。きえた。それで人前に。でられる。ふうむ。黒住は。雨の中、小走りで帰宅。

(040605) 殺害の可能性、では死体の隠蔽、処理は、不可解
徒歩。然り。真理子の服装は。普通のライナーとジーンズ。いいたくないことだがと石岡。真理子が殺害されてたら。覚悟してる。穴をほってうめる場所は。ない。あの敷地はセメント。床下は。石がびっしり。成程。はがしたらわかる。敷地の周囲の斜面は。熊笹。で、場所は。無し。警察、自分も。警察犬も導入。みだれは。まったくなし。さらにほってうめる。そんな時間ない。スコップも。きれい。ふうむ。わかれたのが3時57分、祝詞。その途中で太鼓。最初の太鼓は。4時5分くらい。成程。その後は。15分おき。3回。たたく人は菊川のみ。のみ。うち方は。特殊、神職以外は無理。おそろしいことをいうがと石岡。体をこまかく、骨はくだいてトイレにながす。警察は便器のルミノール検査は。血痕の痕跡を検出。やった。浴槽、流し、洗面台も。へえ。でない。さらに犬で熊笹に、臭いの追跡。無し。はあ。時間がかかる。現実性ないが。不可解。もうどこにもない。

(040700) 第1日、夜、黒住との対話、真理子の家、母、櫂の身の上話し、菊川、睦雄の油絵
(040701) 部屋で石岡と対話、真理子の実母、櫂、里子
石岡の部屋に。黒住に携帯で自宅に連絡と。ここにとまるようすすめた。電気コタツでむきあう。こちらはいつから。昨日から。あの事件以来。然り。自分は当時子ども。今、何歳。19歳。真理子は19歳。石岡の本をよんだと黒住。そう、感想は。むずかしい。えっ。では、真理子の家の事情。話せるか。陰口。然り。でも。真理子の母は。存命。えっ、誰。ここに。で。櫂。成程。たしか。然り。どこでうんだ。ここ、大瀬の家で。では、嫁にきた。否。真理子の祖父母が櫂の両親。否。へえ。櫂は津山の農家の生れ。でも貝繁に里子に。成程。それで大瀬の家に。そこで成長。では、大瀬櫂。否、大瀬喜子(よしこ)。櫂は実家の時の名前。どんな事情で。ケモノにとりつかれたと。櫂が。櫂とその母。どんな状態。不知。で。神社でお祓い、里子。呪われてる。然り。それは櫂。否、その家。櫂はここではよい人生をおくらなかったと。ひどい。ずいぶん差別があった。それで。

(040702) 櫂の実家は断絶、養子、養子をおって家出、再婚、出戻り
家はすぐたえたそう。両親も。成程。もと備中藩の首切り役人。呪われてる。大瀬は男の子がほしかったがいなかった。20歳になって養子を。子どもがうまれなかった。でも10年たって真理子。舅がきつかったので夫が家出。妻子は。おいて。で。櫂は。夫をおって家出。真理子は。おいて。えっ。詳細は不明だが、その養子の差金とか。真理子は。乳飲み子。祖父母が養育。母乳なし。それから櫂は。他の男と結婚、新見で。真理子を引き取りにきたが拒絶。二人目の男にもすてられ、山の方のふるい家でくらす。子どもは。無し。でも大瀬の家には。もどれない。収入は。あちこちの家の手伝い、内職。大変。日照が面倒をみてるとか。一番の働き場所は法仙寺。真理子は櫂とは。あわず。成程。祖父母は高齢。然り、田は賃貸し。結婚したら自分が二つ。たすかる。然り。でも可能か。今は機械が。でも母親は反対。成程。

(040703) 真理子は大瀬で働き手、高収入の巫女
で、真理子が収入を。然り、菊川の払いがよかった。多額か。二子山はよい人だが菊川は食わせ者。そう。表面的に人当たりはよい。そう。真理子もいってた。危険を感じたか。ずっといいよってた。神職、誰にもいえず。菊川は。53歳。いいよるとは。愛人になれ。やめるのは。家がこまる。だからさんざんいいよる。成程。女出入りは。けっこうあったよう。もてた。裏で金貸し。宗像大社にはちゃんと上納金。本当は別の人を派遣したかったらしい。神職はむづかしい。否、大分の樵だったとか。やせて貧相。この山には人の来手がないから、なれた。では、神職の菊川が大瀬真理子をどうかした。然り。殺害した。然り。自分に真理子がいった。真理子がいなくなったら。それは菊川の仕業。声。里美。話しができたかと黒住にきく。然り。で、用件。お風呂と。二子山がアトピー。夫人に何かいわれて落ち込み。明日、大岐の島神社に挨拶。何。不明。ふうん、でも道は。除雪車が津山から。

(040704) 里美、起訴の可否、湯殿に案内、油絵の出現、神社訪問の話し
先生という里美に石岡が、弁護士も先生。すると上山評人も先生という。失踪事件をしってるか。然り。どうしてきえた。不知。かかわらずか。然り。では検事なら菊川を起訴。できない。死体無し、自白無し、物証無し。成程。で、どうするかと黒住。うーん、風呂。落胆。案内と里美。めずらしい絵が。で男湯にかざった。都井睦雄の。へえ。三人でむかう。渡り廊下。ふきこむ雪で明日はうまる。黒住には鼈甲の間を。この廊下の下にまだ石段が。ある。大岐の島神社に二子山が。ゆく。石岡もというと黒住も。しかし石岡がとめる。かわりに里美がゆく。司法試験合格者だから、菊川が警戒。否、未知。二子山とはあわないと黒住。では日照は。最悪。女好きとかと里美。で、二子山、石岡、里美で。脱衣場に。

(040705) 森孝の絵か、下半分は茶一色とは変
これと里美。もしかしたら森孝の絵。鎧兜の武士。抜刀。そばに桜の樹。背後に木立。武者の前に裸の男。芳雄。この話ししってるかと黒住にきく。然り。はじめて。見る。睦雄か。そうらしい。サイン無し。どうしてここに。樽元がもらってきたらしい。すると森孝事件が睦雄事件のテキストになってるかも。この絵何か変と石岡。上半分だけ。半分はただの茶色。何故、下にかかなかった。湯気がある。龍尾館のほうがよい。

(040800) 森孝魔王 一、年貢米未納の百姓、留吉、代官の悪行
(040801) 百姓、留吉、負傷、年貢米未納
杉里にすむ留吉は先祖代々の田をまもってくらしてた。先祖が流れ者。不便な田だった。大変な負担だがめげずに農作業にはげむ。ある時、熊におそわれ右足のふくらはぎを負傷。田の一部があれだす。留吉には犬坊というもと殿様の側室の家系で、村一番の美人のお由を嫁にもらった。器量よしで働き者。二人にはお春という娘。留吉は傷がもとで昔のように働けなくなった。お由がかわりに田にでた 。お春もよく手伝った。留吉は村一番の果報者といわれた。

負傷から年貢の納入もままならず、借金もかさんだ。怠け癖がついたと噂。お由も借金をした。まずしい村で困窮した。岡田弦左衛門という代官がいた。お由に働きにくるようにと声がかかった。

(040802) 横暴な代官が留吉の足を切断
代官は自分の身の回りの仕事をさせた。代官はお由にいいよる。こまって奥方に相談するとかえって不義といって折檻、代官もくわわった。そこでお役御免となった。ここで傷ついたお由もはたらけなくなった。秋の収穫期をむかえ年貢をおさめられなかった。夫婦は代官陣屋によびだされた。代官にきびしく詮議され、二人に難癖をつけました。たてないという留吉を無理にたたせ、ついにその足をきりおとしました。

(040900) 森孝魔王 二、留吉の死体が森孝魔王に、代官を懲罰
(040901) 森孝に祈願、留吉の死亡
留吉は生死の境をさまよい、妻と娘は寝ずの看病をしました。田が放置されたので代官はその田をとりあげ、代官陣屋にちいさな家を三人にあたえました。お由は妾となり、留吉は病床につきました。やがてお春にまで手をだそうとしました。やせさらばえた留吉は様子がわかるらしく、ただなくばかりです。お春は法仙寺裏の森孝さんにお参りをしました。冬のある日とうとう留吉が死にました。代官があたえた粗末な樽に死体をおさめ、法仙寺でとむらいました。明日に埋葬しようと相談して家にもどると、代官がやってきて、ないている母子をみてしかりました。乱暴しようとする代官をつきとばして、お春をにがせました。

(040902) 森孝のお告げ、代官の首
お春は法仙寺の森孝さんの前にいました。雪上で手をあわせ、なきながらいのりました。ふと網の中におかれた森孝さんの鎧兜が目にはいりました。普段は鍵がかかってるのに、どうしたことかかかってません。お春は刀をとりだそうとしました。すると声がきこえました。法仙寺にもどり父親をここにつれてきて、鎧兜をきせ、義足をつけよ、といいます。お春は法仙寺にむかい、悪戦苦闘の後に森孝さんの社にもどりました。やがて鎧兜をきせると雪上によこたわる武士の姿となりました。脛当てのないところに義足をはかせました。吹雪の中、よこたわった具足の上にどんどん雪がつもりました。やがてむっくりとおき、たちあがりました。お春の家にむかうのです。しっかりとあゆむ武者のあとをお春がおいます。ためらいもなく土間にはいり、そのまま畳の上にあがりました。代官はおどろいて刀できりつけましたが、根元からおれました。

悲鳴をあげた代官の首をむんずとつかみ、天井までもちあげると壁にたたきつけました。頭からおちた代官をふたたびもちあげ、玄関から雪上にたたきつけました。足で腹をおさえ両手で首をひきちぎりました。代官の首をもって悠然と法仙寺にもとってゆきました。母親が解放され翌朝がやってきました。

森孝さんの社の前には武者がたおれ、その右手には代官の首がありました。鎧兜をぬがせると留吉のやせほそった死体がありました。村人は二人を丁寧に供養しました。お由とお春はその後は無事に幸せにくらしました。

(050000) 第二章 予告された二番目の死体、真理子の出現
(050100) 第2日、朝、油絵から女
(050101) 里美と脱衣場の油絵に、両腕のない女の出現
外から里美の声。石岡は昨夜は森孝魔王をよんでたので多少寝不足。ちょっときて。変なものと里美。廊下をのぼる。晴天。2メートルの雪。で、何。こっち。脱衣場。これ。睦雄の油絵。あっ。ねっと里美。どうしたんだ。絵柄が。かわってる。昨夜の絵は。武者、裸の男、桜の樹、森。だった。下半分はただ茶色の地面だった。今朝は。ここに女。地中にうまってる。それが今朝は見えた。何故。さあ。しってた。否。きゃ。両腕がない。きられた。森孝に。腕は。ここ。こわい、この絵は何と里美。もう一本は。石岡が指でなぞる。あっ。手の甲に水。わかった。

(050102) 雨漏り、水彩の上塗り
天井の木組みがぬれてる。梁の中途にもりあがった水滴。ほら、雨漏り。成程。板壁、額の上、額の中に。絵の表面をつたってる。成程。で、雨漏りの水が。絵の具をながして。然り。でも油絵で。だから水彩で上に。へえ。それが水でながれた。へえ。女は油絵。武者も男も桜の樹も。だからとけない。然り。上にぬった水彩だけがおちた。でも何故。不知、土のつもりかな。成程。で、ここから移動させた方が、大事な部分が水彩かもしれないし。とりあえず安全な場所に移動。龍尾館に移動する。里美に助言。音、何。除雪車。

やった、大岐の島神社にゆける。そう。二子山も。でも二子山の四駆は雪の中、無理と思った。どうして水彩を上塗りしたのかと里美。不知。石岡が考える。お胤は見つかってる。何故。足音、櫂が朝食と。

(050200) 第2日、朝食、石岡、二子山、里美、ユリ子、徒歩で神社へ、対話、神社到着、警戒する菊川、地震、真理子出現
(050201) 四人が神社に、ユキ子の将来の夢
朝食後、雪掻き。雪は自分の頭よりたかい所にほうりあげる。除雪後にできた筋に。黒住は帰宅へ。石岡、二子山、里美、ユキ子が大岐の島神社に。ユキ子にきく。学校は面白い。勉強ばっかり。成績は。わりと。お母さんよろこんでる。勉強とうるさい。何年生れ。平成2年(1990。将来、何になると石岡。わかんない。お母さんは。歌手に。自分はステージママ。歌のレッスンは。してない。ママはしてた。かも。してない。歌すき。すき。有名に。なりたいかも。クラスになりたい子は。いないと思う。医者には。母はなれと。ユキ子自身では。嫌。血が嫌、夜によばれる。成程。弁護士は。なりたい。そう。なりたい。ではライバルと里美。だったら検事にと石岡。まけそう。里美にきく。どんな勉強を。司法試験の勉強。毎年一回。もう準備。里美がこまかに試験の説明。むずかしそう。人前でしゃべるのは。わりと得意。大学在学中になる人も。いる。合格したら検事でも裁判官でも。そう。

(050202) 里美の研修の話し、菊川の人柄
里美は合格とユキ子。そう。研修は。岡山の地裁。法律事務所で研修。大岐の島神社までの道。山を旋回。歩行者用に直進の階段道。雪で不通。眼下に法仙寺、龍臥亭。いい眺め。昨夜の話しを思いだし、菊川はサイキック。否。そんなタイプでは。ない。ではどんな。普通人。お金、女の人がすき。金貸しもと石岡。噂。さらに上にのぼると杉林。視界がうしなわれる。たかい。電信柱みたい。然り。樹齢は。80年ほど。寿命は。ここはよい森。神木。

(050203) 到着、菊川の警戒心が爆発、地震
到着。頂上の除雪は完了。雪の杉林、除雪の雪盛りで独自の世界。閉鎖された世界。ちいさな神殿、渡り廊下。水聖堂。これが沖津の宮。周囲から隔離。下はセメント。全部そう。ここで大瀬真理子がきえた。然り。玄関のガラス戸をあける。声。しろい神職の服、小柄。挨拶。広間を右、左が曇り硝子。広間の隣りに小部屋。ガラス戸をあけてはいる。二子山が饅頭の土産をわたす。里美に、今何を。横浜でオフィス勤務。何の。法律事務所。事務か。まあ。もうかる。否。都会は。まあ、横浜はちょうど。東京にちかい。まあ。わかい男も。まあ。二子山に都会のことは。まあ。最近のわかい者は皆都会に。ここはよい所と石岡。菊川に笑みがない。心があらわえると里美。然り。ここにもどるか。巫女にならないか。失踪とかと里美。こまってる。ぴったり。どうして。よい立ち姿。真理子を最後にみたのは。それがどうした。いや正確に。自分がこまってる。はあ、真理子の行方さがさないと。お前は警察か。はあ。まあまあと二子山。都会のものがちゃらちゃらと。そんなつもりはと里美。ある、都会の男がよい。興奮、菊川はたちあがる。自分一人を馬鹿に。警察も馬鹿にした。良心、道徳心がない。神前でよくいうと興奮。すると、どうんという音。

(050204) 真理子の死体が出現
足元に衝撃。杉の森に騒音。鳥の声、屋根から降雪の音。また揺れ。地鳴り。女性の悲鳴。大地震だった。おわりかと里美。おわりか。無事をたしかめる。はやく外に。然り。ガラスをふまないように外に。玄関、われた硝子戸。携帯の音。無事。育子かららしい。石岡は杉の木立に。何本かはかたむく。地面に裂け目。50センチから1メートル。おそるおそる裂け目を。あっと思わず声。何。何。龍頭館の睦雄の絵が再現されてた。女の体。死体。真理子。白骨化してない。

(050300) 第2日、午前、警察に連絡、交通途絶、県警田中に、錯乱する菊川、真理子の謎
(050301) 駐在に連絡、県警に連絡、現場検証の相談
里美が駐在に連絡。自転車でくる。あきれる。県警の田中に連絡をたのむ。石岡が田中にはなす。無事。然り、だが地割れ。どこ。大岐の島神社の駐車場。割れ目から死体。今、見えてる。たしかか。たしか。深さ2メートル。ここで大瀬真理子という巫女が失踪。3カ月前。面通しできるか。神主、恋人。そこにうめられてた。不可解、コンクリートの表面。その下に。然り。セメントは。ふるい。死体は骨。否。駐在は自転車。了解。津山から応援をたのんで四駆で。田中個人も。然り。まってるか。然り。警部補に。然り。鈴木、福井は退職。恋人の黒住を。よんでよい。死体にさわらぬよう。了解。里美に黒住への連絡を。菊川から目をはなさないようにと二子山に。どうやってコンクリートの下に。不可解。龍臥亭に連絡。日照がくると里美。一同が中にもどる。

(050302) 菊川が錯乱、地割れの死体の謎
菊川ば茫然、不可解という。二子山がきく。あれは真理子か。否。では誰。不知。中を清掃。菊川が大広間に。段差につまづきたおれる。うわごと。真理子がもどってくる。痙攣。三人でおさえる。あなたがうめたのかと石岡。否。どうやってセメントの下に。不知。では誰がしってる。不知。癲癇と石岡。口に棒をかませた。まったく事件に不知のようと里美。然り。しかし不可解。あついセメントの下に死体。駐車場、土がむだしの場所は。ない。別のむきだしの場所から。個人の力。不可能。かりにあったとして、そこに。うめればよい。熊笹の斜面。表面に痕跡。無し。地下道、地下の隠し部屋。無し、大社が派遣、先任から引き継ぎ。秘密にできない。あれば二子山にもつたわる。

(050400) 2日、昼頃、黒住、日照到着、巡査を救出、犯人さがしを約束
(050401) 巡査が地割れに転落、ロープで救出
黒住の自動車が到着。駐車場で黒住に挨拶。老人の巡査がよろよろとあるく。地割れの方を指差す。黒住がいう。そっちで日照に。車にのらす。そこに日照が到着。硝子がわれたと日照。ここの玄関も。中の硝子は全滅と石岡。菊川が癲癇。成程。育子からおにぎり。死体は。示す。巡査がぶつくさ文句。おこってると日照。きこえる。否、耳がとおい。昔は元憲兵。で、警察は。あれ。否、ほかのもっとまともな。じきに岡山県警と津山から。巡査が割れ目の縁に。身をかがめた巡査が地割れに。大声。黒住にロープをたのむ。二子山、里美、ユキ子が外に。たらしたロープに文句。一同がひきあげる。

(050402) 黒住の実見、後悔の黒住に犯人究明の約束
文句たらたらの巡査を家の中に。黒住が地割れをのぞく。どうしてここにうまったのかと石岡。真理子か。然り。着物の下にトレーナー。そう、その上にあかい袴かと石岡。然り。黒住がいう。何もたすけてやらなかった。でもできなかった。でも結婚したら沢山できたと石岡。今でもできた。見殺しにした。意気地がなかった。黒住は杉の大木を見あげた。今でもできることはと石岡。何。葬式と犯人探し。犯人。そう。犯人をころす。まて。菊川をころす。とめた。黒住に菊川の犯行をあばいてはっきりさせると約束した。

(050500) 第2日、昼頃、真理子の家の事情、二人の関係、起訴できるか、警察にかわり現場検証、葬式の論争
(050501) 菊川の起訴可能か、方法の詳細は、違法な高利貸、菊川の莫大な援助
二人は建物にはいった。一同はわれた硝子の応急修理をしてた。菊川も回復し参加。巡査はストーブのある部屋のソファでやすむ。里美にきく。菊川の女性問題が。あった。真理子とも。まあ。死体がでた。起訴は。不可。えっ。被告が全面的にみとめれば。そうでなければ検事に立証責任。ああ。訴因は。何。何の罪。真理子殺害。でも菊川がいつ、どこで。逮捕して尋問は。やみくもに逮捕は。不可。誰が許可。裁判官。それにおおきな障害。何。あついコンクリートをどうやってやぶった。成程。弁護士は絶対につく。ああ。それにいつ、大勢の氏子。神殿から定期的に太鼓の音。ころす時間、かくす時間。場所は。沈黙。では高利貸はと石岡。もし違法行為があるなら。それは不可と日照。わるい噂を。二人を大広間の隅に。日照がいう。最初はかなり暴利。携帯のネットワークをつかって。法律改正にすばやく対応、低金利。違法でない。

(050502) 真理子の家庭の事情、むつかしい田の耕筰、家計の担い手
そういう線は。むずかしい。そうでもないと日照。何。そうでない。何と石岡。かなりの沈黙の後、真理子の家の田は異様。はあ。保湿がわるい。水がぬける。手がかかる。皆がいやがる。誰。農業耕作法人が。農地の保有はまだだが、49%まで投資が可能。企業参入。どんな。建設会社。それで機械化農業。ところでこれは都市近郊。 山間地では高齢化。耕作放棄地が。それで法人農業。で。耕作、収穫、使用料の支払い。成程。耕作オペレーターという人がいる。これが多数の田の作業を調整、耕作する。ところが。真理子の田はうまくゆかない。作業量がふえる。成程。で、耕作法人がきらう。やすい使用料でかす。それは。借金が。だから負担が真理子一人に。で。ここだけの話しと。ことわって。日照がいう。菊川は真理子に月80万円。へえ。どうやら本当。そんな。バイトにそんな多額。ない。だから関係があった。しらぬわ黒住ばかりと石岡。酒の上の話し、関係をあけすけ。最低の奴。でもこのあたりにはある話し。2、3年の関係らしい。愛人関係。そんな約束があったか。不明。ではと石岡。

(050503) 性的関係の強要、起訴は困難、遺体の収容、日照が葬式
暴行。それは真理子自身の被害届がないと。死んでる。合議のうえと日照。でも動機は。菊川は金貸しでかせいだ大半を真理子にみついだ。真理子が拒絶。犯行にと石岡。拒絶もありと里美。携帯の着信音。姫神線が不通で来訪はあすと田中の連絡。ストーブのある部屋でおそい昼食。善後策を検討。田中が予定どおり明日くるか不確実。真理子をひきあげたいと黒住。田中に連絡、やりとり。カメラは。ある。一眼の高級か。日照があると。巻尺は。ある。フィルムを1本以上、徹底した現場写真。特に死体の状況。うごかすのは写真をとった後。図面。測量、数字を記入と里美。

(050504) 葬式で菊川と争い
二子山が死体を監視。葬式は自分と菊川。否と黒住。許婚の意向にと二子山。ここは自分の神域、死者は自分の巫女、失礼。神職が坊主の味方かと菊川。興奮した日照が高利貸と反撃。さらに里美が女好きについて批判。石岡が制止。菊川が祝詞をかくというと黒住が反対する。つかみかかられた菊川が警察をよぶという。もうきてるとソファでねてる巡査をしめす。ころした。そうなら証拠を。見つける。できないと菊川。二子山が制止。菊川と二子山が論争。日照が棺を伊勢にたのむという。

(050600) 第2日、午後、いったん龍臥亭に、櫂が自宅に、再度神社に、夕方、現場写真、腕なし、引き上げ、法仙寺へ
(050601) 二子山が神社、日照が法仙寺、他が龍臥亭、現場で写真、遺体を引き上げへ、両腕なし
一同は龍臥亭にもどり。日照は法仙寺にもどった。龍臥亭はほとんどダメージをうけてなかった。育子、通子が一階の窓の紙をはってた。櫂は自宅にもどってた。龍胎館の窓も無事のようだった。里美はユキ子を通子にもどし、巻尺、デジカメをもってきた。黒住がむかえにきた。スケッチブック、鉛筆、サインペン、毛布、ロープをもってきた。大瀬の家によって服をもってきたという。車で法仙寺によった。日照がニコンF4をもってた。大岐の島神社の駐車場にゆく。

(050602) 写真撮影、死体の検証
二子山が椅子にかけ監視。夕方ちかく。菊川は現場にちかすいてない。然りと二子山。写真撮影。日照がニコンF4、里美がデジカメ。石岡、二子山が巻尺で測量。図面。巡査がおちたあたりは、あれてたが死体の場所からはなれてた。菊川と巡査がでてきた。巡査の名前は。運部(はこべ)。撮影はほぼ完了。死体についた泥、雪をはらって撮影と石岡。誰が撮影。ちいさな箒をもって石岡がおりた。髮が灰色。死体の上方から泥、雪をはらう。死体は背からお尻。着物が茶色。その下はトレーナー。両腕がなかった。肩口からすっぱりと切断。着物の袖、トレーナーの袖がなかった。死体の姿勢、左側部が上、見えてるのは左だが、おそらく右も。あの絵のとおり。どうしたと二子山。ああ。撮影を再開。そろそろ上にと日照。毛布を。何かと里美。腕がない。えっ、どうして。不知。おちた腕は。不明。両手ともと日照。然り。足は。あり。何故と菊川にきく。憤然と不知。

(050603) 駐車場に、日照が本人確認、法仙寺へ、油絵の疑問
毛布を。 死体は。硬直。おとすと。バラバラにも。覚悟してもちあげ。毛布でくるむ。ロープをひいて。黒住、二子山、日照、里美が。ひかれて駐車場の平坦部に。そのまま車にと日照。黒住の軽四の後部に。ドアがしまらない。できるかと日照。然りと黒住。では死体を法仙寺にと石岡。顔の確認はと日照。菊川は。否。黒住をとめて日照が確認。不明、よごれてる。両手がきられてると日照。石岡が考える。それは龍臥亭の油絵を見た者か。その理由。不可解。お胤は切断されず、切断は芳雄。伝説をしる者には理由。なし。では見た者だけ。誰。睦雄だけでは。ながく茶色で隠蔽。睦雄。馬鹿な。白骨でない。里美にきく。茶色でかくされたのは最近のこと。否。はじめて見たのは。昭和30年頃。不成立。その考えは。睦雄の油絵、次に別人が水彩で隠蔽。その別人が油絵のイメージどおり真理子を殺害、切断。不可解。車中に。黒川が石岡に謝意。

(050700) 第2日、夕食、袖の謎、森孝魔王、獣子、櫂の不幸、借金、菊川の悪行、森孝魔王への期待
(050701) 黒住を気づかう、日照が菊川の悪行をにくむ
龍臥亭で夕食。日照参加、黒住不参加。真理子かと石岡。然りと日照。自分の車はと二子山。雪の下。食事後、石岡が三階に。日照、里美の三人で景色を眺望。田の耕作スタイルがかわった。時代の流れと日照。全体の5割強。法人が失敗は。あるかも。大瀬の家に真理子の死は。まだ。黒住は。つらいだろう。石岡は自分の悲惨な過去を思いだしていた。黒住は。よい子。勇気がある。何とかしてやらないと。何をと石岡。菊川は悪人。誰かが。死体がでた。できないかと日照。里美は不答。やったのか、本当にと石岡。さあ。腕がなかった。それも菊川。死体にちょっと変なことと日照。右腕は肩口から、しかし袖はあった。えっ。着物。否、下のトレーナーも。えっ、どういうこと。トレーナーは肘のところから。また石岡が考える。

(050702) 袖の謎、森孝魔王伝説、迫害された人生、獣子、櫂の不幸
森孝のように切断。着物も。では服をぬがせる。腕をきる。また服をきせる。可能。でも何故。不可解。でもこれは重要なヒントでは。菊川がやったのか。里美にきく。菊川か。さあ。「森孝魔王」を読了と石岡。日照に。不答。里美にきく。否。どう思ったかと日照。ユダヤの神話を連想。ユダヤ人と日本人はにてるのか。成程。つらい日常にとんでもない怪物の登場を夢想、それが悪人をたおす。国をもたない流浪の民、ユダヤ人ににてる。つらい日常をくらしてると日照。石岡がきく。

子どもがうまれる時、獣(けもの)が憑くとは。どんな時。櫂がいわれて里子にだされた。成程、獣子(けものご)とか鬼子(おにこ)とかいう。昔から。獣子。のろわれた家、そこに嫁入り、妊娠、顔が凶相に。へえ。獣みたいなけわしい顔、人間でない顔。へえ。そんな時、娘は獣子をうむ。何。人間の子どもでない。いやあ。亀みたいな格好。背中にみっしりくろい毛。へえ。うまれてすぐあるく。家の縁の下ににげる。嫁の布団の下にやってくる。嫁は三日三晩高熱、死亡。言い伝え。うまれたらすぐ、うちころす。気味のわるい話しと石岡。で、櫂がそう。否、獣子は人間の世界で生存できず。失踪。だから間違い。あるいは櫂の母親がとついだ家。ここが他人にうらまれるようなことをしてた。するとすこしかわった子がうまれるとそういって差別する。

(050703) 櫂の生活、借金、菊川の悪行、森孝魔王への期待
昔の話し。でも里子にだされ差別と石岡。ひどいね。迷信だが、反省しないと日照。昔はひどかったと里美。でも櫂のあかるい人柄は救いと石岡。然り、彼女は。援助してるとか。できることは。然りと里美。大変な人生、それをかんじさせない。えらいと日照。菊川から借金は。あったと日照。へえ。ここの人は金がない。生活はきつい。かせぐ方法がない。大瀬の家も借金。沈黙。あれだけじゃない。えっ。皆、たえてる。菊川がと石岡。菊川は神職でない。おいつめられてる人をたすける。それが神職。しかしくるしんでる人間をさらにくるしめる。そう。菊川が真理子をころした。間違いない。へえ。でも尻尾をださない。何人も首をつった。でも誰も手をだせない。森孝魔王でもいれば。ここまでが幻想の龍臥亭事件の幕開けだった。

(060000) 第三章 三番目の死、日照殺害か
(060100) 第2日、夜、櫂、不通、家を訪問、不在
(060101) 櫂の不通を心配、自宅をたずねるが不在
日照はすぐ法仙寺へ。応接間、育子、櫂と連絡がとれない。心配。10時前。今夜連絡の約束。で、ない。はじめて。地震が心配。どうする。雪。極寒、危険。明日、明かるく。事態は急をと育子。骨折、大怪我。いこう。二子山、育子、石岡、それにスコップ3つ。坂出、里美、ユキ子、通子はのこる。除雪車の道、育子が先導。貝繁銀座。山道。アイスバーン。30分の徒歩。おおきな山影。この先に櫂かと二子山。然りと育子。行き止まり。やりなおし。やっと到着。あっ。屋根の形がかわってる。声をかける。櫂がもっていったスコップ。玄関、引き戸。土間に。畳の間、囲炉裏。屋根がおちてた。不在か。不在。これだけか。これだけ。避難かと石岡。否、その連絡ないと育子。法仙寺に電話と二子山。櫂はいってない。石岡が土間に。へっつい、鍋、流し、電気釜。ここが台所。然り。スイッチをいれる。電気がきれてた。屋根がおちて断線。この電球が梁に直接。床にロープ。電話できない理由はと石岡。ない。ちかくの民家。不知。近所付き合いがない。

(060200) 第3日、朝、ナバやんの首足無し死体、脅迫状、日照の涅槃発言、鎧に収納
(060201) 無頭のナバやんが門外に、脅迫状を発見
里美におこされる。門の前に死体。門外に。誰。ナバやん。この死体に頭がないと里美。足もなかった。首と足はどこにと二子山。無し。何できった。チェーンソー。坂出がズボンの膝の下、切断面をさす。染み。オイル。足の断面も。どういうことと二子山。この死体は水分無し。しかし普通、死体は水気、脂気がおおい。切断はチェーンソーが楽だがすぐ目ずまり。それでオイル。成程。でも何故ここに。昨夜、櫂がかえった時は。無し。今朝8時、ここにきたらあったと育子。法仙寺の死体置場から誰が。その死体置場は誰でも。はいれる。成程、誰でも何時でも。どうして首、足が。日照に連絡は。済み。櫂から電話は。無し。これ何と坂出。ノーネクタイの胸の内ポケット。紙の端。石岡が注意。軍手、ハンカチーフをつかう。「この骸(むくろ)を......、森孝の具足の内に葬れ。災いを避けたいなら。魔」。具足とは。鎧兜のこと。

(060202) 日照が涅槃を見たと発言、死体を鎧兜に
日照が到着。驚。和紙を日照に。何。死体のポケットに。成程。どう思う。むずかしい顔。どうしてここに。不知、地下へいった。死体がない。伊勢に連絡。不通。真理子の死体は。ある。日照が念仏。雪に尻餅。何。涅槃を見たと日照。足、頭は。不明。仏の声をきいたと日照。何と坂出。このとおりやれ。はっきりきこえたか。然り。本当か。時々、ぼんやり。しかし今度ははっきり。一同沈黙。まあ、やめるかと。否、やれと二子山。一同も同調。石岡にきく。森孝魔王の伝承そのまま。然り、伝説をしってるものの悪戯と日照。否、誰かの祈り。しばらくこの流れにのったらと石岡。でも頭、足がない。でも胴体だけでもと石岡。でもどうやってと里美。森孝の鎧をねかせ、そこにいれる。そうするかと日照。

(060300) 第3日、朝食、櫂の悲惨な境遇、死体を法仙寺に、網の中の鎧兜、死体の収納、日照の独白
(060301) 朝食で櫂の話し、獣子で里子、きびしい養父母、地域の差別
死体は門内に。朝食。日照も参加。櫂から連絡。無し。身の上話しとなる。獣子故に里子。大瀬の家。成長、ひどい生活と石岡。然り、学校で差別、子どもが石投げ。子どもは親のいうとおりやると坂出。大瀬の家で食事は別のちゃぶ台と日照。ひどいと通子。獣子の扱い。その習慣と日照。そうしないと他の者にもとりつく。迷信と坂出。両親はどんな人と石岡。よい人。本当にと通子。よい人、信仰心があつい。そのままやる。だから致命的と坂出。そんな習慣、子どもに理解不能。でも差別が道徳となってる。やらないと、親が村からやられる。でもたたかえば。田に水をとめる。こまる。でもそれは犯罪。巡査は村の味方と日照。

(060302) 結婚、夫をおって家出、離縁、再婚、出戻り、地震
で、櫂が成人。婿。でも家をでたと石岡。舅がきびしかった。真面目、きびしい。布団の上げ下ろしまで。薬缶の水をきらしたと頭をぽかん。えっ、それでよい人と里美。まあ田舎では普通。櫂はたびたびないてた。イジメでは。でも村の道徳、常識。それで櫂が夫をおって家をでた。顔がよくて頭が馬鹿な男。顔にほれた。テレビのスターは皆そう。で。やはり駄目。一時、ちいさい家で櫂をはたらかせた。乱暴した。まあ自分もさんざんされたから。もともと乱暴。きたえられて乱暴。最後は女をつくって櫂をおいだした。ひどい。それで大瀬の家に。もどれない。他家の手伝い。山の中でくらす。ナバやんと同じ、乞食。都会には。ゆけなかった。都会はおそろしい。そうかと石岡。それから金持ちにひろわれて手伝い。誰かと一緒。たぶん妾。結局だまされたと二子山。否、それほどでも。ふるい家をもらった。で、今度の地震でつぶれた。櫂はどこへ。不知と日照。

(060303) 死体を法仙寺、地下の鎧兜、取りだし
石岡と二子山が担架に死体をのせ法仙寺に。寺の裏手。二子山の車は半ば雪の中。奥さんは大丈夫かと日照。離縁寸前。されたら寺をやる。えっと二子山。神仏習合。神様と仏様。呼び名がちがうだけ。では日照は。さあてとこたえる。死体を地下へと日照。前の部屋。然り。洗い場のある霊安室。木造りのテーブルの上にすでに棺一つ。床にもう一つ。日照が鎧をとってくると。ナバやんは床の棺。真理子は。テーブルの上。見るか。蓋をずらした。ミイラ化。黒住には見せられない。これも伊勢が。化粧。で、失踪。探索中。では隣りにと日照。二人も。正面奧の金網。止め金をはずす。日照は金網の中に。兜を二子山に。それを石岡に。それを床に。面当て。胴当。脇の止め金をはずす。ひらくと大変なおおきさ。日照があらためて本当にやるかときく。二子山も金網の中に。二人で表に。三人がかりで前板後板をしめ、床に。日照は箱の類をおしやり、上下につむ。スペースを確保。胴当がこんなにおおきいとはと石岡。然り。こうなったのは戦国以降のこと。

(060304) 具足の説明、死体の収納、弱気の日照
へえ。鎧のこと「具足」。何故。それは「充分みちたりていてる」という意味。室町の頃から何もかもそろってる大鎧の形式、「具足」。鉄砲が登場。槍も。戦国時代の侍の死傷の理由は。大半が鉄砲、弓と槍。刀はごく少数。成程。一騎打ちなしか、卑怯。それが戦争。それで大鎧は鉄砲、槍に対応。胴当の中に鉄板。これ当世具足。前のは昔具足。具足といえば当世具足となる。胸板、両側に脇板、裏は押しつけ板。皆、鉄板入り。おもい。成程。胸板の下のは草摺(くさずり)。下半身を防護。草摺の上に揺るぎ。後ろ首のところ衿回(えりまわし)、肩当。小鰭(こびれ)、受筒、指物竿。竿。旗、敵味方の区別。成程。小袋は薬袋。成程。他は。袖、籠手、臑当て。これらも網にもどりもってきた。中には櫃と芯棒だけがのこった。でも臑当てがない。森孝は片足、かわりに義足。これは。最近のもの。また考えこむ。あれは誰がなんのためと日照。何かの企み。とにかくやろうと二子山。

(060305) 死体を収納、評人訪問へ、日照の独白、辞去
ナバやんを具足の中に。だが面当て、兜は不要。体に欠損のある武将の姿。石岡が考える。何かの陽動作戦。深刻さよりゲーム感覚。で、これからどうと石岡にきく。上山評人のところに。電話で挨拶。すぐ訪問する約束。二子山は龍臥亭に。日照が階段まで見送り。法仙寺、森孝の社、大岐の島神社とこのあたりは神域と石岡。そう。どんな人がが神仏につかえる人かと日照。えっ。冬に雪、春に花、誰もほめない。誰も見ない。でも自然は淡々とやる。然り。人から評価されるからやるのは1年2年の人。自然はすこしづつかわる。それをおしえるのが仏。その声をきくのが聖職者。石岡にいう。自分は俗物、でも時には仏の声をきく。いうとおりできないが。何と二子山。自分も俗物。日照は二子山に握手。よい友人だった。どうしたと二子山。石岡にいう。物書きも人をたすける。沢山たすけてやって。えっ。さっき涅槃の風景を見た。この世もながくない。よろしく。今晩もあえると二子山。わかれる。

(060400) 第3日、午前、日照のわかれの言葉、評人宅へ、お茶汲み人形、江戸の技術の進歩、ロボットの伝説、伊勢の戦時研究
(060401) 評人宅、茶運び人形の実演
評人宅へ。火葬場、銀杏の樹、地蔵尊の角、茅葺きの農家。応接間、奧の炬燵。地震はと石岡。まあ。テレビ、ビデオ・デッキ、書棚。座布団、電気コタツ。茶坊主の人形。これは。江戸時代の人形。ほう。茶運び人形。見たことは。写真では。では実演。まず 、最中を卓上に。寿司屋がだすような大型の湯呑みを人形が胸にかかげた盆に。重みですこしさがる。するするとちかづく。とめてと評人。手のひらでさえぎる。人形の向きを自分から見て向こう側に。背中を見ながら湯呑みをとる。人形はまたするするとうごき、評人のところにもどる。とまる。へえ。お茶を。これは。京都で購入。再現モデルの販売。ではオリジナルは。江戸時代のもの。では動力は。ローテク。湯呑みの重み。さがる。はしる。ゼンマイをまく。湯呑みをとる。ゼンマイがもどる。もどる。ではゼンマイだけ。材質は。鯨のヒゲ。江戸時代には金持ち、武家の家に。否、もっと普及。

江戸時代は面白い時代、このような玩具が日本中にあった可能性。図集「機巧図彙」をしめす。人形の説明図があった。でもこの材料は。うってない。設計図のみ。当時のベストセラー。成程。日本人が退屈な人種になったのは明治以降。軍国主義が遊び心をつみとった。江戸時代、こんな発明が自由だった。否、新規御法度との御触れ。成程。見世物小屋で大衆娯楽に提供。数学も世界第一級。からくり工作の科学技術は土木工事、建設工事、建築の分野にいっさい応用されず。成程。だから江戸文化は進歩しなかった。でもゆるされた方向で才能を発揮した天才がいた。

(060402) 加賀藩大野弁吉、谷田部藩、飯塚伊賀七、高松藩、久米通賢の発明、階段をおりる人形を実演、侍を退治したロボットの伝説を
金沢、加賀藩の大野弁吉は世界最初のロボット、とびはねる蛙の玩具。つくば市、当時、谷田部藩、飯塚伊賀七は小坊主のロボット。ほかに、おおきな公共使用の時計、グライダーの試作。高松藩、久米通賢、連射可能な弓、ゼンマイ発火式のピストル、さまざまな時計、団扇式の扇風機。成程。それに職人の腕の高度さ。設計図から製作できる。もう一つ面白いものと評人。長さ1メートル、幅20センチ、木製の台の上に10センチ四方のテーブルを支柱でささえたものが4つならんでる。これらは階段状にひくくなってる。これも自分の宝と評人。江戸時代の大衆の娯楽に提供したもの。当時人気になったもの。評人は1つの人形をつまんで最上段におく。すると背中方向に上体をそらせ足のすぐ後ろに両手をつく。すこし逡巡する時間があって足があがって一回転。一段下の段に着地。つづいて上体がそれにつづいて回転。両手をかかとの後ろに着地。これをくりかえす。上手、動力はと石岡。水銀。江戸の職人の知恵。

自分にききたいことはと評人。森孝魔王。津山で出版と評人。然り、日照から。龍臥亭で。実際にあった。森孝、お胤、芳雄。然りと評人。どう考えるか。ううむ。一種の機械人形の話し。世界中にも。然り、ユダヤ系のゴウレムの話し。成程、日本にも谷田部藩の飯塚伊賀七の伝説。酒をかいにゆくロボットを発明。実際に酒をかいにゆかせた。史実。否、さらに森孝魔王の下敷になってる話し。何。ロボットが街で弱い者いじめの侍に遭遇。川になげこんんだ。へえ。しいたげられた民衆の願望。

(060403) 事件関係者の情報を、伊勢のことを、研究との関連
うなづいて石岡がしばし沈黙。森孝魔王の取材か。否、森孝魔王は偶然しったこと。ここでちょっとした事件に遭遇。また。まあ、前回とはちがうが、大岐の島神社の巫女、失踪の真理子の死体発見。これは。不知、警察は。雪崩、大雪で未着。津山の警察か。然り。真理子の遺体は法仙寺。で、神職の菊川のことは。真理子は不知。菊川はよくない噂。ほかに何かと石岡。伝聞、ひかえる。ではナバやんのことは。したしくはなかった。では伊勢は。無口の人。昔医学、死体の研究。浜松で軍の秘密研究とかと石岡。否、登戸。陸軍秘密研究所。えっ登戸。したしかったかと石岡。否、昔薬局をやってた時に面識。自分のことは話したがらない。然り。それは恥部。今の死体の化粧もいやいや。何故と石岡。伊勢は死体の一部を負傷した兵隊につなぐ研究をしてたとか。可能か。一時的なら。かも。それは悲惨では。然り、最終的にくさりおちる手足をつけること。戦時、非常時なら研究。可能かもしれないし。へえ可能。でも脳はないと評人。その人自身だから。成程。戦争末期、兵士が不足。あり得る発想。異常、ホラーの世界と石岡。でもまだまだ。神風がふく。しんじてる連中も。あやしげな宗教団体が。いた。しかし伊勢の研究が関係が。然り、ナバやんの事件を説明。関係があるかもと石岡。絶句、悪戯と評人。でも度をすごしてる。不可解。何か理由が。不知と評人。

(060500) 第3日、昼食、龍臥亭に、夕方、日照、襲撃、一同、法仙寺、血溜まりの本堂、現場の調査、脅迫状
(060501) 龍臥亭にもどる、日照行方不明、事件か、四人で法仙寺に、本堂大広間
昼食を貝繁銀座の蕎麦屋。喫茶店に。さらに評人宅。龍臥亭に。夕方。雪。玄関口。二子山の声。日照が行方不明。やられたと二子山。どういう意味。携帯に電話を。日照に。然り。うめき声とやられた。場所は。不明。誰に。不明、ただ森孝さんと。助けようと石岡。武器。黒住に電話。武器と応援を依頼と里美。老人、女性。じゃあ里美と石岡。黒住の車で出発。石岡、二子山、里美。法仙寺本堂。本堂に明かりと石岡。あそこか。二子山に携帯連絡をもう一度。駄目。では本堂へ。中。戸をあける。敵への準備と石岡。人の気配無し。大広間にさがる裸電球。障子戸ごしに明かり。石敷きの通廊。一段たかいところが畳の間。境は障子戸。日照とよぶ。反応無し。障子戸に手を。ロック。突っ支い棒のような詮をおとしこみロックと二子山。中からしか。しめられない。全部チェック。ロック。どうする。相談。

(060502) 畳の上の死体、足と頭、血溜まり
けやぶる。では二子山と石岡。匂いと里美。けやぶった。中。何も。あっと二子山。悲鳴。畳の上におびただしい血。6、7メートル。そこに何か。一つは人の足。すね毛、男の足。その向こうにボール。ああっと二子山。日照。頭部。だれがやったと二子山の叫び声。誰が。わからん。誰かがいると里美。誰。不明、でもいると里美。黒住に電気。大広間を。指紋に気をつけて。はいろうとする黒住に。仏間に注意と石岡。天井部はくろい梁。天井板無し。人の気配がきえたと里美。畳の上の二子山が紙と。血溜まりの前。

(060503) 血溜まりを調査、時刻は8時
御手洗の助言を思いだす。血溜まりをゆっくり観察。縁にはっきりした稜線。乱れ無し。しかし一カ所だけこすられた跡。おちてた足のすぐそば。足を観察。日照のもの。オイルが足にたっぷり。チェーンソーによるもの。手形、足型無し。頭部と足の切断があったのに闘争の痕跡がない。不可解。死体を切断する必要は。不可解。動機は。殺害方法。死因。最大の謎は死体をひきずっていった跡がない。かかえていった。そのルートにそってたれた血は。畳、通廊にも無し。不可解。大岐の島神社の真理子、おなじ神隠しか。ティッシュで血の浸潤を確認。すっかり乾燥。表面も乾燥。最低30分は経過のよう。時計は8時。二子山にきく。門で石岡とあった時からいうと。2、3分前。携帯の通信記録を確認。結局、22分前。この血は22分を経過したにすぎない。自分の判断ではそれ以上。もし日照が血溜まりの中で通話。痕跡がない。不可解。何者かにおそわれ日照は瀕死の重傷。犯人はチェーンソーで切断。その痕跡は。無し。不可解。

(060504) 第2の脅迫状
里美の声。我にかえる。血の凝固。条件によればはやい乾燥もありか。納得。否、むしろ逆。ここで思考中断。里美にうながされ、紙。否、これ日照の携帯。座布団の陰。然りと二子山。血痕は。無し。また謎。着信記録も。石岡がポケットへ。和紙には血糊。苦労してはがす。「この頭部、足部を、森孝の具足中に葬れ。女子供への災いを避けたければ、必ず。魔」

(060600) 第3日、夜、日照を鎧におさめる、否か、日照のカメラを、死体をもち鎧に
(060601) 相談、脅迫状にしたがうか
通廊で善後策。協議。冷静にと前置き。まずやるべきことは警察。では田中。そこが問題。田中は現場保存。したら。そこでこの紙の中身。無視は危険。女子供の安全は。どうする。時間をかけられない。敵はこちらを監視と石岡。頭、足をいれず龍臥亭に退散。自分たちも危険と里美。やるか。でも鎧をいれる意図はと二子山。逆転の発想と石岡。犯人は伝説を利用。死体を鎧にあつめる。でも犯人の真意は。大切なのはもちさったもの。成程。日照の体、ナバやんの頭、足が。否、両方でなく、どちらか一方。その目的は。たぶん何かをかくすため。日照。死体。鎧にいれるのは末端。へっ。胃。えっ。毒殺されたのなら。胃をもちされば毒物が不明。さらに浮腫、湿疹が皮膚におよぶ。ところがはやく切断。首にはでない。まあ、専門家に意見をききたいところ。では御手洗に。警察の助けがむすかしいからと里美。パソコンは。もってきてない。二子山は。家には。育子は。やってない。黒住は。もってない。ではメールは駄目。電話かと石岡。外部の助けは。

(060602) 結局、指示にそう
加納通子、主人の吉敷は警視庁。でも警察官なら現場保存。では龍臥亭の女子、坂出に内緒で決断。内緒で日照の頭をいれることもと石岡。頭をいれる。皆の安全。遺体の一部をもつのは嫌と二子山。もう一つ。現場写真と石岡。了解。やはり警察は。おこる。でも女子供の安全。大雪でもヘリコプターなら。こない間に日照の殺害。自分たちも危険。少々法律無視か。里美がいう。死体損壊。ではない。捜査の攪乱。多少。でもそれは結果。意図的でない。でも犯人は捜査攪乱だろう。犯人の片棒。かつぐ。やむ得ない。

(060603) 日照玄関でカメラ発見
カメラ。デジカメ。一番よいのは日照の。さがす。まず地下室。無し。隣りの部屋。網の前に森孝の鎧がよこたわる。無し。では自宅へ。玄関。引き戸。あいた。前方に虎の絵の衝立。左に下駄箱。その上にカメラ。フィルムも。下駄箱の上に絵。達磨か。露舟の署名。もどった。里美にいう。フィルムと日照の携帯の保管。手紙は石岡。大広間にあがり撮影。完了。誰がいれるかと石岡。二子山が躊躇。石岡も。そこに携帯の音。育子かららしい。よしやると里美。石岡が地下で何かつつむものをさがそうと提案。一同移動。タンス、ロッカー。タオルを4、5枚。一階、畳の間で役割分担相談。日照の頭。石岡がもつ。タオルでつつむ。

(060604) 死体部分を収納
足。里美がてつだう。突然吐き気。黒住がもつ。地下室に。いやな作業だった。頸部を裏の押しつけ板の衿回にはめこむ。面当てをかぶせる。兜をかぶせる。足は臑当てをつけ切断された右足の膝のすぐ下に圧着。反対側の足はのこってる腿部に床にのこってた義足の紐をむすびつける。不気味な光景だった。そばの床、右に刀かけの上の刀。網の奧にも刀。天井ちかくの壁に槍が2本。鉄砲も2丁。

(060700) 第3日、夜、龍臥亭、いそぎ評人を再訪、伊勢の手記を
(060701) 日照の殺害を、通子が夫、吉敷に電話、御手洗に電話
龍臥亭。日照の殺害をしらせた。深刻な雰囲気。最初に真理子、次に櫂と。その前にナバやん。これは行き倒れ。これだけの殺害で何の利益。これらの人に共通項は。死亡。法仙寺に埋葬か。でも櫂はまだ失踪中。通子が吉敷と電話。現場保存の指示。明日、県警のヘリコプターを派遣もとのこと。二子山と黒住が着陸場所を相談。はげしい降雪で明日は無理とつたえる。戸締りを厳重にと吉敷。石岡が御手洗に電話。不在。大広間で一緒に就寝と坂出。そこに里美。

(060702) 評人から電話、伊勢の死体研究
評人から電話。伊勢のことで龍臥亭にくると評人。黒住の車で自分がゆくと石岡。日照夫人に連絡は。育子がすでに。すぐこちらにと石岡。否、問題があるので。評人訪問に同行。事情は車中でと里美。夫人のこと。広島の姉の家。もう別居状態と里美。原因は。櫂への同情、不信感。成程。評人宅の離れの戸をあける。評人が雑誌をもってる。夜想貴腐という雑誌。これは。死体愛好家のためのもの。「N研究所の思い出」を寄稿したのが山田太郎、津山市貝繁在住。実は伊勢。

(060800) N研究所の思い出
(060801) 戦時中、N研究所の異様な研究
私が東京のN研究所に大阪から夜行列車でいったのは昭和19年の夏。車中で1泊し小田原から小田急線にのりかえN町についた。苦労して研究所に到着した。

陸軍の特殊研究所であった。そこで殺人光線、風船爆弾、空中魚雷といったまるで少年雑誌にでてくるような研究がおこなわれていた。自分は死者の一部を損傷のある生者に縫合し、兵士として活用するというものだった。

これらの研究は要するに、欧米の進歩についてゆくため、実用化の見込を無視し、やってる。こけおどしのものだった。この研究をつうじ死者の解剖、縫合技術はたかまったが、生者について実験することは捕虜となった敵兵についてもできなかった。自分の技術が生きたのは、空襲によってうまれた死体を葬式のために整体し化粧するものだった。

(060802) 穂坂恭子との出会い、死体となった彼女との出会い
多摩川で偶然に研究室勤務の穂坂恭子にであって、あわい恋情をい だいた。彼女の血液型はO型。自分と同じであった。N町に大空襲があり、N研究所に多数の死体がはこびこまれた。そこに恭子を発見した。きれいに整体し、化粧してやろうと自分の部屋にもちこんだ。体をあらうため裸にした。美くしさに息をのんだ。と同時にあさましい思いにかられて破廉恥行為をおこなった。やがて彼女への憧れが、彼女と一体となりたいとの願望にかわった。自分の左手を切断し、そこに彼女の左手を縫合するというものだった。自分の血液型と同一であり、免疫抑制剤をのめば夢が実現する気がした。しかし躊躇した。臆病者とののしる声がきこえた。

(070000) 第四章 龍臥亭幻想、魔王の懲罰
(070100) 第3日、夜、櫂は犠牲者、菊川が逃亡か、大広間でねる、追及はどこまで可能か
(070101) 櫂は犠牲者、菊川が逃亡か
育子にきく。ナバやんという人の血液型は。しばらく沈黙。B型。あれから櫂の連絡は。無し。偉い人でしたねと石岡。自分の辛さを他人に見せなかったと育子。櫂は菊川の犠牲者、金をかりてた。然りと育子。かえせなかった。だからずっとまってもらってた。で。二人に関係があったよう。へえ、菊川は色魔か。金もってるから。では育子もせまられた。然り、他言無用。他にもトラブル。然り。石岡は大広間に。育子がいう。菊川は明日この地をでていくらしい。あの神社を。然り。氏子に話し。宗像本社にも了承らしい。九州にゆくらしい。それは今日きめたのかと石岡。否。地震の次の日。氏子は皆んなしってる。では真理子の死体がでた翌日、犯行の自白かと石岡。成程。

(070102) 一同、大広間に、夜想貴腐をよむ、伊勢が潜伏か
黒住と遭遇。大広間にもどる。沢山の布団。石岡は布団にはいり夜想貴腐をよむ。どうかしたかと里美。雑誌の表紙をみせる。二子山にきく。日照の血液型は。B型。自分はAB型。伊勢の理論によれば血液型が同じなら縫合結合が可能となる。衝撃の事実。しかし伊勢の場合、死体と生体。日照、ナバやんや死体と死体。伊勢が発狂してたら、あり得るか。厨房の育子にあらためてきく。伊勢は。不明。息子夫婦に、見つかれば連絡と依頼済み。伊勢がここに潜伏してる可能性を考える。怪訝そうな里美。頭が混乱する。

(070103) 菊川の逃亡をきく、逮捕は可能か
二子山にきく。神主は本人の希望で簡単に全国の神社にゆけるか。否、それ何。菊川が明日やめ九州へ。えっ。何時きめた。地震の翌日。逃亡か。移住はそんな簡単かと石岡。否、ほとんど自分の家、家長の神職が生きてる間はうごけない。家でたら菊川はこまるだろう。宗像本社の了解は嘘。でもたっぷりの上納金が。でも存命中は無理。たしかに問題をおこせば、あるが。逃亡か。今日、明日中に逮捕は。警察がいない。みすみす見のがす。全員でつかまえるのはと坂出。検察官だったら逮捕可能かと里美にきく。可能。でも逮捕状はと石岡。電話で、非常事態なら。勾留する場所は。駐在所。でもでない。証拠が。人の噂で。わるい噂の収集。わるいものばかりでないはずと里美。そうか。わるい噂というより、麻薬取引、恐喝行為、繰りかえしの暴力、殺害計画への関与など。だから無理。然り。被害申請がとれそうな人はと里美。真理子を殺害、借金をした女性に深刻な被害。真理子は証拠がない。被害女性から被害届がでるかと二子山。

(070104) 日照殺害の犯人は
ださない。田舎では無理。日照を殺害は誰、菊川か里美。石岡には伊勢の顔がうかんだ。伊勢もあやしい。成程、でもまだ無理、まだ事件が整理できてない。じゃ何をすれば。日照の死、真理子の死、森孝魔王伝説。飯塚伊賀七、ロボット、機巧図彙、N研究所、伊勢。混乱。死体はどこと石岡。何の。残りの。ナバやんの頭部、下足部、日照の胴体。どこに。冷静に考えよう。今、誰かが何かをたくらんでる。だまされるなと石岡。声。電話。

(070200) 第3日、夜、御手洗から電話、生体の接合可能か、真理子出現の謎、死体が消滅の謎、黒住の行方
(070201) 御手洗の電話、人体の接合を質問、一卵性双生児なら可能
御手洗から。スウェーデンから。御手洗にきく。また事件に遭遇。祟りか。お祓いをと御手洗。ところが神主も事件にまきこまれた。メールは。不可。では口頭で概略か。然り。即答は無理だろう。自分は要領がわるいと石岡。里美が「090ー***」とマジックで大書。何。自分の携帯番号。御手洗に伝達。一つ質問。人間の首をきり、別の人間の頭部を縫合する。死体で充分練習した医学生。これを完璧に縫合。人体は生きてる。可能か。何、それ。とにかくおしえて。可能、一卵性双生児なら。可能性かと石岡。おそろしく大変な手術だが。

(070202) 他人も可能
では赤の他人なら。あらかじめつくったクローンなら。倫理性は無視する。クローンでなく赤の他人、同一の血液型なら。その場合は、もう一方が初期胚の段階でレシピエントのMHCを導入しておく。主要組織適合性抗原、つまり拒絶反応を制御する遺伝子。これをいれて両者の同じ型のMHCにしておく。他人同士の体でもなんとか可能。ほかにもハードル。奇跡的な手術の成功と御手洗。では免疫制御剤だけ、MHC無し。なら。だったら抗生物質の大量投与。へえ、血液型だけ一緒だが。その他に心臓その他の臓器、大変に健康。そうすると。可能と御手洗。生きるのか。然り、しばらくの間。あるけるか。ねてるだけで駄目か。あるく。じゃあ接合部にギブス。部分麻酔を多投。つよい精神力。若さ。あればあるけるかも。本当かと石岡。可能と。

(070203) たいした成果はない、多大の苦痛のみ
ただししばくの間。どれくらい。いえない。大体。関係する条件がありすぎる。目をあけるだけかも。できない人もおおい。数週間かも。しかしこんな手術に意味がない。適切な延命処置でない。多大の苦痛。わずかの延命。外傷による苦痛は深刻、継続的な輸血、麻酔をうちつづけ精神も健康も回復しない。成程、でもN研究所の研究もまんざら見当はずれでない。

(070204) 地割れから死体の謎は
質問は以上かと御手洗。もう一つ。こちらが本題。周囲にぐるりと人がいた山の頂きで、人がきえた事件。3カ月後のある地震の日、あついセメントの地面から死体が出現。この謎わかるかと石岡。うめた。無理、あついセメント張り、しかも駐車場。横から穴。無し、警察が調査。横には熊笹、痕跡無し。しかも時間もない。ほう。つづけていいか。まて、さっきの頭と胴体の縫合と、これとの関係があるのか。直接には。ない。否、あるからきいてる。どっち、どう関係する。むづかしい。里美ががんばれと応援。それどんな事件。とにかく話してよいか。しばらく沈黙。よい。

(070205) 真理子失踪の事情
10月15日の小雨の午後の失踪事件をかたりはじめる。おわると御手洗が確認。10月15日の夕方午後4時から5時。この1時間。然り。雨。然り。雨が重要か。現在は不明。沖津の宮からでた人も、はいった人もいない。然り。それを確認したのは自動車の中の人。然り。4時7分前にボーイフレンドとわかれて沖津の宮にはいっていった女性がきえた。そして3カ月後に死体となって出現。然り。マジックショー。然り。ちがう。彼女がうまっていた場所の地面がわれたことがだ。まるで地震がそう意図したみたい。それがヒントかと石岡。然り。

(070206) 神域の道、熊笹、車列、神事の詳細
きえた時、山のぐるりには人が中にのっている自動車が数珠つなぎ。沢山ならんでた。然り。だからこの自動車の人たちの誰にも目撃されず、この自動車のリングの外にでるのは何人もできない。そう、神主も巫女も。車がいた道は螺旋状ではなく、リング状につながってた。そこに車がびっしりと数珠つながり。然り。で、菊川はその1時間の間、沖津の宮の離れにある水聖堂という神殿でずっと太鼓をたたいてた。さらに祝詞をあげていた。太鼓の音は定期的にきこえた。きこえなくなった時もあるが最大。約15分。ふむ。ではこの約15分間に誰かが沖津の宮の脇に穴をほっていた。すると自動車の人たちからは見えるのか。見えない。車は斜面の下。だけど地面、つまり山の頂きの円形の駐車場はあついいセメント。地面がむだしの場所はない。むきだしの場所はセメントの円の外の下り斜面。ここには熊笹がびっしり。ここからトンネル。地面に乱れ。そんな痕跡は無し。警官をふくむ大勢が5時になった時点でここをあるいて沖津の宮まであがってきている。さらに調査も。ふむ。それに15分で祝詞をあげてる。でも祝詞は誰にもきこえない。太鼓の音だけ。然り。では神殿をはなれても不知。神職がそんな罰当たりなことを。する。ではこの15分で、あれほどおおきな、ふかい穴は無理。体全体だ。ふむ、沖津の宮の建物の調査は。徹底的。床下は。済み。屋根の上は。済み、梯子をかけて。神殿の中は。当然。押入、物置は。勿論。月並なことをいうと石岡。

(070207) 各所の隠蔽の可能性、菊川を犯人と断定、黒住を心配
これは確認。うっかり見落し。時間の無駄。で、自分には時間がない。何を。死体がきえた理由か。できれば。でも菊川が真理子殺害の犯人か否か。それはわかる。えっ。犯人。ふざけてるか。否、真面目。明々白々。それよりそこに黒住が。いる。用心棒がわりに。わるい考えでない。だろう。ちがう。そんな意味じゃ。菊川のことをつたえるのには慎重に。成程。ふりむく。そこに里美、二子山、坂出、ユキ子、育子。すこしはなれたところで通子が携帯電話。いたか。何故それほど気にするのかわからなかった。いないと石岡。きく。黒住は。トイレか。まずい、地下の真理子の遺体か今夜しかいない菊川への復讐か。すぐとめろ。成程。了解。電話終了。通子も電話をおえた。黒住をみはれと吉敷がいってると。彼の車は。二子山がしらべにゆくという。制止した石岡がいう。一同一緒に捜索に。

(070300) 森孝魔王 三、魔王の復活
あれる吹雪の音、くらがりの部屋で鎧をまとった死者。片足は義足。義足でない足がうごく。死者の心臓が鼓動をはじめる。かかとがすべり膝がたちあがる。右の腕がうごく。手首が反転して床に。兜が床をはなれてゆく。頭部がおこされ鎧の武者に命がやどってゆく。兜がゆっくりと上昇していく。死者は身をおこした。伝説の魔王が今よみがえった。

(070400) 第3日、夜、一同が本堂に、地下の霊安室に黒住、石岡と黒住の争い、武者の登場
(070401) 一同、法仙寺に、本堂地下の霊安室に黒住を発見、説得
一同が外。はげしい風雪。たまらんと二子山。門柱、黒住の四駆。まだかえってないと坂出。キーは。黒住が。うごかぬように。雪をフロント・ガラスにぬる。手でおとせる。否、凍結。でもあるいて大岐の島神社にいける。30分、この吹雪。ゆかない。どうする。一緒に法仙寺。石段。のぼりきる。木立。日照の家。本堂に明かり。ここをたちさる時、明かりは。すべてはけさなかった。発見した時の状態に。明かりに増減はない。慎重に引き戸をあける。異変無し。地下室に。明かり。階下のフロアに。ドアをひらく。黒住がいた。全員が霊安室に。かえろうという。否。警察がくるまで、誰も一人にならない方がよい。ここは何がいるかわからない。黒住をさがしに皆がきた。かえってもねむれない。龍臥亭にかえるよう説得。しかしきかない。

(070402) 黒住と論争、外に、轟音、武者の登場
自分の家にもどるから、ほおっておけと。ころされる。危険。どこも一緒。皆んなといれば安全。否。自分の家にかえるのかと石岡。驚。いいたいことがある。ならばいえばと石岡。しゃべっても真理子はよろこばない。大岐の島神社にゆくのでは。それで真理子がよろこぶか。もうそれは問題でない。そして石岡にきく。そうだったでしょう。真理子をたすけられなかった自分をせめた。菊川に復讐する決意をしめした。制止をふりきり隣室にはいった。そこで武者がいなくなったのを発見した。刀をとり表にでた。石岡がそれをおった。制止しようとあらそった。轟音。森孝魔王があらわれた。お前は家にかえれ。手をよごすなといった。武者は右が義足だった。ゆっくりと坂道をあがっていった。

(070500) 森孝魔王 四
(070501) 夜、武者が神社に、おう三人、沖津の宮、土間、大広間、射殺
武者は坂道をあがっていった。石岡、二子山、黒住があとおい、坂出、女性たちは龍臥亭にもどる。武者は腰に刀、肩に鉄砲。勾配がきつくなると腰から刀をぬいて、これを杖にしてのぼった。杉の林をぬけ、大岐の島山をのぼりきり、大鳥居、沖津の宮広場。沖津の宮の建物。中で菊川が引越しの準備。武者は玄関のガラス戸をけやぶった。土間にふみこむ。上がりぶちの板の間。廊下。菊川が廊下に。あゆみのペースをまったくかえずちかくに。三人も玄関に。菊川の悲鳴。大広間に。三人もおう。壁の前の違い棚の前に菊川。大声。背後の棚の飾り物をなげつける。香炉が武者の顔に。面当てがわれてとびちる。右手をゆるゆると。身をかがめてにげる。ゆっくりと反転した武者の顔は日照だった。廊下の手前で躊躇する菊川。轟音。菊川の体が壁にたたきつけられた。腰から刀を。ひるむ三人。玄関に。

(070502) 生首をもって坂を、龍胎館土手下へ、森孝がまつ、三人に轟音
武者はまもなく右手に菊川の生首を。広場をよこぎり、坂道をくだる。雪がやんだ。満月がでた。法仙寺、龍臥亭をすぎた。三人はなおもおう。龍胎館の土手下。角をまがって三人はたちつくした。森孝魔王がこちらをむいてたってた。日照の死に顔。森孝魔王が発砲。二子山がおどろき指差し。一人の不可解な人物。樽ににた形状、おおきさは小屋ほど。これは浄化槽。地震によりうまってたものが地上にとびだしたらしい。浄化槽にもたれ一人の人物。森孝魔王の帰りをまってた。彼の体には両腕がなかった。関森孝だった。写真で見た関森孝にちがいない。鎧の武者が空に発砲。三人は回れ右。見かえると武者が関森孝にひざまづいた。これが最後の幻想だった。

(070600) 第4日、昼食、昨夜の検証、伊勢の凍死体、御手洗から電話、死体の接合、地割れから死体の謎
(070601) 森孝魔王の仕事の全貌、翌日、警察が来訪、浄化槽の現場に、鎧兜と死体
これが2004年の初頭に、わたしが見た出来事のすべてである。三人はそれから龍臥亭にもどった。翌日は快晴。携帯に田中から連絡。龍尾館の大広間で昼食、警官が到着。応接間で法仙寺本堂と大岐の島神社の地割れの中の真理子の写真をおさめたフィルムをわたした。龍臥亭前の道をくだり土手下の小径にはいる。関森孝はいなかった。とびだした浄化槽はそのまま。ここに森孝と幽霊がたってたと田中。具足も無し。血痕も。浄化槽をとおりすぎる。龍胎館の壁や窓が頭上に見えるあたり、雪がもりあがってた。鎧の武者がうまってた。森孝の具足、銃、太刀。左手に生首。武者をおこそうとする。兜がはずれ日照の頭部がごろり。

(070602) 日照、法仙寺の現場に、神社の現場に
この人は。日照。間違いない。ない。体の方は。ナバやん。峠道から法仙寺にはこんだ経緯を説明。どうして死体がここにと田中。それにはこたえず、昨夜の菊川殺しを説明。この鎧の武者が。反論なく、死体をヴァンにはこんだ。一行は法仙寺に。里美もよんだ。本堂。畳、血痕。ここに頭部と下足部と石岡。すぐ和紙の伝言を。危険性を説明。里美から日照の携帯を。すぐ検証作業に。地下室に。骨董品の資料室。その床に森孝の具足。その中にナバやんと日照の死体をいれた。田中の表情がかたくなった。霊安室の棺、真理子、ナバやんがはいってた棺は空。警察の車で大岐の島神社に。沖津の宮の現場はそのまま。われたガラス戸。血痕。 菊川の死体。駐車場の地割れ。すぐ現場検証。石岡が考える。

(070603) 4つの死体を考える、処罰すべきは、伊勢の凍死体発見
4つの死体、ナバやん、真理子、日照、菊川。犯罪、処罰すべきものは。日照だけ。ナバやんは自然死。真理子、犯人は殺害された菊川。この犯人が森孝魔王。日照だけが警察が処理すべき犯罪。田中たちは村で聞き込み。伊勢の死体を発見。裏庭の雪にうもれ凍死。雪掻き作業中の死らしい。

(070604) 薬品類、手術道具、合同葬
その家から薬品類、手術器具、骨格標本など。石岡が夜想貴腐を。田中は日照殺害の疑いをもったよう。しかし日照の血痕、体液、チェーンソーも未発見。捜査はつづいたが、日照の胴体部分、ナバやんの頭部と下足部、櫂は発見されず。チェーンソーも。日照、真理子、伊勢、ナバやんこと稲葉太郎の合同葬。田中がきてから3日後に執行。鑑定結果。畳の上の血痕は日照。

(070605) 四人が日照をかたる、黒住をたすけた
葬儀の日、石岡、二子山、黒住、里美が法仙寺の境内に。日照にだまされて車でここまではいった。ナバやんを階段からはこべば、すぐ家にかえれたと二子山。でも、だから日照の最後を見とれた。二子山にいてほしかったと石岡。ほう。石岡は自分の言葉にひっかるものを感じた。行列がすごくながかったと里美。日照はすかれてた。日照をころしたのは。伊勢だろう。何故。怨み。金の。それだけでない、性格があわなかった。伊勢は偏屈、縫合の実験をしたかった。でも結局しなかったと石岡。鎧の中で死体をくっけただけ。否、もう一方のナバやんの頭、日照の胴体と二子山。成程、でもそれらはどこに。地割れの真理子。どうして。死んだ菊川の仕業。考えれば謎だらけ。あの鎧武者どうしてうごくと石岡。もし人間なら、誰。人間でないと二子山。人間ならあそこまで冷酷には。そうなら、三人は何を。夢か。とけない謎。それもあると二子山。どう思うと黒住に。ふうむ。森孝魔王。そう信じる。そうでなければ黒住は津山署の留置場に。森孝魔王が。黒住をたすけ。菊川をころすために。それで充分。

(070606) 御手洗から電話、質問、死後の接合は可能か、駄目、5分以内
石岡が考える。5つの死体。ここにきた時、ナバやん、真理子はすでに死亡。生きてたのが日照、伊勢、菊川。日照、伊勢に殺意。いない。ナバやん、真理子、日照、伊勢を殺害する。そんな人はいない。大勢の怨み。菊川のみ。ほかの4死体。それは菊川殺害のためのもの。里美の声。御手洗から電話。概略は里美からきいたと御手洗。黒住は。無事。今、葬式中。成程。わからない謎。おしえて。何。女嫌いは。何。菊川殺害は誰。詳細はまだ。不知。人間の首を切断。できるか。何。三人がおなじ夢。見るか。おちつけ。女嫌い。ではない。ただ自分の損得しか興味ない人だけきらい。次は。頭部を切断して頭部だけにした人間と、頭部がない体だけの人間をうまくくっつける。すると生きてられるか。御手洗はできるといった。ではきく。それを道におちてた死体の胴体と死んでしばらくたった頭では。何、実例か。死後どれくらい。体。頭と御手洗。死後1時間か30分。駄目。えっ。問題外。手術は時間が勝負。最低死後5分以内。5分。然り。でないと脳は死ぬ。成程、伊勢の実験はまるで問題外。こちらは時間がない。ポイントをしぼって。

(070607) 真理子出現の謎は、金属製の針とロープをさがせ
地割れの話し。犯人は菊川。今もそうか。然り。死体は菊川がかくした。然り。その方法は。不知。材料不足。で、菊川は先がとがった金属をもってたか。針みたい。長さは20センチ。2本。2、3メートルのロープ。ええ、不知。ではもしあれば連絡。それでセメントの下に。然り。はあ。電話がきれた。

(070700) その後日、わかれ、石岡、日照の戸籍と櫂
(070701) わかれ、魔王伝説にきえる事件の謎、石岡の苦悶
田中は岡山に。真理子の遺骨は明日、大瀬の家に。坂出も帰宅。里美も岡山の裁判所に用事。石岡は龍臥亭に。二子山も帰宅。石岡と黒住が二子山の車を救出。龍臥亭の門で二子山とわかれる。その際、森孝魔王がかたづけた。そういうことにしましょうといった。のこったのは通子母子、石岡。虚脱感。石岡が考える。二子山のように事件はおわり。伊勢は自然死、菊川は森孝魔王。犯人逃亡でない。これで落着。土地の人たちの割りきりも妥当。でもこれ以上事件が進展してほしくないとの怖れが。自分の中に抵抗感。森孝の伝説は土着の信仰。二子山はそれを理解。東京でならもうすこし謎の究明も。櫂のことも土着の信仰か。不幸をせおった獣子。わすれられる。妥当か。否。自分の中に憤り。これが信仰心。それはみとめられない。石岡は悶々と。

(070702) 通子が日照と櫂の関係を示唆
通子がいう。夫が日照の戸籍を調査。新見伝馬町。早佐古。昔の庄屋。成程、今、家は。たえた。それから吉田に養子。ふむとうなづいたが、何故通子がこれをしらせたか不思議。で、その後、足立家に養子。然り。早佐古の時は露舟という名前。雅号、否、本名。石岡は日照の家の玄関にカメラをとりにいった時、色紙にかかれた露舟を思いだした。このことに何か感じないかと通子。へえ。櫂。船をこぐ櫂。成程。櫂は喜子。大瀬喜子。櫂の生家はたどれる。無理。成程。でも吉敷はここに何かあると。田中にそれをいったかと石岡。否。夫が明日ここに。へえ。石岡にあいたいと。はあ。

(070800) 翌日、午後、吉敷に同行、大瀬に、沖津の宮に、真理子失踪の謎は、道具、森孝出現の謎、津山に、義足の齟齬、吉敷一家とのわかれ
(070801) 吉敷が登場、大瀬の家に、神社に
吉敷が到着。挨拶。育子にも挨拶。一軒に聞き込みがある。通子母子と外に。石岡も同行。徒歩。どこにと石岡。大瀬。ほう。セメントの下から。でた。謎。県警は大瀬を。まだ。でも今日、津山署が遺骨を。成程。あとで大岐の島神社にも。然りと吉敷。 ここにはどうやって。レンタカー。ではすぐつく。駐車場のあついセメントの下に死体。穴もトンネルもあけず可能か。否。御手洗にきいた。すると、興味。話した。死体の縫合についても。針状の金属と2、3メートルのロープと吉敷。そうかといった。通子が大瀬の家をさす。家にはいる。石岡、通子母子は外で。これからときくと。もうかえるという。吉敷がもどる。ちょっとボケが。あまりしらない。では菊川の家に。龍臥亭の前のレンタカーに。車中。事件の概略は。承知。御手洗は、とがった金属と2、3メートルのロープと。いった。菊川の家にあったか。ないといいかけて、否。何。角。奉納の儀式。そこで帽子の左右にひかる角。あれか。吉敷に説明。その儀式は10月15日に。やった。また一つ。何。ロープ。駐在を地割れからひきあげた。その時、ロープをつかった。わかったと吉敷。さらにいう。森孝の亡霊を見た。浄化槽の前に。間違いなく森孝。でも腕がなかった。ふむ。それは真理子と。おなじ。 成程と吉敷。森孝に肉は。ついてた。たしかに森孝か。然り。何故か。わからないと吉敷。

(070802) 死体隠蔽の謎をとく
森孝はきえた。お胤をころした晩に。犬坊でと石岡。芳雄もきえた。これは腕をきりおとされた。腕がおちた理由はちがう。混同しないようにと吉敷。はあ。森孝の亡霊はわからない。きえた理由はわかる。えっ、森孝、芳雄が。然り。どのように。浜吉。森孝の使用人。樵か。そう。そして菊川も樵と吉敷。然り。わかった。どのように。車を駐車場に。建物を。駄目か。戸がふさがれてた。地割れの方に。すごい杉の林。木がずいぶんかたむいてる。地震で。地割れを見おろす。吉敷がいう。地割れの向こう側。三日月形の土地が斜面にそって滑落。斜面にはえてた杉がこちらにかたむく。思ったとおり。どういう意味と石岡。杉は電信柱のような丸太、上に枝。この幹をのぼるのは熟練した者にはたやすい。専用の器具があれば。器具。然り。その状況は杉林ではよく見る光景。とがった針のような金属をとめた靴。それに腰の左右で固定できるロープを固定できるベルト。足の二本の金属で幹をさしてのぼる。その時、幹にかかえわたしたロープの向こう側をさっと上方に。これをささえに体を上に。その時、足の金属をぬき上にさす。おなじことをくりかえして上に。これくらいはまたたく間。成程、では菊川は真理子をと石岡。この杉の上にかくした。

(070803) 菊川の犯行の詳細
で、菊川は真理子を背中にせおいのぼったと吉敷。成程。枝にたどりつけば順番に枝にのって一番上に。体を針金で固定。すべての作業は15分で充分。神殿にもどり太鼓を。成程。菊川には予想外のことがおきた。地震。木がかたむき、振動で死体がワイヤーからはずれた。地割れにおちこむ。地割れからでたように見えた。県警は気づかなかった。いえ、出現場所をすべて即時に見れば気づいたろう。成程、真理子はきれいにあらってた。では、両腕は。針金。成程。では菊川は計画的に。否、かっとなって。奉納神事は自分で企画と石岡。そこで思いつく。では明治時代の惨劇、きえた死体も。然り。樵の浜吉の仕業。へえ、100年も昔から空中。もう一つ、幽霊について気づいた。では、森孝の幽霊も。そう、100年発見されなかった森孝の死体が地震で落下したら。両腕がなくなる。ああ。もしそうだったら。このあたりは雪。埋没。斜面をくだって浄化槽のところで停止。雪がとけるにしたがい露出。驚。でもわからないこと。真理子の死体はミイラ化、真っ黒。森孝の死体は顔が識別。何故。然り。死因は自然死でない。常時微量の砒素。江戸時代の剥製は砒素をつかってる。死体は剥製のよう。長期腐敗しない。でも、どうして翌日にきえた。さあ、森孝魔王がもってた。冗談のよう。あの森孝魔王とは何。わかりませんと吉敷。通子がきく。露舟は。大瀬は早佐古とみとめた。で。もう老人。たよりにならない証言。ところで御手洗はどういった。きかず。成程。ではこれまで、自分のできることは。通子母子はこれから天橋立までかえる。石岡の予定は。岡山に。真理子の秘密はとけた。森孝魔王の謎はそのまま。一応落着。では津山までは一緒。とけない謎もあるでしょうと吉敷。では、伝説の魔王がでた。然り。土地の者にとってはそれでよいかも。

(070804) 龍臥亭の育子にあいさつ、津山で吉敷一家とわかれ、森孝魔王の義足の齟齬が指摘
龍臥亭に。育子に横浜にもどるというと、ないた。自分はこれから一人ぼっち。友人が皆んな死んでゆく。若い頃の悪行のせい。里美に電話。横浜に一緒にかえる約束。育子がさびしがってると伝言。吉敷に同車し津山駅に。わかれ際、ユキ子がやってきて話す。森孝魔王はおかしい。何が。日照は右足を切断。それを鎧にいれた。そう。森孝魔王の義足は左足。然り。だけどあの森孝魔王の義足は右。えっ。じゃあとユキ子。改札口へ。

(070900) 翌日、津山、義足の再考、2005年、春、手紙を受領
(070901) 義足の齟齬を考える、成果なく馬車道にもどる、平凡な日常に
津山駅前の喫茶店でも、岡山で里美におちあってからも義足のことを考えた。義足は右。だった。だが左足であるべき。そのとおり。法仙寺本堂でみつけたのは日照の右足。間違いない。だから森孝魔王の義足は左。であるべき。自分は実際に見た森孝魔王の義足がどちらだったか思いだせなかった。自分は思考をめぐらすことが不得意。らしい。口喧嘩の再点検、恋愛映画の筋なら得意。哲学について考える。中断。スパイダーマンのことになる。脳の欠陥。人と会話。時々、よい思いつき。で、里美と会話。一人と大差なかった。何の収穫もないまま馬車道へ。そこから従来どおりの平板な生活。貝繁のその後。2004年末、大岐の島神社に新任の神職。櫂の行方。不明。日照の胴体、ナバやんの頭部、下足部も。2005年の春。

(070902) 安田という人物から手紙を受領
安田という人物から手紙をうけとった。差出人は吉田一休。安田はボランティアの仲間である吉田から託されたという。本人は電動車椅子の事故によりすでに死亡。

(080000) 終章 魔王の言葉、事件の真相
(080100) この手紙の趣旨
石岡先生。この手紙はわたしの死後にお読みになります。あの事件はわたしの一世一代の賭けでした。やったことは後悔してません。やらなければが自分を許せなかったでしょう。

(080200) 菊川は悪人、村の癌
菊川はあの村の癌でした。事情を説明します。自分の言葉を正確につたえてください。お願いします。菊川の悪行はサラリーマン時代からきいていました。借金で首をつった者、しいられて関係をもった女。真理子もそう。育子はせまられたようです。

(080300) 殺害決意の理由、櫂の自殺
殺人を決意したのは櫂の自殺です。地震の夜、櫂は鴨居からたらした綱で首をつってました。菊川は借金の猶予をエサに関係をつづけていました。

(080400) 櫂とは一卵性双生児、不幸な人生
櫂とわたしは一卵性双生児です。双子は獣腹といい差別をうけます。いじめられます。櫂はそれに抵抗せずへらへらと笑っていました。それが侮りを生みさらにいじめを加速させたようです。わたしと櫂は4歳まで早佐古の家にいました。そこから櫂は里子にだされました。わたしが中学校の時、両親があっけなく死にました。強欲な親戚があっという間に遺産をうばいとりました。わたしも里子にだされました。わたしも苦労はしましたが、どうってことはありません。櫂は山の中の家でくらしていました。窮状につけこんで男たちがよってきたようです。会うと体が臭くなってました。

(080500) 森孝魔王伝説の利用
櫂の体をだいて殺害を決意しました。犯行を計画してる時、右足に激痛がはしりました。天啓を得ました。ナバやんの死体、櫂の死体、森孝魔王の伝説。わたしと櫂が一卵性双生児であることは誰にもしられていません。櫂の長髪、黒髪、眼鏡が真相をかくしてくれました。

(080600) 壊疽で切断必至の右足、日照殺害の偽装
わたしの右足は壊疽でした。切断は必至でした。ところでわたしは薬マニアでした。風邪をよくひくので抗生物質をたっぷりもってました。炎症止め、化膿止め、さらに麻酔薬。わたしは即刻、抗生物質と化膿止めをのみはじまました。これは数日前からの準備です。さてわたしの考えたことです。

右足を膝から下で切断。この足部と頭部、実は櫂の頭部ですが。これを血溜まりの中にならべる。これでわたしが殺され犯人は頭部と下足部を現場において胴体部分をもってにげた。こうみせかける。切断はチェーン・ソー。段取りは自分の頭部と下足部を用意する前に、ナバやんの死体の頸部をと足の膝下を切断、頭と下足部がない状態で前もってみせておく。これを森孝の鎧にいれるよう皆んなに要求する。これが前段。

(080700) 死体部分を鎧兜で接合、鏡像の森孝魔王の出来上がり
次に日照の頭部と下足部を用意。皆んなにみせる。これも森孝の鎧にいれるよう要求する。すると鎧の中に、左の下足部だけがない体がひと揃いできあがる。これは森孝の鎧姿のいわば鏡像です。義足部分が左右ちがう。しかし異常な状況ではそれに気づく人はいまいと思ったのです。森孝魔王の復活とみてくれる。早晩真相は気づかれる。しかし逃亡の時間はかせげる。ともかく計画どおりに、時間をきめ、抗生物質と炎症止めをのみつづけました。

(080800) 死体切断の作業、残余の穴への投棄
わたしは法仙寺の墓所の北西の角に穴をほっていました。これは冬場に突然、死者がでたときの用意でした。ここでナバやんをチェーンソーで切断、保存、櫂も切断、頭部を剃髪しました。二人の死体の不要部分を穴にいれ、蓋をもどし雪をかけておきました。櫂の頭部は本堂脇の雪の中にうめ、いったんかくしました。この時、死斑をある一面に集中させるよう右頬を下にしてうめました。

(080999) 右足切断、作業、手順、麻酔薬など
いよいよ自分を切断するという日です。陽がおちたら戸板をもって本堂の裏手の雪の下にうめておきました。それから物置から刀、銃をもってきて自分の家の物置にうつしました。自分の足を切断する段になると躊躇がうまれました。しかし菊川が明日この地をはなれることをしり、気持は今夜決行とかたまりました。切断してすぐ決行には不安がありましたが、櫂の首を切断したことを思いだしてぶれまいと思いました。櫂の頭部をほりだし、足の切断のため本堂にはいりました。現場の乱れをおそれ充分細部をねりました。ヴィニールシートを用意し脇におき、チェーン・ソーや切断後に使用する義足、麻酔薬や注射器、ヴィニール、包帯、簡単な軟膏をこの上におきました。自分の一部変色した右足をだし直接畳の上において麻酔薬を注射して感覚がなくなるのをまちました。それから櫂の頭部を右頬を下にして畳におきました。感覚がなくなったら一気に切断しました。畳にちょっと傷をつけました。注意すればここが切断の現場とわかったでしょう。

(081000) 激痛にくるしむ、後片づけ
予想外の激痛におどろきましたがやっとのことでチェーン・ソーをシートの上にもどしました。麻酔の効果で痛みがやわらいだ後に、畳の上の飛沫に丹念に血をかけました。自分の右の頬に血をつけておくのをわすれませんでした。血溜まりがじわじわひろがります。それをさけながらやすんでいました。死の危険を感じましたがようやく血がとまりました。軟膏、包帯、ヴィニールで処置して義足を装填しました。やすんでるうちに、また麻酔をうちました。その時、二子山から携帯連絡がありました。演技をして携帯をきり、ヴィニール・シートをまるめその場をはなれました。本堂をさる時、障子をしめ密室にしましたが、これは夢中の行為。その方法はまず栓を桟からはずしておいて障子をうごかしながら穴の位置をさぐれば簡単にレールの穴におとしこめます。

(081100) 残余を穴に投棄、台所でいったん休憩
元気な時に段取りは反芻してましたから朦朧とした頭で雪の上をはい後始末。墓所北西部の穴にシートをひきずって板の蓋をとってシートごとすべてを穴におとしこみました。蓋をもどし雪をのせました。先生、二子山にであわないよう、墓所を東回りに迂回し家に裏口からはいりました。台所の板の間の下にスペースをつくって、布団、毛布、薬、簡易食料、水、懐中電灯をおいていました。そこですこしねむりました。

(081200) 指示した森孝魔王の鎧兜の確認
激痛で目がさめ、高熱をだしてました。何度も気がとおくなりました。櫂のことを思い決意をあらたにしました。まずは具足の処理です。勝手口から夜の吹雪の中にで本堂までゆけきました。戸口から二子山、先生。里美を目撃しました。8時40分でした。地下の森孝の鎧がどうなってるかです。目論見どおりならよし。そうでなくとも、櫂の頭部、自分の足をもちさることはない。それは自分でもってゆけばよい。そう考えて地下にもどりました。

(081300) 鎧兜を戸板で予定の投棄場所まで搬送
本堂、こわれた障子から中を見て、頭と足が甲冑にはいってることがわかりました。階段をあがり本堂裏手、雪の中にかくしてた戸板をもってきました。通廊をひきずり階段をすべらせて地下におとし、甲冑のある部屋の前までひきずっていって、半分部屋の中にさしいれてから、櫂、ナバやんや、わたしの一部がはいった森孝の具足を戸板にのせました。階段をおしあげるのが大仕事でした。死力をつくして一階の床までおしあげました。戸板を橇にして吹雪の中を前進、龍臥亭裏手に迂回し、龍臥亭脇の土手を滑降して下の小径にでました。櫂やナバやんのはいったた甲冑を戸板からひきずりおろして小径によこたえました。そこでしばらくやすみました。

(081400) いったん台所にもどる、有り金、同形の鎧、銃、刀、装着、神社に出発
体力の限界にたっしてたので戸板を雪の中にかくし、注意しながら龍臥亭の門前をすぎ法仙寺にもどり、勝手口から台所の床下でねむりました。頭痛で目がさめ、やっとのことで床からはいでました。もうもどれないから、有り金をポケットにつめ、でました。納屋で森孝と同形の鎧をきました。面当てだけがなかったので森孝のを流用しました。刀、鉄砲、銃弾を身につけました。体力がつきそうになったので乾パンをたべて体力の回復をまちました。これで駄目とわかれば、下顎から脳をうちぬき自殺するつもりでした。外にでました。吹雪はますますつよくなってました。熊笹を滑降しましたが、石や岩にぶつかり転倒、悲鳴をあげました。吹雪がさいわいしました。沖津の宮にむかおうと道端にたちあがりました。すると先生と黒住の言い争いの声がきこえました。

(081500) 三人 を後ろに坂道を、菊川をたおし、坂をおりる
黒住をまきこむことはできません。伝説をしってる菊川に森孝魔王の姿をみせ殺すつもりでした。龍臥亭の皆んなには、まず二人の死体を森孝の具足の中にいれさせること、できたらそれがきえているのを見せること、最後に龍臥亭下の小径に移動していて、菊川の生首を手にもっているのを見せること、それだけで充分と考えてました。わたしは銃を空にうち黒住にかえれといいました。そのことは結局三人を後ろにしたがえて大岐の島神社にのぼってゆくことになりました。苦痛にくるしみ自分をはげましのぼってゆきました。沖津の宮が見えた時、安堵でたおれそうになりました。すぐに中にはいりうとうとしましたが、腕がしびれてうてません。大広間からにげだした菊川をおって、ついにしとめました。まったく後悔はありませんでした。ちかづいて刀で首をきりおとし、夢中でそれをぶらさげ、坂をおりました。坂の中途、満月の光の中に法仙寺の全景を見た時、万感の思いがこみあげ涙がでました。

(081600) 森孝の出現に驚愕、そのミイラと鎧兜などを穴に投棄
龍臥亭の下についたら、おってきた三人にはかえってもらわなければなりません。櫂とナバやんがはいった森孝の具足がおいてあります。これがみつかるのはこまります。威嚇のために銃をうちました。三人がかえっていったので安堵して前方をみて、驚愕しました。森孝がたってました。失神しました。気がついてこれは御仏の力と思いました。ここで考えました。前にかくしてた具足をほりだし、また戸板をとりだして、そこに森孝のミイラをのせました。苦労して杉の林をぬけ法仙寺の墓所にもどりました。自分がきてた鎧をぬぎ、また考えました。森孝を鎧におさめ穴におとしました。そこにおいてたスコップで土をかけうずめました。これがあの夜にわたしがしたことです。

(081700) 現場から逃亡、東京に職をえる、先生の著作をしる
それから無理をせず、ゆっくりと貝繁の村をあとにし峠をこえ、そこで長距離トラックにのせてもらいました。彼に安宿を紹介してもらいそこで傷をなおしました。その後、京都にでて、義足をかいました。わたしは自首するつもりはありません。みつかるまで潜伏生活をつづけるつもりでした。生活費をかせぐためにも都会を目ざしました。新幹線、東海道本戦をさけ裏日本経由で上野につきました。薬関係の仕事をさがし、薬の倉庫番をみつけました。上野の古本屋で先生の「龍臥亭事件」をみつけ購入しました。読了して、何冊も先生の本を購入し、よみました。もうあわないときめたことですが、貝繁の村がなつかしい。先生がなつかしいと思います。それで先生宛ての手紙をかくことにしました。

(081800) 青砥でささやかな幸せをえて、先生の多幸をいのる
青砥に真光の会という真言宗の新興宗教の会があります。それをみつけたのでそこにゆきました。こちらのいいたくないことは詮索しない。よい人たちの集まりです。また銭湯で爺さんの仲間と仲良くなりました。坊主だといって御仏の教えを講釈してます。皆んな真面目にきいてくれます。わたしはこんな調子で元気でやってます。お喋りはこれでやめます。先生とあったことは本当によかったと思ってます。お身体に気をつけて頑張ってください。日本の片隅でずっと応援してます。
日照。

(090000) 感想
大衆は孤独である。この作者の強烈なメッセージが、占星術殺人事件のヒロインやここの日照の告白(終章 魔王の言葉)にあらわれてる。殺人の動機は個人的である。社会や理想、思想のためでない。犯行も独力である。世間の理解や協力を期待してない。現状へのはげしい絶望がある。そのため犯行の破綻が死を意味してもおそれない。ささやかな個人の力をつみかさね、次々と襲ってくる困難を強靱にのりこえる。最後に殺人者であることをおそれない。占星術殺人事件のヒロインは御手洗に探知され死をえらんだ。日照は潜伏生活の中、ちょっとした事故で死んだ。

この作者の作品は長大複雑である。その謎は古今東西の歴史をひもとき、最新の科学、医学、脳、記憶、宇宙、軍事技術の知識のうえに成立してる。とても読みやすい大衆の読み物とはいえない。宣伝めくがこのような謎解きがなければ、その醍醐味を充分に味あえないだろう。しかし、作者は孤独な大衆の心情にはたらきかけ、その心をゆさぶるすぐれた作品をつくりつづけている。

(100000) テーマ
警察、裁判所、村の秩序などにひっかからない悪人がどのようにしてさばかれるかである。菊川は宗像大社の神職にありながら、高利貸としてまずしい人びとの弱味につけこみ、おおくの女性を傷つけてきた。宗像大社には上納金で、高利貸ではたくみに法の網をくぐって罰せらなかった。これを森孝魔王伝説を利用して見事に天誅をくわえた。

(110000) 評価
1) 原理的に可能か、2) 現実にありえるか、という点では特段の問題はない。しかし、龍臥亭事件にくらべて物語のまとまりにかける怨みがある。物語の成立とトリックの妥当性は表裏の関係にあるのでこの点についてのべる。

2) 上巻においては、悪をこらしめる森孝魔王への期待でおわる。つづいて二つの死体部分を鎧兜の中で接合するよう脅迫する事件がおきる。ここで戦時中に死体接合の研究をしてた伊勢が強力な容疑者として浮上する。最後に悪人菊川を罰する森孝魔王が登場し物語がおわりとなる。

3) 森孝魔王伝説は物語を一貫しよくまとめてる。櫂、真理子の不幸、日照の怒りは伝説をうみだした地域の因習、貧困と照応してる。これはこの作品の前作といえる龍臥亭事件とも共通してる。

4) この作品は物語の最後に登場する日照の告白をのぞくと、大岐の島神社における真理子の失踪ではじまり、隠蔽の謎解きでおわる。神社が所在する神域の姿、祭の神事の次第がトリックの重要な鍵となってる。何故、宗像大社の分社がここに所在するのか、よくわからない。また悪の権化である菊川は九州から元樵の神主としたやってくる。これもよくわからない。

(おわり)

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謎解き島田、龍臥亭事件 [島田荘司]

* 1) はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

* 2) 3月30日、石岡・佳世の旅、龍臥亭、幸子殺害
** 1) 佳世とのであい
探偵、御手洗潔が小説家、石岡和己とくらしてた横浜馬車道のアパートをはなれ一年以上たった。平成7年(1995)の春、二宮佳世という20代の女性の訪問をうけた。

** 2) 佳世の懇願
*** 1) 不幸な人生
石岡にいう。御手洗は。いない。では石岡でも。どうしてもの時は御手洗の助言は。不明、でも可能かも。成程。では霊感を信じるか。否。でも嫌なことばかりづづく。だから何。父が死亡。原因は。老衰。母が卵巣摘出。それで。弟が交通事故、相手をはねた。傷害は。骨折、家内不和。それで。田舎に帰ろうか。生活は。で、断念。それでと石岡。四谷の霊能者に。自分に霊が。不幸は自分のせい。心当たりが。然り。夕方、学校のプールでおおきな動物が、樹のてっぺんに人の顔、金縛り。それで。おおきな樹の下、根元にうまってる手首をほりだせ。それを供養といわれた。佳世をみると手首があった。どこにと石岡。高尾山の「仙」の字がつく寺の樹の下。あったか。否、仙の字のある寺がないので、それらしい樹の下。駄目。

*** 2) お祓いの旅への誘い
また四谷の先生に、岡山県の伯備線の新見から姫神線のりかえ。それから列車にのって霊感を感じたところで下車。驚、それで。下車したら水のそばに、そこの村の一番おおきな樹の根元をほる。成程、話しは了解、で自分に何を。たすけて。へ、無理。でもどうすれば、手首をほりにいったらよいか。いきたければ、いく。ついてきて。無理、母親は。無理、病院通い、職場がある。ついてきて。無理。石岡は後悔したがついてゆくことにした。

** 3) 岡山、伯備線、姫神線、貝繁駅、龍臥亭
3月30日昼、出発、空路岡山に到着、伯備線経由、新見から姫神線の列車に乗車。午後7時すぎ、佳世が白いシャツの男の背中がという。下車を懇願。貝繁という名前の駅だった。駅舎に。無人の改札口。駅前。半月の光。停車中のバスに乗車。発車。運転手に下車場所をきかれる。川はあるか。葦川か。どこにゆきたいか。その川のそばに旅館があるか。無し、昔はあった。西貝繁村の龍臥亭という。琴をひく人もすくなくなったから。琴か。先代がすきだった。では、そこにいってくれ。ちかくまで、貝原峠まで。ではそこまで。そこが東貝繁村、そこから西貝繁村へゆけ。そこに葦川。そこをこえて1キロほど山道、龍臥亭。大丈夫か。然り、停留所からは。2里ほど。半月と星空の下をあるいた。おおきな門の前にでた。門柱に龍臥亭と墨書。

** 4) 輝く三階の硝子窓
*** 1) 硝子窓にかこまれた三階、女性
門の大扉、左右に黒塗りの板塀。龍臥亭は山の中腹に鎮座。建物が斜めに配置。ちかづくと右手にたかい石垣。白木と透明硝子と裸電球を特徴とする風変わりな趣向。木造三階建、三階部分はほとんんど硝子。カーテンがない。そこに人影、小柄な娘。手を硝子にあてこちらを見おろした。

*** 2) 親子との出会い
右手から4、5歳の女の子。つづいて母親。あわてて母親に挨拶。事情を話して宿をたのむ。母親が子どもの手をひいて左手に。玄関は施錠。裏手に。小柄な男にはなす。主人らしき男にたのむ。しぶる。母親と子どもをおいやった。たのむ。拒否。宿だけでも。拒否。お礼はする。拒否。そこに琴の音。佳世もたのむ。拒否。勝手口に身をいれる。そこにどーんという音、血相をかえて周囲を。ごうごうという音。火事。

*** 3) 火事の発生
主人が長屋のほうに。その渡り廊下をこえ、階段を。石岡も。石段の頂上に竜の彫物。頂上でたちどまる主人。回れ右。石岡、佳世も。すると三階がもえてる。主人は階段をおり、勝手口にはいった。二人もつづく。板の間、厨房の前。主人が火事だ。階段をかけのぼる。無人の二階を。三階につく。声をかけた。消火器を。主人は扉の前で「幸子さん」。小柄な初老の男が。消火器で硝子をわる。三人で扉をやぶる。男は消火器で消火。石岡がバケツで水をはこび、消火する。中でたおれてる女性を発見。主人がおこす。額にコイン大の穴が。ほぼ鎮火。炎がのこてるのは暖炉の前。琴の残骸。窓の類はすべて施錠、石岡が確認。

*** 4) 怪人の油絵、女の死体
正面暖炉脇に百号もある巨大な油絵。不気味な男の立ち姿。で、主人と二人で遺体を脇の小部屋まで。人の気配、階段室のガラス窓を開放。藤原。男がドアをあけたので、もう一つのくらい部屋にはこびこむ。布団に。二人が階段室にもどり、火事の部屋をのぞく。煙を外にだしたがってたが初老の男がとめた。さらにサッシや錠に手でふれた者がいないことを確認。石岡は現場は密室に。密室殺人。半身を中に、のぞく。左右の壁に窓が。すべて施錠。鍵に手でふれたか。否。石岡が中にはいり。引き戸形式の硝子戸の錠を確認、スクリュー錠はすべて施錠。佳世にも確認、誰かが中にはいって施錠したか。否。駐在をよんだことを確認し主人が階下におりよういった。

** 5) 龍尾館一階、応接間
*** 1) 石岡、佳世、一男、坂出、幸子の死、守屋
一階の応接間で待機。午前1時。 自己紹介をした。主人は犬坊一男、旅館の主人。石岡。佳世を奥さんかと。否。次に坂出(小次郎)あ、岡山で雑貨商。旅館は閉鎖したのかと石岡。然り、ただ先代と縁がある人だから。被害者はと石岡。菱川幸子、琴の演奏家。先代の犬坊秀市は琴の研究家。ここにはおおくの種類の琴、龍臥亭も琴にちなむ。琴は一面を一匹の竜に見たてて各部位の名前をつける。有名な小野寺推玉の弟子。療養のため投宿。どこかわるいか。精神的。佳世がきく。死因は。額に穴が。一男の制止にかわわず石岡。うたれたのだろう。主人が悲鳴。涕泣。そこに茶菓。大男が主人を心配。だが医者をことわる。大男は守屋敬三。どうしたのかと守屋。幸子がうたれて死亡。驚。石岡が考える。

*** 2) 密室のトリック、室内の幸子
密室の中で射殺。可能か。幸子が開錠、すると誰が侵入、それから脱出、施錠、不可解。さらに彼らの異常な怯えは何故か。本当かと守屋。然り、穴から弾がみえた。石岡が守屋と藤原(彰)にきく。現場は密室か。然り。ではどこからうったのか。口にするな、警察にまかせろと主人。襖があいて女性。犬坊里美。石岡、佳世、坂出がのこった。佳世がいう。犯人は。たよりない石岡にたのむ。謎をといて。また石岡が考える。

鍵穴だ。それから。施錠された鍵穴に弾丸をさしこむ。ドアのしたの隙間に封筒を。待機。封筒がピクリとうごいた瞬間。薬莢の尻をハンマーでたたく。弾丸が発車、頭部に命中。成程、でもドアに鍵穴無し。内側から閉鎖。坂出がいう。内外を貫通する形式の鍵はほとんどない。各種錠前をあつかったから。さらにこのトリックだった頭頂部に穴。額でない。自分は一部始終みてたと坂出。

*** 3) 硝子窓の部屋で犯行、坂出の目撃証言
本当か。然り、偶然、琴の音に部屋の前の廊下にでて三階のあの部屋をみた。皓々とした電気の照明、中はみな見えた。さえぎられる1メートル下をのぞく。どこから。30メートルの距離から。視力はよい。成程、戦闘機乗り。然り。琴の音が5分、 バタンとたおれた。あわててとんでいった。窓の下から炎。では演奏中の狙撃。然り。トリックは無し、自殺も無し。では、立ちあがらなかった。然り。琴の前にすわり、演奏、うたれてたおれる。この間立ちあがらなかった。然り。隣室の小窓、破壊されたドアの上部の硝子から内部の光が階段室からみえる。ずっと四つんばいでなければ人の動きはわかる。人がはいった形跡はない。隣りの部屋は。無し。人がはいった形跡はない。演奏の姿勢は。背中をむけてた。左の後頭部がみえてた。前には何が。暖炉。成程、それか硝子窓。坂出からみて窓の外に何がみえたか。空。まだつづく。

*** 4) 暖炉、ガスバーナー、もえた琴
暖炉で何が。ガスがもえる、昔は薪。薪ににせた鋳物。部屋は。板の間。被害者も座布団の上に。何故、カーテンがない。稽古の女性の様子を龍胎館の廊下から客にみせるため。成程、何故、火事になったか。おそらく、うたれてたおれた。琴が暖炉のガスバーナーにふれてもえた。成程、では被害者の目の前に暖炉、空しかない。否、もう一つ、油絵。

** 6) 応接間、事情聴取、部屋での就寝
*** 1) 幸子の来亭、睦雄の祟り
駐在所からきた森安太郎巡査が応接間に消火に関係したメンバーを。それに妻、育子をくわえた。で、きく。被害者は。菱川幸子、京都、生田流の箏曲の演奏家。滞在期間は。2月26日から。こちらとの関係。先代が面倒みてた人。年齢は。25、26歳。一人か。然り、目的は療養。症状は。不明、精神がつかれたとか。命をねらう者は。不知。怯えてたか。否。敵は。不知。村に知り合いは。無し、こちらだけ。では、何故。不答。村に鉄砲をもってる者は。無し。沈黙。やはり祟りか、と守屋。それは何。法仙寺の住職か釈内教の二子山にきけ。すると。たぶん睦夫の祟りと守屋。明日県警が。どこにもゆくな。事情聴取はおわり。

*** 2) 石岡、佳世の配室、龍尾館、中庭、縁側、欄間、竜の透かし彫り
主人が二人のため、裏板の間と蒔絵の間を用意した。簀の子をしいた渡り廊下をすすみ、石積みの三段の階段をのぼって部屋に。見あげると「龍胎館」という額。ふりかえると今までいた建物の出口脇に「龍尾館」の表札。廊下はずっとのぼり坂。右にまがる。部屋は廊下の左側に整列。右側は素どおし。ただ柱のみ。その足元にはレール、天井にも凹み、戸がはまる仕組み。右側には石垣、視界をふさいでた。しかしのぼるにつれ石垣はひくくなった。花壇がみえた。そのむこうには起伏をもった芝生。のぼりつめると地面よりたかい地点に。裸電球が点在。左側の各部屋の縁側に面するところに葦簀張りの葦戸(よしど)。天井との隙間には欄間、竜の透かし彫り。

*** 3) 部屋の構造
部屋の葦戸をもつ入口脇に「尾布の間」などの名札。裏板の間に到着、佳世が入室。自分は隣りの蒔絵の間に。すぐ二畳敷の部屋、奥の間には襖からはいる。四畳の間の廊下側は壁、上部は欄間。葦戸にはつっかい棒。二畳の間と四畳の間の仕切りの襖にもつっかえ棒がつかえる仕組み。四畳の間の奧は窓をもつ六畳の間。その押入には布団。四畳と六畳の仕切りの襖にはつっかえ棒はない。三つの間には家具として座卓、灰皿、行灯、押入の中に座布団。六畳の間の曇り硝子の窓。そこにさびたスクリュー錠。あけると竹製の筧。トイレは廊下にでてちかくにあった。もどって布団をひいて寝た。

* 3) ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。


龍臥亭事件〈上〉 (光文社文庫)

龍臥亭事件〈上〉 (光文社文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 1999/10
  • メディア: 文庫



* 4) 3月31日、手首発見、晴殺美害
** 1) 鐘の音、応接間、朝食
*** 1) 鐘の音、覚醒
ごーんという音。覚醒、午前6時。外の廊下にでる。靄、雨。廊下にたってながめる。龍胎館は山のスロープにそってつづく。その先端、末尾に建物、建物は石垣の上。龍臥亭の構造を把握する。

*** 2) 龍臥亭の構造、龍尾館、龍胎館、龍頭館、連絡橋
建築物のむれは山の斜面に所在。山の中途に平台。これを中庭と。龍胎館が斜面にそって展開。建物の廊下は右回りで、のぼってる。龍胎館下部の廊下では右に石垣を。この石垣は平台の支える擁壁。上部にいけば廊下は中庭よりたかく。そうすると石垣は斜面をおさえる擁壁。中庭の上に。のぼりつめた先に、また建物。黒々とした仏舎利塔のようなもの。これは龍頭。鐘の音のする方をみると竜頭館の上方に山寺。右をみる。龍尾館の三階のみ。坂出も昨夜このあたりで見てたのだろう。龍尾館の頭頂から龍頭館の足元に長々とのびてるもの。連絡橋。手洗いに。スリッパが部屋の前に。これで使用されている部屋とそうでないのがわかる。

*** 3) 幸子の狙撃音、二度寝、事情聴取
部屋で考えた。どーんという音。幸子がうたれた時の音。やっと気づいた。しかしどこから。入口の戸はあつい木造。施錠された窓、完全な密室。さらに動機は。銃をもつ者がいるか。突然ひらめいた。油絵の男は猟銃をもってた。御手洗向きの事件だと思った。また就寝。佳世の声。午前10時半。押入の中にあった琺瑯のカップをとりだし、窓をあけて歯をみがいた。雨の中、手前の木立、川、岸の桜並木の一部、水田がみえた。

** 2) 渡り廊下、応接間、食堂
*** 1) ミチ母子
佳世とともに県警のまつ応接間に。石垣の上にある竜の彫像がみえた。廊下をおりきる渡り廊下の簀の子の上におりた時、龍尾館からでてくる昨夜の母子。子どもは4歳、ユキ子。母、ミチ。三人の警官に。50代が福井、鈴木、20代が田中。

*** 2) 刑事とのやりとり、御手洗の実在、室内の生存
刑事とのやりとり。御手洗はどこに。外国。どちらに。北欧。本当に御手洗が実在か。実在。今回の来訪は。自分が依頼と佳世。佳世は心霊ツアー、石岡は取材旅行かと刑事。不答。今回の事件に心当たりは。無し。刑事にきく。三階の硝子窓。とじてた。スクリュー錠は。施錠。硝子窓は。破壊無し。ドアは。内側からロック。換気扇、空気抜きの類の穴は。無し。密室で殺人といいたいのかと刑事。ちがうか。否、結論は時期尚早。鍵をかけてから生きてたとの証拠はない。でも琴の音がきこえてたと石岡。それは別の人かも。別の人、心当たりは。不答。幸子がひいてたという姿を見たものがいた。それは坂出か。署で事情聴取する予定。まだつづく。

*** 3) 密室殺人、戦争中の生存
石岡がいう。銃声を、火のでる前。その時、密室だったか不明。すると、消火の時、窓の施錠を確認したと藤原。本当かと田中。石岡も確認。部屋の中で生存したと証言したのは坂出だけ。否、自分もと石岡。本人か。然り。夜。電気の明かり。他人(ひと)違いかも。否。主人が登場。

*** 4) 生存の時刻、ダムダム弾、驚愕の一男
刑事がきく。うたれる前の生存を再確認。否。石岡に確認。石岡は不答。主人に銃声はきいたかときく。不知。琴の音をきいたか。然り。その時何をしてたか。ミチの声で裏口にでて石岡にあった。その前はどうしたか。三階のドアをたたいたら、中から返事。刑事に怒、はじめてきいた。然り。では、生存したのか。不答。幸子の声か。不知。県警からの電話が福井に。鈴木が幸子の声かときく。否。では誰の声か。もどった福井が弾丸はブローニング1930年代の製造。主人が驚愕。ダムダムと。たおれる。室外にはこびだされた。福井が説明。ダムダム弾とは猟銃などで獣をうつ時につかう。一発でたおせるよう、鉛の弾丸に傷をつけ体内で拡散するようにしたもの。

*** 5) 食堂、刑事3人、石岡、佳世、二子山親子、ミチ母子、育子
石岡が食堂に。六十畳の部屋。正面は一段高い演壇、膳はこちらを上座に配置。刑事、佳世、石岡とならび、向かいに中年の男性、鼻のおおきな男性、ミチ母子がならんだ。そこに女主人の育子がはいってきた。紹介があった。向かいに釈内教の神主、二子山増夫、息子、神主、二子山一茂。どんな用件でと石岡。お祓い。家人の紹介。里美、高校生、現在学校に。二人の娘、村からの手伝い。中丸晴美、倉田エリ子。息子の犬坊行秀。食事がすすむ、石岡がきく。神主の用件は。不答。ユリ子がお化けがでるといった。どんな。不答。誰にきいた。お婆ちゃん。トトロのことかと福井。石岡が、幸子の事件を二子山にきくと刑事が外部への発言に注意。

** 3) 葦川、佳世、手首
部屋にもどる。佳世がよぶ。川のそばにいきたい。同行を。躊躇したが同行。雨。坂をおり川に。土橋をわたる。上流に。桜の樹のしたをほる。手首の骨。お寺で供養してもらうと佳世。

** 4) 法仙寺、墓場、供養依頼
*** 1) 法仙寺を訪問、墓場の住職、殺人事件
二人が龍臥亭の門前。のぼる。山門に法仙寺の表札。またちいさな門、境内に。正面に本堂、左手に鐘撞き堂、右手に庫裏。雨の午後。庫裏で住職は。墓。庫裏の裏手に。石岡がいう。龍臥亭に投宿の者、供養を。何の。躊躇。龍臥亭で死者がと住職。然り、幸子。また琴弾く人か。

*** 2) 幸子の死の状況、ブローニング製造銃
どのように。三階で演奏中にうたれた。誰に。不明、警察が捜査中。窓からか。否。戸口か。否。部屋に他人が。否、一人という証言。そんな馬鹿な、すでにうたれていたのでは。では誰が証言。坂出。嘘。演奏の音をきいた。テープレコーダー。否、部屋に無し。部屋でない別の場所では。否、響きがちがうから本物の演奏。自分も窓に立ってるのを目撃。馬鹿な、額をうたれたのなら、その前に何が。窓、暖炉。暖炉に仕掛けは。無し。馬鹿な。猟銃か。不明、弾丸はブローニング、1930年代製造。驚、冗談か。否。住職が口の中で呪文。何か事情が。教えて。否。

*** 3) 手首の供養、失神する住職
はなれようとする住職に供養してほしい、と石岡。その時、真新しい墓に小野寺推玉の名。何を供養か。川の樹の下でみつけた手首の骨。住職は驚愕。たおれた。石岡が庫裏にはこんだ。

** 5) 法仙寺庫裏、鐘撞き堂、龍臥亭、中庭、むかで足の間
*** 1) 住職を庫裏、父娘の異様な反応
庫裏にはいり住職の急変を。父と娘だった。寝かせる。娘が事情を。変なものをみせた。何。手首、どこで川のほとり洗濯場で。「よし子」という声。石岡が娘にはなしかけるのを制止。二人に辞去を懇願。石岡が過剰反応について考える。一男は弾丸が1930年代の時、住職は手首の時。異常な反応。

*** 2) 佳世への不審
鐘撞き堂の脇から龍臥亭をながめる。左手前に立派な建物、そこから龍胎館。うねってつづき最後に龍尾館。左手前のすぐ下。龍尾館の屋上と左手前が鉄橋で連絡。石段をおりる途中で行秀と。龍臥亭の門をはいった時、考える。佳世が簡単に発見。不審。罠か。屈辱、怒り。龍胎館の渡り廊下をつっきり、お花畑に。行秀が鐘をついてる。石岡がきく。佳世、君は何者。驚。あの手首は誰の者。驚。あの手首が誰か知ってる。否。馬鹿にするな。石岡が駄目になった、自信をもってくれ、と佳世。鐘の音。女の悲鳴。

*** 3) 晴美の殺害、状況、銃声、人影
場所を確認。「誰か、助けて」。崖っ縁にたつ竜の像に右手をのせて下をのぞく。縁側にミチと娘。晴美に変事。三人の刑事が。おくれて石岡。

晴美が左手の仏壇の前、こちらに背中をみせてたおれてた。刑事がミチにきく。状況は。不可解。晴美がユキをあそばせてた。自分は仏壇でお祈り。隣りに晴美とユキ、祈り。すると晴美がたおれてきた。銃声は。否、無し。位置は。ミチ、ユキ、晴美。晴美が一番廊下側。この戸は。閉鎖。人影は。不明。葦戸にはハンガーに女物の衣服が二着。二人は外にだされた。石岡が考える。

*** 4) 狙撃場所、葦戸、ハンガーの遮蔽
廊下から、とっつきの二畳の部屋の人物はぼんやりみえる。庭にたった者も。うった弾は細い葦をとおる。紙のような明瞭な跡をのこさない。狙撃者にとっては中にいる人物の狙いをつけやすい。ところがむかで足の間の場合、衣服が邪魔。廊下はともかく中庭からは無理。では龍胎館のとっつきに所在のむかで足の間。可能か。中庭にたって検証、不可能ではない。でも最短距離の地点から。衣服が邪魔。晴美がみえない。実際、ハンガーの衣服に穴は。無し。しかも日中。目撃者は。ここを眼下に見おろせる場所に二人。自分はみず。佳世はみず。福井がきく。

*** 5) 犯人の逃走経路を刑事確認
ミチがでてきた時、どこに。事件がおきた時、ここをみてた人は。佳世。どこに。石段の上。犯人は。否。ミチの声がきこえた時、人は。否。銃声は。無し。では他の人。銃声は。無し。福井がいう。声はうたれてすぐでない。たおれて気がついた。一瞬の間があった。犯人はこの廊下、または地面の上にたって狙撃。場合を考える。左、石垣に。右、石垣に、正面も行き止まり。左手の廊下に誰か。二子山増夫と二子山一茂。みたか。無し。この石段をかけあがって上の中庭に。無しと石岡。では龍尾館へ。刑事がいたから、無し。で、龍尾館にぶつかって左手に。守屋が戸口で休んでた。無し。で、藤原の行動は。厨房で晩飯の仕込み中。エリ子とあわせ三人でやってたが、声がきこえ外にでた。庭をとおってか。否、渡り廊下の簀の子をとおって。準備手伝いの分担は。二人が交互。今回は倉田。福井がいう。犯人は右手ににげ、龍尾館か、ぶつかって右手ににげた。その時、里美が渡り廊下を横切り龍尾館の手前にあらわれた。一男がきく。今まで。アヒル小屋でエサを。アヒル小屋はどこにと福井。龍尾館の右、陰のところ。刑事が指摘した逃走路。里美は。ずっとそこに。然り。何分。10分。誰か。否。ミチ の声は。きかず。アヒルがうるさかった。里美が石岡に一礼して去った。

** 6) 大広間、龍臥亭配置、過去の因縁、手首の身元
*** 1) 龍臥亭の由来
大広間に一同があつまる。この機会に石岡は龍臥亭のことを勉強する。龍胎館の各部屋の名称は。琴の名称に由来。そもそも龍臥亭という名称は。先代が琴の趣味。琴は。日本では竜にたとえる。ところで琴の名称を専門家は。つかわわず、箏。龍臥亭は。山の中腹にとぐろをまく一匹の竜。ここ龍尾館は。尻尾。龍臥亭全体で龍尾館は。最大の建築物、部屋数多数。犬坊家の人びと居住。各自が自室。龍尾館からのびてる長屋風建物。龍胎館。のぼりつめると。法仙寺からながめた建築物。龍頭館。別名が龍頭の湯。つまり大浴場。もともと細々とわいてた土地の温泉。犬坊家がながく独占。本来は村人に公開する意図で建築。従って外来のお客は有料、地元は無料。純粋の温泉にもかかわらず犬坊家のみ使用。湯量がすくない。旅館をたたんだ現在も地元に公開。でも実際は。集落のはなれにあることから法仙寺住職と二子山増夫のみ。

龍胎館が斜面を一周。だから龍頭館は龍尾館のすぐ頭上。ために龍尾館の屋上から龍尾館の裏口まで。鉄橋。なければ大回り。龍尾館が三階建。こういう理由。龍胎館はそれだけのぼってる。で、一列にならんだ各部屋は。リゾート地の高原のバンガロー。床は水平。隣室との高低差は約40センチ。各部屋の名称は。

*** 2) 各部屋の説明
1)「むかで足(あし)の間」ミチ、ユキ親子
2)「尾布(おぎれ)の間」
3) 「柏葉(かしわば)の間」
4)「下音穴(しもいんけつ)の間」
5) 「雲角(うんかく)の間」
6)「甲(かぶと)の間」
7)「磯(いそ)の間」
8)「裏板(うらいた)の間」
9)「蒔絵(まきえ)の間」
10)「べっ甲(こう)の間」
11)「螺鈿(らでん)の間」
12)「柱(じ)の間」
13)「弦(げん)の間」
14)「四分板(しぶいた)の間」
15)「 枕角(まくらづの)の間」
16)「龍角(りゅうかく)の間」
17)「六分板(ろくぶいた)の間」
18)「龍眼(りゆうがん)の間」
19)「龍額(りゅうがく)の間」
20)「上音穴(かみいんけつ)の間」
21)「 口前(くちまえ)の間」
22)「龍舌(りゅうぜつ)の間」
23)「猫足(ねこあし)の間」。そして
24)「龍頭(りゅうず)の湯」
である。

1)の部屋は、流し、テレビ、ステレオ、仏壇、家具、食器、暖房器具が付属、自炊可能、親子は犬坊家の客人として長く逗留らしい。
8)の部屋は、佳世、テレビ、ラジオ、暖房器具なし。ただし卓袱台、ちいさな水屋あり。
9)の部屋は、石岡、同上
10)の部屋は、坂出
5)の部屋は、二子山親子
3)の部屋は、刑事の福井、鈴木、田中
23)の部屋は、晴美、
22)の部屋は、エリ子

*** 3) 各館との連絡、暖房、家具備品、一般客、VIP、家人
龍尾館にかようには。龍頭館から龍尾館の屋上鉄橋。あるいは中庭から小径、石段、龍頭館。あるいは龍頭館から石段、花壇脇の小径。竜の置物、階段を。龍尾館にゆく。二人の部屋からさほど遠くない。龍尾館や龍頭館からみて不便なのは、柱の間、弦の間、四分板の間。廊下か、中庭の小径、階段を。犬坊家の家族は全員、龍尾館の二階。龍尾館は家族、龍胎館は一夜泊まりの温泉客。龍胎館は暖房器具、勉強机、テレビ、ステレオがない。それがある家族と一緒が生活によい。暖房器具は。龍胎館の全室には無し。むかで足の間にストーブ。これは石油でなくプロパンが燃料。なら建設当初に付設するはず。設計当初の考え。しかし、むかで足の間は秀市が個人的に使用。ならわかるが、1) から5) の5室がそう。不思議。守屋、藤原は龍尾館一階。幸子が三階。その師匠である推玉も。VIPは龍尾館か。事情聴取は応接間。

*** 4) ミチの過去
応接間で事情聴取。刑事たちには非日常の事件。当惑。石岡が考える。母子が心配。だがユキ子は大声で朗読、周囲は拍手喝采。育子や義母の松子と積み木。京都にもどりたいとミチ。警察が不許可。ここにきた事情はと石岡。運勢をみる人から先祖供養を。悪運が。沢山、詳細は不答。

*** 5) 佳世とミチの対話、因縁の過去、仏前の礼拝
そこに同感と佳世。霊感の先生の指示とミチ。肩に人が、肩腰が重い。ここも。霊感の先生。貝繁は凄い因縁の村、でも霊感でたどりつくのはすごいとミチ。また、自分の先祖の地。何かがついてたか。水子。驚。然り。何人もか。不答、それにひどい霊、祖先の因縁。だから半年、仏、墓の生活。こちらに先祖の墓か。然り、母方、戦前にでて京都に。法仙寺に無縁仏、不明。龍臥亭に無理にたのむ。育子の好意で。自分も娘も命の危険、耐えるようにと指示。よかったと佳世。二人共感。あの部屋を移動かと石岡。否。ほかに仏壇がない。どこでも一緒、龍尾館でも幸子が死亡。幸子はどんな人。神経質、無口。それに犬坊が冬用の戸をつけるといった。葦簀をはずす視界がさえぎられ、風も、だから安全。行秀が作業中。手首をどうしたのかとミチ。さがしてここで発見。感心。そこに刑事の鈴木。佳世に声。

*** 6) 推玉の手首と判明
推玉の手首を法仙寺に。推玉て何。しってた。否。一同驚。鈴木が佳世をよぶ。石岡ははいれない。石岡が田中にききたいととめる。許可をを得て田中が了承、廊下に。

** 7) 厨房隅、田中との対話、御手洗への依頼、情報の入手
*** 1) 推玉のこと
厨房の片隅。田中がいう。どんなこと。推玉とは。津山市出身の琴の演奏家。津山で多数の弟子ををもつ。秀市と親交、よく投宿。一週間投宿後、3月6日に行方不明。この家からか。然り、殺害死体で発見。驚。龍臥亭で発見か。不答、御手洗に言及、自分は現場の人間、捜査の実態はもっと地味。成程。自分は御手洗の実在を信じてる。勿論、実在。否、スーパーマンとしての御手洗が実在か。それで。

*** 2) 田中、御手洗への依頼
自分は信じたい。貝繁は因縁のある村、現在世間に事件はひろまってないが、間もなく大騒ぎになる。その因縁とは。詳細は他人にきけ。しかし、昔、好色で乱暴者が事件、ある春の晩、発狂、30人を一晩で殺害。驚、実話か。然り。それに村にはウランがでた。人形峠か。否、荒坂峠、大騒ぎ、だから祟り。成程、でもウランはよくわからない。事件は貝繁村の大事件。もっとひろがるかも。自分はこの手の事件はまったく無知。おりいって依頼事項が。もっとひろがれば。解決すれば。然り、それも迅速に。で、御手洗か。然り、自分の一存で。で、今どこに。オスロ、ノルウェー。住所は把握。率直にきく、実在か。驚、創ったものでない。実は石岡先生。否。協力を願う。成程、で、御手洗との交換でなければ情報は。だせない、自分の一存でいう。繰りかえし、御手洗の存在は信じたい。つまり交換ですね。まあ。

*** 3) 石岡、依頼の約束、情報の入手
手紙で依頼、確約無し。石岡が質問する。推玉の死体は。

*** 4) 推玉の遺体の詳細
村から。どこ。あちこち。何。胴体は西貝繁村字川西、農家犬坊厚夫方裏手の下水溝、頭部はこの200メートル北の及川始方裏手の下水溝、左右の手及び左右の足は葦川橘暗渠。発見者は。そろぞれの家人、暗渠は小学生。担任の教師が通報。なお、右手部分は梱包紙の一部がやぶれ手首から先が紛失。成程。田中からさらに。非公表の情報。何。切断された頭部の前歯部分の上下が油性の塗料で黒く塗られてた。歯が。然り、前歯上部が4本、下が6本、奥歯は無し。目的は。不明。頭部の額に「7」。意味は。不明。死体は長く水に。否、一晩。消えなかった。然り、油性の塗料。マジックインク。歯も同じだろう。「7」は確かか、仮名の「ク」とか。かも。関連があるか。不明。逆に石岡にきく。無理。ダイイングメッセージがあるが、これでない。書いたのは犯人。まだ。何。切断死体は新聞紙で梱包、ビニールでしばる。その新聞紙に多数の鳥の絵。どんな。すべて横向き、二本足。すべての梱包の新聞紙に。しばらく茫然。死亡原因はと石岡。心臓の下を銃で一発。その弾丸は。1930年、ダムダム弾。幸子も晴美も同じか。然り。同一の銃か。確認中。因縁という言葉がうかぶ。石岡がきく。

*** 5) 晴美の狙撃方法、幸子の銃弾、推玉の墓地、因縁
晴美の事件、最短距離からの狙撃。ならミチの衣服が邪魔。穴は。無し。ほかの場所にも。否、それとおぼしき跡は。無し。衣服をさけた。ならどこから。非常に困難。しかも一発で完了。腕がいい。練習をつんだかと石岡。葦簀に痕跡無しで。不可能と田中。では、これも密室殺人。次に幸子のことと石岡。室内から、それも至近距離。否、硝煙反応無し。相当の遠距離。不可解。推玉はわからないと田中。話しをもどす。墓は地元に墓地確保が困難。こちらで独立の墓。今日、住職が墓の掃除。そこに手首。衝撃。成程。それで。回復。住職の因縁。警察は関係があると。不答。

*** 6) 推玉死亡の詳細
では推玉の推定死亡日時。3月6日。発見は7日早朝。龍尾館で6日、午後2時から5時まで三階で幸子と稽古。その後、応接間で面談。6時前にお開き。自室にもどろうとしたが、思いなおして中庭の方に。これが最後。龍臥亭で殺害された可能性は。自分たちがすぐかけつけて捜査、痕跡は無し。自室は。三階。幸子と同じ。そこや硝子張りの部屋が琴の稽古場。演奏発表は大広間。幸子は龍額の間をつかってたかも。今のメンバーはみないたのか。然り。では事件以来ここからはなれられないのか。否、そこまで要求してない。滞在は彼らの意志。3週間経過。

石岡は、これらを書きとめて御手洗に事件の依頼をすることにした。田中にお礼をいって、佳世のことをきいた。悪いようにはしないので扱いはまかせてくれといった。心配する石岡に手首の発見にいたる経緯に不審があるともいった。

* 5) 4月1日、生首の浮遊
** 1) 廊下、自室前、四分板の間前、龍頭の湯
*** 1) 里美のあこがれ、大都会
石岡がもどりながら考える。むかで足の間が板戸に。しかし欄間から無理すればのぞける。中庭、靄、裸電球の光の列。幸子が3月30日、晴美が31日に死亡。推玉が3月6日。ふりかえると青銅の竜。蒔絵の間の前、里美。驚。風呂に案内。さらにシャンプーをもって。後ろに。会話。小説家。然り。どんな。犯罪小説。本屋には。この村には本屋は。一軒。どこ。貝繁銀座。東京から。否、横浜。どんなとこ。東京の隣り。いったこと。無し、ここに東京の人はこない。町といえば。岡山。ほかには。広島、松江、出雲。驚。すこし教えてと石岡。何。色々、龍尾館の三階がみえた。中庭にたつ平屋のよう。

*** 2) 四分板の間、菊子のこと
ここはと石岡。四分板の間、犬坊菊子。縁側から普通の中庭のように見おろせる。もう寝たか。然り、早寝。療養か。否、病気、昔、結核、今は癌。腰痛もち。女性の器官の病気かと石岡が考える。神主は何故。今は。いえない。では明日。然り、土曜日だから昼に。勉強の都合は。すこしなら、可能。アヒルを葦川につれてゆく。その時。龍頭館についた。

*** 3) 竜の湯
壁板から天井まで白木。壁の上に何頭もの竜。竜の上の軒、五重の塔をおもわせる組み木とその上にのせる横板。厚い扉。観音開き、上部に湯気ぬきができる格子造りの窓。入口の脇に龍頭館の木札。中に踏みこむと小部屋。裸電球。右と左に引き戸。右が「男湯」、左が「女湯」。上部は曇り硝子。スイッチを点灯。明日を確認。里美が辞去。檜風呂、岩風呂。湯気の中に龍頭。石造りの口から湯。左下の石一つがまだ新しい。

** 2) 朝食、中庭、菊子、花壇、坂出
*** 1) 朝食、警察の佳世、中庭、菊子、ミチ母子、変わり琴
翌朝、4月1日、晴天。エリ子が朝食をしらす。今日は鐘の音無し。大広間で朝食。母子の隣りの松子がきく。父は。お星さま。二子山と挨拶。ストーブをつかう息子に文句。アトピーと言い訳。息子がユキ子に声。育子に確認。佳世は。連行。よい風呂。檜風呂。毎年、はりかえ。近年資金ぐりに苦しむ。二子山増夫が桜前線のことをいう。食後、中庭に。芝生。花壇。小径。龍頭館にちかづく。階段をのぼる道がある。芝生に子どもの声。ユキ子。四分板の間の前に老婦人。恐竜。ちかづく。くるなという。母にも注意。ミチがいう。菊子はもう目がみえない。ミチがユキ子をはなす。石岡に釈然としない気持が。四分板の間をふりかえった。葦簀、板張りでない。しかし欄間にベニヤ板が。とっつきの二畳の間に侍の刀受けのようなもの。ミチにきく。あれは。箜篌(くご)、変わり琴。職人につくらせた。いろいろいな琴がある。博物館のよう。琴のことは。里美にきけ。その職人は。もういない。推玉のことをきく。

*** 2) 推玉の失踪
3月6日5時過ぎまで。いた。誰と幸子、松子、母子。エリ子とお茶。里美は。給仕のあとすこしだけ。自分は6時に部屋に。何故。仏壇で定時のお祈り。推玉は渡り廊下から下駄をはいて中庭に。それは何時。6時5分前。それから推玉をみた人は。無し。幸子は。龍胎館にはいって自分の部屋、龍額の間にいったと証言。中庭にいるはずの推玉をみたか。否と証言。その時間は。6時過ぎ。神主の二子山が廊下で幸子とあったと証言。推玉はみなかった。然り。どこに。不明、ちょっとでるという感じ。そこに人影をみた。花壇に坂出。

*** 3) 警察から坂出、琴の仕掛け、猟銃の弾、連絡橋からの侵入
ユキ子が坂出にかけよった。ミチが声。ひどい目にあった。警察かと石岡。然り。佳世にあったか。不知。推玉の手首をほりだしたので警察に連行と石岡。不知、どうして。霊感、自分も同行。どこで。葦川の桜の木の下。成程。エリ子がユキ子をよぶ。母子とわかれた。聴取の様子。耄碌して誤認したろう。警察は琴の演奏中にうたれたという事実に困惑、自分が誤認したと認めさせたかった。然り、で、琴に拳銃の仕掛けがと石岡。同感、警察にただした。しかし現物を調査、連中は無しと断言。さらに拳銃でなく猟銃の弾、それも昭和初期。へえ、どうしてそんな弾。ではと石岡。ダムダム弾は猟銃にかぎるのか。パイプでも。坂出がいう。旋条痕がのこるから、その線は無理。でも琴に仕掛け。やはりのこる。

あ琴の中まで確認か。否。仕掛けがあった。ところが刑事がくる前。何者かが撤去。成程。自分たちがはいった。その時。密室でない。龍頭館から鉄橋。屋上。ドア、階段と。成程、では宿泊のすべての客が。ところが警察は無しと。ドアは当時施錠。鍵は守屋が管理。成程。さらに琴に仕掛け。絶対ない。痕跡がないと。無しですか。然り、弾はさびてた。またさらに決定的事実、何。ちかい。硝煙反応。ところがない。成程、ところで、夕べの晴美もなかった。晴美の死亡が自分の解放の理由らしい。晴美と無関係、まさか共犯でも。という訳。成程。晴美の事件にうつる。

*** 4) 晴美事件、狙撃の場所、天井の仕掛け
石岡がかいつまんで説明。成程、また密室か。さらに、誰からも硝煙反応無し。隣りの人が。可能性無し。では庭先から。どこに逃げた。むかで足の間からみて、地面なら、左は石垣。行き止まり。では廊下へ。左。二子山。では右。龍尾館にはいる。刑事が。で、左。守屋。右は。里美。で、石段、中庭。自分と佳世。不思議。そこで葦簀張りが本当か。刑事は否と石岡。しかし、たまたま痕跡をのこさなった。やはり葦簀。ところで晴美は。頭頂部。なら葦戸ごしでなく、真上から。驚、天井と石岡。二人は現場に。声をかける。

板戸。暗い。ほかの部屋には。仏壇があるのはここだけ。箒をかりて坂出。天井をどんどん。異常無しと。警察も点検とミチ。頭を前屈みにした時とミチ。推玉とそっくりと坂出。彼女は射殺だが外。ちがう。でも途中できえた。驚、何のこと。全員が中庭。なのにきえた。では外出。否、門に食料品屋の軽四輪。厨房なら守屋、藤原。法仙寺なら、そんなことをする人。否。成程、これは被害者、晴美は犯人。坂出がミチにいう。三人が仏壇。いきなり。然り、たおれてきた。何事か理解できず。では銃声は。きかず。本当。然り。では無音でたおれた。石岡にきく。銃声は。きかず。

** 3) むかで足の間、死体窃取、法仙寺鶏小屋の死体
むかで足の間で坂出、石岡、ミチ母子。そこに血相をかえた一男。幸子と中丸が。森安巡査のところから死体が。ぬすまれた。今、午前10時、森安が連絡を躊躇。遅れ。法仙寺の夫人。鶏小屋に変なもの。きて。坂出、一男、石岡が。住職親子の会話。最初からわかってると住職。よくみたか。否、電話する。あれ何か。いうこと無し。庫裏の裏の鶏小屋に。幸子の死体。頭部が無し。衣服がゆるむ。破廉恥行為か。刑事がきた。住職親子が尋問。三人はもどった。

** 4) 法仙寺、龍臥亭、葦川ぞい
*** 1) 推玉、幸子、晴美の事件整理、疑問
法仙寺からの帰路、石岡が考える。まず、3月6日、津山の琴の師匠、推玉が失踪、葦川上流の橘暗渠に遺棄、翌日、バラバラ死体の各部が発見、ただし手首は30日に発見。次に3月30日、推玉の弟子、幸子が殺害、さらに3月31日、住み込みのお手伝い、晴美が殺害。同日の夜、二つの死体が盗難。4月1日、幸子の首なし死体が鶏小屋で発見。ただしその首は不明。また晴美の死体は依然不明。三人ともすべて銃殺、1930年代のブローニング社製。幸子ほか三人は、ほぼ密室殺人。推玉は変種。これは多数の注視の中で失踪、殺害。中庭にでる直前から失踪。彼女も銃殺。沢山の疑問を考える。

中庭を見ながら自室にもどった幸子、晴美が殺害、これに関係。あるかも。推玉の死体切断の理由は。何故、右の手首だけ桜の樹の下に。何故、額に「7」。死体をつつんでた新聞紙に何故、鳩の絵。幸子、晴美の死体が何故盗難。幸子の頭部、胴体の切断。何故、鶏小屋。変質者、狂人。それですむか。そこに里美の声。

*** 2) 里美とのデート、幸子、晴美、推玉の人物評
平太をつれて葦川にゆく。手首発見の桜にむかう。岩でできた洗濯場からアヒルをはなす。来年から。広島の大学。東京からと里美。横浜。都会はどんなところ。岡山と大差ない。でもマックや喫茶店が。おおい。ここには喫茶店が一軒きり、冬は黄な粉餅。あべかわ餅か。たべたいと石岡。貝繁銀座に、ただし父兄同伴。映画館はうるさくいわれない。畳敷き、座布団もってゆく。明日ゆく約束をした。事件についてきく。

幸子は。無口、わらう、神経質。冗談も、すぐ怒る。藤原を馬鹿にしてわらってた。晴美は。いい人。エリ子は。いい人。平太に声。推玉が行方不明の時、どこに。応接間で後片付け。いないというので廊下から中庭をみた。姿は。みつけられなかった。すごい雪。驚、大雪の中でみんなが中庭にでたり、見にいった。然り。傘は。さしてない。みんなは。すぐかえってくると思った。

*** 3) 大雪と推玉、鐘の音と銃声
大雪。然り、そこに鐘の音がきこえた。驚。6時に。つく。天啓が石岡にひらめいた。鐘の音がひびく中で銃。だから銃声がきこえない。いつも行秀が。然り。ながいのか。然り、もう5年以上。犯人は鐘の音になれてる。タイミングがわかってる。鐘の音に銃声をかくせる。だから犯人は家族か寺の人。でも、幸子は。深夜、午後6時でない。神主のことをきく。

*** 4) 幽霊のお祓い
何故、神主が逗留か。幽霊がでるから。どこに。龍臥亭のあちこち。村の人もいってる。犬坊家は因縁のある家。どんな因縁。不知。じゃあ誰がみた。みんな、自分は否。どこで。つかわれてない地下の風呂とか。どんな風。くるしそうな声。ほかに。風呂場にたつ睦雄の幽霊。睦雄といのは誰。不知、ほかの人にきけ。土地の昔話か。否、実話、戦前の話し。

*** 5) 睦雄伝説、油絵の人物、ダムダム弾
鬼の生まれ変わりとか。おかしくなって村人を30人殺害。いつ。昭和13年ころ。驚。娘、奥さんをかどわかし座敷牢にとじこめる。警察も手がだせない。本当。然り。では子どもができたりした。然り。その人はどうなった。不知。子どもは。不知。それから睦雄は。不明、山の中とか荒坂峠から仙人山のほら穴。本当。然り。学校の先生も本当と。そうなら新聞の記録をみたい。鬼は三階にあった油絵にかかれてる。成程、でも精神異常なら病院にいかなかったか。然り、さらに大金持ち、実力者の息子。それで殺す。然り、いつも猟銃をもってた。それはブローニングか。然り。天啓、昭和13年は1930年代、事件の弾丸は同時代製造の同社製から。30人を殺した弾丸はダムダム弾か。然り。60年もたって睦雄が生存か。否。幽霊。村人が龍臥亭の人を殺そうとしてると。でも、どうして。人間わざでないから。成程。両親も毎日お祈り。犬坊家が特にうらまれる理由は。有、曾祖父吉蔵。それを殺しそこねた。 理由は。曾祖父と祖父秀市が村の相談役。逆恨み。

*** 6) 異常な浮遊物
上流で子どもが騒ぐ声。睦雄に乱暴された女は必ずしも同情されず馬鹿にされた。それだけ恐れられてた。然り、睦雄に何かされた女や家族は必死にかくした。睦雄はどんな家系だったのか。と、石岡が川面に異常なものをみとめた。

** 5) 葦川、生首発見
小学生が4、5人が指さす。30センチ四方の筏。その上に物体。バレーボール大。苦心して河原にひきあげる。生首だった。犯人の意図について考える。異常。この情熱はどこから。どこで。上流から。時計は午後1時。白昼、目撃者は。上流は無人か。昭和13年以降に怪物が出現。三階で殺害された女性の首か。油絵の怪人が。でも本当か。日本昔話か。声がきこえた。福井だった。

** 6) 354p、生首の検証、昼食、佳世の電話
県警の事情聴取をうけた。筏は上流にある橘暗渠にうかんでた。推玉と同じ。筏は。松の小枝を鋸で切断、長さをそろえ、板で釘づけ。下手な素人の作品。生首をつつんでいた新聞紙は。昨年11月8日づけ。検証の立ち会いが許可。頭部と確認、鼻をのぞいて原型をとどめない。肉塊。頭髪がない。皮膚ごとはがされてた。両目がえぐられてた。額部分に穴。両耳無し。額の銃創の横に「7」の数字。新聞紙には鳩の絵無し。幸子らしい。幸子とすると、犯人は和服をぬがせ、何らかの行為。鶏小屋に遺棄。生首は筏に固定しうかべる。その理由は。身元の隠蔽か。現代の法医学では特定は可能。別の理由か。佳世は解放されたという。田中が声をかける。

詳細は電話でといってわかれる。龍臥亭の大広間で昼食。母子と松子。育子が電話。でる。若い女性。佳世。貝繁の駅前から。警察が東京にもどれと駅に。荷物は。警察がとどけてくれた。成程。一緒に帰京して。否。警察でいやなこをいわれ、東京に。否。自分がまきこんんだ。申し訳ない。一緒に帰京を。否。佳世は断念。

* 6) 4月2日、お祓い、貝繁銀座、留金の行方、丸ノコの小屋
** 1) 夜、むかで足の間で幽霊
ミチが寝床で考える。現在、ユキ子がうまれて幸福。寝顔が可愛い。自分のこと。異常体質。子どものころ柱時計が深夜にとてつもなく大きくなる。添い寝の母が小山のよう。一人でねかせて。金縛り。異様な柱時計の音。悶々。いきなり朝。成人した時のこと。ドアの覗き穴。深夜、子どもが廊下を裸足であるく。子どもがうまれてからは精神が安定。寝床で子どもの手をにぎる。ではもう眠よう。と、外をあるく足音。突っかえ棒をはずしおそるおそる二畳の間。亡霊が正座。右手に猟銃。気づくと寝床の子どもをだいて悲鳴。柏葉の間の刑事が。四畳の間の襖はあけはなし。二畳の間への襖もあけはなし。無人。板戸をあける。刑事がきく。無事か。然り。何が。油絵の男が。否、異常無し。刑事がたてかけた座卓の足にかけた白布を。これか。否。刑事が退出。二子山、坂出。刑事が夢と。母子就寝。

** 2) 朝、廊下、階段脇地下のお祓い
*** 1) 幽霊騒動、生首は幸子
4月2日朝、石岡が廊下で二子山親子にあう。でてきた田中にきく。夕べミチの悲鳴。幽霊。どんな。油絵の怪人。本当か。不明。では神主は。龍尾館地下の風呂場に。犬坊家が依頼、幽霊がでるとの村人の噂でこまってた。成程。よくでるのが地下の風呂場。現在は未使用。見物は。できるだろう。幸子の死体は。首の身元は幸子。石岡は龍尾館に。

*** 2) 厨房脇の板戸、地下の元風呂場、お祓い、琴の元作業場
そこに守屋。地下の風呂場はどこ。あそこは汚ない。厨房にまねきいれ、藤原のそば、足元の四角の穴。残飯処理の穴。これが地下。どこからはいるか。こっち。厨房をでて、階段脇の板塀、おしあけると縦1.5メートル、横1メートルの穴。以前は玄関をはいって浴場へおりる大階段。それをつぶしたので、ここから。床の黒いしみを気にする石岡に。かっての絨毯をはってた接着剤のあと。守屋にしたがい現場に。家族風呂。脱衣場で二子山親子。手前に育子。沢山の箱、物置場だった。浴室の中の浴槽。その奧に人工の岩場。上方に湯の噴出孔。この上方から左に竜の尾の浮き彫り。祝詞をきくかと守屋。否。もどる。正面に大階段。中途にふさがれたあと。かなり手前の壁の穴からもどる。階段をふさいだ理由は。方角がわるい。小階段への途中、左に部屋。これは昔の琴の職人の作業部屋、閉鎖。もどるか。然り。

** 3) 朝食、里美の部屋、貝繁銀座、映画館、喫茶店
*** 1) 幸子、G線上のアリア
朝食、里美が隣り。石岡がきく。琴は。ひく。30日の深夜、幸子がひいていた演目は。不知。育子はきいたか。否。里美がメロディを。それ。なら、「G線上のアリア」。琴でクラシック。否、生田流の推玉の派だけ。成程。でも、変。何故。17弦が必要、あの時は13弦。

*** 2) 里美、琴の解説、樽元の消息
食事後、二階の里美の部屋に。畳の上に琴。おおきい。長さはと石岡。1メートル91センチ。実演を依頼。六段。上手。否、幸子がもっと上手。爪の素材は。象牙。琴は。桐。里美が琴の各部の名称を説明。弦は。テトロン。弦の端は。裏板の上下にある穴から手をいれてむすぶ。琴の中は空洞。然り。菊子の部屋の変わり琴は。箜篌、かっていた職人の樽元純夫が作成。三つのうちの一つ。現在、樽元は。不知、夫人が病気で荒坂峠仙人山にもどったよう。

*** 3) 家の窮状、村の因縁、使用人の動揺
二人で座布団をかかえて貝繁銀座にゆく。蔵を改修したらしい。二階にのぼり、ウェディング・アンド・フューネラルという映画を。喫茶店で「きなこ餅」をたべる。葦川がみえる。首が筏とは。驚、幸子かと里美。然り。この事件について何か考えることは。因縁かな。どんな。母も、旅館たたんでも許してもらえない。村をでるかもと。成程。この村の人たちは業がふかい。それは何。不答。具体的には。否。事件が解決すれば、村をでなくてよいのでは。自分はあきらめてる。晴美が死亡。エリ子もでる。すると藤原、守屋も。留金八十次がいなくなってから、どんどんいなくなる。樽元も。秀市が死んでから。その留金とは。

*** 4) 留金の失踪、容疑、人柄、事件解決の決意
以前はたらいてた人。何時まで。2月くらい。家の雑用、大工を担当。突然。驚、よくあるか。否。最大の容疑者かもと石岡。幸子への殺意、推玉への動機、晴美への恨み、というより犬坊家破滅をねがう動機。しかし本当か。曲折しすぎ。犬坊家への恨みなら。留金は強い恨みもってるはず。どんな人と石岡。いい人。いくつ。50歳、20年以上いた。恨みは。無し。病院代たてかえに非常に感謝。どこの出身。荒坂峠、樽元にわりとちかい。では、額の「7」に心当たりは。無し。両親は。無し。事件を解決すれば。犬坊家をたすけることになる。御手洗に本気で手紙をかくと決心。

** 4) 龍尾館電話、田中と対話、中庭、坂出、守屋と
*** 1) 留金。警察、動機なし
またもどり、田中に電話。何かあたらしい発見はと田中。留金のことと石岡。龍臥亭の使用人、今年の2月に失踪。それは最重要容疑者、かくしてたのか。否。峠の家を捜索、空き家。驚。有力な動機無し。

*** 2) 幸子、異常な死体
では電話連絡の趣旨は。内密にすることを前提にかたる。鶏小屋の幸子の遺体、着衣の下には下着無し。性器がきりとられ、両方の乳房も同様。驚。警察は捜査の方向がみえたと。留金は50歳、母親っ子、長年の独身。はなやかな女性、きれいな女性に異常な関心をもった、として不思議ない。成程。で、自分は石岡に独断で依頼したことを反省する心境。成程。ところがさらに考えれば、幸子、晴美の殺害方法を吐かせるのは困難、で、依頼はとりさげれない。成程。で、石岡の見解はと田中。

*** 3) 留金。知能犯、変質者。鐘の音と銃声の秘密の解説
絶句、警察が世間にださない部分を認識。しかし釈然としないものが。留金は頭がきれる方か。否、だから女性に軽んぜられ、かえって劣情をいだく。成程、劣情はわかるが、これだけ巧妙な犯罪が実行する能力はない。然りというべきかも、だが虚仮の一念、偶然の思いつきかも。でも、筏、「7」の数字、これは自信家の仕業、イメージがあわない。でも頭のきれる人が鶏小屋もおかしい。指紋、足跡は。無し。でも留金なら、鐘の音の間隔の問題は解消と石岡。何と田中。銃声がきこえなかった。石岡がこの謎を解説する。でも姿をみせずにどのように銃撃か、と田中。然り。でも犯人は知能犯でしょう。反論なし。

*** 4) 坂出、守屋と対話。留金の人柄、黒い歯の意味
中庭にもどると坂出と守屋。田中との話しをきかれる。御手洗につき説明、留金についてきく。容疑者とも。否と守屋。女性に関心がなかったかと石岡。否、年増。さらに人柄は円満、それほど愚かでもない。では、犯人はどこに。無言。坂出が生首の発見をきく。驚。その筏は留金でない。上手な大工。その他の残虐な行為も理解不能。石岡が考える。女性器などの行為は劣情の発動として理解できるが、そうすると筏の生首は理解不能。坂出がいう。推玉殺害犯人と同一か。生首をつつんだ新聞紙には鳥の絵がない。然り。歯を黒くしたのはお歯黒と守屋。何のため。昔の武家の奥さんも。それを真似た遊女も。何のため。交友関係が派手だったと訴える。遊女のような派手な存在というとして、お歯黒にしてどれだけの人がわかるか。もう一つ疑問と石岡。推玉と幸子の額の「7」の意味が不明。然り。幸子の額には穴、そのよこに無理して数字、この意味。それは予告かと守屋。何の。殺人者の数。根拠は。不明。現在3人。女性ばかり。女性への劣情で犯行におよぶ変質者の犯行、警察の考えらしいと石岡。否と守屋、二人は幸子の死体の損傷はしらせてない。この事件は混乱してると石岡。

*** 5) 混乱する犯人像、不明な動機
性犯罪説、知能犯説、睦雄の幽霊説。動機不明で混乱と坂出。警察が現状でつかめてない。不明。犬坊家への怨念か。しかし間接的。どうしてこんな手のこんだ犯行か。行秀がとおりすぎる。話しがかわる。ここの温泉は実は冷泉かと坂出。然り。わかしてる。昔は薪、今はプロパン。行秀がまさにそのためにいったようだ。

** 5) 龍尾館、守屋と対話、夕食、田中に電話、中庭、丸ノコの小屋
*** 1) 藤原の失踪
夕方、蛍光灯スタンドをかりに龍尾館に。守屋にあう。藤原が失踪。心配。どこの出身。世能尾(せのう)、ずっと奧。かえった。否。では守屋と喧嘩は。否、田中への連絡が必要かも。食事。隣りの二子山一茂と幽霊払いについて話す。食事後、守屋が依然、藤原が失踪と。

*** 2) 田中との対話、外部犯行説
石岡が田中に電話。対話。石岡が犯人は愚か者による性犯罪説に疑問。「7」は捜査員への挑戦。冷静さをもつ。矛盾。留金にこだわらないと田中。しかし外部の犯行。でないと無理。幸子の時、石岡、ミチ母子、一男にアリバイ、その他が不確かだが嫌疑は薄弱。晴美の時、石岡、佳世は一緒、行秀は鐘、守屋、藤原、エリ子は厨房、二子山親子も部屋、坂出は警察。さらに一男、育子、里美、松子は一緒に龍尾館の奥の間、菊子は部屋で動けず、盲目と全員にアリバイ、外部犯行に。成程、で、推玉の時も。然り、ほぼ同じ、犯行時刻を午後6時とすると、二子山親子、坂出は廊下、守屋、藤原、里美、エリ子、幸子は厨房か応接間、一男、松子一緒に奥の間、行秀は鐘。これも外部犯行に。成程、ちょっと疑問と石岡。菊子は本当に動けず盲目。たしか。だから留金。でも留金は巧みな大工とか。しかし殺人という異常事態なら失敗も。仏様のような好人物と石岡。否、外見だけかも。でも外部の人間が劣情で連続犯行か。不可解。然り、依然外部説が有力。

*** 3) 守屋との対話、樽元、留金
里美に蛍光灯スタンドのことをきく。明日までかかるかもと。中庭で心配する守屋とあう。田中との会話をはなす。守屋が意を決して樽元のことをはなす。龍尾館の地下に仕事場、口ごもる。石岡がきく。樽元が仕掛けのある琴をつくったか。どんな。琴に銃が内蔵。否。樽元は8年前にやめた。でも先代秀市は一昨年、それからやめたのでなかった。本人の体調と夫人の看護のため、仙人山にかえった。成程。彼とは一年ほど一緒。では。自分は9年前に。藤原は。4年前。つまり、守屋、1年で樽元、3年で藤原、2年で先代、旅館閉館、今年に留金か。然り。それに藤原か。然り。了解。

*** 4) 丸ノコの小屋の不審
では先程いいたかったのはと石岡。守屋が小径に石岡を。龍頭館を左に。裏の空き地。長方形の池。すると龍胎館と裏山の竹薮の間。小屋。その中に丸ノコ。守屋が小屋の脇、引き戸に。2センチの隙間、施錠でそこで停止。格子窓から丸ノコの姿。その奧におおきな土饅頭、焼き場。猫足の間か龍舌の間にちかい。かって樽元が管理。今はと石岡。留金。でも失踪後は。不答。小屋からのもどり守屋がいう。この中で藤原が殺害。驚、それがいいたかったこと。今、鍵は誰の管理。きけばと石岡。不可。では石岡が。でも推測は。誰。行秀。それがいいたかったのか。さらに丸ノコなら筏つくりもらく。それに行秀は不器用と守屋。

* 7) 4月3日、野外演奏、エリ子、菊子、4月4日、留金の発見
** 1) 石岡の部屋、幽霊を追跡、丸ノコの小屋、焼却場
石岡が寝床で異音にきづく。廊下を裸足で。葦戸をあけ中庭をみる。右の方の廊下に怪人がたってた。黒い姿、鉢巻、その両端に懐中電灯、右手に刀、左手に猟銃。龍尾館の絵だった。また足音、すすり泣きの声。竜の彫像の横、階段をのぼりつめたあたりに人影。そこに瘤。尾行した。龍頭館の裏、小屋のあたりの竹薮にたった。生臭い臭いに気がついた。竹薮をぬけ法仙寺境内。鐘撞き堂の横。本堂、裏手の墓地。人影がとまる。椿のそばにいった。人影をみうしなった。墓碑銘である。金井貞子、勝裕、康夫。山門へとくだる木戸にきた。施錠されてた。鐘撞き堂から竹薮をくだった。気がつくと丸ノコのある小屋の横だった。生臭い。人がやかれてる。人影が。頭に二本の角をはやした影がこちらにちかづく。恐怖にかられて逃走した。

** 2) 廊下、大広間、龍尾館角、昼食、竜の彫像横、野外演奏会
鐘の音で覚醒。廊下、守屋に昨日の幽霊の話し。藤原が依然失踪中という。大広間。怪人の話しをする。裸足の音、きいた。すすり泣き、きかない人も。顔の前に布、ないと石岡。竃について、今朝、掃除した時には異常無しと育子。あの絵は何故。二子山に依頼する。ここにはいった時、何をはなしてたかと石岡。育子と里美の 演奏会の開催。蛍光灯スタンドは地下の風呂場のところと里美。ではいいと石岡。部屋にもどり仮眠。エリ子の声、昼飯。昨夜、生臭い臭い。気づいた。否、さらに今日で旅館をやめるとエリ子。昼食後、龍尾館の角で警察にあう。藤原がもどらずと石岡。警察が守屋から事情を聴取。村に知り合いは。無し、泊まりにゆくほどの知り合いは無し。年齢は。21歳。親しい女性。無し。そこをはなれ竜の彫像の台座に腰掛け。守屋がきた。警察は村で聞き込み。今日の演奏会は。連弾、芝生で。

** 3) 石岡の部屋、井戸、丸ノコの小屋、演奏、鐘の音
*** 1) 演奏準備、里美の接吻
下書き、午後4時。中庭に緋の布、その上に2台の琴。和服の里美に声を。里美がいう。龍頭館裏の井戸で手をきよめる。演奏前のジンクス。里美が小屋にちかづく。上方に丸竹の導水管、各部屋の筧の源流となってる。格子窓から中をのぞく。里美も。だきあげてのぞかせる。ここはこわいところと里美。この部屋の鍵はと石岡。不知。焼き場にゆく。異常がない。突然、里美が接吻、すぐはなれ中庭に。

*** 2) 観客の中の演奏、鐘の音、エリ子の殺害
廊下には観客として、坂出、石岡、二子山増夫、二子山一茂、三人の刑事、ミチとユキ子、エリ子、一男、守屋、松子、行秀と龍臥亭の全員がこの順序でそろう。低いところの部屋の住人はその廊下からみえない。それで順次、上方に移動。演目は「二つの個性」と「三つのパラフレーズ」。見事な演奏。菊子が部屋からでて坂出にはなしかける。アンコールの声にこたえて「海の詩(うた)」。菊子が部屋にもどる。行秀が廊下をおりる。ミチ、ユキ子母子とエリ子も部屋に。彼方に行秀。鐘が一つ目、次に二つ目の時、悲鳴。部屋にいそぐ刑事。エリ子がうたれた。

** 4) むかで足の間、検証、四分板の間、菊子の殺害
*** 1) エリ子の検屍、狙撃場所、天井、銃声の隠れ蓑
検屍が終了。死体から1930年製ブローニング銃のダムダム弾だった。警察は混乱。弾はどこから。欄間から。否、板戸を閉鎖したか。ミチの証言は本当か。あやしい。馬鹿な、子どもが横、母親が手引きするか。否、第六感があやしいという。冷静に。二度とも被害者は手前、不審。否、危険すぎる。ともかくミチが不審、何故ここに滞在か。不審だから、子どもをだまして犯行。とにかく警察に。子どもにもエリ子にも硝煙反応無し。突っかい棒をしてたと証言、嘘。ならこんな証言は無し。では犯人はどこに。だから欄間と田中。で、どこから。屋根から。どこの。むかで足の間の廊下の屋根。犯人はどこ。屋根にはいつくばり軒から銃身を欄間にいれる。それでねらえるか。練習すれば。不可能ではない。でも一発は心配、複数。それは鐘の音にあわせるから。またそれが銃声がきこえなかった理由。前回も今回も二回目。タイミングの便宜。二発、三発。なら逃走が発見。だが、屋根の上から鐘撞き堂をみて一回目のほうが。否、みえない。でも銃声をかくすこと。狙撃より優先か。然り、きかれれば所在が判明。なら無差別殺人か。然り。ではその理由。不知。全部か。然り。犯人は留金か。ここにいない外部の人間が犯人と田中。留金が屋根。それで逃走路は。龍頭館の方。否、育子、里美がみる。では龍尾館。安易な結論。しかしどうして鐘の音の時刻を最優先か、他の時間での犯行は。そこに声、晩飯の連絡か。

*** 2) 菊子の殺害、狙撃場所、変わり琴、銃声
育子が菊子の殺害をしらせる。食事をもっていったら発見。四分板の間に死体。浴衣をきて大の字、足は窓の方、両手は横。現在9時すぎ。部屋の明かり無し。窓からうったか。外をみた。石垣より上。屋根からの犯行は可能と福井。演奏の6時には生存。銃声をきいた者。否。食事をもってゆくまで、この部屋にいった者。おそらく否。屋根の上に不審者。否。菊子は。実母。年齢。78歳。布団をでて死亡。窓をあけた時、うたれたか。石垣からか。手でささえるところがない。筧にのる。無理。福井がいう。二畳は全部、四畳は半分が板の間。四畳には琴。琴は。固定。もといた樽元が一本の松から琴が上にのった板をつくり、はめこんだ。二畳の間の百済琴も同じ。はめこみ。弦は。はってない。外に。弦締め。百済琴をみる。西洋のハープみたい。然り。弓のところに穴。これは枝をもった幹からか。然り。幹を板に。然り。幹に右手が一本はいる穴をくりぬいてある。ここから弦をはった。然り。田中がもどった。坂出は6時から部屋、銃声。きかず。石岡は6時から1時間外出、それから銃声はきかずという。

** 5) 石岡の部屋、文房具店、郵便局、夕食、自室
*** 1) 御手洗への手紙
石岡は龍臥亭をさるといってたエリ子の死に衝撃。身近に危険を感じる。覚え書きづくりに集中。守屋に同行してもらい貝繁銀座にある文房具屋に。30枚のコピー。郵便局に。午後8時をすぎてた。局長不在だが受付。ノルウェーにいる御手洗に郵送。エクスプレスで依頼。帰途、守屋に睦雄の事件をきく。本当に。あった。ある春の夜、発狂し30人を殺害。ギネスにのりそうな大記録。然り、新聞にのった。庄屋の息子、金持ち、座敷牢を。もってたらしい。

*** 2) 菊子の殺害、銃声の有無、疑心暗鬼
部屋にもどり事件を考える。自分の命すら危険。外から声。田中。菊子が殺害。驚。銃声をきいたか。否。どこに。守屋と外出、御手洗に依頼の手紙。何時ころ返事。3、4日くらい。御手洗のことは口外無用。了解。時間がないとでていった。石岡が考える。4月3日に2人が殺害、異常なペース。菊子殺害で利益をえる者。無し。エリ子も。無し。疑心暗鬼、坂出も危険か。夕食は沈痛。食後、四分板の間をのぞく。田中に声をかけ、丸ノコのことをいうが、すぐ自室にもどった。

** 6) 朝、自室、廊下で田中と対話
*** 1) 事件の整理
石岡が4日朝6時起床。また考える。守屋の言では、丸ノコの小屋の鍵をもってそうな行秀。あやしい。が、鐘の音というアリバイ。強し。犠牲者を列挙、推玉、晴美、エリ子。すると次は里美。驚。何としても守る。しかし失踪中の藤原、菊子は、無差別。然り。若い女性にかぎらず誰も危ない。最初の推理にもどる。5人、すくなくとも3人は鐘の音。行秀にはアリバイ。本当に行秀か。共犯者が。体格が似てる者は。藤原、否、守屋、然り。でもまて。共犯者である守屋が行秀を告発した。あり得ない。今は小屋の丸ノコが問題だ。声が。田中だ。

*** 2) 菊子の射殺、非密室、硝煙反応
廊下をのぼってきた田中にいう。この鐘の音ではねてられない。否、上司はねてる。犯行は午後の6時の鐘、何故と石岡がきく。今なら皆がねてるからでしょう。菊子に新事実は。あり、葦戸の突っかえ棒無し、二畳と四畳の間の突っかえ棒も無し、外にあいた窓もあけっぱなし。つまり。密室でない。さらに。ダムダム弾でない。銃は。同じ。どこを。心臓、一発。成程。さらに硝煙反応。成程。至近距離からうたれた。晴美、エリ子は遠距離。どうやって、不可解。丸ノコのこと。

*** 3) 丸ノコの秘密、留金の炭焼き小屋
調査済み。驚。二度、推玉、幸子の時。結果は。シロ、丸ノコの血痕、体液痕、肉片無し。成程、がっかり。切断は手挽きノコ。筏もそう。小屋の鍵の保管は。警察がたのむと育子がわたした。保管者か。不知、何故こだわる。行秀では。毎日鐘をつく、それをみられてる。臭いという人もいる。鐘の音は6つで終了した。密告は守屋と田中。扇動癖、少年院で。驚。それで京都にいられずこちら。成程。こちらで問題も。どんな。不答。で、藤原は。生きてるでしょう。本当か。川べりで目撃との証言。たしかか。そこまでは。では守屋に何故、一言。不明。行秀でないなら、留金か。不知、しかしあり得る。田中が荒坂峠の留金の家、今は空き家、それと仙人山の炭焼き小屋を調査する。同行するか。考えとく。ところで次の犠牲者は里美では。高校で問題児、とがめられても化粧をやめない。

** 7) 537p、朝食、仙人山へ、車中、留金の家
*** 1) 留金の家の調査計画
朝食食時、二子山増夫と福井が対話。警察は四分板の間の外の平地と部屋の中を徹底的に調査。留金は炭焼き小屋がすきと二子山増夫。どのくらいかかる。まず車、次に徒歩、大変。道はわかるか。困難。軽四でゆけるか。なんとか。道案内できるか。不安。他にしってる者は。里美が声。去年いった。二子山増夫、坂出も同行。学校は。大丈夫。では下校後、午後1時出発。

*** 2) 坂出の意見、菊子の状況、鐘の音のタイミング
石岡も同行。人数を収容できるマイクロバスで出発。石岡が坂出と対話。一発でたおしてる。零戦のパイロットとして感想は。相当の手練。戦闘機の手練も無駄弾はうたない。やがて留金の家に停車。帰った形跡。無し。対話再開。菊子の事件で銃声はと石岡。無しと坂出。ではいつ。福井の説明をいう。スイッチがはいてなかった。つまり明るいうちにうたれた。さらに硝煙反応。目の不自由な年寄に至近距離の必要があったのか。不可解。しかし、だから至近距離も容易ともと石岡。演奏会の時、坂出にはなしかけた。その内容は。琴をひいてるか。育子と里美が正座してひいてるかときいた。それだけ。然り、部屋にもどる時、それじゃといった。菊子は鐘の音のきこえる時にうたれたと坂出。成程。エリ子は2回目。3回目はミチの悲鳴。4回目、菊子が育子に何がときいいた。5回目で育子が四分板の間。菊子は「ああそう」。6回目がなる。ここでうたれた。成程、では犯人の行動は。エリ子殺害、移動。待ち伏せ。6回目で殺害。成程、それから逃亡と石岡。部屋の窓の下は石垣、地上まで5メートル、やわらかい地面だから、いったんぶらさがって着地、法仙寺方面に逃走と坂出。成程。ところが刑事たちはとびおりた形跡はない。何ヶ月も人がはいった形跡がないという。困惑。さらに徹底的に室内を調査、仕掛けは無し。停車、ここから徒歩となる。

** 8) 炭焼き小屋、雨宿り、留金の死体
*** 1) 大雨、雨宿り
ほそい山道をすすむ。湖面がみえた。右手にみてすすむ。空が雨模様。やっと小屋に。茅葺きの六畳の広さ。大小の石がごろごろ。30分ほど調査。成果無し。マイクロバスに。雨がふりだした。全員走りだした。気がつくと里美と二人っきり。右側斜面に岩棚があった。大樹のもとににげこむ。雨が両側を音をたててながれる。里美がスカートをしぼる。手伝ってという。突然わらいだした。天啓がはしった。

*** 2) 村の因縁
石岡には因縁、睦雄の鬼伝説、丸ノコの小屋をのぞいて怖いといった里美がつながった。幸子の死体の猟奇性には性的な衝動がある。さらに彼女との対話を思いだした。因縁とはときいた時、村人の業。では業とは。言えない。あの時、答があったが口にだせないと拒否した。因縁には性的意味がふくまれている。やっと気がついた。そこでまた因縁のことをきいた。言えない。石岡はきりだしながら口ごもった。自分の母親について、綺麗でしょうという。然り、だが何。貝繁村には綺麗な人がおおい。何。村には女の秘密がある。石岡にはわからない。成程。石岡は思う。だから事件がわからず、解決もできない。

*** 3) 女の業
足元におかしな石。貝繁村の業は女の業と里美。目の前にふるい革靴が。その上によごれたズボン、両手、ろくろ首。悲鳴をあげた。里美が雨の中にとびだした。泣きじゃくる里美をつかまえた。東京にゆくという。広島では。否、母もどこかに、自分は一人。東京にいく。何でもする。大学だろうと石岡。否、いいブティックもない。では東京の大学へ。父親が反対。でもどっかにいくのでしょ。でも反対する。冷静になった里美がいう。変なことをいった。みんなにしらせようと石岡。

*** 4) 留金の異様な死体、自殺、ふかまる謎
自分の家がつぶれたら東京にいきたい。然り。面倒みてくれるか。了解。安心してわらいだした。道をもどった。マイクロバスをみつけた。話すと、車内がどよめく。福井がきく。留金か。そのよう。事件はおわりと鈴木。石岡が案内。もどってきた福井にきく。あの頭は。女の髮。幸子からはいだ。鬘のように。収容された死体とともに龍臥亭にもどった。5日の夕方田中から電話。留金、頭にあったのは幸子のもの、作業着の左右のポケットに両目、両方の乳房、両方の耳。足元の石は固化した女性器。石岡がいう。留金は幸子にかなわぬ恋情、殺害、その後、死体を窃取、劣情をとげ、さらに性的部分を切りとって身につけ逃亡。最後に自殺。ですね。否、留金の頭に「7」の数字。それは自殺の判断をくつがえすか。然り、しかし推定死亡時期が2カ月前。驚。今年の2月、上着の下にセーター。一番最初の殺害の推玉も不可、ほかの4人も不可。成程、では誰が死体の部分を。不明。死因は。不明、でも銃殺でない。よく発見したと田中。では2月から自殺体があの場所に。犯人がしってた。それに死体部分を。では、留金も犯人が殺害か。不知。
(上巻おわり)


龍臥亭事件〈下〉 (光文社文庫)

龍臥亭事件〈下〉 (光文社文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 1999/10
  • メディア: 文庫



* 8) 下巻はじまり、死体の窃取、4月8日、合同葬、4月9日、救出劇
** 1) 四分板の間、合同葬、沈痛な夕食、御手洗の電報
*** 1) 懐中電灯の怪人、遺体安置
それから、龍臥亭、貝繁の村、警察官たちは混乱におちた。警官は無口。村人は龍臥亭の住人、宿泊客を忌避。石岡は4日夜、四分板の間の葦戸の中で懐中電灯の二つの光のうごめきをみた。その後。留金、菊子、エリ子の合同葬。なお幸子の遺体は家族が引き取り。推玉は津山で葬儀済み。晴美の遺体は不明。

*** 2) 留金、エリ子、菊子の遺体窃取、合同葬強行
4月7日から貝繁の村のはずれ、橘暗渠にちかく棚藤という場所の焼き場の待合室に安置。翌日には合同葬。翌朝、石岡は御手洗に知らせるため菊子、留金の死の記録をまとめた。朝食後、1時間後に全員で出発。葦川にそい徒歩。橘暗渠は葦川の流れをひきこんだ水田灌漑用の水路。そこに水をためるプールが付設されてた。ここに筏がうかんでた。

山裾の山間部に煙突とレンガ積みのふるい火葬場。建物の裏手に待合室。戸の硝子窓が一枚われてた。先客に刑事三人と一男と育子。異様な雰囲気。何ごとか。一男が棺桶の一つ。石岡が棺の小窓からのぞく。遺体がない。ぬすまれた。窓がわられ、こじあけられ、3人の遺体が。アルミの粉は指紋の検査。また、何故と坂出。こんな簡単。だが盲点。二度目、最初の遺体はぬすまれてバラバラ。今度は。死体をとって、何か細工、遺棄、何かのメッセージか。「7」の数字、バラバラ。バラバラのやりかた、遺棄場所に意味。何をいいたい。迂遠すぎ。石岡が考える。直接手段がとれず。字がかけない。肢体不自由、筆跡か。新聞雑誌の切り貼り。否と育子。しかしそれからは無言。たいした情熱。同感。遺体のないまま葬儀がおこなわれた。沈痛な夕食となった。

*** 3) 御手洗の電報、リュウコワセ
犬坊一家は事件が一段落後に身のふりかたを考えてる。石岡あての電話。電報の連絡。御手洗。「リュウコワセ、ミタライ」。他に何か。無し。電話をきった。食事中の一男にきく。竜の彫像は高価。50万。設計料などいれると100万。気にいってるか。然り。壊してよいか。否。いけないと二子山一茂。頑丈か。然り。

** 2) 入浴、自室、廊下、丸ノコの小屋
*** 1) リユウコワセの意味
電文に茫然、龍頭館の湯にゆく。部屋。電文の意味。とまどう石岡が御手洗を考える。尊敬。然り、だが異次元の世界。畏れ。御手洗の電報の意味が。2、3年後に。判明。やっとわかった自分に。恥る。あれが友情。たしかにそんな気が。おこがまし。対等の能力があってこそ。御手洗がさって、ひたすら卑小な世界に。ひここもり。横浜馬車道をでて、ここにきた。やっと事件の道筋を自分でみつめる。「リュウコワセ」。不可解。事件についてのべた御手洗の惟一の言葉。考える。ほかない。

*** 2) 竜とは何
壊せる竜。竜なら龍臥亭、竜になぞらえる琴、龍臥亭は壊せない。琴。ならどの琴。やはり竜の彫像。で、壊すか。高価。さらに頑丈。ハンマーか。ロープを車でひくか。ひょっとして他にあるのか。廊下にでて四分板の間に。竜の彫像ははるか向こう 。針の先。と、竜の横に和服の人影。

*** 3) 育子と藤原の不倫
龍頭館に。人影をおう。龍頭館の陰に。井戸の横、竹薮。そこで女の悲鳴のような声。丸ノコの小屋にちかよる。中からの声だった。やがて足音、戸がひらく。それは。藤原。これは。何。生存してた。それはよい。しかし、無断で失踪。守屋に心配をかけた。職人世界の仕来り。あり得ない。普通は追放。だから藤原には。その覚悟。それほどの理由は。また一人。育子。不倫の情交。やがて里美の言葉。よみがえる。母は綺麗でしょう。了解できた。娘は正確に事態を。把握。井戸で手押しポンプをおし、水をかぶった。裸体の背中にケロイドの跡。石岡はまさに沢山のことをみた。考えねばならない。

** 3) 朝食、育子、御手洗の手紙、帰室、坂出、里美、帰室、ミチ
*** 1) 育子と一男の比較、守屋の失踪、藤原
4月9日、起床。育子のこと。考える。一男とくらべる。こんな混乱に。冷静な対処。尊敬の念がある。廊下にでて坂出に。昨夜のこと。いわない。二人で龍尾館の大広間にはいる。守屋がいないと育子。驚。は昨夜のことをしれば激怒。納得できると石岡。今朝の料理は守屋が仕込み済み、しかし今夕がこまると育子。でも守屋はどこへ。不知。手紙、伝言は。無し。こういうことは。昔あったが。するともどる。然りと育子。人数のへった食事がおわった。また藤原を考える。どうして。職場放棄、不倫。あえてする理由。初めてでない。前からの情事。育子が失踪と関係。了解。不可解。もどって文章にまとめることとする。

*** 2) 御手洗からの手紙、茫然自失、犬坊家の分裂
郵便配達人が石岡に御手洗からの郵便をとどけた。部屋で開封しよむ。内容は自分で解決せよ。必要なら命をかけてたすけよ。ない。どうすればと茫然。自分の腑甲斐なさにないた。廊下で坂出が声を。犬坊家が大喧嘩。育子が離婚を要求、それを一男が拒否。部屋にもどり文書にとりくんだ。御手洗の手紙を考える。自分で何とかしろ。無理、無責任。何もうかばない。事がここにいたって、そんな主張は無益。才能の配分は不公平。御手洗には自分の辛さはわかるまい。腑甲斐ない。昼食の時間。食欲がない。夕食はみすぼらしかった。厨房の勝手口前で里美がないてた。

*** 3) 失意の里美、事件解決の決意
声をかけた。石岡がきく。島根の親戚のところか。然り、自分は否、あの人たち、すきでない。あの人、一男、行秀はゆくか。然り。里美は。東京。成程。育子は。不知、二人ではなせば。離婚か。不知、一男は拒否。成程。龍臥亭を。どうする。売却、1000万円。全部で。然り。土地、畑は。親戚のもの。自分の家はおしまい。否、ここにいればよい。駄目、親族会議できまった。自分たちがきめる問題。今の状態では無理。では、事件が解決すれば。無理。どうして。祟り。では何時。警察が許可したら。では解決すればゆかなくてよい。然り、でも無理。祟りでない人間の仕業、犬坊家と無関係とわかったら、どう。出来ない。無理。では、2、3日待って。といって石岡は部屋に。

*** 4) 電報と手紙の作成順
事件を文章化。すると筆がすすみ解答まで。出来るか。虫のよい話し。何時間も考え執筆の手をやすめ、また御手洗のことを考える。電報と手紙の順。電報のほうが速い。手紙はおそい。つまり手紙、電報が作成の順。御手洗一流の友情か。しかしそれはそれとして、わからない。無理。部屋の外から声。

*** 5) ミチの看護依頼
ミチがいう。部屋でユキ子をみて。了解。でも何故。心配。部屋では寝息をたてたユキ子。発熱、溶連菌のため。で、何故。すこしの間、ユキ子をみて。了解、で、何をすれば。布団をはいだら、またかぶす。おきたら、すぐ帰るという。午後11時だった。で、どこへと石岡。法仙寺。何故。しってると思った。お百度参り。驚、不知。毎晩夜10時に。何故。百日つづけたら、自分の悪い因縁がはらわれる。それで。今夜は熱でせおってゆけない。毎日、せおって。然り。成程、あの時、法仙寺にむかってた人影。然り、おぶってた。何故いわなかったか。あの後、食事の時、きいた。でもいわなかったと石岡。他言は無用。成程、しかし今夜は。病気、もうしられたと思ったから。もしユキ子がはげしくせきこんだら、この薬。にがくないか。あまい。了解。何度も頭をさげられた。ながいスカート、厚手のストッキング姿で外出。考えた。

*** 6) けなげなユキ子、発砲事件
4歳の子ども、深夜のお百度参り。何故。瘤のようにみえたのがユキ子。おぶってコートをかぶってたのだ。椿の化身でなかった。部屋の電気をけそうか。ユキ子が目をあけた。なきだした。ママとユキ子。石岡。やさしくいったつもり。ママ。なきやむ。ママは。法仙寺、まってられるねと石岡。うん。どこかくるしいか。喉、頭。風邪か。ホーレンキンとユキ子。然り。くるしいようだった。石岡に気をつかって我慢。突然、石のところが、パーンとはじけたとユキ子。何。昨日。うん。何日前でも昨日という。石岡がきく。どこで。お寺。お墓か。うん。墓石のあるところ。うん。ママはどうした。きゃってはしる。鉄砲か。不知。驚。何度もか。うん、昨日だけ。驚。ママをたすけて。どうして。時々、こわいて泣く。今、二子山を呼ぶ。まってられるか。うん。二子山に声をかけた。二子山一茂がでてきた。事情を話して部屋にいく。ユキ子の頭をなぜ。あとを二子山一茂にまかせてでかけた。

** 4) 法仙寺、墓石群、発砲
*** 1) 墓場のミチと対話。お百度参りの由来、睦雄の恨み
夜の霧、龍頭館の裏、井戸、熊笹、法仙寺境内。本堂の角をまがり、墓石群。ユキ子はとミチ。二子山一茂が。ここで。然り。馬鹿な。謝。どうしてと石岡。これまでの不幸。自分の業ですごい怨念。怨念か。然り、鬼の怨念。先祖への怨念が自分に。誰がうらむか。この人たちとこの人たちを殺した人が、と墓石をさしながら。この墓石は何。昭和13年に都井睦雄事件で殺された人たち。睦雄の事件はよくしってるか。然り、両親から。どこで生活。盛岡。しかし両親は事件をよく。祖母が事件直前までこの村に。思いだすと符合することがおおい。自分の業はこの事件だと気がついた。成程。ここにきて、因縁をひきずってる人がおおい。でも自分の方がもっとひどい。だから命懸けでご先祖の身代わりになった人たちをとむらう。ゆるしてもらえれば今の因縁からぬけでる。霊感の先生から。でも今の生活がひどいか。否、それまでが。どんなひどい目に。不答。謝。睦雄の事件をきいて納得。睦雄に祖母が殺害されそうになったのか。然り、誰よりもうらんでた。

*** 2) 逃亡した祖母きみえ、睦雄の子、ミチの実母
祖母世羅きみえは計画を悟った。一週間前、家族と京都に。そのため多数を惨殺。身代わりに。世羅きみえは既婚。子ども多数。年齢。34、5歳。成程。子どもが4人、上3人が男、末っ子が女。その女が。母親のよう。はっきりしないのかと石岡。末っ子は京都から里子。成程、両親はきらってた。母、育ての母が恨み言。睦雄と睦雄に殺された人の怨念で世羅の家はむちゃくちゃ。自分の生みの母がその末っ子か。きけば。不可、自殺。で、この人の父、祖父が豆相場で破産。この母は借金のかたに売られた。人身売買か。詳細は不明。成程。自分も。祖母も。祖母は睦雄に乱暴されたよう。ずいぶんひどい目にあった。成程。睦雄の人柄は。異常者。成程。因縁、業が祖母、母、娘の三代につづく。だから子どもが心配。成程、で、この墓の人たちは一晩で。然り。どうしてにげなかったか、騒然となったろう。最初は刀でひそかに、次に猟銃。知能犯。自分の祖母を斧。実の祖母。

*** 3) 睦雄に殺された人びと
両親はすでに死亡、祖母の首をきって、次に金井貞子、勝裕、康夫を日本刀で。長男の勝雄は広島の海軍。勝雄は何歳。20歳。貞子は50歳。親子ほどの年齢差、その次は。この墓の吉田かね、修一、芳子、智子。ここから猟銃。ここの女性に乱暴してた。色情狂か。そんなすき放題で何をうらむ。村をハーレムにしたかった。ずいぶん勝手な。次にあの墓の金井高次、智恵子、やす子、犬山丈夫を猟銃で、やすは一命を。よくおぼえてる。墓石に名前、次に犬坊正雄、貞夫、定子、なみ、猟銃で。次に犬坊高一郎、外から狙撃、殺害。犬坊米一、トミ。トミとも関係。希代の殺人鬼。という前に希代の色魔。犬坊千代吉に。犬坊という家がおおいが。然り。犬坊が開拓の村か。千代吉の妻タマ、蚕の仕事でいた金井綾子、丹野未千代、未千代とも。隣りの未千代の家で母、母とも。次に今村修二の家で妻の満、安市、トシ、明を猟銃で。それから龍臥亭へ。当時あったのか。否、祖父、吉蔵、村一番の資産家。村の御意見番、睦雄には煙たい存在。龍臥亭は息子、秀市がつくった。睦雄はこの人からも意見され、うらみをもってた。睦雄は坂をのぼり銃撃、吉蔵は無事、妻は翌日死亡。地獄で睦雄は吉蔵と秀市をうらむ。然り、村人はだから今度の事件と噂と石岡。

*** 4) 睦雄が恨みをのこした人びと
男でこの二人、女では祖母。それで事件は終了か。否、荒坂峠の及川辰男、とよを猟銃で。で、30。否、うたれたのはたしか32。その後は。村をでた。悲惨な思い出の村はでたかった。否、いじめも。何故。不明。及川とよと睦雄は関係があった。然り。不可解、何が不満。不知。たすかった人を村八分というのも不可解と石岡。睦雄の亡霊をみた人がおおい。然り。それが原因と考える人もおおい。然り。あれだけ勝手放題をして死後もうらむのか。然り。不可解。然り、村の人の気持ははかりかねる。死後60年たっても。成程。当時20なら80、本人かも。風をきる音。

*** 5) 発砲、ミチの命がけの決意
墓石のかけらがとぶ。ふせてと石岡。霧の中で相手の所在は不明。また銃声。にげろと石岡。ふるえるミチをうながす。本堂脇の階段から怪人、顔の中央がくらい穴だった。ミチをつれてにげた。ユキ子の顔がうかんだ。住職の家の裏手。しかった。今度で。二度目。顔をみたか。然り。すぐかえろう。然り。二度とやらないで。不答。明日もくるか。然り。ユキ子の面倒はみない。一人で。死んだら。仕方ない。馬鹿な。自分がせおってる業がどれだけふかいか、わかるか。死んでもか。仕方ない。ユキ子に業がひきつがれないため。不可解。うまれてこなければ。よかった。誰かを殺すかも、誰かに殺されるかも。自動車の免許はとらない。飛行機にはのらない。毒物にふれない。死ぬかも、殺すかも。電車のホームの端にゆかない。刃物も。できるだけふれない。こんな人生だったから、ここにいるのも同じ人生。不安の中の人生。自然流産をした。事前に奇形かもといわれ、また罰か、失神した。ユキ子の妊娠でなやんだ。

*** 6) ユキ子への思い
奇形かもしれない。何週間も。それも運命と生む決心をした。生む時、とても痛かった。やっぱりと覚悟した。おかしな子でも殺さないでそだてると誓った。立派な顔の赤ちゃんといわれた時、わあわあ泣いた。もうこれ以上の幸せはほしがらない。これはユキ子のため。了解、もどると石岡。鐘撞き堂をぬけもどった。ユキ子がまってた。二子山一茂がそばで居眠りしてた。石岡がとにかく明日にといって部屋にもどった。

* 9) 4月10日、守屋、一男の殺害、菊子、エリ子の死体
** 1) 起床、廊下、帰室、昼食、中庭、四分板の間、育子
*** 1) 守屋の死体、犯人の狙い
4月10日、鐘の音。昨夜の冒険で朝食抜き。廊下の音で覚醒。一男、二子山親子と対話。守屋の死体発見。どこで。貝原峠のバス停で。驚。その待合所の中。何故。不知。何時。昨夜の終バス以降。否、その前かも。警察はそれ以降で、始発までの間。というと。7時10分。終バスは。10時5分。死因は。銃殺。ブローニング製でダムダム弾か。不明。前方から心臓。何故、待合所。山越えなのに。警察の考えは。不知。推定時刻、手掛かり。不明。石岡が考える。昨夜の事件と同時間帯。しゃべるか。否。坂出がいう。時刻は不明。だが、おかしな点。失踪時はセーター。ところが死体に柄物のワイシャツ、ズボン。セーターも肌シャツもぬがされてる。しかもワイシャツのボタンがはまってない。肌がみえる姿。何の意味と石岡。不知。犯人は最初、若い女性、次に菊子、年寄だが女性。留金、これは自殺、しかし龍臥亭事件以前、だから凶行の対象は女性。ところが男性。男女ともか、と石岡。部屋にもどる。

*** 2) 四分板の間、育子と対話、桐、松、琴、箏
ノートにまとめていたが、御手洗の協力がないので絶望的。昼食後、中庭を散歩。四分板の間に育子。百済琴をみがく。ではもっと琴のこと。石岡がきく。それは。百済琴。箜篌とも。桐の木か。否、百日紅(さるすべり)。桐以外もあるのか。否、特別。あの琴は松。やはり桐。育子がきく。琴に関心。然り。どんなこと。全般。では、楽器の定義からと育子。この箜篌は、弦が23本、おおいのは指でおさえて音程を調節できないから。一本の弦はある音程のみ。本来これだけを琴。通常のものを箏というべき。常用漢字にふくまれず。やむ得ず琴を流用。柱をもちい一本の弦で音程の高低をつくるのが箏。古来から。箏は何本。奧の板の間にうつり、変わり琴をさし、13。でも前の演奏会では17。宮城道雄が創作。成程。ふとい弦で低音。西洋音楽の演奏に必要。

*** 3) 幸子が演奏した変わり琴
幸子がバッハを演奏。13。然り、松でつくった変わり琴。もといた樽元の作。驚、はじめてしった。然り、変わり琴。ここの琴と同じく糸締めがここに。成程。一本の丸太から削りだし。それでよくなるか。共鳴箱がいる。たしかに、でもあれはよくなった。樽元はよくなる木材をみつける名人。琴にてきした材木は重いもの、桐も育ちのおそい、重いものを。成程。樽元は仙人山育ち、樹木を知悉、よい松を選定。でもそれは道楽、本来は桐。売ってた。然り、評判。距離がちかづきすぎたので石岡がたちあがる。

*** 4) 守屋、藤原のこと、家族の分裂
守屋の死体が発見と育子。然り。ひどい。然り、藤原は大丈夫か。無事だとよい。旅館を売るつもり。然り、ここにはいられない。どこへ。未定。出雲か。主人は。同行は。否。成程。生まれ育った地、売却したくない。事件が解決すれば不要では。疑問、でも内容によれば。外から里美の声。外にでた。田中から電話があった。龍尾館に。

** 2) 茶の間、田中に電話、御手洗に電報、渡り廊下
*** 1) 菊子の死体、御手洗に期待
龍尾館茶の間から田中に電話。菊子の死体、貝原峠の山中、バス停の近く。おそらくバス停に守屋を遺棄。そのついで。死体、特徴は。ありだが、御手洗の返事は。ありだが。どんな。興味深い内容、だが多忙につき、しばらく頑張れと。来日は。然り、とはいえ多忙、手紙、電報かも。手段を指示すると。然り、流動的だが。成程、状況はひどいと田中。分裂症の狂人の仕業。上司も御手洗の出馬要請でしょう。地獄の混乱。で、状況は。御手洗が了解した。として。

*** 2) 異様な死体
秘密の話し。嘘をついた。了承、意見を手紙でしらせる。了解、警察のだらしない内情を暴露。それなら勝算がなければ。然り。午後2時40分に菊子の死体が発見。異様。どう。白い和服だが、その下に守屋の肌シャツ、パンツ、懐に新聞紙の包み、その中は守屋の男性器。驚。では守屋の死体から。切断。裸の体にズボンと柄物のワイシャツ。守屋も菊子の額にも「7」。男性器をつつんんだ新聞紙の内側には鳥の絵。鳥の絵か。然り、二本足、横向き。何か質問。守屋の銃殺、ダムダム弾か。否、1930年代のブローニングだが。硝煙反応は。あり。菊子の死体の焼却に異存。何。つまり御手洗に異議。了解、特段の指示無し。守屋は。まだ調査。死亡推定時刻は。死後2日。石岡がそれは失踪直後と考える。龍臥亭の住人は。どういう意味。アリバイは。就寝中。確定は不可能。これは外部の犯行。成程と石岡。御手洗の助言を期待するといって電話をきった。

*** 3) 御手洗に電報、ミチの御百度決行
おいつめられた石岡がKDDに方法をきき、ヒントだけでもと御手洗に国際電報。渡り廊下でミチ母子にあう。石岡がきく。ゆくか。ユキ子の面倒を誰が。石岡がことわる。誰もいない。どうする。おぶってゆく。危険、ユキ子にあたるかも。ミチがたすかりユキ子が死ぬかも。だったら自分も生きてない。ユキ子が成長して祖母、母、自分と同じになったら、死ぬも同然。本当に効果が、誰が保証するのか。信頼する人、でも自分できめた。もうすこし早い時間は。それなら里美にたのめる。10時ときめた。誰が。自分。喉はなおったか。ほぼ。みんなにも言ってとめる。やめて。竜の彫像のそばの里美に声をかけた。

*** 4) 里美、看護の依頼
さびしそう。然り、やはり生まれ育った地。売るか。然り。お願いがある。何。今夜10時にむかで足の間にきて30分から1時間ユキ子の面倒をみて。どうして。ミチが法仙寺にゆく。危険、睦雄の幽霊が銃撃。願かけ。然り。われわれが防護。鉄砲相手にどうする。ほっておけないから。否、おおくの他人を危険にまきこむこと、拒否。

** 3) 夕食、坂出の部屋、廊下、墓地、エリ子、一男の死体。
*** 1) 坂出、二子山にも依頼
粗末な夕食後、ミチの法仙寺行がせまる。石岡が坂出にうちあける。とめるべき。とめたがきかぬ。百日。なら、たぶんあと10日。どう護衛。負傷なら救護、できること。然り。二子山一茂にユキ子をたのみ、二人でゆく。了解。里美が廊下に。

*** 2) 里美の看護、ミチの追尾
ねむってるユキ子をたのむ。 ミチが出発。石岡、坂出、二子山がおう。龍頭館の裏、竹薮。ここをのぼるかと二子山一茂。然り、危険、低姿勢。どこで亡霊をみたかと坂出。一度は小屋の奧の焼き場、もう一度は法仙寺本堂前の石段で。いやだな、石岡をたよると二子山一茂。驚、たよられる。境内に到着。ずいぶん近道。さすが推理作家、調査済み。霧のない夜。ミチの姿。本堂正面の階段か墓地へ。椿の姿がある。ミチをみまもりながら目的場所、犠牲者の墓石群に。墓地にせまる山の斜面。

*** 3) 異物の発見、エリ子、一男の死体
あれは何と二子山一茂。何。狙撃手か、警戒。然り。ミチはおがみおわり、帰路に。石岡がまってと声。変なもの、確認。しばらくかくれて。三人で相談。三方からせまれと坂出。白いものは白衣の人物。坂出が声、死体。成程。女、若い娘。棺の中にあったエリ子の衣裳。もう一体と坂出。声、しっかりしろ。石岡が四つんばいですすむ。一冊の本をみつける。誰か。一男。

* 10) 4月11日、評人の教示、犯人への罠、4月12日、評人を再訪
** 1) 朝、門横の車、自室、葦川散策、里美
*** 1) 現場検証の結果
その夜は狙撃、亡霊無し。ミチをふくむ一行はいそいでもどった。刑事たちはすぐ法仙寺にむかったらしい。

翌11日、鐘の音で覚醒。中庭で刑事ほかにあった。田中に身元をきく。エリ子と一男。何故、わざわざ寺まで。両者ともか。一男の犯行現場はそこか。ほぼ、鐘撞き堂のちかくのよう。犯人への手がかりは。明確なものは無し。他に。エリ子の場合、衣服は納棺時のまま乱れ無し、ただ和服の上から布紐。しばる。どこを。臑(すね)。理由は。あとで考察。手の方は。自由。一男の場合、猟銃による銃殺、心臓一発。硝煙反応、銃口をおしあてた。前方から。然り、ダムダム弾でない。ほかに。額に「7」。ほかに。賛美歌の本。石岡が昨夜さわったもの。ほかに北原白秋詩集。驚。お手上げ、無能を自認。二冊の資料の目次、冒頭部分の複製をみたいか。然り。龍臥亭の門のところの車。田中から資料をうけとった。この事件について考える。

*** 2) 詩集、賛美歌
二冊の本は清浄のイメージ、幸子、守屋には淫靡な加虐性。真逆のイメージ。何故か。同じ犯人か。火葬場から死体を窃取、淫靡な仕打ち。なのに詩集、賛美歌、どんな意味。詩集の中には死体遺棄の状況になじむものも。しかし賛美歌にどんな関係が。二人の死体をならべて遺棄。その関係は。部屋にもどり、事件を俯瞰。一連の事件の経過、つまり殺人と死体遺棄、発見者側からみた現場の状況を箇条書きする作表を考えた。

*** 3) 一連の事件箇条書き
1) 3月7日、推玉、橘暗渠、以下略
2) 3月30日、幸子、龍尾館3階、以下略
3月31日、同上、盗難、以下略
4月1日、同上、寺鶏小屋、以下略
同日、同上、葦川、以下略
3) 3月31日、晴美、むかで足の間、以下略
同日、同上、盗難、以下略
4) 4月3日、エリ子、むかで足の間、以下略
4月10日、同上、寺墓地脇、以下略
5) 4月3日、菊子、四分板の間、以下略
4月10日、同上、 貝原峠、以下略
6) 4月4日、留金、仙人山山中、以下略
7) 4月10日、守屋、貝原バス停、以下略
8) 4月10日、一男、寺裏墓地、以下略

*** 4) 犠牲者の数、「7」
犠牲者は8人、「7」の意味。7人か。留金の額にも「7」、犯人の犯行にかかわる。のこる当事者はすくない。逗留客なら、坂出、二子山増夫、二子山一茂、ミチ、ユキ子、石岡和己。龍臥亭の主一家は、育子、里美、行秀、義母お松。藤原。生存を目撃、重要容疑者、警察は気づいてるか。育子と藤原の共謀は。数々の疑念。

*** 5) 硝煙反応
硝煙反応は、推玉が不明、幸子、晴美、エリ子が無し。菊子、守屋、一男にあり。無しは遠距離、ありは至近距離。時期的に早い3人は無し、それ以降の3人が至近距離。両3人グループをわけるのは午後6時の鐘の音。この点から推玉は遠距離のよう。この明瞭な区分は何によるか。この区分を藤原と関連づけようとすると、エリ子、菊子の死亡前に失踪。無関係か。藤原を容疑濃厚とした。しかし幸子、晴美、エリ子の殺害方法の不可解さはただちには解消しない。とりあえずこの項目はおわり。弾のこと。

*** 6) ダムダム弾と非ダムダム弾
ダムダム弾と非ダムダム弾。推玉、幸子、晴美、エリ子がダムダム弾、菊子、守屋、一男は非ダムダム弾。この区別は4月3日午後六時の鐘の音でわかれる。ダムダム弾あるいは非ダムダム弾ともに1930年代のブローニング社製の弾丸。旋条痕から同一銃か否か。まだ不明。

*** 7) 「7」の意図
「7」についてである。全員にのこってる。例外がない。しかしたいてい再遺棄された時にあらわれる。この点の法則性。再遺棄。「7」。たとえば幸子、密室内で射殺。額になし。窃取、発見で「7」。晴美、エリ子も同じ。菊子も同じ。菊子は至近距離。犯人が額に「7」が可能。何故無し。わざわざ窃取。「7」、再遺棄。で、考え方。至近距離は「7」。遠距離は窃取。「7」、再遺棄。菊子の例外は何故か。そろそろ頭痛。御手洗のようにできない。挫折感。疑問点だ。

*** 8) さまざまな疑問、鳥の絵、黒い歯、筏、散歩
晴美の死体は行方不明。どこに。鳥の絵。ささいかも。しかし気になる。とんでるところでない。横向き、下手な絵。筏も下手。最初は推玉のバラバラ死体。二回目は守屋の男性器。これは菊子の懐中。異端の宗教の儀式か。推玉の黒い歯も。幸子の筏の生首も。この死体からの女性的部分の削除。守屋の男性器切断、エリ子のかたわらの賛美歌と詩集。支離滅裂。鳩の絵も、推玉、守屋にあって、幸子の頭部に無し。葦川の岸辺に腰掛け、また考える。

*** 9) 一貫性の欠如、気まぐれ、清浄な心中事件、淫靡な狼藉
一貫性のなさ。鳥の絵のほか、たとえば歯。推玉の黒い歯。しかし幸子に無し。死体にさんざんの残虐行為にもかかわらず。「7」は全員、黒い歯は一人。

ここできりあげて、エリ子と一男のこと。臑の部分を布紐、賛美歌、詩集。これは古来よりの心中死体の状況。死にさいして裾のみだれをおそれる女性の心理。詩集、賛美歌もこれになじむ。しかし二人は心中ではない。心中死体になぞらえようとした。これは理解できる。ならば何故。不可解。では別のテーマ。淫靡な狼藉。都井睦雄伝説。この睦雄に天誅をくわえる意味。男性器の切断。この原則なら他の男性犠牲者は。無し。声。里美がやってきた。

*** 10) 里美の発言、阿部定事件
平太は元気。然り、2、3年の命といわれた。父親の方が先。法仙寺境内か龍尾館裏の小屋とか、では何故と石岡。不知。寝室は別だね。然り。ではでてゆくところは、しらない。然り。おびきだされたか、母親はしってる。不明、最近は寝室別。最後に父親をみたのは。食事後、部屋にもどる時、午後9時。一男の就寝時間は。不定。一男をすくえなかったと謝罪。否、祟り。何を。事件のこと、守屋のこと。死体に犯人がしたことをしってるか。然り。ひどいね。まるで阿部定みたい。え、天啓がはしった。里美にきく。高校の図書室にはいれないか。可能。二人で高校に。

** 2) 高校図書室、事件年表、郷土史家
*** 1) 阿部定の資料
図書室の顧問の教師に事情を話す。何をみたいか。阿部定事件。どうして。岡山県警の依頼。手わたされた資料をよむ。昭和11年の新聞記事。5月18日、東京荒川区尾久町1881の待合「まさき」の一室で、50歳ぐらいの遊び人風の男性の死体が発見。この男性は1週間ほど前から31、2歳くらいの玄人風の美人と長期逗留、18日朝、女が外出、女中が部屋をしらべると死体が。首に細紐、男性器が切断。敷布団のシートに鮮血で定吉二人きりとかいてあった。男の左大腿部に定吉二人と刃物できざまれてた。

被害者が中野区新井538、料理店「吉田屋」店主、石田吉蔵40歳。女はもと女中埼玉県入間郡坂戸町、田中かよこと阿部定31歳と判明。阿部定は3日後、品川区の旅館で逮捕。取り調べの結果、阿部定は情交中に首をしめて、やりすぎて絞殺。所持してた風呂敷包みから包丁、石田のメリヤスシャツ、メリヤス猿叉、男性器がつつまれたハトロン紙の紙包み。待合をでる際、女中にふれられたくない。男性器を切断、懐中にしのばせ逃亡。また彼の肌を身近にかんじたい。メリヤスシャツ、猿叉を。

*** 2) 守屋、菊子事件の関連性、犯人、藤原か行秀
守屋と菊子の不可解さ。解消。菊子が守屋の下着、男性器を懐中。包装紙はハトロン紙。これは鳩、鳥の絵。犯人は阿部定をなぞった。馬鹿馬鹿しい。まるで幼稚園児、知恵遅れの人。でも不可解さ。説明。守屋、吉蔵。菊子、阿部定か。で、考える。銃無し。でも待合はバス停の待合室。決定的。しかし、待合、ハトロン紙が理解できず。知恵遅れ。子どもか、否。では藤原は。知恵遅れでない。行秀か。犯人は昭和11年の事件の資料をよんでる。なら一応知識人。また頭痛。

*** 3) 御手洗の方法を再考
御手洗が手紙で特定の人をねらってるという。事件はまだ謎。まだ犠牲者。一連の犯罪にテキスト有り。なら発見。次の犠牲者をふせげ。里美もミチもユキ子もかなしませたくない。事件の解決か。御手洗は。ふせげるなら何でもする。死んでもよいか。御手洗ならどうする。かっての「眩暈」でやった。事件年表だ。

*** 4) 事件年表の調査、昭和10年から13年の巻
書棚に講談社発行の「昭和二万日の全記録」をみつけた。昭和10年から13年の巻をだした。昭和11年の項に阿部定。この巻に期待したのは。貝繁村の事件。桜の頃。なら4月。なかった。もう一度、昭和11年。今度は猟奇事件。阿部定のほかは無し。間違い。否。時期に問題。なら、時期は。どうしぼる。頭をつかっても無理。足をつかう。で本棚にゆく。

*** 5) 昭和7から9年の巻、地元郷土史家の紹介
本の背文字に「昭和7年〜昭和9年」。昭和7年の項をみる。3月7日の項、東京府下寺島町の泥溝で中年男性の手足のないバラバラ死体を発見。玉の井バラバラ事件。これで7年はおわり。で、百科事典を。昭和7年、東京府下寺島町の通称「おはぐろどぶ」からハトロン紙につつんだ男性の首、胸、下腹部が発見とある。おはぐろどぶと推玉の黒い歯。あった。さらに。犯人は長谷川三兄妹、被害者は浮浪者、財産家といつわりちかづき、嘘がばれて暴力、ついに殺害。おはぐろどぶとハトロン紙。テキスト。額の「7」は昭和7年。でも図書室の調査はもう限界。顧問教師に返却しにいった。お茶をだされ話しをした。地元の郷土史家を紹介してもらった。

** 3) 上山評人宅、犯行のテキスト、罠
*** 1) 評人を訪問、睦雄事件の確認
すぐ郷土史家、上山評人をたずねた。石岡との対話。評人先生か。然り。高校の教師に紹介された。教示いただきたい。成程。裏手に案内。どんなことを。思いきってきりだす。昭和13年の都井睦雄事件。しばらく沈黙。横浜からここに。当地は不案内、種々きいた。実話。この事件はしってるか。勿論。図書室の昭和の二万日の全記録の13年4月の項でしらべた。未発見、実はつくり物。本当か。然り。事実。4月でなく5月。成程、しかし夜桜の場面。それは伝説。昭和史に記録。5月にあるはず。全国に周知。成程、現在の事件を知悉か。多少噂を。現在、秘密事項も、口外無用をお願いするが。了解、郷土史家として、今度の平成7年の事件が過去の因縁をひきずってるのが興味ぶかい。驚、「7」は平成7かも。石岡がいう。

*** 2) 類似猟奇事件の事例
不道徳なことをきくが昭和7年に阿部定事件の反対、女性が殺害、その女性の両方の乳房、眼球、頭髪が頭皮ごとはがされ、さらに異常なことだが女性器がきりとられ、たぶん犯人の男性がこれらをみにつけて自殺した事件。実例があるか。一瞬、茫然、7年か、ここの場所か。否、たぶん東京あたり。評人がいう。猟奇事件、あり。たしか名古屋。ファイルをしめす。昭和7年2月。石岡がみる。内容は次のとおり。

2月8日の朝、名古屋市西区の養鶏小屋に首なし娘の死体。両方の乳房、女性器がきりとられ、首とともに行方不明。被害者は東区、青果商の次女、吉田松江19歳。聞きこみから増淵倉吉44歳の情婦となってたことが判明、倉吉を犯人と断定、捜索。死体発見の4日後、木曽川の筏師が浮遊してた人間の首を発見。頭髪は頭皮とともはがされ、耳、上唇、両方の眼球も無し。これが松江の首と判明。その1ケ月後、木曽川くだりのシーズンをむかえた犬山にある掛け茶屋をあけたところ奇怪な姿をした男が首吊り自殺。倉吉が松江の女性的な部分をみにつけ自殺。関係ができたが年齢差のある倉吉を松江が拒否、情痴にくるって犯行。

*** 3) 驚愕の類似事例、名古屋の事件
石岡、驚。玉の井バラバラ殺人事件の模倣は似て非なるものだが、これはそっくり。でも相違点も。松江の首をただ木曽川に、今回は筏。露骨に世間にアピールするためか。否、犯行の隠匿とまったく逆である。名古屋には加害者、被害者には異常な愛憎関係、今回は無し。とりあえず。 両事件の理解が。満足する。玉の井バラバラ殺人事件の資料は。あり。犯人は本郷区新花町の無職、長谷川市太郎31歳、弟の東京帝大土木科写真室雇いの長太郎23歳、銀座裏カフェの女給、妹とみ子30歳。被害者は秋田県出身の千葉龍太郎30歳だった。テキストとなったのは間違いない。ちょっと感想を。

*** 4) 龍臥亭事件犯人のユーモア、見たて殺人、時代錯誤
悲惨な龍臥亭事件の犯人にユーモアがのぞく。幸子の事件のテキスト。筏師。で、筏。これがないと両者の関係があいまい。玉の井バラバラ殺人事件との関連。推玉の黒い歯とおはぐろどぶ。普通の凶悪事件にはないユーモア。これは推理小説でいう「見たて殺人」。犯人には探偵小説の素養。でも平成7年の時代に効果的か。つまりテキストがふるい。事実気づかせようとした刑事たちにとどいてない。でも何故こだわる。意味は。苦労させることが目的か。おかしい。結局矛盾。この犯人には緻密な知性と幼児なみの知性が共存してる。評人がきく。名古屋と玉の井の 両事件が今回の事件に関係があるか。石岡。秘密をあかすこと。躊躇。でも、すべてを話す。

*** 5) 評人による坂田山心中の紹介、性と猟奇事件、この土地の風俗
3年間他言無用と要請。了解。育子の不倫と背中の傷もうちあけた。感にたえない風情。やがていった。まず。坂田山心中。一男とエリ子の死体遺棄ににてる。それは何。神奈川県の大磯の猟奇事件。7年か。然り、集中した。性的なもの。然り、歴史的には江戸からつながり。浮世絵は現在、教科書にも掲載。だが大部分は春画。昭和初期は犯罪も性風俗の影響下。成程。さらに軍国主義。その抑圧への反動かも。龍臥亭の事件。この地方にもあった風俗。やりきれない気持。その時代の亡霊が生き返ったという印象。成程。

*** 6) この心中の猟奇性、性と死の伝統、昭和初期、軍国主義の時代背景
天国にむすぶ恋。昭和7年、神奈川県大磯の心中事件。坂田山という山の頂上の雑木林の中で若い男女が昇汞水をのんで心中。男は慶応大学の制服をきた25、6歳。女は21、2の令嬢風の美人。現場にヘリオトロープの花と白秋の詩集、賛美歌集。女性は処女。男は慶応大学3年調所五郎、女は静岡県の裕福な家庭の湯山八重子。どこが猟奇事件か。身元不明のため地元の法善寺に仮埋葬。翌朝、墓がほりかえされてた。中の遺体がなくなった。周囲に女の衣類が散乱。転々として海につづいてた。海岸の船小屋の砂の中から女の全裸死体。これは墓掘り人夫の犯行、のちに逮捕。本当に7年か。然り、2月8日名古屋、3月4日玉の井、5月9日坂田山。成程。きな臭い時代、上意下達の締めつけ。それから昭和11年の阿部定。然り、2・26事件の直後。この時代の抑圧から種つけ願望のあらわれかも。成程。吉原のちかくに小塚原の刑場、岡場所に無縁仏の投げ込み寺。性と死は隣りあわせ。男女の情死がすきな国民。成程、戦前の日本には性的な匂がつよい。然り、貝繁の都井の事件も。

*** 7) 埋葬のエリ子、掘りだしの罠
でも睦雄の傍若無人は、といおうとして、エリ子の遺体遺棄が湯山八重子のテキスト。額の「7」も昭和7年。これはさらに平成7年にもかかる。すると現状は。テキストにしたがえば。埋葬、発掘と展開。しかもまだ犯人は不知。石岡が気づいたことは不知。犯人に罠。怪訝な風の評人を無視し興奮の極地となった。

** 4) 夕食、車中対話、仮埋葬を提案
*** 1) 昭和の類似事件の説明、時代錯誤、ハトロン紙の誤解
龍臥亭で質素な夕食。すぐ田中に電話。午後9時、門にやってきた車中で対話。何かと田中。推玉は昭和7年の玉の井、それと気づかせるため黒い歯、幸子は同年の名古屋事件、これもそれを気づかせるため生首の筏。さらにエリ子、一男は同年、坂田山。賛美歌集でそれと気づかせようと。さらに「7」もそう。成程、驚いたと田中。今回の事件は昭和7年と11年をまねたということか。然り。でも釈然としない。昭和7年の事件が今の人たちにとどくか。然り、警察がわからなかったのも当然。だから犯人はずれてる。成程。龍臥亭事件が戦前におきたならわかる。当時の人はすぐ昭和7年も11年もきづく。

*** 2) 立案者と実施者、計画書の実在、作成時期、昭和11年から13年
然り、この計画を立案した者にとって「鳩の絵」でない。ハトロン紙。何故これがおきたか。それは計画の立案者と実行者がちがうから。実行者がテキストをみた。ハトロン紙。わからない。それは50年もたっているから。で、何時、立案。阿部定事件からさほど昔でない。この不可解さが解消。推玉と守屋には鳩の絵。幸子は無し。一貫性のなさ。たんに計画書になかったから。幸子の生首は新聞紙でつつんだのは実行者の一存。松江の首はむきだしだった。テキストの記述もむきだしの指定かも。石岡の説明を理解しかねた田中。計画書が実在。成程。ではいつ計画。戦争がはじまる昭和16年より前。で、昭和11年以降。13年。驚。睦雄の事件の年。これは連続殺人の計画書。

*** 3) 二人でミチを追尾、さらなる推理
お百度参りの時刻となった。田中に話し護衛をたのんだ。同行。鉄砲は。不所持、危険か。実例あり。不審、確実に命中できる。おどしでは。でも完全にねらってた。不審、彼女をとめられなかったか。不可。小柄の彼女の姿は命懸けのひたむきな姿。事件解決のプレッシャーをかんじた。犯人は何のためにやるのか。11年から16年の期間に一連の犯罪の実行を要求する犯罪計画書がかかれ、それを平成7年の現在、誰が入手、計画を実行して何のメリット。平成7年に現に実行してる犯人にとっては。然り。石岡は田中に反論。計画書が実在してた。ならば推玉、幸子、晴美は存在してない。成程。計画立案者は同時代の誰かを想定し てた。然り。ではどんな結論が。むづかしい。自分はまったく不得意と田中。

*** 4) 立案者、睦雄か。睦雄像の調査、計画書の現存
立案者はこの村の住人。被害者も村の住人。成程。昭和11年5月は今から59年前、当時20歳の標的なら79歳、現存、当時30歳なら89歳、これも現存の可能性。この計画書を入手した犯人は当人が現存してたら本人をねらう。然り。今回の犠牲者は睦雄事件と無関係。然り。では計画書のターゲットはすべて死亡なら。病気、老衰か。否、睦雄によって。ならば、この計画書は13年5月以前に作成。犠牲者もすべてかさなってた。じゃあ、30人。そこまでは、しかももうすこし巧妙に計画。では立案者は睦雄。でも希代の乱暴者、色魔では。それはどうか。再調査が、どんな。人柄、たとえば手記、もしかしたら計画書。

*** 5) 睦雄に関係する人物、ミチの祖母、実行者、菊子
睦雄がうちそんじた者、犬坊吉蔵、秀市。両者死亡。然り、でもミチの祖母は再確認が必要。すると睦雄は。然り、この仮説がただしいとして、あの淫靡な行為をおこなう計画書をかいた。しかし実際は実行してない。然り、計画を放棄し大量殺人に変更。成程。ミチがかえりはじめる。睦雄は計画を実行しようとしてたのかと田中。不明と率直な石岡。では最初の疑問にもどると田中。かりにこの計画を実行しようとする馬鹿者がいた。この行為は睦雄のためにならない。然り。では何のため。ミチをおいながら考える。まだわからない。エリ子、晴美、推玉、守屋は無関係、でも菊子は。70歳をこえる。睦雄と関係があるかも。菊子のこと、睦雄との関係はと石岡。未完、早急に。でもよそ者にはむづかしい。一点大事なことと石岡がのべる。

*** 6) エリ子仮埋葬の罠
エリ子を仮埋葬にしたら犯人は掘り出しにくる。この可能性は。成程。村中に法仙寺に仮埋葬と宣伝。考えこむ田中。

** 5) 朝食、中庭、ミチとの対話、仮埋葬
*** 1) ミチの実母の出生
4月12日、朝食後、ミチをさそって中庭。村のみんながいう因縁が。わかった。どんな。それはのちほど。石岡がきく。ミチの祖母。世羅きみえ。睦雄にうらまれてた。その事情は。おおく不明。世羅きみえ、当時35歳。祖父は農業、子どもは4人、3人は男、13歳、9歳、6歳、一番下が女、マイ子。事件当時は誕生日前。すると。昭和12年(1937)の暮れ誕生。この一番下。ミチの母。ミチの年齢は。昭和27年(1952あ)生まれ。すると母が15歳の時に誕生か。おかしくない。然り。当時自分は気がつかなかった。それを父は自分にかくさなかった。家には別の母。この人とは年齢が整合。ある人が指摘。整合しない。この母という人の生地に。その生涯は。特殊。どう。昭和13年に貝繁の村をすてて、京都の北、宮津に。世羅保、祖父が親戚の畳屋に。職人見習い。うまくゆかず魚屋、漁師の船に。あるいは飲み屋。祖母も子ども4人の面倒。小豆相場に。で、膨大な借金。

*** 2) 実母、睦雄の子、ミチ、ユリ子も血筋
末っ子、生みの母といわれる人が養女。借金が棒引き。では、人身売買。いろいろ。この人は一家の中で冷遇。祖父は里子にだしたがった。祖父は酒をのんであれた。祖母は何もいわなかった。で、想像した。祖父の実子か。ない。祖母もみとめてた。誰の子。睦雄。つまりミチには睦雄の血。然り。当然、ユキ子にもと石岡が考える。だから自分の業は睦雄の血のせい。成程。生みの母という人は15歳で。しらべたら中学3年の夏休みにうんだ。2年生の一学期は休みがち、卒業式には欠席。病欠。ということは妊娠中。自分の出生届は父の戸籍、それから盛岡に移住。育ての母と一家をかまえる。生みの母という人も同行。しかし居候のような存在。つまり妻妾同居。然り、父は高利貸だったらしい。

ミチが一男とエリ子の仮埋葬を。本当に。棚藤が工事中とか。誰が。育子がいった。成程と石岡。

** 6) 評人宅、睦雄像
*** 1) 睦雄のこと、伝説の怪人
評人を再訪。ききづらいと石岡。睦雄のこと。いいづらいか。否。でも自分以外のおおくがタブーとしてる。でも周知の事件では。然り、然れど。ではいえることだけ。伝説というが実事件か。然り。睦雄は凶悪、凶暴、色魔か。やや無言。道にであって家につれこみ暴行、家は庄屋、中に座敷牢など事実か。否、わらって否定。腕力がつよい怪物、あばれだしたら警察も手出しできず。否、わらって否定。それは小説の話し。30人殺害は。事実。凶暴でないか。一応。被害者の中には睦雄に乱暴された女性も。事実。では不可解なのは、それだけ勝手放題で何を逆恨み。不答。2人うちそんじ。事実。相談役という。人格者。一応。勝手放題で逆恨みの怪物か。

*** 2) 睦雄の実像、龍臥亭事件の解決
そうなら、怪物。事実でないか。然り、睦雄だけが狂人。世間がいう。しばらく沈黙。龍臥亭の事件の解決に睦雄が必要か。然り、みんなが睦雄の事件の因縁をいう。ではきく。事件の背景、村の事情などをしりたいのか。然り、必要。石岡が犯罪計画書の存在、作成時期の推測、それは昭和13年。作成者が睦雄自身。すべてを話した。評人の表情がかわった。成程、睦雄か、あり得る。

*** 3) 事件の真相、土地の淫風、育子のふしだら
一般的にもいえるが、あの事件を睦雄一人のせいにするのは酷。成程。淫風という言葉は。不知。この村の陰口。どういう意味。みだらということ。育子の不倫をはなした。それのことと評人。貝繁の村の最大の恥部。育子のこともきいてるが何か釈然としない。さらに評人。淫風は今はまったくすたれた風習。今の若い人には無縁。たちいりたくない。誤解もよぶ。自分はわりきってた。睦雄怪物説、それもよい。でも龍臥亭の事件がこの村の恥部をひきずってる。なら。白日のもとに。そして事件を解決に。そのとおり、ではケロイドは何か。折檻。どういうこと。琴の工場がある。桐の木の表面を焼き鏝でやく。これで折檻。その理由は。あまり男出入りがはげしい。村中の噂。驚。精神の病。淫風の村への先祖返り。と思う。

*** 4) 夜這いの風習、暗黙の了解
かっては夫婦者の男が夜這い、それを夫婦者の女がまってた。驚。道で気にいった女がいたら家につれこむ。否、嘘。若い男女は道をならんであるくのを禁止、映画館にいくのも禁止。恋愛禁止。恋愛結婚は法度。夜這いはこの反動とも。暗黙の了解か。では夜這いをかけられた妻の夫は文句をいうなと。否、自分は無縁にすごした。互いに了解、高度な政治的判断。どうして。山間の集落、閉鎖的人情。娯楽のすくなさ。男同士の酒飲み話しから発展かな。では妊娠も。あり得る、だから間引きをうたった手毬唄。成程。民俗学的に貴重だとか。間引きも横行か。昔は。家の口べらしではと石岡。否、それだけでない。他人の子と自覚された時。夜這いは女性には迷惑。わらって評人がいう。

*** 5) 女性からのアプローチ、夜這いでうまれた子
女性の方からのアプローチも。江戸時代から日常的。黄表紙に夫婦交換が。いわゆる浮世絵も大半は春画。日本は道徳規制はきびしい方と石岡。然り。しかし裏腹の問題。表の規制がつよすぎる。裏での解放が沸騰。村の者は口をつぐんで睦雄一人のせいにした。怪物となった。成程。龍臥亭事件の動機は、誤解からかもと評人。誤解とは。常人でない怪物ならばこその事件。ならその血筋はたちきる。一段落。石岡が沈思。ミチとユキ子のことがうかんだ。事件の核心にふれた気がした。ミチの生みの母という人は夜這いによりうまれた。世羅きみえと睦雄の子。ではこの母子をほろぼしたいと思うものがいるのではと思った。

* 11) 實録都井睦雄、生い立ち
** 1) 祖母と3人の生活
*** 1) 誕生、両親の早逝、睦雄、姉、祖母の生活
都井睦雄の実像をたどる。大正6年(1917)3月5日、岡山県苫田郡貝繁村(仮名)大字倉見に誕生。父、振一朗は明治13年(1880)2月16日生れ。農業、炭焼き。酒豪。大正2年(1913)、小田君代と結婚。当時、父は死亡、母いねは存命。君代は明治25年(1892)8月24日生れ。農地、一町三反、三反の山林の中流農家。大正3年(1914)8月14日にみさ子、同6年(1917)に睦雄。大正7年(1918)に父が肺結核で死亡。睦をは相続、母が後見人。この年、大正の米騒動が勃発。村にもおよんだが平和的なものだった。大正8年(1919)に母が死亡。死因はおそらく肺結核。睦雄の後見人は祖母。肺結核を睦雄が極度におそれる由縁。土地の者が肺結核の家を忌避する気風があった。3人のまずしい生活がはじまった。

*** 2) 祖母の地に引越し
米の暴騰がつづいたので小学校長たちが報酬の十割増の陳情書。いねを失望、学校嫌いの遠因。大正9年(1920)、貝繁村大字小中原塔中にひっこ。大正11年(1922)、ふたたび西貝繁村大字行重字貝尾にひっこし。いね出身地だった。500円という金額を倉見の山林を売却してつくった。永住するつもりだった。この家には因縁があった。睦雄事件で殺害をまぬがれた犬坊ヤエの話しである。

*** 3) 睦雄事件に類似する事件
睦雄事件より63年前、犬坊ヤエが居住してた。その当時の夫、犬坊忠次郎は同村の楢井の藤木徳蔵の妻と密通し、現場を徳蔵にとがめられた。いったんもどった忠次郎は日本刀をもって、きりこんだ。密通相手のたえを殺害、無理心中をはかろうとした。しかし失敗し徳蔵をきりつけ自分は割腹自殺した。忠次郎は22歳、事件当時の睦雄と同年齢だった。

** 2) 小学校時代
*** 1) 姉とあそぶ睦雄
姉のみさ子が小学校にあがる。大正12年(1923)、7歳の睦雄は小学校にあがった。内気だったので、村の子どもの集団にもまじらず、学校にも恐怖をかんじてた。早生まれであった。いねはもう一年家におきたがった。いねの拒否で就学延期がみとめられた。下校する姉をまって遊んだ。周囲の悪童はそれをからかった。

*** 2) 1年遅れの就学、優秀な学業、溺愛する祖母
大正13年(1924)、睦雄は入学した。自分とおなじような子どもがいるのをしり安心したらしい、普通に通学するようになった。学校の成績である。満点で10。修身が9、国語9、算数が10、図画8、唱歌8、体操8、操行中と非常に優秀だった。風邪をひきやすく72日欠席。しかしいねがささいな理由でやすませることもおおかったらしい。二年に進級、欠席減少、友だちに家にあそびにゆくようにもなった。そこでちょっとしたけがを。もどってきた睦雄をみていねが相手の家にどなりこんでおどろかれた。

** 3) 小説家の夢、挫折
*** 1) 級長になった睦雄、よろこぶ祖母
三年に進級して級長になった。任命状をいねにみせた。おおよろこびでいねば近所にみせてまわった。

*** 2) 警官を殺害、鬼熊事件、読書の楽しみ
大正15年(1926)、鬼熊事件がおきた。千葉県香取郡で荷馬車ひきの岩渕熊次郎35歳は妻子があったがおけいという水商売の女を愛人としてた。他の男に心をうつしたのにいかり、薪で撲殺し、その男の家に放火して山中ににげた。逃亡中に警官2名を殺害した。民衆の警察への反感を背景に、新聞に掲載されたインタビュー記事などで一躍有名人となった。49日間の逃亡生活ののち自殺。この事件は映画にもなった。睦雄事件後の姉みさ子の発言である。鬼熊の妻子がなしんでる写真をみていねにたずねた。説明をして「おとうがおらんでかわいそうじゃのう」というと、睦雄が「おかあがおるけぇ、わしよりええの」とこたえたという。その頃から雑誌「少年倶楽部」を愛読しだした。何より本をあいした。新刊の少年倶楽部をすぐよみおえ、姉の少女倶楽部までてをだした。

*** 3) はじめての恋文、優秀な学業
昭和2年(1927)、級長の任をとかれた。学業は優秀、動作は正確、だが機敏ならずと評されてる。頭痛持ち、校医の精密検査をうけたが何ら異常はなかった。尋常科をおえ高等科に進級した。学業は優秀、病気欠席もほとんどなくなった。級長をつとめた。ここでちょとした恋愛事件をおこした。恋文と精密な鉛筆画「孝子さんの肖像」をわたした。昭和6年(1931)、高等科の2年生、成績は、読方、歴史、地理、理科、農業が10、修身、綴り方、書方、図画、手工が9、算数、唱歌、体操が8だった。

*** 4) 評判の自作小説への波紋
夏休みがおわって親友の牧村康治にある原稿をみせた。「ユーモア探偵」と題する。私立探偵に金持ちが誘拐された娘を救出してほしいと依頼された。ドタバタ活劇がづづられ最後は「続く」とあった。面白いと牧村。クラスに回覧された。好評だった。清原武とい級友が「小学教師のなやみ」と題する原稿をみせた。牧村は本当に清原がかいたかきいた。うんという。睦雄より文学的。しかし自分でなく兄。でも睦雄は衝撃。しかしそれは石川啄木の「雲は天才である」を複写したものだった。事情はクラスで評判になったことを帰京の兄にはなしたら、複写をすすめた。睦雄は自分にたいする反発を感じた。

** 4) 祖母、姉の反対、中学校進学の断念
ある日、いねに中学校にいきたいといった。衝撃をうけたらしい。姉みさ子もはいってきた。岡山に下宿する。一人暮らしができるか。いねを一人ぼっちにさせる。金がない。担任に祖母の面倒をみるので進学できないとつげた。この年(1931)の9月18日、満州事変あ勃発した。

** 5) 地元の青年学校、飲酒
*** 1) 肋膜で療養、昭和7年の猟奇事件への関心
昭和7年(1932)、進学断念の影響が睦雄の性格に一種すねた風をもたらした。俗世間の風、この地方の淫風にながされるようになった。高等小学校業後、高熱をだし肋膜炎と診断、3カ月の静養を余儀なくされた。肋膜は結核性の病気である。はげしい衝撃をうけた。祖母、姉との会話がへって部屋にとじこもることもふえた。みさ子が部屋にはいって新聞切り抜きを発見した。昭和7年2月8日、名古屋の養鶏小屋で女性の首なし死体が発見された。もう一つは玉の井バラバラ殺人事件の経緯をほうじたものだった。もう一枚は神奈川県大磯町坂田山の心中事件だった。睦雄にただしたが要領をえなかった。それらをすてた。顔色がよくなった頃、医者にみせたら完治したといわれた。村にある補習学校にかようこととなった。

*** 2) 青年会、飲酒の悪弊、夜這いの自慢話し
これから青年会の集まりに参加し酒をのむようになった。酒席では自分らの夜這いの成果を吹聴する場でもあった。みさ子は睦雄のノートに間引きをとりあげた子守唄がしるされてるのを発見した。各地で歌いつがれていたものだが昭和の時代までのこってるのはめづらしいという。事件発生後、村の男女関係 の退廃の記事が頻出した。しかし津山署長から岡山県警察部長あての文書でつよく否定している。その根拠が恋愛結婚がわずかに一件。だから退廃はないという主張だった。また表では男女が立ち話をするのも厳禁という。要するに事実の直視をさけ、かえって不道徳な慣行を潜行、刺激してることを無視していた。

** 6) 悪友との交流、姉の結婚
*** 1) 悪友、内山との交流、秘密写真の購入
昭和8年(1933)、三原山の噴火口に自殺者があいついだ。睦雄は同郷、貝繁五郷出身の内山寿という小悪党と遭遇してる。昭和16年(1941)に窃盗で浅草署に逮捕され、その供述から判明したことである。睦雄と同じ高等小学校卒業後、川崎の鉄工所に勤務。仕事をやめ、やがて浅草の不良仲間と交流。警察の目をさけ昭和8年(1933)に帰郷。睦雄と映画館の席で隣り合わう。帰りの列車内で再会。会話。まったくはずまない会話に内山が浅草で飯の種にしてた女の裸の写真をみせた。意外にくいつく。家にさそって写真を売りつけた。その後も親交があった。内山は大阪を転々、やがて天六の娼婦街にながれついた。

*** 2) 姉、みさ子の結婚、専門学校資格試験の受験勉強
昭和9年(1934)3月、みさ子の結婚式に列席。また自室にとじこもる。ふたたび作家への道をこころざしたようだ。「雄図海王丸」がひとつだけがのこっている。子どもたちにかたってきかせた。内向的な人柄だったが子どもたちにやさしかった。青年学校の教師である中田昭一が睦雄に話しをきいた。専門学校入学資格検定試験制度を説明した。これは中学卒業と同等のものだった。難関だが一教科ごとに合格、つみあげることができる。2、3年で合格すると漏らした。

** 7) 内山と再会、最初の女性
昭和10年(1935)6月、内山と再会した。今どうしてると睦雄。大阪。何をかった。参考書、専検の問題集。成程、合格後は。先生。女の話しがでた。内山は大阪の女性を紹介するといった。2日後、大阪の天神橋筋の裏町で最初の経験をした。

** 8) 肋膜の再発、専検の断念、小説家の夢
*** 1) 肋膜の再発
昭和10年(1935)、内山が大阪にもどるため貝繁駅にいった。そこで睦雄にあった。顔色があおい。元気か。病気、肋膜が再発。で、診断は。軽症、静養。成程。回復したら大阪にこい。元気がない。睦雄は結核で若死にした両親を思いだし、恐怖してた。

*** 2) 2・26事件、受験断念、「雄図海王丸」、小説家志望
昭和11年(1936)2月26日、青年将校、野中四郎大尉が400名の兵をひきいて永田町を占拠。2・26事件。屋根裏部屋で雄図海王丸の執筆を再開。また子どもたちをあつめ物語も再開。専検の受験をあきらめ小説執筆をはじめた。物語をきいてた子どもから、作中の立花が野中大尉とにてるといった。睦雄は立花は天皇陛下のために世界を相手にたたかってる。野中大尉はその足元にもおよばないといった。5月18日、阿部定事件がおきた。睦雄は猟奇趣味があった。2・26事件には無関心っだったが、これには猛烈な興味をしめした。以下は内山の証言。

*** 3) 阿部定事件
阿部定事件の直後に睦雄と再会。4月8日に姫路、新見間の開通をいわって津山で産業博覧会。会場でであった。女が男をもとめるものとしらなかった。淫売は別。普通の女は。ちがう。それも経験者のほうがよい。睦雄は納得したようだ。

** 9) 地元青年と交流、夜這い自慢、阿部定の記録
16歳で実業学校にゆくようになった。それにつれて青年会の若者と交流する。そこで泥酔するときまって自慢話。とくとくとして夜這いの成果。最初、話しをきくだけの睦雄も女性をしり、自分も参加するようになった。その実情は。例によって内山の証言。昭和12年(1937)1月に睦雄が大阪西成の松寿荘に。内山がきく。成果は。うまくいかん。阿部定の事件調書は。みる。これは予審廷調書を研究者が閲覧。ひそかに民間に流出。本物。いくらと睦雄。たかい、50円。買う。だがこれは売却済み。筆写。する。10円で成立。睦雄は一晩をかけうつした。主要部分のみ。全部は無理だった。

* 12) 實録都井睦雄、惨劇まで
** 1) 最初の夜這い、世羅きみえ
これからは睦雄の性的冒険譚、夜這いの話し。まず世羅きみえ、33歳、青年会の集まりでよくでた。小柄、色白、肉付きよく、人ずきのする顔、すこし知能がおくれたところがあり、ちょっとした物をかすめる盗癖も。村で農業をいとなむ夫、世羅保との間に3人の子どもがいた。世羅きみえは昭和11年(1936)、春に電気代の集金にきた。畳の上によこたわってる睦雄に声。睦雄の結核性肋膜炎のことは村人にはしられてなかった。恋情をうちあけ、50銭をわたした。子どもづれ。でなおすという。心配になったので世羅きみえについていく。納屋で思いをとげた。これで自信をえたのか、人がかわったように娘たちに攻勢をかけた。しかしすべて失敗だった。

その反動から世羅きみえと関係が。それは常に金品のやりとりがからむ。味気なさをかんじた。また行為中、我慢できず、子どもができるとこっぴどくしかられたことも。ほかの女性と関係をもとめる気持がつのり、ついに犯罪行為にちかづく。

** 2) 徴兵検査の不合格、及川とよ
昭和12年(1937)5月。役場の書記兵事係の西川昇に自分は肺病とつげた。兵役適齢届の時に肺病を自己申告する者はまずいない。びっくりした。津山市の津山男子尋常小学校で徴兵検査。丙種合格。衝撃をうけ泣きくずれた。その後、2、3日はずうと家にひきこもった。また症状がすすんで不眠になやまされる。夜、及川辰男の家にいった。樵として山にはいれば何日も家にもどらない。辰男は50歳、妻とよは30歳。戸口で男がでてくるのをまった。やがて犬坊吉蔵がでてきた。犬坊吉蔵は資産家、金貸しもやってた。返済を督促して女性としばしば関係をもった。何日かあとに、夫の不在をしって家をおとづれた。いやがるとよに吉蔵との関係を暴露するとおどして関係をもった。睦雄は不眠で夜歩きをする。その目的が他人の家の覗き見となった。

** 3) 結核療養の挫折、金品のエサ
*** 1) 療養所入所の資金調達、反対で断念
結核の療養に全力をあげた。当時もっともすぐれた啓蒙の書。探偵作家、酒井不木の闘病記を熱心によんだ。郵便配達員をおどろかせるほど、多種類の薬を郵送。岡山農工銀行にゆき400円をかりた。蓄牛目的といったが結核治療。療養所入りを。祖母、姉が反対。孤独ないねを放置か。断念。その代替か、バター、ミルク、バナナの贅沢品を購入。自分もたべ、世羅きみえにも。そうすると睦雄にちかずいてくる女。

*** 2) 吉田かね、金井貞子、犬坊トミと関係
まず吉田かね。42歳。夫は吉田修一、50歳。子どもには芳子、21歳。美貌だったがすでに友田良治にとついでた。かねがやってくる。食べ物のはなし。奧にさそう。ハム一本をやるといって関係をもった。次は金井貞子だった。50歳の未亡人だった。勝雄、綾子、勝裕、康夫の4人兄弟がいた。金品をあたえ関係をもった。犬坊トミ、45歳もそうだった。息子に米一という息子がいる。金品をあたえ関係をもった。トミは犬坊吉蔵とも関係があった。

*** 3) 若い女性に失敗、トラブル
こうして昭和12年(1937)は比較的気分よくすごせた。彼が夢想するエロスの世界が出現したようだ。でもながくはつづかない。6月のはじめ吉田かねが家の前をとおった時、さそった。行為におよぼうとしたら拒否、激昂。いねに暴露すると反撃。平謝りにあやまった。これですこしはこりたか。否。三井由美子、21歳に夜這い。成功。若い娘と関係をもちたいというのが本心。金井綾子には執心。にげられた。かなり悔しい思いがのこった。7月の末である。

*** 4) 猟銃の購入、猟銃を肩に闊歩
津山市二階町の片山銃砲店で二連発の猟銃を75円で購入した。猟期にはいった10月27日、津山警察署の乙種猟銃免許をえてる。その際、健康回復の時にはただちに兵隊に志願する。その間も銃の錬磨につとめるなどと説明した。村にもどると猟銃を肩に村中をねりあるいた。

** 4) 睦雄周囲の非難
*** 1) 肺病病みの非難、危険人物への転落
昭和13年(1938)正月。夕方、及川辰男が自分の家で睦雄ととよが行為中を目撃。肺病病みと非難。裸足でにげだした睦雄は、夕方、辰男の家に猟銃をもってのりこんだ。興奮した辰男はまた肺病病みと罵倒。とよが睦雄をとめ、さらにいねがかけつけてとめた。睦雄は肺病病みといわれ、徴兵検査におちたことをいわれ悔し泣き。これで睦雄がかって神童、その後も一応の人物という評価が、病気持ちの危険人物に転落。この噂はたちまち村中にひろがった。

*** 2) 保身にはしる女たち、非難の声
吉田かねも、世羅きみえも、犬坊トミも、保身にはしった。しいられた被害者の立場ににげた。悪いことに睦雄の病状はこの頃から悪化。ある日、喀血、失神。医者にいく。薬をだす。きれたらまたこい。冷たい。不思議なことに性欲ばかりがたかまった。一面雪の畑で金井貞子にいどむ。きびしく拒否。関係があった女たちが、せまられ、はねつけたと、いいふらす。夜、目がさえて寝床におきあがった。世羅きみえと犬坊トミが特にゆるせない。二人は自分を拒否するくせに犬坊吉蔵との関係はつづく。考えると涙がでる。きずかれないように外にでた。金井綾子が気になった。

*** 3) 若い女性に狙い、失敗、成功、非難
村に鍵をかける習慣がない。夜這いに成功のチャンス。近所の犬坊正雄の4女菊子、22歳、丹野未千代、21歳、その母親、丹野トキ、47歳と関係をもった。女たちは当然関係をつよく否定。丹野トキには祐一、28歳がいた。昭和13年(1938)1月に菊子と結婚。睦雄との関係をきらいその3月に離縁。女にさんざん悪口をいわれたが特に菊子には怨念。今夜の目的は綾子である。金井の家にしのびこみ、寝床にはいった。貞子。さわがれ肺病病みと罵倒、さらに綾子の前で恥辱。数日後、吉田かねがよってきた。声。嫌味の交換から肺病病みと、最後は殺す、やれとの売り言葉に買い言葉。にげだすかねをおってはしったが、5メートルで立ちどまった。苦しくてすすめなかった。そして堅く心にちかった。このままにはしておかない。

** 5) 毒殺騒ぎ、所持武器の領置
*** 1) 祖母が親戚に相談、毒殺騒ぎ
遠い親戚の犬坊丸一のところ。いねがとめてくれ。丸一が翌日になってもかえらないいねに。どうした。睦雄が毒をのます。どうしてわかる。臭いで。何時。10日ほど前。医者からもらった薬。すすめる。臭いがひどい。中止。しきりにすすめる。ことわる。昨夜、味噌汁に薬。いれてたか。おそろしくなり逃げてきた。では睦雄にたしかめると丸一

*** 2) 役場で親戚相談、世羅の文句、半鐘撤去、警察隊への攻撃
翌朝役場の西川昇に相談。そこに世羅保。睦雄の文句。妻のきみえのこと。夜這い騒ぎのこと。さらに大事件をおこす。すると人をあつめるため半鐘がなる。それで半鐘をはずす。誰がと西川。きみえ。睦雄は警察隊、消防隊がやってくる。第一陣地、第二陣地をつくる。待ち伏せ。鉄砲で狙撃。どんどん殺す。西川が駐在所に連絡。

*** 3) 警察の立入調査、猟銃など領置
今田巡査が津山警察署に連絡。警部補、巡査二人。いねが急変。孫と喧嘩、薬はわかもと。睦雄の態度は。丁寧、狂人とは思えない。しかし本人の承諾のうえ、調査。猟銃3挺、日本刀ひと振り、短刀ひと口、猛獣用実包81発、三段実包311発、雷管つき薬莢111個、雷管121個、火薬50匁などが発見。これは領置。さらに身体検査。短刀1本を携帯。あわせ領置。猟銃免許の提出は拒否。結局そのまま。さらに駐在所まで連行、説諭。涙ながらに反省。親戚の犬坊俊に身柄をひきわたし。以後、たびたび今田巡査は都井家にでむくようになった。

** 6) 甘え、逆恨み、殺人計画書
*** 1) 女性への甘え
睦雄は世羅きみえとも諍い。スキャンダルが公然の秘密となった以上、保身のため女たちは事実を否定し、あるいは被害者の立場ににげ、さらに肺病病み、徴兵不合格、嘘つきと睦雄を非難。それを機会あるごとにいいふらす。このような心理を睦雄は理解できなかった。また女性への依存心がつよい。自分の母のようにやさしくつつみこんでくれることを期待する。睦雄には極限までおいつめられた女性の心理を理解する余裕はない。さらにいまだにかっての優等生のイメージがいきていると能天気に心得てた。

*** 2) きみえとの諍い、殺人計画の妄想
道できみえにあった。五円の札をひらひらさせながら大声。当然、にげられた。昼間、公然と男女が口をきく。ふしだらというのが建前。当然の反応。なおもおいすがる睦雄に口ぎたなくののしった。茫然としたが、やがて、きみえも、かねも、貞子も、トミも、未千代も、トキも、菊子も、みな殺してやる。さらに警察隊、消防隊がおしよせても攻撃陣地をつくってたたかう。戦闘の勉強もやってる。自決するまで絶対に死なない。という。睦雄は雄図海王丸は脱稿してた。これは時局に迎合したものだが、自分のために小説もかいてた。殺人計画書ともいえるおぞましいものである。

*** 3) 昭和7年の天誅
この犯行計画は昭和7年の天誅をもちこもうとするもの。昭和7年の皇国に連続した異様な殺人事件は、ぼくのみるとろ日本国と日本人への天誅である。これらはすべていやらしいセックスがからんでる。玉の井バラバラ殺人事件も千葉竜太郎と犯人、長谷川の妹との間にセックスの関係がある。みんなセックス、セックスで堕落してる。この堕落は貝繁の村にいちじるしい。昭和7年の一連の猟奇事件がこの村におきてたらどうなるか、考える。東京、名古屋では事件以降、沈静化したという。ならば警鐘として効果があったわけだ。この村にも同じ事件を考える。

自分が神のように天誅をくだそうとするが、残念ながら個人的恨みを動機の中にふくめねばならない。恨みに思う者をつよい順からならべる。吉田かね、世羅きみえ、金井貞子、犬坊トミである。トミは吉田かねの娘、芳子、犬坊菊子の結婚式に媒酌人をつとめて、善人ぶりを演出してる。つづいて及川辰男である。

辰男の妻、とよ、菊子、綾子、芳子も陰でさんざん自分の悪口をたたいてる。とよは犬坊吉蔵と関係ももってることに口をぬぐって自分を色情狂とののしってる。さらに犬坊吉蔵である。おおくの女と関係をもってる。しかし夫は金貸しの力をおそれだまってるが金のない自分には悪口雑言をなげかける。それから身内ながら、無教養ないねだ。その事勿れ主義は田舎者の典型だ。道でであっても男女はくちをきかない。表面上をとりつくろって堕落しているこのは村は地上からきえたほうがよい。では、計画である。

*** 4) 名古屋の事件、世羅きみえと及川辰男
世羅きみえと及川辰男を駆け落ちさせる。まず辰男を殺害、樵で山中にはいった時をねらう。死体をこのところ射撃の練習をしてる仙人山にひきづっていって、松の木のところで首吊り自殺にみせる。銃弾を消費するのは無駄。絞殺。きみえは猟銃で殺害。自分の家の納屋で首と胴体を切断。両方の乳房、女性器をきりとる。両方の目、耳をきりとる。また頭皮ごと頭髪をはぎとる。それらを油紙にくるんで辰男の死体につける。名古屋の事件と同じ体裁。辰男の額に「7」。これは昭和7年の再来ときづかせるため。きみえの胴体は服をきせ犬坊俊の鶏小屋にほうりこむ。頭の額には「7」、葦川にすてる。目的をわからせるために、さらに筏をつくり、そこにのせる。

*** 5) 坂田山心中、 吉田かねと犬坊吉蔵
吉田かねと犬坊吉蔵だ。二人とも警戒心、銃で心中させるが、まず一人を至近距離で胸を銃撃、硝煙反応をのこし「心中の1」、殺される側。次に、もう一人を銃撃、これを「心中2」、殺害する側。心中2が女性でもかまわない。心中2の指紋を銃身にのこすこと、これは引き金は足指でひく。両手は胸にあてがった銃身をしっかりにぎってるはず。そして銃は発射の反動で死体と反対側にとんでるはず。死体は二体とも荒坂峠にのこす。両方の額に「7」。自殺につかった銃、北原白秋の詩集、雑誌「青い鳥」、ジャン・コクトーの詩集、賛美歌集に羽仁もと子の著書「みどり子の心」、枕元にヘリオトロープの花をのこす。大磯の坂田山心中の見立て。銃は三挺所持、ここで一挺つかう。死体が発見されたら検屍後、埋葬。そこでかねの死体だけ発掘。裸にして水辺におく。これで昭和7年の神の警鐘であることに気づくだろう。おそらく法仙寺に埋葬されるので坂田山心中の法善寺とよく照合する。裸にしたかねは及川の家の黒池あたりにうすく埋葬するのがよい。

*** 6) 玉の井バラバラ殺人事件、金井貞子
次に金井貞子だ。射殺。首と、両手、両足の6つの部分にわける。ハトロン紙につつんで紐でしばり、水にすてる。ここは「おはぐろどぶ」に暗合させたい。玉の井バラバラ殺人事件に見立て。貞子の歯を黒くぬる。額に「7」。

*** 7) 阿部定事件、丹野祐一、犬坊トミ
神の天誅なら昭和11年の阿部定事件をはずせない。丹野祐一と犬坊トミである。祐一は菊子との結婚を3カ月で解消し自分の悪口をさんざんいいふらしてる。トミは額をうって殺害、硝煙反応をのこす。しかし着衣の不整合をさけるため額がよい。トミ の足の指紋は引き金にのこす。銃身には手の指紋。祐一をころして男性器を切りとる。すべてトミの意志でやったとみせる必要がある。死体の前方にもう一つの銃をのこす。トミが愛人祐一をうち、その後に自分の額をうって自殺したとの体裁。祐一の方だ。下着までぬがせ、男性器を切りとりハトロン紙につつむ。太腿に「トミ、祐一二人きり」と傷をつける。上着とズボンをはかせ待合に放置するが、貝繁にない。どこでもよい。それからトミを裸にし、祐一の肌シャツとパンツをはかせる。その上にトミの着衣をきせ懐にハトロン紙にくるんだ男性器をねじこむ。額には「7」。トミには書けないから顔。トミの死体発見場所は、警察の留置場か刑務所に、でもどこでも。

*** 8) 睦雄の思い、「7」の象徴、解けるか天誅の謎
世羅きみえ、及川辰男、 吉田かね、犬坊吉蔵、金井貞子、犬坊トミ、丹野祐一、合計7人、「7」に見事に対応。昭和7年を想起させる。この計画を謎が気づくか。ぼくの犯行。その秘匿が一応の目的。からくりに気づく者無し。3組の心中事件と警察が処理。ならばそれでよし。ぼくは一人静かに自決。警察との戦争もしない。金井貞子は心中でない。これは死者の誰かの犯行と警察がいう。ならばぼくは沈黙。犯人が特定できない神秘的犯罪。それこそ天誅。馬鹿な村人をおびえさす。更生の効果大。でもそんなことあるか。期待しない。早晩ばれる。猟銃をもったぼくの姿。目撃者。7人との深い関係。村人がさわぎだす。ぼくがうじうじと隠してると思うか。しばらくの沈黙はぼくの贈り物。知恵だめし。警察、新聞社、村の連中。自分の頭でといてくれ。ぼくが犯人など、どうでもよい。裏の謎、天誅をといてくれ。

*** 9) 華々しく犯行声明
なら、いい頃合いに犯行声明。裏の謎は不知のまま犯人と指摘。つかまるのは御免。新聞社に声明と理由を送付。これで阿部定以上の大事件、いねが級長で近所にふれまわったように。自分の名前が歴史に。で、無事に。すむはずない。だから自決。勇気があるな。でもこちらも肺病という事情。数年の命。父や母のように。死期がみえたら愉快事を決行。ゆっくりできるか。否。病気が進行。元気がうせる。最後にお国のために。というわけ。ここの死も戦場の死も一緒。自分は優等生。人に感心されて死ぬ。

*** 10) 警察・消防隊との対決、新聞に登場の有名人
犯行声明は夕刊。津山から警察隊。夜。だから電灯線を切断。電話線も切断。警察のトラックは一本道。貝繁の村にまがる大曲に待受。速度をおとしたトラック。陣地から射撃。練習は。月明かりの松林で充分。連発式に改造。なら皆殺し間違い無し。新聞に鬼熊より有名人。警察隊はおわり。消防隊。どうする。全滅したトラックよりもっと津山よりに停車。想定済み。ちかくに第二の陣地を構築、まずタイヤを。ちょっと気の毒、だが皆殺し。二箇小隊を全滅。本になる。活動写真になる。で、あとは。

*** 11) 悠々の自決、世直し効果
悠々と仙人山。誰も逮捕しない。鬼熊みたいな往生際。逃げまわるものか。どのみちつかまる。逃げおおせても結核。この村の連中のくだらなさを書きおき。銃で自決。おおくの日本人がこの村をしる。自分がつたえようとした意図がわかるだろう。吉蔵が死んだ。もうおおぴらに夜這いをする人間がいなくなる。よくなる。自分の死も無駄であるまい。

** 7) 武器調達の奔走
*** 1) 村の金貸しから調達資金、射撃訓練、警察の武器領置
昭和13年(1938)正月、睦雄は貝繁の村の金貸し、岡江吾一を訪問。1000円の借金を申し込む。家屋敷、田畑を抵当。結核療養所にはいる。いねをそのちかくにすまわせるといった。2月に600円をかりた。睦雄は警察隊、消防隊との戦いを決意した。銃弾をダムダム弾に改造。猟銃の携行をやめ、夜ひそかに仙人山にはいり松の木を的に狙撃の練習に熱中した。やがて村人の気づくところとなり不審がられた。これは警察の手入れにより武器類は領置、免状もとりあげられた。免状がないのでおおぴらに武器類の調達は困難となった。

*** 2) 友人をかいした武器調達
殺人計画書にある二挺の銃を死体のかたわらにおく。困難となった。警察の手入れがあった直後、3月13日、夕方、猟師、今寺剛をたずねた。10円をだし、今寺の免状で雷管つきケース100個、無縁火薬100匁の購入をたのんだ。今寺は津山市の片山銃砲店で購入した。5円は今寺の取り分となった。猟銃は大阪でなんとか調達するつもりだった。歯科医、伊藤光蔵に患者としてちかづき、親戚の軍人の昇進祝いに必要と日本刀、一振りを調達。4月、内山を大阪の高級ホテルによびだし、饗応し、匕首を調達。武器の調達に苦労しながら、心境に変化があった。警察隊や消防隊との対決はすてた。4月24日、大阪市西区京町通りの栗谷商店でアイデアル実弾100発、ケース保管器1個を調達したようだ。同25日大阪市内本町の鷲見(すみ)銃砲火薬店で中古ブローニング12番口径5連発猟銃1挺、ポンプ式詰め替え器1個、銃サック1挺分、手入れ用の油1缶を調達した。睦雄が実際に事件で使用したのは、この5連発を9連発に改造したものと思われる。

** 8) 世羅きみえの逃亡、事件の事前準備
*** 1) 世羅きみえの逃亡、停電工作
昭和13年5月15日の夕方、西川昇が帰宅、妻がえらいこと。何。 吉田かねが、世羅きみえの家族が村をでた、という。全員か。然り、家財一式をもって。どこえ。京都。何故。ここにいたら殺される。誰に。睦雄。まさか、取り越し苦労。心配する妻を無視。西川が思いだす。世羅きみえが役場に戸籍謄本と身分証明書を。わたすと秘密にするよう懇願した。

*** 2) 凶行行現場と役場の距離の確認
事件は5月20日の深夜、午前1時と推定される。さて、20日のこと。睦雄が自転車で畑の中の道、山の中の道を何度も往復。これが目撃されてた。これは凶行現場と役場の時間的距離をはかってたと推測できる。さらに夕方、睦雄は電灯線を切断したらしい。夜になって停電に気づいた犬坊俊が睦雄に自転車用のナショナルランプをかりた。電柱にのぼったが、原因不明。下の睦雄にきいた。わからないという。貝繁水力電気株式会社の技官が8号と6号柱の貝繁にむかう電線が巧妙に切断と報告されてる。天候は午前零時から雨模様、雲、時おり月が顔をだす。

* 13) 実録都井睦雄、惨劇
** 1) いね、貞子、かねなど
*** 1) 事件勃発の報せ
昭和13年5月21日午前2時40分、貝繁の駐在所の扉をたたく音。丹野祐一ががたがた震えながらいう。母、トキが殺害。誰に。睦雄。本当か、詳細は。妻と二人で就寝、 養蚕室に乱入。銃撃、死亡と。それで逃走。銃声が何発もひびく。今田巡査は県警と隣村の駐在に電話連絡。トキは医師、万袋がよばれたが6時間後に死亡。

*** 2) 祖母、いねの殺害
睦雄は、いねと足をむかいあって就寝してた が、午前1時起床と推定。屋根裏部屋の茶箱の中にかくしてた用意の品をとりだし身支度。詰襟の洋服の上下、両足下部にゲートル。地下足袋。頭に手拭いの鉢巻、ここに2本の懐中電灯、下部をてらすため自転車用箱型前照灯を首からさげる。ぶらぶらしないよう別の紐で胸に固定。薬莢いり雑嚢の左肩から右脇。その上から紐を腰にまく。さらに皮のベルト。そこに日本刀と匕首2本。当時としてはすぐれた装備。軍国精神教育、軍事教練が役だった。9連発に改造したブローニング銃をもって梯子をおりた。いねである。

自分の死後を考え、斧で首を切断。涙がでた。自分がよわい人間であることを自覚。よわいからいじめられる。いじめた人間はそのことを反省しない。自分の事件をしった後も反省無し。田舎者のいやらしさ。傲慢さ。生まれかわったらもっと強い人間になる。石垣をとびおりた。

*** 3) 金井貞子の殺害
北側の金井貞子の家。戸主は長男の勝雄、呉海兵団に入団中、在宅は貞子、勝裕、康夫。綾子は犬坊千代吉の家に。土間、台所、六畳の部屋。日本刀で貞子の頚右側に、左側の胸にも。覚醒した勝裕の頚部をきる。1歳の康夫もきる。次は 吉田かねの家。

*** 4) 吉田かねの殺害
かね、修一、芳子、かねの妹、智子が在宅のはず。芳子、智子がかねの看病のため帰宅。この日決行の理由となった。とっつきの四畳の間にねてるかねを銃撃。障子一枚隣りに修一、芳子、智子が炬燵に足をつっこむ形でねてた。修一を銃撃、つづいて女二人を銃撃。銃の音がなりひびく。

*** 5) 貞子の娘の殺害
だらだら坂をのぼる。金井の家に。戸主の金井高次、妻、千恵子、高次の母、やす、やすの外孫、犬山丈夫が在宅。殺戮の対象にえらんだのは千恵子が 吉田かねの娘だから。土間、台所、奧の六畳の間に。高次と千恵子がひとつ布団。高次、次に千恵子を銃撃。隣室にはいると丈夫が誰。睦雄。胸を銃撃。おどろくやすを銃撃、しかし奇跡的に生存。

** 2) 菊子の逃走、由利子の負傷、トミの殺害、祐一の逃走
*** 1) 菊子の逃亡
次に犬坊正雄の家。正雄、貞夫、定子、菊子、なみ、としが在宅。菊子の在宅が対象とした理由。菊子と睦雄は関係があったが、丹野祐一と結婚、しかしすぐ離婚。5月に守村石男と再婚。たまたま実家に帰宅。家族は異変に気づいた。台所で正雄と鉢合わせ。銃撃即死。貞夫は窓から逃走、連続銃撃。定子は隣りに逃走。そこにいたなみ、としが雨戸をあけ逃走へ、背中を銃撃、定子は廊下を逃走、銃撃。この間に菊子は運よく土間から表に逃走。犬坊茂一宅に。雨戸を必死でたたくと別の戸があいて中に。睦雄もはげしく雨戸をたたく。茂一の父、高一郎が雨戸から顔をのぞかせたところを銃撃、即死。息子、信二を犬坊元の家にはしらす。睦雄は信二をつかまえ脅迫してる様子。茂一がたしかめると一人芝居。木戸をおさえてる由利子が銃弾をうけ太腿に創傷。睦雄が菊子殺害を断念、立ち去る。次の目標は犬坊トミ。

*** 2) 犬坊トミの殺害
トミは息子、米一と二人暮らし。犬坊茂一宅の北西。土間から板の間、とっつきの四畳の間。米一を銃撃、死亡。奧の間のトミも銃撃、死亡。

南隣の犬坊千代吉宅へ。養蚕手伝いにきてる、金井貞子の長女、綾子、丹野祐一の妹、未千代が在宅。さらに戸主、千代吉、妻、ヤエ、長男、富市、内妻のタマ、富市の息子、香次、その妻のキクも。銃声で母屋の5人が覚醒。しかし睦雄は不在を事前にしってた。 養蚕室に乱入。三人を銃撃、死亡。母屋に乱入。言葉をかわすが退去。

*** 3) 丹野トキの殺害、祐一の逃走
丹野宅へ。すぐ養蚕室にむかう。たまたま保温用の炉をしらべにきたところを襲撃、即死。祐一は銃声におどろき逃走、駐在所に通報。

** 3) 仕上げ、自決
*** 1) きみえの兄、修二の逃亡
次は今村宅に。葦川の土橋をわたる。戸主、修二は睦雄とは無関係、ところが、世羅きみえの兄。京都に逃亡したので代替として対象となった。家には修二のほかに、妻、満、父、安市、母、トシ、修二、満の子ども、弘、昭治、忠、明がいた。ただし弘は伊勢神宮に修学旅行中。ここで世羅きみえについて補足が必要、きみえの兄、修二は安市、トシの息子だったが、きみえは、トシのうんだ子だが、私生児。この環境はきみえの性格形成に関係したろう。

修二は騒々しい気配に雨戸から外をのぞいた。三つ目の怪人がせまってくる。驚愕し家人を裏に誘導し雨戸をあけ、自分はひたすら逃走した。悲鳴をあげる女たちにむかった睦雄は、満とだいていた明に発砲。即死。外にでて、表の木戸から再侵入、トシを射殺、安市に発砲、死亡。昭二、忠の姿もみとめたが、発砲しなかった。きみえのような自堕落な女をうんだ母や、育てた父、兄には連帯責任があると考えたのだろう。

役場の兵事係兼戸籍係の西川昇は今村宅の騒動にすぐ気がついた。家人を床下にかくした。睦雄は犬坊吉蔵宅にむかった。

*** 2) 犬坊吉蔵の殺害に失敗
川にもどり、そこから犬坊宅につうじる急坂をのぼっていった。犬坊吉蔵はその抹殺にもっも闘志をもやした。金貸しの代償として醜悪な不倫をつづける。それでいながら誰もそのことをとがめない。自分が殺す以外にない。それが世直しと位置づけていた。吉蔵のほかに、妻のよし、長男の秀市がいる。秀市は村の消防団の部長、村の青少年の指導者の一人。雨戸からのぞいてたよしがいった。二つ目がくる。睦雄が吉蔵とさけんだ。銃弾がとんできた。よしが太腿に負傷。吉蔵と協力して雨戸をしめた。また銃弾がよしの右腕を貫通。吉蔵は二階にのがれ窓をあけ、大声でたすけをもとめた。睦雄が二階にむかって発砲。沈黙がつづいた。睦雄は立ち去った。吉蔵はたすかり、よしは死亡。次に村はずれにある及川宅にむかった。

*** 3) 及川とよの殺害、樽元との対話
どうしたことか戸はしまってなかった。奧の間にねてた辰男が用心でおいてた空気銃を手にとった。睦雄が発砲し辰男は即死。にげるとよをおって廊下で発砲。たおした。これで一応計画は完了。午前3時だった。北にむかう睦雄が樽元家の庭先にあらわれた。そこには祖父の樽元市松と樽元純夫がいた。純夫から鉛筆と雑記帳をもらうと、しずかに表にでていった。警察隊と消防隊がおいかけてきた。睦雄は荒坂峠から仙人山の頂上をめざした。頂上の平地にすわりこんだ。やすんだ。やっと遺書をかく気になった。睦雄はすでに遺書2通を家にのこしている。あらためて書きおきますとはじめた。

*** 4) 睦雄の書きおき
いねにはすまないことをした。姉にもすまないとあやまった。墓は不要。病気4年間、社会の冷淡と圧迫に泣いた。結核患者は同情されるべきと思う。実際、弱いのにはこりた。こんどは強い人にうまれる。不幸な人生だった。今度は幸福にうまれてこよう。銃口を心臓にあて両手で銃身をにぎり右足の親指を引き金にかけた。足をのばして発射した。警察隊、消防隊は午前10時半、死体を発見した。

*** 5) 生きのびた人びと、犬坊由利子、守村菊子
銃弾をうけながら、金井やす、犬坊由利子がたすかった。はっきり計画の対象となりながら、守村菊子は現場から逃亡しぼぼ無傷だった。世羅きみえは事前に京都に難をさけて、たすかった。事後譚である。やすは高齢でまももなく死亡。世羅きみえのことは既に紹介した。菊子は守村に嫁したが、応召した夫は戦死、その後、犬坊吉蔵の息子秀市に嫁した。秀市は趣味人として生きる。琴の職人として有名となった樽元純夫をよんだ。やがて中国地方の琴にたづさわる人びとに龍臥亭がしられることとなった。犬坊由利子は武田貢に嫁したが、夫は応召し戦死。由利子は棚藤の農家で一人娘とともにわずかな農地をまもり未亡人をとおした。睦雄の姉、川島みさ子は昭和40年(1965)、死亡。生前、由利子と交流があったようだ。由利子は昭和52年(1977)、死亡した。

* 14) 4月12日、ミチ母子の救助、4月13日、謎解き
** 1) 評人宅、葦川ぞい、龍臥亭、中庭、竜の彫像
*** 1) ミチ母子をねらう人物
評人宅を辞去。事件を原点から考えた。葦川にそってあるいた。猟奇事件。事件の背骨が見えた。現実の謎。五里霧中。事件の原点は。幸子の射殺。「むかで足の間」の晴美、エリ子。考えて時々貧血、めまい。龍臥亭の門の前。敷地の中。アヒルの小屋。中庭の手前。ミチは睦雄の血。娘のユキ子。世羅きみえの血。睦雄の血をたやすと決意した人間がいたら。母子をねらう。現実の殺人は。でも二人の殺害状況は同じ。事故では。真のねらいは母子。犯人の失敗。これでまず真相の入口に。

*** 2) 狙撃の方法
では、弾はどこから。石段をのぼる。庭の芝生。もう夕暮れ。方法は不明。正面に四分板の間。菊子は当時22歳 、睦雄とは肉体関係。親戚が殺害される中。九死に一生。逃げこんだ茂一宅で、高一郎が射殺、由利子が負傷。強い恐怖と怒り。夫、秀市が死亡、自分の余命も見えた。動機は充分。だがほぼ失明、動きも不如意。どうして。母子はむかで足の間、自分は四分板の間。直接の銃撃。不可能。石段にもどる。もう一人の被害者。龍尾館の幸子。四分板の間と龍尾館三階はまっすぐ見わたせる。狙撃できる。すべての硝子窓が閉鎖。あり得ない。それにうったら。坂出がべっ甲の間の前。気づく。石段をおりむかで足の間の前、廊下。

*** 3) 竜の彫像のヒント
声をかけた。無人。とっつきの二畳の間、仏壇の前。左。石垣と竜。板戸をしめる。仏壇前に正座。欄間。視線を板戸。上部の隙間から竜。板戸の上部に竜の装飾。隙間。この隙間から竜の彫像。一直線上。最初板戸ごしに竜の彫像がみえてた。「リュウコワセ、ミタライ」。天啓がはしった。茫然と竜をみながら石段をのぼった。夕陽の光が竜の腹に、さらに石岡の目を射た。晴美、エリ子、推玉の死の理由がわかった。石段からころげおちた。

** 2) 外科医院、帰室、地震、中庭
*** 1) 菊子犯行の確信
犬坊外科医院の診察室で2時間が経過。腕を骨折。事件を考える。骨折の痛みと同時に犯行方法がひらめいた。まだ実証を要するが。犯人は菊子。でも疑問、犯行の方法、死後も母子がねらわれてる。理由は。さらに死体遺棄事件は。菊子は事件の「1/5」か「1/4」。医師の許可。左手にギブスをして龍臥亭に。部屋にたおれこむ。

*** 2) 地震の発生、家人、宿泊客の消滅
眠りから。異様な音。地震だった。水の音、ひそやかな筧の音とちがう。ちょっと様子がちがった。廊下にでた。霧の中の満月。水の音がおおきくなり、廊下がゆらゆらとしてる。照明がきえてる。異様さの原因。坂出をたずねた。不在。二子山親子も。むかで足の間までくだった。さらさらと得体のしれない水音。無人。龍尾館の明かりもきえてる。中に。無人。階段にでた。二階に。里美も不在。

*** 3) 幽霊の登場、もう一人の幽霊
そこに懐中電灯のあかり。たちまち恐怖。音をたてないよう渡り廊下に。自室にもどる。霧の中に睦雄が。顔の中央がぽっかりと黒い。ついてゆく。龍頭館か。ちがう。それにもっともちかい猫足の間にきえた。どんどんと銃声。龍尾館か。むかで足の間の前の廊下に亡霊。庭に。龍尾館の方向にまた一発。もう一人の。亡霊がいた。同じ亡霊か。猫足から移動。無理。石垣から竜の彫像に。恐怖、ぶつかる。四分板の間の方向に退却。亡霊は何をうったのか。竜の彫像の横。姿はさっきの亡霊と同じ。龍頭館に。石岡は芝生にふせたまま。やがておう。亡霊は龍頭館の角を。きえた。石岡は龍頭館裏。亡霊は法仙寺にむかう。おう。亡霊は本堂の前。墓の中に。きえた。

** 3) 法仙寺墓地、坂道、葦川ぞい
*** 1) 墓石群の藤原、狙撃
墓石群の中に黒いシャツの男。うつむき加減。藤原。すこしずつちかづく。横に。スコップ。何度もスコップを。突然銃声。ゆっくりとくずおれる。藤原。犯人は亡霊。所在を。藤原の周囲、墓の陰、無数の影。藤原に。石岡の右前方。銃をかかえた影がとおざかる。亡霊か。否。別人物。目でおう。一方気づいたのは石岡のみ。反射的におう。

*** 2) 幽霊の逃走、追尾、狙撃
住職の住居の裏手に。鶏小屋のちかく。石岡は物陰。あらい呼吸。裏庭を横切り土塀の外に。石岡が土塀に。待受か。否、安堵。低い姿勢。おう。影がすたすたと。龍臥亭、法仙寺山門に面した砂利道。ゆっくりくだる。誰か。帽子、銃、ダウンジャケット、心当たり、無し。黙っておう。御手洗の言葉「きみの使命だ」がひびく。考えた。はっきりしてること、藤原でない。一男でも。行秀か。二子山親子、坂出、否。育子、里美、お松、論外。影が橋をわたる。葦川の桜。孤独な影がたちどまる。きえた。その前方にミチとユキ子。石岡の声。にげろ。大小の影がたちどまる。もどれ。影が道に、銃口が石岡に。水田に転落した。

*** 3) ミチ母子、犯人、行秀、坂出、樽元、犯人佳世
おきあがる。脇腹から血。影が二人にちかづく。前方で大声。ミチの右前方。行秀。影が発砲。3発目でたおれる。まて、子どもをうつな。坂出。発砲。たおれる。影が二人をうつ。ミチがたおれる。ユリ子をにがす。おう。突然、石岡の脇をぬけて黒い影。対決。発砲。両者がたおれる。ミチは負傷、ユリ子は無事。とびだした男にちかよる。誰。樽元。暴漢にちかづく。銃をけりとばし、たしかめる。佳世。どうして。くるしい息のもとでいう。母から狂った睦雄の血をたやせといわれた。母は犬坊由利子、殺されかかった者。田舎は棚藤か。然り。

** 4) 葦川ぞい、佳世告白、外科医医院、樽元が告白
*** 1) 佳世の告白
佳世が医者がくる前に死んだ。石岡は佳世の祖母がすんでた棚藤のことをきいた。火葬場にかよう道筋にあるらしい。晴美の死体がある。どうするつもるだった。わからないといった。

*** 2) 翠玉の死体の処理
武田由利子は佳世の祖母。彼女は睦雄の手記を入手してた。佳世は藤原とは肉体関係があった。佳世はこの手記の存在をおしえた。藤原は手記のように死体を加工、遺棄する。この計画をうちあけたのは、推玉を切断し新聞紙で梱包、橘暗渠に遺棄した後だった。佳世は彼にこの棚藤の武田の家の鍵をあすけてた。3月はじめの時点で佳世はまだ東京にいた。この遺棄作業には関与せず。3月半ばに帰省、自宅の納屋に手首を発見した。驚いた彼女が藤原をといつめて、しった。藤原は菊子の殺人計画をかくしたまま、睦雄の手記どおり死体を処理したことを彼女にうちあげた。推玉の死体は偶然発見したと説明。そした以降も自分を手伝ってくれ。そうすると、彼女の希望は実現できると説明。何故か。いえないというやりとり。その後、佳世は協力を約束した。推玉の手首は二人でうめた。

*** 3) 佳世の潜伏、藤原との合流
藤原は菊子の計画をみぬいてた。すなわち死体がつづいてでると予測した。それに絶対の自信があったわけでなかろう。佳世の方も母、祖母の遺志が実現できるとの自信があったわけではなかろう。龍臥亭に続々と死体がでるのをみて藤原は喜々として睦雄の手記どおり実行することを佳世につげた。晴美の死の時点で、佳世に菊子の計画の存在をおしえた。佳世はすなおによろこんだ。ミチ母子の殺害を願った。

もううごかなくなった軽四輪が1台あった。藤原がこれを手入れし計画につかった。森安巡査の家から死体を窃取。鍵がかかってなかった。佳世が警察にとめられてた時の犯行は佳世の解放をうながした。東京にもどるよう警察にいわれたが、実は棚藤にもどった。これと歩調をあわせ藤原も龍臥亭をとびだした。以降、彼女は藤原への愛情と母からの教えにより、彼の指示にしたがった。

*** 4) 菊子の失敗、自殺
4月1日未明、幸子の首を筏にくくりつけたのは藤原、筏をつくったのは佳世。彼女をこわがらせないため新聞紙につつんだままにした。3月半ば、棚藤で佳世が作成、その後、横浜で石岡にあった時に指を負傷してたのはこのため。藤原は佳世の無知と勘違いを面白がった。捜査陣をまどわすことを期待したのだろう。何故、佳世が石岡のところにきたのか、その心理は不可解。佳世は藤原が睦雄の手記を実現してる理由はわからなかったが、ありがたかった。ところが目のみえない菊子が延々と失敗をかさねた。良心の呵責にたえかねて自殺した。藤原は銃が部屋から発見されないことをしって、部屋の窓の下にいって銃を発見。そこで銃と弾丸を窃取。石岡が四分板の間で懐中電灯の明かりをみたのはこの時である。

*** 5) 藤原の殺害、その真意、佳世の決意
殺人の道具を入手した藤原は自らの手で無関係とみえる人を殺害。守屋は龍尾館で一人でいるところを龍尾館裏にさそいだし、藪にかくしてた銃で殺害。佳世はおどろいた。死体の人数あわせだが、大袈裟な連続殺人はさけたかった。

藤原が一男を射殺した時、佳世はついに藤原の真意をみぬいた。藤原の究極のねらいは一男だった。他の被害者はそれをかくすための隠れ蓑。藤原は育子に強い愛情をだいた。育子の離婚の願いを一男は頑強に拒否してた。藤原の真意をしり、絶望とともに自らの意志で殺害を決意したのだろう。負傷状況である。樽元、佳世は弾丸が肺を貫通、致命傷。行秀は右大腿部に被弾、坂出は右肩部に被弾、ミチは左背に被弾、生命に別状はない。藤原も致命傷でない。石岡の負傷はギブスに被弾した結果、破片がささったもの、もっとも軽傷。

*** 6) 夜の異変、留金の死因
石岡が地震でめざめて気づいた異変の事情である。警察はを大捕物を予測し、龍臥亭の住民をマイクロバスに待機、二子山親子はこの機会に自宅にもどるつもり。石岡は不在のまま関知せず。ミチ母子はみんなの反対をおしきりお百度参りのため川沿いをあるいてた。留金の死因だが、不明だが、樽元によれば母親の死に気落ちした自殺、自分も妻をなくしたのでわかるといった。留金は何らかの理由により実家を訪問した藤原により発見。睦雄の手記の実現に利用されたものだろう。樽元、行秀、坂出は犬坊外科医院に入院した。樽元の話しである。

*** 7) 樽元の告白、睦雄の姿、琴づくりの修行
睦雄は世間にいわれてるような人でない。優しいよい人。自分の家の庭先へ子どもをあつめ面白い話しをしてくれた。お菓子もくれた。何もたべてない子に食べ物をくれた。風邪の子には薬をくれた。この人柄を村のみんながしってたはずだが、事件以来何もいわなくなった。そうはいっても子どもを殺した。それはいけない。だが肺病病みと悪口。本人のせいでない。自分がどれほどえらいものか。ひどい悪口だった。自分は睦雄がすきだった。30人殺しの当夜、「純ちゃん勉強してえらい人になれ」といってくれた。自分は琴の職人となってすこししられるようになった。この言葉は忘れたことはない。琴づくりの修行である。福山にいった。面白くなくてもどった。すきな琴をつくらせてもらえなかった。人の上にたつ年齢が必要だった。ここで嫁をもらった。

*** 8) ウラン、体調不良、龍臥亭の琴づくり
荒坂峠からウランがでた昭和30年、二人で坑夫にでた。商業化できなかったので坑道をふさいだ。それをやった。2年ほどしたら体調がわるくなった。仲間にもでたが因果関係が不明ということでうやむやとなった。自分は体力があるから回復し秀市のところで琴の職人となった。一生懸命にやった。自分の華の時代だった。

*** 9) 妻の症状悪化、地下生活
ところが妻が体調不良となった。ウランのせいだった。顔が黒くなった。石をなげこまれた。考えて龍尾館の地下にかくすこととした。大階段がつぶされたから階段の下に部屋をつくった。地下には自分の仕事場もあった。便所もあった。風呂場にいけば水もある。厨房の下では残飯が手にはいる。家人に一言あってしかるべきだったが、先代秀市の死でいいだしかねた。いったところでことわられる。年限をきられる。結局、地下に何年もくらした。表との出入りは地下の風呂場の石をどかした。給湯道をつかった。真っ暗な中だから頭に懐中電灯、地下足袋の姿だった。

*** 10) 龍臥亭、設計の秘密、給湯道、地下の出入口
龍胎館の床下にはタイル張りのふとい給湯道があった。これは元々の設計、龍頭館の湯を龍尾館の風呂にもみちびくため。昔は龍頭館の湯があふれたら自然に龍胎館の床下をとおって龍尾館の風呂へながれこむ仕掛けになってた。龍尾館でこの湯をわかす。そのために坂になってた。給湯道は龍胎館の部屋の暖房装置にもなってた。でも下流になるとさめる。雲角の間、下音穴の間、柏葉の間、尾布の間とむかで足の間の5つはプロパンガスがついてた。しかし使い勝手がわるい。龍頭館の浴槽をふさいで給湯道に湯がはいらないようにした。自分は夜、ここをつかって穴があいてる部屋から外にでることとした。猫足の間、むかで足の間、弦の間の物置に点検用の穴があいてた。

*** 11) 地震による破壊、ミチ母子の護衛、犯人との闘い
でも地震で給湯道がこわれた。雲角の間からはいったらむかで足の間までながされた。上であやしい動きがあったのでやっつけようとおいかけたが逃がしてしまった。給湯道を毎晩はいずりまってるうちにこの事件のことはほぼわかった。睦雄の血をひく者をころそうとしてる。ならば睦雄のためにも子孫をまもることにした。今夜は警察が家人、宿泊客を退避させたからおおぴらに龍臥亭をパトロールすることにした。犯人は龍尾館の中を懸命にさがしてた。

*** 12) 妻の死亡、火葬、菊子の罠、最後の願い
事件がはじまって間もなく、妻が死亡。夜ぴいてないた。自分の方にも痣ができた。もう長くないと思った。昔、琴のコテをやいてた焼き場で妻を火葬した。灰になったのを葦川にながした。自分も同じようにしてほしい。ミチを一晩中護衛した。二畳の間ですわって護衛したこともあった。お百度参りをしって、銃をもって物陰から護衛した。法仙寺では犯人をたびたびみた。鉄砲でおいはらった。ミチはだまされてた。菊子の知り合いに龍臥亭にいってお百度参りをするようすすめられた。これは菊子の罠だった。まだ話しはつづく。

昔、菊子にいわれて竜の彫像をおいた。すると何度も高さを調整させられた。板戸の模様も菊子の仕掛けだ。この言葉の意味を正確に理解したのは石岡だけだった。樽元が石岡にいう。睦雄が世間に誤解されてる。あの事件の真相を世間につたえてくれ。約束してくれ。了解。ではこれで死ぬといって目をとじた。樽元はそれからすぐ死んだ。

** 5) 射殺、刑事への謎解き
朝方に石岡は育子、里美、二子山親子とともに龍臥亭にもどった。午前11時に目がさめた。里美がおそい朝食をしらせた。食後に三人の刑事がきて、いう。棚藤の武田の家、納屋をしらべた。睦雄の手記、晴美の死体、死体処理の痕跡を発見。成程。無言。ご苦労さまと石岡。感謝。驚、それほどでも、で何か。この際、見栄をすて、率直に。成程、で。事件の説明。はあ。でも何時横浜に。できたら今日にでも。驚、説明無しで。何を。晴美、エリ子、幸子といった人たち。やっと了解。押収した猟銃、携帯電話ももって。了解。

** 6) むかで足の間、四分板の間
*** 1) 四分板の間の猟銃、実験
猟銃は。それでけっこう、もともとは菊子の銃と石岡。成程。これで実験。よいか。然り。むかで足の間に。引き戸をあけ仏壇の間に。座布団をしばって仏壇の前に。これが晴美あるいはエリ子。では四分板の間へと石岡。携帯電話をもった田中がのこる。一行が四分板の間に。菊子がこの重い銃をもつのはむづかしいと石岡。百済琴の上に銃を。節穴に銃身を。台座のくぼみに銃の台尻がぴたりとはまった。これは樽元の仕事か菊子の仕事。葦戸をしめる。安全を確認、連絡。引き金をひく。驚、龍尾館三階をうったのでは。携帯電話が。座布団に命中と田中の連絡。

*** 2) 竜の彫像の意味、推玉、晴美、エリ子の殺害、藤原の関与
驚、何故、どうして。葦戸をあけ竜の彫像を。彫像の下腹で弾丸がはねかえってむかで足の間の目標に命中。田中に板戸の傷の有無を照会。竜の穴の付近の板戸がちょっとわれてた。ちょっと弾道がそれたかと石岡。確認してほしいこと。弾丸がはねかえった。そこで弾頭にキズ。それがダムダム弾と誤認させた。成程。菊子は失敗しつづけた。目がみえないで鐘の音だけがたより。大雪で推玉の存在をしらずに発砲。たおれた推玉の上に雪。雪見をしてたみんなは不知。これに気づいた藤原が夜に死体を回収、棚藤の家まではこんだ。成程。

*** 3) 菊子の自殺、守屋、一男の殺害、佳世の決意
晴美、エリ子と失敗、良心の呵責に、結局自殺。石岡は奧の間に。窓をあ自分の胸に銃口、台尻 は窓の敷居、足の指で引き金。銃は反動で窓の外。これで菊子のみ胸に硝煙反応。他殺と誤認。自殺か。然り。窓の下の草むらにおちた銃を藤原が夜に回収。これが守屋や一男殺しにつかわれた。もどってきた田中がいう。佳世はミチ母子を殺す気がなかった。菊子の犯行をみまもってた。しかし、菊子が挫折、藤原は育子への愛情ゆえに一男の殺害を仕組んだ。その真意をさとる。そこで自分の手でミチ母子と藤原の殺害を決意。

*** 4) 銃の隠し場所
菊子は銃をどこにかくしてたかと刑事の鈴木。どこかわからないが、藤原が弾丸ほしさに四分板の間にしのびこんだ。わたしわかると里美。変わり琴の前で、床木と一体になってる琴だったが、手前の竜尾あたりをいじる。幅20セントの部分が右方向にスライド。下に空間がみえた。ほらと里美。成程。琴は共鳴させるための空洞部分がいる。たんなる丸太では、いい音がでない。ここで石岡に天啓。成程と福井。で、幸子は。

*** 5) 幸子殺害の謎
全然別の発砲事故。偶発事故か。然り。バッハをひいてた。これとにた変わり琴で。その音程があってなかった。また低音部分がなかった。怒って暖炉にくべた。驚。然り、端を暖炉の中におしこんだ。幸子の性格をしってる里美が、わかる。でもあれは丸太。でも響いただろうと石岡。然り。では丸太の中に空洞があった。へえ。あった。樽元はそんな材木をさがす名人だった。その空洞がどういう意味と福井。古木に空洞、そこにはただの空洞でない。何。メタンガス。驚。だから爆発。成程。それで。その木は仙人山からとったもの。然りと育子。睦雄は凶行前、仙人山で射撃の訓練。つまり。あの松の木には50年ほで前に睦雄がうったダムダム弾がのこってた。だからメタンガスの爆発で弾がとびだして額に穴をあけた。

* 15) 4月13日、エピソード
石岡が御手洗に国際電報をうった、「ジケン、ナントカカイケツシタ。キミノオカゲダ。イシオカ」。龍尾館の大広間にゆく。刑事、育子、▼松子お松がいた。二子山が「黒田節」で感謝をという。坂出、行秀、ミチ母子は入院中。里美の姿がない。3人の刑事と病院に。坂出、行秀に挨拶。ミチ母子にあった。ミチの正式名をきいた。加納通子。刑事たちに貝繁駅までおくってもらった。田中が別れぎわに御手洗は本当は石岡ときいて、また相談するといった。切符をかおとすると里美が声をかけた。切符を石岡にわたした。東京へいったらよろしくといった。車内で回想した。満身創痍の体。突然よくやったという思いわいた。涙がでてとまらくなった。

* 16) 感想
昭和10年ごろから平成7年までの複雑にからんだ筋を丁寧に、面白く話しをすすめる。希代のストーリーテラーだ。悲惨な睦雄事件を縦軸に、事件がひきずる影の数々がからみあう。その解決が、けな気に生きるミチ、ユキ子母子の未来に見事につながる。さらに名探偵石岡の登場である。満身創痍になりながら真相をきわめ、めずらしい恋愛が中年男をいろどる。魅力的な女性と可愛い子どもの登場も舞台に花をそえる。御手洗のもつバターくささがうすれ、白木づくりと裸電球の和風建築が今回の舞台である。面白かった。

* 17) テーマ
30人の村人を一晩で殺害した睦雄の村にたつ建物でおきた不可解な事件を解決する。睦雄の事件は、軍国主義の重圧に息ぐるしさがました時、閉鎖的な山村、その中に特有の男女関係のもつれが暴発した異常な事件であった。そこの温泉宿、龍臥亭には、睦雄により殺された側の血をひく人びとと睦雄の血をひくひとびとが、あつまってきた。いまわしい事件に口をつぐむ村人たちにも事件の影は随所にあらわれている。深夜、硝子窓にかこまれ、裸電球にうかびあがった美女がうたれる。これが発端となり、殺人が猟奇事件に発展してゆく。犯行の動機は睦雄の闇をひきずる。そのトリックは龍臥亭の建物のからくりに、なじむ。物語は前半において変質者の犯行としてもりあがるが、後半において睦雄の実像にせまることにより一気に解決する。

菊子、佳世、藤原が犯行にかかわるのであるが、これらの行動を丁寧に説明し作品を破綻させていない。

* 18) 評価
原理的に可能かという問題はない。現実に可能か、おこり得るかが問題となる。

1) 菊子、佳世は睦雄に殺された側の血をひく者である。上記17)で説明したように、その行動を丁寧に説明している。菊子はやや乱暴であり、佳世は受け身にすぎる。しかし睦雄という怪異な存在を考えた時、おこり得ると考える。

2) 藤原の犯行は、佳世との密接な関係、それにくわえて育子との不倫関係を考えても、いくら何でもあり得ないといわざるを得ない。むしろテーマとの関連で藤原の犯行が作品として成立してるかどうかの問題と思う。睦雄は善悪を超越したおおきな力、日本の伝統的な神の存在にちかい。平将門、菅原道真のように祟り故に祭られた神と考えることができる。睦雄は地元の伝説、おそろしい神である。佳世と出会い、自宅で睦雄の手記に接し、佳世との交情をつうじ、睦雄のおおいなる存在を感じた。おそらく日常において菊子の異様さ、育子の魔力、一男の卑小さを感じてたろう。藤原の物語への登場はわずかであり、自分をほとんど語らない。作者は藤原がおおいなる力にゆりうごかされ犯行をかさねた状況を読者自らの理解にゆだねてるようである。

3) 竜の湯があふれ流れおちる給湯道にそってたてられた龍臥亭、その龍臥亭の側の道を30人の惨劇をひきおこした睦雄がかけのぼり仙人山の頂上で自決した。龍臥亭は和風白木づくりの建築物である。深夜、裸電球でてらされた龍尾館三階に硝子窓でかこまれた中、琴を演奏する美女がうたれる。こうして殺人事件の舞台の幕があく。これだけ舞台装置がととのったら、わたしは30人の殺人がおきても納得してしまう。この作品を成立させる圧倒的世界の実在を感じる。

* 19) 疑問
** 1) 昭和7年の巻が不整合、178pと179p
石岡が阿部定事件を高校の図書室でしらべる。講談社刊の「昭和二万日の全記録」の昭和10年から13年の巻をしらべ、阿部定事件をの記述を発見した。しかし時期の誤解から睦雄の事件を発見できなかった。考えなおして「7」という数字にヒントをえて、昭和7年から9年の巻をしらべる。そこに昭和7年におきた猟奇事件の記述を発見し、事件の解決におおきく前進する。この記述にかんし、下巻の178ページと181ページに不整合があるようだ。

(おわり)





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