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謎解き島田、摩天楼の怪人 [島田荘司]

* 1) はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

* 2) 大女優の死
** 1) 肝臓癌の女優ジョディを見舞う
ニューヨーク、マンハッタンのセントラル・パーク・タワーにすむ引退した大女優、ジョディ・サリナスの部屋に、建築家のロイ・ウィザースプーン教授、劇作家のジェイミー・デントン、コロンビア大学助教授の御手洗潔があつまった。そこには息子のフィリップ・サリナスと女優のリサ・マリー・ワシントンもいた。ジョディは主治医のアダム・カリエフスキーの付き添いのもと寝室にいる。御手洗がここは素晴しい。特にガラスのテラスは最高だといった。教授が肝臓の話しをしてくれたら、案内する。このテラスはビルの東面から北面をつきぬけてる。この発想はユニークだ。御手洗がきく。今年つくったのか。然り。建築の話しとなる。

興味があるか。然り、セントラル・パーク・タワーの様式も興味ぶかい。オーソン・ダルマッジという天才の作品。だからここに引越しか。然り、ところで女優のことは。名前だけ。劇は。無し。自分も、しかし演劇界の宝だ。フィリップが寝室にきえる。結婚は。無し。彼はアダプト(もらい子)だ。この階はかわってる。エレベーターホールからとこちらの廊下はゲートで区切られてる。然り、以前は階段室にはいる扉とゲートは施錠してた。この階の北側のユニットの住人は両方の鍵をもってる。この階だけか。然り、1951年、暴漢が侵入、二日間、立て籠り。ニューヨーク警察(NYPD)の武装部隊が閃光弾をなげこみ、犯人を逮捕。その際、ジョディが腹部を負傷、多数の人の輸血をうけ、回復。それ以降、外出をひかえ、子育てに専念。ゲートを付設。従来は東南のユニット、今は北東のユニット。同じ階か。然り。2ユニットだが、東南の時もか。然り。立て籠り事件の後にあいたので北東に移動した。肝臓の話しとなる。

教授がいう。ジョディは肝臓癌だ。本人も承知。肝硬変から癌か。然り、肝臓癌の前に肝硬変、その前に肝炎がある。肝炎から健康にもどれるが、肝硬変からは無理。一生の付き合い。肝硬変はアルコールからか。ジョディは酒はたしなむが、のみすぎない。何故、肝硬変か。別の原因も。何。ウイルスの侵入。ジョディの肝臓癌はウイルスによるのか。可能性がたかい。同じ階の住人に医師。何十年来の友人で主治医。月に二回検診。肝臓癌は肝炎、肝硬変という経過が。ウイルスチェックは。血液検査。で肝臓癌、肝硬変を見のがすか。不答。医師はリタイア、患者はジョディのみ。では検診時は面談のみだったのだろう。それでは普段の飲酒量はわからない。ウイルス侵入の仕組みは。ウイルスは肝細胞をおかす。リンパ球がやってきて破壊。細胞を破壊か。然り、しかし細胞は再生、数がすくなければ回復。この破壊再生時の炎症が肝炎。破壊がおおかったら、肝硬変。症状は。非常につかれやすくなる。

肝細胞は破壊される時、特有の酵素。これが血液中に放出。ここから破壊を計数。肝硬変がすすみ、破壊された肝細胞がすくなくなるとこの数も減少。これを健康と誤認も。日常の飲酒量をチェックしてればふせげる。医師のしらないところの飲酒のチェックは困難。成程。さらに御手洗。過剰摂取が六割、ウイルスが四割といわれる。ところがこの六割には未知のウイルスの可能性があるようだ。医師ばかりをせめられない。ところで、ウイルスの侵入は。刺青、ピアス、輸血。寝室のドアがあき、医師がはいってきた。今は気分良好、質問も可能といって部屋をでた。

** 2) ジーグフリードの殺害を告白
御手洗ほかがジョディの寝室にはいる。紹介された御手洗にジョディがはなす。この高層アパートには謎、幽霊マンションとか。何。愛人マンションとも。アパートの謎か。否、自分の謎、とけるか。不答、誰かほかの人もやったか。然り。成否は。失敗。教授が御手洗をよんだのはそのためという。ジョディが自分はすぐ死、罪深い人生を懺悔する。死後に公開してよいといって、殺人を告白。それは悪魔の奇跡。1921年の出来事。自分の地位は不安定だったが、あの人にまもられてた。魔王の力と美貌をもってた。七十四歳まで独身をまもったが彼がいたからさびしくなかった。名声は時に重荷、演劇界は醜い。彼がいなければ自分はもっとはやく人生をおえてた。悪魔の助力で犯罪を。然り。条件を承諾することを再確認、解けるか。やる。

これははじめての告白。1921年10月3日、嵐の夜、8時半に大停電、無灯、ラジオもレコードもきけない。充電装置、自家発電装置もなくエレベーターが途中で停止。当時、自分は南端ユニットに居住。今の部屋はダルマッジのユニット。それを購入。この夜に演劇プロデューサーのフレデリック・ジーグフリードを殺害。至近距離から心臓をうった。それは演劇の一場面では。否、真実。ジーグフリードとは悪辣な興業家。然り、彼はマジェスティック・シアターをハリウッドとむすんで低俗な娯楽小屋にしようとした。自分はジーグフリード・エンターテイメントにいて、主役がはれるようになったばかり、文句がいえなかった。ジーグフリードは一階で殺害。然り、そのオフィスで。でもあの夜はずっと34階に、ジーグフリードがうたれたのは停電中。然り。近所の住人と一緒。然り。停電は8時半から10時50分まで。医師の奥さんとなったジーン・フラナガンが9時に安否確認にやってきた。それから15分後に廊下であって彼女の部屋に移動、それからずっと一緒。ジーグフリードが殺害は9時から11時の間という。ジョディが御手洗にきく。

どうやったのか。停電でエレベーターが停止、では階段か。徒歩で、女性には不可能だろう、しかも所在不明の15分には、不可能。然り、では窓からロープをたらしておりるか。どの部屋も窓は手前に7インチ、スイングする。その隙間だけ。外にでられない。然り。降参か。正解をしる人がいるか。否。では降参は不可、で、どうして殺害だけはわかるのか。うったのは自分。たしかか、保証するか。然り。ジーグフリードはどんなかっこうで死んでたか。オフィスで、社長の机に付属した椅子にすわり、うつぶせで死亡。椅子にすわってる彼を前方から。然り、蝋燭の灯りの中、たちあがろうとした。本当に一階でか。然り。その時のピストルは。もちかえってあの箪笥に。魔王の力で一階に。然り、その時、魔王の雄叫びがきこえた。事件の捜査は。迷宮入り。ジョディが御手洗にきく。このビルをもっとみたい。然り、ガラスのテラスも。幽霊ビルの謎も。然り。

** 3) ガラスのテラスから時計塔へ
*** 1) ガラスのテラス
ガラスのテラスからセントラル・パークの素晴しい眺望がたのしめた。セントラル・パーク・タワーは公園にそってはしってるセントラル・パーク・ウエスト通りからワンブロックをはさんだ場所にある。御手洗がきく。公園に隣接しないのに何故この名か。然り、当時にくらべて高層ビルがふえた。時計塔の時計が利用できる人もへった。時計の文字盤がなくなったのは何時。教授がいう。身の毛もよだつ事件から。どんな事件。詳細は後述、このビルが1910年に建立。

19世紀末にはニューヨークとシカゴでビルの高さ競争。シカゴに高さ規制がしかれてから、競争はニューヨークの独壇場。1903年、フラットアイアン・ビルが世界一、だが1908年にシンガー・ビルの41階建、1909年、メトロポリタン・ライフ・タワー・ビルの50階建、1913年、ウールワース・ビル。これは旧マンハッタン銀行やクライスラー・ビルがたつまで世界一だった。このビルは38階建、3年早くたってれば世界一になれた。この近辺では一番高いビルだった。このテラスは空中にせりだしてるのか。然り。これによりジョディ家の窓はほとんど消失。然り、北面、北東面に若干。壁面はギリシャ神殿風の石柱が並立。その間に窓。東面、セントラル・パークの側は天井から床まで全面ガラス。然り。ユニット二つをもつから出来る。然り。それも34階以上でないと駄目。このビルのアパート階は各フロアが16から17ユニットでちいさい。34階は8ユニット。ギリシャ風の石柱が犠牲になった。建築家に不満。然り、34階と36階は天井がたかい。36階にも石柱か。否、35階、36階をつらぬくオベリスクの石柱。このテラスの設計者は日本でしりあったタダオ・アンドウとフィリップがいった。セントラル・パーク・タワー34階にガラスの直方体をつきとおした。然り。中央部はリビングと一体化、Tの字の頭の部分がガラスのテラス。もっともTを倒立させ、さらに斜めにした。北にゆくとちょっとだけ空中につきでる。然り。こちらの眺望も素晴しい。床は木材だが一部が石、何故。フィリップがいう。突き当たりのガラスを三分割、その中央部を前方にたおす。こうすると雨がふりこむおそれ。それで石。納得、天井がたかいから開口部も上、転落のおそれはないか。9インチの隙間。

*** 2) 廊下、エレベーター
教授が表の廊下、エレベーターホールを案内。この階は外はギリシャ風で内はエジプト風か。然り。エレベーターの説明。居住階は36階まで。37階と38階は時計塔。そこには大時計、機械室、物置、大型の給水タンク。いったん電気駆動のポンプで貯水。廊下に窓は。無し。他の階も。然り。電気代がかさむ。然り、停電になればエレベーターが停止、照明、給水、トイレ、エアコンと問題。充電装置、自家発電装置なしか。無し。他のビルも。然り、調査したら、病院、警察署、消防署をのぞくとなかった。御手洗が暫時無言。教授がきく。あの15分間の移動を本気できいたのか。妄想。ジェイミーも、さらに実際、階段をかけおりた体験を説明。妄想説に賛成しないのか。暫時無言、弾丸の旋条痕が一致したら。箪笥にはピストルがあるはずと反論。おどろく教授にいう。一致する可能性がある。それより誰かが犯行後、銃をわたしのでは。なら、その名前をしってる。きいてみる価値がある。でもその答はわかってると御手洗。誰。ファントム。エレベーターホールをいったりきたりする御手洗がきく。エレベーターは12基か。然り、その一つは用務員用。どれか。

一番奧。色がちがい、上に居場所をしめす針がない。到着はどしてわかるか。音。レバーが付属、それをつかんで横にあける必要。転落の危険性は。ない、到着しない限り、ロックが解除されない。一般の住民はつかわない。然り、ただし朝の混雑時は別かも。何故。このエレベーターだけが時計塔の38階までゆく。そこは凄惨な事件がおきた現場。ボタンをおしてまつ。

*** 3) 38階
当時も住人はのらない。用務員と荷物の専用。到着、三人がはいる。教授が38のボタンをおす。御手洗が床に溝をみつける。何のため。不知。到着。暗い。工場の工作機械みたい。然り。もう電気をとおしてもうごかない。然り。これが文字盤の裏か。然り。明かりは。文字盤の中途に外への出入口、文字の外の円周上に小窓。これが文字盤の裏。時計は38階のフロアをつらぬいてる。二階分。然り。これが文字盤の壁。御手洗がペンライトでてらす。窓はふさいだのか。然り、すべて。外部にでる道は。無し、外にでられなくなったが特に不都合なし。これが給水タンクか。然り。また機械をしらべる。このバーは。一時間に一度これがおしだされるようだ。その先にふさがれた穴を発見。何か。不知。これが出入口の跡か。然り。さっきの穴の左上に位置する。御手洗が凄惨な事件のことをきく。教授が現場での説明をしぶる。この穴が無関係かきく。無し。納得しなかったが、コードの跡を発見。文字盤には照明がついてたか。然り。それが事件後に撤去。然り。給水タンクを点検。隣りの物置小屋にはいって点検。

*** 4) 下り階段
階段をおりはじめながら御手洗がいう。窓がないから、事件後に怪談がうまれると御手洗。ここには不可解な窓の怪談がある。ダルマッジは窓とともに死んだ。窓の大半が破壊された。爆発物をNYPDも調査。未発見。破壊は窓だけ。ドアは。無し。原因は。不明。何時。1921年9月、その時、ハリケーン襲来。ジーグフリード怪死事件の時か。それ以前、ジーグフリードは10月。ダルマッジは。34階の部屋から通りに転落死。原因は。無理に窓の数をふやしたからかも。ダルマッジのポケットに不可解なメモ。何。エジプトの絵文字。解読は。まだ。

*** 5) 37階
37階に到着。御手洗がいう。この壁はあたらしい。無視。管理人室がないのが不可解。時計はネジ巻きでなく電動式、常駐は不必要では。でもこんな膨大な機械類、油をさす。時刻の遅れを修正。停電も。保守点検に常駐がよい。専用のエレベーターも。上の物置小屋でないか。それは狭隘、ガラクタがあった。どこにおくのか。エレベーターがあるから常駐は不要と教授。

** 4) ファントムにまもられた生涯をかたる
*** 1) また殺人の告白
また同じエレベーターでもどる。テラス、降雨である。三人はよばれて寝室にいった。そこに劇団オーナーのジョン・サクソンがいた。ジョディが劇団名にサリナスがはいるとうれしそうに報告。サクソンがいう。写真を。臨終写真か。部屋の照明を足元の一つだけにしてマンハッタンの夜景をみた。窓は飾り枠にステンドガラスがはめられ、中央が透明だった。ファンからおくられた。この部屋にうつった時か。否、南の時、引越しの時にもってきた。御手洗がきく。このガラスはとりはずせるか。否、強化ガラスの上にはりつけたもの。ジョディがいう。抗菌ガラス。教授が口外しない約束で話題をもどす。ジーグフリード事件はいつ。1921年10月3日の夜。9時から9時15分。かりにNYPDに弾丸がのこっていて、ジョディがもってる拳銃でうった弾丸の旋条痕と一致したら。自分がうった。でも犯人からもらったのでは。否。もしかした犯人をかばってるのでは。否。御手洗がきく。

*** 2) ダルマッジの転落死
ダルマッジの不可解な事件だが。それはいつ。1921年9月10日。夜8時、ハリケーンが上陸。ジーグフリードの事件の前。然り。爆発時には在室か。然り。怪我はなく耳がツーンとした。おおきな音、ガラスがわれた。火薬、臭いは。無し。ステンドガラスは。その後にもらった。ダルマッジ一人が被害者。然り。彼が原因か。否、自殺する理由もなく、一瞬でビル全部のガラスをわるのは不可能。殺害されたのか。かも、自分に部屋をあたえるため。一同驚愕。このアパートは憧れ、ステータスシンボル。自分は当時成功、訪問客がふえ手狭。二つのユニットがほしかった。そのためファントムが。21年はファントムがあれくるった年。でもファントムなら全部の窓をわる必要はないのでは。然り、真意不知。21年に何故あれくるったか。欧州の戦争をおえ、かえってきたから。第一次世界大戦ですね。然り。人間みたいに。否、魔王として、その力で殺戮破壊。その力で誰かをスターにする。然り。魔王の力はガラスを一瞬で破壊、ジョディを一瞬で一階に移動。その他には。邪魔者を排除。その話しとなる。

*** 3) ジョディをまもる魔王の力
1916年9月3日、自分の21歳の誕生日の夜。風邪で部屋にいた。病院にもいけず薬もかえなかった。でも高級アパートに。然り。援助者がいた。怪人のこと、気がつくと一人の長身、ハンサム、ダークスーツの男性が。おどろく自分に味方だ。安心してと薬を。ちょっと気がとおくなったが、自分はちいさな船にのり水の上に。いくつか摩天楼の灯りがみえた。ここはどこかきいた。セントラル・パークのリザーヴァー池。低音でいう。誕生日おめでとう。誰。ガーディアンエンジェル。何がほしい。無し。ではスターにしてあげる。不信。するとずっと自分を見てた。スターになる素質がある。しかし周囲がつぶすだろう。だが大スターの素質がある。自分はどうすればいいのかきく。自分、ファントムを信じるか。然り、でもどうやって。イルマ・ブロンデルが死んだ。彼女はプロデューサーのパンドロ・サンドリッチに体をうり主役をえた。きたない女。さらに話しがつづく。

オーディションがある。うかるように努力を。スターになって自分の帰りをまて。どこにゆくの。欧州の戦争。かえってきたらまた協力。スターになることを保証する。お礼は。結婚。すると約束した。ジョディが胸がくるしいといいだした。 医師がよばれた。

御手洗がきく。何時、目醒めたのか。11時半。彼があらわれたのは。10時。1時間半。するとリザーヴァー池まで40分で10時40分、30分をボートから帰宅で11時50分到着。間にあわない。御手洗が再度質問する。イルマは殺害されたか。否、自殺。発言をうながす。

再会したのは1921年9月7日だった。自分はスターと。主役のオーディションに成功。誕生日の後、高熱をだした。枕元にファントムがたってた。薬をくれた。リザーヴァー池にいった。マスクの形がかわってた。彼がサンドリッチが死んだ。卑劣な男。今度のインディアン・フラワーでうたう主題曲は、すばらしい。ここでうたって。うたった。彼は両手に顔をうずめ、ないた。自分は孤独になった。結婚してくれといった。でもどこでくらすの。ここで。でもみつかる。絶対みつからない秘密の場所だ。今、邪魔者はいるのかときく。然り、マーガレット・エルグ。彼女はジーグフリードを利用してのしあがる。ファントムはいう。了解。彼女は自殺した。周囲をみてジョディがきく。夢の話しと思ってる。

*** 4) 臨終のジョディ
そしてまたインディアン・フラワーの主題曲をうたった。ファントムがむかえにきた。手をさしのべた。その手が下におちた。女優が死んだ。リサが胸にすがる。サクソンがはっとして、カメラをかまえストロボ をたいた。リサが悲鳴をあげ、幽霊だといった。ジェイミーもみた。あわててガラスのテラスの北端にたったが見つからなかった。御手洗がきいた。幽霊はガラスの内か外か。不明。死亡時刻は1969年10月3日午後7時50分。

** 5) ジョディを埋葬、医師が死亡
翌日、御手洗、教授、ジェイミーがジョディの部屋に集合。ジョディを納棺。御手洗が部屋の箪笥から拳銃を発見。ルガーP08、女性用の小型でない。一階への移動の話し。教授がいう。何度もみた設計図。現住。秘密の滑り台などない。額縁にはいったエジプトの絵文字を発見。死亡したダルマッジのポケットにはいってた。御手洗がいう。暗号解読を約束。ダルマッジの死亡の理由、ガラス破砕の原因がわかるかも。リザーヴァー池への訪問について、御手洗がいう。薬で眠る。帰りは催眠術。もし実際にいったら具体的な行動が。目撃者、つかった車、駐車場所、など。船の上の状況はジョディ自身の願望。反論がでる。

ニューヨーク警察(NYPD)は当時、リザーヴァー池を徹底調査。隠れ家は未発見。しかし可能性は有りと御手洗。ドイツのナティの地下道や地下鉄の駅、パリの地下道。マンハッタンにも伝説。地下にホームレスの空間。計画なら第二次大戦、ドイツ軍の空襲にそなえた大防空壕、昔だがインディアンの砦、その地下に地下の居住空間の噂。地下の隠れ家はあったかも。ジョディが実際にいったかもという話し。彼女のネグリジェを法医顕微鏡捜査官が調査。ウッドレルという草の繊維、ブラックベリーの実の皮質、公園に固有の土壌などを発見。御手洗がいう。この絵文字は秘密の地下をしる手掛かりかも。廊下の金属扉の鍵がないが、どこに。不知。箪笥か。不知。家族にきいてくれ。

十月六日午後、フォレストヒルでジョディが埋葬。その頃、3402号室の老夫婦の妻のカレン・ブラックが午後4時40分頃、隣室の騒音、大声、銃声に似た音。ジョディの部屋は無人。夫人がドアのスコープから廊下をのぞく。怪人左から右に移動。5時10分過ぎ、かえってきた夫か隣室の医師の部屋をたずねた。医師が銃でうたれて死亡。

* 3) ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。


摩天楼の怪人 (創元クライム・クラブ)

摩天楼の怪人 (創元クライム・クラブ)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 単行本



* 4) 時計塔殺しの怪
** 1) 踊り子メリッサが自殺
NYPDの刑事のサミュエル・ミューラー刑事とジョン・リーヴェンがセントラル・パーク・タワーにむかう。3504号室にはいった。管理人と女性の清掃員がまってた。挨拶、発見者は。清掃員。浴室にはいった。浴槽に裸の女。銃で胸。拳銃がのこってた。右手の爪の先に煤。浴室内にあらそった跡なし。管理人がいう。清掃員から連絡、浴室のドアをやぶった。清掃員。屋の住人、メリッサ・ベイカーがみえず。浴室がロック。異変、連絡。年齢は30歳すぎ、ブロードウェイのコットン・フィールドの踊り子。ビルがたってから現在まで6年、ここに居住。自殺の原因は。不知。知り合いは。36階のイルマ、ミシェル・クレイン、34階のジョディ。いずれも女優、踊り子でない。

3604号室のイルマとあう。リビングでいう。素晴しい眺め、窓はあくか。手前に7インチ。照明器具もチャーミング。ユリの花束の意匠、花の下にスイッチの紐。イルマがいう。従来のと交換、みんなそうする。明かりの度合いを調整できる。ミューラーがきく。メリッサと友だちか。一番したしかったかも。何かあったか。自殺。驚愕。失神。自殺の理由は。不知、追いつめられてたかも。年齢が限界、契約も今年が最後。ほかに踊る場が。ある、バックダンサーなら、この部屋にはいられない。ブロードウェイとの関係の話しとなる。

34階以上の3、4、7、8のユニットは、有名劇場の劇場主、興業主、音楽家、売れっ子作家、プロデューサーたちが購入。彼女たちはこの人たちから廉価で賃貸、スターになれたら、また廉価で購入。メリッサは一生ここにいたいといってた。

** 2) イルマが自殺
犯罪研究所の検証もメリッサを自殺。この時、セントラルパーク・タワーが愛人マンションといわれてることをしった。

メリッサの自殺がまだなまなましい8月、14日夜。つめたい降雨。管理人からミューラーに連絡。イルマがリビングで拳銃自殺。銃声にきづいた隣人から連絡、入室。きてくれ。了解。

3604室に到着。入室。管理人がリビングに案内。明かりはユリの花束風。花はすべて点灯。その真下にイルマ。明かりをつけたか。否、発見時のまま。拳銃は絨毯の上、輪胴式のエンフィールドらしい。右のこみかみに弾丸の穴。周囲に煤。右手の指先にも煤。拳銃は袋にしたストッキング、だが銃身は外に露出。女性が頭部をうって自殺したのは稀。廊下からはいるドアには鍵は。施錠、合鍵で入室。合鍵はフロアパス、管理人が管理。壁の裾、床の近くにうまった弾丸を発見。銃を点検、弾倉にまだ二発。カーテンが風邪にゆれる。

ガラス窓が手前にひかれあいてた。すかっりあけられる窓は。一階のオフィスのみ。このガラスははずれるか。否、はめごろし。われたら。否、われない。強化ガラス。万一われたら、壁をこわすしかない。外部に非常階段は。無し。外部から侵入の可能性はなしか。では自殺。

自殺の原因は。不知。競争から落後か。不知、劇団の仲間かパトロンにきいたら。誰。サンドリッチ、ジーグフリード・エンターテイメントのプロデューサー。バトル・オブ・ヴェネツィアの主役に噂。サンドリッチの住居は。34階のここ。

** 3) 新主役をオーディション、プロデューサーのサンドリッチ
ミューラーが隣室の3603号室に。管理人に連絡したのか。然り、彼女は。死亡。名前は。グロリア・オースティン。銃声をきいた。然り。自殺か。然り。イルマとの関係は。廊下であえば挨拶。最後にあったのは。今夜、廊下で。変った様子は。無し、自殺などする様子でない。何度銃声を。二度。その間隔は。多分三分。

翌日、イルマが出演してたマジェスティック・シアターをたずねた。表に弔慰の花束、蝋燭。本日休演の看板。裏口から劇場内部に。大勢の女の子、何の練習かきく。オーディション。よびとめ警察のバッジを提示。事件か。否、定型の確認。イルマをしる人は。不知。なやんでたか。不知。遺書もかかず自殺するか。不知。彼女の主演の評判は。評論家にきけ。新聞は。可もなく不可もなし。でもそれがいつもの評論。イルマも気にしてない。然り、有名になれば勝ち。オーディションに参加しないのか。然り、自分には無理、一応役をもらってる。では最有力候補は。ジョアン・クロファードか、ジョディ・サリナスか。どこに、ジョディがとおりすぎた。声をかけた。セントラル・パーク・タワーに居住のジョディか。然り、何か。イルマのこと。不知。自殺の心当たりは。無し。同アパートに居住。然り、あわなかった。あいた主役の有力候補だとか。どうか、上背が不足、しかし頑張る。サンドリッチにあえるか。アポイントメントが必要だろう。

部屋にゆく。不機嫌そうに誰か。警察。多忙、5分間のみ。自殺の原因は。不知、本人しかわからない。だがプロデューサーが一番ちかしいのでは。今回の主役になやんでたかも。それが遺書もかかずに自殺する理由か。だろう。彼女との間柄は。不答。では順調か。順調。次に3604号室に誰をいれるか。不動産屋。成程、しかし今度の主役をきめるのはサンドリッチだろう。無言、退室をうながす。

** 4) 時計塔に惨劇
雨、マンハッタンの10階建のアパート、動物の咆哮。ウォルター・フックが本から顔をあげ、窓を手前に。アパートの8階。また声。地上の騒音より響く。眼前にセントラル・パーク・タワーの壁面。窓に顔をちかずけ、ゆっくり見あげる時計塔、「助けてくれ」。10階から屋上。文字盤の文字の一つ一つをドーナツ状に明かりがかこむ。また声。双眼鏡。2時13分を時計の針がさす。数字の「3」の中心部寄りに穴、人間の首。放心。長針が男の首の後ろからせまっていた。また放心。「5」と「6」のあたりの灯りが赤い。血。もう黒球しか。あわててセントラル・パーク・タワー1階の管理人室にかけつける。外にかけだす管理人。不審気な歩行者。時計塔からロープがさがってる。先端に重い塊が。管理人室にきた25階の住人、その部屋に。窓から人間の頭部。三人は貨物用のエレベーターで38階に。そこは裸電球の光、12個の明かりとりの窓の外光だけ。歯車、機械のなかにある通路をいくとデスク、その上に男の体た。両手を背中に、脚部はデスクに厳重にしばられてた。背中に上部に蝶番がついた金属製のあおり戸がのってた。デスクを部屋側に。開口部に長針の一部がのぞく。管理人がロープをひきあげる。長針が音をたててうごく。一分たったから。あっという声、管理人がいう。首がぬけおちた。

** 5) サンドリッチが死亡
ミューラーが思う。1910年代はニューヨークが株価上昇を謳歌した時代。もっとも春を謳歌したのがギャング。1914年、第一次大戦が欧州に勃発、1917年宣戦布告した米国からも男たちが参戦。若い労働力の不足。マンハッタンの南を開発、農村から多量の労働力を招致。1919年禁酒法が成立、違法醸造でギャングは警察をはるかにこえる火力と機動力を。1929年バブルが破裂しニューヨークにも大量の失業者が。大戦がえりの失業者もくわわりハーレムの治安は一挙に悪化。ところで1916年のイルマの自殺であいた主役の話しである。

ジョディが主役を獲得、以後順調にスターの階段を。1921年頃、欧州戦線で実績をあげた黒人たちはニューヨーク凱旋でジャズを。喝采。ニューヨークはだんだんと狂乱の姿を。高層ビルから落下傘兵が。上級をアクロバット飛行が。死者も。セントラル・パーク・タワーにも狂乱の波が。1921年9月5日夜、雨。セントラル・パーク・タワーの管理人から事件の連絡。被害者はサンドリッチだった。

** 6) 時計塔で現場検証
サンドリッチはイルマの部屋を所有してた。サ ミュエル・ミューラー、リーヴェン、管理人が38階にのぼった。ミューラーがきく。この体はサンドリッチのものか。然り。どこで。大男。印象は。よい。体の各部は厳重にしばられ、胸の下に板がわたされ、そこに頚部が固定。その板は木ネジで固定。このデスクは備品か。然り、昔、管理人が常駐してころのものらしい。この時計のメンテナンスは。週一回、専門家がくる。彼がいない時、この部屋は。無人、誰もあがってこない。外部の人間がはいれるか。可能。中からロックできるか。錠をもってくれば階段の出入口は可能、しかしエレベーターのドアは不可。機械の陰、文字盤の裏の開口部によばれた。

開口部から首をだして確認。ロープがひきあげられた。もう一度開口部から首をだし上部を確認。長針がおりてきた。通常の時計とちがい長針が壁側に。現在、0時10分。また長針がやってくる。そこにつけられた凶器をはずす。長針には軽量化のため無数の穴、そこ利用し凶器が付着。管理人にきく。この開口部の意味は。表にでるため。表にでたら何につかまる。特別な仕掛けが。何。毎時15分になるとこのバーが外のおしだされる。そこで支えをえた長針の上をあるく。一分間だけ。むこうの壁までわたる。張り出しにのって壁の向こう側までまわりこむ。そこに梯子。そこから屋上におりる。何故、でる必要がない。然り、今はない。大丈夫か。文字盤にグリップがある。それをにぎってわたる。一分すぎたら。バーがひっこむ。のるとあぶない。屋上におりた人間はどうしてもどるのか。一時間まつ。危険な設計でないか。然り。昔は下の階からのぼれたらしいが閉鎖。今、給水タンクも室内、避雷針の端子も室内、不必要。時計塔の今後である。時計はまわりのビルにさまたげられ役にたってない。この事件が新聞で報道されると、おかしな天誅があつまる。このままは危険だ。

** 7) ジーグフリードにきく
翌日、6日、ビルの管理会社は大時計の撤去をきめた。即時、長短針、文字、ランプの撤去、開口部の穴埋めがおこなわれた。ハリケーンがせまる中あわただしい作業だった。8日日没前に終了した。捜査の話しである。ミューラーが考える。

サンドリッチの死によって利益を得る者は。ジーグフリード・エンターテイメントはバトル・オブ・ヴェネツィア他が順調な実績。これはサンドリッチの台本選びの慧眼、ジョディの名演による。ジョディはもっとも成功をおさめた女優の一人となった。サンドリッチの死は彼女にとって将来の不利益。ちなみにかって対抗馬だった女優の名はわすれられてた。ジョディとサンドリッチの愛人関係は公然の秘密。他の男性との関係も噂、しかしこれは清算、ならば結婚もあった。最近サンドリッチは彼女の性格にあった題目を選定、これはサンドリッチのみができること。ジョディに動機なし。さらに専門家は彼女の人気は徐々に低下と予測。サンドリッチにかわる演出家がいるか。

皆無。これから開演予定のインディアン・フラワーは急遽社長のジーグフリードが代行と決定。ではジーグフリードが得る利益は。多忙による損失のみ。経営、事業の兼務により両者にさく力が逓減、最悪、両方ともゆきづまる。すでにこの世界で名声を確立、いまさらたかまる名誉はない。このことは事前に充分に予測可能。むしろ二番目に痛手をこうむる本人。うがった見方では。ジーグフリードがジョディに魅力を感じてる。あり得る。しかし名声を確立したジョディがジーグフリードになびくはずもない。

ジーグフリードは1階にオフィス、30階は仮眠用の部屋、34階にまた貸しの部屋。他に五番街に自宅。ミューラーとリーヴェンはオフィスをたずねる。ジーグフリードは如才なくむかえてくれる。今日はマスコミがおしよせて多忙、しかし自宅にもいられない。興業主は孤独。5日サンドリッチとあったか。ちかくのレストランで会食の予定。しかしあらわれず。話したか。午後3時、自室にいた彼と電話で。勿論、生きてた。然り。場所は。3604号室。これはかってイルマが居住。サンドリッチを殺害したいとうらむ人は。周囲のすべてがうらみ。しかし殺害まではない。彼なしではこまる。本当か。インディアン・フラワーの関係者はすべて痛手。彼の死でジーグフリード・エンターテイメントは弱体化のおそれ。でも一人。誰。自分、存在感をうしなった自分。しかし殺害はない。アリバイも。では誰が。不知。ではライバルは。彼らはちゃんと損得勘定ができる。よほどの私怨でもなければ。彼がいなくなって得した者は。無し。彼に借金してた者は。無し、倹約家だ。貸すならすでにくれてやってもいいという、利益をえてる時だけ。それは何か。サンドリッチは女にしか貸さない。メリッサは。彼女は踊り子、関係ない。ではどこへいけば手掛かりが。不知、嫉妬心、恨みは殺意でない。いないとこまる。しいて自分か。結局、損。台本をこきおろされた脚本家、演技をこきおろされた役者。これはは常態、サンドリッチは面倒見がよい。こきおろしてもチャンスをあたえる。つまり不知。

** 8) ダルマッジにきく
二人は34階のジョディをたずねるが不在。事前連絡してた。5年前にあった彼女と比較。ジョディは綺麗だったがイルマや対抗馬の女性ほどは舞台映えしなかった。ダルマッジに部屋に。ミューラーがリーヴェンにきく。ブロードウェイの女優に妻としての気立てをもとめるか。否。では、観客はどうか。リーヴェンの演説がはじまる。それは愛人に料理の腕をもとめるもの。ではブロードウェイの女優には。料理も気立ても不要、歌と踊りのみ。それは愛人型、同感。では、何故、ジョディはスターになった。むしろ家庭タイプ。それは眠るまえにはドライ中マティーニかギムレット。今は禁酒法の時代だ。何でも酔えるものをもとめてる。だからジョディか。然り。

3408号室のダルマッジをたずねた。セントラル・パーク側や南のミッド・タウン、チェルシー地区もみる。眺望に感嘆してると、ダルマッジがいう。そんなに窓は必要ない。窓があると構造上に問題があるのか。否。高層建築で窓のあるなしは、関係ない。構造上の強度は窓に無関係。それで安全なのか。然り。何が支えか。鋼鉄のフレーム、錬鉄なら10階まで。石の補強がなくてよいのか。然り、むしろ危険。地震になったら上のほうで共振、倒壊の危険。マンハッタンで地震か。否、カリフォルニアでは現実の危険性。空想上で現実感がわかない。では船の話しをする。

木造の船がなくなった。何故か。巨大な船をつくると木造では重くなる。鉄造のほうが軽い。嵐、強い海流、衝突時、重い木造の集合はその部材があばれて船体をつぶす。で、窓の話しは。強度をささえる構造物があるから今の高層建築では窓だらけもいい。それでは頼りなげ、不安。暫時、沈黙、個人的にはちいさい窓を望む。窓は建築家を堕落させる。壁は室内にさまざまな趣向がこらせる。その可能性をひろげる。額にはいった絵文字をしめす。エジプトだ。窓のない墓所に絵文字がえがかれた。窓がないから生まれた芸術。外観も同じ。窓ばかりならどれも同じ建物、窓がすくないガウディの建築は素晴しい。窓が建築家を堕落。

演説をうけてミューラーがきく。建築家は何故、壁に装飾や彫刻をほどこすのか。30階の彫刻は下からみえない。でも隣りに高層建築がたてば。建築家がそんな事態を想定してるのか。否。では何故。将来、小型の飛行船がゆきかう。でも、それは将来。だから、それまでは建築家個人の楽しみ。例をあげる。エレベーターが考案されニューヨーク万博に出品された時、建築家が考えたこと。多層多床式の自然。各階ごとに草原がひろがり、高い天井に青空がえがかれる。家があり、そこに飛行船が繋留。。それは壁の専用ゲートから外界に。この夢想が今のマンハッタンを。

今撤去がすすむ大時計についてきく。馬鹿げてる。機能に悪影響があるか。然り、よいわけない。設計者の思惑を無視。かってはあった37階から屋上への出口がふさがれた。これで屋上にでる手段がなくなった。5日のアリバイをきく。午後3時から10時まで来客があったと証言。ミューラーが午後3時にはジーグフリードが電話で話したと証言があったというと、信憑性に疑問。以前に演劇複合施設の設計を依頼するとの約束を反故にしたと非難。

ハリケーンが上陸し、その翌日、10日8時にセントラル・パーク・タワーに大音響とともに爆発があった。3階以上の窓ガラスがほとんどわれた。路上にガラスの破片が山積した。その中からダルマッジの死体が発見された。爆風でふきとばされたらしい。そのポケットに絵文字がかかれた紙片がはいってた。

* 5) ライオン大通り
** 1) 絵文字を解読
ジェイミーがカフェで御手洗とあった。絵文字を解読したとエジプト絵文字とアルファベットとの対応表をみせた。これでジョディがもってたメモ、もとはダルマッジのポケットにはいってたものを解読する。次のとおり。

Times Square
Cleopatra's Needle(Boulevard)
Bethesda Terrace
Schiller
Beethoven
Fitz Greene Halleck
Sir Walter Scott
Shakespeare
Gapstow Bridge
Lion Boulevard
Geekfleed

** 2) 解読が意味するもの
これが何を意味するかジェイミーにきく。あの大事件があった時代にかかれたもの。然り、でその意味は。セントラル・パークの観光案内か。あたらずといえどとおからず。でも、絵文字は必要ない。アルファベットで充分。然り。それはアルファベットでは危険だから。殺人計画とか。あるいは秘密文書かも。何かの犯罪行為の道順。当り、かも。何の道順。当然、最後の文節、ジーグフリード。しかし、セントラル・パークにはジーグフリードの住居でない。然り、五番街。ジェイミーがいう。不可解、タイムズスクエアからクレオパトラへ進め、そう読むしかない。これが隠す必要があるものか。普通は然り、しかし推理すると。

でもタイムズスクエアが何故、一番最初か。然り、疑問その一、ではその二は。ライオン大通り。どこにある。然り、その三は。ジーグフリードの住居表示、マンハッタンは東西、南北の街路で表示できる。ここにある表示の基準は何か。御手洗がいう。同感、ほかに疑問は。このメモをのこす必要はあるか、自分の頭におさめればよい。同感。他人への指示。同感。絵文字をよめる建築家はダルマッジのみ。同感。さらにダルマッジはポケットにいれて死亡、他人に指示してない。さらにジーグフリードを殺害する動機はなかった。さらにジョディが殺害した。さらにいう。ジョディは一階にいって殺害。メモは役にたってない。つまりメモは何の意味もない。然り、絵文字の練習かも。当り、ライオン大通りはない。御手洗がいう。それがひっかかった。本当か。然り、これは出鱈目のメモでない。

** 3) ライオン大通りがある
御手洗が話す。1910年代の話し。ゲイリー・ベイズというすご腕のギャンブラーがニューヨークにやってきた。舗道で女占い師に声をかけられた。今夜、零時にライオンにころされるといった。その日も勝った。バーにおちついた時、ラジオの臨時ニュースでセントラル・パークの動物園からライオンの二頭が逃走。バーテンダーにドアの施錠をたのんだ。零時に警官がはいってきた。ライオンは捕獲。ラジオでも捕獲を報道。大喜びで外にでて歓声をあげた時、自動車にはねられた。意識がなくなる前に彼の目にはいったのがニューヨーク市立図書館のライオン像。そこがライオン大通り。ジーグフリードのマンションはこの図書館ちかくにある。

* 6) 地下王国
** 1) 地下都市へいざなう
すべてをうしなった男がザ・ポンド(池)のふちにいた。黒人がやってきた。セントラル・パークの下にある地下都市に案内するという。黒人はウォルサム、男はジェシーという。時代は第一次大戦がおわった頃。

** 2) 地下都市へ案内
シェイクスピア像のちかく、排水溝から地下に。ニューヨークの下をはしる地下鉄、排水坑、水道管、ガス管、蒸気管の穴をとおりぬけ、地下におりて地下都市に。 おだやかな波がよせる岸辺。その床はしろいタイル。わずかに傾いていたから岸辺にみえた。ちいさな貝殻がついていた。少女が歓声をあげてひろってた。数ヤードの沖合に巨大な貝殻をかたどった水溜めと噴水。壁際に無数の松明が。この世界のリーダーを紹介するといった。

** 3) 王国建設を夢みる
石造りの大ホールに。ピアノをひいてる男がキングとよばれた。ジェシーが挨拶。欧州戦がえり。すると自分と同じ。ピアノ曲を二つひいた。たちあがった男は長身、ハンサムで肉色のマスク。ティールームに。戦争では。ドイツと塹壕戦で左耳の聴力をうしなった。この夢の王国はキングがたてたのか。然り、地下は地上より安定、安全。でも、太陽光はない。然り、そのためのテラス、そこに学校も。どのように建設したか。かって原住民がつくってた。搾取される者が地下に。では王国の目的は。つまらない手間仕事にわずらわされず、高度の精神世界をつくる。その豊かさを享受。このティールームは1870年に導入された地下鉄の車両。あのシャンデリアとグランドピアノつきのロビーは地下鉄の駅舎。市長がかわり廃棄。王宮の心臓部をみせるという。

ウォルサムがこの電気は盗電というと、キングがいう。水も。ちかく創設されるであろうあたらしい社会では食料、電気、医療は無料。地上では人民の大虐殺がおきるだろう。われわれはその備えが必要。木造の大ホールに。シティホールかつ自分の私邸。二階にのぼる。図書室、蒐集品の収蔵室、寝室が。一階におりた。大食堂兼会議室。地階に。米国の貨幣を大量に貯蔵した部屋、無数の重火器を収蔵した部屋、保存食糧を備蓄した部屋。キングがきく。この重火器を操作できる人物が必要、やる気があるか。一階に。このシティホールは木造の大型帆船、廃棄されたもの。次に天井のたかい場所。王国の村。ここには地上で生きる希望をうしなった者が。さらにすすんだ。これが王国の心臓。酒の蒸留所。禁酒法の恩恵をうけてる。王国はここから莫大な利益をえてる。ジェシーにいっしょに王国建設に挑戦してみないかといった。

* 7) エレベーターの亡霊
三十五階、待ち合わせに30分おくれた女性がエレベーターをまってた。住民用のエレベーターがこない。そこに貨物用のエレベーターが34階にのぼってくる音。それまでのったことがなかったが、重いレバーをおして扉をあけた。そこにグロテスクな怪人をみた。女性の悲鳴の中で扉がゆっくりとしまった。

* 8) ジーグフリード殺しの怪
** 1) ダルマッジ事故死が迷宮入り、女優マーガレットが自殺
ミューラーが考える。爆発の原因についてNYPDは各部屋をたずね徹底的に捜査。爆発物の痕跡はまったくなし。同時に爆発なら、時計仕掛。しかし機械装置なし。かりに爆発物によるとして。被害は該当の部屋、その隣室ぐらい。実際と相違しすぎ。全窓に爆弾装着。これは不可能。ガラスの破壊以外の損害なし。おおくの住人が在室。しかし被害者なし。ガラスのわれる破壊音以外になし。では窓際に付設した未知の爆弾か。あり得るが、動機が不明。で、ダルマッジ一人をねらった爆発か。動機が不明。経歴から建築界に知人なし。怨恨の線なし。設計の依頼主の線から。欧州なので連絡不可能。肉親、親族は不明。結局、迷宮いり。爆発の後始末がおわった頃のこと。

管理人からミューラーに電話。3405号室のマーガレット・エルグが自殺らしい。マジェスティック・シアターの女優。部屋はジーグフリードの所有、最近うつってきた。自殺の状況がまったくイルマの時と同じだという。

** 2) 現場検証、ジョディとやりとり
ミューラーがリビングにはいった。ソファの革張り、カーテンの柄、ワンピースの柄がちがっていたが死体の状況はまったく同じ。銃はストッキングに、弾丸は二つ装填。舞台ファンの管理人にマーガレットのことをきいた。最近、二本の劇に主演。売り出し中。艶笑喜劇。ジョディとは世界がちがう。窓はロックされてなかった。死亡推定時刻は午前零時。ジョディにあった。正午だった。扉をへだててマーガレットのことをきいた。不知。死亡をつたえた。驚き。午後一時、ジーグフリードの事務所であうという。昨夜は仕事の打ち合わせで帰宅はおそかったといった。

** 3) ジョディとジーグフリードが証言
ミューラーがジーグフリードの事務所で一時半にジョディとあった。ミューラーが約束を反故にされた経緯をばらす。それはサンドリッチが殺害された時、動揺してた。では昨夜の行動は。おそくまで稽古、食事、会員制のバー。帰宅が午前4時すぎ。で、アリバイを証明できる人は。ジーグフリード。話しの内容。次の公演。もめたか。然り。ではマーガレットの件、自殺としたら、その動機は。不知。では他殺なら。

男関係は、無し。ジーグフリードが将来のドル箱と目星、ガード。女にもなさそうだが、唯一、自分か。そして演技、歌、踊りについて酷評。ではピストルを部屋にもってるか。何故。ストッキングにいれて保管してるか。否。その習慣がマジェスティック・シアターの女優にあるか。 否。そのことをきいたことは。否。事務所にもどってきたジーグフリードにあう。

自殺に心当たりは。無し。他殺には。無し。では自殺か。ささいな不満かも。虚栄心、嫉妬心をこじらせたか。では他殺だと。あるかも。ジョディは。あるかも。マーガレットの死で利益をえる者は。まず損は自分。すこし得はジョディ。これから彼女への依存度がふえる。しかし、いささか時代遅れと批評。ジョディの不満はさておき、芸術路線より大衆路線だ。午前3時まで彼女といっしょか。然り、もめた、険悪の極地。台頭するハリウッドに路線変更が必要だが、反発する女優も。しかしマーガレットには新時代のオーラが。ジョディと見解がわかれて3時まで。それ以前の犯行ならアリバイ。しかしそれ以降でも鍵をもたないから無理。拳銃を彼女にあたえてか。否、自分で入手したかも。それをストッキングにいれて保管してたか。不知。ジョディのわがままはゆるさない、といった。

** 4) ジーグフリードが射殺
10月4日。昨3日の夜ははげしい嵐。8時半から10時50分に停電。電話。ジーグフリードが事務所で死亡。早朝出勤の社員から。社長室で死亡。セントラル・パーク・タワー1階の事務室。事務室に最初にやってきて発見。社長室の扉はあいてた。いつもはしまってる。ミューラーとリーヴェンが現場にむかった。

ジーグフリードが机にうつぶせ。ガラス板の上に蝋燭。芯がもえつき本体がすっかりとけてた。弾丸は胸からはいり、背にぬけてた。蝋燭の状況。一晩中、もえつづけた。ジーグフリードがうたれたのは停電中。この推理の補強材料。至近距離でうってる。文字をかくことをあきらめたので万年筆にキャップが。蝋燭をふきけさなかったのは、くらくなると犯人がこまる。蝋が血溜まりの上にのってる。犯人は椅子にすわったまま。知人だ。たちあがる必要のない知人。社員ならたちあがらない。動機がない。ジョディならどうだ。リーヴェンを立たせ机をはさんで現場検証。小柄な犯人ならあり得る。ジーグフリード夫人から電話。

停電を心配して9時5分に電話し会話。10時に電話したがでず。心配。死亡により利益をえる者は。無し、同業者も損をする。ハリウッドのケネディという人をマジェスティック・シアターによぶ契約をするといってた。また女優や踊り子をも。ジョディの部屋をたずね、強引にはいった。

9時5分から10時50分の間、何を。この部屋とジーン・フラナガンの家。3401号室。では、それを証明してくれる人は。ジーン、ずっといっしょ。はじめ自分の部屋をのぞいた。しばらくして、帰宅。こわくなったので廊下にでた時ジーンに遭遇、彼女の部屋でいっしょにいた。そこで明かりがついた。ジョディはジーグフリードの射殺をきくと衝撃を。ジーンの部屋にいった。彼女は入居後にしりあった。女優でなく、劇場関係者でもない。利害関係がない。9時に訪問、玄関で一分、会話、自室にもどり、9時15分に廊下で遭遇、二人で自室にもどり10時50分まで。リビングルームにいた。推理がはじまる

9時5分から10時の間に射殺されている。ジョディは9時から9時15分の間、所在不明。さらに電話で会話したら、9時5分から15分の10分が所在不明の時間。後ほど確認したが停電によりエレベーターは停止。

* 9) セントラルパーク講義
** 1) メモに人魚姫がない不可解を発見
*** 1) ニューヨーク開発とセントラル・パークの歴史
ジェイミーが御手洗にセントラル・パークの歴史をかたる。マンハッタン島の発展はオランダ人たちが南のロウワー・マンハッタンの開発。それから。格子状の道路はその時からか。然り。ニューヨーク計画というものにそい、まずくまなく道路を整備。しかし、すでに斜めにはしるブロードウェイは、そのまま。その時にこの公園はなし。その計画もなし。ニューヨーク計画は1811年。1850年、ある詩人がセントラル・パーク構想を発表。当時、市街化がまだ未進行。北端に市が公園用地を確保。費用は。無し。荒地だった。正式な土地所有者はなし。コンペで採用された設計図にもとづき、3000人の労働者により整地作業。1857年から16年かけ建設。ピクチャレスクという自然ふうの景観と人工を調和させる造園法を採用。黒色火薬で岩を破砕。危険だったがダイナマイトの発明は。1873年。時代を気にしてるが。この事件で必要。論拠は。直感、世の中の理論は直感。大陸移動説も電流の発見も。エジソンの電灯は何時。不知。1879年、家庭への普及は1890年代。

クレオパトラの針にきた。スエズ運河完成にさいしエジプト政府が米国の貢献を感謝する記念。1881年に移設。セントラル・パーク完成の8年後。クレオパトラとの関係は。無し。御手洗がメモを再確認し、公園の各所、記念像などの由来、設置年代を確認してゆく。アリスの像とならび人気のある人形姫の像がメモにないことを問題に。

*** 2) メモの作成年月
御手洗がいつメモを作成したか推理。ダルマッジが1921年死亡、1921年か20年か。同感。人魚はすでに存在。しかも大人気だった。では何故メモにないか。不可解。御手洗も同感。でもそれは法則性の誤解から。で、どこ。あちこち、あるいは何もかも。白紙にする。否、タイムズスクエアは公園にない。ライオン大通りもなし。つまりメモがさす場所はセントラル・パークでないかも。でもクレオパトラやシェイクピアがでてくる。不可解。同感。しかし方向がみえた。とりあえず、推理はここまで。他に一貫性を考える。何、それ。人魚姫があらわれない。これは1916年以前に作成ということ。人魚姫はまだ存在しなかった。では5年間もってた。それはない。何故。1916年にジョディがスターになった。それ以前にジーグフリード殺害の動機はない。成程。まだ推理はつづく。

*** 3) 不可解なメモの意味
ジェイミーがいう。そもそもメモの意味不明。同感。それをさておいて、誰が何の目的でジーグフリードを殺害しようとしたか。次の推理は。まずジョディには殺害の動機はあった。ダルマッジの指示をうけて誰かが彼女のために殺害しようとしてた。ありそう。さらに御手洗がいう。ダルマッジ自身が指示をうけたのかも。ジェイミーが事件を整理する。

1916年以前はジョディにジーグフリードへの殺意なし。然り。1916年からスターへ。サンドリッチの死で大女優はの道が。もしかしたらサンドリッチ夫人として生涯をおえたかも。ジーグフリードの死で政治的に彼女を制約でくる者がいなくなった。大スターへの道を驀進。然り。もし彼女のために殺人すらおこなうという人物がいたら。それが彼女のいうファントムなら。どうなる。狂った情熱でまずイルマを殺害、次はサンドリッチ、ジーグフリードでない。然り。しかしやがて彼女の活動を不当におさえようとした。それで殺意。1921年9月5日以前なら殺意はサンドリッチ。同感。では結論、メモは1921年9月5日から10月3日の間。拍手。しかし、その間なら人魚姫は存在したといった。ジェイミーにたいして謎解きの最大のテーマがみつかった。これからだといった。そしてジョディの鉄砲の旋条痕の照合結果をきくといって公衆電話にむかった。

** 2) ジョディの銃と医師の事件、臨終の亡霊をかたる
御手洗が教授に電話できく。NYPD訪問後に待ち合わせを約束。ジェイミーがきく。ジョディがもってた銃のデータは。有、旋条痕のある弾丸。しかしジーグフリードをうった弾は無し。写真は。無し。しかし当時事件を担当した刑事が生存。個人的に写真を保存してるかも。大女優の過去をほりおこすのか。然り、事実をしらなければジョディをすくえない。医師のこともか。然り。医師事件の話しとなる。

エレベーターホールの前に金属柵、その扉は施錠。各部屋の配置である。西側の区画。3401号室に医師。彼はそこの住人、ジーンと結婚し、ここに居住。南隣に3042号室がカレンと夫の部屋。東側の区画。北から南にむけ3403号室と3404号室がジョディ。射殺さたのは10月6日午後4時40分。3401号室に医師が一人、3402号室にカレンが一人、夫は午後5時10分帰宅。射殺された時には3403、04号室は無人。

ジェイミーがいう。密室空間に二人、犯人はカレン。否、別に鍵をもつ者が。無視しカレンの証言をいう。怪人が左から右に移動。これは嘘、だから犯人。否、むしろ、だから犯人でない。では、柵の外にいて鍵をもってる者がいるのか。然り。ではフィリップか。否。リサか。否。自分、ジェイミーか。否。共謀。否。御手洗がいう。もう一人、鍵をもってた人物。カレンの主人が外出から帰って、何らかの方法で殺害か。否、それは不要、外出の証言は妻のみ、虚偽とみたら。殺害可能は二人。では動機は。むしろない、でも警察が捜査中。ここで話しは終了。御手洗がきく。ジョディの臨終の時、亡霊を窓の外にみなかったか。見た。

* 10)不可能の証明
** 1) 警察捜査状況をきく
カフェで三人があう。存命中の刑事はミューラー。警察にジーグフリード事件の遺留品は。無し。ジョディの拳銃から発射された弾をもらう。旋条痕のある弾。医師をうった銃が判明、テイラーズ・キャトルマン。1873年製。至近距離から発射、弾が体内、死体に煤。薬莢から火薬が20%へらされてた。ジョディの所有か。否。弾は一発だけ。然り。拳銃は現場にのこってない。犯人はどうして侵入。警察の見解は鍵を複製。 目撃したという怪人は。警察は無視。医師とカレン両者の確執は。無し。

** 2) 元刑事ミューラーを訪問する
ミューラーの家にむかう。老人がでてきた。御手洗がいう。NYPDから入手した弾丸をみせ、ジョディがうったのは自分。謎をとけ。で、とけたか。否。謎をとくのにジーグフリードをうった弾と一致するかをしりたい。一致しないなら。別人の犯行、ジョディの発言は妄言。家に案内された。

** 3) ダルマッジの言葉にヒントをえる
*** 1) ミューラーとの会合
三人で夕食をすませて、ミューラーがジーグフリードをうった弾の実物をみせた。壁からほじくりだした。旋条痕は一致するといった。御手洗がきく。長年の懸案が決着したのでは。然り、でもさらに謎がふかまる。ではどうして一階に移動、とミューラー。彼女自身がどうして移動したかわからないという。演技では。否、本当にみえた。さらに1916年、ファントムにリザーヴァー池につれられた。そして短時間で部屋にもどった。次は1921年、ファントムは欧州の第一次大戦に従軍した。この時もリザーヴァー池につれられた。短時間で、またもどった。ファントムの魔力でといった。妄想、NYPDの見解。妄想でないかも。セントラル・パークにいったという物証。固有の土壌の鉱石、植物の繊維が彼女の夜着に付着。御手洗が事件の振りかえりを提案。

*** 2) ミューラーがかたる事件
踊り子、メリッサの自殺。銃は。輪胴式とだけ記憶。クラブ・コットンフィールド。ジーグフリード、サンドリッチとの関係は。無し。イルマとマーガレットは。同じような状況、リビングルーム、こめかみをうってた。イルマはサンドリッチ、マーガレットはジーグフリードにひきたてられた。共通のことは。ミニシャンデリアが点灯。ただしイルマは深夜、マーガレットは昼間。これは発見時間の差かも。発見のきっかけは。イルマは銃声をきいた隣人からの通報で早かった。死亡推定時刻は。同じ。ユリの飾りのついたシャンデリアの下。ユリは当時の流行。もとあるものを交換。死体がたおれた角度は。そっくり。頭を壁に、斜めに傾斜。シャンデリアの真下。拳銃は英国製のエンフィールドの同形、ストッキングに。弾は。頭に一つ、二つは壁、床の裾。方向は。足のほうにたって見れば、体がのびてゆく方向のすこし右。御手洗がいう。

メリッサはただの自殺、年齢が30、二人は20代前半。二人のプロデューサーとも関係がない。御手洗がこの事件には法則性があるという。ある人物にとって脅威となる人物がけされる。とりあえずはジョディだが。メリッサはこの点からも無関係。では二人は自殺でなかったのか。今いえることは、ストッキングにはいってることから指紋がグリップにのこらない。つまり二人の指紋がのこらない。シャンデリアの明かりは三度紐をひかなければもっともあかるくならない。その姿勢でいる時間がながい。しかし射殺者にとってそんな都合よい機会がくるものか。部屋は高層階、密室。しかも至近距離。部屋にひそみ、部屋にはいってきた管理人の目をぬすんで脱出かも。管理人が部屋にいたからあり得ない。御手洗が絵文字のメモをみせた。

*** 3) メモの作成年月
老人はおどろいた。解読できなかった。解読の結果を説明した。人形姫がはいってないことを不審がった。御手洗が一応の答をもってる。作成年月をセントラル・パーク・タワーが竣工した1910年にとれば1916年に登場した人形姫がないのは当然。反論した。否。ダルマッジのポケットからメモを発見、まあたらしいもの。筆跡、インクの跡から。ダルマッジとの会見の話しとなった。何故、歩行者からみえない高層に彫刻や意匠をほどこすのかときいた。タクシーが空をとぶ未来をみこした。でも、まだ実現してない。それまでは建築家個人のもの。そこは建築家の楽園だ。御手洗はわかったといった。謝辞をのべてわかれた。

* 11) サリナス家の亡霊
** 1) ジョディの部屋に急行する
帰路についた。御手洗はずっと考えにふけってた。42丁目の地下鉄の駅にちかづいて突然、ジェイミーにジョディの家の売却についてきく。すすんでるか。然り。現在、誰がいるか。リサ。業者にみせる写真をとってる。では危険、急行するという。ジェイミーの部屋にたちより、彼がもってる拳銃を携行。さらに金属柵の鍵をもってるフィリップに連絡。三人で部屋にむかう。

** 2) 負傷のリサをすくい御手洗は最後の場面に
リサがジョディがかって寝室にしてた部屋で家具の写真をとってた。窓の外に怪物の姿をみた。ジョディ臨終の時に出現した怪人。驚愕、放心。思いなおしてたちあがりベッドにちかづいた。部屋の隅に怪人が。銃弾が。リサはベッドにとばされ、反動でうつぶせに。さらに二発目をうとうとした時、三人が部屋に。救急車をよび、応急手当。怪人に用心しながら弾をとりだした。医師をうったものと同じ。救急車で搬送。一段落して御手洗がジェイミーに、53年間におよんだ物語は終焉にちかづいた。最後の場面にたちあうかときいた。

* 12) 幻想の空中ハウス
** 1) ガラスのテラスから外にでて、ライオン大通りをすぎる
フラッシュライトをうけとって御手洗がガラスのテラスの南端を点検。すこしぬれてるといって、そこに付設された閂をしらべた。やがて中央のガラスの上部をつよくおした。たおれたガラスの上部がわずかにあいた。雨がふりこんだ。ブルゾンのジッパーをとじて身じたく。もがきながらガラスの外に。天井に四つんばい、ジェイミーをてまねき。渋々したがって外に。たって点検してたが、手がかりをみつけて天井からおり横に移動。つづいて、おそるおそるジェイミー。御手洗がこれはダルマッジのメモがしめす順序を逆にたどっるという。ふりかえるとライオンの顔の彫刻がならんでた。その口の中にひそむ手がかりをたどっておいつく。これがライオン大通り。では最後のクレオパトラの針は何になるか。上にいけばわかる。

** 2) 屋上の楽園にはいる
セントラル・パーク・タワーの南面を西にむかい、中央にきた。そこに4フィートほどの蛇腹の装飾。そこが梯子の役目。奧にグリップ。屋上に。おどろいたことにそこに草原が。奧に水面もみえた。あれがザ・ポンド、シェイクスピアの像。コピーのブロンズ像。サー・ウォルター・スコット、フィッツ・グリーン・ハーレック。これはセントラル・パーク・タワーがたてられた時からあったのか。否。しってた者はいたか。否、ここを見おろす高層ビルはない。創造した者の楽園。セントラル・パーク・タワーの窓は7インチしかない。誰ものぼってこれない。この目的、意味は。セントラル・パーク・タワーとは、その建物の中にセントラル・パークがあるという意味。教授がいってたように、この建物の梁は異様にふとく、屋上の縁は普通よりたかい。これはニューヨーク計画を再現したもの。人工物の中に自然を再現しよというアトリウム。建築家の構想にすでにあった。根拠は。人形姫がいない。

自殺者を保護するとの名目でで時計塔の横からのぼる出入口がふさがれた。それは1916年より前。サンドリッチの事件により時計の文字盤からのぼる出入口もふさがれた。創設時にはこの楽園はなかった。時計塔横の出入口がふさがれた時からはじまった。それは誰か。不答。絵文字のメモの話しとなる。あれは。ここのテラスをおりてゆけとの指示。どこに。ライオン大通りをとって、最終目的地。ジョディか。否。ジーグフリードの家。しかし彼は1階の事務所で死亡。マーガレットか。然り。しかし、あまりに迂遠すぎる。さらに実行方法があるか。不答、奧にすすんで壁をのぼる。

しろいベルトがついている。階段となってた。御手洗がいう。エセスダ・テラス。そこで二股に階段がわかれる。そこに人間一人がはいるほどの空間、池をまねた水溜り、中央に翼をもった女神。実物を忠実にまねた模型。御手洗が上空から見おろせばエキサイティングな眺めだろうといった。

** 3) 雄大な壁面のレリーフをみる、怪人が出現
*** 1) リザーヴァー池
階段をのぼりつめると、縁に先のとんがった柱が無数にたってた。クレオパトラの針。35階と36階の周囲はクレオパトラ大通り。グリップをみつけて上に。そこは草原、その奧に広大な池、背後に灌木の林。うずくまる御手洗にならう。池にはボート。リザーヴァー池。ザ・レイクは省略。雨が草をたたく騒音で声がたかくなった。1916年と1921年にジョディがつれてこられたリザーヴァー池。池は完成しつつあった。周囲の草地も完成しつつあった。これらをつくったのはファントムか。然り。時計塔の裏側、四角の平面、タイムス・スクウェア。絵文字のメモがしめす道筋か。然り。ファントムはどうやってジョディをここにつれてきたか。文字盤の方から、長針の上をあるいた。本当か。然り。長針の上を安心してあるけるのは毎時15分の時のみ。10時15分にここにつれてきて、11時15分にもどした。雷鳴が轟然とひびいた。

*** 2) タイムススクウェアの広場
御手洗が時計塔裏をてらしてる照明をうった。たちまち闇。タイムス・スクウェアの壁に背をつけた。前にあるおもおもしい機械にちかづいた。蒸気機関。そこをまわりこむと前方に軒がみえた。慎重に様子をうかがって、木製のドアをあけるよう指示。ゆっくりとあけた。御手洗がすぐフラッシュライトを点灯し中にとびこんだ。粗末なベッド、シート、ブランケット。本棚が3つ、机、椅子。内部を点検。左にドアがあった。また慎重に確認。中に。木箱、金属製のタンク、手押し車。誰もいない。ここは何。石炭の貯蔵庫。で、石炭は。つかいはたした。家具の扉をひらいた。ふるい洋服が。1916年以前のもの。何故わかる。それ以降はおおきなものは、はこびこめなくなった。3本の瓶があった。サラダドレッシング。ジョディ家のキッチンから。その横の瓶やチューブは薬。管理人用のエレベーターの話しとなる。

*** 3) 管理人用エレベーターの謎解き、金色のレリーフ
その床に溝があった。あれは板をおとしこんで石炭をため、はこぶため。手押し車をつかってか。然り。石炭か。1910年代ではまだ必要。何のため。何にでも、しかし、もう石炭はおわり。臭気がつらい、ここは何。時計塔のもと管理人室。外にでた。「もと」とは。そしてもと屋上への出入口。もともと管理人室は屋内に。ここに、時計、エレベーターのモーターの保守をする管理人が常駐。屋上への出入口がふさがれ今の石炭室と管理人室となった。たぶんファントムの意志。エレベーターのモーターは室内側にあるから、ここは必要ない。今、誰がすんでるか。ロビンソン・クルーソー。時計塔裏のたかい壁の前にたつ。

フラッシュライトの光の中に白い壁面と金色の光沢がうかびあがった。金色は金箔がつかわれてる。雄大な壁面は両端が手前にせりだし中央をはさんで二人の女性のレリーフ。歯車は時計塔からとったもの。街灯はこの壁面をてらすため。ジェイミーがジョディの姿をみつけた。声がきこえた。それは池にうかぶボートからだった。怪人がいた。

* 13) ラストショー
** 1) 怪人にビルの謎をきく
御手洗とジェイミーが自己紹介。怪人はせず。御手洗がいう。怪人はオーソン・ダルマッジ。1921年に死亡したの誰か。不答、訪問の目的をいえ。それはジョディが1916年以来、このセントラル・パーク・タワーでおきた事件の謎をとけ、できるかときかれた。で、それをとくため。彼女は解答をもってたか。否。解答をのぞんでたか。否、魔力をもつファントムの仕業と信じてた。それで満足しろ。否。彼女も黄泉の国できくといってた。謎を解きたいのは人間誰もがもつ探求心。怪人がセントラル・パーク・タワーをつくったのも同じ探求心。怪人がいう。このビルの謎をといた。それを確認したい。そうか。然り。御手洗が約束する。21世紀がくるまで真相を公表しない。

** 2) 転落死した人物 をあかす
ビル爆発時に転落死した人の名前は。ミヒャエル・ボヘム・ブサオロフ、当時の助手。オーソン・ダルマッジを名のってたか。然り、戦争で顔をうしなった。屋上で創作に専念。もともと社交嫌い。ニューヨーク建築家協会の名簿にも登載されてない。然り。この世界からきえた。以来、ジョディの守り神となると決心。で、邪魔者はけす。然り。それほどの価値があったのか。ジョディはすぐれた女優。しかし怪人にはもともとセントラル・パーク・タワーを構想にもとづき完成させる。その使命があったはず。こちらに二度ともどる気がなかった。しかしジョディの名誉がけがされるようになってもか。無言。御手洗がいう。身代わりがいれば、いざとなればもどれる。然り。1921年のサンドリッチの事件で惟一のこってた道がふさがった。むしろ無上の喜び。部屋に身代わりがいた。生活用品は7インチの隙間から入手した。然り。御手洗がいう。

想定外の事故、身代わりの転落死があった。あの爆発の謎はとけたのか。9月5日にサンドリッチの殺害、9月10日に転落死、その時、ハリケーンが襲来。解答をもってるのか。仮説がある。フロリダの丘上の一軒家の屋根が一瞬でふきとんだ。ドアも窓も完全にしまってた。屋根は打ち付けだった。打ち付けは風によわい。然り。ちかくの街灯がおれてた。おれた時、窓に穴があいた。窓の破壊はこの巨大版だろう。風がふきこむ穴があいてたか。然り。文字盤の芯棒の穴がのこってた。撤去作業が完了しなかった。さらに風により共振がおきる。フルートの吹口に風がとおるように強風がふいた。自然現象だった。

** 3) 屋上の生活をかたる
ジェイミーと御手洗の対話に怪人が口をはさむ。身代わりがなくなって、どうして生存できたか。飲料水は。37階の給水タンクに穴をあけて入手できるようにしてた。電気も盗電。食料品は。ここは一種の農園、健康な食生活ができる。成程、これに魚があればロビンソン・クルーソーだな。飛行機、ヘリコプターに発見されないか。人間がいることが発見されなければ問題とならない。成程、では孤島にすむ自給自足の人間か。否。マンハッタンは巨大な生命維持装置、日々、食料、水、電気、エネルギーを排出する。それを無料で入手して地上にも地下にむ生きる連中がいる。自然の中の村ではかならず発覚する凶悪犯罪もこの生命維持装置の中では生きのびる。怪人がきく。自分への非難か。否、怪人をかりたてた凶悪についてのべたまで。それはお世辞か。否、自分の正義に自信がないのか。正義は無用、ジョディは守るにたる大女優だった。この仕事のため自分の時間をささげた。然り。それをたった一人でなしとげたと御手洗。ドイツの建築家、オットー・ワーグナーに匹敵する。では、それを誰にささげたのか。神か。否。ジョディか。然り。彼女は怪人がつくた偶像だろう。そうならそれも光栄と怪人。1916年8月14日、イルマの死、スターへの道。1921年9月5日、サンドリッチの死、スターへのさらなる道、1921年9津27日、マーガレットの死、主役交代を阻止。1921年10月3日、ジーグフリードの死、大女優への道をかためた。これらは怪人が仕業。話しがつづく。

** 4) サンドリッチ殺害をかたる
怪人がいう。後悔なし。戦争か。無関係、イルマは役のためプロデューサーと寝る。しかしジョディもサンドリッチの世話をうけた。同じでは。否。マーガレットは低能。ではサンドリッチのような大男をどうしてしばったか。クロロファルム。悪魔の所業では。戦争と比較すればものの数でない。それはサンドリッチのせいでない。サンドリッチの所業はそれよりまさる。サンドリッチは自分を過大評価しジョディを過小評価。でもジョディはそれを受諾してたのでは。然り、やむ得ず。怪人の嫉妬からでは。否。怪人自身を守る神をもとめた。それがジョディ。それがここのレリーフ。これ以上の議論は無用。御手洗が身代わりがもってた絵文字は何かときく。

** 5) ジーグフリードの死をかたる
自分のための覚え書き。散歩道の道順。本当にそうか。マーガレット殺人への道順。身代わりがもってたのは殺人を予告しアリバイづくりの口添えを期待したから。否。身代わりがもとめたもの。時計塔にのぼりそこから部屋にゆく。当時、ジーグフリードはよく部屋にいた。彼におおきな恨みをもってた。しかし実行せず。で、道はふさがれ、ジョディ自身が実行せざるを得なかった。然り。ジェイミーがいう。

では、どうやって。死亡時刻は9時5分から10時50分、ハリケーンで停電。ジーン(後に結婚してジーン・カリエフスキー)の前から所在不明となってたのが9時から9時15分。妻との電話で9時5分まで生存。解答はあるのかと怪人。御手洗がいう。セントラル・パーク・タワーのような高層建築の年代を考える。

1884年、シカゴのホームインシュアランス・ビルが最初の例。これが10階。次がピューリツァーのワールド新聞社、18階、ニューヨーク。つづいいてメイソニック・テンプル、シカゴの22階。高層ビルが可能となったのは、それまでの錬鉄に鋼鉄がとってかわったから。錬鉄ではせいぜい5階まで。鋼鉄の発明からすぐシカゴにホームインシュアランス・ビルが建設。高層ビルにはエレベーターが必須。しかしそれが高層ビルに採用、普及するには前提条件。まずビルの照明、従来から個人宅ではアーク灯を利用。企業のビルではおおきな窓からの太陽光かアーク灯。これが電気にとってかわられるのは、送電、配電の整備、電力の安定供給が必要だった。

ところがは蒸気機関を動力とするエレベーターが1853年、ニューヨーク万博で提案、すぐ実用化。セントラル・パーク・タワーもおなじ。この屋上に蒸気機関。ところで黎明期の電力は不安定、一日に何度も停電。エレベーターの動力に電力が完全にとってかわるまでは蒸気機関併設の時期。この最後の時期にあたるのがセントラル・パーク・タワー。あの停電の夜、怪人はまず蒸気機関を始動し、ジョディに窓から管理人用のエレベーターの利用を指示。ジョディは一階に移動、射殺してまた部屋にもどった。ジョディはファントムの雄叫びがきこえたといった。蒸気機関の圧をぬく時の音。怪人がいう。かっては跳ねあげ開閉式の橋、渡し船、列車、直流式の発電機に利用。 ジェイミーが1916年のメリッサはときく。犯行を否定。御手洗があわてて自殺と説明。ジェイミーがイルマとマーガレットの殺人をきく。

** 6) イルマとマーガレット殺害をかたる
怪人が御手洗にわかるかときく。近代史の中に解答がある。塹壕戦用に開発された潜望鏡式の遠隔発射器具、これの改造版。戦場で実用になったかとジェイミー。否、機動性なく、引き金もかたい。本当か。7インチの隙間から中にいれ至近距離でうつ、簡単。どうやって。イルマは帰宅後、リビングに、部屋のスイッチ、シャンデリアからさがる紐を三度ひく。照明がくらくなる。カーテンをあけ、夜景をみる。紐をひく瞬間をじっとまってた。窓は外部の人間にはあけられない。ただまつ。射殺後は遠隔発射装置から拳銃をとり、部屋の中にほうりこむ。でも、死体の指先についてた煤は。もう一発、その指先のちかくで発射。床ちかくの弾がそれ。成程、一つの自殺事件、一つの事故、四つの殺人事件の真相はとけた。怪人が蒸気機関のそばからこわれたマジックハンドをとりだし御手洗に贈呈。ジョディの死についてかたる。

** 7) ジョディの死をかたる
彼女の死からこの世界は無。彼女がいればこそ楽園。御手洗がいう。ジョディはいつもファントムとともに。父親の話しとなった。足がいたいというと成長痛だといわれた。おおくの痛みを経験、塹壕戦の痛みはちがった。愚劣な痛み。隠しておきたい潜在意識がおおくなりすぎた。夢をみなくなったのはそのせい。自分はただ地にそそぐ水の音をきく。どうしても思いだせない記憶のまわりをとびまわってる。もがきながら羽ばたいてきた。ジョディのおかげで生きながらえた。守護神を自認しながらだ。従軍から帰還しジョディにあった1921年の自分はかっての自分でない。ジョディにふさわしい自分でなかった。御手洗がいう。いつもファントムとともにいるから、さびしくないとのジョディの言葉をつたえた。怪人が歓喜した。1951年ジョディが暴漢におそわれた話しとなった。

自分はステンドガラスの陰から心配しながらみてた。そこにSWAT(警察の武装部隊)が閃光弾をなげいれ犯人を逮捕した。御手洗がいう。この閃光はある化学作用をおこした。臨終に怪人があらわれた。ジェイミーも窓の外にたつ怪人をみた。それは半透明で背後の摩天楼の明かりがすけてみえた。ファンがおくったステンドガラスは抗菌作用があるもの。これは銀の薄膜をコーティングしたもの。空気中の塩分により銀は塩化銀となる。ガラス板の上に塩化銀は写真のポジフィルム。これにステンドガラスからのぞいてた怪人の像が強烈な閃光により印画された。怪人がきく。常にみえるのか。否、強烈な光にさらされた時に像がうかびあがる。ジェイミーが医師の死とリサの狙撃についてきく。

** 8) 医師殺害、リサ狙撃をかある、おわり
1969年、日本人、安藤忠雄のガラスのテラスがジョディの部屋に付設。これで屋上から帰還する道が。医師はジョディの癌をみのがしたことで殺害した。怪人は自分の正当性を主張。では、リサは。ジョディの家と遺産を勘定たかくうろうとした。その無感動さは精神性の冒涜。もうおわりといって銃で自殺した。

* 14) 感想
広大な原野であったマンハッタン島から高層建築にいろどられたニューヨーク市への発展の歴史をかたる。そこに、第一次大戦への参戦、農村から都市への労働力の移動、禁酒法とギャング、株式市場のバブルと崩壊をおりまぜ、鋼鉄、蒸気、電気、エレベーター、高層建築の技術史を随所にはさむ。摩天楼にかざられた都市は巨大生命維持装置、地上に地中にあやしげな連中が住みつくところといいはなつ。そこに女優に恋し献身する怪人が登場し、謎の殺人事件が発生する。

作者の豊な建築への造詣が要をえた歴史観にささえられ壮大な迷宮をつくる。まことに素晴しい。文明論をかたってるうちに、推理小説ができあがるとは作者の才能におそれいるほかない。うらやましい。

* 15) テーマ
テーマは理想の女優に恋し献身した怪人がおかした犯罪の謎とき。怪人は肉親と縁遠い人物である。豊かな才能をもった建築家となりセントラル・パーク・タワーを設計する。第一回の出会いの時は輝く美貌の謎の青年として登場する。しかし第二回の出会いは大戦の負傷により体も心も深く傷ついた。仮面の下をけっしてみせられない人間となってた。

若い美貌の青年が演劇界でスターを夢みるジョディに求愛するのはわかるが、それが殺人であるというのは、通常でない。もともとの怪人の心性、あやしげな連中まですいよせる摩天楼群の魔力かもしれない。第二回目以降の殺人は戦いに傷ついた心と体のなせるものだろう。ジョディの死後の殺人、傷害は摩天楼の屋上につくられた王国、その孤独な生活がなせるものと思う。そこに日本人建築家の安藤忠雄氏のガラスのテラスが登場、それが事件を可能としたというのは、何だろう。作者の名人芸かもしれない。

* 16) 評価
** 1) 現実の可能性
本当におこりうることかということで気になる。次のとおり。
1) 屋上を管理者が保守点検するとの法規制があるのでないか。怪人の身代わりがいなくなってから50年ちかく、屋上の楽園が発見されずにすむだろうか。かりに法規制がなくとも10年や20年の長期の補修計画の中で屋上の点検が実施されるのでないか。

とはいえ、これは無粋なアラ探し、推理の楽しみをうばう難癖とお叱りをこうむるかもしれない。

** 2) 原理的な可能性
抗菌効果のためステンドガラスに銀膜をはる。そこに空気中の塩分が作用、塩化銀の膜ができる。これは写真のポジフィルム。だからそこに強烈な光があびせられると像が印画される。ジョディが暴漢により部屋にとじこめられ、そこにSWATが閃光弾をなげこみ逮捕する。その現場を窓の外からみてた怪人の像が印画されたというのが御手洗のいうところである。

とこれが閃光弾の光、ステンドガラスの膜、怪人という仕組みでは像が膜の上に印画されるだろうか。さらに臨終に際し、フラッシュがたかれた結果、その印画がうかびあがり、怪人の像となった。これもよくわからない。これについては、わたしの貧弱な知識では理解できなかった。これも無粋なアラ探しかもしれない。

* 17) 公平性
設計図はみたという建築家、ロイ・ウィザースプーン教授がエレベーターの蓄電装置、補助発電装置はないといい、蒸気機関の存在には言及しなかった。他方、作者は電気が普及したのは、1890年代、エレベーターは1853年の万博に発表以降すぐ実用されたといってる。セントラル・パーク・タワーの建立が1910年である。このことからエレベーターの補助動力としての蒸気機関の存在を推理せよとの意図らしい。わたしの力では無理だった。


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謎解き島田、水晶のピラミッド [島田荘司]

* はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

* 1) am1(america1)、ビッチ・ポイントで怪物の目撃
アメリカ、ニューオリンズのメキシコ湾に面するビッチ・ポイントという岬の海岸、夕方である。泳ぎにでた二人の恋人たちが怪物を目撃した。それは額から頭にかけ陥没した筋をもち、おおきな丸い目と耳まで裂けた口をもってた。

* 2) am2、エジプト島の石塔最上階で溺死体
1986年4月15日、ビッチ・ポイントという岬の先にある岩の島に建築物があった。その石塔の七階で男が死んでた。男は全米有数の財閥の一人といわれる人物だった。ニューオリンズ署のデクスター・ゴードン部長刑事とFBIのネルソン・マクファーレン捜査官が死体をみておどろいた。右手を前にだし左手を後ろにのこし、泳いでるようなうつぶせの姿勢だった。死因は溺死だった。部屋は内部から閂がかけられ、どうみても密室だった。本人は同日の午前10時、起床をうながす外部からの声に「頭痛がするのでもうすこし眠らせてくれ」とこたえた。当日は晴天だった。さらに前日の夜に額が陥没し丸い目と裂けた口をもつ怪物が目撃されてた。

* 3) au(autralia)、オーストラリアの沙漠で焼死体
1984年3月、オーストラリアのブリスベン、国道からはなれた沙漠に自動車が放置されてた。その中で男の焼死体が発見された。免許証からポール・アレクスンと確認された。

* ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。

水晶のピラミッド (講談社文庫)

水晶のピラミッド (講談社文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1994/12/07
  • メディア: 文庫



* 4) eg1(egypt1)、ナイル川の浮島の少女ミクル、衣裳箱の男の救出
ナイル川の上流にかれた葦でできたマーデュという浮島があった。ある日、そこにすんでる女の子がながれてきた綺麗な箱をひろった。その中に若い男がはいってた。ギザからやってきたという。

* 5) sh1(ship1)、タイタニックが大西洋航路に出発
小説家、ジャック・ウッドベルはロンドン大学で考古学が専門ののウォルター・ホワイトにタイタニックの船上で出あった。タイタニックは総排水量46,329トン、喫水線の長さ269メートル、最大幅が28メートル、煙突までの高さが53メートルと移動できる乗り物として世界最大をほこる。ここで二人は知りあった。ウォルターはエジプトを専門としてた。ジャックは推理作家だった。1912年4月14日、日曜日であった。

* 6) eg2、ミクルの看病、男の都市への帰還
ミクルは男を看病した。男はディッカと名のった。都市からきた。自分はだまされて箱詰めされりナイルにながされたといった。やがて都市にかえっていった。

* 7) sh2、氷山のおそれ、一等船室の乗客
** 1) 船長、氷山はこわくない、乗客、不吉な噂
エドワード・J・スミス船長は大西洋航海に自信をもってた。船はニューヨークにむけすすんでた。ジャックが一等喫茶室にいると、拍手にむかえられた、タイタニックの発案者のJ・ブルース・イスメイと設計者のモーガン・ロバートソンがはいってきた。ウォルターがタイタニックの沈没を予想したような小説「愚行」をもちだした。設計者が氷山と衝突しても沈没しないと力強く説明した。ウォルターが乗船前にあった女性占星術師の話しをした。タイタニックは不吉だといった。ジャが話す。

** 2) 奇妙な乗客が死体の標本をみせる
一等船室の乗客のロバート・アレクスンの話しである。彼は友人のダヴィッド・ミラーにさそわれて乗船したという。部屋に案内された。そこで細長いガラス容器にはいった奇形マウスの死骸を見せられた。さらに奇形の胎児、嬰児の死骸も見せられた。中には頭部が変形し陥没したのもあった。彼はこれらは未来人だといった。

* 8) eg3、ミクルの旅、プケ泊まり
二年がたった。不幸がありミクルは孤児となった。ディッカをたずねてギザまで船旅にでた。親切な老人のたすけでプケの港についた。

* 9) sh3、 ピラミッドは年代記、1912年は一つの時代のおわり
** 1) 小説家と考古学者が対話、ピラミッドの解説
ウォルターが自分の専門のピラミッドの話しをする。ギザの三つのピラミッドである。その目的は何か。墓。クフ王をのぞくカフラー王とメンカウラー王は墓だが、クフ王はちがくと自説をのべる。さらに長い間、ピラミッドの下部だけが存在し、上の部分はなかった。下部だけが利用さわれた。その目的はまったく不明である。他の文明にも同様の建築物を見つけることができる。では、具体的な違いは。

** 2) クフ王ピラミッドは特異
王の間と王妃の間がある。普通、墓は地下にある。そこにいたる通路は下降するが、この両者は上昇する通路でたどりつく。長く下半分だったという根拠は。王の間の床の石積みは三十五段目だがこの石の厚味、二十フィートあつい。ピラミッドとは何か対話する。

** 3) ピラミッドとは何か、刻まれた年代記
その名の意味。中心で燃える火。古代エジプト人はこれを何とよんだか。謎。ピラミッドを石の聖書という考えは。スコットランドのロバート・メンジースがいった。大回廊がキリストの時代、上昇通廊がモーゼの時代。他のピラマソロジストも聖書のなかの言葉を指摘。本当か。イザヤ書十九章十九節に「祭壇」と「記念碑」。エペソ人への手紙二章二十節に「キリストがかしら石」。このため、おおくの聖書研究家がギザを訪問。では石の聖書の内容は。年代記、2001年9月まで、つまり未来の予言も。

** 4) 年代記の内容、未来の予言が
内容は。さまざま、一インチを一年、あるいは一月も。入口から上昇通廊、大回廊、王の間となるが、おわりの意味は。年表のおわりか、歴史のおわり。ではこの本の説明では。アダムとイブからノアの洪水、云云。曲がり角は。大転換点。通廊に予言のマークが。然り。例えば。大回廊、王の間は花崗岩、霊的のもの。その他の石は人類、物質的なもの。教会とおなじ発想、上昇通廊はせまくるしく、大回廊はたかい天井。これは教会の礼拝場。もっと詳細な解釈も。下降通廊をおりてゆくとある地点に床に直角にひかれた直線、これが紀元前2141年3月21日正午。ほう、その意味は。不知。現時点より未来の予言は。1914年から1918年が大変化、1936年から1945年は激変。1979年から1991年、あるいは1995年から2025年、云云。しかしもっと気になること。何か。1912年が一つの時代がおわる。

* 10) eg4、ミクルと青年カマルの旅、ギザへ
プケで船頭の家にとまり、青年カマルの船でギザについた。上陸、王の家をたずねた。カマルとわかれ、ディッカと再会した。敷地を案内してもらってた時、月に照らされた石造物のジッグラトが見えた。

* 11) sh4、氷山の出現、エンジン停止
四月十四日昼、スミス船長は行く手に氷山の存在を警告する無線電報を受電したが何もしないで昼食にむかった。途中で出あったイスメイの提案で明日最大速度で航行することとした。午後気温が急速にさがった。夕方、米国の大富豪のジョージ・ワイドナー夫妻主催の晩餐会がひらかれた。ガン・メーカーとして成功しつつあるアレクスンも列席した。午後八時、ブリッジにもどった船長は氷山の状況をきいた後、自室にもどった。午後十時五十五分に最後の警告電報があった。サザンプトンで積みわすれたので監視台には双眼鏡がなかった。氷山を前方に発見した。すぐブリッジに連絡がはいり、船のエンジンは停止し、左に向きをかえた。

* 12) eg5、ミクルの楽しい日々、ディッカの出征
ミクルはディッカとたのしい日々をすごした。ジッグラトは空中庭園だとおしえてくれた。図書館で死者の書を見せてくれ、人は死ぬと、冥府の使いに生前の行いを判定される。その使いは額はせまく頭の真ん中がくぼんでいる。鼻が飛びだしてとがって、耳が動物のようについている。上半身が裸のおそろしい姿をしてた。それによい行いとみとめると永遠の命がさずけられるオシリスの国につれてゆかれるといった。ディッカは、何がよいのか、わるいのかわからないと苦悩をもらす。ミクルにいつまでも自分の側にいるよう約束させた。その夜、わかい女がやってきた。ミクルを口穢くののしり、ディッカは戦争にゆくといった。それはディッカの許婚だった。

* 13) sh5、文明論、文明の西進、沈没の予告
午後十一時、一等喫茶室でジャック、ウォルターとロンドン証券取引所所長のアンドリュー・オブライエンが会話する。毒舌家のアンドリューが、この船は数段重ねのケーキのようなもの、現在の英国社会を象徴する。上から上流階級、下に中流、下層となってる。さらに英国の現在の繁栄はピークである。文明は東から西に伝播する。次の繁栄は米国のようだという。米国の奴隷制をさし異論がでた。豪華な一等喫茶室で奴隷制を論じる雰囲気に、いささか水をさす声がでた。そこに外から四月なのに船に雪がつもったという声がきこえた。氷山に接触したらしい。船のエンジン音がきこなくなったことに気がついた。制服の乗務員がやってきていった。この船はあと一時間で沈没する。

* 14) eg6、敗走のディッカの帰還、ミクルの死
それから一年後、敗走したディッカがギザにもどり、ミクルの殺害をしった。

* 15) sh6、タイタニックの沈没
タイタニックは沈没した。
* 16) eg7、ディッカの処刑、文明の溺死
怒りにまかせ神官を殺害したディッカはとらえられ、ジッグラトで処刑された。崩壊する文明は必ず溺死するといった。

* 17) sh7、沈没と男性生還者
海水が侵入した船内でジャックが怪人をみた。ジャック、ウォルターが死にイスメイは生還した。

* 18) am3、エジプト島、盗掘者と怪物
** 1) エジプト島を説明する
ニューオリンズの南、ビッチ・ポイントの先端にエジプト島といわれる岩礁がある。その上に不思議な建築物がある。ピラミッドである。その上半分が鉄骨と強化ガラスで、下半分が石積みでできている。噂によれば近年持ち主がかわったらしい。それまで土埃におおわれたガラスがきれいにみがかれ、ガラスづくりが知られるようになった。ガラスの中には黒々とした岩山がおさまってた。そのかたわらに細い円柱形の石塔がたってた。屋上は見晴らし台らしい。塔の周囲には螺旋階段がまきついていた。これで屋上や各階にたどりつく。各階に入口は螺旋階段にあわせているので一定の方向にならずバラバラだった。屋上とピラミッドの中ほど、ガラスがはじまるあたりがブリッジでむすばれてた。島はこれらの建造物に占拠され空き地はほとんどない。島と岬は日本風の橋で連絡されてた。一時、ニューオリンズの人びとの関心がたかまったことがあった。それはここにファラオにおとらない財宝がかくされていると噂されたからである。

** 2) 盗掘者が暗躍、石塔、ピラミッド内部を調査
1984年当時、建造者が失踪し建物は閉鎖封印され、本島と岬をつなぐ橋も鎖と鉄条網で閉鎖された。この建造者で異端のエジプト学者は落成後二年で頭がおかしくなった。彼は前世紀末英国から移住し、拳銃や武器で富をきづいた大財閥、アレクスン家の何代目かの当主だった。ここに財閥の宝がかくされているというのである。1984年から1985年にかけ人びとがやってきた。ピラミッドの正面の鉄の扉がこじあけられた。中は飛行機の格納庫のようにガランとしてたが、隅々までしらべられた。石塔の扉もあけられ部屋が点検された。さらに屋上からピラミッドの中腹にわたる空中回廊から、ライオンの檻のように上から下に鉄棒をとおした扉をこじあけた。強化ガラスはハンマーでもわれなかったからである。ドアの内部には不思議な光景がひろがった。まるで月の表面のようだった。岩礁の岩をもってきてコンクリートにうめこんだものだった。空中回廊をすすみ中にはいると岩山への窪みとなる。前方の岩山を見あげるあたりでとまった。この小径の両側に二本の裂け目が岩山をかこんではしってた。そこから下を見ると一階の飛行場の格納庫のような空間の床が見えた。このガラスでかこまれたピラミッドは一階と二階だけでできてた。これらのどこにも宝物はみつからなかった。

** 3) ピラミッドの石積みをこわす、怪物が登場
1986年1月である。あるグループがピラミッドの北側の上、二十メートルの上の石積みをくずしていた。クフ王のピラミッドではこのあたりに正式の入口があった。彼らはカバーストーン、正面玄関の石積みを発見した。削岩機をもってすすんでいた男が、あった。空洞だといった。仲間もくわわり穴をひろげて中にはいった。そこは自然の洞窟ではなく人工の平面からなる通廊のようなものだった。男たちがすすんでゆくと前方に明かりが見えた。丸い目の怪物が立っていた。恐怖にかられて逃げだした三人は警察に報告した。警察によりしらべられた空間には、およそ生物がいたという痕跡はみつからなかったが、右側の壁にスペイン語の言葉がきざまれてた。

* 19) am4、アイーダ主演女優、ロケ地の到着
** 1) 持ち主がレオナに建築物を案内
案内の自動車に同車して女優、レオナ松崎が、かって大量の黒人奴隷をかかえていたマディンゴの屋敷にいった。レオナとエジプト島の持ち主であるリチャード・アレクスンが対話する。奴隷制の実態について話した。レオナきく。あのピラミッドは誰がつくったか。兄のポール・アレクスン。二年前に失踪。もう生きてないだろう。父の反対をきかず考古学の世界に、ピラミッドに狂った。あのピラミッドはクフ王と寸法的にはまったく同じ。目的は。不知。レオナの映画の話しとなる。

** 2) ミュージカル「アイーダ'87」の撮影を
内容は場所をアメリカ、現代版のアイーダ、タイトルを「アイーダ'87」。レオナはアメリカにダンス留学したヴェトコンの娘、米軍パイロットを恋人。恋人は撃墜、捕虜。どこでエジプトがでるのか。それはレオナのダンス発表会がちかづく。色々の妨害をのりこえて発表会。舞台はたちまち古代エジプトに変身。アイーダに登場する人物が現代のアメリカ人。リチャードが車外をみてがハリケーンがくるといった。公開は来春。自動車をもどし二人はビッチ・ポイントにむかった。

** 3) 神殿の偉容が圧倒、嵐の場面撮影を決行
島は白波がはげしくくだけてた。撮影は。明日、しかし天候次第。日本橋をわたり東側の大扉にたどりついた。中は不思議な光景だった。まるで広い室内体育場。砂地のあちこちが照明をうけ金色にかかやく。砂地のむこう正面には象牙色の神殿がある。神殿の両側には巨大の神像。その間には二つの円柱をもつ舞台。舞台の下には神殿内部への長方形の入口。広大な人工の砂地の四方をかこむピラミッドの内部の壁は自然の崖だった。それがだんだんとおおいかぶさるようなって天井となる。両側のせまりくる崖の中央、そのちょうど下あたりに上空から岩が垂れさがっていた。そのむこうに神殿の偉容がみえた。壁は褐色だった。扉がゆっくりしまると、外の喧騒がきえた。

岩肌のそばに鉄製のやぐら、その最上部に無数の照明が付設。リチャードが上空を見あげると、二本の円弧をかいた空隙がのぞいた。そこから二階の鉄製アングルとガラスがわずかにのぞいた。監督のエルビン・トフラーがリチャードに握手をもとめた。レオナと今夜の予定を相談し嵐の襲来をまって撮影を決行することとなった。

* 20) am5、嵐の中で撮影
** 1) 異端の研究者が建築、中南米にもピラミッドが
夕食の時、ピラミッドの話しがでた。メキシコ湾ぞいにメティタワカ、アステカ、マヤの文明があった。そこにはピラミッドがあった。アメリカにだけなかった。それは宗教的意味をもってるが王の墓ではなかった。リチャードは兄はクフ王のピラミッドもここと同じく島の上にたてたといった。レオナがメキシコシティで発見されたピラミッドも湖の平な島に建設されていたといった。リチャードが兄は異端の学者であった。自分もそう。アレクスン家も異端視され米国にやってきたといった。美術監督のエリック・ベルナールがきく。このピラミッドはいつ。1980年。目的は。何かの実験、クフ王のピラミッドの正確な複製。エリックがエジプトのアブ・シンベル神殿をまねてつくった神殿を見て、そこでは太陽の光線を真正面にうけられるような仕組みをもってた。

** 2) アスワンの神殿の秘密、クフ王の秘密は
アスワンダム建設のため移設されたが、かっては岩山にむかって立ってた。朝日がのぼる時、その影が神殿正面にかかる。じょじょにその影がきえて太陽光線が正面をてらす。さらに太陽光線は角度をかえ入口にはいり、その奧にまで侵入してゆく。ある時刻になると奧に鎮座するラムセス二世の神像をてらす。こんな仕組みが用意してた。ではクフ王は。不明。

** 3) 撮影を決行、レオナが怪物を目撃
監督がいった。気象台の予報によれば、あと一時間ほどでハリケーンが上陸。撮影の最適状況となる。午後九時半レオナが暴風雨と高波があばれまわる岩盤の上にたってた。ずぶぬれでキューをまつレオナの後方五メートルのところに怪物がたってた。右手をさしだしレオナにちかずいた。何やらつぶやいた。きづいたレオナは悲鳴をあげ、失神した。怪訝そうな顔がのぞきこんでいた。内部の砂地の上だった。怪物の話しは誰にも信じてもらえなかった。撮影を再開した。怪物はもうあらわれなかった。

* 21) am6、石塔の暮し、撮影二日目
** 1) 翌朝の撮影隊
1986年8月15日午前10時、ピラミッドの内部である。二階の裂け目から外光が一階の砂地にさしこんでた。エリックが起床、扉から外にでた。昨夜の大荒れが嘘のような晴天だった。

** 2) 異端学者の石塔生活は、石塔の構造は
南下してピラミッドの角から石塔をみた。ポールはどんな生活をしてたのか。ピラミッドにも石塔にも電気がこない。石油ランプをつかってたらしい。最上階が寝室、トイレは一階だけ。三階に書庫がある。読書はおそらく自然光。トイレのほか一階には、そばに倉庫、そこの発電機は放置され、そばのポリタンクには灯油が。トイレは島全体でもここだけ。隣りは洗面所、頭上には雨水をためるタンク。これで用をたす。タンクの上には外にむけ半円形にひらく漏斗。シャワールームも、しかしバスタブはない。二階にちょっとした厨房。飲料水のボトル、ビールの缶。煮炊き用の設備、流し、その上に雨水利用のタンク。流しの前の小窓のそばに粗末なダイニングテーブルと椅子一脚。流しの脇につかわれなかった小型電気冷蔵庫。ロケ隊の食事には外から設備をもちこんだ。食料品店は自動車で三十分以上の距離。どのように食料品を調達してたのか。缶詰、レトルト食品をたべつづけた。事実、空き缶が周囲に散乱。

** 3) 前夜泊まりの持ち主の様子は
エリックはもどってピラミッドの石段に腰かけた。今日の予定はレオナをまじえ百人のダンサーが舞台上で群舞する場面の撮影。また石塔をみあげた。リチャードが七階でねてるはず。それはこの島でもっとも居住にふさわしい場所だから。内部の天井、壁、床は黒の花崗岩をつかった意匠がほどこされてた。表面は研磨処理、ワックスがけ。鏡のような光沢。クフ王の王の間もみがかれた花崗岩。部屋の中には鉄製のシングルベッドがただ一つ。黒光りする壁の南に天地が一メートル、幅四十センチの窓。そこをはめごろしのガラス。なかには鉄の網。これではメキシコ湾にしずむ夕陽をたのしむことができない。そのためには螺旋階段をのぼって屋上にゆく。そこでは三百六十度の眺望。部屋には衣装ダンスのような家具がない。六階が着替え室。ふるびた大型の衣装ダンス、きたない木箱。そのなかにシャツ、ジーンズ。ここで寝たリチャードは、ここで絹のハジャマにきがえ、靴をそのままはいていった。シートとクッションもここから持ちだし。四階と五階は空き室。そこに昨夜はボディガードが一人と二人が宿泊。リチャードにちかづく不審者の話しである。

** 4) 警備のボディガードの様子は
四階、五階の螺旋階段からくる方法とピラミッドの方から空中回廊をとおてくる方法。後者の方法であるが、また二つある。ピラミッドの内部からだが、これは人工の崖をたどり中央の岩山、そこにつけられた窪地の道にいたる。そこをくだってピラミッドにつけられたライオンの檻のような鉄の扉をあけて空中回廊にいたる方法。人工の崖にのぼるのはほぼ不可能、上にゆくほど手前にせりだし、ついに天井。鉄の扉は施錠され、リチャードだけが鍵。もう一つ、外側の石積みからたどりつく方法、空中回廊はガラスでおおわれた部分の中。昨夜のような大雨、危険すぎ。不可能。三人が四階、五階でガードすると判断したのは納得できる。ピラミッドの方からブランチのしらせがあったのでエリックはもどろうとして石塔でボディガードが七階の雇い主とはなしてるのを見た。ブランチの話しである。

** 5) ブランチ時で監督が第二日目の撮影を説明
監督がレオナ、ブライアン・ホイットニー、エリックなどを前に昨夜の成功をいわい、今日の撮影にむけ檄をとばした。ボディガードがそこにくわわった。リチャードは頭痛でまだ寝かせてくれとのこと、食事に参加しなかった。そこに第二カメラマンのスティーヴ・ミラーほかがくわわった。

* 22) am7、撮影準備とボディガードの高まる不審
午後、ボディガードたちは石塔が視界にはいる石積みの石に。レオナとエリックが役作りで話合い。そこでレオナがアレクスン家は外部にしられたくない秘密をかかえてるといった。午後四時、踊り子たち百人が到着。四分の三が女性。しばらくしたら舞台上でレッスン。リッキー・スポールディングがエリックにハンマーやバーがないかきいてきた。リチャードの異変を感じたらしい。それが五時。エリックもはいり部屋に呼びかけ。応答がない。夕食となった。

騒音の中でエリックが監督に話し。監督は、まず口外無用、警察にもしらせず、エリックとボディガードでやれといった。監督は今夜の撮影がおわるまでピラミッドの扉をあけさせるなと命令した。

* 23) am8、閉ざされた部屋、死者の発見
** 1) 切断機をはこびこむ
エリックとリッキー・スポールディングは徒歩で国道、車にのり、電話ボックスをみつけ工場に連絡。切断機と二本のガスボンベをかりた。午後十一時すぎ島にもどった。ガラスにおおわれたピラミッドが幻想的姿。石塔についた。屋上に小型発電機、照明ランプ。エリックが空中回廊の入口にたって考える。

** 2) 空中回廊、扉をしらべ中をのぞこうとした
左右、床は鉄板。幅は一メートル四十センチ。ピラミッドにむかいのぼってる。奧は鉄格子の扉にいたるが、その途中は有刺鉄線がぐるぐるまき。ここをくぐりぬけるのは容易ではない。匍匐前進で扉にたどりついても、有刺鉄線が邪魔して手がノブまでのばせない。外開きだから。これも有刺鉄線が邪魔する。石塔の空中回廊のはじまりである。これはは屋上の床面より三十センチひくい。この段差に小窓。有刺鉄線に邪魔されながら懐中電灯を照射。幅二十センチ、天地一メートル。そこに直径五ミリの頑丈な鉄棒が縦横にある金網。これは内側二十センチのところ。外からみえる壁面開口部全面には、それをおおう薄い金属製の引き戸がつけられてた。これが現在、両方に開放。中はほとんど見えなかった。エリックが無理してのぞきこむと、さらに内側に薄布がはってある。しかしなおものぞいてるとベッドがみえた。そこには人影はなかった。これが限界だった。切断機で焼ききるほかない。

** 3) 切断機で扉をあける
エリックがボディガードに金属製の引き戸がずうとひらかれてたことを確認。部屋の扉である。内開き。扉の縁はラバーのストッパーで密閉となる。鍵穴がない。扉の中央よりややノブよりにUの字の底の形の突起があった。これを左いっぱいに移動させると中にある閂がささる仕組みである。このほかに内側からしか操作できない天井の穴にさす閂。現在はUの字の突起は右。これは朝十時にリチャードをおこす時にやったこと。バーナーに点火し切断を。切断の円弧がつながり円になりそうなまですすんだ時、エリックが部下に下にいって撮影の状況を確認といった。あと二時間かかるといった。円弧は円となって穴があいた。照明にリチャードのうつぶせの姿がうかびあがった。むっとするような湿気。床の上で右手を前、左手を後ろにして死んでた。

* 24) am9、通報、警察の到着
** 1) 警察に通報、現場を目視確認
エリックが部下をニューオリンズ署にやった。監督の携帯がこわれていた。だから徒歩でしか連絡できなかったそうだ。現場保存を第一にして丁寧に観察した。ミステリーファンであるので密室のトリックはよくしってる。人が潜伏してないか扉の陰を確認。犯人がひそんでいそうな場所も確認。無し。被害者の皮膚、頬をさわった。右手首をもちあげた。硬直してた。指先に黒いよごれ。被害者の体にも同様によごれ。報告のため部下を撮影現場にやった。ボディガードに不審な動きがないか注意した。死体を再度観察。被害者が両目をおおきく開いてた。毛髪がみだれ皮膚にひっついてた。ハジャマも体にひっついてた。左のポケットに何か。ピラミッドの側の鉄柵についた扉の鍵と確信。エリックがボディガードが殺害したと想定する。

** 2) ボディガードの殺害可能性を考える
殺害して扉をとじて室外にでる。そこから縦の閂をさす。どうする。糸やワイヤーをのこさないで、できるか。否。発見があった。ドアの右横1.5メートルに天地十センチ、幅二十センチの小窓が床につくほどの低い位置。これは空中回廊のとっつき、天井ちかくのところの小窓と同様の構造。すなわち、ふとい針金をあんだ金網が壁にはめこまれ、部屋の側に薄布。金網の取り付けも内側からネジでおこない、段差をつけてあった。これで工作は不可能。空中回廊が石塔にとどく部分は石塔廊下の床面よりひくい。この段差部分にある小窓も苦労してしらべた。同じ構造だった。石油ランプに頭をぶつけた。

** 3) 室内をさらに確認、警察が到着
ランプは天井の中心からぶらさげる。簡単にとりはずせるようになってた。懐中電灯もなかった。二つの小窓は臭いをぬくためのものと推理。冬季は寒い。蓋をつけるのか。しらべた。上述の鉄製の引き戸とおなじものがあった。どちらもひらかれたまま。リチャードにきいた。石油ランプは誰が。自分。就寝前に葉巻をすわない。室内に灰皿がない。室内の窓にカーテンがない。窓から室外をのぞいて、謎解きをやめた。外にでて扉をしめた。一時間半後、警官がやってきた。

** 4) 警察が現場検証、尋問、検屍、死因は溺死
ゴードンニューオリンズ署部長刑事にFBIのマクファーレン捜査官が同行。現場にいた関係者を確認し、検屍官が室内に。石油ランプをつけようとして、中に水がたまってたのであきらめた。検屍官とマクファーレンが中にのこり検屍。外でも尋問。午前十時から監視してた。七階にちかづいた人物もそこからおりてきた人物も。いない。ピラミッドの扉で声があがった。ゴードンがきく。入口は。あの大扉と空中回廊からゆく扉だけ。これには施錠。午前十時の確認は。ドアごしの声で。ドアの穴は。切断機。それ以外に方法はなかったから。部屋の窓は三つ、進入は無理。検屍がおわり死体がはこびだされた。推定死亡時刻はおよそ丸一日経過。午前十時に生存の可能性は。ある、だったらその直後に死亡か。大扉から人声がひびいた。午前二時。ボディガードにきく。リチャードの意向確認のあと三人で食事。三十分。その三十が犯行時刻だ。否、撮影隊の誰かがみてる。螺旋階段のとっつきにいた撮影隊の二人が証言、その間誰もおりてこなかった。その後は。不審なことは無し。その後、扉をこじあけるバーがないか撮影隊にきいた。午後六時。検屍官がさりぎわに、死体には炭の粒子が付着、部屋にもみとめられる。厳重な現場保存を。それから海水による溺死の可能性がたかいといった。鼻口に微量の塩がふいていた。

* 25) am10、死因、犯行方法、ピラミッド内部の調査
** 1) 溺死の犯行方法は、レオナの目撃情報は、不可解さばかり
ピラミッドで取り調べが。エリックがボディガードをふくめた現場の人びとの可能性をおいて、犯人を考えた。最上階からつれだされ、海水につけて溺死させられた。まったく不可解。さらにボディガードは螺旋階段に糸をはって不審人物をチェックしてたという。警察は不可解さに苦悩した。

レオナの十四日夜に怪物を目撃したという証言がさらに不可解さをました。リチャードはこの部屋にはじめてとまったようだ。建物の来歴から兄のポールの存在、人柄をしった。弟にグレアム・アレクスン。父のウィリアム・アレクスンは1979年に死去、その妻のメアリーは存命だが、精神に異常をきたしたという噂。リチャードが実権をにぎってた。広大な敷地があるが、リチャードが市内にホテルずまい。噂では精神に異常があるものが幽閉されてるという。

** 2) ピラミッド二階を調査、ここからの侵入は不可能、検屍結果で午前十時には死亡してた
八月十六日、エリックと監督がゴードンとマクファーレンをピラミッド二階のフロアの岩場の上に案内した。そこには一階の崖にたてられた足場から縄梯子をかけてのぼった。そこには直接岩場の頂上に縄梯子をかけられるような場所がなかったからである。さらに頂上のふもとの周囲にぐるりと縄をまわして固定した。四人は亀裂の隙間をぬけ岩原にでた。さらに傾斜したガラスの側面までいった。鉄柵の扉にはU字形の溝までとびおりてたどりついた。マクファーレンがノブをまわし、鍵穴をたしかめた。横方向にバーがのび、周囲の枠にはいってるのがわかった。鍵なしであけるのは不可能。石塔の屋上はかなり下にみえた。鉄柵から指をだしても、むこうにある有刺鉄線をつかむほど出ない。すぐ手がつかえた。合鍵は存在しなかった。一階におりた二人に検屍報告がきた。死体は死後三十時間を経過したものだといった。

* 26) am11、進展なし、中止命令の強行
警察の要請でハリウッドのスタジオでミーティング。これまでの経過である。この事件では定石どおりの捜査がむづかしかった。動機は監督、エリック、レオナをのぞく撮影隊にあるはずもなく、捜査がおこなわれたが成果がなかった。三人についても薄弱だった。アリバイの十五日十時から夜まで、あるいは十四日からも単独行動ができない状況であるから、不審者はみつからなかった。八月二十一日の捜査会議の報告である。ポールが1984年3月、オーストラリアで死亡、死因は自殺と報告された。これで犯人の可能性がきえた。

レオナに怪人についてきいた。リチャード犯人の可能性をうたがってのこと。それでアレクスン家をたずねて確認した。リチャードは幼少期熱病をわずらい精神に障害あるとみなされること、秘書に自分の身に不可解なことがあるかもしれない。その時は全米一の名探偵をよんでくれと伝言したことをいったと暴露。マクファーレンが異常の目撃にこだわるレオナの精神鑑定の可能性に言及した。これで雰囲気がわるくなった。さらに議論がつづいて、ついにマクファーレンがアイーダ'87の撮影の一時中止を命じると宣言した。

* 27) am12、スタッフの失踪、御手洗への依頼
監督からスティーヴが失踪したとレオナに電話。第二カメラ担当でこの撮影に参加。自殺をほのめかしてたよう。中止ざるを得ない。私立探偵に依頼したという。リチャードとポールがかよった小中高校、留学した大学を確認、ティモシー・ディレイニーという主治医の名前、リチャードは独身だがポールは結婚歴があり、妻はアン、アレクスン・カンパニーの研究所にいた。何らかの原因で発狂、死亡。これだかの情報をえた。このままでは自分は破産しそうだ。レオナが何日余裕があるかきいた。五日。成功にレオナは十万ドルの報酬を約束させた。

* 28) jp1(japan1) レオナの懇願、まずエジプトへ
この年の八月に御手洗はつきあいの長かった老犬の死にたちあった。つよいショックをうけ鬱状態となった。二十五日、レオナが馬車道にやってきた。事件をはなし窮状をうったえた。無反応。石岡が口ぞえをした。無駄。贈り物のオルゴールをみせた。無。石岡が御手洗をなじった。部屋にはいった。レオナがでてきた御手洗に懇願。航空券二枚を予約するよういった。カイロまわりでアメリカにゆくといった。レオナにビッチ・ポイントにスキューバダイビングのギアを三点用意すること、ポールがビッチ・ポイントのピラミッドをつくらせた業者の氏名、スティーヴの前身、家系を調査すること、それをギザのホテル、メナハウス・オぺロイに電話連絡するようにいった。レオナがカイロにいく理由をきいた。カイロは東経百五十度、ビッチ・ポイントは西経九十度、ブリスベンは東経三十度、ちょうど地球を中心軸のまわりに縦に三等分したところにあるといった。石岡は部屋にもどって世界地図と飛行機便のタイムテーブルをみてたと思った。

* 29) ai(airplane) ピラミッドの講義
** 1) 石岡が御手洗に講義、クフ王は特異、さらに諸説
機中で石岡が御手洗に話す。八十あるピラミッドは墓としてつくられた。これが通説。だが無難な説。クフ王のピラミッドには墓として疑問がおおい。王の間の石棺。無蓋か。石棺は建造途中、屋根を付設する前に設置。石棺の大きさが不十分。王墓以外の説は。北側に正式の入口、ここから地下の間には二十六度で下降通廊がつながる。地下の間から正式の入口をみると北極星がある。ここから天文台説。あるいはヨセフの食糧倉庫説。ユダヤの祖であるヨセフがエジプトの大臣に招へい、飢饉にそなえるため民を指揮してつくった。あるいは洪水用の食糧倉庫説。春分、秋分に下降通廊に日射がとどく、暦説。ピラミッドの中に神の予言がきざまれてるという説。御手洗がきく。

** 2) ビッチ・ポイントについてきく
ビッチ・ポイントのピラミッドにこのような通廊があるか。無。では何の目的か。専門の研究者が莫大な費用をつぎこんでやるもの。本物のピラミッドなら破壊しかねない実験。通廊を必要としない実験。日時計なら実物で用がたりる。外形だけが必要な実験とは。答、無。両者の相違点は。上半分がガラス張り、大きな空間、石塔、島、海。結論、無。石岡にさらに説明をもとめる。

** 3) さらに石岡が種々の説を講義
人類生存のためのタイムカプセル、エジプト独自の密教の施設、宇宙の法則を地球人にしらせるモニュメント、クフ王のピラミッドにしぼると、かなりの説得力がある。ピラミッドの高さの十の九乗倍は太陽までの距離、下底部の四辺の総計をピラミッドの高さの二倍の数値でわるとπとなる。ギリシャ人が発見したといわれてるπ。これより二千五百年も早い。ピラミッドが地球という惑星を表現したもの。

比重が5.7、これは地球の比重にほぼ一致。ピラミッドの重量を一千兆倍すると地球の重量にほぼ一致。地球の平均海抜、これは最近計算可能となったものだが、139.9メートルがピラミッドの高さにほぼ一致。地球上の平均気温が二十度、王の間の平均気温と一致。ピラミッドは聖キュピトという単位がつかわれた。これは地球半径の一千万分の一。これはごく最近の地球物理学が正確な地球の半径を測定したことからわかったこと。これからピラミッド・インチ(pインチ)という単位をつくる。これで測定するとピラミッド四辺の合計が36524.23 pインチとなる。またピラミッド頂点から垂線をおろす。その距離が3652.423 pインチ、床で水平にピラミッドを切断すると正方形ができる。正方形の中心から辺への距離が、3652.423 pインチ。太陽のまわりを公転する平均日数が、365.242日。つまりこの共通する数字の並びが意味するのは、五千年も前に地球運行の法則をしってたということ。まだある。

ギザはアラビア語で境界。ギザは東経三十度、北緯三十度に位置する。地球を平面地図に展開する時、東経三十度を中央にする。すなわち西経百五十度でひらいて地図の両端にする。ここでギザを交点とし十字をかく。こうして四分された部分の右の上半分と左の下半分を対照する。右上半分の総陸地面積と左下半分の総陸地面積はほほ一致する。このような重要地点にピラミッドが所在する。重要性がさけばれる由縁だ。余談になるが近年のピラミッドパワー、巨大な建築物としての意義もあるが、求められてないので、終了。御手洗の感想をきく。

** 4) 種々の説に御手洗が反論
ピラミッドの謎でなくビッチ・ポイントの謎に関心がある。謎の講義からポールがさがした謎の手がかりをさがしてた。石岡が御手洗にこのような謎について考えをきかせろという。常識主義者の肩をもつつもりはないが、チェックしておくべきことがある。石岡がついてゆけない。ピラミッドそのものの秘密というより、おおくの研究者がみつけだした成果というべき。注目があるまらないが、その陰にもっとおおくの成果にならなかった失敗があった。不審。太陽までの距離云云という。それは水星、火星で失敗した結果かも。その失敗例とあわせてみたいもの。では地球表面の平均海抜は。ほぼ一致するとか一致するという言葉がつづく。倍にしたらとか十乗したらとか。恣意的。さらにキャップストーンがのかってたが、現在はない。その高さが採用されてない。現状の姿が建築当時と同じでない。石の風化、ズレもある。建造者の意図を確認できぬまま、恣意的に結論をもとめてる。πの問題は。測定はコロコロこれがす測量車をつかってたろう。精度がどれほど問題にしたか疑問だ。かりに何回転したかで距離をだす。するちこれはπの倍数だ。この数値を上手にみつけて、わればπがでてもおかしくない。比重は。岩の成分は地球上でありふれた物質、ちかくなって不思議ない。四分割地図での陸地総面積は。面白いかも、しかし厳密に測定した結果はどうか。こんなアイデアは嫌いでないが。石岡がむきになってきく。

** 5) 石岡も反論、ではπは何故、でも尻すぼみ
「3652423」は。垂線を共通にする二つの直角二等辺三角形の長さにこれがあらわれるといいたいようだ。神秘的にみえるが、この角度は51度51分で45度でない。これは上がかけた二つの台形で、かけた部分にキャップストーンがあったはず。建造者の意図とは思えない数値に意義をみいだすのは、無理では。エジプトでは一年は360日としてた。余分は無視する習慣があったらしい。ピラミッドを偉大とみとめ、何とかしてそれをあきらかにしたいと苦闘した。その労を多とし面白いとも思うが、もうすこし冷静にみたいといった。

* 30) eg8、エジプトへの到着
八月二十七日夕方、ペリオポリス空港に到着、クフ王のピラミッドを見て、メナハウス・オぺロイホテルに到着した。。

* 31) eg9、ギザのピラミッドとスフィンクス
** 1) レオナも到着、三人でピラミッドへ
朝、ロビーで御手洗と待ちあわせた。そこにレオナから電話があった。御手洗と会話する。スティーヴは依然失踪中、家系にかんする資料を入手、建築業者はメキシコ人、資料を入手。設計者は。ポール。撮影隊スタッフの氏名、経歴は。入手。御手洗が資料をファックスで依頼したら、レオナがホテル内にやってきた。資料群をわたした。朝食をホテルですませ、車でピラミッドにむかった。アル・マムーンの盗掘孔から大回廊にいった。そこで王妃の間にゆき、大回廊にもどり王の間にいった。御手洗がこの下にまだ部屋があるといった。さらに地下室にいった後にアル・マムーンの盗掘孔から外にでた。スフィンクススをみた。

** 2) 三人でスフィンクスに
石岡がその謎をかたる。ピラミッドの四辺が東西南北にそって建造されれる。参道は東西にはしる。ところがスフィンクスへの参道は南にずれてる。研究者を苦しめる問題だ。御手洗に見解をきく。断言できる段階にないが、これら建造物が同時期につくられたと前提してないか。都市計画はそれほど計画的でない。面白そうな話しをする。三つのピラミッドがあり、墓所時代となった時、参道をつけようとなった。すると第二のピラミッドのそばに大岩があった。それを利用しようとなった。大岩をライオンに見たてるのはアフリカではよくあること、これをスフィンクスにしてやや南にずれた参道をつくった。どうかね。スフィンクスはこんな人びとの営みをだまって見てた、というわけ。

* 32) eg10、カイロ博物館、アヌビスとの再会
カイロ博物館にいった。数々の陳列物があった。死者の書をみた。そこに狼の頭部をもち半人半獣の怪物がえがかれてた。レオナが悲鳴をあげ、アメリカのピラミッド島で見たのがこれだといった。御手洗がアヌビスだといった。

* 33) eg11、夜のナイル・クルーズ
夜、ナイル・クルーズに乗船した。上流にのぼってUターンするあたりまできた。レオナがナイルは、かってギザのあたりにあった。当時、ギザは文明の中心だった。ナイルがさった現在、かっての繁栄はもどらない。御手洗が文明は東から西にうつる。それにさからうことは誰にもできない。レオナがリチャードはエジプトの文明、ピラミッドを馬鹿にしてた。アヌビスがそれに復讐したといった。

* 34) am13、御手洗、事件現場の訪問
** 1) 五人が現場訪問
八月二十九日、三人はビッチ・ポイントで自動車から下車、ボディガード二人と合流、荷物をもって徒歩でピラミッドにむかった。下半分が石積み、上半分がガラスの姿がみえた。御手洗が水晶のピラミッドだといった。日本橋をわたりピラミッドの北面の東端でピラミッドとむかいあった。東側にでて南下すると木製の扉がある。これはクフ王のピラミッドにはない。さらに南下し南側にでると石塔と空中回廊がみえる。死体の現場をみる。

** 2) 部屋を調査、細かな指摘
二階のキッチンに荷物をおいてのぼる。御手洗が六階の衣装ダンスをのぞいて、たいしてないといった。七階の部屋にはいる。八月十五日午前十時まで生存が確認されているとの発言に微妙な反応をしめした。扉である。この閂の外部に露出した取っ手には針でひっかいたような傷がある。踊り場の金属手すりにも同様の傷がある。外にむかってあいた小窓が三つ、空中回廊のとっつきと、床ちかく、さらに二十インチ四方の小窓、これはガラスがはまってる。これを子細に観察してたが、鳥人間があるいた跡があると謎の言葉。ベッドのシートに鼻をちかづけ観察。ベッドのシートや毛布ははしめってたか。不明。石油ランプの水分の分析は。不明。レオナが傍若無人の態度に耐えかね説明を懇願した。ベッドはしめってた。水分は塩水だ。しかも海水だろうといった。

* 35) am14、ピラミッド内部、盗掘跡の調査、スキューバダイビング、地下の隠れ家
** 1) ピラミッド二階は閉鎖、一階は可能。盗掘の跡も
五人は屋上にたった。空中回廊をみたがピラミッド側の扉は施錠されてはいれなかった。レオナがいう。入口の大扉はあいてるから、一階の砂地にはいれる。二階はあの扉のむこう。岩場がひろがる。御手洗がなんとかしてはいるという。また北側の正規の入口への案内をたのむ。石塔をおりピラミッドを半周し石積みの上方までのぼる。くだけた石があった。今年一月に盗掘があった。その痕跡という。中にはいるとすく行き止まりとなった。正面に縦一・五メートル、横一メートルの楕円形の穴があいてた。その先はくらい空間だった。盗掘者がここまでくずすとこの穴から松明をもった怪人が出現、逃げだしたという。御手洗が穴の中にはいった。中の様子はクフ王のピラミッドの上昇通廊とにてた。十メートルほどくだると頑丈な石積みの壁が出現。壁をしらべ横にあった文字をみてたが、やがてもどって外にでた。正面入口の大木戸である。

** 2) 一階を調査
室内野球場のなかに砂地がひろがってるようだった。むこうに神殿があった。天井の岩の亀裂から外光がもれて砂地をてらしてた。たかくひろがった岩の天井がおおいかぶさってきた。中央の一部のみがたれさがってた。床の中央にたつと壁からせりあがって天井となってるこの大岩の東側と西側に平行して狭い裂け目がはしってる。御手洗は石段をのぼって舞台にたった。またおりた。レオナが二階にのぼる道がみつからなかったとなじるが、気にしない。石塔にもどる。

** 3) スキューバダイビングを開始、水中に神殿、地下の隠れ家を
スキューバダイビングの用具を身につけた。岩場は危険というので日本橋をわたり遠浅の潮溜まりに遠征した。潜水をはじめた。御手洗が先導する。前方に巨大な神殿がみえた。ピラミッド内部にあったのと同様の雄大さ。二つの巨大な神像の中央にむかった。神像の高さは十メートル。入口は両神像の中央、足もと高さ三メートル、幅二メートル。御手洗とレオナが水中ランプをてらして中にはいった。石岡もつづく。廊下があり部屋があった。その中を探索してすすんだ。やがて自然の岩窟となった。最初にきた部屋にもどった。天井の隅に蓋をみつけた。それをあけて、中にはいった。排水孔のようなせまい孔をすすんだ。前方に光がみえた。御手洗がその水面から上にのぼり、レオナがつづき、石岡ものぼった。御手洗が声をたてるなと警告した。そこはあまり広くない岩窟の中だった。右手に入口があった。その部屋は扇の先にある円弧の形をしたものだった。左の岩壁から光がもれ、右の壁にはカイロ博物館の展示物のような怪物像がたってた。その先に生物学実験室にあるような背のたかい円筒形のガラス瓶に奇形の嬰児の標本がはいってた。レオナが驚き息をのみこんだ。御手洗がレオナがみたアヌビスだといった。レオナを見うしなった。悲鳴がきこえた。スキューバの時つかった水中ランプをてらして、右の壁にあいてた洞穴をすすんだ。

** 4) レオナと怪人の遭遇、解放
ちいさい体育館のような広間にでた。見あげると鉄パイプをくんだ橋がわたされてた。その中央にレオナ、それを羽交い締めする怪物がいた。レオナをおちつかせながら御手洗がちかづいた。何やらさけんだ。と、怪物がレオナをはなした。御手洗と怪物は何やら話しあってるようだった。レオナは無事に解放された。御手洗の指示にしたがい、やってきた水面の場所に二人でもどりスキューバを装着して待った。御手洗がもどった。出発だ。

** 5) 上昇通廊、大回廊、王の間を発見
ところが元にもどらなかった右にゆくべきところを左にすすんんだ。前方に壁がみえた。そこを直角、上方にのぼった。水面から空中にでた。まっていた御手洗にきいた。ここは。いわばエジプトのギザ。黒い岩の下部にあいたちいさな穴にはいっていった。油臭い。ぬかるみのような黒い泥があった。ひたすらのぼった。どこかで同じようなことをしたと感じた。前方の壁があった。これまでの穴の壁の天地左右が黒だったが、ここは灰色だった。角をまがりまたのぼりだした。この黒は炭と気がついた。この通路内で木材をもやし水をかけて、けしたあとだ。高い天井の大広間にでた。左右の壁がせりだし、天井となってつながる。レオナがこれは大回廊だといった。その前のは、おなじく上昇通廊だと気がついた。御手洗がギザにようことといった。壁はガラスだった。御手洗が王妃の間も木材の燃えかすで大変だ。歩けないだろう。難渋苦行がつづいた。王の間にはいった。燃えた木材でびっしりうまってた。石岡が説明をもとめた。焚き火のあと。誰が。不答。真っ黒の鉄棒をひろい。それで壁のはじをつついて。それをテコ にして鉄製の金網をほじくりだした。それをすてた。もう一本鉄棒もみつけ、それで御手洗が指示するあたりを力まかせにおした。壁のその部分がうごいた。さらにおすと人間の肩幅ほどの穴があいた。

** 6) ついに二階への抜け道を発見
外光がまばゆかった。せまいトンネルをぬけて、ひろがる岩原をみた。丁度目の高さにひろがっていた。レオナが二階といった。御手洗は窪地にたって三人がでてきた岩山のふもとの穴を点検してた。眼下に亀裂の隙間があり、一階の沙漠がのぞいた。御手洗は期限の明後日に説明する。その前にエリックにあいたいとレオナに連絡をたのんだ。石塔への扉があかないので、いそいでスキューバを装着してボディガードのもとにもだった。

* 36) am15、ハリウッドでの謎解き、撮影再開
** 1) 御手洗が関係者の前で大演説
八月三十一日午後二時、 パラマウント映画会社Gスタジオである。大型テーブルの上にエジプト島ピラミッドの建築模型があった。ピラミッド、石塔のほかに水まではってあった。一同を前に御手洗、石岡が紹介された。自信満々に演説をはじめた。歴史における文明の興廃ののちにその精華がここハリウッドに花ひらいたと演説した。御手洗の感想を、石岡が代理する。親友の愛犬がしんだので今回の事件はむづかしかった。同情の声に御手洗が詩人のようにその悲しみをうたいあげたのでレオナがとめた。今回の奇怪千万の事件も部外者に、そううつるだろうが、当事者にとってはただ悲しみがあるだけといって演説をおえた。監督とそのアシスタント、美術監督のエリック・ベルナールとそのアシスタント、ニューオリンズ署のゴードン部長刑事、FBIのマクファーレン捜査官、三人のボディガードを事件当日に居あわせて人物として紹介。いないのはリチャード・アレクスンとスティーヴ・ミラーといった。御手洗の謎解きがはじまった。

** 2) 謎解きがはじまる
オーストラリアの沙漠で焼死した異端のエジプト学者がたてた風変わりな建物の中で米国の政財界の異端児、リチャードがしんだ。場所は石塔の七階、死因は溺死だった。不可解である。さらに前夜にレオナが怪人物を目撃してる。それはエジプトの死者の書にある冥府のつかいアヌビスそっくりだった。この実在が疑わてていたが、ほぼ実在するとわかった現在、この事件は単純な殺人事件でない。現在頂点をきわめている文明が、かって繁栄をきわめた文明によって復讐されてるといった。怪人物がかかわってたのか。否、象徴的な意味で、然り。では彼は誰。

** 3) 怪人の正体はロジャー
ロジャー・アレクスン、ポールの息子、母はアン、アレクスン兵器開発研究所の化学者、死亡。ロジャーの奇形と関係があるか。然り、枯葉剤の影響。森を隠れ家として、たたかうヴェトコンに勝利するため、アレクスン兵器開発研究所に依頼したもの。それはダイオキシンだった。これはDNAが複製される過程に影響し畸型児の発生率を高める。ベトナムの畸型児もそうだが米国においてもある。ロジャーもその一人。奇妙な建築物がつくられた理由の一つが隠れ家を提供するというもの。父親が息子を生涯面倒みようと思った。彼は地上より海中のくらしがむいていた。知能は常人以上、悪人でない。女性を間近にみたことがない。レオナをみて感動したという。凶悪なことはしない。筋力もよわい。その生涯はながくない。スペイン語をしゃべる。何を話したか。医者といって相談をうけた。もうなくなりそうなビタミン剤、各種栄養剤を提供すると約束した。アヌビスに似たのは。回答不能。ロジャーは犯人でない。然り。では誰が。われわれのような常人。不思議な建物の目的の話しである。

** 4) ロジャーに異端学者の父、父が隠れ家を用意、実験も
ポールはクフ王のピラミッドはポンプであるという新説をたてた。これで異端の学者となった。クフ王のピラミッドはほかのピラミッドとちがうのか。然り、地上五十メートルに王の間、ほかのピラミッドのように墓だったら地中かせいざい地表。彼の考えではこの建築物はほかよりさらに古い時代にたてられた。それをクフ王が改修、増築し自分の墓とした。創設当時はまったく別の目的だった。バビロニア文明の影響をうけて、たてられた。この建築物はバビロンの塔に似た形をしてた。スケッチがあった。どこに。エジプト島の地下の研究室の論文。で、ポンプという意味は。バビロンの空中庭園は石積みの高い建築物の上におおきな森があった。降雨のすくない地域でどうし水を供給したのか。だからポンプは。学会で孤立した異端の学者の頭の中を推理する。エジプト文明には必ず先行文明のメソポタミア文明が伝播した。彼にはアレクスン財閥の遺産がある。人目をしのぶ息子をかかえてる。兄弟の理解、同情もある。そこで、エジプト島に複製をつくる。アメリカ人にもれることをおそれメキシコの業者をつかう。人目をさけるためにも英語をおしえずスペイン語をおしえた。そして自説を実証するため実験装置をつくった。この土地を選択した理由である。

ロジャーの海中生活の便、周囲にふんだんに水があること。ニューオリンズがギザと同じ緯度にある。これは古代エジプトとおなじ気温帯にあることを意味する。さらにもう一点、彼の祈りにも似た思い、ギザはおよそ東経三十度、ニューオリンズは西経九十度。これは地球をリンゴ のように経度で三等分した地点にある。あと一本は。東経百五十度、オーストラリア、ブリスベンの南緯三十度でポールは1984年3月焼身自殺してる。いよいよ実験装置としてのピラミッドの説明にはいる。

** 5) 模型で実験装置を説明
エリックの援助により製作した模型を紹介。観客側に断面がみえるように模型の半分をとりさった。そこに上昇通廊、下降通廊、王の間、王妃の間、大回廊がみえた。これらは砂をいれた蟻の巣の模型のようにみえた。通廊には木くずと白い綿がつまってた。これがポールがつくったピラミッド模型の原型だ。年をへて変化したがこれが最初の姿。通廊の壁は強化ガラス、実験結果を目視しで確認するため。ピラミッド上部は総ガラスばり。電気のきてないビッチ・ポイントで細部の観察が容易にするため。下の下降通廊は地下の間にあるが、この意味の説明が研究者をくるしめた。通説は、地下の間に埋葬する予定だった。これは他のピラミッドと同じ。だが、七分どおり完成したら、もっと上がいいといい、王妃の間、さらに気がかわって王の間となったという。この地下の間に井戸がある。ビッチ・ポイントの場合はこれがトンネルで地下から海につながってる。模型ではあらわれてないが、実際は島の足もとの海はふかくえぐられている。そこにアスワンから移送された神殿が組みたてられてる。この神殿の中の一室の天井の穴がつながって、この地下の間の井戸につながってる。現在、内部の通廊は塗りこめられている。表面を岩窟のように表面処理してる。この内部に通廊があるようにみえない。しかし正規に入口から数メートルはいったあたり、セメントと石で封印されている。外部の盗掘者たちに行きどまりと思わせるように細工してある。さらに説明がつづく。

この封印壁は今年のはじめにロジャーによりつくられたもの。これは盗掘があり、通廊が発見されたための処置だ。人にみつかることをおそれここに隔壁をつくった。これら通廊などは、クフ王のピラミッドの完全な複製である。これを撮影隊がみたようにピラミッド内部からみると完全に塗りこめられ、さらに岩山がつくられていた。この実験装置が完成したばかりの時点では、鉄製のアングルがむきだしたったと思う。最初の姿でなく、この模型では二階部分をつくり、岩山もある。その内部には王の間をもっている。観客にみせる断面は岩屋の頂上から窪みの中央をはしっている。アクリル樹脂がはってあった。空中回廊を説明した。石塔とその密室性を扉、空気抜きの穴について説明。ピラミッドにもどる。

** 6) 燃焼実験の開始
通廊にある木くずや白綿にはたっぷりのガソリンをしみこませてる。点火はどこから。御手洗が二階、岩山の窪地の道の突き当たりを指でさした。石岡は黒い泥状の煤にまみれながら、はいだしたあたりと思った。指さしたあたりに注目をよびかけ点火した。王の間がオレンジ色にもえあがった。すばやく栓をした。透明の通廊がオレンジのネオンサインのようにかがやいた。やがて火がきえた。地下の間の井戸から水がふきだした。下降通廊、上昇通廊、王妃の間、大回廊が水びたしとなった。水勢はおとろえたが王の間の天井すれすれまで水位があがった。岩山の点火したあたりの穴から水がほとばしった。窪地の道をくだって扉をすぎ、石塔七階の穴にたっした。七階の部屋が水で一杯となった。御手洗がこれが溺死のからくりといった。この結果をだすためにちょっとした駄目押しが必要だ。まず空中回廊の七階の部屋のとっつきの穴はあけておくこと、それ以外の穴はしめておくこと、扉をあけようとするから、横にさす閂の取っ手、それは外にでてるU字形の取っ手だが、これを針金をとおし金属階段の手すりに厳重にむすびつけておくこと。この痕跡はのこってたという。犯人の後始末の話しである。

犯行後、針金をはずした。床にちかい穴の蓋をあけた。すると水がいきおいよく飛びだした。殺人の目的はなかったが、これがポールがおこなった実験である。実験の初期段階、彼は台形状のピラミッドの上部の平面部に木々をうえ、そこに水を供給する装置と考えていた。千年ものあいだにそれが忘れられ現在の四角錐の姿となった。1986年のある日、ある人物がこれを殺人装置とすることを思いついた。そのため王の間の煤が部屋にはいりこまないよう王の間の水の出口のフィルターを何重にもかさねた。ところで今回の撮影はこの殺人装置を人しれずはたらかす好条件を提供したという。

** 7) 嵐が犯行に最適条件を提供
嵐の中の撮影は爆発的な燃焼の音、通廊内の濁流の騒音、断末魔の悲鳴などをかきけした。質問、気密は。粘土。大回廊があれほど広いのは。木材でやぐらをくむ。それで燃焼をうながす。そのため支えとなる木材をさしこむ穴が必要、側面の壁の穴がそれ。誰が犯人か。点火のため岩山の穴のちかくにたってた人物。すばやく栓をし、水がたまったころ栓をぬける人物。コンピュータ作動の第二カメラの首尾をチェックするためあそこに一人いた。

** 8) 犯人の指摘、ハリウッドの期待にこたえた御手洗に拍手
スティーヴ・ミラーだ。その動機は。家系図からわかる。ミラー家はフィラデルフィアの裕福な一族、もとは英国貴族だった。ところが曾祖父が三十代にタイタニック号の沈没で死亡、一族の没落がはじまった。自身は苦学して映画学校を卒業した。その気がない曾祖父にチケットをおくりつけ乗船させたのがフィラデルフィア移住組、もと英国上流階級仲間のロバート・アレクスン、そんな動機があるか、疑問の声。しかし準備の時間もあった。この装置でたしかに殺人、それも溺死が可能。実際に殺人があった。手があがった。ボディガードのリッキー・スポールディングが殺人の時刻は。ハリケーンの最中、それで発見までに室内、ベッド、毛布もかわき水もなくなってた。発見が翌日の午後十一時すぎ。では、その日の午前十時のリチャードの声は。同感の声がひろがった。それは亡霊の声でしょう。声しかきいてない。見て確認しでない。納得できないリッキーにたいして、ゴードン部長刑事はそれほど不満でなかった。レオナは自分がしんだのがわかってなかったかも。撮影の再開を願う会場の雰囲気の中、難事件にちょっとした謎はのこるものという名探偵、御手洗のおわりの言葉は拍手をもってむかえられた。その後である。

その夜、御手洗はロスアンゼルス空港から旅だった。アイーダ'87の撮影許可はおりた。スティーヴは指名手配された。石岡が帰国し、事件後、一週間にやっと御手洗も帰国した。やがてレオナから手紙がとどいた。試写会が十二月に開催、スティーヴは依然失踪中とのこと、ロジャーをアレクスン家で世話する体制がととのったことがしるされてた。パラマウント社から銀行に十万ドルの振込があった。直後に銀行からお中元がおくれれてきた。

* 37) jp2、試写会への案内
1986年10月、今回の事件をまとめるため下書きをはじめた頃だった。グレアム・アレクスン氏から丁重な礼状がどいた。レオナからも試写会の案内がきた。御手洗は訪米をいやがった。石岡が本にまとめる都合もあるので訪米したいというと本にするのは賛成できないといった。レオナから電話があった。二人は訪米した。

* 38) am16、試写会、文明論
十一月二十九日、パラマウント映画社の奧まった応接間でレオナとあった。豪華な試写室で三人でみた。どこともしれない町並みがうつった。日本の家電メーカーの看板、日本車が登場する。日本企業とのタイアップがここにでてる。レオナがハリウッドも日本の資本なしではやってゆけなくなるといったので石岡が驚いた。御手洗が文明は東から西にうつるといった。石岡はひょっとしたら今、まさに米国から日本にうつっているかもしれないと思った。映画がおわった時、石岡は盛大な拍手をおくった。

* 39) am17、パーティでの出会い、レオナ宅への誘い
ホテルのパーティ会場で二人は監督ほかスタッフと再会した。そこでティモシー・ディレイニーという人物を紹介された。リチャードの主治医だったという。レオナや監督とも知り合いだという。ステージに監督があらわれインタビューがはじまった。殺人事件の話しがでたので御手洗が登場することとなった。司会者にビッチ・ポイントの事件を一言でいうと何かときかれた。文明の死である。ノアの洪水伝説にあるように文明の死はいつも溺死だといった。会場にもどった御手洗にティモシー・ディレイニーが感銘をうけたといった。

レオナの歌声がひびいてきた。退屈そうにしてる御手洗にレオナからメッセージがとどいた。彼女の自宅へのさそいだった。御手洗はティモシー・ディレイニーを誘って、三人でむかった。路上でレオナとおちあった。ティモシー・ディレイニーがここで遠慮するといったが御手洗がリチャードについてきいた。いいやつだったが道化。ではロジャーは。アメリカの犠牲者。文明社会の犠牲者、枯葉剤は必要だったが。辞去しようとした時、御手洗が発作をおこして路上にたおれた。レオナ宅に御手洗がかつぎこまれたので、またティモシー・ディレイニーが辞去しようとしたら、御手洗がリチャードさんとよびかけた。

* 40) am18、真相の暴露
** 1) 主治医の正体を暴露
リチャードは否定した。レオナも信じない。御手洗がいう。リチャードが呪われたアレクスン家から離脱したいだけなら許せる。整形にすぐ気がついた。堂々と登場するのもフェアプレイといえる。リチャードについての言葉もよい。しかし、枯葉剤は必要でなかった。文明社会の危機でもない。ただただ売りさばきたい兵器がたくさんあっただけ。ロジャーは生まれる必要なかった。葉巻をすって、やっとなりすましがおわった。レオナもリチャードといった。では石塔の七階で死んでたのは。ポール、リチャードとは双生児。彼が原因不明の病気で小学校進学が二年おくれたため兄弟とあつかわれるようになった。ピラミッドのポンプ説は。まったくの嘘、撮影再開のための方便、真相の究明より再開を熱望してた。それにこたえたまで。誰が舞台をあやっつてか確信がなかったからあの茶番劇をえんじた。ここでリチャード氏に再会できたからよしとする。説明をつづける。

ロジャーにきいた。ポールがしんだのに食糧を供給する人がいる。オーストラリアにとんで焼死の真相をたしかめた後、ロジャーにあってたしかめた。では通廊にあった大量の煤は。ポールがおこなった実験の痕跡、石塔への水攻めはやってない。リチャードがポールをころしたのか。否といっておく。リチャードが告白する。自分自身をころして海にうかびあがったのが八月十五日の夕方、世界は輝いていた。開放感だ。呪わたアレクスン家からの解放だ。御手洗が解説をはじめる。

** 2) 本当の真相はこれから、ポールにもアレクスン家の呪いい
ポールの1984年3月、オーストラリア、ブリスベン訪問の目的は粉末ビールだ。粉末に水をそそぎ一週間するとまったく本物とおなじビールの味となる。貯蔵用に最適だ。生涯ロジャーをかくまうと決心したポールにとってはわざわざ訪問するだけの価値がある。ところが彼はブリスベンの市内でJ.Dという浮浪者とあって意気投合した。そのあとレンタカーで沙漠にさそった。J.Dが心臓麻痺で突然死した。彼の頭に名案がうかんだ。ガソリンで死体をもやし自分の免許証をのこす。徒歩で現場をはなれ帰国した。息子と地下で一緒にくらしてやりたい。その気持もあったろうが、そのためだけでやることではない。アレクスン家の呪いはそれほど重かった。自分を抹殺したポールにとってリチャードは今まで以上に重要となった。さてハリウッドの撮影がきまったのが六月。あのピラミッドは外観を気にしてなかった。誰が現状のように岩窟にしたてたのか。リチャードだったら殺人も計画したといえないか。

** 3) リチャードの目論みを説明、さらにアレクスン家の呪い
リチャードがむきだしのままで溺死させればよい。警察は今もそう信じてると反論。否、水をすいあげてない。それがわかるから不都合。素直に納得。御手洗がその役者振りをほめる。沈思の後、岩窟となったピラミッドの現状に手をくわえることなく計画を実施したと結論づけた。否、すこしある。煤の排出をおさえるフィルターは自分の仕業。然り。ではポールのダイビング中の水死は不幸な事故か。然り。あっけない死、兄は息子のため楽園をつくろうとして、いくつかは完成させてた。自分とちがい女にはあまり興味がなかった。ただ一つの例外がアンだった。研究にしか興味がないようなタイプだったが愛してた。ロジャーも愛してた。そんな兄をころすはずがない。御手洗がきく。

自分が不審な死をむかえたら全米一の名探偵に依頼するようたのんでた。ずっと以前からどうしてそんなことがわかってたか。しばらく沈思、アレクスン家の呪いかも、自分が離脱することも、もしかしたら兄がしぬことも常に頭にあった。御手洗の解説がはじまる。

** 4) リチャードの犯行を解説
八月十四日午前、兄の死をしって、双生児である兄とおなじ発想をした。自分をけすこと。然り。監督との打ち合わせは午後一時、その時は午前十時半だった。顔の外観、髭なども注意して似せた。両手のおきどころも注意した。六階の大型衣装ダンスにかくした。御手洗がいう。ボディガードが五階、六階にひくと、嵐の中、死体を七階にあげた。バケツの水を体になすりつけ、バケツは海にすてた。では密室をどうつくったのか。御手洗がこたえる。傷だらけのガラス窓しかない。然り。はめごろしの窓だが強く押せば階段におちる。そこから脱出した。単純だが、かえって気がつかない。石岡が押上げ式の閂が何故おちてなかったのか違和感をもったことを思いだした。必死の溺死者は当然ここを操作するはず、納得。御手洗の解説である。屋上にのぼり、あらかじめ垂らしたロープで階段におり窓をはめた。最終的に足で蹴りこんだ。翌朝、午前十時、空中回廊のとっつきにある穴から、中にさけんだ。これをボディガードがきいた声だ。しかし、これはやりすぎだった。何もせず放置しておけば、スティーヴの殺害説が強固になったのに、さらに不可解な謎をつくった。しかしこれも時間にせまられた犯行の特徴ともいえる混乱である。さて、そこから空中回廊を匍匐前進、合鍵で開錠。鉄条網だからおしこんで余裕をつくれる。それで扉がひらく。扉側から針金でひっかけ、ひきもどせば、完了だ。その時、二階にはスタッフはいない。王の間にはいる穴の栓をぬき王の間にゆく。水をまいたり、さらにガソリンをまいたり細工したかもしれない。ロジャーの隠れ家で夕方をまつ。スキューバを装着してビッチ・ポイントの海岸に上陸、ヒッチハイクでフィラデルフィア市内にもどった。そこで信頼をおく弁護士と相談し、整形、今後の身の振り方を相談した。弁護士が実務をこなした。長い沈黙のあとレオナがきく。

** 5) ポールのポンプ説は実証できなかった
ポールのポンプ説は実証できたのか。リチャードは不知。御手洗は失敗。彼が気づかなくとも化学者だった妻にきけば間違いをすぐ指摘される。空気は酸素と窒素が主成分。酸素は五分の一。燃焼で酸素が消費されても王の間にまで水位があがるのは無理。模型の実験は。モーターじかけ。呆然。ポールの研究は失敗におわったのかとレオナがきく。不知、英語ではこれ以上の実績がわからないが、ヒエログリフの文書がのこされてた。それが何か。不知。地球を三分する経度の問題は。偶然。立ちさろうとするリチャードに御手洗がスティーヴのことをきく。彼は死ぬまで幸せにくらすだろう。それだけの金をはらった。住所をしるしたメモをうけとった。

* エピローグ、別れ
ロスアンゼルスにめずらしく雪がふった。三人で食事をし、市立美術館にいった。レオナと御手洗が少しはなれた場所に移動した。石岡は市立美術館の柱の陰でまってた。しばらくしてもどってきた御手洗がホテルであたたかい紅茶でものもうといった。

* 感想
作者の芸術的感性がほとばしりでる、ような作品である。岬の先の岩礁にたてられたガラスのピラミッドという、独特の舞台に事件が展開する。ギザのクフ王のピラミッドを複製したといいながら、上下二つの構造をもつ。下は石積みで普通だが、上はガラス製である。島田先生、何があったんだとききたくなる。そのそばに石塔、七階建ての細い建築がそえらてる。斜め屋敷のような趣向だ。その姿がいい。

電気もきてない辺鄙な土地にエジプトのピラミッドである。ハリケーンがふきあれた翌日、嘘のような八月の晴天。陽光にきらめく水晶のピラミッドという。実現は無理だが構想は作者の勝手。こんな世界がつくれる人がうらやましい。随所に建築への深い知識がみえる。扉、鍵、閂、窓、屋上、寝室、厨房、洗面所、倉庫と丁寧な説明にいつも感謝してる。こんな幻想の世界のrealityを感じさせてくれる。犯行を推理し謎解きを解説する時にすべて必要となってくるので、これだけでも充分推理小説の醍醐味を味あわせてもらってる。さて謎解きである。

複雑な構造となってる。爽快感にかけるかもしれない。第一回目の謎解きだけなら単純だがスッキリする。幽霊がでるのでおかしい。何かあると感じるが、やはり最後のドンデンがえしで、重たくなる。呪いもいやだ。御手洗とレオナの別れもいやだ。ポールの実験の結末がどうだったのか。ヒエログリフに何が書かれてたのか。もうすこし爽快感がほしかった。テーマである。

ナイルのくらしとピラミッド、タイタニックの沈没、ハリウッドの繁栄と米国兵器産業の闇から、人類のもっとも面白い五千年の歴史を俯瞰し文明の興亡と西進をえがいてるようだ。デカすぎる。特にタイタニックの沈没が英国文明の没落を象徴してるようだが、あまりひびかなかった。

今回はより念入りに謎解きの筋をおいかけたつもりである。いつもながらの作者の強靭な構想力がもたらした、あるいは細部にまで注意のゆきとどいた労作である。

ここからは、つまらぬ感想である。まず撮影の一時中断命令である。

これは原理的には可能と思うが、それでもその必要性に疑問がのこる。証拠隠滅とか犯人逃亡とかがあるのでこの種の命令をだす。それがこのような多大な影響、経済的損失をあたえるような命令が可能か疑問である。さらに現実的可能性である。

撮影側はリチャードにたいし故意、悪意はみとめられない。これがスキャンダルとなっても国と関係が問題になるだけで、ハリウッド側のイメージをそこなうおそれはすくない。当然多大な損害賠償をもとめる裁判となるだろう。また、それがよい宣伝となる。米国人は理不尽な権力とたたかう人を応援する。このような命令がだされる現実の可能性はすくないと、いわざるを得ない。と、いってみたが、読了して、派手なハリウッドでの謎解きの前振りとなってると気づいた。どの道、乱暴な命令である。冷静に考えればやめた方がよい。茶番劇のような解決は警察側にとっても、よい引き時となった。虚仮にされたボディガードの皆さんには、あとでリチャードがたっぷりお礼をすればよいだろう。次に建築についての感想というか文句。

ネットでいつもしれべてる。図解してくれといいたい。本としての限度があるだろうが、わからないままになる事もある。で、一点、王の間、大回廊、上昇通廊、下降通廊はピラミッド全体のどの部分にあるのか。これらが全体のどのていどの空間をしめてるのか、しりたかった。一階、二階という構造をもつ建築物が本当に可能なのか実感がもてなかった。推理小説は所詮フィクションだから現実の建築確認とか強度計算まで問題にするつもりはないが、構想の世界で可能であるとの実感がもてなかった。あの絵は北南で切断した断面を東からみたものと思うが、ピラミッドの頂点はどこらあたりか。見ないと二階建構造、通廊、回廊などを塗りこめた壁、岩山の構造が空想できない。何故あの亀裂があるのか、その構造が可能かもわからなかった。



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謎解き島田、アトポス [島田荘司]

* はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

* 本文
* プロローグ1、レオナと精神医の対話
ハリウッドの女優、松崎レオナと精神医、ポール・ドリスデールが対話する。レオナはいつも見る悪夢を話す。顔の毛穴からでる血で顔一面が赤くそまり、頭髮がぬける。頭頂部はなく、横髪だけがたのこる。歯が全部ぬけ歯茎だけとなる。麻薬、性、不安のことを話し、最後に自分には吸血鬼が取りついてるようだという。

* ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。

アトポス (講談社文庫)

アトポス (講談社文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1996/10/14
  • メディア: 文庫



* 長い前奏、吸血族の歴史
** A 吸血族の歴史
*** 1) 昔から吸血族はいた。しかし滅ぼすべき
吸血鬼という種族がこの世に存在する。ファンタジーでない。旧約聖書申命記第十二章二十三節に「ただ、堅く慎しんで、その血を食べないようにしないといけない」とある。キリストは最後の晩餐において「私の血である葡萄酒を」という言葉をのこした。これらの言葉がかっては吸血をおこなう種族が今よりもっといたことを示唆する。キリスト教のモラルは吸血種族の抹殺をもとめる。次々に火炙りにしてきた。われわれノーマルな人種に吸血の性癖があらわれないよう、つねに威嚇をくわえてる。

*** 2) 吸血鬼を見せしめで残虐に処刑した
英国、エディンバラ郊外の村に1360年に誕生した貧農の子が成長しキャロウェー地方の人里はなれた海岸の洞穴に一家をかまえた。このビーン夫婦は25年間に14人の男女をうみ、やがて50人の大家族となった。生活のため彼らは旅人を殺害し、その血をすすり、干し肉として保存した。ある時、そのうちの一人が逃亡し、事が露見した。1435年、エディンバラに護送れた彼らは、男は手足を切断したうえ、女は火炙りにより処刑された。吸血鬼たちへの見せせしめだった。吸血族のスーパー・スターは「ドラキュラ」のモデルとなったワラキア公、プラド・ツェペシュだろう。しかし私見だが、彼は最高権力者にうまれ、歴史にのこる派手な行為をした。しかし、本来、吸血族を自覚する連中はもっとひそやかに生きたろう。まずプラド公にはいる前に蘊蓄をのべる。

*** 3) 吸血鬼のスーパースターはドラキュラ伯爵だが
ルーマニアとはローマ人の国の意味である。ローマ帝国は東西に分裂し、東ローマ帝国は現在のイスタンブールを中心にさかえた。ここのギリシャ正教は、やがて東欧、ロシアにまでひろまった。この儀式をおもんじ、神秘主義の傾向のつよい宗教は吸血族にはなじむ。ルーマニアが所在するバルカン半島は、15世紀当時、東ローマ帝国、オスマントルコのイスラム、中央ヨーロッパのカトリックの三大勢力が鎬(しのぎ)をけずる場所だった。この中のワラキア、トランシィルヴァニアの山岳地帯の山頂にポエナリ城という山城があった。それがワラキア公、プラド・ツェペシュの居城である。その暴君振りには父からの遺伝、またトルコにおける捕虜経験の影響があった。父が毒殺され、解放されて城主をついだ。トルコから来訪した使者の失言にいかり斬首した。トルコ軍の捕虜を串刺しの刑にした。領民にも同様に残虐な刑をおこなった。肉体の各所に釘をうち拷問した。プラド公は処刑をたのしみ流れた血をグラスにうけ、のみ、あるいはパンにひたしてたべたという。このような魅力にとむ人物だが、わたしにはそれよりもっと興味をひく人物がいる。それがプラド公のとおい親戚筋にあたるエリザベート・バートリ伯爵夫人である。

** B エリザベート公爵夫人
*** 1) エリザベートの誕生から結婚
エリザベート・バートリは、1560年、ルーマニア、トランシィルヴァニアにうまれた。バートリ家はその地の名家だった。しかし叔父は悪魔信奉者、叔母はレズビアン、兄弟は色情狂だった。エリザベートは一族のくろい血が自分にもながれていると気にかけていた。エリザベートが15歳のい時に結婚した。相手のナダジー・フェレンツは25歳だった。ニートテ地方のチェイテ城にすんだ。森にかこまれた高台に所在する。そこから城下の営みがみえた。夫は戦いに明け暮れ、不在がちで何もすることがなかったので、下男ツルコに文句をいった。こまったツルコは自家に伝来する秘密の呪術の話しをした。よろこんだエリザベートは出征している夫に手紙をおくった。

*** 2) 退屈な結婚生活、戯れの恋
白い牝馬を黒い杖で呪いをこめてうつ。その血を敵の皮膚、あるいは衣服にぬりつけると相手をほろぼすことができる、といってやった。苦笑をうかべて読んだ夫は、今の敵は腰抜けで呪術をつかう必要がないと返書した。その手紙にエリザベートは不満だった。また何もすることがなかった。ある時、美男のランジェラ伯爵がやってきた。城内の散歩中にあろうことか彼女は自分の美貌の衰えをあけすけな言葉でかたった。チャンスを見のがさなかった伯爵は自室に彼女をいざない一夜をともにした。この噂はたちまち近隣にひろまり、貴族の男たちがあつまってきた。しかし自身の淫蕩の血を自覚していたから、はめをはずさなかった。それより彼女の関心は超自然崇拝にかたむいた。ツルコの紹介により、魔術師ドロテア・ツェンテスや森の魔女、ダルバラを城内にひきいれ一室をあたえた。ランジェラ伯爵がまたやってくることになった。もてなしの準備をしてる時だった。

*** 3) 義母アネットの怒り、監視
突然、大勢の衛兵をつれた義母アネットがやってきた。きびいしい叱声の後に二人の魔女が追放された。男関係の追及がつづいた。必死に否定するエリザベートにアネットの癇癪が爆発した。召使いの前にもかかわらず、鞭打ちの折檻をうけた。うたれた尻から血がしたたりおちた。屈辱にうちひしがれたエリザベートにアネットは今後、監視のために城内にとどまるといった。

** C 義母への恨み
*** 1) 監視、出産、義母の病気
その後、彼女は義母と小間使いベスの監視下のおかれた。三十歳をすぎて、第一子をもうけた。つづいて、第二子、第三子がうまれ、38歳となった。義母が体調をくづした。城をはなれるという。彼女は開放感から、鏡を見てはじめて笑った。

*** 2) 老いに愕然し小間使いを殺害
義母がきてからというもの、笑ったことがなっかった。ところが自分の笑い顔につよい衝撃をうけた。思わず失神してしまった。鏡のむこうで皺だらけの初老の女が笑っていたからである。彼女はこの衰えをもたらした義母をにくみ子どもをにくみ夫をにくんだ。そして自分より艶のある肌をもついやしい女たちをもにくんだ。追放された魔女二人を呼びもどした。昔のように地下室をととのえた。その夕方、小間使いベスがスパイにやってきた。ベスをとらえ、両手をしばり天井からつるした。長年の恨みをはらすため全裸にし鞭でうった。偶発的だが顔をけられた。彼女は逆上し、制止もきかず、ベスを剣でさした。血がほとばしりでた。さらに何度もきりつけた。そのたびに血が彼女にかかった。下男のツルコ、侍従のウィーバリー、二人の魔女が見まもる中、彼女は全身を痙攣させ放心していた。

** D せまる老い
*** 1) 若さの血を実感する
ベスは秘密裏にツルコが処理した。翌朝、エリザベートははっとめざめて、蹴られた右頬がはれてないことを確認した。夜着をぬいで自分の裸身をたしかめた。ついで左右の手の甲を見て、おどろいたシミ、クスミがきえている。しばらく放心した。ベスの血をあびたところは肌が回復してる。顔もそうだ。ベスの血だ、と思った。

*** 2) 義母をおしきる
その朝にはアネットがもどってきた。激怒して、こんな女に大切な孫はまかせておけないといった。ところが夫、ナダジーが必死になだめた。自分も城にとどまり監視するという。病身の弱気がでた。アネットがついにおれた。無罪放免となった。ベスのことは何も問題とならなかった。 子どもの世話に明け暮れ、40歳となった。

*** 3) せまる老いにおびえる
老いがせまってきた。笑ってないのに目尻や口角の皺が笑う。顎の下の肉がすこしたれる。乳房もしなびた。下腹もたれた。太腿の肉がやせた。手の甲にシミが見え、肌がくすんできた。にくい義母の老醜が眼前にせまってきた。若さを謳歌してる下女の肉体にもどることを想像した。でもできない。今のゆたかな生活をすてる気がない。色々の思いがうずまき、心の葛藤にたえられなくなる。するときまってベスの血で白くかがやいた肌を思いだす。夫がたおれ、あっけなく死んだ。

*** 4) 夫の死、若い血にうえる
喪もあけない三日目、エリザベートは夫の部屋の中国磁器をすべて自分の部屋にはこぶよう下女たちに命じた。おそるおそるはこぶ下女の中に不器用な者もいる。大切な香炉を大理石の上におとした。エリザベートの叱声がとぶ。たちつくす下女たちを部屋からおいだした。ツルコ、下女の三人になり、むきだしとなった背中を何度も鞭でうった。血まみれになった背中に手の甲をあてた。たっぷりと血のついた手をみて、二人を追いだし、一人になった。顔に血をぬりたくった。思わず笑いがでた。笑いつづけた。血をなめた。こんなにおいしいものだとは。はじめて気がついた。

** E 義母の殺害、下女の殺害
*** 1) 義母への恨みをきかせ殺害する
肌の調子がよいことに気がついた。血液療法はきく。今だ。今をのがしては、効果がないだろうとも思った。二人の魔女をひそかに呼びもどした。義母のことを相談した。砒素を手にいれてくれた。それを香草茶や食事にすこしづついれた。ベッドからおきれなくなった義母を見舞と称して、おとづれた。20年にわたる恨みをのべて、枕で口と鼻をおさえて殺害した。

*** 2)下女を殺害する
療法の効果は長続きしない。つぎつぎと下女を口実をもうけて殺害した。50歳になって、さらに頻繁に処女の血を要求するようになった。死体をうめる場所にこまり、最後は地下の専用の部屋にかくした。専用の浴槽をもうけた。鉄の処女とよばれる残虐な道具もつかった。近隣の村から娘を調達するのがむづかしくなった。

** F 鉄ノコをかくしたフロレンス
隣国ハンガリーのワラシアという寒村にルーディとフロレンスという結婚をちかいあった男女がいた。フロレンスは大枚の支度金と引替えで、嫌々、城にやってきた。牢獄にいれられ泣いた。フロレンスはルーディと相談して、スカートの下に鉄ノコをかくしてた。

** G 脱獄へ
鉄ノコで牢獄の棒をけずった。

** H 脱獄へ
鉄ノコで牢獄の棒をけずった。

** I 脱獄、告訴
五つの夜がすぎて脱獄し逃亡した。ルーディにむかえられた。ハンガリー国王のもとにむかった。

** J ツルゾ伯爵が逮捕
ハンガリー王がジョージ・ツルゾ伯爵に調査を命じた。

** K 処刑
1611年4月、チェイテ城の広場で、執事のヨハネス・ビヴァリー、下男、ツルコ、乳母、イロナ・ジョーが処刑された。エリザベート伯爵夫人は地下の一室に塗りこめられ、1615年2月絶命した。城外では吹雪があれくるってた。

** 1) 現在の小説家の主張
ハリウッド、 ブールヴァード脇のカクテルバーでホラーノベルズの売れっ子作家、マイケル・バークレィがいう。これがエリザベート・バートリ伯爵夫人の歴史的事実だといって、バーテンダーに新作の話しをした。

** L 吸血鬼の復讐
*** 1) 塗りこめ部屋をあける
2月の吹雪のあれくるうある夕方、チェイテ城の地下に兵士がおりてきた。ツルゾ伯爵に命じられて、塗りこめた部屋の穴をあけエリザベート伯爵夫人を埋葬するつもりだった。漆喰の壁がうがたれ、くらい穴があいた。松明をかざして中にはいって、おどろいた。ぬれた床の上の一面に意味不明の文字がかかれてた。しかし伯爵夫人の遺体はどこにもみあたらない。壁際にボロボロになったベッドがあるのをみつけた。ツルゾ伯爵の指示をあおぐため一人が先にでた。もう一人は念のためしらべた。ベッドに虫がくったような裂け目があいていた。蛇がすみついてるのかとのぞきこんだ。うわっと声をあげた。

*** 2) 怪物が復活する
外にでた兵士がもどってきた時、兵士は首から血をだしてたおれていた。そばに奇怪なものが立つてた。ミイラだった。頭にはまったく毛がなかった。顔は皺だらけで目も鼻もどこにあるのかわからない。しかし顔面一面が赤く血でぬれていた。それは豹のような敏捷さで兵士の喉元にかみついた。兵士は死ぬ間際に、やはり生きていた、と思った。

*** 3) ルーディとフロレンスに復讐する
ワラシア村のルーディとフロレンスの家である。吹雪はやんでいた。あれから4年、二人の間には、2歳の男の子、うまれたばかりの女の子の二人がいた。犬の遠吠えがきこえた。見ると一人の人物がこちらにくるようだ。フロレンスは編み物をし、ルーディは農具の手入れをしてた。かすかな音がだんだんとちかづいてきた。突然、窓ガラスがわれる。石が居間にころがった。頭髪がまったくなく、顔が血でただれた人物がはいってきた。フロレンスは悲鳴をあげ、揺り籠におおいかぶさったまま、失神した。気がつくと床の上に喉をくいちぎられたルーディがたおれて、二人の子どもも血まみれで死んでいた。怪物はフロレンスの喉にするどい牙でかみついた。

** 2) 小説家の殺害
*** 1) 物語の結末、吸血鬼の復活をかたる
バーテンダーがどんな結末となるのかきく。ルーディ一家が皆殺しになる。吸血鬼となったエリザベートの復讐だ。彼女に乗りうつった吸血鬼は、また乗りうつって、永遠に生きつづける。だからこの大都会LA(ロスエンジェルス)にもいるかもしれない。バーテンダーがフロレンスのような、いい子が死ぬような悲惨な結末はいやだ。何とかしてくれというと、断固、拒否する。たとえマイケル・バークレィのような好人物がでてきても、例外はないといった。バーをでた。ハリウッド ブールヴァードからファーモント・アベニューにはいり、自宅に歩いてかえった。

*** 2) 怪人物の襲撃
玄関の横の張り出し窓があいてた。ホールにはいった。玄関は同じだが、父親の居住部分と自分の居住部分は完全に独立してる。父親はまだもどってなかった。窓をしめ、服をゆるめ、バーボンをのむため奧のカウンターにいった。氷をだした。その時、アイスピックがなかった。バーボン片手にもとにもどった。客用のワードローブが突然ひらいた。肩につよい痛みを感じた。中にひそんでいた人物にアイスピックでさされた。頭髪がなく、顔全体が赤く血でただれている人物だった。たおれたマイケルに馬乗りとなり、さらにさした。それから斧をもってきて首をたちきった。その首を銀の盆の上にのせて、口づけをした。首がたおれたのにもかまわず、うれしそうに踊り歌った。

** 3) 犯行現場の検証
6月27日、マイケル・バークレィの父親、ゴードン・バークレイに、LA市警殺人課のティモシー・ライアン刑事とアンソニー・ルイス刑事がきく。昨夜11時20分に帰宅し、息子の死体を発見。その前の行動は。ホテルでアリゾナ州立大学社会医学部副部長のアンドルー・ホワイルと対談した。バークレイは牧師で著名な宗教家だった。話題は。多岐にわたるが安楽死の問題など、宗教家としてコメントした。安楽死の話しとなり、バークレイは強固な信念からすべての安楽死の方法を否定。犯行について刑事がいう。犯人はあいてた窓から侵入、本人をさがし、みつからないので帰宅をまって犯行におよんだ。斧は庭の倉庫から、アイスピックは奧のカウンターから入手した。金銭に手をつけてない。麻薬中毒者の犯行ではないといった。被害者はこの週末、女優、シャロン・ムーアと会食する予定だった。

** 4) 聞き込み、小説登場人物の復讐
27日午前、ライアン刑事とルイス刑事はその足でバーテンダーにあう。きく。犯人にまったく心当たりがない。麻薬もやってないだろう。言い争いがあったとか、本当か。冗談、善良な主人公が悲惨な死にかたをする。あれではいつか、その主人公たちに復讐されるといった。そして、小説をもってきて説明した。その内容は、ディーズという作家が、戦いで流れ矢で死んだインディアンの女に復讐された。女は、復讐は本人のみならず婚約者、家族にまでおよぶと宣言した。そして婚約者のエミリーが、小説「テリー」の主人公テリーの復讐により、キッチンの包丁が飛びだし喉にささって死んだ、というものだった。

** 5) 女優シャロンの失踪
二人の刑事はビバリーヒルズにあるシャロン・ムーアの自宅にいった。彼女はここ3年で3本に主演する人気女優だ。門扉からインターホン、応答なし。施錠されてない。玄関の扉までいった。ノッカーで訪問をしらせた。応答なし。しかし扉があいた。ホールには、金属製のライオンの像が見えた。不審物はない。もどろうとした時、ライオン像に血痕をみつけた。「たすけて」という文字もみつけた。左手奧の扉をあけ廊下にでた。その先にガラスの破片がちらばってた。大鏡だった。廊下の左右にある部屋をのぞいた。雑然としてた。ピアノはたたきわられて白木が見えてた。キッチンにはいった。シチュー鍋とコーヒーポットがあった。乱雑ではなく日常の使用をうかがわせる。二階の寝室にいった。「怪物にさらわれ、殺される」というメモを発見した。結局シャロンはいなかった。

** 6) シャロンとレオナの確執
*** 1) シャロンは現在、休暇中という
二人の刑事はシャロンの代理人、キンバリーをたずねた。シャロンの自宅をたずねたことをはなし、血痕、脅迫を示唆するメモ、乱雑な室内について話した。まったく動揺の色はない。ただスキャンダルをおそれた。バークレイの殺人事件は知ってる。彼女は現在4週間の休暇にはいってる。松崎レオナからの手紙をだした。執拗なクレーム、脅迫があったという。レオナが週に一、二度精神医にかかってることを指摘、この殺人事件との関連もにおわせた。

*** 2) 映画サロメのロケが7月からはじまる
一昨年から音楽映画の企画がもちあがり、シャロンへの脅迫がはじまった。主演は松崎レオナがとり、シャロンは準主役となった。現在、撮影は半分おわり、中断してる。7月12日からイスラエルロケが予定されてる。そのタイトルは「サロメ」という。旧約聖書を原典とし、恋人にふられた女が怒りにまかせ、その首をきらせ、それを銀の盆にのせて、踊りくるう役をレオナが演じるといった。

** 7) レオナの尾行
二人の刑事がビューモント・ドライ ヴのレオナの自宅にいった。門はしまって、インターホンにも応答がなかった。出なおうそうかとしたら、車が出てきた。刑事の尾行がはじまる。午後4時だった各所をめぐり最後に車を乗りすてたところで見うしなった。それは午後9時40分、スラストウェイだった。運転は上手だが、感情の起伏がはげしく危険であった。途中の会員制クラブで様子がおかしかった。薬物の影響を感じさせた。ワックスハウスのホラーボックスの展示で、エリザベートが作らせたという拷問用の鉄製の籠や鉄の処女の前でながく、たたづんでいた。

** 8) 赤子誘拐
27日夜である。スラストウェイの撮影監督リチャード・ウォーキンショーの自宅には離れがあり、そこにメキシコ人、トム・ディエゴ夫妻がハウスキーパーとして住みこんでいた。二人には生まれたばかりの子どもがいた。突然、頭髪がなく、顔が血でただれた怪人が妻マリアをおそい、赤子を誘拐した。

** 9) ビバリーヒルズの吸血鬼
翌日の28日、二人の刑事に、マリアが必死になって怪人の様子を説明する。信じられないまま、車にもどる。そこにあった「ビバリーヒルズの吸血鬼」というバークレィの新作をだした。よみがえったエリザベート・バートリ公爵夫人の容貌と同じであることがわかった。

** 10) レオナから聞き取り
二人がレオナの自宅を再訪した。屋敷内にはいれないまま、プールからあがったレオナに声をかけた。シャロンのこと、嫌がらせ、脅迫状、主役争い、マイケル・バークレィのことをきいた。はぐらかされ成果がなかった。ふと気がついた。レオナ邸はセキュリティ会社と契約してない。事情があるのだろうが、不用心なことだと思った。

** 11) 事件はレオナ主演のサロメ関係者
*** 1) ジム・ベインズの赤子を誘拐
ビバリーヒルズ、オークハーストドライヴのヘアメイクアーティスト、ジム・ベインズの自宅に二人の子どもが留守番をしてた。両親は二人に赤子をたのんで外出してた。そこに屋外のテラスから侵入してきた怪人が赤子を誘拐した。

*** 2) 被害者が映画サロメに関係する
7月15日、LA市警捜査本部で会議がひらかれた。現在五人の嬰児誘拐が判明。共通して生後間もない赤子であること、犯人としては頭髪がなく、顔が血でただれてること、身代金の要求がないことだった。その怪人が流行作家のホラー小説の登場人物に照応すること、作家自身が被害者であること、関連する人物が失踪してることがわかった。本人、両親の職業、さらにこの作家も脚本に協力してることから、その活動から、現在進行中の松崎レオナ主演の映画サロメに関連することがわかった。事件発生現場はすべてレオナ邸の近隣であることもわかった。

** 12) 最初の死体発見
7月16日、ビューモント・ドライ ヴで赤子の死体が発見された。誘拐された嬰児の一人、バートの孫娘と特定された。奇怪なことに首の後ろがえぐりとられ、体内の血がぬかれていた。

** 13) 海上の死体
7月20日、AP通信の専属カメラマンのクリス・フィッシャーがヨット乗船中に死体を発見、その写真をとった。その際、上衣を回収した。

** 14) シャロンの上着
フィッシャーがもちかえった上衣はシャロンが映画でつかったものと判明した。大騒ぎとなり、シャロンに脅迫状をおくったレオナに関心が集中した。奇怪な赤子殺害から吸血鬼の再来がささやかれた。精神医・ドリスデールは他人がうんだ赤子にはげしい嫉妬心をもやす女の犯行を示唆した。また、首を切断するという残虐な行為から麻薬中毒者の犯行がうたがわれた。レオナの代理人によれば、レオナはすでにロケのためイスラエルに出発したという。

** 15) レオナ邸で刑事と対決
*** 1) レオナとルイス刑事の対決
午前零時、レオナの自宅である。ある男が扉を乗りこえ、窓からホールに侵入した。一階にある客室、食堂、厨房をのぞき、二階の部屋にきた。多数の人形がおかれている異様な部屋だった。部屋の中央におおきなテーブルがあり、その上に人形が多数あった。ことごとくその首が胴体からひきぬかれてった。しかも顔が赤くぬられてた。黒い影がはいってきた。拳銃をかまえたレオナだった。男は自分はルイス刑事だとあかした。レオナは身分を知ることなく暴漢を射殺した。正当防衛だと主張できると警告した。レオナは予定を変更してここにいる。手錠をかけた。対決がつづいたが、やがて手錠の鍵をのこし 、部屋をでた。ルイスは苦心のすえに開錠し、外の道路にでた。レオナはベッドルームにもどり、何やら薬をのんだ。

*** 2) 黒い人物の逃走
道路にでた刑事は、レオナの狂気をのがれたことに安堵した。扉があいた。黒い服装の怪人物があらわれた。頭髪がなく横の髪の毛がのこっている。顔が血でただれてた。尾行した。ふらふらと坂をおりていった。角をまがると小型車がはしりだすのが見えた。ナンバーをひかえようとあわてたが、車ははしりさった。

* プロローグ2、乾いた血
暗く丸い部屋だった。その中心に男があおむけにたおれてた。もう一人の男がシャツをはがし、ナイフで胸をきりさき、丸い穴をあけた。そこから心臓を取りだして、さらに二つにわった。中にある血液をすいだした。まるで母親の乳をすう乳飲み子のように音をたてて、すいつづけた。

* 死海の殺人
** 1) 魔都の秘密劇場
*** 1) 1941年、上海
1941年、上海である。都市は繁栄しやがて爛熟する。広大な土地と人民にめぐまれた中国は中華思想のもと繁栄をほこってた。しかし歴史の発展の中で西欧列強の進出に脅威を感じ、愚かな鎖国主義ににげた。それでも植民地獲得をきそう列強の動きは惰眠をゆるさない。英国は東インド会社が供給する阿片の魅惑で中国をゆさぶった。麻薬のことである。

中国においては唐代から知られ、徐々に民間にひろまった。酒にまさる楽しみをあたえ、性を多彩にいろどる麻薬は中国人に超人的活力をもたらすとともに怠惰の極みをもたらした。阿片は列強進出の怖それを忘却させるとともに絶望的な劣等感をあたえた。ところで中国の残虐趣味をかたる。権力者は色を好み、人民を道具とする。宦官は権力者のおそれをやわらげ性の多彩をもたらす。纏足は妻の逃亡をふせぎ、性の喜びをますという。上海の爛熟はこのような中にあらわれ、外国人に魅惑の楽しみをあたえた。上海は不思議な魅力にみちた魔都であった。

*** 2) 人魚の見世物
上海にはピンからキリまで、おおくの娼婦がいた。最上級の娼婦をかかえ、阿片も提供する鴻元盛という娼婦館があった。同仏海とミッシェル・ベルトランはあくどい阿片の取引で財をなした最上の客だった。支配人に最上客にだけゆるされる秘密の地下劇場に案内された。そこでは中国の残虐趣味をしめす奇妙な出し物が演じられた。階段をおりる時、ラルフという青年とすれちがった。共同経営者の息子であり、上海 一の踊りの名手だった、この青年が出し物きめているという。下には湯をたたえた水槽があり、そこに人魚がいた。しかしよく見るとそれは上半身をむきだしにし、尻に鱗の入れ墨をいれた男だった。

** 2) 脚本サロメ
*** 1) ソドムの街でヨハネが弾劾する
ソドムの街の広場である。市場の真ん中でバプテスマの ヨハネが演説する。その政治批判を非難する王妃のヘロデアを娘のサロメがとめる。サロメは ヨハネに魅了される。

*** 2) 王妃が ヨハネの処刑をうったえ、王はサロメの踊りを所望
死海に浮かぶ王宮のテラスである。ヘロデアの訴えでヘロデ王は ヨハネを投獄した。その後の処置に困惑する王にヘロデアが死刑をもとめる。民の批判をおそれる王をなおも非難する。サロメが死海からあがって、王宮のテラスにくる。恋の苦しみを告白する。王はサロメに踊りを所望する。ヘロデアが死をもたらす不吉の踊りとして拒否する。サロメが洞窟に身をかくす。

*** 3) 恋こがれるサロメを ヨハネが拒否する
牢獄である。サロメが ヨハネにこがれ、誘惑する。 ヨハネが拒否する。

*** 4) 再度所望する王にサロメが受諾する
ふたたび王宮のテラスである。呆然と夕陽をみつめるサロメに王が踊りを所望する。 ヨハネの声がひびく。ヘロデアが処刑をもとめる。何でも望みのものをあたえるとの王の条件にサロメがついに踊りを約束する。

*** 5) サロメが踊る
サロメの踊りである。かがり火のたかれたテラスでサロメが見事な踊りを披露する。

*** 6) サロメが生首を所望する
かがり火のテラスである。感嘆した王が所望の品をたずねる。サロメが ヨハネの首がほしいという。

*** 7) サロメは吸血族だった
テラス、生首に狂喜するサロメである。ヨハネの生首が銀の盆にのせられ、あらわれる。ヘロデアが高笑いとともにソファからころげおち、王は失神する。二人が退場しサロメが首にちかづく。顔に唇をおしあて、さらにしたたる血を吸う。サロメは吸血族だった。

*** 8) サロメ」ロケ隊の陣容
スタッフ、キャスト。
監督、トフラー(エルビン・トフラー)
撮影監督、ウォーキンショー(リチャード・ウォーキンショー)
美術監督、オリバー(オリバー・バレット)
振付師、ラリー(ラリー・ハワード)
ヘアメイクアーティスト、ジム(ジム・ベインズ)
メイクアップアーティスト、バート(バート・アスティン)
プロデューサー、スティーブ(スティーブ・ハント)
同じく、ダニエル(ダニエル・ジャクソン)
キャスト
サロメ、レオナ(レオナ松崎)
ヘロデア、キャロル(キャロル・ダーネル)
ヘロデ、ビンセント(ビンセント・モンゴメリー)
ヨハネ、ジェローム(ジェローム・ミランドー)

** 3) 本編、死海の殺人
*** 1) 不思議なモスクに到着
**** 1) 空港からロケ地にむかう
イスラエルのテルアビブ空港をたちサロメ撮影隊一行が二台の車に分乗してロケ地にむかった。キリスト教、ユダヤ教の聖地がある土地にむかい振付師のラリーとメイクアップアーティストのバートは宗教的になった。ここで最近、失踪した二人のユダヤ人プロデューサーの話しがでた。死海を南下しウランの精錬所をすぎた。前方にイスラム教のモスクがみえた。中央の円筒にドーム、その円筒の周囲に四つの張り出しがあり、その上に尖塔がのってた。奇妙なのは中央のドームの上と周囲の屋根にプロペラが多数つけられ風に旋回してた。建物の玄関にたどりつくアプローチがあり、その左にギリシャ神殿風の建築物があった。一行をレオナがむかえた。

**** 2) モスク、不思議な建物に案内する
さらに三人の男性もいた。トフラーのエルビン・トフラー、撮影監督のリチャード・ウォーキンショー、美術監督のオリバー・バレットだった。トフラーに失踪したプロデューサーのその後をきいたが、依然、不明という。行方不明のシャロンにかわる女優、キャロル・ダーネルがあらわれた。挨拶がおわり、トフラーが部屋に案内するとモスクにさそった。バートが不審がる。外のテントで寝ることもできる。しかし、そこはサソリの穴が無数にある。撮影隊の先発組はすでに宿泊してるという。入口の手前の壁に、強烈なハリウッドの崇拝者の名義で建物に宿泊するよう案内する短文がはられていた。内部の説明である。

**** 3) 迷路をあるきマンションを見学する
円筒部分は壁で仕きられ、回廊あるいは迷路となってる。この部分は二階建となってる。入口が四つあり左から黄色、赤色、緑色、青色で区別される。先発隊は黄色と赤色をつかってる。後発隊に内部を紹介するといって、緑をえらんだ。懐中電灯をもって真っ暗の廊下をすすんだ。中央の丸いところにきた。ここが中央のドームの下にある。二階ならドームからの明かりがあるが、ここにはない。さらにすすむ。扉につく。そこをあけると扇子にはる紙の形状にまがる廊下がある。その一番右にはいる。部屋はベッドがあるのみである。しかし明かり取り用の細いガラスをとおして光がもれてくる。一番外側の円周の部分に階段がある。それが二階につながる。いわゆる メゾネットである。この部屋の扉、一階、二階ともに鍵がない。廊下と回廊あるいは迷路を仕きる扉にも鍵はない。しかし、玄関からはいる入口の扉は内側から閂がかかる仕組みとなってる。トイレとシャワーは外ですませる。さらに説明がつづく。

**** 4) 各マンションの振り分け、呼び名をきめる
内部から閂をかければ、明かりとりと空気抜きの穴しかない。外部からは侵入はできない。各グループはそれぞれで独立してる。他のグループにゆこうと思ったら閂のある入口までもどるしかない。ここで、この建物の目的、仕組み、招待の短文の意図などに不安や不審がでるが、外との比較もされる。トフラーが先発隊のグループわけの説明をし、後発隊のグループわけをおこなう。二棟は俳優組、一棟はトフラーをふくむスタッフがつかってる。そこで三棟はバート、ラリーの年長組、四棟は録音や小道具、美術監督となった。便宜のため二棟をレッドマンション、一棟をイエローマンション、三棟をグリーンマンション、四棟をブルーマンションとよぶこととした。さらに便宜のため、マンションの各部屋を時計回りに一号室、二号室などとよぶ。二階をU、一階をLとして、例えば、一のU、一のLなどとよぶ。トフラーの説明がつづく。

**** 5) 尖塔の最上部に案内する
二階の部屋の壁に垂直に階段がある。それをのぼると天井の穴にくる。その上に四角の金属板がある。それを押しあげる。そこから円形の床にのぼる。これは尖塔部分である。そこに螺旋階段がある。それをのぼると壁がだんだんせまってくる。最上部にくる。せまい。これで尖塔の最上部にきた。そのスリットから周囲が見える。沙漠と死海が360度の視界に展開する。プロペラが金属のドームの上に林立する。風にふかれ旋回してる。ここから他の三本の尖塔が見える。その軒に一筋のタイルがある。それがマンションの色と対応してる。マンション間の連絡の話しとなる。尖塔からの連絡にくわえ、必要ならハンドトーキーで相互に連絡できるという。レオナがレッドマンションでは金属板があかないという。オリバーが死海とそこにうかぶ撮影のセットをさして、これから案内するという。

*** 2) ステージの表と裏を見る
**** 1) 浮島に案内する
オリバーがラリー、バート、ジム、録音担当を浮島に案内する。三角錐の形状は塩の結晶をイメージしてる。材料は大部分が繊維強化プラスチック(FRP)、継ぎ目部に特殊ゴム、ほか石膏、頂上は金属だ。頂上の剣から放電できるよう設備が付設されてる。浮島は錨とロープで繋留されてる。ロープはモスクのイエローマンションについてるリングにつながってる。浮島、モスク、道路と配置されており、風はモスクの方向から吹いてくる。ステージは安定してる。浮島の重心はひくく設計された。バートがあちこちと歩きまわり、立ちどまって剣を見あげてた。頂上までの高さは60フィートだ。剣に落雷し、塩の結晶が一気に崩壊するというシーンをとる予定だ。ステージの奧に四角の洞穴がある。そこに首がせりあがってくる。ステージからセットの内部にはいる。

**** 2) ステージの内部、地下におり、首をせりあげる
むきだしの鉄骨、ベニヤが見える。階段をおりる。エレベーターの真下にくる。オリバーが仕かけを説明する。ハンドルのグリップをまわす。箱が上からおりてくる。後ろ向きのバートがおりてきた。石膏やペンキでよごごれたテーブルがある。そこの布をひきはがした。つくり物の ヨハネの生首が盆にのってた。首は本物にあわせて重くした。重心もひくく安定させた。テーブルごと生首、盆をエレベーターにのせた。エレベーターをせりあげる予行演習をした。

*** 3) 神殿の地下室で夕食
**** 1) ギリシャ神殿風の建物
モスクの玄関まで舗道がある。その左側にギリシャ神殿風の建物がある。一階は円柱がならび、正面には三角の破風がのっているが、ほかはない。吹きさらしである。砂まじりの強風だった。建物の手前に地下におりる階段があった。おりると金属製の扉がある。それを押しあけると、内部はひろい空間だった。一階とおなじ意匠で円柱が林立してた。これは鉛製だった。入口の扉の内側も鉛でおおわれてた。柱は東西方向、南北方向にならぶ。東西がみじかく、南北がながい。東西方向の柱の間は鉛のパネルで仕きられてた。地下空間には窓がない。モスクの回廊のようにめぐる。壁際を一周できるが、中の部分は東西方向のみ移動できる。何故このような空間をつくったのか謎だった。食事のことである。

**** 2) 地下室での夕食
夕食を地下でとることとした。一階ではスープに砂がまじる。地下に椅子、卓子をもちこみ、東西三列に配置する。隣りあうが南北には話しができない。はじめて一同に会する食事となった。隣りあうウォーキンショーとオリバーの対話である。鉛のほかに酸の臭いがする。食事がおわり、トフラーが部屋からみつけた写真アルバムの紹介をする。モスクの建築工事の写真だった。それによるとモスクは基礎工事がない。太古の工法さながらに岩盤の上に建設された。電源もない。トフラーが明日からの撮影を話す。

**** 3) ロケ隊の中に犯人がいる
サロメが生首をもって踊るシーンからはじめる。レオナに用意はよいかきく。大丈夫、死海での撮影は歴史にのこる。このロケを提案してくれたバートに感謝する。ラリーが死海にはいってみようかという。周囲がリウマチにいい、皮膚病にいいという。裸足は危険、ジョギングシューズをはけ。美肌効果がある。ラリーがバートをさそう。足がわるいので50年もおよいでないが、浮かんで本でもよむといった。 ヨハネ役のジェロームが明日のこの役だけはやりたくなかったといって笑う。ウォーキンショーとオリバーが誘拐された不幸な子どものことを話す。使用人トム・ディエゴ夫妻の妻がおかしくなって、離婚、失踪した。バートの孫娘は首の後ろの肉がけずりとられてたという。ウォーキンショウーが被害者はすべてサロメに関係してる。その犯人は今、この撮影隊にいるのではといった。

*** 4) ヨハネ役者が殺害
翌朝、午前、首をせりあげるカットをとった。つづいて、レオナが首をもって踊るシーンだった。エレベーターの中にはいり、盆をもってでてきて、下においた盆から首をもちあげ、踊った。顔に接吻し、興奮してたおれた。痙攣をおこしている。トフラーがカットと声をかける。レオナの様子がおかしい。本人の頼みから体をひきづってテラスの柵までいった。レオナはそこから死海にはいった。スタッフが首の周囲にあつまった。ウォーキンショーがトフラーにいった。本物の首だ。レオナはあお向けになって死海に浮かんでた。

*** 5) 現場を確認、犯行時刻を推理
**** 1) せり上げ作業を確認
地下におり、トフラーとウォーキンショーがエレベーターの箱の前にいった。緊張した表情の小道具係が説明する。まずマホガニーのテーブルをエレベーターの箱の中にいれる。次に作業台にのってた首を盆とともにテーブルにうつした。それから布をとった。首は後ろ向きだった。ハンドルをまわして上にはこんだ。重さも本物にあわせてた。すり替えにはまったっく気がつかなかった。では、いつすり替えがおきたか。

**** 2) 犯行時刻を推定
昨夜は夕食が9時40分に終了した。今日セットにはいったのが、8時だ。その間におきた。下におりてきたオリバーにきく。箱があがってゆく間にすり替えができるか。否。善後策を考えるが、結論がでない。いったん、撤収して、モスクでジェロームの昨夜の行動を確認することとした。

*** 6) 椅子がうごく、部屋割りを確認、胴体をさがす
**** 1) 地下室が閉鎖されてた
トフラーが上陸すると、こちらにも異変がおきたと知らされた。地下室が閉鎖され、そこの椅子、卓子が地上にはこびだされた。撮影で食事はランチボックスですましたから、気がつかなかったという。トフラーが部屋割りを確認した。

**** 2) 部屋割りを確認する
1) イエローマンション
1U、セカンドアシスタントディレクター
1L、サードアシスタントディレクター
2U、エルビン・トフラー
2L、ファーストディレクター
3UL、リチャード・ウォーキンショー
4U、ファーストカメラマン
4L、セカンドカメラマン

2) グリーンマンション
1UL、バート・アスティン
2UL、ラリー・ハワード
3U、首切り役人1
3L、首切り役人2
4U、衛兵1
4L、衛兵2

3) ブルーマンション
1U、ジム・ベインズ
1L、録音主任
2U、録音アシスタント1
2L、録音アシスタント2
3U、小道具1、3L、小道具2
4UL、オリバー・バレット

4) レッドマンション
1UL、ビンセント・モンゴメリー
2UL、レオナ松崎
3UL、キャロル・ダーネル
4UL、ジェローム・ミランドー

**** 3) ジェロームの胴体をさがす
レオナが熱をだし、うわ言をいってる。エリザベートとかいってる。撮影続行につきトフラーとウォーキンショーが議論した。食事の話しとなった。あらためて地下室閉鎖や持ち主の不可解さが問題となる。ジェロームの胴体の行方が問題となった。昨夜は食事をおえ、便所にゆき、回廊をめぐりマンションの部屋にはいったとビンセント者が証言した。ジェロームの部屋に確認にゆくこととした。

*** 7) 胴体はどこ、閂はかけなかった
昼間のレッドロードを懐中電灯をもってすすんだ。トフラーが閂をすることにしようといった。昨日は閉鎖したところはないようだった。内部の人間をうたがう忌避感があった。ジェロームの一階の部屋を確認した。争いのあと、血痕もない。二階も確認する。異常なし。帰路、レオナの様子をたしかめた。問題はない。ここでも閂を確認した。結局、昨夜閂はしまってなかった。

*** 8) トフラーが撮影継続を強行
神殿建物の一階で昼食をとった。撮影の日程を話した。トフラーは続行にこだわったが、警察に連絡しようとの意見もつよかった。トフラーがウォーキンショーとオリバーと密談した。どうやら自分たちだけで犯人をみつけようとの提案だったらしい。二人はあきれた。オリバーが死者をだしながらも撮影を強行しようというトフラーに天罰がくだりそうだといった。

*** 9) ラリーに神の剣がささる
翌朝、八時、食事である。撮影再開の喜びがあった。トフラーが地震があったかときく。零時ごろだった。意見がわかれる。神の怒りの声がでた。ウォーキンショーがまた、警察への連絡を発言した。ラリー不在の声があった。トフラーを呼ぶ声がする。セットが見える場所にでた。セットがながされたようだ。ロープがほどけていた。セットの先に異物がある。トフラーの声とともに船でセットにむかう。セットの剣先にはラリーがあお向けの死体があった。

*** 10) ラリーの死体を回収
セットに上陸した。撮影のため設営されたものが滅茶苦茶になってることに気がついた。ヘロデアとヘロデ王のソファがとんでもないところにころがってた。埋め込みの照明やワイヤーでつるしたカメラには被害がなかった。どのようにラリーを剣の先にもちあげるのか。人間業では無理、地震も発生した。竜巻のような天変地異が生じる。それで一気にもちあげる。結論はでない。ラリーをおろすことにした。とんがった先端部分を骨だけにする。そのためFRPをはがす。落雷用の機械類をおろすこととした。作業に時間がかかった。その際、ウォーキンショーがオリバーが対話する。レオナの不審な挙動が気になる。迫真の演技というが、本物の生首と気づいてた。それはジェロームを殺害した本人だからではという。

*** 11) ラリーの死体を陸送
外皮を4時間かけてはずす。あらためてラリーの死体を確認。機械をおろす。死体の傷は剣によるもののみだった。死体をおろす。ステージの上におかれた死体に防水布がかけられた。そして船にのせられ陸にむかった。

*** 12) 日程を延期を連絡
トフラーは、群舞メンバーや吹奏楽団のイスラエルの入国の延期を連絡するためエイン・ゲディにむかう。そこで国際電話あるいは電報をする。四駆車で出発しようとした時、ウォーキンショーが警察に連絡するよういった。了承の返事がないまま、出発した。二人の棺を用意した。オリバーがレオナの異常さを考えた。女優には大なり小なり、異常がある。次にセットの設営を乱雑にしたのは誰か考えた。わからなかった。回収作業をして外皮を細工した痕跡はまったくなかった。ラリーの殺害が人間業でないと感じた。

*** 13) トフラーが決意をしめす
夕食をすませた。そこに車がもどってきた。ただ一台だった。ウォーキンショーの質問をうけながしながらトフラーが食事をした。やがてトフラーは、延期の連絡はした。この事件の処理は自分が全責任をおうといった。

*** 14) キャロルの殺害
**** 1) 地震の発生でおきた二人
ベッドに腰かけてレオナが錠剤を二錠のんだ。トフラーが体に地震を感じて飛びおきた。ハンドトーキーでブルーマンションのオリバーに確認したが地震は感じなかったという。ところが地震を感じておきだした人物がいた。キャロルだった。懐中電灯とハンディトーキーをもち階下におりた。

ベッドにふさがれた扉をあけ、廊下にでた。回廊をすすんだ。かすかに血の臭いがする。円筒部分の回廊にすすんだ。主役女優のレオナのことを考えた。さらにすすむ。前方に白い女の姿があった。レオナと声をかけた。すると顔をあげた。顔が血でただれ、みにくく変形してた。

**** 2) トーキーのやりとり、犯人の声
トフラーのトーキーがひびいた。レオナか。悲鳴。たすけて、レオナが。キャロルか。トーキーがきれた。階下におりて扉のドアノブに手をかけた時、トーキーがしゃべった。「トフラーさん、ミスキャストはだめよ。」お前は誰だ。エリザベート・バートリ。扉があき、ウォーキンショーがやってきた。二人はレッドロードの入口にむかう。説明をきき、ウォーキンショーがレオナの犯行をうたがう。回廊から外にでて、レッドロードにはいる扉にむかう。トフラーが力一杯、扉をおした。ひらかない。ブルーロードの扉がひらいた。何があったのかときく。キャロルに異変があったらしい。レッドロードに連絡をこころみてると、トーキーから突然、かん高いレオナの笑い声がきこえた。その他に男の声があった。グリーンロードの扉がひらいた。トフラーが説明をして、レッドロードの扉があくのをまってると、車がやってきた。

**** 3) ロス市警からの電報、レオナの酩酊
電報をはこんできた。LA市警からだった。レッドロードの扉がひらいた。中にたってたレオナが一同に挨拶した。やや呂律がまわらなかった。キャロルは。知らない。ウォーキンショーがレオナの寝衣、顔に血痕がついてることを次々に暴露する。回廊にはいってすぐ、キャロルの死体にぶつかった。 ウォーキンショーの怒が爆発した。レオナを部屋にとじこめた。

*** 15) 模擬裁判、二人のプロデューサーを発見
**** 1) 模擬裁判の実施
レッドマンションの2Uに一同があつまった。ウォーキンショーがレオナを殺人淫楽症として断罪した。トフラーはその奇怪な行動はドラッグによると反論した。さらにレオナの才能を擁護した。ウォーキンショーが模擬裁判を提案した。バートが裁判長、トフラーが弁護人、ウォーキンショーが検察官、残りが陪審員として、レオナの裁判をはじめた。ウォーキンショーは電報の開示をもとめた。しぶるトフラーをせめて、電報を取りあげ、裁判長に提出した。その内容である。

**** 2) ロス市警の電報の内容
松崎レオナ邸から4体の嬰児の死体が発見された。いずれの死体も頸後部の肉がえぐり取られてる。身元はトム・ディエゴ夫妻の第一子、ジム・ベインズ夫妻の第三子、ラリー・ハワード氏の孫娘、オリバー・バレット家の使用人ビリー・マクドナルド夫妻の第三子と判明した。よってロス市警はレオナ松崎を一連の嬰児誘拐殺人の犯人と断定したので、逮捕にむかう。同人を拘束するよう希望する、というものだった。あまりのことに信じられないとの空気がながれる。ウォーキンショーが、異常は遺伝することを主張する。一人の男が二人の女にうませた子孫の有名な調査例をあげた。そしてレオナの父が殺人淫楽症だったという。ウォーキンショーが懐中電灯で天井に光をあてた。

**** 3) プロデューサーの死体の発見
天井の穴に体をいれ、上の金属板をおした。あかないので助けをもとめ、さらに二人でやった。ついにあいた。体が上の部屋にはいった。驚きの声がきこえた。ウォーキンショーがここに失踪した二人のプロデューサーの死体があるといった。

*** 16) 三つの死体の検分
トフラーが部屋にはいる。あおむけになったスティーブの死体があった。シャツがはがされ、胸に穴があいてた。その上にひからびた心臓があった。ウォーキンショーが吸血鬼だといった。血がすわれている。入口ちかくをてらした。そこにミイラ化したダニエルの死体があった。この体と道具箱が金属板の上にあったので、あけられなかったとわかった。口から血をはいてた。周囲に鉈、金槌、大型ナイフ、ノコギリが散乱してた。最後に防水布をはぐる。下から首のない、うつむけの死体が見えた。ジェロームの死体だ。死体からの血が床にあふれ、金属板のまわりの隙間ににじみ、天井の穴から下の床に一、二滴おちた。その血痕を、さっき発見したといった。

*** 17) 撮影の中止しレオナを拘束
トフラーの口から撮影中止がつげられた。レオナがおきあがりナイフでウォーキンショーにおそいかかった。苦心惨憺の末、取りおさえ、両手、両足をしばり、念のため猿轡をかませた。そのままにできないのでベッドにはこんで、一同は部屋をでた。

*** 18) レオナの部屋に怪人物が登場
レオナが夢を見てた。がたんという音に目がさめると、天井の穴から人物がおりてきた。不思議な黒衣をまとって、裸足に革製のサンダルをはいていた。次々とおりてきて、彼女の前に一列にならんだ。顔が血でただれてた。しかしその程度に個人差があった。中の一人がすすみでて、ナイフをふりあげた。恐怖のあまりレオナが失神した。

*** 19) 御手洗の登場、ウォーキンショーと対決
**** 1) レオナが逃亡をはかる、御手洗が登場する
レオナが目覚める。手足の縄がほどかれてた。体中がいたむ。逃亡の用意をして室外にでた。回廊をたどり、慎重に屋外にでた。トレーラーでトイレをすました、道路沿いをさけ岩山にむかった。頂きの一つから白馬が見えた。あわててそこに向かった。距離がちじまった。声をかけらた。「御手洗さん」とこたえた。レオナをのせた。御手洗はトフラーから横浜に電話があった。援助を求められたので、ここにきたといった。馬はこの地で調達した。事件はトフラーから詳細をきいたが、ジェロームとラリーの死までといった。レオナの噂もきいてる。ドラッグのこともきいてるといった。プロペラを目にした御手洗が装飾ではなく、何らかの機能をはたしてるといった。

**** 2) 神殿地下室での食事をきく、部屋の様子をきく
神殿建築を見た。その地下で食事をしてたが上のピロティ風の広場で食事をしてるといったら、何故かきいた。閉鎖されたため。その理由は。不知。杜撰さにあきれた。さきほど見たウラン精錬所の存在とあわせ、何かに気づいたようだった。モスクからでてくる大勢の男たちが見えた。御手洗がトフラーに声をかけた。握手をした後、神殿建築にむかった。地下で閉鎖された扉を確認した。上のピロティで話しをする。

地下の部屋は金属のパネルが幾重もある。柱にも金属がまかれてる。その金属は鉛である、ということを確認した。トフラーが御手洗をスタッフに紹介した。ウォーキンショウーが無愛想にLA市警がレオナを逮捕するといった。御手洗は猶予はこれから十時間と知った。事件がおきて、キャロルが殺害され、プロデューサーの二人の死体が発見されたことを知った。レオナを糾彈するウォーキンショウーがジェロームから頸の後ろの肉が切除されてたことを知った。さらにキャロルにはそれがなかったことを確認した。御手洗がLAの赤子の頸の後部も切除されてたといった。そして、今回の事件の被害者がサロメ関係者に集中したのは、犯人がちかくに居住し、家族構成をよく知ってたからといった。トフラーが血をすうといった。

**** 3) ウォーキンショーがレオナを告発する
御手洗は新鮮な血がほしいなら骨をわって、あるいは心臓からのむ。今回の事件ではそれがない。吸血は目的でないといった。ウォーキンショウーがレオナの麻薬常習を示唆する。キャロルが殺害された夜のレオナの 妙な反応、それにくわえ寝衣の血痕、6月27日夕方、自宅をでて車で街を彷徨、そこでおこなった多数の奇行を指摘した。レオナが犯人と主張した。御手洗の反論する。プロデューサーのスティーブにつき、心臓が半分にわられていた。一見、吸血鬼の犯行のようだ。しかしジェロームの死体である。レオナの部屋の天井から血がしたたりおちた。吸血鬼の犯行ではない。ウォーキンショウーの糾彈は、レオナが吸血鬼といったり、殺人淫楽症といったり麻薬におかされたジャンキィーの犯行としたり、主張が一貫してない、その欠陥をつく。

**** 4) その論拠に反論する
さらにレオナの否定をうけ、御手洗がウォーキンショウーが犯行を目撃してないと、激烈な主張に水をかける。さらにラリーの殺害についてレオナ犯人説は根拠薄弱と指摘。レオナの奇行にひそむ異常さ、その父の異常さについていう。この異常人物は「暗闇坂の人喰いの木」に登場した。それを根拠にウォーキンショーが殺人淫楽症を主張した。さらにウォーキンショーがもちだした米国の調査にふれた。一人の男が二人の女性と結婚した。精神に障害のある女性の子孫とそうでない女性の子孫を比較調査した。職業、社会階層におおきな差がうまれたというものだった。しかし、それは社会的背景の差という環境的要因を反映したものというべきだ。レオナを殺人淫楽症とする根拠の欠陥を指摘した。

**** 5) 謎が多数なのに、究明を放置してる
ウォーキンショウーはラリーの殺害がレオナでないことを認めた。しかし、では犯人は誰かと御手洗にきいた。現時点で不知、御手洗も認めた。情報の不足と不可解な事実の原因究明においてリチャード・ウォーキンショー側の怠慢を指摘した。地下の部屋が閉鎖された理由に関し、神殿の北側の土地を10フィート下まで掘削するようもとめた。ウォーキンショウーは御手洗の大言壮語の発言を指摘し、解決への圧力をかけた。御手洗はこれを挑戦と受けとめ、最後にレオナの部屋の上の三つの死体の差異、神殿の地下の部屋の特異な構造、近在するウラン精錬所、モスクのプロペラ、死海の存在を指摘し、撮影隊の協力があればこの事件は解決できると宣言した。

*** 20) 御手洗が事件をきく
**** 1) 御手洗が今回の依頼の目的を確認する
御手洗が今回の依頼の目的は、1) レオナの救出、2) 映画サロメの続行であることを確認した。ついで、撮影隊の先発組と後発組のリスト、一階、二階の回廊の詳細図、神殿北の土地に溝を掘削することを要望した。

**** 2) 撮影開始前日をきく
トフラーが説明する。7月24日、後発組に、土地の説明、モスクの説明。セットの説明。オリバーが死海のセットに案内し、エレベーターなどの詳細を説明、夕方、地下室で食事。御手洗がきく。四つのロードの入口に閂をしたか。否。夕食時、モスク建築時の写真アルバムを見た。基礎工事がなく岩盤の上に建設されてたことを知った。モスクの入口にはってあった短文は、先発のスタッフが到着した7月20日はあったが、レオナ、トフラーがやってきた6月にはなかったことがわかる。7月22日にレオナとキャロルがレッドマンションにはいった、ことがわかった。

**** 3) 撮影第一日目、生首の発見をきく
7月25日、撮影準備でトフラー、助監督が早朝にセット入り。食事はランチボックス、地下でない。なのでジェロームの不在に不知。地下部屋の閉鎖も不知。椅子、卓子の移動の目撃者もなし。生首の登場、レオナの演技を撮影。その生首が本物だということにスタッフが気がつき大騒ぎ。御手洗がレオナに何時、本物と気がついたかきく。レオナが不承不承、正直わからないと告白。御手洗がドラッグによる健忘といった。

**** 4) ジェロームの行動を確認した
24日の夜から25日の早朝につくり物の首が本物にすりかえられた。つくり物は現在のところ所在不明。トフラーがいう。渚にもどって、地下室の閉鎖を知る。ジェロームの部屋で確認、そこに遺骸なし。そこでトフラーが部屋割りリストをわたした。ジェロームの行動である。、夕食後、ビンセントとともにトイレにゆき、レッドマンションに10時ごろはいった。レオナが御手洗に不承不承、24日10時以降にドラッグをやったことを認めた。

**** 5) 第二日目、ラリーの殺害をきく
26日、朝食は神殿のピロティでとった。そこでラリーの不在に気がついた。騒ぎとなりセットの先端の異物に気がついた。それがラリーであることに気がついた。不可解さに神わざか、となった。御手洗がたしなめ、何か異変がなかったかきく。セットの中の小道具、機械が乱雑、混乱してた。その意図が何なのか、不明、特定の傾向も認められなかった。さらに異変としてトフラーが地震があったという。25日の夜から26日の早朝に地震。二度目もあったという。他のスタッフに次々たしかめてるうちに、何かを発見。御手洗の気分が高揚。そこで突然声があがった。

**** 6) 推理がすすむ、モスク、地下室の謎
掘削中のスタッフからパイプのようなものを発見という 。御手洗は、レッドとその反対に位置するブルーのマンションの住人が不知、イエローとその反対に位置するグリーの住民が承知という事実、モスクの屋根のプロペラ、無数のパネルをもつ地下室、その扉が24日に閉鎖された。さらに地震がそれ以降におきた。さかのぼって地下室があいていた、それ以前には地震がおきてないこともわかった。御手洗の推理はすすむ。ラリーの不可解な殺害は閉鎖されてからだ。両者には関連があるといった。キャロルの話しとなった。

**** 7) 地震の謎、感じた人と感じなかった人
トフラーが地震に気がつき目がさめた。当時、レオナはドラッグのため記憶がなかった。トフラーのハンディトーキーが鳴った。そこから女の声がひびいた。ここで部屋にいるはずのレオナとキャロルの行動が問題となった。そこにバートが口をはさんだ。グリーンマンションの住民である彼はは入口の扉の開閉を確認できるようにと、透明のセロテープをはってた。それでレッドマンションの扉があけられてないことを確認した。ウォーキンショウーがレオナの嫌疑がいよいよこくなったといった。あらかじめレッドマンションに人がひそんでる可能性が議論されたが、可能性は低いという結論となった。二人のプロデューサーの話しとなった。

**** 8) はいれなくなった尖塔への道の謎
レオナに確認する。レッドマンションをえらんだのは、回廊の途中に外光がもれ、明かるいところがあったから、2Uをえらんだのは、その上に尖塔があるからといった。しかし上にはのぼれなかった。6月のはじめにきたときには、のぼれた。当然、二人の死体はなかったという。

**** 9) 異様な男たちが尖塔からおりてきた
御手洗がレオナから見取り図をうけとり、食事は辞退し、しらべるといった。ウォーキンショウーがレオナを拘束した26日は、はじめて死者のでない日となったというとレオナが死者はでなかったが、ソドムの民がでたといった。御手洗が説明をきく。顔が血でただれた男たちが尖塔からおりてきて、自分をみつめていたといった。御手洗は一同からはなれて調査にむかった。

*** 21) しらべた御手洗が山にむかう
**** 1) 回廊の不可解な場所を指摘する
御手洗がもどってきて、修正した見取り図をみせた。隠し部屋でもあったかと皮肉をいったウォーキンショウーにとりあわず、二階の回廊、イエローロードには行き止まりとなる岐路がある。一階にはそれがない。それはここの回廊に閉鎖された空間があることを示唆する。二本の回廊はそれをよけている。この閉鎖された空間の天井と床を考える。天井は二階の床につながり、床は地下の岩盤につながる。何を意味するかとの問いにこたえず。ヒントをだす。それはレッドロード。さらにこのブラックボックス上空にさしかかるレッドロードの床だ。これが五インチほど低くなってるといった。さらにイエロー、グリーンの住人にのみ感じられる地震、ラリーの奇怪な死もヒントだといった。死海王国のセットを見にゆく。

**** 2) セットの先端を見て、ラリーの死因をさとる
船で浮島のまわりをめぐり、オリバーと殺害方法を話す。先端にロープをかけ上にのぼるのも、下からロープをかけるのも困難との結論となる。セットは、やはり風にながされる。二カ所を錨でとめ、さらにロープでモスクにつないでた。しかしロープはほどけてしまった。今はそのままだ。浮島のどこにロープを固定するのか。浮島背中の上部の標高二十フィートのところにリング。上陸する。

**** 3) 血まみれの怪人をジムの息子が見た
パティオでの会話である。レオナが見た怪人について、妄想という意見にたいしジムが息子がそれを見たと反論する。

**** 4) 全容をさとった御手洗が伝言して山にむかう
陸にもどり、モスクで浮島をロープでつないでいたらくだ留めのリングをさがすが、ない。さらにしらべると、鉄の杭がみつかった。その先の穴にリングがついてたらしい。ラリーをもちあげたのは、ここにロープをむすんだオリバーだといった。御手洗はこれで事件のすべてが見通せたといって、小考の後、スタッフはピロティで待機、トフラーにはサロメの撮影をつづけるため、LA市警がきても、レオナを今夜はここにとどめておくこと、どのような手段でもそうするよう伝言を依頼した。そして馬にのって山の頂きにむけて出発した。午後1時だった。

*** 22) LAの刑事が登場、御手洗が警告
夕方、LA市警からティモシー・ライアンとアンソニー・ルイスの二刑事がやってきた。ピロティにいるレオナに手錠をかけた。連行しようとした時、トフラーがやってきて必死に制止しようとした。もみあいの後にトフラーが拳銃で二人を拘束した。二時間まてといった。夕陽がしずみきる前に御手洗が馬でもどってきた。まちかねたトフラーが声をかけた。そして、御手洗がおめでとう、真犯人はみつかったといった。四人の嬰児の死体をおいたのは、ポール・ドリスデール。レオナのかかりつけの精神医である彼が、レオナの相談をきき、嫌疑がかかるようにおいた。そして同時に御手洗の謎解きをきかないでLAに直行すれば、二人は全米の笑い者になると警告した。

*** 23) 御手洗が謎を解く
**** 1) 十二人の殺害を概括、謎解きの再開
御手洗はパティオで一人の女優が短時間のうちに十二人もの殺人をおかしたという前代未聞の嫌疑がかけられたが、真犯人は別にいるといった。長い前置きの後、御手洗はモスクの前にちかづき、イエローマンションの壁のところで立ちすくんで、やがてしゃがみこんだ。そしてらくだ留めのリングをひろいあげた。モスクをどかせるといって、イエローマンションの壁をおしはじめた。呆然とする一同、二人の刑事もあきれて立ちさろうとした。その時、つよい金属音がひびいた。巨大な石造の建築物が御手洗の動作とともに五フィートうごいた。御手洗が手まねきした。

**** 2) 異人種の登場、奇病の説明
玄関で異人種を紹介するという。レッドロードの扉から古代ローマの衣裳のような、黒い布をまき、腰にベルトをした男がでてきた。次々と同じような衣裳の男女があらわれ、十人たらずの人びとが石舞台の上にならんだ。御手洗がアリゾナ州立大学社会医学部副部長、アンドルー・ホワイルを紹介した。ここにいる人びとはストレンジの最も重症の患者であるといった。自分は患者のため、ここに治療センターをつくった。御手洗氏は無実の罪で逮捕されそうになってる人をすくうため、全員がその姿を人目にさらす必要があると協力をもとめられ、陽がくれた時ならという条件で同意したといった。さらに説明する。

**** 3) ストレンジ病の説明
髮がぬけ、顔が血でただれ、膿がふきだす症状をみせる。これは強力な薬効をもつステロイドの多用により、こじらせてしまった結果である。ステロイド、副腎皮質ホルモンの分泌は脳の視床下部により制御されている。ところが視床下部は同時に自律神経の制御もおこなってる。現代社会のストレスが自律神経の失調や副腎皮質ホルモン分泌を低下させると考えている。初期の症状は眉毛のあたりがかゆくなる。体中に湿疹がしょうじる。それが時に発症し時にきえる単純な皮膚炎としてあらわれるが、その治療法はながく不明とされていた。重症になるとその痒みは我慢できる限界をこえ、不眠をひきおこし、内臓がやられ、精神に異常をきたす。さらにすすむと、皮膚炎で関節がまがらなくなり、顔がはれ、皮膚がやぶれ、髮がぬけ、人前にでられなくなる。同じ家にすみながら数年間も両親と顔をあわせず、部屋にひきこもった症例も知ってる。これを劇的にいやす薬がステロイドである。

この療法には危険な側面がある。多用により本来の副腎皮質ホルモンの分泌機能がなくなる。これがながくつづくと、内臓疾患、精神障害、失明から生命の危険にまですすむ。そこでステロイドの投与をやめると、今度は前述のように重大な症状をあらわす。この症状にある人が、いまあらわれた人たちだ。オリバーが何故この地にいるのかときく。御手洗が離脱症状の説明が必要と補足する。説明がつづく。

ながく投与されたステロイドを体内からぬく必要がある。これを離脱とよぶ。この離脱の過程で前述の重篤な症状がでる。患者に重大な苦しみをあたえる。ところがこの離脱を効率的におこなう方法がある。それが日本に古来からある温泉療法である。自分は日本に治療センター設置の計画をすすめていたが、別途提案がありこの地に設置することとした。これは人目をさけたいという要望からは日本より、アメリカより適地である。建物、地下室について説明する。

**** 4) 建物の真相を説明
この地には古来の地下都市があった。人目をさける意味でこれを利用することとした。建物について説明する。このモスクは一階、二階がある。二階は最大37度回転する。15度回転すると地下の療養施設におりる階段があらわれるようになってる。これが通常にもどると地下への入口はとじる。このような大規模な仕組みについて説明する。

現在、患者は21人だが将来数百人となると予想してる。患者は特性により日光にさらしたり、それをさけたりする必要がある。四つの張り出し部分や現在コンクリートで区切ってる回廊部分の利用も考えてる。回転はバランスを考えグリーンとイエローしか回転できない。オリバーが回転についてきく。

**** 5) 地震の謎を解明
回転は特別な駆動装置をつかう。日本の一眼レフカメラでオートフォーカスなどにつかう振動モーターだ。これは通常のモーターにあるような動力部分がない。この説明には二つのリングをかさねておくことを想像してほしい。下のリングに縦揺れをおこす。すると両者の間にマイクロのレベルの隙間がうまれる。これに横揺れをくわえる。精密な説明が困難だがこれにより回転運動をおこすことができる。カメラのレンズのような円筒部を回転させるには理想的な装置である。これをモスクの二階部分と一階部分の間にとりつけ、回転させる。すると二階部分に取りつけられたイエローとグリーンが回転する。これで地震が感じられるマンションと感じられないマンションのちがいが納得できた。電力源の話しとなる。

**** 6) バッテリー装置の説明
プロペラによる風力発電だ。建物の回転につかうほか、地下の電灯につかう。風のない日のためにバッテリーを用意してる。地下施設への移動をうながす御手洗に、なおも、どこにバッテリーがあるかときく。鉛のパネルのある地下室。地下室が閉鎖されバッテリーが駆動できる。建物が旋回すする。だから地震も発生する。地震発生と地下室扉の開閉との関係に納得。扉をしめる。バッテリーが駆動できる。電解液としての硫酸をいれ、電極に鉛を使用する。硫酸はどこから。この北にウランの精錬所がある。そこで大量の硫酸廃液が発生。それをパイプにより移送。御手洗がモスク玄関の石舞台にあがった。

*** 24) 地下湯治場を紹介、女性が逃亡
**** 1) 回転で地下空間への道がひらく
一階のレッドロードにながい行列ができた。先頭部はストレンジの患者、その最後尾にワイル、御手洗、後方に撮影隊だった。レッドロードの入口が一つ左にずれていた。回廊をあるく。何ひとつかわってない印象。先にゆく一行がきえていったところはキャロルがたおれてた、わずか手前だった。そこには幅三フィート、奥行五フィートの穴があいて、そこから下にくだる階段が見えた。これは右方向に十五度回転することにより、このあたりが床の厚さ分掘りさげられてた。これで一階部分の空間につながった。御手洗がキャロルを殺害した人物はこの階段をつかってレッドロードにきたといった。

**** 2) 地下空間が湯治場となってる
下におりきった時、一直線の石畳の道があった。その両方の壁に点々と明かりがついてた。その先は広場につながった。広場の中央に井戸があり、それめぐってベンチがあった。そこに数人の患者がすわて、したしげに話しをしてた。ホワイルがここは岩盤をくりぬいた古代都市の一部という。温泉がわき、浴場が随所にある。古代の湯治場のようだ。古代ローマのカラカラ浴場のようなプールもある。その片側に仏教の阿弥陀如来像がおかれてた。日光を必要とする患者のためには、この先に直射日光がさす場所がある。そこから先に、もう一つの出入口がある。これはバッテリーをつかえない状況で出入口として機能する。刑事ルイスが御手洗にきく。

**** 3) 女性患者が逃亡する
顔が血でただれ、頭髪がぬけた怪人物が目撃されているが、それはレオナではないのか。否。赤子を殺害したのも。否、それを必要としてる人物がいる、という。そこで患者の一人がホワイルに、女性患者が逃走し、 ヨハネのつくり物の首も不明となった、とささやく。レオナが彼女は死海王国のセットにいるといった。

*** 25) 真犯人が登場
**** 1) 真犯人の姿があらわれる
セットにむかう船上で御手洗が説明する。一人の女優がいた。彼女はハリウッドの大スターだった。ところがストレンジが発症した。強力な薬効をもつステロイドにとびついた。多用が症状の悪化を促進した。ところで、ステロイドの使用に反対するゴードン・バークレイという宗教家がいる。皮膚病の権威であり、この女優のかかりつけ医師でもあるフランク・ツィンマーマンと激烈な議論をかわした。医師はステロイドの使用を制限することをきめた。この女優はステロイドの服用を懇願した。しかしかたくなにこれを拒否した。ここにこの女優のかかりつけの精神医、ポール・ドリスデールが登場する。彼はこの女優と深い関係にあるとともに、彼女はオフィスへの出資者であり、有力な顧客を紹介してくれる恩人でもあった。そのためステロイドの入手に協力した。しかし症状の悪化した女優には充分でなかった。症状をこじらせ顔が血でただれ頭髪がぬけるという絶望的状況となり、精神に異常をきたした。ステロイドの使用をやめさせたゴードン・バークレイに復讐しようとして自宅をたずね、ついに息子、マイケル・バークレィをまちがって殺害した。セットにちかづいた。御手洗がスタッフにステージの照明を点灯できるよう依頼して、上陸した。

**** 2) 舞台に犯人が登場する
一同が見守る中で、舞台に一人の女性がたってた。首がのった銀の盆を頭上にかかげて、 ヨハネの首をもつサロメの演技をした。御手洗の合図により強力な照明に女優の姿が浮かびあがった。シャロン・ムーアと紹介した。刑事が手錠をかけようとちかづいた時、隠しもってたナイフで心臓をつらぬいて、絶命した。トフラーが、ハンディトーキーでシャロンがいった。「ミスキャスト...」の意味がわかったといった。御手洗がレオナへの敵愾心について話す。

**** 3) レオナへの復讐を暴露する
多数の殺人をおかした自分の将来がないことを覚悟したが、それなら宿敵レオナもほうむりたいと考えた。キャロルも同じか。否、レオナをねらた過程でおきた偶発的事故だ。嫉妬心から彼女の顔を傷つけたが事故だった。キャロルがハンディトーキーをつかって連絡されたのでレオナ殺害はあきらめ、地下にもどった。レオナがイスラエルにたつ日にレオナの自宅に侵入し殺害をはかって失敗した。それを刑事、ルイスに目撃されている。レオナがきく。自分がしばられてた時に見た大勢の人たちは。それはシャロンをおってきた患者仲間。ホワイルがいう。彼女は問題児、殺人の疑いもあった。監視してた。監視の目をかいくぐり連絡口をあけ、レオナの部屋に侵入しようとしてた。モスク入口にはってあった手紙の話しとなる。

**** 4) 犯人の犯行を解明する
ホワイルが否。御手洗が彼女だろうという。シャロンはキャロルを殺害の後で、追手をまくため多分、ジェロームの部屋にかくれ、地下の入口から逃走。そこで建物を回転させ入口を閉鎖。追手はやむなく2Uの尖塔部分にいったんかくれ、やがて2Uの部屋におりた。それをレオナが目撃。一同がねしずまったすきに入口から脱出し、非常口からもどった。トフラーがきく。

彼女が人間の肉を顔にのせてた。それは何故。コラーゲンだ。これは細胞の中にあるタンパク質で、 皮膚細胞を活性化し、かつ、瀕死の細胞も再生させると信じられてる。アメリカは美容科学の先進国だ。それに頼りたいとの女性もおおい。コラーゲンをふくんだ化粧品が多数。ところで胎児はもっともコラーゲンがおおい。中絶胎児を利用しようとする闇のルートができてる。何故、首の後ろの肉なのか。化粧品メーカーが牛の首の後ろや背中から膠を抽出し、それからコラーゲンをとると説明してる。これが彼女の行為の誘因だろう。狂気にかられた彼女が赤子を殺害しそのコラーゲンを一刻もはやく破壊された皮膚に供給したいと思ってのことだろう。ホワイルがジェロームの肉をそうしてたという。

**** 5) ジェロームの殺害を説明
レオナがシャロンが筋肉トレーニングをやってた。ジェロームを殺害、首を切断、セットでつくり物とすり替え、胴体を尖塔下部の部屋に搬送。必死になればわたしでもできる、といった。

**** 6) 悲しい動機が暴露される
御手洗が胎盤美容法というものがある。これはたとえば火傷した時、出産した時に排出される牛の胎盤を患部にあてる。驚異的なはやさで回復。これはプラセンターエキスの効果という。LAでは5人の赤子を殺害しこれをやった。一人は街路にすて、のこり4人はレオナに疑いをかけるために住居に放置。血がぬかれていたが。レオナがいう。それはエリザベート・バートリに興味をもっていた。彼女にならった。あらためて一同が呆然とする。照明がけされた。浮島を立ち去る前にレオナがトフラーにいった。自分のほうが演技がうまい。

*** 26) 最後の謎を解く
**** 1) ヨットから目撃された死体は誰
ライアン刑事が、シャロンの死体として海上で目撃されたのは誰か、ときいた。それは、ウォーキンショーの家に住み込んでた女性。赤子を誘拐されたマリア・ディエゴと思う。何故なら新聞報道後も誰も知人が名のりでない。離婚してメキシコを故郷とする女性だ。シャロンにちかづき返り討ちにあった。あるいはポール・ドリスデールの犯行かもしれない。二人のプロデューサーの話しとなる。

**** 2) プロデューサーの死因
御手洗がいう。死因は餓死。スティーブが先に死亡し、乾きに苦しんだダニエルが体をえぐり心臓を取りだし、心臓をわって吸血した。問題は何故そんな悲惨な状況に追いこまれたかだ。それは中央の円筒部分が回転した。二人が部屋をでて、廊下からレッドロードの回廊にでようとした。そこで扉をあけたら壁が出現した。それでレッドマンションに閉じこめられた。閉塞状況で惟一外界を感じられる2Uの上にでたのだ。レッドマンション一階に固定され、回廊にでるには、二階の扉からでる。回転により壁となった。バッテリーの硫酸を交換するのに長期間かかることがあったろう。その間に偶然に閉じこめられた。といってもホワイル氏に責任はない。ストレンジへの偏見から、このような建築物をつくったのだから。一同は突然の異変で絶望のうちに餓死した二人を想像してあらためが呆然とした。トフラーが最後の謎を御手洗にきいた。

**** 3) セットの剣先の死の謎
不答。真相は知っているようだ。何度も問いかけても不答。トフラーは多数決できめようと挙手をもとめた。賛成が過半数となった。突然、バートが語りはじめる。自分は中国、浦東の裏町高橋にうまれた。まずしかった。生活苦から十四歳の時、うられた。十七歳、ラルフという青年がかった。ラルフは悪魔だった。両足を切断、去勢され有名な売春宿鴻元盛の秘密の劇場で人魚の見世物となった。1941年、日本軍が上海にはいり、その後、米軍がやってきた。米軍将校のたすけによりLAにわたった。

**** 4) バートの告白
1955年MGMのダンススタジオでラルフと再会した。それはラリーだ。去勢のせいで自分に気づかなかった。一時、ハリウッドに中国ブームがあった。成功者の仲間入りができた。ラルフはビバリーヒルズに住居を購入するのをたすけてくれた。愛憎なかばする存在だった。人生の終わりを感じた時、東洋から大スターがやってきて、引退した二人が死海にくることとなった。

かっては人魚の見世物となった自分の体では死海でなければ、およげない。ここで自分がだれか気づかせて用意した拳銃で殺そうと決心した。だが失敗した。もし謝罪の言葉があれば許してた。しかしない。怒りがこみあげた。その時、轟音とともにセットが横倒しになった。おびえるラリーの肩をつかみ、セットの先に体を突きさした。陸にもどり呆然としてたら、モスクをでて沙漠をあるく不思議な一行を見た。彼らが何なのかわからぬまま部屋にもどった。翌朝セットを見ると元どどおりだった。長い話しがおわり、御手洗が補足する。

**** 5) ラリーを殺害した神のいたずら
一行がセットからきたロープをほどいた。開放されたセットは重心の力で元の位置に復元した。バートが自分なりに真相をしりたいとセロテープを扉にはりつけたりしたが、真相はとてもつかめない。何だったのか、知りたい。御手洗がいう。モスクが回転することを確信したのは、ラリーの死体の状況だった。あれはセットが横倒しにならなければ、そうならない。では、回転を始動するスイッチはどこか。一つは地下にある。さらに地上にも必要だ。それがらくだ留めだ。あのレバーがスイッチだった。尻餅をつく真似をしてスイッチをひいて、建物をうごかす演技をした。ロープがモスクにむすばれてたから、風でながされるとスイッチがはいってしまう。回転がつづき15度どころか37度まで回転した。そのためセットが横倒しとなった。患者の一行は赤い山から、あわててでてきた。ロープをスイッチからほどき、二度とこんなことがおきないよう、スイッチからリングをはずした。横倒しがセット大混乱の理由だ。謎解きがおわった。一同は夕食をとることにした。

* エピローグ、わかれ
翌朝、レオナはLAにいそぐ御手洗をテルアビブ空港までおくって、わかれた。

* 感想、謎解きは面白かったか
** 1) 建築物の構造
この作者は美大出身である。間違いなく建物の設計図がかける。ずいぶん不思議な構造の建物も構想できる。すると見事にそれを設計図におとす。。モスクは地下につづく坑をもつ岩盤にたてられた。その図と説明から、次のようにまとめた。

1) 建物は一階、二階、ドームにわけて考えることができる。
2) 一階は岩盤に固定され、円筒部分と張り出し部分をもつ。二つの張り出しは円の直径上対象の位置にある。
3) 二階も円筒部分と張り出し部分がある。張り出しは二つある。これで都合四つとなる。ドームは二階の円筒部分の上にのる。
4) 張り出し部分でレッドとブルーは一階に固定され、イエローとグリーは二階に固定されてる。尖塔がそれぞれ一つ、この上にのる。
5) 二階が回転し、一階は回転しない。つまり二階に固定した張り出し部分のイエローとグリーンが回転する。
6) マンションへの入口は、イエローとレッドが二階の迷路からはいり、グリーンとブルーは一階の迷路からはいる。

と、まあこんな構造の建物で事件がおき、展開してゆくと思う。

** 2) トリックの仕組み
*** 1) 地下連絡の道が可能か
一階部分の迷路構造の中に四方を壁で閉鎖された扇形柱というべき空間がある。その扇形柱の天井と床にあたる部分は閉鎖されてない。 二階部分の迷路の中に扇形柱に照応する穴があけられている。通常、この穴は一階の天井部分のコンクリートにより閉鎖されている。ところが回転により位置を移動すると、ちょうど扇形柱の天井部分にかさなる。ここから地下への道がひらかれる。回転が可能なら、ここに問題はない。

*** 2) 回転できるか
振動モーターの原理がはたらく。規模の差は無視すると建物の構造上に障害はない。震度は一階と二階の接触部分のうち、一階部分に生じるらしい。この振動は一階にのみ伝播するのが原則というが、二階のレッドにもわずかに伝播し、それを感知したキャロル・ダーネルに事件がおきたとある。

*** 3) のせるだけ、ずれないか
地震や強風でずれないか。一階は地上に固定されている。その上に二階がのる。これが地震でずれたりしないように、二階建のマンションが直径方向、対称にそれぞれ位置して保持をたすける。

*** 4) 地下室のバッテリーが可能か
ここでも規模の差は無視する。鉛を電極につかうのは自動車のバッテリーがあると思う。鉛とその酸化物を電極につかう必要があると思う。しかし文章に明記されてない。あるいは炭素をつかうのかもしれない。原理的には問題ない。電解質である硫酸も問題ない。

*** 5) 事件の日程が整合してるか
次のとおり、整合性があるようだ。
6月
1) レオナ、トフラーがイスラエル、ロケ地を訪問
2) 二人のプロデューサーがイスラエル、ロケ地で餓死(二人)
3) シャロンがLAで殺害を実行(五人の嬰児、一人)
7月
1) シャロンがLAで殺害を実行(一人)
2) レオナがイスラエル、ロケ地を訪問
3) シャロンがロケ地で殺害を実行(二人)
4) バートが殺害を実行(一人)

*** 6) 原理的には可能
以上見たとおり謎の実現は可能と思う。しかし現実にこんなことがおきるか、考えれば、急にさめる。効率性、経済性から、本来にそんなことをやる必要があるか、謎の実現に現実の冷たさが立ちはだかる。それをさておき、次の二つがある。

1) 振動モーターは、振動によりマイクロレベルの隙間がる生じる。カメラのような精密なメカニズムが実現可能だろう。一定規模をこえると精密な平面は無理。また摩擦も無視できない障害となるのは理の当然。これは原理的に可能と判断する時、無視できるのか。規模を無視するといったが、ある規模をこえると理論的壁がうまれるかもしれない。不勉強故、これ以上はいえない。

2) 殺人のような非日常の出来事は、周囲の目があるので抑止される。不審、警戒の目が常にはたらいてる。確率が零から百の間でうまれる。十二人も死ぬことがあるか。周囲、本人の状況、本人の動機、心理などにより納得できたり、できなかったりする。この物語は、エリザベートの吸血鬼変身、ハリウッド映画サロメ、女優の葛藤、イスラエルのロケの話しを主軸に、女性の若さへのあこがれ、美肌、その保持、再生、美容業界、美容科学、ストレンジ(アトピー)の問題、療法、これにくわえて数々の吸血族、魔女の話しなど多彩な伏線がはられてる。びっくるするような話しだが、ありそうと納得した。

** 3) 謎解きのたのしみ
作者が仕かけた奇想天外なトリックを推理し、それが可能なのか検証してゆくこと自体がたのしい。わたしの推理小説のたのしみの大半をしめる。わたしは、この作品の謎解きとおして、作者の構想の壮大さに心をうばわれ、数々の謎との出会いをよろこび、伏線の巧みさに驚かされた。ここで作者にお礼をいう。

(おわり)

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謎解き島田、ネジ式ザセツキー [島田荘司]

* はじめに

壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

* 本文


*エゴン・マーカット(1/2)
** A 記憶障害者との出あい
*** 1) 日本のこと、映画のこと

1) 11月、ウプサラ大学の研究室で御手洗はエゴン・マーカットとその友人ハインリッヒに会った。エゴンは記憶に障害がある。
初対面の挨拶と自己紹介をした。快活な人柄だった。日本からきたというと、ためらった後で、日本のお陰で生きている。それが何故かわからないといった。壁にかけてある絵を見て、何かときいた。抽象画はすきでない。アメリカのエドワード・ホッパーの「夜更かし」がすきという。映画の話しとなった。ヒッチコックの熱心なファンだという。「トパーズ」「フレンジー」を見てるという。しかし監督最後の作品「ファミリー・プロット」を知らなかった。

*** 2) 治療が必要、訪問の目的

1) ここは何を研究するところか気にした。自分の脳がおかしくなってるといった。社会に適合できてるか。然り。毎日楽しいか。然り。人生に後ろ向きか。否。ではエゴンに電気ショックをあたえるような治療はしないと安心させた。御手洗がしかし患者として時には治療の必要があるというと、すこしガッカリした。
御手洗がエゴンを呼んだのでないというと、やっと訪問の目的を思いだした。毎日が空虚。帰るべき場所がある。思いだせない。それを御手洗にみつけてほしい。できるかも。ところでハインリッヒとは。知りあってどれぐらいか。???、体重のこと。時間だ。エゴン思考が飛躍したようだ。綿が鉄のかたまりと同じ速さでおちるか。真空なら同一。目がかがやく。軽いものなら浮かびやすいでしょ。うむ、で、どうやって浮かぶか。もちろん羽ばたいて。ハインリッヒが横から口をだした。

*** 3) 肩甲骨は翼のなごりか

1) エゴンのレントゲン写真をみせて、両方の肩甲骨の中央部に突起がある。これは人工骨でないといった。エゴンがいう。肩甲骨は翼のなごり。しかし自分のがそうかはわからない。重量の話しとなる。地球がないところでも物体の重量があるか。ある、光すらある。強い重力により光が外に飛べだせなくなる。ブラックホールだ。御手洗が太陽系の惑星についてきいた。

*** 4) 帰還、どこへ

1) よく知ってた。原人についてもよく知ってた。恐竜についてもさらによく知ってた。しかし最近の地震竜は知らなかった。エゴンが書いた童話「タンジール蜜柑共和国への帰還」の話しとなった。「帰還」とは何か。不知。主人公の少年は物語の中では帰ってない。本来の願いが実現しなかった。これが「帰還」という言葉をえらんだのでは。そうかも。それを御手洗にみつけてほしい。それは自分でみつけるしかない。タンジール蜜柑共和国でないか。否。あれはファンタジー。では帰るべき理由は。

*** 5) 物語の世界は実在か

1) エゴンがいう。帰るべき場所も理由も頑張って考えた。わからなかった。エゴンの現実の体験と記憶が、物語と密接に関係。成程。鼻のない老人を描けるか。可能。それは実際に見たからだ。妖精も見たのでは。実際に見たものしか描けないとエゴンがいった。スケッチを見て御手洗が他の作品も実景を描いていた。実際に見たという実感がわく。ただ記憶がないだけ。それはどこにあるか。不知。でもそこにボートにのっていった。エゴンが住人の首がネジ式になってる不思議な国にいったと思うようになった。

*** 6) ネジ式も日の丸も嫌い

1) 御手洗がキャンディのはいってるガラス壜を見せて、ネジ式となってる蓋を回した。とたんにエゴンが苦し気になった。鼻のない老人、妖精を描いてもらった。どれも同じような顔だった。主人公の妖精の顔はとても可愛いい、それは。むづかしくて描けない。最後に御手洗の顔を描くようたのんだ。最後にエゴンのサインを付記するよう指示した。その3枚と物語を重ねて机上におき、さらに黄色のハンカチでおおった。
2) 第二次大戦中の各国の戦闘機の模型を見せた。零戦が嫌いと。日の丸が嫌いといった。御手洗は休憩をとることとして部屋をでた。

** B 二回目の対話
*** 1) 対話を繰りかえす

1) カフェ・ラテをもってもどると、二人がいた。前回と同じように挨拶、自己紹介をした。同じようにすすんでいった。日本について恐怖感をもってた。前回とちがい抽象画がすきといった。映画では、ヒッチコックのフレンジーまで知ってた。ここには、はじめてきた。病院か。研究室というと、ちょっと、ためらって自分の脳がおかしいのかといった。治療したいかときく。否。必要は。無。では御手洗が治療するつもりはないといった。何故自分がここにいるのか、とまどってた。横からハインリッヒがエゴンには探し物があるのだろう、と助け船をだした。

*** 2) 空虚な人生を指摘

1) 御手洗が自分が、ここまで何をしてきたのがわからない。それを知りたい、といったら、否。自分は、スウェーデン、イエテボリ生れ。小中高もイエテボリだ。大学では生物学科を卒業、海洋調査船に乗船、次に貨物船に乗船。1947年生れだった。全部わかってるといいはる。現職をきかれ即答できない。童話作家と指摘された。ハインリッヒが同業者である。知りあったって何年。即答できない。御手洗が前回の会話を繰りかえす。重さでなく時間をきいているという。話題をかえた。

*** 3) エゴンの脳をさぐる

1) 御手洗がエゴンの肩甲骨は特別ときく。その突起は人工でなく自然のもの。それは翼のなごりか。否。しかし先祖がえりかも。猿人の歴史をきいた。前回同様、ネアンデルタール人が数10万年前、ジャワ原人が50万年前、クロマニヨン人が2、3万年前と正確な説明があった。猿から人類に進化する長い道程、それをたどるのに重要なミッシングリンク。エゴンはその話題に夢中になった。1953年に捏造が発覚した「ドーソンのあけぼの人」のことも知ってた。エゴンが人類の起源について話す。

*** 4) 恐竜をかたる

1) 三畳紀、白亜紀、ジュラ紀がある。白亜紀のねずみのような哺乳類が生きのびて猿人、人類と進化したといわれる。しかし白亜紀、ジュラ紀にかけて鳥に進化していった鳥脚類がいる。人類に似た二足歩行をする。人類の起源は複数という考えがある。それが肩甲骨が翼の名残りとの考えにつながる。6500万年前に絶滅した恐竜の話しとなる。
2) 絶滅の原因をエゴンが世界的に海が乾き、生態系が変化し、草食恐竜が絶滅、それを食料にする肉食恐竜が死滅といったので、メキシコのユカタン半島沖におちた巨大隕石原因説を話す。不知。驚愕してしばらく無言。太陽系の惑星についてきいた。

*** 5) 記憶の欠落をさぐる

1) 正確な説明があったが、無人探査機ガリレオがもたらした情報から、木製の衛星ヨーロッパの表面の氷が潮汐作用により二重の峰をもつ筋がある。これを知らなかった。タンジール蜜柑共和国への帰還の話しとなった。

*** 6) 自作物語をきく

1) これは自分が書ける最初で最後のものといったエゴンに何故ときく。もう頭の中に書くべきものがない。ではこれはどこからきたか。暫く無言、苦闘、どこからかやってきた。エゴンの過去は一つ。そこらやってきた物語が一つだけ。当然といった。さらに御手洗が物語を説明する。

*** 7) 記憶の仕組みを説明

1) エゴンの過去がこの物語に奇抜な形となってあらわれてる。記憶は、一定のパターンで活性化するニューロン集団のこと。それはすぐ消滅するものも、長期に保持されるものもある。最初、脳内の海馬に収納される。すくなくとも、2、3年はここに保持。再体験の頻度がたかまると皮質にうつされる。こうなると海馬の助けなしで保持できる。記憶が分解され保持される時、それぞれに取っ手がつく。脳に何らかの故障があると問題がおきる。
2) ワインの味覚とヴァイオリンの演奏の記憶に同じ取っ手がつく。間違って取りだされると、そこで、質のちがいをフィクションによって合理化する。さらに異種の記憶が側頭葉にうつされると分離しがたい形でうつされる。ストーリー自体は似てるがまったく架空のエピソードとなる。こうなると各所に辻褄のあわないところがでてくる。するとこの人の脳は別のフィクションを用意して別の方向から辻褄あわせをするといった。エゴンの過去はこの物語にかくれてる。エゴンは納得したようだ。

*** 8) 過去の記憶をなくしてる、時期を指摘

1) 今、話してるのはエピソード記憶である。過去はエピソード記憶によりよみがえる。エゴンにはこれが機能してない。大学を卒業してから数年後から現在にいたるまで、この過去がすてられている。御手洗が机上の黄色のハンカチの下に何があるかきく。不知。エゴンのサインをしめし、さっきエゴンが描いたことをしめした。悄然、自分はアルコール中毒者の集まりに参加してるといった。

*** 9) 御手洗がエゴンの脳を診断

1) 御手洗が推測する。日の丸に恐怖感。てんかん治療がこの感情がうすれさせることがある。それはない。重度のアルコール障害で記憶の欠如。ありそう。この物語のエピソードは安定。進行性の健忘はなさそう。場所、時間の失見当。ありそう。
2) エゴンはストックホルムの重度アルコール依存者更生医院にいるエゴンはハイりッヒをつうじて御手洗に面会を希望した。帰るべき場所をみつけてほしいという。この医院の院長もすすめたらしい。御手洗がエゴンの脳を診断する。
3) 過去の記憶がないと、人生はないも同然。今、ハインリッヒとずっと同席してるから友人でいられる。わかれて明日会ったら初対面の挨拶をするでしょう。エゴンの記憶脳は正確な記名、保持ができない。再生も円滑にできない。だから過去がないと託宣した。エゴンにはその重大性が理解できない。あるいは記名も保持もあるがエゴンには再生のスイッチがはいっていないとも考えた。そこである実験をすることとした。

*** 10) ある実験をする

1) 8本の薬壜をならべて、蓋をまわした。その拒否反応は予想より軽かった。次に零戦をみせた。拒否反応はこちらの方が強かった。飛行機へのあこがれはあるか。鳥のよう自由に飛びたい。あこがれはある。飛行機には特にない。では、物語に愛らしい妖精が登場。瞳にプロジェクターをもち、ダイヤモンドのように輝き、あるいは万華鏡のように見える。それがどこからきたのか。わからない。しかしとても魅力的。では鳥のように飛ぶこととその魅力とくれべたら。断然、妖精。彼女に実際に会ってるならすばらしい。しかしもう会えないだろう。御手洗が鏡文字を書くようにいった。
2) AからZまでを四度書いた。それをタンジール蜜柑共和国への帰還の上におき、それらを黄色のハンカチでおおった。御手洗はすぐもどるといって、廊下にでた。

*ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。

ネジ式ザゼツキー (講談社ノベルス)

ネジ式ザゼツキー (講談社ノベルス)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2003/10
  • メディア: 新書




*タンジール蜜柑共和国への帰還

** 1) 探索の旅のはじまり
*** 1) バルディに会う

1) 小さな肘の骨を持って、少年のぼくは一人でボートに乗っていた。ぼくは骨の持ち主を探して旅にでたのだ。三階建ての高さのひまわりを眺めていたら岸のほうから茶色の熊がいう。そこから先はサンキングの領域だ。危ないと叫んだ。
2) 上陸後、その熊はバルディという。ぼくはエッギーと名のった。どこからときく。スウェーデンからという。ずいぶん遠くからきたねといって案内してくれる。ひまわりの並木道が切れるあたりに巨大なタンジール蜜柑の樹がそびえてる。てっぺんは雲の中にとどいているようだった。幹の太さは大邸宅の周囲くらいもある。幹のぐるりには螺旋状の階段が上まで設けられている。
3) 上空では枝が四方に張りだし葉をつけていた。無数の葉の間には鮮やかなオレンジ色の蜜柑の実がたくさんなっている。

*** 2) マーマレードの野外製造工場

1) バルディが指さすところを見ると、背中から羽がはえた女の子が浮かんでる。なってる果実をもってどんどん下におりてきた。卓上に女の人がならべて、輪切りにする。それが籠にあつめられ、女性によりプールにほおりこまれる。多数の裸足の女性がにぎやかにしゃべりながら踏みつぶす。これはマーマレード製造工場だという。壜につめられたマーマレードは夕陽の色と同じだった。バルディが旅の目的をきいた。村長のダイソンに会えという。Cの11丁目だといった。

** 2) 村長をたずねる

1) 蜜柑の樹はバベルの塔のように巨大だった。木製の螺旋階段をゆっくりゆっくりとのぼっていった。果実のなってる枝にくると、蜜柑をいっぱい胸の前にかかえた女の子が浮かんでた。さらにのぼって広場にでた。そこから道がAとかBとかにわかれていた。へとへとになってCにやってきた。樹を背にした家屋がならんでた。家屋はベランダでつながってた。まだ店をあけてないレストランもあった。ベランダの上に寝台をおいて、その上でねそべってる老人がいた。ダイソンさんはどこかきいた。自分だという。骨をみせて持ち主をきいた。ルネスだろうという。マンギャン族の娘だという。川のむこうのサンキングの町ではたらいてる。どうしたら会えるかきいた。
2) 夕方になると船にのってもどる。ルネスは右腕がなく、目にプロジェクターがついている。それがダイヤモンドのように光かるのでわかる。だがマンギャン族の娘は見しらぬ人を警戒する。どうしたら骨をもどせるか、きいた。どうしてもかえしたいのなら秘密をおしえる。左足の小指の爪がボタンになってる。それをつよく押すと話しをきくようになる。ダイソンさんはルネスの幸せを第一に考えてくれ。幸運をいのるといった。

** 3) ルネスとの出会い

1) 熊のバルディと桟橋にむかった。ゲートのところでまってる時、バルディが、このところずっと満月ばかりだ。三日月にならないと住民が文句をいってるといった。川の下流から三階建の大型フェリーがやってきた。サンキングの町ではたらいている労働者がおりてきた。まず、バルディと同じ、足が車になってる熊の一群だった。ここでバルディが家族といっしょにかえるといって、わかれた。
2) 次は普通の足をした人たちだった。全員がスキップをしてかえっていった。ルネスはいなかった。心配になって見ると、一人の小柄な女の子があるいてた。人形のような綺麗な顔をした、ミニスカートがかわいい子だ。ルネスだった。いそいで声をかけた。しかしポーンポーンと飛びはねて泉のそばの橋までにげていった。やっとのことで追いついて用件をはなした。危害をくわえないといったが、羽音をひびいた。そして東に飛んでいった。がっかりして、もときた砂浜の方にもどっていった。ひまわりの幹の後ろからエッギーとよばれた。ルネスが骨をみせてといった。飛びたとうとするルネスをつかんで左足の小指のボタンをおした。
3)空中に浮かんでいたルネスが地上にころげおちた。立ちあがって、肘の骨だけではたりない。サンキングの博物館にある骨が必要だといった。ぼくはもう、さようならしようとしたら、駄目、協力してといわれた。あきれてどうしようかと思ってたとき、サンキングの見廻り機がやってきた。サーチライトをのがれてルネスと二人でひまわりの陰にかくれた。飛びさる見廻り機を見ながらルネスが、あなたはもうサンキングにマークされている。わたしに協力しなければいけないといった。

** 4) ルネスと夜間飛行

1) ルネスにさそわれて、タンジール蜜柑の樹の家にいった。途中のレストランはやっていた。おおくの人の声がひびいた。家は20丁目にあるという。ルネスは羽で浮かんでいたが、ぼくはまた歩かねばならなかった。ルネスが緊張した声で、見廻り機がやってきたといった。身をひそめていると、葉のざわめきとともに、サーチライトの光が下からのぼってきた。二人はマークされているといった。

*** 1) ルネスの体の秘密

1) 家についた。お爺ちゃんとよんだ。鼻がかけて鼻道がむきだしの、やせた老人だった。ホセと紹介してくれた。寝室が二つ、キッチンのまずしい家だった。豆のスープとパンとハムのつつましい食事をすませた。ホセ老人はすぐ寝室にひっこんだ。ルネスは自分の体はプロジェクターがついてるが、普通の生き物だ。中央管理のコンピュータが利用できる。関節はねじ式や蝶番の「ねじ式ザゼツキー」だといった。

*** 2) 博物館への侵入路

1) 中央管理のコンピュータの情報を利用できるといった。サンキングの博物館への侵入路をプロジェクターから壁に投影して説明してくれた。この時の武器には麻酔銃をつかう。明日決行するという。ぼくはルネスのように飛べないと文句をいった。すると飛べるといった。キッチンの窓をあけて、自分にしがみついて飛ぶようさそった。こわごわルネスにしがみついて、空中を浮遊した。タンジール蜜柑の樹の上までのぼり、さらに飛んだ。地上の光景は綺麗だった。月影を反射してる川、街路灯にふちどられた道路が見えた。

*** 3) 月の秘密、マウラン・ハンギン

1) 月のところまでのぼると、月はぶつぶつの無数の穴があいていた。そこから風が吹きでていた。そのお陰で快適な気温がたもたれていたのだ。ルネスがこの月が壊れるとみな生きてゆけなくなる。マウラン・ハンギンとよばれてるという。ここはどこだときく。タンジール蜜柑共和国といった。羽がはえてるのは女だけ。それも小さなものだという。男でも飛ぶことができるといった。こわがるぼくの手を振りほどいて、ルネスは空中に浮かぶことをおしえてくれた。でも、地上の物にふれたら駄目、落ちてしまうといった。下を見ていて変なことに気づいた。東西の道路は直線なのに、南北はぐにゃぐにゃとまがってる。明日地上から飛ぶことをおしえるといった。

** 5) ルネスに同情する

1) ルネスが小箱をくれた。連絡用だという。チャイムがなったらでるようにいわれた。朝食後、キッチンの窓からでていった。桟橋までいってサンキングの工場に出勤するという。ホセ老人とふたりきりになった。無口で話しがはずまなったが、昼前、酒をのんですこし快活になった。身の上話をしてくれた。サンキングの残虐行為によって鼻をけずられた。出血多量の瀕死の重傷だったが村人の親切でたすかった。風邪をひきやすくなった。もとどおりに働けなくなった。ぼくはどうしてそんなことをするのかと、きいた。
2) 特に理由はない。サンキングは自分たちを偉い人種と考え、われわれを馬鹿にっしてる。しかし、この世界をつくったのはサンキングだ。彼らの科学はすすんでる。ルネスはサンキングに強い反感をもってる。心配だ。それをとめてほしいといった。やがた酔いつぶれてねむってしまった。チャイムがなった。ルネスからだ。日暮れ時にタンジール蜜柑の樹の下でまってるといった。時間はずっと先だったが、下におりた。バルディにあった。
3) 昨夜はルネスの家のソファでねむった。サンキングはひどい奴らだといったら、同意した。人びとの体をバラバラにして分解する。連中はモンスターだ。どうして闘かわないのか。ルネスは闘うらしい。あの骨はルネスの肘の骨だった。彼女はサンキングの博物館から取りかえしたいといった。バルディはおどろいて、ぼくに彼女は危険人物としてマークされてる。手つだうのはやめるよういわれた。そしてルネスはサンキングの上層部の人物と特別に親しいといったが、具体的のことはおしえてくれなかった。
4) ルネスといっしゃに空を飛んだといったら、笑ってそれは夢だと信じなかった。月に無数の穴があいてることも信じなかった。しかし東西の道と南北の道がちがってることは認めた。ザゼツキー構造のことをきいた。バルディの体もそうだと認めた。さらにまたルネスと仲よくするのは危険だと助言してくれた。しかし、ぼくはもうルネスをたすけなければいけないという気持になっていた。

** 6) 博物館への侵入
*** 1) 見廻り機におわれる

1) 夕方、まってるとルネスがやってきた。エッギーといって、うれしそうに抱きついてきた。それから、ぼくにこれからどうするのかきいた。とまどうぼくに、よそ者は1週間しかいられない。ここの人になりなさいといった。もっていた紙袋をぼくに押しつけて、こっちにきてといった。秘密の洞窟にゆくという。サンキングの見廻り機がやってきた。マーマレード工場の小屋の角をまがり、ぶなの林をぬって全力疾走した。サーチライトが追っかけてくるのを感じながら、暗い洞窟の穴に飛びこんで一息ついた。

*** 2) オーニソプターを組みたてる

1) 中にはマーマレードの壜を梱包した荷物が何段も積みあげられていた。ルネスの指示により奧から不思議な機械を引きずりだした。それを素早く組みたてた。オーニソプターという飛行体だ。左右それぞれに透明の二枚の羽をもち、その下に主翼をそなえている。燃料カプセルと人工筋肉を装填した。それを見廻り機の発見をおそれながら、坂の上に押しあげた。ルネスはここからの道が惟一南北に直進している。この坂を利用して、オーニソプターを走行ささせて飛行させる。ルネスは飛行体を押し、ぼくは操縦席についた。速度メータが20mile/hrとなった時に思いきり操縦桿をひく。すると飛びあがるという。

*** 3) 空を飛び、結婚を約束

1) 羽がうがだし、最速になった時、飛行体はすべりだした。はげしい振動にたえながら、速度計をみつめて、20mile/hrになった時に思いきり操縦桿を引いた。浮いた。喚声をあげた。昨日みた光景がよみがえった。川も見えた。ルネスが操縦することとなった。レーダーをさけるため、川面すれすれを飛行する。ルネスが右手を取りもどしたら、ぼくたちは結婚しようと約束した。前方に都市の建物群がせまってきた。どの窓も灯りがついていた。光の都市だった。川に停泊してる船をとおりすぎて、前方にやや低い建物がせまってきた。博物館だ。四角の入口が見えた。スロットルをしめた。飛行体はフロアの上にゆっくりと着地した。

*** 4) 博物館に侵入する

1) ルネスはこの飛行体はここですてるといって、建物の中にはいった。長い廊下を右、左にまがった。正面に白い壁があらわれた。ルネスがちかづき、足で押した。両開きの扉だった。中は円形のステージをもつ大劇場のようだった。壁に無数の猿人の像がならんでいた。それを天井のそれぞれの照明が照らしだしてた。その目だけが動く。骨をさがすぼくたちの方を一斉に見ている。像の前に透明の箱がおかれ、そこに骨があった。ルネスが突然、声をあげた。骨があったのかと思った。そこには一枚の紙がおさめられていた。「ルネスの骨は返却された」とあった。

** 7) ルネスの死
*** 1) 爺さんが店で酔いつぶれる

1) 11丁目の店でホセ爺さんが酔っぱらてた。ぼくは、せまい店の中で爺さんの話しをきいた。両耳のない爺さんもいた。サンキングにやられた。しかしこの世界はサンキングがつくったといた。ホセ爺さんはぼくにルネスと結婚するのかときいたので、うんといった。ルネスは男勝りのむづかしい女だといった。もう充分生きたので、いつ死んでもいいといった。

*** 2) 部屋に爺さんをつれもどす

1) 酔いつぶれた爺さんを上の家につれていく。ぼく一人でも大変なの、もうへとへとになった。途中で突然、ルネスとの結婚を祝福してくれた。家にもどるとヴァイオリンをきかせるといいだした。玄関のドアをあけた。まっくらの部屋に蝋燭の明りをつけた。部屋のソファにルネスが横たわってた。どうしたのかと声をかけると、うっらと目をあけて、また還ってきてね。待ってるわといった。その胸に血がにじんでいた。撃たれたのだ。あっと気がついた。右手がついていた。ぼくは爺さんがたたいたルネスの頬がぷるぷる振るえるのを見た。

*** 3) ルネスの首

1) その時、どーんという音とともに、体が1インチ飛びあがった。キッチンの棚から沢山のカップや皿が床におちて、こわれた。ルネスの体に不可解なことがおきた。顔がゆっくりとまわる。後ろの髪の毛がみえる。すると首が床にごろりと、ころげおちた。ルネスの首はねじ式に装填できるようにネジ山がきざまれていた。ぼくは悲鳴をあげた。

*エゴン・マーカット(2/2)

** C Lucy in the Sky with Diamonds
*** 1) 帰るべき場所をおしえると宣言

1) 1分後に戻った御手洗にエゴンはまた、初対面の挨拶をした。前回のやりとりを繰りかえすかと思うと、エゴンがお願いがあってきたという。御手洗の期待が高まった。しかしそこから先に言葉が続かなかった。
2) 御手洗は、帰るべき場所を探しているので、ここに来たと先回りしていうと感嘆の表情を浮かべた。そこで、エゴンの協力でその場所を教えることができると宣言した。

*** 2) 意味記憶はあるが、エピソード記憶がはたらかない

1) 不審がるハインリッヒをしりめに、エゴンに鏡文字を書くよういう。不安気だったができた。どうしてできたかきかれた。不知。御手洗がさっき練習したから。ただ、それを思いだせなかっただけ、という。記憶の概説をはじめる。記憶には、「意味記憶」と「エピソード記憶」がある。エゴンには意味の記憶はあるもののエピソード記憶がうまくはたらかない。記憶は断片となって脳の各所に収納される。その際、取っ手がつけられる。これがうまくつけられないと、再生をしようとした時、必要な記憶が再生できなくなる。すると、記憶があるにもかかわらず、ないと判断してしまう。そして再生が放棄されるといって、黄色のハンカチの下に何があるかきく。不知。しかし御手洗はエゴンの物語脳がはたらきだしたとみた。ハンカチの下は土。下に何が。たたまれた猿人の骨...。正解。タンジール蜜柑共和国への帰還をしめし、これが猿人の骨。この地面はどこか。沈黙、不答。エチオピアだ。無反応。つづいて妖精、老人、御手洗の絵をみせた。驚愕、さらに鏡文字の練習の紙を見せた。驚愕、驚愕。ハインリッヒがどうしてエチオピアとわかるのか、ときいた。

*** 3) エチオピアが帰るべきところか、否

1) わかる。すこしの専門知識で。それが帰るべきところか。否。まだわからないが、何かとてつもないものがひそんる。エゴンにきく。帰るべきところは、スウェーデンのどこかか。多分、否。外国か。多分、然り。いつからそう思うようになったか。沈黙、不知。では職業は。海洋調査船、普通の貨物船、...。船乗りか。然り。その後は。沈黙、下船した...。何時か。不知。では、アルコール依存症のリハビリセンターにいたか。...、...。アルコールはすきか。否。多分。飲みたくなることもあるでしょうと同意をもとめる。御手洗がエゴンが過去を思いだせないと指摘すると、即座に否定。

*** 4) 失なわれた過去を知る

1) 自分の経歴を語りはじめる。しかしそれは誕生から卒後、乗船のところまで。そしてきく。今は西暦何年か。手鏡をだして自分の顔をみよという。半白の老人をみとめて、呆然。これは誰か。自分か。御手洗は一瞬、解決に真実が最重要との信念がゆらぎそうになる。今は2003年です。呆然、自失。しかしパスポートがある。わかるはず。御手洗は科学者としての思考力がのこってることをみとめた。現在のようなコンピュータ管理がなかった。だから不知。ハインリッヒがヨーロッパの移民局に照会、無回答。アメリカは。否。日本は。否。あなたはタンジール蜜柑共和国にいた。それがどこか知りたいとやってきた。納得。では、現在からさかのぼると。アルコール依存症の施設にいる最近6年間は確実。共和国はどこですか。ない、火星にだってない。ファンタジー。ハインリッヒも同意。御手洗は反論する。
2) 彼の脳がうみだした共和国はある。東西が直進し、南北がうねってる道の姿、20mile/hrで走行して飛びたつ飛行。まったく理論的に整合性がある。でたらめなファンタジーでない。

*** 5) タンジール蜜柑共和国はどこに

1) エゴンがきいた。You mean the Tangerine Orange Republic is a weird figment of my imagination?。No. 、I mean the Tangerine Tree Orange Rupublic does exist.。御手洗が本の一文を次々にしめした。
2) I followed her down to a bridge by a fountain ...。
3) during the night, they were sitting on rocking horses, eating mashmallow pies, ...
4) everyone smiled as I drift past the flowers that grow incredibly high. The sunflowers were three-story high ...。
5) celophane flowers of yellow and gree towering over my head ...。
6) a tangeine tree and marmalade skies ...。
7) Her eyes are shining like diamonds ...
8) a girl with kaleidoscope eyes ...
9) これらは、60年代のポピュラーミュージックの歌詞を思いださせる。ビートルズの「Lucy in the Sky with Diamonds」といった。

** D 猿人Lucyをエチオピアで発見
*** 1) 何故Lucyがでてくるのか

1) エゴンはこの歌はまったくしらない。ロック音楽にもポピュラー音楽にもほとんど興味がない。にもかかわらずLucyがでてくる。そこには何か強い衝撃をあたえるような出来事があったにちがいない。

*** 2) 1974年から記憶がない

1) 鮮明な記憶がある時期から、記憶が失なわれた時期をさぐる。ヒッチコックの映画でフレンズィーを知てるが、ファミリー・プロットは知らない。これで1976年まで鮮明な記憶があることがわかる。ディノザウルス・ジャーナルを読んでる。恐竜の知識からも総合して1974年と特定できる。エゴンはイエテボリ大学の生物学科を卒業し海洋調査船にのった。しかし海上をきり地上にもどった。時期、専門、関心から、出来事のもつ衝撃性を考えると、人類学におけるミッシングリンクにかかわる発見が関係する。大胆な推理におどろくハインリッヒに物語の展開を説明する。肘の持ち主をさがす主人公が登場する。腕を取りかえすため、猿人が多数陳列された展示場にしのびこむ場面となる。
2) 1974年に画期的な大発見があったと断言した。御手洗がPCでイギリス人がつくったデータバンクを検索する。エチオピアのアファール地区の沙漠で、まず大腿部の骨、ついでほぼ完全な女性の骨が発見された。およそ300万年前の猿人の骨だった。調査隊のキャンプではBeatles の歌がながれていた。Lucyと名づけられた由縁である。

** E 調査隊を組織したザゼツキー
*** 1) 講演会、パーティでLucyがながれた

1) エゴンの物語はBeatlesの歌の前の部分が関係する。新聞紙のtaxiとか、鏡のnectieをつけた駅員はでてこない。Lucyだけが関係してる。化石発掘には多数の人手がいる。エゴンは調査船をおりて、発掘隊に応募したのだろう。ドーソンのあけぼに人発見はイギリスで大騒ぎとなった。講演会、食事会、charityなどに関係者がひっぱりだされた。同じことがおきたろう。行事のたびにLucyの歌がながされた。エゴンはこれをきいた。

*** 2) 調査隊を組織したのがザゼツキーだ

1) 御手洗が驚愕の事実をあのデータバンクから発見した。調査隊を組織した男の名前がカール・ザゼツキーだった。スペインのマラガ大教授であり、実業家だった。御手洗が思いだしたといって、女好きで金儲けがうまかった。しかし1970年代に突然失踪した。これだけの大発見をしたのに、一般の人びとにはしられてない、という。

** F 御手洗が物語を分析する
*** 1) 物語りをまず三層に分ける

1) B(basic)層、S(science)層、T(truth)層からなる。B層はビートルズのLucy in the Sky with Diamondsから生まれたもの。S層はエゴンの科学者としての感性から生まれたもの。T層は真実そのもの。この三層からなっている。

*** 2) 物語の部分を分類する

1) 小さな肘の骨、T層
2) ボートに乗り、オールをこいで川を下る、B層
3) 葉も花弁もセロファン云々のひまわり、B層、S層
4) エッギーを呼ぶこえ云々、B層
5) 巻き毛、テディ・ベアの熊、T層
6) エッギーという名前、スウェーデンから来た云々、T層
7) タンジール蜜柑の樹、B層、かつS層
8) 背中に羽根が生えた女の子云々、B層かつS層
9) マーマレード工場、B層
10) タンジール蜜柑の樹の上の、Cの11丁目にある中華街、ここにいるダイソンという名前の長老、T層
11) 空にかかる月、S層
12) 船から大勢の人が降り、全員がスキップを踏む云々、S層
13) ルネス、T層。右手をもたないことは重要
14) サンキング、T層
15) サンキングの見廻り機、S層
16) ホセ爺さん、T層
17) ルネスとエッギーが博物館に忍びこむ、判断保留
18) ルネスは目にプロジェクターを持つ。脳の一部がスーパー・コンピューターとリンク云々、S層
19) 二人は空を飛ぶ、S層
20) 月に小さな穴が開いて云々、S層
21) 宙に飛び出すとルネスの背中の羽根は停止する、云々他、このあたりの記述は、すべて、S層
22) DNA操作で作り出した人工筋肉云々、S層
23) ルネスの首がネジ式になっていて、地震の時に振動ではずれた、T層
24) 最後の判定について、とうとうハインリッヒは承服できないと大声をあげた。

** G 実在性の裏付けをする
*** 1) T層の問題は合理的に説明できる

1) ルネスの首の問題は合理的に説明するのは難問だが、ひとまずおいておく。まずほかのS層やT層から説明する。

*** 2) 人びとがスキップする

1) 物語の住人がスキップして移動してる。これは重力のすくないところでは合理的な方法だ。月面着陸したアポロ11号の乗組員がやってたことだ。

*** 3) 高い樹の上の住居

1) 高い樹の上に住居をつくるのは重力のちいさいところでは合理的。大風もいっさいない環境だろう。三階建のひまわりも不合理でない。
2) これはB層やS層に属する。ここは月でない。妖精が羽のはばたきをとめても落下しない。はばたきは充分な空気があることをしめす。北にむかって20マイルで走行すれば飛行できるオーニソプターもそうだ。妖精の羽が意外にちいさいこと。羽をもたないエッギーが妖精ととも飛行した。妖精も浮遊の時ははばたきをやめる。この意味は重力がないということと御手洗がいった。

*** 4) 人工地球

1) 重力になれた人類は無重力空間は不都合だ。だから重力をつくりだした環境だ。地球からはなれた宇宙にうかぶ人工地球のことだ。これは円筒形をして、中心軸のまわりを回転してる。円筒内面の床に固着したものには中心からはなれようとする遠心力がはたらく。それは床にひかれるという人工重力となる。ハインリッヒが何故そんなものが必要かときく。
2) いずれ地球で人類が生活できなくなる。イギリスのホーキングも1000年先にそうなるといってる。人工地球という証拠ははまだある。回転速度と丁度同じで反対方向に走行すれば、回転運動はなくなる。つまり遠心力がなくなる。北に20マイル走行して飛行にうつるという合理的説明である。月のまわりにはいつも霧がかかってる。これは反対の地表が見えないようにするスクリーンである。
3) サンキングがこの世界をつくった。だから管理者として君臨してる。おそらく住人にはこの仕組みを知らされない。事情を知るルネスはそれに反抗した。Lucyの子孫たちの中で冒険心にあふれる人びとが居心地のよいアフリカから極寒の地に移動していった。自然とたたかいながら進んでいった。おそらくこの犠牲がなければ人類は自然災害や疫病で滅亡していただろう。ルネスの反抗は人類の歴史をなぞってるのかもしれない。未来の人類も地球を飛びだして宇宙に進出してゆくかもしれない。ハインリッヒがルネスのプロジェクターについてきいた。ルネスのプロジェクターの話しとなる

*** 5) 機械人間、ザゼツキー構造

1) あれは眼に組みこんで、中央管理のコンピュータにつながっている。だから中央のコンピュータの情報を取りこみプロジェクターで映写することができる。体内に遺物がはいると拒絶反応がおきる。ルネスはDNA操作により免疫細胞をのぞいてない。だから機械人間の段階だ。ザゼツキー構造がそれかもしれない。しかしDNA操作で体内に組みこまれたものもあるかもしれない。ネジ式というわかりやすい方式をとってるのは、この種別をはっきるさせるためかもしれない。はばたき機能も人工筋肉による機械式だろう。ハインリッヒがどうしてエゴンがこの発想をえたのかきく。

*** 6) 実在の科学者からきいた

1) 宇宙生物学者に会ったからだ。固有名詞に着目すればよい。まずザゼツキーだ。Lucyの発見からこの実在の人物にたどりついた。固有名詞は結局のところうT層に属する。またPCで検索した。
2) ミシェル・バルディ、カリフォルニア工科大学教授。宇宙生物学。車椅子の愛用者。すでに死亡。
3) クリストファー・ダイソン、プリンストン大学教授。宇宙物理学。すでに死亡。
4) 両者の死亡を知りハインリッヒがすこし落胆した。御手洗がまだまだ話しはつづくといった。

** H 物語の虚構から事実をえらぶ
*** 1) アメリカでない

1) これはアメリカのことでない。エゴンに渡航歴がない。ハインリッヒがネジ式のルネスの首の実在に疑問をしめす。あれはT層に属する。固有名詞の人物が実在した事実から実在を信じるべきだ。エゴンの脳が破壊された。それにこの衝撃的事実が関連してる。肩甲骨の突起は交通事故を推測させる。これも脳の破壊に関係しただろう。突起は人工骨により修復されたものだろう。
2) 人工骨は1970年代、日本人医師により提唱された。これはアパタイトとコラーゲンからなる人工骨をつかう。すると体内で破骨細胞がはたらき人工骨をとかす。その後に骨芽細胞がはたらき骨を再生する。これで異物でない人体の一部としての骨となる。エゴンはこの手術をうけたようだ。突起が目だつのはまだ技術が確立してない1970年代初期のものだったから。場所の特定の話しとなった。
3) 人工骨から日本人医師がいるところ、物語のサンキングから日本企業が進出し、日本軍の影響がのこっているところ。米国人教授の別荘があったところ。ザゼツキーに好都合なスペイン語がつかえるところ。見事なまでに失踪して行方が知られない事実と物語の地震から1970年頃に大地震があったところという。御手洗がPCで検索した。
4) 1976年1月24日、フィリピン、ミンドロ島をおそった大地震をみつけた。御手洗は物語からこの地域の予想がついていたという。マウラン・ハンギンという月がでる。表面の無数の穴から風をふかせ雨から霧をもたらしてた。タガログ語で風と雨を意味する。ルネスはマンギャンの出身とされた。ミンダナオ島の原住民のことだ。ザゼツキーの母国語スペイン語がつかえる地域である。1970年代のフィリピンの状況である。
5) 御手洗がフィリピンにとり地獄の時代だったという。戦争がちかくてつづき、マルコス追放の前だった。すさんだ人間があつまり、薬物パーティがひらかれた。こんな時代だったから、首がネジ式であった人間がでても不思議はないといった。ハインリッヒはやや憤慨して反論してきた。御手洗はまたPCで検索し、犯罪を発見した。

*** 2) フランコ殺人事件が登場する

1) 1976年1月24日、フランコ・V・セラノ、ネジ殺人事件。バタンガス、デル・ピラール通りのオフィスビルで、フランコ・セラノ(56)の射殺死体を発見。フランコの死体は、胴体部と頭部とが切断分離され、頭部の頸には、直径9センチほどの大型の牡ネジが覗いていた。胴体頸部にはそれがちょうど納まる穴があき、頭部の牡ネジが填まる、牝ネジのスクリュウ溝が見えていた。

** I殺人事件がみえるが
*** 1) 殺害されたのがザゼツキーだ

1) この結果にハインリッヒもおどろいたが、御手洗もおどろいた。フランコ・セラノはザゼツキーとわかった。しかし死亡したのがルネスでないことにショックをうけた。PCを検索したがファイルがバタンガス署にないことがわかり、電話をかけリコという刑事にエゴンの事情を話し、治療に必要だといって援助を求めた。

*** 2) バタンガス署リコ刑事に照会する

1) 事件を掲載した警察学校の教科書を送付すると約束してくれた。さらに退職しているが担当刑事の連絡先もおしえてもらった。ついで、とりあえずリコが知っていることをおしえてもらう。
2) バタンガスのデル・ピラールという目抜き通りに、ジェイセムというオフィスビルがある。この中にフランコ・セラノのオフィスがあった。フランコはその頃、結婚によってフィリピンに帰化がかなってまもなくだったが、フィリピン人の妻とはすでに別れていた。たいへんなやり手の起業家で、当時バタンガスやカラパンで最大のデパートに育っていたパラワン・デパートメント・チェーンを買収したばかりだった。
3)このデパートは、もともとは店頭ディスプレイを作っていた小さな会社から始まった。これが大いに発展したものだが、社長はラウル・リゲルという立志伝中の人物である。彼は以前からフランコと親しい関係にあった。その縁でラウルはフランコにデパートを売却し引退する気になったのだろう。

*** 3) 事件の詳細があきらかとなる

1) そのラウルのオフィスもまた、デル・ピラール通りのジェイセム・ビルにあった。1月24日夜、ラウルがジェイセム・ビルの自分の事務所にもどってくると、フランコの射殺死体ががソファにあったので、驚いてちかより、ゆすったら、肩口から首がはずれて床に落ちた。見ると頸の下部からネジがのぞいており、この頸が填まるべき胴体部の肩口には穴が開き、牝ネジの溝がのぞいていた。
2) ラウルは仰天したが、この時にちょうど大きな地震が起こったので、街は混乱し、電話も通じなくなった。そこで彼の警察への通報はかなり遅れることとなったが、通報を受けたバタンガスの刑事課が迅速に行動して、その夜のうちに有力容疑者を逮捕したという。
3) サイコパスが、死体を異常なかたちに損傷した特異なケースとして、フィリピンの犯罪関係者の間では有名になった。前例のない事態に、警察も司法も大いに戸惑ったが、心理学者たちが多くの解釈や見解を示し、先天的な異常者とする以外にも、麻薬の影響とか、ヴェトナム戦従軍の影響などがいわれた。

*** 4) 犯人が服役中

1) 犯人は逮捕され、終身刑で服役中である。
2) カール・ザゼツキーについて不知。
3) エゴン・マーカットについて不知
4) ミンドロ島のナウハンにサンフラワー・リタイアメント・ヴィレッジがある。バタンガスからはフェリーで45分である。
5) 犯人は服役中。女性で片腕がない。ルネス・シピットという。

*** 5) ルネスをすくえ

1) 電話をおえて、御手洗はルネス・シピットは犯人でない。非力で片腕の女性が死体の切断、ネジ式の首の装填などできない。緻密な組立作業が必要な犯罪である。通常、精神異常者の犯罪の特徴にそぐわない。もう手遅れかもしれないが、この女性をすくわねばならないといった。
2) 間違いで殺人犯とされ、30年間牢獄に放置されている。助けなければいけないといった。

*フランコ・セラノ、ネジ事件

** A 警察学校の教科書から事件を再現
*** 1) ラウルが9時すぎにオフィスへ

1) ハインリッヒが思う。御手洗の超人的な働きで、奇妙な物語の中からエゴンが帰るべき土地にたどりついた。しかしそれはさらに、奇妙で不可解な殺人事件をもたらした。心待ちしてた警察学校の教科書に掲載された資料がフィリピンからとといた。その概要である。
2) 1976年1月24日午後9時すぎ、バタンガス在住で、パラワン・デパートメント・ストア・チェーン経営者のラウル・リゲルは、なじみのバーや飲み屋を何軒も飲み歩いたのちに、デル・ピラール通りに面して建つジェイセム雑居ビル2階の自分のオフィスに戻ってきた。
3) ラウルはパラワン・デパートメント・ストア・チェーンをすでに知り合いのフランコ・セラノに売却していたので、このオフィスも1月いっぱいにたたむ気であった。社員、機器類もなく、鍵はかかっていなかった。ここで酔を醒まそうと立ち寄った。ところが、フランコ・セラノが応接間のソファに横になっているのを発見した。彼を待って眠っているうちに眠ってしまったと思った。

*** 2) 殺害の状況

1) 照明をつけてみると、グレーのスーツの左胸に、焦げ目の付いた小さな穴が二つ開いており、襟から覗くワイシャツは血で真っ赤であった。射殺されていると思い、ラウルは屈んでフランコにとりつき、頬を軽く叩いたり、上体を揺すったりした。体はすっかり冷たくなっていたが、最も仰天すべきことはその直後に起こった。フランコの頭部が肩口からはずれ、カーペットの上にどさと落ちたのである。そしてころころと転がって、部屋の中央に置かれていたテーブルの脚に当たって止まった。
2) フランコの頭部は、頸部を切断されることで、胴体部と切り離されていた。仰天したラウルがバタンガス署に電話をしようとした時、突然大きな地震が起り、周囲が破壊された。揺れは10秒程度続き、オフィス内のキッチンの皿やティーカップが、戸棚の戸を押し開けて崩れお落ち、割れたり、窓のガラスも大半が割れた。ラウルのオフィスには何もなかったので、被害はその程度ですんだが、ジェイセム・ビル自体は外壁が剥落するなどの被害をこうむった。

*** 3) 連絡を受け警察が10時半に到着

1) 電話が不通であったので徒歩で警察に赴いた。バタンガス署も大きな被害を受けており、結局10時半頃に現場を隔離し捜査に入った。

*** 4)被害者の身元

1) 被害者はフランコ・ヴィクター・セラノ、56歳。帰化フィリピン人で、起業家だった。とかく噂のある人物で、金貸し業も営んでおり、各方面から怨みもかっていた。既婚だが子どもはなく、フィリピン人の妻とはすでに別居しており、女性問題の噂も絶えないよううだった。

*** 5) 異常な死体、ネジ式

1) 死体の態様はきわめて異常、頸部切断によって、胴体部と頭部とが切り離された上に、頸部切断面の下端から、直径9センチの牡ネジの溝が覗いていた。この材質は金属で、中空、メッキされており、外観は銀白色であった。
2) さらに異常であったのは胴体部で、頸部が填まるべき肩口中央部には、これも直径9センチの穴がぽっかりとあき、この内部には、牝ネジのスクリュウ状の溝が覗けていた。
3) この牡ネジ、牝ネジはあきらかに対になったおのおので、試しにねじ込んでみると、ぴたりと填まった。このネジが本来は何に使われていたものかは不明であった。

*** 6) 被害者の服装

1) フランコ・セラノの遺体は濃いグレーのスーツを着ており、その下は白ワイシャツ、ノーネクタイという姿だった。

*** 7) 死因

1) 死因は銃による射殺で、弾丸が左胸心臓部をほぼ正確に二度撃ち抜いており、これが死因であることに疑問の余地はない。しかしこのケースは、他の射殺例とは異なる、あきらかに特徴的な要素を数多く持っていた。次のとおり。

*** 8) 銃創、A孔、B孔

1) 弾丸は38口径、輪胴式のハンドガンから発射されれたものである。この点にも疑問の余地はない。以下、これが遺体に作った銃創について述べる。
2) 被害者の上半身は、既述した通り上から上着としてグレーのスーツ、その下が白ワイシャツ、その下には白の綿肌シャツを着用していた。そしてこれらの胸部左側、すなわち心臓の側に、3枚ともA、B、2つの貫通孔があった。この銃弾孔に関しては重大な証拠物なので、以下に詳述する。
3) A孔、B孔ともに、表面部の上着には焦げ跡をともなっている。よってスーツに銃口を密着させての接射と考えられた。これを補強する状況として、
4) 上着のA孔、およそ3.2x3.4cm、その下のワイシャツの穴、およそ5.6x4.3cm、さらに下の肌シャツの穴、5.6x5.2cmである。
5) B孔も、上着、3.2x3.3cm、ワイシャツ4.8x4.5cm、肌シャツ5.1x5.5cm
6) どちらも下の着衣に向かうほど穴が大きくなっている。これは接射が示す特徴である。

*** 9) 凶器、S&W社の製品

1) さらに上着には、弾丸孔周囲のカーボン以外にも、この左右に、輪胴式のシリンダーから噴出したとみられるカーボンの黒い付着が認められたので、輪胴式のハンドガンと判明した。そしてのちにこれは、S&W社の製品と解った。

*** 10) 三つの弾丸

1) さらに特徴的なことには、銃創孔は二つであるのに、体内の弾丸は3発で、背骨付近に留まっていた。このことから、銃口を上着左側(犯人からは向って右側)に密着させて1発を発射し、2発目は多少位置を横にずらしてやはり銃口を密着させ、今度は動かさずに2回引き金を引いたと考えられた。この順は逆である可能性もある。
2) 入射角は、双方ともに、斜め上方から下方に向かっておおよそ45度である。これは、弾が侵入した穴が2つともに上方にあるのに、弾丸の留まっている場所は、3発ともに腰部に近い下方となっているために分ることである。
3) 双方とも心臓をよく破壊している。A孔、B孔、どちらから入った弾丸が先に致命傷を与えたものかは、体内の破壊の度合いが大きいから、判別はむづかしい。

*** 11) 接射

1) この射殺が特徴的であると述べる理由の一つは、銃口を密着させての射殺なら、入射角が上方から下方へと斜めになることはまれで、たいてい90度に近い角度となる。このことから、犯人はよほど長身の男ということも考えれたが、被害者のフランコ・セラノも1m82cmの身長を持っている。
2) さらには、3発の弾丸ともによく心臓を破壊しているから、致命傷を与えるには、最初の1発で充分であった。にもかかわらず、3発も続けて撃っているのは珍しい。

*** 12) 殺害後に切断

1) 白ワイシャツの襟部、ならびに上着の襟部が比較的きれいであるということも、ここが切断箇所に近い点を考えれば特徴的である。これはむろん切断が射殺ののちであることを語るが、頸部の切断による出血は、きわわめて少なったことを示すから、切断やネジの装填は、射殺後30分程度が経過してのちと考えられる。
2) ソファへの血の付着もほとんどなく、切断面からのは少なかったと解るが、同時に射殺は、被害者がソファに横たわった姿勢で行なわれたのではないと考えられる。

*** 13) ルミノール反応が検出されず

1) また犯人による遺体の切断や損壊が、殺害してのちであることから既述したとおり議論の余地がないが、鑑識課が現場応接間の床部、および浴室タイル床や排水溝を捜査したところ、ルミノール反応は検出されなかった。死体切断の現場がここか、別の場所かは特定できなかった。

*** 14) 4発目の弾丸

1) また部屋の調査から、壁にかかるヴァイオリンを、縦方向真っ二つに破壊して、38口径の弾丸が壁に入っていることが解った。このフランコ・セラノを殺害したハンドガンからのものと見て間違いはない。

*** 15) 紛失した遺体の一部

1) 遺体から紛失した体の部位は、食道上部などのごくわずかで、内臓部分を含め、他はすっかり遺っていた。

*** 16) 死亡推定時刻

1) これらを検分するためにすみやかに解剖に付されたこと、また被害者が午後6時頃に中華料理を食べていたことなどから、死亡推定時刻は午後の7時から8時の間と、比較的狭く絞りこむことができた。

*** 17) ルネスの逮捕

1) 死体を解剖に廻し、遺体発見現場のルミノール反応などを調査するかたわら、ジョジョ・ラモス刑事、ロベルト・マカティ刑事の二人は、同じジェイセム雑居ビル内にある被害者フランコ・セラノのオフィスも調べようとした。この時、被害者と以前より愛人関係にあり、確執もあったとされているルネス・シピットが、オフィスにひそんでいるのを発見した。事情を訊くために任意同行を求めると、拒絶し、激しく抵抗した。逮捕状がないので刑事がひるんでいると、ルネス・シピットがいきなり発砲し、マカティ刑事が腹部に被弾して重傷を負った。ルネス・シピットは走って逃亡をはかったので、ラモス刑事が彼女の脚と肩部を撃って転倒させ、逮捕した。
2) 被害者フランコ・セラノのオフィスから、ルネス・シピットの右手義手がが見つかり、この指先部から硝煙反応も検出された。ルネス・シピットは日系人の経営する履物工場に勤務していたが、ここでの作業は、サンダル裏にゴム底を貼る部所で、彼女の右手は義手であったが、接着剤の引き金を引くことは義手で行っていた。よって義手であっても、右手でハンドガンを発射してフランコ・セラノを殺害することは、可能と考えられた。

*** 18) ルネスの起訴

1) また、ルネス・シピットが所持し、警察官に発砲してきたハンドガンは、S&W6連発の輪胴式で、フランコ・セラノを撃った弾丸とライフル痕が一致した。指紋もルネス・シピットのものしかなく、弾倉内に38口径の弾丸が1発残っており、はずれたものも含め、被害者に4発、警察官に1発使ったということで計算も合った。また犯人でない者が警察官に発砲することは考えられないので、ルネス・シピットをフランコ・セラノの殺害犯と断定して、逮捕起訴した。

*** 19) 御手洗の疑問

1) ウプサラ大学の研究室で御手洗とハインリッヒが資料を一読後に対話する。御手洗が疑問をのべる。
1) 身長180cm以上のフランコにたいし、下方の角度にうつのは不自然。2) さらに、接射するのは困難。ハインリッヒとともに実演した。ひざまづかせてうつのもあるが、その弾丸がはずれて壁のヴァイオリンを破壊するのは無理とわかる。また一度で致命傷をあたえた。そのたおれた相手にうつ。むしろ体に直角になるのが自然だ。周囲に知られるおそれがあるのに二度もうつのも不自然だ。
2) さらに孔は二つで弾丸が三つ。犯人はそうしなければいけない理由があったという。くわえて下方の角度でうつ。スーツに密着させてうたねばならなかった。御手洗はハインリッヒをためすようにどう考えるかきいた。時間がほしいといって、御手洗に血液の質問をした。死斑は殺人のような突然死におきる。病死ではおきない。死体から血はほとんど流失しない。血液は8分で乾く。乾くと衣服などにこすれた跡がのこることがある。ルネスの話しとなる。
3) 御手洗が何故、裁判で犯人と認定されたのか興味がある。ルネスを逮捕した二人の刑事のうち一人が存命。先方に照会した。電話をしてジョジョ・ラモス元刑事と話しがしたいといった。


** ゴウレム(1/5)
*** ゴウレムの由来

1) ラウルが夢を回想する。ザゼツキーが人造人間ゴウレムの歴史を説明する。旧約聖書詩篇139のダビデの言葉にでてくる。迫害にさらされた歴史の中でゴウレムは神の力の象徴となる。この研究が11世紀にイスラムが支配する南スペインで最高潮にたっした。しかし、十字軍の遠征によりおおくのユダヤ人が虐殺されるとともにきえさった。

*** 1) 人体を解体する

1) ラウルになぜヴィーナスの彫像には両腕がないかをきいてきた。ユダヤ人の優位性をしめす姿勢が両腕によりしめされていたからという。大学の階段教室にたつザゼツキーは白いヴィーナスの彫像に電気ドリルで各所に穴をあけた。まず血をぬくためという。生命の秘密を知り、神の言葉を知り、ゴウレムをつくるため、解体する必要があるといった。電気ノゴギリで腕や腿を切断した。悲鳴がひびいた。ブルーシートの上にたおれたルネスからだった。ザゼツキーは血にまみれた頭髪に指をつっこんで首をまわした。ルネスの頸はネジ式になっていた。

** B さらにラモス元刑事からもきく
*** 1) 複雑な歴史をもつフィリピン

1) 翌日、ウプサラ大の研究室でハインリッヒと御手洗が対話する。ハインリッヒの質問にこたえ、複雑なフィリピンの歴史について説明する。15世紀、イスラム教がミンダナオ島にはいり完全にイスラム化した。16世紀に世界一周の途中にマゼランがセブ島にやってきた。そこで戦死した。スペインが襲来して、その後300年間を植民地として統治した。モスレムからカトリックに改宗するとともに名前をスペイン風にした。19世紀に独立運動がおきた。それに手をやいたスペインがアメリカに2000万ドルで売却した。第二次大戦前に日本の統治下にはいり、戦後独立し、現在にいたる。

*** 2) ラモス元刑事に電話する

1) バタンガス署から連絡があった電話番号から、御手洗がミンドロ島のリタイアメント・ハウスにすむラモス元刑事と対話する。ハインリッヒはスピーカーの音声をきく。外国人がすこしはなれたところに住んでることをたしかめる。事件発生の頃、バルディやダイソンとい名前の外国人がすんでたか。不知。電話の趣旨、エゴンの治療に必要と説明した後に、御手洗が順次質問した。

*** 3) ルネスは犯人かときく

1) フランコの妻は飲み屋を経営してたようだ。フランコの前身は。事件が解決したので詳細は不知。おおきな家を一軒購入できる程度の現金をもってた。死後は妻が継承。その他、チェーンストアの株、履物工場の株。死体の発見者、ラウル・リゲルは欧州出身のフィリピン人。日本から技術をまなび、ショー・ケースの食品模型をつくる会社をおこした。それから、チェーン・ストアの経営者にのぼりつめ、バタンガス立志伝中の人物だ。事件当時は模型会社はやめてた。現在の所在は不知。ルネスは犯人かときくと一瞬沈黙があった。
2) 自分は同僚刑事をうった犯人として逮捕した。裁判が犯人とした。ルネスは何といってるか。取り調べでも、裁判でも沈黙。その理由は何か。不知。何故フランコの事務所にひそんでたか。不知。何故、刑事をうったか。不知、ルネスからの説明無し。弾丸について確認。フランコに3発、壁に1発、刑事に1発。ルネスの弾倉に1発か。然り。ただし壁の弾丸はルネスが所持してたものでない。警察学校の教科書は間違い。ただし銃の形式は同じ。フランコのオフィスにハンドガンは。無し。ルネスの義手は。脇にはさんでた。理由は不知。常に沈黙があった。では取り調べは。3、4日後の病室で。自白は。無し。フランコとの関係は。
3) 愛人関係だった。未成年だったようだ。噂ではラウルから金で買ったという。フランコはデパートを買い、ルネスもか。然り。ビジネスライクな男。帰化目的で結婚、当然、金をはらったろう。ラウルは経済的に困窮か。同意。ルネスは売買に同意か。不知。ネジ式の死体についてきく。

*** 4) 首がネジ式、不可解

1) ネジ式にした理由は。自分は不知、関係者も不可解、不知。ルネスが異常にネジにとらわれる精神の持ち主か。でもルネスがいつどのように犯行か。非力な片腕の女が、道具は。ルネスは不言故不知。犯行時間は約30分、それで、どうやって。履物工場との関係もない。不知。この時間帯のルネスのアリバイは。無し。ネジは。大型のランプのもの、ホワイトランプだったろう。犯人がすぐみつかったから、裏付け捜査があまくなった。然り。協力した男は。不知。現場が作業場所でない。同意。ルネスの行動が不可解では。同意。地震と犯行のタイミングの話しとなる。

*** 5) 何故、首がはずれたのか

1) ラウルが死体をゆさぶった。その時、首がはずれておちた。地震は、はなれて電話してる時におきた。では犯人は首がはずれることを期待していたのか。同意。特異な犯行方法を暴露することでルネス以外の第三者に嫌疑を誘導する可能性は。無し、前例もない。ルネス以外に 嫌疑者はいない。ではエゴン・マーカットというスウェーデン人は。不知。しかし、ザゼツキーのこときくと、エゴンの名前に記憶があるという。当地にいるというと、関心をしめす。突然、思いだす。

*** 6) エゴンの名前がでた

1) ルネスが意識を回復した時にはじめていった言葉が、「エゴ・マーカット」、それ以上は不言。現場に放置されてたスクーターの持ち主かと問いつめると、認めた。事件当時の新聞を看護婦に要望、何かをさがす。数日、それを繰りかえした。さらにフランコの家は地震で破壊されたかときいた。ひどかった。屋上、2階につづく、外壁についた階段がくずれた。御手洗がきく。そこには、人間やや動物の骨の化石、古文書、さらに義手、義足はあったか。然り。その時、名がでたか。否。スクーターを通勤に使用。勤務先で聞き込み。おおくは運転を男にたのんだ。その名がエゴン。この線はおいかねて立ち消え。御手洗がもっと徹底すれば真相が見えたと残念がる。話しがネジにとらわれる異常精神にもどる。

*** 7) ネジ山を見せたかったのか

1) 何故、ラウルにネジ式を見せたかったのか。沈黙、さらにどう考えても不可解。あれだけの大作業をたった一人、あるいは警官に見せたかった、というのは不合理、不可解。ではと元刑事がいう。どのような理由か。わかるところがある。材料がもっとそろえばわかるはず。そして質問がつづく。ネジはしっかりはまるようになってたか。然り。なのにしっかりはめてなかった。そこに理由がある。では、その理由はと元刑事の質問。不答、質問をつづける。
2) 頭部はテーブルの脚のあたり、胴体はソファの上、胴体にはグレーのスーツ、下に白いシャツ。到着時間は10時頃。ではズボンは。黒。スーツの左の胸に銃痕が二つ、下のシャツにはべったりと血痕。スーツの裏地には。ほとんどなし。切断された頸部にせっするシャツのカラーには。ほとんど無し。頸部は長かったか。まあそう。場所柄は繁華街か。然り。拳銃発射の音が気になるか。治安も悪かったから、時にはきこえない。スーツに財布は、中に金は。有。フランコの事務所に金、貴重品は。有。スーツに拳銃は。無し。財布にはクレジットカード、運転免許証は。有。御手洗は材料はこれで充分考えをこれからのべるといった。

** ゴウレム(2/5)
*** 1) またゴウレムの歴史をのべる

1) ラウルの夢の回想。ザゼツキーの講義が12、13世紀からはじまる。ユダヤ教の高僧ラビのハシドは逸話をのこし、フランスのガオンは儀式を体系化したという。17世紀、学術の中心地であったチェコのプラハでラビ、レーブは王ルドルフと親しく話し、市内をながれる川の土かゴウレムをつくったという。十字軍による虐殺の後も脅威にさらされつづけたユダヤ人にとりゴウレムは自分たちを守ってくれる存在と意識されるようになった。超人的な力をもつ存在への関心は、科学が進歩し電気が発見されたとき、電気ショックにより出現するフランケンシュタインとなった。原子力の発見から、別のモンスターがうまれた。

*** 2) ゴウレムつくりは科学にちかづく

1) 創世記は神が暗号の文字により無数のことなる生命と天地を創造したといっている。時代が進歩し科学がゴウレムの物語にちかづいてゆく。神の文字を知り、優れたゴウレムをつくりだそうとした歴史は科学が発展してきた歴史と同じである。もうユダヤ の教えにとらわれる必要はない。ザゼツキーは不思議な廊下をすすんでゆく。右の窓から野外がのぞける。そこにはミサイルがつくった擂鉢状態の穴がみえ、バラバラになった兵士の死体がある。アメリカはベトナムで屈辱の敗北をきっした。しかし次に中東への介入をねらっている。それは石油を大量消費する石油権益の確保であり、ユダヤ人の利益確保である。ユダヤは米国という巨人をあたらしいゴウレムにかえたのだ。このベトナムはアメリカのゴウレム化の最終段階である。わたしのゴウレムをみせるといって左のドアをあけた。

*** 3) ザゼツキーのつくったゴウレムをみせる

1) そこにおおきな鳥籠のようなものがあり、中にT字型に拘束された男がはいっていた。ザゼツキーはほほえみを浮かべながら、電気ノコギリで左足を切断した。鳥籠には丁度、電気ノコギリがはいれるような隙間があいていた。ほとばしりでる血流に無頓着のまま透明な義足を装着した。可動式の金属の心棒、筋肉の役目をする油圧装置、とりどりのコードが、制御用のマイコンがみえた。次に右腕を切断し、また透明の義手をつけた。おどろくわたしに、とくとくとその利点を説明する。

*** 4) この義足、義手には利点がおおい

1) 義足、義手で最低限の機能は確保できている。米国の情報部が情報をえるため、たとえ手足を切断しても、人道上の問題はすくないので味方の生命をすくう貴重な情報がえられる。義足、義手それぞれ独立して制御するマイコンが装備されているから手足4つを切断可能だ。カール、カールという声がきこえた。それはルネスだった。

** C 事件に目撃者がいる
*** 1) 事実確認をする

1) 御手洗がラモス元刑事にきく。グレーのスーツの左胸に穴が二つか。然り。念のため確認をくれ。二つの穴には焦げ目、輪胴式のシリンダーからの煤があった。然り。貫通孔は、スーツ、ワイシャツ、肌シャツにあり、その口径は下にゆくほど拡大。然り。二つの穴の弾道は下方に約45度。然り。穴は二つで弾丸は三つ。然り。肌シャツ、ワイシャツは血で真っ赤、頸部切断面ちかくのワイシャツカラーはわりときれい。然り。スーツの裏地にはかすれたような血の跡。然り。フランコの頸部にネジ。ネジはゆすってゆるみ、そして落下。然り。だが目撃者なし、ラウルの証言のみ。然り。現場にきた刑事は事態を追認しただけ。無反論。材料はこれだけ。では、考察をすすめる。

*** 2) 事件の考察にはいる。

1) 下にゆくほど穴が拡大、接射を意味する。でも抵抗が予想される相手に接射は不合理。無言。無理にそんな状況をつくったとして、たおれた相手をまたうつ。ならば90度になるはず。無言。ここに犯人と意図的作為を読みとるべき。無反論、そんなこともあるとの態度。これを無理なく説明する。そのため別の不可解をかさねるべき。???。

*** 3) 目撃者の存在を覚悟してた犯人

1) まず何故別の目撃者がいないのか。???。何故、この奇妙奇天烈な事件が解決したのか。???。それはルネスがフランコをうった銃でルネスを尋問しようとした刑事をうったから。無言、然り。さらにつけくわえると、その銃にはルネス以外の指紋がなかった。この出来事がないと想定して事件を考察してください。???、???。犯人はそんな出来事を予定してなかった。えっ。真犯人は別にいてこんな出来事は予定してなかった。御手洗が然り。で、考察してください。迷宮入りか。まさか、猛然と捜査するでしょう。然り。では、あり得る捜査を想定します。フランコの事務所にいった。

*** 4) 警察に急転直下の解決をもたらしたルネス登場

1) そこで不可解なものを発見した。???。義手だ。ルネスの所持物だ。ちがう、ルネスがいなければ刑事が発見してたはず。他に。えっ。ハンドガンです。ルネスがいなければ不可解な発見でしょう。もともと未成年の女性がハンドガンをもつのは不自然。しかし、義手の存在から犯人はルネスだと嫌疑がかかる。で。

*** 5) 義手や銃だけでルネスを逮捕できたか

1) 捜査。するとルネスのアリバイが問題となる。???。犯人と思いこんで問題にしなかった。さらに犯人と思いこみ逮捕、それが公表された。共犯にされるかもしれないのにアリバイ証言者がでますか。うーむ。いたかもしれないと思いませんか。うーむ。未成年の女性がこんな困難な作業ができますか。場所は、道具は、協力者は。うーむ。発砲がなければ、逮捕できなかった。一応、納得。

*** 6)ルネスの不可解、何故、発砲

1) しかし何故発砲したのか。それは後程。否、否、今。やむ得ず、ルネスの大事な人間が瀕死の重傷、すぐかけつけないと命があぶなかったから。えっ、そんな馬鹿な。地震を忘れてます。成程。祖父のホセか。今の考察には無関係です。元刑事がきく。死にかかってる人間はデル・ピラール通り、警察署、ルネスの自宅にもいなかった。さらにきく。その前に、何故、フランコの事務所によった。病院にかけつけるべきだろう。御手洗がいう。然り、でもその前に必要があり、簡単にすむ用事であり、それが瀕死の大事な人をすくうものだったから。面白いが本当か。でもおかしい事がある。フランコをうった銃をどうしてもってた。それは事務所でひろったからでしょう。普通はひろはない、しかし地震の非常時、女性だから。それに義手もひろたのでしょう。義手???。その義手の指先には煤、それと銃。元刑事がいう。義手をひろいによったのか。然り。

*** 7) 何故義手がフランコの事務所にあったか

1) ルネスはフランコに義手を取りあげられてた。煤と銃。自分に発砲の嫌疑。元刑事がいう。フランコが自分殺しの嫌疑をルネスにかけるか。否、フランコは別の人物の殺害を意図、その嫌疑だ。フランコを殺したのはその別の人物。うーむ、その証拠は。壁にかかったヴァイオリンをうった弾丸。これには別の銃のライフル痕があった。成程。これで事件が見えたはず。???。じゃあ。フランコはラウルの事務所に別の人物をうつつもりでいった。でも相手がうって、死亡、自分は失敗。うーむ、で、その銃はどこに。変な話しだが、別の人物がフランコの事務所においた。

*** 8) フランコをうった銃が何故、フランコの事務所に

1) そんな馬鹿な。御手洗がいう。ルネスがひろったから、警察が確保できた。そんな馬鹿な。だから、別の人物が自分の銃を間違えてのこした。そんな馬鹿な。だって、二つの銃は、同口径、同型、同メーカー。犯人は予想外の展開に動転、放置してもよい銃をフランコの事務所におく。それは間違えて自分の銃だった。うーむ、納得、ではルネスはその事情を警察に話さなかったか。御手洗がいう。現場では、きいてもらえないと思い、病院で意識回復後では、いってはいけない事情を意識した。???。瀕死の重傷をおった大事な人物がいる。根拠は。ルネスは病院で事件当日の24日、翌日、翌々日の新聞を要求、熟読。大事な人物の安全を確認できた。うーむ。御手洗がいう。推測は可能。場所が場所なら死亡記事となる。どこか。目立つ場所だった。ルネスはそう信じたから警察にいわなかった、という事実も。一応、納得、話しをすすめてくれ。

*** 9) ルネスが真犯人でないとして考察する

1) ルネスが犯人でないという可能性を認めたとの前提で話す。とにかく話しをすすめてくれ。で、ルネスが現場で発見され、発砲せず連行されたとして考えたら。起訴できたか。うーむ。犯人でないとなったらどんな捜査をしたか。うーむ、物取り、金品はあったから無理か。御手洗がいう。銃をわざわざもどすのも変。さらにこんな大変な作業をするか。うーむ、ラウルのアリバイか。当り。警察はアリバイを気にしなかったが、ルネスが犯人からはずれれば、問題になる。ラウルがかならず被疑者となった。ラウルがおちついていたら何をしたか。元刑事がいう。何をいわせたい、御手洗がいう。目撃者を用意した。でも、でなかった。然り、でもその事情があったから。いたと断言します。元刑事、無言、怒りをこらえて証拠は。御手洗がいう。もし間違ってたらご希望のことする。自分が正しければ希望をきいてくれ。了解。弾丸の貫通孔の話しとなる。

*** 10) 一発即死の穴にまた一発の不可解

1) 御手洗がいう。犯人は正確に心臓をうちぬいてた。しかし、さらにもう2発うった。何故か。???。うつ必要があったから。危険な接射をいとわず、やってる。???。犯人がうち、フランコもうった(硝煙検査はしなかっでしょう。然り)。次に、犯人は一度うった穴にさらにもう一度、さらにその横にもう一度。すべて接射、角度も同じ。うーむ。御手洗がいう。気づかれるかもしれない危険をおかしてやったのは。それは、死体の穴とスーツの穴がずれてたから。そんな馬鹿な。スーツの穴とワイシャツ、肌シャツの穴がずれてたら、どうするか。成程、納得。御手洗は納得した元刑事をこまらせる。ずれてたら、スーツはきせず、ワイシャツと肌シャツだけにすればいい。なぜスーツをきせたのか。???。そんな不自然なことをする必要があったから。どうしてと思うか。

*** 11) 御手洗、目撃者の存在を断言する

1) 敗北感にしおれている元刑事をおいて、それは、弾丸で穴のあいたスーツをみた目撃者がいる。その目撃者に不審の念をおこさせないためスーツが必要だった。穴が二つだったが、そこまでまじまじと見てないと信じられた。沈黙。だからこの事件には、まだ登場してない目撃者がいると確信したと御手洗がいった。


** ゴウレム(3/5)3

1) ラウルの夢の回想。ザゼツキーの頸を切断した後、たえられない悪臭がする。くさった動物の内臓を鍋でにて悪魔を呼びだすカバラの秘儀を思いだす。そこでは悪魔がこの世界成立の秘密をおしえてくれる。この苦しみにみちた世界に人は何のためにつくられたのか。悪魔はこたえる。
2) 目的なぞない。ただ神の退屈しのぎのためだ。民の苦難をたのしみ、みだらな姦淫をよろこぶ存在だ。この世はヤーハエがつくった悦楽のチェス盤だ。神は定期的に飢饉をつくりだし、困窮した民は隣国をせめる。互いに略奪する。魔女は邪悪な存在だ。八つ裂きにしなければならない。神は多数いる。知り合いの神の信者を殺せと命令する。どうして人は殺人をこのむのか。残虐をたのしむのか。人は神がつくったちいさな悪魔なのだ。だから殺しあい、辱しめあう。どんなに、たかい洋服をきて、高尚ぶって学生相手に講義していても同じだ。
3) 切断された頸部の醜悪さを見ていると、わたしはフランコを殺さねばならなかったと思った。これが自分の使命だった。その頸部に手をのばした時、首が90度回転してこちら見た。薄目をあけて「もうやめて...」と女の声がした。ルネスだった。

** Dエゴンの苦闘
*** 1) 更生施設の院長もくわわり4人が対話する

1) 後日、ハインリッヒ、エゴンと更生施設の院長が御手洗の研究室で対話する。御手洗がヴァイオリンで難曲の練習をしていた。早速、エゴンが前回と同じ初対面の挨拶をする。事情を承知の御手洗が会話をすすめた。エゴンから治療の必要がない。現状に満足という同一の結論をのべた。「ただ」と言葉がとまった。エゴンが御手洗がやってたヴァイオリン演奏のことをきく。チゴイネルワイゼンだった。サラサーテがハンガリーでロマの即興に感銘をうけて採譜したものといわれてる。西洋の理論と東洋の即興が衝突、融合してうまれたものだ。エゴンがひかれるものと混乱を感じたという。御手洗が東洋と西洋の衝突と融合がフィリピンのフランコのネジ式殺人事件にもあるという。エゴンがハインリッヒから自分が帰るべき場所ができたときいた。その場所をきこうとした。御手洗がもうすこし時間をくれといった。ロマの話しとなった。

*** 2) ロマの音楽を語る

1) 世界に1000万人いるといわれ、もともと北西インドを故郷にとする。1000年前、異民族の侵入をうけ流浪の民となった。ヨーロッパにも多数いる。ロマは彼らの言葉で「人間」を意味する。「ジプシーは差別の意味がある。自分がすきなフラメンコは南スペインのジプシーの音楽。これはアンダルシアの哀歓のメロディが北アフリカをぬけてやってきたロマのつよいリズムがぶつかって生まれた。両者の奔放で華麗な音楽は、彼らの悲しみに色どられた生活に光をもたらす喜びだった。ハインリッヒがわってはいって、院長を紹介した。御手洗が失礼をわび、ソファにすわるよう案内した。
2) 院長が御手洗の話しに感銘をうけたように、自分は「ひばり」が好きだというと、御手洗もおおいに賛同し、ロマの音楽の魅力をかたった。モルドヴァン・シュテファンという。生まれをきく。ルーマニア、ナチによりハンガリー領だった。「魔法の馬の帰還」という曲は知らないという御手洗にすこし気落ちしたようだが、施設でエゴンのための療養をほどこしてる。今回、御手洗とともにエゴンのためにできればよい。患者が満足してれば危険な治療はさけたいという。御手洗が、エゴンはフィリピン時代、大量のアルコールをのんでたか。然り。御手洗がいう。治療の必要がないとはいえないが通常の方法は無理。ではどのように。奇跡が必要か。奇跡。御手洗がいう。奇跡がおとづれをまつのも賢明。大陸移動説も天体衝突恐竜絶滅説も時がおとづれ市民権をえた。まつもよいが、彼には寿命がある。ハインリッヒが前回に謎解きのつづきをもとめた。

*** 3) 謎解きを再開する

1) ハインリッヒがいう。目撃者がいた。フランコの体に銃弾の穴二つが必要だった。だから犯人はフランコのスーツを着せかえたのか。然り。フランコのワイシャツ、黒ズボンはいつもどおりだったが、スーツはちがってた。犯人の予想がはずれた。だから、グレーのスーツにかえなければならなかったのか。何故。御手洗がいう。犯人がグレーのスーツを目撃者に見せていたから。ハインリッヒ、だから目撃者にもう一度みせたかったのか。否、警察が見たものとちがってくるから。えっ、誰と誰のことか。御手洗がいう。フランコの偽物とフランコだ。えっ、もっときちんと説明を。自分が説明しては真の解決にならない。エゴン自身が説明しなくては。エゴンはとまどうばかり。ハインリッヒが目撃者とは誰かときく。勿論、エゴン、その肩甲骨になごりももつ彼だと御手洗がいった。

*** 4) 苦しむエゴン、思いだせない

1) 御手洗がいう。ラウルを思いだしたか。否。エゴンはラウルとジェイセム通りのラウルの事務所にはいった。思いだしたか。否。では、6時すぎからラウルと一緒にバタンガスの飲み屋街でさんざん飲みあるいてた。それから事務所にはいった。どうだ。否。ならばエゴンは1976年1月26日の夜、事務所にいった。事務所となってるところから応接間にはいった。たぶんラウルが先だ。ラウルがそこでエゴンに何を見せたか。今、すわってるようなソファの上で、何を見たか。思いだしたか。否。心配して声をかけるハインリッヒに、御手洗が「帰還」の物語の中に彼の脳にある記憶の部分が存在してるといった。

*** 5) 真の解決、エゴンがすべてを思いだす

1) 事件の解決は彼が思いださねばならない。今、刑務所にいるルネスの開放もむづかしいだろう。それでハインリッヒは納得。どうしてわかったか。御手洗がいう。簡単な推理だ。あらためて「帰還」の物語をしめし、すべてここにある。???、では目撃者だというのは。御手洗がいう。肩甲骨だ。???。科学的、医学的療法はないのか。御手洗がいう。無し、ペンフィールドの電気療法、心理カウンセラーの催眠療法か、事件の解決にはならない。解決が必要だ。

*** 6) 奇跡をまつ

1) 何故フランコは殺害されたか、誰によってか、何故頸部を切断されたか、何故、首がネジ式だったか、何故スーツを着せかえられ、体に二つの穴をあけられたのか。それにエゴン、彼の役割、何故、大怪我をしたか、何故、目撃者だったはずなのに途中できえたか。これができなければ、助けるべき人を助けられないといった。すると机上の電話がなった。

** ゴウレム(4/5)
*** ルネスがザゼツキーをたおすといった

1) ラウルが夢を回想。ルネスが戦闘服をきて、きしむ機械音をたててやってきた。白い透視光のもとで体内がみえた。頭蓋骨、脳に機械はない。だが頸はネジ式だった。胴体部には骨のかわりに金属のフレームがはいってた。機械をとめるボルトやリベットがひかり、ダイオードが明滅してた。機械の間に肺、心臓が顔をだし消化器のチューブがはしってた。右足はすべて機械、手足は胴体とネジ式で装着されていた。
2) 透過光をぬけたときラウルの問いに答え、ルネスはザゼツキーを「やっつける。すぐにやる」といった。

** E ルネスから電話、エゴンの帰還
*** 1) 恋人ルネスがよみがえる

1) 研究室の電話がなる。御手洗は少し話し、それからスピーカーに切りかえ、電話の声をエゴンにきこえるようにした。電話からルネスがエゴンに呼びかける。祖父のホセ、食事のアドボ、魚の塩焼きにしたイニハウ、デル・ピラール通りのレストランでの食事、スルー海の珊瑚礁の話しをした。エゴンが今、どこにいるかときいた。刑務所の中、あなたは元気か。スウェーデンで元気にくらしてる。アルコールはのんでるか。否。元気を知って満足。驚き、エゴンが自問自答。ルネスが十分間だけはなせるという。もどがし気にいう。

*** 2) ルネス、エゴンは殺してない

1) 1976年1月24日の夜、バタンガスに地震。あなたは、わたしのアパートにかけつけた。うれしかった。おぼえてるか。無言。すぐ二人でスクーターにのってフランコの家に義手を取りかえしにいった。呆然。寝室、居間、陳列室になかった。あの日の朝、フランコは自分から無理矢理、義手を取りあげた。犯罪の臭いがした。エゴン無言。で、エゴンは屋外に取りついけられた階段をおりようとした時、轟音、地震。岩場に転落。電話は不通。スクーターにのって病院にむかった。おぼえてるか。 無反応。ルネスがいう。緊急なのできけなかった。エゴンは極度に興奮。ジェイセム・ビルでおきたことは不知。病院への途中でジェイセム・ビルによった。フランコの事務所で義手をみつけ、さらに銃も。電話は不通。そこに刑事が出現。瀕死のエゴンが心配、抵抗し銃撃、逃走。病院で意識回復。
2) フランコの殺害を知り、ルネスはエゴンが自分のためにやったと思った。生きてると信じ、沈黙。刑事にもエゴンのことは不言。ルネスが告白。エゴン以外の二人の男と愛人関係。エゴンを傷つけた。ラウルも好きだたが、事業に行き詰まり、事業とルネスをフランコに売った。フランコはフィリピンをまだ植民地と思ってた。ラウルとの関係をつづけ、エゴンも愛した。ききたい、本当にエゴンがフランコを殺したのか。不言、答えられない。

*** 3) 苦しむエゴン、思いだせない

1) 自分の脳ははたらかない。かくすつもりはない。どうしても思いだせない。自分がどうしてここにいるのもわからない。辛い。どうしても自分がいるべき国にもどらなければ、そこに帰る。ルネスが感謝。ヨーロッパ人に怒り、復讐心。自分の魅力や力をつかう。傲慢でエゴンを傷つけた。エゴンが一番好きだったと告白。スルー海でエゴンとおよいだことをわすれない。ラウルの家で自分がつくったアドボをたべた。ワインをのんで大騒ぎ。ヴァイオリンの名手のラウルが「魔法の馬の帰還」をひいた。エゴン大喜びだった。もうこれ以上語れない。涙になる。すると後ろで声がひびいた。

*** 4) ラウルが魔法の馬の帰還を演奏する

1) 院長が告白。ラウルを名のった。ルネスにあやまった。人生が終わりにちかづいている。エゴンのために療養施設をつくった。だがルネスのことを忘れてた。フィリピンにもどる。驚くルネス、看守に電話の猶予をたのむ。御手洗が冤罪をはすのに必要、延長をたのむ。沈黙。ルネスの声、感謝。御手洗がラウルにヴァイオリン演奏をたのむ。フランコの弾丸がヴァイオリンを二つにさいた時、演奏を封印とちかった。御手洗がエゴンの脳に奇跡がおきるかも、再度たのむ。ラウルがヴァイオリンをとる。突然、つよい音がひびきリズミックに草原をかける馬が登場する。陽気な演奏、手拍子がくわわる。調子がかわり、憂鬱な弦の音、聞き覚えのあるメロディにかわった。演奏は拍手をもっておわった。

*** 5) ラウルが自分を語る

1) 御手洗が、こんな素晴しいチゴイネルワイゼンははじめてという。ラウルがロマであることをたしかめる。自分はトランシルバニア、ハラトウカ村にうまれた。そこは西にむかうロマの大通りだった。政治的に複雑な場所だった。第一次大戦でルーマニア領、第二次大戦でハンガリー領となった。父はヴァイオリンの名手、人気楽団をひきいていた。ハンガリーを支援するナチのため演奏をした。ハンガリー敗戦、チャウシェスク独裁にむかった。一家は白眼視された。父はブタペスト、スペインとのがれた。母は旅の途中で死んだ。困窮の生活でヴァイオリンの技術もおとろえ、やがたフィリピンに仕事をもとめ、アフリカ経由、渡航した。貧窮の生活の中で父からヴァイオリンをならった。音楽は政治に利用されると音楽家になることは反対だった。その頃に名前をかえた。そこから父とともに日本にわたった。全国の都市を演奏してまわった。九州で食品模型にであった。蝋でなく塩化ビニールでつくる精密でリアルなものだった。タチバナ食品模型研究所に長期特別研修生というかたちで住みこんだ。蝋細工とちがい、ビフテキなどはたべられそうで、さわってもやわらかでリアルだった。
2) フィリピンにもどり食品模型の会社をおこして、猛烈にはたらいた。会社をおおきくし、レストランを買収、デパートまで拡大した。その頃、父がなくなった。ミンドロ島の別荘でだった。時代がかわった。拡大しすぎた事業は行きづまった。その頃にフランコにであった。事業家で学者でもあった。放浪のヨーロッパ人という親近感もありしたしくなった。これが自分の最大の過ちだった。フランコをつうじエゴンともであった。ミンドロ島の家にちかくにはアメリカ人のビレッジもあった。そこの学者と交流がうまれた。アメリカ人学者の自由な発想にエゴンは魅惑された。交流を心からたのしんだ。可愛いやつだと思った。あんな事件があり記憶をなくし、アルコール依存症でホームレスの収容施設にはいってる。そんな状況はたえられなかった。欧州にもどる際にスウェーデンにつれていって、自分はまた放浪の旅にでた。スウェーデンにもどるとヘルシンクボリでエゴンがひどい生活をしてた。自分の財産のすべてをつぎこみ重度アルコール依存症患者の更生施設をつくり、収容した。

*** 6) ルネスをフランコに売る

1) 自分はいつかロマの女と結婚しようと思ってたが、かなわなかった。ルネスのことを思えば心がいたむが、ロマの血があったのだろう。事業に行きづまり、嫌気もさした。フランコに売却を提案した。はじめしぶっていたが、ルネスを売れという条件をつけた。彼の提案は好条件だった。
2) フランコは義手、義足に関心があった。当時、ベトナム戦争はおわっていたが、カンボジア内戦があり、イスラエル、中東、アフリカと戦火はつづいてる。フランコは補助器具の需要を見こんで研究していた。一見何でもなさそうな研究だが、あの男は悪魔だった。ルネスは右腕がないが、両親もなく、祖父の老い先もながくない。まったく親類縁者のない者になる。彼女を愛人とするという口実で、実験材料のモルモットにしようとしたのだ。

*** 7) フランコの殺害を決意する

1) 右腕のない彼女が、右足もなくすると、その左脳が特殊な機能を発揮するようになるといった。カンボジアにつれていって口実をつけて右足を切断するとまでいった。1970年代は異様な時代だった。戦争が身近にあり、悪魔がそのちかくによってくる。義手、義足は戦争捕虜を拷問するためだ。定型化された義手、義足を用意し。拷問の時、それにあうよう手足を切断する。効率的、効果的な拷問だ。悪魔の研究だった。自分はおそろしくなった。計画が中止させられないとわかったので殺害を決意した。その計画をはなそうとした。それを御手洗が中止させた。

*** 8) エゴンに事件がよみがえる

1) エゴンの変化を見のがさなかった。エゴンがいう。魔法の馬の帰還、ヴァイオリンにあわせて、ルネスが踊った。ルネスの声。アドボ、挽肉となすのオムレツ、レリエロン・タロン。これらを一生たべたい。あれはルネスへの求婚の言葉だった。ルネスの声。思いだした。うつくしいスルー海のそばで一緒にくらしたいといった。エゴンが御手洗をみた。ラウルをさししめした。抱きあう二人、ラウルがエゴンの奥さんをたすけにいこうといった。

*** 9) エゴンに語らせる

1) 御手洗が1976年1月24日の夜に何があったか。エゴンがいう。ラウルにつづいて応接間にはいった時に何を見たのか、ときいた。ラウルが声をあげた。見るとフランコがソファの上で仰向けでねてた。ワイシャツが真っ赤でスーツにちいさな孔があいてた。ラウルが穴に指をつっこみ血だといった。エゴンがさらにいう。眩暈、エチオピアから一緒にやってきたのに。吐き気をもよおした。休止。御手洗がそれは何時ころ。八時前。ラウルがフランコの体をゆさぶり、頬をぺちぺちとたたいた。その後で、穴にふれた。頬の肉がぷるぷるふるえた。御手洗がきく。フランコのスーツの穴はいくつ。不答。壁のヴァイオリンはこわれてたか。否。それから。警察に電話しようとした。そこに大地震、部屋が暗転、外は土埃。御手洗がきく。揺れの時間は。10秒くらい。その揺れの中で何を見たか。躊躇、やがて、フランコの頭がゆるゆると後ろをむいた。後頭部、どすんと床に落下、エゴンの前をころころところがった。御手洗がきく。どこまでか。部屋の中央にある卓子の脚のあたり。電話はそこにあったか。否、隣室。ラウルが証拠保全を警告。徒歩の連絡も考えた。結局、ルネスの安全確認を優先。現場をラウルにまかせ出発。御手洗が事件の全容が見えたことに満足。

*** 10) 見えてきた事件の全容

1) これでルネスの説明につながる。目撃者がきえた理由がわかり、ルネスが気がせくあまり刑事をうった理由もわかる。ラウルには事件を糊塗する必要があり、警察への連絡をおくらせた。ラウルが沈黙。ルネスの逮捕はラウルのアリバイ問題を解消した。さらにラウルが発見時間をおくらせ9時とし、首がおちたのは地震前、ゆさぶった時にした。理由は架空犯人の意図どうりと印象づけたかったからだろう。犯人の異常性に注目をあつめるのが得策と考えたのだろう。一方、エゴンは岩場におち肩甲骨を粉砕骨折し、おそらく海側から発見救助、病院に搬送。日本人医師のいる病院で人工骨による手術。これが肩甲骨の突起としてのこった。ラウルは、あわてて銃をフランコの事務所にのこした。それがルネスさんの狙撃、犯人としての逮捕、アリバイの問題が解消したが、冤罪者をだしたと指摘した。御手洗がきく。

*** 11) フランコ殺害の実相

1) フランコが残業してることは。承知、事業引き継ぎで多忙。ハインリッヒが何故、エゴンを目撃者にする必要があったかきく。フランコの死体発見時までずっとエゴンと一緒ならば、アリバイができる。推定死亡時刻は7時から8時、6時からずっと一緒なら完全だ。ハインリッヒが誰によりどのようにフランコが殺害されたかきく。御手洗はエゴンに、どうしたと思うかきく。エゴンが冤罪をすくうため、一番事態を理解してる必要があると指摘。エゴンが語る。犯人は自分でなく、ラウルでもなく、ルネスでもない。犯人がいない。御手洗がヒントはタンジール蜜柑共和国への帰還の中にある。壁にヴァイオリンがかかってた。ルネスの頬がぷるぷるふるえた。胸にぽつんとひとつあいてる穴を見たと記述を指摘。エゴンが思いだしながら、真相にちかづく。警察の発表とちがうところがある。ヴァイオリンは壁にかかってた。スーツの穴は一つだった。御手洗が歓喜の声をあげて、エゴンが見たのは、警察が発見したのとは別のものだったといった。しかしエゴンはフランコという。エチオピアから一緒だったフランコを間違えるはずない。双子がいても殺人がふえるだけ、御手洗がアリバイつくりだったといった。
2) 御手洗はエゴンがまた明日になれば、もとにもどる可能性がある。記銘をつよくするために自分で語らせる必要がある。また、奇跡のヴァイオリンが必要かもしれないという。推理の原則は犯人の立場にたって推察すること、犯人はどう見せようとしたのか。それができなくなったのが地震、では地震がなかったらどうか。ゆすったり、頬をたたいたが首はおちなかった。地震があったのでおちた。フランコの射殺死体を見た。それが犯人がエゴンに見せたかったものだ。電話は。隣室は駄目といわれた。下の公衆電話だったろう。もし公衆電話を事前に細工する。out of order の看板、とすれば、さらに遠くでかける。何故犯人はこのように時間をかせぐ必要があったか。何をしようとしたか。

*** 12) あきらかとなる事件のからくり

1) 御手洗がいう。犯人はフランコの事務所にいって、ラウルの事務所に変なものがあるとさそう。やってきたフランコは死体を見ておどろく、ちかよってしゃがみこむ。その瞬間、犯人は左胸に弾丸をうちこむ。素早く偽装死体を処分する。これなら時間をすこしかせげば充分。ねじ式が見えたのは偶然の事故。ではあれは人形。ようなもの。塩化ビニールはやわらかい。たたかれればぷるぷるふるえる。でも、体もやわらかだった。ゆすったり、すこしもちあげた。やわらかな自然な動きだった。ルネスが補足した。右手の義手をフランコの指示でためした。ほとんどは無理なく自然にうごくものだった。御手洗が指摘した。ラウルがこの人形をつくった。然り。数々の試作品を見せられた。デスマスクも。精魂こめてつくった。我ながらよくできたと思った。しかし彼の首は人並はずれてながかった。そのため、首のネジをゆるめざるを得なかった。ゆする時も注意してやった。ところが地震がすべてをぶちこわした。
2) 非常に困惑したが、計画は修正できると思った。エゴンをルネスのところにやったので余裕ができた。右手に手袋をはめフランコの事務所にいった。声をかけた。灯りがある廊下にでてフランコの衣服を見た。紺色のスーツ、白色のワイシャツ、黒のズボン。人形はグレーのスーツだった。やるしかない。応接間にはいり死体を見せた。しゃがみこんだ瞬間、ポケットのハンドガンでうった。成功したが、フランコもポケットにハンドガンをしのばせていた。ほとんど同時にうたれた弾丸は壁にかかったヴァイオリンを破壊した。いそいで人形をばらし、大型バッグにつめた。下におり地震でごったがえす道を横ぎって自分の会社の倉庫にいった。そこで人形の頸部のネジ式の部分を切断した。塗装用のプラスチックシート、ナイフ、ノコ、手袋などを大型バッグにつめ、現場にもどった。死体の血はもうかわきはじめてた。スーツの裏地に血はしみつかないだろう。
3) プラスチックシートの上に死体をおき、頸部を切断した。胴体部には内部をえぐり、牝のネジをおしこんだ。頸部のほうも筋肉、脂肪をリング状にえぐり牡ネジをおしこんだ。紺色のスーツをグレーにかえた。スーツの穴とワイシャツの穴がずれてる。そこで、慎重にスーツの穴から一発うった。さらに下のワイシャツの穴にあわせ、スーツをうった。頭部のない死体をソファにおき、首はテーブルの脚のあたりにおいた。いそいで後片付けをして、大型バッグをもって倉庫にもどった。手を充分にあらい、流しも何度もあらった。海にすてる余裕はない。ナイフ、銃は自分の車のシートの下にかくした。

*** 13) 国外に逃亡したラウル

1) 地震で混乱するバタンガス署について、まってる間に後悔がうまれた。血の臭いも気になった。現場に同行し予定どおりの説明をした。たいしてきかれなかった。心配したアリバイのこと、倉庫の捜索もなく、ルネスの逮捕を知らなかたので意外だった。目撃者は自分一人となっていた。自分はフラ ンコをうった銃をフランコの事務所においてきた。間抜けたことだ。いそいで出国しまだ市民権がのこってるルーマニアにひっそりと暮していた。そこでルネスの逮捕をしり愕然とした。 バタンガスにもどりエゴンの消息をしった。スウェーデンにつれて帰り、ヘルシングボリで彼のためアパートをみつけた。また放浪の旅にでた。失意の連続だった。もどったヘルシングボリで公園にくらすエゴンをみつけ、決心した。ストックホルムで重度アルコール依存症患者更生施設をつくって、エゴンを収容した。

*** 14) エゴンとともにフィリピンに帰還

1) 暫くの沈黙の後、ルネスにたいする罪の意識がつよくなった。今回のことは最後の審判をうける気分だった。フィリピンにもどり罪を告白しルネスの冤罪をはらすといった。御手洗と握手をかわした。エゴンから、ルネスから感謝の言葉があった。のこったハインリッヒから賞賛の言葉と夕食への招待があった。

** ゴウレム(5/5)

*** 1) ラウルのわかれの言葉

1) ラウルが夢を回想。ルネスがラウルにこたえる。ザゼツキーをたおした。あの悪魔は地獄にもどっていった。悪魔がいるなら神もいることがわかったといった。輝くように青いスルー海の船上だった。ルネスがいう。一時、ラウルを愛した。しかし悪魔が乱舞する戦争がおわった。騒がしかったアジトも静かになった。すべてがかわった。ルネスはエゴンを愛するようになったという。ラウルはエゴンは自分の子どものようだ。自分は旅にでて、旅で死ぬ。ふたりの幸せをいのってるといった。

注) 二つの銃の扱いにかんし、作者にミスがあった、と思う。謎解きの醍醐味をそこなうものと思わないが、本作品の趣旨から一言しるす。

(おわり)

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謎解き島田、斜め屋敷の犯罪 [島田荘司]

* はじめに

壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

* 本文
* プロローグ

** 1) 世界の奇妙な建築

世界には奇妙な建築があるが、日本には斜め屋敷というものがある。

** 2) 斜め屋敷の所在

北海道、宗谷岬のはずれのオホーツク海を見下ろす高台の上に斜め屋敷が所在する。名称は地元の通称、正式名は流氷館である。
1) エリザベス王朝風の白い壁に柱を浮き立たせた三階建ての西洋館とその東に隣接した、ピサの斜塔風の円筒形の塔から成る。
2) 斜塔は周囲にびっしりとガラスがはめられ、そのガラスにはアルミニウムを真空蒸着させた鏡面フィルムが貼られている。
3) 西洋館の手前に、随所に彫刻が設置された石造りの広場、塔のふもとには扇形の花壇がある。
4) ハマー・ディーゼル株式会社会長、浜本幸三郎が建設したものである。

** 3) 奇妙な斜め屋敷

斜めについて説明する。
ピサの斜塔が鉛直線から南北方向に、5度11分20秒傾むいているという。斜め屋敷もこのように傾いている。
西洋館の向きは、東西、南北に正対している。つまり、南面壁は南に正対し、他の壁も同様である。

** 4) 傾きの詳述

傾きを詳述する。傾斜度は上述のとおり。
1) 床についいう。その南北方向において南が坂下となっている。しかし東西方向は水平を保っている。ここで玉を転がせば、当然、北から南へ転がる。
2) 窓についていう。南面壁、北面壁の窓はこのとおり傾むいている。しかし東面壁、西面壁の窓は傾けない。水平、鉛直に対して通常の関係にある。
3) 人間の錯覚についていう。このような部屋に入って壁を見る。例えば東面する窓は壁の長方形に対し、右側あるいは南側が上方に、左側あるいは北側が下方にある。長方形に対し窓が歪んで設置されている。この相対位置から人間は南側が坂上、北側が坂下と錯覚する。
4) ところで、玉を北から南へ転がすと、既述の1)のとおり南側に向って転がる。人間の感覚に反する奇妙な現象を生じるわけである。

** 5) クリスマスの夜の部屋割り

事件が起きる12月25日の夜の部屋割りは次のとおり。
1号室 相倉クミ
2号室 浜本英子
3号室 (骨董品室)
4号室 (図書館)
5号室 (サロン)
6号室 梶原春男
7号室 早川康平夫婦
8号室 浜本嘉彦
9号室 金井道男夫婦
10号室 上田一哉(スポーツ用具置き場)
11号室 (室内卓球場)
12号室 戸飼正樹
13号室 日下瞬
14号室 菊岡栄吉
15号室 (空室)
斜塔 浜本幸三郎

** 6) 浜本幸三郎

ハマー・ディーゼル株式会社会長。富と権力を極めた大富豪。クラシック音楽、ミステリィーを愛好し、西洋のからくり玩具、機械人形の研究を道楽とする趣味人である。
68歳、妻を亡くし、末娘と流氷館に隠居生活を送る。

** 7) 事件の発端

事件はまず、1983年12月、吹雪の吹いたクリスマスの夜に発生した。そこには招待客と主人、娘、使用人がいた。

** 8) 登場人物

流氷館の住人
1) 浜本幸三郎、68歳、流氷館主人
2) 浜本英子、23歳、末娘
3) 早川康平、50歳、住込み運転手兼執事
4) 同千賀子、44歳、妻、家政婦
5) 梶原春男、27歳、住込みのコック

招待客
1) 菊岡栄吉、65歳、キクオカ・ベアリング社長
2) 相倉クミ、22歳、菊岡の秘書兼愛人
3) 上田一哉、30歳、菊岡のお抱え運転手
4) 金井道男、47歳、キクオカ・ベアリング重役
5) 同初江、38歳、金井妻
6) 日下瞬、26歳、滋恵医大生
7) 戸飼正樹、24歳、東大生
8) 浜本嘉彦、19歳、慶応大一年生、幸三郎の兄の孫

警察官など
1) 牛越佐武郎、札幌署、部長刑事
2) 尾崎、同、刑事
3) 大熊、稚内署警部補
4) 阿南、同、巡査
5) 御手洗潔、占星術師
6) 石岡和己、その友人

* ふたたび警告

この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。


斜め屋敷の犯罪 (講談社文庫)

斜め屋敷の犯罪 (講談社文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1992/07/03
  • メディア: 文庫



* 第一幕
** 1) 流氷館の玄関

*** 1) 幸三郎の出迎え

幸三郎が娘英子とともに玄関でお客のキクオカ・ベアリング社長の菊岡栄吉とその秘書であり愛人でもある相倉クミを迎える。
しばらく経って東大生、戸飼正樹が到着する。最後にキクオカ・ベアリングの重役、金井道男とその妻、初江がやってくる。
招待客の日下は既に到着していた。

** 2) 流氷館のサロン

*** 1) 夕食

一階サロンで夕食が始まる。英子が南側の裏庭に設営された見事なクリスマス・ツリーを披露する。次に誇らしげに幸三郎を紹介する。幸三郎が音頭をとり乾杯する。

英子が着席者の紹介をする。
1) 菊岡は雑誌でも取り上げれた有名人。菊岡は、女性問題で裁判沙汰、映画女優との醜聞で登場した。
2) 相倉はお隣りにいる素敵な洋服のかた
3) 金井はキクオカ・ベアリングの社長。英子はクミとの火花散るやりとりで少々疲れ、肩書を間違えた。
4) 妻初江はグラマーな女性。初江は太っていると揶揄されたと気分を害した。
5) 日下は目前の医師国家試験準備と幸三郎の健康チェックのため滞在
6) 戸飼は将来有望な東大生で参議院議員の息子
7) 嘉彦は兄の孫、慶応大一年生、スキーで滞在

英子が使用人を紹介する。
1) 早川は、幸三郎が鎌倉に住んでいたころから20年近く執事をしている。
2) 妻千賀子はいろんな雑用をお願いしている。
3) 梶原は自慢のコック

英子は菊岡のお抱え運転手の上田の紹介を失念していたことに気がついたが無視する。
豪華な七面鳥料理など東京の一流ホテルに負けない食事である。食後の紅茶が終り、日下が裏庭のクリスマス・ツリーを見ていた。その時、雪上に立つ棒を発見した。さらに西の角あたりにもう一本あることを発見した。それは今日昼間、日下がクリスマス・ツリーの準備を手伝っていたときにはなかった。それは暖炉に使う薪のようだった。

*** 2) 幸三郎の謎

大人同士の会話に飽いた幸三郎は若い人にといってクイズを提出した。そのいくつかを日下が見事に解いてみせた。幸三郎は戸飼に対抗心が生じたことみて、突然、これから出すクイズで英子の結婚相手を決めようといいだした。それは勿論、英子の同意を条件とすると付言した。そこで自分の部屋である斜塔の上に案内するという。日下、戸飼、コックの梶原、さらに菊岡と英子が幸三郎に従った。

** 3) 塔

*** 1) 斜塔から謎を提示

ホールの南側に付設された階段で二階に登る。踊り場を北方に移動し、そこから三階に連絡する階段を登り、三階の踊り場の南側に戻り、そこからまた登ると東面壁に近くなる。
そこに垂れ下がっている鎖を引くと扉にみえた部分が向こうに倒れる。斜塔への架け橋となった。それを登ってやっと斜塔に到着した。
部屋の周囲は回廊で囲まれていた。回廊の最南端に行き、そこから花壇を見下ろす。その形は斜塔のほうが要である扇のようである。扇面に多数の曲線が描かれ模様を表わしている。幸三郎は一同に斜塔と合せて意味のある答を出すよう求めた。
この時、降雪中だった。

** 4) 一号室

*** 1) 怪人物の登場

クミの部屋である。降雪は止み月が出ていた。
1時過ぎ、ここの静寂は都会暮しのクミには就寝の邪魔であった。また英子のことを考え、ますます眠れなかった。微かな音に気がついた。何かが外壁をカニのように登ってきている。嫌だと思っているのに南側の窓を見た。窓の下、カーテンの隙間から人間の顔がじっとこちらを覗いていた。
少しもまばたかない狂人の目、青黒い皮膚、白い鼻の頭、ヒゲ、頬の火傷の跡、薄笑いを浮かべた唇、異常な顔であった。
クミの悲鳴、その後にはるか遠くで吠えるようなうな男の悲鳴。またクミの悲鳴。ドアが叩かれ英子が入ってきた。外を確認したが何もない。幸三郎、金井がやってきた。不審さが解消されないまま、その夜は過ぎた。

** 5) サロン

翌朝、暖炉のまわりに、クミと金井夫婦、日下、嘉彦がいた。クミの熱弁にもかかわらず昨夜の話しは信じてもらえなかった。

*** 1) 上田の殺害

戸飼、幸三郎、菊岡が入ってきた。菊岡が上田一哉がいないことに気がついた。日下が気をきかせて起しに出た。英子の声で一同は朝食を始めた。やっと戻ってきた日下が部屋の異変を知らせた。
一同が外に出たとき、雪上には日下の足跡しかなかった。日下が指差す西の角に黒ぽい人影らしいものが倒れている。近づくとそれが幸三郎の蒐集品の一つの人形と判明する。しかも手足がバラバラに散在している。
西面する10号室の扉の前で呼びかける。応答がないので体当たりをして開けた。倒れた上田には心臓の上あたりに登山ナイフが刺さっていた。死体はベッドの足もと、あおむけ、右手首に白い糸、その端がベッドにつながれていた。
手足の状態が奇妙だった。両手を上方にあげており、足は左を胴体のほうに直角、右を左よりさらに曲げ110度曲折させた状態だった。それに左腰のあたりに直径5センチの赤黒点があった。
最も奇妙なのは、ナイフの柄尻に長さ1メートルの白い糸がついていた。その糸の柄から10センチの部分がパジャマを汚している血に触れて茶色に染まっていた。

*** 2) 警察の来訪

稚内署の大熊警部補、札幌署の牛越佐武郎部長刑事、尾崎刑事が到着する。

*** 3) 警察の捜査

警察から説明があり、次が明きらかとなる。
1) 犯人は、流氷館の住人、招待客に限定される可能性が高い。
2) 死亡推定時刻は昨夜の零時から零時半。降雪は昨夜11時半に止む。
3) 二つの砲丸のそれぞれは十文字に糸がかけられて、木の札がつけられている。7キログラムのほうの糸が1メートル48センチあった。
4) 犯人の動機が不明である。
5) クミが昨夜の異常な顔と男の声について話す。また、男の声を聞いたという金井夫婦、幸三郎、英子の証言を得る。
6) 日下から棒の証言を得る。

** 6) 図書室

*** 1) 建物の構造について説明する

尾崎が建物の構造について詳細に牛越らに説明する。
正式名は流氷館という。地下一階、地上三階の西洋館と斜塔から成る。この他、概要を説明し、部屋の所在、窓、入口、廊下について説明する。
1) 西洋館には15の部屋がある。建物を東と西に二分する。原則として各部分の各階は居住部分、吹抜け部分から成る。
2) 部屋には東側の三階の南側から1号室、北側を2号室、二階も同様に3号室、4号室と付番される。一階は5号室、つまりサロン、地下が6号室、7号室となる。西に移って、8号室から順次、降りて15号室に至る。
3) 東側は吹抜けが一階から上に抜ける。地下にはない。部屋の大きさは吹抜け部分と空間を分けあっている南側が小さく、それがない北側が大きい。
4) 西側は地下も含め各階とも居住部分、吹抜け部分に分けられる。部屋の大きさは既述どおり。
5) 部屋の使用目的は、既述の部屋割りにある。
6) 階段による移動について、二階は例外的である。東側のサロンから階段を経て二階踊り場に至るが、ここから二階階骨董品室、図書室に至る廊下は付設されていないので、移動できない。
この踊り場に付設された階段を経て、三階踊り場、廊下、一号室、二号室へと移動できる。斜塔にはこの踊り場に付設された階段を登り、さらに東面壁に付設された跳ね橋を倒し、斜塔にある部屋に至る。サロンから地下には直接移動できない。西側一階から移動するほかない。

*** 2) 部屋への移動

1) 西側における移動においても二階は例外的である。一階から階段を経て二階踊り場に至るがそこから十号室、十一号室に至る廊下は付設されていないので、移動できない。これは室外に出て、敷地西側に付設された階段によるほかない。
他方、迂遠であるがサロンから西側に移動し、階段を登って二階踊り場に至ると、そこの廊下を経て骨董品室と図書室に移動できる。二階踊り場から階段を経て八号室、九号室に移動できる。一階踊り場から地下の十四号室、十五号室に移動できる。
2) 奇妙な構造であるが、三階、二階の東側と西側を直接結ぶ廊下はない。一階に降りて移動するほかない。一階は可能である。地下は西側の吹抜けを経て可能である。
3) 骨董品室は「天狗の部屋」と呼ばれて、その南面壁には一面に天狗の面がかけられている。
4) 換気孔について、東側、西側とも吹抜けに面する壁に付設されている。位置は西側は南側の部屋については東面壁の南上の隅にある。北側の部屋については南面壁の東寄り上部にある。東側については、地下の部屋とサロンを除いて、西側と同じ位置である。地下については、西側吹抜けに面した壁面の然るべき位置にある。
5) 窓は原則的に外部に面している。三号室は例外で南面壁になく西面壁に窓がある。
6) 廊下あるいは踊り場が付設されているところがある。これの形状はすべて逆L字形である。この南端と南面壁との間に20センチの空隙がある。
尾崎と牛越との間でこの奇妙な構造を利用しての犯行が可能か検討されたが、とくに結論はなかった。

*** 3) 事情聴取

部屋に関係者が呼ばれ事情聴取される。質問事項は、1) 上田一哉との関係、2) アリバイ、3) 不審事項、である。
1) 日下、戸飼から、いずれもなし。
2) キクオカ・ベアリング組から、1)は若干あるが極めて希薄。2)は困難。3)について、金井から、怪人物騒動の後、部屋に戻る際に不審な人物は見なかった。
3) 英子から、1)はなし。2)は困難。3)は特にないが、寒さから目が覚めた。跳ね橋の開閉を確認したら、ちゃんと閉鎖されていなかったので閉鎖した。零時30分ころだろう。
4) 幸三郎から、1)は親しく話したことがある。軍隊経験者だから自衛隊の様子を聞きたいと思い、来訪時に尋いた。2)については、跳ね橋の開閉時には音が鳴り響くので10時半に部屋に入り、朝になるまで外に出なかったことは判るはず。3)は特にない。
5) 梶原、早川千賀子から、いずれもなし。
6) 早川康平から、いずれもなし。しかし、不審を感じた刑事たちの追求に成果はなかった。
大熊の提案から稚内署から応援を一人呼ぶこととなった。

* 第二幕

** 1) サロン

豪華なディナーが刑事を含めた一同に出された。食後の紅茶の後に英子のピアノ演奏が始まった。盛大な拍手で終了した時、英子がクミに演奏を慫慂した。それには悪意が感じられた。
応援の阿南巡査がやってきた。刑事たちの宿泊のため、部屋割りが変更された。十二号室戸飼が八号室に移動し、その十二号室に、大熊、阿南が宿泊する。牛越、尾崎が空室の十五号室に宿泊するといものであった。

*** 1) 幸三郎の菊岡への忠告

荒れ狂う吹雪を外に幸三郎と菊岡が話す。軍隊時代を思い出しませんかとの唐突な問いに、菊岡が、それには良い思い出がないと答える。さらに上田の怨念かなと吹雪を見る幸三郎が菊岡に睡眠薬をちゃと服用して就寝するよういう。最後に戸締りを厳重にするよういった。

** 2) 十四号室、菊岡栄吉の部屋

*** 1) すねるクミ

菊岡とクミがスケデュール打ち合わせと称して早々に部屋に籠った。英子の言葉に傷付いたクミが滞在を切り上げて早く帰りたいとすねている。なだめすかして機嫌をとる菊岡。そこに英子が登場した。慌てる二人に何か問題はないかと尋ねる。
クミにも話し掛け、嫌味を二つほどいってから、退出を促した。

** 3) 九号室、金井夫婦の部屋

吹雪の凄さに感激している金井に初江が突然怒りだす。英子の発言が体型を気にしている初江を深く傷つけたのである。さらに不満は発現し、金井の腰ぎんちゃくと称さられる卑屈な処世術に及ぶ。悪口が英子、クミから菊岡に及んだころ、菊岡本人がにこやかな顔を覗かせた。

*** 1) 菊岡、英子の来訪

みごとな豹変ぶりを示す初江は、次に顔を出した英子にも同様ににこやかであった。

** 4) 再びサロン

菊岡、金井夫婦、英子を除く人々はまだサロンにいた。荒れ狂う吹雪に部屋で一人になりたくないという気分だった。そうはいってもやがて大熊が部屋に戻った。

*** 1) 花壇設計の逸話

ディナーテーブルに戸飼と嘉彦が並んでかけ、その向いに日下が医学書を置いてかけている。戸飼が嘉彦に尋ねる。花壇の設計は幸三郎がやったものか。英子が加わり、全部自分でやった。あれこれ注文が多った。アルミホイールをもってこいというので、梶原のを借りてきたという。
クミが阿南に興味を示し話し掛けた。やがて強引にビリヤードに誘って始めた。幸三郎が戸飼、嘉彦、英子を従え、そこにやってくる。緊張する阿南に模範演技を見せる。

*** 2) ビリヤードの模範演技

尾崎は退出する。幸三郎が嘉彦と英子に、阿南は筋がいい。今夜は離れず十分にコーチしてあげなさいいう。牛越は大袈裟な幸三郎の態度に違和感を感じた。
幸三郎は牛越を自分の部屋に誘い、階段のところまで行き、気が変わって菊岡の部屋のドアの前に立った。ドアを叩いてみたがなかから応答がない。あきらめて二人は斜塔に登っていった。

** 5) 塔の幸三郎の部屋

*** 1) 牛越が同宿

吹雪は依然として吹きすさんでいる。幸三郎と牛越が斜塔の部屋でコニャックを飲む。牛越に同宿を求め、幸三郎が連絡のボタンを押す。下から登ってきた千賀子にその旨を知らせる。10時44分だった。2、3分後に英子が跳ね橋を閉鎖するよう幸三郎に頼んで降りていった。

** 6) サロン

翌朝、牛越と幸三郎は8時に起床する。風と降雪は止み、曇天だったが微かな朝日の光が見えた。9時過ぎ跳ね橋を降りるとき、牛越は母屋の東面壁に「コ」の字型の金属が縦一列に並んでいるのを認める。埋込み式の梯子だった。サロンには金井道男がいた。
大熊、尾崎がやってきた。初江、英子、クミと続く。玄関に車の停まる音がする。玄関の英子が思わず悲鳴のようなものをあげた。幸三郎が注文したしょうぶの花束だった。各部屋に花を配ることとなる。日下、戸飼が来る。

*** 1) 菊岡の殺害

午前11時5分前だった。英子が嘉彦を起しにゆく。阿南もやってきた。ここで菊岡がいないことが気になりだした。幸三郎が花の入った花瓶を持って部屋に向う。応答がない。緊張が走る。ついに斧で扉が開けられた。菊岡がナイフで殺害されている。幸三郎が思わず花瓶を落し、周囲に水滴が飛散した。

その状況は次のとおりである。
1) ドアの近くにソファ、テーブルが横倒
2) 菊岡がパジャマ姿で背中にナイフが刺さっている。
3) かなりの出血。血痕がベッドのシーツ、床にずり落ちた電気毛布、床の中央
4) ベッドは固定式、その他、動かされたものはない。
5) ドアには通常の鍵の他に上下にカンヌキが施錠
6) 死亡推定時刻は昨夜11時、その前後30分の範囲

*** 2) アリバイの確認

アリバイが確認される。
1) 日下、戸飼、嘉彦、早川夫婦、梶原、阿南はサロンいた。
2) 幸三郎は牛越と同宿
3) 英子、クミは在室。十四号室への移動はサロンを通るので不可能
4) 金井夫婦は在室。アリバイは困難だが動機が薄弱

** 7) 図書室

刑事たちが犯人捜しに智慧を絞る。

殆ど全員にアリバイがある。アリバイ工作を追求する必要がある。まず隠し扉、隠し棚はない。天井の仕掛けも認められないことを前提に考える。

*** 1) トリックの可能性

何かトリックは考えられないか
定刻にナイフが落下するような仕掛けはどうか。大きな落下速度が必要である。仕掛けに無理がある。
何処かに潜んでいる未知の人間が犯行に及ぶといのはどうか。幸三郎ないし英子との共犯関係が必要である。幸三郎とは仕事上の関係しか認められない。英子との関係も殆どない。共犯関係は無理がある。その他の共犯者も想定しにくい。

*** 2) 動機からの可能性

動機から追求できないか
早川に新たに動機の可能性が判明した。一人娘が交通事故死した。この娘が菊岡と愛人関係にあった。ただし愛人関係と事故死には直接の因果関係はない。
金井にも動機があるかもしれない。初江が菊岡の愛人であった。ただし、これは二十年も前の話し。現在、自分の後楯てとなっている。動機として薄弱である。
クミにも動機があるかもしれない。恨みが生じるような背景関係がない。現在享受している利益を失なう。動機はない。

*** 3) 今後の方向

1) 大熊は徹底した捜索による仕掛け、隠し部屋などの発見を主張する。
2) 尾崎は犯人は10号室、14号室に密室を作り出す他に、数々の工作を施している。この線からの追求を提案する。

10号室では、上田の手首につけられた紐、床の砲丸に付け加えれた糸。
14号室では、ソファ、テーブルを倒した。争った跡としての工作である。
14号の密室性は高い。換気孔の周囲、床に工作の跡はない。

*** 4) 10号室の宿題

尾崎が10号室の事件で棚上げの事実があるという。
1) 足跡がない。
2) 日下のいう二本の棒
3) 雪中に放置された人形の問題。25日の昼には三号室にちゃんとあったと確認された。話の途中で尾崎が三号室にいってきて、ゴーレムの右手首に白い糸が巻きつけられているのを発見したという。

*** 5) 換気孔の可能性を追求

食事を知らせにきた早川を牛越が一人娘のことを隠していたことを追求する。特段の成果はないが、合鍵がないこと、事前に部屋に忍びこんだ可能性がないことが判明する。
これで換気孔から釣ざお、細長いもの、改造銃、とにかく可能性のあるものを使い殺害する方法しかないとの結論となる。食事後に捜査、そのようなものがないと結論された。

*** 6) 最後に金井のアリバイの結論

尾崎は金井のアリバイについていう。部屋に戻った後、再度外には出なかったか確認のため、扉に髪の毛を付着させた。それがそのまま残っていたといった。

** 8) サロン

翌28日の平穏な朝がやってくる。捜査に進展がないまま夕食の場となる。牛越が重い口を開いて良い智慧がないかと尋く。

*** 1) 日下がドアのトリックを解き明かす

日下が十号室のトリックについていう。砲丸には紐が結ばれその先に木の札が着けられていた。この紐が犯人により長いものに替えられていた。あの錠の踏切の遮断機ふうに上下する金具をあらかじめ持ちあげて、支える恰好に木の札をセロテープでとめておく。そうして砲丸をドアのところに置いてドアを強く閉める。すると床の傾斜により坂下に転がり、紐につけられた木の札が剥がされる。これがトリックであるという。
さらにテーブルが倒れることにより錠前がかかるような仕組みを作ったのではないかと示唆するがたちまち尾崎がそのような大袈裟な仕組みは跡が残る。そのような痕跡は一切ないという。

** 9) 天狗の部屋

*** 1) クミの発見、ゴーレム

幸三郎が天狗の部屋に、クミ、金井夫婦、日下を案内する。
名前を書く少年、ティンパノンを奏でる伯爵夫人という人形付きのオルゴール、キリスト降誕場面のある時計、女神の鹿狩り、卓上の噴水、水撒き人形などを紹介する。南面壁には天狗の面が多数、鼻を突き出して並べてある。
初江が南面壁の右側、窓近くにあるゴーレムのところに行き、怪しげな微笑に見入る。元々、鉄棒ジャックと呼ばれていたがプラハの古道具屋の店主が、嵐の夜に一人で井戸端に降りて水を飲むといい、ユダヤ教伝説の人工人間の名前を取ってこうなったと幸三郎がいう。そこにクミも近寄ってきて、悲鳴とともにこの人形が吹雪の夜に目撃した怪人物だったといった。

** 10) サロン

クミの発言とその事実は翌30日朝、動機不詳のままそんなこともあるだろうと刑事たちの認めるところとなった。また、謎が増えた。

*** 1) 斜めに入ったナイフ

菊岡殺害のナイフの件が検討される。
1) ナイフが斜めに入っている
部屋に迎え入れた犯人の犯行でないか。それでは幸三郎のノックに答えていない菊岡が、いつ、どのようにして部屋に入れたのか。
2) ナイフは右側にない
右利き、左利きから犯人が絞れないか。

*** 2) ついに東京の一課に協力を求める

牛越は動機が不詳である以上、さらなる殺人が生じないと断言できない。面子を捨て東京の一課に応援を求めるといった。

* 第三幕

** 1) サロン

*** 1) 御手洗の登場

受けとった電報によると、占星術師御手洗潔が来訪するとあった。梅沢家鏖殺事件から御手洗の名前は知られていた。
御手洗、石岡を見る目は冷たかった。御手洗は早速演説を始めた。そして犯人はゴーレムであると宣言した。さらに演説は続いたが牛越が制止したので石岡の紹介をして終了した。

** 2) 天狗の部屋

*** 1) 服を着たゴーレム

紅茶の後、御手洗を天狗の部屋に案内する。ピエロをみて映画スルースのものと同じという。幸三郎はこの映画の影響もあり蒐集を始めたという。ゴーレムを見た御手洗が驚き、むき出しは不適切である。服を着せるようにいう。服のゴーレムを見て、帽子が足りないといいだし、梶原のテンガロン・ハットを借りて着せる。やっとこれで満足する。
二人に当てがわれた部屋は十号室だった。

** 3) 十五号室、刑事たちの部屋

*** 1) 御手洗の悪口をいう

その夜、呆れた刑事たちがさかんに御手洗の悪口をいった。

** 4) サロン

31日朝、御手洗が稚内署までの道順を阿南に尋ねる。サロンを出た御手洗と入れ換わりに幸三郎が来る。御手洗がゴーレムの首をもう一度鑑識にもってゆきたいというので刑事に断りをいう。

*** 1) 日下の殺害

午後、御手洗が長田という法医学者を連て戻ってくる。サロンの大時計が三時を知らせたとき、石岡、御手洗、刑事三人、阿南巡査、幸三郎、金井夫婦、嘉彦がサロンにいた。厨房には梶原がいた。突然、男の悲鳴が聞こえた。
御手洗が迷わず日下のいる十三号室のドアを叩いた。応答がない。合鍵も効かないので刑事たちがドアを破って入った。日下が倒れていた。まだ息があった。尾崎が必死に問いかけた。長田医師がそれを制止して、御手洗とともに日下を担架に載せた。そして病院に搬送された。
部屋の様子は、ドアは施錠され、二つの窓も閉鎖され、あらされ、細工された跡はまったくなかった。さらに換気孔はベニヤ板で塞がれていた。壁には次の文章が掲示されていた。
私は、浜本幸三郎に復讐する。近いうちにあなたは自分の最も大切なもの、すなわち生命を失う。
約一時間後、日下の死亡が知らされた。

*** 2) 梶原の遅れた証言

梶原が今になって菊岡殺害の午後11時ころ、シュウシュウという蛇の這うような音を聞いたと証言した。大熊が、もうたまらん、お手あげという。尾崎がこの家にとんでもない仕掛けがあるのではないかという。牛越がそうならば犯人は客の側になく、招待の側にいるといった。

** 5) 図書室

*** 1) 石岡が御手洗を大いに心配する

1月元旦、石岡と御手洗が図書館に閉じこもっている。石岡は日下殺害から御手洗の様子がおかしいと心配になる。天井を剥す音に立ち会はないのかと尋く。まったく関心を示さない。

石岡が見かねて次々と質問する。
1) 何を考えるべきか分かっているのか
分かってないという。
2) 日下が何故死んだのか
あれで仕方なかったという。
3) 自殺でなかったのか
そのほうがよかったのかもという。
4) 文章が下手だ
他に書きようがなかったという。
5) 何故復讐になるのか
そこが問題という。

英子とクミが登場し、英子が日下を誘惑したことを非難する。反発するクミとの間に聞くに耐えない口論が続くが、やがてクミが退去する。残った英子が二人の存在に気づく。非難する英子に御手洗が非常識な弁論をして、絶望的に怒らせる。石岡が大いに呆れる。

** 6) サロン

*** 1) 御手洗と幸三郎の会話、迎賓館

その夜の夕食後、刑事たちは無力感に苛まれぐちばかりが口をついた。幸三郎は、ここ数日で10歳も老けたようだ。しかし御手洗とリヒャルト・ワーグナーやそのパトロン、ルートビッヒ二世の話しとなり大いに盛り上がった。音楽から建築、都市計画へと話しが移り、御手洗はこの流氷館は迎賓館であるといった。

* 幕あい

** 1) ボヤ

1月1日の夜から幸三郎が、大熊と阿南に護衛されて十二号室に眠ることとなった。翌2日、牛越が石岡を尋ねてきたので、4つの疑問をぶつけた。
1) 上田の両手がV字にあがっている。その意味
2) 菊岡の背に立ったナイフが心臓のある左側でなく右側にあった理由
3) 上田殺しと菊岡殺しが一日も間をおかず、連続して起きた理由。もっと時間をおけば警備が手薄となったはず。
4) 階段の構造が特殊で、東側と西側の部屋の間の移動がサロンを経由しなければできない。これは間違いないのか。

*** 1) ゴーレムの首の帰還

3日、業者が入り修理作業が始まる。お昼頃、分析が終ったゴーレムの首が屆けられた。御手洗がそれに帽子を被せて三号室に戻した。

*** 2) 二号室のボヤ

3日午後、吹雪となった。夕食時、全員が揃ってテーブルについているところに、突然、わずかな白煙が降りてきた。御手洗が火事だといった。刑事たちが二号室に駆けつけボヤで消し止めた。英子のベッドに灯油が撒かれ燃えていた。

* 終幕

** 1) サロン西の階段の踊り場、すなわち十二号室のドア付近

*** 1) 不思議な明かり

嘉彦が八号室から降りてくる。その時、牛越は御手洗を尋ね十三号室にいるはずだった。他の者は菊岡殺害の夜と同じように一人の部屋に戻りたくない気分でサロンに残っている。嘉彦は天狗の部屋の前の廊下から一階に向う階段の途中で十号室の換気孔を見上げた。するとそこに明かりが見え、すぐ消えた。驚いた嘉彦はサロンの全員にそのことを知らせる。
牛越、御手洗も現場にきて、見上げる。この館の全員が集っている。どうしてそんなことが起きるのか。怪訝な顔の一同に梶原が、冷蔵庫にあったハムが少しなくなっているという。刑事たちは十号室を確認した。人の気配はなかったという。

*** 2) ゴーレムの顔

その騒ぎから1時間ばかり後にサロンから出た初江が部屋に戻ろうとする。薄暗い地階廊下に人影を見た。思わず見入る初江が見たものはあのゴーレムの顔だった。初江は自分の立てる悲鳴をまるで他人のもののように聞いていた。半信半疑の一同は三号室に向った。ゴーレムは相変わらず天狗の面で埋まった南面壁の前で廊下側の窓わくにもたれるようにすわっていた。
御手洗は勝ち誇ったようにゴーレムが犯人といたでしょうと繰返し、一同を十四号室に誘った。そこで謎解きをするという。

** 2) 十四号室

*** 1) 英子の異変

午前零時、御手洗は紅茶カップをかいがいしく英子に手渡した。犯人を一刻も早く知りたい一同にむけ、またゴーレムが犯人と繰返した。苦々しい雰囲気のなかで御手洗はアイヌの悲恋物語に登場する男女の怨念がゴーレムを動かしたという。
そこで突然、英子がくずおれた。御手洗が睡眠薬の効果といい、ベッドに寝かせる。うろたえる幸三郎が二号室に運ぶよう求めたが、燃えたベッドに気づく。次に換気孔を塞ぐよう求めた。静謐が必要という指摘になおも不満だったが、牛越が護衛をつけることとして納得させた。さらに牛越が一同に就寝を促し、部屋を退出した。

** 3) 天狗の部屋

*** 1) ゴーレムの告発

外は吹雪、寝静まった館内で三号室に怪しげな人影が動く。天狗の面を次々と壁からはずしてゆく。その背後にゴーレムが立つ。振り向いた人物の表情は恐怖で凍りつく。蛍光灯が点灯され、明かるくなった部屋には刑事たち全員がいた。現場を押えたとゴーレムがいう。
それは御手洗の変装であった。天狗の面をはずしたのは、それを利用して菊岡を殺害した。その事実を知っている犯人だからという。すべてを悟った幸三郎は、犯人は自分であると告白した。

** 4) サロン

サロンに、英子と阿南を除く全員が集まる。

*** 1) 上田殺しの動機

御手洗は動機の探求が最も困難だったという。上田殺しの動機は、練りに練った菊岡殺害の計画が無に帰す惧れがあったから殺害を決意したという。幸三郎が、自ら手をくだして殺害しなければならない義理があったという。
娘の葬式から帰ってきた早川から上田に菊岡殺害を依頼したことを聞き出した幸三郎は早川を通じ撤回を求めたが承服しなかったという。上田は母親を侮辱した菊岡を許せないとして殺害を決意していたという。

*** 2) 上田殺害の方法

御手洗は、幸三郎は殺害を決意し、次の菊岡殺害の導入となるように配慮したという。
幸三郎は、そのためナイフに糸をつけた。しかし、上田の右手首とベッドを紐でつないだのは、特別の理由はない。動顛の結果であるという。
自衛隊出身の上田殺害には、奸計をもちいたという。セーターの上にジャケットを着て部屋に向かった。このジャケットを上田に進呈すると申し出て、試着させた。予想どおり小さかったので脱がしにかかった。ボタンをはずして、襟を緩め肩から下にはずした。この瞬間に襟を下に引き、両腕を制した。ここでセーター右袖に隠したナイフで刺した。上田は不思議そうな顔をしていた。
犯行後、セーターの返り血をジャケットで隠して戻った。そのセーターは洋服ダンスの底の方にしまった。警察の捜査は幸三郎に遠慮し不徹底だったのでセーターは発見されなかった。
御手洗は、右手首に糸をつけたことは、犯人の侵入を意味し、自殺の可能性も消去した。次に殺人の謎を深めるかっこうの伏線となったという。

*** 3) ダイイング・メッセージ

さらに、半死半生の上田はダイイング・メッセージを残すことを考えた。両腕を上げ、手旗信号の「ハ」を両足で、「マ」を両足と血痕で示したという。

*** 4) 足跡のトリック

二本の棒は、屋根からの落雪を利用して足跡を消すための目印として設置した。二本が示す直線上を歩くと屋根からの落雪が足跡を消す。流氷館は傾むいているから軒下から2メートルの線上となるという。
バラバラにされた人形は落雪が利用できない場所に足跡を残さない工夫である。その上を歩く。階段は手すりに外からぶら下がるようにして足跡を残さない。勿論、犯行後屋根に登り、雪を落した。こうして足跡を残さないようにしたという。
首の処置について質問があった。そこから幸三郎が説明する。人形の体の上を歩き、目印の棒を抜き、ざっと足跡のついたところを平にならして家の中に帰ってきた。その時、首を持っていた。その首を三号室に返却して翌朝までどこかに潜んでいるつもりだったという。
まず跳ね橋のところに行き、埋め込みの梯子で屋上に登った。そこで足跡を消すため雪を落し、帰ろうとすると、英子が跳ね橋を閉鎖したことを発見した。困ったが業者が残していた3メートルのロープを使って一計を案じた。

*** 5) 怪人物の登場、男の大声

ロープを屋上南側の手すりに結びつける。クミの部屋の窓のところまで降り、ゴーレムの顔で驚かせる。クミが悲鳴をあげる。すぐ英子の部屋の窓のある北側の手すりに行く。ロープを結びつけてから、幸三郎が大声をあげる。そこで英子が窓を開けるが、誰もいないと判断し、そのまま放置して急ぎクミの部屋に行く。その瞬間に幸三郎が中に入りこむ。
この目論見どおり行くとは限らないことだが、英子の性格を熟知していたので可能性が高いと判断した。実際に成功したという。

*** 6) 菊岡殺し

次に菊岡殺しに移る。

*** 7) 凶器は

御手洗は凶器はナイフを埋めこんだつららであるという。この地方では1メートル以上のつららができる。糸の先にナイフを結びつけ、そこにつららを生成させる。これを冷蔵庫に保存しておく。

*** 8) 殺害の方法

殺害の方法は、流氷館のもつ奇妙な構造、それは幸三郎がこの館を建築したそもそもの目的であったが、それを巧妙に利用したものという。
つららが滑落中に横に飛び出さないようにするガイドが設けている。
1) 三号室と十四号室上部付近の南面壁と逆L字廊下の南端に設けられた20センチの間隙
2) 南に5度11分20秒傾むいた階段の踏面と南面壁
3) 天狗の部屋のお面から突き出た鼻
感嘆する一同に促され、幸三郎が天狗の面の位置、つららの大きさは実験を重ねて決めた。大きさは残存する氷が溶ける時間、あとに残る水痕も留意したという。

*** 9) 種々の配慮

犯行のに際に払われた種々の配慮が明きらかとなる。
1) 天狗の部屋の西面壁の窓、30センチの開放
2) ベッドは固定式で非常に狭いこと
3) 薄い電気毛布を用意したこと
4) 部屋に残存する氷を溶かすため、強めに暖房したこと

幸三郎が予想外の事があったという。
1) 暑がって毛布を剥いで寝ていたので直接ナイフが刺さった。
2) うつぶせであったので急所を外した。瀕死の状態で外部の助けを求めたが、警戒のあまりソファ、テーブルを立てていたため、なかで絶命した。これはなかで犯人と争った痕跡とみなされ、謎を一層深めた。

御手洗はクミの部屋にゴーレムの顔が覗いたことで跳ね橋を頻繁に利用している人間によるものと見当をつけた。犯行方法はすぐ分かった。犯人の目星もついたが抗弁されたときにその他の人物の可能性を否定できない。そこで犯人に犯行を告白するように追い込む必要があると考えたという。
最も大切なものを同じ方法で殺すと脅迫して時機を待つ。そして吹雪となる。この犯行はつららが滑るとき音を立てるので外で大きな音がしている必要がある。英子をうまく十四号室で眠らせる状況を作り幸三郎の動きを待つ。
犯行を防止するために幸三郎がどのよな手をうつか予想した。斜塔の上からつららを滑らすことは無理でも、脅迫者は三階の上の階段から勢いをつけて滑らすと考えるだろう。そこで幸三郎は天狗の面をはずすだろう。言い逃れの余地をなくすためには面をはずしている瞬間を押える必要がある。そこで御手洗はゴーレムに変装して待ち受けることとしたという。

*** 10) 十三号室の殺人

最後に十三号室の説明が求められた。日下が登場し、偽装殺人が明きらかとなったので殆どの謎は解消する。英子の部屋のボヤ、初江の見た幽霊、知らぬ間に食べられたハムなど。
御手洗の変装用のお面の作成は京都在住の名人に依頼し日下が御手洗に屆けた。

*** 11) 殺害の動機

御手洗が終始疑問としていた動機について幸三郎が説明する。
四十年前、村田発動機という町工場でナンバーツーとして働いていた。社長から信頼され行く行くは娘と結婚させ後継者とすると期待されてたと思う。そこに平本という政治家の次男坊でどうしようもないやくざな男が登場した。社長はこの男との縁談に大いに気持が動かされた。幸三郎は自分の利害を離れてこれを阻止しなければならないと思ったという。
その時、古い友人で野間という男が現われた。戦争で体を壊し痩せこけた彼の話しでは、彼は人間として許しがたい行為をしたかっての上官を追っていたという。ついに発見して隠しもっていた拳銃で打ち殺そうとしたら、この男は復員後すべてを失ない、死ぬことは救いである言い放った。そこでどうしても殺せなかったという。
幸三郎はその話しを聞き憤り、つい自分の不安を野間に話した。すると野間は自分はもう長くないのでその平本を殺す。そのかわりあのかっての上官が失なう物がたくさんできた時、殺してくれと持ちかけられた。幸三郎は悩んだ。ただ平本の死とい事実は残った。
幸三郎が町工場から現在の会社にまでのしあげたとき、かっての上官、菊岡も会社を興したのを聞いた。何事もなく過ぎていったところに妻の死が訪れた。それは若過ぎる死であった。衝撃とともに野本のあの世からの声を聞いた気持になった。ずっとせかされているようだった。現在、幸三郎は自分との約束をやっと果したという開放感があるという。

*** 12) 花壇の謎

最後に幸三郎が御手洗に花壇の謎が分かったか尋ねた。曖昧な返答の後、丘まで散歩しようと刑事たちを誘った。

** 5) 丘

*** 1) 首の折れた菊の花

一行は丘の頂上から流氷館の右にある斜塔を眺めた。朝日の輝きが去ったとき、花壇の模様が斜塔の円筒に写った。それは首の折れた菊の花であった。
御手洗が塔に傾斜があるから、この程度の高さの丘からでも模様が浮かびあがる。そうでなければヘリコプターからででも眺めないと見えないという。石岡は、これで菊岡の殺害を予告していたのかといった。

* エピローグ

機会があったので石岡は再度、流氷館の見える丘に一人立った。
御手洗の言葉を思い出す。早川は幸三郎の実験を手伝っていた。だから幸三郎の殺人を阻止するために上田に殺人を依頼したという。
幸三郎はまったく自分一人の行為として早川の名前を出さなかった。また早川もこの関わりを明かすことなく幸三郎を見送った。おそらく一人残される英子の行く末のため必要と考えたからだろうという。

(おわり)

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謎解き島田、眩暈 [島田荘司]

* はじめに

壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

* 本文

*1 謎の文書

次のような内容であった。

** 1) 大字1

ぼくのまわりにはどくがいっぱいあって、きっとぼくはおとなになれないでしょう。

かおりおかあさんが、ぼくにすっぱいりんごというほんをかってくれました。

すっぱいのでだれもたべられないりんごが、からすのこどもたちがつっついて、なかのくろいたねが、じめんにおちました。やがて、なんねんかあとにりっぱなりんごのきになったというおはなしです。とてもおもしろかったてす。

かおりおかあさんは、さんじかんてれびをみせてくれます。そこではこまをつくっていました。かおりおかあさんがぼくのためにつくってくれました。ぼくは、はやくてがながくなってつくれるよになりたいです。

** 2) 中字1

ぼくはきょう10さいになりました。かおりお母さんがおしえてくれました。

ぼくは、ひらがなだけでなくかん字もだいぶおぼえました。かいたかん字をかおりお母さんにみせたらおどろいていました。ぼくはもっと本をよんでかん字をおぼえたいです。

きょうとてもこわいほんをよみました。

せんせいじゅつさつじんじけんです。それは六人の女のひとをころして、六分の一づつをくっつけてとってもきれいな女の人を一人つくるというおはなしです。むずかしいじゅんもんをとなえると生きかえるといいます。

お母さんにはなしたら、わたしがしんだらわたしの体をつかってせんせいじゅつさつじんじけんのような女の人をつくってねといいました。

ぼくはそのとおりやることをそうぞうして、ぞくぞくしました。

** 3) 中字2

ぼくはもう18歳になった。かおりお母さんがそう教えてくれた。

ぼくは、環境汚染、薬、ダイオキシン、農薬、農業の本を読でいる。日本の環境はひどく汚れている。

水道水の消毒のため塩素が使われる。これはやがてトリハロメタンに変化する。これがガンを引き起す。

だから水にとても興味がある。浴槽の栓を抜いたときにできる左巻きの渦をじっと眺めているのが好きだ。

** 4) 細字1

ぼくは鎌倉生まれ。旭屋架十郎という映画スターの一人息子で、21歳の今日まで父の加護のもとで何不自由なく育った。父は大スターである上に実業家である。ぼくは父が所有するこのマンションの4階、2LDKの一室に住んでいる。

父はめったに顔を見せないが、香織お母さんは毎日のように来てくれる。お母さんはとてもいい人だ。ぼくは両親に恵まれとても幸運だ。

国道をはさんで海に面したこのマンションからは江ノ島とその上の鉄塔が見える。マンションのどこからでも見える。4階の廊下の先の小窓からも見える。マンションの裏手には江の電が走っている。さらにその山手には、サーフボードショップ、ビーチという喫茶店、救急病院などが道沿にある。マンションの両隣には、焼肉レストランとシーフード・レストランがある。

ぼくは、父が与えてくれたこの環境をとても気に入っている。

** 5) 細字2

周囲のあらゆるものは毒で汚れている。食べ物には防腐剤、殺虫剤、合成着色料が施されている。

皮ごと食べてしまう猿に奇形の子供猿が増えているという日本のデータがある。かって、0.01%だった出現率が20%にも増加したという。

人間もこのようになってしまうのでないかと心配だ。香織さんに話をすると目を丸くするが、結局、平気でぱくぱく食べてしまう。

紅茶を飲むとき、レモンをスライスして茶碗に入れる。ぼくは嫌なので四つ折りスライス片の先っぽだけをつけようとする。うまくできないから香織さんがやってくれる。

香織さんは、そんな本ばかり読まないでもっと楽しい本を読みなさいという。そして、ここの海や空気は綺麗だという。そうでないといおうとしたが、やめた。みんなそんな大事なことを気にしないでいるから、空気や水がどうしようもないほど汚れてしまったのだ。

** 6) 細字3

ぼくの名前は三崎陶太。父は旭屋架十郎という有名な映画俳優である。正直いって、そのことが子供のころからとても苦痛だった。母は五つのとき死んだ。そうしたら父が身の回りの世話をする女の人をつけてくれた。

周りにはいつも綺麗な女性がいた。成長して下品な欲求にもめざめてきた。でも女の子にはあまり興味がない。珍しい話題を豊富にもっていたりすれば違っていたかもしれないが、鎌倉にはいない。むしろ男の子の方が好きだった。

香織さんは美人で性格のよい女性だ。そして楽天的だ。そんなところがとてもいい。ぼくが、1999年に世界が終わるって信じるか尋ねると、2000年も、2500年になっても、この世は存在していると答える。

一方、ぼくは固く信じている。たとえ存在していたとしても、その世界はずいぶん違っていると思う。人間は、何だか動物みたいになって、核で被爆して皮膚の色が黒く焦げただれている。太陽も雲のない日の真っ昼間でも輝かない。今みたいな春も薄ら寒い。薄気味悪い怪物が世界をうろついている。

そう信じているのに、そんな気分でずっといるのは寂しい。そばでそんなことはないと笑い飛ばしてくれる人がいると心が軽くなる。

** 7) 細字4

いつか香織さんが海は綺麗といったが、全然違う。

昭和40年代のなかば京浜・京葉工業地帯にはさまれた東京湾に水質汚濁事件が発生した。水銀を使う周辺工場の廃棄物不法投棄によるものである。川から流入する農薬の有機塩素系化学物質やPCBの汚染も広範囲に及んでいる。

海の汚染で引き起こされる現象は赤潮である。これは窒素やリンの栄養塩類が流入することで大量の植物プランクトンが発生し魚類が大量死するものである

空気の汚染も問題だ。昭和40年代後半、川崎市で公害病認定患者の自殺があい次いだ。昭和54年に埼玉医科大学の教授の研究発表、川崎市における犬肺の金属含有量と病理組織学的変化において、川崎市の家庭に住んで死んだ犬を解剖し肺の汚れを調べた結果をまとめたものである。調べた犬250匹のうち、9匹の肺から腫瘍が見つかり、4匹が肺ガンだったという。犬に責任はないのに可哀想なことだ。

** 8) 細字5

5月26日は大事件が発生した。地球が破滅に瀕した日だ。朝9時、いつもどおり香織さんが新聞をもってやって来た。北海道の父から電話があった。ロケは順調らしいが5月30日まで北海道は出られないという。

新聞で、梶原一騎が東京の愛宕署に傷害容疑で逮捕、国立予防衛生研究所技官が中央薬事審議会に提出された新薬承認申請の資料を他のライバル会社に横流しした容疑で逮捕されたことを知る。

*** 1) 赤鬼になった香織さん

ぼくは父主演のSF映画、「今日ですべてが終りだ」を知っているって香織さんに尋ねた。ここから異変が始まった。なんて子なのと叫んだら、香織さんは赤鬼になった。食卓の卵焼きをぼくの顔にぶつけ、床に倒れた。

そこに、男の人、秘書の加鳥さんがやってきた。陶太君、こんなところに押し込められてどうしたの、と尋いてきた。香織さんに気付いて近付くと、さわらないで、気持が悪い、といって、二人は掴み合いになった。

*** 2) 強盗の出現

そこに、口をマスクで隠し、顔全体はストッキングを被った強盗がやってきた。加鳥さんは香織さんから離れた。銃弾が発射された。香織さんは台所からもってきた包丁で切りつけた。加鳥さんは電話台で反撃し、強盗の覆面に手を伸ばした。香織さんが背後から刺した。銃弾が発射、ピーンという金属音が響いた。加鳥さんが包丁で香織さんを刺した。強盗はその背中を撃った。加鳥さんは絶命した。

強盗は催眠スプレーをぼくに吹き掛け、何も盗らず逃走した。あとには、加鳥さんの死体、瀕死の香織さん、ぐにゃりと曲った包丁が残った。

*** 3) 助けを求める

助けを呼ぶため、119に電話した。無意味な数字が読み上げられた。父の家、友人の家にもした。無駄だった。廊下に出た。小窓から江ノ島を見たが、鉄塔が消えていた。

1階のロビーでは半ズボンの上にまわしをつけた男が相撲をとっていた。まわりの男たちに助けを求めたが怪訝な顔と爆笑が返ってきた。

*** 4) 世界が壊れかかる

好天のなか太陽が輝いていたが、今日は何故か小さかった。

国道に向った。巨大なウサギがサンダルを履いていた。駐車場の車はすべて真っ黒だった。もう一度江ノ島を見た。鉄塔がやはり消えていた。背後のマンション全体が黒ずんで汚れていた。

江の電の線路に向った。途中の舗装が剥れ土がむき出しになっていた。商店街のサーフボードショップ、喫茶店、救急病院も消えていた。瓦礫の小山の間にバラックが並んでいた。戸口脇の板塀にトカゲの絵を描いた家があった。老人にすいません、ここにあった病院は知りませんか、と尋ねたがまったく反応がなかった。ぼくはこの世界では透明人間だ。

太陽がみるみる死んでゆく。風が冷える。世界は今日から氷河期に入るのだ。胸のポケットの懐中時計は11時5分前だった。林のほうに向かう。店の屋根の看板に、ヤマハ、その隣りに、サンヨーという文字が読める。林の奥に入った。恐竜が出現してぼくの左腕を食いちぎった。逃走した。

これまで見たこともないほど痩せた人間に出会った。ここで何があったのですかと尋ねた。突然無意味な数字が口から飛び出してきた。バラックから不思議な人影が出てきた。体は人間、頭は豚、狐、鰐、鼠、猫だった。

この世界は壊れかけている。中央分離帯もある広い道路には人も車も見えない。たまに走ってくる車はポンコツである。大きなビルディングも廃墟だ。

*** 5) 両性具有者の復活

ぼくはマンションに帰ることにした。石岡和己の占星術殺人事件の実験を行なう。

部屋のダイニングルームには二体の死体が横たわっていた。下駄箱からノコギリをもってきた。香織さんの下腹部に刺さった包丁を抜いた。二人の衣服を脱がせた。香織さんの胸は小さかった。

二人の死体を浴室に運んだ。ここで体を洗浄した。香織さんの死体を切断し、下半身、上半身を隣の脱衣場に運んだ。加鳥さんの切断に取り掛かったとき、臭気に耐えられなくなった。脱衣場にある換気扇のスイッチを押すため移動したが、疲れで足がもつれて、転倒、失神した。

** 9) 細字6

意識が戻ってやっと換気ができた。元気が回復したので加鳥さんの切断を完了した。そこで、ダイニングルームで休憩をとった。もう夜になっていた。

香織さんの上半身をソファベッドに載せた。続いて加鳥さんの下半身を運こび、二つを繋き合せて、ベッドの上に座らせた。両性具有の体が完成した。占星術殺人事件の教えるとおり、死者復活の儀式を行なった。呪文を何度も唱えた。

** 10) 細字7

ぼくは、ベッドの上で占星術殺人事件の本を発見した。昨日のことを回想して、なんてすごいことをしたんだろうと思った。

隣の加鳥さんがぴくりと動いた。ぼくはそれを見ることはできなかった。加鳥さんはぼくが頭から被っていた毛布をはがした。そして、ありがとうと、陶太君といって、左頬に接吻。部屋を出ていった。

* ふたたび警告

この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。


眩暈 (講談社文庫)

眩暈 (講談社文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1995/10/04
  • メディア: 文庫



* 2 事件の発端、1992年の春

馬車道の事務所に来訪した東大理学部化学科教授の古井の話を聞く。

御手洗と前置きのように化学分野研究動向を話あった後、面白さに惹かれて奇怪な内容の一文を印刷したとして御手洗に提示し、感想を尋ねる。

古井研究室に野辺修という才能はあるが問題の多い変わった学生がいた。突然失踪したので抽出を整理していたら発見したものが原典であるという。

古井は、この作を狂人の作として、その妥当性を主張し、御手洗は常人の作として、その妥当性を主張するというゲームをやろうという。合意が成立してゲームが始まる。

古井は、次の26点をあげて、非常識な点を指摘し、それらがもたらすイメージ、その心理分析を試みる。
1) 咀嚼によって栄養分を摂りたくないとの主張
2) 占星術殺人事件への偏愛
3) 20世紀終末説の信奉
4) 「今日ですべてが終わりだ」の映画の影響
5) 一種のエディプスコンプレックス、香織の豹変
6) ストッキングの下に白いマスクまでしていたという特異な変装の強盗
7) 加鳥が狙われたのに香織が死んだという不可解な殺人
8) 加鳥に銃を向け、筆記者には殺虫剤のスプレーを向けている。
9) 外的世界に出たとき通行人から弓で射たれている。
10) 電話から返ってきた数字の羅列
11) 江ノ島の鉄塔の消滅
12) 玄関ロビーでの相撲の出現
13) 外で出あう汚れたポロシャツを着た巨大なウサギ
14) ひび割れ雑草が生えた湘南の国道
15) マンション裏手の江の電の消滅
16) 裏手の商店街のまずしいバラックへの変貌
17) バラックの街路のゴーストタウン化
18) 二本足で歩く動物の横行
19) 救急病院のバラックへの変貌
20) 目前の陶太を認知し得ない老いた医師
21) 11時5分前なのに太陽が消滅、世界中が闇化
22) 恐竜の登場
23) 頭蓋骨の様子が判るほど痩せた男の登場
24) マンション自室における男女死体への蛮行
25) 呪文により蘇える上半身女、下半身男の死体

御手洗は、その妥当性を主張する根拠として次の15の点を示した。

1) 「すっぱいりんご」の暗喩。御手洗はこれは筆記者が古井を使って自分に挑戦してきたと考えてよいという。
2) 左巻きの渦を眺めているのが好きである。
3) 環境汚染などの技術的記述とこの分野の技術発展を照合するとき、矛盾のない的確さがあること、時期が推測できること。
4) レモンを絞ろとしたとき、主人公に代わてやるという香織の記述
5) 「今日で云々」を契機とした香織の豹変は真の姿を露呈したもの。
6) 香織お母さんの胸がずいぶん小さかったとの記述
7) 倒れた香織を助け起そうとした加鳥へ発せられた香織の言葉、「さわらないでよ!」
8) 車、マンション外壁、都市における黒ずみ
9) 数字の羅列という反応と街にあるヤマハ、サンヨーの文字という両者の記述にある矛盾する性格
10) 1983年5月26日の11時前後の太陽の消滅、劇画作家梶原一騎の傷害事件と国立予防衛生研究所技官による新薬ノウハウ漏洩事件の記述にある具体性
11) 21歳の青年が懐中時計を持っているとい不審さ
12) 怪獣に左手を食いちぎらて時計が壊れなかったという偶然
13) エレヴェーターの中のボタンに「閉」と書かれている事実
14) 妄想とは思えない死体切断の記述の詳細さ
15) 死体切断後に主人公が顔を洗う場面で渦が右巻きという記述

古井は、心理分析や脳科学の立場からの解釈を示す。御手洗は反論にたいし、すべて事実として説明しうると主張し、概ね次のごとく反論した。

1) 旭屋架十郎は愛人香織のため、秘書、加鳥の殺害を企図した。不在証明に肢体不自由の息子三崎陶太を利用することにした。
2) ところが、香織が陶太の発言、「今日ですべてが終わりだ」にたいし、架十郎の映画の題名とは知らず、陶太が計画を知っていて、皮肉を言ったと誤解し、極度の緊張のなか、狂気を発した。このため計画に数々の齟齬を来した。
3) 陶太はサリドマイドによる不幸な奇形児であり、義手を使っていた。
4) 不在証明は、5月26日北海道でロケに参加していたという事実である。

その他、今、具体的説明ができないものもおいおい調査の進展により明きらかとなるという。

甲論乙駁の後、御手洗は明後日、東大でさらに説明をしたいと申し入れ、了承を得て別れた。

御手洗は石岡に、旭屋架十郎、その息子、息子が住んでいたマンションを明日から現地を訪問し調査するよう求めた。

* 3 鎌倉、稲村が崎(1)

1989年、ハイム稲村が崎五階の502号室で松村賢策の通夜が營まれた。そこに不思議な青年が弔問に訪れた。

* 4 謎解き、ハイム稲村が崎へ

石岡が戸部署の丹下警部に旭屋架十郎、その家族、関係者について調査を依頼する。

石岡が江の電から稲村が崎駅に向う。それらしきマンションを発見し、記述の正確さを確認する。老管理人に三崎陶太の居住と、旭屋架十郎の所有を尋ねるが言下に否定される。

隣接のシーフード・レストランから丹下警部に連絡する。身元調査の結果を聞く。旭屋架十郎はまだ存命であるが、人前に顔を出すことはなくなっている。

御手洗の指示のとおり、なんとかマンションに潜入し、各階の居住者の名前を記録し、4階の住人を尋ね、1983年5月、6月の何か不審な出来事はなかったか確認した。

1) ハイム稲村が崎
2) エレベータのボタンは、8まで。
3) 4階に三崎の名前はない。
4) 住人の居住開始は、1984年以降である。
5) 屋内にエレベータの他に螺旋階段が8階から4階までと、3階から1階まで付設されているが、4階から3階には直結していない。屋外に付設されている階段を利用する構造となっている。
6) 1984年から85年にかけて改修工事が行なわれ、以前の住民は退去し、新住民が入居した。
7) 海側にベランダをもつ居室が並び、それを山側の廊下が繋ぐ
8) 幽霊マンションという噂がある。

*5 旭屋御殿へ

鎌倉、鎌倉山にある旭屋御殿に行く。門が開かれベンツが出る。女性の運転手に三崎陶太について尋くが拒否される。

そこで講談社雑誌記者藤谷に声を掛けられる。
女性は旭屋架十郎の内縁の妻、香織という。
案内により近くの建物の屋上から御殿を望む。

5枚の写真を貰う。そこには車椅子に乗った老人が写っていた。

*6 御手洗へ報告

帰宅後、横浜、馬車道で御手洗に報告する。

御手洗は、香織の生存情報にかかわらず、まだまだ多くの興味深い謎があるとへこたれない。

マンションについて次のとおり。

1) ハイム稲村が崎について、海に面して潮風がたっぷり吹くのに、各部屋には乾燥機が造りつけで置いてあること、
2) 同じく、ベランダには物干し用のビニール紐が渡せないような構造、
3) 同じく、階段の奇妙な構造、
4) 異常に張り切る老管理人、
5) 83年までの住民の証言、

旭屋御殿について次のとおり。

1) 姿の見えない加鳥の動向、
2) 両性具有者、
3) 異常に老けこんだ旭屋架十郎、
4) 隠遁生活の理由

*7 東大へ

石岡が東京文京区の東大解剖学教室で標本の陳列を見る。
気分が悪くなる。

*8 東大で、謎解き

倒れた石岡は、御手洗により発見され、管理人室のベッドに寝かされる。回復した石岡を伴ない、御手洗、古井、石岡は東大の学食で昼食を取る。

御手洗の提案で図書館に行く。そこで御手洗が謎解きを始める。

1) 旭屋架十郎は沢山のマンションを日本各地、インドネシアにもっていた。三崎陶太はハイム稲村が崎と構造がまったく同一のそのマンションにいて事件に遭遇した。そのため奇怪と見える事実が次々と発生したと説明する。

a) 渦が左巻きと、右巻きの記述が混在すること
b) 世界が闇に入ったこと。
c) 江ノ島から鉄塔が消滅したこと
d) 黒い男が道を歩いていたこと、
e) 湘南国道がひび割れたこと、
f) 商店街、救急病院が消滅したこと

2) 事件は、1983年6月11日、皆既日食があった日に発生した。

3) 5月26日は不在証明からの偽装である。梶原一騎の事件、国立予防衛生研究所技官の事件から5月26日が1983年と確定できるが、稲村が崎のその日の天候は曇天であり、上天気ではない。

大胆な結論についてゆけない石岡に御手洗が補足説明する。

古井は、事件がインドネシアとの主張にたいし反論する。

1) 稲村が崎のマンションで香織母さんと陶太は10歳以前から共に生活している。21歳の陶太は周囲の稲村が崎を散歩している。
2) どこにも、インドネシアに移送されたとの言及がない。これだけの出来事にまったく言及がないのは不合理である。

御手洗もこの点は認める。さらに、5月26日への偽装は十分に可能という。

1) 陶太の文章を根拠にした判断である。
2) 旭屋架十郎と香織の共謀があれば、3時間と視聴時間を制限されたテレビ、毎日屆けられる新聞への工作から偽装は十分に可能である。

御手洗は、83年6月11日まで、陶太は部屋を一歩も出られない状態であったと推断する。

通常の生活をする生身の人間を周囲から切り離して時間を1月も遅らせられるのか不審がる古井の発言に、一瞬沈黙した御手洗は突然天啓を得たように、インドネシアのマンションを訪問すると宣言する。

最後に何故、南半球のインドネシアに思いが及んだのかとの質問に文中の渦の向きに言及して、北半球の台風は左巻きだが、南半球のサイクロンは右巻きとの事実を付言した。

*9 さらにジャカルタへ

雑誌記者藤谷から、旭屋架十郎がジャカルタにマンションを持っていた。現在は現地の日本企業の所有となっているという。御手洗と石岡が現地に向った。

ジャカルタには日本車が溢れていた。その車の多くは薄汚れ、なかにはポンコツ寸前のものもあった。ヤマハ、サンヨー、トヨタなど日本企業の名前が至る所で見られた。黒く日に焼け痩せた男など、陶太の文章にあった記述がここにあることを次々に目撃できた。

マンションは、アンチョール公園のそばに所在していた。

1) ハイム稲村が崎と外観は全く同一である。
2) かなり汚れていて、タイルがあちこと剥がれ落ちていた。
3) 駐車場の車は全て日本車、真っ黒く汚れていた。
4) 道はひび割れ、商店街のかわりにこんもりした森があった。
5) 稲村が崎と同じく、前には海があり、沖に江ノ島に似た島があった。
7) 違うところもある。ベランダに洗濯物が翻っていた。
8) 部屋も文書の記述に照応するものだった。
8) ロビーでは、日本の土俵のようなものが作られ、そこで毎日、裸の男たちによる相撲が行なわれている。これは、インドネシアでの思わぬ相撲人気である。旭屋架十郎時代からの引き継ぎである。

インドネシアでは皆既日食の日に太陽を見てはならないとの政府からの告知があったという。そのためか人々はこの日にウサギ、ブタなどのマスクをしてお祭り騒ぎをしたそうである。

近くの商店街に出た。その一つの店の前に全盲で聴力も衰えた老人がいた。陶太が透明人間のように何の反応も示さなっかた老人だった。

アンチョール公園の中に芸術家が集まった村がある。そこに飼育されているコモドドラゴンを発見した。これは巨大なトカゲである。初めて目撃した陶太が恐竜と誤解したのも無理はない。

*10 鎌倉、稲村が崎(2)

1989年6月2日、ハイム稲村が崎、602号の住人、松村賢策は泥酔して深夜帰宅した。エレベータに乗って行き先のボタンを押すがうまくゆかない。あわてて押し直すがまた失敗する。散々押して、気が付いた。4のボタンがあった。このマンションはオーナーが嫌っているので4階という名称の階がない。従って、4のボタンもないはずである。

混乱した頭のまま、エレベーターが停止した。見ると向こうの壁に4Fという標示がある。思わずエレベーターを出ると、たびたび聞こえてくる音楽が響いている。歩くと綿埃が舞い上がる。異臭もする。後の音に振り向くとエレベーターの扉が閉まっていった。それを止めようとしたが無駄った。廊下側の扉はガラス製でっあた。箱側の扉が閉まり、ゆっくりと降下していった。そこに暗闇がのぞいた。

エレベーターを止めようとボタンを捜したがあるはずのものがない。階段を使おうと思った。小走りでその場所にいったがなかった。あらためて確かめたが、この階には他の階にある壁の小窓もなかった。エレベーターが上下する音がするときに叫んだが止まってくれなかった。

気が付くとエレベーターの前に奇怪な透明の筒のような物体があった。その台上に銀髪の小さな頭が載っていた。唐突に言葉を喋った。「18675」と聞こえた。

*11 旭屋架十郎の秘密

横浜、馬車道で、来訪した藤島から、御手洗、石岡が調査の結果を聞く。

1) 旭屋架十郎は、1983年4月から5月末日まで北海道に映画のロケに準主役として参加、人に知られず、現場を抜けることは不可能である。

2) 香織は、本名、河内香織。兵庫県の男鹿島出身、天涯孤独。旭屋演劇学校の80年度卒業生、一時、スターとして活躍したが、旭屋架十郎の内縁の妻となる。

3) 加鳥は、本名、加鳥猛。島根県美濃郡芋原村出身、天涯孤独の身。旭屋演劇学校の71年度卒業生、まったく売れず、旭屋架十郎の秘書となる。独身、鎌倉の極楽寺に豪邸を所有。83年以来行方不明。

4) 旭屋架十郎の事業の盛衰について、82年に演劇学校を閉鎖、84年に芸能プロダクション部門も閉鎖。旭屋個人と芸能界と殆ど関係のない不動産部門のみに縮小して現在に至る。

5) この縮小に際して、大量の人員を解雇。事業、不動産の整理により捻出した資金により退職金に充当する。この整理には香織が直接、芸能プロダクションに乗り込んで行なったという。

御手洗は、加鳥と旭屋架十郎はただならぬ関係にあった。その関係で加鳥は極楽寺の豪邸を手に入れた。香織はこれに強く反発して、結局、香織と旭屋架十郎が共謀し、加鳥の殺害を図ったとの説を再度述べた。

御手洗は、83年当時、旭屋架十郎は入院騒ぎを起していないかと尋ねた。ないとの藤谷の返答に、神奈川県下の看護師養成学校に次のようなアルバイト募集がなかったか調査を依頼した。

1) 身長...センチメートル、体重...キログラム程度
2) 運転免許を所持
3) 容姿端麗な女性
4) 仕事は、通ってきて読書をするだけの簡単なもの。
5) 6月12日から13日まで。
6) 高額をはずむ。

*12 鎌倉、稲村が崎(3)

1989年6月2日、松村は生首の載った奇怪な円筒を擦り抜け、手近なドアから室内に入った。暗い室内の隅に裸の人物が座っていた。骨と皮だけに痩せこけ、素っ裸、髪はリーゼント、胸にひからびた二つの乳房、下腹部には男性器がついていた。

かすれた声でつぶやいた。この家、私の姿、あなたは、見てはいけないものを見たという。松村は衝撃の余り恐怖に駆られて、悲鳴をあげ、ベランダの方に走った。

*13 旭屋御殿の詳細

横浜中華街で御手洗、石岡、藤谷が会食した。
藤谷の報告を聞く。

1) 旭屋御殿が27億円で売りに出されている。
2) ハイム稲村が崎の売却の情報はない。
3) 御手洗が示唆した募集広告は1983年5月に発送されていた。
4) これに鎌倉市雪の下の鎌倉看護学院の学生、野辺喬子が応募した。喬子は北海道天塩郡幌延町出身、昭和39年生れである。

さらに、たまたま、ハイム稲村が崎の住人の奇妙な自殺事件を聞き込んだという。彼は、1992年6月2日に屋上から飛び降りた。原因はノローゼらしいという。しかし、このマンション8階の住人がそのとき偶々屋上にゆこうとして、施錠されていたと言い出した。すると、屋上以外の階からとなるが、調査の結果、その可能性が極めて低いという。

御手洗は、これは自殺ではない。ハイム稲村が崎を実地検分する必要があるという。しかしその前にまず野辺喬子の出身地である北海道に飛ぶと宣言した。

*14 北海道へ

1992年4月、藤谷、石岡、御手洗が北海道へ向かう機内で会話する。

旭屋架十郎はエイズとの話がある。これに御手洗はまったく反応しなかった。

84年の入居者が、階数の標示について、当時は4階という呼び名がなかったが、89年6月2日から502号室を402号室と呼ぶように、実感に沿う方式に変更したという。これには御手洗はすぐ反応した。

旭川から鉄路で幌延に向った。人口2000人の町に一つしかないホテル、北斗荘に投宿した。

*15 北海道で調査

北海道、天塩郡、タクシーで出身高校の天塩高校に行き、担任から友人、船江美保のことを知る。野辺喬子の家を尋ねたが廃屋となっていた。

その後、結婚した美保の家を尋ねる。美容院と喫茶店を経営していた。御手洗が喬子は旭屋架十郎と結婚する話があると切り出し、美保の話を聞く。さらに、84年に父親を引き取るためこの地を再訪した筈と述べる。

美保は、その時、すっかり綺麗になった喬子に会ったという。喬子はレンタカーでやってきた。自宅を整理し父親を連れて行くという。そのとき、彼女から高価なレコード、ティカップ、服などをもらったという。その後は音信普通の状態という。

御手洗は、根気良く話を聞き出そうとした別れ際に、突然、喬子と二人で廃品を処分しようとしたときのことを思い出す。裏のドラム缶が山積しているところに登っていって思わず足を滑らした喬子は、頭を打って暫く失神したという。慌てて抱き起すと、喬子はなにか譫言で数字を繰替えしていた。

驚愕の出来事なので、その数字を喬子からもらったポーの作品、アッシャー家の崩壊の本にメモしたとして、御手洗に見せてくれた。それは、「187654」の数字だった。

*16 ハイム稲村が崎の部屋へ

92年5月1日午後、小雨、ハイム稲村が崎の裏にある喫茶、ビーチを御手洗、石岡、藤谷が訪れ、マスター金子から話を聞く。金子は8階の住人である。

金子に引越しの事情を尋ねているときに、藤谷に連絡が入った。香織が旭屋御殿から急に車で飛び出したため、衝突事故を起した。茅ヶ崎総合病院に搬送されたという。

三人はすぐ、ハイム稲村が崎に急行する。玄関で管理人に制止されたとき、御手洗はいう。野辺久蔵さん、事故を起して野辺喬子が茅ヶ崎総合病院に搬送された。すぐ病院に向うよう助言して、そのままエレベーターに向った。

御手洗はエレベーターのボタンを、1、8、7、6、5、4と押したが、目的の階に到着しなかった。呆然として、雷鳴が時々轟く屋外に佇み、暫く考えていた。御手洗は高笑の後、戻り、再度エレベーターのボタンを押す。1、7、6、5、4、8と。開いた扉の向うに4Fとの標示が見えた。

** 1) 異様な4階の状況

石岡は廊下に出て、他の階にはない異様さを感じた。それは、

1)異臭
まず奇妙な臭い、何の臭いだろうと不審さが募った。
2)闇
エレベーターの透明の扉から漏れる明りがなくなるとまったくの闇となる。
3)汚れ
しみだらけの壁、剥離した壁紙、一面綿埃の床、さらに木片、セメント破砕物の散乱

であった。

御手洗の指差す方向に糸のような光が漏れている。バータイプの扉をゆっくりと引き開ける。室内には照明が点灯されておらず外光のみであった。開放されたベランダ側から聞こえる雨音、雷鳴。幻想的な光景であった。

室内の右側壁にはマントルピース、大理石の飾り棚、その上の褐色のランプシェードをもつ大型電気スタンド、マントルピースの前にロココ調の家具。どれも汚れ、破れがみえて没落貴族の館のサロンの風情だった。

音楽が聞こえる方向、左側の部屋に入る。窓脇に古い米映画に出てくるようなジュークボックスがっあた。目が慣れて奇怪なものが見える。透明の筒の上に丸い台、その上に銀髪を振り乱した、しわの勝った老人の顔があった。しっかり閉じられた瞼、唇の端の白い泡、頸を支える左右のステー。透明な円筒の中には黒い着衣の老人の体、筒の真ん中の高さに小円形のスピーカー、円筒の裾には数本のアーム、キャスターが付設されていた。これで自由に移動できるようになっていた。ここはベッドルームだった。

石岡が小声で尋ねる。誰か。そこに男、野辺修が入ってきていう。彼はもう死んでいる。野辺修の傍らに車椅子の男がやってくる。藤谷たちが撮影した写真の旭屋架十郎であった。御手洗がいう。三崎陶太だ。円筒の男が旭屋架十郎であり、たった今、死んだという。

*17 犯人と対決、解決

最初の部屋に戻る。野辺が一人用椅子の腰掛け、その横に車椅子の陶太が控える。石岡と藤谷がマントルピースの前にある二人用ソファーに腰掛ける。御手洗が一人用椅子に腰掛け、小卓を挟んで野辺とう向き合う。

** 1) 事件の解説

御手洗が事件を語る。

1) 旭屋架十郎と加鳥はただならぬ関係にあった。度重なる脅迫についに、架十郎は香織と共謀した殺害を企図した。

** 2) 陶太の行動

1) サリドマイド児の陶太は、父と離れハイム稲村が崎の4階に事件が発生するまで住んでいた。香織が部屋に通ってきて身の回りの世話をしていた。その当時は4階が普通に存在していた。陶太は事故により一時的に昏睡状態に陥った。

2) 陶太はハイム稲村に戻った。架十郎は意識の戻ってないまま自家用ジェット機でジャカルタに所有するマンションにさらに搬送した。他方、陶太の搬送を隠蔽する偽装工作として、香織の代わりを見つけた。それは鎌倉看護学院の学生の野辺喬子であった。

3) 事件発生後、陶太は町を彷徨して、やがてマンションに戻り、加鳥と香織の体を切断した後、金銭、パスポート、自分が綴っていた日記を携行して帰国、ハイム稲村が崎に帰還した。そこで喬子と遭遇し、事情を聞き、事件の全容を理解する。この間に二人の親密な関係は進み、恋人同志となった。

4) 架十郎の当初の計画を述べる。架十郎は海外にもマンションを所有していたこと、ジェット機を所有し、パイロットの免許を所持していたこと、陶太の昏睡は一時的であり遠からず回復すると見込まれたことを踏まえ、今回の破天荒な計画となった。

** 3) 偽装工作

次の偽装工作が必要である。

1) ジャカルタのマンションを稲村が崎のものと偽装する。
2) 6月11日を、北海道ロケ中の5月26日と偽装する。
3) このため、ジャカルタのマンションで、TV番組を見せ、毎日、新聞を屆けさせることにより陶太にこのことを誤認させる。

計画の目的、加鳥の殺害と不在証明である。

1) 架十郎は強盗に扮し、インドネシアに呼び寄せた加鳥を殺害する。
2) それを目撃した陶太を、薬で一時的に昏睡状態に陥れ、死体の加鳥とともに帰国、ハイム稲村が崎に戻す。
3) 香織が警察に屆け出る。
4) 陶太から証言を得る。

** 4) 杜撰な計画

殺害が計画どおり成功したとして、もし警察がパスポートを調査すれば渡航記録から偽装が発覚する。あるいは、加鳥の死体から月日の偽装が発覚する。さらに、2週間も遅れて通報することを問題視されるなど、最終的な成功はおぼつかない杜撰な計画といわざるを得ない。

** 5) 架十郎の自殺未遂

計画に事故が発生、最愛の愛人、香織を失なった架十郎は、しばし茫然自失の後、マンションに戻り、混乱の極みにあった部屋を片付け、帰国し、ハイム稲村が崎に息子、陶太と、香織に似た喬子を発見した。安堵感、愛人を失なっという喪失感、破天荒な計画の失敗からくる昏迷から、架十郎はベランダから投身自殺を図った。

ところが、下には、香織使用のベンツが駐車していた。映画スターの自殺未遂がニュースにならなかった以上、このような偶然が生じたといわざる得ない。喬子は陶太とともにすぐ現場に駆け付け、部屋に搬送するとともに、医師の兄、野辺修を呼んだ。

病院に搬送しなかったのは、喬子が本能的にこの事件により自分と父親の運命を変えられる可能性を感じたからである。修は東大に通いながら治療に最大の努力を尽した。事故からくる傷害は重大であった。両腕の切断、背骨、骨盤の損傷、長い寝た切り生活からくる筋力の低下、頭部の姿勢維持の不可などである。

そのため修は歩行器兼コルセットという奇怪な透明円筒を架十郎のため作り上げた。

** 6) 計画の破綻と対応

架十郎と香織の計画の目的が失敗し、その後に続く架十郎の自殺未遂、それの事後処理が、それまで殆ど無関係であった三人の男女を一つに集めた。それぞれの必要から離れることのできない一つの運命共同体として機能することとなった。

ここでまず問題となったのは、架十郎をどうして世間から、あるいは旭屋芸能プロから隔離するかである。

1) 世間からの隔離

公表は、複数の愛人とのただれた痴情関係、両腕喪失の映画スター、サリドマイド児の息子など、世間の好奇の目を喜ばせ、三人に何の利益もない。秘密を厳守し、架十郎はハイム稲村が崎の4階に移し、旭屋御殿には、架十郎に扮した陶太が住むこととした。

2) 旭屋芸能プロからの隔離

この関係者から架十郎の醜聞が漏れる可能性が高い。芸能活動から完全に引退するほかないと考えた。このため、事業、不動産の整理を通じ退職金原資を捻出し、これにより一斉解雇を実現した。また、依然架十郎との個人的関係をもつ幹部たちには、エイズ発症と偽り、親しい接触を忌避させた。事業を縮小し不動産関連のみとした。

** 7) 架十郎の世界の構築

重篤な障害者となった架十郎のために快適に過ごせる世を界構築する必要がある。

** 8) 4階の隠蔽

1) 本来9階のマンションから4階の存在を消すため、造りつけの乾燥機を用意し、ベランダの乾し物を禁止した。山側の開口部を1階を除き消滅させた。

2) 4階につながる階段を無くし、外付けの階段を5階と3階の間に設けた。

3) エレベーターの押しボタンを4階を除く1階から9階、合計8個にした。エレベーターで実体としての4階にゆくためには、押しボタンによる暗証番号を設定し、これを可能とした。

4) この1984年の改修を、1989年に4階の押しボタンを復活し、1階から8階の押しボタンと修正した。これにともない実体としての4階に行くため、暗証番号を新たに設定した。

** 9) 部屋の改修

架十郎の趣味に合せて部屋の内装、飾り付けを大幅にかえた。肢体不自由者への配慮として、扉の敷居、床上のカーペットの撤去により全床段差を解消し、架十郎のために制作された歩行器の移動を円滑にした。扉のノブはバータイプとし、その位置も架十郎の顎の高さに合せた。スイッチは全て押しボタンとした。

** 10) 平穏な生活への復帰

元々破天荒な計画の目的が失敗に終わり、その事後処理も破天荒のものであった。よくその綻びを世間に知られることなくここまでもってきたと、御手洗は評価した。これには修の力が預かって大きかったという。

しかし、綻びは見え始じめている。幽霊マンションという噂が既に上っている。いつまでも8階マンションへの偽装、4階の存在を隠蔽できない。修による仙台での病院経営が失敗に終わり、旭屋御殿の売却も早晩実行される。架十郎の死を契機にこれまでの無理を解消する必要がある。

これまでの虚飾に満ちた生活から平穏な生活への回帰を勧奨する。

御手洗は偶々、古井猛彦教授がもってきた謎に惹かれてその真相に到達した。不幸な境遇にある人に救いの手を差し延べる用意があるが、警察沙汰にするつもりはない。そこで、あのノートの残りの提供を受けるという条件で引き下がるが、どうかと提案した。

しかし、その言葉を素直に信じてもらえなかった。

** 11) 修の反抗

修は御手洗の態度を訳知り顔の鼻持ちのならぬものと決め付け、大いに反発し、突然、狂乱し、拳銃で御手洗の殺害を図った。御手洗は電光石火の身のこなしで銃弾をかわし、陶太の車椅子を利用して、修をベランダから突き落した。修は下の駐車場の車上に落下し、からくも一命をとり止めた。

** 12) 陶太の逃走

陶太も御手洗の言葉を薄っぺらな同情と反発し、修が取り落した拳銃で御手洗を脅した。御手洗はすきをみて拳銃を蹴り落したので、ベッドルームと反対側にある部屋に逃走した。

その部屋は珍品のコレクションを陳列する部屋だった。上半身が女性、下半身が男性の奇妙なミイラが吊されていた。ほかにも赤、白、黄、紫の模様をもつ蛇の目傘、赤い衣装と黄色のストッキングのピエロの人形が陳列してあった。御手洗がミイラを調べているとき、ブンという音ともにミイラが爆発した。陶太が弓で射貫いた音だった。

御手洗は更に陶太を追って隣室に入ろうとしたが、扉は固く鎖されていた。ベランダ側から仕切りを蹴破り、ベランダと部屋を仕切っているガラス戸を破り、ようやくなかに入った。陶太はノートを焼却しようとしていた。それを取り上げ、踏み消している御手洗に、自分はどうすればよいのかと尋ねた。架十郎の遺産を相続すればよいと答えた。部屋を出る前に振り返り、ミイラ、クッション、象、額縁、ランプシェードを処分するよう言い置いて部屋を出た。

隣室を抜け、最初の部屋に入ってから、御手洗はランプシェードを指して、これは人間の皮からできていると指摘した。さらに旭屋が香織と加鳥の死体をもって帰り、ミイラにしたり、ランプシェードにしたり、額縁の中に飾ったのだろうといった。

** 13) 死体の秘密

馬車道の部屋で、御手洗が話す。あのミイラは背中から手を入れて腹話術の人形のように操作できる仕組みとなっていたという。喬子が架十郎を慰めるために作ったと推断した。

呆然とする石岡、藤谷を無視して御手洗は陶太から取り上げたノートと古井教授から複写したノートをばらばらにして、繋ぎ合わせる作業に専念していた。やがて、それを石岡のほうにほうってよこしていう。読んでみたまえといった。

*18 謎の文書の復元

** 1) 追加1

ぼくは、加鳥さんが好きだ。加鳥さんもぼくを大切に思ってくれる。

加鳥さんに抱きしめられたとき、少しも変に思わなかった。加鳥さんがぼくの中にいるとき、ぼくは女だったんだなと思った。

こんな関係が普通でないことは分かっている。加鳥さんとなにかをしたとき、翌朝までそのまま眠ってしまたような日、朝加鳥さん顔を見られなかった。

** 2) 細字7

ぼくは、ベッドの上で占星術殺人事件の本を発見した。昨日のことを回想して、なんてすごいことをしたんだろうと思った。

隣の加鳥さんがぴくりと動いた。ぼくはそれを見ることはできなかった。加鳥さんはぼくが頭から被っていた毛布をはがした。そして、ありがとうと、陶太君といって、左頬に接吻。部屋を出ていった。

** 3) 追加2

今ぼくは、気分が落ち込んでしまってたまらない。加鳥さんといつまでもこんなことをしていてはいけない。しかし、ぼくのような人間は、女の人と、世間の人のように結婚はできない。

すべてを忘れてしまいたい。もっと別の人間に生まれ変わりたい。本当にひどい気分なんだ。

** 4) 大字1

ぼくのまわりにはどくがいっぱいあって、きっとぼくはおとなになれないでしょう。

かおりおかあさんが、ぼくにすっぱいりんごというほんをかってくれました。

すっぱいのでだれもたべられないりんごが、からすのこどもたちがつっついて、なかのくろいたねが、じめんにおちました。やがて、なんねんかあとにりっぱなりんごのきになったというおはなしです。とてもおもしろかったてす。

かおりおかあさんは、さんじかんてれびをみせてくれます。そこではこまをつくっていました。かおりおかあさんがぼくのためにつくってくれました。ぼくは、はやくてがながくなってつくれるよになりたいです。

** 5) 中字1

ぼくはきょう10さいになりました。かおりお母さんがおしえてくれました。

ぼくは、ひらがなだけでなくかん字もだいぶおぼえました。かいたかん字をかおりお母さんにみせたらおどろいていました。ぼくはもっと本をよんでかん字をおぼえたいです。

きょうとてもこわいほんをよみました。

せんせいじゅつさつじんじけんです。それは六人の女のひとをころして、六分の一づつをくっつけてとってもきれいな女の人を一人つくるというおはなしです。むずかしいじゅんもんをとなえると生きかえるといいます。

お母さんにはなしたら、わたしがしんだらわたしの体をつかってせんせいじゅつさつじんじけんのような女の人をつくってねといいました。

ぼくはそのとおりやることをそうぞうして、ぞくぞくしました。

** 6) 中字2

ぼくはもう18歳になった。かおりお母さんがそう教えてくれた。

ぼくは、環境汚染、薬、ダイオキシン、農薬、農業の本を読でいる。日本の環境はひどく汚れている。

水道水の消毒のため塩素が使われる。これはやがてトリハロメタンに変化する。これがガンを引き起す。

だから水にとても興味がある。浴槽の栓を抜いたときにできる左巻きの渦をじっと眺めているのが好きだ。

** 7) 細字1

ぼくは鎌倉生まれ。旭屋架十郎という映画スターの一人息子で、21歳の今日まで父の加護のもとで何不自由なく育った。父は大スターである上に実業家である。ぼくは父が所有するこのマンションの4階、2LDKの一室に住んでいる。

父はめったに顔を見せないが、香織お母さんは毎日のように来てくれる。お母さんはとてもいい人だ。ぼくは両親に恵まれとても幸運だ。

国道をはさんで海に面したこのマンションからは江ノ島とその上の鉄塔が見える。マンションのどこからでも見える。4階の廊下の先の小窓からも見える。マンションの裏手には江の電が走っている。さらにその山手には、サーフボードショップ、ビーチという喫茶店、救急病院などが道沿にある。マンションの両隣には、焼肉レストランとシーフード・レストランがある。

ぼくは、父が与えてくれたこの環境をとても気に入っている。

** 8) 細字2

周囲のあらゆるものは毒で汚れている。食べ物には防腐剤、殺虫剤、合成着色料が施されている。

皮ごと食べてしまう猿に奇形の子供猿が増えているという日本のデータがある。かって、0.01%だった出現率が20%にも増加したという。

人間もこのようになってしまうのでないかと心配だ。香織さんに話をすると目を丸くするが、結局、平気でぱくぱく食べてしまう。

紅茶を飲むとき、レモンをスライスして茶碗に入れる。ぼくは嫌なので四つ折りスライス片の先っぽだけをつけようとする。うまくできないから香織さんがやってくれる。

香織さんは、そんな本ばかり読まないでもっと楽しい本を読みなさいという。そして、ここの海や空気は綺麗だという。そうでないといおうとしたが、やめた。みんなそんな大事なことを気にしないでいるから、空気や水がどうしようもないほど汚れてしまったのだ。

** 9) 追加3

ぼくは20日間、交通事故による昏睡状態であった。4月2日に江ノ島の鉄塔に登ろうと急に思い立って、自動車で向かった帰り、トラックに対面衝突して病院にかつぎこまれた。

自室に戻って4月23日に意識が戻った。それから5日間は、床ずれ、骨折からくるあらゆる痛みに泣きわめいた。5日めに香織さんがぼくがまったく記憶を無くしていることに気が付いた。

それからたくさんの本を読み、漢字を思い出し、文章を書いた。NHK教育テレビを毎日3時間ずつ視聴した。これが効を奏して、5月14日には殆どのことを思い出した。21歳の自分に戻れたのだ。

香織さんには看護婦の経験があるという。自室に戻った4月10日からずっと看病してくれた。ぼくは香織さんに頭があがらない。

** 10) 細字3

ぼくの名前は三崎陶太。父は旭屋架十郎という有名な映画俳優である。正直いって、そのことが子供のころからとても苦痛だった。母は五つのとき死んだ。そうしたら父が身の回りの世話をする女の人をつけてくれた。

周りにはいつも綺麗な女性がいた。成長して下品な欲求にもめざめてきた。でも女の子にはあまり興味がない。珍しい話題を豊富にもっていたりすれば違っていたかもしれないが、鎌倉にはいない。むしろ男の子の方が好きだった。

香織さんは美人で性格のよい女性だ。そして楽天的だ。そんなところがとてもいい。ぼくが、1999年に世界が終わるって信じるか尋ねると、2000年も、2500年になっても、この世は存在していると答える。

一方、ぼくは固く信じている。たとえ存在していたとしても、その世界はずいぶん違っていると思う。人間は、何だか動物みたいになって、核で被爆して皮膚の色が黒く焦げただれている。太陽も雲のない日の真っ昼間でも輝かない。今みたいな春も薄ら寒い。薄気味悪い怪物が世界をうろついている。

そう信じているのに、そんな気分でずっといるのは寂しい。そばでそんなことはないと笑い飛ばしてくれる人がいると心が軽くなる。

** 11) 細字4

いつか香織さんが海は綺麗といったが、全然違う。

昭和40年代のなかば京浜・京葉工業地帯にはさまれた東京湾に水質汚濁事件が発生した。水銀を使う周辺工場の廃棄物不法投棄によるものである。川から流入する農薬の有機塩素系化学物質やPCBの汚染も広範囲に及んでいる。

海の汚染で引き起こされる現象は赤潮である。これは窒素やリンの栄養塩類が流入することで大量の植物プランクトンが発生し魚類が大量死するものである

空気の汚染も問題だ。昭和40年代後半、川崎市で公害病認定患者の自殺があい次いだ。昭和54年に埼玉医科大学の教授の研究発表、川崎市における犬肺の金属含有量と病理組織学的変化において、川崎市の家庭に住んで死んだ犬を解剖し肺の汚れを調べた結果をまとめたものである。調べた犬250匹のうち、9匹の肺から腫瘍が見つかり、4匹が肺ガンだったという。犬に責任はないのに可哀想なことだ。

** 12) 細字5

5月26日は大事件が発生した。地球が破滅に瀕した日だ。朝9時、いつもどおり香織さんが新聞をもってやって来た。北海道の父から電話があった。ロケは順調らしいが5月30日まで北海道は出られないという。

新聞で、梶原一騎が東京の愛宕署に傷害容疑で逮捕、国立予防衛生研究所技官が中央薬事審議会に提出された新薬承認申請の資料を他のライバル会社に横流しした容疑で逮捕されたことを知る。

*** 1) 赤鬼になった香織さん

ぼくは父主演のSF映画、「今日ですべてが終りだ」を知ているって香織さんに尋ねた。ここから異変が始まった。なんて子なのと叫んだら、香織さんは赤鬼になった。食卓の卵焼きをぼくの顔にぶつけ、床に倒れた。

そこに、男の人、秘書の加鳥さんがやってきた。陶太君、こんなところに押し込められてどうしたの、と尋いてきた。香織さんに気付いて近付くと、さわらないで、気持が悪い、といって、二人は掴み合いになった。

*** 2) 強盗の出現

そこに、口をマスクで隠し、顔全体はストッキングを被った強盗がやってきた。加鳥さんは香織さんから離れた。銃弾が発射された。香織さんは台所からもってきた包丁で切りつけた。加鳥さんは電話台で反撃し、強盗の覆面に手を伸ばした。香織さんが背後から刺した。銃弾が発射、ピーンという金属音が響いた。加鳥さんが包丁で香織さんを刺した。強盗はその背中を撃った。加鳥さんは絶命した。

強盗は催眠スプレーをぼくに吹き掛け、何も盗らず逃走した。あとには、加鳥さんの死体、瀕死の香織さん、ぐにゃりと曲った包丁が残った。

*** 3) 助けを求める

助けを呼ぶため、119に電話した。無意味な数字が読み上げられた。父の家、友人の家にもした。無駄だった。廊下に出た。小窓から江ノ島を見たが、鉄塔が消えていた。

1階のロビーでは半ズボンの上にまわしをつけた男が相撲をとっていた。まわりの男たちに助けを求めたが怪訝な顔と爆笑が返ってきた。

*** 4) 世界が壊れかかる

好天のなか太陽が輝いていたが、今日は何故か小さかった。

国道に向った。巨大なウサギがサンダルを履いていた。駐車場の車はすべて真っ黒だった。もう一度江ノ島を見た。鉄塔がやはり消えていた。背後のマンション全体が黒ずんで汚れていた。

江の電の線路に向った。途中の舗装が剥れ土がむき出しになっていた。商店街のサーフボードショップ、喫茶店、救急病院も消えていた。瓦礫の小山の間にバラックが並んでいた。戸口脇の板塀にトカゲの絵を描いた家があった。老人にすいません、ここにあった病院は知りませんか、と尋ねたがまったく反応がなかった。ぼくはこの世界では透明人間だ。

太陽がみるみる死んでゆく。風が冷える。世界は今日から氷河期に入るのだ。胸のポケットの懐中時計は11時5分前だった。林のほうに向かう。店の屋根の看板に、ヤマハ、その隣りに、サンヨーという文字が読める。林の奥に入った。恐竜が出現してぼくの左腕を食いちぎった。逃走した。

これまで見たこともないほど痩せた人間に出会った。ここで何があったのですかと尋ねた。突然無意味な数字が口から飛び出してきた。バラックから不思議な人影が出てきた。体は人間、頭は豚、狐、鰐、鼠、猫だった。

この世界は壊れかけている。中央分離帯もある広い道路には人も車も見えない。たまに走ってくる車はポンコツである。大きなビルディングも廃墟だ。

*** 5) 両性具有者の復活

ぼくはマンションに帰ることにした。石岡和己の占星術殺人事件の実験を行なう。

部屋のダイニングルームには二体の死体が横たわっていた。下駄箱からノコギリをもってきた。香織さんの下腹部に刺さった包丁を抜いた。二人の衣服を脱がせた。香織さんの胸は小さかった。

二人の死体を浴室に運んだ。ここで体を洗浄した。香織さんの死体を切断し、下半身、上半身を隣の脱衣場に運んだ。加鳥さんの切断に取り掛かったとき、臭気に耐えられなくなった。脱衣場にある換気扇のスイッチを押すため移動したが、疲れで足がもつれて、転倒、失神した。

** 13) 細字6

意識が戻ってやっと換気ができた。元気が回復したので加鳥さんの切断を完了した。そこで、ダイニングルームで休憩をとった。もう夜になっていた。

香織さんの上半身をソファベッドに載せた。続いて加鳥さんの下半身を運こび、二つを繋き合せて、ベッドの上に座らせた。両性具有の体が完成した。占星術殺人事件の教えるとおり、死者復活の儀式を行なった。呪文を何度も唱えた。

何度も呪文を唱えているうちに意識が遠のいてきた。

** 14) 追加5

目が覚めると事態は何も変わっていなかった。部屋には異臭がたちこめ、横には切断された香織さんの上半身と、加鳥さんの下半身とが、冷たくなって載っているだけだった。

*エピローグ

喬子は自動車事故で子供の出来ない体となった。修は下半身不随となるという。陶太は喬子とともに生きていこうと決意していた。

(おわり)

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謎解き島田、暗闇坂の人喰いの木 [島田荘司]

はじめに

壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

本文

プロローグ・スコットランド

クララの殺害

1945年4月、スコットランド、フォイヤーズ村のはずれの山の中で一人こつこつと建物を造っている男がいた。最初は父が手伝っていたが外郭の完成とともに村の自宅にもどり、男だけが作業を続けた。

建物は入口の他に窓が全然ない不思議な構造であった。入口に立てばネス湖が見降ろせた。

男は非常に内気な性格であったので、特に女性と口を利くのは苦手であった。友達になれるのは十歳くらいの女の子であった。男は30歳、ロンドンで会社を経営していて経済的には豊かであった。

ある時、ダレスという町からやってくるクララという女の子と仲良くなった。金色の巻き毛をしたびっくりするほどの美少女だった。やがて別れるのが辛らくなったので殺して、秘密の家にもどり抱いて眠った。さらに体をバラバラにしてそれを北の壁に釘で止め、しげしげ眺めて満足していた。

それからセメントで女の子の体を壁に塗り込めてしまった。十年近く経過して、ダレス村の警官が行方不明の女の子がここに通っていたことを突き止めた。秘密の家も発見したので、北の壁をくずして調べたが死体は発見されなかった。結局、誘拐犯も死体も不明のままとなった。

ふたたび警告

この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。


暗闇坂の人喰いの木 (講談社文庫)

暗闇坂の人喰いの木 (講談社文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1994/06/06
  • メディア: 文庫




* 1984年、馬車道、9月

森真理子の一方的お見合い

1984年夏の終り、石岡が御手洗と共同生活をしている馬車道の部屋に電話があった。石岡のファンとなのる女性だった。森真理子という名前である。

翌日3時に伊勢佐木町の喫茶店で会った。真理子は25歳、横浜西口のデパート勤務という。石岡の文筆業のこと、結婚歴を尋ね、占いの話しをした。やがて、軽食のできる別の場所に移り、ジョッキでビールを飲んだ。

恋人藤並卓

そのあたりから話がほぐれて、真理子の恋人、藤並卓のこととなった。背が高くハンサムで優しいが、人を寄せつけないところがあるという。7年間付き合って本当のことを教えてくれないことを知った。

ある時、決心して、暗闇坂上の卓のマンションに行った。すると奥さんが出てきた、また、そこに卓も帰ってきた。少し話をして、帰った。送ってくれたとき卓は奥さんがなかなか離婚を認めてくれないといった。おととい会ったとき、離婚届の用紙をもっていたという。

石岡は御手洗にこの話をしたら、皮肉な表情を浮かべて、やんわりと、それは女性が一方的に申し出たお見合いであったという。石岡の合否は次のデートの申し出があるかないかによって判明するといった。

公表の時期

これが暗闇坂の人喰いの木事件の発端である。事件の当事者の要望により公表を控えていたが、1990年の今、書くことが可能となった。

昭和16年、くらやみ坂

淳子の死亡

淳子という少女が失踪した。兄の照夫が他の男の子と暗闇坂で戦車遊びをしていたときであった。淳子は坂を大楠のあるほうに登っていってそのまま帰ってこなかった。学校にいても淳子のことが気になってしようがなかった。校庭の欅を見たとき、突然暗闇坂の大楠のことを思い出して怖くなった。

昔、あの大楠の下でたくさんの罪人の首が切られた。その生き血を吸ってあのように大きく成長したという。そのため、幹の途中にある空洞に耳をつけると恨みをもって死んで人々の悲鳴が聞こえるという。

暗闇坂には八百屋がトラックに野菜を積んで一日おきにやってくる。たくさん集まってきていた主婦たちもだんだんいなくなり、3人だけが残った。そのうちの一人があっと声をあげて、地面を見た。拾いあげてみると赤いリボンだった。そこには血がついていた。驚いて上をみると少女が大楠の枝から垂れ下がっていた。

* 屋根の上の死者、9月23日

1 卓の死

暗闇坂の建物の変遷と大楠

79年当時、暗闇坂の上には蔦のからまった3階建の西洋館があった。これは元々、昭和7年(1932)に建てられた硝子工場の社長の自宅であった。その当時は硝子工場と倉庫があった。戦後、裕福なスコットランド人のジェイムズ・ペインが購入し、ここに外国人子女のための学校を開設した。そのため、西洋館は校長宿舎とし、校舎、グランドが建設された。

昭和45年(1970)、学校は閉鎖された。この原因は校長ジェイムズ・ペインと日本人妻藤並八千代との間の離婚であるという。この後に校舎、グランドが取り壊され、アパート2棟、銭湯が建設された。西洋館は家族の住居となった。

79年当時は、銭湯は閉鎖され、アパート2棟は5階建のマンションとなっている。このようにめまぐるしい変遷をずっと見続けてきたのは、この西洋館と大楠といえる。

徳山涼一郎の発見

1984年9月21日、神奈川県に台風が来襲、翌日早朝、暗闇坂の玩具屋、徳山涼一郎は後片付けをしているときに、昨日の夢を思い出した。

学校があったころの夢である。西洋館の屋根の上で青銅のにわとりが毎日正午に奇妙なメロディーとともにはばたいていた。それが屋根から飛び立つものだった。

不思議な気持で店の前から西洋館の屋根を望むと、にわとりが消滅していた。さらににわとりがあったあたりに人影らしきものが見えた。三角形の屋根の頂上に人が馬乗りに跨がっている。やがて朝の散歩者も気付き、藤並家の人間らしいと大騒ぎとなって警察に通報された。

2 卓の死亡記事

御手洗が石岡に森真理子の恋人藤並卓変死の新聞記事を見せた。それは、21日午後10時ころ、心不全で屋根の上で死亡したというものだった。薄手のグリーンのセーターとコールテンのズボンとい軽装であった。

御手洗は早速、マンションを訪問し、何も知らなかった森真理子に事実を告げ、話を聞きたいと申し入れた。

3 人喰いの木の絵

ある人物が人喰いの木の絵を描いている。そこでは大きな木の幹が縦に裂けてそこから4体の骸骨が溢れでている。幹の一番上はワニ口に裂け、その口に上半身が呑み込まれ、下半身だけが空に突き出ている人間がいる。

大きな木のすぐそばに古い西洋館が建っていて、その屋根の上には馬乗りになった人がじっとこの木が人を喰べているところを見下ろしているものだった。

4 真理子の調査依頼

二人が約束の場所で朝食を終えたころ、森真理子がやってきた。御手洗は真理子の気持を引き立たせるため、石岡があなたのことばかり噂していたという。

気分を良くした真理子に卓のこときく。見た目と異なり女性問題とは無縁。怜悧な人物にありがちな人を寄せつけない人柄。心臓が悪かったとは聞いいない。覗きの趣味などない。

一風変ったところがあった。自分と公園を散歩していたとき何を思ったか池の鯉に怒りだし、石で殺そうとした。

借金はない。仕事は長続きしなかったがお金に苦労はしていなかった。

嫌いなところは、子供のころ猫を生きたまま解剖したり、犬を木から吊してバットで殴殺したりしたところという。

御手洗は、卓がこのような奇妙な死をとげたのに警察にまかせておくと、自殺ないし事故死として処理される。真相は闇に葬りされれるという。

さらに真理子が卓の不可解な人柄にとまどいつつ、憧れていたこと、裕福な家庭の卓と結婚する密かな期待を抱いていたことをさりげなく触れて、卓の調査を自分たちに依頼するかと尋ねた。その際、石岡がこの事件の本を出版するので費用負担はまったくないと付言することを忘れなかった。真理子はすると答えた。

5 暗闇坂を尋ねる

伊勢佐木町から徒歩で長者町を抜け、大岡川を渡り、京急電鉄の日の出町駅から戸部駅に至り、下車。商店街を抜け、御所山という信号を右折して、坂を登る。坂は手前にゆっくりと湾曲している。左手に「くらやみざか」という石碑が立っている。途中で真理子が暗闇坂の刑場には台上にいくつもの首が並べられていた。それらが倒れないよう両側から粘土で支えがしてあったという。

石碑を過ぎて前方に大谷石でできた石垣が見え、その上に巨大な楠が立っていた。

6 建物、敷地の説明

坂の頂上に至り、振り返ると左手前方に平地が広がる。敷地の形状は扇を三分の一ほど広げたもので、手間が縁のほう、奥が要のほうである。ただし要に両側が集約する前にすこし切り取った形となっている。

その手前の右から西洋館、藤棚湯、マンション、その向う残りの平地が駐車場である。西洋館の屋根の嶺は大楠を向いていた。

西洋館の周囲は低い煉瓦塀とその上に植え込まれたからたちの垣根が取り巻いている。正門は南側、坂の反対側に設けられていた。

その南に廃墟となった藤棚湯があった。敷地は壁で囲まれていず、建物はセメント敷きの上に建設されている。道に面した東側の正面入口はしっかりと閉鎖されている。裏側に回るとドアが壊されて容易に中に侵入できる。右手に巨大なかまど、その上に高々と聳える煙突がある。左手に燃料小屋がある。金属扉は簡単に開き、なかには、まだ相当量の石炭と薪があった。

さらに南にハイム藤並があった。

7 郁子を尋ねる

躊躇する真理子をなだめ安心させながら御手洗は4階北西角にある401号室の藤並郁子を尋ね、自ら私立探偵と紹介する。怪訝な顔の郁子に卓を殺害した犯人をすみやかに捜索する必要があることと、その証人を連ているという。真理子を引き合わせ、彼女の依頼で動いているという。

真理子が依頼することに疑問を示す郁子に、妻である郁子が最適であることを認める。そして警察は事故死と考えているようだが、納得しているのか尋ね、真理子は将来的に石岡と結婚する気持であるが、かっての縁で依頼してきた。郁子に調査を依頼する気持があるか尋ねる。

応接間に案内

たちまち、雰囲気が変って、御手洗たちは部屋に案内される。応接間で御手洗は、郁子が9年前に見合い結婚したこと、卓に心臓の欠陥がなかったこと、最近異変がなかったこと、屋根に登るような理由がないことを確認した。

複雑な家族関係

母屋、西洋館の人々に話が移るにつれ、豊かな資産、複雑な家族事情が明きらかになってゆく。

藤並八千代は大正12年(1923)生まれ、ジェイムズ・ペインと結婚し、卓、昭和21年(1946)生まれ、譲、昭和22年(1947)生まれ、玲王奈、昭和38年(1963)生まれ、の3子をもつ。昭和45年(1970)に離婚。昭和49年(1974)に三本照夫と再婚する。ここに連れ子、三幸、昭和43年(1968)生まれがいる。なお、玲王奈は現在、人気モデルのレオナとして活躍している。

母屋には八千代、照夫、三幸が住む。3子とも部屋をもつが譲を除き不使用。マンションの401号室に卓と郁子、その上の501号室にレオナ、さらに下の301号室に譲が住んでいる。

子供の結婚

八千代は子供の結婚には無関心、子供つくれともいわない。郁子には子供はいない。譲は現在、千夏という水商売出身の女性と同棲中。子供はいない。

西洋館、賃貸用のマンション、貸駐車場、廃墟の藤棚湯、これら建物、敷地はすべて藤並家の資産。ただしマンションはローン返済中。卓、譲とも職に就いたが長続きせず、結局無職。譲は世界の死刑制度の研究に従事している。資産の上りから経済的には豊かである。

西洋館の家事は、照夫、三幸が行ない、近くの牧野写真館の夫妻が手伝う。

譲についてきくと八千代が頭蓋骨陥没骨折のため藤棚総合病院に入院、その看護で病院という。八千代の怪我の事情には沈黙。

9月21日の行動

最後に御手洗が、9月21日午後10時前後に郁子が在宅であったことを確認する。卓は8時に部屋を出た。そのまえ7時に電話があったという。

8 千夏に会う

301号室を尋ねると酔った千夏が出る。私立探偵と紹介すると機嫌良く中に案内される。リビングで乾杯してから話をきく。

ここの家族は皆なおかしい。

1) 譲は気味の悪い死刑の研究に没頭している。この前、小鳥をアルコールに漬けて殺した。殺すのが好きらしい。
2) 卓はむっつりとして二枚目を鼻にかけている。
3) レオナは高慢で我侭
4) 郁子は普通そうだが、本心では財産狙い
5) 八千代は良く分からない。これまで一度も喋ったことがない。
6) 照夫は普通
7) 三幸は良い子
8) ジェイムズ・ペインは典型的英国紳士

八千代発見時、卓は屋根にいなかった

八千代は9月21日午後10時ころ、大楠の前で倒れていた。照夫と三幸が発見し、病院に搬送した。そのとき屋根の上には誰もいなかった。

昭和20年(1945)、くらやみ坂

涼一郎の体験

夏、涼一郎、4歳が親戚の光二、7歳と閉鎖された硝子工場跡地で遊んでいた。母親からはきつく止められていたが、母親の目を盗んで遊んでいた。

夕方、跡地の端にある高い煙突のある建物を見にいった。そのとき付設されている竃の扉が突然開いた。なかから子供が飛び出してきて、二人に気付かないまま駆け出していった。涼一郎と同じ年頃の子供だった。

敷地を横切り、無人となった西洋館の角で折れて大楠に向った。後を追い掛て見ると、幹に立て掛けてあった梯子のようなものでたちまち上に登り幹の途中の窪みのところに隠れた。夕闇が濃くなって隠れたはずの子供の様子が分からない。そのまま二人はじっと凝視めていた。

突然、きゃーという女の子の悲鳴が響いた。両手を上にあげてもがいている人影が見えた。だんだん体が沈んでゆきやがて見えなくなった。二人は恐怖の余りそのまま後も振り返らず家に逃げ帰った。

* 飛び去ったにわとり

御手洗が西洋館の門前に佇み敷地内にある大楠が実見できないことを慨嘆する。

涼一郎の話し

藤棚総合病院に向う途中で暗闇坂の玩具屋に立ち寄る。徳山涼一郎の目撃譚、人喰いの木の噂を聞く。

大楠は怖ろしい木である。その土地は祟られている。
1) 大楠は人を喰い殺す。幹の上部に窪みがあり、そこが口となっている。耳を当てると悲鳴が聞こえる。昭和16年に死亡した女の子がその実例である。
2) 巨人が生まれ代ったもの。殺された女の子の指の先は溶けていた。
3) 夢のお告げがあった。それは青銅のにわとりが飛び立つもの。

そして発見時の様子を実演した。

昭和33年(1958)、くらやみ坂

涼一郎の恐怖体験

夏休み、高校2年生の徳山涼一郎と大学生の光二が会った。女の子を喰べたあの大楠をもう一度見ようという話しになった。

その頃には硝子工場はなく、外国人子女のための学校が開設されていた。大楠は校長宿舎となっている敷地に所在した。夜、二人は宿舎の金網を乗り越えて大楠のところに忍び込んだ。

大楠の窪みに登り、空洞に耳をあてると悲鳴が聞こえた。懐中電灯の光のなかに茶色の骸骨が見えた。二人はまた家に逃げ帰った。翌年、光二はバイク事故で死んだ。涼一郎はこのことは誰にも話さない。自分だけの秘密にしようと思った。

* 人を喰う楠

1 藤棚総合病院

御手洗、石岡、森真理子が藤棚総合病院を訪問する。212号室を尋ねると、照夫、譲から敵意に似た応対をうける。御手洗は突然、ウツボカズラ、動植物の食物消化の機構の演説を始める。譲がすこし興味を示す。依頼により調査している私立探偵であることを紹介して、待合コーナーで譲、照夫と話しをする。真理子が二人に引き合わされる。

家の様子が譲から明きらかになる。

1) 西洋館の構造は屋根裏部屋を含めて3階建て
2) 1階は、ホール兼食堂、八千代の居室、厨房、トイレ、物置部屋
3) 2階は、照夫、譲、卓の居室
4) 屋根裏は、レオナ、三幸、物置
5) 屋根裏の窓は嵌め殺し

食事は牧野写真館の老夫婦が作る。譲は資料室として活用、卓、レオナは空き室同然。
死の10日前に、卓は真理子に青銅のにわとりと音楽について面白いことがあると漏らしたという。

2 西洋館へ

やがて5人は藤棚総合病院を離れ西洋館に向う。真理子の関与に不審がる譲に御手洗が、この事件をどう思っているかきく。警察にまかせればよい、とくに不審を追求する気持ちがないというものだった。

藤棚商店街の舗道に2羽の鳩がいた。譲は突然ヨーロッパで鳩を轢き殺した話しを始めた。何かツボにはまったようにけたたましく笑い続けた。真理子が体調不良を理由に辞去した。

なおも御手洗は譲に家族のことをきく。

1) 八千代は偏屈、突然怒りだし家族に当たる。
2) ジェイムズ・ペインは元々、画家。父の軍需物質製造に関わり財を成して、昭和20年(1945)、来日。当時伊勢佐木町の料亭に出ていた八千代に一目惚れして結婚した。
3) 離婚の理由は不詳。仙台の下宿から帰郷すると、八千代が日本に飽きて英国に帰国したという。

3 大楠を見る

西洋館の門からなかを望む。右側に本格的な庭園がある。ゆるやかにうねる石畳を踏んで西洋館に向う。譲がジェイムズ・ペインが英国から職人を呼んで相当改修したという。玄関に立ったとき御手洗が大楠を見たいといった。

大楠は館の裏手にあった。圧倒的な大きさである。樹高26メートル、東西26メートル、南北31メートル、日本最大級である。御手洗が明日これに登るという。

4 応接間に入る

玄関は土間だった。靴を抜いで上がり、廊下に沿って右に進み、応接室と記されたドアを開けてなかに入った。広間だった。長方形のテーブルと椅子があり、その向うの壁には暖炉があった。その横に石炭、薪、固形燃料が置かれていた。

ジェイムズ・ペインの作品はない

全体に古びていた。漆喰の天井にはひび割れがあった。床の四隅はひわっていた。壁には油絵が懸けられていたが黒ずんでいた。石岡の質問に譲がジェイムズ・ペインが描いたものはない。スケッチも残されていないという。

三幸に話しをきく

紅茶をもってきた三幸に話しをきく。大楠の話しが分かる。動物の肉はみな挽肉にして喰べるという。卓の靴は藤棚湯と大楠のところに落ちていた。最後に御手洗に協力すると申し出てくれた。

譲がジェイムズ・ペインについて話す

譲がいう。にわとりは、ジェイムズ・ペインが英国の自宅にあったものを職人を呼び寄せた際にいっしょにもってこさせた。骨董趣味があって毎日定時に街に美術品を漁りに出た。室内の改造、校舎、体育館の設計も自分でやった。

何故、作品が残っていないのか分からないが、子供のころ、抱かれた父の体から油絵具の臭いがしたという。

5 夕食をとる

玄関ホールで夕食が始まる。譲、御手洗、石岡、千夏。郁子が千夏を忌避する。牧野夫婦が給仕し、三幸、郁子が手伝う。

御手洗が牧野省二郎にきく。写真館は自分で三代目。大楠の写真は種々もっているが、自分が撮ったのはペイン校時代のもの。古い刑場の写真もある。

譲が一言述べてから乾杯、食事が始まる。求めに応じて御手洗が犯罪について語る。脳は通常、人間を規律、規制するがたがが外れるとおぞましい犯罪が生まれる。このたがは多くの場合は、貧しさである。美食に飽きたヨーロッパの貴族のおぞましい犯罪にその例を見ることができる。開国以来ずっと貧しかったこの国の民に豊かさが与えれたときに何をするか分からない。さらにフランスの貴族の犯罪、フランス革命の時代の逸話を紹介した。

* 暗号

1 屋根裏部屋でオルゴールの修理

三幸の案内で三階屋根裏の中央の部屋に入る。そこにはにわとりを駆動する機械装置が残っていた。そこで、オルゴールのドラム、拡声装置を発見した。御手洗はその音楽を調べるといいだした。徹夜作業になりそうなので、石岡、御手洗の二人の宿泊の部屋を三幸に依頼した。

石岡は譲に部屋にくるよう誘われた。

2 晒し首とメロディー

二階、譲の部屋で世界の死刑の話しを次々と聞いた。壁には暗闇坂刑場の晒し首の写真が掲げらえていた。気分が悪くなった石岡を救うように音楽、奇妙なメロディーが聞こえてきた。譲が聴き覚えがあるという。譲とともに三階の部屋を訪ずれる。

御手洗が譲にいわれをきく。4、5歳にたしかに聴いた。しかし父から何も聞いていないという。御手洗はこれは暗号であるという。一晩かけて解読すると宣言した。

3 不明人(八千代)の囁き

ある人物がこのメロディーを評する。悪魔の音楽である。大楠が騒ぎだした。枝をするする伸ばし始める。

4 屋根のうえの御手洗

外の物音で眼が覚めた石岡は、窓の外を眺める。霧雨が降っていた。梯子が立て掛けられて、御手洗が登っていった。下には譲と照夫がいた。

譲の隣りで傘をさして見上げる。御手洗が屋根の頂に跨がって譲に卓の位置を確認している。にわとりの台座があるすぐそばった。

いっこうに降りない御手洗に飽きらめて朝食を取っていたが、突然外で鈍い音が響いたので驚いて飛び出した。背後に御手洗が出現した。屋根の上から写生した敷地図をみせ、庭園がbの字を裏返しにした形になっているという。あの音は暗闇坂で自動車が衝突した音だという。

そこに卓の遺体を返還に訪れた2人の刑事が御手洗に呼びかけた。高圧的な口調に大いに反発したが御手洗は物置からピッケルを持ち出し、梯子を大楠に懸けて幹の途中にある空洞のところに登った。そして石岡を呼んだ。刑事は怪訝そうに眺めていた。

石岡が空洞の奥を見る

怖がる石岡を励まし空洞のところまで誘導した御手洗は音を聞けといった。まさに魑魅魍魎の声がした。さらに空洞の奥を見ろという。雷鳴が響いて光のなかに黒い乱れた髪と茶色のしゃれこうべが見えた。

* 木に喰べられていた者たち

1 4体の死体を発見

御手洗がこの大楠は人を喰べるという。あっけにとられる刑事にかまわず、ピッケルで幹の樹皮を剥ぎとっていった。何度か繰り返すうちにぽっかりと1メートル四方の空洞の口が開いた。なかに4体の死体が発見された。

2 暗号の解読

大騒ぎの警察をほうって、玄関ホールの暖炉で暖を取っている御手洗に暗号の謎をきく。

1) 音符を音階に応じて、a、b、c、アルファベット36文字に対応させる。例えば、ドはcである。その2度下のラがaである。

2) この解読表をもとにして、あのメロディーを解読すると、under the tree、となる。つまり「木の下」に何かあるという意味になる。

これで、幹の根元の空洞の存在を推理した。あの死体はメロディーが作られた昭和25、6年(1950、51)より新しいものという。あの死体には奇妙なところがある。頭蓋骨と他の骨を比べると明きらかのように通常は残っている皮膚や脂肪がまったく頭蓋骨に見られない。ところが頭髪は頭蓋骨に付着している。

刑事2人がやってきた。先程の無礼を詫び、御手洗に死体の身元をきく。現在不詳だがさらなる調査により有用な情報を提供する用意がある。それにはお願いがある。八千代の書斎、かってジェイムズ・ペインの書斎であったものを御手洗が調査する必要がある。それを照夫が認めるよう警察から取り計らってほしいという。

* 書斎

1 隠し扉

書斎に、御手洗、石岡、二人の刑事、照夫が入った。なかは東洋美術の優れた集大成といえる品々が納められていた。西洋的といるものは、デスク、椅子、黒電話、ソファーぐらいなものだった。

壁には書画、掛け軸が壁面が隠れるほど掛けられ、デスクの上に青銅の置物、竹籠のなかにキセル数本、印籠数個が無造作に入っている。ことに目を引いたのは窓ぎわのデスクの上に置かれた数々の日本人形である。精密な写実性をもつ優れた作品群であった。

御手洗は人形を見た後、デスク後の本棚の書籍を見る。大半は英文字である。その横にある引き戸式の押入のなかには、色とりどりのボール箱が何段もの棚に納められている。しゃがむと柳行李が三つ、一番下のは南京錠がかかっている。苦労して鍵を見つけだし開けると中には、日記帳、覚書、唐草模様の風呂敷包みがあった。

風呂敷包みのなかには人形制作に必要な部材がばららばのまま納められていた。奇妙なことにその頭の部分が少なかった。柳行李を押しのけて御手洗が床に隠し扉を発見した。打ちつけられた釘を抜いてやっとのことで引き開ける。期待に反してそこには黒ずんだセメントの床があるだけだった。

照夫はこの扉の存在はまったく知らない。昭和49年(1974)再婚時以前のものだった。

* 舞い戻ったにわとり、9月24日

1 レオナとにわとり、遺書

昼食後、御手洗はすぐ書斎に籠った。石岡は玄関ホールで戻ってきた三幸と話す。今度の事件は大楠の怖さを知ってるので納得できるところがある。実は、父照夫の妹が昭和16年(1941)にやはり大楠に喰べられたという。父はパン屋だった。ペイン校に給食のパンを供給していた。再婚は世話する人の勧めに従ったもの。

人形の設計図を発見

御手洗が三幸と石岡を書斎に呼んで、ジェイムズ・ペインが作成した人形の設計図を示す。それは機械装置を収納した箱とその上の4体の人形から成る。機械装置により4体が連動して上下する。連動は自動車の多気筒エンジンのシリンダーのようである。上にあるとき空気弁が開き口から音が出る。

ジェイムズ・ペインは日本では余暇を趣味のこのような機械作りに充てていた。どこかに制作物があるはずという。しかし、三幸はここにはないと断言した。

レオナが登場

書斎に松崎レオナが来室、青銅の青銅のにわとりならみつかったと声を掛ける。御手洗との間で英語でのやりとりがある。二人の間に緊張が走る。やがて、御手洗がにわとり発見の詳細を尋きレオナが説明する。

青銅のにわとりの発見

レオナのもっているfm番組で青銅のにわとりの失踪を話したのが発端で、情報が寄せられた。それによれば卓が死亡したころ、暗闇坂を通ったトラックの背に落ちたにわとりが多摩川土手まで運ばれて発見されたという。

卓の遺書

さらにレオナの部屋のワープロのなかに卓の遺書があったことを知らせた。

その内容は、「とびおり自殺をするわたしを、あわれんでくれ。云々。卓」であった。

これはワープロに保存されず、プリントアウトもされずそのまま残されていたという。卓はレオナから預かった鍵で自由に部屋に入れたという。

4人の検死結果

刑事2人が来室、検死結果を説明する。4人はすべて女児、7、8歳から14、5歳、日本人。 死亡推定時期は昭和29年(1953)から昭和49年の間。頭蓋骨にあった頭髪は膠で人工的に貼りつけたものという。

2 レオナの部屋を尋ねる

御手洗、石岡、レオナ、刑事2人がレオナの部屋に入る。

部屋の間取りは、玄関からホール、向うのベランダ、左手に寝室、その手前に衣装部屋、寝室に隣接して浴室。ホールの右手にトイレ。ホールは白黒で統一され、寝室はアンチックで整えられていた。

1) 玄関ドアの鍵、ベランダのガラスドアの鍵は施錠
2) ワープロは寝室のオルガンの上に設置。場所はいろいろ。今回はたまたまここに置いた。
3) ビニールの安楽椅子は横倒しでベランダに放置
4) 衣装部屋のにわとりの足の部分が強引にもぎ取られていた。

ジェイムズ・ペイン

1 不明人(八千代)がj.pの貧民窟訪問を語る

女、おそらく八千代の手記である。

時には散歩に同行することもありました。ジェイムズ・ペインは、緑の多い場所、見晴らしのよい場所より、日の出町、黄金町の貧民窟を好んでいました。そうでなければ、書画骨董を扱う店に出かけました。

貧民窟にはいつも浮浪者が横行し、病人が横たわっていました。ときには近くの運河に死体が浮いていました。元気なものは酔っぱらいか薬物中毒者でした。

粗末なバラックの小屋が並び、広場では焚き火がたかれ女たちや子どもたちが集まっていました。外部の人間には反感を示し、いたずらや、時にはひったくりの被害に会うこともありました。

ジェイムズ・ペインは教育者はこのような場所も知っておく必要があるといって、けっして嫌がりません。貧しい家庭に缶詰やハムを与えることもありました。特に子どもが好きで、ポケットの中にはいつもチョコレート、チューインガムがありました。薄汚れた女の子に小銭を与えて、この子は可愛い、きっと綺麗な日本人形になるというのでした。

2 スコットランド行き

夕食後、御手洗は書斎に籠り調査を再開した。石岡の他にレオナ、三幸も付き合った。三幸は明日早いので引き上げた。レオナにジェイムズ・ペインの人柄につきいろいろと尋ねた。

調査の一端を示す。蔵書の行間のメモ書きに、英国の業者に水銀10キログラムを注文とある。家族に秘密にしておきたいのか不可解。スコットランドで美少女が誘拐された話しの走り書きが残っている。レオナは御手洗の言葉に父を誹謗をする調子を感じる。少し苛立った。

御手洗が突然、明日、スコットランドに行くと宣言する。呆れる石岡に同行を求める。そこにレオナが強引に割り込んで同行を御手洗に了承させた。

* 壁の中のクララ、9月26日

1 機中で謎を解く

9月26日、成田から出発。レオナはファーストクラス、二人はエコノミークラスに機上する。

調査の結果にもとづき、御手洗が石岡にジェイムズ・ペインについて説明する。彼は二重人格で性格破綻者。これからスコットランドのフォイヤーズに行く。彼の父がその山中にドイツの爆撃防御用建築物を建てた。その際、父は3重の煉瓦で外郭を作り、あとは彼に任せた。彼はロンドンの会社を人に任せ、フォイヤーズでその仕上を行なった。

さらに難解な崩し字のなかから奇妙な物語りを発見したという。

2 手記、ジェイムズ・ペイン

ジェイムズ・ペインの手記である。

おお、クララ、お前は可愛い。
繊細な睫毛、金色の巻き毛、深い深い湖の緑をたたえた瞳
どうか大人にならないでおくれ。
その秘密を永遠にとどめておいておくれ。
ついに私はお前の体をバラバラにして秘密を解き明かす。
二粒の宝石、瞳をもって私は踊り出す。
そして誘拐の家、北の壁の中央に塗り込めた。

* 英国紀行

1 石岡の推理

御手洗はこの誘拐の家の北の壁からクララを発見しようという。石岡はジェイムズ・ペインが日本に立ち戻って卓を殺害、八千代に傷害を与えたと推理する。

2 インバネスに到着

3人は朝7時にガトウィック空港に到着。鉄道で北上し、夕方、インバネスに到着した。

* 巨人の家

1 ジェイムズ・ペインについてきく

翌朝8時レンタカーで南西に向け、ネス湖の近くのフォイヤーズに向う。昼頃、到着。レストランのエミリーズで昼食を取る。女主人からペイン家の様子をきく。

1) 家は廃屋、取り壊された。
2) 父、兄は既に死亡
3) ジェイムズ・ペインは一度も帰村せず。
4) ロンドンの会社は共同経営、現在ペイン家とは無縁
5) 誘拐の家はないが、巨人の家というのがある。

警官エマーソンの登場

警官エリック・エマーソンが犬を連れてやってくる。犬好きの御手洗とすぐ意気投合、いろいろと話しを聞く。ジェイムズ・ペインの手記を見せた。エマーソンがネス湖のほとりから少女をさらって喰べていた巨人の伝説を語る。長い間、巨人の家に住んでいたが飽きて泳いで東の国にいってしまった。そこで巨木に姿を変えたという。

この村出身のジェイムズ・ペインがこの手記を書いたというと、驚いて壁を壊す必要があるという。御手洗が協力を申し出て、二人は霧雨のなかを歌を歌いながら山道を登る。

2 巨人の家へ

途中でエマーソン宅からピッケル、ハンマー、ノミを持ち出した。石岡がそれを載せた一輪車を押す。警官、御手洗は先行する。ようやく頂に着いたころ御手洗が戻ってきて、村の道を指して、bの字を裏返した形となっていることを指摘する。下り坂となりネス湖が見えた。

建物は山の斜面に半分が埋没していた。山側は雨水や不審者防止用にスレートの屋根、鍵がついた扉が付設されている。道がその扉のところ辿りつくようにこれも付設されいる。このとおり建物を尋ねれば、屋根の部分からなかに入ることとなる。

部屋を降りる

エマーソンが天井のランプに点灯した。中央の階段の両側にほぼ正方形の平らなスペースがある。そこにはそれぞれ穴が開いている。落ちれば大怪我が間違いない暗闇への口が開いていた。

階段の踏面と踏面の段差が何と1メートル20センチ以上もある。エマーソンは、脇のスペースにまず乗って、階段を慎重に降りていった。御手洗、石岡、レオナと続く。

一階床にはセメントの瓦礫が多量に散乱している。部屋には巨人も入れるような縦長の開口部が開けられていた。エマーソン、御手洗はその穴から入っていった。石岡は、奇妙なことに気がついた。部屋の床高が1メートル30センチくらいある。両側の部屋は一階床か浮かせて作られている。

小人の気分

部屋のなかの床には横長の開口部がある。その周囲に3つのクッションが置かれていた。エマーソンが巨人がここに腰掛けると解説してくれた。改めて一階の床に降りて、浮かんだ床面の下を潜ってこの開口部に顔を出す。床に引き上げられた石岡は自分が小人になったような気持となった。

死体は見つからない

手記には北側壁の中央とある。セメントを剥した。厚みが10センチメートルである。その下から外郭部の煉瓦壁が顔をだす。これでは死体を塗り込められない。念の為、他の壁も点検した。同じだった。こうして死体発見は失敗に終った。

* 木に喰べられる男

1 エミリーズで少憩

午後3時、エミリーズで遅い昼食を取る。レオナが日本への国際電話を申し込む。食後の紅茶を飲んでいるとき、電話に出ていたレオナが蒼白な顔で戻ってきた。八千代と譲が死亡したという。失神しそうなレオナを部屋に休ませたあと、事情を確かめる。

譲と八千代の死

日本を出発した9月26日に再度台風が来襲した。翌朝、照夫が大楠の根元に倒れている八千代を発見し、そこで思わず見上げた大楠の幹の空洞に上半身を隠し、下半身を見せている譲を発見したという。

1) 八千代は人に呼ばれたとメモを残し失踪
2) 全身打撲で死亡
3) 体の下に「レオナ、男」というダイイングメッセージ
4) 譲は靴下を履いていた。
5) 靴は片方は藤棚湯、もう片方は西洋館
6) ズボンのポケットに遺書。この筆跡は卓のもの

大楠と対決する御手洗

帰国の機中でレオナは御手洗と石岡に家族のこと、とくに八千代のことを次から次へと語り続けた。帰国後、西洋館にもどり、御手洗は大楠と対決した。レオナと石岡は西洋館のかってレオナが使っていた部屋にいてそんな御手洗を見続けた。

午前2時になる。レオナに休むよういうが御手洗が起きているので寝ないという。石岡が事件の経緯を反芻しているとき、突然レオナの泣き声が響いた。そして大楠のところにゆくという。必死になだめていると三幸が顔をだした。あとを三幸に頼んで階下に降りた。

御手洗が雲隠れ

御手洗がいない。幹の瘤にかかっていたブルゾンを発見した。藤棚湯のところにいった。御手洗の靴の片方が落ちていた。西洋館の屋根上に人影はない。急に怒りが込み上げてきて、物置にかけつけピッケルを取り出して大楠の前に立った。

大楠を見上げていると月光が陰るのを感じ思わず背後に月を探した。煙突の天っぺんに人影がある。御手洗と大声で叫んだ。人影は動かない。藤棚湯のところにまたかけつけた。御手洗が降りてきた。そして、ほとんどすべてが分かったと宣言した。

レオナの異常

西洋館に戻ろうとするとレオナの異常な姿を見つけた。大楠の前で歌いながら、突然しゃがんで素手で地面を堀おこし始めた。御手洗が制止してマンションに連れ戻そうとしたとき、そこに放置されていたピッケルに気がついた。

ピッケルをふるう御手洗

突然狂ったように御手洗はそれで大楠の樹皮を剥ぎ取り始めた。呆然とする二人の前に、造り物の大楠の下に隠されていた本物の大楠が出現した。

2 クララの発見

御手洗はジェイムズ・ペインが英国から呼んだ職人が造りあげたものだという。ここを購入しペイン校を建設する間のことだろうという。

マンションのレオナの部屋にゆく。帰国後、部屋にいっさい立ち入ってないことを確認して中に入る。御手洗が黒い金属片をドアノブに差しこんでから開ける。藤棚湯の裏手で拾ったという。ホールの床を注意深く調べてから、わずかに水滴の跡が残っているという。

ベランダに出ると、卓のときと同じようにビニールの安楽椅子が横倒しとなっていた。ベランダにいた御手洗にレオナがエマーソンから電話があった。クララが巨人の家で発見されたという。

* 火事

1 三幸が失踪する

御手洗と石岡が西洋館応接室で少憩していたとき、けたたましい音をたてて照夫が飛び込んできた。三幸が失踪した。このような英文があった。それは、「三幸は自殺する。云々。j.p」と記されていた。

屋根の上を見ている照夫に御手洗が事情をきく。三幸のことを告げる変な外人の電話があった。部屋に行くといない。さっきの英文を発見したといって大楠に向う。

本物の大楠の出現に一瞬驚いたが、すぐ周囲、幹の上の探索に移る。正門の外に出た御手洗が藤棚湯の煙突の先端を見上げ照夫を呼ぶ。先端にかすかな光りが見える。照夫に先端からロープが伸びていると指摘する。照夫はそれを無視したように藤棚湯の裏手の暗がりに向う。

火事の発生

突然、どんという音とかすかな地面の震えが伝わってきた。西洋館の一階から紅蓮の炎が吹き出していた。たちまち、二階、三階へと火が拡がってゆく。御手洗の声で石岡は火の中に飛び込もとする照夫を押さた。

三幸が出現、照夫と抱き合った。なかには牧野夫婦がいると声がした。郁子、千夏が立っていた。野次馬も集ってきた。御手洗は、すべてが終ったといい、レオナの肩に手を置いた。

* 御手洗の行動

御手洗が事件に口を塞ぐ

御手洗は石岡の執拗な問い掛けにもかかわらず、言を左右にして真相を語ろうとはしなかった。小説にしたいという石岡に5年待てといった。

牧野夫妻焼死の事情は新聞記事で分かった。牧野省二郎は週三回腎臓透析をうけていた。将来を悲観しての自殺、夫人はそれに付き合ったことのようだ。

レオナは84年暮れに単身渡米した。それからハリウッドで華々し活躍をみせている。千夏は慰謝料を手に部屋を出た。照夫と三幸がそのあとに入居した。郁子は今も一人暮しを続けている。

レオナの登場

世間の関心もようやく薄らいだ、1986年。その5月11日、レオナが来訪した。華やかなスターの登場だった。英語での冒頭の挨拶からレオナは御手洗へいの思いを伝えるが、まったく受け付けられない。

レオナは23歳と、女優としてはもう中堅である。何があっても驚かない。事件の真相を教えてほしいという。御手洗は石岡にローソク、懐中電灯、長靴を用意するよう頼んだ。

* 怪奇美術館

坑道を潜る

馬車道の事務所からレオナの乗用車で、ハイム藤並の駐車場に停車する。レオナを待って、晴天下の大楠の前に立つ。地面に隠された入口を探しあてた御手洗が先導し、石岡、レオナが続く。坑道は消失した西洋館のほうに向っている。

4体の日本人形

坑道を降りている御手洗の長靴から水音が響いてきた。広い空間に着いたようだ。西洋館の地下室という。石岡が照らし出した天井には無数の大楠の根がからみあい走っていた。ところどころから、老婆のひからびた手のようなものがぶら下がっていた。これから始まる怪奇の世界を暗示しているようだった。

御手洗の懐中電灯が机の上の防水布を照らしている。近づいた石岡に指示し、ゆっくりと防水布を持ち上げた。下から高さ50センチ、4体の人形が表われた。左右1メートル4、50、幅4、50センチ、高さ1メートルの黒い箱の上に立っていた。

設計図があった人形の機械装置だという。音はしなかったが横についたハンドルを回すと人形たちが愛らしい口を上下動に連動させて開閉する。とても可愛いと石岡が感心する。

御手洗は、この顔のは人間の皮膚を使って作ったものだという。南米の食人種が白人宣教師の頭から頭蓋骨を抜きとって、その後に小石を詰める。火で焙って収縮させると、少し小さめの小石と取り替える。これを繰り返してこんな大きさにして保存した実例がある。ジェイムズ・ペインはこれを活用したらしいという。

血管模型

御手洗が石岡に、こちらは死のアートと呼べるような凄いものだといって、子どものミイラを見せた。それは全身の血管がすべて残り、それが骨とミイラ化した薄い肉に密着、絡みついていた。御手洗はこれは、生きている子どもの動脈に水銀を大量に注入して作ったもの。心臓が止まってからでではできないという。

ジェイムズ・ペインのミイラ

レオナが失神した。御手洗が助け起して、どうするかきく。気丈にこのまま続けるよう促す。御手洗はさらに奥に進む。そこでボロボロの衣服をまとったミイラを照らし出した。異様な立ち姿をしている。踊っているように両手を上げ、頭部を少しかしげ、片足を水中、片足は空中に持ち上げている。

ミイラは大楠の根に支えられていた。右側の虚ろな眼窩から根が這い出していた。この大楠は死者を栄養にして生きている。御手洗がジェイムズ・ペインという。

行き止まり

さらに奥に進むとやっと行き止まりの壁があった。上からコンクリートが垂れ下がっている。ジェイムズ・ペインの書斎押入の隠し扉を塞いだ名残りである。

壁画

御手洗が最後に一つ見るべきものがあるという。見事な筆致で描かれた壁画であった。それには、大楠の幹から白骨死体、幹の上部からy字型に足を広げ、上半身を幹の中に埋めた男、藤並家の母屋、その屋根に馬乗りの姿勢でこの殺人大楠を見降ろしている男が描かれていた。

信じがたい絵だと御手洗がいう。おそらく1940年代に描かれたから、40年後に起きる大事件を予言しているという。

御手洗がもう一つの壁画を示す。スコットランドのフォイヤーズ村、巨人の家、金髪の少女が描かれていた。少女は手、足、首が切断されて壁ぎわに立っていた。犯人以外に知り得な事実がここに描かれている。

非常出口

外に出た3人は急ぎこの入口に蓋をし、土、雑草をのせ何もなかったかのように復旧した。

御手洗はこれは地下室から地下坑道を通って脱出するための非常出口であるという。地下室で不要となった死体をそのままできないので、ここに遺棄したという。

幹の間隙

御手洗の謎解きは続く。本物の幹と造り物の幹の間には間隙がある。空洞に耳を近づけると風通が悲鳴のように聞こえた。

チャイムの暗号

チャイの暗号は地下の美術館の存在を近隣に知らせるものだったといった。

* 巨人の犯罪

御手洗、石岡がレオナともに部屋に行く。少憩の後、謎解きが始まる。レオナが巨人の家の謎解きを求める。

元の姿

これは土砂崩れで90度回転したために巨人に家といわれるようになった。そこで元の姿を説明する。

1) 直方体の建物。入口から奥を見ると、奥深い形。外から見て真ん中の下方に入口、他に開口部はない。

2) 中の構造は2階建。真ん中に階段。この両側に各階2室。一階は入口から入り左右方向の通路がら入る。入口あり。

3) 階段を登って2階の床。左右方向の通路から2階の部屋に入る。入口あり。

4) 入口から奥の方向が南北方向である。奥の壁がクララを塗り込めた壁である。

現在の姿

土砂崩れにより建物の南北方向の水平が90度立ち上がり垂直方向に変化した。建物の半分が埋没し、山の傾斜に沿い上半分が姿をみせる現在の姿に変った。

村が設置した入口を入ると、そこから一段目への段差が元通路の幅以上であるので両脇の元一階の部屋の壁に降りる。そこから元一段目の蹴上を踏面として降りてゆく。このように降りて元北側壁の床に至る。

巨人のベンチ

もし巨人が下に降り立ったなら左右の部屋に入ろとすして、浮浪者が階段の元壁に開けた開口部から入り込むだろう。すると元の入口壁と入口を腰掛け部分とする丁度良いベンチとなる。これは警官エマーソンがいっていたこと。

卓、譲の殺害

次に卓の謎に進む。犯人は卓の殺害を決意、嵐の夜に決行した。501号室で待合せ、酔わせ歯と歯茎の間に毒物を注射し、昏睡せしめた。ワープロで遺書を打ち込み、藤棚湯の煙突のてっぺんからの飛び降り自殺を偽装した。

このため煙突の円周に二本の棒を渡し、その棒からそれぞれ大きな網の袋をぶら下げる。石炭を少しずつ運び袋に詰めていく。長い時間をかけて満杯にする。これまでが事前の準備である。

この後、棒を介し長いロープで卓と袋を結びつける。そして棒を壊し、袋を落下させる。するとロープで結びつけられた卓は煙突のてっぺんまで引き上げられる。いつしか結びがゆるみ落下する。このような計画だった。

犯人は、501号室のベランダの長椅子に卓を寝かせ、足をロープの端に結んだ。他の端ををベランダ下の地上まで垂らした。それを煙突の頂上までもってゆき、袋に結びつけた。二つの石炭袋を使ったのは安全策であった。

二本の棒にはあらかじめアルコールなどを染み込ませていた。これに点火し、素早く現場を離れ、アリバイ作りをするつもりだった。

計画の齟齬

実際の犯行には多くの齟齬が生じた。ベランダから卓はブランコに乗せられたように飛び出し、台風の強風より、西洋館の屋根に飛された。その衝撃でそれまであった青銅のにわとりが弾きとばされ、丁度、暗闇坂を下っていたトラックの荷台に落下した。

譲のときの齟齬は、風のあおられ大楠の幹に落下したことである。

実は計画の齟齬はもっと大きかった。譲は別の方法で殺害するつもりだったが、犯人の大怪我で変更を余儀なくされた。

八千代の犯行

暴風雨のなか高齢をおして高い煙突を登り降りした犯人、八千代は梯子から足を踏みずし瀕死の重傷を負った。

八千代は、卓、譲、その次にレオナを殺害する計画だったが、ついに譲のときに大楠の前で力つきて死亡した。ジェイムズ・ペインを殺害したのは八千代である。

犯行の決意

ジェイムズ・ペインは、一見、典型的英国紳士であったが、実は狂気の殺人者であった。八千代はこの夫を殺害した。子どもについてもおそれていた異常性がだんだんと発現した。少くとも八千代はそう考えた。

八千代は、子どもたちに結婚しないように頼んだが、卓は結婚した。次に二人の息子に子供を作らないよう願ったが、妻、愛人ともにそれを承服しなかった。このままではレオナも含め子どもができる可能性が高い。ついに八千代は三人の子どもの殺害を決意した。

色々な齟齬

以上のほかに齟齬はいろいろとあった。卓のとき石炭袋が一つ落ちず、一つ残っていた。また、譲の遺書は卓のために用意したものを転用した。卓のときは気が変わっワープロの遺書にしたが、プリントアウトが分からず、やむなく電源を入れたままに放置した。

最後は、瀕死の転落である。大楠の前で八千代はレオナに、男を作るな、子どもは生むな、という遺書を残したかった。

火事の夜のこと

火事の夜におこった不思議な出来事を石岡に尋かれ、御手洗がいう。

照夫犯人説を否定しきれなかった。照夫には妹をあの大楠に殺されている過去、藤並家の家族への復讐、財産横領の動機がある。

三幸殺害を匂わる状況を作り、マンションに渡されるロープ、煙突の頂の光を見せて、その反応を見た。犯人を思わす反応はなかった。

照夫に渡した脅迫の英文は御手洗が書き、電話の伝言は御手洗が吹き込み、レオナに依頼して然るべき時間に電話してもらった。

* 1986年、暗闇坂

1 レオナの感謝

近くのレストランで夕食を取る。レオナは事件が終結したのに御手洗が沈黙を守っていることを心から感謝する。そうでなければ彼女はマスコミの好餌となりおそらく自殺していたという。

八千代の手記

さらに、先週、藤棚総合病院院長に託された八千代の手記がレオナのもとに送られてきた。犯行の告白を発見し、ひどいショックをうけた。あらためて御手洗に感謝するという。

感謝の言葉には並々ならない御手洗への思いがこめられていたが、御手洗の応対はそっけなかった。遺伝について、親の形質がどのように子どもに伝わるかはまだまだ分かっていない。八千代が信じたことをそのまま信じることはないと付言する。さらにレオナの才能を認め、その成果を大衆に返してゆく必要があるという。

わかれ際、レオナは八千代の手記を手渡す。さらに、あと3年事件の公表を控えてほしいと依頼する。

2 手記作成の経緯

この手記は八千代が、彼女とジェイムズ・ペインについて語ったもの。ペインが死亡後、書斎で書き溜めてきたものだろう。彼女の計画では、3人の子どもの殺害に成功したなら、自分の命とともに手記も抹殺するつもりだった。しかし、譲殺害の夜、落命の危険を察知して、普段から親しかった藤棚総合病院院長に託した。しかし、レオナへの送付は、躊躇により、院長の死後となった。

石岡は、物語をこの手記の紹介により終えるという。

* エピローグ・手記

私がどのような経緯であの大楠に一生を支配されたかをお話ししたい。

八千代の経歴

私は横須賀の商家の一人娘として生まれた。父親のハイカラ好みからピアノ、バイオリンを習い、横浜のミッション系の女学校に入学しました。そのため下宿生活が必要となりました。

取引上の縁のある硝子工場の社長さんに無理をいって社長宅に下宿させてもらいました。それが暗闇坂の大楠のある西洋館でした。社長さんには別に愛人がいるらしく夫婦仲は良くありませんでした。そのため奥さんは、私に八つ当たりをするのです。映画を見るのは駄目、読書も小説は駄目、家に友だちを呼ぶのも駄目、楽しそうにしていると機嫌が悪くなりました。

いきおい、私は部屋に閉じ込もってオルガンをひいたり、読書をする生活となりました。それで私は早く帰って、一人で家の周囲や工場の敷地で遊ぶことになりました。そこによくくる子どもたちや野良犬が私の遊び相手でした。それが思えば私の不幸でした。

野良犬の不幸

皆なに虐められ神経質でよく吠える犬がいました。私は妙に気になって、工場の人の近よらない場所に縄につないで世話していました。あれは金曜日の午後でした。昨夜、犬に餌をあげることができず、ずっと学校で気になっていましたので、すぐ野良犬のところに出かけました。そこで見た光景は一生忘れることができません。4、5歳の女の子が死んでいました。犬にずたずたに噛まれて首などは胴体からはずれそうになっていました。

泣き出しました。人に知らせようとして、はたと困りました。いじわるな奥さん、仕事で父が世話になっている社長さん、父や母を考えるとこのまま隠してしまおうと考えました。

下宿に引っ越してきたとき使った毛布で女の子をくるみ部屋に運びこみました。幸い奥さんは買い物で外出中、2人の息子も別居でしたので見つかりませんでした。 翌朝、女の子は近所のパン屋さんの子だと分かりました。昼、学校が終了して下宿に帰るとき怖くてしかたがありませんでした。しかし何事もなく、部屋に戻りました。死臭がしました。

何とかしなくてはと考えました。あの大楠の下にトラックを停めて、野菜を売る八百屋さんがいました。昼から夕方遅くまでいつも近所の奥さんで賑わったいました。私は奥さんに頼まれて買い物をしたことがあります。そのとき、野菜を傷めないよう運転するのは大変だ。幌がないころ、いつもおっことしていたといってました。

死体の処理

私は大楠の枝の上から女の子の死体を吊るして幌の上に乗せる。すると途中でころげ落ちると考えました。これしか窮地を脱出する方法はないと考えました。

それで実行しました。本当に大変でした。これも引越しのときのものです。長い縄の一方の端に死体を吊るすことにして、大楠の枝の先に苦労してひっかけました。次に二つの端を一つにして、それに石を結びつけました。それを屋根裏部屋の窓から部屋に投げ込みました。やっとの思いで成功しました。

部屋で女の子を結びつけて、窓から落とすとともに急いで片方の端をひっぱりました。無事に大楠の枝に隠れました。そこで下の様子を窺ってしばらく時間を待ちました。八百屋さんが片付けを始める音が聞こえました。今だと思って縄をひっぱりましたが動きません。慌ててもっと力を入れてひっぱると縄が切れました。トラックは行ってしまいました。

その夜から高熱を出して寝込みました。熱にうなされながら両親に遺書を書くことを考えていました。月曜日は風の強い日でした。大楠の枝にぶらさがっている女の子が発見されました。

(その概要は、「昭和16年、くらやみ坂」のとおり)

ジェイムズ・ペインとの結婚

戦争が始まったこともあるのでしょう。一時の大騒ぎも戦争にまぎれて立ち消えとなりました。この頃から私の生活はがらりと変わりました。両親と信州に疎開していたのですが、父は東京で空襲にあい死亡、母は疎開先で病死し、私は一人ぼっちとなりました。財産はあったはずなのに私は無一文となり、おばのところに預けられました。

終戦後すぐ、おばの家を出て横浜の料亭に働きに出ました。ピアノ、バイオリンがひけて英語が喋れる芸者として重宝がられたのです。ここでジェイムズ・ペインに出会いました。当初非常に優しい男と思いました。外国人子女のため学校の土地捜しを手伝ってくれといわれ、通訳を務めました。

土地はすぐ見つかりました。あの硝子工場の跡地でした。購入が決まったあと、ジェイムズは私にプロポーズしました。おかみさんも勧めるので半ば自暴自棄の気持で受け入れました。恐ろしい運命の力で大楠のところに戻ることとなりました。

ジェイムズ・ペインの異常の発見

昭和21年7月、改装の終わった西洋館に移り、結婚式を挙げました。私のお腹には卓がいました。ささやかな幸せを感じました。しかし、ジェイムズ・ペインは仮面を被った英国紳士でした。

非常に規則正しい生活を送っています。朝6時45分起床、朝食。学校で9時に朝礼。午前中勤務。帰宅し三階にあがってにわとりを羽ばたかせてから、昼食。あと4時まで書斎。4時から街へ散歩か骨董品漁り。8時に夕食、また、書斎。二階の夫婦の部屋には10時半に入るというものでした。これは秘密の世界を他人の眼から守る周到な企みでした。

(ここに「1 不明人(八千代)がj.pの貧民窟訪問を語る」が挿入される。)

1年もするとジェイムズ・ペインは私に妙によそよそしい態度を示し始めました。勝手に書斎の掃除をすると不機嫌になりました。ついには鍵をかけ勝手に入れないようにしました。夫の愛情を疑いました。

4時には横浜の街に出ますが、妙なことに気づくようになりました。街で人間の子どもを買っているのではと疑い始めました。私を表に追い払い、十歳くらいの子どもを家に連れ込んいるのです。こっそり帰ってきてみると書斎のなかから子どもの声がする。何とジェイムズ・ペインは日本語を喋っているのです。その子は翌日には失踪しています。こんなことが何カ月おきかに4、5回ありました。

ひそかに書斎の鍵を複製し探ってみました。秘密の地下室を発見しました。そのなかに女の子の死体が転がっていました。生首が4つ置いてありました。地下室の天井には大楠の根っ子がたくさんはえずり回る気味の悪い部屋です。大楠に食べられた人間を描いた壁画もだいぶ出来上がっていました。

ジェイムズ・ペインの殺害

その時私は2人の男の子を生み、3人目がお腹にいました。3人目を産んで数年後、さんざん悩んだ末、夫を殺害しました。私は硝子工場の特殊ガラスを作る際に使う毒薬を密かに入手していました。これをジェイムズ・ペインの歯と歯茎の間に注射して殺害しました。地下室の入口はセメントで塗り込めました。

ジェイムズ・ペインは帰国したことにして学校は閉校にしました。問題にならず何とかできました。その後じっくりと書斎を調べていてジェイムズ・ペインのスコットランドにおける殺人を知りました。その覚書は処分しました。記憶に頼りその内容を記します。

(ここに「2 手記、ジェイムズ・ペイン」が挿入される。)

大楠の意志

私はだんだんあの大楠が怖くてたまらない気持になりました。照夫と再婚して昭和16年のあの女の子の兄としり愕然としました。私の運命はあの大楠にしっかりとからめとられているのです。あの木の怖さは玩具屋のご主人の話しにもありました。これは牧野写真館のご主人から聞いものです。

(ここに「昭和20年、くらやみ坂」と「昭和33年、くらやみ坂」が挿入される。)

私の子どもに父親譲りの異常が芽吹いたのはあの大楠の意志にちがいありませ。ジェイムズ・ペインにあのメロディーを作らせたのも大楠の意志です。だから、私が子どもを殺害すると決意したのもあの大楠が命じる意志です。

私は卓を昭和16年の事件を参考にして殺害しました。すると、御手洗と石岡という男たちがやってきました。あのメロディーをピアノで弾いたと聞いたとき大楠の意志をまた感じました。

(ここに「暗号 3 不明人(八千代)の囁き」が挿入される。)

私は譲を殺害するつもりです。私が死亡したときは、この手記をレオナに渡すよう院長先生に託します。また、私が死んだら牧野写真館夫婦に西洋館を焼却するよう頼んであります。

レオナへの願い

レオナにいいます。どうか子どもを作らないでください。

(おわり)

謎解き島田、占星術殺人事件 [島田荘司]

はじめに

壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

本文

1 平吉の手記

私、梅沢平吉は、自分のためこの小説を書いた。遺言書としてこれを残す。もしこの創作が遺産を産むならば、然るべき相続がなされるよう希望する。

昭和11年2月21日(金) 梅沢平吉

私は内なるデーモンに狂わされ、揺り動かされて生きてきた。私は部屋を横切る子牛ほどの蛤や、部屋の陰という陰に潜むやもりを幻視した。地面に転倒し体を硬直させ口中に泡を生じてデーモンの爆笑を幻聴した。

デーモンは私に、神であり、魔女であり、完全な女であるアゾートの制作を要求する。このアゾートこそが私が30年以上キャンパスの上に追い求めてきた理想の女である。

私は、人間の体を頭部、胸部、腹部、腰部、大腿部、下足部の6部分に分けて理解している。

西洋占星術では人体を宇宙の投影物であり、縮小形と理解する。従ってこの6部分を守護する惑星、太陽、月が存在する。

1) 頭部は牡羊座であり火星が守護し、
2) 胸部は女性の場合、蟹座であり月が守護し、
3) 腹部は乙女座であり水星が守護し、
4) 腰部は女性の場合、蝎座であり冥王星が守護し、
5) 大腿部は射手座であり木星が守護し、
6) 下足部は水瓶座であり天王星が守護する。

次にある私の5人の娘、1)から5)、および、弟の2人の娘、6)から7)の星座は次のとおりである。

1) 和栄が明治37年の山羊座
2) 友子が明治43年の水瓶座
3) 亜紀子が明治44年の蝎座
4) 夕紀子が大正2年の蟹座
5) 登紀子が大正2年の牡羊座
6) 冷子が大正2年の乙女座
7) 野風子が大正4年の射手座

従って、アゾートは次から構成される。

1) 頭部は牡羊座の登紀子、
2) 胸部は蟹座の夕紀子、
3) 腹部は乙女座の冷子、
4) 腰部は蝎座の亜紀子、
5) 大腿部は射手座の野風子、
6) 下足部は水瓶座の友子、

次の秘儀を行ない、アゾートを制作する。

1) 鋸により切り取られた各部を、十字架をレリーフした板の上に組み合わせる。
2) ある種の塩と香である隠された火を用意する。
3) 12星座の羊、牛、乳児、蟹、獅子、乙女、蝎、山羊、魚等のうち、手に入る限りの肉片と血、それにひき蛙と蜥蜴を鍋で煮る。
4) 呪文を唱える。
5) 鍋により作成された混合物を哲学の卵に密封する。
6) 魔術的万能薬となった混合物によりアゾートを不壊とし、ここに完成する。

私は芸術家として創造に命を懸けてきた。アゾートを創造しようとするのは、狂気の産物ではない。芸術家として当然の行為である。

ここで私自身について語る。

十代に私の運命を西洋占星術師に占っもらった。ことごとく当たっていることに気付いて西洋占星術にのめり込むこととなった。

私の生年、星は次のとおりである。

1) 明治19年1月26日、午後7時31分、東京で誕生、
2) 太陽宮は水瓶座、上昇宮は乙女座、上昇点に土星

私の運命はこれらの星に支配されている。それが次の事実に表われている。

1) 魚座の妙を初めての妻とし、やがて離縁し、獅子座の勝子を第二の妻とした。28歳の時、結婚前の勝子に子、夕紀子を生ませ、同時に妙の子、登紀子を生ませた。

妙は都下、保谷に煙草屋を営んでいる。こちらに引き取った登紀子がときどき訪問している。私は前妻に負い目を感じている。従って、アゾートがもたらす資産の全てをやっても良いと思っている。

2) 私は現在、庭の隅の土蔵を改造したアトリエに一人こもり、母屋には足を踏み入れることさえ稀である。

3) 19歳の時、日本を旅立ち、仏蘭西を中心に欧州を放浪した。この生活が私に神秘主義的な人生観を植えつけるに至った。

4) 私の周囲の女たちは運命的因縁に翻弄される。妙は離縁された。二度目の妻、勝子にとり私は二度目の夫であるが、私は現在死を決意しているから勝子は二度目の夫も失なうだろう。私の母も父との結婚に失敗している。祖母も失敗しているらしい。勝子の連れ子の長女和栄も先頃離縁された。

5) 友子はもう26歳、亜紀子も24歳。どうやら結婚を諦めている。私は他人の眼を気にしないでアトリエ生活に満足し、その静謐を乱すことに反対である。しかし、勝子と娘たちは600坪の土地を活用した文化長屋建設を私に迫っている。弟良雄夫婦も賛成である。私は家族、弟から疎まれている。

土蔵は敷地の北西隅に所在し、生来孤独を好む私の気に入りの場所であった。これをアトリエに改造した。天窓を作った。すべての窓を鉄格子で保護した。2階の床を抜き高い天井の平屋とした。室内に流しを付設した。北と西の窓を塗り潰し広い壁とした。東には扉の横に便所を付設した。窓は南にのみ所在することとなった。

仕事場のみならず、生活にも快適なので、室内には軍病院用車付き金属製寝台を据え付け寝泊まりできるようにした。私は高い窓が好きである。改造前の2階窓が残っている。私は気分が良くなり、思わずカプリ島や月下の蘭を口ずさむ。

北と西の壁には百号の11の大作が並べてある。遠からず12番目が加わるだろう。

明治39年、巴里で初めて富口安栄に会った。孤独な二人はたちまち恋に落ちた。22歳のとき、帰国した。結婚するつもりであったが、安江の奔放さに別れた。26歳で妙と結婚した。結婚後銀座で画廊カフェを経営している安江と再会した。離婚していた。息子の平太郎は私の子供であると匂わせた。妙は人形のような大人しい女である。芸術家の激しさが勝子という対称的な女に私を向かわせた。

私は若いときに理想の女に出会い。それを生涯追い掛けているようである。府立高等(現在の都立大学)の近くの洋装店のショウ・ウィンドウのマネキンに魅了された。駅前に行くときは必ず見た。遠回りをしてでも眺めていた。多いときには、日に5度、6度も見た。

私は煙草の煙がわずらわしいのであまり酒場には行かないが、柿の木という店で、マネキン人形工房の経営者を知った。その縁で工房を覗かせてもらった。しかし勿論、登紀江はいなかった。私はあのマネキンをこう呼んでいた。忘れもしない、3月21日、登紀江はウィンドウから消えた。衝撃を受けた。渡仏したのは登紀江に会えるかもしれないという気持もあったからである。

後年、初めて、娘をもった。くしくも3月21日生まれであった。私は迷うことなく登紀子と命名した。私は登紀子に完璧な肉体を与えようとしている。登紀子の頭部に他の娘の優れた肉体の部分を与えようとしている。

私はオランダ人の無名彫刻作家、アンドレ・ミヨーの作品に衝撃を受けた。男の首吊り死体、母と娘の死体、水死断末魔の男。会場の水族館の暗い室内から見ると、これらが明るい水槽の中に浮かび上がる。圧倒され虚脱感が1年間続いた。これに対抗するのはアゾートしかないと確信するに至った。

アゾート制作の場所は厳密に数学的計算により決められる。それは新潟県の某所である。

制作により残された娘たちの肉体は日本帝国のなかの星座に所属する場所に帰される。即ち次のとおりである。

私は、土地が産出する金属により星座が決まると考えている。即ち、火星、鉄は牡羊座、もしくは蝎座、月、銀は蟹座である。

従って、次のとおりとなる。

1) 登紀子は、鉄を産する場所
2) 夕紀子は、銀を産する場所
3) 冷子は、水銀を産する場所
4) 亜紀子は、鉄を産する場所
5) 野風子は、錫を産する場所
6) 友子は、鉛を産する場所

アゾート制作は個人の為ではない。日本帝国の為である。従って帝国の中心に置かれねばならない。

大陸を飾る美しい弓として日本列島は弧状に展開している。東北から南西に伸び、矢が南北に番えられている。その範囲の確定は困難だが次のようになる。

1) 東北端はハルムコタン(東経154度36分、北緯49度11分)
2) 南西端は与那国島(東経123度0分)
3) 南端は硫黄島。矢尻に当たる(北緯24度43分)
4) 真の南端は波照間島(北緯24度3分)

日本帝国の南北を貫く中心線が東経138度48分である。この北端に位置する弥彦山は重要である。私を呼んでいる。この中心線の南から4、6、3の数字が並ぶ。これらの合計がデーモンが喜ぶ13である。この中心にアゾートは設置されるであろう。

(終り)

再度の警告
ここからはネタばれの内容がつづく。未読の方にはすすめられない。


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