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漱石と倫敦ミイラ殺人事件 [島田荘司]

* 0100 はじめに
壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方には、すすめられない。

* 0200 ちょっとお断り
シャーロック・ホームズ冒険譚は六十編とされてる。一九八四年四月一日ロンドンのM・パイスン氏宅でワトスン氏の未発表原稿が発見された。同氏は一九〇〇年チャリング・クロス、ノックス銀行で頭取をやってたK・パイスン氏の孫、これを入手した私はこれも未発表の原稿として国会図書館にあった夏目漱石氏の倫敦覚書とあわせここに発表する。これはまことに貴重、一家に一冊は必需。記載事項はすべて事実にて大学受験に一読必至である。

漱石(当時は金之助)は西暦一九〇〇年(明治三十三年9英国に滞在した。毎週火曜日ベイカー街へシェイクスピアの勉強のためかよってた。そして何かをおそれロンドン中を転々とした。さらに下宿で泣きくらし精神をわずらい帰りの船まですっぽかした。本資料により理由があきらかとなった。彼がベイカー街に足をはこんだ。当時有名人であったホームズ氏に必ずあってる。かねてよりこう主張してた筆者はおおいに満足した。また読者は後世超人とするえたホームズ氏の近所の噂。その真実をしるだろう。ただし初対面で手ひどいからかいをうけた漱石の筆がややまがってたと推理するのはご自由である。

* 0300 漱氏、漱石がイギリスに留学
** 0301 一九〇〇年十月二十八日、ロンドンに到着
昔イギリスに留学で二年くらした。友人とパリでわかれ単独で英仏海峡をわたった。きわめてさむい年だった。晩秋の北国、夕方はくらい。二輪辻馬車がゆく。異人たちは皆シルクハット。乞食も。女たちは軍艦のような帽子、ながいスカート。顔の前に網のレディも。

ロンドンの霧はこい。まるで煙。ビクトリア駅の構内、ガス灯にてらされ軒下にはいってくる。自分はガウワー・ストリートの下宿に。しばらくは名所旧跡めぐり。自分は畸型のごとくひくく、肌が黄色と実感。女でさえ自分よりたかい。小柄な男がやってくる。ちかづくと自分よりたかい。

** 0302 十二月二日、下宿の親父と三行広告をかたる
たぶん十二月二日、積雪。朝食で階下のホールに。亭主がきく。新聞がよめるか。然り、よむ。昨日ユーストーン駅で卒倒された婦人へ。当方はたすけた者。あれ以降義歯が不明。もし持ちさられたならご一報を云云。亭主も私もわらった。お国にもこのような広告があるか。否。それは気の毒。ところでこれはと。やせて髭のあかい紳士、やせてるほど可。身長は五フィート・九インチ演技経験あるか演技に自信ある三十代の紳士。当方二百ポンドをはらう用意あり。これは豪勢と。そして学生時代の演技道楽を吹聴。

** 0303 幽霊の登場
その夜。寝台。闇の中で目が。まだ十時。外は雨。自分は不審な物音を。パチンとか。ずいぶん間隔をおいてなる。また音、たかくなってる。物音のしない中でおおきくひびく。やがて眠り。また異様な物音。一晩おきぐらい。やがてロンドン大学の聴講にかようようになり、そこのカーン教授の紹介でシェイクスピア学のクレイグという学者のもとに火曜日ごとかようようになった。異音はやまない。亭主にそれとなくただす。不明。異音はまだつづく。息づかいまではいる。次の夜。でていけ。この家からでていけという。声は次の夜も、次の夜も。幽霊もあきたか今度は歌。お馬よ栗毛の尻尾をまけという。それはこの地のふるい歌謡。その概略。

お馬よ鼻の穴をおっぴろげ
大きな白い息を吐け
前足後足交互に出して
ワン公なんぞに負けるでないぞ
お家についたら尻尾を巻いて
声大きくヒンとなけ

ワン公がうさ公とかイタチになったり。幽霊ははっきりとおぼえてないらしい。

** 0304 下宿探しをはじめる
外国人の下宿探しは大変。でクレイグ先生にきく。下宿探しのところ一時すまわせて、もらえないか。すると先生は膝をうって、食堂、下女部屋、勝手を案内、先生の家は四階の屋根裏の一隅。これでことわれれるとおもったが、ワルト・ホイットマンの話しとなる。彼はしばらく自分の家に逗留。彼の詩はよくよめば、なかなかよい。次にシェレーとかいう者が喧嘩。喧嘩はいかんと非難。依頼の話しは立ちぎえた。自分は一人でカンバーウェルに下宿探し。隣り町のフロッデン・ロードに見つけた。週二十五シリング。やすい。ひどい。天井がひびだらけ。

** 0305 一九〇一年二月五日、クレイグ先生に幽霊のことを
隙間風がさむい。しかし幽霊になやまされなかった。クリスマス。下宿のおかみからアヒルをご馳走になる。部屋にもどり書き物。またあの何かがはじけるような音がした。次の晩は息づかい。三日、四日、この家からでてゆけ。これが翌年、二、三日あるいは五日おきにつづいた。ビクトリア女王が逝去、二月二日に葬儀。この頃自分の精神はもう尋常でなかった。二月五日、クレイグ先生の教授がハムレットが怨霊にあうところ。かえり際にいう。イギリスに幽霊がすんでる。先生は何かわからない様子。

** 0306 ホームズ氏に相談をすすめらられる
そこでプライオリティ・ロードの下宿からこちらまでの顛末をはなす。窮状をうったえると。自分はそんな経験がない。はじめてきいた。自分はこちらにきて以来なやまされてるという。先生は膝をうって、これは近所のあの男むきの事件という。シャーロック・ホームズをしってるか。否。ふむ、ちかくの二二一ーBにすんでる。頭がおかしいが、なおったという噂。医者がついてる。大丈夫。彼に相談するのがよい。何者か。あらゆる犯罪、風変わりな事件を研究。すくなくともそのつもり。論文もかいたという。実はその医者がかいたらしい。はあ。

** 0307 奇人対策を伝授される
よろず相談人、本人は探偵と自称。頭がおかしい、凶暴か。普段はない。気がむくと女装して外出、辻馬車の後ろに飛びのり、本人は四十すぎの大人。で、無理矢理入院へ。するとコカイン中毒。芸術家は狂気と紙一重。はあ。相談して解決した例は。おおい、付き添いの医師が切れ者。ホームズの出まかせを取りつくろう。ふむ、東洋人の相談にのってくれますか。偏見はない。事件ががおもしろければ、のる。見料はたかいか。否、コカインの商売で裕福らしい。へえ。彼にあうのにはコツが。訳のわからないことをいう。はあ、で。いわれたことは否定しない。でないと暴力に。きいておいて最後におどろきました、何故わかったかと。できるか。ううん、遠慮したい。タダ、我慢。

解決すれば儲け物。すすめる。だが注意、もと拳闘家のチャンピオン。ワトソン、付き添いの名前、アッパー・カットで三日間失神という。はああ。万が一なぐられそうになったら。はい。ただ一言、コカイン。ただこれだけ。それはどういう理由か。わからん、狂人。彼は急変、もってらっしゃるのか。で、わらってごまかす。これでよし。つまりコカインがほしいからか。たぶん。へえ。医者は。わかれたいらしい。へえ。彼をなおしたい親切から。当時、インドから帰国、暇だったらしい。

死体置場で死体を棒でたたく。あやしげな薬を完成。血液を検出できるらしい。ワトソン氏は結婚してにげだす。すると彼は発作、新居でうなりだすことも。それで離婚。たしかはじめか二番目の奥さんは入院。おやもうかえるのか、夏目君。はい一人になって自分を見つめなおしたい。そう、では私からホームズ氏に手紙を。だから君は明日にも。私はにげるようにかえった。その晩に幽霊の歌声を。で、訪問を決心。

** 0308 二月六日、二人を訪問
翌日、地下鉄でベイカー街に金属細工の柵が往来に、シャーロック・ホームズという銅板、ジョン・H・ワトソンという銅板。これらがはられたドアが。おそるおそるノック。どうぞという三人以上の声。中をみる。えんじ色の壁紙の上等な部屋。左手に机、髭をたくわえた男が。読み物を。こちらをみてる。奧には暖炉、その前のたかい背の、でっぷりした男。その横の安楽椅子に手足がながくしろい額のわし鼻の男がパイプをふかしてた。自分はホームズさんはどちらという。安楽椅子の男が。

** 0309 とんちんかんの推理がはじまる
僕。ちかくへ。ワトソン君が飲み物を。おかけください。クレイグさん。パプア・ニューギニアの出身で最近スマトラに旅行し黄疸にかかった。完治して現在ゴムの育成に努力してるということ以外何もしりません。ワトソンがいう。すばらしい。どうして。観察すること。僕の探偵術の基本。彼の帽子にクレイグという刺繍が。

それは昨日あわててクレイグ先生のをかぶってでた。彼はさらにいう。それに彼の日焼けの肌だ。外国から帰国の直後。旅行先は病気によい南。むろん東洋。スマトラに旅行した人はたいていゴムの木を持ちかえる。すばらしい。ふむシャーロック、まだ彼から引きだせる事実が。横にいたふとった男が口をだす。それは何、兄さん。

もともと骨董蒐集家、英国西部の炭鉱に献身した男。蓄膿症で脚気。うなづきながらまたいう。中国曲馬団、火の輪くぐり。で、ふとった男が。一度目の結婚に失敗、二度目の女房の尻にしかれてる。子どもは四人、いやもっと十八人以内。大酒飲み、アヘン中毒。だが今は海の魅力にとりつかれてる。いいね、彼は根っからの水夫。あのうワトソンさんと私がいった。

** 0310 ワトソン、兄のマイクロフトを紹介される
失礼、クレイグさん。私はシャーロック・ホームズです。次に大男をさしマイクロフトと紹介。最後にこちらが伝記作家にしていやがる僕を有名にしてくれたワトソン君。ではクレイグさん、ご用件は。私はワトソン医師ばかりみてた。おお、ワトソン君のことは気にせず。彼は耳がきこえません。兄はたった今かえるところ。彼はこれからディオゲネス・クラブでしりとり遊びをする。

** 0311 間違いに言及したら大暴れ、たちまち撤回
帽子掛けから帽子を。大男にむけて。おちた帽子をひろいながら立ちさる。私がいう。申しあげにくいが、クレイグでなく夏目。で、日本から。すると彼は唸りだし突然鉄砲を天井にぶっぱなした。自分は椅子の後ろに。ワトソン氏がなれた様子で拳銃を取りあげた。白目をむいて拳骨を振りまわす。自分はクレイグ先生の言葉を思いだしていう。コケ、コケ、と。とまらない。コケコッコー。ワトソン氏が自分に。貴殿はクレイグさんでしたな。僕はそう。もっと大声で。僕の名前はクレイグだ。

** 0312 幽霊はでないと保証される
ようやく落ちついて安楽椅子に。自分はこれまでの出来事をはなす。途中でうなりはじめ壁に頭を打ちつける。これは下宿のおかみが夏目といった。これをつい口にした時だった。危険をかんじた自分はふたたびコケコッコー。すると彼はこの紳士は頭がおかしいらしいという。さっきから何をさわいでるの。あきれた言い草とおもってると。夏目さん、もう幽霊はでませんよ。自分はさっさとフロッデン・ロードの下宿にもどった。

* 0400 ふたたび警告
この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2009/03/12
  • メディア: 文庫


* 0500 ワ氏、ホームズ、ワトソンに漱石の来訪、二人がミイラ事件を議論
** 0501 一九〇一年二月、ベイカー街の部屋
長年の友人シャーロック・ホームズの事件に非力ながら協力してきた。いろいろなものがあった。プライオリティー・ロードのミイラ事件は風変わりで彼が活躍したよい例である。事件のはじまり は一九〇一年ビクトリア女王の葬儀の印象がまだ生々しい二月のある水曜日である。前年のソア橋事件以来少々ひまを持てあましてた。この手紙はベイカー街からとホームズがいう。

でもベイカー街の住人でない。外国人の蓋然性がたかい。手紙を私によこした。ひどく動顛してるね。手紙はありきたりの長方形だが書き方が独特。左上の隅からはじめ、次に右横、下、左横。ぐるぐる紙をまわしながら渦巻き型にかかれてた。いい、つづけて。限界、で、何故外国人か、理由は。簡単、ベイカー街からだされてる。もしこの手紙をかいた本人が依頼者なら、手紙をかかずに直接訪問する。だから代筆。では何故代筆。理由は七通りだが、文面から外国人がもっともつよい。

** 0502 ナツミが相談に来訪
どうやら依頼人の来訪。彼は立ってドアに。あけて一言。いない。いや失礼。東洋人。どちらがホームズさんか。僕。どうぞ火のそばに。ワトソン君が飲み物を。ソファに腰かけ日本からの留学生と自己紹介、名刺を。ナツミさんん、何かお困りのことが。ずいぶんおそくまで読書を。それと関連があることか。おどろいて、どこかで私のことを。熟練の目にはみえるのです。へえ。右の袖口やひじのところがひかってる。書き物する。なら本をよむといった。三度うなづいて、成程。では本題に。ナツミさんんの話しは概略次のとおり。

プライオリティー・ロードで下宿。幽霊の声。出ていけ、出ていけ。そこでフロッデン・ロードに引越し。相かわらずつづく。日本国内ならおそらく平気。しかしここ異国では。でも退屈な話しだったかも。否、たしかに過去に同様の事件が。しかしそこにあたらしい要素を見いだすのが芸術家の仕事。はい。事件は深刻ではないが引きうけました。その幽霊があらわれたなら、連絡を。しかし僕の考えがただしければ、二度と幽霊はあらわれない。その確率がたかい。ほう、もうすこし詳細を。いや、事態が想像どおり進展したなら、その時に。ではさようなら。ベイカー街によくこられてる。そのおりに日本のことを。

** 0503 幽霊騒ぎで期待はずれ
がっかりしたよう。私がいった。さぞめずらしい話しかとおもったが、内容はいささか平凡かも。僕にはそうは。いや幽霊事件には発展性がとぼしい。モンタレーの幽霊事件、ケネスバンク将軍の双子幽霊事件もそうだった。あの日本人がもう一度やってきて幽霊がでなくなったという確率がたかい。へえ、どういう理由で。その幽霊氏に彼が僕というやっかいなところにやってきた。そういう連絡があるから。おやまた誰かが階段をのぼってくる音が。ワトソン君。

** 0504 女性の依頼者が来訪
どうぞあたたかい暖炉のそばにという。今度はいってきたのは裕福そうな婦人だった。年齢は四十ほど。体がたえずふるえてる。その火にあたる気になりません。もう絶望的な気分です。どうか納得できる説明を。キングスレイもおなじ気分でしょう。ただ彼は精神がまいってるので自分の気持を自覚してないでしょう。まあまあリンキイさんとホームズ。そして来客用のソファにさそう。最初から順序だってお話しをしてくだされば有効な助言を。どうして名前がおわかりに。

** 0505 メアリー・リンキイが自分の生い立ち結婚をはなす
さっき雪をはらった。そのハンカチに名前が刺繍。ずいぶんな取りみだしかたと。でも私がはなせば無理ないと納得を。火のそばにきた婦人にブランデーをだした。やがてはなす。自分は子どもの頃はまずしかった。ロンドンであるお金持ちの年寄りと結婚。主人はずっと独身。子どもなし。弟があるという。でも私はまだあってない。自分は結婚してメアリー・リンキイに。前はホプキンスです。主人が昨年の九月に死亡。自分は北のプライオリティー・ロードの土地屋敷を相続。ここで執事夫婦と三人暮らし。主人との間には子どもはない。なので生活の慰めに猫を。その子どももふくめ現在は四匹。近所の方々は猫屋敷と。近所の野良猫にエサをあげてるから庭にもおおくの猫が。主人は不動産だけでなく貴金属、宝石類い、また貯金ものこし。現在の生活にはこまってない。ところでという。

** 0506 生き別れの弟、キングスレイがいる、ブリッグストンに弟探しを依頼
私には十代の頃生き別れの弟が。年齢は六つ違い。現在三十四歳。自分は幸運に生活の安定をえた。なので弟を探しだし、まずしければ屋敷に引きとり、ともに生活したいとかんがえた。そこで新聞に尋ね人の広告を。しばらくしてジョニー・ブリッグストンと名のる人物が来訪。めずらしい職業があるものとおもったが、彼は尋ね人探しを職業にしてるという。この人はもうわかくない。経験豊富なよう。で、お願いすることに。弟のことをいろいろとはなした。

弟はキングスレイ。姉弟の二人きり。弟がおさない頃に父母が他界、親類縁者にそだてられた。その家はこの親類縁者によって売却。この人たちの家にはひどい思い出がたくさん。それはさておいて、私たちはたえかねて家出。自分が十九、弟が十三。街を彷徨、旅芸人の一座にひろわれた。しかし弟はまたそこを飛びだし行方しれずに。孤児院にとの噂も。以来弟とあってない。弟の特徴です。

** 0507 スコットランドで弟に引きあわされる
はっきりといえない。しかしあえばわかるという自信が。他にお揃いのロケット、そこに父母の写真。それぞれもってる。父からのプレゼント、二つを自分に、弟がおおきくなったらその一つをといわれた。父のかたみ。弟のロケットにはキズ。それは伯母の家を飛びだした時につけた。自分はその様子をはっきりとおぼえてる。これは本人確認の大切な証拠に。このことはブリッグストンさんにはだまってます。十一月十日頃のこと。ブリッグストンさんにいいました。するとまず孤児院。こういう人は従軍してる例が。名前もかえないだろうと。一月ほどして電報が。見つかったという。自分は弟がすむというスコットランドのエジンバラに出かけました。厳冬の地に心痛。キングスレイのすむ家はエジンバラのはずれ雪原の一軒家。ブリッグストンにつれられて家にいった。

** 0508 屋敷に引きとる
あうとふけて昔の面影はない。姉さんなの。家の中はいやな臭い。例のロケット、父母の写真はもってた。弟としれた。弟はまだ独身、すぐ屋敷にさそった。粗末な家の中には東洋の骨董品が。甲冑も。きくと長期間中国にいた。それらはすべて中国で。しかし中国時代のことをきいても、はなしたがらない。弟はこれら骨董をすべて屋敷に持ってきた。あたえた弟の部屋にある。ブリッグストンさんにはお礼と所定の謝礼を、以来あってない。で、もしかしてもっとくわしいほうが。

否、どうぞそのまま。四、五日は夢見心地。うちとけてはなすと、やはり弟と。赤ん坊のこと生家はまったく不知ながら、あの不愉快なマンチェスターの家のこと。よくおぼえてた。喜びにひたってたのが年末に一変。

** 0509 長行李を無断でのぞく、弟に変調が、奇行の数々
おかしなことばかり。自分に原因があるが。骨董品の中に中国独特の長行李が。前々から大事に。気になって弟がいない時に無断であけた。中に絹のようなもの。その下にふるい仏像のような。包み。その時です。

何してるんだ。姉さん。こわい顔であわてて蓋をしめた。これはとてもひどいことだ。姉さんといった。それからふさぎこみ、はかばかしい反応がない。ついには部屋にこもり、でてこない。ついに行李の前でぶつぶつ、つぶやくようになった。どんどんやせる。つよい匂いの香をたく。部屋にはいれば煙でむせこみそう。しかし彼は暖房をいれない。立派な暖炉がある。自分が火をつけてもけす。弟と一緒にいるとがたがたふるえる。年があけて一月の二日か三日。

** 0510 額を傷つける
部屋のすき間から弟がたってる様子が。弟が警戒するのでずっと廊下に。すると夢遊病者のよう。手をあげて、何か。中国製のナイフを左の眉の上に。自分は大声を。弟は顔の左の額から左の眉にかけて斜めに切りさいた。部屋に飛びこみナイフを取りあげる。執事をよび救急箱を。出血の治療を。でもキングスレイは放心状態。向かいの鏡をみながら切断のよう。僕はどうしたのときく。その時床の上にトカゲ。二、三匹。そこで覚悟をきめたよう。

異様な話し。中国でアヘン売買の仲間にはいってたらしい。そこで血腥い事件に。詳細は拒否したが大勢の現地人の呪いをうけるはめに。おどろいた。現代でも人を呪いころすようなことが、あるのか。自分は呪いころされるという。対抗手段はないのかというと、それがあの長行李と。ある中国の賢人がくすの木でインドの仏像をほる。それを絹でつつんでもたせてくれた。あの長行李に呪いを封じこめたのだと。終身長行李を身辺におけといわれた。しかし絶対にあけてはいけない。あければ弟の身によくないことがと繰りかえしいわれた。

** 0511 弟が中国の呪いにおびえる
それをあけた。今も大勢の東洋人が自分をのろってる。ころされると、おびえてる。自分はすぐ相談にうかがおうと。でもゆくなと弟が。それで今日に。火をたかないのはとホームズがきく。中国の賢人によれば、呪いがきいてくると呪いをうけた人のまわりがアフリカみたいに高温に、またからからに乾燥すると。だから部屋をひやしておくという。この弟を前にして、しんじないともいえず相談にきた。

その後の彼の様子は。あいかわらず。まるで骨と皮だけ。あれでは呪いの効き目があらわれる前に餓死を。何もたべない。すこしは。でもすぐはく。一日じゅううわ言。廊下でたおれたりも。他にかわったことは。さあ。ああ、パジャマを着がえるのをいやがる。キングスレイがこちらにきた時、寝具一組をもっていった。でも寝つけないと拒否。ベッドだけはつかってるが。シートは以前のもの。

** 0512 呪いでミイラになると
せパジャマもそう。発作をおこすと床をころげまわる。だからパジャマがよごれる。でも今は洗濯させない。着つづける。それはナポレオンも。ところで僕のところに相談と。いえ、いってない。他人をいれるとよくないと。でもあなたは特別、何とかたすけてほしい。比類のない事件、今日明日にも弟さんにあえますか。ええ、弟は人にあえる状態では。成程、あえないと。はい。ではワトソン君は。医者ですから。いや、なおさら無理と。特に医者には。気にいらないと凶暴に。これ以上怪我をさせたくない。そう、こまったが、一日、二日は様子見で。ところでその東洋の呪い。ほっておくと。弟によれば大勢でいっせいにのろう。するとその人間は体じゅうから水分がぬけカサカサのミイラになってしぬと。ほう、成程。何かあれば電報と約束、婦人はかえった。

** 0513 二月八日、レストレイドから異変をしらせる電報
ホームズがきく。どう、ワトソン君。不可解、納得は。強度の神経衰弱。へえ、堅実な意見だがどうかな。でも他にあるか。あるだろうね。呪いについては君とおなじ。突然かさかさになるなんてことは。じゃあ、しんじてない。まるっきり。東洋かぶれのペテン師が。成程、その弟があやしい。さあて、ペテン師ならひからびて、しなないだろうな。その二日後である。二月八日午前に電報。われわれの旧友レストレイドからだった。それは、あなた好みの事件発生、メアリー・リンキイ宅に至急こられたしとあった。

マックルトン駅からリンキイ家に。邸宅は想像よりずっと立派。レストレイドが声。こんな郊外までくるとはとホームズ。めずらしいでしょうな、事件もそう。執事のベインズ夫婦からきいたがメアリー・リンキイとあったと。予想外の展開だったかも。ふむ、ところでリンキイ夫人は。あちら。彼女は三人の男につきそわれ馬車に。あわててホームズが声を。病院へ。ホームズが夫人に声をかける。キングスレイなの。ちがうわね。うながされて病院への馬車に。執事によれば夫人は以前からおかしかった。今度の件で決定的になったとレストレイド。何てことだとホームズ。

やがて気をもちなをし現場をみて、説明をききたいといった。三人で館に。すぐ気づいたこと。裏庭がせまい。隣家がすぐそばにあった。その二階の部屋の窓に空室とかいた札がぶらさがってた。この館は二階建て、正面のホールの隅に執事夫妻。で、執事か。いや、まず現場を。キングスレイはしんだ。そう。ご自分の目でみたほうが。あの死に方ははじめて。問題の部屋は二階の中央廊下にそって四つならんでる部屋の西から二つ目。

** 0514 寝床にミイラ化死体
ドアは中にむかってあく形式、近づくと焦げくさい。内部のすべてが黒か茶色。水をふくんでた。もえてたので執事と夫人が水を。ホームズはすぐベッドに。そこに横たわったミイラ。パジャマ姿、半開きの口、目はとじ別に苦悶の表情はない。左の額から眉に傷跡。シートに焦げ目があったがパジャマにはない。まさにキングスレイはミイラになった、とみえた。カラカラにかわいた完全なミイラですとレストレイドが声を。

ホームズが拡大鏡で観察、頬のあたりにすこし崩れ。夫人がふれたらしいという。その時警官が。二枚のガラス板をビスで固定したものをもってる。レストレイドがいう。こんなめずらしいものがミイラの喉から発見。紙はランガム・ホテルの便箋のよう。ホームズがいう。

** 0515 喉から謎の紙片
六十一とよめる。そう、その前はかすれてよめない。ワトソン君、これを写しとってくれないか。紙片の外郭もいっしょに。うすい紙を上に、窓際で外光を利用してうつした。どうしてこれが喉にとレストレイド。不可解、しかし興味深い。証拠隠滅か。隠滅なら飲みこむ。被害者が隠匿するか。議論の輪をぬけたホームズが調査、書き物机に。どこにもランガム・ホテルの便箋がない。彼は便箋を所有してないようだ。しかし便箋は切れ端。最初から切れ端にかかない。全体にかいて切れ端に。なら残りはどこに。胃袋でないなら、暖炉かくずカゴに。くずカゴはススばかり。もえたか。あるいは。部屋全体が暖炉みたいだ。それから拡大鏡をもって精力的に調査をはじめた。なのではなしかけるのを遠慮。

** 0516 東洋の甲冑、木彫りの像
これは東洋のヨロイカブト。バラバラになり前のめりにたおれてたと。これもずいぶん、こげてる。普段はどういうふうに、かざってたか。そこにちいさいスツール。その上にすわってたと執事が。そこの支え棒で背中から。ふうん、こいつが部屋の隅に。カブト、面当て、脛当て、手袋も。これなら露出する部分がほとんどない。今あるものをあつめて、元どおりになるか。さあ、やけたからそうみえる。いや心棒がいる。それがもえたか。レストレイド君、支え棒というが、どこにも見あたらない。妙だが先に。例の長行李。特によくもえてる。中はさわってない。然り。ワトソン君、そこのステッキを。かきまぜて黒焦げの木彫りの像。それが呪いよけの仏像。

これは足を一本ずつ。めずらしい。僕は三年間中東、チベットを彷徨。下半身は布でおおった筒状につくる。特別なものか。おや、肩、肘のところが切断されてる。足のつけ根、膝はされてない。これは重要ですよレストレイド君。ふうん。これは、はじめから、そうつくられてた。では、次はドアと窓。

** 0517 クギづけの部屋、死体の発見
おや。それは昨夜リンキイがクギづけにした。その音で夫人も執事も目がさめたという。ふうん。モルグ街の再現。ほう、クギづけの部屋か。だからトンカチがあそこに。はい、クギは暖炉の上に。ここでホームズがレストレイドにきく。

死体発見の様子は。トンカチの音で三人がおきてきた。夜中の二時前。廊下側の窓越しにはなした。キングスレイはその割に冷静だった。こうすれば悪魔がこなくなる。で、引きさがった。夫人は。合鍵をもってた。はい。で、三人は部屋に。朝ここにくるとあつい。部屋がもえてた。でももえてた箇所はすくなく全体でなかった。三人がドアをやぶってはいる。このとおりのリンキイを発見した、ということ。

** 0518 卒倒したリンキイ夫人
夫人が卒倒、二人で下につれてく、ベインズ一人がもどり消火。よく一人で。いや、一人だったから、ここまでもえた。昨夜外部からの侵入は。ない。戸締りは厳重、三人はねてない。侵入に気づく。朝、家じゅう見まわり、窓をやぶった形跡はない。われわれも確認。ではキングスレイが内部から手助けは。ううん、その可能性が。ないとはいえない。彼らもないと。第一、現場はドアも窓もクギづけ。キングスレイ自身が外にでられない。昨夜三人がここにきた時たしかにクギづけと断定。また彼がクギをぬいたら夜中だからわかると。つまり二時から後に、でた人もはいった人もいない。では、二時の時点で誰かが中に入りこんでた可能性は。

さあ、それは。午後九時半には夫人におやすみの挨拶。普通の状態、訪問客なし。窓の状況はすでにのべたとおり。では消火、警察への連絡。そう。地元では手にあまると自分のところ。さらにホームズさんへと。成程。あなたはいつも警察をおどろかせた。今回もそう期待。 ホームズの調査はつづく。部屋の周囲。クギがぬかれてないか確認。昨夜雪がふったか。不知。では下で。

ベインズ夫妻の証言は夫人からきいたものとおなじ。猫が見あたらないね。キングスレイがおっぱらった。雪は。ゆうべは、なし。朝には。死体を発見した時、部屋はあつかったのに外は雪。レストレイドがベインズにきく。呪いのことは。キングスレイのいうことはそのとおりと。で、ワトソンに一日でミイラになる。医学的にあり得るか。ないようだ。でしょうな。これは通常の犯罪でなさそう。自分たちの出番があるのか。 ホームズがベインズにきく。甲冑だが、ケースにいれて保管するのが普通。見あたらなかったが。ない、最初から。へえ。甲冑のケース、ええどんな意味が。無視しまたきく。夜中にトンカチ。君たちは部屋に。はい。

そこで一悶着。部屋に引きさがった。それからトンカチの音は。いっさいなし。その時、部屋の中は。みえた。廊下側の窓にカーテンが。しかしあの時はあけたまま。すべてが。みえた。キングスレイ以外の人間も。いなかった。ベッドの下にも。みえました。いません。この部屋の真下は。奥様の部屋。明日一日は片づけないでくれ。はい。では引きあげ。

* 0600 漱氏、幽霊きえた、女装のホームズに遭遇
** 0601 女装のホームズ氏に遭遇
ホームズ氏を訪問し三日たった。幽霊がでなくなった。効能があった。二月九日土曜日、おそめに起床。散歩に外出。もどる途中でこの積雪の中に日傘をさしたレディにあった。身長が六尺をこえてる。人々はさけて擦れちがった。ちかづくとホームズ氏とわかった。ホームズさん、今日はといいそうになった。しかし、すましてそっぽをむいてる。まさかの発作をおそれやめた。

擦れちがう。後ろから笑い声。ふりむくと巨大な帽子をとりお白粉をぬぐって素顔をみせた。これはホームズさんといった。ちっともわかりませんでした。そう実は私です。お忘れですか。いや、あなたは命拾いをした。へっ。あなたこそかのモリアーティ教授かも。その嫌疑がはれた。彼ならこれほど初歩的な変装にだまされるはずないのです。ところでホームズさん。何でしょ、シゲルソンさん。自分はおもわず後ろをむいた。自分の名前をわすれたのだ。あの幽霊の件です。へえ、何の幽霊。ええ、私の部屋にでると相談にあがったばかりでしょう。おお、そう、勿論、三日。四日。ええ五日前だったかな。あのう、それはそれほどの問題では。

** 0602 ミイラ事件をきく
おお勿論、シュプレンドールさん。はやくあなたの家で相談にのりましょう。あれはもう。訪問以降でません。おかげで。そうでしょとも。実はあなたに相談があって。私に。はい、あなたの力をかりたい事件が。お願いしたいが。ええ、よろこんで。それはこれ。ご覧ください。紙片。えっ、お空は青い。夕陽は赤い。お砂糖は甘い。自分はこれを朗読。間違い。これはフィンチ卿失踪事件にからむ暗号。でなく、これ。紙片に図形がしめされたもの。これは。ホームズ氏はその概要をかたった。それは後にプライオリティー・ロードのミイラ事件としてしられるものだった。

この場所はロンドンの北、偶然にも自分が昨年まで下宿してた土地、街道からすこしはいった所にリンキイ家という邸宅があるらしい。この邸宅の主は未亡人、執事夫婦と三人暮し。最近、行方不明だった弟とくらすようになった。このキングスレイとい弟は中国に滞在、そこで事件に巻きこまれ大勢の中国人の呪いをしょいこむこととなった。それが昨日、一晩でミイラのようにひからびてしんだ、というのである。この男の喉から紙片がでた。これはそれの写し。中国がからんだ事件です。で、チャンさん、東洋人のあなたはこの図形の意味がわかりますか。たったそれだけで女装とおもった。

** 0603 自分の下宿、紙片は「常に六十一」か、ワトソン氏も来訪
下宿につきました。あなたの部屋で東洋のお茶をいただきながら。私はあれに目がないので。で、図形。「つねに六十一」とよむのかと。「つねに」の意味は。日本語なら、オールウェイズの意味。でもこんなふうに西洋の数字と並用する。日本人ならやらない。その時、馬車が家の前にとまる音。ちょっとした魔法をご披露。チンタオさん。お願いします。ロンドンの馬車は三種類。二輪馬車はワルツ。四輪馬車はドイツ「歌曲の四分の四拍子。二輪辻馬車はフラメンコ。さんざおどったあげく、二輪馬車です。これは中流家庭の夫人にふさわしい。したがってこの家の女主人がかえってきた。自分は外をみた。四輪馬車だった。ワトソン医師がはいってきた。ホームズ、やはりここにいたのか。

* 0700 ワ氏、ナツミにミイラのことをきく
** 0701 ナツミを訪問、幽霊はきえたと
ホームズのいいつけでナツミの部屋に。彼は書き物。よくここがわかりましたね。僕の友人はそういうことの専門家でね。部屋。彼はホームズをほめそやした。幽霊はでなくなった。二、三日のうちにお礼にゆくという。

** 0702 二人に随行しリンキイ邸へ
それは好都合だ。下にまってる辻馬車にホームズがいる。馬車からホームズがいう。ようこそワトソン君が無理強いしたのでないですね。馬車の中。ワトソンがいう。彼から話しがあるそうだ。幽霊がでた。否、でなくなったのでお礼を。それはよかった。この国が嫌にならずにすんだ。当然のことをしたまで。はい。でももし気がすまぬと。ならよい方法が。何ですか。われわれの悩みの相談に。たよりにされて光栄、よろこんで。そんな事がありますか。はい、わが国の新聞は。ええ、留学でまなぶべきことがおおい。新聞までは。それはいささか残念。

新聞にこそイギリスのすべてがある。タイムス、デイリー・テレグラフ、リーズ・マーキュリー、ウエスタン・モーニング・ニュースなど。それはともかく、今朝のプライオリティー・ロードのミイラ事件はご存知か。否。ではその概要を。自分は犯罪の研究者。しかしこの事件の中心に東洋の神秘がある。途方にくれるわれわれに東洋からきた友人がいたことに感謝したい。概要がかたられれ、ホームズがいう。いかがですか。自分は東洋からの客人にことなる見解を期待したが。われわれ同様の驚きだった。

** 0703 ミイラ事件のこと、日本の風習をきく
そんなことがこの文明都市でおきたのですか。そう。しかし南のエジプトの自然条件がない場所でミイラをつくる。腐乱がはじまる。無理でしょう。日本人の見解は合理そのもの。ホームズがいう。自分はわかい頃、ロンドン大学医学部にいりびたってた。死体腐乱をふせぐ方法は多数。だがこの死体にそのような方法をつかった形跡がない。そこで東洋です。そこにはヨーロッパで未知の方法が 。ナツミはようやく事情を理解した。日本には伝統的なうるし塗りの処方、なめし皮の技術が。うるし塗りはある。なめし皮は不知。ではうるしを人体にぬると。炎症、ただ一部の人のみ。まして死人にぬってもミイラにはならない。では呪いにかんしては。実際に力が。ううんころしたい相手の人形にナイフを打ちこむ。いつか病気になるとの言い伝えが。でも私はしんじてない。でもミイラには。では中国では。不知。すると一晩でミイラ。われわれと同様におどろいた。勿論です。ううむ、そのお答えにはスコットランド・ヤードの友人も落胆でしょう。

** 0704 紙片の謎、「常に六十一」かも、屋敷に到着
実務的な人物なら呪い以外に原因をもとめるでしょう。煙が原因かも。それは医者としての意見かいとホームズ。では紙片を。この図形に何か意味があるか。六十一という数字。そう、でもその手前は。「常に」という意味の日本語とにてる。だが日本文として意味をなさないという。これはロンドンでしんだ英国人の喉につまってたものでしょう。これが日本文字とは。日本ではない。ううん、もうすこしかんがえれば。ではこの紙片をもってて。

われわれはスコットランド・ヤードで本物をみることも。不思議な事件ですね。そう。もしかして現場にゆけば、もっとお役にたてるかも。さあ到着、リンキイ邸です。どうぞ。

* 0800 漱氏、ミイラ事件のリンキイ邸を訪問
** 0801 馬車をいさがせ屋敷へ
女装のホームズ氏がさけぶ。リンキイ邸に三十分でいったら割増金だ。重大事とおもったが後でワトソンさんにきくと、あれが癖だそう。事件のことはとワトソンさん。僕が完全にとホームズ氏。東洋に呪いの力は存在するか。そう、でも東洋全般については。ホームズ氏がいう。僕の友人の東洋の知識は幼稚園なみ。日本と中国の区別も。日本は北京の郊外にとおもってる。ワトソンさんはあかい顔。さらにホームズ氏。英国人の知識はその程度、だから日本が香港の一部とはしらない。自分は五寸釘のやり方を説明。

** 0802 呪いの藁人形、紙の人型の話し
これは呪いの人物を藁人形につくる。それを丑の刻つまり午前二時、霊場にゆく。呪いをこめて藁人形に五寸釘を。これを人知れず七日目の満願の日までつづける。この他に紙で人型をつくる。火の中にくべる。するとホームズ氏。アフリカのある民族、湯の鍋の中に相手の名前を三度さけぶ。素早く蓋を。三日三晩煮つづけると紹介。ワトソンさんが相手はどう。それは病気になったり、しんだり。という言い伝え。ただしミイラには。二人はがっかりした様子。

自分は紙片をひらいてみた。ワトソンさんがどんな意味と。「常に六十一」という意味かも。しかし日本文なら「に」が必要。なのにない。さらに中国人の呪いなら中国語。日本語は。これは中国文字では。否、まったく別物。

** 0803 謎の紙片に自分の考えを
普通、日本人は西洋数字を混在させない。だが自分のような人間なら。あるかも。ワトソンさんがいう。これは切れ端。ながい文の一部かも。すると「義経」がうかんだ。でも口外は躊躇。中国と日本とは文字がちがうのかとワトソンさん。そう、文字もその他もと。でもロンドンとパリほどの違いでは。成程、かもと。しかしここほど気楽に行き来できない。やはりちがう。さあスカートの旦那、到着と御者。

みるとここは自分のかっての下宿の近く。あるいて十分。おい玄関車寄せまでだ。つく。五秒オーバー。割増金なし。御者は捨て台詞。さる。執事の出迎え。ホームズ氏がホールをよこぎり階段。死体が見つかった部屋。床から窓掛けまで黒焦げ。寝台の上からミイラは撤去。

** 0804 女装探偵の現場検証
女装のままホームズ氏はレンズ片手に部屋じゅうを。服は煤だらけ。ワトソンさんが手招き。棺桶のようになった長行李。中から仏像を取りだす。これは作成時から切断されてるよう。日本ではと。否、罰当たり。しない。妙におもったことが。両足がわかれてる。仁王さまか。でも顔は観音のよう。ある物を発見。これは日本の甲冑と大声。去年、ロンドン塔で日本の甲冑を発見したことを思いだした。しばらく腕組みのホームズ氏が。それはたしかですか。はい、たしか。でもキングスレイはこれを中国で手にいれた。可能かも。

* 0900 ワ氏、漱石をののしる執事、現場をみる
** 0901 執事が東洋人をおそれナツミをののしる
リンキイ邸。ホームズ、自分と屋敷に。執事が。出迎え。ところが突然、黄色の悪魔、でてゆけと大声。ベインズはこの館の不幸の原因を東洋人のせいとしんじてたのだ。張本人が事の首尾を確認にきたと。

** 0902 甲冑は日本製とわかる
あわててホームズがなだめる。もどってきてナツミに失礼をわびる。二階の部屋。ナツミを長行李の前によびホームズがいう。このように体が切断されてる。こんな作り方をした像はみたことは。否。さらに甲冑をみて日本のものと明言した。しばらく思考中、ほかに日本製は。詳細にみて、否。でももう一つ、あのメモは。ワトソン君、この事件は中国と日本がごった煮に。これが人間によっておこなわれた。すると彼はわれわれと同様に中国と日本を区別できてない。この蓋然性がたかい。では、下宿までおくります。

** 0903 もどって部屋で六十一の謎を徹底的に議論する
ベイカー街の部屋。六十一。どんな意味とワトソンに。日数か。六十一日間、六十一日か。日にちはない。二月六十一日はないから。では年号か。一九六一年、こんな未来では。西暦六十一年、こんな大昔では。あの紙には数字のあとに余白。では例えば六一六一とか六一〇〇の前半部かも。ほかには距離。金額、六一ポンド、六一シリング、人殺しの金額でない。重さ六一ポンド、人間一人の重さには中途半端。ナツミによれば「常に六一」という。ありそうだよ。でも何故喉から。

そう実に不可解だ。さらに気にいらない点。 ランガム・ホテルの便箋だ。昨日訪問、ベインズとともに確認、便箋はない。さらに部屋に筆記用具、インキ壺、鉛筆もなかった。するとキングスレイはあの六十一をだいぶ前にかき、もってた。そしてしぬ前に口にいれた。それもあの一部だけをちぎって。残りはくずカゴに、だが燃えて消滅。だとして、何故あの部分だ、何故口に。もしかして隠し金庫のキー・ナンバーとか、だったらあわてて、では、その急をようする事態とは。

突然それをねらってる昔の悪党仲間があらわれたとかね。隠滅ならもやす。実際残りはもえてるはず。では急をようする事態があったか。扉、窓をクギづけした。侵入者がいなかった。というのは午前二時、槌音、三人がかけつけ翌朝の死体発見まで。クギはぬかれてない。つまり僕らがみたおなじ状態。午前二時に完成。その時キングスレイしか部屋にいなかった。断言できる。僕は廊下で窓越に確認した。すべてみえた。もしベインズが正直でカーテンがあいてたなら誰もいなかった。つまりキングスレイの前に闖入者があらわれることはない。屋敷にいても彼の部屋には。これから急をようする事態はなかった。こういう結論だ。

もう一つのケース。何者かが、もし侵入者がいたとして、無理やりに口におしこんだ。この可能性を否定はできない。でも厳重に封鎖、脱出。その形跡がのこる。しかしない。つまりこのケースはないということ。然り、ワトソン君。これはおおいにこまった。そんな部屋にはいれた。として一晩でミイラ。ないね。だがキングスレイがどうして内側からクギづけ。姉が合鍵。すると家人の誰一人はいってほしくない。では一人で何をするつもりだったか。ということで、おおいにこまったね。この頃のホームズは暗中模索の状態だった。

** 0904 アルコールの実験
しばらくして彼はどこからか、アルコール、ボロ布などを買いこんで、実験机にむかった。何度も燃焼実験を。たちまち悪臭。そっと部屋をでた。実験がつづく。私はロンドン中のクラブ、公園を歩きまわった。四日目、意をけっしてホームズにはなしかけた。きわめて満足すべき結果が。へえ、何。あの部屋の火事はアルコールによる放火だ。

** 0905 検死の結果、餓死の可能性
中国の呪いはあやしくなった。ふむ、それはすごい。でもまた謎が。何故クギづけの部屋で放火しなくてはいけない。またまた謎がふかまった。おや誰かが。スコットランド・ヤードのレストレイドが。ミイラをもう埋葬したい。その前に一言お断り。成程。で、死体について何か発見は。別段。ほう像のように切断は。否。成程。検死の医者がすこし面白いこと。何。キングスレイは餓死では。へえ。しばらく沈黙。それは周囲のすすめにさからいパン切れ一つ口にしなかったからとレストレイド。で、ホームズさん、この臭いの理由は。

そんなこと、あとまわし。へえ、それはそれは。では失礼を。レストレイドが出ていってから相当時間が経過した。ホームズがいう。何てことだ。われわれは、たぶらかされてた。こうしてはいられない。でも警視庁の旧友のことは。ええレストレイドはかえったのかい。君に追いかえされたよ。ほう、僕がおこらせたのかい。

** 0906 ひらめいたホームズが外出、各地訪問
そう、一人をのぞいて誰だっておこる。へえ、誰。僕。ではホームズの協力によりレストレイドはプライオリティー・ロードのミイラ事件を解決ならニコニコだろう。と、いって表にでていった。それから二日彼は実に活動的だった。小旅行はエジンバラやマンチェスターだったらしい。相手はずるがしこいと弱音をはいた。その翌日、疲れきってかえってきた。外套から名刺がおちた。そこにコーンウェル半島のランズ・エンドの精神病院の院長の名があった。

** 0907 二月十二日、ナツミにあう
メアリー・リンキイにあってきたのは明白。僕は君とともに仕事をしてきた。その時、名誉欲、金銭欲などにうごかされて仕事をしたことはない。うん、わかってるよ。だからこの最低の誤りを君が公表するのをまってくれ。こういったらわがままか。わがままなものか。この記録はけっして公表しない。ありがたい。もつべきは友人だ。

二月十二日火曜日、ホームズは外出した。私は昼食のためベイカー街にでた。後ろから声。日本人のナツミだった。ご機嫌ようと挨拶。彼は毎週火曜日にクレイグ博士のもとにかよってる。昼食。ホームズとよくゆくマルチニの店にさそった。彼があの証拠の紙片をわたしていう。あれからかんえたが何もない。お役には。お気づかいなく。あなたはシェイクスピアの勉強。大切な使命がある。

** 0908 一晩でミイラ作成の議論
自分の勉強はあまりにもささやか。それは謙遜。あなたは大変な勉強家と。わかいうちは当然。いや歳をとっても。ホームズをみてるとそう。今やってるのは六十一の勉強。食事をおえミイラの話しに。ナツミは一晩でミイラをつくれそうな方法をあげる。吸血鬼。ほう。あなたの作品にも登場。おお、よまれたか。はい、他の冒険譚も。でも私もホームズもその存在をしんじてない。それは私も同様とナツミ。人間の血をすう何かの動物です。あるいはもっと下等な生物。何者かが持ちこむ。死体から血をすいとる。成程、とかげがいた。でもすわない。

それとも、何かの医学的装置で脱きとり、そばで火をたく。高温乾燥で。無理、人体における水分は血液だけでない。かりに血液全部。でも水分がのこる。無理でしょう。ううん。またその犯人はどこから侵入。そう、わたしは犯人がその作業を邪魔されないようクギづけにしたと。いやクギづけにしたのはキングスレイ自身。そうですね。内側から厳重に。しかも午前二時に部屋の前にやってきたベインズがベッドの下まで確認と。つまり他人はいなかった。さらにです。はいったなら、でなければ。部屋、館の窓にその形跡はない。またメアリー・リンキイがその真下の部屋に。壁をよじのぼってキングスレイの部屋に侵入はむずかしい。なるほど。

また第一、そんな犯人がいるとして、何のため。その目的は不可解なまま。ワトソンさん、キングスレイを意図的にころす。すると犯人に何の利益が。利益がある人物はいるのかですね。そう。だから自分はキングスレイが生前いってた復讐。これでころされた。これ以外にないと。どうですかナツミさん。ホームズさんもそう。いつもどおり何もいわない。でも、あなたとおなじように、かんじてるでしょう。ああ、それはどうも。

* 1000 漱氏、ホームズ氏の奇行のわけをきく、クレイグ先生の奇人ぶりもはなす
** 1001 二月十二日、ワトソン氏と昼食
自分の下宿、フロッデン・ロードは場末である。下町にでるのは週一、二がよい。それでチャリング・クロスの古書渉猟、大英博物館の訪問を毎週火曜日のベイカー街の際にゆくことにしてた。二月十二日の火曜日、クレイグ先生を訪問するため、例の紙片をもって下宿をでた。まず地下鉄。テームズ川の底を横断、また別の地下鉄で西行し、ベイカー街の駅につく。自分は先生のところをおえて帰路、ワトソン先生。昼食にさそわれた。料理屋に落ちつくと例の紙片をわたした。お役にたてませんとわびた。

** 1002 ホームズ氏の症状は悪化、妄想の世界に
四方山話。先日、女装のホームズ氏に出あったことを。彼の最近の症状はおもわしくないと。一時世間に内緒で入院させたことも。なおったとおもったが、またぶりかえした。自分のことをモリアーティ教授と間違えたというと、なきそうになった。その人物は実在しない。外国人だからと告白した。

ホームズ氏は一八八〇年頃から脳に変調。見当違いの犯人、レストレイドを逮捕させかけたり、このところ迷宮入りの事件がふえてる。そこで親友を精神病院へと。一八九一年のこと。入院は三年間。当時自分は彼の復帰はないとおもってた。つまり世間的には彼はスイスでしんだとした。そこで世紀の大悪党モリアーティ教授をでっちあげた。辻褄あわせに苦労したが、ホームズ君自身は作り話と現実を区別できなくなった。実は昔、彼がモリアーティという家庭教師についてたことが判明。誰彼となくモリアーティという。そこにきてです。

読者が「最後の事件」はおかしいと批判。スイス人は遭難者になれっこ。どうして二人を捜索しないのかとか。崖の途中に潜伏中のホームズにモラン大佐が石をおとした。だが銃の名手であるモラン大佐が何故銃をとか。さらにチベットやラサに放浪、一九〇三年まで厳重に外国人は立入禁止だった。もっともな指摘で事実が露見しそうに。ここにきて、またおかしくと。ワトソン先生は額の前髪をあげる。ここにおおきなコブ、夕べ、就寝中におそわれた。フライパンでぶったんです。

** 1003 気の毒になりクレイグ先生の奇行を紹介
気の毒だ。そこで奇人クレイグ先生の話しを。興味をもってくれた。どんな経緯で。ウィリアム・カー先生の紹介。どんな人。風変わり。ほう。軽口はなし。堅物と自認、自分のことは無関心、興味はただシェイクスピア、その研究に必要な大英博物館のみ。はあ。外出先は大英博物館のみ。家事は家政婦ジューンが世話。朝、起床、シェイクスピア。調べ物。原稿書き。資料不足なら大英博物館。かえってシェイクスピア。そして寝台。だから家、着る物に無頓着。これでしぬ。実は某大学の教授職をすて大英博物館にゆく時間を確保したと。だから金にこまってる。でも本をかう金が。そこで犠牲は自分。研究熱心には敬服してるがこれに閉口。本がいる。

すると突如、金がいるから今日月謝を。やむ得ず金貨を。すまんと受けとるが、釣りがでない。では翌月分にと。するとまた翌週にも金がいると。先生はわすれる。とくに金のことは。先生は自分の個人教授をしてることもわすれる。そんな気がする。シェイクスピアのほかに書籍を購入することがある。スウィンバーン(イギリスの詩人)の本をもってたら突然、それをかしたまえと。パラパラみてたが朗読を。体をふるわせる。突然本を膝の上に。そしていう。駄目だ、駄目だ。こんなものかくようになって。自分は授業をうながしたが、一向に。またこんなこと。

先生は感激家、突然活動的に。自分はワトソン(同名異人)の作をほめた。立ちあがり部屋を動きまわった挙句、窓から顔だす。こんなに人がいるが詩がわかるのは百人に一人いるか。可哀想に。イギリス人は詩がわからぬ。アイルランド人はえらい。詩がわかる君だの私だのは幸せだ。といって一向に授業がはじまらない。

先生の仕事は沙翁辞典(シェイクスピア辞典)の編纂である。部屋の奧に縦一尺五寸、幅一尺の青表紙の手帳が。約十冊のコーナー。文句がうかぶ。紙片に書きつけ。後でまとめてこの手帳に。ぽつりぽつりとためる。これが一生の楽しみ。この青表紙が沙翁辞典の原稿とは。すぐには気づかなかった。先生にきいた。シュミッドの沙翁字彙があるのに、つくるのかと。すると自己所有のシュミッドをみせた。それはすべての頁に書きこみ。真っ黒と。へえというと。得意然として、これと同程度のものなら、やらない。

それから書棚で探し物。だがシェイクスピア以外はきっと見つからない。で、ジューン、俺のダウゼンはとよぶ。老婆が登場。たちまち手元に。彼がここに僕の名前を。シェイクスピアの研究家と。この本が一八七〇年で、ええと、だからそれより前。自分はおそれいった。三〇年か四〇年か。で、ついでに、で、出来上がりはいつと。わからん。死ぬまで。ワトソンさんは愉快そう。ベイカー街は奇人の集まりというと、うなづいた。ここであの六一についてはなす。

** 1004 六十一のこと自分の考えを開陳、またクレイグ先生のこと
最初にはなさなかったのは子どもじみて、話しの付録で。そんな扱いにしたかったから。これは金額では。というのは自分の一月必要最低額がほぼおなじだから。イギリスの生活費はたかい。東京ではその半分。正岡子規も五十円に大喜びだった。自分は今、月額百五十円である。本代にまわすため、うんと切りつめてみた。六十一円だった。ロンドンの部屋代はたかい。プライオリティー・ロードは週二十四円、最初のガウワー・ストリートは週四十円。こういう訳で六十一円は外国人としては必要最小限。自分とおなじ境遇の日本人なら六十一円死守をさけぶ。「常に六十一」となる。ワトソンさんは興味をもったようだ。こちらの貨幣単位にすると。五ポンド。おどろいて、それは無理と。では百五十なら。十二ポンドあまり。なら何とか。彼の帰国当時の給付金の話しをして、このことをホームズにいっておくといった。話しはミイラからまたクレイグ先生に。

彼はそんなに金にこまってるのか。そう。実は今日自分の英作文の添削をもとめた。別に謝礼をもとめられた。意外だった。奇人の集まりだがホームズは金には無頓着な部類。昼飯の勘定をはらいながらいう。もしおなじことが、またあったら私のところへ。昼飯をおごる。それでイギリスに貸し借りなしでしょうといった。

* 1100 ワ氏、ホームズが事件解決になやむも新聞広告でよみがえる
** 1101 二月十九日、犯人を逮捕にもちこめないと
ホームズがいう。僕はどうしたのか。事件の目星はついてるのにこの悪党に手も足もでない。じゃあレストレイドにたのんだら。通りいっぺんの捜査。無理。たとえつかまえても、何日かの勾留のあとに釈放。

** 1102 リンキイ夫人に義弟、現在所在不明と 150
はなやかな犯罪捜査の舞台から引退の時期かも。ロンドン市民はまだ活動を希望してる。引退の時期でないよ。でも自信は回復したようでない。あのプライオリティー・ロードの邸宅はどうなのかな。去年しんだ亭主、ジェファーソン・リンキイに弟がいるらしい。現在所在不明、捜査中。それまでベインズ夫妻がまもっているだろう。あれだけの遺産だ。弟はでてくる。誰かくる。

** 1103 ナツミが来訪、リンキイ夫人の治療に提案
それはナツミだった。これはお二人、先週は昼食をご馳走に。今日は火曜日、また先生から謝礼の要求は。いえ。ずいぶんしたしいねとホームズ。あなたの話しはワトソン君から。あなたの真似事をしました。私にはまったくの謎。でもワトソンさんから、もうすっかりわかったと。でも一週間たっても新聞にでません。どうしたのか、もし自分に力になれるならと、お伺い。それは感謝、しかし東洋の神秘はみせかけ。これはわれわれ民族の悪知恵です。成程、ではあの紙片の文字も日本文字ではないと。解決したらすべてを。でも今は。あれも謎の一つ。解明はすすんでる。でも解決はまだ。その辺りでくるしんでる。ああ。雑談となった。

ホームズが日本のバリツをまなんだという。ほう、それは日本の武術のことでは。ブジュツ、そう間違っておぼえてた。よくご存知で。そのお陰でこうしていきてる。私は一八九一年にモリアーティとともにスイスに永眠してたでしょう。ほう、日本の伝統的知恵が大英帝国のお役にたてたわけですね。今度もそうであればよかったが。ではそろそろ。あっ、あの婦人は今どうして。

それはホームズにとり愉快な質問では。自分の方から手早く説明、現在コーンウェルの精神病院で療養中といった。おおいに気の毒がった。治療法はというので、自分の方から何かありますかという。しばらく考慮中。やがて子どもじみてるかも。でもその婦人にまだ弟さんがいきてると。もしそうしんじこませたら、彼女のうけた衝撃は一時的なもの。ならその後の治療にわるいはずが。ほほう。でもどうやって。キングスレイはしんでいる。例えば彼そっくりの男は。日本人だからかも。でもイギリスでは大勢がひげ。顔の輪郭がにてる。ならそっくりとみえる。ロンドンにはきっとそっくりの方が。あの執事夫婦に最終鑑定させれば。

** 1104 さらに新聞広告で募集の提案
でもどうやって膨大なロンドン市民の中から。新聞広告。これはホームズの声。きゅうに活動的となったホームズはナツミの手をにぎりいう。すばらしい思いつき。すばらしい。では文面は僕が準備。ところでナツミさん、お力をいただける。なら。勿論、よろこんで。キングスレイそっくりの男をこの部屋にあつめるのはうまくない。後ろ暗い過去があるから。で、あなたの部屋をつかわせては。あなたの名前はジョン・ヘンリー。あなたは明日一日、大騒ぎ。勉強は無理。かまいません。でも下宿のおかみが。ここに五ポンドばかり。これをわたしてベイカー街のホームズが依頼と。では諾否の電報を二時間以内に。それから新聞広告の手配を。了解。

* 1200 漱氏、漱石がリンキイ夫人をなぐさめる提案、新聞広告
** 1201 二月十九日、ベイカー街を訪問 159
二月十九日、火曜日。個人教授の帰り、二人の部屋に。一階の戸口。呼び鈴の紐が。これは以前なかった。そういうと電話機。この日、ホームズさんの机上に電話機。これもなかった。この二つはきえたり、あらわれたりした。どうもホームズさんがいたずら電話してるのではと。部屋には二人、ワトソンさんは額に絆創膏、ホームズさんは揺り椅子に。雑談のタネもつきた。辞去しようと。そこで思いだした。女主人、リンキイさんのその後の消息は。途端に異常が。ホームズさんが机上に突っぷした。あわててワトソンさんが自分を部屋の隅に。彼女は発狂、現在、精神病院で療養中という。ホームズさんはかってここで療養した。また彼はリンキイさんの発狂に衝撃と。ホームズさんの方を。

** 1202 ホームズ氏が発作、リンキイ夫人が入院中と
突っぷしたまま、メアリー、僕のせいだと。自分にゆかりのある女性のことを思いだした。複雑な事情で離縁された遠縁の女性をあずかった。やがて精神に変調を。自分が外出する時、きまって見おくる。はやくかえってねという。だまってるとくりかえす。自分はきまりがわるい。父母はにがい顔。台所はくすくす笑い。一度しかりつけようとおもった。だができなかった。その後、入院ししんだ。自分のわかい頃の体験。自分には心の傷だった。不幸な女性に無力だった負い目である。

** 1203 弟の代わりを見つけたらと
不幸な英国婦人をすくう。何とか力になれないかと。それには自分の経験を応用できないか。自分は夫の代償品だった。それが異常をいやすにいくばくかの効果があった。ならばあの婦人には弟の代償品を。でも一時的効果、あるいは逆効果にも。しかし何か力にとおもい考えを口に。ワトソンさんはにた人物をさがすのが大変と。取りあわない。ところが横からホームズさんがいう。新聞広告。

** 1204 ホームズ氏が興奮、高笑い、自分の下宿で募集をと
ホームズさんをみる。くすくす笑いから大笑い。椅子の中で思いきり背伸び。ひっくりかえって天井をむいて、怒声、この部屋に顔の傷のある人をあつめるな。こまったワトソンさんに自分の部屋はと。ただし下宿のおかみの承諾があればと。すると、それだ、それがいいとホームズさん。五ポンドを自分にわたしておかみにたずねてとワトソンさん。結果を至急に。自分は了承した。おかみは了承しホームズの名前によろこんだ。結果を打電、明日午後一時から四時まで。二人は一時間前に到着と。了解し明日をまつ。

* 1300 ワ氏、大勢の応募者を面接、首尾よく犯人逮捕
** 1301 奇妙な新聞広告が
翌朝の新聞におどろいた。内容は次のよう。

左眉の傷互助委員会
アメリカの成功で富豪となったヒュー・オブライエン氏は左眉のおおきな傷跡のため辛酸をなめてきた。しかし今日の成功はこの傷のゆえなりとして、おなじ境遇のわかい人に成功の機会をあたえるため私財をとうじて会を発足させた。今回、ロバート・ブラウニング氏をロンドンに派遣、救済の手をさしのべた。同氏の眼鏡にかなう傷の持ち主は冒険的ながら簡単な仕事があたえられ報酬は膨大となろう。われとおもわん者は本日午後一時から四時までに下記の住所まで。ただし男性にかぎる。住所はナツミのところ。

** 1302 ナツミの下宿で面接場所をいそぎ設営
事情をききたかったがホームズは不在。ナツミの家であおうとの手紙が。下宿屋にゆくとすでにホームズが。ナツミの部屋にあがってベッドをはこびだすようにいわれた。部屋でナツミとあいベッドをだした。そこにホームズとレストレイド。下宿のおかみ姉妹、女中が。ひろくなった、これでけっこうとホームズ。レストレイドにきくと、旧友のまねきで、ことわれないと。五脚の椅子を部屋の四隅と入口のドアちかくの中央においた。

** 1303 レストレイドも参加
ホームズ君、椅子が一つおおいようだ。五脚にもともとナツミの机に所属の一脚。ホームズ、ワトソン、レストレイド、ナツミ、応募者だから。否、ゲストがもう一人くる予定。へえ。ナツミにレストレイドを紹介、挨拶。書き物机は、廊下に。もっとひろい部屋がありますよとおかみ。ここがよい。机もそのまま。そこで応募者の名前と住所を記録を。了解。それだけで、ノートから顔をあげず言葉もはっしない。それで。けっこうです。レストレイド君はすこし窓際に。奥さま、ありがとうございます。もうこれで。女性たちが階下に。ホームズが私に。応募者の接待係を。僕は時々質問。君が主役。この辺りはゆうべ打ち合わせ。では本番前の一休み。

** 1304 午後一時半、面接を開始、自分が面接官、あたりなし
午後一時三十分。ホームズは窓際で。レストレイドがいう。たいした行列だ。膨大に刺激された青年たちですよ。これでは交通整理の警官が必要に。ワトソン君、そろそろ。階下におりて誘導してくれないか。最初の男。体格がよい。名前と住所、必要なら連絡先を。お仕事は。いろいろ。ええ。ああ、ロバート・ブラウニング。人生はながい旅、きめられない。船に、炭鉱で、辻馬車の御者。ながいのは船乗り。どうして船をおりた。ううん、船酔いするから。今は何を。なし。成程、ところでその左眉の傷、どうしてついたか。

ええ答なくても。いや是非、そのための面談。すきになった女の子にみせるため木に。何に。木。ほうりなげた帽子が木のてっぺに。で、たのまれた。のぼった。枝がほそかった。おちた。帽子はとホームズ。そのまま。成程。女は禁物と。感心、感心とホームズ。ではご苦労さま。明日合否を。連絡がなければ不合格と。次の応募者。その次の応募者。ワトソン君、これからは合図。なければ住所と名前だけ。小一時間、行列は消滅。私はこの面接が有意義とはおもえなかった。まず応募者の体格。すべてやせてない。一晩でミイラになりそうもない。ホームズの意図をはかりかねた。悠々たる態度。ききそびれた。窓際でホームズがいう。

** 1305 二時半、やせた男が登場、捕物劇が
二時半。第一幕はかんばしくなかった。でも第二幕はもうすこし見ごたえが。窓からみてると一人のやせた男、ハンティング帽。ちかづいて見あげる。そっくりだった。ホームズの行動におどろいた。あの男だ、レストレイド君。レストレイドが呼子笛を。かくれてた私服が三、四人。

唖然とする男をかこむ。そこに居あわせた酔っ払いもついでに。レストレイドがおいおいと。ホームズをそれをせいして、何かの縁。証人としてこちらに。階段に大勢の足音。酔っ払いの老人がひときわあばれてた。ホームズの手にはコインが。近づく。この若者が犯人、でもあんなにあわてる必要がとレストレイド。茶目っ気たっぷりの口調でいう。そうみえましたかレストレイド君。これはほんのお礼とコインを若者ににぎらせた。やせた男は部屋をでていった。

** 1306 犯人、ブリッグストンを紹介、また面接を開始
では皆さん、プライオリティー・ロードのミイラ事件の犯人、ジョニー・ブリッグストン氏を紹介します。恰幅のよい老人だった。またあばれ抗議した。レストレイドがホームズさん説明を。すると老人がホームズと。そしてあきらめたように。あんたの思いつきそうな手口だ。ではゲスト用の椅子に。手錠もわすれずに。レストレイド君、第三幕がある。そこでは彼にえんじてもらう役割が。ホームズの指示で椅子の位置をドアの方になおす。さて、爺さん、この手口は私でなくあの日本人、君もよくしってる。ええとナツミ。そうですか。気がつきませんか。では声には聞きおぼえがあるでしょう。馬鹿なこととまたわめく。お前は機転がきく男だったはず。ここで私服が持ち場にもどる。

ホームズさん、説明をお願いしたいもの。本当にこの爺さんが。一人で、どうやって。スコットランド・ヤードの待ちかまえるところにくる。もうすこしの辛抱です。まだ事件があるのか。そう。ではさっきのわかい男は。僕のふるくからの友人で俳優です。おやどうやら客人が。階段をあがる音。ホームズは顔をあわせた応募者と老人の反応をみた。何の変化も。次の応募者、その次の応募者。反応がない。いらつきだした。老人もいつまでやるのかと文句。ホームズが第三幕はないかもと弱気に。旦那、贅沢だと。そうかい、ではお前は何を心配してのこのこと。われわれには理解不能なやりとりだった。四時半もうこれ以上は。ベッドも片づけねば。

** 1307 四時半、もう一人の犯人、ブラウナーが登場
足音。ドアがひらく。募集はおわってませんか。顔がみえた。表情がこおりつく。あわてて階段を駈けおりる。レストレイド君、もう一度呼子笛。この大馬鹿野郎と老人。お前が報酬をおしみさえしなければ、こんなことはなかったのに。

* 1400 漱氏、用水桶に転落したホームズ氏、漱石が犯人を確保
** 1401 下宿で面接、大騒ぎ
ホームズさんの新聞広告で大勢の人が下宿の前に。自分は面接審査の名簿係だった。しかし面接がすすみ行列がなくなっても適任者が見つからない。窓辺のホームズさんにおりませんねと。いない。体格がよすぎた。やせた男をつのるべきだった。そう、わすれた。広告の文面は左眉に傷がある男、大金をだすからあつまれだった。不十分、やせている。髭がある。これも必要だった。その時、プライオリティー・ロードの下宿でみた三行広告が頭に飛来した。メアリー・リンキイにあわせるため、そんな男を募集していたのでは。やせた男がやってきた。

** 1402 犯人を指摘、にげる男にホームズさんが賞金といったら、ださないと
おどおどしてる。左眉の傷。まよってる。自分はわかったと。ワトソンさん、あの男をつかまえて。自分の推理である。あの男はリンキイをだますため傷をつくった。当然、今日の応募資格に適合する。二匹目のどじょうをねらての応募だろう。ホームズさんが窓から身をのりだし呼子笛を。まてええ。おい君、あの男をつかまえて。泥棒だ。効き目がない。自分はええいと、十ポンドだす。有名なホームズさんがいってる。するとたちまち一団がはしりだす。するとホームズさんがおどろいた。ださない。

** 1403 興奮したホームズ氏は用水桶に
いったのはお前、自分はしらん。そして首をはげしくふる。その時、手すりがおれた。ホームズさんは三階から下の用水桶におちた。大変だ。階段を駈けおりた。外にでてやせた男を追っかけた。集団をぬいて男をつかまえた。にげても無駄、神妙にせよ。それから用水桶のところに。ホームズさんはびしょぬれ、茫然自失だった。

* 1500 ワ氏、ホームズが謎解きに得意満面の長口舌
** 1501 二人の犯人を部屋に連行、どうして犯人かとナツミ
部屋をもとどおりにしてベイカー街にもどった。二人の犯人、レストレイド、ナツミ、われわれ二人。ナツミがいう。まるで狐につまれたよう。この二人が犯人、これだけ。どうして二人があらわれた。そのための準備がある。当然の帰結。外国への逃亡が心配だったが。しかしまだロンドンにいるとも。何故ならなくなった旦那の弟がまだリンキイ邸にあらわれてない。彼はリンキイ夫人の死により遺産を相続すべき人物である。

** 1502 ホームズが二人を面接で誘いだせると主張
ブリッグストン、報酬の半額をもらっただけだろう。ふん、そう。だろう、偽弟にはまだ金がない。まだ遺産相続できてないから。といって今まだ姿をあらわす時期じゃない。おそらく近辺にひそんでる。これでいそぐ必要はなかった。ところがレストレイド君は事件解決でわれわれに絶交するという。いや、いや、いつ謎解きがはじまるのか。これは失礼、君ほどの専門家には蛇足だが。ところで君の名はと若者に。ジム・ブラウナー。そう。この顔ですぐ思いだすことは。

** 1503 まずブラウナーの説明を
否、われわれはいろんな人にあうから。ではこの顔にヒゲをつけたら。あかいヒゲなら。キングスレイのミイラににてませんか。レストレイドがうなる。私はリンキイ夫人をなぐさめるために、さがしてるとおもってた。やっと彼の真意がわかった。つまり君はリンキイ夫人をだました犯人をさがしてた。そう。でも、なぐさめるためにもなる。弟はしんでない、このとおりいきてるともいえる。どうぞ謎解きを。このブラウナーがクギづけの部屋で、あらかじめ用意してたミイラと擦りかわった。そう。ではミイラはどこに。ブリッグストンがはこびこんだのか。それは無理、密室。だからどうして。つまりもとからあった。あの部屋に。そうだね。そう。ではどこ。

** 1504 擦りかわりのトリックの解説
ええとレストレイドがわめく。で、擦りかわったとして、その後はどうしたか。ブラウナーはどこから逃亡。ええ面倒。最初から説明を。ミイラはどこ。それはあの長行李の中。つまりあの屋敷にやってきた時に持ちこんだ。ええ、あそこには呪いよけの像のみでしょう。ではヨロイは何がささえますか。ええ。あの像は長行李の中にミイラが。ヨロイをささえる。切断された理由はヨロイがすわってるから。像の両足がわかれてるのもヨロイにあわせてる。成程と私。

ではリンキイ夫人が盗みみた長行李の中身は。ミイラ。そうか。それでブラウナーがあわてた。そうだが、またそれを利用した。彼の変調のきっかけだと演出。まってホームズさん。ミイラを寝台におく。本人はどこ。ヨロイの中が空にレストレイド君。で、そこに。ベインズとリンキイ夫人がドアをやぶってはいってミイラを見つけた。ヨロイはすわってた。あのヨロイの中心にとおす心棒がなかったから。

つまりこれは、甲冑、長行李、ベッドの上を容器とする。するとそこにはいってる物を移しかえるトリック。移しかえをおえるとブラウナーは甲冑をきたまま部屋中にアルコールを振りまき放火。自分は甲冑をきたままスツールの上に。放火の時期は朝、たちまち三人が乱入し鎮火。しかし大騒ぎ。これが不可欠。リンキイ夫人が卒倒。夫人をベインズ夫妻が階下に。このチャンスに甲冑をぬぎアルコールを振りかけ放火しドアからでる。さらに人目をさけ玄関に。軒下をつたい足跡に気をつけて逃亡。この時、雪もふってたから。屋敷の表側は目だつが裏は植込みと隣家。逃亡は容易。成程。それでまんまと。でもまだ難問がホームズさん。あのミイラ。

** 1505 ミイラ出現の謎解き
あれはどうしてつくる。キングスレイは餓死、それは自然死でしょう。見事なミイラにしたのは今年の異常な寒さ。へえ、寒さですかね。自然現象です。レストレイド君。ロシアのイワノフ公爵の変死事件など好例。死亡した人体が腐敗せずミイラ化する。今度の場合は餓死だから余計に。しかもさらに好条件がくわわった。キングスレイは荒野の一軒家に。さらにあばら家。室内外の温度差が皆無。で、ブリッグストンがたずねるまで放置されてた。すると彼はこれを利用したわけですか。そう。しんじられない。君もエジンバラにいけばよかった。レストレイド君。あの雪原の一軒家をみれば。では順をおってはなします。

** 1506 財産横領をたくらむブリッグストンの登場
それはありがたい。では、もしちがうところがあればいってくれ、ブラウナー、ブリッグストンのお二人。リンキイ夫人は旦那がなくなり未亡人。一緒にすもうと消息不明の弟を探しはじめた。そして新聞広告。これがブリッグストンの目にとまった。早速リンキイ邸をたずねる。最初は通例の三倍の報酬で満足してたかも。そのとおり。ところがミイラ化死体に遭遇、早速変身。

** 1507 ミイラを利用し旦那の弟を利用した財産横領
子どもの頃の生き別れ。発覚しにくい。別人の替え玉を仕たてる。ところが替え玉の利益と自分の利益をくらべる。もっと得する方法を。みてたようなことをいう。ミイラと替え玉の二つの持ち駒。これを利用し、リンキイ夫人を廃人、屋敷から追いだす。夫人が屋敷をでれば得する者は。旦那の身内。ならばこの人物を抱きこむ。ならばリンキイ家の全財産を山分けできる。かもしれない。ではジェファーソン・リンキイに身内が。行方不明の弟がいた。好都合。さらにリンキイ夫人は繊細な神経。好都合。もっとも衝撃的な方法でこのミイラを出現。なら成功間違いなし。こうふんだ。

** 1508 細部の企みもぬかりない
エジンバラにリンキイ夫人をつれてゆく。廃人に。まだたりない。ではもっと計画をねる。不都合な点に気づく。そうパジャマ。もうぬがせない。これが姉の意見にさからい、ぬがず、そればかりか床をころげまわった理由。ところでお前はその弟を見つけた。そう、トレヴァは借金まみれ。すぐ計画にのった。ふむ、そんな名前か。よくお前に前金がはらえたね。ふん、指輪をうったという。へえ、トレヴァは無一文の上にさらに警官におわれる破目に。ホームズさん、脱線はしないで。

** 1509 偽物でっちあげの新聞広告
お前はロンドンの郊外。そう。その自宅にミイラをはこぶ。そして新聞広告。「身長は五フィート・九インやせて髭のあかい、やせた三十歳くらいの男性をもとむ」これで応募者の行列が。できたよ。私のところもできた。さらに一番有力な応募者がブラウナー。これも一緒。

** 1510 中国の呪い、神秘の捏造
そこでお前は調べあげたキングスレイの経歴やでっちあげた中国時代の悪行までブラウナーにおぼえさせた。おっと間違い、中国に実際いってる。あそう。彼はエジンバラの一軒家に待機する。リンキイ夫人ともども訪問。やっと見つけたもの。その後だ。

屋敷で完璧な振る舞い。その奇行はリンキイ夫人の心をさいなんだ。部屋中に香の煙。暖炉に薪を拒否。私がきいた。香はわかるが暖炉は。死体の腐敗を心配したんだ。へえ、では猫を追つぱらたのは。邪魔、犬ほど嗅覚は発達してないがやはり心配。話しはさかのぼるが、どうしてクギづけ。おそらく仕事の内容がデリケートだから。長行李の中から絹の包装をといてミイラを取りだす。ベッドにおく。時間と慎重をようする。実際、リンキイ夫人がさわって頬に穴が。手品師のタネ仕込みの大切な時間だ。成程。もう一つの理由。ミイラで置きかえた。これを気づかせない。エジプトでなくイギリスでミイラなんてね。その可能性をへらす。密室化で外部からの操作の可能性を払拭したかった。

** 1511 顔の傷
顔の傷は。当然、もともとあったから。治癒期間が一月いる。屋敷にはいってすぐにやった。春にはミイラの腐敗が。その発見の時期とも調整する必要が。不自然さをさけたかった。ところがリンキイ夫人が覗きみした。好機とばかり利用した。まったくそのとおりとブラウナー。

** 1512 財産横領事件だった
なるほどこの奇妙な事件はリンキイ家財産横領事件だった。ところで傷までつけていくらもらったかとレストレイド。二百ポンドの予定で半分だけ。ああそう。自分は木像作り、マンチェスター出張、赤字とブリッグストン。自業自得。だから僕の釣り針に簡単にひっかかった。ブリッグストンはともかくブラウナーは半々とおもってた。こいつには借金があったんです。

** 1513 ブリッグストン誘いだしの成算
ブラウナーが借金、ブリッグストンはその動向が心配。自分のやったことの二番煎じ、あやしげな話し。事情にかんずいた、あの東洋人の復讐か。そのため証拠あつめ。ブラウナーを誘いだす。それは阻止しなければ。こうおもったのだろう。ちがうか。ふん。お前は警察は気づいてない。張り込みはない。そうみてでてきた。私の募集で非常にやせた男といったらブラウナーが警戒、でてこない。ところがこの募集ではでてきそう。不安、だからでてきた。ふん。正直にいう。

ブラウナーがすぐ列にならぶ。ブリッグストンがあわててでてくる。そこで一挙に二人を。こう期待した。一時半までまってこれは断念。ブラウナーがまよう。四時まででてこない。するとブリッグストンもでてこない。これもこまる。なのでブラウナーの偽物を仕たてた。二時半になったらでてくる。こういう手筈にした。彼はブラウナーにあってない。しかしミイラににせる。それでよい。それに冒険的仕事といったから屈強な男があつまる。対照的に印象がつよくなる。ブリッグストンの誘いだしには好都合。

** 1514 ブラウナー確認の成算
事態は期待以上に進展した。ブラウナーがでてきても、わかるか。その自信はなかった。ところが先にブリッグストン、お前が引っかかった。これで一安心。ところがもう一つ心配が。二人は近所にすんでてひそかに連絡をとりあってる。となるとブリッグストンのおとり作戦は失敗。でもこの可能性はひくい。密接な関係はブラウナーにしられたくない事情をしられること。まずない。ブリッグストンがだした新聞に広告をだした。お前の目にとまらないはずない。でもブラウナーがでてこないかもと心配した。さて説明はこれで。そろそろお開きに。するとナツミがいう。

** 1515 幽霊の正体、ナツミの必要性
ブリッグストン氏に見おぼえがといわれましたね、ホームズさん。そう、特に声に聞きおぼえは。ううん、わかりません。わかりませんか。あ、幽霊の声。そう。この爺さんはサーカス出身、部屋の天井裏にもぐりこむ。幽霊の真似事はお手のもの。でも何故。あなたがロンドンにすむ数少ない東洋人だから。プライオリティー・ロードの下宿はリンキイ邸とちかい。屋敷の裏手に隣家。そこに空き部屋があった。あなたを下宿から追いだせば、ここにくる可能性がたかかった。へえ、何故。

失礼だが東洋人を受けいれる下宿はおおくない。あそこはその一つ。下宿をちかくでさがす。ならここ。でも何故、私をいれたかった。それは演出効果、東洋の呪いにおびえてるリンキイ邸の隣家に東洋人。演出効果抜群。だからフロッデン・ロードにうつってもあきらめなかった。そう。だがあなたが僕のところに相談、この計画は断念というわけ。しかし私は日本人、中国人でない。区別できる英国人はほとんどいない。

なるほど。ホームズさん、あの六十一という数字の意味は。そう「常に六十一」とは。最後にのこった謎ですな。ブリッグストン、あれは。ただ、きょとん。喉に紙切れ、 ランガム・ホテルの便箋の。しらない。ではブラウナー。しらない。ううん、これはおそらくキングスレイが自分の意志でやったこと。おそらく死の直前。彼は餓死、空腹で紙を。と、おもう。あの数字と文字は。いたずら書き。彼にとってのみ意味が。あるいは喉につまって窒息、直接の死因かも。まあ特別の意味はない。では、ワトソン君、マティニの店で食事、それからワーグナーの夕べの第三幕を。

* 1600 漱氏、生れかわったホームズ氏、感謝される漱石、猫に夏目と命名、帰国
** 1601 事件解決、帰国準備に
事件は解決。ワトソン先生に感謝された。ホームズさんは用水桶に転落したお陰で精神が正常にもどった。今では大変なイギリス紳士である。それからの自分である。

** 1602 財産横領でリンキイ夫人の義弟、トレヴァ・リンキイを逮捕
おかみ姉妹が下宿をやめロンドン郊外のツーチングにうつった。自分もそれにしたがった。四月二十五日だった。ホームズさんの消息である。自分が七月二十日にクラバムコンモンにうつった頃、トレヴァ・リンキイというリンキイ夫人の義弟が逮捕された。この男が財産横領で事件を画策したのである。これでプライオリティー・ロードのミイラ事件は完全に解決した。後日譚をしるす。

** 1603 リンキイ夫人の状況
一九〇二年があける頃、ワトソン先生から手紙を受けとった。二人はブラウナーをリンキイ夫人にあわせた。その結果にふれてないが上々とはいえなかったようだ。リンキイ夫人はその精神病院をでることはなかった。自分が期待した効果はなかった。ついでのある時に二度ばかりベイカー街を訪問した。ホームズさんは豹変、英国紳士である。クレイグ先生のところは前年にやめた。先生は沙翁辞典に、自分はクラバムコンモンの下宿で文学の研究に専念することになった。この年、正常復帰したホームズさんは大活躍だった。自分も英国滞在最後の年、多忙だった。帰朝のため日本郵船丹波丸の予約を手配した。ひさしぶりにベイカー街にお別れの挨拶にいった。

** 1604 二人に帰国前の挨拶、傷心のリンキイ夫人へ気遣い
乗船五日前である。ようこそ夏目さんとホームズさん。昨日もあなたの噂を。ロンドンはいつとワトソンさん。いやまだ日にちはとはっきりさせなかった。多忙な二人に見送りの労をさけたかった。大変にお世話になりました。いや、あなたの助けがなければ私の引退ははやまったでしょう。いえ、私はリンキイ夫人のことで負い目が。お役に。否、彼女はあきらかに快方にむかってます。しかし死体発見の衝撃がまだのこってる。まただまされた衝撃、さらに回復がすすめば弟の死とむきあう衝撃がのこってます。しかし着実に回復にむかってます。

ワトソンさんが、リンキイ夫人に子どもでいたら。愛情をそそぐ対象があれば回復が促進も。自分はすこし安心した。ではそろそろ。そこに来客。二人と握手、退散。ついでクレイグ先生のところに挨拶。下宿にもどった。

** 1605 もどった下宿でうまれたばかりの子猫に
おかみが手に子猫をもってむかえてくれた。きくと五匹うまれたうちの一つという。帰国の日時が十一月七日ときまった。その日、おなじく帰国する友人と食事を。食事中に猫が闖入する騒ぎがあった。突然考えがひらめいた。心配する友人に一足先に帰国するようにいうと、あっけにとられた友人をそのまま、下宿にもどった。

** 1606 帰国を延期、ベイカー街に、病院訪問、子猫を贈呈
子猫をもらってベイカー街にいった。しっかり自分にしがみついてる子猫をみせ、リンキイ夫人もこれならよろこぶといった。ホームズさんはたちまちランズ・エンドの精神病院訪問をきめた。自分も随行、同地で一泊し翌朝、リンキイ夫人とあった。子猫は彼女におおいに歓迎された。受けとってもらえた。

** 1607 帰国、見送り、ホームズ、ワトソン、リンキイ夫人
帰国が十二月五日、博多丸ときまった。日本で自分の精神に異常ありとの噂がたった。無理からぬことである。当日、埠頭にたった。勝手に予定を変更したから見送りはない。と、肩をたたかれた。ホームズさんだった。それにワトソンさん、女性、リンキイ夫人である。夫人はしっかりとした口調で猫のお礼をいった。ずいぶん回復されたと自分はいった。夫人は猫に夏目と命名してよいかときいた。勿論了解した。乗船の時がきた。

タラップにのぼってる時、天啓が。三人のところにもどり、あの六十一の紙片の写しをみせてもらった。それをさかさまにしてよめば英文で十九世紀(19th century)とよめる。この意味が何なのか。やはり不可解だった。するとホームズさんが手紙、姉のリンキイ夫人にあてたものといった。弟の遺品のロケットをあけると手紙が。それは死を覚悟したキングスレイがかいたものだった。やぶられた跡と紙片はぴたりとあった。

** 1608 小説、我輩は猫であるの着想
自分はあわてて船にもどった。とおざかる三人をみてた。万感の思いがこみあげてきた。西洋婦人にだかれた猫に自分の名前が。そこで突然おもった。そうだ「我輩は猫である」と。こんな小説をかいてみようか

* 1700 後記(省略)
* 1800 感想
おなじみホームズの冒険譚にあらたな一編が発見。さらに漱石にも。この作者は両者をあわせてこれをまとめた。そこではホームズはほとんど狂人、探偵役と冒険譚をワトソンがこなした。英国留学中の漱石は二人と交流があったという。この事件はワトソンと漱石の視点からかかれてる。事件に殺人は登場せずパロディ仕立てである。だから筋は単純という印象だった。ところがあらためて、これをまとめた印象はちがう。

推理は本格推理小説におとらない。事件の単純さと裏腹に結論にいたる推理の筋道は綿密、徹底していた。随所にただよう文学的香りは私のすきな「我輩は猫である」につうじる。この作者の多彩で豊かな才能におそれいるばかりである。

* 1900 テーマ
不可解なミイラ事件にまきこまれた傷心の女性をどのようにすくうか、である。事件を解決し猫によって傷心をいやすことだったが、漱石の「我輩は猫である」の落ちがついている。

* 2000 評価
六十一の推理はまさに推理の白眉である.

六十一という数字の意味は。何日間か、何日か、カレンダーの日にち、年号、あるいは二桁をこえる数字の一部。ではない。なら、距離か、金額か、重さか。ここから数字のあった紙片にうつる。推理がつづく。

部屋には便箋も筆記用具もなかった。不可解。死の直前に口にいれたか。いそいでたか。なら金庫の番号か。その急をようした事情は。悪党仲間の目をさけたか。侵入者かいたか。クギづけ。侵入者はない。不可解。でもむりやり口にか。侵入の痕跡がない。さらに「常に六十一」から漱石は下宿料にまで推理が発展する。

結論となるのは、さかさまにして英文字、19世紀である。英国で英国人がかいた。なら一番自然な推理。ところが散々推理をかさね最後にやっとくる。これが不自然とならない。このためには、漱石の登場、中国の呪い、ミイラ、東洋の悪だくみ、さらにホームズを茶化すような仕立て、奇人クレイグ先生。このような奇想の世界がなじむ。推理の迷宮を作りあげ読者を引きずりこむ。最後に出口にみちびく。そのためにこんな世界が必要だったとおもう。

この開放感を私は愛してきた。願わくば今後もこのような奇想天外の世界をみせてほしい。

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