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謎解き京極、塗仏の宴、宴の始末 [京極夏彦]

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この京極作品を未読の皆さんへ
不用意にのぞくことをすすめない。 (この連作の趣旨、体裁は「謎解き京極、姑獲鳥の夏」で説明した)


あらすじ

1

昭和28年6月11日、伊豆下田である。下田署にある男がひそんで、動きを見聞してる。

下田署の村上貫一の自宅で回想する。昭和13年、下田に移住、14年に結婚、復員後、22年に警察に勤務。この10日、息子、村上隆之と悶着があったので、勤務をやすんだ。11日未明に高根山で女性の全裸死体が発見された。容疑者は現場で逮捕された。

下田署である。殺害されたのは房総で多数が死亡した事件の関係者、織作茜であった。現場で逮捕された男は錯乱してた。小説家、東京の中野在住。外で成仙道という新興宗教のならす音がきこえた。

自宅の村上の回想である。13年、弟、兵吉が失踪した。その一月後に貫一も家をでた。妻に息子、隆之をさがすといった。

12日、下田署である。30すぎの酔っぱらいが保護された。自称医学博士、失職して上野で浮浪者生活、6月はじめに子どもに悪霊をはらってやるといわれた、という。

同日、貫一の自宅である。貫一と妻、美代子、成仙道の刑部がいる。刑部は隆之の居場所がわかるという。隆之は養子だった。実親のことが悶着の原因だった。刑部はそんなことは記憶をけせば、もとのとおり親子関係は修復できるといった。

同日、下田署である。会議で事実が報告。目撃情報が成仙道の信者から多数よせられている。警部補の有馬と村上が韮山に出張することとなった。

13日、韮山にむかう列車の中である。有馬と村上がいる。美代子は昨日、刑部と家をでた。。有馬は山部に貫一の出征中、隆之のことたのむと依頼された。有馬は13年、韮山で駐在所勤務だったころに山部をしった。山部は23年に死亡した。車内を成仙道の信者が占拠してた。

2

6月5日、警視庁の青木刑事が目黒署の河原崎刑事に話す。5月29日、木場刑事が青木に、世田谷の漢方薬局条山房にかかわりがある女性が失踪した。これには霊能者藍童子もかかわりがある。この藍童子には退職した目黒署の岩川警部補もかかわりがある。事件を疑われるのに上司はうごかないと不満を示した。その後木場は失踪した。

さらに話しがつづく。場所は水道橋である。木場は実家によった後の行方がわかわらない。条山房は催眠術を利用して高額の薬を売りつけてた。岩川は藍童子を利用してこの事実をしった。立件を目ざしてたが、突然岩川がやめたので頓挫した。さらに関係者の女性が誘拐された。木場がおってた女性らしい。立入捜査後、5月22日に春子が失踪した。5月29日、河原崎が単身で韓流気道会に乗りこみ、春子を救いだした。現在、個人的に保護してる。春子は木場のことを気にしてる。

6月6日、青木が河原崎に木場の動静を話す。木場が小石川の実家にもどった。父親は3月脳溢血でたおれた。家業の経営と病状が問題となった。母親は、泰斗風水塾に相談し断わられた。華仙故処女には100万円を要求され手付をはらった。妹はこまって、経営を立てなおしてくれるというみちの教え修身会の10日間合宿に参加した。

6月6日、池袋である。青木と河原崎がいる。木場の下宿先には定期的に女性がたずねてきた。それは春子でない。春子は音羽にかくまわれている。ふたりはお潤の酒舗にいった。春子は韮山の山中に土地をもってる。突然韓流気道会の岩井が襲撃してきた。それを条山房の張がふせいだ。外には異様な仮面の人物と集団がいた。

3

5月29日、中野の京極堂である。カストリ雑誌の生きのこり、その編集者、鳥口と京極堂がいる。鳥口は華仙故処女をおってる。彼女は尾国にあやつられている。尾国は死亡したと信じてた。

5月29日、神田神保町である。探偵助手、益田が尾国を調査をおえて事務所にもどった。鳥口、敦子、華仙故処女がいた。

5月29日、中野の京極堂である。多々良が塗仏について鳥口に話す。

5月29日、神田神保町である。華仙故処女、実名、佐伯布由が突然、家族を殺害したと告白した。

5月29日、中野の京極堂である。電話中の京極堂が登場した。

5月29日、神田神保町である。布由の家族は、父、母、兄、本人、祖父の弟の孫である又従兄弟、祖父、父の弟だ。又従兄弟の父が村にいた。村外に勘当された又従兄弟の祖父、大叔父がいた。年に一、二度もどってきた。

尾国は12年秋にはじめてやってきた。その時、駐在がいた。13年の1月と春にもやってきた。尾国がでていった。駐在もでていった。それから村の中がおかしくなった。尾国と大叔父がやってきた。鉈をもって大叔父が奥座敷にあがってきた。騒ぎとなったので、布由がとめにはいった。そこで興奮のあまり家族全員を殺害した。尾国が韮山に逃げて、駐在から山部にたよれと指示した。山部の指示により東京にでた。ここで榎木津が外部の騒音に抗議すると外にでた。布由は奥座敷の開かずの間には、死なない「くんほう様」がいるといった。カランと音がした。見しらぬ男がたっていた。敦子が立ちあがった。

29日、中野の京極堂である。多々良に塗仏のことをきいた。京極堂は違うとのべた。膨大な蘊蓄が披露された。塗仏は揚子江が起源と推測した。多々良は揚子江の民俗にくわしい光安を紹介してほしいと鳥口にたのんだ。鳥口は関口が光安の依頼をうけて、消失した村をさがしにいったといった。そこに益田がやってきた。敦子と華仙故処女が誘拐されたといった。京極堂が騒ぐなといった。

4

6月はじめ、上野である。ある男が見聞したものである。雑司ヶ谷の久遠寺医院の医師見習いをやってた内藤が男にあって身の上話をした。藍童子にあえといわれた。

6月6日、上野である。ある男の見聞である。黒川玉枝が内藤の行方をさがして地下街にきた。そこにいた司という男の助言で榎木津探偵事務所にいくこととなった。

6月10日、韮山である。老婆と宿泊客がいる。主人がおかしくなった。みちの教え修身会の磐田という男にだまされている。娘、麻美子も心配してる。しかし会の仕事を手つだうようになった。敗戦間近かにこのあたりに零戦がとんできたという噂話をした。

同日、同所である。ある男の見聞。加藤只二郎とみちの教え修身会会長の磐田がいる。磐田の実名は岩田壬兵衛である。麻美子が華仙故処女のところから離れた。しかし磐田はインチキと非難してる。自分は納得ずくで参加してる。長い間、家族の世話をしてくらた家政婦、よね子のことが心配だ。成仙道に入信した。磐田がよね子を自分のところにあずけるよう、いった。よね子は成仙道により、過去の記憶をいじられている。元にもどすといった。

6月11日、下田である。泥酔の男が、死霊を退治したと上機嫌だった。ある男をみつけた。無銭飲食で警察がよばれた。

13日、韮山である。ある男、堂島と宿の主人、只二郎がいる。心の迷いにくるしんでる。自分の理想を夢みる。それできめればよいといった。成仙道がやってきた。よね子のおがむ声がする。

下田にいた成仙道が韮山にやってきた。成仙道は只二郎の土地を成仙道の本部の土地としたいと推測した。只二郎が磐田か成仙道かどちらにすべきかたずねた。堂島はゲームの判定者は公平であるべきだといって、立ちさった。

14日、韮山の駐在所である。有馬と村上、淵脇がいる。関口がここにきたことは不知。10日の午後、郷土史家と名のる男がきた。村上は住民台帳の中に故郷の熊野の村の住民の名前を発見した。

14日、韮山である。ある男の見聞。成仙道が集結した。指導者、曹真人、美代子、家政婦の木村よね子、加藤只二郎がいた。成仙道が山中の道にやってきた。そこで羽田製鐵本社社屋の建設予定地であると、制止された。清水の桑田組、小沢だった。成仙道の刑部が、泰斗風水塾南雲にやとわれたと指摘した。土地所有者の三木春子、木村よね子がこちらにいるといった。その土地の中央部分をもつ者も別にいるといった。貫一が隆之とよね子の引きわたしをもとめて刑部にせまった。桑田組のトラックが突入してバリケードの前で横転した。木場が村上を制止した。話しがつづく。

曹真人の輿のところで、成仙道と韓流気道会の男たちが対立した。韓流気道会の岩井が韓大人を代理して抗議してる。木場が春子が自分の意志で成仙道に入信したといった。輿の曹真人が黄金の仮面、眼のとびだした顔をのぞかせた。堂島がこれをみて笑った。

5

6月12日、中野の京極堂である。鳥口の回想である。宮田が事務所にはいってきた。呪文をとなえた。敦子と布由が部屋をでていった。おいかける益田が何かの薬物をかけられて昏倒した。回想がおわる。

京極堂が鳥口に心配は不用だといった。光安と多々良が来訪する予定だといった。長電話の後に、「まさかゲームがつづいているわけじゃないだろうな」といった。二人がきて、揚子江の古代文明の話しがつづけられた。

同日、益田が中野の京極堂にむかう。益田の回想である。事務所に司と玉恵がいた。そこに町田の釣り堀屋の伊佐間がはいってきた。一柳朱美が韮山にむかったと伝言してさった。羽田製鐵の顧問、羽田隆三がはいってきた。調査依頼をすっぽかされたので、人を派遣したが、不幸にも殺害された。羽田製鐵の経営指南、泰斗風水塾、南雲、自分が設立した徐福研究会の世話役、東野がいる。この殺人事件と関係がうたがわれるので、この二人を確保してほしいと依頼した。殺害されたのは織作茜といった。羽田ののこした資料をみた。布由の出身地が韮山だとしった。真相をしった気がしたので、京極堂をたずねることとした。回想がおわる。

京極堂には三人の先客がいた。益田が問題の土地の地図をみせた。光安がへびと村だといった。布由のことをしり興奮した。来客があった。

同日、同所である。青木が京極堂にむかってる。青木の回想である。池袋の酒舗で襲撃をうけた。気がつくと韮山の文化住宅のような部屋だった。敦子と河原崎がいた。敦子は河原崎とともに春子をおってここにきた。敦子と河原崎がさった。華仙故処女と藍童子がはいってきた。藍童子が軽挙妄動しないように京極堂に伝言を依頼してさった。翌日東京にもどった。同日、京極堂にむかっている。途中で柴田財閥の増岡弁護士と合流した。増岡が京極堂に織作茜の殺害をつげた。関口が被疑者であるといった。

13日、甲府である。青木と鳥口が東野を確保した。京極堂が陸軍第十二研究施設で武蔵野連続バラバラ殺人事件に登場する美馬坂とともに研究してたとわかった。

13日、池袋である。益田が京極堂に随行する。京極堂が酒舗のお潤に襲撃のことをきく。木場の下宿に成仙道の勧誘があった。木場は春子を音羽から連れだした、とわかった。

14日、中野である。京極堂に青木、鳥口、益田がいた。東野は本名が佐伯乙松。鏖殺事件の犯人と主張した。この6月20日に殺人事件の時効が完成する。土地購入の話しが持ちあがったので、羽田に土地購入を持ちかけた。京極堂が、相手は人間の記憶を操作できる。殺人がおきる可能性はひくいといった。そこに関口の妻、雪絵と増岡がはいってきた。

柴田財閥から関口のため増岡ではないが弁護士を韮山に派遣される。関口が取り調べにより人格が破壊されるおそれがある。榎木津がはいってきた。榎木津が京極堂に隠し事をやめるよういう。関口が殺人者に仕立てあげられたのは京極堂への嫌がらせだと認めた。

6

15日、韮山である。ある女性がかしてくれた部屋に有馬と村上がいる。有馬は15年前、駐在だった。戸人村とよんでた土地で現在すんでる住民の転入の記録がない。あそこは佐伯の土地。手前が三木屋の土地。成仙道の一行の中に美代子はいたが、隆之はいなかった。そこに一柳朱美がはいってきた。

同日、同所である。鳥口、青木がやってきた。戸人村の入口は大騒ぎとなってた。京極堂によれば、ゲームは6月19日が終了の期限だという。成仙道の曹、みちの教え修身会の磐田、条山房の張、泰斗風水塾の南雲、徐福研究会の東野、華仙故処女、藍童子の八人がそろう必要があるという。羽田製鐵の秘書、津村がやってきた。桑田組の小沢に南雲との顧問契約は解消されたといった。男が逃げだした。南雲だった。

同日、同所、貫一と朱美、有馬がいる。兵吉は6月6日、沼津から失踪した。尾国が連れだしたらしい。有馬は11年から13年6月20日まで駐在に勤務してた。12年夏、山部から戸人村にある不老不死の仙薬の調査を依頼された。山部の使いで尾国がやってきた。布由が保護をもとめたので尾国に引きわたした。翌日、下田に異動した。

同日、同所、青木、鳥口、南雲がいる。戸人村には長期間、空気と水だけで生存できる生き物がいる。くんほう樣という。

6月17日、韮山である。午後8時である。敦子のいる成仙道がすすむ。鳥口、益田、東野こと佐伯乙松がいる。成仙道の後ろで藍童子の一行がやってきた。韓流気道会と成仙道が衝突した。布由が敦子をよんだ。榎木津が登場した。

同日、同所である。鳥口ほか一行がすすむ。

同日、同所である。青木、京極堂、内藤、騎兵隊映画社の川島、光安がすすむ。京極堂は陸軍の研究所、あの武蔵野の研究所に配属された。

そこでは毒瓦斯、風船爆弾の研究、ほかに武蔵野連続バラバラ殺人事件の美馬坂による不死の研究が行われた。京極堂は洗脳実験を担当した。ある男はある周波数の音を一定時間以上きかせると必ずイライラするという実験をやった。成仙道の音がそれだ。即効性のある催眠剤のを研究していた男もいた。記憶を操作する研究をしてる男がいた。闇の中に朱美がいる。兵吉は中野学校の前身に収容された。兵吉は見つからなかったが兄が見つかった。闇の中から有馬と村上があらわれた。

同日、同所である。兵吉誘拐の真相である。山部が日本を伝説の蓬莱と信じた。陸軍のある男の協力をえて徐福伝説の土地、熊野。そして村上一族にたどりついた。伝承していた口伝を聞きだした。兵吉を上京させた。残った一族を戸人村におくりこんだ。彼は記憶を操作しておこなった。おそらく口伝により戸人村の存在を探知した。闇の中に津村がいた。山部は残った津村母子を援助した。山部の死後、陸軍のある男が引きついだ。津村を利用し南雲を使嗾した。あわてた東野が羽田にはたらきかけた。張、宮田、敦子、河原崎がいた。京極堂らは戸人村にいそぐ。

一行は事件のあった戸人村、佐伯家に集結する。そこで京極堂により惨劇の真実が解きあかされる。最後に陸軍のある男との対決がまってる。くんほう樣の実体は何か。最後にあかされる。

おことわり

京極作品を未読の皆さん、どうかここを不用意にのぞいて将来の読書の喜びを損なわないよう、よろしくお願いする。


文庫版 塗仏の宴 宴の始末 (講談社文庫)

文庫版 塗仏の宴 宴の始末 (講談社文庫)

  • 作者: 京極 夏彦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2003/10/15
  • メディア: 文庫


再度の警告。本文にはいわば「ネタバレ」が溢れている。未読の方には勧められない。本文であるが、これ一回で完結する。
また、謎解き京極の連作はこれで終了する。




謎解き京極、塗仏の宴、宴の始末

1

昭和二十八年六月十一日、伊豆下田である。下田署で、ある男が考える。世界の箍がはずれ、混沌の後に新しい秩序がやって来る。

昭和二十八年六月十一日、伊豆下田である。下田署の刑事、村上貫一は自宅で回想する。村上は昭和十三年に下田に移り住んだ。十四年に結婚した。復員して昭和二十二年、警察に勤めた。仕事一途だった。息子のことを考えた。鑼(どら)、篳篥(ひちりき)のような音がきこえた。三、四日前から奇妙な恰好の連中が街中を徘徊している。宗教活動の一環らしい。息子隆之は十二歳である。十日、貫一は隆之に殴られた。狼狽した。休暇をとって勤務を休んだ。十一日早朝に事件が発生した。下田署からの連絡によれば、十日の深夜、全裸の女性の遺体らしきものを担いだ男がうろついているという通報が蓮台寺温泉の駐在にあった。十一日未明に高根山中において遺体が発見された。容疑者は現場で逮捕された。

同日、同所である。下田署で、ある男が見聞し考える。静岡県本部から捜査員が到着した。初老の刑事と若い刑事が話す。殺害されたのは房総で事件があった織作家の織作茜である。羽田製鐵の役員秘書の津村という男とふたりで近くの神社をたずねた帰りという。容疑者の話しとなる。自白をしたので逮捕に踏み切ったが、話す内容が曖昧で調書にまとめられないという。身許の話しである。小説家、東京の中野に在住。消えた村を探しにきたという。名前は関口巽である。外から音がきこえる。成仙道という新興宗教である。本拠地は山梨にあるが、布教活動のため下田までやって来たという。ある男は微笑みながら席を立った。

同日、同所である。村上の自宅で村上が回想する。はるか昔に別れた弟の兵吉との会話を思いだした。貫一は紀州熊野に生まれた。六人兄弟の二番目だった。兄が早世したので事実上の長男であった。貫一が二十歳、兵吉が十四歳の頃、兵吉が父と揉めて、家を飛びだし、失踪した。昭和十三年だった。そのひと月後、貫一は家を出た。回想が終る。外から音が響いた。妻に隆之をすぐ探すといった。

十二日、同所である。下田署で、ある男が見聞し考える。入口に蓮台寺裸女殺害事件と掲示のある大部屋で刑事の緒崎と有馬が話す。緒崎は容疑者が犯人といきまいた後、部屋を出た。廊下で声がきこえた。三十過ぎの男がふたりの婦人警官に連れられて通り過ぎた。係の刑事が有馬に泥酔者が保護されたという。成仙道の話しとなる。また泥酔者の話しとなる。十一日の昼間から飲酒し道路で寢ていた。上機嫌で悪霊を追い払ったという。自称医学博士である。失職し上野辺りで浮浪者生活をしていた。それが六月はじめに子どもに悪霊を払ってやるといわれたという。なぜ、どうして下田に来たのかは不明である。ある男が有馬に声をかけられたが、適当にあしらって外に出た。

同日、同所である。村上の自宅で成仙道の刑部と村上、美代子が話す。刑部は隆之の居場所がわかるという。村上がきく。家庭の事情、隆之が実子でない事実をどうして知ったのか。根拠のある答えがない。さらに村上すら子どもの両親のことは知らなかった。しかし十日、隆之が自分は泥棒の子どもだろうといったことに衝撃を受けた。村上に養子を周旋したのは警察関係者である。そのことは村上しか知らない。村上がしつこくきくが根拠のある答えはない。最後に村上が息子の捜索を警察に頼むという。刑部が村上しか知らない事実があったとして、それを村上が忘れてしまったら事実ではなくなる。子どもが実子でないという事実を忘れてしまえば、親子関係はまったく元のままだ。自分はそれができるという口振りだった。

同日、同所である。下田署で、ある男が見聞し考える。村上が刑事のいる部屋に入ってきた。捜査会議で事件が報告される。被害者は下田富士に登った後、午後六時十五分に蓮台寺温泉の宿に入る。夕食後、夜九時五十分に露天風呂に向う。十一時不審に思った津村が確かめると、失踪が判明。各所に連絡する。死亡推定時刻は夜十時二十分から十一時の間。目撃情報は多数。なかに成仙道の信者が含まれる。遺体の移動径路は成仙道の行列の移動の道筋と一致している。動機が不明である。今後の捜査方針が決められ、有馬と村上が韮山に出張することとなる。ある男はこれを仮眠室できいていた。

十三日、韮山に向う列車の中である。村上と有馬がいる。村上が自宅でのことを回想する。美代子は刑部とともに家を出た。回想が終る。有馬が村上に捜査願いを出したかきく。有馬が隆之のことを話す。村上が出征中をよろしく頼むと山部に頼まれたという。山部の話しとなる。貫一が昭和十三年に家出をした時に住む場所と職を世話してくれた。下田は山部の故郷だった。美代子との結婚を周旋してくれた。隆之の養子縁組の世話をしてくれた。復員後に警察官に推薦してくれた。貫一はこの山部唯継に多くの恩がある。山部は二十三年早春に死亡した。有馬と山部は幼な馴染みだった。村上は山部についてほとんど知らないことに気がついた。ただ警察関係だといっていたのを思いだした。有馬が山部は優秀な人物で早くから内務省で活躍していたという。有馬が韮山で駐在をやっていた頃、山部とのつき合いが復活した。それは昭和十三年のことだったという。有馬が車内の異様さに気づく。この列車は成仙道の信者が占拠しているという。村上が車内を確認する。各車両を点検する。ある男が通路の真ん中に立っていた。最後尾の列車のデッキには黄金の仮面を被っている男がいた。その仮面は巨大な耳、尖った鼻、潰れた顎、眼球が飛びだしたものだった。

2

五月二十九日、東京の警視庁である。これは六月五日、警視庁捜査一課の青木刑事が目黒署の河原崎刑事に話したものである。木場刑事はこの日を最後に職場に出てこなくなった。その日の様子である。木場は大島課長のところにやって来て、昨日のことだという。世田谷の漢方医に関わった東長崎の縫製工場の女性工員が行方不明となっているという。それにもかかわらず所轄の目黒署が動かないと不満を顕わにする。大島は目黒署に照会したが条山房を詐欺とするには根拠薄弱だという。木場が事件にかかわった岩川のことをきく。岩川警部補は退職したという。藍童子のことをきく。きいていないという。木場は席に戻る。茶を飲んでいたが同僚の青木刑事に合図して廊下に出る。岩川のことを話す。青木は様子がおかしいので何があったのかきく。世田谷の漢方医条山房に関わりのあった女性が先週行方不明となっているという。藍童子の話しも出る。資料室に行くといって別れる。それが最後だった。

六月五日、東京の水道橋である。青木と目黒署の河原崎が話しをしている。青木が木場の失踪についてこれまでのことを話す。二十九日に体調不良を訴えたので休暇が与えられた。浅草の国際マーケットの捜査が決まったので木場を呼びだしたところ、退庁後、下宿には帰ってない。行方不明が発覚した。退庁してから小石川の実家には戻っている。たぶん失踪した女工の行方を追っている。木場が暴走をはじめたと心配しているという。ここは水道橋の料理屋である。河原崎が青木を呼び出した。河原崎がいう。自分は岩川の部下で条山房の事件を担当していた。条山房は催眠術を利用して高額の生薬を売りつけていた。まず捜査に入ったが立件に至るまでの進展はなかった。会員に暗示を与える手口が解明できれば立件できる。その頃、岩川は霊感少年、藍童子を利用していた。この時も藍童子が条山房が詐欺だといったので動いた。挫折しそうになったものの立件を諦めていなかった。突然、岩川が誰にも相談せず辞めた。捜査は頓挫した。しかしまだ手段が残っていた。それは暗示をかけた時に使った書類が押収されてこちらにある。それに基づく証言が得られれば立件ができる。そこで肝心の証人が誘拐された。どうやら木場がいっていた女性らしい。河原崎がこれから重大な秘密を打ち明ける。

まず、捜査の経緯である。関係者を逮捕し証拠書類を入手したのが三月二十二日、証人の女工と接触したのも同日。捜査令状をとったのが三月三十日。立入捜査は三十一日。捜査打ち切りが決定したのが四月二日。岩川が十二日に辞めた。何らかの嫌がらせもあり得るのでこの証人のことを気にしていたが、二週間前、五月二十二日に失踪した。工場に聞き込みをした。週に一度、木場と外で会っていたことがわかった。さらに韓流気道会が誘拐したこともわかった。自分は五月二十九日、単身で道場に乗りこみ三木春子を奪還した。春子は現在、自分が個人的に保護している。この事件は奥が深い。今の段階で公的な扱いは不適切であると考えた。条山房も韓流気道会も春子の土地を狙っている。春子はしきりに木場のことを気にしている。自分はそれで木場の様子を知りたいとこのように青木を呼びだしたといった。

五月二十九日の後日、小石川である。これは六月六日、青木が河原崎に話したものである。木場の妹の夫、保田作治が実家に帰ってきた木場を迎えた。保田が回想する。保田は二十五年に木場の妹、百合子と結婚した。保田はこの小石川石材店に住んでいるが、役場の出納係である。木場は二十六年十二月に家を出た。保田に気を使ったものだと思う。それから時々戻ってくる。冒頭に戻る。作業場の中で木場が古株の石工と話している。保田が声をかける。木場が父親の様子をきく。病状に変化はない。母親は。占いにこってる。家族の事情が明かされる。この三月父が脳溢血で倒れた。母は慌てた。信心深かかった。家相を心配し、泰斗風水塾に相談しようとした。相手にされなかった。いろいろこったあげくに霊感占い師の華仙姑処女に頼った。面会に百万円を要求され借金して手付を払った。妹が困った。この店を立て直そうと、経営者育成の研修会に頼った。今、伊豆の十日間合宿に参加している。みちの教え修身会、会長は磐田という。講習料は後払い。会社をを起す資金も融資。会社がうまく行けばその利益から講習料、起業資金も返済できるという。うまく行かなかったらどうすると木場がきく。やがて命があれば何とかなると保田にいって立ち去った。

六月六日、池袋駅前である。河原崎が青木と話す。みちの教え修身会は問題があるという。青木が保田にそのことを注意しておくという。木場の様子をきく。五日の会合で依頼を受け青木は、小石川の実家と小金井の下宿を回った。下宿の様子である。部屋には不審な物はなかったが洒落た一輪挿しが卓袱台に置かれていた。下宿の小母さんに話しをきいた。三月の終わりから四月のはじめ頃に女性が通ってきていた。週に一度だった。五月の終り頃、その女性は男をひとり連てきたという。それは春子ではない。春子の定休日は金曜である。曜日が合わない。春子の誘拐後も訪れている。この女性の身許は判然としなかった。青木が河原崎に韓流気道会のことをきく。政治結社らしい。師範代の岩井は公安絡みの事件で逮捕された経歴がある。師範の韓大人の身許はまったく不明である。青木が春子の現状をきく。河原崎が独り言と断っていう。音羽で香具師の元締めをしている人物に預けている。春子は詳細を話してくれない。青木と河原崎が猫目洞のお潤の店に行く。

昼間である。すぐ出てこなかったお潤に河原崎が木場と春子のことをききたいという。春子は困っていたところを助けて知り合った。伊豆の出身であるという。河原崎が伊豆が関係がありそうだという。お潤がいう。春子は韮山に土地を持っている。山中で買手がつきそうもない。よく考えれば条山房がその土地を購入しようとしたのかもしれないという。春子に木場を引きせ合せたのは三月二十日である。最後に木場が来たのは五月二十七日である。突然、扉が叩かれた。韓流気道会の岩井だった。春子を出せと迫まった。爭いが起きた。そこに新な人物、条山房の張が登場した。青木を助け、岩井と対決した。春子を探していた。条山房の宮田が手当をしようとした。青木、河原崎、お潤が表に出た。青木は向かいのビルの屋上に異様な風体の一団を見た。真ん中の人物は仮面を被っていた。それは金色に輝き、巨大な耳、尖った鼻、潰れた顎、大きく見開かれた両眼から瞳が飛びだしていた。

3

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五月二十九日、中野である。カストリ雑誌の生き残り、その編集者である鳥口が京極堂に向う。京極堂は本業が古書店主、家業が武蔵清明社の神主、副業が憑き物おとしである。鳥口が京極堂との関りを回想する。二十七年の夏から秋にかけての「武蔵野連続バラバラ殺人事件」で京極堂と知り合った。二十八年の春、箱根山僧侶連続殺人事件に巻きこまれ、京極堂がそれを収束させるのを目撃した。鳥口が引き戸を開ける。ふたりの間に無愛想な挨拶が交わされる。京極堂が今、一月四日に頼まれた調べ物をしている最中だという。京極堂の無愛想さが終わり、鳥口が五月二十七日、華仙姑処女を捕まえた。さらに自分に隠し事をしているという。京極堂の妹であり、出版社、稀譚社の編集者、敦子のことである。鳥口の反応を読んで、二十四日、敦子が何をしたのか。たぶん華仙姑処女を街で拾ったのだろうという。驚く鳥口に内幕を明かす。二十八日、奇譚月報の中村編集長から電話があった。敦子の風邪は大丈夫かという電話だった。鳥口が勤めている赤井書房に電話した。何度かの電話の後に社長が出た。そこで鳥口が二十七日の夕方、スクープだ。敦子さんが大変だと飛びだしたという。鳥口は一ヶ月以上華仙姑処女を追っかけている。その状況は鳥口から連絡を受けている。二十四日に華仙姑処女に逃げられたといっていた。だから、推測できたという。隠し事を鳥口が謝った。京極堂がどうだったかときく。

鳥口が答える。華仙姑処女は尾国誠一の後催眠により操られていた。華仙姑処女は尾国が死んだと信じていた。尾国はどうしたか。不知。華仙姑処女の失踪はある政治結社に追われたため。それは何か。韓流気道会。表向き武道の道場をしている。敦子は怪我をしたか。然り。しかし条山房という三軒茶屋にある漢方薬局に助けられたという。京極堂が何か大事なことを見落しているようだという。そして塗仏という妖怪を調べているといった。

二十九日、神田神保町である。探偵助手の益田龍一が勤務先の榎木津探偵社の階段を登る。榎木津は人の記憶が見えるという特殊能力を持ち、人の話しをきかず、調査もせず、ずばり失せ物、犯人を指摘するという天下無敵の名探偵である。益田がこれまでのことを回想する。二十八年の春先まで神奈川県で刑事をしていた。管轄内で起きた「箱根山僧侶連続殺人事件」を担当した。そこで榎木津や京極堂と出会い、元々あった公僕にたいする違和感が顕現した。警察を辞め榎木津のところに押しかけて探偵助手となった。回想が終わる。益田が耳慣れない音がしたので踊り場で立ち止まる。二階を過ぎ、三階に至る。探偵社の扉を開ける。カランと鐘が鳴る。入口の前に衝立がある。その向こうのソファに秘書の安和寅吉が座っていた。何をしているときく鳥口に羽田製鐵の関係者が約束をすっぽかした苦情をいいに来たのかと思ったという。それは三日前に起きた。安和が客がいるので、このソファで寝泊まりしているという。華仙姑処女と敦子である。そこに敦子がお茶を持ってきた。世間話が終って敦子が尾国のことはどうなったかと益田にきく。

尾国は置き薬の訪問販売員である。華仙姑処女を背後で操っていた。現在、所在不明であるが、判明している住所に実名で住んでいる。もう二ケ月は家に戻っていない。鳥口が華仙姑処女の取材を開始したのは三月初旬だった。華仙姑処女、実名、佐伯布由の有楽町の自宅を突き止めたのが五月の半ばである。そこに頻繁に出入りする男が尾国だった。鳥口が歯ブラシの販売員を装って華仙姑処女に会い、尾国の写真を見せて確かめた。華仙姑処女は先ほど尾国と会ったことを知らず、生存していることも知らなかった。鳥口が姿を消した華仙姑処女を探してほしいと榎木津探偵社に依頼した。二十四日だった。しかし華仙姑処女自らが榎木津探偵社を訪れ、ここに避難することとなる。韓流気道会の狙いは不明である。尾国との関係も不明。尾国の出身は佐賀、住所は小川町。年齢不詳。益田が奇妙な音がまたしたと窓の外を見る。話しがつづく。どこの行商組織に所属しているのか不明。興味深い事実があるという。二十七年末に神奈川県逗子で起きた「金色髑髏事件」に関わっている。その時、一時犯人と目された女性の夫に一柳史郎がいる。一柳の実家は富山の一柳薬品であるが尾国は息子の知り合いだといった。そこで史郎をたずねようと思うが、その前に布由に十五年前に何が起きたのかききたいという。そこに布由が登場した。

二十九日、中野の京極堂である。妖怪研究家の多々良が鳥口と話す。塗仏に祟られたという。多々良が独自の分野を研究し仲間も少ない。発表の場がないという。今回、京極堂の妹敦子の尽力で、稀譚社の雑誌に研究の成果を発表できることとなった。連載のきっかけが塗仏であった。鳥口に「画図百器夜行」を見せる。多々良が回想する。今年の一月四日、なけなしの金をはたいて購入した「絵本百物語」を引き取りに来た時、京極堂が画図百器夜行のひょうすべを見ていた。ひょうすべは妖怪の名前である。回想が終わる。画図百器夜行の本の話しとなる。その並びについて鳥口に説明する。妖怪の解説をする。仏壇の前に腰布一枚をまとった半裸の男がいる。その男の両眼から目玉が飛びだしている。回想に戻る。この塗仏が特にわからない。名前も形も残っているが、意味が失なわれた妖怪が多い。これはこの分野の研究者として放置できないことである。京極堂ともども本腰を入れて調べることとなった。そこに登場した敦子が興味を示し、編集長にかけあった。連載の企画が決り、半年の準備期間の後、七月号から掲載がはじまる。その第一号が「わいら」であるという。そして京極堂は遅いといった。鳥口は襖の向こうを気にした。多々良に塗仏のことをきく。狐狸が化けたものではない。器物の妖怪、付喪神かとも思った。それもない。「塗り」という言葉に注目した。仏具を調べた。まだ成果はないという。その時、襖の向こうで気配がした。

二十九日、神田神保町である。布由が開かずの間にあるモノに祟られたという。益田の問いにこたえて話しはじめる。佐伯家は先祖代々開かずの間にいるお方をお鎮りしてきた。そうするよう教えられてきた。韮山の山中にある集落である。そこで生まれ育った。へびとと呼んでいた。集落は佐伯家を中心に 十数軒あった。敦子が伊豆の歴史、地名の由来を話す。布由が集落のしきたりに従って生きてきたという。家父長制度、男尊女卑の考え、それ以外の制度の話し、家族制度、女の生き方、占いの相談内容、制度とそれへの反抗、法律と殺人の可否、家と家族の問題、日常と幸せの問題が語られる。突然、布由が家族を殺したという。

二十九日、中野の京極堂である。鳥口が京極堂の夫人が出してくれた水羊羹を食べる。京極堂がふたりを待たせて電話中であるという。多々良に京極堂と知り合ったきっかけをきく。二十六年頃、即身仏に絡んだ事件に巻きこまれた。その時の縁で知り合ったという。ふたりの違いを多々良は自分は研究者、京極堂は実践者という。多々良は即身仏に漆を塗ることがある。それと塗仏が関係があるかもしれないという。目玉の飛びだした妖怪を考える。見世物小屋の出し物を考える。そこに襖が開き京極堂が登場した。

二十九日、神田神保町である。布由が尾国が自分を助けてくれたという。父は滅多に笑わない人。母は楚々とした綺麗な人。兄がひとり。祖父の弟の孫、又従兄弟の甚八がいた。兄を含め三人兄弟のようなものだった。兄は自分を溺愛した。祖父は父以上に厳格な人だった。集落で尊敬されていた。家には父の弟乙松がいた。身体が弱くいつも離れの部屋で本を読んでいた。同居人は七人。甚八の父の玄蔵は集落の離れに小屋を建てて暮らしていた。玄蔵は養子に行った祖父の弟、大叔父の息子だった。訳あって親子の縁を切った。佐伯姓を名乗っている。甚八は生まれてすぐ母が亡くなったので本家で暮らすこととなった。益田が親子の縁を切った理由をきく。不明。ただ玄蔵の父は勘当されて家を出たという。今存命なら八十二歳となる。大叔父は養子先でも悶着を起こして放浪していた。それを玄蔵は嫌って本家を頼ったようだ。玄蔵は集落で一軒しかない医者だった。漢方医だった。大叔父が一時期富山で暮らした。その時、玄蔵は薬屋に丁稚奉公した。その縁で漢方医となった。大叔父は年に一、二度帰ってきた。その度に集落は大騒ぎとなった。それを除けば集落は平和だった。話しがつづく。

尾国がやって来たのは昭和十二年の秋だった。前任を引き継いで玄蔵のところに薬の補給にやって来た。その時、駐在がいた。その期間は一年だけだった。最初来た時、亥之介と問題があったというが、その後、亥之介とも、ほかの人たちとも打ち解けた。尾国は来ると一、二泊した。十三年の一月、つづいて春にやって来た。当時二十二、三歳くらいだった。鳥口が尾国の印象をきく。悪い印象は持っていなかった。特別な感情も持っていなかった。益田が窓の外で奇妙な音がするのに気がついた。春、尾国が帰った後に駐在も任期の関係か、いなくなった。それから村の中がおかしくなった。

夫婦喧嘩、揉め事が起きた。佐伯家の中でも波風が立った。布由がその内情を話す。布由はべたべたと布由にかまう兄を疎ましく思った。兄の顔色をうかがって卑屈にしている甚八をいじましく思った。益田が兄が布由にある種の恋愛感情を抱いていたのではないかという。兄と甚八はささいなことでいがみあいはじめた。父は怒鳴るようになった。母は床に伏した。叔父はごく潰しとそしられて部屋に閉じ籠もり、祖父は村の人を叱り飛ばした。その感情が極限に達した頃、尾国と大叔父がまたやって来た。六月頃だった。大叔父が玄関先で兄と甚八を殴り飛ばして怒鳴った。今日こそ見せてもらうぞ。兄貴といって玄関にあった鉈を持って土足であがりこんだ。奥に進む大叔父に兄が組みつき、甚八が見せてやれと兄を制した。玄蔵と村人数名が駆けつけた。益田が何を見たかったのかきく。中のあのお方を見たかったのだろうという。座敷の前で男たちが縺れ合っていた。母がそこに割って入った。悲しくなって布由が止めに入った。突き飛ばされた布由をかばって、兄は大叔父が持っていた鉈を取りあげ、甚八の顔にそれを振り下した。布由はその鉈を取りあげ、兄の額に鉈を振り下した。次に、くだらないモノをただ鎮っている父の頸を切り裂いた。威厳だけあって何も止められない祖父の頭を叩き割って、秩序を滅茶苦茶にした大叔父の後頭部に鉈を叩きこんだ。止めに入った母の肩口を勢いで斬った。そこにやって来た玄蔵を斬り、さらにやっと騒ぎの場に出てきた乙松叔父を無関心にも程があると怒りにまかせて斬殺した。

尾国はどうしたのか。気がつくと尾国が開かずの間の入口に立っていた。中から布由を見ていた。尾国がいった。さっきひとりが逃げていった。報せにいった。このままでは布由は無事にすまない。捕まれば死刑になる。ここは尾国に任せて逃ろ。韮山の駐在所に行って、山部という人を呼んでもらえ。山部といえばわかるといったという。布由がいったん裏の墓地に隠れた。殺気立った集落の人々が押し寄せた。悲鳴がきこえた。尾国が襲われたと思った。自分の身代りとなったと思った。駐在所に行くと、真実を告げようとしても口が動かなかった。ただ山部という言葉だけが出た。駐在は電話をかけ、布由にお金を渡して東京に行けといった。東京に着いた時、誰も迎えに来なかった。その時、恐怖が極大となった。しかし自分を追ってくる者がいない。自分が集落の人々を全員殺したからだと思ったという。益田が不審点を考えた。尾国が仕組んだことだ。だが何のためか。わからない。秘書の安和が何の音かといって立ち上がった。益田も立ち上がった。窓の外に異様な風体の集団が胸に金属製の丸い飾りを下げて練り歩いていた。益田が布由に、あなたは尾国に騙されている。開かずの間に何があったのかきいた。そこに榎木津が登場した。クラゲだといった。外の騒音に抗議するといって部屋を出ていった。布由が奥座敷の開かずの間には死なない方が、くんほう様がいたという。カランと鐘が鳴った。衝立の後に眼鏡をかけた見知らぬ顔がのぞいた。何やらよろしくないモノが路上をうろついているといった。敦子がすうっと立ち上がった。

二十九日、中野の京極堂である。京極堂が鳥口を無視して、多々良に話しかける。何か見つけたか。少し。多々良が織作茜に二十七日に会ったことを報告する。謝辞がある。多々良が話しはじめる。「諸国百物語」に豊後の女房の死骸を漆で塗った話しを思いだした。亭主が妻に先に死んだら後添えをもらわないと約束した。妻は風邪をこじらせて死んだ。妻は遺言に自分をミイラにして漆を塗り、それを侍仏堂に据えてくれ。それに朝夕念仏を勤行してくれといった。しばらく独り身でいたが友人の勧めで後妻をもらった。その後妻はすぐ暇を乞うた。別のをもらったが、同じように実家に帰った。男はまたもらって、お祓いをした。効き目があったので安心して夜外出した。妻は女中と雑談をしていた。夜の十時頃、鉦を叩く音がする。その音が襖を開ける度に大きくなる。隣りの間にまで来た。そこでここを開けろという。恐しいので開けられない。開けられないなら、今日はこのままで帰る。しかしこのことを夫にいうと命がないといった。妻は怖々のぞいた。すると鉦鼓を持った若い、真っ黒の女が立っていた。離縁を申しでたが許されない。ついにこのことを夫に打ち明けた。夫は狐の類だろうといった。四、五日後にまた夜外出した。するとまた女がやって来て、ここを開けろという。開けると、女が入ってきて妻の首を捩じ切ってしまった。帰ってきた亭主が怒って侍仏堂の扉を開けた。すると黒い女房が飛びだしてきて、亭主の喉頸に食いついて殺したというものだ。京極堂が目を見開いているが飛びでるまでいってない。違うという。話しがつづく。

鳥口が幽霊でないかというと、京極堂が石燕は生霊、死霊、幽霊と書き分けている。幽霊に入ってない。これらの違いを説明をする。幽霊は微かな霊。この女は幽霊ではない。人間には三魂七魄があるという。三魂は死ぬと身体を離れる。七魄は死骸に残る。この女は防腐処理されて七魄が残って鬼神となって骸を動かす。実体があるから幽霊ではない。ブードウの生ける屍に近い。これは神経毒により仮死状態になる。それから目覚めた時に記憶、感情、自由意志が奪われてしまう。使い魔となるもの。屍体そのものが妖怪化する僵尸(きょうし)がある。これは形だけが人間だが、この妖怪に生前の記憶や死亡した人の性格などの特徴がない。京極堂が僵尸は付喪神の位置づけかときく。多々良が屍体が物体(もの)か。それはない。やはり付喪神は器物だという。この目玉が出ているのは魂が抜けでてゆく途中だ。ただ屍体(ほとけ)だといっていると考えるのか。京極堂がだから成仏もせず仏壇のいる。殯(かりもがり)の際に、屍体を納めたち棺を塗り固める呪禁の法を塗殯という。京極堂が塗り込めるのは呪法の一つである。これでは塗仏は仏で妖怪ではないとい結論になるという。

京極堂が江戸末期のお化け歌留多を調べたという。そこに那須野の黒仏がある。ただし目玉は飛びだしてない。これは化け地蔵系であるという。多々良が器物系のように思うという。京極堂がでも出典がない。多々良が伝承がないかときく。ない。さらに描かれた絵から怪異伝承が生まれた。しかもそれは限りなく近世に近いという。

多々良が物の精が出る話しは古今東西あった。つくもがみ(付喪神)という呼び方ももっと以前からあったのではないかという。然りと京極堂。大陸には古くから器物の怪があった。それは本邦にも流入していると思う。今昔物語に物の怪が油瓶に化ける話しがある。器物の精が怪を為すとい話しは多くあったでしょう。京極堂がそれは物の精で物自体ではないという。どういうことか。精といのは物から個体の偶有的属性を捨象した本質的属性をいう。例えば花の精なら個別の花を抽象したもの。多々良は大陸では無生物の霊が怪異を為す場合、精怪と呼ぶ。本朝でも同じ。怨みを持った人の精とはいわないでしょう。然り。

しかし、それは人の精という概念があり得ないからと京極堂。個別の人から抽象する行為は、狐の精とか狼の精と抽象する行為と比べて効用が低い。人間を考える時、個別の特徴を捨象しては内容のある思考はできない。動物でも個を主張する場合は精でなく霊という。団三郎狸とかオトラ狐という固有名詞がつく。多々良が中国のように精怪が器物の精とはいえないのかきく。然り。付喪神は器物の精ではないというのか。然り。ではその理由は。枕の精、筆の精、碁盤の精、硯の精と多数ある。ところが硯の精は硯の恰好をしていない。精はおおむね人間の恰好をする。物の怪は文献に現わる言葉だが、器物の怪とは必ずしも同じでない。室町時代以前では怨霊の意味である。

物の怪という言葉が器物の怪を示すことが多くなったのは中世以降。京極堂が怪異の解体と再構築の結果という。人知の及ばぬ自然現象をただ受け止めるだけのうちは、怪異はない。自然への畏怖があるだけ。人知の及ばぬモノを人為的に操作しようとすると、御霊信仰のようなものが生まれる。旱魃が起きたのは誰誰の祟りだ。雨が降ったのはあの聖人の法力だ。このような自然への向き合い方をいう。雷の話しとなる。雷は古来から恐しいものだった。それは神鳴りだった。しかし神というと茫漠とし人知が及びがたい。そこに人格を与える。雷神という人格を与える。それに祈願する。しかしそれでもまだ人知が及びがたい。そこで菅原道真が怒っている。そうなると人知の及ぶ範囲に近づく。怨霊は禍の原因だ。それを生みだしたのは人間が怖れる禍の方だ。この考えはひたすら自然を怖れた前の時代と異なり、原因となった怨霊に働きかければ自然が変えられるという、いわば傲慢さがある。これは時代とともにさらに発展してゆく。

灌漑土木、産鉄精錬、養蚕紡織のように自然に一段と働きかけ、変えることができるようになった。著しい技術の向上が現われる。技術を持たぬ人々にとってその技術は脅威だった。それは自然の脅威と同じであったろう。それで再び神鳴り、雷神、菅原道真と同じ過程が生じた。陰陽師の話しとなる。陰陽師は陰陽博士、天文博士と呼ばれ、当時の最新科学技術者である。一時期、宮中で権勢を揮った。しかし陰陽道は禁止され、陰陽師は凋落の道をたどる。鬼を祓う陰陽師が鬼になった。その経緯を話す。御霊信仰の中に自然を支配したいという人間の願望が現われた。技術が進歩し、自然を統御する力を持ちだした。それまで自然の統御は御霊信仰と技術のふたつが担っていた。ところが技術が優るようになった。御霊信仰が力を失なう。それとともに自然にたいする人間の畏怖心が薄れた。その代わりその畏怖心が技術に向った。多々良がそれが器物の精かと納得した。では付喪神とは違うのか。然り。ではどう違うのか。話しがつづく。

器物の精はその器物の本質として最初から備わっているモノ。竹箒は箒として作られると竹から箒となる。そこに箒の精という個別の精を抽象したものが生まれる。付喪神というのは個別の器物が年月を経て変化(へんげ)したもの。「捜神記」には個別の器物が古くなって変化(へんげ)するといっている。多々良がいう。天から気を授かれば形が伴なう。形があれば性質が伴なう。いずれも時の変化による己の性質に伴って変化する。春分の日に鷹が鳩に姿を変える。秋分の日に鳩が鷹となるのも時の変化だ。万一道を外すと怪異を生じる。春分、秋分の節気に気が乱れる。気と気の境界が百鬼夜行の時期だ。器物の精は人間の形をして現われる。付喪神は器物の形そのままで現われる。技術という新しい要素を社会に受け入れるその受け入れ方には段階がある。付喪神は最後にいる。まず鬼神が器物に化ける。器物に宿る精が人の形を採って現われる。器物自体が化け物になる。こう整理できる。多々良が畏怖心を伴なった神性は徐々に失なわれ、人の統御下に置かれる。やがえ穢れとして蔑視されるという。

器物自体が化ける変化が新しいのか。然り。「付喪神記」の妖怪は器物が化ける。化けると器物でなくなる。すべてモノの精となる。古道具がだんだん獣や人に似てしまう。道具から離れる。「百鬼夜行絵巻」の方が妖怪化が徹底している。こちらが新しいと推理する。妖怪化のやり方である。見立てがある。琴を四足獣に、鰐口を爬虫類に見立てる。鳥兜を鳥、車を引く、ひく、蝦蟇(ひき)、蛙、意味の転写だ。後は過剰の付け足し。顔、手足を付ける。これらを百鬼夜行絵巻に見ることができる。多々良が塗仏が付喪神でないというのは、このやり方に則っないからか。然り。塗仏、ぬっぺっぽう、ひょうすべ、わいら、しょうけら、おとろしは、特別なものだ。しかし元々は行列の中にいた。しかし祭礼は百鬼夜行となり行列から離れたという。

京極堂が付喪神絵巻の付喪神の一部は付喪神といえない。そこに絵に迷いがあるという。多々良は完全に付喪神ばかりとなる百鬼夜行絵巻に移行する途中の絵巻があるのかきく。「土蜘蛛草子」、「融通念仏縁起絵巻」があるが、あれはどうかきく。それは妖怪というより式神だ。「不動利益縁起」に描かれた疫神と同じ流れにある。式神は器物の精と別の抽象化。鳥口が式神につき質問する。式は一定の規範に従い行為すること。その式に人格を与えた時、式神と呼ぶ。鋏を例にとって説明する。まったく鋏を見たことも、使ったこともない。いわば未開の人間を考える。鋏を持ったいわば文明人が紙をみごとに切ってみせる。未開の人間にとっては魔法であり、呪術であり、式神を生む背景を成す。

鋏は呪具。その使い方は式。紙を切る行為が式を打つ。呪術だ。使い方に人格を与えたのが式神。道具そのものに与えられると付喪神となる。この魔術を操る者、技術者は呪術者だ。式を打つ時は呪具、道具を使う。この道具と動物は切り離せない。「土蜘蛛草子」に出る怪物は式神と推理。土佐光信は先行する作品から作法を学び「付喪神絵巻」を作り上げたと推理。そこに怪異の解体と再構築がある。技術と道具と職人を分離させて怪異を解体、それを組替えて別の妖怪を作り上げた。室町時代は生産力が向上した。街には道具、技術、職人が溢れていた。だから付喪神が台頭してきた。

京極堂が妖怪は怪異の最終形態と考えているという。怪異が種々の過程を経て記号化に成功した時に妖怪は完成する。多々良が付喪神は妖怪だが、それ以前は京極堂定義では妖怪ではないのかときく。然り。河童もか。然り。器物の精も式神も、技術を人間が理解、制御しようとして生まれた怪異の形態である。その起源は室町からさらに上古にさかのぼる。多々良がそれは技術系渡来人に関わるものかときく。然り。我が国に多くの技術をもたらしたのは渡来人、その末裔である使役民、技術系被差別集団だ。鳥口にいう。河童の本質は使役民だ。鳥口が何処からきたのか多々良にきく。大陸。九州熊本の球磨川流域に黄河から来たという伝説がある。ここでは子どもが川に飛び込む時にはオレオレディーライタと誦える呪文がある。

オレオレは我等呉人ととれる。ならば蘇州、揚子江。そこには河伯の名を戴く水上生活者がいる。彼らはかって被差別民だった。呉人は水の民。工事技術者。河童起源人形化生説が多数ある。河童は治水工事、土木、木工に携わる工人だった。紫宸殿の大工は官女と河童の起源となる木偶人形との間に生まれた大工。安倍晴明は式神を使役した。それを一条戻り橋に控えさせた。これも官女との間に生まれた子という説がある。河原者の祖先という。式神は職神と表示することがある。職人ともいう。河童、工人、被差別民、式神、職人は同じモノといえる。これは共同体の外にいる異人である。神であり鬼であるが未だ妖怪ではない。ところがこれらが共同体内部に入ってくる。ここのところが大切だと京極堂が鳥口にいう。

異人でいた頃、神秘をまとっていた。それがひょいと素顔をさらす。そこで戸惑う。共同体内部が一時混乱する。多々良がそれが怪異の解体と再構築と納得する。異人の実相が知れる。神秘から現実が分離され、残ったものが妖怪と結実する。だから、大工こそ河童。大工は市民権を得たが動物の屍体解体を生業とする人々は得られなかった。多々良が妖怪と差別は分離しがたいという。鋏の話しとなる。持ち手に皮鞣が必要、道具には木細工、金細工が必要、木地師、産鉄民がいる。秦氏などの渡来人が関わる。百鬼夜行で器物が練り歩くという文献はない。それは渡来人に関わる。

木偶人形、式神を川に流すというのは人形に穢れを乗せて水に流すという陰陽師の祓いの呪術、疫神祓い。御霊会、祇園、牛頭天王、渡来神。渡来神、摩多羅神。牛頭天王は天台宗の異端の本尊、謎の渡来神。その祭が太秦広隆寺の牛祭。自ら百鬼夜行といっている。摩多羅神も青面金剛。このしょうけらは摩多羅神絡み。京極堂がいう元三大師もしょうけら。この大師の弟子、慈忍が化身した独眼独脚の妖怪は怠けた僧を告げ口する。しょうけらと同じ。摩多羅神は大黒天と荼吉尼天が習合したもの。摩多羅神は人の精を奪う奪精鬼。摩多羅神を祀る玄旨壇の灌頂で舞い唄われる三尊舞楽。ここで唄われる歌の中にシシリニ、ソソロニとある。このシシリニのシシはシシ虫、しょうけらの別名。

京極堂が摩多羅神は疫神、山王神道の主神と習合し、牛頭天王と同体とされる。太秦の広隆寺。広隆寺は秦氏。秦氏と八幡信仰の関わりが深い。八幡様といえばおとろしだという。多々良がいう。そして渡来系河童族の雄であり、渡来神である兵主神の眷属でもあるのが、ひょうすべだという。

京極堂は技術系渡来人は元々異人だ。徐々に共同体に入りこんでくる。陰陽師もその末裔だ。「付喪神絵巻」はその姿を投影しているという。京極堂が画図百器夜行下巻の種本である「化け物尽くし」「妖怪図巻」は渡来人を妖怪化したものと思うという。そこに異国の神の残滓が見える。それは広義の道教の神だという。

京極堂が多々良が貸してくれた「華陽国志」から塗仏が揚子江生れと推測しているという。精銅、養蚕、治水、土木の技術の発祥をこの辺りに求めたいと思っているという。つまり蜀の国である。京極堂が揚子江にも黄河に負けない文明があると夢想しているという。鳥口が赤井社長の知人、光安のことを思いだす。光安は長年揚子江流域に住んでそこの祭祀に詳しいという。多々良が紹介してくれという。了解した鳥口が二十八日編集部の上司、妹尾が関口に光安の用事でたずねていったという。それは消えた村の大量殺人に関ることであった。京極堂が馬鹿にしたような声を出した。突然、益田が縁側に登場した。京極堂に華仙姑処女と敦子が攫われたという。榎木津が後を追ったことを確認して、京極堂が騒ぐなといった。

4

六月はじめ、上野である。雑司ヶ谷の久遠寺医院で医師見習いをしていた内藤が刑事らしき男に告白する。自分は駄目な男だ。雑司ヶ谷の事件のことをきかれる。自分が原因を作った。刑事らしき男が何かが取り憑いている。なぜ拝み屋に頼まないのかときかれる。断わられたという。内藤が万引の現場を押さえられたと思ったという。刑事らしき男が藍童子に会えといった。

六月六日、上野、ある男が見聞したものである。地下道で女が何人もの浮浪者に話しかける。地下道を出て薄暗い路地の街灯にもたれる。司喜久雄と名乗る男が女に声をかける。人を探しているならいい人を紹介するという。警戒を示しつつも男の説得に負けて追いてゆく。黒川玉枝という。司が駱駝の先生という。背後から男が誰を探しているのかときく。乞食の親分と自己紹介し、玉枝に職業をきく。看護婦。年齢は。二十九歳。探しているのは男か。然り。亭主か情人か。情人。いなくなった事情は。自分は谷中に、男は御徒町に住んでいた。男の名前は内藤赳夫。それは知っている。知人の女衒の息子だ。運よく援助者の助けで医者の学校に行った男。然り。六月三日頃、上野に現れた。六月五日刑事らしき男に連ていかれた。風体は刑事らしくなかった。軽衫袴をはいてトランクを持っていた。万引で連行されたようだ。二時間ほどで戻ってきた。上機嫌だった。それから何でもお見通しの藍童子のところに行くといった。五日の夜中にいなくなった。玉枝が礼をいう。駱駝の先生が司に探偵を紹介するよういった。ふたりが立ち去った後に看板の後にいる私にこの辺りの平和を乱すなよと声をかけた。

十日、韮山である。老婆が宿泊の客と話す。背中が痛く、胃弱で食が細い。成仙道のおかげでよくなった。この家に嫁に来て五十年も経った。主人が惚けて家政婦だという。今朝来た磐田という男が嘘を吹きこんだ。娘の話しとなる。麻美子は東京にいる。麻美子もこの磐田、みちの教え修身会のことを心配している。主人は客が前回来た時、その後に入会したという。昭和二十六年である。熱心な会員となった。毎月、ずいぶん金を出している。この頃は所有の山林まで寄付しようという。娘の歳は二十六。主人は七十八歳である。最近では会の仕事を手伝うようになった。客が何か噂があるかきく。然り。敗戦間際に零戦が韮山の上を飛んでいたという。

同日、同所である。ある男が宿の二階から見聞したものである。加藤只二郎が自宅の雑草の茂った西洋庭園でみちの教え修身会の会長、磐田と話す。実名は岩田壬兵衛である。只二郎が孫娘、麻美子が華仙姑処女のところから離れた。手紙で自分の間違いを認め謝罪してきたという。しかしその中で磐田も同じくインチキだといってきたという。驚きの表情を見せる磐田に只二郎がいう。若い頃、山っ気のある人間だった。しかし今は逆恨みするものがいるが、多くの人を救ってきた。たいしたものだという。それが麻美子には理解できない。山林も騙しとられるわけではない。納得づくである。長い間家族の世話をしてくれた家政婦よね子のことが心配である。よね子が成仙道に入信した。その結果、洗脳された。今では自分が本当の母親だといっている。山林を狙っているのはよね子の背後にいる成仙道だと磐田がいう。只二郎はそれがきっかけで磐田に相談を持ちかけた。よね子は只二郎が騙されていると信じこみ、麻美子にもそれを吹きこんだ。困り切った只二郎に、磐田がよね子を自分のところに預けるようにいった。よね子は成仙道により過去の記憶をいじられた。それを元に戻してやるという。さらに自分は他人がいうように詐欺をやっているという。磐田が話しはじめる。

世の中を人が変えるのは容易なことではない。むしろ変えられないという方が真実に近い。しかし変えられると信じて努力することにより人生が充実し幸せになる。そのように世の中を見るようにすることが自分のやっていることだ。その時に世の中を変えられるというのはある意味で詐欺だ。しかし世の中をそのように考えて努力してきた人間が世の中を変えてきたのは真実だ。このままよね子を放置しておくと麻美子の場合のように後悔する。自分のところに預けろというのに只二郎がうなずく。それを宿泊の客が二階から見ていた。

六月十一日、下田である。泥酔の男が話す。自分は医学博士だ。非常に嬉しいことがあったから久しぶりにうまい酒を飲んだ。死霊を退治した。本当だ。どうするかって。教えない。死人だけの村がある。そこにある池に行く。月夜の晩。自分の背中に取りついた死霊を水面に写す。すると死霊は水の中に入る。その瞬間、眼を閉じて後から神社から持ってきた注連縄を頸にかけて絞める。それを引き摺って山のご神木に向う。それを吊す。これで退治した。おい待てその男。変な恰好のトランクを持った男を捕まえてくれ。無銭飲食で警察が呼ばれた。

十三日、韮山である。宿泊客である、ある男が宿の主人の只二郎と話す。只二郎が雑草の生えた西洋庭園で話す。造林と伐採。山の天然の将来が話される。命を受け継ぐ人の役目が話される。客が只二郎に環境や地球のためと称して、その実、人間が困るからやっていること。それをエゴイズムの極だという。只二郎が客にきく。最初にここに来たのは二十六年だった。自分がみちの教え修身会を知ったのと同じ年だ。その時、家政婦のよね子は家政婦だったのか、妻だったのか。自分はおかしくなったのかときく。不知。客がいう。自分はひとつでない。たくさんある。そのどれかひとつに決めようとしている。無駄だ。みちの教え修身会に山林を寄付したい思っているなら。そうすればよい。誰が何をいったとしても関係ない。真実は自分で決めればよい。華胥氏を知っているか。黄帝が午睡の際に見た理想の国だ。この世は昼寝の夢の理想郷だ。その理由を知っているか。夢だから。夢は個々人が見るもの。共有するものではない。だから各人の理想郷が実現できる。只二郎が仮にふたつの過去を持ってしまったとしたら、自分で真実を決めるしかないという。只二郎がなおも混乱し決めかねるという。客の答えは変わらない。そこに成仙道の行列から賑やかな楽器の音がきこえてくる。拝むよね子の声がする。只二郎が堂島さん、あの音は何かといった。話しがつづく。

堂島が成仙道が韮山に本格的に乗りこんできた。彼らは今朝まで下田にいた。只二郎が堂島が三日前にここから下田に行くといって出ていったという。堂島が下田にいた時、成仙道はずっと布教活動をしていた。それが今朝、下田の駅に集まり先ほど韮山に入った。自分は同じ列車に乗り合わせた。そこには教祖も同乗していたという。自分の推測では彼らは只二郎の土地に本拠を構えるつもりだという。只二郎がとまどう。堂島が決断をするよう繰り返す。どちらに譲ればよいか教えてくれという只二郎にゲームの判定者は公平でなければならないといって立ち去る。

六月十四日、韮山である。有馬警部補と村上刑事が駐在の淵脇巡査にきく。昭和二十六年に赴任した。六月十日のことは十三日に来た静岡本部の方にすべて話した。関口という男がここに来たことはない。十日の午後、郷土史家と名乗る男が来た。名前は思いだそうとしたが思いだせない。話しの内容は、厠神、山の集落の住民は東北から移住してきたというもの。昔、へびと村と呼んでいたか。不知。佐伯という名前の住民は。いない。本当だ。ふたりが台帳を見る。住民の名前が村上の生まれ故郷の村の住民の名前と同じである。台帳にある村上の息子の名前は自分、村上貫一だ。住所は下田であるが、貫一が結婚する前のものだ。淵脇がここの住民は宮城県から来たと郷土史家を名乗る男がいっていたという。淵脇がこの辺りが騒がしくなった。やくざや、宗教団体の連中がうろついているという。

六月十四日午後、韮山である。これはある男が見聞したものである。成仙道の指導者、曹真人、その信者たちが韮山に集結した。行列が街を練り歩いた。そこに下田から従っている村上貫一の妻、美代子、加藤家の家政婦、木村よね子、加藤只二郎がいた。夕方、駐在所の辺りに行列の先頭がやって来た。さらに山中の道を進もうとする時、そこに男たちが現われた。ここから先は羽田製鐵本社社屋の建設予定地であるので立入ができないと制止した。混乱が生じた。制止しようとした淵脇が倒された。若い女が騒動を納めようとした。刑部が相手の身分をただした。清水の桑田組、その専務の小沢という。刑部が泰斗風水塾塾長の南雲に雇われたと指摘する。さらに土地の所有者との正式の契約はないという。刑部は三木春子、木村よね子を連てきて、土地所有者が契約しているはずがないと断言する。動揺が桑田組に走る。小沢と近くの者が相談する。加藤の土地はみちの教え修身会のものとなっているといっている。よね子が磐田の手先だと非難する。刑部は中央の土地を所有する者も成仙道の中にいるという。桑田組が退散する。村上貫一が刑部に息子隆之のことをきく。刑部が不知と答えて、さらにあそこにいるのは、戦死した貫一の遺児の隆之と未亡人の美代子であるという。怒りに我を忘れた貫一が刑部に突進しようとした時、桑田組のトラックが突入してきた。逃げ惑う群集の中を迷走するうちにバリケードの前で横転し止まる。なおも暴れる貫一を兵隊服の男が制止する。話しがつづく。

行列の後方にいた曹真人の輿のところに騒ぎが生じる。兵隊服の男、木場がそこに駆けつける。そこで韓流気道会の男たちと成仙道の男たちが対峙していた。気道会の岩井はこれは気道会韓大人の意志にもとづく抗議行動だという。刑部が反論する。木場が三木春子は自分の意志で匿まわれていた音羽の家を出て成仙道に入信したという。ここで、揉み合いが収拾され、桑田組はバリケードの前に集結し、成仙道の方士たちは輿の周辺に、一般の信者はその外側にいる。また気道会の男たちが曹方士を襲おうとした。そこで木場がそれに対抗した。そこに警察のジープが近づいてきた。輿の布が引きあげられた。黄金の仮面、眼の飛びだした異形の顔がのぞいた。ある男、堂島がこの状況を見て大いに笑った。

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六月十二日、中野である。鳥口が京極堂に向う。敦子失踪の報せを京極堂できいてからのことを回想する。敦子、佐伯布由、さらに榎木津の行方も不明である。秘書安和から鳥口がきいた誘拐当時の状況である。榎木津が事務所を空けた時、条山房の宮田が事務所に顔を出した。宮田が呪文を誦えると敦子と布由が部屋を出た。追いかける益田は戸口で倒れたという。何か薬物のようなものを吹きかけられたらしい。その日の深夜、益田は帰ってきたが榎木津は戻らなかった。翌朝から鳥口と益田が捜索を開始した。宮田は条山房に戻っていない。韓流気道会は大混乱で状況が掴めなかった。一週間後である。条山房も韓流気道会も無人となった。回想が終わる。

京極堂は開いていた。京極堂も失踪後、三、四日は家を空けた。行き先は不明だった。今日は中で本を読んでいた。鳥口がすぐ連絡はないかときいた。ない。憔悴している鳥口を見て気の毒となったのだろう。京極堂が鳥口が事態を誤解しているという。理解できない鳥口にそれ以上の説明がない。鳥口が敦子は大丈夫かときく。然り。京極堂が光安の来訪を待っている。鳥口が上司の妹尾の企画である「消えた村」の調査のことかときく。否。京極堂にききたいことあがるという光安の希望と、大陸の民俗に詳しい光安の話しをききたいという多々良の希望があり、今日の光安の来訪となった。多々良も来訪するという。京極堂が立ちあがり、鳥口を擦り抜け戸口で骨休みと書かれた札を提げて戸締りをした。さらに座敷にあがるよう鳥口に指示すると、奥に引っこんだ。夫人は座敷で客を迎える準備をしている。やがて多々良がやって来た。この前の話しとなる。多々良が京極堂の様子がおかしかった。何かを隠しているという。長電話をしていたがどうもそのことと関係があるようだ。「まさかゲームがつづいていたわけじゃないだろうな」と漏らした。それが隠しているという印象につながるという。

紹介が終わると、さっそく光安が中国ののっぺらぼうの登場する文献を教えてほしい。赤い衣の顔なし女という。多々良が「夜譚随録」の紅衣婦人のことという。京極堂がのっぺらぼうというより、たんに顔がない怖ろしい顔のひとつだという。怪異ではない。のっぺらぼうの起源を中国に求めるとすると太歳とか視肉とかいう不定形の異形の方が近い。同意見といって、光安は大陸で太歳を掘り当てたという。日華事変の時のこと、言い伝えのとおり部隊の大半が亡くなった。大陸生活は長いのか。然り。十二年。揚子江辺りにも住んだことがある。そこの祭祀儀礼を見たか。見た。四川省広漢県、成都盆地。昔の蜀の国だ。五年いた。転々した。多々良が四川における古代文化が失なわれようとしていると危惧しているという。三国時代以降は明きらかになっているという。光安が三国志の英雄が祀られ、磨崖仏もある。養蚕の神様、水神もある。多々良が養蚕の神とはときく。青神。蚕の守り神。神像が青い服を着ている。サンソーともいう。多々良が「蠶叢」。これは「華陽国志」に載る三国志以前の王の名前である。李白が蜀を読んだ詩の中に「蠶叢及魚鳬」とある。どちらも王の名前である。伝説として残っている。蠶叢は蜀の国に養蚕をもたらした王と思われている。華陽国志には二代目の王、柏灌、三代目、魚鳬が載っている。伝説が残っていないか。成都盆地の西北に灌という地名がある。揚子江の都江堰とい世界最古のダムがある場所だ。そこには清明放水節という祭がある。柏灌は治水灌漑を得意として王といわれている。では魚鳬はどうか。鵜飼いをやっていた。ただし紐は付けていない。揚子江に栄えたかもしれない古代文明の話しとなる。それは独自のものだという。

古代蜀はどうなったか光安がきく。三代目の魚鳬で滅んだ。おそらく他国に侵略されたという。多々良が京極堂が塗仏に関し華陽国志で気になることがあるといった。それは何かときく。京極堂が百鬼夜行の中の燭陰という妖怪の絵を見せる。人頭蛇身の怪物である。山海経で色は赤く身の丈が一千里、眼を閉じれば天地は闇に包まれ、眼を開ければ世界は煌々と明るくなる云々。雄大である。元々創造神か宇宙神だった。また燭の龍とは蜀の龍と思う。原文に直目正乗とある。これが問題だ。これが塗仏の飛びだした眼の姿と思うという。石燕の百鬼夜行下巻の妖怪は大陸渡来の技術系使役民の姿が反映しているといった。ここに関係するという。光安がその妖怪の姿を大陸で見たという。大陸時代に記録した絵を見せる。それは仮面のようだった。潰れた顎と巨大な耳、尖った鼻、額には角のような飾り、そして大きな眼から眼球が飛びだしていた。京極堂がどこで見たのかきく。四川の三星村という。二十年前に灌漑用水路を掘っていた時、出土したものという。京極堂がこれは古代文明が存在したという物的証拠となるという。多々良も同意した。

同日、中野である。益田が京極堂に向う。回想する。探索に歩き回って疲れ果てて榎木津探偵社に帰ってきた。益田は失踪以来ここに泊まり込んでいる。事務所の扉を開けると、男女ふたりがいた。司喜久雄と黒川玉枝である。調査の依頼であった。司が八日頃にも事務所をたずねたが、大変そうな様子なので遠慮したが、やはりお願いすることとしたという。益田が安和に文句をいおうとする。司が無視したように話しだす。玉枝は看護婦である。同棲していた男を探している。この男は雑司ヶ谷の久遠寺医院に勤めていた。榎木津もこの男を知っているという。玉枝が男は内藤赳夫という。久遠寺医院を出てから現在まで職に就いていない。司は木場とも友人であるといった。内藤の話しに戻る。ふたりが喧嘩をすると内藤が玉枝のところから逃げ出す。しかししばらくすると帰ってくる。五月の終わりに大喧嘩をした。その時内藤が自分には久遠寺医院の事件で亡くなった人物、たぶん女性の霊が取り憑いているといった。さらに喧嘩がひどくなり内藤が飛びだして上野のガード下でウロウロするようになった。そこで怪しい男に唆されて面倒な事に巻きこまれたらしいという。それが藍童子、霊感少年、彩賀笙である。相手の嘘を見抜く照魔の術を使い、警察、目黒署捜査二係にも協力し実績をあげた。しかし三月の世田谷条山房の検挙に失敗してから鳴を潜めているという。藍童子はきたない。あれは闇物資の仕入先とか、流通の径路を知っていて、それを警察に密告してるだけだという。浮浪児を組織してそこから情報を入手してるらしい。その藍童子が内藤を攫った。七日前の六月五日、藍童子と出会い、その夜に静岡方面に向う列車に乗ったという。その時の同行者が置き薬行商の尾国だったという。益田が改めて引き受けるという。益田が司にきく。条山房は閉めたらしい。事情は不明。音羽の香具師の元締めに匿われていた条山房の被害者が逃げたという。噂である。これも六月五日頃のこと。司が立ちあがった。

カランと音がして、町田で釣り堀屋を営んでいる伊佐間がそこに登場した。一柳の遣いで来たという。益田が尾国のことを知りたくて連絡したという。伊佐間が一柳は三ヶ月間神奈川県を巡回する。その途中で伊佐間をたずねた。夫人の朱美の様子が心配だ。四月に催眠術を使った事件があった。それで韮山に向うという。自殺者を救ってくれた尾国を追って行ったらしい。一柳は戻れば手紙を見てすぐ返事をするといっていたという。これから秋川に釣に行くといって立ちあがる。その時、また客があった。

羽田製鐵の顧問、羽田隆三である。慌てる安和を無視して用件を益田に伝える。先日依頼したがすっぽかされた。そこで自分の方で処理しようと現地に人を派遣した。その人物が不幸なことに殺された。伊豆の下田、十一日の早朝だ。ここからが大事だと断っていう。羽田製鐵の経営指南、泰斗風水塾の塾長、南雲、それから自分が設立した民間研究団体、徐福研究会の世話役、東野という人物がいる。この殺人事件はふたりの不審な行動をさらに調査している時に起きたことだ。警察にも説明するが、ふたりを逃がしては困る。そこで依頼は逃亡できないようにふたりの身柄を確保してほしいという。とまどう益田に殺されたのは織作茜だといった。羽田は立ち去った。つづいて司、玉枝も立ち去った。

益田が羽田が残した書類を読む。鳥口に電話しようとして止めた。時刻が午前一時だった。書類に戻る。南雲正司の件である。昭和二十八年四月伊豆韮山の某所を本社移転先に進言した。本人の偽の経歴が判明した。多額の仮払いの事実が発覚した。東野哲郎の件である。二十八年四月、徐福記念館の建設地として伊豆韮山某所を提案した。東野の偽の経歴が発覚したとあった。種々の関係者のことが浮かんできた。考えがまとまらなかった。朝方、新聞切抜きに気がついた。そこに村民鏖殺事件が載っていた。寝惚け眼の安和に布由の出身地をきいた。伊豆韮山だった。不可解な事実がつながったと思った。そこで京極堂に会うことにした。

回想が終わる。店は閉まっていた。そのまま回りこんで母屋の玄関に向かい戸を開けた。夫人に迎えられ、奥座敷に通った。さんにんの先客がいた。益田が話しはじめる。昨日、事務所に司、黒川玉枝が来たこと、内藤の調査を依頼されたこと、羽田が来訪し、南雲、東野の身柄確保を依頼さたことを説明する。地図を見せて伊豆韮山某所を説明する。光安がここはへびと村だという。関口が依頼された消えた村だった。華仙姑処女、布由の話しが出る。光安が佐伯布由のことかという。光安が駐在として勤務していたことを話す。益田が村人を殺害したのは布由だという話しをする。京極堂が光安の昂奮を静めるため益田の発言を制する。また客がやって来た。

同日、同所である。青木が京極堂に向っている。回想がはじまる。池袋の酒舗、猫目洞を河原崎とたずねた時、そこで韓流気道会の襲撃を受け、条山房の張に助けられた。そこから定かな記憶がない。敦子が心配して顔をのぞきこんだ。布団に寝かされていた。河原崎は向こうで眠っているという。そこは文化住宅のような小さな建物だった。畳の部屋が二間、洋間風の台所があった。敦子が張先生が手配してくれたから大丈夫だといった。用意してくれた薬を飲んだ。敦子と話しているうちに今は何日か、ここはどこか気になった。敦子が静岡といった。驚いて自分が意識を失なっているうちに池袋からここに運ばれたのかときいた。否。猫目洞の事件も知らなかっ/た。今日はいつかきいた。十日という。猫目洞にいったのは六月六日だった。青木が敦子がここにいる事情をきいた。ある女性とふたりでいる時に気道会に襲われた。張先生に救われた。その後しばらく榎木津探偵事務所にいた。しかしどうしても事務所にいてはいけない気がしてので条山房に行った。敦子がこれは兄、京極堂とも榎木津とも関係のないことだ。張先生は信頼できると説明した。青木は一体何が起きているのか不安となった。

敦子が、あちらの河原崎といっしょに三木春子を追って伊豆韮山まで来たといった。春子は六月六日、何者かに音羽から連れ出されたという。青木が気道会かときく。否。敵は気道会だけでない。同じものを狙っている者は何人もいる。その女性は条山房に向う途中でそのうちの誰かに連れ去られた。私たちは彼女を追ってここまで来た。皆んなが探しているものがここ韮山にあるという。青木がその女性とは華仙姑処女、佐伯布由のことと確かめる。敦子がいう。春子は韮山に土地を持っている。佐伯家も持っているが、そこに行くには春子の土地を通らねばならないという。その土地を狙っている者が複数いる。布由は敦子と条山房に向う途中で子どもたちに攫われたという。五月二十九日のことだった。敦子はいったん条山房に入ったが、春子が通玄の患者だった。韓流気道会は匿っていると疑って襲ってきた。敦子は韮山で布由を探している。張も宮田もここにいたが、六月七日一度東京に戻った。薬局を閉めて、十日夕方、青木、河原崎といっしょに戻ってきたという。通玄の話しでは、ふたりは春子を探していて、事情をきいて意気投合してここに来たという。猫目洞の事件を思いだす。記憶をたどると、何か粉のようなものを振りかけられたようだ。そこまで記憶にあった。敦子はその時、青木に事情をきいた。気道会と乱闘となり怪我をしたといったという。それで休ませるため、ここに寝かしたという。青木が気持を整理する。

青木がなぜ複数の団体が韮山の土地を欲しがっているのか、その事情を敦子にきく。革命のため。日本軍の隠匿物資が帝国陸軍の地下軍事施設に隠匿されている。そこには阿片、ゼロ戦の戦闘機があるという。河原崎が話しに加わる。それはあり得ることという。襲撃後の話しとなる。河原崎が昨日、歩いてきた。また敦子に挨拶したという記憶があるという。終戦に不満を持つ人々の話しとなる。ふたりの間に議論がある。これからどうするのか決めかねている青木にたいして河原崎が春子を救出する。そのために条山房と手を組むことも辞さないという。河原崎が張の居場所をきく。下田。ではといって立ちあがる。青木がとめようとするが、やはり下田に行くという。敦子も出てゆく。青木が留まる。

木場はどうしたのか考えるうちに眠ってしまう。気がつくと外に大勢の子どもたちが動く気配がする。女性が入ってきた。条山房の人かときかれた。華仙姑処女だった。敦子のことをきいた。敦子は宮田の催眠術で操られているといった。そこに少年が入ってきた。藍童子だった。岩川刑事のことをきく。藍童子は青木が刑事であることを見抜く。張が人の意識下に術を施し操るという。しかし当人は操られていることに気がつかないという。布由が敦子は必ず守るという。青木が東京に戻るというと、藍童子が軽挙妄動のないようにと京極堂に伝えるよういって出ていった。その夜はそこで眠った。翌朝、駐在に行って巡査、淵脇に金を借りた。東京に戻り、水道橋の下宿にたどりついた。次の日はほとんど眠っていた。夜、これまで起きたこと反芻した。今日、警視庁に連絡して、そのまま中野に向った。回想が終わる

坂を登る時、雨粒が落ちてきた。途中で柴田財閥顧問弁護団の増岡弁護士と会った。京極堂で増岡が夫人に突然の来訪を詫びて案内を乞うた。奥の座敷に入ると増岡が大事件だという。京極堂が何のことかときく。十一日の早朝伊豆下田の蓮台寺温泉のそばの高根山頂付近で樹に吊された絞殺屍体が発見された。被害者は織作茜である。被疑者は関口巽であるといった。

十三日、甲府である。青木と鳥口が葡萄酒工場横の六軒長屋で見張りをしている。その奥にいる東野の身柄を確保しようとしている。鳥口が回想する。十二日茜殺害を報された時、動揺する一同に向って京極堂が慌てるなといい、茜の殺害とその他の事件をいっしょにするなといった。回想が終わる。ふたりが事件について話す。青木が今回の事件はこれまでの事件と異なり京極堂自身と関わりがある事件だという。東野の話しとなる。陸軍で兵器開発をしていた理学博士という。韮山にあるという地下軍事施設の話しとなる。京極堂がかって勤めていた陸軍第十二特別研究施設のことが話される。武蔵野連続バラバラ殺人事件に登場した美馬坂とともにそこに勤めていたという。鳥口がそれとの関係を示唆する。京極堂がそこで宗教的洗脳実験をやらされていたといっていたという。長屋の他の部屋の住民が出ていった。ふたりは東野の部屋に踏みこんだ。老人がいた。

十三日、池袋である。益田が雑居ビルの谷間に京極堂の後ろ姿を見る。回想がはじまる。昨日京極堂訪問の後に、益田は泰斗風水塾の南雲を探ることとなった。大塚の本部をたずねたが無人だった。五月末に出ていったらしい。自宅を探ることとした。木場の義弟の保田をたずねて泰斗風水塾のことを教えてもらった。大塚本部、名古屋支部、静岡支部がある。たぶん静岡支部が南雲の自宅だという。保田から妻、木場の妹が十四日に帰ってくる予定だが、木場に会いたい。木場はどうしているかときかれた。不知といって別れた。池袋の猫目洞に行くこととした。文頭に戻る。地下に降りたところでお潤と京極堂の話し声がきこえた。京極堂がこの前の襲撃事件で青木と河原崎の様子がどうだったか教えてほしいといった。お潤がいう。青木に守られて地下から地上に出た。そこに条山房の宮田がいた。店が気になってまた地下に降りた。そこで条山房の張が韓流気道会の連中と闘っている。そこでまた地上に出た。そこで宮田が粉薬を青木に吹きかけているのを見たという。京極堂が木場が五月二十七日に来たかきく。然り。木場の下宿に四月の初め頃から通って花を飾った女性がいる。それは誰か。それは宗教関係、勧誘の女性だ。成仙道か。然り。京極堂が安心させるように木場は死んでいないという。隠れていた益田をお潤に紹介してから外に出た。京極堂が春子を誘いだすため成仙道は木場に接触してきた。春子を音羽から連れだしたのは木場だといった。

十四日、中野である。京極堂が軽挙妄動をするなといった。にもかかわず守らなかったと、青木、鳥口、益田を叱る。鳥口がじっとしていられなかったと反論する。東野は重要な情報をもたらした。自分が村人を鏖殺したと告白したという。東野の話である。本名は佐伯乙松、布由の叔父、学問を志して上京したが虚弱体質のため挫折。以来昭和十三年まで鬱々とした暮しをしていた。六月二十日、布由の大叔父、壬兵衛が帰村し事件が起きた。村中が大騒ぎとなり、使用人甚八と甥の亥之介の爭いが起きた。それを東野が止めに入ったのが契機になった。大量殺人を犯かしたという。そこには尾国は登場しない。戦後、東野と変名して怯えながら暮らしていたが、徐福伝説に関心を持っていた縁で羽田と知りあい、徐福研究会の世話をすることとなった。ところが殺人事件の時効を目前にして羽田製鐵の土地購入話しが持ちあがった。慌てた東野が羽田を騙して土地を購入させようとしたが失敗した。それ以降手段に窮し、甲府に逼塞していたという。鳥口が敦子の身に危険がないか京極堂に執拗にきく。京極堂が相手は人間の記憶を操作できる連中だ。殺人に発展する可能性は極めて低いという。青木がなぜ織作茜が殺されたのかをきく、京極堂が答えようとしていると、夫人が部屋に入ってきた。関口の妻、雪絵と増岡が来訪したという。

柴田財閥の盟主柴田勇治から要請があったので下田に弁護士を派遣することとした。自分は被疑者関口と親しい関係があるので遠慮するという。関口の話しとなる。雪絵が関口が大丈夫か心配する。増岡が有罪となると心配する。京極堂が起訴まで持ちこめないという。反論する増岡も動機の不明が警察を困らせていることを認める。京極堂が関口は、へびと村のことを覚えている。敵は関口を殺人犯に仕立てるつもりはない。関口は釈放されるという。しかし厳しい取り調べで人格が破壊される可能性が問題となる。雪絵が関口がどうなろうともその帰りを待つという。突然、榎木津が登場する。

関口は現状ですでに壊れているから、これ以上壊れる心配はないという。増岡がこれ以上何もする必要がないのかと榎木津にきく。榎木津が猿は関口の他にもう一匹いる。それがやがて掴まる。京極堂が同意する。榎木津がそうなると京極堂だけが辛い立場となる。自分だけて抱えこまずに皆んなに相談しろという。不答。ふたりの間に不可解なやりとりがある。榎木津が、関口の騒動は京極堂への嫌がらせ、警告だという。京極堂が秘密を漏らさなければ関口は安全だ。やがて釈放されるということだという。京極堂が認める。織作茜が殺されたのは京極堂が関わったから、関口が犯人に仕立てられたのは関口が自分の知人だったからという。そして鳥口、益田、青木に向って、現在、我々の周辺であるゲームが行なわれている。それを知っているのは、関係者以外では京極堂だけだという。呆然とする一同に自分さえ動かなければ大丈夫だという。釈然としない一同がいろいろきく。しかし自分さえ動かなければ犠牲者は出ないと繰り返す。益田がしかし加藤麻美子の赤児は死んだ。あれは犠牲ではないかという。京極堂がそのとおりだったと認める。夫人に関口夫人とともに京都に行くようにいって立ちあがる。

6

十五日、韮山である。有馬が目が覚めた村上に話す。有馬は十五年前にここで駐在をしていた。村上にきく。昔、戸人村と呼んでた場所の住民台帳に載っている住人の名前に憶えがあるのか。然り。しかし役場に行って確認したが転入届はなかったという。村上がここはどこかときく。有馬がここは親切な女性が貸してくれたという。戸人村の住人の話しに戻る。十五年前にはいなかった。このような土地に大量に転入するはずがない。必ず理由がある。あそこは佐伯の土地だ。手前は三木屋の土地だという。妻の美代子の話しとなる。有馬が美代子さんは成仙道に騙されている。村上の息子はあの行列にはいなかった。いたのは美代子だけだったという。有馬が現状について、成仙道と桑田組がバリケードを挟んで睨み合いの状態である。それに韓流気道会の残党がいるという。有馬が村上を励ます。妻と子どもをとり戻してやりなおすようにいう。蓮台寺裸女殺害事件の話しとなる。下田署に連絡した。その時きいた目撃証言に腑に落ちないところがある。例えば関口が万引をしたと証言した本屋だが、関口が十日午後にも書店にやって来て自分の本を読んでいたといった。他の証言者の証言も合わせると関口が十日に下田を徘徊していたことになる。ところが関口本人は戸人村にいたと主張している。関口を見なかったという淵脇の証言は成仙道に記憶を弄られた可能性がある。そうすると関口は無罪だ。そこに女性、一柳朱美が入ってきた。有馬が朱美とは役場で会った。この家を貸してくれたのは別の女性だという。朱美は関わりのあった男を追ってここに来た。その男の失踪が成仙道に関わりがあると思っているという。有馬は自分も戸人村に行くという。

同日、同所である。鳥口が青木とともに韮山にやって来た。村は大騒動だった。戸人村に至る道は土嚢やガラクタでバリケードが築かれていた。ふたりは青木が寢ていた家を探す。鳥口が昨日の京極堂の言葉を思いだす。ゲーム終了の日は六月十九日だといった。成仙道の曹、みちの教え修身会の磐田、条山房の張、泰斗風水塾の南雲、韓流気道会の韓、霊感占い師の華仙姑処女、霊感少年の藍童子、徐福研究会の東野の八人が揃う必要があるといった。成仙道が動きだした。内藤の話しとなった。黒塗りの自動車がやって来た。

羽田製鐵羽田顧問の秘書津村だった。ここの代表者に会いたいという。小沢が出てきた。津村が小沢が南雲の依頼に基づき羽田製鐵のためにやっていると公言しているということを確認した。そして南雲と羽田製鐵との間の顧問契約は六月一日づけで解除されたこと、南雲に羽田製鐵を代表する権限がないこと、羽田製鐵はこの地に本社を移転する計画がないことを知らせに来たという。さらに南雲には背任横領の疑いがあるので行方を探しているといった。桑田組の連中に動揺が走った。ひとりの男が逃げ出した。鳥口が捕まえて南雲であることを確認した。

同日、同所である。村上貫一が朱美に沼津で出会ったという兵吉のことをきく。衝撃を受けた貫一を有馬が慰めるとともに貫一の家族については責任があるといった。兵吉の話しとなる。兵吉は四月半ばに自殺騒動を起した。全治三週間の大怪我だった。近所の親切で家を借りて生活していた。働いて借金を返えすといっていた。しかし六月六日失踪した。尾国が連れ出したという。有馬の告白がはじまる。十三年前、内務省の山部唯継と約束をした。有馬はこの韮山の駐在で昭和十一年から十三年の六月二十日までの間、駐在として勤めていた。昭和十二年の夏、それまで音信がなかった山部から連絡があった。山部は陸軍と関係のある特殊な任務についていたようだ。秘密に戸人村にあるという不老不死の仙薬を調査してほしいといわれた。秋に山部の使いで尾国がやって来た。置き薬の行商の恰好をしていた。その前に戸人村に駐在を置いたのも関係があったろう。また山部からの電話があった。尾国の指示に従えというものだった。尾国がやって来た六月、山から佐伯布由がやって来た。保護してつづいてやって来た尾国に渡した。有馬は翌日、下田署に配置換えとなったという。

同日、同所である。青木が鳥口とともに南雲にきく。鳥口が南雲に対応によって警察、羽田製鐵あるいは桑田組に引き渡すという。脅しが効いたようだった。青木があの村には何があるのか。陸軍の地下施設への入口か。否。違うのか。然り。不老不死の秘密がある。成仙道は不死を究極の目的に掲げる宗教だ。条山房は長寿延命講を催おしている。戸人村に長期間、空気と水だけで生き続けている生き物がいる。くんほう様という。それを食えば長生きができる。病気も直る。それを持ち帰って研究すれば生命の神秘が解き明かされるかもしれない。青木がくんほう様が目的で羽田に近づいたのかきく。否。成仙道は後漢の末に興きた太平道の流れを汲むという危険団体だ。成仙道がくんほう様を手に入れることを阻止しなければならない。では条山房も危険団体か。不知。韓流気道会は。不知。青木は納得しなかった。なぜ羽田を選んだのか。偶然。なぜくんほう様の存在を知っていたのか。不答。

六月十七日、韮山である。午後八時、益田が成仙道の曹とその一行が戸人村に進みだすのを眺めていた。そばに東野、こと佐伯乙松がいた。バリケードの前で桑田組と成仙道が大声で罵しりあった。益田が東野を促して進もうとする。行列の後方で悲鳴がきこえた。子どもたちが次々と信者を襲っている。曹が乗っている輿がバリケードに突っこんだ。信者と子どもたちが押し寄せる。トラックが一台横転した。そこから信者が入りこむ。そこに敦子の姿があった。トラックの上から韓流気道会の岩井が成仙道の楽器隊の攻撃を命じる。大きな音とともにバリケードが破られ輿が突入し突破した。布由が敦子を呼ぶ。大混乱の中で益田が東野を連て進んだ。山道に入った。奇声を発して道士が襲ってきた。榎木津が出現して蹴り倒した。先に進むよう促された。

同日、同所である。夜八時、青木が異変に気づいた。行列が動きだした。鳥口、南雲とともに外に出た。桑田組と成仙道が衝突していた。藍童子の子どもたちもいた。岩井がトラックの上にいた。鳥口が敦子のことを青木に頼んで南雲を引きずるようにして進んだ。青木が制止する警察官を押し倒して行列の中に飛びこんだ。木場がバリケードを破壊していた。河原崎が青木を助けた。敦子、張が行列の中にいるという。益田が東野を連てバリケードの向こうに消えた。後から来る大男の姿があった。川島新造である。そばに光安がいた。榎木津が登場した。京極堂がやって来たという。榎木津がバリケードを越えた。曹を乗せた輿がバリケードを破って奥に進んでいった。川島、光安が青木に追いついた。闇の中に京極堂の姿が見えた。内藤を連てきた。

同日、同所である。鳥口が行列の先頭を見る。曹の輿、刑部、男たち。韓流気道会の残党。岩井、韓。子どもたち、藍童子、華仙姑処女。鳥口、南雲が進む。尾国と出会った。榎木津が登場した。難路で輿が立ち往生した。成仙道と韓流気道会との間で先頭争いが起きる。鳥口が榎木津にこの先に何があるかきく。クラゲという。松明の灯りの下に仮面の曹が立っていた。韓が大声で叫んだ。榎木津がそこに飛びだして、数人をたちまち谷底に蹴落した。榎木津は鎖に飛びついて曹を追い越して、待ち構えた。最小限の人数しか戸人村に上げないつもりだと思った。

同日、同所である。青木が京極堂、内藤、川島、光安とともに進む。青木に京極堂が話しかける。戦時中、自分は帝国陸軍の研究所に配属された。あの武蔵野にある研究所である。そこでは毒瓦斯、風船爆弾の研究をやっていたが、ほかに武蔵野連続バラバラ殺人事件の美馬坂による不死の研究、そのほかに自分が担当させられた洗脳実験があった。この研究は命を身体と精神の分野に分けて追求するものだ。面白い実験をしている者がいた。ある周波数の音を一定時間以上きかせると必ずイライラするという実験である。人を鬱にさせることができたという。青木が成仙道のあの音がそれかという。話しがつづく。即効性のある催眠剤というのを研究していた男もいた。薬効のある期間は自分で意思決定ができない。命令者に服従してしまうというものである。青木がそれを研究していたのは誰かときく。わからない。互いに顔を合わせることがなった。しかし美馬坂、その助手、須崎、京極堂の他に五名がいた。これらは、不老不死の研究と、記憶の研究の二分野にまとまった。記憶を操作することができれば、諍いもわだかまりもなくなる。記憶は時間をさかのぼることができる。もし無限にできるなら不死といっしょだ。これらの研究は前身というべき機関ですでに行なわれていた。これは陸軍と内務省の共同研究機関だった。それは昭和十三年にできた中野学校と深い関係があった。京極堂が闇の中の女性に呼びかける。朱美が挨拶する。村上兵吉が東京で収容されたのは中野学校かときく。否。前身の共同研究機関である。それはある男が試験的に作ったもの。京極堂が朱美に兵吉が見つかったかきく。否。その兄が見つかった。暗闇から貫一と有馬が登場した。

同日、同所である。京極堂が兵吉誘拐の真相を話す。ある男は日本は神国である。伝説の蓬莱であると信じた。ある男に陸軍の男が協力を申しでた。陸軍の男は元々記憶の研究を行なっていた。徐福伝説の土地を調べ紀伊熊野の村上一族のもとにもやって来た。そこで住民が門外不出としている口伝を催眠術を使ってききだした。そこで大日本帝国の財産となるべきものを発見した。そう信じた。そこでそれを完全に秘密にしておくための大規模な措置をした。村上家を解体させた。人間は誰しも不満を抱えて生きている。それに気づかせ拡大、増幅させた。兵吉が家を出た。家族が崩壊し、貫一も家出した。有馬がそれをやったのは山部かときく。然り。内務省特務機関の山部唯継。山部は貫一に生活が成り立つよう援助した。兵吉は陸軍の男に委ねられた。間諜に仕立てあげようとしたが、兵吉が逃亡したので実現しなかった。そして後には老人が残った。その老人たちを無人となった戸人村に送りこんだ。有馬が彼らは宮城から移住してきたといっているという。京極堂がそのような記憶が与えられた。それは習慣的信仰の差し替えができるかを試す実験だったという。有馬がきく。

貫一の実家にあったものは何か。たぶん徐福の足取りを示した記録だ。その結果、戸人村が発見された。山部が内密に戸人村を調査した。青木が不死身のくんほう様とは何かきく。京極堂が闇の中の男に声をかける。津村だった。京極堂が父辰蔵の死後、母子を援助していたのは山部だろうという。山部は殺人のような事態を嫌う。しかし戸人村の場合は、その後始末に山部も陸軍の男も忙殺されていた。そこで憲兵隊に辰蔵を預けた。しかし出てきた時はその人格は破壊されていた。津村は羽田の秘書になった。それは山部が亡くなった直後だ。京極堂が津村に騙されているという。南雲を使って東野を探ろとした。しかし東野は犯人ではない。山部の死をきっかけに陸軍の男が南雲の手助けをさせるため津村を利用した。南雲は他の七人に比べて非力だった。その梃入れだという。津村があの土地を狙っている者がいると南雲にいった。するとあの土地を触ってはいけないと青くなった。京極堂がそこで津村が羽田製鐵に南雲を周旋したという。然り。それは東野を刺激するためだった。東野も動きだしたのを見て津村は東野の犯行を確信した。然り。そこに織作茜が絡んできた。津村が茜は聡明な人だった。自分が東野の犯行の真相を探ろとしていたことを見抜いた。しかし南雲については知らなかった。京極堂が茜の動向を誰かに報告しなかったかきく。その男は東野の偽の犯罪を津村に吹き込み、南雲を津村に引き合わせた。山部が亡くなった時にすぐそれを津村に報せた男だ。東野は津村の知人の経営する長屋に住んでいた。それもその男の仕組んだことだろうという。京極堂がまた登場人物が増えたという。張、宮田、敦子、河原崎がいた。敦子が京極堂のところに戻った。早く戸人村に行かねばならない。この先で榎木津が待ち兼ねているといった。

同日、同所である。鳥口が騒ぐ南雲を抱えながら榎木津の活躍を見ている。韓と岩井、曹と刑部が山肌にへばりついて進んでゆく。彼らは榎木津の攻撃を免れている。がさがさと音をさせて子どもたちが進んでゆく。鳥口が南雲を抱えて進む。後から京極堂が声をかけた。南雲を確認した。京極堂に磐田の動向をきく。実施中の研修が終った。もうそろそろやって来るだろうという。青木と敦子が登場した。一行が進む。建物が現われた。さらに進む。岩井と韓、刑部と曹が対峙していた。京極堂が通り過ぎた。榎木津が突然合流した。木場が登場した。怒鳴り合う。榎木津が鳥口に行けと声をかけた。その横を擦り抜けて進む。佐伯家に着いた。

同日、同所である。益田が東野、川島、光安とともにやって来た。榎木津に倒された道士たちが見えた。川島がここで余計に人が立ち入るのを防ぐ。先に行けといった。一行は佐伯家に向う。屋敷の前で東野が逡巡し、益田とともに斜面を駈け降りりる。長い塀に沿って老人たちが立っている。口々に経文を誦えている。有馬という刑事が益田に声をかけ、早く東野を連れてゆけという。磐田はすでに入っているという。門を潜って玄関に至る。磐田、韓、岩井、南雲、鳥口、坊主頭の男、張、藍童子、布由、刑部、仮面の曹がいた。

京極堂がもう幕を下す時が来たという。岩井、宮田に京極堂が自分を紹介する。一同に大量殺人がなかったことを知らせる。成仙道の曹が甲兵衛、泰斗風水塾の南雲が亥之介、韓流気道会の韓が癸之介、みちの教え修身会の磐田が壬兵衛、徐福研究会の東野が乙松、条山房の張が玄蔵、霊感占い師の華仙姑処女が布由であることを示した。玄蔵が京極堂に話しを進めるよう頼む。玄関の中に敦子、青木、朱美がいた。京極堂が藍童子の後にいる尾国に出てくるよう呼びかける。京極堂が元内務省特務機関山部班の雑賀誠一と紹介する。尾国が京極堂を帝国陸軍第十二研究所の中禅寺少尉、堂島大佐の懐刀という言葉を返す。互いに現状を非難する。刑部が奥に進もとして青木に制止され、屏風の後に回るが押し戻される。朱美が出る。尾国に挨拶をする。刑部がなおも奥に進もうとして木場に制止される。木場が刑部の催眠術にかかったふりをしていただけという。成仙道の女が下宿に勧誘にやって来た。春子が誘拐された。成仙道の女が春子の居所を知っているという。その動きに乗って春子とともに成仙道に入ったという。動き出した岩井を榎木津が制止して木場に声をかける。動きだそうとする宮田を玄蔵が制止する。乙松、癸之介が事態が信じられないでいる。京極堂が奥に進む。

やがて、玄蔵、布由、癸之介、壬兵衛、亥之介、乙松、甲兵衛がつづく。木場に引かれて刑部が、鳥口と坊主頭の男に囲まれた宮田が、榎木津に捕まれて岩井がつづく。その後に藍童子、尾国。益田、光安、朱美がつづく。中には敦子と青木がいた。廊下の行き止まりに大きな襖があった。京極堂がその前で惨劇があったという大広間に入る。よく見ろといって襖を開けた。そこには惨劇の跡はなかった。呆然とする一同に京極堂が話す。昨日、ある人の協力を得て戸人村の住民の行方を探した。十数人の所在がわかった。小畠祐吉、久能政五郎、八瀬重慶とその家族だ。その多くは宮城県に住んでいた。事情をきいたが、彼らは自分の意志で村を出たといっている。しかしある日一斉に村を出たことに気づいていなかった。その日は十五年前の六月二十日である。理解に苦しむ佐伯家の人々に京極堂がこれは佐伯家の人々に与えられた一種の罰である。最初にこの部屋にたどり着いた者だけが目的のものを得られるという、ゲームだったという。

同日、同所である。京極堂の話しがつづく。当時、内務省特務機関の責任者である山部唯継の発案で不老不死の仙薬を求める極秘の計画が開始された。ある村の口伝をもとに戸人村佐伯一族にたどりついた。そしてここに目的の物があることを確信した。その秘密は佐伯一族、村人により固く守られている。京極堂が尾国に確かめながらいう。そこで村人の調査をして、その調査そのものの記憶を完全に消去する。このため調査の後に村人を村外に移住させることとした。山部は暴力を嫌う。この計画に協力する陸軍の男は記憶や人格を操作する研究をしていた。それを利用して村人全員を移住させることとした。木場が記憶を操作できるならそんな必要がないと異議を述べる。京極堂が尾国に確かめてそれしか方法がなかったという。尾国が説明する。村人全員を自発的に村を出るようにする。そのために仕掛けをした。人間は誰も不満を持っている。自分は何度か村に入って、その不満に気づかせ、その不満を拡大、増幅させた。一同に個々の不満を指摘して納得させる。京極堂の話しに戻る。住民たちは一触即発の状態になった。そこでそれぞれの人生を用意してやれば村人は自然に村外に出てゆく。それは紀州熊野の村では成功した。しかしここでは突発的殺人によりそのままには成功しなかった。話しがつづく。

ここにいない人物がいる。初音と甚八だ。甚八が殺された。たぶん初音が殺した。尾国に事情を確かめていう。甚八は初音に劣情を抱き襲った。それに怒り反撃に出た初音が殺害したという。尾国は大広間で惨劇を目撃した。警察沙汰を避けたかった。布由もそれを目撃した。尾国は布由を麓の駐在に行かせ、そこ経由で東京に逃がした。その後、現場をかたづけた。この時は壬兵衛が玄関で大騒ぎを起していたから人は来なかった。尾国は初音を部屋に移して眠らせた。尾国は山部に住民の強制収容しかないと進言したが、一度収容したら、秘密の重大性から世間に戻すことができないと拒否された。薬物を使用して村人を譫妄状態とする。村外に連れだして別の場所に隔離する。そこで新しい記憶を与えて、新しい人生を送らせるという計画が実行されることとなった。京極堂がそこで戸人村に送りこまれたのが宮田という。村民の移送任務には岩井、後始末に刑部が呼ばれたという。三人は互いに現在の姿を知らなかったという。京極堂が玄蔵を宮田が、甲兵衛を刑部が、癸之介を岩井が操っていた。そして登場した津村を指して、亥之介を津村が操っていたという。話しがつづく。

京極堂が自分の推理と断っていう。尾国は布由を村から出して、初音とともに村を離れた。その後、宮田が入って村人を譫妄状態にした。岩井がその後に入り村人を村外に連れだした。岩井は堂島大佐の命令に基づき行動しただけと言い訳をする。巡回研ぎ師の津村辰蔵は岩井と入れ違いに村に入ったのだろう。現場を目撃し新聞社に話した。刑部が噂を沈静化する役目を担った。辰蔵を憲兵隊に送りこんだ。山部の意を受けてすぐに釈放しようとしたができなかった。静岡、東京、甲府、長野と移送された。最後に訊問をしたのが朱美の夫、一柳史郎だという。京極堂が尾国になぜ初音を匿ったのかときく。初音には残酷なゲームに参加させたくなかったからか。それとも妊娠していたからかときく。癸之介が初音はどこにいるのかときく。死んだ。嘘だという癸之介に藍童子を指して、京極堂が初音の子どもだという。彩賀笙は実名、雑賀誠一、尾国が育てたという。藍童子が初音がゲームに参加できないから、その代わりに自分が参加しているのだという。京極堂が初音が亡くなった時、初音の苦悩を理解せず、自分の不満に安住している家族に罰を与えることを尾国が決心した。たんに新しい記憶を与え、別の場所で新しい人生を送らせるだけでなく、大量殺戮の記憶を与え、その恐怖とともに人生を送らせることとしたという。その年は山部が失脚し、陸軍第十二研究所ができた年だ。さらに、尾国の罰だけでは満足できないある男がいた。話しがつづく。

京極堂がいう。明の太宗の孫、周憲王が創った「八仙慶寿」という雑劇がある。家族に与えられた新しい名前は、そこに出てくる八人の仙人の名前にちなんでいるという。あの男の中国趣味を反映したものという。あの男が壊れた家族で家族同士で闘かわせ誰が強いかを見るというゲームをはじめた。京極堂に戦争が終ったら本格的にはじめるといったという。佐伯家の人々は罪の意識に苛まれている。戸人村は封印されていなければならない。戦時中はそれが維持されていた。しかしやがてそれが解除される。その時、そこにあると信じている大量殺戮の証拠を消滅させようとするだろと考えた。あの男は中国で仕こんできた、練丹、気功、風水、老荘思想、民間道教、占術を教えこんだ。佐伯家の人々は教えられた技術技能を駆使してお互いに相争うこととなった。敗戦後、それぞれに参謀が割り振られた。曹に音響催眠法の刑部、韓に岩井、張に宮田、南雲に津村、東野に羽田の財力である。羽田と山部は徐福伝説を通じて関係があったようだという。華仙姑処女には尾国だ。あの男の欺瞞を糾弾する。

あの男が作ったゲーム規則を信じこんでいる。馬鹿だという。京極堂が介入しなければ、たぶん誰かひとりがこの部屋に入って、その偽りに気づくはずだ。それはあの男が出てきて、勝者に新しい人生が与えられるというものだったのだろう。木場が残りはどうなるのかときく。もうこの部屋には入れない。ゲームは終了だ。そのために参謀がついている。そうなれば手をひかせる約束になっていたという。敦子がなぜ布由が狙われたのかきく。宮田が参謀をしている玄蔵が土地の権利を持っていなかったからという。韓流気道会はそれを阻止しようとして争ったという。京極堂が岩井も騙されている。ここに零戦の戦闘機はないという。京極堂が築地の明石先生にきいた。ない。津村にいう。東野の犯罪が暴露されるといわれた。しかし東野は無実だ。騙された。刑部は不老不死の仙薬があるといわれて参加した。ここにそんなものはない。刑部があの男は京極堂に騙されるなといわれたといって納得しない。「まだるっこしい」と榎木津が突然叫んだ。

制止する京極堂を無視して床の間の掛け軸を蹴飛ばした。秘密の扉が開いた。榎木津が持った蝋燭の灯りに、祭壇、その前に転がっている干からびた甚八の屍体、祭壇の上に白沢図が見えた。その奥にくんほう様が置かれていた。京極堂がこれは新種の変形菌植物、いわゆる粘菌である。不老不死の生き物ではないという。佐伯家の人々は先祖代々この粘菌を世話していた。内務省が手を回したとか、GHQが監視しているとかいっていたが、そもそもこの地を封鎖したのはあの男自身だという。失意の宮田が泣きだす。榎木津がくんほう様を祭壇から蹴り落した。京極堂が尾国にあの男に騙されたといったが尾国は頑強に否定する。あの男を敵に回して無事に済まないという。京極堂がたじろがず、尾国が赤ん坊を殺したことを指摘する。山部の部下であったのに、裏切ってあの男についたと糾弾する。京極堂が尾国は家族が欲しかった。だからこの家族が妬ましかった。山部もそうだったときいた。晩年病気となり施設に入った。自分がしたことを悔いて淋しいといいながら死んだという。尾国に藍童子と静かに暮らせといった。まだ話しがつづく。

木場が藍童子に与えられた役割は何かときく。京極堂が参加者の邪魔をするのが役割だという。藍童子が尾国に負けたと声をかける。そこに男が乱入した。目黒署の警部補岩川だった。自分の人生を破滅させたといって包丁で刺そうとした。それを防ごうとした尾国が刺されて倒れた。木場が岩川を組み伏せた。尾国が天井に隠れている堂島に後のことを頼むといって絶命した。襖が次々と開いた。子どもたちが入ってきた。藍童子が刺殺は自分が仕組んだといった。自分は尾国が負けることとなれば尾国を抹殺しようと思っていたという。子どもたちに囲まれて藍童子が勝ち誇ったように、佐伯家の人々について批評した。ゲームで行なった実績の評価をした。京極堂についてちょっと思い知らせてやろうとしたという。織作茜は残酷な人なのに、それを許した。だから京極堂に代わって殺した。その犯人には二人、関口と内藤を用意した。関口のような劣った人間に情けをかけたり内藤を呪ったりする。情に溺れている。京極堂が華仙姑処女、条山房、みちの教え修身会に絡んでくる。ゲームが台なしになりそうだった。話しがづく。茜の行動予定を調査して、関口の動きを読んで工作した。この土地で殺害するつもりだった。しかし茜が下田に予定を変更したので、きゅうきょ成仙道を下田に差し向け、内藤を下田に送った。関口はここで捕まえて、下田に送った。藍童子は内藤の顔を見たら関口と認識するように住民たちに後催眠をかけておいたといって、刑部に同意を求める。刑部は指図があったことを否定する。自分は堂島と通じている。堂島の指示により動いていたという。犯罪の証拠がないと勝ち誇る。

しかし証拠があると声がする。有馬が戸人村の熊田有吉が関口が六月十日午後に来訪したことを証言した。記憶が戻ったという。嘘だという藍童子に京極堂がもっと強力な証拠があるといって、内藤を押し出した。藍童子が京極堂が内藤を呪い、茜を殺害する誘因を作った。それでも警察に引き渡すのかというが京極堂がひるまない。内藤に自分の意志で殺害したと認める気かという藍童子に認めるといった。貫一が隆之と呼んだ。子どもたちのなかに動く人影があった。有馬が隆之は泥棒と娼婦の間の子どもではない。それが誰かはどうでもよい。隆之の父は貫一だといった。隆之が貫一のところに戻った。京極堂が天井の堂島に呼びかける。藍童子の始末をどうするのか、出て来て始末をつけよと怒鳴る。

同日、同所である。廊下にきしる音がする。堂島が入ってきた。木場が何者かという。榎木津が約束どおり殴らせろという。玄蔵がこれが黒幕かという。堂島はずいぶん楽しい思いをさせたのに感謝の言葉がないという。京極堂にほどほどにしないと身を滅ぼすと警告する。尾国はしょせん小物だった。自分が仕こんだ藍童子は将来が楽しみだ。京極堂の手口を教えた。しかしまだ若い。今回は京極堂の貫禄勝ちだという。宮田が抗議すると自分は公平だった。藍童子が邪魔に入ることを予告した。岩井が叫ぶ。自分まで騙すのはひどい。刑部が激昂する。ゲームに参加し目的地に最初に到着した者には望みのものが与えられると約束した。それは嘘だった。否。望みの世界征服も不老不死も与えられる。自分の前に来て瞑ればよいという。岩井が自分たちまで記憶をいじるつもりだったのかと不満をいう。刑部が絶叫する。堂島がそれを愚かと切り捨てる。成仙道の信者たちはすべて幸せだ。この村の者もそうだ。記憶が戻った熊野の者はもうそうでないようだがという。京極堂がこの村に至る秘密の鍵は刑事村上だったのかときく。然り。ゲームは難しいほど面白い。随所に障害を設けた。ひとりでも先に真実に行き着いたらそこで終りとなる。この村の者が記憶をとり戻したら、それも終りだ。紀州熊野からやって来た村上一族の誰かにたどり着いた者がいたら、それもひとつの終わりとなる。尾国はそれに気がついたから兵吉を遠くに誘った。どうやら伊豆七島のどこかにいるようだ。話しがつづく。

刑部の話しとなる。刑部の人海戦術は見事だった。しかしどうして女、子どもを使わなかったのか。そうすれば京極堂が彼らに危害が及ぶことを惧れて出てこれなかったはずという。刑部が死人を出さないというのが約束だった。その危険性が大きいことを避けるのが当然という。その取り決めはゲームの展開の確実円滑を確保するためのもの。そんなことにこだわるのも、ゲームの展開次第だ。尾国は赤児を殺している。いわれたとおりするだけで自分で判断できない。しょせん小者だと切り捨てる。そのため、京極堂を引きずりだしてしまった。京極堂にもう一度、自分とともにやって行かないかと誘う。否。堂島は自分は世界の行く末を見通している。それは京極堂がどうあらがっても不変だという。然りと認める。なのになぜ阻もうとするのかときく。築地の明石も止めろといったろうという。京極堂が明石からこれ以上堂島にかかわるなら破門するといわれたという。堂島がこれからの世界はどんどん堕落し荒廃してゆく運命にある。自分は観察者の立場を守りつつその進行をすこし速めようとしているという。それは京極堂と同じ立場だといい、なおも誘う。京極堂が人が滅びるならそれも仕方がない。自分は人ともに滅びる。それが天の意志だからそれに従う。しかし堂島には従はないという。堂島がなおも誘う。諦め、今回は引き下がるといって、成仙道は解散する。内藤、岩川は司直に委ねるという。木場に、みちの教え修身会の講習会に参加した妹が、山小屋で足止めされ困っている。迎えにゆくよういう。最後に京極堂に、今後一切手出し無用といって、子どもたちの群とともに廊下に消えた。

六月十八日、同所である。朝、鳥口が警察隊が登ってくるのを見る。尾国の屍体が発見された。岩川も逮捕された。子どもたちと藍童子、堂島はまったく見つからなかった。木場は加藤只二郎の山小屋に出発していた。そこで立ち往生していた妹を下山させたと後にきいた。鳥口が下山した。麓の成仙道の信者はほとんどいなくなった。バリケードが撤去されていた。村上美代子が山から下りてきた貫一と隆之を迎えた。内藤が益田に黒川玉枝に詫びの言葉を伝えてくれと頼んだ。有馬により下田署に連行された。きくと目撃者の証言が次々と変わっているという。関口はやがて釈放されるだろう。佐伯家の人々は後始末をしなければならない。どんなことをするのか想像ができなかった。京極堂が土手に座っていた。横に榎木津が寢ていた。青木が川を眺めていた。敦子と朱美が立っていた。京極堂がいう。榎木津が蹴り倒したクラゲは本物だ。表面は粘菌だが、着床しているのは徐福の遺体だ。徐福の字は君房(くんぼう)といった。

(本文おわり)

堂島の夢

この作品の主人公は堂島静軒である。堂島は元陸軍大佐、陸軍第十二研究所において記憶を操作する研究に携わり、後に大陸に渡り活動した。戦後復員して外見上は郷土史家として活動している。研究所時代に京極堂を部下としたこともある。戦後も政府との関係があるようだが実体は不明である。

この作品及びその前編ともいえる「塗仏の宴、宴の支度」のふたつには多数の人物が登場する。それらが語られる時はあまり表に出てこないが常に背後に存在している。多数の登場人物は互いに相争いながら話しが進展してゆく、話しが韮山へと集約してゆく時、もうひとりの主人公が登場する。京極堂である。最後の場面において京極堂と対決する。それは堂島の世界観とそれに反発する京極堂の世界観であった。では、堂島の世界観とは何か。

「宴の始末」の冒頭で氏名不詳のまま堂島が登場する。その結論は「世界の箍がはずれ、混沌の後に新し秩序がやって来る」というが、これは本篇作者がまとめたものである。本作品の本文において、「世界は真実の姿を取戻す。これは混沌を経て太極へと至る」といい、それに抗う人為の虚しさを指摘しつつ、「穢土はいずれ一掃され、浄土が到来する」という。要するに「成るように成るもの」が実現した世界が来るというものであり、それが浄土といわれるものといっている。最後において、堂島と京極堂の間に論争があった。ここで、堂島は成るように成る進行の過程をすこし速めるといい、京極堂に自分がやっているその作業に参加しないかと誘う。京極堂は世界が堂島がいうように変ってゆくとの認識は共有しているが、その作業に参加することを拒否する。京極堂が成るように成る過程に抗う人間の人為に価値を見いだし、堂島はそれを否定するとともに、むしろ速める方に傾むいている。この両者の差が最後まで埋まらない。穢土が消え浄土が登場する。あるいは混沌を経て太極に至るという。これから浄土や太極の実相は見えない。この作品で実質的内容となっているのは、穢土であり混沌である。それが堂島の世界観の実相である。ここで堂島が記憶をいじり、工作した家族、村人が抱えていた問題を考える。

紀伊熊野、村上家の不満

堂島は熊野の集落に入り、村人、村上家の人々に自分たちが持っている不満に気づかせ、それを拡大、増幅させ、村、家族を崩壊に導き村に留まることを困難にした。村外での生活の道を用意し、その結果、自分たちの意志で出ていったかのような自然な移住に成功した。

戸人村、佐伯家の不満

堂島は部下の尾国に命じて同じような工作を佐伯家の人々、村人に施した。その結果、昭和十三年六月頃、村中が騒然とし村や家が崩壊に瀕した。

布由が益田に告白しているが、兄妹の親近感以上の兄の恋愛感情に嫌悪感を感じ、父の厳格さに反発し、祖父の内容のない威厳に失望した。甚八の卑屈さを嫌悪し、乙松の無気力に怒りを感じたという。この他に家族がばらばらとなって苦悩する初音、因習に抗する亥之介、分家の日陰の身を嘆く甚八、本家を出て一山を狙って挫折を繰り返す壬兵衛、寒村の暮しにあえぐ村人たち。これらの不平や憤懣が極限に達して大爆発した。

日常においてはこのような感情が何かのきっかけで表面化するがすぐ収まる。堂島の工作によりこのような異常な状態が生じた。家族、親子、友人、共同体をつないでいる絆がばらばらとなり崩壊しようとする。

崩壊後の世界はわからない

ふたつの崩壊が生じたがその結果、どのような新しい世界ができたのか、どうも判然としない。本作品の結末で堂島は一応、自分の敗北を認めて、京極堂に今後一切干渉を許さないとの言葉を残して、藍童子、子どもたちを引き連れて去っていった。

日程表

京極作品の作者が展開する筋に沿って、その謎を解明するという意図で、筋をできるだけ忠実に追った。しかし膨大複雑な筋を追うには本篇作者は非力である。止むを得ず次のような日程表を作成し助けとした。これを参考に添付しておく。

日程表
月日
韮山
下田
中野
神田
その他
3           条、検挙
4           沼津兵自殺
5 29     京鳥多、益 益敦布、榎、条敦布榎  
6 5         小石川青河
6         池袋潤青河、上野玉司堂
10 関渕堂、敦青河、藍、よ堂、只磐、堂        
11   堂署茜関内、貫自宅   益司玉、伊、羽  
12 堂署、貫自宅美刑 京鳥多光益青増      
13 堂只 貫有列車     甲府青鳥東、池袋京潤益
14 有村淵、成仙道美よ木、韓、桑、堂   京青鳥益雪増榎    
15 有村朱、鳥青津南        
17 益鳥光川、京岩宮、甲亥癸壬乙玄布、敦青朱、尾刑、木榎、津、甚屍、岩有内貫堂        
18 鳥尾屍岩美貫、益内有、京榎青敦朱        


(おわり)
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