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謎解き京極、魍魎の匣 [京極夏彦]

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この連作の趣旨、体裁は「謎解き京極、姑獲鳥の夏」で説明した。

あらすじ

1

昭和27年春、都下小金井の女学校の生徒、楠本頼子はあこがれの柚木加菜子と仲良くなった。頼子の母は人形の頭をつくる職人だった。母は加菜子は不良だといった。二人は相談して夏休みに家出をすることにした。8月15日国鉄武蔵小金井駅から出発した。その深夜、警視庁の刑事木場が頼子から事情をきいてた。加菜子は鉄道事故で病院に搬送された。木場は頼子、福本巡査とともに病院にいった。

木場は小石川の実家をでて、小金井に下宿している。この土地をえらんだのは映画女優、美波絹子の引退後の地だからである。病院で加菜子の病状をきいた。瀕死の重傷だった。そこに弁護士の増岡と雨宮がやってきた。また女性が登場した。柚木陽子、元女優、美波絹子だった。木場が事件の概要を説明した。増岡と陽子、雨宮とのあいだに緊張したやりとりがあった。陽子が意をけっして転院させるといった。

2

8月30日、中野の関口宅である。関口の回想である。29日、30日にバラバラ事件の遺体の一部が発見された。30日午前稀譚社を訪問した。関口の短編集が出版されることがきまった。そこで新進作家久保とあった。久保は自分の寄稿の話しをした。二回の連載、第一回目の締切は9月10日だった。

帰宅すると、カストリ雑誌の編集員、鳥口がいた。守口はバラバラ事件の取材と原稿執筆を依頼した。さらに依頼されて警察が捜査している相模湖に同行した。途中、三鷹をとおったが、そこに穢れ封じ御筥様という新興宗教があるのをしった。相模湖で捜査協力の青木、木下両刑事にあった。帰途、稀譚社編集員敦子とあった。同車して帰路についた。道にまよい巨大なコンクリートの建物にぶつかった。警察の不審尋問があったが、そこにいた木場により解放された。

3

8月31日、頼子が小金井の喫茶店にいた。回想である。15日の深夜の取り調べ、病院訪問、帰宅。17日、母君枝の依頼で男が来訪、穢れ封じをした。18日、玄関釘付け。本日31日、発売されたばかりの本を購入し喫茶店でよんだ。そしてわかったという思いがうかんだ。福本巡査をたずね、加菜子は男に突きおとされたといった。福本が回想した。15日深夜、加菜子が美馬坂近代医学研究所に転院した。その時、福本はトラックにぶつかった。研究所は巨大なコンクリートの建物だった。頼子は福本に強引にたのんで研究所にいった。

木場は美馬坂近代医学研究所で上司の命令を無視して監視してた。木場の回想である。加菜子は財界大物の遺児だった。陽子と増岡の口論はこれに関連してた。管轄の神奈川県警と悶着があった。木場は福本、頼子にあい、二階の応接室に案内した。陽子にあった。8月24日に陽子の手から誘拐予状がおちたことを思いだした。頼子が加菜子にあいたいといった。加菜子は三階の集中治療室の処置室にいる。加菜子は頼子にほほえみかけた。美馬坂所長がはいってきた。助手の須崎が処置室にはいった。まってると悲鳴がきこえた。加菜子が誘拐された。

おことわり

京極作品を未読の皆さん、どうかここを不用意にのぞいて将来の読書の喜びを損なわないよう、よろしくお願いする。

文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)

文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)

  • 作者: 京極 夏彦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1999/09/08
  • メディア: 文庫


再度の警告。本文にはいわば「ネタバレ」が溢れている。未読の方には勧められない。では本文である。




謎解き京極、魍魎の匣

1

昭和二十七年春、小金井である。私立の女学校に通っている楠本頼子、十四歳は同じ組の柚木加菜子に憧れていた。加菜子はクラスで一番聡明で美しかった。そんな加菜子が自分にだけ親しくしてくれる。頼子の家は母子家庭だった。突然加菜子がいっしょに帰ろと誘ってきたときは驚いた。それから、頼子をよく夜の散歩に誘った。加菜子は月光が好きだった。猫のように夜に歩くという。加菜子の鞄にはいつも難しい文学雑誌が入っていた。二人で喫茶店に入り紅茶を飲んだ。たわいない話しをした。頼子ははじめて人並になれたと思った。しかし、加菜子が自分に飽きてしまうのではないかと心配になった。六月、何故このように親しくしてくれるのかきいた。加菜子は頼子は自分の前世であり、加菜子は頼子の前世だといった。そういった後で加菜子は縁の紐として頼子の手首に白い糸を結んでくれた。

頼子の母は雛人形の頭を作っている。加菜子と親しくなってから母を疎ましく思うようになった。しかし今は加菜子の来世である自分を生んでくれた母に感謝する気持になった。夜の散歩を終えて帰宅した。母に加菜子の素晴しさを嬉々として語ったが、母は夜遊びを叱り、加菜子を不良だといった。頼子は加菜子は月光を浴びているから母のように歳をとらないと反発した。母はそんなのは人間でないお化けか「もうりょう」だといった。母との溝は決定的に深まった。そのひと月あとに、夜の散歩から帰ると笹川という男が家にいた。外出を咎める男に頼子は反発し、家は学校より嫌な場所になった。天人五衰という言葉をきいたことがある。天人は下界の人間のように苦しんだり、悲しんだりしない。しかしそんな天人も五衰というわずかな兆候が出ると衰えてゆく。加菜子には五衰すら訪れないと思う。

一学期が終ったとき、加菜子は湖を見に出かけるという計画を持ちかけた。頼子の母は毎週金曜日には家を空ける。夏休みの三度目の金曜日に決行することとなった。八月十五日の夜、武蔵小金井の駅前で加菜子と会った。目を赤く泣き腫していた。駅のプラットホームである。頼子は斜め後ろから加菜子を眺めていた。項の下のほうに靤を発見した。

場面が変る。警視庁の刑事の木場が要領を得ない話しに苛立ちを感じつつ少女の話しをきいている。事件か事故かもはっきりしない。木場は七月上旬に起きた事件の残務処理を終えて終電車で武蔵小金井駅に向かっていた。急停車で眼が覚めた。プラットホームの電灯の下に制服の少女がいた。担架の上の怪我人の様子をうかがった。駅員が無事なのは頭だけだといった。この娘の顔には見覚えがあると思った。救急隊が来た。鉄道公安職員から木場に協力が求められた。駅長室で頼子を監視する。冒頭の場面に戻る。午前二時だった。頼子が今の母の所在はわからないという。加菜子のことをしきりに心配していた。現場に戻り若い福本という巡査に事情をきいた。加菜子は三鷹の病院に搬送されたという。木場は福本の運転で頼子と病院に行くこととした。

木場の実家は小石川で石屋を営んでいる。豊島区の所轄勤務から警視庁勤務の異動にともない、実家を出て小金井町の下宿に引っ越した。木場はこの地を気に入っている。それは映画女優のせいである。木場はいろいろな映画を見る。その中で好きなのは勧善懲悪の時代劇だった。「続・娘同心・鉄面組血風録」に美波絹子という新人女優が主役を演じた。芝居は下手だったが可愛らしかった。その後人気が出て文芸作品の主役に抜擢された。スターとなったが一年後の昭和二十六年の夏、スキャンダルで引退したという。引退先の土地が小金井らしい。絹子の写真が警察手帳に挿んである。病院に搬送された加菜子が絹子に似ていたことにやっと気がついた。

緊急用通用口から二階の看護婦控室に行った。看護婦の案内で手術室の近くの待合場所の椅子に三人が腰掛けた。到着した患者の様子は、大腿骨、上腕骨の骨折、脊椎、骨盤の複雑骨折、内臓破裂など重症という。一人の男がやって来た。身分を明かせないといって木場に患者の様子をきいた。傍若無人の態度に一悶着が起きた。その後ろの男が雨宮典匡と名乗った。はじめの男は増岡だった。福本がこのふたりについてきくと頼子は知らないといった。三時三十分だった。女性が登場した。柚木陽子と名乗った。それは美波絹子だった。木場が語る。

事件は中央線武蔵小金井駅のホームで発生した。加菜子は電車が入って来て止る直前に顛落したと説明した。事故、事件、自殺、殺人の可能性があるが現在調査中であるという。陽子が何者かに危害を加えられた可能性はあるかきいた。増岡が殺人の可能性を示唆した。木場が自殺する動機があるかたずねた。陽子と雨宮が監督不行届きを詫びた。木場が看護婦からきいた病状を話した。増岡は事態は絶望的だといった。反発する陽子、雨宮との間にとげとげしいやりとりがある。木場がまだ助かる可能性がある。転院もするというらしい。緊急を要する事情があるらしいがそれまで待ったらどうかと増岡にいう。陽子が意を決したように名外科医のいる病院に転院させる手筈を整えたといった。

2

八月三十日、中野の関口宅である。最初の右腕が発見されたのは二十九日、両足が出たのは三十日であると関口が回想している。その前の出来事である。関口は雑司ヶ谷の久遠寺医院の事件をモチーフに目眩という小説を書いた。近代文藝という雑誌に掲載されることとなった。発行日の前日、昨日に連絡があり本日午前十一時に発行元の稀譚社を訪問した。ここには京極堂の妹の敦子が別の雑誌の編集者をしている。関口はここにすべての小説を掲載してもらった。近代文藝の編集長から関口のこれまでの小説八篇をまとめた本の刊行を持ちかけられた。予想外のことに不安となり、思わず売れないだろうといった。編集長も担当も好評だという。目眩も好評だという。その粗筋である。

ひとつの身体に二つの魂を持った男女がいる。それぞれのひとつずつの魂は互いに魅かれ合い、もうひとつの魂は相手を怖れている。男女は絵画の中の海岸や、書物の中の深海で逢瀬を重ねる。そして多重構造の建物の中で逃げ回っている。最後に京極堂を模した殺し屋を名乗る黒衣に手甲の男が登場し、女を殺して終るとうものである。話しがつづく。関口のためらいの発言は編集上の諸事を気にかけている意味。刊行は了解したととられた。一応話しが終り、編集部にやって来た新進作家の久保竣公が紹介された。竣公は「蒐集者の庭」で他社の幻想文学新人賞を受賞し現在売り出し中の作家である。事情があり近代文藝から急きょ執筆依頼を受けた。竣公が話しかける。

関口のあの壊れたような独特の文体は本来のものかときく。関口の目眩が竣公に手渡される。ぺらぺらとめくる、そのめくり方が変だった。夏にもかかわらず白い手袋をしている。手指の欠損を隠すためのものだと悟った。ところでといってその文体を模倣しようとする者がいる。カストリ雑誌に楚木逸巳という名前で寄稿しているので注意するようにという。竣公は自分の寄稿の話しに転じて締切、枚数をたずねる。来月と再来月の二回の連載、前後編百枚ずつ、第一回目の締切は九月十日と決まった。関口は廊下に出た。敦子が近づいてきた。本刊行の話しをきいて大いに喜こびお祝いをするという。現在武蔵野で起きたバラバラ事件の取材中である。今年五月に起きた荒川バラバラ事件では警察に虚実織り交ぜて多数の情報が寄せられた。今回は流言飛語がどのように広がり、仮想現実となるかをテーマに取材するといった。

家に帰ると車が停まっていた。鳥口守彦の来訪だった。鳥口はカストリ雑誌の一つ、月刊實録犯罪の編集者である。関口はここに実際に起きた犯罪をネタに記事を寄稿している。大事な副業先である。用件はバラバラ事件のことである。今年の夏に起きた久遠寺医院の事件で関口は解決に大活躍をしたと誤解されている。今回の事件でも取材と原稿を依頼したいという。警察は相模湖一帯を捜索している。内部に人脈を持つ関口に今回の取材に同行してほしいという。引きずられるように承知する。途中の話しである。鳥口は方向音痴である。中野から相模湖に向うところで三度三鷹を通った。指摘に全然動じない鳥口はこのあたりに穢れ封じ御筥様という新興宗教がある。教祖は霊験あらたかな箱を背負って、信者の悩みをピタリといい当てる。祈祷一発、懊悩の原因を背負った箱に祈り封じるという。この事件がなければこの宗教を取材していただろうという。相模湖には午後五時に着いた。

捜索が継続している。湖畔のボート小屋に、警視庁刑事の青木、木下を見つけた。とぼけて関口がきく。昨日の朝、国道二十号線の大垂水峠で右腕が、今朝、ここの小屋の先の桟橋で両脚が見つかった。釣り船を出そうとしたら箱のようなものが沈んでいるのに気がついた。箱の蓋が壊れて中から包みが出てきた。箱は鉄板製の丈夫なものだったという。捜索の主体は神奈川県で、協力要請があったためという。関口が木場のことをきいた。ここには来ていない。管轄違いの捜査に首をつっこんで内部で問題になっているという。神奈川県の刑事が近づいてきたので、別れたが、敦子が取材に来ているという。敦子を乗せて帰路に着いた。車中でバラバラ事件の話しとなる。

鳥口がバラバラに何故するのかという。種々の理由があげられる。殺人そのものの異常さが問題となる。敦子が京極堂の考えを紹介する。バラバラにしているときの心理は極めて正常である。殺人という非日常から普段の日常生活に戻ろとしているという。異常と正常の境目が問題となる。京極堂は殺人は九分九厘、衝動的、発作的なもの、そのときに異常が訪れるという。鳥口は謀殺、怨恨、金欲しさ、名誉の維持とか常にそれなりの動機があると疑問を呈する。京極堂によれば、それは後から便宜上つけたもの、社会通念上の動機であり、いわばお約束のようなものという。さらに動機だけなら誰でも持っている。犯罪者と一般人を分けるのは、犯行が可能な状況や環境が訪れるか否かの一点にかかっているという。荒川バラバラ殺人事件が議論される。釈然としないものを乗せて車が進む。現在の場所が問題となる。

横浜に近づいたようである。鳥口が小径に入る。行き止まりの不安を抱えて進むと、正面に巨大なコンクリートの建物が見えた。正面は入り口、その上に嵌め殺しの細長い窓がいくつか縦列に並んでいる。前の広場に警察の車が数台停車していた。 建物には煙突が二本見えた。警官が近寄ってきた。訊問がはじまる。そこに突然木場が登場する。三人を確認した。身元ははっきりしている。不審者ではないという。他の警察官と話していたがやがて、現場から即刻立ち去るようにいわれて、釈放された。

3

八月三十一日、小金井である。喫茶店の中で、頼子はそうだったのだとようやくひとつの考えに思い至った。事件後、今日までほとんど部屋に閉じ籠っていた。頼子は自分の来世である加菜子が今どうなっているのか心配だった。もし死んだとしたら。不幸な形は困る。自殺。それはない。生きているとしたら。それも悲惨だ。何故加菜子は事件当夜泣いていたのか。天人五衰が加菜子に訪れたのか。それで死んだ。いや、人としての人生を終えて、天人になった。中国には死んで生れ変る屍解仙という言葉がある。でも天人になったなら、頼子の来世でなくなる。加菜子は今どうなったのかどうしても知りたい気持となった。これまでの出来事を回想する。

陽子が病院に来てからすぐに頼子の母、楠本君枝もやって来た。思わず頼子に手を振り上げた。手術中の加菜子のことが気になったが頼子は無理に帰宅させられることとなった。笹川も病院に来ていた。早朝五時半に着いた。翌日午前に警察が来た。何も喋らなかった。福本ではなかった。警官が帰った後、あきらかに母の様子が変になった。頼子にもうりょうがついているといった。八月十七日の午後、白装束に兜巾をかぶった男がやって来た。笈という箱を背負っていた。たずねた笹川に男はここは良くないと答えた。君枝の問いにもうりょうがいるという。男はこの家は穢れた財により手に入れたものだといった。君枝は別れた夫、直山利一という男が博打のかたに手に入れたものだという。男は家を売り、その代金を喜捨するように勧めたができなかった。男は不思議な呪文を唱えて笈の蓋を開けた。君枝は頼子にもうりょうが、ついているといった。男は魍魎はここにある御筥様に封じ鎮めたといった。十八日に玄関は釘付けされ、便所に大きな鏡と箱が設置され、勝手口に注連縄が張られた。君枝はそれから仕事をしなくなった。夏休みが終る今日、頼子は君枝に学校がはじまるのでお金が要るといった。三十分後に外から帰って来た君枝からお金を貰った。ここで冒頭に戻る。もらったお金で発売されたばかりの雑誌を二冊購入し、喫茶店に入り、紅茶を飲み読書した。加菜子のことを考えていた。そしてやっと解った。ようやくその考えに思い至った。

頼子は駐在所の福本に、加菜子は男に突き落されたという。本当ならば殺人事件である。福本は緊張した。福本が回想する。手術室から出て来た加菜子には全身に包帯が巻かれていた。転院の相談がまとまった。福本が車で救急車を先導する。そこには木場と陽子が乗り込み、救急車には雨宮が乗りこんだ。国道十六号線を走り、転院先の美馬坂近代医学研究所に着いた。広場にトラック、その後ろに巨大な建物があった。福本は思わず急停車してトラックの荷台にぶつかった。建物の入り口が開き小身、白衣の男が出て来た。皆んなが建物の中に入り、福本はとり残された。建物の外観である。高さは四階建てほど、入り口の扉は観音開き、上半分は磨りガラス。その上には細長い窓が縦列に上までつづく。ほかに窓らしきものはない。後に回った。裏庭、特大の焼却炉と付設された高い煙突。裏側には出入口はない。屋上には煙突がある。駐在所に連絡すべきか考えていたら、周囲の鳥の声が止み、煙突から煙が出て来た。気がつくとぶううんと建物全体が音を立てて震えていた。頼子との対話に戻る。

加菜子は研究所に搬入された。たぶん生きている。誘拐といって慌てて口をつぐんだ。頼子は自分の来世はいったいどうなるのかと心配になる。加菜子に会わせてほしいと頼んだ。福本はどこかに電話をしていた。頼子に加菜子は今、警察に厳重に警護されているという。どうしても会いたいと泣き出した頼子に困り切った福本は、とうとう木場に頼むこととした。場面が転換する。

美馬坂近代医学研究所である。木場は名前を呼ぶ声で我に帰った。木場はもう一週間近く命令を無視して単独行動をとっている。神奈川県の警部の声だった。木場がいる焼却炉の横に来た。警備の統率が乱れるという。木場の回想である。誘拐予告状が発覚した。加菜子が財界の大物の直系に当たることが判明し、厳重な警備体制が敷かれた。木場は増岡と陽子の間の口論は相続問題を巡るものである。加菜子の生死が重大な問題であると推理した。警部がさんざん文句をいったあげくに、客が来たといって立ち去った。広場に出て行くと福本と頼子がいた。頼子の目撃談を話した。頼子は加菜子が今どうしているのか知りたい。会わせてほしいという。たぶん加菜子は生きている。面会謝絶であるが、木場はこれまでに三回会ったという。二人を建物の中に案内した。

木場が最初にこの建物の中に入ったとき、見えぬ敵から陽子を守ると決意したことを思い出した。それが自分がここに来た理由であると錯覚した。木場に陽子への恋愛感情が生まれていることに気がついていなかった。内部の構造である。扉を開けるとすぐ廊下がつづく。左右の壁には左に三枚、右に二枚の扉が並んでいる。廊下の突き当たりも鉄の扉である。これは昇降機の入り口となっている。加菜子はここから上に運ばれた。一階はたぶん動力室である。廊下は昇降機の前で右に折れる。その先に螺旋階段がある。二階は一階とまったく同じ構造である。右手に須崎という研究員、甲田という技師、所長の部屋がある。左手には応接室がある。その扉を開けると陽子が立っていた。一週間前のことを思い出す。同じように驚いた陽子の手から加菜子誘拐予告状が滑り落ちた。陽子がどうしたのかときく。

陽子に二人を紹介し、目撃談を知らせた。木場が詳しい話しをきこうという。そこに須崎がいた。外してもらった。頼子が目撃談を繰り返す。木場がどうして急に思い出したのかときく。よく行く喫茶店で加菜子がいつも読んでいる雑誌を読んでいたら急に思い出したらしい。木場はより詳細にきくために福本を立たせて現場を再現した。男は黒い服を着て手に手袋をしていたという。陽子に加菜子が何かいっていたかきく。口が利けない。意識が朦朧としているのでわからないという。木場が陽子に誘拐予告状と目撃談から陽子と加菜子には敵がいそうだ。自分に詳しい話しをしてくれという。陽子はそれは担当の石井警部に話してほしいという。しばらくの間、沈黙の時間がつづく。

頼子が加菜子に会わせてほしいと頼む。陽子がお願いしてみるといって外に出た。雨宮が入って来た。加菜子は陽子、雨宮のことが解る。反応があるという。面会許可を知らせる警官が来た。一同は三階に上る。雨宮は加菜子は頼子がクラスで一番大切な友だちと思っていたといった。頼子は「う、そ、だ」と小声でいった。

最上階の三階は一、二階と構造が違っている。螺旋階段を上り詰めるとすぐに廊下がある。正面から向って右の壁に沿って伸びている。左側の壁に扉が二枚ついている。すぐ手前が木製、奥が鉄の扉である。昇降機は直接部屋の中にある。木製の扉を開けて中に入った。木場はここに三度入った。四度目は石井警部に阻止された。ここが集中治療室である。このなかにさらに処置室がある。木場は事件当夜を回想する。

処置室に加菜子が搬送され、救急隊が帰ると、陽子、雨宮、木場がとり残された。搬送される前にはきこえなかった機械音がきこえてきた。それは今までずっとつづいている。手術は午後までかかった。木場はさっきの応接間で仮眠をとったが二人はずっと三階の部屋にいたらしい。部屋の様子である。機械、計器類、電線、細管が溢れていた。処置室も同様だが中心部は半透明の合成樹脂の垂れ幕、ちょうど蚊帳のようなもので幾重にも囲まれている。その中に加菜子がいた。顔以外はすべて包帯とギブスで覆われていた。そのあちこちから管が出ており、鼻に細管が差しこまれ、口には酸素吸入器がつけられていた。回想が終り、部屋の中に入った。

そこには石井ほかの警官がいた。陽子がもうすぐ教授が診察に来る。加菜子は今起きているので会ってくれという。何枚もの垂れ幕を過ぎて進んだ。陽子がふらついた。あの夜もそうだった。そのとき木場は須崎に加菜子の容態をきいた。血管の選り分けが大変だったが、大動脈弓と胸の動脈の吻合がうまくできたから、たぶん大丈夫だといった。石井が加菜子は二十八日の夜、また手術をした。手早く面会を切り上げてくれといった。中に加菜子がいた。頼子に気づいた。そして、にっこりと笑った。切り上げるように促す石井の声がきこえた。頼子に声をかけて外に連れ出そうとして、しばらくの間振り向いて加菜子を見ていた。何か加菜子がいおうとしていたという。昇降機の扉が開いて研究所所長、美馬坂幸四郎が登場した。脇に幅一尺、高さ一尺五寸、奥行八寸くらいの箱を抱えて須崎がいた。診察時間であるという。そのあたりにある電線や細管を箱につなぎなおして、それをずるずる引き摺りながら垂れ幕の奥に入っていく。美馬坂は外で待っている。「ひゃあああ」と須崎の声が響いた。美馬坂が垂れ幕を引き千切った。奥で須崎が腰を抜かしている。その奥にベッドがあった。そこには誰もいなかった。加菜子が失踪した。頼子は加菜子は天に昇ったと思った。


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